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2021-08-29

anond:20210828230636

インターネットのないクソ田舎では雑誌CD-ROMは宝箱だったよなあ。

WinDepthたのしかった。

2021-08-12

windows95が発売された時、箱の中に一体何が入っているのかわからなかった。

実際はOSインストール用のCD-ROM説明書なのだが。

そんな私でも新卒就職した会社2000年対応プログラム改修を行いました。

2021-07-24

オリンピック開会式ゲーム音楽が使われたことの凄さを語りたい。

時は90年代小室ブームまっただ中、オリコンランキング音楽番組クラス話題として幅を効かせていた。

CDショップではゲームサントラは奥の隅の方にひっそりと置かれ、流通量も少なく、まさにマニア向けの商品だった。

好きな音楽は何?」なんて問いに「ゲーム音楽」なんて言ったら鼻で笑われる。そんな時代だった。

たまにリリースされるアレンジバージョンだったり、メディアCD-ROM媒体に変わることで、生演奏が取り入れられるようになっても、

まだミュージシャンから音楽と思われていなかったり、馬鹿にされて悔しい思いをした、なんてクリエイターインタビューを目にしたこともあった。

インターネットが発達し、ニコニコ動画あたりでゲーム音楽を身近に楽しむようになってきたぐらいから、風向きが変わってきたように思う。

オーケストラコンサートも多く開かれるようになってきた。聴きに来る人、そして音楽家が「ゲーム音楽が好き」という人が増えていった。

そして今回の開会式で、20曲近くの曲が入場BGMとして採用された。

安易だ、なんて批判的な意見もあると思うが、開会式を見た多くのゲームクリエイター特に作曲者自身が、心から喜びの書き込みをしているのが全てだと思う。

おめでとうゲーム音楽。これから世界中の人たちに愛されますように。

2021-07-18

需要なし】ゲーム業界黎明期のことを調べる人向けの業界レビュー

やあ、かつて初心会についての記事を書いた増田だよ。いろいろ本を買い足して読みなおしては新規の古い知識を突っ込んでるよ。新作はまだもうちょっと時間がかかるから待っててね。

息抜きとして今まで読んだ業界本を簡単レビューしていくよ。当時のことを調べたい人は参考にしてくれるとうれしいな。

1.スーパーファミコン 任天堂陰謀1991年

 ある種のバイブル存在スーパーファミコン登場時の任天堂ゲーム業界周りのことを非常に詳細に書いている。任天堂のことを持ち上げつつも当時から流通網の矛盾ロイヤリティビジネスおかしさを指摘していて非常にハイレベル。是非読んで欲しい。ただ後日山内社長は「300万台買うからリコーCPUを安くしてくれ、なんて言ってない」と否定してる。(後年の社長が訊くではリコー工場稼働率が非常に悪いことが上げられていた。だから任天堂無茶振りリコーが応えたのかな?)

2.久多良木健のプレステ革命1998年

 PS1立ち上げに関しての裏事情を綴った本で、流通ソフト会社呼び寄せるにあたってのアプローチが詳細に書かれている。またこの本では「任天堂がふざけた契約違反をしたかソニー激怒してゲーム機突っ込んできた」説を取っていて、任天堂との会談をまるで見てきたかのように書かれているが、久多良木健氏は別に恨みをベースにやっていなかったんじゃないか、とは丸山茂雄氏の談。それはさておき、最初任天堂久多良木氏が接近した話なども載っていて面白いFM音源ディスクシステム音源?)と、PCM音源スーファミ音源)との聞き比べ対決をして久多良木氏は任天堂音源チップの売り込みにいったんだと。

3.ゲーム戦争1993年

セガゲーム王国」が改題された文庫セガメガドライブでどんどん任天堂を追いつき追い抜く(米国にて)様を持ち上げたものセガ歴史を学びたい人にはうってつけ。ただ今読むと苦笑してしまう持ち上げっぷりなのは愛嬌

4.任天堂が危ない(1993年

 スーパーファミコン全盛期に書かれたものだが、上の「スーパーファミコン 任天堂陰謀」などを読んでそのまま書き足した記述があちらこちらにあってげんなり。作者自身取材した様子はなく、今の時代わざわざ読む価値はないと思う。ちなみに同作者は同時期「ソニー任天堂に食われる日」「セガにおびえる任天堂」、後年には「ソニープレステが消える日」なんて本を出している。一応全部読んだけれど、わざわざ読まなくていいレベルの本。唯一評価できるポイントソニースーパーファミコン一体型CD-ROM機について「スーパーディスク」と銘打ち、ソニーだけの独自規格広告したのを任天堂危機感持ったのでは、と指摘したことくらいでは。

5.証言 革命はこうして始まった(2011年

 PS1立ち上げの話をいろんな人にインタビューして記事にしたものCPU流通本体機構サードサポートコントローラーグリップ、値下げ合戦と、セガ任天堂に負けるなという気概でどのようなことをしてきたのか、どう決めてきたのかわかる一級品の資料となっている。PS1発売が12月3日に決まったものの、8月の時点でまだ生産台数が決まっていなかったなど、当時のどたばた状況が伝わってくるインタビューが載っている。あと最初のほうの開発機材でCD-R10枚焼いてもまともに読み込みできるのは3枚だけだった、などなど。

6.プレイステーション 大ヒットの真実1998年

 タイトルプレイステーションだが、内容は任天堂セガ松下にもバランスよく触れていて、いかにしてソニー任天堂を打ち倒すべく思案してきたかが書かれている。洗練された流通で、問屋を利用する任天堂よりもきめ細かい制御ができるソニーから勝利した、という内容なのだが、最終章に「このままいけばこの流通破綻するのではないか?」という記述があって驚く。革命は起こした時よりも、その後のほうが大事だという至極最もな結論に至ってる良書。

7.ゲーム業界三国志1997年

 当時のゲーム流通をうまくまとめてある本。セガ任天堂ソニーの三社をそれぞれ解説している。特にこれと際だってすぐれたものはないが、初心会流通任天堂独自ソニーバンダイ提携するかもしれないセガ立場をそれぞれかみ砕いている。

8.売られた喧嘩 買ってます 任天堂勝利青写真1996年

 とてもアレな題名だが中身は大真面目。「王者任天堂に勝つのセガでは無理だ。ソニーしかあり得ない」という視点で、挑戦者ソニー解説している。よほど念入りに取材をしたようで、初心会幹部セガが引き抜き工作をした話などが載っていて驚いた。面白い本だから是非みんな読んで欲しい。

 

9.セガvs任天堂 新市場で勝つのはどっちだ!?1994年

 任天堂山内セガ中山社長同士の経営理念過去を対比させて現状を解説していく本だが、とにかく取材がすごい。任天堂労働争議の話や、メガドライブ以前のセガコンシューマ機が問屋から嫌がられていた話(1ケースがでかくて重い!)など、他の本ではでてこない話がバンバンでてくる。わざわざアメリカにいって各地の小売店ゲーム売り場の様子まで確認しにいく取材力は感嘆する。著者の国友隆一氏はゲーム関連の本をこれ一冊しか出していないのだが、残念でならない。是非今のゲーム業界取材して本を書いて欲しい。そう思える良書。

