はてなキーワード: 正式名称とは
これで終了です。
前回記事『2018~2019年頃に執筆したwrwrd二次創作ガイドラインについての自己解釈』を執筆するきっかけとなった出来事についての記事なので一部同じ内容が含まれています。
どちらか一方しか読んでいなくとも問題はないような作りとなっています。
↓以下、本文
放送参加者のリスナーがMinecraftで『黒歴史ガチャ』と言うものを製作。
それを先にTさんが回し、「貴方は○○番目のアリス」と書かれた紙が出て来た。
次にKさんが回したら「森頁」(実際は正式名称が書かれていた)とだけ書かれた紙が出て来た。
端的に言えば、そのサイトは現在ナマモノや半ナマと呼ばれる実在する人物を元にした二次創作が席巻していた。
そして、キーワードランキングは彼らの略語が1位となっていた。
各個人が運営するサイトはその界隈を知る人達しか分からないパスワードがかけられていたが、アピール文と言う『サイトの内容を示す文章』がサイト名の下には掲載されていた。
そこにはCP名やR系を示す内容、サイト運営者の趣向などが書かれていた。
実際には分からないが、恐らくKさんはそれらを見てしまったと思われる。
数分間の無言と困惑したような呟きから、「虚無の塊」と言う言葉が出て来た。
見た感じではかなり引いている様子で、フォローのような「世界は広い」と言う言葉も残した。
いつも明るくどんな事でも笑い飛ばす彼のテンションが明らかに下がっているのが見受けられた。
ナマモノと言うジャンルは隠れて行うべきもの”と”本人の目に晒してはいけない”と言うタブーが破られた。
『黒歴史ガチャ』を作った人に、ナマモノを本人に見せる意図はなく、
「おや、見つけてしまいましたか。うんたらかんたら、ごゆっくりどうぞ」
などが盛んだった頃の話を想定したもので、今の20代・30代が過去に通ったであろう夢小説などオリジナルHP作成が盛んだったあのサイトは外せなかった。
黒歴史=あのサイトは分かる人には分かる、今の若い世代には分からない公式である。
黒歴史ガチャの意図を汲めば、彼に悪意はなかった事が理解できる。
本放送を見てもいないのに憶測で勝手に決め付け、責めるのはお門違い。
責めるのであれば、
誰の目にも触れられる可能性のある場所で活動していた、検索避けもろくにしていなかった、ランキング1位に躍り出ている危険性を理解できなかったサイト運営者達である。
結果として、
ナマモノの界隈ルールを明確に理解出来ていなかったサイト運営者たち
その全てが衝突して起きた事故であり、一部によっては自業自得である一連の出来事であった。
まず、この問題は”ご本人様の目に晒されてしまったこと”と”ナマモノ界隈のルールを守れていない”と言う点が一番の問題であると考えています。
そして、もう1つは事態を正確に把握できていない人達が憶測で話し合い、それを鵜呑みにしていることです。
ナマモノと言うのは非常にデリケートでつついてしまえばすぐに崩れてしまう。そんなものです。
何故かと言うと、現実世界で生きている生身の人間が、二次創作と言う人の想像によって自由に動かされているからです。
つまり、簡単に言えば他人を自分の想像の中で思いのままにしていると言うことです。
例えば、生身の人間を二次元に置き換えて、動物の耳や尻尾を生やしたり、TS(性転換)をさせたり、同性同士で恋愛をさせたり、団体であればメンバー同士でそう言った関係にさせたり。
同性同士の恋愛と言うのは現代社会においても理解がされにくいものとなっています。
だからこそ、他人に不快な思いをさせないためにも、ナマモノと言うのは隠れて行うべきなのです。
当然、その他人の中には題材にされているご本人様達も含まれます。
自分に置き換えて考えると分かりやすいですが、長く付き合いのある親しい友人と自分が第三者の手によってカップルにされている。そう言った行為を描かれている。となれば不快に思うでしょう。
これは、友人が同性であろうと、異性であろうと同じだと思います。
「全然大丈夫、気にしない」など、強気の発言をする方も中にはいるかと思いますが、それは相手にもよるでしょうし、誰とでも問題ないと言うのであれば、少々貞操概念を見直した方がよろしいかと思います。
自分自身が、顔も名前も知らない人に好きに描かれているのは不安や恐怖があるものです。
内容によっては嫌悪感を抱き、名誉を汚されたと訴えを起こす方もいるかも知れません。
我々だ内では公式でガイドラインが出されているので、それはないかも知れませんが。
万が一もありえますので。
そして、そのガイドラインですが。
曰く、
「○○の主役は我々だ!」に関するリアル、ネットを問わないあらゆる逸脱も含めた二次創作表現を全面的に歓迎しています。
利用者間では
・作劇上、我々だの中の人の感情や事実を配慮せず、忖度もしない
と、書かれています。
これを見て、何人かの方は「あぁ、自由にやっていいんだ」と思ったかも知れません。
しかし、よく見て欲しいのですが、
と書かれていますが、本人に見せて良い、不特定多数の人々の目に触れられる場所に無遠慮に置いても良い。とは書かれていません。
作劇、と言うのは物語やイラストの事です。現実世界、ネット上の事ではありません。
『イラストや小説などの中では、実際の中の人の感情や事実(年齢や性別、性格)などに拘らず好きに変えても構わない。また、それを製作するのに、自分たちへの配慮は要らない。』
と言う事になります。
また、
“どんな創作表現にも、とてもおおらかに”と“各人の解釈や方針に干渉しない”ですが。
これら二つは利用者間、つまりこれらのジャンルを楽しむ人たちの間の決まりであり、作劇上の表現の仕方は自由である。と言うことにすぎません。
何が言いたいかと言うと、この3つは『多くの人の目に触れる場所でナマモノの二次創作をして良い』『これまでのナマモノ界隈のルールを無視して良い』とは言っていないということです。
注意して欲しいことに、
コスプレなど「どこで何の表現をして良いか」はそれぞれの場を提供する主催者によって制限されていることがあります。
そうした場で発表をする場合、主催者の定めるルールを優先してください。
と、書かれていますが、これはコスプレを例に出しているだけで、限定している訳でもありません。
これまで何年にも渡り、先人様達が築き上げてきたルールを無視して良いとは言っていないのです。
コスプレなど、と書かれていますが、言外にイラストや小説などの二次創作物も含まれています。
その界隈のルールに則り楽しむように明記されているのです。
ですから、ナマモノを取り扱う際は検索避け、パスワードの完備、TwitterなどのSNSでは鍵垢にする。など、○○の主役以外のナマモノのを取り扱っている方達を倣って活動するべきなのです。
散々ナマモノと書きましたが、腐を匂わせるもの、事実を大幅にねじ曲げたものは全てナマモノになります。
ファンアート、と言われてしまえばそうかもしれませんが明らかにファンアートの域を越えたものは全て鍵垢など大多数の目に触れない場所に隠すべきかと思います。
これら全てが出来ていないから、他のナマモノに携わる方々やそうでない方々からも民度が低いと言われるのです。
もちろん、きちんとしている方々がいるのは存じています。
しかし、今回のことでそれを証明してしまった。守れていなかったことを露呈してしまった。
更には最悪の結果としてご本人様の目に晒されてしまったのです。
先に断っておくと、私はただのサラリーマンだ。
私にはこう見えている、という戯言だと思ってほしい。
また、感想を取り留めもなく書いているのであまり気にせず読んでほしい。
海外になど興味もなかった。
しかし、最近とある国が目について仕方がなくなってしまったのでこれを書いている。
仕事で新しいWindows PCを起動したときのことである。
この手の変換候補は、入力頻度が高いものが自動学習され、候補の上位に来るようになっている。
新品のパソコンであれば、インターネットで自動学習されたデフォルトの値が候補としてあがるようになっている。
つまり、よく入力されているものとして、Microsoftに認識されていることになる。
なんてことだ。日本人はそんなに慰安婦問題に敏感だったとは。知らなった。
そんなわけあるか。
おそらく自動で入力しまくる機械でも作って、入力しまくったのであろう。
適当に言っているが、あながち間違いではないと思う。前例があるのだ。
youtubeのとある動画をF5連打によってランキング上位に押し上げている事件があった。
アメリカやドイツに像を建てながら「私たちの祖先は日本人に犯されました!」などと吹聴している。
そう思うと、活動している人のなんと優しいことか。
想像してみてほしい。
「〇〇県のおばあさんは〇〇人に犯されたらしい。」という情報を得たとき、あなたならどうする?
