はてなキーワード: セレブリティとは
今更言及しなくても散々言われてきていることであるが、あえて言いたい。
もちろん全てが高レベルのキャスト(可愛くてスタイルが良くて性格が良い)というのも僅かながら存在し、大抵ランキング上位になっている(ただし、絶対的な1位はそうではないことのほうが多い傾向がある)のだが、そんなの当たり前すぎることなのでここでは言及しない。
そして、たまにどっちも低レベルのキャストも存在するのだが、(普通の店ならとっくに淘汰されている)かなりの少数派なのでもし遭遇したら逆に宝くじに当たったとでも思っていれば良い。
つまり、どんな仕事でも同じようなことが言えるが、超絶美人で態度が悪い子よりも、多少スタイルやルックスが悪かろうが、ちゃんとコミュニケーションが取れて仕事ができる子のほうが総合的な点数は高くなるということである。
どういう子が性格が良さそうか?というのは、実際に指名してみる以外の方法として、日記(ブログ)の更新頻度や内容からある程度推測できる。
前項ともつながっていることだが、要するに「何事も高ければ良いってもんじゃない」ということである。
そもそも、風俗店における料金設定というのは「ビジュアルがメチャクチャ良い」か「著名人(AV女優・元タレントなど、所謂正しい意味でのセレブリティ)である」かが握っている(超高級店やSM/フェチ系の専門店などで一部例外はある)。
これは、一般的な恋愛市場がそういう価値観に縛られているため、一般的な風俗店においてもそういう市場原理が働く、ということだ。
そういうわけで、ぽっちゃり専門店は料金帯が低く設定されている場合が多いのだが、安かろう悪かろうであるか?というと、必ずしもそうとは言い切れないのである。
そして、通常の風俗店では「性格が良い」ことで(金銭的に)評価されることはほぼないのだが、そういう特化型の店でプラス料金が設定されているキャストはビジュアルよりも性格やサービス面での評価がなされて高ランク待遇になっていることが多い傾向があるため、良いキャストを探し当てやすいという利点がある(もちろんルックスや「他の在籍嬢より痩せているから」という本末転倒な理由で高ランク待遇にされているケースもなくはない)。
あまりにも太ってるのは嫌、という場合には在籍嬢のウェストサイズの傾向から判断できるケースが多いのでよく調べてみると良い(W60より上だとヤバいとされる吉原ソープと同じように、店によって多少前後するがW75を超えると誰が見てもスタイル的にはアレなキャストが出てくる傾向が高い)。
これは「個々の感想が参考になる」というよりは「口コミの多寡によってある程度の傾向がつかめる」という意味である。
風俗系ポータルサイトの口コミというのは、一般的な飲食系口コミサイトやGoogleマップの口コミなどとはやや性格が異なっており、あからさまに低評価な口コミは運営に弾かれるようなガイドラインが設定されているため、事実上「高評価な口コミ」しか書けないような作りになっている。
ということは、「サクラや店側による虚偽の口コミが蔓延るのでは?」と思われるかもしれないが、利用ユーザーのリテラシーが低い分、他のジャンルの口コミサイトよりも運営側が厳し目に審査をしているため、そんなことをしている店はとっくに掲載リジェクトを食らっているはずである。
(とあるサイトでは多重アカやサクラによる投稿を行ったアカウントを晒し首にしていたりする)
口コミ投稿に関するガイドラインは(店側の虚偽の口コミを禁止する以外にも)割と細かく設定されており、具体性のないもの(「最高でした!」みたいなのとか)、キャストに対する誹謗中傷(「デブスでした」みたいなのとか)、他の口コミに対する非難(「こんなのに★5入れるなんて…」みたいなのとか)などを禁止している(この辺は他ジャンルのサイトでも同じかな)。
また、風俗系サイト特有のポイントとして、上記の運営による審査を通った後、店側の掲載許可が必要になっているサイトがほとんどである、ということが挙げられる。
つまり、そもそも「サイトに口コミを書く」ということ自体がハードルの高い行動であることに加え、店側(ないしキャスト)が気に入らない口コミは掲載されないことがあるということだ。
(というか、自分が受けた性的サービスの内容をある程度事細かく書いて公開する、という行動に心理的ハードルを感じない素人なんてほとんど居ない)
従って、口コミの質よりも口コミの量の多寡により、キャストがどれくらい熱量ある客に支えられているか?ということや、お店と客の信頼関係などが推測できるというわけである。
これは、逆のパターンにも言えることで、ある程度の期間在籍しているのにも関わらず口コミが全く無いキャストは、そういうところに口コミを書きようがない(低評価な口コミは事実上書くことができない)ので、あまりよろしくない可能性が高いキャストである、ということも推測できる(単純に出勤頻度が少なくて指名客が少ないだけのケースもあるが、それでも人気なキャストはちゃんと口コミ掲載があることが多い)。
やりたい放題の 5ch などの匿名掲示板では当てにならないことのほうが多いと思われるが、悪評については(ポータルサイトなどで大っぴらに書けない分)真実である可能性が高い傾向があると感じているので、そっちは参考にしてみても良いかもしれない。
実際、差別する方が悪い
ポジティブボディってのがあるのでデブに差別的なこと言ったらアウトだぞ
上級労働者はセルフマネージメントの一環として体型にめっちゃ意識を払うが
上級労働者を使う側の上級国民はその必要が無いでな。別にデブで良い
なのでデブを差別してはダメだぞ(多様性の否定)とアクションを起こす
あらゆることはそんなもんだぞ
例えば美を司るはずのファッション関係の大御所クリエイターがデブだったり、
パリコレに招待されるガチもんのセレブリティがデブでフルオーダーしたり、
ガチもんのセレブでは無くても外商が付くレベルのふくよか(婉曲表現)なお客様向けにセミオーダーやプラスサイズが展開されたり、
偉大な大御所クリエイターのデブに「おまえの美意識どうなってんの?」とは言わないし、
ガチのセレブや重要顧客のデブに「デブに売る服はねぇ!!」とは言わないし、
ファッションに関してもコストが掛かるプラスサイズを展開するより既製品で押し通したいので
下々の者に対しては「デブは悪、痩せろ」と唱えるだろう
日本は文化芸能に冷たい。海外はもっと積極的に支援をしてくれる。ああなんて貧しい国なんだ。
結論から言うと、自分は確かに文化芸能に支援をすべきであると思う
更にどこかの業界に限ったものではなく、国民全員に、事業者全体にもっと手厚い保護が必要であるとは思う
しかし、今回大騒ぎしている芸能人・文化人にイラっとするのもまた事実だ
確かに欧米諸国は今回のコロナ騒ぎに対して金銭面での保障が手厚い
だが、一方で欧米のセレブリティは普段から寄付や社会支援にもっと積極的である
貧しい人々に対して金を出しているし、貧困問題に積極的に支援を行うことがステータスにもなっている
翻って日本のセレブリティを見た時に、どこまで富の再分配に積極的な姿勢を示しているだろうか?
