はてなキーワード: 講演会とは
雪組だけに?
これ一幕ものでよかった、と思う。
雪原?ロシア?ロシア。ナポレオンが敗北したロシア。でもサクサク動いてみんなを助けて、いい人なんだなあナポレオンさん。
ここは少し気持ちがダレた。もうちょっと演者側でやりようがあったように感じる。ワンスのマックスやこのナポレオン、月城かなと氏だったらどう演じたかなと考える。city hunterは楽しみにしている。
ベートーヴェン「おれたちは何のために生きてるんだ」
ナポレオン「苦しむためだ」「苦しむためじゃなかったら、おまえは何のために生きてきた」
「人間はあらゆるものを発明することができる。ただ幸福になる術を除いては」不可能あるやん、ていう。
出生名
ナポレオン「そ!こ!そ!こ!」
わらった。
!!ナポレオンてEU構想持ってたの⁈つながった!第九、the European Anthem。なるほど、ヤバ!
音楽は数学だし、昔は世界を解き明かす学問として必修科目だったしね。
再び勝利。
「愚人は才人にまさる大いなる利得を有する。彼は常に自らに満足している」
ナポレオン「生きることは、不幸だ。不幸に敗北するか、それとも不幸に戦いを挑むか、それとも」
ナポレオンが死んだのは1821年。ウィーン会議から6年経ってる。第11場ウィーン会議にロッシーニがいたことを考えると、あそこで1822年ぐらいまで描いていたと考えてもいいのかもしれない(『セビリアの理髪師』1816、『どろぼうかささぎ』1817、ロッシーニウィーン訪問1822)。
謎の女「誰もがわたしを憎む もうひとりのあなたとも知らず 醜い不吉な女だと 憎んで恐れて逃げまどう 憎むほど自由奪われて ただ 死を 待つ」
ベートーヴェンも謎の女に失せろと言った。そして孤独期、曲も作れず、ただ…。
謎の女「死は、救いなの」
ベートーヴェン「哀しく強い、おまえの歌」
あーー。だから、曲、献呈。「やるならやってみろ、運命よ」は1816年の彼の日記のことば。
「今、運命が私をつかむ。やるならやってみよ運命よ!我々は自らを支配していない。始めから決定されてあることは、そうなる他はない。さあ、そうなるがよい!そして私に出来ることは何か?運命以上のものになることだ。」
上田氏の京大講演会「経験の中で一番痛いもの、辛いことが不愉快なものなら、当然、それがなくなることはない」
ここは本当にありがとうと言いたい。望海真彩(あと非常に聞こえづらいけど多分望海の右手)でメロディを歌いながら、真彩の右手がオーボエパート、望海の左手がクラリネットパートかな、をなぞってきっちり3声の対位法をやってのけた。歴史に残るメロディ爆誕の瞬間。1822年。
モーツァルト「不幸と一緒になって、よろこびをうたってる!」
シラーの『歓喜に寄せて』は、もともと『自由賛歌』で、ベートーヴェンが感動して曲をつけようとしたのは『自由賛歌』のほうであるが、当時の体制下で云々。…というのは都市伝説であると、英語版のWikipediaには書いてあるなあ。日本語版の出典のひとつはURLの変更があったっぽく今はたぶんこっち。もうひとつの出典では『自由賛歌』がシラーの作品だとは言っておらず。セイヤー氏の著作が都市伝説の元なのかな。
ベートーヴェン「あー」(A4)
運命「あー」(A5)
1815年の手紙から。日本語訳がピッタリこないけどドイツ語わからないから2つの英訳。
"We finite ones with infinite souls are born only for sorrows and joy and it might almost be said that the best of us receive joy through sorrow."
"we mortals with immortal minds are only born for sorrows and joys, and one might almost say that the most excellent only receive their joys through sorrows."
よかったね天国行きだよ!
あー、早霧さんが出てた世界ふしぎ発見でやってた話。
und der Cherub 音楽は おれたちのものだー! steht vor Gott, フォルテー! steht vor Gott, フォルティッシモー! vor Gott, フォルティッシッシモー! vor Gott.
