はてなキーワード: コケとは
その点だと、俺の「自分が親に求めているものを、自分が持っていないから子供を作らない。(子供から見て)コスパの悪い人生を子供が送ることになるから」はスゲーまともな理由だと感じるぜ。
俺が親に求めるのは4つ!
・不動の精神力
・時間的な余裕
・十分な経済力
俺はこのどれもを持っていないからなぁ……。
まず遺伝的に発達障害の傾向があり、生まれつきのレベルで精神力はカス。
時給1500円レベルの薄給なのに残業は月平均60時間で有給消化率は40%程度、これでは子供と遊ぶ時間なんてないし、子供を私立に通わせるのも難しいだろうな。
ガキの頃オヤジの帰りを待ってから夕飯を食べるっていうルールがあったんだが、電車で2時間通勤してるオヤジが2時間残業したら飯の時間は夜の9時とかでさ、それが習慣づいて今でも完全に夜型だから参ってるよ。
ガチャってのはまずは確率10%程度の小当たりを引くのが最低ラインでそこにさえ届かない水増し部分は最初からハズレなの。
実際、俺は俺が可愛そうでならねえよ。
もしも生まれつきイケメンで、身長も高く、せめて情緒さえ安定していれば楽しく学生時代も過ごせただろうなあ。
毎日死にたいと思いながら人生最初の20年を暮らさなきゃいけなかったのも、今クソみたいな仕事をやってるのも、全部親ガチャがハズレだったからだよ。
あると思います
根本の原因は親ガチャ・環境ガチャを盛大に外してしまい、他人を信じられなくなってしまったことだと思うが、
世の中、困っている人やポンコツがいたら意外とみんな手を貸すのよ。別にそれが子どもや女性や老人である必要ない
例えば、
せっまいパーキングに車停められないポンコツがいたら道ゆく人(駐車場利用者ではない)が代わりに止めてくれたりするのよね
アホみたいに荷物持ってて両手塞がってたらドアを開けてくれるし、物を落としたら拾ってくれるし、
届かないとこに物あったら取ってくれるし、重そうだったら手を貸すし、コケたら手を貸すし、あからさまに体調悪そうだったら声掛けるし、
あげたらキリないのよ (もっと感動的な地域エピソードもあるが、パッと思い出せる自分自身が体験したことだけにした)
基本的に人は困ってたら手を貸すしそこに理由は要らんのよ。難民ボートの救助ボランティアをやっている人たちだってこう言ってる
「目の前でおぼれそうな人がいれば、まずは助けようとするでしょう。より大きな問題は、その後で何とかすればいいのです」
人が信じられないから助けを求められない以前に、意外と何でも小器用にこなせるからそもそも助けられたことがない説、あると思います
根本のところは親に子に対する無条件の愛があるか否かだからな。役に立つかどうか以前に
子どもの役にたつ(子どもの才能を伸ばす)なら最高の親で、子どもの進路の邪魔をしなきゃまぁまぁ親だけど、
親が子どものことをそもそも無条件では愛していない → どんなゴン太実家でも良い教育を受けても人生ハードモード
↓ それはクリアできた
親が心身に重大な問題を抱えている → ヤングケアラーコース・児相コース
↓ それはクリアできた
介護が不要だが生活能力がない(機能不全家庭) → 働かないといけない・行政がフォローしてサポートしないといけない(生活保護や児童預かりなど)
↓ それはクリアできた
ようやく教育どうのこうの
サ終によるリセットを再び耐えられるだけの頑丈さがPにはない
同じことをしてるラブライブは死んだ
失敗するだけの理由が溢れすぎている。
ゲーム性を変更すれば伸びるかといえばそんなことはない。
シャニソンのような大幅変更は一瞬だけブーストされてもすぐに「面倒くさい」へと収束する。
もちろん失敗する。
適正があったものはウマ娘をまだやってるので浮気する余力がない。
スキチケの導入は前向きに検討すべきだが、ゲーム自体をポチポチにすべきではないだろう。
銃で撃ち合う?
それは極一部の例外。
やはり育成メインであることが重要で、学園というなら自動的に育つべきだ。
だがただキャラクターを放置させて育ったら戦わせるでは放置症状やニケと被る。
ならば学園そのものを戦わせるのだ。
学園を育て、育てた学園で、相手の学園を倒す。
そう、「村ゲー」だ。
売れているゲームはみんな重い。
重さを武器にするのだ。
学園アイマス唯一つの生存ルートは、学園によって学園を倒す学園対向型村ゲームだ。
俺の予言は当たるぞ?
