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2020-12-05

萌え絵アニメーションに向いてないという勘違い


巷で話題萌えアニメオタク害悪だと主張する記事を読んだ感想である


私は萌えアニメからいわゆる硬派と呼ばれるアニメまで広く嗜む、アニメ視聴歴20年くらいのしがないアラサー男だ。

ジャンプサンデーと言ったお馴染みの週刊誌で人気の原作アニメが、テレ東ゴールデンタイム毎日のように放送されていた頃に、箸で摘んだ夕食のコロッケテーブルの上に落としブラウン管にかじりつく少年期を過ごし、最近新刊が発売された『涼宮ハルヒの憂鬱』をきっかけにいわゆる深夜アニメ世界に足を踏み入れて、今日に至ると言った経歴(他に言葉が思いつかなかった)を持っている。

視聴作品数は、履歴書に書けば人間性理由採用確率が30%減になるくらいあっただろうか。と言っても熱中度でいえば大したモノではなく、どんなに気に入った作品でも円盤を買ったり、グッズ等を買う程度だった。興奮が抑えられず感想ブログに載せたり、二次創作に勤しんだりするくらいならニコニコ動画で他の作品の視聴課金をし始めるくらいには職人気質は持ち合わせておらず、人によってはカステラ茶色の表皮だけをすくって人工甘味料(無いかも)の鋭く刺すような舌触りだけで満足するような、奇怪な楽しみかたをダラダラ続けていただけに見えるかもしれない。

そんな人間がひさしぶりに取れた休日の暇潰しに書いた文章だ。

簡潔に何が言いたいのか知りたい方は、途中全く大したこと書いてないので、最後だけを読んでほしい。

以降は今の俺以上に暇だと宣言できる、大変人間強度に優れた人だけが読み進めて欲しい。


主に作品ごとのアニメーションが持つ性質役割の違いについて横道に外れながら綴っていきたいと思う。

過去に色々な作品を目にしてきている者ならばご理解いただけると思うが、「好きなアニメは? どういうところが好きなの?」と質問を受けたとき、瞬時に心動かされた場面(シーン)が頭の中を駆け巡り、「さてどれから話せばよいものか……」と、全身が幾分高揚している自分がいることに気づくだろう。

それらはキャラクタたちと共にストーリーを辿ることで得られた感覚につけられた名前のようなものだと私は考える。そしてそれらは言葉では表せないが、私たちに中で一種の『共通言語』的な役割を担い、機能しているのだ。


例えば以下のシーンを目を瞑って思い浮かべてもらいたい。


『氷属性もつ冷徹残忍な魔女が、手に持った杖を振るった。その瞬間空間四方から無数の鋭利な菱形をした氷の刃が出現し、彼女の透明感のある艶やかな唇で結ばれる「さようなら」の言葉を合図に一斉に襲いかかってきた』


数々の映像作品を見たことがある人なら、無の空間からパキパキと音を立てながら蒼白い形作られ、魔女の妖艶な笑顔が映った次の瞬間に鋭い氷の塊が視界の中心に集まってくる2、3カットくらいの映像が容易に頭の中に流れたことだろう。

これは性格によるのかもしれないが、私は基本的には物語の進行上は「それ」でOKと考えるのだ。

「それ」とは、視聴者の頭の中で出来上がった薄ぼんやりとした2、3カットのことであり、重要なのは「それ」を我々視聴者に想起させ、作品を補完させることだと考えている。

例えば先のシーンで「魔女がどんな容姿でどんな服装服をまとい、どんな体勢なのか」とか、「魔女と言うくらいなら箒に乗っているのか」とか、「どんな服を身に纏っていたのか」とか、「どれくらい勢いで杖を振ったのか、杖の先はどこを向いているのか」とか、「氷の軌道は直線的なのか最初に外側に弧を描くなどトリッキーな動きをしているのか、時間差のある多段階攻撃なのか」などの質問されたら、スラスラと答えられるだろうか。(……私だけができないのなら怖い。ショックのあまり寝込む)

おそらくだが「いやそんな細かいところまでは……」のレベルの話だと思っている。多分これができる人はきっと絵が上手いはずだ。私は私を含め絵がど下手くその人がこの世にいることを知っている。

ぶちゃけた話、そこの解像度が高くなくても我々には多分『伝わってる』のである

しろ、それでどれくらい負傷するのかとか、実力差はどれくらいなのか、どうやって勝つのか負けるのかなどの次の展開に興味が移っていないだろうか。さらに言えば、この魔女性格はどんな感じなのか? 冷徹なのだから口調は厳しいのかとか、魔女主人公のこと気に入ったりするのか、追々仲間になる展開なのか、と言った、キャラクタの心情の移り変わる様子すら、この段階で期待してそれを軸に妄想を膨らませる人もいるだろう。

さらにここに、


『氷の魔女と呼ばれる彼女は、実は地球に住む人間の種を手に入れようと狙ってやってきた宇宙人であった。侵略活動やすいよう周りの空気自分たちの住む星の大気温度まで下げるため、彼女腰掛けているステンレス製の巨大三角から温度を奪う冷気的な何かを放出していて、空気中の水蒸気が氷結してできた塊を利用し相手冷凍保存しようとしている』


と言ったストーリーの上欠かせない設定が加わった瞬間、魔女攻撃の一連の動きがどれくらい迫力があるのかよりも、物語の展開的な動きの方が気になってこないだろうか。アニメーション上の緻密な動作よりも、ギャグ調を出すためにSDキャラデザや画面効果といった要素の方が卓越してきそうなモノである


要はその作品がどんなジャンルでどんなテーマなのか、その中でアニメーションをどう位置付けているかで、表現千差万別の答えを持っていると考えている。立体的な動きとか力の伝わり方を見て取れるようなリアリティを重視するよりも、もっと感情移入して欲しいかキャラクタの魅力を全面に出す方針があるのであれば、背景のモブと呼ばれる方々まで生き生きと動いていればその画面の映え様に感動するけど、そこに力入れるなら止め絵でも良いかキャラ造形やカラーグラデーションに力が入ってて欲しいよねって意見も当然あると思う。

この時萌え絵かどうかはあんまり本質的問題ではなくて、視聴者各々の共通言語とどれほどマッチしていて違和感あるかないかの話に過ぎないと考える。

これより先は趣味指向トレンドしか言えない領域突入してしまう気がしてならない。そこは表現の自由が担保されている以上、善悪判断軸が及ばない空間である

もしそれに対して「過去多くの作品萌え絵が使われていて、時間をかけて大衆になじんでしまたことで不当にも市民権的なモノを得てしまたからだ!」などと主張してしまっては、もはや時代(トレンド)に対する憎悪しかなく、いつまでも見えない相手との戦いを余儀なくされることになるだろう。

キャラ造形に対する文句ほど不毛なことはない。


ひと昔前にギャルゲー原作としたアニメが多く生み出される時期があった。のちにラノベ原作アニメが多く輩出される時代が訪れることになるのだが、当時としてはニコニコ動画を始めとした他メディアで取り沙汰され、言わば萌えアニメの本流とも言える地位を築いていたと思う。

ではそのどれもが、彼がいうところの『強度』なるものを有してたかというと、……なんとも言えないところはあるかも知れない。

当然のことだが何千枚という数の原画に対して、その全て原作独特の繊細な塗りを再現するのは時間的にも経済的にも叶わず立ち絵差分とスチルと効果のみで表現されていた絵に対して、話の展開にマッチするようにかつゼロから動きを盛り込むのはやはり至難の技のようで、結果的作品の持つ強みを生かしきれないまま終わってしまったものが多くあった印象がある。

その原因は、アニメ萌え絵が向いていないというよりは、テキスト……特にキャラクタの心情面に比重が大きい作品は、初めからアニメーションを十二分に活かせるだけの舞台比較的狭いように思える。キャラクタ同士のウィットに富んだ掛け合いを楽しむだけなら、それこそゲームのように会話と場面移動、要所要所で叙情性の窺える背景描写カットの繰り返しで事足りてしまい、ともすれば動作は間を持たせるためのツールになってしま可能性すらあるのだ。身もふたもない話だが。

まりなんとも言えない感じになるのは萌え絵のせいではなく、作品のコンセプトにいかアニメーションを上手絡めることができるかによるのだ。そしてそれは当然、作品ジャンルアクション主体なのかコメディ主体なのかリアル恋愛主体となるのかでアニメーションの寄与度の上限が決まってくるので、表現手法の一つである「動き」単体で評価した時、ジャンルによる偏りがどうしても出てしまうモノなのだ。画面映えする動きがなくても『十二人の怒れる男』(実写映画だけど)のような名作は生まれる。

