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2021-04-12

確定申告今年も無事終わった増田よ出す魔たっ和叔父部も使徒国紺敷いてくか(回文

おはようございます

今年も無事確定申告終了よ。

というか、

4月まで延長したものの、

ゲームで遊び呆けていたのが悪いのよ!

ビシッと気を引き締めて

やる事務処理は処理しちゃいました。

個人でやってる分は

たかが知れてる規模なのであんまりそう言う月1万円とかでの

税理士さんとかそういうのにはお任せコースはしてなくて、

それ月1万円でも年間12万円の費用が浮くと思えば自分でやっちゃうわよ。

でね、

ふつーに費用収益を上回ったら納税額ゼロになるかと思ってたけど、

そうは問屋が卸さないよくよく考えてみたら当たり前だのファイヤークラッカーよね。

そういう所の知識のなさが露呈しちゃうわ。

今期は利益マイナスで経費計上たくさんしたか

てっきりもう納税額ゼロかと思ってたけど、

もうちょっと本当に経費計上すればよかったわって思うし、

しろ結構経費たくさん計上しちゃっても大丈夫なのね!って

日々やっぱり帳簿は付けておいてリアルタイムに状況を把握して確定申告時の納税額を把握しておくべきだったわ。

ギリギリになって帳簿が完成して納税額がこのぐらいかーってその時に知るより

事前に月ごとなのかそういう段階段階で知っておけば、

随時対応修正とかもできるじゃない。

日々勉強だわーって思っちゃったわ。

あと私の場合

紙の領収書とかレシートとかは少ないので、

あっても秒で入力処理とかは瞬殺出来ちゃうけど、

やっぱり勘定科目毎でレシートを分けておく方が

入力するときレシート整理し直さなくて済むから

今年はちゃんレシート勘定科目毎でまとめてファイルしておかなくっちゃって

そうするとまた秒で確定申告終わるから楽チンよね。

あとインターネッツで申告する場合深刻なことで、

いい加減Windows7ではなんかログイン出来ないというかカードリーダーが上手く対応できないというか、

このためにWindows10を買う?って思ってたけど、

昨年パソコン新調しておいてよかったわって思うし、

Windows7でもずっとずっと戦えると思っていても、

こういう行政とかのOS縛りがあったら

やむなく新しいのにしなくちゃいけないマイクロソフト商法なのかしら?って思っちゃうわ。

まあ無事全部終わったから良かったものの、

今回は経費のこと勉強したので

昨年より少ない納税額で済んだし

ちょっとお利口さんになった私を見て!って感じでもあるわ。

帳簿を付けるのに時間が掛かるというより、

パソコン対応しているしていないで、

それを調べている方が、

時間を取られることが多いような気もするわ。

マイナンバーカードパスワードとかも

今回はちゃんと覚えておいたし、

今年は恙なく宴もたけなわと言ったところかしらね

から前も書いたかも知れないけど、

これは経費になりますか!って類いの本が

棚にいっぱい並ぶじゃない

ああ世の中の人は経費になるかならないかいかに困っているかビジネス本になるぐらい活況しているんだし、

そもそもとして確定申告ムック本は役には立たなかったので

暖炉の薪として焼べることにしました。

あれは見ても全く役に立たなかったので、

なくても良いかもしれないし、

大抵のことは勘定ソフトウェアがやってくれるので、

私はほぼ何も考えなくても良いか

開いた時間マリオカートで遊び呆けてられるのよね!

さすがに任天堂SwitchIT機器として経費計上するのはやり過ぎだと思うし、

バレたら怒られそうなので、

しなかったけど物は言い様かも知れないし、

ユーチューブ的な動画を観る端末と言い張ったらいいじゃない!って思ったけど、

ソレよりももっと経費計上できる手段

会計の本を一冊読む方が

家賃按分なんて知らなかった単語

ぷよぷよ相殺って言葉を初めて知ったときのような喜びよ。

まったくもってオフセットだわ。

あとさ、

エクセルが無くちゃ生きていけないと思ってたけど、

今はネットでもエクセルが出来るから

いつでもどこでもどんな機械でも

エクセルが出来るから帳簿付け放題で素晴らしいエクセル好きにはたまらない時代突入していたのね。

これなら日々帳簿付けるのも苦じゃないし、

確認もできるって訳よ。

便利な世の中ね。

本当にそう思うわ。

私も使おう!って思ってたけど

売上帳は既にネットグーグルエクセル

これがそうなのね!って

改めてビックリした次第よ、

もうこんなところにも浸透していたんだわ!ってね。

うふふ。


今日朝ご飯

シン・サンドイッチあったわよ!

厚切り玉子焼きベーコンも挟まったやつ!

今買わねばいつ買う買って鬼気迫る感じで

わずゲットよ。

玉子系のサンドイッチがあるなら

商品には飛びついちゃうわ!

アメリカ暮らしが長いと日本で食べる生のベーコンちょっと抵抗有るけど、

私はあのカリカリベーコンも嫌いではないし、

ベーコン味噌汁ってカテゴライズされているぐらい

アメリカでは結構あれをいかに上手にカリカリ焼けるか選手権で嫁に行けるか行けないかってあるみたいだから

カリカリ焼きベーコン焼き機は

嫁入り道具の定番なのよ。

今日デトックスウォーター

イチゴがこの時期最高にマックスなので

バリューのあるうちに

まり苺の良い季節に良いデトックスウォーターは今よ!って具合で

ちゃんウォーラーしました。

ほんのりピンクイチゴ味よ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-04-11

雑誌映画秘宝』の記憶(47)

【サタニストの美学とは?】

 高橋ヨシキがサタニストを自称していることは、よく知られています

 田野辺尚人は、恫喝DM事件に対する対応において「責任能力が無い」と見做された有様ですが、最近ちくま文庫から再刊された高橋ヨシキの著書『悪魔が憐れむ歌』に解説文を寄せていることから、今だに田野辺高橋の結び付きは固いことが窺い知れます

 田野辺尚人解説に拠れば、サタニストとしての高橋ヨシキが影響を受けたとされるのはAnton Szandor LaVey(米国The Church of Satanの設立者代表著書『The Satanic Bible』)であるとのことです。

 さて、このSatanismにおいては「9つの罪」が定義されていると言われています

 そこで今回は、この「9つの罪」を挙げて、旧体制映画秘宝』陣の実態と照らし合わせて見ていきたいと思います

(1) 愚鈍さ:恫喝DM事件で「アカウントを乗っ取られた不正操作だ。自分(=岩田和明)は事件に関与していない」と虚偽の弁明で岩田が逃れようとした際に、この無理が有る岩田の言い分に安易に乗った田野辺尚人は、この罪に該当していると言えそうです。

(2) 虚栄:本質的には女性蔑視同性愛差別思想の持ち主であるにも関わらず、それを知らない人間たちの前では「我々は差別と戦う」と正義ヅラ有識者偽装することから旧体制映画秘宝』陣は、この罪に該当していると言えそうです。また、非モテ過去を無かったことにして「大人の男の恋愛論」を語っていた町山智浩は、虚栄の典型と言えます

(3) 唯我主義:「町山智浩が大好きだから」という理由自分女性パートナーの肉体を献上した高橋ヨシキと、それを享受して面白おかしく語った町山智浩は、明らかに女性自身の意志人権尊厳などを微塵も考慮していません。自分たちの快楽欲望だけを優先しているのですから、間違い無くこの罪に該当していると言えそうです。高橋ヨシキが力を持つ旧体制映画秘宝』で切り株派が依怙贔屓によって優遇されていたことも理解せず、体制変化に伴う優遇の終了に不満を漏らしたナマニクも「唯我」の例と言えそうです。

(4) 自己欺瞞:悪い意味子供じみた言動に終始していて、明らかに大人になりきれていないにも関わらず、自分自分に「オレ(たち)は『大人の男』である」と言い聞かせる。あるいは、自分たちが繰り返し差別を行っているにも関わらず、自分自分に「『映画秘宝』は社会不正義や不公正と戦う雑誌」と言い聞かせる。そうして、自分自分に吹き込んだ「嘘」を信じ込もうとするのは、この罪に該当していると言えそうです。俗に言う「詐欺師自分自分の嘘を信じるようになる」と云う状態なのかもしれません。

(5) 群れに従うこと:ホモソーシャル集団病理として「身内が絶対正義」と云う考えに凝り固まり自分たちの身内にだけは異常に甘い態度を取るので、間違い無く旧体制映画秘宝』陣はこの罪に該当していると言えそうです。町山智浩の『実写版進撃の巨人』の失敗に対する批判の声を不自然なまでに小さく控え目にしたこと柳下毅一郎が吹いた犬笛に侍功夫が逸早く反応して付き従う姿勢を見せたことなど、その実例には事欠きません。

(6) 見通しの欠如:切り株映画至上主義者は『映画秘宝』を私物化して「自分たちの価値観けが常に正しい」「自分たちの好みに合わないものには価値が無い」と盛んに吹聴し、閉鎖的な態度を取り続けてきました。これが、将来の幅広い読者を開拓・獲得することを阻害して、雑誌未来を閉ざす結果に繋がると理解していなかったことは、この罪に該当していると言えそうです。(「少し考えれば馬鹿でも分かる」ようなことを理解していなかったと云う意味では(1)にも該当すると言えそうです。)

