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はてなキーワード: 功夫とは

2021-08-08

「工夫が足りない」って書こうとしたら字を間違えて「功夫が足りない」と書いてしまうこと、あるあるですよね。

中国武術修行が足りないって何…?とドン引きされること間違いなし。

2021-08-04

anond:20210804120807

それはオナニー功夫が足りない

射精後も自分を褒めてあげないといかんよ

よかったとかポジティブに考える時間も作らないと、ある日突然メンタル関係射精を嫌いになったりするよ

2021-06-25

anond:20210625200105

たくさん書く

いやホント

文章からって他のものより作りやすいということはない

必要功夫はだいたい一緒

2021-04-11

雑誌映画秘宝』の記憶(47)

【サタニストの美学とは?】

 高橋ヨシキがサタニストを自称していることは、よく知られています

 田野辺尚人は、恫喝DM事件に対する対応において「責任能力が無い」と見做された有様ですが、最近ちくま文庫から再刊された高橋ヨシキの著書『悪魔が憐れむ歌』に解説文を寄せていることから、今だに田野辺高橋の結び付きは固いことが窺い知れます

 田野辺尚人解説に拠れば、サタニストとしての高橋ヨシキが影響を受けたとされるのはAnton Szandor LaVey(米国The Church of Satanの設立者代表著書『The Satanic Bible』)であるとのことです。

 さて、このSatanismにおいては「9つの罪」が定義されていると言われています

 そこで今回は、この「9つの罪」を挙げて、旧体制映画秘宝』陣の実態と照らし合わせて見ていきたいと思います

(1) 愚鈍さ:恫喝DM事件で「アカウントを乗っ取られた不正操作だ。自分(=岩田和明)は事件に関与していない」と虚偽の弁明で岩田が逃れようとした際に、この無理が有る岩田の言い分に安易に乗った田野辺尚人は、この罪に該当していると言えそうです。

(2) 虚栄:本質的には女性蔑視同性愛差別思想の持ち主であるにも関わらず、それを知らない人間たちの前では「我々は差別と戦う」と正義ヅラ有識者偽装することから旧体制映画秘宝』陣は、この罪に該当していると言えそうです。また、非モテ過去を無かったことにして「大人の男の恋愛論」を語っていた町山智浩は、虚栄の典型と言えます

(3) 唯我主義:「町山智浩が大好きだから」という理由自分女性パートナーの肉体を献上した高橋ヨシキと、それを享受して面白おかしく語った町山智浩は、明らかに女性自身の意志人権尊厳などを微塵も考慮していません。自分たちの快楽欲望だけを優先しているのですから、間違い無くこの罪に該当していると言えそうです。高橋ヨシキが力を持つ旧体制映画秘宝』で切り株派が依怙贔屓によって優遇されていたことも理解せず、体制変化に伴う優遇の終了に不満を漏らしたナマニクも「唯我」の例と言えそうです。

(4) 自己欺瞞:悪い意味子供じみた言動に終始していて、明らかに大人になりきれていないにも関わらず、自分自分に「オレ(たち)は『大人の男』である」と言い聞かせる。あるいは、自分たちが繰り返し差別を行っているにも関わらず、自分自分に「『映画秘宝』は社会不正義や不公正と戦う雑誌」と言い聞かせる。そうして、自分自分に吹き込んだ「嘘」を信じ込もうとするのは、この罪に該当していると言えそうです。俗に言う「詐欺師自分自分の嘘を信じるようになる」と云う状態なのかもしれません。

(5) 群れに従うこと:ホモソーシャル集団病理として「身内が絶対正義」と云う考えに凝り固まり自分たちの身内にだけは異常に甘い態度を取るので、間違い無く旧体制映画秘宝』陣はこの罪に該当していると言えそうです。町山智浩の『実写版進撃の巨人』の失敗に対する批判の声を不自然なまでに小さく控え目にしたこと柳下毅一郎が吹いた犬笛に侍功夫が逸早く反応して付き従う姿勢を見せたことなど、その実例には事欠きません。

(6) 見通しの欠如:切り株映画至上主義者は『映画秘宝』を私物化して「自分たちの価値観けが常に正しい」「自分たちの好みに合わないものには価値が無い」と盛んに吹聴し、閉鎖的な態度を取り続けてきました。これが、将来の幅広い読者を開拓・獲得することを阻害して、雑誌未来を閉ざす結果に繋がると理解していなかったことは、この罪に該当していると言えそうです。(「少し考えれば馬鹿でも分かる」ようなことを理解していなかったと云う意味では(1)にも該当すると言えそうです。)

(7) 過去の正統の忘却ムック形式時代の『映画秘宝』は「予算芸術性や出来の良し悪しに関わらず『好きな映画は好き』と云う気持ちだけは平等だ」と云う基本理念を示していました。それを忘れ去り、異なるジャンル価値感の間で優劣を付けるように悪い変化を遂げたことは、この罪に該当していると言えそうです。

(8) 非生産的プライド:「オレたち男と違って、女たちは『ユー・ガット・メール』を見て喜ぶような馬鹿どもだから、オレたち男は女よりも偉い」と云う男尊女卑思想。「オレたちストレートの男は、同性愛者よりも立場が上だから、奴らを嘲笑してもよい」とする同性愛差別思想。「オレたち切り株映画ファンは悪いことをしないが、萌アニメが好きな奴らは犯罪者予備軍だから叩いてよし」とするジャンル間の優劣思想。「若い奴らや女は物事を知らないから、何でも知っているオレたち大人の男が教えてやろう」という説教願望。旧体制映画秘宝』陣は、肥大化して歪んだ自尊心の持ち主の見本市ですから、確実にこの罪に該当していると言えそうです。これだけ社会多様化が進めば「オレ(たち)は何でも知っている」という仮面を被り続けることは無理があるのですが、それでもその仮面を手離さないのは、他人から「物を知らない」と思われることに堪えられないというチンケな自尊心に囚われていることの顕れでしょう。てらさわホークが『マン・オブ・スティール』について嘘八百を書いた際、自分よりも知識豊富人間から間違いを指摘されて逃亡したのも、チンケな自尊心の持ち主だからと言えるでしょう。