ここだけドイツ語詞で、ケルブ様出てきた。第九の中のここの歌詞の解釈はなかなか大変なようで、まあなんとなく壁・障害・天国/楽園行きを阻むもの・自由を阻むもの、ぐらいで自分は捉えておこうかなあというところ。
今作においては、ベートーヴェンさんお亡くなりになりました、ってことかしら?
そりゃalla marciaには入らないよね。音楽配信も始まってしまったわけだけど、これ音だけで聴いてると爽快にズッコケる、爽快。そのうち慣れるだろうけど。
きたー
ベートーヴェンの葬儀には多くの市民が続々と駆けつけ参列者は2万人、異様な様相、大混乱だったと。
うたえ 生きとし生けるもののうた
なんかここのベートーヴェン(推定54歳)と運命さん(年齢不詳)の振り付けかわいいな。
ぴあの上田久美子インタビュー記事より(2020/3/16 コロナ前)
耳が聞こえなくなって絶望し、一度は死ぬことも考えたけれど、神から与えられた才能は自分だけの物ではないから、身体の中の音を外に出すまでは死ねない、どんなに不幸でも生きていようと思ったそうなんです。すごいですよね。そうやって作った最後の交響曲が第九で、その合唱部分の『歓喜の歌』は、今で言ったら異常に盛り上がるロックみたいな感じだったと思うんです。それを、音楽のために一切の個人的幸福を諦めた人がどうして作れたのか、ぜひその物語を書きたいと思いました。
お見事。
配役を見て?が浮かんでいたところに次々とピースがきれいにはまっていく気持ちよさ。タイトルの意味しかり。
重くなりがちなベートーヴェンの話をできうる限り軽快に描き、新しいベートーヴェン像を見せてくれた(そもそも楽聖ベートーヴェンのイメージはシントラーやロマン・ロランによって作られたもの)。
第14場がコーダっぽかったので、ソナタ形式に当てはめて考えてみた。
*一瞬だがベートーヴェン真ん中でナポレオン、ゲーテが左右におり、謎の女もいるので。
うーん、苦しいか?意外とうまくハマった気がしている。
「好きな研究を安定して行うために、別の収入源を探します!」とか言ってる人をSNSでしばしば見かける。
私は個人的に、こういう人間には2つのタイプがあると思っている。
1つは「非研究職の安定した職に就き、余暇として研究に勤しむ、いわゆる『在野』タイプ」、そしてもう1つは「研究に関する何かを発信して収益化しようという『研究を収益化』タイプ」である。
個人的には、圧倒的に前者をおススメする。
いや、むしろ後者を圧倒的におススメしない。「研究を収益化」の難易度をお前らはナメすぎだ。
暮らしていける、というのは、30年とかそういう単位の年月の間、毎年数百万の利益を上げ続けるということだ。
そんなことどう考えても簡単ではない。
と、書いたものの「研究を収益化」は実はそこまで難しくない。その収入だけで食っていくことだって現実的だ。
なぜなら、ほとんどの大学や企業、国研の研究者は、「研究を行って成果を出すことで稼いでいる」、つまり「研究(活動)を収益化」しているのだ。
ポストをめぐる競争は激しいとはいえ、「研究を収益化」して食っている人間は数十万人単位で存在する。
しかし、SNSで「別の収入源を探します!」と宣言しちゃう人間が言っている「研究を収益化」はもちろんこの正規ルートではない。
いわゆるブログや動画配信、オンラインサロンや支援サービスなどのネットコンテンツからの収入、グッズ展開、本の執筆や講演会、といった、研究をテーマにしたコンテンツからの収益化を指していることがほとんどだ。
なんで現実的な正規ルートがあるのに、そのような未知のルートに飛び込むのか。
恐らくそのような人々はわかっているはずだ。
そう。正規ルートの競争は激しい。研究者としての絶え間ない鍛錬が求められる。
常に研究について批判的な目で評価され、業績欄を他人に精査され、申請書に不採用を突き付けられる日々を送らなければならない。
これは正直きつい日々だ。こんな思いをしないといけないなら、なんか別なルートで食っていくことが出来ればいいのに…と考える気持ちはとてもよくわかる。
一定数の博士課程の学生がこの考えをこじらせ、妙な収益化活動に精を出してやがて研究業界からはいなくなってしまう。
一度立ち止まってよく考えてみてほしい。
研究紹介動画の配信とかグッズ販売でいったいいくら稼げると思ってるのか。
月2-3万じゃない。食っていくなら月数十万を継続的に稼ぐんだ。ワンクリックで0.05円のアフィリエイトでほんとにそんなことが可能なのか?