儲かっている大御所芸能人だって、できる限りその所得を隠して、庶民と同じ目線同じ立場を強調しており、
再分配なんて口にしたこともなく、考えたこともないのが実態だろう
24時間テレビ?前澤社長の100万円プレゼント企画?ヘソが茶を沸かすわ
日本のセレブリティは経済弱者に冷淡であり、自分が巨万の富を得たのは自分の努力の成果である
貧困は自己責任であり、自分が巨額の富を得たからといって、それを分け当たるなどとんでもない話だ。
と、こう考えているに違いない
確かに、今後の日本経済の先行きを考えた場合、ここで持続的かつ強大な社会経済支援はどうしても必要である
ここで目先の銭をケチった場合、日本経済は長らく経済低迷状態となり、本来稼がれるべきだった利益を大幅に損失するだろう
その点で言って、芸能人・文化人にも平等に支援を行うのは政治的に正しいと考える
しかし、日本の芸能文化村のこれまでの行いを振り返って考えるに、政治的に正しい経済支援にモヤモヤと感じるものがあるのも事実である
世論が平田オリザを始めたとした文化人達の経済支援を求める声に冷たく無反応であるのも、
これまでの彼らの行いに対する当然の帰結に過ぎず、それこそ自己責任なのではないかと、切って捨てたい衝動を捨てることができない。
この前スーパーでイチゴの隣に並んでるのをみて衝動的に買ってしまった(イチゴは高いから買わなかった)
買ったはいいけど使い道がないからとりあえずそのまま舐めてみたらこれが滅法うまい
砂糖だけではない奥行きとミルキーなコク、優しい風味…を持ちつつ暴力的な甘さも兼ね備えている 情緒をかなぐりすてて勝ちを取りに行ってるデッキ構成、みたいな凄味がある 味覚的快楽を刺激することに特化してる
思えば麻薬なんかもそういうところがあるんだよな 外見なんてしなびた草だし匂いとかも別に良くはないけど、脳をハックして快楽を生み出すことでどんな贅沢も思いのままになるはずのセレブリティすら夢中にさせてしまう
究極の結果主義、道程なんてどうでもいいから行き着くところが快楽だったらいいんだよという強いメッセージ性すら感じさせるカッコいい存在だよ
練乳はそれの味覚版だ 精液みたいな見た目だしほぼ無臭だけど口に入れると味覚の暴力 甘味を喜ぶという味覚の特性をハックして複雑な菓子を軽々超えてくる
練乳すげえよ
http://www.espn.com/espn/feature/story/_/id/26113613/espn-world-fame-100-2019
1位:Cristiano Ronaldo(クリスティアーノ・ロナウド)/サッカー
2位:LeBron James(レブロン・ジェームズ)/バスケットボール
3位:Lionel Messi(リオネル・メッシ)/サッカー
5位:Conor McGregor(コナー・マクレガー)/総合格闘家
6位:Roger Federer(ロジャー・フェデラー)/テニス
7位:Virat Kohli(ビラット・コーリ)/クリケット
8位:Rafael Nadal(ラファエル・ナダル)/テニス
9位:Stephen Curry(ステフィン・カリー)/バスケットボール
クリケットの奴だけ知らんわ。
ヴィラット・コーリ(ヒンディー語: विराट कोहली、英語: Virat Kohli、1988年11月5日 - )は、インド・デリー出身のプロクリケット選手(バッツマン、フィールダー、右投右打)。インド代表主将。IPL・ロイヤル・チャレンジャーズ・バンガロール所属。
世界最高の選手の一人であり、バッツマンとしてテスト形式とODI形式で世界ランキング1位。国際クリケット評議会(ICC)から世界年間最優秀選手に贈られるサー・ガーフィールド・ソバーズ・トロフィーを2度受賞。実業家でもあり、プロサッカークラブ・FCゴアの共同オーナー。インドで最も影響力のある人物の一人であり、妻はボリウッド女優のアヌシュカ・シャルマ。
インドでスポーツ界を越えたスーパースターであり、アクシャイ・クマールなどインド映画のトップスターを抑え、最もブランド価値の高いセレブリティに選出された。ソーシャルメディアでも高い人気を有しており、Facebook、Instagram、Twitterのフォロワー数は合計1億を越えている。2017年にインド政府より民間人に贈られる4番目に格式の高い勲章のパドマ・シュリー勲章を受賞。2018年にインド政府よりスポーツ界における最高栄誉賞のラジーヴ・ガンディー・ケール・ラトナ賞を受賞。2018年にタイム誌によって世界で最も影響力のある100人に選出された。
へー。
Timeはパーソンオブザイヤー2018に3ブクマ。恒例行事に3ブクマは寂しい気がする。ガーディアン(固有名詞でなく一般名詞、カショギ氏ら複数のジャーナリスト達を指す)が受賞。
The Guardianはドイツでチョコレート工場からチョコレートが流出し道路を覆ったという記事に2ブクマ。
https://www.theguardian.com/world/2018/dec/12/chocolate-factory-leak-smothers-german-street-paving
New York TimesはAmazonがAWS向けに自社開発したサーバ用CPUがインテルを脅かすという記事5ブクマ。ARMベースらしい。
https://www.nytimes.com/2018/12/10/technology/amazon-server-chip-intel.html
NY Timesもう一本。あなたのスマホアプリはあなたが昨夜どこにいたか知っているけどそれを秘密にしてくれない、売られるという記事。
https://www.nytimes.com/interactive/2018/12/10/business/location-data-privacy-apps.html 3ブクマ
CNBCはジョンソン・アンド・ジョンソンがベビーパウダーにアスベストが混入していることを数十年前から知ってたという記事。3ブクマ。
今回のは厳密に「罪」には当然なりません
今回の、が何を示しているのか分かりませんが、TOKIO山口メンバーの件なら、まだ不起訴処分が出たわけでもなく捜査中なので、『罪には当然なりません』と言うのは、100%間違っています。
ちなみに、福田元次官のセクハラ容疑は、報道を見ている限りでは刑法に抵触するレベルの酷さではなさそうですし警察が捜査をしている様子はありませんので、私見では刑法による罪には問われにくいかなとは考えますが、その他にも国家公務員法とか都条例などに引っかかったりするかも、と言う懸念もありますし、まだ無罪!とは言い切れない状況ではあると考えています。
罪ではないと言い切れないのは、やはりこちらも調査中だからです。あと調査の方法に大きな問題がある(セクハラ調査に加害側の弁護士を窓口に立てるというのは、信じられないぐらいマヌケな方法です)ことも、あんなもんじゃ罪にはなんないだろうねーと思ってはいても断言できない理由です。なんか隠したいことでもあるんか?となるので。