(9) 美意識の欠如:間違いや過ちを指摘されても目と耳を塞ぎ続ける自分たちの振る舞いが、客観的に見れば非常に格好悪いということに気づいていない、もしくは気づいていないフリをし続けていることは、この罪に該当していると言えそうです。ロマン優光言論反論できないか誤植に赤丸を付けるというみみっちい行動に出た柳下毅一郎は、その一例でしょう。

 ざっと見てきましたが、もしもSatanismに価値説得力を見い出し得るとするならば、それはイズムの信奉者を自認する人間が「内省を伴う批判精神」の持ち主であればこそでしょう。

 自分たちホモソーシャル集団にとっての「敵」と見做した他人執拗に口撃するのは大好きで、自分自身や身内には異常なまでに甘いという高橋ヨシキらが、そのような「内省を伴う批判精神」の持ち主であるか否かは、誰の目にも明らかです。

 「論語読みの論語知らず」という諺は、高橋ヨシキ旧体制映画秘宝』陣の実態形容するのに、実に相応しい言葉と言えるでしょう。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-07

雑誌映画秘宝』の記憶(43)

旧体制映画秘宝』と「女性(を含めた他者)との関係構築」の話】(承前)

 前回の投稿では、町山智浩高橋ヨシキ旧体制映画秘宝』の「女性に関する話題」には「女性(を含めた他者)と『対等』で『一対一』の関係を構築した話に乏しい」ということを指摘しました。

 一応フォローしておくとすれば、奥さんの方から転がり込んで来たり、何回も結婚したりするぐらいだから、彼らも「ある時点では」「何らかの魅力」が有る/有ったのでしょう。

 ただし、離婚したパートナーから離婚してよかった」と言われたり、Twitter芸人状態家族から放置されたりしている姿を見れば、一対一の対等な関係を維持できるだけの「継続的な」「本物の魅力」に欠けている/いたのではないかという疑いを抱かざるを得ないというのが、一読者としての率直な感想です。

 人間というのは愚かで弱い生き物なので、私生活が上手くいかないことは往々にしてあります。その失敗をどのように受け止め、どのように対処していくかで、人としての最終的な価値は定まるのだと思います

 町山智浩高橋ヨシキらの旧体制映画秘宝』が、彼らの抱えるこの「一対一の対等な関係を構築・維持できない」という不満や鬱屈を、誌面作りにぶつけていたことは確かです。そのこと自体別に悪いことではないのですが、問題は「ぶつけ方」が悪かったことです。「一対一の対等な関係忌避する」傾向が、読者に対しても同じように発揮されてしまったのです。 

 学生時代部活動をしていた経験の有る人には「卒業して既に何年も経つのに、やたら部活動に顔を出しては、在校生部員相手に偉そうにしたがる『OBオッサン』」に遭遇した経験を持つ人もしるのではないでしょうか?今にして思えば、あのウザいオッサンたちは、現実社会で「他者との対等な関係を構築して居場所を作る」ことができず、そんなオッサンたちが唯一「『下の人間』に対して『デカイ顔』をすることが可能場所」だったから、卒業して何年も経つのに母校の部活動に頻繁に顔を出していたのだと推測されます。早い話が、あの「ウザいOBオッサンたち」は、彼等に気を遣ってくれる在校生部員に甘えていたのでしょう。

 私が言いたいのは「現在町山智浩高橋ヨシキてらさわホークらは、何だかこの『ウザいOBオッサンたち』にとても似ている」ということです。

 旧体制映画秘宝』陣が映画について語る時、まだムック形式の頃には「好きなものについて、お互いに同好の士として語り合おう」という純真さや、誌面と読者との間に対等な関係を保とうという姿勢が有ったと思います。だからこそ、熱狂的な愛読者を獲得できたのです。

 しかし、雑誌化・大型化してから特に切り株映画世界真実を描いている!」とか言い出してから露骨に「君たち『若いモン』は物事が分かっとらんだろうから、オレたち『大人のオジサン』が教えて上げよう」という「マンスプレイニングによるマウントの願望」をダダ漏れさせるように変化しました。

 「切り株映画への偏愛」は、親兄弟学生時代の級友たち、その他の一般社会には好意的には受け入れてもらえなかったことは、想像に難くありません。その「切り株映画への偏愛」を卒業しなくても許され場所しかも、それを好きなだけ吐露しても許される場所。それが高橋ヨシキ切り株派にとっての『映画秘宝』だったのでしょう。

 しかし、本来それが許されていたのは「予算とかジャンルかに関わらず『好きな映画は好き』という想いだけは、お互いに等価なんだ」という映画ファンとしての「お互い様主義」の前提があったればこそです。

 ところが、高橋ヨシキらの切り株派が主導権を握るようになると、彼らが誌面を私物化して「オレたちが好きな切り株映画には価値が有る!しかし、軟弱なオタクどもが好きなアニメ作品なんぞには価値は無い!そんな物を好きになる奴は馬鹿だ!」と自分たち好みの特定価値観だけを押し付けるように、悪い方向へと『映画秘宝』を変化させたのです。

 譬えるならば、ウザいOBオッサンたちが部活動に顔を出し続けるうちに勘違いして、頼まれもしないのにコーチ気取りとなり、在校生部員たちに体罰パワハラ無意味筋トレ等を強制し始めたようなものです。在校生部員にもウザいOBオッサンたちとウマが合う奴は存在して、そういう奴らにとっては楽しいのでしょうが、そうではない部員にとっては地獄以外の何ものでもありません。町山智浩柳下毅一郎の覚えがめでたい高橋ヨシキは「ヨシキくん/さん」と依怙贔屓されて持て囃されていた一方で、ギンティ小林軍隊格闘技ブラジリアン柔術体験取材地獄を見ていたことを思い出して下さい。

 いずれにしても、長きに渡って『映画秘宝』の誌面では、特定ジャンル肯定的に扱われて優遇される一方で、また別の特定ジャンル否定的に扱われて冷遇されることとなり、多様性が失われてしまいました。

 しかし、こういう「ウザいOBオッサンたち」が偉そうにできるのも、学校部活動が存続していればの話、在校生部員オッサンたちを受け入れればの話です。

 若い者に対して説教をしたり価値観を否定したり押し付けたりすることを好むような、ウザいOBオッサンたちが居座っていることが広く知れ渡ったら、一体どうなるでしょうか?入学や入部を希望する人間の数も、減っていくのではないでしょうか?

