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はてなキーワード: 日本銀行券とは

2022-06-27

私が野党に入れる理由

野党に入れた方が与党がまともな仕事するから

これ以外にない。

2年ぐらい前、お肉券お魚券だったのがコロナ給付金日本銀行券10万円配るとか突然決まったのも選挙の旗色があまりにもアレだからだった。実にわかやすかった。

から今回も野党に入れる。

野党の方が消費税下げろとか夫婦別姓はよしろとか子どもちゃん性教育しようとか技能実習生制度どうにかしろとか、言ってることがまともだし。

https://choiceisyours2021.jp/

私が入れた程度で野党政権取るとは思えないけど、ひっくり返ったら最高に面白いよね(笑)

2022-04-14

日本銀行券魔法の紙じゃないんだよなぁ

相変わらずこの国の国民はカネ、特に日本円に対する信仰が強すぎる。

信用しないと経済が回らないのでしょうがなくお金ごっこ遊びに興じるのはやぶさかじゃないんだけど、

本気であの紙切れが、人生を賭けたり、友人家族を裏切ったりしてまで価値のあるものだと、そんなふうに心から揺るがない強靭信仰を抱いてるのだとしたら、

悲惨未来しかない

今年、アメリカの利上げあと何度あるかわかってるのだろうか。

いつか日本円暴落するタイミングが来るとは思ってたけど、もしかしたら本当に今年なのかも知れない

意外と早かったかも。おそかった?どうだろうね。俺にはよくわからん。今目の前のドル円の動きも大して見ていない

円の動きに興味はない。でも円の動きに翻弄されて悲惨人生を送る人続出するのは、心が痛む

悲しい

2022-03-13

anond:20220313161556

何だかんだ理由付けて国債なり日本銀行券なり発行できるんだから底辺から金巻き上げるとかめんどくさいことやる必要なくね

2022-03-11

anond:20220311131708

ワイは日本銀行券に1900万投資してるやで。

年初めに血迷ってSP500に全ブッコミしようと思ったけどやめといて正解だったやで。

2022-02-24

株もビットコも下がりっぱなしやな

日本銀行券に全額投資してて良かった😌

2021-12-10

一番使い勝手の良いクーポン券は日本銀行券です??

日本銀行券クーポンじゃねーだろ

語源フランス語のcouper(切る)

フランスパンの切り込みをクープと呼ぶが、それと同じだな

日本語でも切符という言葉があるが、妙な共通点を感じる

ともかく、利札だとか回数券だとか、雑誌から切り取って使う引換券だとか、

そういう切り離して使うものクーポン

まあ、電子クーポンというのもあって、これは切り離して使うものではないが、

電子タバコが(植物の)タバコ関係ないみたいなもの

クーポンではないけどクーポンと似た働きをするものって感じなのだろう

2021-12-05

MMT何言ってんのかさっぱり分からんのだけど、誰か解説しろ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/finance.yahoo.co.jp/brokers-hikaku/experts/questions/q11251502381

MMTインフレになるまで国債を発行する、なんていってないですよ。MMT国債インフレには関係がない、という主張です。

従来、中央銀行政府に直接融資を行うと、インフレが激しくなりすぎるから中央銀行による直接融資禁止して、国債市中銀行に買い取らせることで、インフレ回避する、という言うことがまことしやかに言われていたんだけれど、戦後アメリカ日本システムを前提とすれば、国債にはそんな効果は全くない、という主張です。

これはMMTの発足当時からの中心人物の一人であるS. フルワイラーという人が以前は繰り返しツイッターで書いていたんだけれど(それだけアメリカなどでも誤解が多かった)、最近は何べんおんなじことを言っても全然理解されないので、もう嫌になっちゃったみたいですね。。。

■俺の理解

中央銀行国債の直接引受けによって政府への資金供与を行うと、政府財政節度を失わせひいては中央銀行通貨の増発に歯止めが掛からなくなり悪性のインフレーションを引き起こすおそれがあると言われている。 https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/op/f09.htm/

しかMMT国債インフレには関係がないという主張する。

なぜなら戦後アメリカ日本システムを前提とすれば???

メモ

結局国債インフレには関係がない具体的な根拠???

MMTの言っていることは、国債租税も財源になっていない。

経済的実態を言えば、政府支出は常に(財政赤字黒字に関わりなく)ベースマネー新規発行によって行われているのであり、国債は、そうして政府が発行したことによって過剰になった準備預金インターバンク市場から排除するという機能しか持っていないんだ、ということです。

■俺の理解

MMT国債租税は国の財政の財源になっていないと主張する。

なぜなら

政府支出は常にマネタリーベース現金通貨日本銀行券・補助貨幣)と民間金融機関法定準備預金日銀当座預金)との合計、の新規発行によって行われているからだ。

また国債は、そうして政府が発行したことによって過剰になった民間金融機関法定準備預金日銀当座預金)を銀行取引市場から排除するという機能しか持っていない。

メモ

経済的実態を言えば、政府支出は常にマネタリーベース新規発行によって行われているからだ」って意味分からん

経済的実態」ってなんだ?会計的に見れば政府支出は常に国債租税で賄われとらんか?