「研究」というマイナージャンルに興味を持ってお金をかけてでもそのコンテンツを見たい聞きたいと思ってくれる人が何人いるというのだろうか?しかも、数十年単位で。
それに、世界には「博物館」や「科学館」という研究成果の発信基地のような施設が存在する。数百円で一日楽しめる施設が全国津々浦々に存在するのだ。このクオリティとコスパを相手に戦うのだ。
結局正規ルートでの戦いを避けた院生は、ごくわずかな収益を上げるために大半の時間と労力を費やし、正規ルートでの「研究を収益化」の道を自ら閉ざしてしまう。
メンヘラだなこれは。
受験生なのに一日の勉強時間が10時間を超えたことがない。怠惰すぎる生活を送っている。勉強とスクリーンタイムが同じ時間ってやばい。
でもやばいってわかっていながらも、この世界で生きていく覚悟というか、意志というか、帰属意識というか、そう言ったものがなさすぎてどうでもいいやって言う気分になってくる。この世界や自分が生きていくこと、社会的地位に執着がない。学校の講演会で「守るもの、大切にしたいものが無くなって全部どうでもよくなった人が犯罪を起こす」みたいな話を聞いたけど、今はその犯罪者の気持ちがちょっとわかりかけている。精神状態的に、環境によっては絶対コミットしてたと思う。
勉強しててもわかってるのにミスしまくるし、理系なのに理系科目できないし、最初の方でミスって後になってから気づくけどでも時間的に後戻りできないみたいなのがしょっちゅうだし。その辺のストレスを発散しようと思ってキットカット食べまくってしかも運動しないから確実に太っていっているし。
高齢以外の弱者要素を持つ人間って、若ければまだ長生きするわけで。
もちろん障害や病気の内容によっては寿命が短いものもありますが、100%ではない。
だから、先が短い高齢者よりも、先がある若い世代(障害含む)のほうにリソース配分をシフトするのでいいじゃん。って思うけど。
別の言い方をすると「老いだけは不治の病なので、そんなに対策しても仕方がない」という認識、覚悟を共通認識にしないとダメじゃね?そりゃ遠い未来の科学では健康寿命めっちゃ伸ばすとかできるんかもしれないけど。
てか為政者だって本音は高齢者ひいきしたいわけじゃないでしょ。票田の構造的にどうにもならないからそうしてるだけで。
麻生氏:いつまで生きるつもりだ…高齢者について講演会で - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20160618/k00/00m/040/145000c
①オンラインセッション(○ヶ月○万円)に入りたいと思った時期
3桁万円の借金があり、まだ弁護士さんなどに相談もできておらず、ひたすら「どうしよう……」と悩んでいた時期、「○○さんのオンラインセッション、○ヶ月○万円でお金がザクザク!」みたいなものにとてつもなく惹かれた。例えば半年3万〜10万円くらい。
自己破産は地元に迷惑がかかるのでできない(官報を見られそうで怖かった。田舎は狭いし…)が、その当時の収入だと自己破産一択しかなさそうだ、友人にも言えないしどうしよう……とグルグルしているときに、その「オンラインセッション」は光り輝いて見えた。3万円(例)も、捻出できなくはない。このプログラムで3万円以上「受け取る」ことができたら大丈夫なので……。
【なぜ入らなかったのか】
・講師の話を聞くだけ
→寝そう
・夢を毎週/毎月送る
→面倒になってやらなさそうな自分が見える
・「この本に全てやり方が書かれている!」
→なら本読めばいいか……
でギリギリ踏みとどまった。
なお、その後収入が多少増加→安定する立場になったため、安心して弁護士に相談し、借金を債務整理してもらった。今のところ毎月きちんと返済できている。
②月額1000〜2000円ほどのオンラインサロンに入りたいと思った時期
とにかく人と会わないと!と焦る時期があった。友人も数が少なく、結婚していて、気軽に話せる人も限られていた。また、休日に疲れて寝るだけ……ソシャゲするだけ……とか、「有意義に過ごせてないんじゃないのか?」と思い煩うことも多かった。
その時たまたま「ライフハック」系が流行っていて、そういうサイトを見ると、「なるほど、こういう風にすれば生きやすくなるのかな〜」とか「生活がパリッとするのかな」と思った。
【なぜ入らなかったのか】
いくつかサイトを見ているうちに一部の管理人がオンラインサロン始めます!と宣伝をしていた。
皆で励まし合ったり、ライフハックを共有したり……なるほど、メンバー同士の応援特化型か〜!自分もパリッとしたいなあ!