「そうか、そんな事件があったんだね。」できっと終わる。
そして、帰ったらすぐにでもゲームやテレビ、映画などを見て過ごすだろう。
「ほかの国の人に知ってもらおう!あの国の人たちはこんなにもひどいんだ!」
「同情してくれ!そして日本を憎んでくれ!あの人の仇をとってくれ!」
と叫んで回る日々。つらいだろう。相当なやさしさが必要である。
そんなことはない。
外交カードとして、憐れみと情に訴えかける方法をとったのである。非常に効果がある方法だ。
しかし、以前に慰安婦問題は解決済みである。国と国の取り交わしによって、である。
そして、そのお金は国があずかったらしい。
国はそのお金を被害者たる元慰安婦たちには配らず、問題が発覚して国民からだいぶ反感を買ったとのことだ。
少し待ってほしい。韓国の世論は慰安婦問題を金で解決することを支持していたということか。
なんともまぁ、皆さんそろってお優しいことだ。見ず知らずのおばあさんの心を癒すためにお金を得ることを望むとは。
反日感情を持つ国民が多くいると聞く。そのような発想になるのも仕方ないかもしれない。
さて、ここでどうして反日感情を持つ国民が多いかという話題だが、
以前、学生が偏向した教育に対して疑問を投げかけた事件があったが結局教育委員会的な組織に揉み消されたそうだ。
非常にかわいそうな話である。
一方的にあれを憎めと言われ、疑問を持つことも許されない。
そもそも、このような状況に韓国が陥っているのはなぜだろうか。
聞くところによると、韓国の家族では年長者の意見や言動を重んじ、偉い人には逆らわない風潮があるとのことだ。
また、このような集団を団結させるのに「必要悪」を置くのは非常に効果的だ。
偉い人には逆らわない(逆らえない)というのは、国民性にも表れていると感じている。
誰かより上に行くことに非常にこだわり、入試やゲームの現場ではカンニングやチート行為をためらわずに使う。
追い詰められて使う人もいるかもしれない。
運動を伴う競技シーンでも韓国のラフプレーや、国を誇示したようなパフォーマンスをするのは有名だ。
ゲームをあまりプレイしない人にはなじみ無いかもしれないが、ゲームの内容においても、
「〇〇のゲームに国旗出てた!」とはしゃぐのだろうか。可愛い。
テクノロジー関連では、日本の技術者を引き抜き、自国で技術を育てた後に捨てるというやり方で
今の産業体系を構築した。やり方にはこだわらず、成長するために惜しみない努力をする。少しは見習ってもいいかもしれない。
やり方を選ばないところを除けば。
最後に
昔は大日本帝国とか言って調子乗っていたが、ぼこぼこにされて日本になった。
別に左とか右とかいうつもりはないが、日本という名前は良いと思っている。
本には教科書のようなニュアンスもあり、太陽を見習えと言われている気分になる。
https://togetter.com/li/1683384
上記まとめ内ではスクロール芸と言っているが、自分もこういう技術の正式名称は知らない。
Webページをスクロールしていくと、それに連動してアニメーションが動いていくようなやつだ。
俺個人の意見としてはこの手の演出は苦手だ。世の中から無くなってほしいとすら思っている。
・重い
・読みにくい
という3点にまとめられると思う。
数年前に作られたような似たページだと、まあ重い。
それこそ、自分が以前勤めていた会社のHPもスクロールとアニメーションが連動していたが、
あまりに重くてページが開くのに10秒か20秒も待たないといけないという有様だった。
スペックの高いPCやスマホを使えばいい?それはそうかもしれない。
しかし、現実として常に最新のデバイスに切り替え続けるという人は、いわゆるオタクの領域だ。
一般的には同じPC、同じスマホを2年から5年くらいは使うだろう。
当然スペックはどんどん型落ちになっていくわけだが、それが大多数。
なのに最新スペックを要求されるような派手な演出をするのは得策ではないと思う。
背景がうねうねしていたり、スクロールするに従って新しい文章が横から出てきたり。
アニメーションのほうにばかり目が行って、読みにくいったらありゃしない。
この手のページで伝えたいことって、大半は文字情報になっている。
なのに、その文字情報を追いづらいページ構成になっているのはなぜなんだ。
だから俺にとっては一番の問題だというだけで、他の人にとってはそうでないかもしれない。
これのなにが問題か。
前述の読みにくいにも関連することなのだが、
読んでいる最中の文章を、画面上の自分の好きな位置に置くことができない。
特にPCの場合は、画面の中心かつブラウザの中心でもあってほしい。
しかし、この手のページだとそれができない。
文章の区切りごとに次ページへ行くかのようなスクロールを強制される。
画面の端の方に書かれた文字を読まなければいけないのはなかなかのストレスだ。
自然と1、2行ごとに少しずつスクロールするという癖がついている。
なのに、このページではそれを許してくれない。
「この画面ではここからここまで読んでね」
「それを読み終わったら次はここからここまでね」
しかも厄介なことに、慣性を効かせるのがかっこいいと思っているのか、
少しだけスクロールすると元に戻されるような動きをする。
この手のページ、演出は無くなってほしいという個人的願望をここに書き捨てておく。
