はてなキーワード: 背中とは
・このコロナ禍で
・高校生にも関わらず
らしい。
私ごときが彼の責任やアイドルという職業の人の恋愛の是非を問う資格なんてないし、そのつもりも毛頭ない。人間の認知や判断なんて簡単に歪む。悪気とかやる気とか、関係のないところで巻き起こる事だってあるのだから、ただ活動自粛という事実だけがそこにあると思う。担当さんは苦しいだろうな。その気持ちを考えると胸が痛くなる。でも部外者だからそこまでだ。
私はそのニュースを、止まっている車の運転席で目にした。それからおもむろに運転を開始した私の頭の中に浮かび上がったのは、なぜ私の推しは伸びないんだろう、というひどく素朴な疑問だった。
彼の所属するグループは俗に言う"推され"グループで、年末の音楽特番にまだデビュー前の身分ながら出演するらしい。オリジナル曲も、かなりの数持っていたはずだ。毎回違うキラキラした衣装を着て、歌番組ではMCを担当しているメンバーもいる。
そして私が推しているグループは、平均年齢は彼らより幾つか高く、歴も長いが、今年に入ってようやくオリジナル曲を1曲もらえた。ブログもアクスタもまだもらえていない。配信ライブの持ち時間も少ないし、衣装もペラペラの数着をベビーローテーションしている。
スキャンダルなんて明日は我が身、だ。こうしている間にも推しが撮られるかもしれない。だからうちの子は偉いのに、とか頑張っているのに、とかは思わない。第一スキャンダルを撮られた子だって頑張っていたのには間違いない。だからそれを責めたいわけじゃない。
でも、こういうことがあると、何ていうのかな、競っているフィールドの中の、今の立ち位置が見渡せるタイミングがやってくる。
そういうとき、いつも私の推しはなぜ伸びないんだろう、と思う。ここで言う伸びる、は実力がという意味ではなく、人気や数字が、である。
まず単純にファンが少ない気がする。
私達の努力が足りない、という言葉を時折推しのファンが肩を落として言うのを耳にする。確かに、推しのファンは物分りのいいおとなしい人が多いという感覚がある。だからSNSも居心地いいし、治安もいい。たまにキツイ人や変わっている人もそりゃいるけれど、みんなうまく対処していると思う。
反面他に比べて多少のんびりしているかもしれないが、それでもファンの努力が他グループに比べて極端に劣っているとも思えない。
ファンの努力として、こちらからも見てわかりやすいのが動画再生サイトでの、動画の再生回数がある。推しのグループは、毎週最下位争いに食い込んでいる。
見ていなくても空いている時間に再生して、再生回数を増やそうというキャンペーンが度々行われているのをSNSで見かける。私も可能な限り再生している。
でもふと、こんなこと他グループもしているんだろうか、と思う。
そりゃあ多少はやっているだろう。でもそれだけで再生回数が負けるだろうか。やっぱり母数が少ない気がするのだ。
どうして私の推しは伸びないのだろう。
他の推されているグループと比べても、外見とか動画の面白さが他のグループに"負け"ているということはないと思う。特別面白いとか、橋○環奈並みのルックス兵器がいるということはないかもしれないけれど。
もちろん抜きん出ていると感じる部分もある。実力的に極端に凹んでるなんてことは、他のグループも含めてないだろう。まだ、実力だけ見たらみんな横並びだ。
玄人向けすぎるんだろうか。もう少し王道に寄っていったほうがいいのかな。でも言い方はあれだが、王道が似合う人であれば今頃王道グループにいるだろう。今の道が彼らには似合っていて、王道でないことが大きな魅力であると感じる。それに今更レッドオーシャンに突っ込んでいく価値を感じない。
単純に知名度が低いのだろうか?
どうして?
どうしたら、私の推しは伸びるのだろう。
夢のリミットは、いつなんだろう。
私は今の彼らの飾らない空気感や優しい心が大好きだし、できることならのんびりと、"凛々しく果敢に"彼らが思う道を突き進んでいってもらいたいと思う。短いMCの時間のほとんど全てをファンへの感謝の言葉に使い、雑誌で控えめに夢を語る、そんな彼らをとても誇りに思う。
だからこそ考えてしまう。どうしたら、彼らが有名になれるのか。夢のリミットが伸びるのか。
彼らがこのままでいてくれるなら、どこへでもついていく覚悟はある。でもそれで彼らの夢か叶うんだろうか。
私は何ができるんだろう。
とまあ色々グチャグチャ言ったが、結局今日も特別なことは何も出来ず、口を開けて怠惰に動画の配信を待つばかりである。そんな私の背中を彼らは今日も押してくれる。
鬼滅の刃の「禰豆子」がかわいい。とんでもなくかわいくて愛おしい。このキャラクターを考案した吾峠呼世晴氏はマジの天才だ。色んな属性のヒロインが生まれては消えゆくこの時代、何故ここまで魅力的なキャラクターを作れるのだろうか?
広いおでこ、まんまるで大きな瞳、流線型の顔、ふっくらした身体にちんまりした手足、禰豆子の印象は「赤ちゃん」ないしは「小動物」である。このベビーフェイスのおかげで男女問わず、本能的に庇護欲が掻き立てられる。
そんでもって、身体の大きさが可変だ。頭身を自由にいじくることが許されているため、かわいいシーンでは幼く書き、切羽詰まったシーンでは大人っぽく描ける。デフォルメの自由さのおかげで「しっかり長女」と「おてんば妹」を使い分けられる。ずるい。そんなのアリか。
基本的に禰豆子は誰かから常に守られているキャラだ。文字通り箱入り娘と化した禰豆子は、かまぼこ隊や柱達からたくさん可愛がられている。戦闘中であろうとも、炭治郎は禰豆子を守ることに常に意識を向けている。
しかしながら、禰豆子は鬼殺隊の一般隊士より遙かに強い。血気術は使えるし、四肢を切断されても時間が経てば再生する。中身は鬼なので当然と言えば当然だが、正直、闘いの半分ぐらいは禰豆子がいなければ負けていたと言えるほどには強い。
この弱さと強さのバランスが、禰豆子を魅力的にしている。いくら禰豆子が強いとはいえ、一人で鬼に勝てるほど圧倒的な強さではない。敵の鬼のほうが人間を食っている分、当たり前に強いしガンガン追い込まれていく。そこを仲間との協力で何とか倒すのが禰豆子流戦闘術だ。
少年漫画にありがちな「守られてばかりヒロイン」でもなければ、「さすが禰豆子の姉貴」でもない。動物で例えるならチワワとドーベルマンのキメラだ。時に儚く時に逞しいのが禰豆子。ずるい。そんなのアリか。
私が禰豆子を初めて見た時、この身に衝撃が走った。12歳のロリっ子が猿ぐつわを咥えさせられている。変態の発想だ。フェティシズムとハレンチの境界ギリギリを攻めた超ラフプレー。世が世で国が国なら作者は公安にしょっぴかれているだろう。
時に、少年誌では作者の趣味や読者サービスによってキャラの露出が増える。ピチピチの服のほうが動きやすかったり、圧縮した霊圧の高さで背中の衣服が吹き飛んだりと、色んな理由をつけて肌色が増えるがそんなの建前であり、つまるところ「書きてぇ」からだ。
そして禰豆子にも猿ぐつわを咥える理由がある。鬼になっちゃったからだ。鬼になっちゃったら人間を噛むかもしれないので代わりに竹を噛んでいる。正直、鬼なら竹食い破れるから抑止力にならんだろと思うかも知れないが、そんな理由も全然アリである。それは吾峠呼世晴氏が「書きてぇ」からに他ならない。