(7) 過去の正統の忘却ムック形式時代の『映画秘宝』は「予算芸術性や出来の良し悪しに関わらず『好きな映画は好き』と云う気持ちだけは平等だ」と云う基本理念を示していました。それを忘れ去り、異なるジャンル価値感の間で優劣を付けるように悪い変化を遂げたことは、この罪に該当していると言えそうです。

(8) 非生産的プライド:「オレたち男と違って、女たちは『ユー・ガット・メール』を見て喜ぶような馬鹿どもだから、オレたち男は女よりも偉い」と云う男尊女卑思想。「オレたちストレートの男は、同性愛者よりも立場が上だから、奴らを嘲笑してもよい」とする同性愛差別思想。「オレたち切り株映画ファンは悪いことをしないが、萌アニメが好きな奴らは犯罪者予備軍だから叩いてよし」とするジャンル間の優劣思想。「若い奴らや女は物事を知らないから、何でも知っているオレたち大人の男が教えてやろう」という説教願望。旧体制映画秘宝』陣は、肥大化して歪んだ自尊心の持ち主の見本市ですから、確実にこの罪に該当していると言えそうです。これだけ社会多様化が進めば「オレ(たち)は何でも知っている」という仮面を被り続けることは無理があるのですが、それでもその仮面を手離さないのは、他人から「物を知らない」と思われることに堪えられないというチンケな自尊心に囚われていることの顕れでしょう。てらさわホークが『マン・オブ・スティール』について嘘八百を書いた際、自分よりも知識豊富人間から間違いを指摘されて逃亡したのも、チンケな自尊心の持ち主だからと言えるでしょう。

(9) 美意識の欠如:間違いや過ちを指摘されても目と耳を塞ぎ続ける自分たちの振る舞いが、客観的に見れば非常に格好悪いということに気づいていない、もしくは気づいていないフリをし続けていることは、この罪に該当していると言えそうです。ロマン優光言論反論できないか誤植に赤丸を付けるというみみっちい行動に出た柳下毅一郎は、その一例でしょう。

 ざっと見てきましたが、もしもSatanismに価値説得力を見い出し得るとするならば、それはイズムの信奉者を自認する人間が「内省を伴う批判精神」の持ち主であればこそでしょう。

 自分たちホモソーシャル集団にとっての「敵」と見做した他人執拗に口撃するのは大好きで、自分自身や身内には異常なまでに甘いという高橋ヨシキらが、そのような「内省を伴う批判精神」の持ち主であるか否かは、誰の目にも明らかです。

 「論語読みの論語知らず」という諺は、高橋ヨシキ旧体制映画秘宝』陣の実態形容するのに、実に相応しい言葉と言えるでしょう。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-07

雑誌映画秘宝』の記憶(43)

旧体制映画秘宝』と「女性(を含めた他者)との関係構築」の話】(承前)

 前回の投稿では、町山智浩高橋ヨシキ旧体制映画秘宝』の「女性に関する話題」には「女性(を含めた他者)と『対等』で『一対一』の関係を構築した話に乏しい」ということを指摘しました。

 一応フォローしておくとすれば、奥さんの方から転がり込んで来たり、何回も結婚したりするぐらいだから、彼らも「ある時点では」「何らかの魅力」が有る/有ったのでしょう。

 ただし、離婚したパートナーから離婚してよかった」と言われたり、Twitter芸人状態家族から放置されたりしている姿を見れば、一対一の対等な関係を維持できるだけの「継続的な」「本物の魅力」に欠けている/いたのではないかという疑いを抱かざるを得ないというのが、一読者としての率直な感想です。

 人間というのは愚かで弱い生き物なので、私生活が上手くいかないことは往々にしてあります。その失敗をどのように受け止め、どのように対処していくかで、人としての最終的な価値は定まるのだと思います

 町山智浩高橋ヨシキらの旧体制映画秘宝』が、彼らの抱えるこの「一対一の対等な関係を構築・維持できない」という不満や鬱屈を、誌面作りにぶつけていたことは確かです。そのこと自体別に悪いことではないのですが、問題は「ぶつけ方」が悪かったことです。「一対一の対等な関係忌避する」傾向が、読者に対しても同じように発揮されてしまったのです。 

 学生時代部活動をしていた経験の有る人には「卒業して既に何年も経つのに、やたら部活動に顔を出しては、在校生部員相手に偉そうにしたがる『OBオッサン』」に遭遇した経験を持つ人もしるのではないでしょうか?今にして思えば、あのウザいオッサンたちは、現実社会で「他者との対等な関係を構築して居場所を作る」ことができず、そんなオッサンたちが唯一「『下の人間』に対して『デカイ顔』をすることが可能場所」だったから、卒業して何年も経つのに母校の部活動に頻繁に顔を出していたのだと推測されます。早い話が、あの「ウザいOBオッサンたち」は、彼等に気を遣ってくれる在校生部員に甘えていたのでしょう。

 私が言いたいのは「現在町山智浩高橋ヨシキてらさわホークらは、何だかこの『ウザいOBオッサンたち』にとても似ている」ということです。

 旧体制映画秘宝』陣が映画について語る時、まだムック形式の頃には「好きなものについて、お互いに同好の士として語り合おう」という純真さや、誌面と読者との間に対等な関係を保とうという姿勢が有ったと思います。だからこそ、熱狂的な愛読者を獲得できたのです。

 しかし、雑誌化・大型化してから特に切り株映画世界真実を描いている!」とか言い出してから露骨に「君たち『若いモン』は物事が分かっとらんだろうから、オレたち『大人のオジサン』が教えて上げよう」という「マンスプレイニングによるマウントの願望」をダダ漏れさせるように変化しました。

 「切り株映画への偏愛」は、親兄弟学生時代の級友たち、その他の一般社会には好意的には受け入れてもらえなかったことは、想像に難くありません。その「切り株映画への偏愛」を卒業しなくても許され場所しかも、それを好きなだけ吐露しても許される場所。それが高橋ヨシキ切り株派にとっての『映画秘宝』だったのでしょう。

 しかし、本来それが許されていたのは「予算とかジャンルかに関わらず『好きな映画は好き』という想いだけは、お互いに等価なんだ」という映画ファンとしての「お互い様主義」の前提があったればこそです。

 ところが、高橋ヨシキらの切り株派が主導権を握るようになると、彼らが誌面を私物化して「オレたちが好きな切り株映画には価値が有る!しかし、軟弱なオタクどもが好きなアニメ作品なんぞには価値は無い!そんな物を好きになる奴は馬鹿だ!」と自分たち好みの特定価値観だけを押し付けるように、悪い方向へと『映画秘宝』を変化させたのです。

 譬えるならば、ウザいOBオッサンたちが部活動に顔を出し続けるうちに勘違いして、頼まれもしないのにコーチ気取りとなり、在校生部員たちに体罰パワハラ無意味筋トレ等を強制し始めたようなものです。在校生部員にもウザいOBオッサンたちとウマが合う奴は存在して、そういう奴らにとっては楽しいのでしょうが、そうではない部員にとっては地獄以外の何ものでもありません。町山智浩柳下毅一郎の覚えがめでたい高橋ヨシキは「ヨシキくん/さん」と依怙贔屓されて持て囃されていた一方で、ギンティ小林軍隊格闘技ブラジリアン柔術体験取材地獄を見ていたことを思い出して下さい。

 いずれにしても、長きに渡って『映画秘宝』の誌面では、特定ジャンル肯定的に扱われて優遇される一方で、また別の特定ジャンル否定的に扱われて冷遇されることとなり、多様性が失われてしまいました。

 しかし、こういう「ウザいOBオッサンたち」が偉そうにできるのも、学校部活動が存続していればの話、在校生部員オッサンたちを受け入れればの話です。

 若い者に対して説教をしたり価値観を否定したり押し付けたりすることを好むような、ウザいOBオッサンたちが居座っていることが広く知れ渡ったら、一体どうなるでしょうか?入学や入部を希望する人間の数も、減っていくのではないでしょうか?

 それと似たようなもので「たとえ切り株映画は好きでも、それを肴にして若者の上に立ちたがるような、イイ歳をしたオッサンたちのことは好きじゃない」と考える読者からすれば、よほどのマゾヒストでもない限り、町山智浩高橋ヨシキてらさわホークらの自己満足的な説教に付き合う義理は有りませんから、避けたくなるのが人情というものです。

 さらに、現代若い人たちは「ウザいOBオッサンたち」が若かった頃の何倍も学んで勉強して、物事をきちんと考えています人権平等に対する問題意識も、ウザいオジサンたちよりも遥かに高いのです。口先では「反・権力」を唱えながらも、現実では女性パートナーの肉体をセンパイに献上したり、それを享受したり、同性愛差別発言女性蔑視発言を繰り返すようなオッサンたちの「底の浅さ」や「欺瞞」など、直ぐに見抜くのではないでしょうか。

 要するに「若い奴らには説教必要だ」なんて、勘違いしたウザいオッサンたちの自分勝手な思い上がり、それ以外の何ものでもないのです。

 それでも、侍功夫(samurai_kung_fu)のように犬笛で馳せ参じる忠義心に厚い子分や、「恫喝DM事件で『映画秘宝』を批判しているのは、仕事を貰えなくて嫉妬している奴らだ」とかトンデモ説を唱え出すようなポンコツ子分が出来る可能性も無くはないので、なかなか勘違いを改められず、OBオッサンをやめられないのかもしれません。

 さて、パワハラ四人衆は既に『映画秘宝』を放逐されました。これは、上下関係や力関係を利用した「特定価値観の押し付け」が、今までのように簡単には出来なくなることを意味しています。そんなフラットな条件下で彼らは、彼らを称賛してくれるような読者を上手く新たに獲得できるのでしょうか?