この悩みは結構大きくて、たとえば自分の趣味や転職活動のために情報収集のために
築60年を越える立派な家を内見させてもらった時の話。
広さや立地は理想的だけれど「長らく人は住んでないけれど」という前置きがあったので、ほとんど期待せず見に行った物件だった。
中に入ると、築年数を感じさせないほど管理が行き届いた非常に綺麗な建物で、今の言葉で言えば古民家風なのにリビングにはシャンデリアがある和洋折衷な雰囲気が面白い、値段を考えると非常にお買い得な物件で、「間取りはちょっと古くさいですが、凄く良い材を使っているので水回りだけリフォームすれば長く住める物件ですよ」という不動産屋の言葉にも手放しで納得するぐらい、素人目に見ても「良い家」という印象を抱かせる建物だった。
嫁も「この物件いいね~」と言っていて、他にも数件内見予定だったけれど、この物件で決めてしまおうかと考えていた時に、一本の立派な柱が目に入った。
そこには日付と名前と共に線が引いてあって、「1973 10 21 たくや」と書かれた背比べの跡が刻まれていて、この建物に住んでいたであろう家族の残り香を感じさせた。
自分の膝ぐらいの高さには大人の字で、腰ぐらいの高さになると子供の字で、胸の高さになると少し雑な字で同じ様に日付と名前が刻まれており、『たくや』と『さおり』が競い合うように順々に刻まれているのを微笑ましい気持ちで下から上に眺めていくと、遥か上に突然「1982 1 1 えつこ」と子供の字で刻まれているのが目に入った。
身長が190cm近くある自分が見上げるぐらいなので、2mを優に越える位置に刻まれているその文字を見て、急に寒気がした。
子供のイタズラだと思ったが、脚立を使わなければ書けないだろう位置に子供がわざわざ何の面白味も無い文字を書くだろうか、いっそアニメキャラクターの名前や外国風の名前だったらイタズラらしさがあって安心できたのだが、妙にリアルな『えつこ』という名前が不気味さを一層高めていた。
考え始めると長らく誰も住んでないはずなのに異様に綺麗な物件自体に不気味さを感じてしまい、不動産屋の説明も途中に内見を切り上げてしまった。
不動産屋が運転する車の後部座席で嫁に「気に入ってるみたいで言い出せなかったけど、あの物件なんか変かも」と耳打ちすると、嫁からも「最初は良いと思ったけれど、住んでないって言う割には生活感があって変だった」言われ、違和感を抱いていたのが自分だけじゃなかったことで現実感が増して、何だかその日は落ち着いて眠ることができなかった。
俺は昔、はてなブログでブログを書いて、昔でいう「プロブロガー」をやっていた。
1級身体障害者の炎上ブロガーって言えば、古参のはてなーなら知っている人もいるかもしれない。
元フジテレビアナウンサー・フリーアナウンサーの「長谷川豊」にブログ記事をパクられた人、っていえば思い出す人もいるかもしれない。
もう過去の記事は全て消したが、「だいちゃん.com」(https://xn--n8jvce0l6c.com/)っていうブログを運営していた。
そんな俺は今、大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働いている。
知っている人もいるかもしれないが俺はとあるきっかけで、はてなブログを追い出されてWordPressにブログ記事を全部引っ越しさせてブログ運営を続けていた。
だが、はてなブログ時代は主にはてなブックマークからの流入がメインだったから当然、WordPressではブログ運営が上手くいかなかった。
Googleアップデートなんかの煽りも受けて、ブログ運営のみの収入で生活をすることが困難になった。
ブロガー時代の俺に「自分のところでライターをしないか?」というお誘いを受けて、アフィリエイト記事を執筆するライターなんかもやっていた。
ライター収入で一時期は生計を立てていたが、他人のブログの記事を書くということに面白みを見出すことが出来ず、ライターとして生計を立てるということも辞めてしまった。
でも、どうにかして収入を得て生活をしていかなければならないから、俺は頑張って就職活動を始め、今は大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働いている訳だ。
もう、昔のはてなアカウントも消してしまって、はてなには全く顔を出していなかったが、少し懐かしくなって今、増田で記事を書いている。
ちなみに、俺は1級身体障害者ということもあって、今の会社に就職するまでまともな職歴はほぼ無い状態だ。
20歳の時には1級身体障害者になって、そこから半寝たきり状態で20代前半を過ごしたりしてきたし、リーマンショックなんかの煽りも受けて、なかなか就職が決まらず……。
そんな俺でも障害者雇用枠でなんとか大手企業に就職することが出来たから、どうやって就職をしたのかをちょっと書いてみようと思う。
まず、俺のスペックを書いていこうと思う。
・性別:男
・年齢:30代半ば
・職歴:ほぼ無し
・所持資格:「日商簿記2級」「MOS Word」「MOS Excel」等
こんな風に、俺のスペックはボロボロだ。しいていうなら、顔が若干良いくらいだ。
しかも、
・不眠症
・呼吸器障害
・乾燥性皮膚炎
でも、こんな俺でもなんとか就職することが出来た。
一番この増田を読んでいる人達が気になっているのはここじゃないだろうか?