そして令和の世の日本国において、作者の性癖は「エロい」よりも「かわいい」と見なされたのであった。
最後に、禰豆子の魅力を一番引き出していると思われる要因がこれである。
いきなりだが、自分が犬を飼っているとして、その犬がいきなり人語で会話をし始めたらどう感じるか想像してみてほしい。中には意思疎通が取れて嬉しいと感じる人もいるかもしれないが、多くの人は見た目と性格とのギャップに驚くに違いない。私達はチワワなら繊細で、ドーベルマンなら勇敢だと考えがちであるが、それは見た目としゃべらないことが原因で思い描く勘違いである。実際のところ、チワワの性格は見た目に反して勇敢であり、ドーベルマンは結構甘えん坊だ。
そう、「しゃべらないからこそ可愛い」ということは往々にしてある。鬼化した禰豆子の性格は、見た目そのままかわいい生き物としてどんどん補完していくことができる。
また、しゃべらないということは、容姿と動作に自然と目が行くことでもある。そうなれば禰豆子はもう無敵だ。容姿は守ってあげたくなる小動物フェイスであり、動作は「む~~」だったり「ヴーーッ!」だったりと変幻自在。まんまるの目で語りかけてくる甘えん坊かと思えば、拳と背中で語り掛けてくる勇敢な姉貴にも変わる。
「ガチャ」と言うとまずはじめにソーシャルゲームを連想するようになったけど、自分が子供の頃は物理的なガチャ、いわゆるガチャガチャ/ガチャポンのことを指していた。その物理的なニュアンス、形、大きさ、素材感、ギミックそれらのニュアンスを込め、小学生の頃の自分は彼を「ガチャおじさん」と呼んでいた。
ガチャおじさんは当時30代前半から20代後半の男性で、今思えばおじさんと言うには少し若すぎていたが、当時の自分たちの基準ではヒゲを生やした大人は例外なく全員おじさんだった。
ガチャおじさんは毎週水曜日に現れる。場所はツタヤだったり、マルキョウだったり、郵便局だったりした。そしてガチャおじさんは背中から黄色と黒のケーブルが
だ。
それ以外の候補を一つずつ潰していった結果、これしか残らなかった。
以下、他に言われていた説と、それが「違う」理由を述べる。
ダウト。
同時期に同様の問題を起こした人物がいたが、そちらに同様の攻撃は見受けられない。
また、この問題の後に運営が(物議を醸す)表明をし、桐生ココ本人も謝罪をした、上での現状である。
攻撃している面々は「桐生ココをクビにしろ」と言っている主張も見受けられるが、根本の台湾問題は桐生ココをクビにしても解決しない。
台湾問題はあくまでもきっかけで、彼らは元々暴れる理由を探していた、と考えたほうが良い。
ダウト。
その湊あくあはまだビリビリ動画にチャンネルが残っているが、”中国様の意見を垂れ流し、ホロライブその他Vtuberの背中を撃つ事に定評のあるゴシップおじさん”こと鳴神裁(以外文春)曰く「彼らはとても肩身が狭い思いをしている」との事。
また、湊あくあは神楽めあのライブにゲスト出演する予定だったが、ビリビリ側に止められたとかでキャンセルとなった。
「(桐生ココと同じ)ホロライブだからNGになったらしい」とは先程の文春の言葉である。
彼らが暴れている当事者なら、湊あくあの出演を止めたりはしないはずだ。
それにしても、彼らは何故未だに固執するのだろう?
ホロライブは中国から撤退したと聞いたが。(しかも、自ら去ったのではなく、“続ける気だったが、追い出されたのでしぶしぶ身を引いた“という形)
(追記)
新たな説をありがとう。単純にこちらのリサーチ不足なので、検証する。
特に否定はできない。「(台湾問題について)もう一人の方は許すが、桐生ココはアメリカ人だから許さない」と。
要するに彼らは差別主義者ということか。
「俺たちは差別主義者だし、アイツはビリビリ限定配信をしてくれない」か。
説得力は増したように思う。
内容を確認できないので詳しい事は分からないが、YouTubeのメン限は他の人もやっているので関係ないのではないだろうか?
せめて、「メン限配信やってるのって、桐生ココだけじゃん?」という情報が出てくると良いのだが。
一応、荒れて以降のあさココではコメント欄の引用を止めた事は知っているが、そちらは自分たちの悪行が原因なので、文句を言うのはおかしい。
騒動当初の謹慎処分の時点で潰れた可能性だし、ビリビリは"彼らに追い出された"事を忘れていないだろうか?
何よりその後の「ホロライブだから湊あくあの出演は取りやめる」「ホロライブだから某企業案件を潰す」といった風に行動が変化していっているので、こちらはダウトという判定になる。
自転車で10分、電車乗り換え2回ありの50分、計60分ほどの通勤時間。
別に人に聞かせるような話でもないが、暇なのでなんとなく書き残しておこうかなと。
・容量が大きめで仕事道具やガジェットを入れたり、帰宅時の買い物するのに便利
・転職活動にそのまま使えるため、普段から使っておけば鞄を変えることによって会社に疑われる心配がない
・持ち心地が微妙。撫で肩なのでリュックモードだとずり落ちる。ショルダーモードだと荷物が多いときの負担がでかい。手提げは言わずもがな
・大きいことは良いことばかりでなく、かさばって電車内で立っていても座っていても邪魔
・容量が大きくポケットも多いため持ち運ぶものが多い場合はこれ一択
・仕事仕事してないデザインなので帰宅時に寄り道するときも精神的に気楽(かなり主観的意見)
・撫で肩なので電車内で前に持ちづらい。背中側でベルトをつなげることもできず、ずり落ちてくる
・仕事で外へ出る際などカッチリした場には少しばかりそぐわないため相手を選ぶ
無印のやつ。3Wayビジネスバッグに突っ込んでたやつを単体で使ってみた。
・軽くてかさばらず小回りがきき、機動力は圧倒的、自転車通勤にはうってつけ
・長財布、Switch、モバイルバッテリー、モバイルルーター、社員証、自転車のパンク修理キット、エコバッグなどが入り、意外と対応力はある
・当然ながら容量がギリギリ。折りたたみ傘やペットボトルを入れる余裕はない。
・付随して買い物のためのエコバッグが必須になり、帰宅時は撫で肩にエコバッグを引っ掛けて自転車に乗る形になるので、荷物が必要最低限かつ買い物の予定がないときにしか使えない
・軽い、以上
TPOによって使い分ける必要があるが、最近は基本ほぼリュックサック。
撫で肩は本当にクソすぎる。
合格発表後即面接とか言う日程のおかげで電車に揺られながら震える手で合否を確認する羽目になった。
奇跡的に受かっていた。落ちていたらそのまま遊びに行ってやろうと企んでいたためほんのりの悲しみもあったがそれよりも安堵の方が大きかった。
いやでもこれからが問題なんだ、そうだそうだ。言い聞かせながら頭の中で面接内容を確認する。エセ自己分析で空っぽな自分を見つめなおし捻り出した回答たちはもう何遍考え直したことだろうか。それでも緊張は収まらない。血管は普段よりもよく揺れてしているし、脇は汗がしみてカーディガンを脱げないというお恥ずかしい状態である。それでも行かなければならない。頑張れ、頑張れ。
しかしそんな中でも私の心はこう言っていた。
帰りたい。死にたい。絶対落ちる。そこの人私をホームに押し倒してくれついでに電車よ轢いてくれ!
