はてなキーワード: 雑巾とは
戦後から当時の若者は、全共闘だの愚連隊だのやりたい放題やってきたのに今の若者は声を上げることができない。
今の若者は年寄りどもから使い捨てのボロ雑巾のように扱われ、少なからず困窮している。
大卒は当たり前、高卒なんてどこも雇おうとすらしない。大卒だからと言って安泰でもなく、昔の学生みたいに麻雀なんぞに呑気に明け暮れているようなのは確実に弾かれる。
そうでなくとも学生のうちに、起業したり、何かを開発したり、何かしらの企画を成功させたりしていない者も大体は弾かれる。
高卒で入社できた時代はとうに過ぎ、一握りの価値ある若者しかまともな企業に就けない。そのような時代に突入している。
まともな企業に就けなかった大抵の若者は、薄給で、サービス残業もパワハラも当たり前、昇給もごくわずかで、この先年金が貰えるかどうかすら分からないのに、保険料だけ払い続け、将来への不安を抱えたまま鬱々と働いている。
政治家もメディアも年寄りの言葉ばかりに耳を傾けている。若者の怨嗟の声など一つも取り合わず、私腹を肥やすことに心血を注いでいる。
仮に声を上げたとて、若者を酷使し、無視するような年寄りの政治家に何が期待できるというのだろうか。
もはや少子化で層の薄くなった若者では、層の厚い声の大きい老人らに太刀打ちすることさえ適わなくなってしまった。
※この記事の趣旨は決して「昔こんないじめに遭った、ひどい」ではありません(世の中にはもっともっと凄絶で深刻ないじめが蔓延しているのだから、大昔のこの程度のことを訴えるために書いたのでは当然ない)。
しいて要約すれば「男性の優しさを厳しく見極めようとしてしまう変な癖がついてしまった人生」の話です。
私はアラサーになった今でも「子どもの頃スポーツが得意だった」「明るくて優しい」男性のことを一切信用できない。それゆえ、好意を打ち明けてくる男性がいると必ず変な尋問にかけてしまう。
小学生の頃、一日だけいじめにあったことがある。原因は私にもほかの誰にも、おそらくいじめてきた男子本人にすらわからない。ただある日突然、クラスのひとりの男子がこう宣言したのだ。「俺は今すごくイライラしているから、今日一日だけ、誰か一人をターゲットにしていじめる」と。その標的になったのが私だった。その男子は普段いじめっ子ではないし、また私も普段いじめられっ子ではなかった。たしか「だれにしようかな」とかでランダムに選ばれたのが私だったけど、その男子は足が速くて、私はめちゃくちゃ足が遅かったので、小学校でありがちな強者と弱者の構図にぴたりとはまっていた。
それで何をされたかというと、かなり記憶が薄れてはいるが、覚えているのは体育館でひたすら一対一でドッジボールか何かの硬いボールを繰り返し投げつけられて私が逃げまわるという光景だ。あれが体育の時間だったのか休み時間だったのか、私がそこに行かない/そこから逃げ出すという選択肢はなかったのか、同級生や先生たちはそのとき何をしていたのか、その場面に至るまでの状況は残念ながらもうまったく思い出せない。
普段問題児でもない子が、普段からいじめに悩んでいるわけでもない子に、一回限りだと宣言してやったことだから、周りの人たちもまあ反応に困っただろう。ボール遊びをしていて(同時に罵倒もされていたが)私が一方的にボールを当てられてしまうのは、単にその子の運動神経がよくて私がどんくさいから、とも言えるかもしれなかった。
このほかにも、たぶん私がトロいせいで、小学生男子の有り余るエネルギーを暴力として喰らってしまったことはある。掃除の時間に床の雑巾掛けをしていたら男子がいきなり頭の上に座ってきて、床に顔面を強打したことがあった。どうもその男の子は、雑巾掛けをしている子たちの上に次から次へのしかかろうとして、雑巾係はその股の下を潜って避けたらセーフみたいな遊びになっていたらしかった。でも私はトロいから避けられなかった。床にぶつかった衝撃で鼻の付け根がツンとして涙がぽろぽろ出たが、目の辺りを打った生理的反応だと思われたのだろう(実際そうではある)、周りの子たちに「目、大丈夫⁈」と聞かれたのに対して咄嗟に「うん大丈夫だよ」と答えてしまったらそれ以上はなんの騒ぎにもならなかった。