出会い系知事とかエロヨガ大臣とかガールズバー元次官については、書類送検される様子もない(まぁこれは当然だと言いやすいですが)ので、罪ではないと言いやすいですね。
社会的な制裁、については、上記に上げたみなさんすべて、ある程度の知名度があり人によっては公人でもある方々なので、ある程度は仕方がないでしょう。というか止めようがない。止めようがないことが良いことづくめだとは思いませんが…人間社会なのでしょうがない面はある。
公人については公務員法その他で定められている行動規範もろもろありますので、その枠を超えることをして見つかってはマズイ人たち(パパラッチ)に見つかってしまったのなら、まぁしょうがない。
私人ではあるがセレブリティ(有名人)であるTOKIO山口メンバーについては、人気商売なので「市場の潮目が変わる」みたいなことは、報酬や待遇やその他を含めてもともと織り込み済みだと考えるのが穏当だと思います。
要するに顔をさされるレベルの有名人や、政争の真っただ中にいる公人が、なぜ…笑、という(笑)は、避けようがないですね、もちろん全面肯定はしませんが。
今年もお盆がきて、夏真っ盛りのこの時期
昨日、一昨日とSSAでシンデレラガールズのLIVEがあって多くのシンデレラPが参加されたかと思います。
その日、私はSSAにもLvにも参加することなく、最近はシンデレラガールズをどこか遠くのことのように感じています。
その理由を説明する前に私のことと担当について少しお話したいと思います。
私は涼宮星花さんというバイオリンが得意で何事にも挑戦していくお嬢様アイドルを担当しています。
みなさんも彼女のアイドルに対しての前向きな姿勢や可愛らしい表情を見るとプロデュースしていきたくなること間違いなしだと思います。
涼宮さんは西園寺琴歌さんと水本ゆかりさんの3人でノーブルセレブリティを、栗原ネネさんと大和亜季さんでヘルシーサバイブのユニットに属しています。
ついこの前、モバマスで涼宮さんが上位のイベントもあり、私も張り切って走りました。
さて、そんな涼宮さんはまだボイスはなく、総選挙でも50位圏外と、担当としてはどうにか50位圏内へ目に見える形で結果がほしいもどかしい思いをしているところです。
そんなところが、私のP業の現状になります。
デレステが始まってから、デレマスを盛り上げていく主体がモバマスからデレステに移ってきました。
デレステの3Dは振付は非常によくできていて私も担当のおねしんを見て涙を流してしまったほどです。
さらに、モバマスではなかなか進まなかったアイドル同士の掛け合いやユニット曲を含めた新曲発表など勢いは凄まじいです。
ですが、私はこのデレステについていくのが難しいなと感じています。
デレステは音ゲーという性質上どうしても声付きがメインになりますし、イベント、ガシャ含めて声付き、声なしの差は大きいです。
デレステというゲームでは涼宮さんをプロデュースできないという問題があります。
次にライブについてです。
ライブの曲目や演者の関係がデレステに大きな影響を及ぼすようになってきました。
担当をプロデュースできずあまり触ることのないデレステがライブのメインになってくると知らない曲やユニットがでてきてついていけない気がしています。
そんなこんなでデレマスについていけなくなりつつある弱小Pでした。
と、ここまではなんでデレマスとの壁を感じているかを冷静に言葉を選んで書いてきましたが、ここからは率直な気持ちを書いていこうと思います。
ここまで、読んでくれた稀有な方はどうぞ最後までお付き合いください。
765、876、ミリオン、シンデレラと多数の声優(女性)さんがアイドルマスターに関わっています。
正直、歌って踊れて容姿も良くてキャラクターのことを大事にしてくれる人材が残りどれほどいるでしょうか。
理想ではシンデレラガールズ全キャラクターにボイスがついてほしいです。
それを夢見るべきなのも分かります。
でも、それは現実的な話ではないですし、声付きの中でも個人曲がなかったりと格差が生まれています。
声付き同士でもその格差に悩まれているPは少なくないと思います。
ノーブルセレブリティだと涼宮さんより西園寺さんのが声つく順番が先だろというのも分かったうえで声が欲しいです。
その西園寺さんでも50位圏内ではないという高い壁があります。
地道に周りに魅力を伝える活動をしろという意見も分かりますが、そんな正論で殴られる気持ち分かりますか。
総選挙で500人いたら50位入れると聞いたことありますが、モバマスのアクティブ5万人程度の1%も集めないといけません。
183人のアイドルがいて、超人気キャラもいるなかでも1%。不可能でしょ。
それでも、個人にフォーカスされなくても、個人曲がなくても構いません。
ネットからの収入が月300万を超えたので、思いを吐露したい。
http://anond.hatelabo.jp/20130602143115
ネットからの収入が月100万を超えたので、思いを吐露したい。
http://anond.hatelabo.jp/20120603083800
相変わらずあんまり幸せではないので、俺が幸せになる方法を考察してみたので投下します。
長いので最初に3行でまとめてみました。興味があれば、もっと読んでいただければ。
・収入が一定以上を超えると、それに比例して期待感が増す上にその期待が裏切られるため不幸感が増すぜ。
⇒俺は不幸だぜ。
・30代の男性。
・税引き前の利益が年間3000〜4000万円なので結構収入がある。
・絶対にやるべき仕事時間は1日10分くらいなので結構時間がある。
・やれば更に収益が伸びる作業に1日6時間くらい費やしている。
・取り立てて不幸というわけでもないけど、全く幸福感を感じない。
・世の中が灰色がかって見えている。
・ぺふぺふ病(清水)にかかっている感ある。
・幸せになりたい。
何度も書いてるけど俺はちょっと不幸だと感じている。
以前の増田では単に「お金があっても幸せじゃないんすよ」と書いていたが、最近それについてもう少しだけ深く考えてみた。
まず、幸せと金の相関に関して、以下の記事が少しだけ役に立つ。
第2部 これを超えると不幸になるらしい「年収900万円=最大幸福」説は本当か?
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41296
「'02年にノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学の心理学者、ダニエル・カーネマン教授が面白い研究をしています。それによると感情的幸福は年収7万5000ドル(約900万円)までは収入に比例して増えますが、それを超えると比例しなくなるんです」
4年前の記事なのでドル円が現在とは微妙に違うけど、今なら年収750万円を超えると幸福感は増えないと書いてある。
理由としては、それくらいの収入があれば普通の生活を送る分にはほぼ十分だから、ということで俺も納得している。
俺は年収が750万円を超えて増え続けたとして「幸福度はほとんど上がらない」と予想していたが、実際には「逆に不幸になる」わけだ。何で不幸になるんだろう?