政府支出しすぎて、総需要国内供給力を上回ってしまえば、ケインズの言う真正インフレになる。

この場合にはインフレは歯止めが利かなくなる。

それを回避するためには、一方ではインフラを整備し、同時に環境保全を進め、人的資本を強化する(そのための教育制度の確保)ことと、政府部門家計部門支出を安定させることで民間部門投資全体を安定させることを通じて、景気変動を均して企業部門が抱えている不確実性を減らすこと。

そのためには一方で政府裁量支出公共投資など、政府意思決定によって操作できる支出)を安定させる一方で、自動安定化装置(とりわけJGP)によって、家計所得を安定させることで家計部門支出も安定させる。政府部門家計部門支出が安定することで企業部門比較的不確実性が少なくなり、投資が安定する。

こうしたことを通じて景気変動を減らし、インフレをなくしてゆくことを目指しています

■俺の理解

しか政府支出しすぎて総需要国内供給力を上回ってしまえばインフレとなる。

その対応のためインフラ整備・環境保全・人的資本強化・政府部門家計部門支出を安定させることで民間部門投資全体を安定させることで景気変動を均して企業部門が抱えている不確実性を減らし、インフレ回避する。

一方で政府裁量支出公共投資など、政府意思決定によって操作できる支出)を安定させる一方で、自動安定化装置(とりわけJGP)によって、家計所得を安定させることで家計部門支出も安定させる。政府部門家計部門支出が安定することで企業部門比較的不確実性が少なくなり、投資が安定する。

こうしたことを通じて景気変動を減らし、インフレをなくしてゆくことを目指しています

メモ

唐突に現れるインフラ整備・環境保全・人的資本強化、意味不明すぎる。全く意味分からん

2021-11-30

日本銀行券Fは果たして歴代最弱なのか

最上紙幣

大黒天武内宿禰聖徳太子→福和諭吉渋沢栄一 NEW

福沢諭吉までが強すぎだろ。

そもそも話にならねーわ。

ゆーて「教育こそ最も効率の良い投資」ってコンセプトが見え隠れするのが福沢諭吉の強さだよね。

ストレートに「渋沢栄一めっちゃ金持ちじゃね?」みたいなノリで選んじゃったのは想像力貧困さを感じる。

これがありならそのうち竹中平蔵カルロス・ゴーンでさえ成りかねないわ。

悪手だね。

強い弱いってより。

中級紙幣

鳳凰→模様のみ→岩倉具視伊藤博文新渡戸稲造樋口一葉津田梅子 NEW

概念岩倉使節団の長→初代内閣総理大臣国際連盟初代事務次官たけくらべ女性教育

樋口一葉でとち狂った流れをなんとか正しい流れに戻せた感がある。

女性枠を作ろうというコンセプトから最初に選んだのが樋口一葉だった辺り、平成の連中の女舐め文化を感じてしまう。

マジでなんで女性枠作ろうですぐに津田梅子を選べなかったのか。

少なくともここは1勝だろう。

下級紙

二宮尊徳高橋是清夏目漱石野口英世北里柴三郎 NEW

二宮金次郎財政トップ言文一致の父→伝染病研究者伝染病研究者

言い方を変えようか

歩きスマホマン→身内贔屓→有名な人→理系枠→理系枠(選抜基準は前回のコピペ

ひっでーな。

コンセプトとかないんか?

せめて財政トップを入れる枠として代々受け継いで渋沢栄一はここに持ってくるとかさあ……

つーか「文系偉人多すぎて理系キレそうやなwwwww」で適当野口英世入れて「じゃあ今回も同じような感じでwwww」で北里柴三郎って……。

マジないわー

樋口一葉ときもやけど、バランス感覚ある感見せようとした結果実微塵も興味内のバレバレになりすぎだろ。

ほんまない。

さいてー。

ここに関してはカスしかいいようがない。

はい結果発表

1勝2敗。

でも最後北里柴三郎鼻くそほじりながら選んでるのがバレバレになったね。

ふつーにゴミ

2021-09-11

今の日本銀行券ってさ、兌換性を失われているのよね?

だとしたら、なんでものを買えるのだっけ?

