はてなキーワード: 私大とは
元増田さんのお気持ちはわかります。中の中~上ランクだと、高偏差値大学、とくに国公立大なんかに微妙にコンプレックスがあるらしく、たしかに教員側の「偏差値」を気にする学生は多いです。
私の場合、「先生は○○大卒だから、俺らとは違う」的なことを言われたときには「○○大は研究大学だが、ここは違う。それは方向性の違いである。目指しているところが違うのだから、そうやって偏差値で一律に比べることにはあまり意味がない。君たちはどういうところを目指したい?」と丁寧めに答える+問い返すことにしています。こういう風に言えば割と納得してくれたり真面目に考えたりしてくれることが多いような気もします。
授業に関しては、旧帝大やトップ私学にいるような、一を聞いて十を知る学生はほとんど皆無ということを日々肝に銘じております。そこは教員の実力次第ということのようで、同僚にも、最新の研究成果をものすごく分かりやすく解説してくれるというので学生に人気の先生というのがおられます。授業の分かりやすさと中身のレベルというは、必ずしも一致しないということかもしれません。まぁ、教えるのが苦手で研究したくて大学教員になった人には辛いことかもしれませんね…
ただ、いくら分かりやすく言ってもそもそも考えることが嫌だ(!)という学生もいるので、そういう意味ではhttp://anond.hatelabo.jp/20130802193214の方が言われる
教員個人の授業のレベルがどうのっていうよりも大学全体で見て上のレベルから下のレベルまで
幅の広い授業が揃ってるかどうかが結局大事な気がするんで
は、なるほどな、と思います。
通知ランプがぴかぴかとひかっていた。私は幾人かの顔を思い出しながら、うっすらとした期待とあとは面倒くささを胸にスマートフォンを手に取り、その通知がなにかを確かめた。母からだった。昔からかわらない狂気がごってりと乗った文面はひさしぶりのそれで、私はなんとなくちょっと笑った。
そんな将来のない男と母は言った。別れろとも言った。姉の恋人は絵描きだった。国内のいくつかの、若手にとっては将来が見込めるコンクールで賞を取り、その賞金のひとつは海外での制作の場を与えられるというものだった。おとなしい人で、声が小さくて、貧弱な体をして、ハゲで、食べるのが遅く、マイペースで、でも見ず知らずの恋人のきょうだいの引越しを手伝ってくれるいいひとだ。母に似てエキセントリックな姉の話を辛抱強く聞き、無愛想なその妹が昔美術をやっていたということをいつも覚えていて、展示会のはがきをくれる、良い人だ。
しかし母はそんな彼が気に入らなかった。その彼の母親が気に入らなかった。片親であることが、資産家であることが、その母親が教師であることが気に入らなかった。それで、別れろといった。
姉は別れなかった。母に一生恨んでやると言って、結婚した。
母は何かを恐れたようだ。いつか復讐されると怯えるようになった。私は昔あの子を叩いたから。馬鹿だといったから。頭をかち割ってやりたいと思ったから。だから憎まれている。あの子は頭がおかしかった。だから叩いた。でもそれが伝わらなかった。それで憎まれている。私は悪くない。でもあの子は私を憎んでいる、おかしい子だから、いつか私を苦しめに来るかもしれない。
恐怖のためか、母は眠れなくなり、心療内科にかかった。医者はうつ病だといって薬を出したが、その薬はうつ病の薬ではなかった。母は気づかずに飲んだ。薬漬けにされる、あの医者は藪だと言いながら飲んだ。少し眠れるようになった途端弾薬をしようとしてまた恐怖に心をつかまれ、慌てて薬を飲む。あの医者に騙されている、殺される、といいながら、しかし飲んでいた。
そして、母は変わった。少なくとも変わったように見えた。突如激昂することがへり、よくわからない理論を並べ立てて人を詰問することがなくなった。言葉尻を取り上げながらじりじりと論点をすりかえ、人を追い込むようなことがなくなった。そんなふうに見えた。穏やかになり、普通の人になったかと思えた。
