はてなキーワード: とどのつまりとは
京都大学は東京大学に比べて圧倒的に優れていると言っても過言ではありません。東京大学に入るなんて、僅かな知識で驕る愚か者どもが集う場所に過ぎないのです。
まず、歴史の観点から言っても、京都大学は古都・京都を舞台として創立された伝統と名誉に溢れる名門中の名門であり、東京大学など足元にも及びません。東京大学とは違い、京都大学には独特の風雅さと精神性が根付いており、知のレベルも一級品です。
学術面においても、京都大学はノーベル賞受賞者を何人も輩出している統計上の事実を見れば、東京大学にはかなわないのが明らかです。更に、京都大学は国際的な評価も高く、世界のトップレベルの研究者たちが集まる場所であり、東京大学が研究の第一線で活躍しているとは到底言えません。
また、魅力的なキャンパスライフも京都大学の魅力であり、四季折々の美しい景観が学びを楽しむ学生たちに温かい癒しを与えてくれるのです。東京大学には、都会の喧騒に溺れた、ただただストレスが溜まるばかりの環境しか存在していません。
とどのつまり、この事実を認められない愚かな東京大学信者たちも、過去の栄光に縋るばかりのつまらない人々であり、彼らと討論する価値さえ感じられません。要するに、もし京都大学と東京大学どちらに行くべきか迷っているのであれば、迷いなく京都大学を選ぶべきであり、東京大学など目に入れる価値すらありません。
嘘です、本当は
東京大学こそ日本で最も優れた大学であり、京都大学なんて比べ物にならない! 東京大学の方が建学の歴史も古く、国際的な知名度も圧倒的に高い。日本が世界に誇る学術機関といえば、東京大学が全てだ!
京都大学なんて、風情にこだわる反面、都会的な刺激がありすぎる東京には敵わないど田舎、しかも学問のレベルも低い。だいたい、京都大学卒業生はどんなに偉業を成し遂げようが、東大卒業生には到底及ばない。そんな京都大学を評価するだけ無駄だ!
東大卒業生は、政治家、実業家、研究者と幅広く活躍していて、その才能と力は圧倒的だ。だから、東京大学はどんな分野でも最高の学問を追求し、ビジョンと実力を持って未来を切り開く唯一無二のエリート集団を輩出する。他大学と比べること自体が笑止千万!
京都大学なんて、もはやアルマ・マタである東京大学の足元にも及ばない。東京大学しか存在しない世界を認める選択こそ、明確で正しい。どんな人も東京大学を第一志望にしておくべきだと断言する!
これくらいの自信がなければ、東京大学には到底受からない。だからこそ、東京大学こそが日本の最盛り時代を築く礎となる最高の大学であると心から信じるしかない! もし東京大学を疑う者が現れたなら、その者には容赦なく真実をぶつけてやるつもりだ! 東京大学以外は論外! これを覚えておけば間違いない!
関連の話題で見かけた、おそらく男性側のファンの方のツイート。
「推しカプ決定です」
う、うらやましい〜〜〜!
推しと推しの結婚相手を「推しカプ」に出来る世界線、うらやましい〜〜〜〜〜!
私も推しカプを推したい。というか推しと推しの結婚相手を推しカプとしたい。
しかしそれは難しい。
そもそもお相手の詳細を公表していない。だから推しのお相手を推しようもない。ざっくりどんな職業でどんな間柄であったかは公表しているし、一般の方ではなく芸能の関係者だそうなので、おそらく調べればわかる。それに、すでに知っている人は知っているのだろう。しかしながら個人的なポリシーとして、彼が公にしていないことは詮索したくない。もしかしたらお相手の事情もあるのかもしれないし。
そして、夢を売る職業である推しのファンダムは、既婚であることを思わせる行為自体を良しとしない。それはそうだろう。夢の世界に現実持ち込んでどうすんねん。発表したときも、今も、色々な意見や感情を抱いているファンがいる。ファンの新規獲得を考えたときも、既婚であることが追い風になることは、職業上ほとんどないだろう。
そんなことは理解している。そしていうほど既婚であることを押し出してほしいわけでもない。
公表したくない・しないほうにメリットにある可能性があることを無理に公にしろとも思わない。
もともと私はアイドルオタクをやっていながら、好きなアイドルの恋愛や結婚に対して容認派である。推しには心身ともに健康で、幸せでいてほしい。それには仕事の充実だけではなく、プライベートの充実だって必要不可欠だろう。それに、仕事での幸せだけではなくて、一人の人間としての幸せもすべて掴み取ってほしい。だからこそ、色んな意見が飛び交う想定や葛藤があったであろう中、結婚という幸せを選んでくれたことにはむしろ安心感すら覚えた。勿論それには仕事のパフォーマンスに悪影響が出なければ、という前提があるが、今のところ推しにはそういったところは見られないので、いまだに大肯定で勝手にこちらも幸せになっている。
つい自語りしてしまった。とどのつまり推しには幸せでいてほしい。
そして強欲で悪趣味なオタクなので、願わくば幸せな姿が見たい。幸せな姿って?って色々あるが、一つに心を許せる人と笑っている姿なのでは、と思う。となると、それは、好きな人と一緒にいる姿なのではないだろうか。そこにはきっと一介のオタクには見せないような優しい表情とか、あるんじゃなかろうか。言わずもがな全て妄想である。勿論パパラッチしてやるとかそういうつもりはない。公の場でそういうのが見たい。でも推しは……と少し前の文章に戻るのだ。