 それと似たようなもので「たとえ切り株映画は好きでも、それを肴にして若者の上に立ちたがるような、イイ歳をしたオッサンたちのことは好きじゃない」と考える読者からすれば、よほどのマゾヒストでもない限り、町山智浩高橋ヨシキてらさわホークらの自己満足的な説教に付き合う義理は有りませんから、避けたくなるのが人情というものです。

 さらに、現代若い人たちは「ウザいOBオッサンたち」が若かった頃の何倍も学んで勉強して、物事をきちんと考えています人権平等に対する問題意識も、ウザいオジサンたちよりも遥かに高いのです。口先では「反・権力」を唱えながらも、現実では女性パートナーの肉体をセンパイに献上したり、それを享受したり、同性愛差別発言女性蔑視発言を繰り返すようなオッサンたちの「底の浅さ」や「欺瞞」など、直ぐに見抜くのではないでしょうか。

 要するに「若い奴らには説教必要だ」なんて、勘違いしたウザいオッサンたちの自分勝手な思い上がり、それ以外の何ものでもないのです。

 それでも、侍功夫(samurai_kung_fu)のように犬笛で馳せ参じる忠義心に厚い子分や、「恫喝DM事件で『映画秘宝』を批判しているのは、仕事を貰えなくて嫉妬している奴らだ」とかトンデモ説を唱え出すようなポンコツ子分が出来る可能性も無くはないので、なかなか勘違いを改められず、OBオッサンをやめられないのかもしれません。

 さて、パワハラ四人衆は既に『映画秘宝』を放逐されました。これは、上下関係や力関係を利用した「特定価値観の押し付け」が、今までのように簡単には出来なくなることを意味しています。そんなフラットな条件下で彼らは、彼らを称賛してくれるような読者を上手く新たに獲得できるのでしょうか?

 そんな彼らの今後を占う、こんな話があります

 実はかつて、『映画秘宝』はウェブ掲示板を開設したことがありましたが、最終的には閉鎖されてしまいました。その閉鎖理由は、掲示板利用者である読者と、掲示板管理者である映画秘宝関係者との間に、意見の相違による激しい論争が掲示板上で発生したことでした。

 もう少し詳しく言えば、この時に『映画秘宝関係者が第三者を装って「第三者の目から見れば『映画秘宝』側の意見が正しいと思う」と自作自演書き込みをしたという疑惑が生じてしまい、弁明ができなくなったために掲示板を閉鎖したと言われています

 この話を記憶している人間には、今回の騒動で『映画秘宝』を放逐された四人衆が、今後のフラットな条件下で読者を獲得できるか否かについても、ある程度の予想がつくのではないかと思います

 町山智浩高橋ヨシキは「大人の男」ぶることを好み、自分たち価値理解できない作品ジャンルファンのことを「幼稚なガキども」と口汚く罵って攻撃します。また、彼らは「いつまでも思春期に囚われた、大人になりきれないガキのような大人」も盛んに攻撃します。

 しかし、上で述べたように、町山智浩高橋ヨシキらは「いつまでも部活に顔を出すウザいOBオッサンたち」であり、つまり町山や高橋らこそが「思春期(の劣等感)に囚われたまま、大人になりきれないガキのような大人」に他ならないのです。

 自分趣味他人から好意的に受け入れてもらえなかったという思春期屈辱的な記憶、あるいは、社会において女性を含めた他者と対等で一対一の関係を構築できないという負い目にいつまでも囚われ、それらを晴らすために『映画秘宝』を私物化してしまいました。

 しかも、そのような私物化可能にするためには、裏側では「町山さんが大好きだから」と言って、女性パートナーの肉体を献上するという、他人犠牲を強いた上で媚び諂いの態度に出るという、おぞましい行いが為されていたのです。

 こんな愚かなことは「幼稚なガキのまま大人になりきれていない大人」でなければ、しない/できないことなのです。

 さて、『映画秘宝』を追われた彼らは「本物の大人」になれるでしょうか?

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-03-23

雑誌映画秘宝』の記憶(23)

町山智浩柳下毅一郎問題発言集】(No.04)

功夫から「バカ」認定されましたが、元『映画秘宝編集部員の秋山直斗(ナオト)さんにも不正義や不公正と闘ってもらうために、引き続き頑張ります。これまでと同じく、出典は『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判』(2002年洋泉社)、発言者を「町山」及び「柳下」と表記します。記述形式

   [ページ数]

   発言者発言内容

   【※】付随情報や私個人の感想など(適宜)

   (初出)

です。

 なお、問題発言だけでなく「今から見返したら『味わい深い』」と云う発言も有ります

〈警告!〉「同性愛者に対する差別発言」などが含まれるため、読むと気分が悪くなる可能性が有ります

引用ここから

[p179]

【※】古株の『映画秘宝』読者にはお馴染みパンチパーマトレードマークの「✕澤サン」に関する話題から始まる。

 柳下20世紀FOX宣伝部のボス、✕澤さんの話を書いてから、怪しいタレコミが引きもきりません。

 町山:本当?何が来たって?