しかし、また薬はなくなってしまった。ゆっくりと医者の指導のもと断薬をしたせいだ。そのうえ、妹が結婚をしてしまった。母は反対をしなかった。妹の恋人は有名私大の学生だった。哲学科の博士課程に在籍していた。外見は爽やかで、はきはきとしゃべり、話もなんとなくうまいようだった。だが学業が忙しいとアルバイトをせず、一般職の妹とほとんど同棲するような生活をしていた。そのうえ、巧妙に人の対立をあおる人間だった。それは昔の母とおなじだった。にこやかに近づいてきて、しかし笑顔の中に卑屈さをにじませ、かならず誰かが悪いという。時代が悪い、老害が悪い、あいつが馬鹿なのが悪い、あいつはいつも上から目線で腹が立つ。私は彼のことが嫌いだった。しかし母は、姉の時のようには反対しなかった。しかも妹は姉のことがあったせいか母になにか暴言を吐いたようだ。母は私にそれを言わなかった。
妹に対する愚痴が増えていた。私はそれを聞き流し忘れようと努めていた。もう少しひどくなったらまた病院をすすめようと、そうぼんやりと思っていた。
妹はリストラされたようだ。会社名を言わないと母は言う。私は多分、きっと正社員ではないからだろうと想像する。妹の夫なら派遣社員のことはばかにするだろう。一流企業でなければ人ではないということくらい言うだろう。母もそういう人間だ。だから妹はそれを言わない。
あの子なんてもう家族じゃないと母は言った。だってケータイの家族割からお母さんのこと外したのよ、あの子。勝手にやればいいわ。もう家に入れてやらないから。あの子は昔から馬鹿だった。あの男に騙されてるんだ。薬を飲まなくなった母はまたそんなことを言う。言ってから、自分の言葉に恐れる。あの子のこと、いつも馬鹿だといって殴った。たくさん殴った。馬鹿だから殴らなきゃわからないけど、あの子はそれを恨んでるのかもしれない。自分のことを馬鹿だともわかってないから。あの男にあることないこと吹き込んで私にしかえしにくるかもしれない。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
その昔、母は私を殺そうとした。死ねといった。不潔だといった。姉よりも妹よりも先に恋人ができた私はていのよいサンドバッグで、その男は騙そうとしている。どうやって媚びたんだと罵った。姉も妹も私のことを気持ちが悪いといった。その気持ちが悪い私は二人を養うのが当然だとよく金をせびった。私のものを使い、壊した。母はそんな二人のことをたださなかった。あの子は馬鹿だからいいのよ、とさえいっていた。あの子はバカで嘘つきで、しかも男に媚びて、だからなにをやってもいいの。しかし母はどこかでその記憶を姉と妹に言ったとねじまげてしまった。殴られたのは私だった。馬鹿だと言われたのは私だった。不潔だと言われたのは、デブだと言われたのは、不細工だと言われたのは私だった。あんたに出す金はないと言われたのは私だった。死ねと言われたのは私だった。しかし母は忘れてしまった。そして私に言う。
あなたのことはずっと頼りになると思ってきた。一人で何でもできるし、言わなくたってちゃんとしてる。早くまともな人と結婚して子どもを作りなさい。その論理の飛躍を母は自分で自覚できない。それに比べてあの二人は、と母は憤然として言うだけだ。だから子どもができないんだ。だからあんな男に騙されるんだ。あなたはちゃんとした人と結婚してね。
私は母の言葉に逆らわない。うん、うんと聞いてそうだねという。あの二人は馬鹿だから気をつけないとね。馬鹿だから金の無心に来るかもね。バカだから、子どもができたら世話を押し付けてくるかもね。馬鹿だから、頭がおかしくなって仕返しをしに来るかもね。
そのまま死んでくれと思う。なにもかも恐れたまま死んでくれと思う。
私は、結婚や子育ては、持てる力の限り、いや限界を超えてでも、完璧でなければと考えていたようだった。
もちろん離婚せず、子供が希望すれば東京で一人暮らしして、医学部の私大にも通って。海外でもいい。
東京の文化資本高い子供たちと競うなら、インターナショナルスクールに入れなきゃかわいそうかな。
なら子供は一人で……離婚はしたくないから、性格的にしっかりとした人と結婚しなければ。
地震が来るかもしれないから家はこういう家でなきゃダメで、月々の貯金は…と考えていた。
それで、もう、結婚とか家庭をもつこととか育児に心のどこかで絶望し、めんどくさくなって、結婚や育児は無理だ……と思っていたようだった。
完璧でないならやりたくない。やらなくていい。と思っていた。
しかし。今日の佐藤秀峰先生の記事をよんだら、もう眼から鱗だった。
佐藤秀峰先生ほどに社会的、経済的に成功した人ですら、完璧な結婚に失敗してしまった。
それも何だ、子供ができてる。計画出産じゃない。「できてしまった」だって?