 そんな彼らの今後を占う、こんな話があります

 実はかつて、『映画秘宝』はウェブ掲示板を開設したことがありましたが、最終的には閉鎖されてしまいました。その閉鎖理由は、掲示板利用者である読者と、掲示板管理者である映画秘宝関係者との間に、意見の相違による激しい論争が掲示板上で発生したことでした。

 もう少し詳しく言えば、この時に『映画秘宝関係者が第三者を装って「第三者の目から見れば『映画秘宝』側の意見が正しいと思う」と自作自演書き込みをしたという疑惑が生じてしまい、弁明ができなくなったために掲示板を閉鎖したと言われています

 この話を記憶している人間には、今回の騒動で『映画秘宝』を放逐された四人衆が、今後のフラットな条件下で読者を獲得できるか否かについても、ある程度の予想がつくのではないかと思います

 町山智浩高橋ヨシキは「大人の男」ぶることを好み、自分たち価値理解できない作品ジャンルファンのことを「幼稚なガキども」と口汚く罵って攻撃します。また、彼らは「いつまでも思春期に囚われた、大人になりきれないガキのような大人」も盛んに攻撃します。

 しかし、上で述べたように、町山智浩高橋ヨシキらは「いつまでも部活に顔を出すウザいOBオッサンたち」であり、つまり町山や高橋らこそが「思春期(の劣等感)に囚われたまま、大人になりきれないガキのような大人」に他ならないのです。

 自分趣味他人から好意的に受け入れてもらえなかったという思春期屈辱的な記憶、あるいは、社会において女性を含めた他者と対等で一対一の関係を構築できないという負い目にいつまでも囚われ、それらを晴らすために『映画秘宝』を私物化してしまいました。

 しかも、そのような私物化可能にするためには、裏側では「町山さんが大好きだから」と言って、女性パートナーの肉体を献上するという、他人犠牲を強いた上で媚び諂いの態度に出るという、おぞましい行いが為されていたのです。

 こんな愚かなことは「幼稚なガキのまま大人になりきれていない大人」でなければ、しない/できないことなのです。

 さて、『映画秘宝』を追われた彼らは「本物の大人」になれるでしょうか?

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-03-31

anond:20210330235444

脱毛?いつも脱毛してるね?

ムックですぞーとかいって気にしないでもいいのよ。

2021-03-30

[]3月30日

ご飯

朝:なし。昼:天丼。夜:人参玉ねぎシメジウインナーコンソメスープ納豆

調子

むきゅーはややー。お仕事は、うーんうーん。

どうにも最近体調がしんどくてかなわない。

なにかサプリメントとかで栄養を補うとか必要なのかしら。

グラブル

ガチャピン100連とスーパームック

ゴムーンが2個。二つともリミ武器アークとエタラヴ。

加入キャラSSRゼヘク、SSRアビー

石がフラムグラス、水着フレイメタトロンガブリエル

運大爆発って感じで天司石二つも入手して、全属性コンプリート。いやこれはやばやばでしょ、スクラッチウリエル引いてるからこの期間だけで3つも天司石引いてるよ。

2021-03-24

anond:20210324110512

昔のプレイヤーは月多くて十数ページとゲーメストムックぐらいしか攻略がなかったのに今はい時代になったよね

増田は明らかに努力したくない理由を探してるだけ

2021-03-21

[]3月21日

ご飯

朝:なし。昼:ポロイチ醤油たまご。夜:人参もやしウインナーコンソメスープチーズパン

調子

むきゅーはややー。お仕事おやすみん。

ちょっとだけシンドイ。喉が痛い痛いなので、今日は早めに寝て体力をつけよう。

グラブル

なんか妙にグラブル熱が高く、久々にめっちゃ遊んだ

アーカルムやってハングドマンを5凸。これで与ダメアップ石は全部5凸。ついでにジャスティスSSR化して、HPアップ石はデビルジャスティスが3凸SSR、タワー、テンペランスが3凸SRスカイスコープミッションもあるし、まずはSSR化をコンプかなあ。

レリックバスターめっちゃ気に入ったので色々な編成でお試し。

水でシヴァフルオート。ほぼ確定クリティカル編成のカオスルーダージータ、リミテッドカタリナ、恒常イシュミール、ヴァジラ28ターン。これをカオルジーからレリックバスタージータにしたら25ターン。

フルオートなのでポチらなかったけどカタリナでかばうも出来るし、イシュミールもヴァジラも奥義の回数大事だしでかなりいい感じ。今の編成は奥義と通常のハイブリットな感じなので、まさに通常軸のアビと奥義軸のアビの二つを持つレリックバスターはとても相性がいい。アスポン4凸勢としてはこれ以上無いぐらいしっくり来てるぜ。

次は土でエウロペフルオート。確定クリティカル編成のロビンフッドジータ、クリスマスナルメア、最終オクトー、マキラ28ターン。レリックバスターに変えたら29ターン。いやこれはレリックバスターがどうのじゃなく、最終オクトーが悪いな。この枠普段浴衣ジェシカなのだけど、最終オクトーが調整されたから使いたくて入れちゃったんだよね。回復クリアが無いからどっちもグダってマキラが落ちてバフもデバフも切れてダメダメだった。明日また試す。

次は火でグリムフルオート。ほぼ確定クリティカル編成で、ランバージャックジータ、アテナクリスマスネモネ、アニラ33ターンでした。レリックに変更しても33ターン。

うーん、これレリックかランバーかというよりは、アプサラスで虚空槍編成だな。

光でメタトロンフルオート。ランバージャックジータ、最終シス、オーキス浴衣アンスリアで34ターン。(編成はメインヘルマニビス、セレ拳、ゼガリヤ、オールコルタナ、アバ杖2本、闇ドラポン、バハ短剣、闇天司)

レリックバスターに変えて32ターン。

ヘルマニビスとぜガリアの試運転も兼ねてみた。二つともいいね。今まで所謂呪いの装備枠で水着ゾーイが必要だったんだけど抜いても問題なく打点出せてる。それに変わって入ったオーキスもつよつよ。あんなに強かったセレ拳が遂に一本しか入らない編成でも安定してプレイできるの嬉しい反面なんだか寂しくもあるなあ。

オーキスシスがいれば避けて守ってしてくれるから浴衣アンスリアの回復過剰っぽいので、他のキャラに変えようかな。デバフジータ一人でやってるからヴィーラとかかなあ。

ガチャピンガチャピンモードゴムーン。ムックモードでターニャとゼウススクラッチは下位指輪。昨日に続いてまさかのサプ不可石。とはいえ古戦場エンジョイ勢金剛は全く余ってないので当分先の話になりそう。

2021-03-20

雑誌映画秘宝』の記憶(16)

今回も引き続き、雑誌映画秘宝』の中に蔓延っていた「ボンクラと云う『甘え』」について考えてみます

前回の投稿(15)では「お気楽身分のお坊ちゃん」や「負担他人押し付ける」という点に話が及びました。ここら辺をもう少し掘り下げます

岩田和明による恫喝DM事件が発覚して以降の『映画秘宝』関連情報の動向をチェックしていた或る日、私は違和感を覚えました。

町山智浩柳下毅一郎高橋ヨシキ…」と名前が並んだのを見れば「ギンティ小林」と後に続くのを予想した、古株の『映画秘宝』読者も少なくなかったのではないでしょうか?

しかし実際に我々が目にした名前は「てらさわホーク」でした。

なんでしょうか、この「コレジャナイ感」は。

さら言うまでもありませんが、町山智浩が「洋泉社倉庫で働いている男に一人、面白い奴がいる」と耳にして、直々に抜擢した人物こそがギンティ小林でした。ムック形式の初期『映画秘宝時代からの読者には、お馴染みのメンバーです。大型化・雑誌化を果たした『映画秘宝』誌上で数々の「身体を張った企画」に挑み―――と言うか、現代アップデートされた感覚からすれば「パワハラの一環として強制的に『挑ませられた』」と言うのが正確ですが―――、多くの読者たちを楽しませてくれた人物であることはよく知られています。キョッチチョイヤー!