10.ソニーvs松下 DVDゲーム最終戦争2000年

 「セガドリームキャスト日立製のパワーVR2というCPU採用している」や「入出力にはUBSホストコントローラー」といった腰砕けになる記述がある。お察しください。

 

2021-06-30

ファンシア(Win、1999)のCD-ROMファンブックが引っ越し掃除中に出てきた

ちょっとやってみるかってできないのが古いPCゲームの辛いところである(いや、アレとかコレとかで動くような気もするが…)

猫耳擬人化した赤ちゃん猫~少女猫を預かって育てて甘やかしてコンテスト出して返したり売ったり野良にしたりするゲーム

どうでもいいけどこれ今だと一般向けで発売できないよね

個人的にはこれのひとつ前(概念的に)であるねこねこずうのほうがまだ好みである

あれがフルプライスに値するゲームかといわれると悩むが

2021-05-26

anond:20210526113222

しか20年前のフリーソフト大全CD-ROMムックみたいなのはクワク感あったなあ

モバイルモバイルで、スワイプ動作とかゲームとか、よりパーソナルになったのはいいと思うけどね

2021-05-04

anond:20210504185909

(続き)

といった問屋関係逸話が当時バンバン登場した。メーカーも対抗すべく(?)ダンピング出荷、返品受付などで一本でも多くソフトを売りさばこうと必死だった。このあたり、問屋小売店メーカーも、市場の異常さに気が付かずもがいていた感じが否めない。初心会二次問屋は、問屋の本分である日本全国に適正量の在庫ゲームソフト流通させる」という機能を忘れ、ただただゲームソフトを動かすことで得る利益をあげることに無我夢中だった。

ここで注意をしておきたいのが、「任天堂初心会が、一方的サードパーティ小売店から利益を吸い上げている」という既存論調は近視眼的だ、ということだ。スーパーファミコン市場に参入したサードパーティはおよそ200社。このうち途中で撤退を決めたのは10数社で、しかもこれら撤退したメーカーの多数は異業種メーカーであり、本業での業績が低下したためだったり、バブル期不動産に手を出して大やけどして倒産…といったもので、ゲームと直接関係あっての撤退ではないのだ。

小売店も同じことで、当時はファミコン-スーパーファミコンという新しい分野での市場拡大に手を出す小売店が多数いた。ただ問屋に苦しめられるだけの業種であるなら、こんなことは起きるはずがない。甘い蜜はそれなりに存在していたわけだ。ざっくり要約すると「不満はあるが儲けもある」といったところか。むしろPCエンジンメガドライブの有力ソフトスーパーファミコン移植して一旗あげようとするサードパーティのほうが多かった。それほど有望な市場であるがゆえ、いろんな輩が入り込もうとやっきになったわけだ。

市場が拡大している間はそれでもよかった。しかスーパーファミコンが円熟期を迎え、対抗馬として「次世代機」の姿がちらつくようになってきた頃に、いよいよおかしくなってきた。多数現れた三次問屋小売店二次問屋の中にねじ込み、己の利益を吸い取ろうとし始めた。手法としては品薄になりそうな人気ソフトを抱きかかえ、「小売店に小売価格そのままで」卸したりした。商圏を無視して跨いで他社の領域に食い込んで商売するところもではじめた。初心会の中にゲームソフト投機商品のように扱う問屋が現れ、二次問屋三次問屋が喜んで利益の分前を頂いた。その分小売店負担が偏り、結果的にはプレイヤーにも巡り、最終的には市場に悪影響を及ぼす。スーパーファミコン市場は歪んだまま大きくなり、そしてついに縮小を始めた。

衝撃が大きかったのはプレイステーションの登場だ。なんと問屋を使わずソニーが直接小売店ものを卸すという。革命的なやり方だった。返品なし、定価販売というところがネックになったが、どの商材も掛け率が一定であることに小売店は喜んだ。今までは問屋ごとに掛け率が違ったり、注文する本数によって掛け率が変動したり、そもそも抱合せ仕入れしかなかった(違法? しったことか!)からだ。

こんなことが可能なのはプレイステーションCD-ROM採用しているからだった。リピート生産ROMほど時間がかからない。お金も自前の工場からさほどかからない。最悪在庫になっても簡単に破棄できる。それゆえ最初こそ少量生産で行い、売り切れたら即リピート発注すればよい。こうすれば過剰な在庫メーカーも小売も苦しめられずにすむ。値崩れ・抱合せ心配いらない。

ROMカセット採用していたらすべて実現不可能なことだった。ちなみにセガサターンCD-ROM採用しているが、他社の工場での生産だったためなかなかリピートが上手く行かなかったらしい。(なお、詳しく書かないがここで上手くいった改革現在すべて崩壊している)

問屋存在意義が問われ始めていた。

一方、任天堂ROMカセット採用を64でもやめなかった。ディスクシステムに手を出してそのあまりに長いロード時間に苦慮したこと経験があるからだ。そしてこれを機にもう一度市場リセットを図ろうとした。市場にはスーパーファミコンワゴンセールが始まっている。なんとかして初心会内外にあるゲーム投機的扱いをやめさせなければならなかった。ソフトの数が少なくなれば、そのような動きはできにくくなる。そのためサードパーティソフトをとにかく減らし、少数精鋭路線で進もうとした。初心会外に取引を広げ自前で流通を行うという選択肢もあったが、これは取らなかった(実はSFC時代トイザらス日本進出をしてきたとき任天堂や各大手メーカー直接取引を持ちかけてきたが、これは上手く行かなかったようだ)。山内社長ファミコン時代の遥か昔から取引を続けていた初心会を切ることに抵抗があったからだ。それに「絶対に売れない」といってたファミコンも買い取ってくれたのは初心会だ。この前もバーチャルボーイというズッコケハードを出したが任天堂は全量初心会ハードを買い取ってもらっているので被害は最小で済んでいる。(その負債初心会が被り、さらにその負債小売店押し付けられた構図だ。)

しかしそれでも、初心会二次問屋たちは目先の利益を追い求めるのに夢中だった。

スーパーファミコン市場末期の1995年発売の聖剣伝説3は初回出荷は70万本だったが、実は初心会からの注文本数は合計140万本だった。前作がミリオン超えをしていたのでそれだけ期待があった、という表側の理由だが、ようするにこれも投機的に扱われることが明白だった(そもそも前作聖剣伝説2結構な数がワゴン行きしていた)。あまりに酷い値崩れを嫌ったスクウェアは出荷本数を半分の70万本にし、かつ卸値を10%引き上げると初心会アナウンスした。こうした動きに一部の問屋がなんと小売店に対して「スクウェア公正取引委員会に訴える!」と言いまわってしまった。もちろんスクウェア側には一切の非はない。運が悪いことに(それとも狙ったかスクウェア夏休みに入ってしまったので、小売店真相確認することができず業界の一大事が起きたのではないかパニックになったところもあるという。この話は巡り巡ってなぜか「任天堂が悪い」ということになった。PSが発売されて半年以上経とうとする頃でも、初心会危機感は全くなかった。

その年の末発売のドラゴンクエストⅥの発売にあたっては、初心会エニックスの間で注文数の予測で大紛糾だった。初心会予測は250万本。エニックス予測は300万本。エニックスは自信満々だったが、初心会はそこまで売れないと踏んでいた。初期出荷は250万できまりエニックスは自前で50万の在庫を抱えることになったが、この読みは的中する。即リピート発注がかかり、エニックス二次出荷を行った。

最終的に320万出荷を果たすわけだが、売上予測ができない問屋メーカー価値を見出すだろうか?