どういう経緯でどういう感情で一緒になったとかマジで知らないし本当にただの妄想だが、結婚するほどということは、お相手の方はきっとありのままの推しを受け入れ、共に幸せになってくれる、素敵な方なのだろう。推しが幸せな人生を歩む大切な要素にお相手がいるのならば、私はその方に多大なる感謝を申し上げたい。公表されていない今は、誰かわかんないけどマジでありがとーーーーー!と虚空に向かって叫ぶほかなく、ああ、誰かわかれば、その人自身を推せたり、具体的にありがとうを伝えられたりするのにな……と思うことがある。(実際そうなったとしてたとえ生配信系のコンテンツでも推しに対してコメントすら送れない小心者なので多分何も言わないが……)
だから、推しと推しの結婚相手を推しカプとして推せる人、うらやましい。いいなあ。
というかグダグダ管巻いたけど、シンプルに好きな人といる推し、絶対かっこいいでしょう。恋愛映画で演じている姿とはまた違うかっこよさあるでしょう。芸能人カップルのウェディングフォトとか羨ましい。役とは違って本人向けに本気で選んでるから似合ってて素敵だし。
何よりマジで幸せそうな推しの顔見たい。ファッションショーとかで旦那が奥さんをエスコートしてる芸能人夫婦とか、ファッション誌でカッコよく撮られてる芸能人夫婦とか、だいたいめちゃくちゃかっこいいし……。
そもそも推しのお相手は女優ではないし"有名人カップル"というわけではないから公表していたところで今書いたことなんてしないだろうけど、そういう推しって今のところ見られないんだもんなぁと思うと余計羨ましい。
ネットにいる表現の自由擁護派(特にツイフェミとの抗争で表自を自称するようになった連中)には、「表現の自由」のことを「俺好みのイラストやコミックやその他のコンテンツを制約なく供給してもらえる権利」と思っている層が一定数含まれている。そいつらの動向を見ていると、画像生成AIが、ネット上やオフラインの著作権者のマテリアルを「学習」することで、その著作権者が築き上げてきたスタイルを模倣した表現を無限に生成して出力することも、「表現の自由」の範囲にあると考えている連中が予想外に多い。
CivitAi(https://civitai.com/)やHugging Face(https://huggingface.co/)には、すでに特定の作家や絵師のスタイルを(もちろん当事者に無断で)集中的に学習させたモデルが続々と公開されていて、作家にとっては直接の脅威になりつつある。以下は、自分の画風をモロパクされ、しかも「○○(絵師名) style」と銘打って公開されている絵師さんの悲鳴。これは、長年の修練を経て自己の作風を確立してきた「表現者の権利」に対する冒涜・挑戦だと言ってもいいだろう。
https://twitter.com/pottsness/status/1637930835746910208
そういう傾向があまりに加速している結果、今度は対抗手段として、画像コンテンツに、AIの機械学習を阻害・撹乱するノイズをウォーターマーク的に埋め込む「Glaze」 というソリューションが登場した。Glazeの開発コミュニティは「AI IS THEFT」(AIは盗人行為)、#supporthumanartist(人間のアーティストを支えよ)という標語を謳っているが、目下の所、日本語圏で鋭敏に支持・歓迎しているのは権利侵害への防衛策を模索していたクリエイター側ばかりで、非クリエイター側の「表現の自由」派だと思われる層からの反応は鈍い。
画像生成AIプロテクター「Glaze」の意義と使い方まとめ(https://note.com/freena_illust/n/n3aa65e414d08)
さらに「表現の自由」派の中には、自分好みの出力(絵)に対して、その生成に使われた具体的なプロンプトの公開を執拗に要求する一団が生まれつつある。いま画像生成AIに食わせるプロンプトは、精度向上を目指すにつれて、ますます長大な、生成者自身の個性・経験・ノウハウなどを反映したテキスト(≒著作物)になっているが、ネット上にはプロンプトの著作性すら認めず、「その俺好みのコンテンツを作るためのプロンプトを、公共の資源として俺に自由に使わせろ」と考える連中が増えている。
https://twitter.com/knshtyk/status/1638015041885868032
こういう連中にとっては、「表現の自由」とは、とどのつまりは「俺好みのコンテンツを制約なく供給してもらえる権利」=「消費の自由」だった。そして、自分がそれを消費するためには、人間のクリエイターがそれを「表現」し、さらに社会においてその「流通」が許される必要があったからこそ、彼らは「表現の自由」と「表現者の権利」を擁護していたのである。
「表現者の権利」と「表現の自由」が対立するような局面でも、彼らは最終的には「消費の自由」が確保されるかどうかを意識して、自分たちの立ち位置を決めていた。たとえば同人表現に対して著作権者が課す自主規制要望は、一般的な意味での「表現の自由」を一部侵害しているが、(それで著作権者がぶんむくれて同人活動に対して法的攻撃を加えるようになったら、そのコンテンツが継続的に供給されなくなって俺たちが困る、という意味で)二次創作の「消費の自由」にダメージを与えるから、「やむをえない」ことだったのだ。