上記の男子の二人とも、もし小学生の頃の様子を友だちとか親とかに語らせれば、「スポーツが得意で明るくて優しい男の子でした」という具合になるんだろうと思う(知らんけど)。でも、私はそうじゃないことを知っている。だから私はいまだに信用できないでいる。「子どもの頃スポーツが得意だった」「明るくて優しい」男性のことを。
私は男性に好意を打ち明けられると真っ先にする質問がある。「小学生の頃、女の子にボールをぶつけたことはある?」だ。平成生まれのわれわれの多くはドッジボールというきわめて暴力的かつ非人道的な競技を強いられていたはずだから、「ない」と即答されるとむしろ変だなとか思ったりしつつ、まあその後もいろんな質問をしてみる。これはべつに答えだけのドボンクイズじゃなくて、表情とか言葉の選び方から私は相手が「件の男子」からどれだけ遠いかを必死に見定めようとする。そんなことは不可能で無謀だとも思うし、「本当の優しさとは何なのか」なんて私にもわからないけれど、どうしても探らずにはいられないのだ。
(ないと思うけどもし万が一この尋問に覚えのある人がこの記事を読んでいたら、どうか私の身元はバラさないでそっとしておいてください。)
大人になった今考えると、当時のそういった男子たちは有り余るエネルギーだけではなくて中学受験勉強のストレスなんかも抱えていたのかもしれない。私が通った公立小学校の学区域は地価の高いエリアが含まれていて、ハイレベルな中学受験をする子が非常に多かった。エネルギーにせよ親からのプレッシャーにせよ、それを正しく言語化できずに誤った仕方で発散してしまう子どもはきっと少なくないのだろう。
過ちという点で言えば、私だってその後の女子校時代や大学時代には、性格が弱々しいタイプでもなかったから(運動神経が悪い=弱者という動物的慣習は小学校で終わるのが世の常だ)、言動を誤って他人を傷付けてしまったことは何度もある。だから「小学校時代の」「男子の女子に対する」「身体的暴力による」いじめだけをあげつらうつもりはない。言葉による暴力がどれだけ深く他人を傷付けうるか知っているつもりだし、自分がやってしまったそれは一生後悔し続けると思う。
私がここで語りたいのはもっと軽薄なことで、ようするに、結婚式の回想ムービーだかスピーチだかで「スポーツが得意な、明るくて優しい男の子でした」とか形容されてニコニコしているけれど実際は猿から人間に進化しきれていない野蛮な小学生だった過去のある男性がそのイメージを保ったまま幸せな結婚をして平凡な家庭を築いているケースは日本全国そこらじゅうにわんさか転がっていると思っていて、ただ私だけは絶対にその類の男性にだけは引っかかりたくないし、そんな男に抱かれた日には死んでやるという気持ちで生きているということだ。
私が今のところ最も「優しい」と思えるのは、「自分の優しくなさや社会の優しくなさ(政府とか入管とか)に対して厳しく在ることのできる人」だ。いつでも穏やかにニコニコしていることとか、横にいる人の荷物を持ってあげることなんて、誰でも思いつくし誰にでもできる(下心があれば尚のこと)。「優しいは作れる」のだ。そんな小手先の優しい行為からは、その人が他者の痛みにどれだけ鋭敏で、自他の暴力性にどれだけ怒れるかなんて窺い知ることはできない。だから、私が無駄な問答を通して知ろうとしているのはおそらく、その人が自分の無意識の暴力の可能性をどれだけきちんと検討できるのか、みたいなことだと思う。
40代前半になり、管理職を意識した仕事の進め方(実務中心→マネジメントへ)を検討しはじめた頃だった。ずっと同じ部署で働いていたわけではないが、新卒からほぼずっと法人課税一本だった。
そんな折、数個年上の同僚のひとりであるN君が「今年度いっぱいで辞めて転職するから」と言ってきた(ビットコインの件で苦しんでいた人だ)。職場の飲み会の帰りで、飲み直しで別の店に入った時だった。少しばかり仕事で縁のあった会計コンサルの内定を得たという。
「なんで辞めるの?」と聞くと、「昨年課長にはなったけど、どこまでいっても組織の歯車で、それだったらまだいいけど……国民のために役に立っているとは思えない。だったら民間の方がいい。自分の仕事力は、広く社会のために使いたい」といった答えが返ってきた。「上司と人事には退職の旨を話してある」という。