2021-08-26

anond:20210826211454

社会学心理学統計使うのはどう思ってるん?量的研究しなかったらこの辺の分野成り立たないでしょ今は。

いね!その質問は、実に好ましい。なぜなら、統計学が意味をなさないことが多いのに、なんで勉強するか疑問だろ?そりゃ、統計学が『ノイズ』を除去するからだよ。統計学は N/A とかあるのに、P値だ言って誤魔化しているのに、いざ自分たち理論破綻したら「シックスシグマ的にありえない!」とか言って逃げるだろ。バブルも、リーマンショックも、自分たちが都合の良い数値を適当に取り繕って、レバレッジをかけて破綻していった。そうだよ、大きく社会学といったら会計学経済学も「左辺と右辺が一致する」という数学理論を無理やり当てはめて、一致すると安堵するということを繰り返しすぎなんだよ。違うね。社会学においては「左辺と右辺が一致しない」ということに意味がある。例えば、昔の人間DNA的には同じだろうが、社会は常に変化していくのだ。まさかだけど、資本主義があるから共産主義があるとか思ってないか?違うぞ。共産主義がおこって、資本主義というレッテルが作られたのだよ。マクロ経済学があるからミクロ経済学があるのか?違うよ。最初は、ミクロ経済学なんてなかったんだよ。なぜに、人は「反対のもの」を探そうとするのかね。おかげで、ミクロ積分するとマクロになるという研究に一生を注げてしまう人が出てきた。可哀想にね。今では、合成の誤謬とか言うがね。世の中は、シンプルじゃないんだ。今では、複雑系という領域が勃興したおかげで、(古典な)物理学や(過去データを扱う)統計学、そして数学テクニック社会学に応用して「未来を想定する」という学問は死に絶えつつあるのさ。間違っているのは、私立文系教授たちであって、自分達の地位が規模に依存していて、学生無意味テキストを買わせるだけの私立文系芸術学部市井画家とかは除く)がイキっているアホしかいないのに、拝めているのだよ。特に日本銀行券にのっている「日本ボルテール(大爆笑)」さんの大学とかさ、みのもんた石原慎太郎の子弟とか、統計学を使うと「慶應義塾大学受験なんてしないと、有能になる」ということを「信頼区間的には、棄却される」としか出せないだろ。ウケるw。文系は無理して数学使役しようなんてするのではなくて、本や資料、そして『リアル』に触れる機会を徹底的に増やしていくべきなんだよ。一橋大学文学部を作って、早稲田慶応文系人員を減らして、国立理工学リベラルアーツ教育復興を目指すべきなのだ根拠は、私立文系は「既卒採用されない」という現実に向き合うべきだろ。まだ、四十路で看護学部にいった方が就職があるって変じゃないか?あれだけ数学否定して入学させて、あまつさえ本人たちも得意でない統計学やデータサイエンスを教えるなんて、教育者として失格だろ。ちゃっちゃと、似非数学者はくたばってください、としか思わねーよ。閑話休題最初の「社会学心理学」で統計学が使えないのは何故かという疑問に答えるぞ。わかりやすい例だと、かの有名な「校長」という事例があるじゃん。世の中には「一騎当千強者」がいて、そういう統計的には「ノイズ」として棄却されるような、通常は起きないけど「未知の未知」という人知を超えた「何か」がいるの。ほら、新型コロナウイルスは「1つの『①新型コロナウイルス』が『②武漢』に生じた」というだけじゃん。これを「①イエス・キリスト、②エルサレム」「①ポル・ポト、②カンボジア」「①スマホ、②シリコンバレー」「①自動車、②ドイツ」というのとどう違うのさ。①から②は成り立つが、②から①は成立しねーよ。そんなのは、「オッカムの剃刀」とかで徹底的に洗い出されているのであって、帰納法演繹法では「世の中を描けないのだ」よ。つまり、人文系人工知能のように社会学的な方向に、ベンサムを始祖として常に繰り返されてきた、物理学数学メソッドの応用は事故の元です。なぜなら、ヒトは「変わらない」が、社会は「変わる」のです。光の速さは(俺が生きている間は)不変ですが、社会は(テレビ新聞インターネットとか出てきたせいで)変わるのです。つまり統計学のような「観測できなかったことを誤魔化す」「そもそもサンプルが全て出揃うのが不可能」「過去に起きなかったから、未来にも起きないと思い込む」ような、雑な『算数』で「数学理解していると信じる私立文系ども」はオウム真理教で「サリンをばら撒いた高学歴」と何ら変わらないよー、って言いたいのですよ。天才の麻原がいなかったら、地下鉄サリン事件なんて高学歴秀才どもが起こすわけないじゃん?(q.e.d

2021-08-23

anond:20210823111256

そうだとしたらマネーロンダリングいらねえだろ

普通のモノや日本銀行券は、モノが手元にある限り誰かからクレーム付けられない限りその占有正当化する理由自分証明する必要はない

anond:20210822200200

マネロンは逆なんだな

ホワイト証明できないグレーはブラックかもしれないとみなされる

分かれ目はモノが手元にあるかどうか

普通のモノや日本銀行券は、モノが手元にある限り誰かからクレーム付けられない限りその占有正当化する理由自分証明する必要はない

銀行預金キンドル利用権はモノ(情報)が相手サーバーにあるから、それを自分が正当な所有者だと証明する責任自分にある

よいこは悪い人についてっちゃダメですよ

2021-08-02

アンチ新自由主義」くんのまとめ

本気か?

