はてなキーワード: ソーダとは
賛成派の意見を見てみたいと思い
Twitterで50人ほど大麻やってるやつをリストに入れて見てた
そしたら出てきた主な発言(リプとか含めた要約、実際には大麻と言わず隠語だったり🌿だったり)
・ベーキングソーダを使うことで陽性を陰性にしPCR検査を何回もクリアして大麻を仕入れるために海外に渡航しまくってる。自分で考えられるやつは知っている。自分で考えないやつに未来はない。
・嫁と喧嘩したら大麻のことで警察に通報すると言われたから何発か殴った→優しいですね。俺は漏らしたら殺すと言ってます。色んな家族の形がありますよね。
・目覚めてないやつは終わってる。大麻が犯罪だとかごちゃごちゃ言うやつの方が終わってる。はやく目覚めろ。
・アメリカではできる経営者ほど大麻のヘビーユーザーで吸ってないやつはモグリ扱いされるから日本は遅れてる(マジ?)
など
大麻解禁やめた方がいいと言ってる人がいるのがわかった気がした
ニューヨークからフロリダへとヒッチハイクの旅はトラックを経由した。光り輝くフロリダオレンジの太陽が私の帽子を貫く。木漏れ日に目を細めるとトラック運転手は荷台へ向かって大声を張り上げた。
「おまえさん、こんななにもない場所へどうしたんだい!」
私のうまく起こせない上体はトラックの端にある紐で結ばれている。少し前運転手はバスケットコートのカメラから見るボールみたいに目を大きくした。私の身体は動かず、車椅子に支えられていたからだ。あんたそんなのでどうして遠出しようってんだ、と運転手は感嘆の声を上げた。それが二時間ほど前のことだ。
私は運転手に家族の集会があることを伝え、その用事がバーベキューであることを教えた。それからフロリダ州の看板が見えたので、コントラストを強く投射する景色を風に流しながら、私の名前を伝える。そうかい、メグっていうのかい、と運転手は陽気に答えた。林立するビルを縫って突き抜ける青が歯科医に飛び込んでくる。フロリダはオレンジの国じゃない。避暑地だ。だからバーベキューには都合がいいのだ。多分そうだし、そういうことにしよう。うちの家族に振り回されたことは忘れて。<溶け出しそうな>夏の頃が思い出されたとしても。そういえばあの日もこんな風に感想した風が髪の毛をさらっていったものだ。サングラスが反射する光のその先に目的地があった。
◆
「どうしてそんな事を言うの」
電話の向こう側でケンがなにかの言い訳をしている。言い訳の仕方はまるで父そっくりだ。もうそんなところばかりだ。わたしときたらそんなケンに向かっていつもは冷静なのだけど、彼が父のように逃げ続けるさまを見ていると、どうしても声を張り上げてしまう。ケンはそんな時に決まって「メグはママにそっくりだよ」と吐き捨てるようにいう。全く美味しくないチリソースをアスファルトにぶちまけるようにだ。理由はこうだ。本当はここで開催される予定だったバーベキュー大会が、父の会社の都合で大きな話になり、他企業を巻き込んだバーベキュー大会に発展したらしい。それも開催地は何故か日本。私はケンに、肉よりも寿司の日本でなぜバーベキューなのかと問い詰めたが、頭に血が上っているのかケンは日本だって神戸牛があるし、開催地としてアメリカとは違った面白さが出せるんだといい始めた。違う、そういうことじゃない。少なくとも久しぶりの家族のバーベキューが行われ、とってもプライベートなものだって聞いていたのに、どうしてそれがお父さんの会社と関わっているのか聴きたいのだ。しかしケンはこれは日本と米国の絆を結ぶためのものなのだ、と主張してやまない。ALS-CoVζ+が未だ収まっていない時期になぜそんなに話を大きくしてしまうのだろうか。そんなことはどうだっていい。それよりも、家族の一致団結できる機会が失われた事実が私にとってショックだった。素晴らしい日差しの下でトロピカルフルーツソーダの飲みながら、サンオイルで日焼けをしている人達もいるのに。