こんなボロボロのスペックでどうやって大手企業の障害者雇用枠、しかもリモートワークという狭き門での就職を成功させることが出来たのか。
その道のりは簡単ではなかったよ。かなりの苦労がここにはあった。
まず、どうにかして障害年金以外の収入をすぐに確保しなければならなかった。
幸い、ブロガーやライターをやっていた時の収入は殆どを貯蓄に回していたから、なんとか貯蓄を切り崩しながら生活をできていたが、自分の経歴の酷さは分かっていたから、すぐに就職先が決まることは無いと判断した。
そんな俺でも就職するまでの間、障害者だったら収入を得る方法があった。
それが、
という方法だ。
障害者職業能力開発校は、通っている間は失業保険の手当を貰える状態にある人は、失業保険の手当の受給期間を通っている間は延長してもらうことが出来る。
でも俺は、失業保険なんていうものに加入はしていなかった。当然だ。俺はブロガーでライター、個人事業主だったからな。
答えは「NO」。
障害者職業能力開発校に通っている間、失業保険の手当を受給出来ていなくても、障害者なら「職業訓練手当」という給付金を貰いながら通うことが出来る。
貰える金額は障害の等級によって違うが、1級身体障害者の場合は月に約12万円ほどは貰うことが出来た。
都心に住んでいる人からしたら、こんな金額じゃ生活出来ない! と感じる人もいるかもしれない。
幸い、俺は九州の田舎に住んでいるから、月に20万円もあれば十分に生活は出来る。
そうやって、収入の基盤をなんとか確保した。
ちなみに、俺が通っていた障害者職業能力開発校は、訓練期間が1年~2年。
通常は1年だが、「プログラム設計科」という、プログラミングを学ぶ訓練だけは2年コースになっている。
そこでプログラミングを学びながらプログラマーを目指していた。
でも、俺は「基本情報技術者試験」の午後問題の「アルゴリズム」と「プログラミング」の問題を殆ど説くことが出来なかったんだ。
「ああ、俺、多分プログラマーには向いてないわ。」
そして、就活をし始めた年齢が30代だったということもあって、30代で未経験プログラマー、しかも1級身体障害者で残業の出来ない状態では無理ゲーだろうなー、と思って、次第に「パソコンに強い事務員」として次第に就活をし始めた。
この部分がいつも就活において引っ掛かって、いつもいつも不採用だった。
それ以外もだいぶ酷い経歴だが、この部分が一番引っ掛かっていたと思う。
あとはやはり、
・不眠症
・呼吸器障害
・乾燥性皮膚炎
を抱えているという部分だ。
でもこの部分は通院しなければならない為、しっかりと企業側に伝えておかなければ就職した際に通院出来ない、という状態になる。
でもある日、学校からの紹介でとある大企業の特例子会社への就職の話が入ってきた。
職歴ほぼ無しの俺にはかなり良い条件だった。
でも、問題点が。
俺の住んでいる地域からかなり遠い企業で、引っ越しをしなければならなかった。
俺が健康体なら別に引っ越しをするくらいはかまわなかった。だが、俺のような1級身体障害者で病院をいくつも通っている人間は、遠い地域へ引っ越しをする場合、病院を全て1から探し直さないといけない。
特に、人工透析を行っている病院の変更はとても手続きが大変だ。
病院との相性もある。
週に3日、1日5時間も延命治療を受けなければならない病院だ。ここの部分で相性が悪ければ恐らくストレスで精神がやられてしまう。
実際、俺が今通っている人工透析の病院を見つけるまで相性の悪い病院に通っていて精神がやられた過去があるから、その部分だけは本当に注意していた。
そういった事情もあって、最初は就職に前向きに検討していたが、だんだんとそういったことを考え始めて、そこの会社への就職は断った。
その頃、今世界中で流行している感染症が流行り始めていた。それも俺が就職を断った理由の一つだ。
俺が引っ越しをしなければならなかった就職先の地域は、かなり感染者が増加していた。
それに、会社がかなりバスなどを乗り継がないといけない場所にあって、人工透析を行う病院まで距離が遠かった。
恐らく、毎日が病院と会社の往復という日々。1日が仕事と通院で終わるような毎日になっていたに違いない。
そうだと俺は察知して、自分を守る為にそこの会社へ就職しなかったというのもある。
こういうことを書くと、甘えだとかなんだと言う奴らが出てくるかもしれないが、俺の身体や精神は君たちが思っている以上に脆く、弱く、儚い。
これを「甘え」だというのであれば、もういい。好きに言ってくれ。
だんだん、俺の住んでいる地域でも感染症の感染者数が増加していっていた。
でも、俺の通っていた学校は建物が古く、建物自体がいわゆる3密状態になっていた。これだけは避けることが出来なかった。
それと、どうしても知的な部分に障害がある人達もいるから、感染症対策をちゃんとしない生徒もいた。
しかも、他の患者さんと一緒に治療を受けているから、下手したら自分が感染すると病院全体が一時閉鎖しなければならない、という状態だ。
家には高齢の親もいる。
だから俺は、絶対に感染する訳にはいかないと思い、少しでも感染リスクのあることをだんだんと辞めていった。
俺はそうやって学校を辞めた。
ここの部分も、Twitterなどで発信していたら、
「お前と同じ障害を抱えているけど、俺は感染リスクのある仕事をしているんだ!! 甘えるな!!」
みたいに言ってきた奴がいた。
お前はお前、俺は俺だぜ?
お前はリスク管理が出来ていない。
俺はリスクのあることは全て排除して、徹底的にリスク管理を行った。ただそれだけの話だ。
お前は勝手に感染リスクのある仕事をしてくれ。俺は感染リスクのあることが徹底的にしない。だって命が惜しいからな。
人の命だってかかっているんだ。
俺は自分が感染するリスクも取りたくないし、他の患者さんや親を感染にまきこみたくなかった。
俺は障害年金は貰っていたけれど、それ以外の収入が学校を辞めたことで本当に無くなってしまった。
障害年金は月に約7万円ほどだ。でも、俺は実家暮らしだが実家もそこまで裕福ではないから障害年金の殆どを家に入れていた。
正直、感染症が収まるまで通勤での勤務もするつもりが無かったから、そこで一旦、就職活動したいを辞めていた。
すると、以前ライターをさせて貰っていたクライアントさんの一人が俺に仕事を振ってくれるようになった。
以前のようにライターの仕事では無いが、生活出来るくらいの金額になるように仕事を振ってくれていた。
ちなみに、その人は俺がライター自体を辞めて障害者職業能力開発校に入るとき、
といった意味を込めてなのか、カニを大量に送ってくれた為、俺の家族の間では、
「カニの人」
として周知されている。
その人がまた、ライターの仕事ではないが仕事を振ってくれるようになった。
その収入だけでも正直、個人事業主として生活は出来ていた。だが、その人は法人の社長ではない。あくまで個人事業主だ。
クライアントが個人事業主だと、どうしても将来的な収入が不安になる。
でも、俺は感染症のリスクを負ってまで就職する気は更々無い。でもやっぱり将来的な収入が不安だ……。
そんな葛藤をずっと抱いていた。
ある日、Twitterをいつものようにやっていると、とある就職エージェントの広告が目に入ってきた。
取り敢えず、登録だけしておいても損はしないな。まあ、今すぐに就職をする気は無いが、感染症が収まったらやっぱり企業勤めをしたいから、恐らく就活を再開するからな。
