2023-11-09

賽の河原

「90代女性老人ホーム入所中、要介護5の方の発熱救急要請です」

看護師からの連絡を受け、搬送許可を出した後に大きくため息をついた。

きっと、また、だ。

物言わぬ患者への輸液を処方してから救急外来へと足を運ぶ。この足取りがこんなに重くなったのはいからだろう。

患者カルテはもちろんない。せめて理解力のある親族がいればと願いながら、救急車を待った。

「3ヶ月くらい前から食べなくなっていて、でもなんとなく食べそうな雰囲気はあるんですよ。診療所先生は年だなんていうけど、あの先生は信頼できないから。ほら先月には誕生日のお祝いもしたんですよ!」

主観客観区別ができない介護からの病歴をまとめると、数ヶ月前から原因不明の食思不振があり、嘱託医は老衰、あるいは認知症末期症状として、看取りが望ましいと判断していた様子だ。今朝から特に症状を伴わない38℃の発熱があったため、嘱託医は呼ばずに救急要請した、と。

施設ではこういう人は見れないんですよー」

独居の息子がいるが、老人ホームに入所してからは面会に来たのは2回だけ。他の親族はいない。

ああ、また、だ。

ストレッチャーの上で小さく横になり、ただ穏やかに虚空を見つめている老婆に目をやる。認知症になっても礼節が保たれているようだ。それか、身体を動かす力も残っていないのか。

入院前の説明介護士にはできない。翌々日に病院に来る、と息子と電話約束をし、入院の準備を進める。

何も考えない頭に息子の言葉こだまする。

延命治療はしなくていいです。ただ、できることはやってください。熱があるとつらいので。あと点滴も」

培養結果を待つまでもなく、抗生剤を処方して、救急外来を離れる。あの膿尿だ、見なくてもわかる。

この人は2ヶ月で帰れるだろうか。そんな考えが無駄なことを思い出して、今日ジムでのメニュー意識を変えた。

発熱の原因は尿路感染症からの菌血症であった。食事も水分も取らないのだからトイレも行かない。すると尿で洗い流していた尿道にも細菌が群がる。当然のことだ。

治療自体は難しくないが、尿が少ない以上、再発は火を見るより明らかだ。また起きることをわかって治療をしている。賽の河原みたいだ。一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため。そうして鬼に崩される。

加齢に伴い食事を取らなくなる高齢者は多い。認知症や脳の異常で食欲そのものが湧かないこともあれば、口や喉の筋力低下で嚥下機能が廃絶し、飲み込めない、飲み込むとむせるから食べないということもある。

急性期病院に運ばれた以上、一通りの検査はやるが、治療可能ものは見つからない。萎縮した海馬認知症であることを裏付けただけだった。

「でも点滴はしてほしいです」

饐えた臭いの息子からは3度同じ言葉が出てきた。下を向き記録をつける看護師と天を仰いだソーシャルワーカーを見て、ICは終わった。

治療の先に何があるのか、輸液の先に何があるのか、医者が決めていい時代は終わった。パターナリズム非難され、医者は決定権を患者家族に手放した。だから、何も言わない。言ってはいけないのだ。

「自宅ではみれません。仕事があるので。昼間ひとりにはできませんよ」

食事を取らず、点滴をする患者退院先は少ない。自宅が無理だと言われると、療養型病院くらいになってしまう。

ああ、また、だ。

また、あの列に一人加わった。

食べるでもなく、看取られるでもなく、見舞われるでもなく、ただベッドに横になり点滴を受ける患者が病床をひとつ埋めた。

手足も曲がり、物言わぬ患者の脇に毎朝赴く。何も起きていないことを確認するために。虚空を見つめていた穏やかな目が自分に刺さるのを感じる。

これは罰なのだろうか。

これは罪なのだろうか。

足早に病室から抜け出し、ピッチ電話が2度と鳴らないことを祈った。

  • 医療シリーズとしてつなげておく https://anond.hatelabo.jp/20231109190136

  • またまたまたまたうるさいですね またまた星人ですかコノヤロー

  • こういう生きている意味のない生物を延命しない法律を作ってもらいたい。 食べ物を飲み込めなくなったらもういいんだよ、北欧なんかはそういう考え方で寝たきり老人はいない。 だか...

  • なんでこの文体なの? ChatGPT作品そのままじゃ芸がないよ

  • 終末期増田文学

  • 🏞️🦏 アフリカの風景ですね

  • 無駄な作業の繰り返し、の意味で賽の河原なんだろうけど 親より先に死んだ子が行く場所、という意味づけがあるせいか、なんかまとまりの悪さを感じた

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