私は、そこまで高邁なことを考えるタイプではない。どこか仕事から引いたところがあって、上から60点の成果を求められた時、80を出せる時でもあえて70の成果を出す。残り10の余力は、いざという時のためにとっておく。そういうタイプだった。
できるなら上の方まで昇進したいとは考えていたが、審議官とか、次長とか、長官とか、そういう地位はむしろ遠慮したかったし、私の学歴だと奇跡が起きても難しい。職務自体は好きだったから、できれば長い間やりたいとは思っていたが。
そのN君は、私などよりも公僕に向いている。いつも全力だからだ。そういう人だった。今回、自分の力を社会のために役立てたいという想いを聞いたが、嘘偽りはないと感じた。
数か月後、私は「絶対にここを辞めてやる」と決意することになった。N君の退職が認められなかったからだ。それで結局、N君は内定先を辞退することになった。伝聞での話になるが、N君の内定先には「霞が関の事情を説明する」という名目での情報共有(という名の転職妨害)が入ったのだという。
民間の方には事情がわかりにくいと思う。まずは次の規則を読んでほしい。
(辞職)
第五十一条 任命権者は、職員から書面をもって辞職の申出があったときは、特に支障のない限り、これを承認するものとする。
公務員の任免というのは、民法上の雇用契約が基底にある。そのうえで、国家公務員法や人事院規則により公法上の契約関係を構成する。ざっくりいうと、行政事務職の公務員≒サラリーマンということだ。労基法が適用されないからといって、隔絶した存在ではない。現業職の公務員だと、よりサラリーマンに近い扱いになる(労働協約締結権があるなど)。
上の人事院規則は、公務員のみならず民間業界をも拘束する。当規則が国家公務員法(国会で議決)から委任を受けているからだ。
N君の例だと、別の内規により人事院規則第51条が課長補佐以上には厳しく適用されるのに加え、「再就職に関する規制」に該当するおそれがあったのだろう。それゆえ、転職を目的としての辞職が認められなかった。
結局、N君はどうしたのかというと……私が辞める時点では在職していたが……少し述べると、あれからも転職活動をしたが失敗に終わったらしい。40代半ばで、国家公務員としての経験しかないN君は転職市場では必然不利になる。
N君に興味のある会社があったとして、N君からすれば入りたい会社ではなかったという。とはいえ、税務や会計の会社を選ぶとまた転職できない可能性がある。かくして、N君は今でも霞が関のどこかで働いている。どうか幸せでいてほしい。
「こいつらクソだな」と思った。たかだか数年前に1回契約したっきりのコンサルに移るくらい、認めてやってもいいじゃないか。厳密にいうと再就職の規制にかかってしまうのかもしれないが、それでもいいだろう。仲間なんだから。
当時は怒りでいっぱいだった。今はとうに収まっているが。所詮は、その程度の仲間意識しか持てない連中の集まりだったのだ――と今では達観している。
繰り返すが、四十前半であれば課長(管理職)になってもおかしくはない。平均的には43,44ほどで課長に昇進するイメージがあった。早くミッションを遂行しなければならない。
転職活動を始めることにした。この時、妻はすでに亡くなっていた。子どもはふたりいたが、先ほど書いたとおり、霞が関の一人親に子育ては不可能であるため実家に預けている。妻が存命だったなら、転職活動自体していなかったかもしれない。
この時は、リクナビも有名になっていた。転職エージェントもネットで探せる時代になっていた。さっそく求人を探していくも、自分に合った仕事は見つかりそうにない。リクルートエージェントにも登録して、毎日少ない自由時間を使って求人を確かめていき、平行して求人応募に最低限必要なドキュメントを作っていった。
転職活動スタートから三ヶ月ほど経った頃は、こんな状況だった。希望条件には、就業場所や入社時期や休業制度や、もっと細かい事項もあったが省略する。
二 職務内容に拘らない
ア どんな仕事でもやっていれば好きになる
イ それよりもどんな人と働けるかが大事
イ 全体向けに説明した後、現場レベルに立脚した観点で是非を整理
※この箇所は、文字ばかりで窮屈~というエージェントからの指摘あり
ア 息子と娘を遊園地などに連れていきたい
ウ この年になるとゆっくりしたいのもある
二 風通しがいいこと
イ 怒鳴ったり急に泣き出したり、負の感情を吐き出す社員はいないか?