冒頭のカーネマン教授の研究によると、年収7万5000ドルが幸福度のピークだった。これは、そのくらいの額を稼ぐ生活が、収入で得られる満足感とかかる費用(仕事のプレッシャーや忙しさ)のバランスがいいということなのだろう。
薄い考察だ。
俺は年収7万5000ドルなんざ4倍以上超えてる上に、仕事のプレッシャーなんてほとんど無いし、全然忙しくもない。
でも不幸だ。
プレッシャーも忙しさもないが、収入が増えれば増えるほど不幸感が上昇していると感じている。
何故か?
答えは「期待感」にあると思う。
収入が増えると、それに比例して上記のような期待感が勝手に膨らんでしまう。
しかし、実際には収入だけが増えても一人で仕事をして他者と交わらなければチヤホヤされないしモテないし尊敬もされない。
その結果、「俺はこんなに頑張ってるのに何故チヤホヤされないのか」「俺はこんなに世の中に貢献してるのに何故モテないのか」「俺はこんなに税金も支払ってるのに何故病院でスゲー待たされるのか」という不満が増大する。それも、年収が増えれば増える程、こういった不満は増大し続ける。
そういうわけで、年収が750万円を超えると、
・期待感は膨張を続け、そしてその期待は裏切られ続ける。
ということになり、不幸感が増大するということになる。
「金なんていくらあったって別にチヤホヤもされないし、モテないし、病院ではスゲー待たされるよ。期待なんてしない。」ってのを理屈として納得したところで、別に幸せにはならないよな。
世の中を斜に構えて見るようになるだけだ。
まぁ、大前提として「金だけでは幸せになれない」ということは理解できた。
長過ぎるので後編に続く。
友達が30万の腕時計買ったとか言ってきたからちょっと借りて周り一周してきた。
時間は携帯で十分だと思ってたし、高級品なんか関心もなくて自分には関係のない話だと思ってたんだけど、人間わからんわww。
ちょっと腕にはめるだけで、自信が満ち満ち溢れてくるんだもん。
社長とかセレブリティの人たちが何百万もするもの身につけたくなる気持ちが垣間見えたね。
それにこっちの世界に入ったことなかったから全然気が付かなかったけど腕時計結構見てくる奴マジで多い。
コンビニ入ったら客がチラッ、会計のとき店員がチラッ、出る時もチラみたいにチラチラこっち見てくる。
いままで自分なんかこの世に存在してるかしてないか分らないぐらいの存在だったのが腕時計してるだけで「自分、今、ここにいます!」って宣言しながら歩いてる感じっつーか、もろ「自分」を感じるんだわ。
携帯あれば腕時計いらねーし仮につけるとしても3千円のGショックで十分とか高級時計バカにしてるやつら(さっきまでの俺がまさにそうだったが)、一度高級時計試してみ?マジで人生観変わっから。
amazonプライムに「あたしンち」があったので、しばらく見てたんだけど「お母さん」の話通じなさにイライラしてみるのを辞めた
これは最近仕事で疲れててフィクションに対する耐性が弱くなっているからだし、イライラさせられるほどキャラクターがしっかりできている「あたしンち」は良作だったのだと思う
それにしても「あたしンち」って、「あるある」「共感できる」としてヒットしたわけでしょ?「お母さん」の話通じなさが。お母さんってこうだよねー、って。なんで親ってあんなに話通じないもんなんだろう?
私の母親も本当に話が通じなかった。小学生の時に起きた、「こいつと話をするのは無駄だ」と悟った事件、その後の私の進路を決定付ける事件を書いてみたい。
小学生のとき、カタログギフトで有名パティシエ制作の大きな冷凍ケーキを選択。
どうしてもどうしても「切らずに冷凍しておいてほしい」ということを以下のように主張
その結果、わかったとの回答を引き出した。それまでも愉しみを台無しにされるような理不尽な目にはたくさん合わされていたが、その回答は珍しくまともだと思った。
だが当然のことながら、ケーキが到着した日に帰宅して冷凍庫を開けると無残に細切れにされた(しかもうちの母親、不器用)ケーキが。
今書いてみるとほんとにアホらしいし、どうでもいいことなんだけど、本当に頑張って説明したし、何よりわかったって回答があったから、
「理不尽」「聞いてない」とかいうレベルじゃなくて「不誠実」なんだ、もうコイツとはやっていけねーと思ったんだよね それ以来、母とはほとんど口をきかずに暮らし、早く自立して今は絶縁状態
別にうちの親って毒親とかそういう問題になるような親じゃ全然なかったと思うんだけど
私が職場や友人に恵まれているのかもしれないが、大人になったらそれなりに話して分かり合える(または、分かり合えないということを確認し合える)じゃないですか?
その時はみかんみたいに「もー、おかあさーん!!」とか言って済ませてたけどさ
なんで親と子になると話が通じなくなるんだろう?
考えがまとまらないまま書いてしまったが、一番言いたかったのは「あたしんちってあんなヒットしたんだから一般的な感覚なんでしょ?なんで親って話通じないのが一般的なの?」ってことなんですわ
あんまり話をしなくなったきっかけがこの事件なだけで、その後進路のことで似たようなことがあったりいろいろだったのさ
それを「もー、おかあさんはー!」で済ませられないのは私がガキなんだと思うけどね
そして絶縁じゃなくて絶縁状態です 積極的に縁切ったわけではありません
親子とか立場の違いは関係なく、人が大事にしているものを蔑ろにするのは絶対ダメだと思う
そのものにいかに価値があるかじゃなくて、どれだけ大事にしてるかじゃないですか?
すごいケーキが大きくなってる気がするんだけどみんな日頃そんな大きなケーキ食べてるのかい?セレブリティかい?