と思ってしばらく観察していて、○○サロン で検索したり、管理人さんの「この人がこういうことで成功したよ!」みたいな記事を読んだりした。
しかし、その「成功」の内容が、例えば「引きこもりの私ですが、コーヒーを自家焙煎して淹れてみました!」みたいな「本人にとっては大きい一歩かもしれないけど……」というような内容だった。正直、1000円でも厳しい、と思う内容だ。
今思うと、逆にそれをそのまま開示してくれたのはありがたい。キラキラなオンラインサロンというものは実はないのでは?と思い始めた。
③スピリチュアル系のオンラインサロン月2000円くらいの存在を知ったとき
正直心が疲れているという認識があった。心も身体もクタクタで、メンタルクリニックにも通っているけど、改善している気がしない。現状維持がせいぜいだ。
そんなとき、前は見向きもしなかったスピリチュアル本を見かけた。手に取って読んだ。自分の疲れ切った心を慰めてもらった。
そんなとき著者がオンラインサロンやってるのを知った。月2000円くらいか〜この手のサロンとか講演会は巻き上げるから、2000円くらいなら良心的かも。と思った。
【なぜ入らなかったのか】
その著者の新刊があまりにもつまらなかったので……前の焼き直しというか生地に戻した?な感じだった。スピリチュアル本は焼き直しが非常に多くあるけれど、これはひどいな〜!と思ってやめた。ちなみにスピリチュアル本については読んでることを周りには隠しているし広げてないです。陰謀論でもない。
・「新しい刺激に出会わなければつまらない人間になる」というのは単なる思い込みや妄想でしかないのに、「真実」だと受け取ってしまうとき
にオンライン○○は「焦り」や「罪悪感」にスッとハマるんだろうと思う。
プペルで失業保険使った人とか学生で染まりきってる人を見ると胸が痛むんだけど、もしかしたら自分も道を間違えてたらそうなっていたのかも……と思ってみている。
youtuberとして売れたいプペルが麻薬を燻製にしようとチャレンジして煙突から様々な気体を垂れ流しにしているせいか、ハロー効果は捕まっていないだけの詐欺師でも使えるほど強力だからか、コロナウイルスが遠慮するくらいに若者がプぺプぺ言って楽しそうなので、自民党は高齢者枠でワクチン接種する令和おじさんより10年間毎日2時間睡眠という高校生並み体力を誇る教祖様をあてにしたほうがよいと思う今日この頃だけど、この手の話は地方創生においても見受けられる。
マクロに言えば、政府は政府にとって都合のよい自治体が増えるよう、都合の良いことをする自治体に地方創生交付金を流す。(間違えた、取組を啓発し交付金によって実施を奨励する)
ミクロに言えば、政府にとって都合の良いことをする自治体は政府や地方にとって都合のよいことをする個人や法人が増えるよう、都合のよい住民をファシリテーターやスピーカーとする講演会を開催する。(交付金は出ないから承認欲求の満足で我慢してね)
ゆりかごから墓場まで貴族の与党が現実離れしたキラキラした方針を出せば、官僚レベルではチンケな娑婆と折り合いをつけるために法的に落とし込み、ギラギラした目で残業しながら財務省や予算委員会と掛け合う。自治体レベルでは、部長クラスが交付金と我が老後に目をキラキラさせて指示を出す。我が20年後に目をキラキラ・ギラギラさせる者や、煙突にこびりつくすすのように黒ずんだ眼を見せる者は、交付金獲得のための書類作成や実績を残すための事業運営に精を出す。起業家育成、女性支援、空き家・空き店舗の利活用。勝てる農林水産業、六次産業化、産官学の連携。都合のよい未来をもたらすためのキラキラした事業たち。