そして、ついに、終わりのときは訪れた。



1997年2月21日任天堂本社で毎年のように行われる初心会の懇親会。その幹部会の席上にて初心会会長である河田会長宣言した。

本日を持って、初心会解散します」

幹事会は静まり返った。関係者には事前に知らされていなかったのだ。解散任天堂山内社長と、初心会河田会長トップ会談秘密裏に行われた。今後一切の取引商品ごと個別に行われ、しか初心会内の特定10社のみそれが行われる。今までゲームソフト投機的に扱って儲けを吸っていた会社任天堂から拒絶され、二次問屋に落とされた。しかも64の少数精鋭路線のおかげでこれから商材はどんどん減る。今までのような振る舞いは不可能になった。


任天堂スーパーマリオクラブの立ち上げにより売上予測をするようになった。つまり予測ノウハウを自ら身につけつつあった。そうなれば商材を投機的にあつかう問屋不要だ。「どれほどのソフトが売れるか、我々にはわかりようがない。流通プロに任せるしかない」。かつての山内社長言葉だが、流通プロプロに値する仕事をしないのなら、切られても仕方がないというわけだ。


この改革任天堂内に留まらなかった。

実はこの流通改革前後してプレイステーションでも問題が発生した。デジキューブだ。スクウェアプレイステーションに参入する条件として、コンビニ自分たちで卸すデジキューブSCE許可させた。

もともとプレイステーションはすべてSCEが自前で小売店流通することを売りにしていた。ところが後から来たスクウェアSCEを通さず自前で流通させるという。

このあたりを詳しく解説する。SCEソフトメーカー協議し、ゲームソフト初回生産量を決める(ということになっているが、実質決定権はSCEにあった)。

SCEは特約店(一部、ハピネットといった問屋使用していたが)からの受注数がその初回生産量に満たない場合SCEが自腹で在庫を抱える(ように努力いたします、という注釈付きではあった)。

掛け率はソフトメーカー一律。

と、ソフトメーカーにかなり親切のように見える。しかしこれには問題が含まれていた。初回生産量はSCEが決め、実際に流通させているのもSCE自身だ。ソフトメーカー営業しかけ多くの受注を獲得したとしても、SCEOKを出さな場合、本当にそのソフト流通しなくなる。実際に飯野賢治プレイステーションDの食卓自分たち在庫を抱えてもいいから多くつくるべきだと要望を出しても、SCEはそれを良しとはせず、結果売り切れを引き起こし機会損失を生んだことがあり、飯野賢治セガ陣営への鞍替えしたことがあった。

ソフトメーカーからしたら、リスクも多いが儲けも大きい自社流通に切り替えたがっていた時期だったが、任天堂SCEもそれを良しとはしなかった(ただし任天堂初心会通しであるため、一社が売れないと踏んでも他の問屋が受注してくれる可能性はあるし、このときPSの取扱店はまだ初心会流通よりは少なかった)。しかスクウェアだけには特例としてそれを認めるというわけだ。SCE流通に関わらず、スクウェアが直接小売店コンビニゲームソフトを卸すわけだ。当然、初回生産量も自由に決められる。

いったいどういうことだ、SCEロンチから頑張ってきたメーカーに対して不義理じゃないのか。こうした理論で反発したメーカーがいた。コナミである

コナミSCEに対して自社流通を求めた。ゲームをつくる製造委託費とロイヤリティは支払うから、お前のところの流通網は使わんぞ、ということだ。こうすることでコナミSCE流通分の費用を削ることができる。5800円の小売価格のうちの取り分を増やすことができるわけだ。もちろん在庫リスク小売店へのやりとりはコナミ自身がやらなければならないから、自社流通完璧というわけではない。結果的大手メーカーはみな自社流通になっていくが、ナムコだけは付き合いもあってか(ナムコはかなり初期からPSに絡み、ライブラリの整備も行うほどだった。自社プラットフォームを諦めたかわり、PSに注力したということだろう)SCE流通を使い続けた。

プレイステーション側でこのようなことが起きてるのだから、当然余波は任天堂側にも及ぶ。コナミは64やゲームボーイの自社ソフトに対して「これから初心会を使わず自前の流通網使いますから」と一方的任天堂要求した。かつての任天堂ならば決して受け入れるはずのない要求だろう。だかしかし、任天堂簡単にこの要求を飲んだ。そして門戸が開かれた自主流通のおかげで、ゲーム業界流通改革は全メーカーを巻き込んだ。最終的にはコナミカプコンコーエースクウェアエニックスといった大手は自前で流通網を持ち、中小サードパーティはそこへ委託流通する形に落ち着いた。つまり初心会問屋たちを全く必要としない流通を実現してしまった。


解体された初心会ボロボロになった。合併倒産が相次ぎ、その多数が姿を消した。残された10社は直接小売店取引するようになり、二次問屋三次問屋は居場所がなかったからだ。


しか任天堂から選ばれた10社も順風満帆ではない。10社のうちモリガングバンダイ系列ハピネットに買収された。石川玩具タカラ事業譲渡した。松葉屋はラスコム事業譲渡し、そのラスコムも後年自己破産している。そんな一方テンヨー、カワダ、カマヤは今でも元気に問屋業を営んでいる。(名前が出てこない他の会社は調べても出てこなかった。情報plz

そしてジェスネット任天堂の子会社となり、アジオカは事業譲渡を行って「任天堂販売」となったが、これはなんと2016年の話だ。初心会解体されて20年近くたったが、完全に自前で任天堂流通するようになった。


こうして初心会歴史の中に消えていった。良い面悪い面両方ともあったわけだが、特に末期には悪い面が強く出すぎていた。しかしこうして羅列してみると、「初心会があらゆるあくどいことを駆使して不法市場を牛耳っていた」というわけではなく「初心会市場を牛耳っていたのでいろいろとあくどいことができた」ということに気がつくだろう。その市場も確固たるものではなく急激に膨らんだ不安定ものであり、なおかつ悪行も任天堂山内社長の怒りが落ちない範囲内の話でしかなかった。