残念ながら自己肯定感なんてうつくしいもの幼い頃から持ち合わせていない。ただただ怖くてたまらなかった。とにかくもう行くしかない、とバスに乗り込み面接地へと向かった。
結果から言うと私はこの試験に落ちた。前述したこのからっぽを見透かされたのだろうか、それとも内容の薄さ?働かない頭を叩きつけ、相手に礼を伝えられただけでも万々歳だったと今になって思う。
ちょうど近くに友達がいたため結果を伝え、少し慰めてもらった後1人帰路に着いた。最寄りから家まで約30分、夜も遅いのに母の迎えを断り歩いて帰ることにした。人と話す気にはなれなかったから。
歩き始めて数分後、やっと視界が滲んできた。ああ涙だ、久しぶりだ。ついでに絶望もやってきた。いいやお前はいらない、雑巾汁かけてやろうか、などそんなことを思う余裕もなくただただ打ちのめされていた。音楽も流せず、辛い悲しい虚しい、で一杯になった。でももっと頑張ればとか人並みのことよりもまず自分が気持ち悪くて仕方なかった。どうして私は人に気を使わせる結果しか出せない、どうして私は、どうして。今までの人生?親のせい?いや人のせいにする自分のせいだ。死ね。
どういう事を考えても最終的にお前は死ぬべきという論に落ち着いた。だから帰りは暗い道を敢えて通り殺してくれ殺してくれと泣きながら考えた。
それなのに男2人組が後ろにいる時は怖くて仕方なくて。お前は死にたいとか言いながら結局は恐れてんだな、そんな自分のことがまた嫌いになった。歩いて歩いて鼻をズビズビ言わせながら家に着き、そのまま泣き疲れて寝落ちた。
次の日、起きた一瞬は良かった。その後からは地獄。食欲無し死にたさ有り。こんな状態だが学校はギリギリ行けた。この選択肢をクリックして本当に良かった。この日行っていなかったら私は今頃自殺で頭がいっぱいになり実行していただろうから。
午前中。授業は泣くのと鼻水を隠すのに必死だった。途中ティッシュが欲しくて友人に声をかけたからバレたと思うけれど。でも耐えきれず1時間さぼった。
昼休み。先生に結果の報告。耐え切れずまた泣く。色々と言葉を貰うがあんまり覚えていない。死にたさと申し訳なさの嵐に襲われた。
午後。昼終わりの授業でほぼ遊ぶ。やっと笑えた。死にたさはまだあるが少し切り替えられたような気がした。移動教室だったため廊下を歩いていたら今度は先生に声をかけられる。
まだ次があることを教えられた。
そこからは本当に怒涛だった。7限を使い何ヶ所も電話をかけ採用試験枠が一つだけ残っていた職場に滑り込んだ。伝えられた面接日は次の日午前10時半から。そこの説明会は参加していないしパンフレットも何も持っていない。先生の伝手でそこで実際に働いている方の話を聞くことが出来たが、志望動機もこれからまとめる、そんな状況だった。試験まで24時間切ってる、できることは何?捻り出せ。この時は絶望より焦りで満たされた。お陰様でかは分からないが冷静でいられたので、急な目標は感情を押さえ付ける、はっきりわかんだね!とかふざけたことを抜かす余裕もできるくらいだった。
次の日の道中、電車とバスと控え室で内容を叩き込み試験に挑む。何を聞かれたかはあんまり覚えてないが警備員のおじさんと職員の人が死ぬほど優しくて死ぬかと思った。
その日の夕方、学校に戻りもう遊んだれと大富豪をして数回負けた。片付けをし終わった直後連絡が来た。
合格です。うち来ませんか?
すぐに行きますと返事をしたけど訳が分からない。頭が全く働いていないのは分かる。手がまた震える。ついでに膝も笑ってた。嬉しい?のかな?くらいしか浮かばなかった。アクセル全開で走らせた感情はカーブを曲がりきれず落っこちてついでに私の掌からも滑り落ちた。連絡が終わり電話を切った後、後ろでそれを待っていた友人2人からどうだった?と言わんばかりの顔を向けられる。しばらく返事ができず口を開けて阿呆面を晒した後、受かった旨を伝えた。
その後急ぎ世話になった先生の元に走り探し見つからず別の先生にどこにいるか知ってますか!と声を掛けたにも関わらずその話を聞かずに間違えて電話をかけるなどした。本当に頭が働いていない。やっと見つかり報告するとすごくすごく喜んでくれた。とりあえず握手して背中ばしばしされた気がする。
嬉しかった。第一希望ではなかったけれども、去年の今頃から勉強を始め今年度に入ってからは休みも無くバイト出来ないからお金も貯められず、夏に出来た彼女とは告白して以来多忙すぎて会えなかった。
それらは報われた。努力したのは無駄にならなかった。今まで信じることの出来なかった輝かしい言葉達は自分から進んで浮かんできた。こんなに前向きなのは少しの間だけかもしれない、でもどうしたって嬉しいものは嬉しい。ああ、良かった。本当に。
火曜から木曜を振り返っての文でした。死ぬ方法と志望動機を短期間で考えすぎたと思います。改めて見るとものすっごく濃い数日間でしたがどうにかなったのでこれからもどうにかなるといいなと思います。お疲れ自分。さっき淹れた紅茶が美味い。
マルチ商法。耳なじみの良い言い方をして最近ではネットワークビジネスなんて言うらしい。合法だけれど聞いてあまり気分の良いものではない。
私はどんなメーカーが「それ」に当たるか知っていたし、中学高校の消費者の授業でもやった。
大学時代、社会人になっても周りにそんな人はいなかったし、近づこうとも思わなかった。
だからいざ勧誘される状況になった時、断ることができなかった。
■はじめに
自分が趣味きっかけで付き合った友達がマルチ商法の関係者だったら。もしも巻き込まれてしまったら。相手がどんな手を使って断りにくくしてくるのか。優柔不断で情が出てしまうタイプの人間がどうやって縁を切ったのか。
自分と同じような人が今後生まれないように、巻き込まれて本当はやめたいなってちょっとでも思っている人のふんぎりがつくようにここに書くことにした。2020年も終わり掛け。ストレスな人間関係は清算して、浮いたお金を好きなことに使いませんか。
■会員になってしまった経緯
今年の春先…コロナで外出自粛が続いていた折、ツイッターの趣味アカウントで面白いツイ―トをするA子に出会った。聞けば歳も近く話しやすい。すぐに意気投合しリプライを送りあう仲になった。