そんなことを考えて、本当に取り敢えずで登録だけしてみた。
俺は、
「すぐに就職をする気は無い。でも、リモートワークなら就職したいかも。」
みたいなことを、エージェントの就職担当者に話したような気がする。
へ流れで登録することになった。
なんか、いちいちあっちのサイトこっちのサイトって登録するの面倒だな……なんてことも思ったりしたし、リモートワークでの就職は倍率がめちゃくちゃ高くてなかなか決まらないということを、俺は実体験から分かっていた。
今まで、リモートワークでの就職を何度も試みて、全部の企業から落とされているからだ。
でも、やっぱり登録をするだけしておこうと思って、その会社へ登録だけ済ませた。
リモートワークで仕事をすることが出来たら、感染症リスクもだいぶ抑えられるからな。
個人事業主としての収入もあったが、安定はしていないと判断して、俺は安定収入を取ることにした。
ちなみに、就職エージェントの就職担当の方が、俺の履歴書の書き方が下手だからと、履歴書を添削してくれた。
そしてアドバイスもしてくれて今まで出していたものとは見違えるような履歴書になった。
俺みたいに酷い経歴でも、書き方次第である程度は改善できるのだな、と思った。
ちなみにアドバイスの中でも、抱えている障害や病気のことはしっかりと書くように言われた。
書くと就職には不利に働くかもしれないが、そこをちゃんと理解してくれる企業じゃないと長く働けないから、ということだった。
話を戻すけど、その就職エージェントが紹介してくれるのは、大手企業ばかりだった。
でも、来る日も来る日も全ての企業へ応募しても、書類選考の時点で落とされていた。
心が折れそうだった。
だけど俺は諦めなかった。
俺は正直、名前すら聞いたことが無かった。というのも、俺は主にIT企業へ事務員として就職を試みていたが、ITとは程遠い企業だったからだ。
俺はどうにかして就職をしようと、面接マニュアルを読み込み、YouTube撮影用のカメラの前で面接の練習をしてそれを録画。
動画にして自分の面接での喋り方、話す内容等を面接の日まで毎日見直していた。
そういった努力も実ったからなのか、俺はその1社へ就職内定が決まったんだ。
パソコンに強い人材があまりいなさそうな業界、という部分も良かったのかもしれない。
晴れて俺は、大手企業で障害者枠でリモートワークで就職が決まった。
後編へ続く。
俺は昔、はてなブログでブログを書いて、昔でいう「プロブロガー」をやっていた。
1級身体障害者の炎上ブロガーって言えば、古参のはてなーなら知っている人もいるかもしれない。
元フジテレビアナウンサー・フリーアナウンサーの「長谷川豊」にブログ記事をパクられた人、っていえば思い出す人もいるかもしれない。
もう過去の記事は全て消したが、「だいちゃん.com」(https://xn--n8jvce0l6c.com/)っていうブログを運営していた。
そんな俺は今、大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働いている。
知っている人もいるかもしれないが俺はとあるきっかけで、はてなブログを追い出されてWordPressにブログ記事を全部引っ越しさせてブログ運営を続けていた。
だが、はてなブログ時代は主にはてなブックマークからの流入がメインだったから当然、WordPressではブログ運営が上手くいかなかった。
Googleアップデートなんかの煽りも受けて、ブログ運営のみの収入で生活をすることが困難になった。
ブロガー時代の俺に「自分のところでライターをしないか?」というお誘いを受けて、アフィリエイト記事を執筆するライターなんかもやっていた。
ライター収入で一時期は生計を立てていたが、他人のブログの記事を書くということに面白みを見出すことが出来ず、ライターとして生計を立てるということも辞めてしまった。
でも、どうにかして収入を得て生活をしていかなければならないから、俺は頑張って就職活動を始め、今は大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働いている訳だ。
もう、昔のはてなアカウントも消してしまって、はてなには全く顔を出していなかったが、少し懐かしくなって今、増田で記事を書いている。
ちなみに、俺は1級身体障害者ということもあって、今の会社に就職するまでまともな職歴はほぼ無い状態だ。
20歳の時には1級身体障害者になって、そこから半寝たきり状態で20代前半を過ごしたりしてきたし、リーマンショックなんかの煽りも受けて、なかなか就職が決まらず……。
そんな俺でも障害者雇用枠でなんとか大手企業に就職することが出来たから、どうやって就職をしたのかをちょっと書いてみようと思う。
まず、俺のスペックを書いていこうと思う。
・性別:男
・年齢:30代半ば
・職歴:ほぼ無し
・所持資格:「日商簿記2級」「MOS Word」「MOS Excel」等
こんな風に、俺のスペックはボロボロだ。しいていうなら、顔が若干良いくらいだ。
しかも、
・不眠症
・呼吸器障害
・乾燥性皮膚炎
でも、こんな俺でもなんとか就職することが出来た。
一番この増田を読んでいる人達が気になっているのはここじゃないだろうか?
こんなボロボロのスペックでどうやって大手企業の障害者雇用枠、しかもリモートワークという狭き門での就職を成功させることが出来たのか。
その道のりは簡単ではなかったよ。かなりの苦労がここにはあった。
まず、どうにかして障害年金以外の収入をすぐに確保しなければならなかった。
幸い、ブロガーやライターをやっていた時の収入は殆どを貯蓄に回していたから、なんとか貯蓄を切り崩しながら生活をできていたが、自分の経歴の酷さは分かっていたから、すぐに就職先が決まることは無いと判断した。
そんな俺でも就職するまでの間、障害者だったら収入を得る方法があった。
それが、
という方法だ。
障害者職業能力開発校は、通っている間は失業保険の手当を貰える状態にある人は、失業保険の手当の受給期間を通っている間は延長してもらうことが出来る。
でも俺は、失業保険なんていうものに加入はしていなかった。当然だ。俺はブロガーでライター、個人事業主だったからな。
答えは「NO」。
障害者職業能力開発校に通っている間、失業保険の手当を受給出来ていなくても、障害者なら「職業訓練手当」という給付金を貰いながら通うことが出来る。
貰える金額は障害の等級によって違うが、1級身体障害者の場合は月に約12万円ほどは貰うことが出来た。
都心に住んでいる人からしたら、こんな金額じゃ生活出来ない! と感じる人もいるかもしれない。
幸い、俺は九州の田舎に住んでいるから、月に20万円もあれば十分に生活は出来る。
そうやって、収入の基盤をなんとか確保した。
ちなみに、俺が通っていた障害者職業能力開発校は、訓練期間が1年~2年。
通常は1年だが、「プログラム設計科」という、プログラミングを学ぶ訓練だけは2年コースになっている。
そこでプログラミングを学びながらプログラマーを目指していた。
でも、俺は「基本情報技術者試験」の午後問題の「アルゴリズム」と「プログラミング」の問題を殆ど説くことが出来なかったんだ。
「ああ、俺、多分プログラマーには向いてないわ。」