悪徳の町、ソドムゴモラは神の怒りに触れ一夜にして滅んだ。初心会も同じ運命を辿ったのだった。


参考文献

麻倉怜士 久夛良木健プレステ革命

高橋健二 スーパーファミコン任天堂陰謀

武田亨 売られた喧嘩、買ってます任天堂勝利青写真

山名一郎 ゲーム業界三国志

山下敦史 プレイステーション 大ヒットの真実

赤川良二 証言。『革命』はこうして始まった

東洋経済 1997年3.22号 盟友・初心会抜き打ち解散した山内任天堂 焦りの流通改革

参考ツイッターアカウント

岩崎啓眞@スマホゲーム屋+α @snapwith

平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH

大森田不可止 @omorita

2021/10/1 追記

新作書きました! 今後、新作はnoteで投下します。申し訳ない。

https://note.com/syosin_kai/n/n7d01efa389b8

2020-11-14

昔のWindowsインターネット自体が使えなかった

Windows 3.0ぐらいからのユーザー

ので、まずはTCP/IPとか喋れるようにカメレオンだったかインストールするところからスタートだった時期があった気がする

それは当然、箱で買ってきて中のCD-ROMからインストールするわけで、インストールすればモデム経由でtelnetmosaic動作するようになる

そもそもMicrosoftWindows 95になってもインターネット否定的で、独自ネットワーク推していたから(Microsoft Network

まあ、OpenGLに対してDirectX作ったのは正解だったのかもしれないけど

最近Microsoftは180度方向が変わったかのように、

独自Edge放棄してChromium使った方がコスト安いし車輪の再発明なんてバカバカしいよねーw

なんだったらオープンソースコミュニティに金出すよGitHubに金出すよ、

Rustいいね採用してみるよRustでWindowsデスクトップアプリとりあえず書けるようにしてみたでー

みたいに急転換してしまったが、これはこれで楽しい気もするし、

なんだかんだ自社製品ソースを後悔してもオールは渡さない(バグ以外のプルリクは受け付けないとか)ので、

WindowsカーネルがなくなってLinuxになるとかはフェイクニュース

2020-08-08

anond:20200807213923

バージョン違いを(いろいろな意味で)吸収できない場合は詰まる

昔のCD-ROMつき書籍はよかったよバージョン固定で

いまはなんでもネットダウンロードしてアップデートかかるからこういうとき困る

2020-06-19

75年生まれの俺を作ったゲーム10本を全力で紹介する

そういうわけで、1975年まれの俺を「構成した」ゲーム10本を時代順に紹介していく。

それはとりもなおさず、俺自身を紹介することとほぼ同義になるはずだから、長たらしい自己紹介とか前口上はなしで……では、参る。

パックランド1984/AC/ナムコ

俺にとっては、ヴィデオゲーム魔法は全て本作に詰まっていると言っても過言ではない。

結局のところ、俺の人生におけるヴィデオゲームは『パックランド』に始まり、『パックランド』に終わるだろう。

今作に出会ったのは俺が8歳の時、駅前にできた『カニヤ』というゲーセンだった。

カニヤ』は薄暗く、当世風に言うところの「ツッパリ」と「オタク」(という言葉が生まれる前のオタク大学生たち)でひしめきあい

当時の彼奴らは『忍者くん』や『ソンソン』や脱衣マージャンに興じていた。

忍び込むようにして入ったこゲーセンで、俺はこのゲームにひと目で惚れた。

パックランド』には俺がそれまで見てきたゲームとは全く違った吸引力があった。

キャラクターBGM、色彩……全てにおいて、ゲームにこれほど「魅せられた」ゲームは生まれて初めてだった。

消火栓を押した時の、水しぶきに押された時の、モンスターの頭上に乗っかた時の、妖精にもらったブーツで空を飛べた時の感動。

それは俺がヴィデオゲームと「契りを交した」瞬間だった。その契約は今なお解消されていない。

ポートピア連続殺人事件(1985/FC/エニックス

もし本作をプレイしてなかったら、初代ドラクエを発売日に購入することもなかっただろうし、

ADV」というジャンルに注意を払うこともなかっただろうし、

中学生になってから推理小説にどっぷり浸かることもたぶんなかった。つまり、俺は俺でなかった。

犯人はヤ●」は、個人的にはたいした問題じゃない。

推理小説よりもゲームブックよりも面白い推理もの」をゲームで作り上げてみせたことに大きな意味と意義があった。

シナリオ堀井雄二/制作チュンソフトゲーム史的に考えても偉大すぎるだろ。

本作がなければドラクエも(おそらく)存在しなかったってことだ。

けどまあ、そんなこともどうでもいい。これまでもこれからも、ポートピアは俺の血であり肉である

ドラゴンクエスト(1986/FC/エニックス

ポートピアと初代ドラクエ記憶が地続きになっている。

子供ながらに、「堀井雄二で、チュンソフトで、エニックスなら絶対面白いに決まってるや!」みたいなノリで近所のおもちゃ屋に予約した。

プレイ時は……のっけから震えた。こんなに面白いゲームがあって良いのかと。ゲームにはこんなことができるのか、と。

作者と開発元が同じだけあって、テキスト文体UIポートピアと一緒だな……などと子供らしくないことも思ったっけ。

そしてエンディングスタッフロールでは母親の前で号泣した。

そういえば、ここに挙げたゲーム殆ど全て泣いたな。今となってはゲームで感動して泣くことなんてそうはないけど。

それが年齢によるものだったのか、ここに挙げたゲーム凄さによるものだったのかは知らん。

ウィザードリィ(1987/FC/アスキー

通称ウィズ」。

ある種のゲームが「想像力」を膨らませる最良の媒介であるっていうことはウィズが教えてくれた。