実際のギャルゲー原作作品には、画面映えを飽きさせないようなさまざまなアイデアが盛り込まれていたけど、いよいよ話の筋から外れてしまうから割愛したい。


画面を縦横無尽に駆け巡るアニメーションは、突き詰めればただの動きであり、結局は表現手法の一つでしかなく、ストーリーとの直接的な関係がなければ、ストーリーへの直接的に干渉することはできない別レイヤー存在にすぎないとも言える。

絵コンテ等の段階でスクリーン上の動きに込めた意図に気づける目の肥えた人にとっては、「動かし屋さん」の実力が垣間見れる瞬間であり、味の決め手のような作品価値を決定づける重要ポイントなのかも知れない。

だがストーリーの展開に目が向いてしまう人々にとっては「面白い動きだな、他作品ではあんまり見ないカットを入れてるな」くらいに止まっていて、やっぱりキャラ同士の会話やその時に垣間見れる感情自分リーチできるかどうかに関心が向いてしまものだ。

昨日NHKの某番組で紹介されていたが、殆ど人間は1秒間に4,5枚の絵しか見れないらしい。一枚絵のカットの切り替え表現の繰り返しは、程度にもよるのだろうが、予算工程など諸々の事情を鑑みた時、大変妥当表現だと個人的には思う。

昨今のは様々な形が出てきたとはいえ、まだまだ異世界生モノアニメブームが続いているように見える。

少ないリソースで最大効果を期待する戦略としては非常に合理的だと思っている。

ストーリー上の役割が小さい場面では「異世界生モノあるある」やその根底にある「子供の頃に慣れ親しんだRPGの思い出」という共通言語を利用して絞り、作品オリジナルの強みにピボットを置き部分的に「動き」のリソースを割くことで相対的な画面と展開のギャップを生み出し、差別化と人気を獲得するにあたり大変都合が良いのかなと思っている。

この潮流について個人的にどうと言うつもりはない。むしろ当然の流れだと思う。個人的には長らく続いてきた「高校生部活青春ドラマ」がようやく落ち着いてきて、代わりに台頭してきたくらいの感覚だ。時代とともに変遷する価値観や需要を端的に示していると思ってる。


ところで『リトルウィッチアカデミア』というアニメ作品をご存知だろうか。

2017年に株式会社トリガーから出されたオリジナル作品で、ヒロイン少女アッコが憧れの魔女シャイニィシャリオにのようになろうと魔法学校入学し、仲間達と共に成長を遂げていくというお話である。当時OP映像を見てその作り込まれ世界観引き込まれ、全話リアルタイムで追っていた。

ご存知の通りトリガーといえば他にも『キルラキル』や『SSSS.GRIDMAN』を始めとする数々の名作アニメを世に生み出した有名なアニメ製作会社だ。

社名に違わず弾丸が飛び交うような激しいアクションシーンが特徴的で、およそ10年にわたり多くのアニメファンを魅了し続けてきた。

何の因果か、つい先日株式会社トリガーが手がけるのアニメオリジナル放送前となる『リトルウィッチアカデミア』の短編映画原画制作する新人アニメーターたちの様子を追ったドキュメンタリー動画を、失礼ながらもしゃちく☆まっしぐらしていたリアタイ当時の自分の状況と重ねながら観ていた。

今回この拙文を書こうと思ったのも、その動画を触れたあとの余韻がそうさせたのだと思う。

動画の内容が気になった方は各人で確認してもらいたい。

端的に言うと、彼らが手がける他作品と一線を画す豪快な「動き」に込められた感動を生み出すもののの正体はアニメーターたちの寿命のものだ。

そこまで心血注がなくたって、既に共通言語を獲得している我々にはその半分以下の動きであったとしてもおそらく『伝わっている』のである。だが彼らはそんな事眼中にはなさそうだ。彼ら自身が観たいものを描いているだけなのだろう。シャイニィシャリオクルクルと回りながら杖を振り動物たちの花火魔法を出すまでのたった数秒の「動き」に、何週間も終わりの見えない苦悩を重ね続けるなんて、それこそ描くこと動かすことが大大大好きでもなければやれるはずがない。私のような観ているだけの人間には理解できない世界がそこにはあった。

間違いなく時代トレンド関係なく後世に伝わってほしい作品の一つだし、アニメ好きの私は一つでも多くそう言った作品が世に出てくることを願ってやまないものの一人ではある。

だがそれがアニメの全てだとかあるべき姿だとかそういう指向性に囚われるような話でもないと思う。

だが、予算制作期間と人員の消耗等のあらゆるのリスクを考えるのであれば、それらアニメーターの生命と血が滴る作品を世に出すことは、何十人何百人の人生をかけた大勝負であり、そんなものを定期的に見せておくれよなんて烏滸がましいことを言えるほど私は偉い人間ではない。

製作陣の戦いの姿の一端を見ただけで、シャリオが振う杖の軌跡一つとっても、数年に一度しか拝めない奇跡の奇蹟と言われても納得できるし、胸の内から熱く込み上げてくるものを心地よく感じることができる。


コロナの影響ですっかり荒廃しきった今の時代、人との関わりがすっかり乏しくなってしまった(俺だけかもしれないけど)独身を生きる俺に、自然と「頑張って作ってくれてありがとう」の気持ちと、明日を頑張れる活力を授けてくれた魔法だった。

もっと色々な魔法を、『傑作』を見てみたい! その想いの強さが故にアニメ業界の現状に、文句の声の一つくらい出してみたい気持ちもわかる。

けれど、

あの世界は、我々視聴者同士が視聴者層の絵の嗜好がどうとかで文句を言い合っているレベルで語れるのものではないのだと私は思う。

私が円盤や関連グッズを購入すると言った金銭的な応援以外にできることは、アニメーターの方々が1秒でも長くアニメを大大大好きでいていただきたいと願うだけである


気づきの通り最後の2文が言いたかっただけだ。

最後まで読んでいただいた方は、こんな拙文にお時間取らせてしま申し訳ない。

良いアニメライフを。

萌え絵アニメーションに向いてないという勘違い

巷で話題萌えアニメオタク害悪だと主張する記事を読んだ感想である

私は萌えアニメからいわゆる硬派と呼ばれるアニメまで広く嗜む、アニメ視聴歴20年くらいのしがないアラサー男だ。

ジャンプサンデーと言ったお馴染みの週刊誌で人気の原作アニメが、テレ東ゴールデンタイム毎日のように放送されていた頃に、箸で摘んだ夕食のコロッケテーブルの上に落としブラウン管にかじりつく少年期を過ごし、最近新刊が発売された『涼宮ハルヒの憂鬱』をきっかけにいわゆる深夜アニメ世界に足を踏み入れて、今日に至ると言った経歴(他に言葉が思いつかなかった)を持っている。

視聴作品数は、履歴書に書けば人間性理由採用確率が30%減になるくらいあっただろうか。と言っても熱中度でいえば大したモノではなく、どんなに気に入った作品でも円盤を買ったり、グッズ等を買う程度だった。興奮が抑えられず感想ブログに載せたり、二次創作に勤しんだりするくらいならニコニコ動画で他の作品の視聴課金をし始めるくらいには職人気質は持ち合わせておらず、人によってはカステラ茶色の表皮だけをすくって人工甘味料(無いかも)の鋭く刺すような舌触りだけで満足するような、奇怪な楽しみかたをダラダラ続けていただけに見えるかもしれない。

そんな人間がひさしぶりに取れた休日の暇潰しに書いた文章だ。

簡潔に何が言いたいのか知りたい方は、途中全く大したこと書いてないので、最後だけを読んでほしい。

以降は今の俺以上に暇だと宣言できる、大変人間強度に優れた人だけが読み進めて欲しい。

主に作品ごとのアニメーションが持つ性質役割の違いについて横道に外れながら綴っていきたいと思う。

過去に色々な作品を目にしてきている者ならばご理解いただけると思うが、「好きなアニメは? どういうところが好きなの?」と質問を受けたとき、瞬時に心動かされた場面(シーン)が頭の中を駆け巡り、「さてどれから話せばよいものか……」と、全身が幾分高揚している自分がいることに気づくだろう。