結婚とか、子供をもつとかって、それじたいは別にハードルは高くはないのか。
あたりまえながら。健康な男女がセックスすればいつか子供はできるし、子供ができたら、否が応にも結婚へと動かされていく。
ああそういえば、地元の友人たちはどんどん子供ができて、どんどん結婚しているな。
私が思い描いていたような「完璧な」結婚ではないけど、そこそこ楽しい時もあるみたいに見える。
完璧でなくていいのかもしれない。
いや、結婚だけじゃなくて、優秀だった友人が就活に失敗したり、結婚するかと思った二人がふられたりしている。
あんなにオシドリ夫婦だったブラッド・ピットとジェニファー・アニストンだって!離婚して別の人と再婚してるのだ!!!
そして、今はふたりとも、すごく幸せそうだ。人生は何が起こるかわからないのだ。
よりよい人生のために完璧に生きようとすると、矛盾しているけど、絶望して死にたくなった。
他人のネガティブな話題でこういう気持ちになるのは後ろめたいが、少し気持ちが楽になった。
コミュニケーション力と学力のどちらを重視するか、みたいな話題のツリーを見ていて、わたしの身に起こった、コミュニケーション力が勝利した例を思い出したので、紹介させて下さい。単にわたしにコミュニケーション力が無かっただけ、っていう話なんだけど。
わたしは国公立大に在籍している。専攻は数物系だ。いまはほぼすべての時間を研究に当てて、毎日せっせと勉強している。コミュニケーションのほうはやや苦手で、消極的な性格で友達は少ない。
その集まりにはわたし以外にもう一人同じ年代のいとこがいて、ちょうどわたしの隣の席だった。
いとこはわたしより4つか5つ年上で、大学を卒業して会社で働いている。大学は中堅私大かそれより少し下だったと思う。学業に励んでいたようには……見えない。しかし積極性やコミュニケーション力は抜群で、多趣味で友達が多く、会社の人や近所のお年寄りにも可愛がられているらしい。
親戚が集まって食事をすると雑談タイムが始まる。わたしはこれが苦手だ。何を話していいかわからない。
まず驚く。目の前にいるおばさん二人が両方ともいとこの方を向いて、わたしを置き去りにしていとこと話し始めた。なんでだろう?見た目の問題なのだろうか。いや、でもいとこは髪の毛ボサボサだった。
いとこの会社の話になった。会社の人とこんなおもしろい店に行った、これこれこういう仕事をした、仕事は大変で夜遅く帰ってくる、まあ、そんな話だ。ひとしきり話が終わった後、とうとうわたしに出番が回ってきた。
「〇〇はどういうことを勉強してるの?」
わたしはできるだけわかりやすく説明しようとした。自分が感じた面白さ、驚き、発見のひとつまみを全く知識がない人でも理解できるように解説しようとした。しかし悲しいかな、「数学で、」と話し始めたら興味無さそうな顔で「ああそうなの。」と言われて終わってしまった。悲しかった。そしてとどめの一言。
愕然とした。まだ10分も喋ってない。それなのに、わたしはいつのまにか負けてたのだ。いとこの「明るさ」が勝っていたのだ。コミュニケーションの勝利だ。「明るさ」という文字列が勝利の雄叫びを上げてわたしの周りをダンスしているような気分がした。わたしが原因でわたし以外の家族にまで陰気な家族という印象を与えてしまったかと思うと、悔しかった。
毎日コツコツ本や論文を読んで考えて、友達や先生と議論して得られる学問の面白さ、驚きは耳に入れてすらもらえない。いとこがしていたガード下の串焼き屋の話は身を乗り出して聞いてたのに……。コミュニケーション力があれば話を聞いてもらえたのかな?