◆
「やあケン。今回は会社から大会の趣旨が発表されてね。ぜひ神戸牛とアンガス牛の対抗戦をという事になったんだ」
「それで、勝った方には?」
「純金製のメダルが贈呈されるだけだよ」
「だけ?」というケンの声がスマートフォンの不協和音とともに響いた。父のノキア製は日本ではマイナーだと聞かされて、その音質に少しだけ疑いを持ち始めたばかりだ。父はケンの懸念事項がバーベキューの開催予定地のことばかりだと思っていたが、どうやらそのノキアで聞く限りそうではないらしいことが理解された。ケンは明らかに家族の集会が壊されたことを怒っており、主催は誰だと問い詰めてきたのだ。父はやむなくドビュッシー会長という人物だと述べたが、俺はクラシックの名曲よりも古いラップが好きなんだと皮肉交じりに父の言葉を投げ捨てた。まるでそれじゃあ、ダディはまたしても「お山」の大将「だ」ろうとまでいう。ダディーはクールじゃないとまで言い放った。それは一体何のジョークだいというと、日本版の4chのセリフさ、と返すばかりだった。ゼータ株はあの頃の僕たちのキャンプを奪ったが、父は僕たちから家族の有り様を奪おうとしているのではないか、そんな懸念がケンの頭をもたげた。そのくせゼータ株は活発に人々を結びつけようとしていやがる。ニューヨークからメグを追いかけるケンはハンドルを回しながらそうつぶやいた。
◆
ケンがメグと合流して数時間後、隔離が完了して未感染者のみが利用できるビーチで突然人が溶けた。その液体は灰色と真っ黒な血をビーチに滴らせ、バーベキューの肉のようにビーチの砂を汚した。それとは関係なく海鳥は通り過ぎ、メグは声にならない声とともにジーザスという単語をピンク色のリップを塗った唇から漏らした。到着したばかりのケンは目の前で人々が弾けて溶けてゆくさまを見て、エボラか何かかと目を疑い、それが数年前に起こった悪夢の再来であることを知覚した。フロリダ州に緊急事態宣言が敷かれ、州知事は政府の圧力によって州ごと隔離されたことを発表した。通信網は途絶え、父との国際連絡も取れなくなったメグとケンは、暴徒鎮圧用のゴム弾を装備したSWATたちに誘導されて収容施設へと向かった。発電の電源はかろうじて発電機型のバッテリーとして供給され、被災地には水が運び込まれた。しかしそのどれもが決死の覚悟で運ばれてくるものであり、運転手は全身防護用の白い服を着て入念な消毒を経た後にフロリダへと入り、そして出てゆく際にも消毒を行わなければならなかった。ひとまずイントラネットとして暫定的に繋がれた外との通信によりニュースだけを見ることができた。
そうして避難所での生活が進む中、ウィルスで隔離された人々の間に奇妙な一体感が生まれようとしていた。それはヒステリックな怒りであったり、それを鎮めようとするものであったり、また話し合いによって解決しようとする者達や、殴り合ったあとで肩を組み合うレッドネックたちなどによってだ。彼等はお互いをファミリーと呼び合い、外にいる連中をウォーキング・デッドだと笑いとばした。正気が保てない人々は、普段忌み嫌っている低所得層のレッドネックたちの話をよく聞いた。富裕層たちは臨時の学校を開いて塾を作り、黒人たちは放課後と称して子どもたちにバスケットボールを教えた。そうして閉鎖空間は小さな社会になった。ケンもメグもよく話し合った。とりわけ、ゼータ株のことについてだ。彼等は先日の家族のことを思い出して悲憤慷慨し、やがてウィルスによって僕たちの絆が深また奇妙さと、ウィルスによって人々がばらばらになった悲劇を語り合った。