そんなギンティ小林が、殺陣軍隊格闘技の訓練を受けて四苦八苦する姿を『映画秘宝』で見てゲラゲラ笑っていた、当時の私も立派なパワハラ共犯者の一人です。誠に申し訳ございませんでした。謹んでお詫びいたします。ブラジリアン柔術の使い手に絞め落とされたエピソードは、当時の感覚から見ても明らかに異常です。

このように『映画秘宝』の為に長年に渡って文字どおり粉骨砕身で働いていたはずのギンティ小林が、町山智浩ら四人の『映画秘宝幹部の中には含められていない事実を知った時、私は「嗚呼あんなに頑張ったのに、まだパシリ扱いなのかよ。ひでえな町山智浩」と思って、他人事ながらとても悲しくなりました。

しかし今となっては、奈良さんが被害者となったパワハラ事件於いて加害者にならずに済んだのだと思えば、人生万事塞翁が馬なのかもしれません。

ところで、以前の投稿(13)で、高橋ヨシキが「荒縄で緊縛された女性が裸で馬に跨がらせられている残酷エロ画像」をコラージュした『映画秘宝』の表紙デザインを作った際、それを見て「これじゃあ女性読者に売れない」と町山智浩がボヤいていたというエピソードについて書きました。これに関して「町山は本気でボヤいていた訳ではないだろう」とも書きました。

町山智浩基準で「本当に困った」ならば、パトリック・マシアスギンティ小林に対してやった時と同じように、鬼のような形相と声で高橋ヨシキを怒鳴りつけるぐらいはしたでしょう。しかし、そんな形跡は有りません。つまり町山智浩は本気で高橋ヨシキのした事に困っていた訳ではない、ということになります女性読者が買い辛いデザインを作るという「売り上げに響くような仕事」をしていたのにも関わらず、です。これを見れば「明らかに高橋ヨシキ町山智浩に可愛がられ、優遇されていた」と言えるでしょう。「依怙贔屓」とも表現してよいのではないでしょうか。

何でも、高橋ヨシキ町山智浩が初対面を果たした時、他の誰かを怒鳴りつけている真最中だった町山智浩が、高橋ヨシキから挨拶されると一転にこやかな笑顔で爽やかに挨拶を返して対応したと聞き及んでいますまさか、そんなヤクザみたいに「高低差」を見せ付ける安直手法で、高橋ヨシキ町山智浩のことを「大好き」になるように魔法をかけられたのでしょうか。

それは兎も角、そうした「売り上げを度外視する姿勢」や「それを許してしまう依怙贔屓」によるシワ寄せは、結局は町山智浩らに近くない/親しくない人間たち、すなわち高橋ヨシキらの派閥には属しない他の編集者ライター洋泉社の人たちが苦労させられると云う形で背負い込んでいたことでしょう。

自分(たち)の仲間」とは見なしていない人間苦痛・苦労については想像力を働かせようとしない、町山智浩らの態度については既にこれまで述べたとおりです。

このような依怙贔屓が、今日の『映画秘宝』内部における深刻な対立を招く火種となったことは想像に難くありません。身体を張って頑張った人間が報われてこなかったのであれば、火薬庫に引火して造反したくなるのも人情というものではないでしょうか。

ギンティ小林に比べれば、高橋ヨシキは全く身体を張ってきませんでした。何かの為に自分身体を張る覚悟など、高橋には無いからです。「お気楽身分のお坊ちゃん」にとって、苦労とは「自分以外の他人担当するもの」だからです。

そのような考え方は、高橋ヨシキが「町山智浩のことが大好きだから」と言って、自分身体を張ったり身銭を切る代わりに女性パートナーの肉体を献上したことにも顕れています

新体制となった『映画秘宝から離脱することを、切り株ライターの一人・ナマニクが表明したことを御存知の方もいるでしょう。その離脱理由を綴った文章の中で、ナマニクは「泥水を啜ってでも文筆業を続けていく」と書いていましたが、高橋ヨシキ派閥に連なる人間が、本当に「泥水を啜る」でしょうか?他の誰かに負担押し付けて終わるだけのように思います

そもそも、上に述べたように、これまで町山智浩高橋ヨシキの間には依怙贔屓したり、女性パートナー差し出すような歪な関係が有ったればこそ、切り株派閥に属するライターたちも優遇されて安穏としていられた訳です。その事をナマニクは自覚しているのでしょうか?

その自覚が無い限り、いくらナマニクが「泥水を啜る」と言ったところで、それを聞いた人間切り株派閥に属するか否か、切り株作品ファンであるか否か、女性差別主義者であるか否かによって、受け止め方にも大幅な差が生じるのではないでしょうか。ハッキリ言いますが、町山智浩高橋ヨシキ蛮行批判できない、露骨派閥根性や舎弟根性を示す人間たちが、いくら美辞麗句を吐こうと私は信用しません。

切り株派の派閥根性というか、舎弟根性に話が及びそうですが、また長くなりましたので、今回は一先ずここまでにします。アーメン

2021-03-19

雑誌映画秘宝』の記憶(14)

雑誌映画秘宝』の中で「ボンクラと云う『甘え』」が蔓延るようになった原因について、少し考えてみます

デルモンテ平山が、レンタルビデオ屋全盛期に某誌からレンタル専用作品を視聴して短文レビューを書くように依頼されたはいものの、どれも余りに駄作ばかりだったものから平山苦し紛れ適当文章を書き散らしたところ予想外の反響を一部で呼び、その反応を見た町山智浩が「これらを一気読み出来るようにすれば受けるぞ!」とまとめて掲載したのが、他ならぬムック時代の『映画秘宝』でした。

似たような例として、中原昌也とかが適当な事を言ったのが切っ掛けで注目を集めた作品があって、実際に観たら「聞いた話とだいぶ違うぞ!」と言いつつも、それなりに『映画秘宝ファンは楽しんだりもしていました。

他にも、アルバトロス叶井俊太郎が、適当直感で買い付けたら予想外にヒットしたのが仏映画アメリ』だったなんて裏話も『映画秘宝』は記事にしていました。

こんな感じで、要するに『映画秘宝』には、誰かのイイ加減だったり無茶苦茶だったりする仕事ぶりを、面白おかしく取り上げて楽しむと云う風潮が早い時期からあった訳です。

しかし、この風潮に関して公平を期すと、これは何も『映画秘宝』だけに限定される話ではありませんでした。つまり、より広く言えば、日本映画業界及び映画ファンの中には全般的に、業界無茶苦茶な話を面白がるような風潮と、業界入りした人間は諸先輩方を見習って無茶苦茶なことをする人間に成長するのが「理想的業界人」の在り方だと考えるような風潮が古くから有ったように思います

したがって、傍目にはドン引きするだけのエピソード群を、町山智浩らが悪びれもせずに面白おかしく語りたがるのは、彼らの中に「古き良き(※現在の私は『良き』とは思いませんが)映画業界人の理想像」があって、それに近づきたいと云う「願望」の顕れなのだと思います

それで、その日本映画業界人はと言えば、全ての人間がとまでは言いませんが、反・権力言動を示したり、政治に関しては革新派政党政治家を支持する姿勢を示したりと云うのが、戦後多数派だったと言ってもそれほど間違ってはいないと思います。まあ、津川雅彦みたいな人もいましたが。

その一方で、現実日本映画業界は、今で言うところのセクハラパワハラに満ち溢れた世界でした。監督や大物俳優が、助監督以下のスタッフらに対して物理的・精神的な暴力を行ったり、演技指導名目に性暴力セクハラを行うことは日常茶飯事でした。

現場空気をピリッとさせる為に、常習的に助監督らを怒鳴りつけていた若松孝二

安全管理対策をしないまま、鎧甲冑を身に付けたスタントマンを滝壺に飛び込ませて、溺死させた井筒和幸

所有するプレジャーボートターゲット女優を乗せて沖合の海に連れ出し、逃げ場を無くしてから女優に無理矢理に性行為要求した梅宮辰夫

この文章を読んでいる人の中にも、すぐに同様の事例を思い出せる人がいることでしょう。

梅宮辰夫は兎も角、口では「反・権力」等の綺麗事を言いながら本人は他人搾取したり抑圧したりと云う、まるで現在町山智浩高橋ヨシキらを彷彿とさせるような映画業界人が探さなくてもゴロゴロ存在していた訳です。

したがって、こういった業界人たちが現に大手を振って生きている(たとえ警察沙汰になってもヌケヌケと復帰できている)上に、彼らが「理想像/お手本」となれば、町山智浩を筆頭とする『映画秘宝関係者らが無茶苦茶をする人間になっても何も不思議ではないのかもしれません。

ボンクラと云う『甘え』」の源流の一つが、日本映画業界のものにあるのではないかと云う話でした。

次回も「ボンクラと云う『甘え』」について述べる予定です。

2021-03-18

雑誌映画秘宝』の記憶(13)

前々回の投稿(11)で言及した『映画秘宝』内部で起きていた「業務の『私物化』」について、引き続き今回も述べようと思います

ムック形式が好評だったこともあり、90年代の終わりに雑誌化・大型化を見事に果たした『映画秘宝』は、傍目には順風満帆に見えました。しかし、初期の同誌を読んでいた方々ならばご存知のとおり、若者購読者を想定した誌面作りとはお世辞にも言えませんでした。初期の『映画秘宝』がそのターゲットにしていた購読者とは「子供時代70年代映画館テレビで観た映画についての記憶を、編集者ライター陣と共有する大人」だった訳ですが、当時そんな条件を満たしていた人たちは、私も含めて既に「立派なオジサン・オバサン、若しくはその仲間入りも間近な人たち」でした。そのままで購読者高齢化によって、ジリ貧に追い込まれるであろうことは明らかでした。

したがって、雑誌映画秘宝』が将来的にもビジネス継続して生き延びるためには、長期的な戦略として「より広範で多様な読者層を開拓すること。それも、特に若者層』と『女性層』を購読者として積極的に取り込むこと」を選択するべきでした。しかし、こんな事を今さら書いても、後の祭りです。

承知のとおり、それとは正反対戦略を『映画秘宝』は選択しました。いや、何らかの戦略選択したと言うよりも、むしろ「長期的な戦略など、当時の『映画秘宝編集者ライター陣は露ほども真剣に考えてはいなかった」と言う方が正確かもしれません。