ア 前の職場が不明確だったので。データによらずに上司が決めるなど。
イ ずっと続けられる好きな仕事にしていきたい
イ 子がいるので額面700万はほしい。今の年収△200万円までOK。
とまあ、いろいろ考えはしたが……結局、税務コンサルにした。スキルを活かせるうえに、さらに磨くこともできる。そのうえ、応募に必要な資格である税理士免許もある。応募要項には「事業会社での税務実務経験5年以上」とか「同業界でリーダーシップを発揮された経験3年以上」とか「M&A、組織再編、事業統合、事業再生等の案件に対する税務コンサルティング経験」とか、該当していない要件があった。
だが一方では、「上場企業、外資系企業などに対する税務申告書作成業務」など、こちらの十八番(ルールを作ったり審査する側)とも言える要件もあった。当てはまるかもしれない。
こちらの日系大手の税務コンサルを受けたいと転職エージェントに告げたところ、「要件については、体感6割でいいので。ほかにも何社か受けた方がいいですね。増田さんの場合は、最低15社は受けましょう」とアドバイスをもらった。
言いたいことはわかったが、こういうのは絞るべきだと感じた。一気に15社受けるのではなく、3社を5回に分けるなど、そういうやり方がいいと思った。※よく考えると、転職エージェントと転職希望者は利益背反の関係にある。転職エージェントとしては、ほどほど短い期間で離職しそうな会社を勧めるのがメリットだからだ。
かくして、税務コンサルのうち、外資系大手・日系大手・日系準大手の3つにエントリーした。うち2社が書類選考を通過し、一緒に働くであろう仲間との数度の面接を経た後に、幹部社員とも話をさせてもらい、最終的に2社の内定を得た。
決め手として、一番好感があった会社を選んだ。やはり、一緒に働く仲間――これがマストだった。上の3つでいうと日系準大手になる。
こちらの会社は、昔仕事でお世話になったことがあった。直接契約を交わしたことはないのだが。とある相談案件を通じて、互いの知見を高めることができた……とこちらは認識していた。その会社は、国税庁を不当課税処分で訴えたことがあったのが気になったが、今さら大した問題ではない。
次は、どうやって上司に転職を伝えるか考える必要がある。まともにやってしまうと、N君の時のように無理筋なことをされる可能性がある。公務員の退職にあたっての厳密な許可制や再就職の規制は、当時の私の役職(課長補佐)だとばっちり適用される。※20代とかの若手だと、基準を緩めてもらえるらしい。
「年度末で退職します」と告げた時の直属の上司の顔を覚えている。諦めと怨嗟が混じったような顔つきだった。一応遺留は受けたものの、上司もわかっていたようで、最後には「これまでお疲れ様。次のところでもうまくやれるように。ただ、辞職が認められたらいいけどな。俺は無条件に認めるけど」と言っていた。後は、人事による退職ヒアリングを残すのみだ。
思案した結果、退職ヒアリングにおいては、内定を得ていた会社のうち辞退するところを転職先として告げることにした。入社予定の日系準大手は、一応これまでの取引先には当たらないが、関係先に該当すると見做されるおそれがあった。N君の二の舞だけは御免だった。絶対に避けたい。今ここで、今ここで就職しておきたい。絶対に!!
証拠書類として、第二志望だった外資系大手のオファーレターの写しを人事ヒアリングで提出したところ、それから約一週間ほどか、何事もなかったように辞職の許可が下りた。そこから、残りの約二ヶ月半の間で引継資料を作り、3月の初め頃には仕事を引き受ける人に業務の説明をして、懸念事項の対処方法の素案を示して、最後に職場内で気を付けるべきことを述べて……それから数日後、私は職場を跡にした。
転職に成功した。一度下った辞職許可である、春先になって覆されることはない。覆そうにも、4月の時点ですでに民間企業との雇用契約が成立している。どうしようもない。私は管理職ではないからして、そこまで大事にならないはずだ。
実際、春先になってすぐ、雇用保険や健康保険の手続きの関係で、私の勤め先は元職場に知られることになったろう。それでも、私に元職場から電話がかかってくることはなかった――転職に成功したのだ。
新しくスタートした税務コンサルティングの仕事は、私にピッタリ合っていた。最初の1年間は、向こうの会社でいうところの雑巾がけ(企業の予定納税額の調べ、特定の申告方法の可否の問い合わせ、税制改正の動向調査)に当たる仕事だった。これまでの経験が活かせる、いい仕事に出会うことができた。
定時退社が実現し、給与は少しだけ上がり、休暇日数も増えて、福利厚生も十分だった。何より、一緒に働く仲間だ。自然な話し合いができる。暴言を吐く者や、怒りや悲しみの感情をぶちまける者や、不貞腐れる者もいない。言いたいことを言い合える。
反対意見に弱い人達じゃなくて、なんというか、「精神的に健康」というか。自分と考えの違う人の反論に耳を傾けることができる。それでいて、自分の意見として昇華できる。そんな人達だ。