その頃からメグの夢枕には、なくなった叔父の姿が映るようになった。叔父は家族の異事で何かをいいかけていたが、そのたびに消えてしまう。そんな夜が繰り返された後のある朝、フロリダの海岸にある変化が起こった。その変化はイントラネットTVに映し出されると、やがて通信の全てが回復した。日本の企業ソフトバンクが提供する緊急ブロードバンド回線につながったメグたちのスマートフォンは、あるものものしい人物たちを映し出した。それは水陸両用車両のようにも見え、中から防護服をつけた人が降りてくるのが見えた。車両には見慣れない文字が書かれており、不意にケンがそれを見て叫んだ。まるでパーティーが始まったかのような喜びようだった。見なよ、あれは"セルフ・ディフェンス・フォース"だぜ! ケンの指差す画像の向こうにあったもの。それは自衛隊の揚陸艇であった。第十七小隊、フタマルマルこれより状況開始。という声とともに彼等は海岸に落ちた血や散らかった廃棄物、まるでタイフーンにやられた風に映るカビの生えた建築物を撤去し始めた。そんな作業が一週間もつづくと避難場所の衛星問題はすっかり快適になり、自衛隊の面々と記念写真すら取れるまでに改善した。ケンはその時彼等にどうして来たのが十七小隊なんだいと問いかけたが、ある隊員は、十七小隊は俺達のメダルみたいなもんさ。と笑って返すのみだった。ケンはそれを聞いて、じゃあ俺たちはあんたたちに助けられたから十六小隊でいいさ、と破顔した(筆者注:2021/08/01)。
◆
日本にいる無責任な父は流石に心配な顔をして息子たちを迎えた。ただし父は両名が無事であることを確認すると1、バーベキュー大会は玉石混交のパトルロワイヤルでありジャパニーズヤキニクとチンギスハーン、バーベキューの三つ巴の戦いだったと熱く語り始めた。勝敗の決し方があまりに不透明な競技だが、メグにとってそんな話はもはやどうでも良かった。怪しげなバーベ審査員のことにも興味がなかった。父がミヤゲに持って帰ったネギマをケンは頬張っていたが、メグはどうしたって騙されることはなかった。クールビューティーと目される荒川静香のイナバウアーが見たかったというわけの分からい答弁を無視して、メグは今回の隔離事件の顛末を事細かに語った。父はそんな事知ってるさと遮ろうとするが、メグは人差し指を父の唇に当てると子供を諭すように父と目を合わせた。彼女は、「それで今回の事件でとっても頼もしいステディな人ができたのよ。自衛隊員の人なの」、という。父は喋りかけていた口を閉じると、目を白黒させた。あのフロリダオレンジの目を見開いたトラック運転手のようにである。
しかしやはり父は普通の人間と少し違った。それなら早く紹介しなさい。次のバーベキュー大会があるんだ、と彼を巻き込もうとし始めたのだ。メグは両手を上げて首を横に振ると、やはりちょっと前の出来事を少しだけ回想しながらジーザス、と小声でつぶやいた。
ケンはそんな様子を見て、口の中のネギをすっかり胃袋の中に押し込めながら、こいつにケチャップをかけると日本人とも仲良くできるかもね、と一人で口角を上げた。ゼータ株が運んだ全ての問題は、まるでその性質のように全てを溶かして人々をつなぎ、父子は空港で呆れながら仲良く語り合った。避難所のメンバーのメール着信がなり響いてメグがその知らせに目配せする。
※別作者です。おしまい。
あのさー
つまらなくなった途端のタイミングって言うのは運営がマネタイズが上手くいった証拠でもあるから
面白くなくなったSNSは儲かってるんだなぁーってつくづく思うわ。
ツイッターももはやどうでも良いことをどうでも良くつぶやいている方の人が少なくなってきているのかも知れないわね。
五万人ぐらいいると思うわ。
キャンプはあんまり行きたくないけどランプとかナイフとかのキャンプギアは欲しい!焚き火はしてみたい!みたいなことよね。
家庭用コンロじゃなくても、
もう普通にキャンプカレーを家で作ったらキャンプ気分なのかしらって思うし、
事務所のフロアのちょっと広いところでテント張ったっていいんじゃない?ってそこでお昼休み流しそうめんでもしたら
もうキャンプ気分よ!