もし、村ゲーでなかったらコケる。
村ゲーなら伸びる。
かけてもいいよ。
絶望的。だから(介護の)暗い話にばかりやたら詳しくなる。そんなもんを楽しいインターネッツに載せてもなってのがある
関係ないやつは見ないし(若くても何故か志がある人は別だけど)
あと、御存知の通り老老介護がメインだから。ほんと利用者の家族自体が老人だからね。要介護状態でないだけで既にアミロイドβたまりまくってる感
みんなスマホ持ってるけど、それで介護情報仕入れる様な人は意識高い系だけじゃないか(そして余計厄介な感じになる)
ゆうて現在でもソレ系の動画を見ればソレ系の動画ばかりサジェストされるようになるし、結構情報溢れてると思う
役人や政治屋や先生方が描く様なお花畑な世界に早いとこ見切りつけねーともう立ち行かないよ
現代的な介護は2000年から始まってるけど、スタートが悪かったと思うわ
ほんで20年以上経過して、年金問題と同じく悪化の一途を辿っている
見通しが甘かったんだよ
そりゃあ、IOT導入だので多少の変化はあれども「却って面倒が増えた」なんてこともあるしね(成熟してないから使用に耐えない)
でもまあ正直、いま政府が目指している方向性はある意味良いのかもしれんと思うね
「老人は家で看ろ」「介護度1.2の人は総合事業に移行(介護保険のサービス使わせない)」
なんつったって、施設というところは「危険が無いように座らせておく」もんだからね
もし家に居られるなら、コケまくりだとしても家の中を彷徨きまくるし色々なとんでもねーアクティビティを行っているじゃない
そら、体操だの歌だの塗り絵だのくらいはするさ。でもさ、そんなもんは家での自由な活動に比べたら天と地ほどの差があるわけよ
ま、施設もさ、コケようが放尿しようが壁に糞便塗りたくろうがティッシュ食おうが好きにせい!という感覚で面倒見れるならいいけどね
そんなわけないじゃん
とにかく座ってろだからね。QOLがどうたらなんて臍で茶が沸くっつー話
老人自身も家に帰ることしか考えてねーし。そりゃ当然だわ。こんな監獄みてえなところに人生終盤で放り込まれたくはねーわな。自分だってゴメンだね
なんの罪科があってそんな目に遭うのよ。真面目に働いて子育てして立派にやってきた挙げ句が家追い出されて見知らぬ他人と寝起きして。起きろだ寝ろだ風呂入れだ飯食えだ指図されてよ
挙げ句「具合悪い」つっても(病院じゃないから)治療して貰えるわけでなし
だって負荷が尋常でないもの。本来の業務である「利用者をよく知ってQOLを高めるべく介護を行う」なんてこと「出来ない」もの
雑務多すぎ
単純にさ、完全分業すりゃあいいだけの話なのよ
「おじいちゃんおばあちゃんの相手だけをする職員」「掃除や洗濯その他諸々だけをする職員」
でもその人材が確保出来ない。後者に関してはパートで入ってくれると思うけど、そもそもそのパートを雇う体力が無いのよ
なんかもう「認知症の治療やケア」についてのドラスティックな変化が無いかぎり
施設だろうが家だろうがね
誰が何をしたのかが調査され、都合の悪い部分は少し隠したりする報告が出てくると思います。
その際に「なぜ、その悪いことをやってしまうのか」まで調査して欲しいです。
そこが分からないと現実的に効果がある再発防止策が打てないと思います。
日テレが出しそうな再発防止策としては
あたりになるんじゃないでしょうか。
この場合に、原作者の意向を尊重して番組制作したが「これでは視聴率は取れない」という仕上がりになっていたら、どうなるんでしょう。
「もう少し視聴率が取れるように内容の修正を」「出版社に行って原作者の了承を取ったことにしてもらおう」という動きになると思います。
これでは再発防止になりません。
「そこはテレビ局の人だって、今回の件で反省して……」と思いたいところですが、難しいですよね。
テレビ局の人が自身の良心にしたがって低視聴率を受け入れるなんてあり得ないでしょう。
他に日テレが出せる再発防止策としては
はあります。
原作に頼らず、脚本家の育成に力を入れ、オリジナルのドラマを増やせばいい。
でもこれを、テレビ局の人たちが自ら積極的に行なうこともないでしょう。
テレビ局の人が、自ら苦労して、何かをやろうというモチベーションはないでしょう。