RPG」というジャンル/概念意識したことも、ドラクエよりウィズの影響が大きい(というか、ウィズがなければドラクエもおそらくないのだが)。

種族職業キャラメイク、鑑定しなければ不明アイテム

「?ぶき」を鑑定して、「むらまさ」だった時を上回る驚きと喜びって、もう体験できないんじゃないか

もろ鳥山明ドラクエとは違って、おどろおどろしくリアルな姿/形状のモンスター末弥純デザイン)たちに慄いた。

寺院に駆け込んでも、死者が蘇生するとは限らない——人も物も永久に失われてしまうというリアリティに泣いた。

ウィズは俺に「隣り合わせの灰と青春」を理屈ではなく、ゲーム体験として叩きこんでくれた。

おおっと、故羽田健太郎氏の作ったBGMの素晴らしさについても触れないわけにはいかない。

あらゆるクラシック音楽から「いいとこどり」の手法で極上の音楽を作り上げるすぎやまこういち氏に対して、

バッハ以前のバロック音楽へのストイックな愛がびしびし伝わってくる荘厳な旋律羽田氏ならでは。

タイトル画面、カント寺院キャンプBGM永遠ものだろう。もし未聴ならyoutubeで聴いてほしい。

MYST(1994/SS/サンソフト

当時、プレステ派とサターン派でゲーオタ勢は真っぷたつに割れたが、俺は迷わずサターンを選んだ。本作をプレイするためだ。

当時は震えるほど高価だった(44800円)不格好きわまりない鼠色のハードファミマバイトして購入した。

膨らみ過ぎて破裂しそうになっていた、こちらの勝手な期待ははたして外れなかった。ポートピア以降のADV観はこの1本で刷新された。

トラベルの中でトリップし続けているような、唯一無二のゲーム。それが『MYST』。

インターネットなき時代に本作を自力クリアできた時の感動は筆舌に尽くしがたい(泣いた)。

ゲーム史的に言っても、その後の国内外RPGウォーキングシミュレーターというジャンルへの如実な影響が……や、ゲーム史云々の話はよそう。

ここに挙げたどのゲームも、俺にとっては「自分を作ったゲーム」であり、それ以上でもそれ以下でもないからな。

風来のシレン(1995/SFC/チュンソフト

つい最近まで「自分ローグライクゲームが好きなのだ」と思いこみ、それっぽいゲームには積極的に手を出し続けてきた。

が、結局、初代シレンが好きだったのだという結論に落ち着く。

当時、俺は浪人生だったが、心は勉強にも恋愛にも向かわず文字通り、寝ても覚めても今作とともに過ごした。

タクティクスオウガドラクエⅥもテイルズオブファンタジアも素晴らしいゲームだったけど、

朝晩取り憑かれたようにプレイしていた今作のせいで、この時期に出たゲーム自分の中で必要以上に印象が薄くなってしまっている。

後期SFCらしい完璧ドット絵も、和風すぎやまこういち傑作BGMも、チュンらしい快適操作UIも、寡黙なシレンも小生意気なコッパも、

ガイバラもペケジも※アスカも、どのモンスターより恐ろしい店主も、全てが愛おしかった。

手持ちのROMカセットは内部電池が切れてしまってたから、数年前、Amazonで新品を再購入。

フェイの最終問題」をどうにかこうにかクリアし、地球の裏側に再び出でた。

中年になった今でも、俺の腕と勘は(少なくとも初代シレンにおいては)まだ衰えていないようだな……。※訂正 アスカ→お竜

moon(1997/PS/アスキー

思うところありすぎて、何を書けば良いのか困ってしまう。

「昨年ついにSwitch配信されたし、もうすぐパッケ版も出るから絶対やっとけ!!!

それで終わらせてしまいたいところだが、どうも気が済まない。

数多の熱狂ファン批評家たちによってすっかり語り尽くされている感のある今作。

俺にとっては、世界の見え方をがらりと変えてしまった哲学書のような作品である

あるいはクラブカルチャーサブカル世紀末感……90年代後半、自分にとって全てだった世界をそのまま封じ込めたCD-ROM

本作はゲームでありながら、「ゲームを超えた何か」という感じがしてならない。

人生をすっかり変えてしまうかもしれない、それまで夢中になってきた「ゲーム」をやめさせてしまいかねない、超危険物

でも、だからこそ『moon』はゲーム以外の何ものでもない。

もはやゲームから素直に感動を得られなくなっていた、すれっからしの俺をもう一度「ゲーム」に住まわせてくれた、まったき「ゲーム自体」。

すまん、自分でも何言ってるかわからんくなってきた。

CONTINUEYES.

ゼルダの伝説 時のオカリナ(1998/N64/任天堂

世代的にゼルダディスクシステム時代からやってるが、正直、ドラクエと比べるとゼルダにそこまでの思い入れはない。

神々のトライフォース』も『風のタクト』も確かにめっちゃ良くできてると思ったが、「自分を作った」とは言い難い。

正直、世界中で大絶賛されたBotWもそこまでとは思えなかった。

あれがオープンワールドの傑作なら、俺はこれからクローズドワールド結構

時オカだけが俺にとってとくべつなゼルダである

なぜか? 「広がる世界」を生まれて初めて感じたゲームから

BotWと比べれば全くオープンワールドではないのだろうが、俺にとっては本作のハイラルこそ、生まれて初めて感じたゲーム内に広がる「世界」だった。

エポナを手に入れ、高原を走り回っている時以上に「世界」を感じたことは、今のところ、まだない。

夕暮れ時、ロンロン牧場マロンちゃんオカリナ演奏しながら過ごした時間よりも麗しい青春を感じたことは、今のところ、まだない。

L.O.L(Lack of love)(2000/DC/アスキー

moonディレクターである西健一氏が数少ないスタッフと生み出した傑作。

moon』が作り出したうずたか第四の壁をよじ登り、ついに超えてみせた作品は今なお本作のみと感じる。

エンディングはいい歳して号泣した(物心ついてから号泣した最後ゲーム)。

坂本教授BGMを作ったにもかかわらず、本作はろくすっぽ売れてない。

内容も恐ろしいほど過小評価されているように思う。

ドリキャスという幸薄いハードで発売したことと、高めの難易度設定に拠るところが大きいだろう)