ここまでくると、誰かがキラキラしているのは一瞬だ。講演中の講師や、夢を思い描き事業に参加したくなる人、チラシに使われる笑顔くらいなもの。キラキラを追いたいがために、あるいは美しい素朴な心で誰かのために何かをしようと、しょっぱい補助金等各種支援()施策を頼りにして、現実と毎日格闘して疲れ切り、プぺプぺ信者からチケットを買う代わりに、異教の信徒からヒトモノカネを買わされているかもしれない。ちなみにこのレベルでも生まれながらの貴族に事業委託すると、素晴らしい実績の代わりに人生の自由を損なった信徒が量産されるぞ。そうすると生まれながらの貴族は実態経済と離れた資本市場でさらに貴族力を高めるぞ。
無理してもみんなキラキラとプぺりたい。しかしキラキラした光をよく観察すると、こちらに向かっているのではなく、中心にある無限の穴、つまり素晴らしく現実化するのが困難なアイデアに吸い込まれているのかもしれない。キラキラを追わねばキラキラできない、モテる教祖様と持たざる信者とその他何者にもなれなかった者による近代社会を令和になってもやめられない。
アメトーークで久々にキングコングを見て「なんで嫌われてるんだっけ?」と思ったから調べてみた。
お笑いとしてのフィルターがかかっていたとしても自分は好きになれそうにない感じ。
個人的にYouTuberを見たりすることもないし、カジサックでうまくいってるなら頑張ってね、というお気持ち。
ただ調べてみると「ああ、これは大衆受けしない人間だわ」という感じ。
いろんな発信をしていて、内容は概ね正しかったり面白かったりする。
でも全体的にTPOがあってない感じ。
SNSで投稿する、ラジオでしゃべる、雑誌でコラムを書いたりインタビューを受ける、ビジネスメディアでしゃべる、講演会でしゃべる。
自分もエンタメ業界で働いてるけど、それぞれで気をつけたほうがいい内容や表現ってたくさんある。
別にエンタメ業界にいなくてもわかる部分も多いし、日常生活でもそういう部分全然あるよね?
それを西野さんはそれを全く気にしない。
例えば下記の記事。
https://news.1242.com/article/167986
「会社を存続させるために、盛り上げるために、ユーザーにピンチって思ってもらわないと」って話をしている。
でもこれってエンタメの裏側事情“だけ”なんだよね。まったくユーザーへの気遣いとか愛情が入ってない。
そりゃ中の人によってはそういう感じだろうけど、おおっぴらに言う話ではない。
ましてやマスに向けて喋ったら反感を買う内容と表現。
「ファンの人のために」「楽しんでもらうために」みたいな切り口だったら全然違うと思う。
ラジオの書き出しだから、放送上ではそういう文脈だったりするのかな?
んで、上記の記事をそのままの文脈で捉えて、一ヶ月後に出た公式の記事を読むとめちゃくちゃ寒いし痛い。
https://ameblo.jp/nishino-akihiro/entry-12449919088.html
西野さんの会社の人が「西野さんがめちゃくちゃなことを始めた!お金ないんでクラウンドファンディングやってます!!」みたいな内容。
いやいや、それ全部みなさんが相談してつくったピンチですよね?っていう。
口頭と文章で印象って全然変わったりもするし、近い距離にいればすごく魅力的な人なんだろうと思う。
再投稿
この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
「◯工大学発ベンチャーです!自由に開発できる風土です!」みたいな宣伝文句に騙されて入ってしまった過去の自分をぶん殴りたい。
何がヤバかったかって?
そいつはクソみたいなアルゴリズムSを 何でもできるAI と宣伝していた。
いまどき「何でもできます!」なんて宣伝する馬鹿いるわけない、って思うじゃん?