家に居ながらの巣ごもりで
キャンプしたい欲を満たしてくれるかがってことも重要なのかも知れないわね。
だから
そうは言ってないわよね。
山に登って淹れるコーヒーが頂上で飲むと美味しいように
キャンプ地には行きたいけど寝るのは車の中でいいわ!ってことなのかしら。
結局は一緒なのよ。
キャンプに行ってテントの中では結局はノートパソコン開いてインターネッツを見ているから
あの大容量モバイルバッテリーがめちゃくちゃ売れてるって言うのも一理ありまくりだわ。
なるほどねーって思っちゃった。
それと、
的に手斧投げるアックススローイングが超流行ることを今ゆっとくわ!
リアルに手斧投げて的の丸太にすこーんって気持ちよく刺さって止まったら快感よね!
黄砂でぼんやり青空じゃない霞んだ感じを正に一刀両断したいものね。
うふふ。
パッと見はソーダ水に見えるけど甘くない炭酸水レモンウォーラーです。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
「『マジック・スピーカー』を観たんだけど、私の中では映像が露骨すぎるんよね~。掛け算の仕方も違うというか~、いや、あくまで私の中では、だけどね~?」
「別に監督はどうでもいいんだけど、やっぱり掛け算が露骨というか~」
その数学者は、とかく掛け算に心血を注いでいるようだ。
実際、その熱量は本物のようで、高校レベルの知識では全く話についていけなかった。
「え~と、知らないんならそのままでいいと思うよ~。私的には譲れない部分ってだけで、そんな店員さんに面と向かって言うようなことじゃないし~」
「そうですか……掛け算の仕方が違うというのは、どういった感じなんでしょう」
「ん~、じゃあ問題なんだけど、例えば“9×6”じゃなくて“6×9”の方がしっくりくるってのは分かる~? いや、分からないなら分からないで全然OKなんだけど~」
「しっくりも何も、掛け算なのだから数字の順序を変えても答えは同じでは?」
「あ~、店員さん、そのレベルか~。あ、いや、別にそれがダメって言ってるわけじゃないんですよ~?」
掛け算ひとつとっても、数学者と一般人では見えているものが違うらしい。
「『ネコはバター犬の夢を見る』とかも、まあ良いんだけど、そもそも供給元が最大手だと逆に困るんだよね~。0から1や2を生み出すのが醍醐味だと思ってる人間としては、原作で9とか10出されたら、それ以上の数字を出す楽しみがないじゃん~」
数学というものは俺が思っているよりも奥深く、それと同時にしがらみの多い世界のだと数学者は語る。
界隈は一枚岩ではなく、それは単なる計算処理からくる問題ではなく、時に思想主義まで交わすものらしい。
「いや、それが良いって思ってる人がいるのは分かるよ~? でも私みたいな二次ロマン主義者や擬似ロマン主義者にとっては余計というか~」
それとも、俺の知っているロマン主義とは異なる歴史から生まれたものなのだろうか。
二次ロマン主義だとか、擬似ロマン主義っていうのも初めて聞いたし。
「リバがバリウケでバリウケるってな感じで~。いや、バリウケるかどうかは最終的に自由だよ~? でもバリウケるからにはモラルが必要なわけよ~」
そんな職種は初めて聞いたが、まあ“料理は科学”だというし、研究家がいても不思議ではないだろう。
「『なめくじ食堂』って知ってる?」
「そんなわけないでしょんな!」
「でしょんな?」
自ら研究家というだけあり、その客は料理について一家言あるらしかった。
「料理っていうのはね、体の健康はもちろん、ひいては心の健康にも繋がるの。それは食べる際にも、作る際にも」
ただ研究家という割に、言ってることがあまりアカデミックに思えない。
「いえ、料理と言えるほどのことはやってないですね。そういうのに労力を使わない身なんで……」