2021-07-05

鉄砲よりましな抗議について

鉄砲による抗議はなぜ失敗したのか。


まずここでいう失敗とは五輪開催について政治家が躊躇せざるを得ないうねりを作れなかったことと定義している。

その意味で水鉄砲による抗議は一般人に対する攻撃として捉えられ、聖火ランナーに対する同情を誘い、むしろ五輪開催に向けた警備強化を正当化する理由を作ったように思う。

(水鉄砲を放った人物は人に対する攻撃と捉えられるとは想定していなかったかもしれないが。)


今回の水鉄砲の直接的な被害者一般人であった。であればより有名な選手大会関係者であれば良かったのか。

いや、その場合はより問題になっていただろう。自陣に負い目のある状態で主張を続けることは難しい。被害者のいる陣営の主張は同情を誘うことになる。

暴力的な行動に出た時点でその陣営の主張の支持は減るだろう。特に人命を理由に開催の中止を主張するならなおさらだ


今や五輪開催については国民過半数以上が中止か延期を望んでいる。実際に、インターネットによる署名活動医療従事者によるプラカード行進、抗議デモなど、これまでにも五輪開催については数多の抗議活動が行われてきた。

しかしながら現状政府委員会などが強引に開催に向けて進めており、五輪は中止されることなくほぼ間違いなく開催されるだろうと予想している。

このことはいずれの抗議活動政府委員会意思決定の決定打にはなり得なかったことを示している。

では今の政治体系や社会構造の中でどういった抗議方法であればより効果的であっただろうか。


五輪を中止させる最も効果的な方法は、五輪に対する人々のリスペクトゼロにすることである

五輪五輪たりうる理由は、人々がその大会勝利した人を尊敬するからである地元小学校のかけっこ競争勝利たからといっても履歴書に載せるのは憚られるだろう。

五輪に参加した。五輪で優勝した。五輪スポンサーをした。このことに価値があるからこそ開催に意味がある。

ではどうしたら五輪に対するリスペクトゼロにできるか。


五輪は人々が価値を感じることによって価値が生まれているという点で貨幣と似ている。

例えば日本国内流通する通貨である日本銀行券はお札という紙でできた券である。それ自体には何の価値もない。ただし人がこれを価値あるものだと信じるから価値がある。

このように人々の間で持たれる共通の信頼によって流通する貨幣のことを信用貨幣というが、その価値を支えるのは発行者に対する信頼、価値の安定、そして強制通用力の三つの条件であり、そのいずれかが崩れた場合価値を失う。

それぞれについて簡単説明すると、発行者に対する信頼とは、偽物が存在しないと信じられること。

価値の安定については価値が昨日今日で変動せず、おおまかに一定であること。

そして強制通用力は「これには価値がある」と主張できる強力な後ろ盾があることである


例えば犯罪者偽札を大量に流通し始めれば貨幣に対する信頼は落ちるだろう。

一日おきに同じ金額で購入可能ものが変わるような貨幣についても人々は受け取りたくないだろう。

また日本においてはその価値が人々の間で共通のものとなるよう日本銀行券を決済の最終手段として認めるという法律存在し、国家権力によって貨幣に対する信頼を補強している。


さて、貨幣と同じような価値構造を持つ五輪ではそれぞれに対して何が対応するだろうか。


発行者に対する信頼については、類似する大会がないことや参加する選手関係者不祥事がないことが対応する。

価値の安定については、ある年の金メダルは全大会金メダルより価値が少ないと人々が思わないような施策を打つこと。

強制通用力についてはメディアによる宣伝などで「この大会には価値がある」と人々に共通認識を与えることが対応するだろう。


貨幣と同じような構造を持つのであれば、これらのいずれかが崩れた場合五輪価値を失う。いわゆるブランド力を失うということになる。

そうなった場合選手大会価値を感じなくなり参加しなくなる。また人々が注目しないのであればスポンサーをする意味もなくなり開催に必要資金を集めることもできなくなる。

こうなると五輪実質的に開催不能である


ではそれぞれの条件がどのような状態で崩れるかを考えてみよう。


発行者運営選手)に対する信頼を揺るがせることについては五輪関係者政治家汚職選手の身勝手な行動などを喧伝するだけで人々の反感を誘うことができるため、容易に取れる手段かもしれない。