覚えている方もいるかもしれませんが、高橋ヨシキが『映画秘宝』の表紙デザインとして、邦画から引用した「裸の女性が荒縄で緊縛されて馬に跨がる残酷エロ画像」をコラージュして仕上げたことがありました。この表紙について、町山智浩は「この表紙じゃあ女性が手に取り辛い(=買い辛い)」とボヤいていました(※注)。雑誌の「顔」である表紙がこんな状態だったぐらいですから高橋ヨシキの頭に「女性購読者を獲得すること」など微塵も無かったことは明らかです。

既に述べたとおり『映画秘宝』は「女子供から映画を取り戻せ!」をスローガンにしていた訳ですから、むしろいか女性が手に取り辛い(=買い辛い)デザインにするか」について考えた上で、高橋ヨシキ意図的かつ積極的に「女性が嫌がりそうなデザイン」に仕上げたのだと考えるのが妥当です。きっと、このような表紙を作っていた時の高橋ヨシキは「オレたち男だけの輪を乱すような奴(=女性)は、お呼びでないから帰った!帰った!」「この表紙デザインを見たら、きっと町山さんも喜ぶだろうなあ!」と云う気持ちを込めていたことでしょう。(※注:ところで、町山智浩も本気でボヤいていたのではないのだろうと私は思いますが、そう思う理由については別のところで述べます。)

近年は真魚八重子などの女性執筆者が『映画秘宝』に登場する機会が増えてはいましたが、それで町山智浩高橋ヨシキの芸風が改まったようにはとても見えず、むしろ却って「これでもオーケーなんだ!こんな芸風でも女は許容してくれるんだ!」と彼らの勘違い助長したと云う可能性すら有ると私には思えます。仮にそうだったとしたら、真魚八重子の頑張りが報われていなかったことになって、非常に気の毒な話ですが。

また、これも既に過去投稿でも述べたことですが、比較的早い段階から映画秘宝』は、ごく少数の寄稿者(例:山本弘)を除けば「アニメファン蔑視・敵視・嘲笑する」と云う態度を明確に打ち出していました。この「アニメ叩き」の姿勢は同誌において長く一貫していたと言ってもよく、恫喝DM事件が発覚する直前にも「『鬼滅の刃』は絶対に観ない!」と、訊かれもしないのに自分たちの方からアピールに励んでいました。

もちろん、思想信条自由に照らして考えれば、編集者ライター個々人が「何か」を嫌うこと自体は許されるべきです。だから対象が「萌えアニメファン」だろうと「女性」だろうと何であろうと、高橋ヨシキらが個人的に何かを嫌うことは自由範疇あると言えるでしょう。極端な話、内心だけに留めて現実世界で実行に移しさえしないのであれば、性的マイノリティ/人種民族etc.に対するネガティブ気持ちを持っていても許されるでしょう。

しかし、その上で問いますが、当時の編集者ライター陣がわざわざ誌面を使ってまで「女嫌い」や「萌えアニメ嫌い」を盛んにアピールしたり、ゲイを繰り返し「ホモ」呼ばわりして嘲笑し続けて、雑誌映画秘宝』を売ると云うビジネス全体にとって、何か良い成果を招いたでしょうか?結果的には、女性萌えアニメファン性的マイノリティはもちろんのこと、それらに該当しない人たちにすらも「何だか映画秘宝』は排他的雰囲気があって嫌だなあ。近づくのは止めておこうか」と思われ、遠ざけられただけに終わったように私には見えます

そうして「未来購読者」に成っていたかもしれない人たちも見す見す逃してしまって、長期的に見れば大きな損をしたのではないですか?もしも、編集者ライター陣の個人的な好みに拘ったことによって、ビジネス未来が失われたのだとしたならば、それについての責任を彼らはどう取るつもりなのでしょうか?

当時の『映画秘宝』の萌えアニメ叩きムーブに関しては、こんな出来事もありました。ある時、俳優加藤雅也に対するインタビューを行った際、わざわざ「最近若い奴らは、萌えアニメなんかにウツツを抜かしているんですよ!」と御注進に及んだのです。もちろん、そのインタビュー記事の中では、それに対する加藤雅也の「『萌え』ねえ…」というリアクション言葉を「例の見慣れた太いゴシック文字」で強調することも忘れませんでした。つまり当時の『映画秘宝』は「あの加藤雅也サンも、萌えアニメなんか好きな奴のことは見下して馬鹿にしているんだゾ!読者の皆も後に続け!」と、虎の威を借る狐のスタイル萌えアニメファン嘲笑することに勤しんでいたのでした。それにしても、何の脈絡も無く突然「萌えアニメが云々」とか言い出したので、インタビューを受けていた加藤雅也も反応に困ったのではないでしょうか。加藤雅也についての面白い/興味深い話を読みたい読者の立場からすれば「何でインタビュアーがいきなり『オレは萌えアニメが嫌いだ!』と自己主張を始めるんだよ。お前は主役じゃねえだろ。お前の自己満足にスペースを割くぐらいなら、もっと加藤雅也言葉を載せろよ」と云う感想を抱くしかありませんでした。きっと、このインタビュアー脳裏には、読者の存在及び読者のニーズなどは思い浮かびもしなかったことでしょう。

上で述べたような行動に熱中していた『映画秘宝編集者ライターたちは、ただ単純に「『自分たち欲求』が充たされて気持ちが良かった」のだろうと思います。もちろん自分欲求を充たしたいと思うことは人間として当然ですし、仕事を通じて欲求を充たすことが出来れば、こんなに幸せなこともないでしょう。しかし、それをするならば良識と限度が必要不可欠です。わざわざ無駄に敵を増やし、未来購読者を失ってまで「自分たち欲求を充たすこと」を優先したことは、仕事(ビジネス)として必要なこと、正しいことですか?

ひょっとしたら「眼の前の『利益』を捨ててまで『信念』(=嫌いな奴らを大っぴらに嘲笑すること)を貫くことが出来るから、オレたち(=『映画秘宝』)はスゴいんだ!」と、『映画秘宝切り株派は自分達に酔っていたのかも知れません。しかし、それは別にスゴいことではありません。

洋泉社としては、雑誌映画秘宝』の刊行を「遊び」や「無償ボランティア」として、ではなく「まっとうなビジネス業務」として行っていた訳です。それには先ず雑誌が売れること、それも短期的にだけではなく長期的に売れることが先決であり、その為には更に、購読者を増やすことが何よりも重要でした。したがって、これらの重要事項こそが『映画秘宝製作チームに対して洋泉社が何よりも先に求めたことだったはずです。「何よりも先に」です。

それなのに、購読者を増やさず、と言うよりも増やす為の努力を端から放棄して、逆に無駄に敵を増やすことにだけはキッチリ勤しんでいた訳ですから洋泉社にとって『映画秘宝』の編集者ライター陣は、さぞかし頭痛の種というか獅子身中の虫というか、実に困った存在だったと推察されます

こういった「まっとうなビジネスであれば求められて当然の事柄」には応えようとせず、何よりも先ず「自分たち欲求を充たすこと」を優先して仕事に臨む、これこそが私の言う「業務の『私物化』」なのです。

この文章を読んでいる方は、試しに想像してみて下さい。もしも貴方が何処かの会社などに勤務していて、社員一丸で協力して赤字解消や顧客開拓などに努めねばならない時に、赤字を垂れ流したり顧客どころか敵を増やす行動にばかり勤しむ同僚が社内にいたとしたら、しかも、それに勤しむ理由が「自分気持ちいから」とか「これをやると○○センパイが喜ぶから」とかだったら「テメエの『趣味』の為に業務を『私物化』するんじゃねえよ!」と言いたくはなりませんか?単に「職業人」としてだけではなく「社会人」としても失格でしょう。

このように『映画秘宝』の行動は、とても「長期的な利益を考えている」とは思えないようなものばかりでした。岩田和明による恫喝DM事件を見れば分かりますが、ごく最近の『映画秘宝』内部でも「長期的な利益を考えず、自分気持ち良くなることを優先する」と云う風潮が継続していたことは明らかです。更に、岩田和明が退職するからと云う理由だけで、のんさんの連載を打ち切って雑誌の「売り」を無くすように仕向けたことも、これまた雑誌全体のことを考えない「自己中心的な行動」でしょう。

仕事に関して「長期的な利益」について考えると云うことは「自分よりも若い世代に残す未来」について考えること、つまり責任感の伴う態度」です。これに対して「業務の『私物化』」とは、仕事に臨むに当たって「今」の「自分」のことしか考えないこと、つまり無責任な態度」です。

映画秘宝』は、彼らが「精神年齢の幼稚な奴ら」と見なして嘲笑していたアニメオタクや「馬鹿宣伝に騙されて底抜け大作を観に行く奴ら」と侮蔑していた女性と、彼ら自身とを勝手に比べて「自分たち(=『映画秘宝』の編集者ライター)はアイツらと違って『大人の男』なんだ!」と周りに向けて盛んにアピールし続けてきました。しかし、果たして彼ら自身は本当に「大人」と呼ばれるに値する人間だったでしょうか?

雑誌未来」よりも「自分たち欲求」を優先し続けてきたことを、中心メンバーによる「業務の『私物化』」と呼ばずして何と呼べば良いのでしょうか?「身体大人頭脳はコドモの幼稚な遊び」でしょうか?