 柳下:『映画ビジネス』って業界紙なんですけどね。これが凄いんだ。月二回発行で購読料がなんと月額7000円!

 町山:それ総会屋(笑)

 柳下:知りませんけどね。新年号で✕澤さんがインタビューされてるんだけど「映画宣伝マンの条件」を得々と語ってる。「宣伝マン身体が丈夫で情熱があって、忍耐力があって、忠誠心と少しの自己犠牲精神があり、一生懸命仕事をしながら女性口説くぐらいのガッツとパワーがないとだめですね」

 町山:「身体が丈夫」「忍耐力」「忠誠心」、それに「自己犠牲」?それ、要するに「オレ様に逆らうな!」って意味ですか(笑)

 柳下:「そして絶対に人を裏切らないということです」だって(笑)

 町山:脅すなよ(笑)

【※】「町山さんが大好き」なので女性パートナーの肉体を差し出す子分柳下の後追いで草を生やしたツイートを連投した子分もしかして、✕澤イズムの後継者は、町山智浩たち自身なのでは?

[p185]

【※】映画インサイダー試写会話題に。

 柳下:実際『インサイダー』は大人気で、試写も一時間から行かないと座れない。行ってみたら超満員で、開場二十分前に来た人も帰らされていた。ところが真ん中にズラッと十席ばかり「予約席」があったんだよね(笑)。で、こんなインチキしてる奴はどこのお偉いさんだ?と思って見てたら、五分くらい前になって筑紫哲也女子アナだかタレントだかをゾロゾロ連れて入ってきた(笑)

 町山:「おじさま〜、じゃーなりずむって何だか教えて〜」「よしよし、君にだけ教えたげよう」ってか(笑)。『ニュース23』のスタッフいくらエロ事件を起こしても筑紫が辞めようとしなかったのは、自分業界の毒にすっかり染まってたからだったのね。それで「報道真実が…」とか、したり顔で言われても説得力ないよなあ。

【※】業界の毒、したり顔で年下の女性に語りたがる…はて、何処かで聞いたような話ですね。地方映画祭に謎の同伴者がいた話とか。

(初出『映画秘宝』00年vol.17)

[p202]

【※】ジョン・ウー監督トム・クルーズ主演『M:I-2』の話題

 柳下トム・クルーズって「男らしさの証明したがり病」ですね。

(中略)

 町山:どうしてそんなに男らしさにごだわるかね。

(中略)

 柳下:トムの男らしさ強迫症のもう一つの原因はホモ疑惑。だから、すれ違ったチンピラに「ホモ野郎!」って言われて女買いに行くことを決心する『アイズ ワイド シャット』はモロ。

【※】誰よりも町山・柳下自身が「男らしさの証明」と「同性愛者でない証明」の強迫観念に駆られて、その証明のために同性愛者に対して差別発言を繰り返しているとしか思えません。

(初出『MEN’S CLUB』00年8月号)

[p206]

【※】『ハピネス』のフィリップ・シーモア・ホフマン自慰場面に触れて。

 町山:淀川長治先生がご存命なら「フィリップちゃん、一緒にお風呂に入りましょ!」って叫んでるぞ。

 柳下淀川さんに『フローレス』(99年)観せたかったな。ホフマンがディヴァインばりの女装を見せるの。

※また故人の淀川長治揶揄する。

[p207-208]

【※】『サウスパーク無修正映画版』の話題に。

 町山:でも(ジョージ・)クルーニーの役って犬だよ。しかも他のオスのカマを掘りまくるホモ(笑)。恩人にそういう最低の仕事をさせるか(笑)

 柳下:まあ、史上最悪のアニメですから映画版『サウスパーク』には、Fuckなどの不適切セリフが合計399,不適切な行動が128、おまけに221の暴力&残酷描写があって、これは映画史上最多記録だって

(中略)

 町山:いちばん好きな歌は「アンクル・ファッカー」だな。♪叔父さんにカマ掘られてるだろ、お前、チンポしゃぶってケッなめて、朝から晩までハメまくり、オレのキンタマくわえやがれ!

 柳下:歌うなって!その歌詞といい、なんか映画版『サウスパーク』ってゲイネタが多すぎない?地獄に落ちたサダム・フセイン魔王サタンのおカマを掘るし。

(中略)

 柳下:やめやめ!二人でこんな会話してると僕らもゲイだと思われちゃうよ!

【※】さんざん自分たちが同性愛者を差別する発言を繰り広げておきながら、同性愛者と思われることを恥とするかのように言うのは、二重の差別

(初出『MEN’S CLUB』00年9月号)

感想】『サウスパーク作品内において用いられた「敵対者に対する攻撃手段」としての「敵対者同性愛者として描く」と云う手法は、町山智浩柳下毅一郎高橋ヨシキら『映画秘宝関係者同性愛者を差別する思考言動に大きな影響を及ぼしたのではないかと私は思います

今回はここまでにします。ヘイル・サタン

2021-03-22

雑誌映画秘宝』の記憶(21)

真魚八重子の反応に対する返答、のようなもの

真魚八重子(※映画ライター雑誌映画秘宝』に寄稿歴有り)が、はてな匿名ダイアリー投稿している私の文章を目にしたことを知りました。だからといって、私は投稿を止めるつもりは無い―――そもそも始めた時も自分意志で始めたことなので、当然、終える時も自分自身の意志で決めます―――のですが、この反応を切っ掛けに私が考えたことを少し述べたいと思います

記憶」と銘打ちながら、毎度毎度「考え」や「思い」を述べてばかりで、自分でも羊頭狗肉とは思いますが、なにとぞ御御容赦下さい。

筆名・侍功夫(samurai_kung_fu)は真魚八重子パートナーです(その関係は私も既に把握済みであったものの、侍功夫に対する批判文中で持ち出す必要は無いと思って書きませんでした)が、彼ら/彼女らのように物書き同士が人生パートナーであることには、私を含めた常人には分からない、特有の苦労が伴うようです。自分パートナーが書いた文章の中に問題が有る/疑問に思えるような箇所を見つけたとしても、互いに独立した物書きである以上、たとえパートナー同士であっても書くことを止めたり内容を変えさせたりすることは、おいそれとできない。そういう何か―――事情というか信条というか、そのようなもの―――が彼ら/彼女らには有るようです。