ただしこの方法だけでは中止には至らない。なぜなら人ひとりふたり程度の汚職犯罪程度では開催が揺るがないほど五輪は大規模であるからだ。

また、五輪運営側や選手不祥事が発生したとしても、その問題あくま個人問題であって五輪に参加した人物は変わらずリスペクトするという人が多い場合については、いくら喧伝しても五輪価値は下がらない。

このためこの方法では五輪に対する信頼はすべての試合八百長だったと発覚するなどよほどの事件が発生しない限り減りにくく、また減ったとしても中止に至るほどのダメージではない。

一方で五輪不祥事の多さや意思決定不明瞭さについては現状多くの人が疑問に思っているところだろうから、そのあたりのクリーンさをアピールした代替大会が開催されるとなれば五輪ブランド力はそれなりに失われるのではないだろうか。


価値の安定については、東京五輪についてはかなり自爆しているように思える。

4年に一度開催され、多くの競技が行われる世界で最も伝統的な大会というのが五輪の特徴だとすると、開催側としてはその特徴を傷つけることは避けるべきである

新型コロナウイルス流行によって2020年の開催が延期されたことによって4年に一度の開催という特徴は陰りを見せてしまったが、こちらについては天災によるものとして納得できる人が多いのではないか

しかしながらその後の対応として政府委員会世論的な反対とは逆に開催に向けて強行してしまった。五輪理念であるリンピニズムをかなぐり捨てたその動きに嫌悪感を抱く人が増えたと予想している。

新型コロナウイルス蔓延して人々が苦しみ、五輪の開催に疑問を抱く人が多くいる中、無邪気に「五輪開催に参加です!」と表立って言える人はなかなかいないだろう。

その意味五輪五輪自身のためにも開催に向けて動くべきではなかったと言える。


強制通用力についても考えてみる。

五輪名前の通り歴史的権威などを使って武装し、基本的テレビ新聞などメディアによる宣伝によってその価値喧伝してきた。

多くのメディア五輪話題にあげ、参加し優勝などをした選手を称えることで人々は五輪に対する価値を認めてきた。

メディア五輪の大きなスポンサーとなっていることが多く、五輪話題になればなるほど収益が上がる構造となっている。

想像するに、一度五輪が開催されれば反対していた人々でさえテレビ動画配信を通して五輪を観るだろうからメディア世論五輪中止へ誘うことは考えにくいだろう。

このため、メディアの力を頼っての五輪価値毀損は難しい。

ほかの毀損手段としては、有名なスポーツ選手などが五輪に対する不快感などを表明し、不参加や不支持をすることが挙げられる。

しかしながらスポーツ選手が声を上げることは現在スポーツ業界では難しいだろうから現実的ではない。

以上のように五輪特性上、強制通用力については崩すことが難しいだろう。


ここまでを踏まえてまとめると、貨幣との類似性をもとに五輪の中止を扇動を考えるのであれば、

1.五輪関係者不祥事喧伝しつつ、クリーンさをアピールした別の大会を開催すること

2.五輪関係者五輪開催の強硬によるブランド力低下のリスク理解させること

の2点が効果であるのではないかと思う。


しかしながら1については五輪に代わる大会が増えるだけであり、今回の五輪を中止したいそもそも理由に対する解決にはならない。

2については希望は残るが、運営理性的だったとすると、スポンサー政策契約上の問題などによってそのリスク承知の上で強硬したほうがましな結果と試算した可能性があり、また運営理性的でないならそもそもリスクについて理解はできないだろう。


ここまで長々と話してきたうえで、私が考える最も効果的かつ全く推奨しない方法について述べる。

とても簡単に言えば、人々が五輪価値を徹底して否定することが最も効果的だと考えられる。

貨幣と同様、五輪五輪価値があるという信頼、あるいは権威性によって成り立っている。ここまで述べてきた3つの条件はあくまでも人々の信頼を補完するものしかない。

このため、人々が「五輪価値を認めない」と宣言してしまった場合五輪価値はその瞬間消し飛ぶ。

具体的には、五輪に出場する選手スポンサーとして参加している企業五輪に関わる政治家などをリストにしたものWebサイトなどで公開し、開催に賛成の個人法人としてレッテル貼りをしたうえでSEO対策をし、SNS上などで拡散するといったものだ。

ここで重要なのは個人法人に対する直接的な攻撃は行わないことだ。個人法人に対する直接的な攻撃をしてしまうと、五輪反対派は過激だというレッテルを貼られ、人々は逆に賛成派に対して同情的になるからだ。

あくまでこれらの人たちが「五輪に賛成している」という事実を述べ、関係者に対するワクチンの優先接種など、制度構造に対する批判のみを宣伝する。これであれば直接的な攻撃とは受け止められにくい。