高橋ヨシキら「切り株派」が居なくなった2号目にあたる『映画秘宝』に、アニメ作品の特集記事掲載されることが予告されました。この「居なくなった途端に」と言っても良い動きを見るに、おそらく「切り株派」が彼らの一存で他の派閥編集者ライターに対して「『映画秘宝』でアニメ作品を扱うなよ!」と有形無形の圧力を掛けていたことは、想像に難くありません。そのような圧力存在したとしたら、一部の人間の一存で企業努力可能性を封じられていたことになるのですから、これもまた「業務の『私物化』」です。

「今」の「自分(たち)」のことしか考えない「無責任な体質」なのだから、年下の女性に対して恫喝DM攻撃を行ったり、自分たちよりも年下のフリー女性編集者に対してパワハラを行ったりするのも、何ら不思議ではありません。告発を受けるまで、何一つ疑問に思わなかったのは「本当」でしょう。何しろ彼らの頭に有るのは「自分(たち)のこと」だけなのですから

奈良さんがパワハラ告発した後に柳下毅一郎が出した、あの謝罪文としての体を成していない文を読んだ時も「ヨシキくんが報われて欲しい」とか、被害者を置き去りにしたことを書いていて「本当にどこまでも『自分(たち)のこと』だけに終始するんだな」と私は思いました。東大を出たぐらいだから間違いなく柳下毅一郎は頭が良いはずなのに、被害者を含めた「他者存在」に対して満足に想像力を働かせることも出来ず、謝罪文一つまともに書けないとは流石に想像できませんでした。子供か。

映画秘宝』の中心メンバーとも呼んでもいい人間たちが「業務の『私物化』」をし続けても恥じなかったのは、彼らの根底に有る「ボンクラと云う『甘え』」の精神だと私は思います

しかし、長くなったので、一先ず今回はここまでにします。

2021-03-15

[]3月15日

ご飯

朝:なし。昼:サンドイッチ。夜:人参玉ねぎシメジキャベツたまご中華スープ納豆チャーシューあんまん

調子

むきゅーはややー。お仕事はそれなりー。

1時間ほど残業したらくたくた。残業筋が落ちてるなあ。

○プリコネ

リトリリ三人とも星6開花。これで星6コンプ

グラブル

ガチャピンガチャピンモード直撃からの、ハーマー、マルドゥーク2枚抜き。からムックモードで光ガウェイン。スクラッチは種。

ハーマーは1凸、マルドゥークは3凸。

ハーマーは3凸と無凸で性能が誤差だし、マルドゥークはゴブロも3凸してるしで、嬉しいは嬉しいけどちょっと微妙な嬉しさ。

ガウェインの方は、背水かあ。けどそんなのと関係なく短期戦で使えそう。

シナリオの箱開け。12箱まで。

2021-03-05

雑誌映画秘宝』の記憶(2)

映画秘宝』が特に美少女キャラクターの登場する漫画アニメ作品を敵視して、熱心にバッシングするようになったのは、ムック形式から大判化してからだと記憶しています

特にデザイナー読者投稿担当者高橋ヨシキが誌面の表に出始めて「切り株映画(※注)サイコー切り株映画世界真実を描いている!」と云う姿勢を明確に打ち出し始めた頃と、時期が重なると思います。(※注:人体が盛大に破壊されて血飛沫が飛び散るような作品ジャンルを指すとのこと。)

同じ頃、中原昌也と共著で『嫌オタク流』と云う対談本も出して、高橋ヨシキは非常に熱心に「美少女キャラクターが売りの漫画アニメコンテンツ」を叩いていました。

いったい何が、これほどまでに彼の情熱を呼び醒ましたのでしょうか?

一つ思い当たる事として、2004年イタリアヴェネツィアで開催された『ヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展』において、日本館の出展物として「美少女キャラクターの小型フィギュア付きカタログ」が出されたと云う出来事が、彼にとっての大きな切っ掛けだったのではないかと私は考えています

高橋ヨシキや『映画秘宝』にとって、イタリアと云う国は「マカロニウエスタン映画ホラー映画モンド映画の国」として、特別存在だった。そんな国が、こともあろうに自分の大嫌いな美少女キャラクターコンテンツを、現代アート文脈とはいえ肯定的評価したと云う事実に耐えられなかったのではないでしょうか。

上記ヴェネツィアビエンナーレカタログに付けられたフィギュアは、メディアワークスから販売された美少女フィギュアブックレット商品週刊わたしのおにいちゃん』のフィギュア姉妹作品です。

そのため『映画秘宝』で当てつけるようにして「月刊わたしのおにいちゃん」と題するコーナーが始まりました。このコーナーそのものは数回で消えましたが、その後も「切り株映画ファンは悪いことをしないが、萌えアニメを観ているような奴らは犯罪者予備軍なので、どんどんお上通報しよう!」などと書いて、大変に盛り上がっていました。

一方、メディアワークス仕事をしている編集者が立腹してブログ批判したり、美少女キャラクターコンテンツが好きな『映画秘宝』読者から抗議・批判の投書が来たりと云う反応が起きました。

これに対して読者投稿担当者高橋ヨシキは「映画秘宝に書いてある事を真剣に受け止めて、本気になって怒る人はバカなんじゃないですか?アーメン」といった感じで威勢の良い回答をしておりました。流石は俺たちの高橋ヨシキ兄さん!格好良い!…と拍手喝采をしたくなるところですが、年季の入った『映画秘宝』読者たちは心の中でツッコミを入れました。

「それ、リリー・フランキーと某女性芸能人にも、同じ事を言えば良かったんじゃないですか?」と。

リリー・フランキーといえば、今でこそ「映画ドラマで頻繁に見かける売れっ子俳優」と云う感じですが、嘗ての彼は『映画秘宝』の常連寄稿者だった事を、若い人はもしかすると知らないかもしれませんね。

ある時、リリー・フランキーが某女性芸能人と熱愛と云う内容の記事週刊誌に載りました。これをネタに『映画秘宝』はリリー・フランキーが書くコラム欄の執筆者紹介文で次のように記してふざけました。「某女性芸能人(※実際は実名記載)とヤッてるんだから大丈夫!」と。

次の号で『映画秘宝』は「前号で事実とは異なる事を本誌に掲載しました。お詫びして訂正します」との謝罪文掲載。その後、リリー・フランキー寄稿者として同誌に登場する事はありませんでした。

さて、リリー・フランキーが怖かったのか、某女性芸能人が怖かったのか、何れの理由であったのかは今となっては定かでありませんが、唯一つだけ確かな事は、この頃には既に「『映画秘宝』は何となく弱そうな相手を選んでヤンチャな感じに振る舞うが、相手が怖いと判明すると速攻で尻尾を巻く」と云う行動パターンが完成していたと云う事です。

上記中原昌也高橋ヨシキの共著『嫌オタク流』の中で「萌えコンテンツは幼稚な性欲を満たす為のポルノ」と吹き上がっていましたが、吉田豪による町山智浩へのインタビューで発覚した「町山智浩高橋ヨシキによる女性尊厳を踏みにじる行動」を知った元『映画秘宝』読者としては「実際のところ『幼稚な性欲』を満たす為に『低俗な振る舞い』を実行していた人間は誰だったのか?」と嫌味の一つも言いたくなります。そういえば一時期の中原昌也は「石原慎太郎を●す為に筆を取る」というような趣旨発言をしていましたが、身近にいる町山智浩高橋ヨシキの振る舞いには特に何も思わなかったようですね。女性尊厳を歯牙にもかけず踏みにじり「近頃の若いモンは軟弱なコンテンツウツツを抜かしてケシカラン!」と説教を垂れたがるなんて、実に自民党的な昭和時代保守オヤジ典型的な行動事例だと思うのですが、もしかして中原昌也の目は節穴だったんでしょうか?

さて、元ミュージシャン性犯罪実刑判決を受けて刑務所に服役した男が、出所後に女性に近づく手段として「フェミニズム運動」に接近していたと云う話が最近ありました。近年の町山智浩らが熱心にポリコレ的な言動萌えコンテンツ叩きに勤しんでいた理由根底にも、この元ミュージシャンの男と似たような考えがあったのかもしれませんね。

気が向いたら、また書きますね。

アーメン

おじさん「ガンダムは今の設定では8号機まであるぞ」←それ「今」って言っていいのか?

anond:20210305141148ブコメ

ファーストガンダムテレビの時点では3体だったけど、今の設定では8号機まである事になったぞ。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4699365219029156162/comment/grizzly1


いくら日本はてな高齢化社会とはいえ1981年(40年前)から文字設定、1990年31年前)から絵の設定があるものについて「今の」って言ってええのん

設定の変遷

ガンダムセンチュリー』(1981年)では、RX-78プロトタイプが8機存在したとされ、ガンダム4-8号機の存在示唆されていた。

初出であるMSV』(1984-1985年)では、4、5号機はジム母体となったことと、改修されて星一号作戦ホワイトベース級「サラブレッド」に搭載された(ただし正式な記録は現存していないとされる)ことが記述されたのみで、デザインは起こされていない。