いい職場に移ることができた。運がよかった。太陽が昇っている時間に家に帰れるなど、私にとっては夢のひとつだった。夕焼けは近かったものの、まだ青空が残っている部分を見上げると、子どもの頃に読んだ児童作品を思い出した。少し前にも思い出そうとしていたっけ。きっかけは忘れたが。
タイトルは、『ちいちゃんのかげぶんしん』だった。時代背景は、太平洋戦争の末期だ。ネタバレは避けるけれども、ちいちゃんという女の子が家族と一緒にやった『かげおくり』という遊びを通して、戦争反対を訴えるものだ。
かげおくりというのは、地面に映った影法師をしばらく見てから青空に目をやると、網膜に焼き付いた影の残像が空に映ってみえるというものだ。未成年だった頃の私の心にドスンときた作品だった。増田民にも是非おすすめする。
晴れ晴れとした気分だった。それからはマイホームで羽をのばした。なにしろ、毎日が定時帰りなのだから。子どもを実家から引き取るまでの間、家でゴロゴロしたり、趣味に勤しんだり、妻の遺品を整理したり、平穏な日々を過ごした。
暇な時間を使って、『犬神さんと猫山さん』のBlu-rayディスクを購入して観た。やはり、何も考えずに見られる。1話がCM込みで5分なのもいい。最終回は、花火大会だった。今まで出てきたキャラクターがみんな登場して、最後はふたりで花火を見上げながら手を繋いだところでエンドだった。
ネット掲示板を読んだところ、原作漫画(※記念に1巻を購入)の方は、残念ながら打ち切りのような結果だったらしい。作者も若い人だから、いろいろと苦労があったのかもしれない。でも、あの作品を面白いと思った人がたくさんいるのだと――作者に知ってもらえたら幸いだ。
私のようなおじさんが楽しめたのだから、若い人だったらもっと楽しめる。面白い作品に違いない。できれば15分枠のアニメだったらよかった。
たった三ヶ月の間だったが、思い出に残るアニメだった。ありがとうございました。
ここまで書き終えて、今は自室にあるパソコン机の前で一息ついている。携帯電話の通知を見ようか、それともコーヒーを飲もうか、ボーッとするのもいいかなと、いろいろ考えている。
税務官僚だった頃に比べると、今は幸せだ。そのうち慣れるとは思っていたが、あの辛かった日々を思い出すと、しみじみ幸せに思えてくる。不思議かな、辛かった日々であればあるほど、思い出す時に幸せな気分になる。なぜだろうか。
そんな思いに捉われて、ふと携帯電話を拾い上げた私は、デリヘルでも呼ぼうかと思い、アドレス帳を開いた。お気に入りの子が脳裏に浮かんでくる。
ここで思い留まった。そうだ、先日誓ったばかりじゃないか。もう風俗店を利用するのは辞めようと。昔はよくソープに行ったり、デリヘルを呼んだりしていたけれども、もうしない。そういう店は利用しないと決めていた。
長い日記になった。ゆっくり読んでもらえばいいし、わかりにくいところや、興味のないところは飛ばしてもたぶん理解できる。
今回、昔のことを振り返ることができてよかった。書いている最中、じんわりとした幸せが込み上げてきた。この幸運に感謝したい。
(追伸)
上で挙げたN君だが、半年前に話をする機会があった。今でも彼は、どうにか転職ができないか模索しているらしかった。裏技を使おうかとも言っていた。さすがにここでは言えないが。
N君の転職活動が成功する未来を祈っている。彼は独身だから、私よりは選ぶ会社の自由が利くだろう。彼の多幸を願って日記の結びとする。
オタク掲示板であるふたばちゃんねるでは、荒らしの特定騒動が起きている。
もう何年も前からだ。『糞虫小僧という都市伝説』という記事がそれに大変詳しくかつ正確だろう。
聞くところによれば、ふたばちゃんねるどころかネット全体を荒らす悪い荒らしであり、彼1人がいなくなればネット上のトラブルの殆どが解消するという、非現実的な存在である。
その正体と目されているのが「糞虫小僧」や「ハゲ雑巾」「元声優の男性」などと言った荒らしであり、快刀乱麻を断つ住民の手による分析により住所氏名が特定されていて、ネット上に拡散されている。
正しい筈だった。
先日、それら荒らしの中の人だと見做されている荒らしが、とあるVtuberへの殺害予告を書き込んだ。
被害者もそれを知ったらしく、警察に被害届を出したそうだ。やっと荒らしが捕まる…掲示板には安堵ムードが漂う。
そこで問題となったのが、渦中の犠牲者が提供してくれた情報だ。同じ荒らし被害にあっている掲示板利用者を慮ってのことだったのだろう。
荒らしの正体だと決定付けられていたのは東京都府中市に住む老人、あるいは岐阜県に住むドルオタ。
その他多数の「絶対に間違いないとされている情報」の全てが、日本人男性を指し示している。
すなわち、ふたばちゃんねる利用者が今まで叩いていた人物は、無実である可能性が高まったのだ。
それを受けた掲示板利用者の反応はさまざまだが、傾向的には逃げに入っていると感じた。
「おれは知らない」 「アメリカ人だと言っているのは糞虫小僧(ハゲ雑巾)だけだ」 「確定するまでは何も判らない」 etc.