「スペースが足りないから切った」を理不尽だとはさすがに小学生のときでも思わんし書き忘れてしまったが冷凍庫のスペースは足りていたのだなあ、、
情報の海に溺れそう。
身体は不調だけど精神だけギンギンというか、思うように動けないので頭だけが回っている感じ。
たまごクラブは妊娠発覚直後にもちろん購入、妊娠系アプリも複数導入、ちょっと気になることがあればすぐ検索。
疑問をすぐ解決できることは大変便利で良い時代になったなあと思う反面、小さな不安の種がどんどん大きく膨らんでいくこともあって、諸刃の剣。
余談だけど、ネットどころか医療も発達していない時代に妊娠・出産をした女性たちはすげえ。
私が今ここで生きてて新たな生命を宿しているということは、昭和・戦時中・江戸時代・戦国時代、もっと遡って縄文時代とかに妊婦をやってくれた代々のご先祖様が確実に居るわけで、超がんばってくれたんだなぁアリガタヤアリガタヤと思いを馳せてみたり、そんなロマンより現実的に私の子は無事育つんだろうかとまた不安で悶々としたり、いやいや不安になってもしょうがないから何か建設的に準備をしようとネットショップを見て回ったり、しばらくぼーっとネットサーフィンしていたら知らず知らずのうちにまたヤフー知恵袋に吸い寄せられたりして、アレはあまり精神的に良いものではない。
しかし昨今の(昔に生きていないので実際は知らないけど)妊婦&育児グッズはなんかすげぇ。
コックピットのようなチャイルドシート、セレブリティなベビーカー、ブランド物のマザーズバッグ、有名人とコラボした妊婦用下着。そして「もう何がええのかわからん!」と音を上げたところに「貴方に最適な選び方を教えます!」という情報サイトの数々。
妊婦&育児グッズというものは、私にとって30年間生きてきて初めて遭遇する代物で、しかし多くの先人たちの知見が山ほど溜まっている高級商材である。
先日、暇だったのでデパートへベビーカーを下見に行ったら、何かしらの便利な機能が発動するボタンがいっぱいついていた。とにかくなんかスゴかった。
身近な周囲に最新情報を持った先輩妊婦が居ないのも情報の海へダイブせざるを得ない要因。
実母も義理の母も、30年以上前の妊婦。どうやらあの時代とはがらっと状況が変わっているらしい(ネット情報)
近くにいる友人は全員未婚。経産婦の友人は遠方だったり疎遠になったりしているので、相談しづらい。
妊娠初期はあまり公にしない方が良いとのことで(ネット情報)「私妊婦なんだけど、何をどうしたらいいの」とか気軽に言えない。
もちろん「私妊婦なんですけど、何をどうしたらいいんですか」みたいなバカな質問をヤフー知恵袋にはできない。
夫はとても協力的で助かっているのだけど、やはり男性というか、大きなところしか不安に思っていない様子。
経済的なこととか、教育とか、ざっくりと長期的なところをぼんやりと考えているみたいで
「短肌着って何?なんで全部白いの?50センチと60センチどっちを買えばいいの?それからチャイルドシートをベビーカーにドッキングできるやつがあるらしいんだけど単機能で乳児だけが使えるものと6歳まで使えるやつとどっちがいいと思う?ベビーベッドは要らないっていう意見とあった方が安全面でとか言う意見とがあるんだけどどうする?邪魔かな?レンタルにする?あと抱っこ紐は新生児から使えるやつがいいと思う?それとも首が座ってからの方がいいかな?」
タイムマシンの民間利用が開始されてから30年。開発当初の予測とは異なり、
最大3時間前への跳躍が限界で歴史改変は不可能と証明されたこの技術は、
結果的に短期的な事故を回避する手段として急速に普及しました。
人間に重篤な障害をもたらすと警鐘を鳴らしてきました。なぜなら人類は
やり直しのきかない一度きりの人生に対峙することこそが自然な姿であり、
人間が本来持ちうる健全な肉体は宿命たるカルマを受け入れる精神によって
培われるからです。現在の世界的経済停滞も、安易な時間跳躍の跋扈による
真摯さの喪失及び生命力の脆弱化によって引き起こされていると言っても
過言ではありません。
この問題は子ども達の精神、肉体に於いても深刻な影響が懸念されます。
ねじまがった時間の中で生きる子ども達に、真の幸福、真の成長は
訪れるべくもありません。
我々の提唱する、自然な時間をありのまま受け入れるLOMESスタイルは
先日発生した多重跳躍事故の悲劇がこの技術の持つ歪みを浮き彫りにし、
リア充とコミュ障についての一般的理解についてはすでに得られているものと仮定する。ところでこれは世界一般の傾向とは言いがたい。コミュニケーション力のあるなしは、たしかに社会での成功につながったり、リーダーとして選ばれる資格ではあったりするものの、社会全体を二つに分けたりはしない。同じ趣味を共有する者たちは、リア充であろうとコミュ障であろうと仲良くする。同じようにリア充であっても価値観、例えば政治信条が違うなどすれば必ずしも仲良く話したりはしない。これは西洋社会のことを説明したのだが、アジアや中東やアフリカがそれぞれ違うかもしれないが、いずれにせよ世界で一般的な社会構造とはいえない。
日本での特徴は、コミュニケーション力が高く集団のリーダーになりうる人間に、その他大勢のある程度コミュニケーション力ある人間がコバンザメのように付着し、そしてその外的構造であるコミュニケーション力がかなり低い人間を自分たちの場にいれないように蹴落とそうとするところにあると考える。ある種のコミュ力の低い人間、たとえば極めて知能の高い人間や有名スポーツ選手などはリア充集団に歓迎して迎えられるが、それはリア充集団が彼をどう捉えるかによって決定されている。つまり、社会構造の決定因子はリア充クラスタの集団意思に拠っている。
ここでアニメ・ゲームをはじめとするオタク文化を考察すると、ここは実のところ必ずしもコミュ障 ∋ アニメオタクという符号が成立しないことには、この分野に詳しい諸家はすでにお気づきのことと思う。大方コミュ障はアニメ好きを許容し、リア充はアニメを毛嫌いするような一般的合意があるように思われるものの、その結果としてリア充クラスタにおける「アニメ好き」趣向は、まるで韓国における「親日」と同じレベルのタブー、クラスタからの脱落を意味しかねない極度にセンシティブな因子なのである。かくしてリア充構成員はたとえアニメ好きであったとしてもそれを隠蔽する傾向にあると推察される。一見すると強力に両クラスタ間を分別する因子がオタク文化のように感じられるかもしれないが、実のところ本質的な差異である「コミュニケーション力(あるいは空気を読む力)」に比較するとオタク文化の識別能力はさほど高くない可能性がある。リア充クラスタにおいて本来オタク文化を好む傾向を持つものは、宮崎アニメ好きやゲーム好きなどという仮の衣をまとっていたりすることがあろう。