物書きと云う仕事の人たちは―――良い悪いは別にして―――、己の信念と他者から批判の板挟みになりながら「孤独」や「苦悩」を引き受けざるを得ない宿命なのだと私は思いました。

しかし、もしも、それが「本来は背負う必要の無い『孤独』や『苦悩』」であれば、たとえ物書きの身であっても背負わなくても良いのではないでしょうか?私はそう思います

私はこれまでの投稿で、真魚八重子パートナーである功夫だけでなく、他の『映画秘宝』ライター関係者も含めて、彼ら/彼女らに見られる「ホモソーシャル集団病理」を批判してきました。

排他的仲間意識」。仲間が何か問題を起こしても諌めたり批判したりせず、盲目的に仲間の味方をする一方で、一度「自分や仲間にとっての敵」と烙印を押したならば、集団の外部の人間に対して激しい攻撃を仕掛ける。

このような彼ら/彼女らの行動様式を見れば、ホモソーシャル集団一見「強い結束力」を持つかのように思えますしかし、実際のところは、どうなんでしょうか?

アニキなり仲間なりが問題行動をとった時、それを「問題」として認識し得るだけの知性や能力を、本来は彼ら/彼女だって持ち合わせていると、私は思います。専業であろうとパートタイムであろうと、プロだろうとアマチュアだろうと、彼ら/彼女らは「何かを考えたり、考えたことを書いたりすること」を選択した人間なのですから

そんな彼ら/彼女らが―――知性を持ち合わせているのにもかかわらず―――自分が目にした『仲間』の問題行動を諌めたり批判したりすることを、何かしら我慢して控えねばならない境遇に置かれているのだとすれば、それはとても「窮屈」というか「不自由」なことですよね?

それって、物書きとして本当に「楽しい状態だと言えるのでしょうか?

人間は、たとえ集団の中にいても、自分の「本音」や「心の声」を押し殺し続けていれば「孤独」に苛まれるようになるものです。

映画秘宝』の編集者ライター陣は、自分たちのホモソーシャル集団に閉じ籠もっていることで、仲間同士の目ばかりが気になって、自分自身の本音を言えなくなってしまい、その結果として、一人でいる時よりも却って孤独」になっていませんか?それを私は非常に危惧しています

映画秘宝』の読者・ファンは、しばしば「オレ(たち)の『映画秘宝』」と云う表現を使うことを好みます(真魚八重子場合女性なので―――彼女が実際にそう言ったことがあるのかどうかは知りませんが―――「ワタシ(たち)の『映画秘宝』」と書くべきでしょう)。

映画秘宝』の愛読者・ファン出身人間が物書きとなって、同誌を「物書きとしての自分の居場所」にすることを実現できたのであれば、それは本人にとって幸せなことでしょう。まさに「オレ/ワタシ(たち)の『映画秘宝』」と言いたくなる気持ちにもなるでしょうし、そのような「幸せの在り処」を守りたくなることも人情として理解はできます

しかし、もしも仮に、自分自身の心を無理やり押し殺しているのであれば、それでも「オレ/ワタシの『映画秘宝』」と言えますか?

そこには肝腎の「自分自身」が存在しないじゃあないですか。

物を書くと云うことは、他ならぬ「自分自身」が存在することの証明じゃないのですか?

その「自分自身」を殺してしまうならば、物書きとしての活動の意義を失いませんか?

映画秘宝』に居場所を確保すること自体目的化してしまい、本来の出発点である自分自身が物書きであること」の矜持を失ってしまったのでは、それでは本末転倒ではないですか?

町山智浩高橋ヨシキが仕出かした、女性に対する蛮行から目を逸し、何も言わず口を噤み続け、それで「物書き」として心苦しくならないものなのですか?

町山智浩高橋ヨシキ蛮行に目を瞑りながら「町山さん/ヨシキさんは頑張っていた」なんて言ってる『映画秘宝』関係者たちの姿は、世間の人たちの目から見れば、森喜朗女性別に目を瞑りながら「森さんは頑張っていた」と言っていたJOC関係者に瓜二つですよ。その自覚は有りますか?

私は「本来は背負う必要の無い『孤独』や『苦悩』」と書きました。

わざわざ「加害者は悪い『けれど』」と言って被害者批判と見なされかねないことを言ったり、わざわざ柳下意味不明ツイート呼応して草を生やしたツイートをしたり、そんなことを「わざわざ」する必要は無いと、私は思いますよ。

真魚八重子や侍功夫が「わざわざ」そんなことをしてしまったのは、ホモソーシャル集団内部での「他の仲間の目」ばかり気にしていたから、怯えていたからじゃないですか?そんな「狭い閉じた世界でのみ通用する尺度」に惑わされてばかりいて、これから先「物書き」としてどうするんですか?

私は「してしまった」「していたから」と過去形表現しました。今、引き返せたならば、真魚八重子も侍功夫も、これから先に同じような過ちを繰り返さなくて済むのではないですか?

真魚八重子からの反応に対する、私の返答のようなものは以上です。ヘイル・サタン

2021-03-21

anond:20210321081802

元増田です。

功夫真魚八重子関係は、私も既に把握済みでしたが、今回の投稿では真魚八重子との関係には敢えて言及しませんでした。

己の近しい人間が関わっていると、そして色々なことを言われているのを見ると、誰でも何か言い返したくなるのが人情と云うものでしょう。そういう意味では侍功夫にも同情しますが、だからといって、彼のツイート問題点が帳消しになる訳ではなく、あくまでも彼自身意志能力問題として私は彼の批判されて然るべき点について批判し、その上で、ことさら此処で真魚八重子との関係を持ち出すのも彼女連帯責任を負わせるような形になってフェアではないだろうと判断し、彼女のことには触れませんでした。

しかし、他ならぬ真魚八重子自身Twitterで反応を示したようですね。

anond:20210320205946

功夫氏って真魚八重子さんの夫なんじゃないの?