そして、就活をし始めた年齢が30代だったということもあって、30代で未経験プログラマー、しかも1級身体障害者で残業の出来ない状態では無理ゲーだろうなー、と思って、次第に「パソコンに強い事務員」として次第に就活をし始めた。
この部分がいつも就活において引っ掛かって、いつもいつも不採用だった。
それ以外もだいぶ酷い経歴だが、この部分が一番引っ掛かっていたと思う。
あとはやはり、
・不眠症
・呼吸器障害
・乾燥性皮膚炎
を抱えているという部分だ。
でもこの部分は通院しなければならない為、しっかりと企業側に伝えておかなければ就職した際に通院出来ない、という状態になる。
でもある日、学校からの紹介でとある大企業の特例子会社への就職の話が入ってきた。
職歴ほぼ無しの俺にはかなり良い条件だった。
でも、問題点が。
俺の住んでいる地域からかなり遠い企業で、引っ越しをしなければならなかった。
俺が健康体なら別に引っ越しをするくらいはかまわなかった。だが、俺のような1級身体障害者で病院をいくつも通っている人間は、遠い地域へ引っ越しをする場合、病院を全て1から探し直さないといけない。
特に、人工透析を行っている病院の変更はとても手続きが大変だ。
病院との相性もある。
週に3日、1日5時間も延命治療を受けなければならない病院だ。ここの部分で相性が悪ければ恐らくストレスで精神がやられてしまう。
実際、俺が今通っている人工透析の病院を見つけるまで相性の悪い病院に通っていて精神がやられた過去があるから、その部分だけは本当に注意していた。
そういった事情もあって、最初は就職に前向きに検討していたが、だんだんとそういったことを考え始めて、そこの会社への就職は断った。
その頃、今世界中で流行している感染症が流行り始めていた。それも俺が就職を断った理由の一つだ。
俺が引っ越しをしなければならなかった就職先の地域は、かなり感染者が増加していた。
それに、会社がかなりバスなどを乗り継がないといけない場所にあって、人工透析を行う病院まで距離が遠かった。
恐らく、毎日が病院と会社の往復という日々。1日が仕事と通院で終わるような毎日になっていたに違いない。
そうだと俺は察知して、自分を守る為にそこの会社へ就職しなかったというのもある。
こういうことを書くと、甘えだとかなんだと言う奴らが出てくるかもしれないが、俺の身体や精神は君たちが思っている以上に脆く、弱く、儚い。
これを「甘え」だというのであれば、もういい。好きに言ってくれ。
だんだん、俺の住んでいる地域でも感染症の感染者数が増加していっていた。
でも、俺の通っていた学校は建物が古く、建物自体がいわゆる3密状態になっていた。これだけは避けることが出来なかった。
それと、どうしても知的な部分に障害がある人達もいるから、感染症対策をちゃんとしない生徒もいた。
しかも、他の患者さんと一緒に治療を受けているから、下手したら自分が感染すると病院全体が一時閉鎖しなければならない、という状態だ。
家には高齢の親もいる。
だから俺は、絶対に感染する訳にはいかないと思い、少しでも感染リスクのあることをだんだんと辞めていった。
俺はそうやって学校を辞めた。
ここの部分も、Twitterなどで発信していたら、
「お前と同じ障害を抱えているけど、俺は感染リスクのある仕事をしているんだ!! 甘えるな!!」
みたいに言ってきた奴がいた。
お前はお前、俺は俺だぜ?
お前はリスク管理が出来ていない。
俺はリスクのあることは全て排除して、徹底的にリスク管理を行った。ただそれだけの話だ。
お前は勝手に感染リスクのある仕事をしてくれ。俺は感染リスクのあることが徹底的にしない。だって命が惜しいからな。
人の命だってかかっているんだ。
俺は自分が感染するリスクも取りたくないし、他の患者さんや親を感染にまきこみたくなかった。
俺は障害年金は貰っていたけれど、それ以外の収入が学校を辞めたことで本当に無くなってしまった。
障害年金は月に約7万円ほどだ。でも、俺は実家暮らしだが実家もそこまで裕福ではないから障害年金の殆どを家に入れていた。
正直、感染症が収まるまで通勤での勤務もするつもりが無かったから、そこで一旦、就職活動したいを辞めていた。
すると、以前ライターをさせて貰っていたクライアントさんの一人が俺に仕事を振ってくれるようになった。
以前のようにライターの仕事では無いが、生活出来るくらいの金額になるように仕事を振ってくれていた。
ちなみに、その人は俺がライター自体を辞めて障害者職業能力開発校に入るとき、
といった意味を込めてなのか、カニを大量に送ってくれた為、俺の家族の間では、
「カニの人」
として周知されている。
その人がまた、ライターの仕事ではないが仕事を振ってくれるようになった。
その収入だけでも正直、個人事業主として生活は出来ていた。だが、その人は法人の社長ではない。あくまで個人事業主だ。
クライアントが個人事業主だと、どうしても将来的な収入が不安になる。
でも、俺は感染症のリスクを負ってまで就職する気は更々無い。でもやっぱり将来的な収入が不安だ……。
そんな葛藤をずっと抱いていた。
ある日、Twitterをいつものようにやっていると、とある就職エージェントの広告が目に入ってきた。
取り敢えず、登録だけしておいても損はしないな。まあ、今すぐに就職をする気は無いが、感染症が収まったらやっぱり企業勤めをしたいから、恐らく就活を再開するからな。
そんなことを考えて、本当に取り敢えずで登録だけしてみた。
俺は、
「すぐに就職をする気は無い。でも、リモートワークなら就職したいかも。」
みたいなことを、エージェントの就職担当者に話したような気がする。
へ流れで登録することになった。
なんか、いちいちあっちのサイトこっちのサイトって登録するの面倒だな……なんてことも思ったりしたし、リモートワークでの就職は倍率がめちゃくちゃ高くてなかなか決まらないということを、俺は実体験から分かっていた。
今まで、リモートワークでの就職を何度も試みて、全部の企業から落とされているからだ。
でも、やっぱり登録をするだけしておこうと思って、その会社へ登録だけ済ませた。
リモートワークで仕事をすることが出来たら、感染症リスクもだいぶ抑えられるからな。
個人事業主としての収入もあったが、安定はしていないと判断して、俺は安定収入を取ることにした。
ちなみに、就職エージェントの就職担当の方が、俺の履歴書の書き方が下手だからと、履歴書を添削してくれた。
そしてアドバイスもしてくれて今まで出していたものとは見違えるような履歴書になった。
俺みたいに酷い経歴でも、書き方次第である程度は改善できるのだな、と思った。
ちなみにアドバイスの中でも、抱えている障害や病気のことはしっかりと書くように言われた。
書くと就職には不利に働くかもしれないが、そこをちゃんと理解してくれる企業じゃないと長く働けないから、ということだった。
話を戻すけど、その就職エージェントが紹介してくれるのは、大手企業ばかりだった。
でも、来る日も来る日も全ての企業へ応募しても、書類選考の時点で落とされていた。
心が折れそうだった。
だけど俺は諦めなかった。
俺は正直、名前すら聞いたことが無かった。というのも、俺は主にIT企業へ事務員として就職を試みていたが、ITとは程遠い企業だったからだ。