それらはキャラクタたちと共にストーリーを辿ることで得られた感覚につけられた名前のようなものだと私は考える。そしてそれらは言葉では表せないが、私たちに中で一種の『共通言語』的な役割を担い、機能しているのだ。

アニメーション、画面上の動きの一つに、こうした共通言語や構図の時間的変化から読み取れる言語で感じて欲しい叙情性に補完を入れたいのか。

例えば以下のシーンを目を瞑って思い浮かべてもらいたい。

『氷属性もつ冷徹残忍な魔女が、手に持った杖を振るった。その瞬間空間四方から無数の鋭利な菱形をした氷の刃が出現し、彼女の透明感のある艶やかな唇で結ばれる「さようなら」の言葉を合図に一斉に襲いかかってきた』

数々の映像作品を見たことがある人なら、無の空間からパキパキと音を立てながら蒼白い形作られ、魔女の妖艶な笑顔が映った次の瞬間に鋭い氷の塊が視界の中心に集まってくる2、3カットくらいの映像が容易に頭の中に流れたことだろう。

これは性格によるのかもしれないが、私は基本的には物語の進行上は「それ」でOKと考えるのだ。

「それ」とは、視聴者の頭の中で出来上がった薄ぼんやりとした2、3カットのことであり、重要なのは「それ」を我々視聴者に想起させ、作品を補完させることだと考えている。

例えば先のシーンで「魔女がどんな容姿でどんな服装服をまとい、どんな体勢なのか」とか、「魔女と言うくらいなら箒に乗っているのか」とか、「どんな服を身に纏っていたのか」とか、「どれくらい勢いで杖を振ったのか、杖の先はどこを向いているのか」とか、「氷の軌道は直線的なのか最初に外側に弧を描くなどトリッキーな動きをしているのか、時間差のある多段階攻撃なのか」などの質問されたら、スラスラと答えられるだろうか。(……私だけができないのなら怖い。ショックのあまり寝込む)

おそらくだが「いやそんな細かいところまでは……」のレベルの話だと思っている。多分これができる人はきっと絵が上手いはずだ。私は私を含め絵がど下手くその人がこの世にいることを知っている。

ぶちゃけた話、そこの解像度が高くなくても我々には多分『伝わってる』のである

しろ、それでどれくらい負傷するのかとか、実力差はどれくらいなのか、どうやって勝つのか負けるのかなどの次の展開に興味が移っていないだろうか。さらに言えば、この魔女性格はどんな感じなのか? 冷徹なのだから口調は厳しいのかとか、魔女主人公のこと気に入ったりするのか、追々仲間になる展開なのか、と言った、キャラクタの心情の移り変わる様子すら、この段階で期待してそれを軸に妄想を膨らませる人もいるだろう。

さらにここに、

『氷の魔女と呼ばれる彼女は、実は地球に住む人間の種を手に入れようと狙ってやってきた宇宙人であった。侵略活動やすいよう周りの空気自分たちの住む星の大気温度まで下げるため、彼女腰掛けているステンレス製の巨大三角から温度を奪う冷気的な何かを放出していて、空気中の水蒸気が氷結してできた塊を利用し相手冷凍保存しようとしている』

と言ったストーリーの上欠かせない設定が加わった瞬間、魔女攻撃の一連の動きがどれくらい迫力があるのかよりも、物語の展開的な動きの方が気になってこないだろうか。アニメーション上の緻密な動作よりも、ギャグ調を出すためにSDキャラデザや画面効果といった要素の方が卓越してきそうなモノである

要はその作品がどんなジャンルでどんなテーマなのか、その中でアニメーションをどう位置付けているかで、表現千差万別の答えを持っていると考えている。立体的な動きとか力の伝わり方を見て取れるようなリアリティを重視するよりも、もっと感情移入して欲しいかキャラクタの魅力を全面に出す方針があるのであれば、背景のモブと呼ばれる方々まで生き生きと動いていればその画面の映え様に感動するけど、そこに力入れるなら止め絵でも良いかキャラ造形やカラーグラデーションに力が入ってて欲しいよねって意見も当然あると思う。

この時萌え絵かどうかはあんまり本質的問題ではなくて、視聴者各々の共通言語とどれほどマッチしていて違和感あるかないかの話に過ぎないと考える。

これより先は趣味指向トレンドしか言えない領域突入してしまう気がしてならない。そこは表現の自由が担保されている以上、善悪判断軸が及ばない空間である

もしそれに対して「過去多くの作品萌え絵が使われていて、時間をかけて大衆になじんでしまたことで不当にも市民権的なモノを得てしまたからだ!」などと主張してしまっては、もはや時代(トレンド)に対する憎悪しかなく、いつまでも見えない相手との戦いを余儀なくされることになるだろう。

キャラ造形に対する文句ほど不毛なことはない。

ひと昔前にギャルゲー原作としたアニメが多く生み出される時期があった。のちにラノベ原作アニメが多く輩出される時代が訪れることになるのだが、当時としてはニコニコ動画を始めとした他メディアで取り沙汰され、言わば萌えアニメの本流とも言える地位を築いていたと思う。

ではそのどれもが、彼がいうところの『強度』なるものを有してたかというと、……なんとも言えないところはあるかも知れない。

当然のことだが何千枚という数の原画に対して、その全て原作独特の繊細な塗りを再現するのは時間的にも経済的にも叶わず立ち絵差分とスチルと効果のみで表現されていた絵に対して、話の展開にマッチするようにかつゼロから動きを盛り込むのはやはり至難の技のようで、結果的作品の持つ強みを生かしきれないまま終わってしまったものが多くあった印象がある。

その原因は、アニメ萌え絵が向いていないというよりは、テキスト……特にキャラクタの心情面に比重が大きい作品は、初めからアニメーションを十二分に活かせるだけの舞台比較的狭いように思える。キャラクタ同士のウィットに富んだ掛け合いを楽しむだけなら、それこそゲームのように会話と場面移動、要所要所で叙情性の窺える背景描写カットの繰り返しで事足りてしまい、ともすれば動作は間を持たせるためのツールになってしま可能性すらあるのだ。身もふたもない話だが。

まりなんとも言えない感じになるのは萌え絵のせいではなく、作品のコンセプトにいかアニメーションを上手絡めることができるかによるのだ。そしてそれは当然、作品ジャンルアクション主体なのかコメディ主体なのかリアル恋愛主体となるのかでアニメーションの寄与度の上限が決まってくるので、表現手法の一つである「動き」単体で評価した時、ジャンルによる偏りがどうしても出てしまうモノなのだ。画面映えする動きがなくても『十二人の怒れる男』(実写映画だけど)のような名作は生まれる。

実際のギャルゲー原作作品には、画面映えを飽きさせないようなさまざまなアイデアが盛り込まれていたけど、いよいよ話の筋から外れてしまうから割愛したい。

画面を縦横無尽に駆け巡るアニメーションは、突き詰めればただの動きであり、結局は表現手法の一つでしかなく、ストーリーとの直接的な関係がなければ、ストーリーへの直接的に干渉することはできない別レイヤー存在にすぎないとも言える。

絵コンテ等の段階でスクリーン上の動きに込めた意図に気づける目の肥えた人にとっては、「動かし屋さん」の実力が垣間見れる瞬間であり、味の決め手のような作品価値を決定づける重要ポイントなのかも知れない。

だがストーリーの展開に目が向いてしまう人々にとっては「面白い動きだな、他作品ではあんまり見ないカットを入れてるな」くらいに止まっていて、やっぱりキャラ同士の会話やその時に垣間見れる感情自分リーチできるかどうかに関心が向いてしまものだ。

昨日NHKの某番組で紹介されていたが、殆ど人間は1秒間に4,5枚の絵しか見れないらしい。一枚絵のカットの切り替え表現の繰り返しは、程度にもよるのだろうが、予算工程など諸々の事情を鑑みた時、大変妥当表現だと個人的には思う。

昨今のは様々な形が出てきたとはいえ、まだまだ異世界生モノアニメブームが続いているように見える。

少ないリソースで最大効果を期待する戦略としては非常に合理的だと思っている。

ストーリー上の役割が小さい場面では「異世界生モノあるある」やその根底にある「子供の頃に慣れ親しんだRPGの思い出」という共通言語を利用して絞り、作品オリジナルの強みにピボットを置き部分的に「動き」のリソースを割くことで相対的な画面と展開のギャップを生み出し、差別化と人気を獲得するにあたり大変都合が良いのかなと思っている。