真魚八重子さんの連載「オコエ便り」

http://slit-b.com/okoe01.html

ここに「夫」が出てくる。

で、侍功夫氏のTwitterプロフィールに「愛猫オコエになつかれたい、映画ライターもするサラリーマン。」と書いてある。

功夫氏が町山派かヨシキ派かはともかく、まず第一真魚八重子さんの味方なんじゃないかと。

そうすれば「謎」とされるツイート意味もあらかた理解できると思うんだけど。

2021-03-20

雑誌映画秘宝』の記憶(17)【※2021/03/23追記有り】

今回は、町山智浩高橋ヨシキ、彼らの周辺人物に見られる「派閥根性」や「舎弟根性」の話になりますもっとも、この病理は彼らだけに特有問題ではありません。

雑誌映画秘宝』内部における町山智浩高橋ヨシキ周辺の行動を観察していると

―――秘宝組のアニキが『映画秘宝』外部の誰かと揉め事を起こしたら、組の子分たちは無条件で「アニキ正義!」と云う立場に立ち、彼らが「アニキの敵」と見なした相手に対して一斉に攻撃を仕掛ける―――

と云う場面に、しばしば出会います

例えば比較最近の話になりますが、春日太一氏と町山智浩との間にトラブルが持ち上がった際、高橋ヨシキらが春日氏のことを「どこかの馬の骨」呼ばわりして揶揄し、彼らの内輪で盛り上がっていた事を知っている人もいるかもしれません。これはそもそも町山智浩がイイ加減な仕事ぶりだったが故に呆れた春日太一氏が町山を批判したと云う次第なのですが、町山の子である高橋らにとって「町山のアニキ正義!」なので、春日氏を激しく攻撃したという訳です。何しろ高橋ヨシキは「町山さんのことが大好き」なので。

この様な「アニキ絶対主義」や「敵対者には厳しく仲間・身内には甘い」という彼らの行動パターンは、下っ端にも浸透しているようです。

恫喝DM事件が発覚して以降、様々な人間が『映画秘宝』に対して―――特に町山・柳下高橋・てらさわらのような「時代の変化に対応できていない人間たち」に対して―――批判を行いました。ロマン優光a.k.a.プンクボイ氏も、批判を行った人間の一人です。(もっとも、ロマン優光氏は『映画秘宝』や町山らだけを批判した訳ではありません。もっと広く、一部のサブカル界隈人の歪な考えや言動に対して批判したのです。しかし、それはここでの本題ではありません。)

このようなロマン優光氏の批判が、何かしら気に食わなかったからなのでしょう。柳下毅一郎は、自身Twitterアカウントで「ロマン優光氏の書いた雑誌コラム記事誤植箇所1箇所に赤丸を付けた画像」をアップした上で「ふうん」と一言だけ添えるという、謎のツイート投稿したのです。何か反論したり言い返したりしたかったけれど、上手く出来る自信が無かったので、現在柳下毅一郎なりに出来る精一杯の反撃をしたつもりだったのでしょう。

でも、別に誤植批判議論本質とは関係が無いのですから柳下毅一郎の行動は「みっともない」の一言に尽きると私は思いました。

ところで、この柳下毅一郎の動きに呼応した『映画秘宝関係者が一人いました。切り株ライターの一人で、筆名「侍功夫(samurai_kung_fu)」を名乗る人物です。

今回の投稿の本題である派閥根性」「舎弟根性」の実例を示す『映画秘宝』周辺者の一人です。

この侍功夫は、草「w」をたくさん生やしながら、精一杯に揶揄する内容のツイート連続して投稿しました。誰を?何を?

不思議だったのは、この一連の揶揄ツイートロマン優光氏に向けていることは(事情を知っている人間ならば)誰の目にも明らかであるにも関わらず、何故か、侍功夫ツイート本文を「誰に向けて言っているのか」「何について言っているのか」をボカして書いたのです。

私は「不思議」とか「何故か」と書きましたが、殆どの人は「理由意図はハッキリしている」と思うことでしょう。

そうです。侍功夫は「ロマン優光氏に自分ツイートを知られて、反論されるのが怖かった」のです。

それでも侍功夫は、柳下アニキに向けて自分忠誠心を、何があってもアニキの味方であり続けることをアピールたかたから、勇気を振り絞ったのでしょう。見上げた忠誠心です。

そういえば、真夜中のパワハラ事件が発覚した際にも、やはり侍功夫は「説得とパワハラは違う」と謎のツイートしました。しかし、これも矢張りボカし過ぎて「何」について言っているのか、「批判」をしたいのか「擁護」をしたいのか、その対象そもそも「誰」なのか、何ともハッキリしないツイートでした。

私はハッキリ書きますね。

「誰」に対して「何」を言いたいのかが不明文章を書きたがると云う気質は「ライターとしては『致命的な欠点』」じゃないでしょうか?

もしも、町山智浩あたりが読んだら「お前の文章は何を言いたいのか分からねえんだよ!」と言うのではないでしょうか?

それとも、そんな欠点を持つライターでも「アニキ絶対主義」と云う忠誠心を持って「切り株派閥」に入信さえすれば、それなりに仕事を回してもらえるから欠点を気にする必要が無いのでしょうか?

これまで政治家とか社会問題に関しては雄弁に批判してきたくせに、仲間が不祥事を起こしたら途端に口数が減ったり曖昧表現に終始するのは、ちょっと恥ずかしくないですか?

普段は「反・権力」を売りにしてるのに、いざ「仲間の不祥事」に直面したらトーンダウンするのは、ちょっと格好悪くないですか?