俺はどうにかして就職をしようと、面接マニュアルを読み込み、YouTube撮影用のカメラの前で面接の練習をしてそれを録画。
動画にして自分の面接での喋り方、話す内容等を面接の日まで毎日見直していた。
そういった努力も実ったからなのか、俺はその1社へ就職内定が決まったんだ。
パソコンに強い人材があまりいなさそうな業界、という部分も良かったのかもしれない。
晴れて俺は、大手企業で障害者枠でリモートワークで就職が決まった。
後編へ続く。
ピアノ→吹奏楽なのでマジでクラシックか昔のクラシックを吹奏楽リメイクしたものしか聴いていなかった。
パガニーニの20番(正式名称がわからないけどcmにも使われている)とか聴いただけで射精する。
音階が綺麗すぎるし、何だろう、本当に綺麗なんだよ。
語彙無いなぁとは思うけど、本当にそれに尽きるというか。
大学に入って、これまでの吹奏楽をやめてバンドサークルに入った。
ぶっちゃけバンドなんて俗物だと思ってたし、今でもそう思ってる。
自分は限りなくそれに近く、近くありたいと思っていることがわかってしまった。
教えてもらったものは、今売れているものなんて全く入っていなくて、むしろ逆行しているようなものばかりだったけど、全てとんでもなくかっこよかった。
全ての人が好きになるもの、全ての人が気になるものって、必ず誰かの思惑が働いていて、信用ならないと思ってしまって。
音に加工なんかしなくたって、極論エフェクターなんか使わなくたって、音楽って成立するし、かっこいいものはかっこいいんだ!と思った。
音楽はもう懲り懲りだと思った。
でもまた音楽がやりたい。
かっこよくなくても、下手くそでも、どうしてかわからなくても、音楽がやりたい。
こんなところでしか形にできないのだから、実際に形にできるわけがない。
でも続けたい。
カッコ悪くても何か形になる音楽がやりたい。
自分はここに4年から6年まで通っていた。妹は四谷大塚に行った。理由が値段なのかそれ以外なのかわからん。
通ってる途中でsapixが分離独立して、そっちについて行った生徒もいたけど残った生徒としてはsapixなんてパチモンだよみたいな反発があったかな。
国語の教材がよくて、授業で扱った小説や随筆が面白くて次の日に本屋に買いに行くことがよくあった。大江健三郎とか中勘助とかイザヤベンダサンとかを毎週ランダムに読む機会をもらえて感謝している。
講師はバイトもいたのかもしれないが、中年のいわゆるフルタイムの講師もいて講義は良かったと思う。
希望校には受かった。
最寄り駅まで帰りは講師が引率してくれてみんなで帰ったこととか、進学した後も友達と長い付き合いになったこととか、小学校は楽しくなかったけど塾の思い出はたくさんあるな。
https://twilight-anime.jp/news/ico03/
トワイライトコイン(TWC)を販売して、C2C(Creator to Customer)制作方式のプラットフォーム開発資金を調達するICOプロジェクトの検討を昨年12月より進めてまいりましたが、この度、本プロジェクトの正式名称をTwilight-coin.ioに決定、公式サイトなどを以下の通り開設し英語にて運営開始いたしました。
・プロジェクト公式サイト: https://twilight-coin.io
固まらないように混ぜているというのも間違いではない。
https://bonperson-civil.com/mixer-agitator/
悪い意味で話題になっているえんとつ町のプペルの記事を見ていて、気になることがあったのでまとめました
正式名称は「PoupeIIe Of ChimneyTown VR ~into the world~」。「えんとつ町のプペル」のストーリーをVRで再現したという作品。
2019年6月21日にリリース。クラウドファンディングをもとに開発された作品で絵本の作者いわく「サロンメンバーの作品」とのこと。
store.steampowered.com/app/1079520/
twitter.com/nishinoakihiro/status/1080226066575159296
13個のSteamアカウントがレビュー。そのうち2019年6月23日に投稿された3件のレビューにおいて
いずれもSteamプロフィールページが未作成で、アカウントに記録されている製品がプペルVRだけ(または記録なし)。
いずれも投稿日時が同じ日で投稿間隔も40~50分になっている。
以下魚拓
2019年6月26日にある海外ユーザーはSteamスレッドで「明らかにフェイクレビューが投稿されてるので買うの辞めました」と指摘。開発・パブリッシャーのvLabは無反応。
2020年5月には5chの掲示板で怪しいレビューを投稿しているアカウントIDと開発者の名前の類似性を指摘するIDがいた。
2020年11月に商業サイトにレビュー寄稿するユーザーが「本作をオススメしない」というレビューを投稿しつつ、レビューの中でこの件に触れる。
ところで、Steamレベル0か1、アカウント内の製品数1、レビュー件数1、プレイ時間0.3時間みたいな感じの人達がいっぱいオススメレビュー書いてるんだけど、なんでだろうね?
彼らはこれを買うためだけにSteamにアカウントを作って、20分遊んだあとに急にSteamに関する興味の一切を失ったのかな? ご存命ですか?
おわり
「逃げ恥」心理学を学んだことがある人たちは内容がリアルでいかにも…と思っているという話(togetterより)
「心理の院生がやりそうなダメっぽい研究」という指摘があったので、少し情報を整理して感想を述べる
原作冒頭において、こんなやりとりがある
黒●徹子(妄想)「あなた 大学では心理学をお勉強なさってたんですって?」
みくり「はい それで」
徹子「それで就職は人事部や企画 商品開発なんかを志望していたと」
徹子「だけどあなた ウフ ごめんなさい 全滅だったんですって?」
みくり「そうなんです 今思えば もっと業種を広く」
徹子「それで就職職浪人するよりも と大学院進学をしたけど 文系大学院は就職がさらに大変だったらしいじゃない」
みくり「文系の院全てがそうとは言い切れないとは思いますが 院で臨床心理士の資格を取ったのでそれを生かせる仕事ができればと」
徹子「でも 心理カウンセラーとかスクールカウンセラーは中々就職がなかったと」
――海野つなみ「逃げるは恥だが役に立つ 第1巻」より
臨床心理士は指定された大学院修士課程を修了後に「受験資格」が得られる
そして、臨床心理士資格認定試験は毎年10月に開催され合格発表は12月となる
修了後の4月は無資格なので、資格取得見込みでも受け入れてくれる仕事を探さないとならない
同じ大学院・研究室の先輩や指導教官に紹介して貰ったり、非常勤で週2~3日の仕事を自力で見つけて応募することが多い
作者である海野つなみがどこまで知っているかは不明だが、みくりは大学院修了後にそうした仕事にもつけず、資格取得後も就職先が見つからなかったことになる
ストレートで卒業・修了・資格取得をしたとすると、この時点で24歳である
心理学部・学科卒業で人事部や企画・商品開発を志望すること自体には問題がないが
「仕事がない」という理由だけで、より狭き門であるはずの心理職に進む所に見通しの甘さが感じられる
専門職である心理職は、何かの代わりに選んで成れるような進路ではない