プライベートの話もするようになり、お互いの仕事の話をちょっとだけ聞くようになった。A子は駆け出しではあるものの美容系の仕事をしていると言った。その内容がオンラインでカウンセリングできるモノ(これ自体はマルチも何も関係ないよくあるサービスである)だったため、興味があった私はカウンセリングを受けた。その時は勧誘なんてなかったが、会話の中で私は自分の肌悩みであったり、ダイエットをしたいんだよね、という今後の予定をそれとなくしゃべっていたりした。当時の私はA子の「有資格者」「プロ」としての仕事をみてすごいなあとただただ思っていた。
少し日がたつとA子から、『こないだ肌荒れとかダイエットで悩んでるって言ってたよね?話聞いてもらうといい人がいるんだけど紹介しようか?』と連絡が来た。そりゃあこの類の話は専門家に聞いてもらったほうがいい。そう思って私は承諾してダイエットに関する勉強会(ネット会議)に参加した。そこには私やA子以外にもいろんな年齢性別の方が参加しており、必死にメモを取っていて少し面食らったが、有名大医学部卒の人が話をしてくれた。で、最後に出てきたのがサプリメントとプロテインの紹介だった。
そこでやっと、少しだけカネのニオイを感じとった。なんか違和感がある。そう思って商品名を検索すると、マルチ商法で有名な企業(X社)が出している商品だと分かった。(パッとブランド名や商品名、ロゴマークを見ただけでは、その社の商品だとはわからないようになっている)
まじか…と天を仰いだがもう遅い。なぜならもう一人のマルチ商法関係者(A子でもなければセミナーの講演者でもない)に直接会う約束を取り付けてしまっていたからだ。
週末出会った女性はエステ経営者だといった。自分の肌悩みを話しそれに対してなぜ起きているのかメカニズムを説明される。くそうなるほど納得できる気がしてしまう。そして、X社への会員登録と美顔器・基礎化粧品の購入を勧めてきたのだった。(A子が友人として紹介してくれている手前、彼女が尊敬している人とのスケジュールをドタキャンするほどの勇気はなかった)
マルチ商法の会員と聞くと、商品を買い込み、在庫が出ないように人に売りさばき、あるいは自分の子、孫の会員に買わせ売りさばかせ…という「ビジネスの会員」を思い浮かべていたし、私もそういう認識があった。が、勧誘されたといっても私の場合はビジネスをする会員ではなく「商品を買うだけの会員」であった。
“人に迷惑がかからず、自分がイチ消費者として判断して支払うならいいかな…”
そうして私は購入を決めてしまった。しかしながら商品を購入するには、すでに会員になっている人間からの紹介による会員登録がいるようで、私も紹介者番号を入力するようにいわれた。
おそらく…これはおそらくなのだが、紹介料、マージンのようなものがA子に入っていく仕組みなのだと察した。その時、対等だった友人としての関係が捻じれたような気に襲われたが、気にしないようにしていた。もちろん一度A子にも、これはマルチ商法で有名なところの商品だよね?怖いんだけど。と問うてみたが『私はいいモノだと思って使ってるんだ!使い続けてたら調子もよくて後悔してないし』とハッキリ言われてしまう。彼女自身に辞める選択肢はなさそうだった。
結果「A子自身は共通の趣味の友人としてはいい子だし」「商品が粗悪なわけではないし」「使い心地も悪くないし」…私は自分にそう言い聞かせて商品を使用し続けることにした。
■人付き合い疲れ、拭えない疑念
商品をただ買って使用するだけならば、(カネを支払うというより取られる感覚なのでもちろんいい気分のものではないが、)私とA子とマルチ商法の会社(X社)の3つしか関係者がいない。問題は…私が嫌悪感を覚えたのはネットワークビジネスの名前の通り、マルチ商法のあらゆる人脈、界隈から(縛り付けるように、つなぎ留めるように、辞めにくいようにするため)声がかかることだった。
・健康系のセミナー:一回料金○千円だけどそのあとはタダでカウンセリングしてくれるよ!と言われたが、初回のカウンセリング以降相手からの連絡はナシ。
・美容系のセミナー:X社の商品を正しく使ってもらい効果をあげてもらうためのセミナーがあり、X社のビジネスを行っている人間がスタッフとして参画している。その会社の各地方都市の拠点ないし、間借りした賃貸の一室(外向きにはエステと称している)で行われる。内容はいたって普通、必要なのは購入している商品だけで教えてもらうのはタダ。(私の場合は)強引な勧誘はされない。
・新商品の発表会やパーティー:日頃の感謝を利用者さんにお伝えするためにやるんだけど、どうかな?と誘われる。言ったことはないけどこれもタダらしい。
しかもこれらに参加させるためにLINEが来るのだが、決まって必ず『〇〇ちゃん、▲月●日ってあいてるかな?』とだけ連絡がくるのだ。要件を言ってくれ要件を。参加するかどうかは他の参加者と中身によるんですよね。断るのも傷つけずに断る理由つくるのもめんどくさいんだから…。私はだんだんこの類の誘いにイライラしはじめて、最後のほうには都合が悪いことをにおわせて返信したり、今月は忙しいので無理、で乗り切るようになっていた。
ちなみに私はこの中だと健康系のセミナーに1回と、美容系のセミナーに複数回参加したのだが、美容系のセミナーに行ったときがものすごく疲れた。
―『え~〇〇さんめっちゃいい感じ!写真とってインスタにあげてもいいですか?』(彼らはそれぞれセミナー活動をUPするマルチ商法界隈専用のインスタグラムアカウントを持っていて、そこに活動内容を投稿するためのもののよう。)さすがにこれは断ったら引き下がってくれた。(ちなみにフォローしているだけでハイパーキラキラアカウントのごとく商品を使っているところやいい感じの場所でのディナーがアップされる。受動的にいい生活を見せつけられるのは疲れる。)
―『わ~!汚れが沢山取れましたね!』
「は、ははは~そうかも~」(いや、大量に顔面に塗った薬剤が美顔器についてるだけですよね…大して色も変わってないし)
―「使い続けて○か月たつんですけど全然よくならないです…疲れちゃったな…」
『私もそうでした!でもある程度“念”みたいなのって大事で、心に言い聞かせるんです…これ使ってれば肌荒れも治るんで!…ってこんなこといっちゃいけないんですけど~笑』
「あ~もう少し頑張ってみますか~」(は?言っちゃいけないことをわざわざ言うなよ…てかこれ薬機法違反なんじゃないか?)