おまけにリメイクアーカイブもないから、『moon』と違って「やってくれ」と気軽に言うこともできない。

だけどもし、ここまで読んでくれて、「こいつとはゲーム趣味近そうだな」と感じてくれたなら、どうか本作をプレイしてみてほしい。

とくに『moon』に強く打たれたゲーマー諸氏! 本作は『moon』の唯一の精神的続編と思ってほしい。やれば、わかる。

しつこく。再発売(配信)をせつに、せつに、せつに、望む。

スプラトゥーン(2015/WiiU/任天堂

本作発売時、75年生まれの俺はとっくに「中年」と呼ばれる年齢にたっしていた。

本作はそんな「まさか」という頃にやってきた、俺のラスト・オブ・アオハルだった。

そしてそのアオハルは俺を(おそらく)最後に「再構成」した。

それまでスタンドアローンしかゲームしなかった俺に、本作はオンライン/共闘しか味わえないゲームの楽しさと厳しさを骨の髄まで叩き込んだ。

その体験は視界を塗り替え、時間感覚刷新し、現実異化した。

これほど夢中になってプレイしたオンラインゲームは本作と『ARMSしか思い当たらない(やっぱ俺は任天堂シンパなのだな……)。

『PUBG』も『Overwatch』も『Fortnite』も面白かったけど、初代スプラから受け取ったJOYには届かない。

あの頃、夢中になって1日中プレイしてたイカ中毒者なら、

汗を流しながらでかいゲームパッドを握りしめていたあの2年間を死ぬまで忘れることはできないはずだ。

※※※※※※※※※※

俺を作ったゲーム10本は以上です。暑苦しい長文を最後まで(途中まででも)読んでくれて心から感謝

何年生まれか知らんが、そちらの「俺を作ったゲーム」もぜひ教えてほしい。何本でもいい。マジ知りたいから頼む。

※※※※※※※※※※

追記

まさかホッテントリ入りしてたので追記

ブコメ全部読みました。

こういう「○本」みたいな括りって、そこからこぼれ落ちた大事ゲームの思い出とか括りでは語れない気持ち排除するみたいで、

あんま良くなかったか……って書いた後はちょっと落ちこんだけど、

ブコメで多くの世代の皆さんを作ったゲームを知れて(知らなかったゲーム、やりたかったゲームがたくさんあった。やる)、

思いきって書いて良かったと思えた。心から感謝

剣呑な現世界だけど、みなさんと俺がこれから面白いゲーム出会える世界でありますように。

2020-06-12

anond:20200611201328

ヨドバシにいってきれいな風景画像CD-ROMを買ったりしてたんだぞ

そういうのは創作活動に使えないと知って、素材集買ったなあ。

2020-05-13

anond:20200511135415

ちょっと違う

ブームが起きたんだけど文化に出来なかったのではなくて、文化になったので潰されたのだ

エロゲ業界は、NEC-PC98の時代から、それなりのニーズを受けて市場が構築された

CD-ROM一般化、Windowsの登場など、様々な変化を乗り越えている

一番大きい変化は、泣きゲーブーム

ノベル形式誕生により、ゲーム性を置き去りにすることが出来た

可愛い子が悲惨な背景を背負い、それを共に乗り越えることで、感動を得る

ときには対象の死すら利用して、感動を得ることが売りになった

そうして、泣きゲーサブカルに認められ、文化になってみると

「泣けない」という理由で、エロゲ否定されるようになった

膨大なテキスト要求され、ともに笑い、ともに泣き、エンディングを迎える

この時期には様々なギャルゲコンシューマで発売されたが

それらも大筋この流れからは脱却していない

古来から売られるエロゲは別のもの抜きゲー」などと呼ばれ区別されるようになる

そうしたゲームは「姫騎士アンジェリカ」とか「レイプレイ」とか「ぬきたし」のように脈々と受け継がれるのだが

一度荒らされた市場で、本来王道のはずのそれらは、なぜか邪道の扱いを受ける


そもそも物語類型などたかが知れる

キャラクターもそうだ

から、いわゆる泣きゲーを作ろうと思うと、パズルになってしま

日常はこう、困難はこう、解決はこう、カタルシスはここに

の子は、ドジとロリと妙な語尾でいこう

消費し続けるにも限界がある

から、3年で消費者は入れ替わるなんて言われたが

過去の名作は、厳然と名作なままなのである

新規独自性模索し、キワモノになっていく

文化が育たなかったかエロゲが衰退したのではない

誤った文化が育ったため、衰退するよりなかったのである

対魔忍アサギなら、同じようなことを10回繰り返しても、人は買ってくれるのだ

けど、Kanonはそうは行かない

AIRをやって、CLANNADをやって、もう満腹だろ?

だって目的エロじゃないんだもの

目的は、少女と織りなす「感動」の消費で、エロと違ってそれを供給し続けるのは難しい


エロゲ業界は、ブームに踊って自殺したんだよ

2020-03-14

初代PSの立ち上げは任天堂への怨念からではない、というお話

実はプレイステーションの生みの親、久夛良木健任天堂へ出入りしはじめたのはファミコン時代ディスクシステムの頃。その頃からソニーフロッピーディスクを使ってくれと営業に来ていた。

その時から久夛良木は「家庭に置く高性能コンピュータ」という夢を持っていた。そのため一番近いのはファミコンバカ売れしている任天堂と手を組むのが一番だと思っていた。

フロッピーディスクディスクシステムのクイックディスクよりも高性能・大容量ではあったがコスト面にて折り合いがつかず採用には至らず。しかしそこから久夛良木任天堂との付き合いが始まる。


その縁がもととなりソニー音源チップ次世代機スーパーファミコンに搭載することになった。開発用ワークステーションNEWSソニー製だ。この時点ではがっちり手を組んでいる。

そしてCD-ROMオプションの話が出てきて、その後キャンセルとなるのだが、実は証言をたどると意外に久夛良木自身はあっさりとしている。

https://www.cesa.or.jp/efforts/keifu/kutaragi/kutaragi03.html

「ある共同開発プロジェクトが、一方の事情が変わって頓挫してしまう」というのは、一般的にも起こり得ることです。ソニーでは他社との間で多くの共同開発プロジェクトを手がけていましたが、最終的な成果にたどり着けなかった企画もいくつか存在していました。

と、なんと任天堂キャンセル理解すら示している。「任天堂野郎をなんとかして見返してやる」的な怨念全然見られない。実は同様の証言他者からもでている。



https://www.4gamer.net/games/000/G000000/20120903062/

「そういう解釈が一番分かりやすく,ストーリーとして面白いけれども,実際はそうじゃなかったように思う」

「もちろん,悔しいという気持ちもあっただろうけれど,何よりも多良木さんは“やりたかった”んじゃないかな。それが真実でしょう」

「だから,今度は(任天堂など他社が介在することなく)自分達の“本当にやりたいこと”ができる状況になり,むしろ久夛良木さんは『しめしめ』と思っていたかも」


SCE設立に関わった丸山茂雄証言である久夛良木PS立ち上げに動いた原動力は負のものではないという。プレイステーションの立ち上げは怨念とは違う、正の理念に基づいていた。

2020-02-11

黄金マリオ像と「悪の組織初心会」と任天堂エンタテインメントの話 ※追記有り

 黄金マリオ像、というものを知っているだろうか? 1990年代の子供たちの憧れであり、ゲーム屋の怨念掻き立てるアレのことだ。

 任天堂が始めた「任天堂エンタテインメント」というフランチャイズシステムがある。任天堂の卸を担当している初心会に金を払うことで、大作ソフトが多数回してもらえるようになるのだ。通常はゼルダの伝説20しか入らないのに、これに入会していると400本入ってくるというわけのわからないシステムだ。かわりに敷地が何畳以上とか、保証金が最低百万だとか、それなりにリスクも追うわけだが。で、入会すると貰えた店用販促物がこの黄金マリオ像だ。これがおいてある店は結構子供心に輝いて見えたものだ。店主からしたら忌々しさもあったものだろう。

 今ではなぜか初心会がかつてゲーム業界を牛耳っていた悪の大組織に扱われ、その象徴としてこのマリオ像がやり玉に挙がることもあるのだが、もうちょっと詳しくここらの事情を書き残すことにする。おっと、私は決して業界内の人間でないので、そんな人間でもわかる範囲内のことと、想像できるものの話ししかしないぞ。


 昭和時代ファミコンというものが生まれおもちゃ市場は一気に変わっていった。玩具なかにデジタルデバイスが入り込み、子供たちは夢中でファミコンゲームを買い漁った。マリオドラクエロックマンスターソルジャー……いろんなゲームが生まれ飛ぶように売れていった。するとどうなるか。街にファミコンショップというものがどんどん増えていった。