(正直、指導教官や周りは大学院進学を止めなかったのか。それと、こんなにふわっとした見通しの甘い人間に、臨床心理士試験の面接官はよく合格を出したな)
「甘く見てましたね。まさか文系の大学院卒がこんなに就職できないとは」
「大学院では心理臨床コースを選択、卒業後に臨床心理士の資格を取得した上で再び就職活動に臨んだ(ナレーター)」
「2013年度 青明大学大学院入学式(大学院時代の写真より)」
2.2履歴書(一部抜粋および組換え)(出典はhttps://twitter.com/i/events/868751617960443908:title=こちらから)
【提出先(※推測)】
【提出日】
2014年12月15日(※大学院2年(最終学年)の12月に提出したものであると思われる。つまり、物語開始より1年前ほどのものになるか)
【生年月日】
【住所】
神奈川県横浜市都筑区黒沢5-5-6(※黒沢は架空の地名とのこと)
【学歴】
【資格】
2012年6月 実力英語検定2級(※いわゆる英検は、正式名称が「実用英語技能検定」であるので誤記の可能性がある)
2014年12月 臨床心理資格(取得予定)(※ナレーションでは「臨床心理士」と言っているため、誤記の可能性がある)
趣味はカフェ巡りです。特技は整理整頓です。サークルはお散歩サークルに入っていました。
具体的な内容:上記のテーマを「幼少期の両親の養育態度」と「甘え」の観点から分析しています。この研究で青年期になっても対人関係にコンプレックスを強く持つ者は、幼少期に両親から否定的なイメージを受けており、「甘え」という行為が成立していなかった場合に多く見られた。これによって「甘え」の形成は対人関係を育てることが分かったが「甘え」の感覚を得るには両親との幼い時の関係性が重要であることが学びとれた。
真面目なところと思いたったらすぐに行動するところです。
私の長所は真面目な所です。頼まれた仕事はきっちりこなす性格です。短所でもありますが、突拍子もないことを考え、思い切り突っ走ってしまい、びっくりされてしまうことも多いですが、その新しい発想のおかげで上手く運んだこともあったので、長所としてとらえています。
【学生時代に打ち込んだこと】
心理学の研究です。私は人の役に立つことが好きで、人が何を求めているか察知できる人間になりたいと思い、心理学を専攻しました。心理学で学んだことをアルバイトでの接客でも発揮され、お客様が求めていることを先回りして提供することができるようになりました。今後も、会社というチームの一員として自分に何ができるのか、お客様には何を提供できるのか、心理学を生かして察知していきたいです。
【志望理由】
私は貴社で、新商品の開発や企画に携わりたいです。貴社はもぐもぐ蕎麦という今までこの世になかった新しい商品で、世界の食文化を変えた会社であり、私ももぐもぐ蕎麦のように世界の文化にインパクトを与えるような商品を開発したいと思っています。大学では色彩心理学や希少性の原理などを学び、消費者心理についても研究してきました。大学院まで心理学を勉強してきたことを生かして、消費者がついつい買ってしまいたくなるようなアイデアを提案したいです。
世界中の、とくに栄養の不足に悩まされている地域の人々に、自分の開発した商品を伝え、健康を改善してくことが夢です。栄養不良に悩まされている人は8億人以上いるといわれていて、普及するには手軽さ・価格の安さ・おいしさの3つが必要だと私は考えます。そのまま食べられる、あるいは水やお湯などをかけるだけで簡単に作ることができ、安価ながらもおいしい食材で作られた商品を開発し、世界に広めたいです。
「青明大学 舞台」で調べた所によると、ロケ地自体は「日本大学経済学部7号館の前」との情報がみつかった
「青明大学」と同名の大学は勿論ないが、名前の響きからして「青山学院大学」や「明治大学」「明治学院大学」が近いと思われる
何となくこういうリア充的な雰囲気の学生は青学じゃねえのかという偏見がある。というか、青学は児童系の心理に強いイメージがある。なんでそんな大学院を選んだんだこいつ。何も考えないで生きてんのか
この場合、大学院修了後の2015年12月に臨床心理士資格は取得見込みとなる筈である
履歴書には「2014年12月 臨床心理資格(取得予定)」となっているので、資格名もしくは取得時期については現実の制度とは違いがある
ナレーションの説明とも乖離が起きているので、作成したスタッフの誤記や勘違いの可能性がある
他の資格について、大学1年生の11月に漢検2級を、大学4年の6月に英検2級を取得している
全体的に、こんな薄っぺらいやつ採用試験で落ちて然るべし。もっとちゃんと考えて進路決めなさい
漢検や英検くらい高校で取っておけよ。というか、色彩心理を研究したというなら、「色彩検定」とか「カラーコーディネーター検定」とか、色彩計の資格を取っておきなさいよ。
商品開発したいなら、日本商品開発士会の資格でも取りなさい。合格率も低くないみたいですよ
他国に自社の商品を売り出したいと思うなら、TOEICとTOEFLくらい受けておく発想には至らなかったんでしょうかねえ……
履歴書とは関係ないが、人事に行きたいなら産業カウンセラーを取りながら就職活動をしても良かったのでは……
臨床心理コースなので仕方がないが、「青年期の対人恐怖心性と自己愛傾向について」と志望部署の関連が薄い。本気で商品企画・開発したい人の選ぶ心理ではないよねえ
「青年期の対人恐怖心性と自己愛傾向について」は手垢が付いたような薄い研究なんよ。青年期を対象にした研究室でよくある、質問紙を都内大学生に沢山配ってやるような量産型研究なんですよ。土居健郎の「甘えの構造」とかを理論的支柱にして、適当な尺度を組み合わせて因子分析とか重回帰分析掛けるとそれっぽいデータが出るんですよ。そこらの大学の卒論発表会レベルのものを、大学院でやってはいかんのですよ。指導教官何やってんの。きっとこれじゃ、修論審査会でボコボコにされますよ、本当に(ry)
今病院でこれを書いている。
昨日の夜のことなのだが、普通に仕事から帰ってきて寝ていたところ、どうやら俺は寝返りをうったらしい。
そしてたまたま、俺の息子は勃起していたらしい。生理現象だそうだ。役に立って欲しいときには立たないくせに、こういう時にだけたってしまったらしい。
とにかく、俺は寝返りを打った。
そして
「ポキッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
というなんだか鮮やかな音と共に激痛が走った。
即座に飛び起きてチンコを確認したところ、見たこともないような真っ黒な色になっており、息を吹きかけるだけでも痛い絶望的な状態になっていた。
本当に何も理解できなかったが、あわてて救急車を呼んだ。チンポが痛いということを説明するのは普通だったら恥ずかしいことなのだろうが、この時の俺は痛みとパニックで全く気にならなかった。
病院に着くと医者が「これは陰茎折症です。緊急手術します」と言った。俺はまな板に乗せられた魚のように手術を受け、そして今に至るというわけだ。
医者がいうには、正式名称は陰茎折症と呼ぶらしい。ほとんどの原因は自慰と性行らしく、俺のように寝返りで折れるケースはそこそこ少ないらしい。
論文にしたいだの言っていたが断った。俺のちんぽがアカデミックの場で見られるのは流石に嫌だ。