2019-11-09

[] #80-3「人は簡単に変われる」

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弟は丈夫なスポンジのようなもので、硬くてヘタれにくいが吸水性も抜群だった。

自我は強いが、割と影響されやすいところがあったんだ。

今回の場合、その自己啓発本とフィーリグが合ったらしい。

あっという間に弟は変わってしまい、俺はどう対応すればいいかからなかった。

それは両親も同じだった。

「こら、服を裏返してカゴに入れないでって、いつも言ってるでしょ」

「ごめんなさい。俺は今とても自分を恥ずかしいと感じて、反省している。そして現在、母さんが怒っていることを理解する」

「……うぅん?」

「同じ失敗をせず、そのことを忘れないように、服を裏返してカゴに入れないことを書いた張り紙を、カゴの近くに貼ることで改善を図る」

「その喋り方は何……まさかあなた脳内チップを埋め込んだの!? しかも粗悪なのを!」

「お前、何やってんだ。母さんの思考回路ショート寸前じゃないか

「ごめん兄貴。そして母さん。俺は今とても反省している」

弟は本に書かれていた「感情分析言語化」、「相手への共感」、「問題解決提案」というハウツー馬鹿真面目に再現していた。

しかも、ただ真似ているだけなので言動が不自然になっている。

「父さん、そのサイダー俺の……」

「あ、お前のだったか。すまん、飲んでしまった」

「父さんが謝っていることが分かった。俺は少しの怒りを感じつつも、それを気にしていない気持ちの方が強く、許すことを言葉にする」

「え……どういうことだ? つまり怒っているのか、怒っていないのか?」

それは両親だけではなく、飼っている猫に対しても変わらなかった。

「ほーら、キトゥンおいでー。俺はこの家の住人で、家主の次男。飼い主の弟でもある。君に敵意のない存在だよ~」

何年も一緒にいるのに、今さら自分身分説明し始める。

キトゥンが弟の言葉をどれだけ理解しているのかは分からないが、何かを察知しているようで尻尾が膨らんでいた。

「その言い回しキトゥンにまでするなよ。嫌がってるだろ」

「そんなことないよ。ほら、犬みたいに尻尾ふってる」

「猫の場合、それはストレス感じてる合図なんだよ」


そして、この調子学校でも変わらない。

「『相手を許すには、まず自分を許すこと』なのさ」

本での受け売りクラスメートにやたらと話す。

唐突気味に、掻い摘んで語るだけなので、当然みんなは理解できない。

「分かるか、タオナケ。俺たちは『同じ人間であり、別の生き物』なんだ」

「私、よく分からないんだけど、それどういう意図で言ってるの?」

「それを説明しすぎると、タオナケの自我踏み込みすぎる可能性がある」

「はー?」

「それでも言える事があるならば、世界に一つだけの花なんだよ。ナンバーワンオンリーワンは表裏一体なのさ」

「マスダの例え話はいつも分かりにくいんだけど、いよいよ分からなくなってきたわ」

自身、あまり意味が分かっていなかったのだが、喋るとなぜか気分が高揚したため憚らなかった。

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