とまあこんな感じで、心の中に疑問符が大量発生する話を毎回されるうちに、疑念はどんどんどんどん大きくなっていった。この頃になると、好きな化粧品を気軽に使えないことや、旅行に行く時・友達が遊びに来た時・実家に帰省する時に商品をコソコソもって帰らなくてはいけないことに、段々不自由さを感じるようになっていった。
■退会の引き金
彼女のカウンセリングを受けた後かつマルチがらみだと気づく前の時期に、私はリア友にA子の話をしていた。彼女も以前からその類のカウンセリングを受けたいと言っていたので、年齢も近くて話しやすいよとA子を同期に紹介していたのだ。
友人からはA子と直接会ってカウンセリングを受け、その後プライベートでもあったと報告を受けた。その時はマルチ商法をすすめられたなんて話は聞かなかったし、私が商品を買っていると知られるのもなんとなく嫌だったので、彼女に「A子がマルチ商法の商品をすすめてくるかも」とは伝えなかった。
「A子ちゃんのカウンセリングに無料エステがセットになってて、そのエステに今日行ってきたんだけど、そこで進められたのがマルチ商法の商品だった…」
…血の気が引く思いがした。これは正直に言わなくてはいけない、怖い思いをさせてしまった。自分にとってよりリアルな、より付き合いの長い人間関係を侵食されたのである。当初私が会員登録した時の「私以外には迷惑がかからない」が崩れた瞬間だった。
幸い彼女は意志が非常に強い人間だったので、当日の勧誘を断ってきたが、住所や名前などを記入したことを後悔していたようだった。話を聞けば聞くほど、A子との友人関係は続けたいが、X社の会員でいることをやめたい、とハッキリ思うようになった。
先程も書いたように、リアルな人間関係を侵食されたことが許せなくて、私は本格的にX社からの退会のタイミングをうかがうようになっていた。しかしながら、問題点が3つあった。
これについては、A子以外のX社関係者を全員ブロックして、最後にA子だけと1対1で話をすればいい、と考えた。
友人としての関係性を続けるか、彼女もろともブロックしてしまうかは私個人として一番悩ましい点であった。ブロックするにしても、こっそりやるかきちんと相手に宣言するかも迷うところであった。
これは完全に自分が油断していた。名前は致し方ないとして、住所はいずれ引っ越すのでそれまで落ち着いて過ごせればいい。(こうならないためにもやはりマルチ商法には巻き込まれるものではない)仮に何かされても裁判をおこせば自分に勝ち目があるし、相手方も自分のビジネスの評判をわざわざ落としことはしてこないはずと判断した。
そのうえでまずは出会った関係者全員をブロックした。とりあえずこれで変に部外者に加勢されて、変な取り込まれ方をされる心配はない。
問題は②だったが、ひとりで考えていてもしょうがないし、踏ん切りがつかなかった。冷静な、客観的な他人の視点が必要だと考え、私は昔から仲良くしている地元の友人に久方ぶりの電話をかけ、事の経緯を洗いざらい話しどうすべきか意見をもらうことにした。
地元の友人の回答は「“マルチ商法やってること以外はいい子なんだけど…”ってことは、マルチ商法やってるから不快だと思ってて、付き合いにくいってことなんでしょ」「このままダラダラ続けるなら何も変わらないし、またつけ込まれる可能性が否定できないよ」「タダで何かしてもらったりしてるけど、そのたびに情が出ちゃったり辞める申し訳なさが蓄積されてくよ。続ければ続けるほど辞めにくくなる」「A子ちゃんとも直接あってないんだし、今が辞め時だと思うよ」「思い切って全部切りな!」とのことだった。私は深く納得した。この数か月で受けた勧誘とは比べ物にならないくらい、私を知っている人間が私のためにかけてくれた言葉と感じたからだ。その後友人は、私が彼女に退会の旨と別れの言葉を送信し、ブロックしたことを報告するまで通話を続けて背中を押してくれた。もちろん友人としては好きな相手だからブロックするのは心苦しかったけれど、リアルな友人関係ではなかったのが救いだった。これは心を鬼にするしかない。今回の件をきっかけに友人を失うリスクに気づいて、マルチ商法から足を洗ってくれたらそれでいいと思った。これはお互いのための勉強料なのだ。
こうして、11月に別途X社の退会処理を終え、私の数か月間のマルチ商法巻き込まれライフは幕を下ろしたのである。
■おわりに
この文章の目的はマルチ商法やX社の商品の批判ではない。この件に関してはいろんな意見があって、そのような文章はこの世にあふれているからそれぞれが読んで判断すればよいと思う。(しかも私はビジネスで破産したわけでもない、序の口で折り返した人間である。)
ただ、マルチ商法って案外近くに潜んでいて、いつの間にか忍び寄ってくるものだってことを知ってほしくて書いた。ここに書いた内容がビジネス勧誘の入り口かもしれないし、自分のより大切にすべき人間関係や、純粋に余暇として楽しんでいたい趣味をいつの間にか侵食してきていたら、これほど不幸なことはないと思うからだ。
自分のお金が搾取されていると感じながら付き合う友人は、本当の友人と言えるだろうか?
趣味を純粋に楽しめなくさせてくる相手は、本当の友人と言えるだろうか?
ちょっとでも継続を迷っていたり、後ろめたさを感じている会員の方はこの文章を読んで「相手を知り」、そのうえで身近な信頼できる相手にぜひ打ち明けてほしいと思う。
もしも友人や娘息子からそういった相談(マルチ商法に関わっているがやめたいんだよね、と本人が思っているケース)を受けた周囲の方は、怒らず責めず論理でへし折ろうとせず、まずは本人の話を聞いてあげてほしい。自覚があること、やめようと思えたことを肯定的にとらえて、退会に向けて背中を押してあげてほしい。
少しでも多くの人が、望まない、不自由なお金の使い道から解放され、しこりのある人間関係から解放された状態で、新年を迎えられることを願って。
御多分に漏れず、同級生の女子のブルマーは紺色だったし、小学生の頃には紺色ブルマー以外は存在しないと思っていた。ブルマーが廃止されてクオーターパンツになったが、それも紺色だったのでそれが当たり前だと思っていた。ところが、長ずるに及んで臙脂色や緑色のブルマーが存在していることを知った。さらに、ブルマーの存在などとっくに忘れられたこの時代になってもブルマーのことが気になっていろいろと検索していたら、同じ紺色といっても濃紺とピース紺の二種類があったことを知ったのである。参考画像
それはさておき、改めて考えてみると不思議だ。そもそもどうしてブルマーは紺色なのか? そして、スクール水着やセーラー服が紺色なのは、関係があるのか?