ただでさえ柳下毅一郎本人の行動がみっともないのに、子分までこれでは「恥の上塗り」じゃないですか?

自分言動が、フィクションに登場する「チンケな雑魚キャラ」に似ていると云う自覚はお持ちですか?ベタ過ぎると自分でも思いませんでしたか

私は、以前の投稿で「『映画秘宝関係者は、彼らの目から見て『弱そう』だったり『反撃してこなさそう』に見える相手にはヤンチャに振る舞いたがる」と云う、彼らの行動パターンを指摘しました。

上で述べたような、侍功夫の「精一杯、草を生やして書いてはいるが、誰に向けて書いたのかを意図的にボカして、相手に知られないように画策しているツイート」は、その実例の一つと言えるでしょう。

【2021/03/23追記ここから

その後、侍功夫は私の投稿に対して「損しかしないことに巻き込まれるところだった」「増田馬鹿言及された」とのツイートをした模様です。彼の反応に対する評価は、皆様にお任せします。

追記ここまで】

今回はここまでにします。

次回からは『ファビュラス・バーカー・ボーイズ映画欠席裁判から町山智浩柳下毅一郎の問題発言の引用を始める予定です。ヘイル、サタン

2021-03-09

お前たちは功夫が足りてない。

2021-03-07

雑誌映画秘宝』の記憶(4)

高橋ヨシキが前面に出るようになった頃から映画秘宝』は「切り株映画」を猛烈にプッシュするようになった事を先に記しました。(「切り株映画」とは「人体が盛大に破壊されて血飛沫が飛び散るようなグロテスク描写が売りのジャンル」を指す為の『映画秘宝』による造語です。しかし、こんな単語を知っていたところで何の役にも立たないので、これを読み終えられた方は忘れてもらって結構です。)

それと共に「切り株映画は『世界真実』を描いている!」と云う、何だかよく分からないアジテーションも盛んに行い始めました。切り株映画に含まれスプラッターホラー作品の事は私自身も嫌いではありませんでした(若い頃の高橋ヨシキが参加していたとされるスプラッターホラー映画情報雑誌『V-ZONE』は私も読んでいました)が、流石に「世界真実云々」と云う主張に関しては理解共感もできませんでした。また、このアジテーションと連動して「女子供から映画を取り戻せ!」というスローガンも誌面に踊るようになりました。しかし、それも変な話です。元来スプラッターも含めたホラー女性ファンが大変に多いジャンルなのに、まるでそれらが男性専用であるかのような言い草ではありませんか。

ここで私自身の若い頃の話になりますが、読書映画観賞でミステリサスペンスが人並みには好きだったこから大学入学してそこの図書館を利用できる機会を得たのを良いことに、これらのジャンルをより深く楽しめるような知識を得ると云う目的のために、書庫法医学関連の専門文献を漁って実際の事件事故記述遺体写真等に目を通しました。医学部生でもないのにそれらを漁る私は、さぞかし周囲の目には不審に感じられただろうと思います。それは兎も角、これらの情報摂取によって、一般的に「グロテスク」とされる映像描写についての耐性は、それらが苦手な他の一般人よりは私の身に付いたと思います。でもまあ、単にそれだけなのであって、別に私は「世界真実」らしきものにはアクセスできませんでした。ただ、事件事故で亡くなった方が亡くなる時に感じたであろう痛みや苦しみに思いを馳せて、何だかとても辛く悲しくなったように記憶しています。なお、そのような感情とは別の話として「生物学的・医学的な現象としての人体の破壊はこのようなプロセスを辿るものなのか。興味深い」と云う知的好奇心の充足が得られた事もまた事実です。

このような文献資料などを通じた私の経験など所詮は「借り物」ですから高橋ヨシキのような「世界真実」を見る事が可能人間の境地には、足下にも及ばないのかも知れません。

では、切り株映画ではなく現実世界仕事で「本物」と接しているような方々、例えば警察消防自衛隊医療関係者の方々の場合はどうなのでしょうか?

実は過去に『映画秘宝』的な作品が好きだという医療関係者の人に接する機会があったので、この時に『映画秘宝』の「切り株映画世界真実を描いている!」と云うノリについて、どう思うかと訊ねた事があります。さぞかし酔狂質問だと思われたことでしょうが、それでもその人は真面目に答えてくれたので、n=1のケースに過ぎない話ではありますが、ここで記憶を呼び起こしてそれを記します。

一般の人たちは、人間遺体や人体が破壊や侵襲を受ける現象に接する機会そのものが少ないから、遺体を何か『特別なモノ』として捉えてしまうような人がいても無理はない。ちょうど、映画スタンド・バイ・ミー死体探しの旅に出かけた少年たちのように。たまたま自分現在仕事選択したので、遺体にしても未だ生きている人体にしても一般の人の目から見て『グロテスク状態』とされる対象に接する機会と経験は多い。しかし結局のところ、自分仕事職業暮らし・日々の営みの一部なので、何も特別な事は無い。もしも貴方医療なり警察なりの職業に進んでいたとしたら、その時はおそらく貴方も私と同じように慣れて、貴方の『生活の一部』になっていたと思う。私個人が、その『世界真実』とやらに目覚めたという経験は私には無い」

ねこのような言葉だったと思います。要するに、最初は「非日常的」と思えた物事でも「日常化するプロセス」を経て受容する事で徐々に「普通物事」になっていくということなのでしょう。

上の対話を今を思い返して、ふと私は次のような譬え話を私なりに思いつきました。

異性の裸と性器セックス存在ぼんやりと知った子供は『この世界には何だかスゴイ事が有るらしいぞ!』と、未知の存在であるそれらへの期待が膨らみ、必要以上に興奮してしまものです。しかし、大人になって恋人が出来るなり夫婦になるなりすれば、異性の裸や性器セックスだって単なる日常生活の一コマになります。謂わば「切り株映画を見ることで世界真実を見た!」と吹き上がっている高橋ヨシキの姿は、異性の裸や性器を見た事もセックス経験も無い子供が、雑木林で拾ったエロ本を見てしまって『スゴイ!ボクは同級生が知らない世界真実を見た!』と興奮しているのに似ているのかもしれません。