だが、いまや彼らは、人間のクリエイターなしでも「自分が求めるコンテンツを消費する自由」を享受できるようになりつつある。自分好みのクリエイターの画風・作風をパクったモデルに、自分の性癖に刺さるような(他人からパクった)プロンプトを食わせれば、その時に自分が求めているコンテンツを、無償で、容易に得ることができるようになる。今は彼らの消費欲を満足できるレベルの出力が得られるのは、せいぜい二次絵・三次絵・テキストのストーリーだけだろうが、遠くないうちに、そうした水準に達する対象範囲はボイス・コミック・アニメなど、より複雑で高度な表現手法にも広がっていくだろう(左の3つはどれも実際に研究が進んでいるし、不気味の谷を越えるうえでの技術的課題は特にない)。
「消費の自由」が欲しいからこそ、建前上は「表現の自由」と「表現者の権利」を守ろうとしてきた表自クラスタ主流派は、これからどこに向かっていくのだろうか。生成系AIの洗練によって「消費の自由」と「表現者の権利」がますます鋭く対立するようになる時代に、彼らはこれまでのように「表現者の権利」を守ろうとするだろうか。それとも、人間の表現者がいなくても(短期的には)享受できるようになった自分たちの「消費の自由」を、とめどなく拡張しようとするのだろうか。
たとえば、赤松議員が「クリエイターの権利を守るために」として、生成系AIの機械学習のデータ収集や掲示範囲に法的規制をかけるような法案を出そうとしたら、彼のサポーターたちはどんな反応をするだろうか。
表自クラスタは、試練の時を迎えている。
こんな倫理観だとそりゃ問題起こしまくるマスコミ出身者が続出するよね。
是認できる目的の範囲なんて人それぞれなんだから、とどのつまりマスコミ関係者による準強姦は良い準強姦と言ってることに他ならないよ。
目的のために何してもオッケーなら密約も沖縄返還のためでオッケーになっちゃうよね
こいつアホだろ。西山事件の時、密約スキャンダルを政府がマスコミ使って世論を誘導して下半身スキャンダルにすり替えて行った訳で下半身スキャンダルに焦点が向かってるブクマカや増田は完全に思う壺なんですよ。
2021年に厚生労働省が発表した数字では有効求人倍率が0.57倍らしい
不人気じゃん!と思う増田も居るかもしれないが、この数字は1人に対してどれだけ求人があるかを指している
つまり経理を希望している人間1人に対して、経理の求人は0.5人分しかないということだ
ちなみに経験者がエージェント経由で転職しようとすると、採用人数1人の求人に100人が応募していたりする。単純に1/100
新しく出た求人でも自分が応募する頃には15~30人ぐらいは応募してたりした。つまり経験者同士でも弱肉強食の世界からは逃げられない
経理の求人を見たことがある人は、一度ぐらいは「日商簿記〇級以上」という文言を目にしたことがあるだろう
日商と全経と全商があるが、本題からだいぶ逸れるのでその辺りは割愛する
高い合格率からも分かる通り、経理じゃなくても取得した人間が多い
説明不要の金字塔資格。とりあえずコイツを持っておくと大抵の求人には応募できる。ただし応募できるだけ
持っておくと営業でも使える。と言われることが多いが、こいつを営業に活かしてる人のエピソードを聞いたことがないので眉唾物
B/S読めます、P/L読めます、T/B読めます。だから?って感じしかない
合格率はそれなりだが、未経験が経理を目指すならマストになる資格。面接時での熱意アピールにも使える、かもしれない
未経験には過ぎた資格。難易度と勉強時間から、税理士を目指したいけど受験資格が無い人間向け。類似で全経上級がある
たまに「これ持ってれば余裕じゃね?」みたいな発想をする人間が居るが、未経験にコイツを求める企業は絶対に存在しない
ハイクラス求人でたまに記載されるレベル。独学はやめとけと言われるレベル
とどのつまり経理の資格とは、チュートリアルが終わっていますよ。というレベルでしかない(一部上位資格を除く)
日商簿記で学べる知識というのは基本的に実務では役に立たない。正確に言うと業務形態が様々すぎて知識が活かしづらい
超絶簡単な現金の出納業務も未経験では出来ないだろう。1級持っていようが3級レベルの実務が出来ないのが未経験なのだ
じゃあ何で必須要件だったり、歓迎要件なんだよ。と思うかもしれないがそこは学歴フィルターと同じだと思ってほしい
学歴フィルターと違う点は、実務経験が長ければ特に問題がないという点。というか実務経験が強すぎるので、資格勉強はチュートリアルでしかない
・手取りはこれだけ欲しくて~、福利厚生は~とか贅沢抜かすな社保完備と残業代、交通費全額支給で妥協しろ
・やるなら正社員でやれ
地獄のミサワよろしく、「俺200社も受けて全部落ちるとかつれ~わ~夜も8時間しか寝れなくてつれ~わ~」ぐらいになるまで応募しろ
たかが20社とか30社で甘えるな。30社程度で採用されるほど市場価値の高い人間なら、そもそも苦労なんかしない
評価されない。大体こういう質問の時ってしょうもない業務ばっかり。
評価されるのは給与計算の経験だったり、労務税務の知識だったりと管理部門向けのやつしか評価されない