この潮流について個人的にどうと言うつもりはない。むしろ当然の流れだと思う。個人的には長らく続いてきた「高校生部活青春ドラマ」がようやく落ち着いてきて、代わりに台頭してきたくらいの感覚だ。時代とともに変遷する価値観や需要を端的に示していると思ってる。

ところで『リトルウィッチアカデミア』というアニメ作品をご存知だろうか。

2017年に株式会社トリガーから出されたオリジナル作品で、ヒロイン少女アッコが憧れの魔女シャイニィシャリオにのようになろうと魔法学校入学し、仲間達と共に成長を遂げていくというお話である。当時OP映像を見てその作り込まれ世界観引き込まれ、全話リアルタイムで追っていた。

ご存知の通りトリガーといえば他にも『キルラキル』や『SSSS.GRIDMAN』を始めとする数々の名作アニメを世に生み出した有名なアニメ製作会社だ。

社名に違わず弾丸が飛び交うような激しいアクションシーンが特徴的で、およそ10年にわたり多くのアニメファンを魅了し続けてきた。

何の因果か、つい先日株式会社トリガーが手がけるのアニメオリジナル放送前となる『リトルウィッチアカデミア』の短編映画原画制作する新人アニメーターたちの様子を追ったドキュメンタリー動画を、失礼ながらもしゃちく☆まっしぐらしていたリアタイ当時の自分の状況と重ねながら観ていた。

今回この拙文を書こうと思ったのも、その動画を触れたあとの余韻がそうさせたのだと思う。

動画の内容が気になった方は各人で確認してもらいたい。

端的に言うと、彼らが手がける他作品と一線を画す豪快な「動き」に込められた感動を生み出すもののの正体はアニメーターたちの寿命のものだ。

そこまで心血注がなくたって、既に共通言語を獲得している我々にはその半分以下の動きであったとしてもおそらく『伝わっている』のである。だが彼らはそんな事眼中にはなさそうだ。彼ら自身が観たいものを描いているだけなのだろう。シャイニィシャリオクルクルと回りながら杖を振り動物たちの花火魔法を出すまでのたった数秒の「動き」に、何週間も終わりの見えない苦悩を重ね続けるなんて、それこそ描くこと動かすことが大大大好きでもなければやれるはずがない。私のような観ているだけの人間には理解できない世界がそこにはあった。

間違いなく時代トレンド関係なく後世に伝わってほしい作品の一つだし、アニメ好きの私は一つでも多くそう言った作品が世に出てくることを願ってやまないものの一人ではある。

だがそれがアニメの全てだとかあるべき姿だとかそういう指向性に囚われるような話でもないと思う。

だが、予算制作期間と人員の消耗等のあらゆるのリスクを考えるのであれば、それらアニメーターの生命と血が滴る作品を世に出すことは、何十人何百人の人生をかけた大勝負であり、そんなものを定期的に見せておくれよなんて烏滸がましいことを言えるほど私は偉い人間ではない。

製作陣の戦いの姿の一端を見ただけで、シャリオが振う杖の軌跡一つとっても、数年に一度しか拝めない奇跡の奇蹟と言われても納得できるし、胸の内から熱く込み上げてくるものを心地よく感じることができる。

コロナの影響ですっかり荒廃しきった今の時代、人との関わりがすっかり乏しくなってしまった(俺だけかもしれないけど)独身を生きる俺に、自然と「頑張って作ってくれてありがとう」の気持ちと、明日を頑張れる活力を授けてくれた魔法だった。

もっと色々な魔法を、『傑作』を見てみたい! その想いの強さが故にアニメ業界の現状に、文句の声の一つくらい出してみたい気持ちもわかる。

けれど、

あの世界は、我々視聴者同士が視聴者層の絵の嗜好がどうとかで文句を言い合っているレベルで語れるのものではないのだと私は思う。

私が円盤や関連グッズを購入すると言った金銭的な応援以外にできることは、アニメーターの方々が1秒でも長くアニメを大大大好きでいていただきたいと願うだけである

気づきの通り最後の2文が言いたかっただけだ。

最後まで読んでいただいた方は、こんな拙文にお時間取らせてしま申し訳ない。

良いアニメライフを。

2020-11-27

女性発達障害は圧倒的に得

こんなこと書いたら叩かれるんだろうけどさ、間違いなく男の発達障害より女の発達障害の方が生きやすいよ。

俺は最近発達障害だと診断されてTwitter発達障害界隈で生き方とかを模索していたんだけども、まずこの界隈圧倒的に女性が多いんだよね。

構図としては7割女性、2割それを狙う男、残り1割ひっそり活動する発達男性という感じ。

でもおかしいよね。

統計によると9:1で男性の方が発達障害が多いと言われてる。それなのに表に出て活動してる発達障害者は圧倒的に女性が多い。これはいろいろなことを示唆している。

アピールできるというのはそれだけで得だ。何も発さずに内に秘めるタイプ自殺やすい。

あと、そういった発達女性たちは圧倒的に配偶者を得やすいという側面もある。

これは本当に言いたくないんだけど、生きづらさを訴える女性たちのほとんどが彼氏旦那さんといった存在を持っている。

よく言われる「でもそんな私にも優しい彼くんがいます」ってやつだ。

同じ発達男性有意に「モテない」のに対してね。本当に面白いよね。当然、配偶者がいた方が自殺率は低い。

もちろん、発達女性は健常女性に比べると生きづらいと思うよ。でも発達女性と発達男性を比べると発達女性の方が生きやすいと言わざるを得ないよ。

こんなことを言うと「女性にとって配偶者がいるというのはそこまでメリットではない〜」とか言い出す人が現れるんだろうけど、少なくとも自分と合う人が見つけやすいという「入り口の広さ」は女性の方が広いのだ。

おそらくだが、発達男性は何も言わず自死を選んでいる人たちが多いのだと思う。

2020-11-12

海外では環境セクハラ議論なんか起こらないくらいの知性がある

日本では環境セクハラだとか、そういったものがよく取り上げられているんだが、海外ではそもそもとしてそんなのはたことがない。

海外環境セクハラってなんだろう?environmental sexual harassment とか言うのかな?聞いたことがない。ググっても学術記事しか出てこない。

それがなんでかっていう話を日本フェミニズムの人たちに教えたいなと思って書いてみようと思った。アンチフェミの人たちはだからといって出羽守にならないように。海外から見たらそっちもそっちで大差ないから。

海外では「人の意見尊重する」ということや「コンセンサス」というものをすごく重視する。これは日本ではむしろ逆方向に教育している。「人の意見は人によって真面目に考えたり茶化したりしていい」であったり、「全体的な合意よりも声がでかくて扇動できた誰かについていく」ことばかりやっている。

どこかの大学着物女性緊縛する動画アートとして展示したらすごい反響だったようで、燃え上がって削除という最近よくある展開があった。

こちから見たら大学側がいかにこれがアートなのかを力説して、フェミニズム側も感情論ではなくいか女性蔑視であるかを説明して、最終的に社会としてどうかというコンセンサスを作るか、という方向に行かずに「あ、はい、削除します」とさくっと引き下がったあたりにすごい残念感が高い。まぁ、大学側も大して根拠があったわけでもないし、フェミニズム側も大声でまくしたてて押し切ることしかしなかったんだろうなと想像しているが。

かつてのアメリカでは、どんな大企業でも女性蔑視だと言われたらすぐにやめていた時期があったが、これは商売人が「そんなのに対策するコスト払うならやめるわ」っていうものしかなかったが、フェミニストたちが自分たち大企業を屈服させたくらいに巻き上がっていたのは記憶に新しい。同時の学者たちが「将来にひどい禍根を残すからやめるべきだ」と言っていて、まんまとひどいことになっている。

ではなんで環境セクハラがないのか、という話になる。

まず、海外ではあからさまに性的ものを公開するためには結構慎重であることが多い。これはキリスト教文化関係しているかもしれない。だが、それが性的かどうかは「性的ですよ」と言っているかどうかに強く依存していることも事実だ。