「確かにね、献立を考えなきゃだし、素材を買い集めなきゃだし、もちろん調理しなきゃだし、食器を洗わなきゃだし、余った食材の管理もしなきゃで工数が多い。そこまでして節約するくらいなら、その分バイトしたほうがいいってのも分かるよ? でも選択肢として、手札に持っとくのは人生を豊かにすると思うの」
「はあ……」
「だからね、鍋にしよう! これなら簡単だし、野菜とか栄養も手軽にとれる。鍋が飽きたらスープや煮込み料理! 具材を放り込むだけ、ね!」
「そうですね……」
相槌を打ってはみたものの、俺が活用することは一生ないだろうな。
あるいは、思い出せないからこそ印象に残っているのか。
そういうものが二つある。
小1〜小3まで、俺は剣道を習っていた。もう20年以上も前のことになるか。
毎週水曜と土曜の夕方から小学生達が集まって稽古をするんだけど、
終わるのが19時過ぎとかなので、どこの子も親が迎えに来てくれた。
だからお母さん達がお迎えがてら子どもたちにジュースを買ってきてくれる。
それもわざわざクーラーボックスに氷を詰めてそこに入れて持ってきてくれるもんだから、それはそれは美味かった。
果汁とかが入っているタイプではなかったように思う。
サイダー系か、あるいはカルピスソーダのようなホワイト系か、そのどっちかだと思う。
350ml缶で、青とか白とか爽やかな色合いがベースの、水玉模様のパッケージだったことは覚えている。
ただただ、疲れた体に流し込むのがめちゃくちゃ美味かったということを覚えている。
初日は全体行動で、清水寺とかの王道なルートだったと記憶している。
で、翌日、班行動の日に行ったお好み焼きの店が、美味かった。
いや、食べ比べとかをしたわけではないので、平均と比べて美味いか不味いかの判断はできないんだけど、
そのとき初めて食べた関西のお好み焼きだったから、うまいな〜っつって食べたんだよ。
ただ、それがどこのなんて店か覚えてない。
その日行ったスポットとしては八坂神社や三年坂とかそのへんだから、
グーグルマップで近隣のお店を探してみたんだけど、あんまりピンと来ない。
お店の近くか真ん前は坂道になってたような、お店の前の道はそれなりに広いけど人通りも車通りも少なかったような、
なんとな〜く、ぼんやりとだけど記憶に残っているけど、曖昧な記憶なんて当てにならない。
店内はこじんまりしてて、座敷とカウンターとテーブル席があった‥‥ような気がする。たぶん。細かくは覚えてない。
おばちゃんが会計とかしてくれたのは覚えてる。気のいいおばちゃんだった。
「美味しかったです、また来ます」なんて言っておいて、15年も行っていないわけだから、ずっと引っかかっている。
もう何年も、十何年も頭の片隅にいて、時々思い出して調べたりしては、見つからずに諦める。
前者はもう廃盤商品かもしれないし、後者はもう店を閉めてしまったかもしれない。
俺は沖縄県民だ。
多くの人は、居酒屋やそこらのお店で売っている手ごろな泡盛を、旅行気分で飲むのだろう。
でもその時、「泡盛、おいしい!」と感じる人は少ないと思う。
そのようなシーンで出てくる泡盛はだいたい新酒である。蒸留したての泡盛だ。どぎつくて癖のある風味が口に広がる、沖縄県民でも10人中9人が「まずい」というような風味だ。
だがちょっと待ってくれ。泡盛は新酒と古酒とでは全く異なる飲み物なのだ。蒸留したての泡盛が売り物として世に出回ったのは、1945年の沖縄戦ですべての古酒を失い、いちから事業を再開せねばならない酒造メーカーが当座の資金繰りのためにやった苦肉の策であって、本来の泡盛は古酒でしか飲まないものである、という説が(俺の中に)あるぐらい、新酒と古酒は違うのだ。
新酒はとにかくきつい。ウイスキーだって蒸留したての酒を2,3年は樽貯蔵してから初めて売り物にするのだから、あれをロックやストレートでおいしく飲める奴はかなり重症ではないか。水割りもまずいと思う。
ともかく、新酒を飲んで泡盛体験を終えるのはもったいないし、むしろ負の体験にしかならない。
だからそう、古酒を飲んでほしい。泡盛の古酒はうまいしコスパもいい。