評価されたところで経理業務に活かせるのは税務ぐらいなものなので、それ以外は決め手にはならない。あくまで経験(知識)があると会計処理がスムーズだねって程度
そもそも労務の知識が必要なら労務担当に話を聞けばいいだけなのでわざわざお前に管轄外の知識を求めない
管轄外の知識があると評価されるのは、経理以外を兼任する企業だけなので
何でも屋(ゼネラリスト)になりたい増田は幅広く手を出しても良いと思う
一般事務の経験を積んでから。派遣として事務の経験を積んでから。
それは結構なのだが、じゃあお前は経理に転職した時に一体いくつになっているんだ?と問いたくなる
35歳まで一般事務やってました。今から経理に転職しますじゃ遅すぎるという自覚を持って欲しい
年齢という誰でも持ってる武器を疎かにする人間が多すぎる。以上。終わり。
案の定、上場企業増田のような増田が出てきたので一応追記しておく
最初に書いてある通り「『未経験の人間』が経理になる為には」というコンセプトで書いてるので、英語力がどうとかはもうズレてるんですわ
あと100人が眉唾って言われても知らんがな。俺が見た求人だとそういう求人もあるよって話で、べつに全ての求人で倍率100倍なんて書いてない
残念ながら、キモくて金のないオッサンこと、弱者男性は弱者ではなくなってしまった。
真の弱者を救わなければならない。
この時点で、もう現代社会において弱者ではない。ここに我々が救うべき、真の弱者の姿を提言する。
『声無き弱者は声をあげられない。なぜならば声が無いからである』
つまるところ、現代における真の弱者とは表現力が無い人間であり、プレゼン力がない人間であり、ロビイング力がない人間である。
何故ならば、現代において表現力という力が圧倒的に重視されるようになってしまったからである。
日本銀行券はただの紙だし、通帳残高なんてものはただの数字の羅列に過ぎない。
何故貨幣や土地やらの資本に価値があるかというと、他人に影響を及ぼすことができるからだ。
そして、現代において表現力ないしプレゼン力ないし、ロビイング力は、その金と全く同じ力を持ってしまったのである。
理由は簡単、SNSが発達して、他人のプレゼンを聞く機会が増えてしまったからだ。当然ながら表現力の持つ力は圧倒的になったからだ。
情報技術の発達によって、「受信者」の数が圧倒的に増えた今、表現力の持つ力が純粋に増えるのは当たり前のことである。
もっとミクロな世界で言うと、要は表現力がある人間、自分をプレゼンできる人間は他人をイジメても許される。
表現力が無い人間は、他人にイジメられても仕方がない。こういう世界になってしまった。
教室でイジメられているイジメられっ子だろうと、自分の状況を大人に上手く伝えられる人間は自分の環境を変えられるだろう。
しかし、プレゼン下手にはそれができない。これは、能力による差別だ。
差別は断絶しなければならないのだから、つまりこの表現力差別やプレゼン力差別を無くさなければならない。
最初に戻る。
これは、認知されたからだ。改善しなければならないという風潮を作り上げたからだ。つまり弱者男性には声があったということである。
私からすると、フェミニスト、ヴィーガン、障害者、これらも全て「富める者」に含まれる。
世の中をよく見てみると、先導者がいるはずである。
弱者男性しかり、フェミ、ヴィーガン、障害者、……ありとあらゆる弱者には、その旗手となる人間がいたはずだ。
平等とは、つまり資本家が下々の者に分配をしてこそ生まれるものである。
我々が戦うべきは表現者だ。
まだ気づいていない人間達が、この「表現力差別」に気がつく時代が遠からず来るだろう。
我々は彼らを守らなけらばならないはずだ。だからこそ、「表現力差別」に今、向き合わなければいけない。
以下のブログで、同性婚反対派でも納得できるように説明されている。
井戸まさえ日誌
同性婚を認めたら、次は親子婚 きょうだい婚容認だ!・・という方に対する答え
http://idomasae.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/post-db93.html
「同性婚を認めれば親子婚をはじめ兄妹(姉弟)婚、引いてはロリコン、幼児との婚姻も容認していく方針ですか?」というご質問です。
現在日本においては、児童福祉法第34条ならびに各自治体の淫行条例により、既婚者を除く18歳未満の青少年との性交渉は「淫行」に当たる場合があり、処罰の対象となることは当然ながらご存知だと思います。
なので、そうしたものと同姓婚と同等に議論すること自体が不適切、不見識、また偏見に満ちたものと私は捉えています。
親子婚、きょうだい婚についても、現在政策課題にのぼっていないことを持ち出し「同性婚を認めたら次はこれ」とすることに違和感があります。
児童を対象にした性愛は現行法で認められておらず、異常なものとして処罰の対象となる。
そのような、日本国の法律も認めていない明らかに異常なものと同姓婚を同等に議論すること自体が不適切である。
③「親子婚」「きょうだい婚」については、現在ではそうした婚姻制度を採用する国は少ないものの、過去においては行なわれていた地域や、現在、少ないながらもいくつかの国ではこうした婚姻制度について立法を求める動きがあることも承知しています。