例えば、水着女性写真があるとする。この女性をどう紹介しているかだ。

浮気現場!」とか書けば、あぁゴシップなのだ

卑猥言葉で飾り立てれば、なにか性的ものなのだな、となって公開する場所身長になる。

「というアートです」と書けば、あぁアートなのだな、でみんな納得する

健康系の雑誌の表紙が水着の引き締まった体の女性を表紙に乗せることもある。

これが人の意見尊重するということでもある。もうちょっと言うと「どういうつもりか」はほとんど重視されない。an・anという雑誌ではたまにsex三文字が乗るから普通にエロ本認定されるだろう。

そういう社会なので、そんなのはアートとは認めない、環境セクハラだ、と言ったところで、コンセンサスが取れなければ「・・・何いってんだこいつ?」となっておしまいなんだよ。

当然アニメのくりくりした可愛い女の子の絵もたまにはられているが、それを性的だと捉える人は別にいない。

海外では、女性が体のラインがはっきり出る格好で外をウロウロしたりするし、胸の谷間を強調する服だって来ているかアニメ表現に対しても、別になんとも思わないのかもしれないが。

改めて言うんだが、海外では、公に貼られるいかなるものにも「これがなんであるか」という表明が明に暗にされていて、それに対して「そんなのは認めない!」と大騒ぎしたところでコンセンサスが取れなければそこまでだ。やる側もコンセンサスに従えばいいのである意味でわかりやすい。コンセンサスガイドラインという形で共有される。

どこかの大学緊縛動画についてだが、こちらでやる場合は、おそらくレーティングがされるだろう。そして、それに従って観客は見に来る。

改めて言うんだけど環境セクハラ、というもの海外では存在しない。

さて、ここまで言ったところで、多くのフェミニストさんたちが「ありますけど・・・」と言っていろんなリンクを貼ってきたり、もしくは「海外ことなんか問題じゃない、ここは日本なので・・・」とか「そもそも女性不快ものが張り出されることが問題なので(これは論理すり替えであまりに悪質だけどね)」とか言ってくるんじゃないかなとも思うが、流れの早い増田からこの記事はとっとと流れていくかもしれない。

さて、ここまで「そんなものない」と言っていたが、海外でも、おそらくだが、実は環境セクハラ、またはそれと同等のものはあるだろう。誰も認識していないだけで。

先にも言ったように海外では、「人の意見尊重する」「コンセンサスに従う」ということを重視する。どこかの団体勝手コンセンサス作って社会で振りかざしてもだめだ。キチンと社会としてコンセンサスが取れないならそれはわがまましか無いし、勝手ルールで人の意見毀損する厄介な行為しか無い(実際そういう団体結構ある)。

なので、そういうコンセンサスを取りたい人々はなにをするかと言うと議論をする、研究をする。例えばメディアアウトプットする、ブログを書いてSNS拡散するでもいい。大学研究者が研究してもいるだろう。政治家ロビー活動だってする。一足飛びに結論に飛びかからない知性がある、って言うことだ。

一方日本ではこの環境セクハラという言葉がすでに存在するものであるかのように振る舞う人がとにかく多い。自分がそうだと信じていて、はキチンと議論ができるんならまだマシだけど、「あぁ、あなたはまだ我々のレベルに到達していないんですね」となる人たちは改めて海外の人々の考え方を勉強してみるといいよ。フェミニズム自体海外からいただきものなんだから、男社会やらかしたことをわざわざ繰り返す必要なんかありませんからね。

2020-11-08

今日立皇嗣の礼なんだね

あんなちっこいのに大変だねえ

らくだ庶民でいいよ

2020-11-04

anond:20201104205354

おそらくだ

リベラルインテリという図式が影響している

日本学歴社会で、ワープア学歴が低い率が高い

インテリ嫌悪をしていると、リベラルに対しても憎悪が深くなる

自分メリットを得られるよりも憎しみが勝つということ

もっとも、リベラルメリット提供するといってもピンとこないと思う

2020-10-30

(おそらくだが)セールス電話は、なんで非通知でかけようとおもうのか?

わからん... ホンマにわからんのやで...(固定電持ちワイ困惑

2020-10-27

anond:20201026221324

さっき映画を見てきたいちファンだけれども、同調できる部分は多々ある。

同時に、増田分析はかなり正確だが、結論がズレている(悪い意味ではない)理由もわかる…ような気がする。気がするだけ。

 

鬼滅は元増田感情移入しきれていない部分が刺さる人たちに刺さっている、今までの人気少年漫画世界観(没入するところ)が違う作品だと思う。

思うに、雑誌という枠を超えた大ヒットを飛ばせる作者というのはおそらくだ自分の中で確固たる哲学を持っている。

ヒットしない作家だって持っていると思うけど。

その哲学の毛色は、今までのジャンプ発ヒット作はかなり似通っていたと思う。鬼滅はかなり違う。

 

語弊を恐れず言えば、今までのヒット作で人気を博した要素はかなり男性ウケする価値観ではないだろうか。

戦って勝つ、その紆余曲折で高められる勝利快感、高度な戦術戦にハラハラわくわくする、頭脳戦に感心する、

ひらたくいうと「強いオスに心酔する、感情移入するときにはその強いオス、苦戦しても最後に「俺は勝つ!」自分ツエー感+おまけでほぼ必ず自分より戦闘能力で劣る仲間との絆でちゃんぼっち描写回避の群れのボス感を出す」である

こういう作品面白さには物語の複雑さ(よく練られたプロットや上手に張られた伏線が知性を刺激する面白さ)も含まれる。

作品を読んでいて動く感情ある意味即物的で単純だ。

増田も言っている

>強くなりたい理由なんて「この星で一等賞になりてーの!オレは!」

>カッコいい戦闘とか頭脳戦とか印象的なセリフ

の通りだ。

 

既存のヒット作品の多くは強くなることが目的であり、鬼滅では「強くなる過程」は主題ではない。

 

これは私の極めて個人的な、つまり根拠のない感覚だが、「鬼滅の刃、あれ自分には何が面白いのかさっぱりなんだよね。」という人間は、おそらく男性のほうが多いと思う。

作品を読んだときに「この要素に感情が動く」という要素にはおそらく性差がある。

男女では女性のほうが鬼滅に入れ込む率が高いように思われるが、これらはおそらく「強いオスが闘って勝ちました」以外にも心が動く人間に刺さる物語なのだ

 

鬼滅が動かしてくるのはもっとウェットな感情だ。

主人公は最強ではない。(ある意味最強クラス活躍はしてるけど…)

繰り返し、主人公が敵(人間を食料としか思っていない害獣)に対しても優しさや思いやりを投げかけ、家族をどれだけ大切に思っているかが描かれる。

そこで謳われているのは人間美徳への信頼だろう。

人間普遍的に(本当に古今東西人類なら同じように感じるかは知らん)きれいな感情と大切にしたがる感情を恥ずかしげもなく臆面もなく描いてくる。

   

たとえば作中最強の登場人物は神の域に到達している。

いや本当に。物理法則…以外のありとあらゆる法則無視してくるからね。

人間の神経の伝達速度は速くても0.1秒、あなたその間に何回数キロの鉄の塊である刀を振れますか?1回?2回振れたら十分に居合伝説存在になれるよね多分。

 

鬼滅の刃のこの最強人物は1500回振れる…おかしいでしょ!!人間はモリハナシャコガイではない!!しかも「標的は1800個あった」って視認してるのおかしいでしょ!!