中でも正気を疑う意見は「住所氏名が間違っていたとしても、おれらには非がない」とするものだ。
ふたばと接点のなさそうな人物たちに働いた無数の迷惑・犯罪行為の加害者であるにも関わらず、被害者たちへの配慮はどこにも無かった。
荒らしを叩くためであれば、不法行為ですら正当化されると思いこんでいる様子だ。
しかし、一介の掲示板利用者の生み出した根拠のない都市伝説よりかは確度の高い情報と言えるだろう。
当事者の出した情報の通り、もし犯人がアメリカ人だとしたら、彼らのした事は一体どうなるのか。
5chや爆サイにも投稿された個人情報は今も残り続けているし、実在する住所への突撃行為なども無かったことには出来ない。
だが、住民の大半はいわゆる「おあしす運動」を始め、誤魔化そうとしている。
今この瞬間にも被害者たちの名誉が低下し続けているにも関わらず、過ちを訂正する素振りすら見受けられない。
この事件を風化させてはいけないと思い至っためこの記事を残すことにする。
最後に一つ。
根拠のないまま勘のみで他者を裁く始末が悪い集団が、ふたばちゃんねるには実在する。
6時に起きてゴミ出し、朝食の支度。
妻と子供を送り出す。
10時イオンモール。お目当ては今日からUFOキャッチャーに並ぶずっと真夜中でいいのにの景品。
開店と同時にゲーセンで筐体を見つける。一人一個までの注意書きがあって、とれる場所には一個しかない。
俺はUFOキャッチャーなんてやったことがない。1回100円、500円で6回。迷わず5枚の百円玉入れる。
2回目でとれた。
店員に頼んで一個置いてもらう。時間で残り1回。今度は取れない。
また500円入れる。
また2回目でとれた。自分の意外な才能に気づく。さすがに遠慮する。
スーパーで夕食の総菜(鴨のロースト、茄子の揚げびたし、イカのから揚げ、アジのなめろう、ブロッコリー)と昼飯の材料(肉野菜炒め)買う。
ケーキ屋を除くとタルトセット1250円が1000円で売ってて思わず買う。
家に帰ってUFOキャッチャーの戦果をフォロワーゼロのエックスに上げる。
マツダのディーラーで年内に買おうと検討してる新車の商談。予算400万、見積もり450万。
今乗っている9年落ち10万キロ越えの査定、35万。でも今月決めてくれるならプラス18万。
さらに値引き15万とのこと。心が揺れるというか、妻がオッケーなら買ってしまいそう。
ネットで見た方法でスニーカー洗う。洗浄フォームつけてこすってふき取るだけ。
水洗いよりは汚れが落ちない。
帰る途中で漏らしたらしい。服を脱がしてシャワーを浴びさせる。廊下雑巾がけ。服と靴を水洗いして干す。
15分説明聞いて終わり。
帰って子供と夕食。娘はゆでたブロッコリーだけばくばく食ってお腹いっぱいとか言ってる。
妻は残業らしい。
親父の定年1年前。
母親に「お父さんが定年したら離婚しようと思ってる」と言われた俺
親父は典型的な昭和の父!で専業の母に全てを任せっきりで、仕事一筋人間だった
それなりに子供のことも妻のことも愛しているのはわかっていたが、休みは寝てるだけ、家族サービスも家族に言われればつきあうが自分から「どこにいこう」とは言わない
上げ膳据え膳、脱いだ服もほったらかし、掃除も料理もなにもしない
「おいビール」
そんな親父
母親が遊びに行ったりするのを止めることは一切なかったが、旅行から帰ってくると皿一つ洗ってない台所を見て母がうんざりする、という感じだった