のちに『M-MSV』とされる雑誌SD CLUB』第9号の連載企画モビルスーツコレクション 大河原邦男MS最新設定集」(1990年)で5号機とともにデザインされ、掲載小説ア・バオア・クー攻防戦」では2機の活躍が描かれた。なお、シールドジム・コマンドと同型のものを装備し(小説挿絵より)、メガビームランチャー計画のみで終わったとされている。

さらに、ゲーム機動戦士ガンダム外伝 宇宙、閃光の果てに…』(2003年)ではカトキハジメによってリファインされた4、5号機が登場した。

ガンダム (架空兵器) - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%A0_(%E6%9E%B6%E7%A9%BA%E3%81%AE%E5%85%B5%E5%99%A8)#%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%A04%E5%8F%B7%E6%A9%9F

ガンダム4号機~8号機は、1981年(40年前)の時点で原型となる設定があり、

ガンダム4号機~7号機については1990年31年前)からデザインがあり、

ガンダム4号機、5号機は2003年(18年前)に発売されたPS2ゲーム機動戦士ガンダム めぐりあい宇宙」のためにカトキハジメによってリファインされた。

ガンダム6号機は、2001年20年前)に発売されたPS2ゲームジオニックフロント」のために片桐圭一郎によってリファインされ、その際に「マドロック」の愛称が設定された。

ガンダム7号機は、2009年(12年前)に発売されたPS3ゲーム機動戦士ガンダム戦記」のためにカトキハジメによってリファインされた。

なお元の増田話題にしてるガンダムMk-Vは1987年(34年前)に発売された「モデルグラフィックス」誌のムック本「Mission ΖΖ」に「G-V」の名で登場したのが初出。

ブコメ名前が上がってるガンダムMk-IIIは、その名前とともに登場したのは1986年(35年前)の「B-CLUB」誌上が最初らしい。「SDガンダム外伝」の騎士ガンダム元ネタであることでも知られる。

そしてそのMk-IIIとMk-Vの中間位置するモビルスーツとして設定されたガンダムMk-IV2001年20年前)に発売されたPS1ゲームSDガンダム ジージェネレーションゼロ」が初出。

日替わり定食メニュー増田スマー種に目のくょ市イテ吏我が日(回文

おはようございます

光陰矢のごとしの矢を三本集めたら光速の三倍になるんだよ!

って毛利元就さんが3人の息子に言ったとさって新まんが日本SF昔話を私は読み終えた後、

その下に置いてあった、

月刊日替わり定食今月号に目を向けたの。

そう日替わり定食の申し子と言えば誰のことだか分かるかしら?

私のことよ。

でも、

あ!いけない!私今月号読んでなかったわー、

と言うのと同時に今月の日替わりメニュー表をまだゲットしてなかったことに気付いて慌てて日替わり定食を食べに行ったの。

ここ最近弁当自分でこしらえて持って行ってたから、

すっかり日替わり定食冒険家だっていう自分のことをもはや忘れていたわ。

あいにくさま、

今日はお弁当持ってきてなかったので、

日替わり定食の申し子でもある私は今日の日替わり定食と今月の日替わり定食メニュー献立表をもらいに行ったの。

ちょっとその話しは一旦置いとくんだけど、

長年通ってるうどん屋さんで、

私初めて厚焼き玉子定食を注文したの。

ここのうどん屋さんは日替わりしか頼んだことがなかったので、

幾度となく通ってきてもこのお客は日替わりだよねーって

給仕さんに覚えられていたみたいで、

厚焼き玉子定食頼むの初めてですよね?って見透かされちゃったの。

私としたことが、

日替わり定食冒険家を名乗る前にすでにこのうどん屋さんでは毎日日替わり定食を食べまくっていたという事実自分でも気が付かなかったようで、

ほんとうだ!私厚焼き玉子定食初めて注文するわ!って

ちょっと感激の涙が出てしまったわ。

日替わり定食冒険家が日替わりじゃない定食頼んで、

日替わり定食冒険家の名が廃る!って思ってるでしょ?

でもその逆で私は無意識の頃から日替わり定食冒険家の素質があったのよ。

その時のうどん屋さんに通い始めたときから

自分でも潜在的な日替わり定食冒険家の素質に気付いてなかったみたいで、

しろここが私のホームタウンというか

それを言うならパームタウン編もよろしくね!って言いたいところの

シルバニアファミリーみたいなウサギ活躍するメイプル出来栄えだったのよ。

その素質とは別に

厚焼き玉子定食がとても超絶美味しかたから、

次そのうどん屋さんに行ったとき

厚焼き玉子定食をまた頼もうと思うんだけど、

日替わり定食冒険家としての自覚も忘れていないか

日替わり定食を頼もうとも思うのよ。

だけど

日替わり定食を注文したら、

こないだ初めて食べた厚焼き玉子定食はあまり気に入ってくれなかったのかな?って給仕さんを心配させたらいけないので

ちょっと次回も厚焼き玉子定食を頼んで様子を見てみることにするわ。

2回か3回連続で厚焼き玉子定食を頼めば、

厚焼き玉子定食も気に入ってくれたんだ!って給仕さんはうどん屋さんの大将にそう伝えてくれるかも知れないし、

ここで日替わり定食を頼むか厚焼き玉子定食を頼むか、

給仕さんを挟んで大将との私、

いや!日替わり定食冒険家としての私との心理戦なのよ。

ほら!寿司大将自分のお店に来た客へ、

手始めに客が何頼むか客と大将が注文の読み合いの心理戦するバトル漫画のあれよ!

で、

ここまではなぜ私が日替わり定食冒険家になったかっていう回想シーンで、

ここからはまた冒頭で置いて置いた話題に戻るんだけど、

その月刊日替わり定食今月号の特集巻頭カラー6ページは

私の街の近くの定食屋さんが紹介してあって、

行ったことがあるお店あるかな?って見てみたけど、

私の行ったことがあるお店はことごとく落選していたようで、

よく、

美味しいラーメン屋とか美味しいパン屋とかのムック本に載っている有名店って

私の行ったことあるお店とか載らないのよねーって思いながら、

別に私が知る人ぞ知るグルメマニアと言うことを言いたいんじゃなくて、

そもそもグルメマニアではないけど、

まあそんな感じね。

巻頭カラー6ページを見て思いだして

私今月まだ日替わり定食行ってなかったわって。

私の日替わり定食への意識低すぎ!って軽蔑されるぐらいネット広告をかつては一世風靡した私の年収低すぎお姉さんのバナー写真はすでにもうセピア色なのね。

今ここ私上手いこと言えたからもう一回言うけど

一世風靡した私の年収低すぎお姉さんのバナー写真はすでにもうセピア色なのよ!ってこと。

何が言いたかたかって言うと、

私の日替わり定食冒険家としての自覚が低かったってことを

自覚して食い改めなくちゃ!って

定食だけに食い改めるってダブルミーニングホームスチールを決めちゃえるぐらいだったってこと。

私はまた新たなる日替わり定食冒険家としての冒険に出るのでありました。

うふふ。


今日朝ご飯

昨日買って食べようと思っていた夜の玉子サンドイッチよ。

食べ損なっちゃってたわ。

私のこと見損なわないでね。

デトックスウォーター

ポンカンまだ少しあるから

ポンカンプラスレモンウォーラーしました。

ポンカンの肉厚な感じが私は好きよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-03-03

ガチャピン政権が「嫌い」という発言をする権利禁止する法律を制定してから10年が経った未来

コロナによって東京オリンピックの開催がおじゃんになった世界線2031年

世は禁酒法ならぬガチャピンが定めた禁嫌法から10年が経っていた。

かつてガチャピンの片腕であったムックは禁嫌法の緩和を訴えるも反嫌法に基づいて電気椅子に送られてしまっていた。



「嫌い」をキめたくて仕方がない人々は、

はてなというアングラサービスを使い日々「嫌い」という感情をぶちまけるのであった。

それを取り締まろうとするガチャピン警察たち。

しかし「嫌い」を表明する場を提供するはてな

ガチャピン警察たちの努力あざ笑うかのように

人々の欲望を取り込み闇の世界でその勢力を拡大させていった。

その過程で多くの憎悪クリエイター誕生した。

憎悪クリエイターの多くは、反プリキュアニストであった。



いったい、どうしてこんなことになってしまったのか?