はじめのうち、自分は19世紀のブルマーも紺色だったから、それが受け継がれたのだろうと単純に考えていた。現に、当時のブルマーを描いた図版は白黒で、それを否定する根拠にはならなかった。ところが、自分が「Victorian bloomers」と検索したところ、驚きの事実に行きあたった。ブルマーは必ずしも紺色とは限らないのだ。
そうなると、ブルマーはどこかの時点で紺色に固定されることになったはずだ。
こういう情報を知るためには、基本的には企業の公式ページが適している。
すると、以下のような証言を見つけることができた。
そのような経緯を経てブルマーは、普及していきましたが、それらは、織物で作られ、比較的長く大きいシルエット、腰ベルト部は紐で結ぶ仕様で、ほとんどが濃色でした。これは、日本の古来からある袴の後継と見られていたところから来ています。
そういうことで、仮説その一。ブルマーが紺色なのは、日本の袴に由来する。
しかし、僕の今まで書いてきた記事を読んでくださった方はご存じだろう。20世紀イギリスのブルマーも同じく紺色なのだ。
ttps://www.youtube.com/watch?v=lDvl5fJHsow&t=200s
となると、ブルマーが紺色なのは日本の袴に由来する、という仮説はかなり疑わしいものとなってしまう。
そうなると、
のどちらかになりそうだ。日本のブルマーが紺色になり、英国に輸出された可能性は理論上存在するが、当時の文化的な力関係を考慮すると非常に考えにくい。先ほどのトンボ社のページに書かれている、井口阿くりがブルマーを1903年にボストンから導入した時点で、ブルマーが紺色に進化を遂げていたと考えるのが自然だろう。これが仮説その二である。
それにしても、記事をよく読めば当時の女子体操着は、セーラー服型上着の下にブルマーを着用だったとのこと。提灯ブルマーだから考えられることだ。
ショーツ型ブルマーになってからも、かつては掃除の時間、女子は普通にそういう格好だったと聞いたことはあるけれども、男子校出身者の僕には刺激が強すぎる。しゃがんだクオーターパンツお尻の曲線だって刺激が強いのに。
スクール水着の変遷についてはここでは繰り返さない。多くの方が調べてくださっており、資料が比較的豊富だからだ。だが、水泳の授業が義務教育として求められたのが、痛ましい事故にその理由があるとは知らなかった。
しかし、どうして紺色なのか? このサイトでは以下の四つの説を併記し、それらが複合していると述べている。
それらの説も一理あるのだが、自分としては、ブルマーよりも素直にヴィクトリア朝の色遣いが受け継がれたものだと思いたい。
もっとも、ならばどうしてイギリスで紺色になったかを考える必要があるのだが……。
セーラー服の起源が海軍にあることはよく知られている。この記事によれば18世紀の英国の海軍がこの紺色を用い始めたそうだ。軍服の歴史についても興味深い記述がウィキペディアにある。たとえば安価な染色技術がなければ兵士全員に同じような色の制服を採用できない。
ここで思い出していただきたいのは、ブルマーとスク水の紺色はヴィクトリア朝、19世紀末から20世紀初頭に由来していることだ。言い換えるならば、セーラー服の紺色は、ブルマーやスク水の紺色とは起源を異にしているのである。この三つは紺色のノスタルジーの対象としてしばしば言及されるが、全く別の由来がある、ということだ。ブルマーとスク水は女性に求められた慎み深さと禁欲に由来する紺色、セーラー服の紺色は男性に求められた強さと海の色である。また、起源もそれぞれ米国と英国である。ただし、海軍のネイビー色と女子学生のセーラー服の紺色には微妙な違いがあり、セーラー服の色がスク水やブルマーに引きずられて濃青から紺に近づいた可能性も一応考えられる。ところで、海老茶色の袴の女学生がなぜ紺色をまとうようになったかのだろう。和装から様相に移り変わったことに関係がありそうだが……。
さて、冒頭に戻ろう。僕は紺ブルマーだけではなく、臙脂ブルマーや緑ブルマーについても言及している。これらのカラーブルマーが広まりだしたのはいつごろからだろうか?
これらについては、実はまだ調査ができていない。先ほども述べたが、戦前の女学生は海老茶色を身に着けていたので、そこから派生したことも考えられなくもない。こちらのページによれば1985年頃から多様なデザインの体操服が登場したそうだが、この頃ではないかと推測している。現に、90年代に近づくとスク水さえもややハイレグ気味になっており、肩紐も細くなって背中の露出も増えているので、新しいデザインが受け入れられていた可能性がある。しかし、自分の周囲にはカラーブルマーは存在せず、臙脂ブルマーフェチは大人になってから発症してしまったものである。
企業の公式サイトからの情報が得られないとなると、新聞の縮刷版や当時の雑誌を一つ一つ調べねばならないことだろう。研究とは元来こうした地味なものであり、ちょっとネットで検索してまとめてみたこの記事などは、本職の研究者からすればほんの気晴らしでしかない。
ブルマー、スク水、セーラー服が紺色の理由はおおよそわかった。しかし、臙脂ブルマーや緑ブルマーなどがいつから使われているのかについては、まだ資料を見つけられていない。今後はこうしたカラーブルマーの存在について探求したい。おそらくは学年色という概念の発展からたどれば見つかるのではないかという気もしているが、確証はない。また、男子が青の短パン、女子が赤ブルマーという写真も見たことがある。男女の差異を強調するためであったという説も成り立つ。
また、昔の深夜番組で女子高のスク水をファッションショーのように比較する今ではとても考えられないコーナーがあったそうだが、その動画で確認すると紺色にもかなりの幅があった。スク水の紺が実際どの程度の違いがあったのかも調査する必要がある。また、カラースク水がブルマー同様に存在したかもチェックする。
そして、こうした色鮮やかなブルマーの存在が、どの程度が押し付けであり、どの程度が女子生徒からの希望だったかについても知りたい。
朝のラジオ体操、天気、ニュース、音楽、近所のお店の開店時間やちょこっとしたことは検索せずにこれに聞く。
Googlehomeは持っていたけど、画面があるのは思った以上に便利。
画面は正義
自宅勤務になってコーヒーを一日に4杯ぐらい飲むようになった。
スイッチ一つでコーヒーが入れられる手軽さを知るともとには戻れない。
もともと丁寧にコーヒーを入れる趣味はなく、淹れたてを手軽に飲めたら良い派なので大満足。
手軽さは正義。
凝ってきたな、と感じたらコレに縦に乗る。
肩甲骨の間にポールを入れて左右に体を揺らすといい感じにほぐれる。
メリットはとにかく画面が広い!