そのあといとこに
と言われて完全にノックアウト。わかってる。わかってるよ……。わたしだってわかってるよ……。だっておばさんたち、わたしにあまり興味なかったもんね。
基本的にいとこのほう向いて喋ってるし、わたしが食べ物のの話をした時も反応が鈍かったし。わたしが話している時だけ、その場の会話がつるつる滑ってるような居心地の悪さを感じてた。ネジをサイズの合わないドライバーで回そうとしている時のようなもどかしさだった。
あー情けない。
キャリコンの言う通りにやっても結局就職出来ないんだよな・・・
受かる奴は結局受かる努力をしてる奴と既にそういうレールが敷かれてる奴だけだろ
出来ない奴が藁にも縋る想いでキャリコンセミナー受けた所で出来ないんだから就職だって出来ないに決まってる。
そこすらも受からない。
当り前だけど、中小零細だって出来ない奴は取りたくないからな。
大工も鳶も資格経験不要っていうけど、体育会系以外要らないのが常識で、
なら清掃業行けば?と言うけど、清掃業で男の人特にトイレ掃除に男性社員見た事ないでしょ。
現場見てないから簡単に言ってくれるけど、お前らが下に見てる仕事ですら適材適所っていうかそういう資格を持った人がやってる。
俺に何があるって?
俺にあるのは歴史学の知識と大学入試レベルの英国社だけだよ。資格なんて取ろうと思った事すらなかった。
普免だって車興味ないし市営交通使えば何も問題なかったわけで。
取り立ててこれって資格はTOEIC510点のみ。でも、こんなゴミ資格を堂々と持ってますと言って採用してくれる会社なんてないでしょ?
ちょっと良さそうな中小行っても普免必須だよと言われたら「はいそうですね」と引き下がるしかないし。
乗りもしない車の免許なんか取ってどうだって言うんだよ。教習所だって安価で35万と馬鹿にならん。安い所ってのは学生割引が適用されてるだろ
俺はもう卒業しちゃったし、無理だよ。
その意味で未来への投資を半年もやる人は素直に凄いね。けど資格講座とか職業訓練とか専門学校なんて行っても就活の足しにもなりませんし。
そんな事やってる暇があったら就活継続してるしね。もしかしたらいい企業逃す事になりかねませんから。
そんな俺だが学生時代は就職課なんて行った事ないし卒業後にどうにでもなると思ってた。
だって一応関西では有名な難関私大だし、何とかなるっしょ?って安直に考えてたわけですし。
それが通用しないって分かったのは実際に就活してやっとだったんだから、どんだけ俺浮かれてたんだって思ったわ。
問題はそれだけじゃない。
キャリコンも府や県が実施してる合説も就職に全く無意味だって話。
そりゃ学生だったら参考になるだろうさ
更に最近はそれだけじゃないんだな。
なんと筆記落ちが増え出した。
筆記はセンター、独自、クレベリン、SPI等とやってきたけど卒業後しばらくそれで落ちた事なかったのに
筆記で落ちるって事はもうあれだ。
既卒はお呼びでないって事だな。
キャリコンに最後に言われてちょっと感動したっていうか、バイトとか契約から正社員目指す方法もあるってさ
従兄はその言葉を信じて30過ぎて未だに正社員になれてないし。
俺もそのルートで行こうかな。
しがらみなくて楽しそうだわ
Amazonアフィのみで年内に月収7~8万を稼ぐようになった。
VIPやニュー速に貼り付いてネタを探してはブログに貼り付ける。
フォント等にも色々と気を使う。そんでアフィリンクもしっかり貼る。
1年後には1日1時間弱で済む様になった。月収は変わらず。
もう3年だし就職活動しなくちゃな・・・とか思ってるうちにニャー速事件が起こる。
大手アフィサイトがいくつか潰れて難民客が入ってくるようになったのか、
うちのブログのPVがどんどん伸びていく。笑いが止まらなかった。
4年に入っても就職活動はしなかった。アフィ収入が月25万くらいになってたから。
大学から「就職課に行け」って要請が何度か文章で届いていたがガン無視した。
「パソコン知識をいかしてフリーでやっていく」とかそういう話でうまく丸め込んだ記憶がある。