このようにきわめて重大な法令を、

国民はなぜこのように圧倒的に、まるできまぐれのように受け容れたのだろうか。

コロナ流行は禁嫌指導者に大きなチャンスを与えることになった。

完全禁嫌プログラムには反対していたはずの人びとの注意はコロナに奪われ、

国家存亡の危機に際しては、人間自由意志などは些細なことだと考えられた。

またコロナは、ガチャピンに広範な権力を与える思いきった法律制定に、国民を馴らしてしまった。

感情節約必要となり、感情節約手段として、ガチャピンリベラリストたちに禁嫌奨励することになった。

ガチャピンは、世論をすべてLGBT賛美に変えた。 

憲法修正ガチャピン条はその自然表現だが、コロナはまたスパルタ理想主義ムードをもたらした。

すべてのものマイノリティ繁栄のために犠牲にされた。

マイノリティが良いものであり、マイノリティ生産能率の良い存在であるならば、禁嫌論議は、さしあたり反駁余地のないものだった。

一方、国民ユートピア的な理想を抱いていた。

もしこのコロナとの戦いがすべての争いを終わらせるものであり、勝利が新たな輝かしい世界秩序をもたらすことを可能にすると考えるならば、

この効果的な禁嫌を無限に続ける時代に入っていくことを想像するのは、いかにも容易であった。



そして結局、コロナとの戦いは国民を、即座に結果があらわれないと苛立つように変えてしまった。

2022年2023年は、やる価値のあるものは何でも、官僚手続き反論や快不快や便不便を無視して、即刻やる価値がある、ということになってしまった。

こうした諸勢力の結合は、抵抗し得ないものだった。国民は熱病にかかったように、息せききって、禁嫌のユートピアへの近道を選んだ。

アレン/藤〇ミネ訳『オンリーイエスタディ』2033 ちく〇文庫 p.328-330>




もうちょっとムック活躍させてあげたかった…

50ブクマまでいったら電気椅子の刑を受けたムックは実は死んでいなかったで第二章書くわ

2021-02-19

雑誌バックナンバー読み放題のサブスク欲しい

きょうの料理とか暮らしの手帖とかdanchuとかのバックナンバー読みまくりたい。刊行されてからの全部そろってたらひとつ雑誌で月額1000円出しても全然かまわない。

バックナンバー読み放題はマンガ雑誌には以外と向いてなさそうだと思う。読みきりが多めの雑誌とかだと良さそう。創刊から文藝春秋ぜんぶとかもすごそう。

ムックとかも含めれば別冊宝島読み放題があれば最高。一生暇潰しには困らなさそう。増田はどんな雑誌が?

2021-02-16

料理の本要らない

ネット無料かつ良質なレシピが山程見られる時代料理の本なんか要らない

本棚に立てて作る時に見るか?見ない。スマホより重いものは持ちたくない。ムック本はページが勝手に閉じるのも不愉快だ。スマホレシピを見ながら作った方がいい。

最近料理の本は写真いっぱいのカラー印刷で高い。一種写真集なんだろう。中古でもたいして値下がりしない。

dancyuコンビニ立ち読みするたびに欲しくなるが、如何考えても要らない。金の無駄あんもの出るたびに買ってたら邪魔になる。

この部屋にいつまでも住むつもりはない。引っ越し荷物は少なくしたい。身軽に生きたい。要らないものは置きたくない。料理の本は邪魔だ。要らない。

家庭の味は無料レシピが山ほど見られるが、ちょっと本格的なものになると途端にレシピは減る。知りたい。見たい。欲しい。でもどう考えてもフランス料理ソース100のレシピ、とか作らない。作れない。前菜アイディア50、ワクワクする。だが不要だ。そんなの作るわけがない。エシャロットからしてうちにはない。だいたい前菜なんか家で作らない。1時間かけて作った前菜より、20分で作った野菜炒めだ。でも、欲しい。

 

しかし、要らない。

要らない。趣味に金をかけられない。辛い。

anond:20210215220244

よく言われるのはドラえもんの声だと思うけど、自分ガチャピンムックの声が全然違うのに悲しくなる。

お前ら誰?感がすごいし、やってることもポンキッキキャラという設定からかけ離れすぎててなんか今のガチャピンムックは偽物にしか見えない

2021-02-11

大人はどんなノートを選ぶのか

四十半ばの超オッサンなのだが、学生の頃からB5サイズキャンパスノートを愛用している。

もう20年以上は使い続けており、使い勝手文句は無いし、価格も安いので重宝していた。今日キャンパスノートを小脇に挟んで打ち合わせをハシゴしたが、キャンパスノートはどの会議でもいつもと変わらぬ活躍をしてくれた。

だのに。家に帰り、いつもどおり机に置いたそのキャンパスノートが、今日に限ってみすぼらしい。

よく見ると、綴じた紙が30枚しかないので、薄くてペラペラしていて心もとない。表紙の厚紙は必要最低限の強度しかないので、テーブルの無い場所で筆記しようとすると、ふにゃふにゃして書きにくい。

机の上のキャンパスノートをめくってみると、表紙をめくると最初の1枚が微妙にくっついてくる事に改めて気が付き、何とも言えない腹立たしさを感じる。

この最初に現れる白いページにペンを走らせようとすると、ページの綴じの部分に格好の悪い折り目がついてしまう。だから1ページ目は使わず、2ページ目から使う事になる。なんでだ。

全頁の上にある「No.」と「Date.」欄も微妙だ。このスペースを使った事が無い。ここに何を書いてほしいのか。なぜこんなものにタテ幅で2センチ以上のスペースを使ってしまうのか。

さらに、罫線の引かれた本文欄と、このヘッダースペースの間にある謎の空間ちょっと意味がわからない。このスペースも使った事が無い。1.3センチほどあるがいったい何のためのスペースなのだ。なぜ全部罫線のスペースじゃ駄目なのか。

大人数の会議では、テーブルのスペースが全員に行き渡らないような状況にもかかわらず、偉い人のありがたい言葉メモに取らなければならない場面も多いのだけど、こんな時のキャンパスノート弱者しかない。

ソーシャルディスタンスへったくれもない会議室でふと周りを見渡すと、入社したばかりの若者がかっこいいA5サイズ位のオレンジ色ブロックメモを使っていたり、ハードカバーゴム紐で綴じたノートをつかっていたりして、膝の上でもスイスイメモを取っていてかっこいいのなんの。

その横で顔のくさそうな中年ヒラである私が、ふにゃふにゃした表紙のキャンパスノートを膝の上にのせ、必死メモを取っている。なんだかかっこ悪い。今期目標と書こうとしてペンが膝の稜線にそって滑り「今期| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄」とかになってしまう。

ああ、なんだ、私。なぜだ、はずかしいぞ。

からあてがわれた洋服が恥ずかしくなった瞬間が皆にも有ったと思うが、その瞬間の気持ちを思い出してほしい。私は、まさに部会に出席をしている場でそれと似た羞恥を感じてしまった。

ペラペラキャンパスノートを使う自分が恥ずかしくなってしまった。

そんな日に限って、追い打ちが行われる。私が腿の上でメモを取りながら四苦八苦しているのを見た部署若者が、自分ノートを自慢してきたのだが、それは表紙がハードカバーになっているモレスキンというノートで、実にしっかりしていた。しかも、中を開くと上から下まで全てが罫線スペースになっていて無駄がない。しかも、なんかかっこいいんだよ。

若造モレスキンの話を始めたことで部署内でノート談義が始まったのだけど、私の同期まで話に加わってきて、アマゾンオリジナルハードカバーノートを自慢してくるのには驚いた。モレスキンクローンなんだけどね、使い勝手が良いし何より安いんだよね、なんて言って周りの関心をひいている。

そんな場で、あえてキャンパスを使い続けるいぶし銀みたいなポジションにされてしまい、なんとも歯がゆい

畜生、なんだよ、キャンパスノートじゃ駄目なのかよ。

悔しさもあって、帰宅Amazon Unlimited で文具系の本やムックダウンロードして読みあさりながら、ノートリサーチする。そして、意味もなくツバメノート測量野帳ポチったりしていたのだけど、読んでいたとある本に、キャンパスノート歴史が書いてある記事を見つけた。

それを読んでいると発売が1975年とあった。

私が生まれた年だ。なんだ、おまえ、タメか。

なんだよ、なんか愛着わいてきちゃったよ。

<<追記>>

B4→B5に直しました。ご指摘ありがとう

ブックマークコメントが凄く参考になる。紙にこだわるとか、そういう発想は無かったので新鮮。みんなありがとう

2021-02-05

パクリ炎上したのに名前も変えず公式関係仕事をする絵描き

自分ジャンル写真素材の丸パクリがバレて炎上した絵描きがいた。炎上したと言ってもお囲いの信者パクリパクリだと思わない頭をしたオタクたちに守られて吉牛された始末だ。

擁護した中には公式関係者イラストレーターもいたという恐ろしさである

その時期、他のジャンルでもトレパクやパクリ同人誌炎上していたこから、トレパク・パクリ擁護するオタクの声がやたら多かった。

当時、件の絵描き反省したとツイートしたのだが、Togetterから見に行ったら現在はそのツイートが削除されている。本当に反省したのだろうか。

その絵描きは今、公式関係仕事をもらって普通に宣伝している。公式関係アカウントからもこの人物存在が伝わってくるのである

パクリを行うような人物公式仕事をしている。本当に不愉快だ。正直、自分お金そいつに行ってほしくないので関わった公式関係ムック商品は購入していない。そいつを起用し続ける公式関係者もどうかしていると思う。

この絵描き擁護する人はフォロワーにも多かった。気持ち悪いので擁護していた人は全員ブロックした。そもそもパクリをやるような絵描きフォローし続けている神経がわからない。パクリで描かれた絵を称賛できる神経がわからない。

WEB上にある写真は何もかもパクっていいのだろうか。件のパクリ絵描きの絵は構図や衣装意匠まで丸パクリだった。それどころか背景をそのままイラストに流用していた。

パクられらた写真の出典は通販サイトニュースサイトや有料素材、中には無断で使用した厳しい罰則を設けているサイトまであった。バレたら首が飛ぶという意識はないのだろうか。

このパクリイラスト掲載された同人誌は未だに通販サイト頒布が続けられている。

信者吉牛は「パクリじゃないですよ」「ネタ元見つける楽しさを知りました♪」などのリプライが並んでいた。

自分にはどう見ても悪質なパクリしか見えない。逆に彼らが認めるパクリを教えてほしい。

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