ここでコミュニケーション力の高い人間の中でもリア充クラスタを引っ張るほどに実力の高いものには、上記のタブー要因が作用しないことにも注意したい。かくしてリア充リーダークラスに認められたオタク文化、例えばゲームであるとか、エヴァンゲリオンなどと言ったものは、一時的ではあってもリア充クラスタに受けいられることはある。しかしその発言権を有するのはリーダークラスだけであって、構成員はたとえエヴァンゲリオンが面白いと感じてもそれを口にだすべきではないわけだ。
もしこれを読むリア充構成員が、そんなことはなくて本質的にアニメなどくだらなくて毛嫌いすべきもの、自分はどこまで言ってもあんなものを理解することはない、と思うとしたらそれは知性のなさを吐露するものと捉えられよう。どんな文化にもその文化の理解と経験からなる文脈的解釈があって、たとえば夏目漱石を読みたいたいならその背景のあの時代の日本の小説文化をわかっていないと凄みがないし、ゴダールを楽しみたいならヌーヴェルバーグについての一定の知識がないと到底わからないだろう。これらのマニアックな趣味ならばこの発言はすぐに受けいられるが、これはたとえばレディー・ガガだって、浜崎あゆみだって、「読モ」だって同じ事だ。「読モ」なんていうのはあからさまに文脈的文化であり、芸能界と大衆一般文化・特に女子高生文化との異常な接近を意味しているに過ぎず、これがたとえば欧米社会に言って受けいられるようなスター性がある人間たちだとは到底思えない。それはしかし逆も真であって、現在の欧米のセレブリティが普遍的価値を持っているわけでもない。さらに欧米であったって、日本のアイドル文化の文脈を理解した者たちは、熱烈にモーニング娘を支持したりする。結局のところ文脈だ。そしてその文脈を理解した時、アニメの面白さというものが血となり肉となって味わうことができるのであるが、アニメの文脈を捉えようとしたことのないリア充が「アニメなんて子供のものでつまらない」と言った時、文脈をきちんと理解した時彼が同じようにつまらないと思うかどうかはわからない。本当はそのアニメの強力な支持者になりうる資質をもっていたかもしれない。
ここでまず第一の議論に入ろう。先日、プリキュア好きのアホな若者が未成年者略取の事件を起こした際、プリキュアを見るような成人男性は幼い女の子を誘拐しかねないから監視すべきかという議論があった。ここで、金銭目的ではない幼女略取事件を起こすための決定要因はロリータ・コンプレックスの存在にあるとする。これはいいだろう。
おそらくコミュ障・ロリコンの人間はプリキュアを見ている。それは否定しがたい。相関も出るだろう。コミュ障でミリタリーが好きな人はエリア88を好むかもしれない、そういった趣味傾向の行先として当然の帰結であろう。しかし、リア充・ロリコンは、上記の社会的プレッシャーによりプリキュア好きを公言しないか、もしくは好まないもののそれは文脈理解の不足によるもので、コミュ障と同じだけのアニメ文化の洗礼を受けた上で見てみると、その人間の本質的な趣向はプリキュアを是とする可能性がある。プリキュア視聴という因子は、リア充でロリコンの人間を識別する能力を全く持たないと考えられる。
そこで、プリキュア視聴の幼女略取事件発生に関する精度が高いためには、コミュ障の条件付けでは相関があるものの、リア充の条件下では相関が出ないと思われることから、そもそも幼女略取を起こすのはコミュ障であってリア充は起こさないかもしくはとても可能性が低いという前提が必要だ。しかしこれは確認されていない思い込みである。過剰な前提である。コミュニケーション力の有無によって幼女性愛傾向が決まるというのは過剰な前提だ。そもそも幼女に話しかけてつれさってどこかで何かしようという行為はコミュニケーションによって成立しているように思われる。
であるから、現在の情報をもとにプリキュア視聴によって幼女略取を推定できると考えられるとは思われない。しかし研究対象としては興味深い。本当にコミュ障でプリキュアを見てという人がほとんど幼女略取事件を起こしているのか、それとも実はリア充で、社会的理由によりプリキュアを見ていない者が、ロリコンなので幼女略取事件を起こすのか。報道などを総合する限りは、野球選手で幼女にイタズラした事件なども含め、必ずしもコミュ障だけがこの手を事件を起こしているとは思われない。私の直感では、「プリキュア視聴」の識別能力はさして高くないものと思われる。私はここでことさらプリキュア好きな人を擁護したいのではなくて、我が子を守ろうという社会的行動にあってプリキュア好きを調査する行為はおそらく無意味であって、それよりももっと他の面を充実させることで犯罪抑制を図ってもらったほうがよいだろうという思いから述べたものである。
次に第二の議論に移りたい。
最初に述べたようにリア充クラスタにおいて、アニメ好きというのは集団からの集中攻撃を受け、個体として排除される可能性を生むほどの強烈なタブー因子である。それでは、人生のある時点においてコミュ障クラスタからリア充クラスタに移動した人間においてはどうであろうか。これは一般には「大学デビュー」などと称される現象として観察されている。
これは私の話である。高校時代はエヴァやガンダムW、3x3アイズやああっ女神さま、ロードス島戦記といったそんな世代だ。コミケは所要で行きそびれたが、今から考えると正解だったか。萌えとかいう言葉はなかった、と思う。大学に入った当初くらいはエスカフローネやウテナを見ようとしていた記憶もある。しかし内容については一切記憶が無い。私は結果として、アニメ好きを決して公言せず、周囲に同調して「この年齢でアニメ見るとかヤバい」「twitterのアニメアイコンキモい」とか言い始めるようなそんな人間になっていた。実際には周囲の人間は、「こいつちょっとオタクくさいよな」とは思っていたかもしれないが、リア充クラスタというものは、大学レベルで就職なども視野に入りポリティカリー・コレクトな発言を志すようになると、「僕はリア充クラスタに入信したいです!過去のことは水に流します」という気持ちでありさえすれば受け入れてくれるものである。そしてなれないおしゃれな服を買ったり、カラオケではやりの曲を歌ったりするのである。高校まではバカにしていたような、軽薄な恋歌を。そうやっていると、「彼女」が得られるのだ。現代日本社会において、古代ローマ帝国における「ローマ市民」を意味する社会階層に移ることができる。
ところで彼女を得たり、彼女を得るための努力をしたりしているうち、軽薄だと思っていた恋愛の歌が、実際に経験してみると自分の気持ちや彼女の気持ちをわりとうまく表現しているということに実感が至り、そうそう軽薄といってバカにすべきものでもないなとも思う。とはいえ思ったこと感じたことを書いただけで、より深い洞察はどこにもないが。ショッピングも、自分がその中で役割を演じる主体となってみると、無駄な時間と思っていたそれがわりと楽しいものと感じる。買ったものが無駄であることに変わりはないが。