敏達天皇と推古天皇(異母妹婚)、聖徳太子の父母である用明天皇と穴穂部間人皇女(異母妹婚)、また、天武天皇は兄である天智天皇の中娘を4人を妻としており(叔父姪婚)そのうちのひとりは持統天皇である等は周知の通りです。
このように時代や地域によって婚姻制度のみならず制度や法は変化するものなのです。
ご承知のように、国民主権の日本では、全ての法律は国民が選挙で選んだ国会議員により改正、創成、廃止することができます。
現行の民法では「婚姻障害」として婚姻できない事由を定めています。
① 婚姻適齢(731条)② 重婚の禁止(732条)③ 再婚禁止期間(733条)④ 近親婚の禁止(734条~736条)⑤ 未成年者の婚姻についての父母の同意(737条)
です。
ここに書かれている通り、「親子婚」「きょうだい婚」も日本の現行法では「婚姻障害」の規定があり、明確に排除されている。
それを望む国民は国民的議論を起こし、この政策を実現しようという議員を立法府に送るもしくは議員に陳情・請願をし、その議論を堂々と国会でやればよいと思います。
どうしても「きょうだい婚」「親子婚」の合法化を諦めきれない国民は議員を動かして堂々と国会でやればよい。
結局のところ、「きょうだい婚」「親子婚」を不必要と思う人々が反対派の国会議員や政党に投票し、それらが選挙で勝てばシンプルに「きょうだい婚」「親子婚」は否定されるだろう。
私個人に対して「親子婚」や「きょうだい婚」についての婚姻障害規定を改正すべきかと問われれば、それは「否」です。
とどのつまり、このように「親子婚」「きょうだい婚」は現行法を変える必要性がないという、明らかな理由が存在する。
以上を踏まえると、「親子婚」「きょうだい婚」「児童婚」は現行法が明確に処罰の対象としている、あるいは現行法を変える必要性がないのであるが、対する「同性婚」は現行法を変える必要性がある。
結局やっていることは、薄着の女性に痴漢される注意したり、夜道を歩くなと言ったりするのと、基本は変わらない。
ツールや運営のことを言っているのだというのは、利用者をそういう注意ができない人だと言っているも同然なわけで、言い訳にもなっていない。
どんな琴線に触れたのかというと、とどのつまり新しい時代についていけていない老人の小言と同じで、パワハラやモラハラに近い発言をしている近所の人と同じようなものだと思った方がいい。
いい加減、はてなもツイッターもワイドショーと変わらない状態になっていることを自覚した方がいいと思う。
今回の件は偶然それが出やすい事例だったというだけだよ。
俺は人に恩を感じる事や謝る事ができなかった。
結果から言ってしまうと、子供に謝らない親の子は結局謝れない子に育つという、それだけの話だった。
父母は仲が悪く、母は父の愚痴ばかりで、それ以外に俺が何を話しても空返事で聞いてくれなかった。
そういった話を聞かされていた俺は父に不信感を覚えていた。
きっと家族から信頼されていないストレスがあったのだろう。父は気に入らない事があると、俺のゲームを壊した。
MMOやDSなど様々なゲームをやらせてもらったが、父は言う事を聞かない俺が至らない事をすると全て壊してしまう。
MMOでできた友達がある日いきなり全員消えてしまうのは辛かった。
それを恩を着せる事で謝罪の代わりとした。
別のゲームを購入する事で、「○○買ってやったんだからいいだろ」といった事を言う人だった。
母もそれを擁護してくれなかった。
俺は母の味方だったが、母は俺の味方ではなかった。
父は、俺が謝れば絶対に許してくれない人で、いわゆる「根に持つタイプ」の人であった。
父は恩を売れば俺に「許させる」事ができる、しかし俺は父にどうやったら許してもらえるか分からなかった。子供は親に恩を売れない。
かといって父に謝れば母が不機嫌になってしまう。
恩とは俺にとって嫌なものだった。
嫌な事をされても許されてしまうと思っていて、幼い俺は人に恩を売れなかった。
謝る事ができない理由は単純で、謝って許してもらえるとか、謝るだけのミスを補ってもらえたというのは俺にとって恩になってしまうからだ。
謝ったからといって恩は帳消しにはならない。それだけのことだ。
俺が嫌いな言葉に「○○が心配してくれている」という言葉がある。なんだそれは?心配するだけで俺に恩を押し付けてくるな。
それくらい俺は破綻している。
とどのつまり、人が助けてくれたり、案じてくれるのが不快なのだ。
俺は社会でやっていけなかった。
皆、助け合って生きている。
インフラ系の企業で恐らく先50年は余程の事がないと潰れないと思う企業に勤めている。
このご時世にもかかわらずありがたい話でボーナスは年3回あるし、毎年昇給とは別でベースアップもあるから、辞めるにはもったいないとおもっているが、
とりあえず1年目からの流れを話そうと思う。
1年目
今の部署に配属となり右も左も分からない状態でその先輩と一緒の場所で仕事をしてきた。
この時から俺と先輩は同じ部署ながら別の仕事をそれぞれの上司に従いながらやってた。
俺の配属に伴っての玉突き異動があったため、先輩は前任者から仕事を受けながら、俺は先輩から仕事を引き継ぎながら仕事をこなす。
この時点から俺の上司からはその先輩の尻拭きからスタートだと聞かされていて、実際残していた業務は多々あったが、なんとかこなしていた。