マジなんだこれが。
「脳と同じ働きをします」
「ディープラーニングよりも軽くて高性能です」
でもって騙されるやつがいるんだこれが。
信じられないだろうけど本当にいたんだ。
騙されるやつはだいたい会社の役員とか高齢でコード書けない人間。
そういう人を意図的に狙っているようだった。
うまいこと口車に乗せられたら、お客さんが抱えている課題を聞き出して、「うちのAIならできます!」と言う。
「じゃあやってみて」と言われるので、「チューニングの必要があるのでお金をください!」といってPoCの費用をもらう。
「すごい意義のある仕事だから頑張って!でもこのアルゴリズムは絶対使ってね!」
そのアルゴリズムってのは卍が昔作ったと言い張っているもので、人工知能なんてとても呼べない低性能なものだった。
(卍はコードが書けないので多分学生か同僚に作らせたんだろう)
卍はそのアルゴリズムが大好きで、かなり執着していた。
割り当てられたエンジニアはそのアルゴリズムSの最強性を示す仕事をすることになった。
で、だいたいできない。
クソアルゴリズムがクソすぎて、どう使ってもクソみたいな結果しかでない。
クソ以外のプログラムで必死に工夫して結果を出すのが常態化していた。
「自分で使い方を書いてくれ。そしたら俺たちも使えるようになるから」
と、卍の言う「何でもできるAI」を教えてもらおうとするエンジニアは多かったが、「忙しい」とか「使い方を考えるのはエンジニアの仕事」とか言って卍は逃げ回った。
一度だけ卍がコードを書いたことがあるのだが、for文すら書けないド素人であることが判明した。
「できると言ったじゃないか!」と怒った客に対して卍は「もう少しやればできる」と時間を稼ぐか逆ギレした。
アルゴリズムSをうまく使えなかったり、アルゴリズムSの性能に文句を言ったりする人間は何らかの形で粛清された。
会社の全体メールで罵倒したり、会議で吊るし上げたり、技術指導と称して詰問しまくって精神的に追い詰めたり、自尊心を破壊するような言動がいつもの手段だった。
嫌になった社員はどんどん辞めていった。
一度、とあるプロジェクトでディープラーニングを使って成果が出たことがあった。
経験者はご存知なように、ディープラーニングは優秀だけど使い所によっては成果が出ないなんてザラにある。
けどそのプロジェクトではうまくディープラーニングが機能した。
エンジニアは正直にそれを卍に報告した。
卍は面白くなさそうに聞いていたが、一応成功したわけだし、渋々成果を客に報告した。
驚いたことに、卍はその成功事例を、自分のアルゴリズムの成果のように宣伝し始めた。
3年以上在籍した社員は1人もいなかった。つまり3年以内離職率は100%だ。
卍は辞めていった社員の悪口を言いまくっていた。あいつはガキだ、社会人として未熟だ、小物だ。。。
あまりに多くの社員が辞めていくので、採用計画は頓挫し、全然人が増えなかった。
不信感をもったエンジニアがガンガン辞めていって、いつの間にか新人が入ってきて、その新人が不信感をもって辞めたくなる頃にはまた次の新人が補充された。
卍の穏やかな第一印象に騙されて入ってくる新人が後を絶たなかった。
あまりに多くの社員が辞めるので、投資家も心配して卍に意見したが、逆に投資家が攻撃対象になってしまった。
投資で得た資金を食いつぶしながら、そのAIベンチャーはしぶとく生き残っている。
実態がヤバすぎるので、会社として成長することはあり得ないだろう。
ベンチャーと協業を考えている人や、入社を考えている人に言いたいのは、そのベンチャーが本当に技術力を持っているのか慎重に確認してほしいということだ。
口先の説明や画像や動画だけで、さも自分たちは技術を持っているかのように見せてくる。
そんなときは、「目の前でデモンストレーションしてくれ」「アルゴリズムを説明してくれ」と詳細を問い詰めてほしい。
実際には存在しないモノや技術が存在すると錯覚させ、お金を払ってもそれを提供しないことは一般的に「詐欺」と呼ばれる。
構成要件である「騙そうとする意思」が立証できない場合は刑法的に追及することはできないが、AIに関する宣伝の多くは詐欺に近い。
去年母校の文化祭で小説家やっていると部活の後輩たちとその顧問だけに言ったのだが、それが蒸し返されたのだろう
コロナで注目?を浴びるようになった在宅ワーカーなところが大きいのかもしれない
母校では卒業生たちの講演というのが月一の頻度で行われている
記憶にあるのは
・陶芸家
自分はそれに誘致されそうで困っている
素直に「生徒に悪影響のあるので」と断るつもりだが、
授業に来なかったら起こしてくれとモーニングコールを頼んでくる、評判がいいという12個の法律事務所のリストを送ってくる、口頭やLINEで食事に誘う、他の友人と一緒にハイキングに行こうと誘う、別の友人と食事に行く話をしていたら誘ってもいないのについてくる、他の友人と講演会参加の話をしていたら自分も行くと言い出す、等。