そういったリストが公開された場合にどういったことが発生するかは想像に難くなく、私であればそのようなリスト名前を連ねたいとは思わない。

これらの行動は中傷扇動にあたるだろうし、人としての倫理観が怪しいところなので私自身は全くしようとは思わないし、ほかのだれかがやっていても軽蔑するだろう。


しかしながら、五輪開催の条件すらあいまいなまま強行していく開催者側と交渉するには、水鉄砲よりは効果的なのではないかと思う。

2021-05-09

anond:20200920184855

そもそも金はどこからやってきたのか。

もとを辿れば労働者自分時間を切り売りすることで金を生み出します。

違うぞ。労働者労働契約によって経営者雇用主)から賃金を得るが、金を生み出すわけではないぞ。

そもそも労働者が金を生み出すなんて、偽札作りでもしない限り不可能なことだぞ。

金を生み出す(発行する)のは日本銀行しかできないことだ。紙幣日本銀行券と書いてあるだろ。

信用創造という仕組みで金は増えている。銀行預金通貨創造する仕組みで、簡単に言えば銀行が金を持っていないのに金を貸すことだ。詳しくは「信用創造」で検索してくれ。

ちなみに、あんたは労働者が金を生み出すと思っているが、それはたぶんマルクス経済学における剰余価値勘違いしてるんだろう。「剰余価値」でも検索してみろ。

現金1億円を札束状態で燃やします。(中略)社会からただただ一億円が消えましたが、これってどういうことなんだろう。よくわからない

その通り。社会全体から一億円が消えただけだ。日本銀行が一億円発行すれば社会全体が一億円分インフレを起こし、誰かが一億円を燃やせば社会全体が一億円分デフレを起こすことになる。

ニュース休眠預金という言葉を見聞きしたことがあると思うが、何が問題かというと休眠預金が循環しない分デフレになることだ。例えば、一億円分の預金永久に休眠状態にあったとしたら、社会全体にとっては一億円を燃やして一億円分デフレを起こすことに等しい。

社会性質として「金」が際限なく積み上がっていくってことはあると思う。これは社会が豊かになっていると言えるのか?

社会が豊かであるかどうかは労働者労働時間の減少で測る必要がある気がする。

政府日本経済の緩やかなインフレを目指している。なぜ緩やかなインフレを目指しているのかは、「緩やかなインフレ」で検索しろインフレをどうやってコントロールするのかは「インフレターゲット」で検索しろ

労働者個人にとっては、賃金が変わらないなら労働時間が少ない方がよいだろう。でも、ただ労働時間を短くしただけなら、社会の豊かさを損なうだけになると思う。例えば、医療福祉の質が低下すれば、国民平均寿命健康寿命が短くなるだろう。医療福祉以外でも、水道電気・ガス・道路などのインフラの質が低下すれば、国民ライフラインに影響を及ぼすだろう。他の産業でも、物やサービスなどの需要を満たせなくなるだろうし、生存には直接影響しない娯楽業でも、質が下がれば社会の豊かさを損なうことになるだろう。

2021-05-05

弱者男性含む表現者は「表現差別」をやめろ!!!

残念ながら、キモくて金のないオッサンこと、弱者男性弱者ではなくなってしまった。

真の弱者を救わなければならない。

弱者男性は何故弱者ではなくなってしまったのか?