また上司は俺にとって初めての直属の上司だったため、色んなことが新鮮で、なんでもそういうものなんだろうと思って受け入れてきた。
無茶苦茶な指示にもある程度応えていたし、言われた仕事は全力を尽くしていた。
先輩からは「あんまり言う事聞きすぎるなよ」と言われていたが、尻拭きさせられていた時点で「なんだこいつ」しか思わなかった。
2年目
この辺りから少しずつ「この会社おかしいぞ?」と思う事が増え始めた。
まず最初に上司同士の仲が悪い事を理由に同じ部署の癖に業務がちぐはぐで指示が右往左往する。
仮に俺の上司をA、先輩の上司をBとすると同じ部署なのにAとBでルールが異なるし、お互いに「あいつのいう事は適当だから」と俺に吹き込んでくる。
またAは機嫌に左右されやすく露骨に態度に表すことが多いのと、俺に対して「同年代のやつらはこれぐらいやってる」と言って業務を死ぬほど投げてくる。
基本的に自分が正しいと思うタイプでこちらが指摘しようもんなら逆ギレをかましてくる。あと小心者。
逆にBは自分で仕事を抱え込む癖があって、Bが休みの日に引継ぎが何もなくて困ることが多かった。
基本的に他人に仕事を任せられないタイプだが、今思うと先輩が糞すぎて任せられないのではないかとも思う。
加えて先輩はどっちの上司にも嫌われており、俺は全員から全員の愚痴を聞く役になっていた。
ここに派遣や得意先、協力会社との絡みがあり、2年目ぐらいから徐々に心が壊れていたのだと思う。
ちなみに2年目で派遣が2回入れ替わった。理由はいずれも「ここの上司(A/B)には付き合ってられない(意訳)」だった。
1回目の派遣交代時には俺の上司(A)が「俺も教えるから!」と意気込み、結果2カ月で派遣から「あの人は実務を何もわかってない」と烙印を押される残念っぷり。
2回目は先輩の方の派遣だったが、その時は先輩側の上司(B)が使い物にならず結局先輩が教えていた。
2年目ぐらいから先輩が席を離れることが多いことに疑問を感じ始めていたが、別の仕事だったため「まぁそんなこともあるだろう」と流していた。
実際は既にめちゃくちゃサボっていたし、上司(A/B)はそれを黙認していたわけだが・・・。
3年目
いよいよ3年目となった時に上司(B)が昇進し、今の部署は俺の直属の上司(A)が全て取り仕切ることとなった。
まず先輩のサボリが凄く激しくなった。何かあれば「得意先でトラブルが起きたから行って対応してくるわ!」と言って昼から直帰する。
じゃあその間先輩の仕事はというと止めるわけには行かないので、俺が肩代わりせざるを得ない。
またその間に発生するトラブルも先輩が居なければ言えないので、全部俺に回ってくる。
この状況を上司(A)は見ておきながら「あいつは叱ると拗ねて余計に仕事しなくなるから、褒めて乗り気にさせて仕事をさせる」とサボリを容認同然の発言をすると同時に「お前には期待しているから𠮟る」と抜かす。
はっきり言って、教員免許持ってる俺ですらそれが通じるのは教育現場ぐらいで給料貰ってる職場で何言ってんだこいつとは思ってた。
次に上司(B)の仕事がほぼ全て上司(A)に行ったので、上司(A)の仕事が俺に降ってきた。
つまり今の俺の仕事は①今までの仕事②先輩がサボった分の仕事③上司(A)の仕事と3つ抱えることとなる。
そうなると残業は必然的に発生するわけだが、これについては「お前の業務管理が悪い」「残業は出来る限り減らせ」という。
そして夏の連休で我慢の限界となり、人事に直訴してようやく先輩が異動することとなった。
この時人事には「3年目なんだから人事じゃなくてちゃんと上司(A/B)に相談しようと」と言われたが「上司(A/B)には何度も言ってるんですがどうしたらいいですか?」とは流石に言えなかった。
その後、この話は上司(A)に行ったのかことあるごとに冗談めいて「人事に走られたら困るから~」ということを言われることが増えた。
で、ようやく表題の話。
先輩の後任にもう数年で定年の人が来た。
しかも、これも俺が1年目と同じ流れで先輩の仕事を俺が、俺の仕事を後任が、後任の仕事を先輩がという三角トレード。この定年が無能だった。
まず後任の仕事を先輩に引き継ぐのに2週間以上あったのに異動初日になったのに引継ぎが終わってないという状況。
つまり俺の引継ぎ開始時点にて引継ぎが終わってない。結局1週目はそっちの引継ぎを優先し、俺は先輩の仕事と前の仕事のダブルパンチ。
ようやく2週目で仕事を引き継げるかと思いきやExcel必須の部署でExcelが全く使えない上にPCも怪しい。画像の挿入?印刷?ファイルの保存?このレベル。
加えてメモを取らない、メモの整理しない、わからないことは放置か勝手に判断。
結局、日中は引継ぎに全ての時間を取られ、そいつが帰ってからようやく自分の仕事がスタート出来る。
何回も心の中で確認したよね。派遣社員や新入社員じゃないよね?正社員だよね?って。
とどのつまりはトラブル発生した時に任せた仕事について確認したら「何も覚えてません」と協力会社の目の前で平然と言う、
「Aという部品がなくなりそうです!ないと作業が出来ないんです!」と協力会社に言われて「なくなったら教えてください」と言う脳みそ。
ちなみにこれらを上司(A)に伝えても「お前の教え方が悪い」「あの人はとても優しいからイライラするのはわかるが叱って委縮させるな。褒めてやる気にさせろ」という始末。