BはAを傷付けないように当たり障りのない返事でAの誘いを断るようにしていた。それでも授業のプレゼン準備中に、親しげに話しかけ腕や肩に触れてくる、「今日香水強いかな」と言ってくるなどのAの行為は、Bにとっては問題だった。5月下旬には学校のラウンジで話しかけられ、「うん」「そう」など当たり障りない返事をしていたらAは頭を抱えて「うあー」と声を出した。そして、Bの腕のあたりに触れてきたので、Aに「触るな」と告げた。
しばらくは密、もしくは密回避のための制限入場だろうから、行かない。けど、タウン誌の取材記事を読んだら不安になってきた。新しい図書館、とても楽しみにしていたから、実際に行ってがっかりするのも悲しい。
まず運営はかのCCC、ではない。でも、バリバリ意識している。「人と人が出会う場としての図書館」「暮らしのなかの図書館」、うんぬん、かんぬん。蔦屋は嫌いじゃないけど、この町はおしゃれをいつも間違える。この数年、税金を投入してつくられる建物、行うイベント、すべてどこかで見たようなものばかりだ。マルシェを併設した健康増進施設、オーガニックな入院食が売りの産婦人科、マグロもりもり乗っけ放題の丼が目玉の道の駅。このの漁港でマグロなんて獲れたことないでしょうよ…
そして怒涛の地元押し。行政が要望しているのかもしれないけれど(だとしたら市民ニーズに鈍感)、もしくはコンペに通りやすいよう運営受託者が提案したのかもしれないけれど(ありがち)、地元出身作家の作品に登場するモチーフが館内各所にちりばめられ、豊富な地元関連資料、地元商店街店主による講演会を企画、うんぬん、かんぬん。それ、本当に市民興味ある??住んでて、そんなに地元のこと知りたい?新しい恐竜は最近どんなの発見されたのかとか、キム・ジヨンを入り口に韓国文学読んでみたいとか、認知症介護で医者の言うこと理解するために信頼できる医療書読みたいとか、中学受験の経験談を読んで塾選びしたいとか、話題の独学大全ってどんな本?とかそういうのじゃない?暮らしに密着した図書館に求められる本って。誰のために企画して選書しているんだろう。建前のため?地元の資料、古くからの図書館にもメチャクチャ置いてあるじゃん。。地元商店街店主の講演、この先長く続けられる?集客にバラツキが出て市役所から動員する羽目になったりしない?地元作家の本だからこの絵本を読み聞かせしてあげよう!なんてならないよ…。サクっとノンタン探しちゃうよ。
私が図書館にお願いしたいのは、まず快適で集中できる空間。照明・温度・湿度。静かに歩ける床。ユニバーサルな動線。バギーや車いすを置けるスペース。それから質問しやすい司書さんたち。○○な本はありますか?って聞いたときに、こういう探し方もあるかもって打てば響くように返してくれるプロの司書さん。混まない程度に配置された検索端末。ギチギチに詰め込まれていない取り出しやすい棚。ボロボロになる前に交換される世代を超える名著たち。時代に合わせてどんどん新陳代謝する情報技術や医療・家庭・歴史などの実用本。ベストセラーや寄贈書籍などもありつつ、万人が借りるわけではないが痒いところに手が届く本をバランスよく蔵書する姿勢。市内各所の図書館との融通の利く取り寄せサービス。学生が勉強しやすい豊富な学習コーナー。PCOK、電源ありの現実的な作業コーナー。その先に、地域の人との交流とか、活動発表とか、地元で愛されるモチーフ(見たことないけど)がちりばめられているとか、そういうのをやってほしい。
一応は Python のエバンジェリストで、人工知能(深層学習のみ)をやっていますという本を2冊読んでみたので、どんなもんか増田にきいてみたい。
『Pythonプログラミングのツボとコツがゼッタイにわかる本 』
この本をチラ見して、この会社と田中潤という人に関心が湧いた。内容は★☆☆☆☆。この本の内容は、内容はただの Python で Django と機械学習のライブラリをできるようにしようとする内容なんだ。だが、何故か本文中には田中潤という人は一切のコードの記述と解説を書いていないのよね。全部、大学生のインターン?に文章を書かせたという感じだったのだ。これでよく秀和システムの編集者は出版に疑問を感じなかったのだろうかと思う。
『誤解だらけの人工知能~ディープラーニングの限界と可能性~』
で、田中潤という人が次に書いたのが、この本らしい。内容は★★☆☆☆。まぁ、作者がデータサイエンスに自信がないから、専門の松本健太郎を誘ったという雰囲気で、初っ端から松本氏が引いた応対をしつつ、話が進んでいくのだが、何かがおかしい。田中潤という人はアメリカの博士号を数学でとったのだから、深層学習のデータの取捨選択は自分の得意範囲なはずだが、それを外注するのが変だ。それに「人工知能とは深層学習のことである」という言い切りも気になる。それでいて、途中からはベーシックインカムの話やら、よく聞く統計学の話やら、どっかの洋書からパクってきたとしか思えないシンギュラリティの話をとりとめなく綴っていき、この書は終える。誤解云々はともかく、間違っているのは作者たちなんでは...?