また、私が思うに「日常化のプロセス」が機能するのは単純に「慣れ」だけが理由なのではなく、受容する対象を「人間扱い」することも理由の一つとして有るのはないでしょうか。上記の譬え話に則して私自身を省みると、若くて未熟で性体験が無くて性的欲求悶々としていた頃の私は、アダルトコンテンツ女性の裸体や性的行為が出ているのを見ると、只それだけで、たとえそれがレイプ描写などであっても性的に興奮していました。今となってはお恥ずかしい限りです。しかし、現実女性との交遊や結婚を経て「人間としての女性」に接するようになると、そのような描写では「人間としての女性が感じる苦痛」を思い浮かべて悲しく辛くなってしまうので、私は性的に興奮はできなくなりました。愛の営みには、やはり愛が必要なのです。

スプラッターホラー映画を含む切り株ジャンルも、決して全面的に嫌いになったという訳ではない(それが証拠に今は『チェンソーマン』にハマっています)のですが、現実悲惨殺人事件事故知識人生経験を得た為なのか、これもまた若い頃のような熱狂でのめり込んで楽しむ事は減ったような気がします。

雑誌映画秘宝』が「女子供から映画を取り戻す!」を合言葉に「男のための映画雑誌」を標榜して、雑誌内部における「ホモソーシャルな結束」が最優先されて「女性蔑視な言動」が内部で野放しにされていたことと、高橋ヨシキが前面に出て「切り株映画は『世界真実』を描いている!」というアピールをし続けてきた(することができた)こととの間には、何らかの関連性が有るように私には思えます

町山智浩の機嫌を取るために、己の身近にいる女性尊厳簡単蔑ろにした高橋ヨシキ(※その詳細を知りたい人は、吉田豪による町山智浩インタビューを読んでみて下さい)にとって、彼の主張する「切り株映画が描く『世界真実』」とやらの『世界』の中には「女性を含めた『他者』」が存在する余地は無かったのではないでしょうか。また、彼の言う『真実』も所詮自分本位、男性本位のものに過ぎなかったのではないでしょうか。

かつてのモンド映画が「深刻な問題について啓蒙の契機となるために」という口実の下に残酷映像を垂れ流し、日本を含めた「先進国」とされる地域で暮らす観客たちがそれを「外国で起きた他人事」として消費して楽しんでいた事はよく知られています。近年の町山智浩高橋ヨシキらが垂れ流していたポリコレ的な言動も、モンド映画のオープニングとエンディング申し訳程度に付け足されていた「社会を憂うポーズ」の粗悪なパロディに過ぎません。萌えコンテンツを叩いたりポリコレ的な言動に勤しんだりすることで「女性の味方」であるかのように盛んにアピールしていましたが、彼らの心の中で「女性の苦しみ」は、モンド映画の観客が残酷映像を楽しむのと同じく「他人事」に過ぎなかったのです。その「他人事感覚の露見したのが、先日発覚した真夜中のパワハラ事件です。

しかし、仮にパロディとはいえ正義喧伝する行為」によって己と意見が異なる人間を盛んに責めて追い詰めてきたのは、外ならぬ町山智浩高橋ヨシキ自身なのですから、今こそ彼らは報いを受けるべきでしょう。『映画秘宝』の信者である功夫やBazilらも言っているではありませんか。「他人を盛んに責める人間たちは、自分たちはそんなに上等な人間なのか?だったら手本を見せろ」と。彼らに手本を見せてやって下さい。

町山智浩高橋ヨシキらのような人間たちが追放された『映画秘宝』が、今後は幼稚な性欲を野放しにするようなホモソーシャル的な雰囲気偽善から脱却して、良い方向に変われば良いですね。少なくとも「切り株映画男性のもの」と言わんばかりの愚かな主張が無くなると幸いです。

気が向いたら、また何か書きますね。アーメン

2020-12-05

子供の神速にビビった anond:20201205002053

今日の昼、仕事休みだったので近くの公園まで犬の散歩をしに行った。

公園のベンチで一休みしつつお茶を飲んでいると近所に住んでる年中さんくらいの男の子が近づいてきた。

犬の散歩をしに行くとたまに会って一緒に遊んでもらってるので、今日も犬を触りに来たのかな~と思ってちょっと一緒にいたら、私の膝の上に乗ってきた。

私は軽身功だ、と思ったけど言わなかった。

どうしたの~?なんて言ってたらそのまま気配なく抱き着いてきたので、よく功夫が練られているなと感心する。

少ししたら、私に顔を向けてニヤッとして「正中線がぶれてる」と言ってきた。

びっくりして咄嗟に膝からおろしたら、今度は直接胸に手を伸ばしてきたのでつい後方に逃げようとしたものの、歩を盗んで間合いを詰められてしまった。

の子はなぜそんなことすらわからないのかという様子で「ふーん」と言ってきたが、なんか気味悪く感じてしまってそのまま無視して犬と帰った。

子供いないどころか彼氏いたことない喪女なので、初めて子供の身のこなしを目の当たりにしてかなりビビった。

拳聖、子供でも存在するのは知ってたけどクレヨンしんちゃん的なモノマネだと思ってたので結構引いた(歩法的にも)。

胸に顔をこすりつけるみたいなの、意図的にやってるんだとしたらかなりガードポジションうまいし。

なんか、昔バイト先の上司タックルフェイントしてこっちの反応伺ってるときのニヤニヤした顔思い出した。

なんやかんや歩き始めたころぐらいから知ってたからわりとショックだな、競技意味違うのはわかってるけどコナー・マクレガーって言葉がすごくしっくりくる体験だった。

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