何故ならば弱者男性認知されることに成功たかである

この時点で、もう現代社会において弱者ではない。ここに我々が救うべき、真の弱者の姿を提言する。

プレゼン弱者」だ。

『声無き弱者は声をあげられない。なぜならば声が無いかである

このアホみたな理屈こそが、実は真理なのだ

つまるところ、現代における真の弱者とは表現力が無い人間であり、プレゼン力がない人間であり、ロビイング力がない人間である

何故ならば、現代において表現力という力が圧倒的に重視されるようになってしまたかである

この世において重要なのは金だ。

何故金が重要なのか?簡単だ。他人を動かせるからだ。

日本銀行券はただの紙だし、通帳残高なんてものはただの数字の羅列に過ぎない。

何故貨幣土地やらの資本価値があるかというと、他人に影響を及ぼすことができるからだ。

その動力を、人間はわかりやすく金としているだけに過ぎない。

そして、現代において表現力ないしプレゼン力ないし、ロビイング力は、その金と全く同じ力を持ってしまったのである

理由簡単SNSが発達して、他人プレゼンを聞く機会が増えてしまたからだ。当然ながら表現力の持つ力は圧倒的になったからだ。

表現力とは、発信者の力+影響を受けた受信者の力である

情報技術の発達によって、「受信者」の数が圧倒的に増えた今、表現力の持つ力が純粋に増えるのは当たり前のことである

もっとミクロ世界で言うと、要は表現力がある人間自分プレゼンできる人間他人イジメても許される。

表現力が無い人間は、他人イジメられても仕方がない。こういう世界になってしまった。

現代における弱者とは、とどのつまり「そこ」に存在している。

教室イジメられているイジメられっ子だろうと、自分の状況を大人に上手く伝えられる人間自分環境を変えられるだろう。

しかし、プレゼン下手にはそれができない。これは、能力による差別だ。

差別は断絶しなければならないのだから、つまりこの表現差別プレゼン差別を無くさなければならない。

最初に戻る。

何故、弱者男性弱者ではなくなってしまったのか。

これは、認知されたからだ。改善しなければならないという風潮を作り上げたからだ。つまり弱者男性には声があったということである

弱者男性には、表現力があったのだ。

声がある者は力がある者である。富める者である

からすると、フェミニストヴィーガン障害者、これらも全て「富める者」に含まれる。

何故ならば、彼ら彼女らには声があったからだ。

世の中をよく見てみると、先導者がいるはずである

まり表現者だ。

弱者男性しかり、フェミヴィーガン障害者、……ありとあらゆる弱者には、その旗手となる人間がいたはずだ。

彼ら彼女らこそが、「現代資本家」である

平等とは、つまり資本家が下々の者に分配をしてこそ生まれものである

我々が戦うべきは表現者だ。

最後に、予言する。

まだ気づいていない人間達が、この「表現差別」に気がつく時代が遠からず来るだろう。

ペテン師が勝つ時代に終わりが来る。

人は平等を求めるのだから

まり、気の利いたことの言える面白い人間加害者だ。

小説家加害者だ。

漫画家加害者だ。

ライター加害者だ。

役者加害者だ。

エンターテイナーは全て加害者になる時代が来る。

何故なら、彼らには表現力があるのだから

我々は彼らを守らなけらばならないはずだ。だからこそ、「表現差別」に今、向き合わなければいけない。

弱者のために声をあげた時点で差別主義者になる時代はすぐに来る。

他人にわかやす道理説明できる人間悪人になる時代が到来する。

2021-01-23

でも俺たちも日本円という信用経済の中で平然と暮らしてるじゃん

もしもある日、自民党議員の頭が狂って「今日から日本銀行券廃止します!明日からキング・アベ・マネー日本通貨します!」と言えばそこで紙切れになるんだよ?

2021-01-22

anond:20210121201121

おおむね良いことだと思うので大筋同意なのだけれどすこしだけ、二つだけ加えさせてほしい。

まず一つ目は信用について。

「信用」とは本人が保持するものではないということ。

言ってみれば持っている現金が「信用」そのもの

これの量が信用であり多ければ多く信用がある。少なければ少ない。

これは本人が持っている信用を一次的に具現化しているものからそうだと言える。

ならば「信用」の本体はどこにあるのか。銀行の台帳に書いてある名前が「信用」そのもの

ネットでは顔と名前を出した時点で銀行に口座をつくったようなものになる。

銀行の台帳に名前を記した状態と同じになる。

そこから、その口座にいくら入れたか出したかの記録が信用となる。

借金が帳簿の上では資産になるとはそういうことだ。

銀行から出した金が当人の口座に入ってる、信用が口座に振り込まれているということは銀行が帳簿の上では貸付として信用をマイナスというリスクを背負って、口座の当人現金という信用をプラスにしている。