 任天堂おもちゃ流通として使っていた初心会を利用してファミコンソフトを全国に出荷した。この初心会とはようするに任天堂と付き合いのあったおもちゃ卸業の親睦会だ。もともとそんな大それた組織というわけではない。

 もちろん昭和時代からすべての小売店初心会問屋取引しているわけではないし、おもちゃ卸業の会社の大多数が初心会に入っているわけではない。そのため初心会に非参加の二次問屋も多数いた。その二次問屋を通ってファミコンソフト仕入れ小売店もまた非常に多かった。ファミコンが売れると嗅ぎつけた奴らはこぞって店を立ち上げ、夢中でソフト仕入れ売りさばいた。ゲーム市場がどんどん大きくなり、セガNEC独自流通をつかってゲーム市場に乗り込んできた(一部セガ初心会を使ったりもしていたそうだが)。


 ファミコンからスーパーファミコンへとプラットフォームを移した頃、いよいよ任天堂初心会に難題が降り掛かってきた。「小売店が多すぎる」問題だ。

スーパーマリオコレクションを例にあげようか。どうやっても200万本は売れるゲームソフトだ。工場もそれを見込んで確保する。ところが小売店からの注文を吸い上げた初心会への注文は、それを遥かに超える500万本になる。

 なぜこのようなことが起きるのか? 小売店が欲しい数をそのまま問屋に注文するからだ。その地方にすむ子供の数を見込んで小売店は注文する。しかし近隣のライバル店も同じ数だけ発注しているのだ。品切れを恐れた小売店の注文は初心会でまとめられたところで重複に重複を重ねた数字になってしまう。

ではそのまま工場をフル生産して500万本作るべきだろうか? 論外だ。そんなことをしたら小売店には大量の売れ残ったマリオコレクションが棚を締めることになるだろう。その結果はどうなるか。値崩れだ。そしてアタリショックの二の舞になってしまう。

 よく「クソゲーの氾濫でアタリショックが起きた」といわれるが、事実はまたもうちょっと違う。クソゲーの氾濫の他に「価格崩壊」もあげられる。小売店は売れなかったクソゲーを値引きする。値引きしたソフト消費者は買う。そうすると正規価格ではそもそも見向きがされなくなる。そのため正規価格が守られなくなりどんどん値下げに走り、撤退倒産したメーカー放出した在庫さら市場に流れ、価格さらに落ち込み……というデス・スパイラルが、アタリショックだ。任天堂絶対にこの現象を起こしてはならなかった。

 適正量を見極め適正量の製品を出荷する。その結果は「儲けさせる小売と、そうではない小売とを選別する」必要に強いられる。すべての店に平等マリオを出荷すべきだろうか? いや、そうではない。不人気ソフトでも買い取ってくれる、不良在庫を引き取ってくれる小売店初心会優遇しようと考えた。人気ソフトしか買わない小売店は卸からしたら不要なのだ。そんな店なら上得意の店に回したほうがマシだ、というわけだ。

 それまで抱き合わせ販売をして初心会小売店を選別してきたが、さすがにいよいよ無理がでてきた。この状況を打破するための小売店選別システム。それが上記任天堂エンタテインメントであり、黄金マリオなのだ。なんなら小売が卸を担当してマージン取って他の小売店にまわしてもよい(まあこれは表向きはNGということになっていたが)。なお、「敷地面積○畳以上」という条件を満たせなかったプレハブのようなファミコンショップも当時は結構あった。

 ところがこのシステムスーパーファミコン末期には崩壊する。任天堂エンタテインメントに参入する小売自体が増えすぎてきたのだ。さらにはその地方に一店も任天堂エンタテインメントに参入していないような状況だとむしろ在庫拮抗して小売店にとっては不都合がなくなる。そうなると「誰も参入せずに困らない地方」と「全員参入してしまって困っている地方」とが生まれてくる。最終的に「入れば儲かる商材が大量に仕入れられる」から「入らないとそもそも入荷しない」にまで悪化する地方すら生まれたという。小売の選定にも限界が来てしまった。


 そうした状況がプレイステーションによって完全に破壊された。ソニー独自流通で直接小売店に卸たのだ。問屋不要になった。問屋は今まで選定する立場にいたが、以降は選定される側に回った。初心会内で吸収合併が続き、数をどんどんと減らしていった。初心会外の問屋も潰れるか、吸収されるかになっていった。初心会はいくつかの改革を行ってきたものの、結局プレイステーションの攻勢に太刀打ちできず解散した。解散後も任天堂意向を汲んだり任天堂意見をいったりとしてそれなりに機能していたが、岩田社長へと社長交代が行われたあたりでその動きもだいぶ削がれていった。

 なおソニー流通でもいくつかのごたごたがあり、最終的にはゲームメーカーが自社独自流通を持ち直接小売店に卸すようになった。これがPS1後期。今では大手ゲームメーカー自主流通に、中小サードがぶら下がる形でゲーム流通されている。みんな大好き日本ファルコムコナミ流通担当しているぞ。

 

 初心会は決して業界を牛耳っていた悪の組織ではない。アタリショックの幻影に怯えそれを阻止しようと尽力し、結果滅んでいった(厳密にいえば滅びてはいないんだが……)清濁併せ呑む存在だ。黄金マリオ像は小売からしてみたら忌々しさを覚える象徴だろう。しか初心会からしてみたら、それなりに自己正義というものがあったんじゃないだろうか。






追記

 こんなつまらない日記ブックマークしていただけて感謝。すごく嬉しい。いくつかブコメに返信する

従事

 多数指摘をいただき大変申し訳無い。何分脳が8bit故許してもらいたい

任天堂を絶賛するやつってこの話題絶対触れないよな。これのせいでメガドライブPCエンジンソフトがどれだけ買いづらかったか(入荷数が極端に少ないという意味

 これは因果が逆なのではないかな、と思っている。

 たしかに小売に対して問屋が「他の所とは取引するなよ」と圧力をかけたという証言はあるのだけれど、じゃあ実際どうだったかというとNECPCエンジンCD-ROM2ユニットを売り出したときには至るところから寄越せ寄越せの大合唱になったということもあるんで、「上手いこと小売もやっていた」んじゃないかと思う。もしくは問屋自分のところを経由する形なら文句言わなかったとかかな。

 PCエンジンメガドライブはただただ出荷量が少なかった。めちゃくちゃ売れたイース1・2やソニック・ザ・ヘッジホッグで30万本くらいだ。同時期のスーパーファミコンミリオンソフトがずらりと並んでいる。小売は当然売れる商材を中心に揃えるわけだから、圧されてしまうのは仕方ないんじゃなかろうか。

