2021-01-31

[] #91-8「13人の客」

≪ 前

13人の客、その12人目は杖をついた老人だった。

「『愛のリコーダー』の尺八奏シーンは、若い頃に見たミュージックビデオを髣髴とさせる。写真を何枚も撮ってパラパラ漫画みたいに動かしている、随分と凝ったミュージックビデオだった」

ストップモーションアニメってことですか?」

「“パラパラ漫画みたいに”言っただろ!」

若者経験も語彙も少ないから中身のない話をしがちといわれるが、実際は老人のしてくる話も中身がない。

経験や語彙があっても、それらを整理整頓する処理能力が衰えているからだ。

結果、言葉が足りなさ過ぎたり、余剰過ぎて要点が分かりにくかったりする。

「あの尺八音色は、一体どこで聴いたんだっけか……」

若い頃に見たMVだと言ってませんでしたっけ」

「“えむびー”なんぞの話なんてしとらん。ミュージックビデオで聴いた尺八音色が、どこか別の場所で聴いたことがあると言ってるんだ」

「んー?……それは『愛のリコーダー』って映画からでは?」

「『愛のリコーダー』の話は終わっとる! 今はあの尺八音色が、どこで使われてるかって話をしてる!」

しかも、こちらが会話に参加しないと不機嫌になるし、参加したらしたで不機嫌になってくる。

いずれにしろ面倒くさくて、疲れるのは同じだ。

「なんかテレビでやっとった! ふほほ~ん、ふふ~ん……こんな感じの音色で」

ちょっとからないですね……」

ふほほ~ん、ふふ~ん!

「いや、そんなに強調されても」

この話の何がキツいって、一向に話がまとまらない割に、最終的な実りが少ないことだ。

せめて戦時中体験談だとか歴史的な話だったり、含蓄に富んだ話をしてくれるなら甲斐もあるんだが。

老人に“無人島に何を持っていくか”レベルナンセンスな話をされるのは、実際に無人島生活するよりも大変だ。

「分かんねえかな~!? ふほほ~ん、ふふ~ん、じっしょく~」

「“じっしょく”……あ、ひょっとして『食わず嫌い戦』のことですか」

食わず嫌い? ワシは何でも好き嫌いなく食べてきたぞ!健啖という言葉はワシのためにある」

「いや、そうじゃなくて……」

「言っておくが、自分から健啖なんて吹聴したことはないぞ。自然と周りが呼び始めただけだ。気に入らない飯だってあったし、そもそも質が悪くて不味いものもあった。それでもワシの青春時代は、ただでも少ない栄養を摂り続ける必要があったんだ。それに対して、近所に住んでいたケンちゃんは偏食家だった。4階建てに住む小金持ちだったから甘やかされていたんだろうな。4階建てといっても屋根裏部屋はカウントしていないぞ? 」

「あの、『食わず嫌い戦』ってのは番組コーナーのことで、お客さんが聴いたであろう尺八音色は、その番組で使われていたんじゃあ……」

「黙らっしゃい!」

こうなってしまっては、もうどうしようもない。

初めから会話はマトモに成立していなかったが、ここまでいくとその体裁すらなくなる。

この老人は、他人など関係なく喋り続けるだけの機械と化した。

「そんなケンちゃんとは学校で何かをやる度、いつも一緒だった。仲が良いのもあったが名前順の関係で一緒になりやすいんでな。ケンちゃんは偏食家で体に栄養が足りていないんで、100メートル走とかやってもワシがいつも勝ってたよ。不憫に思って一度だけ手加減したことがあるけど、それでも余裕しゃくしゃくよ。運動以外のことも苦手で、共同で行事とかやると必ず足を引っ張って周りに疎まれとったよ。まあ、これは同じ能力じゃない人間に同じことをやらせようとする共産主義遺産も原因だろう。ケンちゃん自身トロくさかったけど悪い子ではなかったしな。お昼の時間には、白と茶色しかないワシの弁当に彩りを加えてくれたし、たまに家に招待されてお菓子を振舞ってもくれた。あの時に食べたお菓子名前をワシはまだ知らないが、人生で一番おいしかたことだけは確かだ」

こんな話に俺が学べることは何一つない。

強いていうなら、歳をとっただけで人の価値は上がらないってことくらいか

年月を重ねただけで価値が上がるのはハイブランドビンテージだけである

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