挙句の果てには「早くあの人に仕事を引き継がないとお前の業務が減らないぞ」「お前今月の残業45時間越えてるんだからもっと自分で管理しろ」と言い出す。
2年目から来た派遣2人からは「大変なのわかってるし協力したいけど次の更新は諦めて」と言われ、協力会社からは「あの人とはやっていけない」と言われる状況。
この状況でも上司(A)は自分は悪くないとどうやら思っている様子。
ここでようやく先輩も大概だが、実は上司(A)も大概なのでは?と気づくことが出来た。
遅いと言われるかもしれないが、2年目辺りはモラハラ+パワハラで洗脳されていたんじゃないかと思うレベル。
正直、会社自体を辞める勇気はまだ持てないが、そろそろ本気で心が折れそうになっている。
年内で全ての引継ぎを終わらせろなんて言われてるけど、一ヵ月経っても日常業務すら出来ていない人間にどうすんだって感じ。
とりあえずこの1カ月の日記は作ったから、何かあったらそれを叩きつけてやろうと思う。
上見ても、下見てもキリがないとは言うけど、八方塞がりすぎてどうしたらいいのかわからない。
社内よりも協力会社と得意先が憐れんで同情してくれてるのが更に辛い。
※この記事の内容は俺の半生に基づくサンプルデータ1つのめちゃくちゃ主観的な話になります。ので、皆さんの半生をもとにこの記事に賛成もしくは反論して欲しいと思っています。
学の無さや配慮の無さ、怠惰性がたたって良い結果にならない事があるのは自分でも認めるところですが、基本的に他人には善意を持って接したいと思っていますし、自分に関わった人間には良い気持ちでいてほしいと心から思っています。
そしてそういった心の在り方を美しいとも思っています。
こういった善意を良しとする考え方は社会一般で言う"正しい正義感"だと思っています。
(これが正しいかどうかは皆さん各々思うところがあると思いますがとりあえずそう定義してしまいます。なんせ全部主観の話なので)
この正義感がどこで培われたのかと考えました。
漫画に限らず、アニメやゲーム、ドラマなども同じような効果を及ぼすと思います。
こういった娯楽は「肯定的に共感し、追体験できる」装置なんじゃないかなと思います。
とりあえず"漫画"で通しますが、漫画を読む際、否定的な気持ちで見る人はそういないでしょう。
漫画は主人公を中心とした物語が形成されていて、ようは「他人の人生を追体験できる」装置になっています。
その追体験には「好意」と「共感」を伴っています。そうなると影響されることは容易いでしょう。
とどのつまり漫画を読むと「正義を成した主人公の人生に好意と共感を感じて、自分もこうありたい」「正義を成すことで人は結果的に成功する」となんとなく思うようになるわけです。(少なくとも俺はそうでした)
「ミステリーだと大体こういうこと言うやつは死ぬよな」の延長のようなものです。
少年誌というのは数多くの漫画が掲載されており、何人もの主人公の人生を時間をかけてじっくり追体験できるわけです。もはや洗脳じゃないのか?って感じです。
某少年誌は「友情・努力・勝利」を掲げています。つまり、明らかにこの仕組みを意識しているんじゃないかと思ってならないんです。
立派な教育じゃないかとさえ思ってしまいます。(オタクはそういう所がある)
なんか話がうまくまとめられなくて無理にしめちゃいますが、
結局のところ何が言いたいかって、子供を育てるときにジャンプとかサンデーとか読ませないと自分たちで倫理観を植え付けないといけなくなるよ?って事です。
ちなみに俺はガッシュで育ったのでガッシュの正義感を宿してます。ガッシュ2も始まったから皆読もうね。
結構自分の中でもいい線いってる論じゃないかなと思っていましたがやはりこうやって皆さんの意見をいただくとなるほどそうでもねえなとなるものですね。
非常に参考になりました。
もちろん影響力を自覚してる美容業界内でしっかり自主規制とかはあるっちゃある
でも今増田の間で流行ってる「少年誌でのカップ数表記」とか「胸を弄る描写」が無くても、たとえ素直にゾーニングされていたとしても"異様に巨乳なキャラ"そのものが差別の再生産である(=ゾーニングの問題ではない)という論調を美容系にも通すなら
とどのつまり美容系商品を売る事それ自体が構造への加担という判定になってしまうわけだからアウトになる
なんかそう考えると滅茶苦茶だけど
その場合は美容系そのものの排除ではなく個々にそれぞれが自分の理想を目指せる、けれどその上で目指さない人も抑圧や差別を受けない社会の形成が大事なんじゃないのか?
遊んでみたら面白いわよなかなか。
やってる感出てくるし
私もガッキーこと新垣結衣さんみたいに可愛くなれっかなー!って思うのよ。
ボーリングはちゃんと立ってボールを構えて投げるモーションをしないと上手く投げられないようで
座ったままだとなんか投げにくいわ。
まあちょっと夏実家に帰ったときに誰かを道連れにして遊んでみようかしら?って思ったわ。
そんなことより、
今日もほどほどに忙しいので
ぱぱっと借り出されてパパッと仕事をして
早くやっつけたいと思うわ。
私もSwitchスポーツやって新垣結衣ちゃんみたいに可愛くなりたいわー!
うふふ。
鉄火巻きがあったのでそれを朝食がわりに。
食べ損なったからって見損なわないでね。
とにかく余裕がないのよ、
どんどんいくわ!