 

このキャラ人外っぷりを語るエピソードは事欠かない。

さて、これが既存の「最強オスであるオレ」作品ならこの最強キャラ世界征服済みの魔王=倒すべき強大な敵として思うがまま暴虐を振るっているはずだが、

鬼滅の世界ではこの人物が望んだのは「家族平穏に暮らす幸せである。強さ関係ない。

鬼滅の世界には強さ比べがない。鬼退治ものというバトル漫画だけど、ある意味バトル漫画ではない。強いオスの価値観が入り込む隙間がない。

  

・回想多すぎ

かに回想が多い、とファンでも思う。

常に「敵を倒しました→こんな過去を持っていました…」が語られるのを、ファンですら多いよねと言っている人が一定数いるのを知っている。

 

ただ、回想はキャラクターそれぞれ違うところがこの鬼滅の大事なところなんだと思う。

典型的男性物語キャラクターをそこまで掘り下げない。キャラクターに役割を振れるほど識別性があればそれで「キャラが立っている」範疇である

心情が語られるとしても多くの場合、戦いに参加する心構えに終始する。

他人感情にそこまで頓着しない人間なら、鬼滅の繰り返し語られる個人的な話はうっとうしいだけだろう。

 

ただ、鬼滅ではこの「実はこんな人間でした」を繰り返し語ることで、人間それぞれの尊さ、愛おしさを描いている。

ヒトという形でだけ見るなら何十億もいる存在の、それぞれを内面で深く知って抱く愛情のような気持ち

これなんて言えば伝わるのかな。

その共感愛着を、せりふ回しが生み出す非常に強い没入感をもって読ませるのがヒットした要因の一つだと思う。

 

 

3行まとめ:私が思うに、増田は鬼滅世界が訴えかける感情を受け取る必要性を感じていない人。だから分析は正確なのに「こういうのが最近は求められているのかな」と着地点がズレるのだと思う。昔からコレを求めていた人はいたはず。鬼滅の人を引き付ける要素は、既存の人気作品とかなり違うのだと思う。

 

ネウロ犯人の中に、「他人の脳を揺らす」スキル世界的な人気を博したキャラがいる。

大多数ではない。でも、そのスキルを使うと確実にスキルで脳が揺れる人々がいる。少数でも世界中で見ると何億なので…といった説明があったと思う。

鬼滅のヒットはいつもこのキャラ連想する。

 

2020-10-21

就職で書くこととかアピールするのがない

現在大学生だ。ちなみに経済学部である

自分には悩みがある。それは「就活アピールすることがない」ということだ。

(注 ここから先ただのくだらない愚痴です。聞いていてもつまらないと思います

就活の時にやたら特技や何か珍しい経験を求められるが困ってしまう。

というのも自分小学校入学してからというのも、ただ学校へ行って授業を受ける、友達と遊ぶ、習い事に行くというのをただひたすら繰り返していただけだったのだ。中学高校部活もあったが自分はたいして何も結果を残していない。あるから行くを繰り返していただけだ。

大学でもそうだった。ただ自分が行けそうな大学を目指して勉強して入っただけだ。経済学に興味はたいしてない。部活も入ったがたいして何の実績もない。

バイト別に普通バイトだ。バイトで何か新しいことをしたというわけではなく、ただ任された仕事淡々とこなしていただけだった。

単位も落とさないように計画を立てて順番に取ってきただけだ。成績も平凡である

それで就活どうしよう というと 何かアピールできるのを準備してこなかったのが悪い といわれる。

だが、そういわれてもアピールできるほどの成績を部活で残せる人は少数派だろうし、資格なども本当にアピールできるのなんてそんなにないではないか

バイトだって少し変わったのないの?といわれてもそんなに珍しいバイト経験など自分は求めていない。なんでわざわざ珍しいバイトをする必要があるのか。

普通飲食店バイト家庭教師など王道バイト生活していけるのだ。それでつまらないといわれても困ってしまう。

生活費が欲しいだけだ。就職だって同様だ。金が欲しい。ただそれだけ。

だいたいそもそも普通に横道にそれず淡々とやってきました がなぜ否定されるのか分からない。

そりゃ副業で100万とか稼いでいる人やスポーツで実績がある人がすごいのは良く分かる。でもそうは言ったって自分はこれまでの生活に不満がなかったのだから変える理由などなかった。

それなのに今就職になると急に人と違うことを求められる。はっきり言ってしまうと悪いが、私の学校にも変わったやつというのはいた。

でも別にそういう人達になろうとなんて思わなかった。だって別になる理由なんてないからだ。

私の周囲を見回してもこういう人は多い。絶対自分のようにただ生活してきたという方が多いはずだ。なんでわざわざ少数派に合わせる必要があるのか。

嫌なら起業すればいい、海外移住すればいい という人もいるがはっきり言ってなんの役にも立たない。「起業すればいいじゃん」って言われて起業する人などいるのだろうか。

それに海外移住しろといわれても自分日本語しか話せないから難しい。

あとおそらくだ海外移住自分にとってそこまでいいものではない。自国で生きる方が楽に決まっているだろう。なんで法律言葉宗教も娯楽も違う国に行けというのか。それにそんなことをアドバイスするあなたはなぜ日本にいるのか。そんなに海外がいいならあなたこそとっとと日本から出ればいいじゃないか

社会は厳しいといわれても みんなで厳しくない世の中を考えた方がいいだろう と思っている。

文句を言うなと言われても「言論の自由」があるし、そもそも日本民主主義だ。それに文句を一度も言ったことない人はいるのだろうか。

だいたい「我慢しろ」なんていうアホみたいなルールでこれまでやってきたか少子化などが起きたんだろう。ブラック企業がこんなに世の中にはびこっているのだろう。

それにおそらく自分の思いに共感してくれる人は他にもいると思う。

自分は平凡の人間だ。だけどその分法律などルールは守るし、仕事淡々とこなすつもりだ。別に残業もするし、後輩の面倒も見る。

それだけだ。

別に珍しい経験がある人の評価を下げろとは言っていない。そういう人だって頑張ってきたのだから就活が楽でもずるいとは思わない。

でも別にたいした結果を出していない、毎日似たような毎日を送ってきただけの自分のような人間を悪く思わないでほしい。

2020-10-01

暴力に囚われていない」という幻想

 僕らの人生はどこから始まったのかと言えば、当然二十年前であり三十年前であり四十年前なんだけど、僕らの祖先はどこからやって来たのか、という話をした時に、辿ることのできる歴史には果てがない。僕らは遺伝子ボートに乗って何千万年も旅をしてきた、あるいは、何億年と旅をしてきた。

 僕らの中にある遺伝子の声を聴く時に、そこには声にならない声がある。僕らはその声に耳を澄ませ、そしてある程度言語化された呻きを聴くことができる。僕らは、その微かな声を頼りに、歴史を辿ることができる。


 人のルーツを辿る時、その歴史上最も古い霊長は(今のところ)七百万年前のサヘラトロプス・チャデンシスである。我々ホモ・サピエンス分化したのは今から二~三十万年前とされており、我々はアフリカから世界の各地へと足を伸ばし、文明を伝えてきた。

 当然ながらその歴史暴力と共にあった。恐らく、そこには絶えざる暴力連鎖があった。

 ここで言うところの「暴力」とは戦争軍事力媒介にした暴力行使を指しているわけではない。

 暴力は我々の身近に存在している。

 ごく身近に、あるいは、我々の中に存在している。


 それは自明のことと言って差し支えなかろう。暴力が無ければ人間は生きて来れなかったかである

 例えば、鋭い牙と爪、そして圧倒的な膂力を持つ獣に襲われた時に、我々に最も必要ものとは暴力である

 例えば、そんな事態においては武器必要になり、そして、獣を殺す為の殺意もまた必要になる。そこには、暴力を振るうための道具と、暴力を振るうための膂力と、暴力を振るうための意志必要になる。

 これは余りにも自明である

 無論、我々に暴力を振るう可能性があったのは獣だけに限らない。例えば、同族である人間暴力を振るってくることも大いにあったであろう。そのような人間に対して、暴力を振るわなければならない場面もあったであろう。

 更には、そのような暴力防衛自衛のみを目的としていたと仮定することは恐らく不可能であろう。そこに積極的暴力行使可能性があったことを、認めなければならない。


 繰り返すように我々がホモサピエンスとして遺伝子を繋いできたのは今から三十万年程前からのこととなるのだけれど、例えば、我々の遺伝子レースが百万年前に始まったと仮定して、そして、我々の世代継承が十五年毎に行われていたと仮定する時、我々にはこれまで六万から七万の世代存在したということになる。仮に、たった百万年から我々にとっての遺伝子レースが始まったと仮定してさえ、そこには膨大な数の関係者存在することとなる。とにかく、我々は遺伝子キャリアとして長い時間を旅してきた。

 その膨大な関係者は、恐らく長い間暴力と共に遺伝子の旅を送ってきた。

 そんな時、我々の振るってきたであろう暴力は――あるいは、我々が振るわれてきたであろう暴力は――どんな種類の暴力であろうか。

 まず挙げられるのは、殺人

 強盗

 強姦

 傷害

 恐喝

 その他に何があるだろう? すぐには思いつけない。

 何らかの種類の搾取があったかもしれない。詐取が存在していたかもしれない。

 我々の祖先はそれを不断に行ってきただろう。恐らくそれを止めることはできなかったであろう。

 それを止めることによって、周囲の遺伝子キャリアに対する対抗手段を失ってはいけなかったかである。我々はそれを止めるわけにはいかなかったのである。それを止めた途端に、我々の遺伝子キャリア頓挫し、今日という日に辿り着くこともできなくなってしまうからである