借金はすればするほど信用がプラスになっているのだ。

もちろん、借金が出来る前提はあり借金ができない人もいる。もともと信用がないものには貸し出さない。

これだけで伝わる頭の良い人たちばかりで良ければよいのだけれども、念のためにもう少し信用について話したい。

小切手現金に変わる信用として出てくるが、これは銀行振り込みを手動で行っているのと同じ。

現金持ち歩いてないけど今すぐ振込をしてあげたいが端末がない、現金持ち合わせもない、銀行にはあるのだが、という時に使うもの

その紙切れが信用を使って現金にできる、というわけではない。

信用をつかうのは等価で交換するとき現金を使う事ではない。

日本硬貨には日本国と書いてある。これは政府発行通貨でその資本日本にあるもの全てがそうだ。担保がある。

これを交換するときにわざわざ土地と船を交換するとき土地を持って行って船を持ってきた客と交換するのかというと無理があるから金に変えている。

小切手みたいなものだ。その商品の換わりに政府がそれの価値保証している日本のものだ。

日本価値のものなので、それを偽造することは日本で起きる事実日本がそれを事実とみとめるその基準を歪ませることなので重大な罪になる。

その他に日本銀行が発行している券がある。いわゆるお札だ。これは「信用を価値とする」ものだ。

担保がない。可能性について、未来について、予定について価値をつけるものだ。

等価交換から貨幣の話に入ることもしばしば見受けられるとおもう。しかしそれはすぐに理論破綻する。在るものを交換しても経済は成長しないからだ。

1年かけて工場建設し、5年かけて生産を伸ばし、そこでイニシャルコスト償却して純利益を伸ばしていく、という事業計画があったとする。

するとまず最初に5年分の出費と収入分の現金必要になる。そんな金があったら工場なんかつくるより投資したほうが得なのでは。

そもそもそんなに土地物資資産を持っている人間がいるわけがない。純粋にそれらを損失させて事業を成す人間などいない。

なので少ない資金から事業を「借金して」始めるわけだが、どこにその「借りてくる金」があるのか。そんなもの存在しない。

なぜなら未来へと時間が経過していくにしたがって誰かが何かの事業で増えていくもののそれであって「現在には存在していない」からなのだ

ではその「架空未来存在するであろう価値」をどうやって現在に持ってきて現金とするのか。それが信用なのだ

その未来分を持ってきて現金として発行するのが「日本銀行券」なのだ。そのお札そのものが信用であり履行されるべき約束であり生産されるべき未来なのだ

まり、信用というまだ実っていない未来を現時点の価値として、銀行担保で現時点の価値へと「銀行リスクを背負って」物資と交換する貨幣まり日本価値保証と変えているのだ。

その信用を託された人間借金をした人間というもの現金として具体的に目に見える形で「信用」が移るので、まるで借金をした当人に信用が移っている、あるように見える。

人間に信用が付くわけではない。信用という銀行が前借したリスクを、誰を使って回収するかという選別によって一次的に価値を借り受ける人間には、実質「リスク」はない。

貸倒というものがある。貸した金が帰ってこないということだ。これは何のリスクなのか、少し考えればわかると思う。

言い換えて現金を手にもっているそのお金の重みが信用だと、上記理解したうえでなら言っても問題ないし言葉としては同じだ。

もし仮に「信用を買った」というのであれば、それはだれかの未来を履行されるべき内容のもとに買い取ったということになる。

かに恩を受けたからそれが信用として、といった形で信用をつかうのはいわゆる信心である個人的個人的ポリシーのもと可能性を信じるのはそれぞれの勝手だ。

良い人だから裏切るはずはない、などと信じるのは個人勝手だ。金が絡むと親族でも豹変するなどの事はあるだろう。個人信心をもとに行動すると結果はそんなものだ。

証書をとり担保をとり連帯保証人を立てる、それくらいは信用について必要なことだという事は個人取引をするのならわかるだろう。

重ねて、信用とは貸出側の帳簿にあるもので、個人が持っているものではない、買えるものでも譲れるものでも人から得るものでもない。

信用についてはここまで。




次に、マルチにハマって経済回してる気になってる事についてなのだけれども、経済学をやっているのならまず帳簿をつけていないのではないか

帳簿をつけてほしい。

どこから金がはいってきて、何を売っているのか。

まず、クラファンで金が入ってきてるってそれは「乞食をしている」だ。

金をくれとしかいってない。そんなもの銀行事業計画書を持って行って借りたらいいものだ。なんなら信用金庫でもいい。

なぜしないのか。返さないからだろう。返す当てがないから。現金が欲しいだけだから

「信用」ではないのだ。その金は。

未来に発生するバリューがないことがその時点でわかっているのだ。

発生した利益還元しますと言えないのだ。生産をしていないのだ。経済活動をしていないのだ。ただ消費して消耗しているのだ。

そして何を売っているのか。それが価値があることなら、損失をしていても価値があるのならNPOになるべきだ。

それならば寄付が受けられる。プペルトラックなんて価値はないと初めから決めつけて事業を開始するのは心苦しいだろうけれども収益があがらないとはじめから予見されているのだからしょうがない。

それでも絵本を見せたい。子供たちに笑顔になってほしい。そう思うのなら寄付を募るべきだ。前後したがクラファンでもいいだろう。

NPOともなれば各業界から支援が受けられる。事務必要もの、決済や運営必要もの、数多くが無料で得られる。活動さら有益であるとされるのならば公益もとれるだろう。

営利活動目的をしている団体、いわゆる一般企業CSR観点からそういう協力は惜しまないだろう。

なぜすばらしい活動に自費で挑むのか。

さらに言うなら、良いことを損失覚悟でやることについて商材そのもの本体提供者が割引をしないわけがないだろう。

定価で商品サロン生に卸して勝手に売って個人収益にしてもいいよ、なんて言うわけがないだろう。

仕入れの値段、借入金事業計画収益、帳簿はエクセルでも100均メモ帳でもいい。簡単ものでもいい。覚書として数字だけ書いていてもいい。

一度帳簿をつけて、自分人生数字としていまいち見直してほしい。

以上二つを、添えて私からもさいとう氏が目覚める日を期待して祈りたいと思います

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