大学卒業。単位は問題なかった(私大なので8単位余計にあれば卒論等々も必要なし)。
2ちゃんも好きだったし、ブログ更新も嫌いじゃない。記事に結構コメントも来てたので励みになった。
これで一生暮らしていけると本気で思えた。実際に今年の春くらいまで順調だった。
2008年から2012年まで収入がドカッと増えることは無く、諸々で年300万前後をいったりきたりしていた。
今年5月。Amazonからメールが届いた。「来月から紹介料(アフィ収入)を引き下げます」。
ありえない。
今までは購入毎に8%、6%の紹介料を貰えてたのがいきなり2%(一部3%)の固定になった。
今年6月。Googleアドセンスを剥奪された。理由は全くわからない。
青少年にふさわしくない内容の記事を貼ったから、みたいな説明があるが一切心当たりがない。
多分、今月の収入は10万を切る。恐らく今後増えることはない。もうおしまいだ。
これからどうすればいいんだろう
国公立でも4年通ったら300万以上になるよね?
それで4年間のモラトリアムを買って
内弁慶の父親、絶えず動きまわってるが計画立てて考えるのが苦手な母親、と
やたら似ているので返事せざるを得なかった(高校がスポーツばっかりやってた所も)。
機能不全家庭の類型って案外パターンが限られてて、このポイントだけ修正したらうまくいく家庭が多いのかもな、と思ったり。
不登校になりはしなかったものの、代わりに父親が学歴コンプレックスに狂ってて放蕩の限りを尽くして借金まみれ、
母親は比較的まともだったけど幼少時の家庭環境からくる共依存的な性質もあり、「普通か」と言われると少し違っていた。
ざっくり言うと「知恵が足りない」んだよね。こうしたら人生いくらでも好転するんだけど、
なんで知恵が足りないかと言うと本人たちに頭が足りないのはもちろんのこと、周囲にまともな人間がいないというのが一番大きい。
情報がない所から情報が自然発生するというのは殆どの場合は物理的に無理で、だいたいの世の中の情報はすでにある情報の流通と情報どうしの組み合わせによって存在する。
発想が豊かな独創的な情報というのは既存の情報が新しい組み合わさり方をしただけに過ぎない。
クズしかいないから情報の絶対量と種類が少ない。知恵が足りない人というのは何故かプライドが不必要に高いので
ああしましょうこうしましょうという問いかけに対してメンツやプライドというよくわからないものにこだわり二の足を踏む。
直ぐに恫喝とか暴力とか極端な手段に振りきれる。知恵とプライドは反比例する傾向がある。権威主義的な物言いをする人間で賢い人間はいない。
自分のまわりは大学出た人間自体がおらずFランク私大行った人すらエリート扱いされるような地域に住んでいた。
家族は宗教に狂っていなかったが、地域に住む人の多くは宗教に狂っており、創○学会やらエ○バやらキリスト教系の新興宗教やらよりどりみどり。
そういう地域は関係するポスターがいっぱい貼られているので一目でわかります。
新興宗教が流行っている貧乏地域というのは共○党も強くて、生活がきつくて判断力が低下気味の人が新興宗教と政治団体の洗脳対象としては最大のカモなのだから、
新興宗教と左翼政治団体というのは性質は同じなんだろう。「あなたの生活がきついのは○○のせい」という単純なメソッドで皆やられる。
韓国だ靖国だ憲法9条だというのは辛い現実からのスケープゴートに使われるネタでしかない。
そういう地域って、理由は千差万別だけど、だいたいは怠惰な人生を送っていてクズの集まる地域に辿り着いた人がほとんどだっただろう。
コミュニティというものの影響力は思っているよりも大きくて、高学歴者高所得者ばかり集まるコミュニティなら為になる情報交換が出来そうなものだけど、
クズのコミュニティというのは要約したら2~3行の文章で終わりそうな情報ばかりで、本当にためになる情報がない。で、パターンが限られている。
田舎から首都圏に上京する人で、知恵のある人達に囲まれたいとか、まともな人間の多い環境に囲まれて生活したいという動機を持った人は少なくないだろう