ついでに会社のサイトに行ってみた。https://shannon-lab.co.jp/ らしい。登記が2011年らしいが、何にも結果が出ていない。それに、ひと通りまわってみたけど、実績は一切見つからないのだ。今後のポリシーや、過去の講演会とインターン生のレポートしか書いていない。ツッコミどころとしては「どうして Python の本を出す人が PHP でサイトを運営しているのか」とね。
最初はこの人の会社にアポとってみようか、と思ったのだけど、胡散臭いので会社の実態について知りたくなった。どなたか「人工知能の開発する上で技術力を見るポイント」や「シャノンラボの実態」についてお教授ください。あと、上が人工知能の開発をやりたいらしいけど、この会社は信用に値するか判断してくれると助かります。
【追記】この人の評判を人伝にきくと、アメリカに留学したけど計算機科学や人工知能の学位は無くて、独学で Python を習得したみたいだということはわかってきた。特に TPU や GPU を使って深層学習のエンジンを作る能力はないみたいで、Python でライブラリを叩くぐらいが限界っぽいね。そんでもって、本業は学生のインターンを派遣することが主力の手配師だというのが感触としてつかめてきた。それに人工知能の開発はコモディティ化したので、この人に頼む必要性はないね。というよりも、この会社が売りにしているアコースティックマイクは指向性マイクを使えば一発で問題解決しないか?、という気持ちになった。
この日記は匿名だから元の記事(ペンネームだけど)ほどの責任はない事を最初に述べておく。
レントゲンを細かく10枚(デンタル10枚法)で撮っているところがいいというところ。
1枚のパノラマ断層撮影ではダメだって言うけど、目的が違うので比べてはいけない。
上顎洞(歯と鼻の間くらいのところ)や顎関節、唾液腺などはパノラマ断層撮影しか写らない。
最初に広い範囲を撮って必要な部位を細かくとるほうがバランスがとれていると思う。
(保険では10枚法とパノラマは特別な理由がないと同時には撮れない)
それよりなにより、
日本ヘルスケア歯科学会認定の歯科医院とか、歯科衛生士がお勧めっていう記述だけど、これは同意できない。
学会の名前すら知らなかった。知らないから会員も認定医院も少ない。
目指していてもなかなかとれない資格っていうわけじゃないので、評価の対象にならない。
たぶん、筆者はここの会員でもしかするとコアメンバーなんだろうな。
仮に素晴らしい歯科医院だったとしても、会員医院が488、認定医院が62だから、全国の人が探してまでいく必要は無い。
日本ヘルスケア歯科学会のステマかな。会員が増えないと会費とれないもんね。認定医院、認定衛生士の登録料も欲しいもんね。
ちなみに、どんな学会会員、専門医、認定医も都市部に集中する。講演会、勉強会は都会でしか開催しないから。
あと、都会ほど歯科医院の密度が高いから、他の歯科医院との差別化のために参加するという力学もはたらく。
筆者は多分、歯周病治療に重きをおいた歯科医院を運営している。歯科で悩んでる患者さんみんなに当てはまる記事ではなさそうだよ。