水出しルイボスティーウォーラーをたくさん作っているので毎回助かるわ。
夏の暑さに負けないように
しっかり水分補給はきゅーっとしてね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
1より2が有名になったやつは、ストリートファイターとかMOTHERとかプレイバックとかいくつも思いつくけど、
1でも2でもなく3が有名なやつは中々思いつかないので絞り出してみる。
・丑三つ時
→草木が眠ることでお馴染み。現代の時間でいう、午前2時から2時半くらいのこと。
丑一つ時でも丑二つ時でも丑四つ時でもなく丑三つ時なのは、語感が良いからなのだろうか
ワンクールアニメを3話までで判断する人が増え、制作側もそういう意識の元で話を作ることが一時期増えた気がする
→初代、2代目がとどのつまりEXILEなのでズルい気がするが、ユニットとしては3代目が有名で活動期間も長い
・若乃花
初代は成績や貢献度の大きさから伝説だし、2代目も間垣親方としての活躍が有名なので微妙だが、世間一般の知名度では3代目が一番ではないか
→スーファミ版の2から受けてた気がするが、3で大ブレイクした印象
→スーファミのスーパー桃鉄3で人気を不動のものにした印象があるが、ファミコンやPCエンジンの時点で名は知れてた気もする
→上に同じ
→だから年齢がバレるって言ってんだろ
○ご飯
朝:納豆たまごかけご飯。昼:おかし。夜:クルクル寿司。(たまご、納豆、オクラ、ネギトロ、いか、シン・イカ、えび、漬マグロ、カンパチ、シマアジ)
○調子
○シン・ウルトラマン
けれど、だからこそ、人の生死は理屈で決めちゃいけない、そう感じさせられた映画でした。
ザラブ、メフィラス、ゾーフィらリピア以外の外星人は地球人類を尊重しておらず宇宙規模や多次元規模のマクロな視点、カトクタイの滝君の言葉を借りると神の如き視点から地球人を攻撃をする理屈を付けていたのが、この作品を読み解くキーワドだと感じた。
ゾーフィはベータボックスにより兵器に転換できるから、人類を抹殺すべきだ。
メフィラスは自分が上位の存在になって独占したいから、人類にベータボックスを授けて兵器化を進めるべきだ。
リピアと同じく現生人類を好きだ、と語るメフィラスも、その気持ちにこそ嘘は見受けられないものの、やっていることは侵略行為であり、彼の好きなある程度マクロな人類は守られるが、ミクロな視点で見たとき傷つく弱い人たちが生まれるのは明白で、作中でも言及されていた通り。
この理屈付けの有無こそが、リピアとそれ以外の外星人たちを切り分ける大きな違いなのかなあ。
理屈が付けれないリピアに対する、そうでなかったザラブであり、メフィラスであり、ゾーフィである、そう感じた。
結局、理屈なんてどんなふうにも付けれて、例えばゾーフィの言う地球人類の兵器化の危惧だって、だからこそ光の国で手厚く保護する必要があると言う結論でもいい。
メフィラスの現生人類が好きだからこそ自分が管理するという考えも、今の人類が好きなら尚更余計な神の介入は避けた方が現状維持になる、という考えでもいいわけで。
とどのつまり、神の視点から見れば人類を抹殺する理屈も人類を守る理屈もどうとでもなるんですよ。
そういう神の如き視点を持つ外星人たちと比べると、リピアの理屈は心もとない。
人類が愚かで幼いことも認めているし、神永が子供を守った理由も理解できていない、メフィラスと違ってゾーフィに指摘されるまで人が好きになったこともわかっていない。
けれど、わかっていないからこそ、理屈が付かないからこそ、そこに生きている市井の人々の、普通の人々の多種多様な生き様を見守ることの尊さをリピアは知っていたのかな。
コーヒーも服も、一人では作れない群れないといけない弱い生き物である人を、ただ守る。
ゼットンが空に透ける最中でも当たり前の人生を送っていた普通の人々、あのカットが僕はすごい印象的だった。
そして、ゼットンを倒すために群れの力で導き出した計算式で二段変身じみた殴り方をするウルトラマン。
光の国のウルトラマン達は、地球人から見ると神の如き強さなんだけど、それでも1人の知恵じゃ足りないことがある、群れることでウルトラマン1人じゃできないことができるようになる。
リピアはそれを身をもって知って、自信が神ではないとタキくんに教える。
ウルトラマンが、これからも作中で名前の出てこない普通の人類を見守りながらも、一緒に暮らして見守り続けてほしい、そうはならなかったのが少し心苦しいのですけど……
それでも、マルチバース的には人類と共存するウルトラマンもいるだろうし、シン・ウルトラマンの世界もこれからも続いていくのだと思う。
なんかクタクタダラダラととるに足らないことを書いてしまったけど、
「痛みを知る(のは俺だけでいいから)一人であれ」的な自己犠牲スピリッツではなく
「痛みを知るただ一人(の神ではない普通の人)であれ」という、意味なんだなあとスタッフロールで聞きながら感じたことを言語化したつもりでした。
私はエネルギー生成に難があり常に疲れた顔をしている(自分では疲れたとは思っていないが、健常者(笑)から見ると覇気がなく見えるらしい)。
世の中9割の人間は明るい人間が好きなので「挨拶は明るくしましょう」とか、「面接ではハキハキ喋りましょう」とか根っから暗い人間への差別意識を一ミリも隠そうともせず発露している。
ハッキリ言って醜悪だぞ。
普段はやれブスに配慮してゲームキャラをブサイクにしましただの、デブに配慮してポスターモデルにクソデブを採用するだのしてるくせに、根暗は無視か?いや、気にしてもないんだろうな自分がただ配慮してますアピールで気持ち良くなりたいだけだもんな。本当のところ弱者の気持ちなんかサラサラ考えてなくてとどのつまり自分の気持ち優先だもんな。