結局のところ彼女に最高のプレゼントを購入し、サプライズ込みの記念日を演出する自分がいながら、その傍らでそれを冷めた目で見つめている自分がいる。オタクコミュニティの言説への親和性はその後もずっと高く、それになんとなく寄り添う気持ちは持ち続けている。
ところがだ。たとえばネットで、オタクへの攻撃的言説があったとしよう。両世界を知る人間としては私は言うが、そのほとんどは謂れ無き差別、思い込み、妄想のオンパレードで、リア充側に理があるといったことはほとんどない。実のところ私と同様に二つの世界を移った人間が、コミュ障的世界への決定的決別を宣言するがために、わざと理不尽な攻撃を繰り出しているのではないかと思えるほどである(そもそもネット系ツールで自分の主義主張をかましてしまうような人間が、オタク文化に一度も染まったことがない可能性はどれほどなんだろう。はてなならまずそれはないと言い切れるが、twitterなら真っ当な人間もいるのかもしれない)。ここでわたしは実名世界ならば「まあまあ」といったところでお茶を濁すところだ。一方匿名であれば、コミュ障側への深い理解と共感、リア充の身勝手さへの反感を述べるのである。それができるのがネット世界であった。わたしの年齢だと、大学くらいから徐々に浸透してきたものだ。
ところがそれに対する反応はどうか、「上から目線だ」「こいつオタク装ってオタクじゃねえ(やはり短期間でも離れると会話についていけなくなる世界だ)」「とにかくむかつく」というような、つまり、リア充がリア充そのものの発言をした時よりもよりいっそうの猛烈な反発をくらっちゃったのである。うん。くらっちゃった。僕はコミュ障のオタク達を助けたかっただけなのに・・・
ここでは韓国において、日本のリア充にあたるのが「反日」、コミュ障が「親日」と考えよう。親日っていうのがいるのかいないのかわからないと言われるかもしれないが、私は少なくともそれなりに知っている。しかし強烈なプレッシャーがあり口にだすことができないという。社会で生きていくのに困難さすらともなう、場合によっては転向を要求される、転向しさえすれば許される。これがコミュ障クラスタと似ていないと言えようか。一方、反日クラスタの中では、ちょっと過激すぎて理不尽とも思われるような反日的発言(日本の高校生のバットは圧縮バット、みたいな)が容易に許される、やや知的に劣等な面が見られる。そう、これがリア充クラスタだ。「親日」側は日本の「コミュ障」よりもはるかに強烈に弾圧され法律まで持ちだされて言論封殺されているような環境ではあるが、構造としては似ている。
そこで李大統領は、就任前の経緯や就任当初の発言を見るに基本的には「親日」側の人間であるように思える。韓国政界でもそのように攻撃されていた。であるが、そこは韓国だ。私が実は井上喜久子姉さん(17)が好きなんですーなんて口が裂けても言えないのと同様に、李大統領も本来の親日発言をすることはできないのだろう。した瞬間に引きずり降ろされる。しかしそれでもなんとかしてやりたい。僕はもうアニメ好きには(親日には)決別してしまったように社会的には行動していたとしても、自分は自分として評価されなくてもいい、ただし何か一つでもアニメ好きの人たちが嫌われない、少しでもよく思われるように、こちらがわ(反日側)の内部からそのクラスタを説得できるようなことができないものだろうか・・・
アニメが危険なものだなんて証拠はないって言わなければ(過去の記憶だけにとらわれず前向きに行こう)、でも僕自身はアニメ好きなわけじゃないって付け加えないとねリア充の人たちから疑われるし(従軍慰安婦への謝罪が不十分だ)、あとアニメ好き側の人も振る舞い方を少し気をつけたほうがいいよねって書こう(天皇陛下に来てもらって謝罪をするなど大胆な行動が必要だ)、そうするとリア充側も納得するだろうし・・・
で、もちろんリア充の方に向けて発言してるわけだから、自分はアニメを支持するわけではないっていうニュアンスをちゃんとただよわせなきゃ(来たいなら来ればよい)、そうしないとむしろ自分が攻撃されてしまうしね・・・
それで猛烈な反発を食らってしまった。ほんとは僕はあなた方のために行動したかったのに・・・(日韓関係の専門家を集めて、真意が伝わっていないと不満をもらす)
どうだ、見事にハマっているわけではないか。李大統領はかつてオタク文化にハマったコミュ障住人で、ある時点でリア充クラスタに移ったのだがあの時のオタク文化に恩を返したい、そんな義理堅いやつなんだ。だけどそんなことしてオタク側から猛烈に反発くらっちゃったわけなんだな。
という壮大な妄言はここで終わりです。
昨日金曜ロードショーにてSEX AND THE CITY2が放送されていた。
この映画はドラマ放送の時代からリッチで独立した女性の生き方を主軸として作成されている。
そのエッセンスとして、ブランドの服や靴と、彼らを取り巻く男性とのキワドイシーンが登場する。
女性は「おしとやかであること」や「純粋無垢であること」が求められていた既存メディアに新しい風を吹かせたのが10年前。
その風は全世界にブームを巻き起こし、映画第2作製作へと至った。
日本でも現在このドラマを模した民放のドラマが放送されていたが、いまいちハマらない。
セレブ感を出そうとしている努力は認めるが、結果がともなわない。まるで小さな子供がお姫様ごっこを見ているような滑稽さである。
日本でいわゆる「セレブリティ」ドラマがはやらない理由が二つある。
ひとつはアメリカに比べ、そのような「煌びやか」で「豪華絢爛」で「はちゃめちゃ」な生活を送っている人口が絶対的に少なく、
それはハリウッド映画の中で生け花や禅を行う外国人俳優の演技と似たようなものがある。
日本の裕福層の生活を模したドラマや裕福層の人のドキュメンタリーを制作するならまだしも、
完全にアメリカの生活のイミテイトであれば、違和感が生じるのは当たり前である。
日本では邦画「幸せのパン」や「うどん」のように日本独特の雰囲気をしっかりと掴んだ作品が一番受け入れられやすいと思う。
二つ目の理由は、日本とアメリカの人口年齢の分布の違いである。
アメリカでは現在でも若い人口が増え続けており(2030年以降は生産年齢人口は減ると想定されているが)
若い人に受け入れられること=ヒットという方程式がいまだ確立されている。
もうすでにそれがヒット作(金)を生み出さないことに気づいていない。
「鬼女」とも称される既婚女性板。そこには妬み嫉み、誹謗中傷、悪意に満ちた推測など、身の毛もよだつことばが溢れているといいます。
そこで、そんな「鬼女板」を覗きに行き、アンチスレの数々を観測してみました。今日(6/11)現在、上位300に含まれるスレッドを対象に見て周った結果を以下にまとめます。
被アンチ者 | 職業等 | スレ数 | 婚姻の相手 | 批判されている点(主なもの) |
---|---|---|---|---|
雅子妃 | 皇族 | 1845 | 皇太子殿下 | 職務怠慢、育児怠慢、詐病、実家との癒着、自己中心的言動 |