定年したらあんなのが1日家にいてお世話をするのがもういやだ、会社に行ってるから耐えられる、とのことで、でも一人で母が生活できるのか? 金は?なんぞと思っていたが
「すぐに決めないで定年してしばらくは様子を見たらどうだ」というに留めるのが精一杯だった
しかし定年したら親父は人が変わったように働き始めた
最初の一ヶ月は母が懸念したとおり食っちゃ寝だらだらだったが二ヶ月目からは母の仕事を全部奪い取る勢いで働く
朝早起きして朝食を作り、掃除、洗濯、庭の草むしり、古くなったものは買い換え、便利グッズに変更。掃除機はルンバに変わった
母は「飯だぞ」と起こされ昼飯も父が作り、皿も洗い、夕方は風呂もしてくれる。布団も干すし、雑巾もかける
父のお守りは嫌だと言っていた母。やることがないどころかお姫様のようになにもしなくてもいい。
旅行も行ってこいと送り出し(自分と一緒だと気が詰まるだろうからと一人で行かせる)母の誕生日にはケーキを買ってきて(自作もする)プレゼントも渡す
父に何が起こったのかと俺も妹も母も驚いていたが、どうもずっとこういうことをやりたかったらしい
仕事ばっかりマンネリでつまんねーって思ってたら家事の面白さに気づいたそうで、母は父が家にいる方がまったり生活できている
一年経って「離婚は?」と聞いたら「するわけないでしょ」って笑われた
すっかり仲良し夫婦になっちゃって子供の俺も嬉しいが、親父がここまで変わるとはな。
「おい、飯」と言っていた親父が母に「アイロンはこうしてかけた方がピン、と伸びるのよ」といわれて「なるほど!」と言っているのは微笑ましい
母も「家事の大先輩」としていろいろ聞いてくる父に答えるのが楽しそうだ
(追記)
なんかバズっててびっくりした
ブコメ読ませて貰ったけど、仕事に全てのパワーをとられて他のこと何もしてなかった父が仕事がなくなって初めて家事を仕事感覚でやってるっての本当それ
「一週間使うと買い込んだ食材をいかにして効率よく腐らせず栄養バランスのよい食事にするか」などが腕の見せ所で楽しいようだ
しかし初心者なので失敗もあり、そこを母に指摘され、ずっと家事してた人は違うなあ、と母を尊敬するセリフを言うため母もどことなくドヤ顔をしている
定年といえど親父は65越え。立派な昭和の爺
あと、ケーキは誕生日に買ってくるが、自分でも作ったりとかしはじめたので矛盾ではないです。
明日帰ってくる妹と孫のために今日は朝から料理を仕込んでいるようだがなにかはしらん
仕事をしているときは家事も何もやる気力が湧かず、家なんて寝る場所だったと言っていた。やはり仕事が忙しいことが家庭で何もしないおっさんを作り上げるのかもしれないな
介護が必要になった親の粗相に暴力をふるう子供って普通に見かけるんよな。
ボロボロこぼしながら食べる親に雑巾投げつけたり普通に顔張ったり。
みんな言うんだよ「言ってもわからないんですよ!」って。
あんまりひどかったら警察に相談したりもするけど、家庭内のことだからさ。なかなかね。
今体罰を肯定して子育てしてる人たちは自分たちがそういう立場には絶対にならないって思ってるのかね。
でもそれって殴ったらわかるの?殴ったらできるようになるの?って介護の現場では思うワケ。
結局自分たちの能力のなさからくる不甲斐なさというストレスを暴力で発散してるだけじゃないの?