 恐らく、ありとあらゆる種類の暴力行使は、我々の遺伝子レースにおいて切り離すことのできない要素だったであろう。

 つまり、この文を通じて僕は何を言わんとするのか。


 それはつまり、恐らくだけれど、貴方のかつての父親は、あるいは貴方のかつての母親は、誰かを殺したことがあるということである

 何かを盗んだことがあるということである

 誰かを傷つけたことがあるということである

 誰かを犯したことがあるということである

 誰かを騙したことがあるということである


 誰かにまれたことがあるということである

 誰かに傷つけられたことがあるということである

 誰かに犯されたことがあるということである

 誰かに騙されたことがあるということである


 その他の、無数の暴力を与え、そして、与えられてきたということである

 我々のかつての父は殺し、盗み、傷つけ、犯し、騙してきただろう。

 我々のかつての母は殺し、盗み、傷つけ、犯し、騙してきただろう。


 我々のかつての父は盗まれ、傷つけられ、犯され、騙されてきただろう。

 我々のかつての母は盗まれ、傷つけられ、犯され、騙されてきただろう。


 例えば、百万年前までの歴史を辿れば、我々一人につき六万から七万の世代存在することになる。そして、当然そのような世代は必ずしも一人の人間継承し続けてきたわけではなく、無数の兄弟姉妹存在していたことであろう。そのことも勘案すれば、我々にはおよそ無数の関係者が――無数の肉親が存在していたということになる。

 我々には関係者があまりにも多すぎる。そう考えた時に、我々の関係者の内に、一人たりとも、百万年歴史において暴力を振ったものなどいないと言い切ることのできる可能性は、どれほどあるだろうか。恐らくはその可能性は限りなくゼロに近い。我々は無数の暴力をはたらいてきたし、恐らくは無数の暴力に晒されてきただろう。

 我々は暴力と共にある。我々は(そして私は)、これから暴力を振るい、そして暴力を振るわれるだろう。

 これまでもそうだったし、これからもそうだろう。我々は生きなければならないからだ。

2020-09-29

anond:20200929112219

男のマウンティング漫画が少ないのは、恐らくだけど大半の男のマウンティング対象基本的社会的地位しかいからだと思う。

容姿が美形な男も、

美人で優しい妻を持つ男も、

可愛い子どもに恵まれた男も、

友達大勢いてウェイウェイしてる男も、

趣味で充実してる男も、

年収の男の前にはただひれ伏すのみか、目標にして努力するのみ。

男の世界では、金と立場こそが絶対

からシンプル構成しかならず、ドロドロさせるのが難しい。

女の場合マウンティングが複雑化しやすいかネタになりやすいんだろうな。

容姿配偶者の有無・子どもの有無・子ども性別/容姿/頭の良さ・夫の年収職業自身年収職業・(趣味界隈含む)属するコミュニティでのポジション・属するコミュニティの数…等々

何かしら勝ってる要素で上に立ちたがるからな、口に出さずとも態度に出ることも多いし

ギャップ

なんか深いこと言ってる風のツイート10リツイート 20いいねを貰っていたとする。

でも、あなたはそのツイートに対して、これまでの経験に基づくと全く賛同出来ない。

でも、そんな気持ち吐露しても、せいぜいはてブスターが1つ付くぐらいが関の山

おそらくだけど、こんな思いをしてる人って意外と多いのかもしれない。

2020-09-23

いまやってるけど

先月の電気代が、締日の関係で翌月に落ちると

翌月は電気代が2ヶ月分に成る

キャッシュで生きていると

これが、痛い

変わらないだろとか先月らくだったろっていわれるが

翌月痛いは痛いんだよ

何回 電気代のせいでショーしかたかわからん

2020-09-21

バイト辞めたい

久しぶり増田

anond:20200823215839 を書いた増田だよ

例の嫌な先輩から今日不当な扱いを受けすぎてもう無理〜!!!バイト辞めてやる〜!!!!って気持ちになったから書く。

エピソード

①私がしていないことについても注意を受ける

今日私がしていない作業があった(これは私が悪い)んだけど、昨日私出勤してないのにも関わらず「昨日もやってなかったよね?ハァー」と言われた。いや知らねえよ

②聞き返すとキレられる

バイト語(いらっしゃいませ→しゃーせー)&本人の滑舌が悪いゆえに発言聞き取りにくいので、今何て言いましたか?と聞き返したところ、キレられる。先輩の発言録音して音声リスニングさせてやりたいわ

③私が失態をしたときバカ、アホと大声で怒鳴る

失態と言っても客にお茶を零したとかではなく誰も困らない・普通に修正が効くことだったんだけど、それにも関わらず大声でバカと怒鳴られる。厨房の中ではあったけど割と客席側で怒鳴られたので客にも聞こえたんじゃないかな。客、クレーム入れてくれ。頼む。というか厨房のやつ何とも思わねえのか?これ普通にあることなんか?

④こだわりが強すぎる

客席の片付けに関するこだわりが強すぎる。私に聞こえるようにブツブツ言いながら意味の無い修正をするぐらいならお前が最初から全部やれよな!

⑤すぐ態度に出してくる

会計作業通路にいるときなど、少しでも自分が嫌だと思うことがあったら感情を露わにしてくる。おこちゃまでちゅね〜〜〜〜〜〜〜〜〜

おそらくだけど、嫌な先輩、「私」だからこんな事するんだよな。

私が女で身長が低くて気が弱そうであまりかわいくないから。これ全部が理由だとは思わないが、相手から見ると「弱い存在」と思われ舐められていることは確かだろうな。仮に私が190cm越えのムキムキな男ならこんなことされないだろって感じ。

この先輩が理由バイト辞めた人がいないということが不思議レベルでキツい。無理。時給は良いし、優しい先輩もいるんだけど嫌な先輩のせいで全てが無理。はやくバイト辞めてえ〜〜〜〜

2020-09-19

anond:20200919144301

いや、難しい。質問理解し答える

という段階で、言葉の選び方がおかしい。

おそらくだけど

問題理解先生に答えるとか、そういう言葉を使えるのがコミュ力だと思ってる。

でも、俺にもない

書き方が、まるで、増田が偉くて質問者が無知というニュアンスに聞こえてしまうから表現はほんとうに難しい

2020-09-11

ドコモの今回の事故は思っている以上に深刻な匂いがする

NTT DoCoMoが何やらへんてこな送金サービスだかを展開して大事故を起こしたというニュースを見ていて思った。

「そういえばNTTデータってセブン銀行ATMとかやってるじゃん?系列内でこの差っていくらなんでもひどすぎるんじゃないの」

と。

それと、このシステムを考えた人の銀行の仕組みについてのリテラシーのなさというのもものすごいと思ったので少し書いてみようかな。

まず、銀行ATMカードを入れて、暗証番号を入れて、というように使っていると思うんだが、実はユーザーが使っている裏でかなり激しいセキュリティの攻防が行われている。

すっごい昔は銀行カード磁気スリップ暗証番号とかが記録されていたので容易に複製ができたそうだが、そんな時代はもう過去ことなのでこういう文脈で話す人がいたら、「今は令和だ、昭和じゃない」とだけ言って終わればいい。

まずATMは単に設置してネットワークの設定をして終わり、なわけがない。これができたら誰でも不正ATMが作れてしまう。この辺の仕様は余り公になっていないので、多少想像も混ざることを許してほしいんだが、ATMにもチャレンジレスポンスという仕組みで認証をしているはずだ。これは携帯電話でも使われている。

かいことは省くんだが、ATMをつなぐ時に、サーバー暗号化したデータを送ってきて、「正しい答えをそっちで改めて暗号化して送り返せ、正解したら接続させてやる」という仕組みだ。実際にはもっとかいんだが、単に機械LANケーブルをさして終わるものではない。

次に、銀行カードにも今は暗証番号データは入っていない。おそらく暗証番号を使ったチャレンジレスポンスをしているはずだ。実は銀行カードは2要素認証が取り入れられている。カードを持っていること、そして、暗証番号を知っていること。

2要素認証は持っているものと知っているものの組み合わせで認証を行う仕組みだ。

今回のDoCoMoがしでかしたのは、この2要素認証の仕組みを迂回する仕組みを作ったことだ。おそらくだが、そういう仕組みが金融業にのみ公開されていたのだろう。利用者特定できないことが担保された仕組みならばそこまで厳重なセキュリティは作られない。この仕組みを一般ユーザーに使わせることを許したのが一体どこの誰かは知らないが、本来であれば金融庁はこの許可した輩にもかなりの厳重なアプローチを取らなくてはならない。