東 瑠利子◆RurikoA2fk | ブロガー | 265 | 雷X(現GTR、2chコテハン) | 歯科助手として法・職業倫理に反する行い(治療行為を行う、薬剤窃盗、患者の個人情報をネット上に公開、患者への誹謗中傷) |
住谷杏奈 | 元タレント | 225 | レイザーラモンHG(芸人) | ブログにおける捏造、過去の仕事(ミニスカポリス等の際どいセクシー要員、ホステス)、美容整形 |
辻希美 | タレント | 169 | 杉浦太陽(タレント) | 家事・育児に難あり、常識を欠いた言動、美容整形、ブログにおける捏造、独特な語彙・文章 |
ダルビッシュ紗栄子(スレタイは夫と連名) | 元タレント | 124 | ダルビッシュ有(プロ野球選手) | 交際3ヶ月で妊娠→結婚、独身時代の男性関係、人気ブランドのデザインをパクる服飾業者との結託、育児に難あり、品性に欠ける言動 |
浅田好未 | タレント | 82 | 一般人 | ブログでの虚言・捏造、家事・育児に難あり、過去の仕事(ロリ系アダルト) |
新山千春 | タレント | 70 | 黒田哲史(西武ライオンズコーチ) | 独特な語彙・文章、家事・育児に難あり、常識を欠いた言動、美容整形 |
君島十和子 | 元女優、美容家 | 52 | 君島明(デザイナー) | 実態に見合わないセレブリティ風自己演出、金銭トラブル、美貌の衰え |
向井亜紀 | タレント | 46 | 高田延彦(タレント、元格闘家) | 代理出産にまつわる問題行動、「自分の命>>(超えられない壁)>>赤ん坊の命>>(お金で買える壁)>>代理母の命 という価値観」(スレより)、育児に難あり |
さゆり(ユリ牛=椎名奈津美) | ブロガー | 39 | 一般人 | 病的な虚言 |
YOME(大井純子) | 料理ブロガー | 31 | 一般人 | ブログで紹介する料理が奇天烈、誤った知識の披露、独特な語彙・文章、娘に対する愛情が希薄 |
越智千恵子(スレタイは夫と連名) | モデル、実業家 | 21 | おちまさと(放送作家) | 不倫・略奪婚、ブログにおけるレシピ無断転載 |
あさみ | ブロガー | 18 | 未婚 | 病的な虚言、反日的な発言、スレでの荒らし・自演 |
林真理子 | 作家 | 18 | 一般人 | 成り上がり的な性質(品性・スマートさの欠如、自己顕示欲の強さ等) |
キム・ヨナ | フィギュアスケート選手 | 17 | 未婚 | 高い評価に見合わない実力=得点の買収、他の選手への無礼な振る舞い、不遜な態度 |
柏木志保(梅) | 漫画家 | 11 | 矢吹健太朗(漫画家、離婚) | ニコニコ動画で活動する10代男性ミュージシャンとの不倫・離婚、育児放棄・育児怠慢(婚姻時)、元夫への不誠実な対応(金銭面等) |
ABC(アベシ、世界のアベヤス) | ブロガー | 11 | 一般人 | 現実離れした経歴詐称、男児死亡事故が発生した際に救命に当たった救急隊を罵倒する記事をブログで発信 |
皆藤愛子 | キャスター | 10 | 未婚 | ブリッコ的言動、ファンがキモヲタ(皆藤さんは処女だと強硬に主張する等) |
高岡由美子 | モデル | 8 | 本田泰人(サッカー解説者、離婚) | 婚姻時の言動(夫を虐げる、浪費等)、離婚後のブログに言い訳・元夫への厭味のような記述 |
乙部綾子 | 会社員 | 7 | 一般人(医師) | 一会社員にもかかわらずでしゃばる、育児の怠慢 |
ベッキー | タレント | 6 | 未婚 | タレントとしてのキャラクターが鬱陶しい |
渡辺美奈代 | タレント | 5 | 一般人 | 見栄張り(実態に見合わないセレブリティ風自己演出)、家事怠慢、ブログにおける実子晒し |
みきママ | 料理ブロガー | 5 | 一般人 | 料理ブロガーなのに料理の基本ができていない、レシピが滅茶苦茶 |
ダメちゃん(EUCALY) | ブロガー | 5 | 未婚 | スイーツ(笑)的言動 |
小倉智昭 | キャスター | 5 | 一般人 | 政治的偏向(親民主・反自民) |
北斗晶 | タレント | 4 | 佐々木健介(プロレスラー) | デリカシーを欠いた言動、高所得にもかかわらず庶民派アピール、ブログのために家族を振り回す |
つるの剛士 | タレント | 4 | スタイリスト | 「元カノへの嫌がらせ、後輩イジメ、成金自慢」(テンプレより)、他の芸能人に対する態度の悪さ、実態に反する良き夫・父アピール |
浅田真央 | フィギュアスケート選手 | 4 | 未婚 | 知性に欠ける言動、マスコミ等のゴリ押し、ファンの盲目的な言動 |
斉藤祐樹 | アマチュア野球選手 | 3 | 未婚 | 実力に見合わないビッグマウス |
知人から「ひょんなことから妻の2ch閲覧・書き込み履歴を見てしまった。既婚女性板のアンチスレッドに入り浸って、直接関わることもない相手を痛罵していた。表面上はそれまでどおりに繕っているが、もう見る前のような無条件の信頼や愛情を寄せることができない。離婚も視野に入れ始めた」という話を聞かされ、少なからぬ衝撃を受けたのがきっかけとなりました。
他の板でも「このスレは鬼女に監視されています」のAAをはじめとする「鬼女はコワイ」系のレスは見かけますから、それなりにコワイところではあるのだろうとは思っていました。でも、鬼女がきっかけで夫婦の愛が壊れるって!離婚て!と事の思わぬ深刻さに戸惑って絶句していると、「見ればわかる」とだけ言われました。
実際見てわかったのか? と聞かれれば、正直難しいところです。ブコメにもあったとおり、ストレスの捌け口の場としてこういうところがあっても全然いいんじゃないかという気持ちと、それはあくまで他人事としてであって「確かに、ごく身近な人がここでレスしまくってたりしたら堪らんな…」という心情が混在しているというのが正直なところです。
多くの方がアンチスレの最大の原動力となっているものを「嫉妬」であると書いていらっしゃいましたが、私はあまりそのようには感じませんでした(嫉妬が全くないと言っているのではありません)。
http://anond.hatelabo.jp/20100411211958(ネットの女叩きにはうんざりする)
こちらにあるとおり、女性には「あるダメな一例が人々の目に留まると、全体として非難を受ける」という状況があると思います。「これだから女は」「これだから主婦は」「これだから今時の母親は」等々。
そのような「強制連帯責任」的状況にあって、アンチスレ住人たちは過剰防衛に走ってしまっているように思います。つまり、「お前がそんなハンパな腕前やちゃらちゃらした心構えで主婦/母親代表みたいな顔してでしゃばると、きちんとやってるこっちまで一緒くたにされるんだよ!」という。スレ住人たちは日頃から「強制連帯責任」的状況を敏感に察知し、自らもその状況下での同調圧力に晒されて強いストレスを感じているのではないか。それこそが最大の原動力であるように私には思われました。