まぁ自分なんかは金もらってやってるから多少の粗相はこれも仕事って割切れるけど
そばが好きだ。
ふとした時にどん兵衛にはまってから立ち食いそばにもしょっちゅういくようになったし、チェーンの定食屋のようなところにいってそばセットなんてものがあれば必ず頼んでしまう。
この前、ついに街の本格的な蕎麦屋みたいな店にいってきた。安月給の自分にはちょっとした贅沢である。
たまたま客が少なく店の小上がりで一人でそばを味わえた。そこのざるそばの味はまあ美味いとしか言いようがなかった。当然だが、どん兵衛や立ち食いそばとは比べるまでもない。
ところがだ。店でおもむろに提供されたそば湯ってやつがめちゃくちゃにまずい。雑巾のしぼり汁を薄めたような味がする。
帰り際に「そば湯って健康に良いからみんな飲むんですか?」などと聞いたらどうやらあれはそばつゆに混ぜて飲むらしい。
そんなもん知るか。初めて知ったぞ。だったら初めからそう言ってくれ。「そうなんですか。最初から言って欲しかった」って言ったら会計したくれた人にめちゃくちゃ怪訝そうな目で見られたわ。常識かよ。知ったこっちゃないぞ。
一昔前はてブでもたまに登場してた反自民のインフルエンサー、きっこ氏なのだがあるツイートが話題になっていた
https://twitter.com/kikko_no_blog/status/1685259121669656576
きっこ@kikko_no_blog
岸田政権は「命に関わる猛暑です!できるだけ外出はさけてください!」と呼び掛けてるけど、どうして「自宅にエアコンがあって当たり前」の設定なの?わが家はエアコンを買う余裕などなく、自宅にいたら暑さで死んでしまうので、午前中から母さんと図書館や公民館に避難して夕方まで過ごしてますよ。
コミュニティーノートでエアコンを捨てた過去のエピソードでツッコミが大量に入っていた。
あたしは好きなだけ電気を使いながら原発に反対するのは筋が通らないと思い、この20年で、エアコン、テレビ、電子レンジ、掃除機、洗濯機、電気炊飯器など、多くの家電を捨てて来た。洗濯は手洗い、掃除はホウキと雑巾、炊飯は土鍋、ノートPCはソーラー充電。だから電気代は高騰した今も月1500円ほど。
が、違和感がある。
反原発の為とはいえ、親子で家に居ることすらできないレベルの節電は常軌を逸してるように思うし、
「エアコンを買う余裕がない生活」をしてる、とある。電気代もまともにかからないのに?
https://twitter.com/kikko_no_blog/status/1676915711145545728
https://twitter.com/kikko_no_blog/status/1671500112860971010
北海道産大豆の絹ごし豆腐、消費期限が明日までのやつが半額シールで82円で、あと、ホクトの霜降ヒラタケが98円だったので、両方とも買って来て
https://twitter.com/kikko_no_blog/status/1662038960938569728
アイコンの感じから50代とかなのかなとか思ってたけど思ってたより若いし
みたいなコメントをちょくちょく見るんだけど、むしろこれほど効果覿面な方法もないよ。
洗脳で一番大事なのは「過去の常識を如何に捨てさせるか」なんだよね。
それまでの価値観を自分達の都合がいい価値観に塗り替えるときに邪魔になるのが常識。
そのためには「常識を捨てないと苦しむだけだから一度手放そう」と思わせるのが手っ取り早い。
精神に負荷をかけつつ、そこから逃げるための手段として「常識を一度手放す」という道を用意すること。
だから素晴らしい。
汚い掃除をするなら手袋をしたほうがいいし、モノを吹いたり磨くなら雑巾やブラシを使ったほうがいい。
だからいい。
素手で便器に触れるという体験は誰しも苦痛であり、その中で逃げ道を求める精神は「今までの考えが間違ってたんだよ」「実は今まで嘘を教えられてたんだよ」「だからこれが普通なんだよ」という声をかけるようになってくる。
それ以外に「やっぱりおかしい。この命令を出したクソバカを殴り殺そう!」という声も聞こえているだろうから、それを如何に押し留めるかは大事。
先にある程度相手を支配しておいて「命令には逆らえない。逆らおうとするのは無駄な努力」と思わせておかないと駄目。
学校教育や研修で素手トイレ掃除が有効なのは既にその空間の中に強い同調圧力と力関係が存在してて、個々人が支配者を殴り殺す選択より常識を捨てることを選びやすくなってる状況だから。
素手のトイレ掃除で常識を捨てる感覚、「常識を捨てたら気持ちが楽になったという成功体験」を与えられれば洗脳ボーナスタイムの始まりだよ。
負荷を急激に増やしすぎないように気をつければどんどん「間違った過去の常識を捨てましょう」が通るようになる。
この状態に持ってくのって他のやり方だとけっこう大変で、合宿とかでひたすら心を削る必要がある。
共有トイレという強い穢れが宿った場所を利用することで精神の破壊速度を超加速する凄いアイディアなんだよ。
天才的だよ。
こんなクソみたいなことを思いつく奴らって毎日毎日どうやって他人を洗脳するかばかり考えている本物の反社なんだろうね。
そしてそれを「このアイディア天才!」と採用してしまう連中も。