この事故DoCoMoだけのせいではない。DoCoMo銀行ATMラッパー自分たちサービスに利用する許可を誰かから取り付けたはずだ。本来であれば秒もかからずに却下されて然るべき案件だ。

最初に「NTTデータという金融系のかなり強力な会社があるのにこの体たらくは何だ」と書いたんだが、驚いたことはもう一つある。

それはこの文章は、「携帯電話の仕組み」というのをベースに予想して書いているからだ。そう入っても多少の知識銀行についてもあるので、そこまで大ハズレではないと思うが。

携帯電話は、携帯電話本体と、携帯電話ネットワークとの間で機体の認証を行う。これはかなり強力な仕組みで、基地局認証されるし、本体認証される。これには日本人が考案したKASUMIというアルゴリズムが用いられている。そしてSIMカードについても同様だ。携帯電話を利用するためにユーザー本体の電源を入れるだけだが、裏では凄まじく強力なセキュリティが敷かれている。

そんな強力なセキュリティの知見を持っている会社は一体どこか?

NTT DoCoMoだ。

そういうわけでこのニュースには2つの驚きがある。

1. 金融SIerであるNTTデータグループにいるのに事故を起こしたということはデータDoCoMoの間での情報共有がされていたのか?

2. 下手したらATMよりも強力なセキュリティの知見があるNTT DoCoMoでこんな雑なセキュリティシステムを作ったのか?

おそらく人類が利用しているセキュリティの中で強力な方から1番目と2番目の知見をグループ内に持っている会社がこういうことをしている、ということの意味もっと重く考えられなくてはならないはずだ。

表だけさらってDoCoMoけしからん!で終わってはならない。もっとかに闇の部分が深い案件だとおもう。

誰かこの文脈で追跡してくれるジャーナリストいないのかな?

2020-09-07

anond:20200907230149

この感覚がほんとわかりかねる

MMOで知り合った人みたいな感覚なんかね

MMOならその場では仲良くなるけどお互いシレっとINしなくなってそれっきりみたいなのはいくつか経験あるな

 

でもおそらくだけどTwitterで繋がるって特定ジャンルや界隈だろ?

そこから卒業せずに雑に扱えるもんか?

2020-09-02

結婚祝いのお返し

後輩が結婚をしたと聞いて、今度会うことになった。

その後輩とは1年近く会ってないが久しぶりの再会だし、結婚祝いを渡そうと思っていた。

デパートの売り場に来た時に、果たして後輩は結婚祝いを貰って嬉しいのかと思い始めた。

その後輩は、相手女性結婚はまだ先と言っていたし

お世辞にもベタ惚れという印象はなかった。

良い彼女とは言っていたけど、もしかしたら彼女結婚を言い寄られて半ば半強制的結婚をしたんじゃないかと。不安になって妻に相談をしたら結婚祝いを持って行くのは常識だと言われて一応カタログギフトを購入した。

いざ会う日になってやっぱり渡すのはやめた。

だってその後輩は他人に気を遣われるのがとても嫌いな人だから

そのあとしばらくだって実はあの時結構祝いを渡そうか迷ってたんだよ。と言うと後輩はいらないですよ〜と無邪気に笑っていた。

後輩が欲しかったのは祝いじゃなくて、結婚生活とは何か?その答えや共感だったらしい。

世の中にある常識マナーが常に正しいとは限らないと思わされる出来事でした。

2020-09-01

表現規制派はなぜ自分達の意見公的要請勘違いしているんだろう?

ちょっと世の中見てみれば分かるけど、世の中の大多数はオタク相手にした表現規制について”どうでも良い派”だよ?

普通の人々”は別に君たちみたいな積極的表現規制派ではないんだよ?

それを考えたら、表現規制派の要請は公から要請と呼べる程の価値はないし、おそらくだが単純な勢力でいえば彼らはオタクよりも劣るノイジーマイノリティに過ぎないんだよね。

2020-08-31

anond:20200831002816

おそらくだが、このラブドールが限りなく現実の子供そのものの顔と体をしていたのがよくない

顔が縁日のお面みたいなただのでかい二次元フィギュアなのだったら、そこまで親世代に警戒を抱かせなかっただろう

もう二次元三次元境界が無くなりつつあるから

2020-08-28

anond:20200731034501

ADHD診断済み、ASD傾向ありの30代です。

発達障害と言っても各人症状も状況も違うし、元増田のお子さんと私は全然違う可能性もあるけれど、少しでも元増田の慰めになればと思い書いた。

私が子供の頃、私の母親もきっと、増田のような状態だったんだと思う。

私が物心ついた頃、母は毎日沢山の薬を飲んでいた。(大人になってから、いくつかは精神科の薬だったと聞いた)

母は怒りっぽい性格なのだと思っていた。いつもイライラしていて、私が何をしても叱責されるので。

それが、いつのまにか、私が成長するにつれ穏やかになり、私が中学に上がる頃にはすっかり、穏やかで、上品で、論理的で、利発な人物になっていた。まるで別人のようだったが、こちらが母の本来性格だったのだと思う。

60代になった今現在も、母は穏やかで利発な人物のままだ。(祖父母介護をしていたときストレスがありそうだったが、昔ほどではなかった)

私との関係も良好で、年一度の帰省にも喜んでくれ、好物を作って待っていてくれる。また、LINEなどでの連絡は頻繁にしており、楽しく雑談もできている。

おそらく、というか十中八九、母が不安定になっていた原因は私の発達障害のせいだった。

昔は発達障害という概念も知られておらず、私は「知能には問題がないのにどこかおかしい子」だった。普通学級に通っていたが、担任教師や友人たちにもどこか持て余されていたと思う。

そんな訳がわからない中で私のフォローをしたり、癇癪の相手をしたり、頻繁に体調を崩すのに合わせて病院に連れて行かなければならないのはとてつもない負担ストレスだったと思う。

いつだったか、母は「本当は仕事を続けたかった」と言っていた。私のせいでキャリアを諦めざるを得なかったのだと思う。本当に申し訳なく、謝っても謝り切れない。

それが寛解したのは、おそらくだが、私の成長に伴い手がかかりづらくなったこと、また部活動や塾通い等で家を開けることが多くなり、私と過ごさざるを得ない時間が少なくなったことが理由なのではないかと思う。

私は、幼児の頃は自分を抑えることができず癇癪を起こしたり、周りの子供と同じ行動をとることができなかったが、成長するにつれ「擬態」を身につけ、一見普通の人のように振る舞うことができるようになった。(実態精神科で診断されているとおりASD傾向ありのADHDで、あくまでも振る舞いを覚えただけ)

それにつれ親への関わり方、迷惑や心労をなるべくかけない方法も覚えた。また、体調もなるべく崩さないようにする方法経験的に体得した。

その後私は大学進学に伴い実家を離れ、一人暮らしを始めた。それから10年以上、実家には年に1回〜数回帰省するのみである。母との関係は上述のとおり良好。適切な距離感を保てている。

長々と自分語りをしてしまい恐縮だが、このようなケースもある。

母とこの件を詳しく話したことはない(心労になりそうなので)ため母側から見たらどうかはわからない。あくまでも外側から観測した、子供視点の話である。だが、兄弟に聞いても少なくとも昔のようには薬を飲んでいないそうだし、母は穏やかに、楽しそうに過ごせているようだ。

最初に述べたとおり、私と元増田のお子さんは全然違う可能性も多分にある。

ただ、このようなケースもあることを知って欲しかった。

元増田が少しでも早く、少しでも楽になるよう願っています

2020-08-24

anond:20200824210312

幽霊騒ぎ、というのはおわらないよ。コロナ騒動 どうやって終わらせる気なのか。終わったといえば、終わるんだろうな。おきらくだな。まぁいい。だからヒロポンを街頭で無償配布してほしい。

anond:20200824163901

NVIDIAさんへ らくだからヨシヒコ。 ぱかぱか。

 

 4K重要サプリパンツをきれいに見るためには4Kがいる。ゆえにNVIDIAさんが同時4K 必要

anond:20200824163611

今日のヨシヒコのターン 『NVIDIAさんが4K 超えてくれればおっけー(らくだ)』

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