ジョニ黒というウイスキーがある。12年物メインでブレンドされた酒で、アルコール40度の700mlで2,000円代で買えて、うまい。そりゃ世の中にはもっとうまい酒もあるだろが、ジョニ黒はコスパの良さに定評がある酒で、俺も好きだ。
このジョニ黒と同程度もしくはそれ以上の泡盛の銘柄がたくさんある、と俺は思っている。俺はそう感じている。俺はこれを紹介したい。
もしもあなたがウイスキーや焼酎を楽しんでいるのならば、ジョニ黒と同程度もしくはそれ以上にうまくて、かつ、2,000円代で買える泡盛を紹介したい。あなたに。沖縄で泡盛を飲むときの参考にしてもらえれば幸いだ。
県内の酒造メーカーからなる沖縄県酒造協同組合がつくっている古酒だ。琉球泡盛の一番槍みたいなやつだ。
泡盛は3年ほど貯蔵したものを古酒と呼べるのだが、飲むのならば10年以上の古酒を勧めたい。泡盛は5年から7年目にかけて急速に熟成が進むと言われており、正直3年ものの古酒を飲んでも熟成感はないしあまりおいしくもない。
だが10年以上の古酒ならば、古酒ならではの香りと味わいを楽しむことができ、おいしい。
瑞穂酒造の古酒。泡盛の古酒の香りはバニリンというバニラの香りと同じといわれている。泡盛の古酒にはソフトクリームのような甘ったるさとアルコールの香りが鼻の奥を抜けるような感覚があって、古酒を飲み込んだ途端にその感覚は消える。そうして、その感覚を追いかけるようにして、もう一度古酒を口に含む。おいしい。
瑞泉酒造の古酒。他にも10年古酒として「king」という銘柄も出しているが断然こっちがおいしい。
菊之露酒造の古酒。宮古島の酒造メーカー。同酒造の沖縄ローカルCMでは魔裟斗や国仲涼子が出ている。心地よい香りと味わい。アメリカンコーヒーのようなすっきりとした印象でおいしい。
多良川酒造の古酒。宮古島の酒造メーカー。宮古地域は硬質の水が泡盛に向いているのか立派な酒造所が多い。
泡盛の古酒は、10年物100%ならば「10年古酒」と名乗れるのだが、10年物と3年物と新酒をブレンダーがいい感じにしておいしい泡盛を作ってしまった場合にはそうはいかない。たとえそれが10年物100%の古酒を超える酒質だとしても「10年古酒」とは名乗れず、精々「熟成古酒」としか名乗れない。久遠は10年物メインのブレンド酒であり、長期熟成古酒と銘打っている。香ばしくてとろみがあって、個人的に一番おいしい。
もちろん、もっとうまい泡盛の銘柄もあるのだろうが、海の邦、古都首里、おもろ、南海王国、久遠は2,000円代で買える。
ただし、それは沖縄県内での話だ。内地では輸送料とか酒税軽減措置が適用されないとかの事情もあってもっと高くなる。酒税軽減はせいぜい100円程度の影響しかないはずなので、主には輸送料が要因だ。
沖縄県内でも、業務スーパーやビッグワン(沖縄ローカルのディスカウントショップ)や酒のスマイルorアルテック(ともに沖縄ローカル酒屋)でなければ2,000円代で買うのは難しいだろう。これら以外の店舗ではもうちょっと高い値段がついている。
でも心配はいらない。業務スーパーもビッグワンも県内の至る所にある。
だから、もしもあなたに沖縄を訪れる機会があって、泡盛でも買ってホテルで飲もうぜとか、泡盛頼んでみようぜみたいなことがあれば、ぜひとも10年古酒を手に入れてほしい。そうすれば、沖縄の夜をもっとみんなが楽しく過ごせるはずだ。
久遠と同じく多良川酒造の古酒。2,000円未満で買える。リーズナブルでおいしい。特選古酒と銘打った、底が太ったボトル。ノーマルのビール瓶型のボトルでない。
南海王国と同じく菊之露酒造の古酒。1,200円とかで買える。ジョニ黒には負けるがコスパ最強の泡盛。8年古酒をメインにブレンドしたらしい。
忠孝酒造、瑞穂酒造がつくる泡盛。1.8ℓで1,000円強で買える。ソーダ割りにするとおいしい。泡盛新酒の他の銘柄のソーダ割りは、泡盛の癖を炭酸が強めるだけだが、忠孝と瑞穂は甘い香りがはじけて(俺の中では)おいしい。
”!?”