左右にウィンドウを2つぐらい平気で並べられる。
だから何かを比較検討したい時なんかは比較したいものを左右に並べて見比べられる。
オンラインマニュアルを参照しながら、もう1つのウィンドウで実作業したりも余裕。
ウィンドウを切り替える手間がなくなるだけでだいぶストレスが減った。
普段はノートPCを使っているのでノートPCのディスプレイも含めると画面空間が本当に広くなった。
広いのは正義。
今年買って良かったモノで一番かも。
これを使ってから日常の通常動作で体が疲れることがほとんどなくなった。
電車通勤でイスに座らなくても平気。立ちっぱなしでもぜんぜん体が疲れなくなった。
たまに10キロぐらい歩いてみることがあるけど、歩いても体はほとんど疲れない。足が裏がじんわり痛い程度。
ただし、こうなるまでには少し時間がかかる。俺の場合は1ヶ月ぐらいかかった。この辺りは個人差があると思う。
おかげで仕事から帰ってきても元気なままでいろいろと活動できるようになった。
俺はIT系のプログラマだから、家に帰ってきてからも技術的な学習とかやったりしてる。学習するのに体は意外と重要。正直、それまでは学習しようと思っても疲れ切っていて出来なかった。
デメリットは値段。
インソール自体はいろいろ種類はあってだいたい千円から二千円ぐらいが主流で、それに比べるとダントツに高いけど、効果を考えると全然安いと思ってる。
なんせ体が疲れづらくなる。
今まで体のメンテだと思って定期的にマッサージ屋に行ってたけど行くのをやめた。必要性を感じなくなったから。
少なくても俺にはかなり合ってた。
18歳で、顔だけはいいバツイチの19歳の男に嫁ぎ、4人の子どもを設けた。夫婦仲は良くなくて、とても良くなかった。
唯一家庭を維持できたのは、そんな3人を見ていた三男のみ。
私は長女の娘で、長女もその夫も等しくクソで、私の家庭にはいつも暴言と暴力があった。でもそれが当たり前の環境だったから、おかしいと思ったこともなかった。
骨がずれるくらい殴られても、包丁で刺されそうになっても、4時間ずっとヒステリックに怒鳴られ続けても、それが当たり前だと思っていた。
ただ私は縁あって外に出て、そのときに姉に「もう二度と戻ってきてはいけないよ。ここは地獄だからね。お前はそこで幸せになりなさい。もうここのことは忘れなさい」と言われ、出てきた。
あれからもう20年近くが経つ。祖母の余命がもう1か月ほどしかないといわれた。
私は祖母に聞きたかった。あなたの人生はなんだったのだろうと。夫に裏切られ、子どもたちは幸せとは言い難く、夫と子供を自殺で亡くし、孫も子どもも寄り付かない。
子どもの頃に泊まりに行くたびに、無関心に背中を向けてテレビを見ていた姿を、しかし姉と連れて行ってもらった喫茶店で食べたチョコバナナパフェを、法事で会ったときに「(30年前に)お前がおいしいといっていた大根の煮物を、今度持たせてあげるからね」と言っていた姿を思い出す。
もう祖母は、孫の顔も名前もわからないと言っていた。だから私の問いに答えることはできない。
だけど祖母に聞きたかった。故郷を捨てた私から、地獄の渦中で生きることしかできなかった祖母に聞きたかった。あなたの90年近い人生は、幸せだったのですかと。
「恋人ができたんです」
そう、嬉しげに後輩が職員室で耳打ちをしてくれた。仲良くしていた後輩の浮いた話に思わず笑みが溢れた。
頭の中でその後輩と関わりがある、自分と仲良くしている先生と、違う高校で働いている後輩の同期の顔を浮かべた。
どちらも可能性があるような、ないような。
もし仲良くしている先生ならばそちらから聞かされていなかったのでショックだなあ、なんて思いながら、わからないと、素直に首を振った。博打はするものじゃないから。
じいっと後輩の顔を見るとにこにこと嬉しげな表情を隠さずにしている。早く答えが知りたい。
「実は、増田さんが担任していた、こないだ卒業したあの人なんです」
頭の中が真っ白になる感覚を覚えた。目の前の後輩がなにを言っているかわからない。
つまりは、この後輩はこの間まで高校生だった教え子に手を出したのである。
三回ほど思わず聞き返した。聞き間違いだと思いたかったのだ。しかし、現実は残酷だ。
信じられなかった。
いくら後輩と教え子が近い歳とは言え、そういう対象で見るべき相手ではない。
もしかしたら戸惑いが顔に出ていたかもしれないが、浮かれた後輩はことの経緯を話してくれた。
在学中から気になっていたので連絡先を聞き、卒業式の後に会いに行った、そして告白をしたと。
相手から手を出されて断りきれなかったのならまだ幾分よかったかもしれない。
しかも、既にそのことを自分の他にも何人かに話したとのことだった。めまいがした。
おめでとう、と笑顔で言って職員室を出た後、誰もいない給湯室で寒気がして自分の身を抱いた。
もしかすると、読んでいる方から見て、嫉妬していると思われるかもしれないが、それは断じてないので先にここに記しておきたい。
思わず仲のいい先生に帰宅をしてから電話で報告をして意見を求めた。
自分的には、教え子に手を出すなんてもってのほかだと思うのだ。
我々は長時間生活を共にする。高校生をそういう目で見て、教鞭をとっていたと思うとやはり気持ちが悪いという感情が先行してしまうからだ。
自分は間違っていない。
そう思いたかったのだが、既に後輩が報告したという先輩と二人きりになるチャンスができたので、後輩の付き合った話について聞いてみた。
どうしても、後輩の行動が自分には理解できず、腹立たしかったから、たくさんの意見が聞きたかったのだ。
「当人同士がいいなら、いいんじゃない?増田さんが嫌悪感を持つのも、わからないでもないけど」
頭を鈍器で殴られたような気分だった。
その先輩のことは自分の味方だと勝手に信頼していた。裏切られたような気分だ。
確かに、先輩の言う通り、そうかもしれない。当人同士がよければ犯罪を犯したわけでもない、いいのかもしれない。けれども。
生徒に手を出したのも、ただ、付き合っただけなのに大勢の方に言いふらしているのも。
ぶつぶつと文句を言う自分を先輩は困ったように嗜めてくれたが、なかなか心に湧き上がった感情は収めきれそうになかった。
そのあとも、事情を知っている相手にどう思うか聞いてみたが、意見は二つに分かれるばかりだった。
先輩のように、別に問題ないんじゃないかとあっけらかんとしている人。
「恋人ができたんです」
そう、嬉しげに後輩が休憩室で耳打ちをしてくれた。仲良くしていた後輩の浮いた話に思わず笑みが溢れた。
頭の中でその後輩と関わりがある、自分と仲良くしている同僚と、違うフロアで働いている後輩の同期の顔を浮かべた。
どちらも可能性があるような、ないような。
もし仲良くしている同僚ならばそちらから聞かされていなかったのでショックだなあ、なんて思いながら、わからないと、素直に首を振った。博打はするものじゃないから。
じいっと後輩の顔を見るとにこにこと嬉しげな表情を隠さずにしている。早く答えが知りたい。
「実は、増田さんが担当していた、こないだ退院したあの人なんです」
頭の中が真っ白になる感覚を覚えた。目の前の後輩がなにを言っているかわからない。
つまりは、この後輩はこの間まで入院していた患者に手を出したのである。
三回ほど思わず聞き返した。聞き間違いだと思いたかったのだ。しかし、現実は残酷だ。
信じられなかった。
