はてなキーワード: 弥海砂とは
長期連載それ自体は悪くないという人もいるだろうけど、影響を考えると結果としてやはり文化を衰退させるものがあると思う。
長期連載漫画はキャラクターが増え、因縁も増え、連載初期に比べて一話の内容が展開としては薄く(キャラクター関係の描写中心に)なりがち。
そういう漫画ばかりに業界人も読者も慣らされると、新連載漫画も展開の早さで心を掴んでいくより連載後期みたいなキャラクター中心の書き方になっていくようだ。
しかし、まだ話に引き込まれてもいないのにいきなり自己陶酔みたいなキャラクター心理ばかり描かれても、読者はついていけないよ。
新しい話に読者を引き込むそういう力技がないので、必然と売れる漫画はどこかで見たような、最初から特定の読者層を狙いうちにしているようなものばかり。
実際この流れで衰退した文化、日本にはいっぱいあるね。邦画。純文学。
最初は誰にでも楽しまれる娯楽だったのに、だんだんマニア、評論家気取りしか見なくなって市場は雀の涙。
何にも知らない、通りすがりの新規読者にもパッと飛びつけるわかりやすい「面白さ」を提供できないと、漫画もこの道を進むしかないだろう。
漫画は、技術がこなれて芸術性は上がっているかも知れないが、独りよがりで娯楽性が薄れているのではないか? それで良いのか?
業界はもういちど考えてみても良いと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20070829185135
大変なことになるよ。夜神月くらいの知性と論理性があればともかく、その辺の一般人がデスノートを手にしたら、夜神月の真似して正義を気取っておきながら、実はマスコミの情報を鵜呑みにして一方的に弱者擁護的な判断基準で殺して行くと思う。あなたがデスノートを手にしても同じ。詳しい事情も知らずにニュースで出た報道だけでどんどんと加害者に見える人間を殺して行くだろう。魅上照が(彼は頭がいい設定だったからまだマシだったけど)若干それに近いことをやって夜神月を焦らせた(修正が必要と思わせた)でしょ。弥海砂は完璧に否定されてたしね。
んで、現実世界には常に一貫した基準で私情を交えずに判断し続けられる人間は存在しないから、絶対的権力を1人の人間が持つのは危険で、そういう仕組みは排除されて来た(民主主義)。でも民主主義は上記のようなまともな思考の出来ない人達が集まって方針を決める政治なので、衆愚政治になると言われている。
じゃあどうすりゃいいのよ、って言われると難しいけど、やはり身近なことならそこそこ判断出来る人も多いと思うので、中央集権を排除して地方、それも市町村単位の小規模に権利を移譲して、中央(国策)は全国民の投票に依って決める現在の方式じゃなく、一定以上の知性と論理性を持っていることを証明する資格を設けて、その有資格者数人で(1人の絶対権力はまずいので)やってくってすれば少しはマシになるかもね。