小学館は
をやれるかも知れません。
メディアミックスによる売上増を諦めることになりますが、テレビ局と比べたら、まだマシな判断ができるだろうという期待です。
出版社の協力が得られなければ、テレビ局も違う原作を探すか、オリジナルを作るかせざるを得ないです。良心を鑑みての行動変容ではなく、状況への対応になるので、テレビ局の行動変容も期待できると思います。
漫画家も原作の改変を良しとしない場合は実写化を許可しない方が良いです。
ただ出版社との力関係の中で、意に沿わない許諾をしてしまうこともあると思います。
なので、最も現実的なのは、出版社による再発防止なのではと考えています。
と、色々なことを考えていく際に「なぜ、その悪いことをやってしまうのか」が分かった方が良いです。
テレビ局の人もオリジナルをやりたいが、できあがったオリジナル脚本が面白いかどうか判断する目をもったプロデューサーがいないとか。
ドラマが一回コケると出世コースから外れてしまうので、安全サイドにふって人気漫画を実写化したがるとか。
出版社の編集も、上から売上増のプレッシャーがかかっており、原作者の意図を無視して実写化許諾を押し付けざるを得なくなってるとか。
外需からのサプライチェーンが長い時には実はその中で外需に認識されないものも含まれる。すると、外需がコケるとサプライチェーン全体が傷んで内需も大きく落ち込む。リーマンショックの後が分かりやすいかな。蜂に刺された程度と言われたのに、外需の落ち込みが内需に波及してひどいことになった。本当に見るべきは外需依存度ではなく、外需感応度。外需が1%減ったらGDP本体が何%減るか、それが高い国か低い国か。産業連関分析。始まりからして認識が間違っているから、その後の分析?も意味がないものになっているな。
あと、円高にすれば内需が拡大すると思っていそうだけどそれも勘違いで、円高になれば国内産品が安くなった輸入品と競合するからむしろ国内での付加価値生産は落ちる。もちろん安くなった輸入品を買えた人の効用は上がるが、需要が減って失業した人の効用は下がる。
ついでに言うと海外からモノが買えなくなることも懸念しているようだが、それは円高で解決するものではない。海外からモノを買うには外貨が要る。それを獲得するにはモノを海外に売る必要がある。円高はそれに貢献しない。銀行など外貨両替商はあくまでそれを仲介しているだけで外貨を円から生み出すわけではない。どれだけ有利に外貨を獲得できたかを表すものは為替レートではなく、交易条件。そして交易条件に対する為替の影響は極々軽微なもの。
その通りだけど、そもそも失敗だと気づくのが難しくない?
元の婚活増田だって、嘘つく人は嫌だなとか女性ってニコニコしてるのに裏で怖いんだなって不信感持ってしまって婚活諦めた訳でしょ
ここで「それは嘘じゃないよ、高度なコミュニケーショなんだよ、お前の学びが足りん」とかはっきり指摘してくれる人がいて、受け止められて初めて失敗を失敗と気付き学びに変えられると思うけど。
今の社会は誰も指摘しないし、わかってる人たちだけで「アスペか?」とか「だからチー牛は」とかレッテル貼って終わりじゃない?
自分も就活でコケてたこと、だいぶ経ってから社会で活躍できるタイプの配偶者に指摘されて初めて気づいたよ。ああ、そもそもの認識が違うのかって。
やっぱ夜の走行は恐いっすね…
路側帯の白ラインと思ってたのが超ゆるやかな傾斜の歩道の段差の白だった
車道を走ってたけどせりあがった段差にタイヤを擦り付けてバランスをくずして歩道側にコケた…左腕で地面をついたまま少しスベってしまった。ブレーキとバランスを取ることに夢中で足が出なかった…
コケたといっても何が出来るわけでもないしやり場のない悲しみと他責な怒りを飲み込んでさっさと乗りなおした。幸い動きに支障はなく助かった。
被害は自転車のハンドルとペダル傷と左側の手のひらを少し、肘がほんの少し、それとひざから1円ぐらいの出血の擦り傷が三つ。服は大丈夫そうだったけど貫通して肌だけダメージうけるのね…。
頭ではさっさと切り替えろと言ってるけど、きっと数日間、手を洗ったり風呂に入ったときの痛みでうんざりするんだろうな…
気が滅入る連休終わりの夜でした。