いくら後輩とその方が近い歳とは言え、そういう対象で見るべき相手ではない。
もしかしたら戸惑いが顔に出ていたかもしれないが、浮かれた後輩はことの経緯を話してくれた。
入院中から気になっていたので連絡先を聞き、退院後に会いに行った、そして告白をしたと。
相手から手を出されて断りきれなかったのならまだ幾分よかったかもしれない。
しかも、既にそのことを自分の他にも何人かに話したとのことだった。めまいがした。
おめでとう、と笑顔で言って休憩室を出た後、誰もいない更衣室で寒気がして自分の身を抱いた。
もしかすると、読んでいる方から見て、嫉妬していると思われるかもしれないが、それは断じてないので先にここに記しておきたい。
思わず仲のいい同僚に帰宅をしてから電話で報告をして意見を求めた。
自分的には、仕事相手に手を出すなんてもってのほかだと思うのだ。
我々は身体を触ることもある。入院中からそういう目で見て、身体を触っていたのかと思うとやはり気持ちが悪いという感情が先行してしまうからだ。
自分は間違っていない。
そう思いたかったのだが、既に後輩が報告したという先輩と二人きりになるチャンスができたので、後輩の付き合った話について聞いてみた。
どうしても、後輩の行動が自分には理解できず、腹立たしかったから、たくさんの意見が聞きたかったのだ。
「当人同士がいいなら、いいんじゃない?増田さんが嫌悪感を持つのも、わからないでもないけど」
頭を鈍器で殴られたような気分だった。
その先輩のことは自分の味方だと勝手に信頼していた。裏切られたような気分だ。
確かに、先輩の言う通り、そうかもしれない。当人同士がよければ犯罪を犯したわけでもない、いいのかもしれない。けれども。
患者に手を出したのも、ただ、付き合っただけなのに大勢の方に言いふらしているのも。
ぶつぶつと文句を言う自分を先輩は困ったように嗜めてくれたが、なかなか心に湧き上がった感情は収めきれそうになかった。
そのあとも、事情を知っている相手にどう思うか聞いてみたが、意見は二つに分かれるばかりだった。
先輩のように、別に問題ないんじゃないかとあっけらかんとしている人。
丹田を縦回転させるような動きにより生じた力を背中から拳や掌などに伝える勁の一種。
ボクシングなどとは異なり、身体の横回転ではなく縦回転を用いた打撃となる。
初歩段階では鼻骨周辺の陥没目的とした打撃として用いられる。
相手の右長打を左で避けつつ左手はバックブローガード目的で自顔面横に添えて、右手は相手の突き手を抑えつつ、相手鼻骨に鉄槌の形で打ち込む。
打ち込む際は、重心の下方向の移動、背中の収縮、腕の収縮などの力が加算されることにより体重、筋肉量分だけ相手は鼻骨の一点で受けることになり陥没することとなる。
初歩練習では相手の突き手を伸ばした状態で、打つタイミングを的確に掴むように行う。
慣れれば、ジャブのように素早く引いてもらった状態でもタイミングを合わせ打てるように練習を行う。
そして、自由に散手において確実に打てるような練習へと進んでいく。
防がれた後、振り下ろした勢いのまま金的へ移行、相手が金的で前に屈む。膝蹴りを腹部へと繋げる。
防がれた後、振り下ろした拳を虎手で相手の防いだ左手と顔面の間に滑らせ顔面を掴み、背面へと投げる。背面へと投げる際は首の頸椎の稼働範囲を把握して顔面を押し込む。
防がれた後、左手の指捕りを行い、相手を前に引きずった後に顔面への膝蹴りを行う。
鉄槌は簡単に威力が出せる打ち方なので顔面じゃなくとも鎖骨を狙ってもいいかと思った。
鎖骨の場合簡単に折れるのと鎖骨が折れれば相手の次の手が止まるので有効打になり得る。
投げ方や指捕りは他の技法でも習うので手順さえ分かれば習得難度が優しいのもオススメできる点だ。
現代だと正面打ち込みは実戦では有り得ない攻め方だとされていて相手の正面の技を避ける為の練習のような位置づけだったが正面打ち込みへの対策こそ大事なのではないかと思った。
突きの受け方がカラリパヤットの突きの受け方にも似ていたので翻弄勁の打撃じゃなくてもカラリパヤットの攻め方も出来て択が増えるので是非覚えたい。
以前はめちゃくちゃムカついていたが、今はもうダメ人間の見本みたいな感じで見てる。
おっさんは30後半のフリーター。詳しいことは誰も知らないけれど、女子高生と付き合ってたぐらいモテるという自慢をされた人がいるらしい。これでやばさ伝わったかな。セクハラ常習犯で十分か。
バイト先はコンビニなんだけど、閉店時間があるタイプだからかこの店舗の方針だからかは知らんけど決まった時間に一気に納品作業をやることになってる。納品作業中は2人はレジにいなきゃいけないというルールがあるらしいのだが、おっさんは当たり前のようにレジから動かない。私がレジに立ってて、次の人の会計をしようとすると
「代わるよ」
と半ば無理やりレジから退かされる。ちなみにレジのもう1人は社員さんで、この時間だけデスクワーク?の手を止めてレジに来てくれる。これはありがたい。
ある日の納品作業の後、学生バイトが集められおっさんに怒られた。「なんでレジのヘルプに入らなかったのか」と。お客さんが優先なんだから、納品なんかやめてレジに来いと言われた。
しかし、当時のバックルームには「3人以上並んだらヘルプに入るように」と書かれていた。これを学生バイトはみんな守っていたため、1人2人ではヘルプに入らなかったのだ。「そんなに納品作業が好きならそれだけのバイトもあるんだからここをやめろ」と言われたことにもムカついた。
それから少し経ったあと、社員が2人レジに立ってくれたためおっさんも納品作業に参加することになった。確かその日は少し混んでいて、簡単に3人以上の列が出来てしまう日だった。そのため学生バイトは積極的にヘルプに入っていたのだが、おっさんは一度も入らなかった。
その後もおっさんはあの手この手で学生バイトに仕事を押し付けてはイライラさせてくれたのだが、最近性格が悪いのでは?と思うことが起きた。
訳あって私が入ってる曜日は1週間でもっともシフトの人数が多い。そのため、発注担当の人はここぞとばかりに発注をかけるため納品作業はありえないぐらいの量をこなすことになる。ペットボトル飲料の発注量も例外ではなく、普通は1人で行う作業なのだが別の箇所の作業が終わった人が手伝うレベルで多い。
そしてこのペットボトル飲料の発注はおっさんが担当しているのだが、この前不思議なことが起きたのだ。
その日はいつも飲料を担当してくれてる人が休みをとっていて、おっさんが担当することになった(というか頼んでもないのにやり始めた)。その時の飲料の量が、普段よりも圧倒的に少なかったのだ。毎回同じ量を発注するわけでないことは分かっているが、それにしても少ない。
そしてバイト先では連絡がある時はメモを通じて行うのだが、1人休みなら少し発注減らそうか?というパートさんのメモにおっさんが「いやむしろ増やして大丈夫です」という返事を勝手に書いていたのだ。なのに飲料は少ない。もしかして自分がやるからって減らした…?と思ってしまうのは私の性格が悪いからだろうか。
その後もこのコロナ禍に熱がある状態で出勤してきたり、背中を痛めたらしくろくに動けないくせに出勤してきたりとめちゃくちゃなことをしている。
なんなんだこのおっさんは。
ちなみにおっさんが有給をとった日はなぜかいつもより全ての作業がスムーズに終わる。量は同じなのに。
こんなおっさんにはなりたくないな。