 そうして売れる商材を揃えている初心会からこそ、横暴なことをやっても小売は耐えてきたわけだ。単純に販路が弱いっていうのもあるはずだ。スーパーファミコン初心会とそれに非参加の二次問屋を巻き込んで在庫のやり取りをしていたので品切れをしてもリピートの確保ができた。PCエンジンメガドライブはそこに余裕がなかったので即メーカー発注になり、そこにも在庫がなければリピート待ちだ。


権力もってる人間がオトモダチ優遇したりグレーな事やってたりするのを悪の組織と呼ぶべきではないかって言うと・・・

 オトモダチ優遇なんて話しじゃないよ。単純なビジネス上の付き合い。ドラクエマリオしか欲しくない小売は多かっただろうけれど、そんな小売は問屋からしたら何の魅力もない取引だってことだね。


ゴールドマリオ像懐かしいな/最近任天堂絶賛派はこの件を知らないか、知ってても「流石山内組長は商売上手!」みたいに言うのではなかろうか

 山内社長から出た案ではないと思う。というか任天堂発案ではないんじゃないかな。マリオ像も販促物も初心会名義だったので、集まった金は初心会管理していたのだろう。任天堂からしたらどこの小売に儲けさせるか云々はさすがに範囲外だからね。


>当時はリピートもめちゃくちゃ時間がかかったんでね

 これに関しても面白い証言があった。確かにROMリピートに二ヶ月以上かかり、CD-ROMは3週間ほどで生産できたというんだが、「在庫がなくても問屋にある。問屋になくてもメーカーにある。メーカーになかったらいよいよリピート待ちになるが、3週間後でも二ヶ月後でも結局熱が覚めてしまうから同じことだ」というものプレイステーション問屋メーカーが一体化していたから、初心会内でやりくりしていた任天堂比較して在庫の数という面では不利になったかもしれない。ファイナルファンタジーみたいなリピート待ち必須超人ソフトはさすがに恩恵があっただろうね。

 続きを希望されてて嬉しい。実はネタはあるから、気長に待っていて欲しい。初心会から開放された小売がどうなったかというと、あんまり明るい話題じゃないんだけどね。

2020-02-03

anond:20200203134142

昔は「このCD-ROMを入れてくれれば自動でやりますのでウィーンガシャウィーンしたあとはOK連打してください」みたいな感じで逆に楽だったのだが

今は添付メディアなんてないからな

2020-01-15

日本マイクロソフト起源国だったら

OSアップグレードパソコンの買い替えと同時以外に行えない

アップデートCD-ROMコンビニで売られている。一枚3800円

メールソフトは有料で14800円(フィルタリングサービスは別料金

2019-11-29

anond:20191129090305

CD-ROMをぶら下げておくとか。ネット黄色だね。

こっちは袋、ブルーだけど、カラス来てないよ。

(うちの地域優良クリーンステーション。)

2019-06-15

PCエンジンミニ 収録タイトル予想(というか願望)

■発表済み

スーパースターソルジャー

THE 功夫

PC原人

悪魔城ドラキュラX 血の輪廻

イースⅠ・Ⅱ

ダンジョンエクスプローラー

 

 

ハドソンコナミだし入るだろう枠

カトちゃんケンちゃん

スーパー桃太郎電鉄シリーズ

ネクタリス

ガンヘッド

ニュートピア

ボンバーマンシリーズ

桃太郎伝説

ソルジャーブレイド

天外魔境シリーズ

SPACE ADVENTURE コブラ

うる星やつら STAY WITH YOU

ドラゴンスレイヤー英雄伝説シリーズ

スターパロジャー

銀河お嬢様伝説ユナ

ときめきメモリアル

聖夜物語

 

 

オリジナルタイトル

改造町人シュビビンマンシリーズ

はにいいんざすかい

ファイヤープロレスリングシリーズ

麻雀学園(マイルド

F1サーカスシリーズ

マジカルチェイス

ゼロヨンチャンプ

サイレントデバッガーズ

ヴァリスシリーズオリジナルじゃないけど)

CD-ROMマガジン ULTRABOXシリーズ

コズミックファンタジーシリーズ

超兄貴

  

 

■名移植タイトル

R-TYPE Ⅰ・Ⅱ

ドラゴンスピリット

源平討魔伝

最後忍道

超絶倫人ベラボーマン

大魔界村

マッドストーカー

モンスターレア

スーパーダライアス

スナッチャー

グラディウスⅡ ゴーファーの野望

 

 

個人的願望枠

魔界八犬伝 SHADA

弁慶外伝

ダウンロード

サイバーナイト

レッドアラート

エルディス

スプリガンマーク2

ライザンバー

キアイダンOO

ウインズオブサンダー

ゲッツェンディーナー

 

 

サプライズ

銀河婦警伝説サファイア

スナッチャーパイロットディスク

NO・RI・KO

ダライアスアルファ

リンダキューブ

スチームハーツ

スペースファンタジーゾーン

CD麻雀 美少女中心派

天外魔境NAMIDA

ワードナの森

2019-05-27

anond:20190527130753

いやメインはダウンロード販売だし、DとG打ち間違えただけなんだが。

DLが便利になったかCD-ROM販売はかなり廃れたね。

2019-02-18

小・中学生ときにやっていたネトゲ名前が思い出せない

1994年まれの女です

小学生のころからCD-ROMゲームやってた世代

2000年2010年あたりに遊んでいたネトゲ名前を思い出したいのですが、記憶曖昧すぎるので思い出せない。

当時ネトゲをやっていた皆さん、お知恵をお貸しください。

特徴としてはチャットができて、洋風冒険的な世界観、よく分からないけど赤とか青とかの水晶玉が道具としてあったような気がする。石畳やお城があって今のゲームみたいな美しい二次元イラストとかではなくて、アバターというかドット絵?のキャラクターをちょこちょこ動かすみたいなやつ。

実家パソコンにはウイルスバスターが入ってて子どもだった私はアダルトサイトを始めかなり閲覧制限をかけられていたと思うんだけど、そのネトゲサイトは使えた。同時期にアットゲームズをやっていたので、その中の一つのゲームかな?と思うんだけど探してもよく分からない。

脱出ゲームとか着せ替えFlashゲームとか、Samorostも好きでよく遊んでいた。

多分そんなに検索能力は高くなかったから「無料ネトゲランキング」みたいなサイトで上位から探して遊んでいたのだと思う。

何か心当たりのある方は教えていただけると幸いです。

2018-11-08

anond:20181108160022

まあでも

エントリーモデルThinkPad i Series 1424』は、CPUモバイルCeleron-400MHzを採用する。そのほかのスペック機能等は現行モデル『1456』と同じで、64MBのメモリー(SDRAM)、最大24倍速のCD-ROMドライブ、4.8GB(E-IDE対応)のHDD、DSTN液晶パネルの画質を向上させた13インチHPAカラー液晶ディスプレー(800×600ドット/1677万色)などを搭載する。

このスペックでよく頑張ったと一応は褒めてあげたい

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