たくさんのブクマをいただきまして、「泡盛」という言葉が多くのみなさまの目についたことをうれしく思います。
それと同時に、先だって紹介させていただいた泡盛を飲みながら投稿した増田ですので、ブクマの多さにおののきながら読み返してみると、違う違うそうじゃない、と反省すべき箇所がいくつかあります。少し補足させてください。
1つめ、泡盛の新酒について、「沖縄県民でも10人中9人が『まずい』というような風味だ」「負の体験にしかならない」、なんて明らかに言いすぎだ。これはいけない。10人中7人だ。3割の人間だけが、あの世界に行けるのだ。顔に痣が浮かぶような奴らだ。たぶん早死にする。俺があと一歩のところで届かなかった、至高の領域だ。
2つめ、泡盛は10年以上の古酒をすすめる、としたが、もう少し正確に言うと、10年古酒で十分だ。どういうことかというと、泡盛の熟成は5年を超えたあたりから加速度的に進むが10年目あたりで落ち着くと言われている。泡盛の熟成が酸化なり何なりの化学変化であるとすれば、それが永遠に続くことなんてありえない。仕次ぎうんぬんの話もあるが、ともかく10年経てば十分泡盛は熟成している。それ以上の年数の泡盛は味よりもその稀少性なりストーリーなりを楽しむものであり、神々の遊び的なものだろう、と俺は踏んでいる。神ならぬ我が身としては、10年程度の市販の古酒を楽しみながら、甕貯蔵の我が家専用泡盛を仕次ぎし育てて数十年楽しんでいく、というのがいいんだろう、と思っている。
3つめ、古都首里の10年古酒のアルコール40度は、ラベルに沖縄限定って書いてました。通販で本土のみなさまでも買えるかもしれないけど、、、すみません。古都首里はバニラの香りが強く、たぶんバニラエッセンスが入っている(入ってない)と思います。おいしいので、地元の方はぜひお試しください。
そして、本土の方も沖縄を訪れた際には、ストレートでもロックでも炭酸でもシークヮーサーでもアセロラでもコーヒーでも牛乳でも何でも、泡盛をおいしく楽しくしてください。
あわがもりもりきんにくもりもりあわもりもり~
【追記 1/2 16:30】コメントありがとうございます。今一人虚しいのでめちゃくちゃ返事してます
タップルを入れた。4ヶ月間ほどで50人くらいに会っていい感じの子がやっと1人見つかったという状況。50人と会うことが目的だったわけじゃなく、自分がいい年していまだに外見で恋人にしたいかどうかを判断しているので結果ここまでもたついているのだと思う。この見つけた1人との今後はともかく以下マッチングアプリの感想。誰かの参考になってほしい。
付き合わずにセックスするという事についてはタップルをやる前にも数回経験があって、それがアプリによって効率的にブーストしただけだと思う。一方で意識的に書いてないが、チャットで返事が返ってこないこと、実際に会っても相手がスマホをずっと見てて相手にもされないことなどは、もちろん無数にあった。アプリの良いところ(悪いところでもある)は1人に執着できないのでその無数の失敗をすぐ忘れる。それでも残る屈辱や寂しさを紛らわせるために自分は会う人数で補完を試みたのだと思う。その数が増えれば人に会うことさえルーティン化していって、初対面の女性に緊張はしなくなるので徐々に自信や余裕も出てくる。オシャレになったし若返ったとも思う。逆にその代償はどこまでいっても全てが虚無でしかないと思ってしまうこと。自分はただの恋に恋してたいセックス依存症なのかもしれない。不倫や裁判沙汰に巻き込まれてないだけ奇跡だ。
その結果、初対面の相手となんやかんやあってその日のうちにセックスまでいくのが結局一番アドレナリンは出るイベントとなり、それが閾値のベースとなって普通の段階的な恋愛がもうよく分からなくなってしまっている。だからこそ本当に彼女にしたい子ができてからは、逆に何をどうしたら良いのか何も分からないし他事例での大胆さも発揮できてない。何度かデートしてもらっているがずっと悪手ばかり踏んでいる気がする。今までの女性の連絡先を全部消してでも彼女と付き合いたい。タップルは大晦日にアンインストールした。