(首都圏はキチガイの性質が田舎と違うだけで数は多いんだけど)
劣等感を抱いてしまうような家庭を切断排除してしまいたいというのは理屈としてもっともだけど、
クズ地域に住んでてクズな発想しか思いつかない、経済だけでなく知恵も貧困な地域に住む人間に対して
まともな人間に囲まれているあなたが両親に「ああすべきだこうすべきだ」と知恵を飛ばしてみてはどうだろう。
それで親のクズっぷりが改善するなら親を再教育していくのもいいだろうし、
この話は、後輩へ向けて書く。
できるだけ正直なところを書こうと思う。
メンヘラーもいけるじゃん!みたいに思ってほしい。
実際、メンヘラーの強みってあるとおもう。
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私は田舎で生まれた。
大学生になって初めて自覚したが、地元では結構名家だったようだった。
両親は高卒であったし、そんな自覚はないまま育った。
自分自身で勉強をする習慣はなかったし、勉強も全く好きではなかったため、二回目のテストのときには、学内偏差値40くらいになった。
高校では、目立ちたがりだったこともあり、私のことを嫌う人もいた。
掲示板で名指しでディスられたりしていた。
そのほかにも、強いプレッシャーを感じたとき、なにかのどにものがつまるような感覚を覚え始めた。
ちょっと病んでいる人だった。
一ヶ月くらい、よく一緒にいた。
でも、その人は、突然自分と距離を置き始めた。
恋愛を知らない私は、非常に混乱した。
追いかけた。
すごく強烈な執着だった。
そして私がその人を追いかけていることについて、その人は、それが疎ましいのだと
当時つきあっていた人がいた。
その人もまた、少し病んでいた。
病んでいる人スパイラルの中で、まぁいろいろあって、自分は自殺しようとしていた。
首つり。
何十回も試行し、何回目かに、逝きそうになった。
でも、結局逝けなかった。
それが、大学二年生の秋くらい。
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②回復するまで
読み進めくうち、久々に、こころのどこかがわくわくしていることにきづいた。
私は、その本の著者にあいたいと思った。
そして、実際に著者に会った。
たくさんの話をした。
そして、社会問題についていろいろ考えるようになっていた。
賞をとったりすることもあった。
夏のインターンに積極的に参加した。
就活は、かなり楽だった。
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③メンヘラのいいところ
以上はどうでもいいし、ありふれた話であるし、「お前はメンヘラじゃない」みたいな突っ込みがたくさん飛んできそうな内容である。
ここからが本題。ロジカルなことは言うつもりはないし、全部感覚で書くけど、自分が思ったことを書く。
■メンヘラのいいところ
それは、空気が読めすぎるし、人の気持ちがわかりすぎるところ
もうこれにつきる、てかこれしかない。いやそう思わなくちゃメンヘラとしてやってられない。
でもこれは真実だ。
自意識過剰とは、自分の内面について、無駄に多く思考しているということである。
すると何がおこるかというと、
いいのもわるいのも、自分自身のいろんな感情パターンに触れることになる。
相手の行動の意図について考えを巡らせることを、自然に行ってしまうのだ。膨大な相手の心理の仮説をたて洗い出しているのだ。
そして、多分本能的に、自分にとってマイナスな仮説を重視するようになる。
だから順番としては
自意識過剰(これは生まれつきでどうしようもない)→邪推・疑心暗鬼・マイナス思考→メンヘラ
という訳である。
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それがどう就活に結びつくのか?
1ウェブテ
2ES
3GDとか
4面接
2面接でロジカルに話せること
3自己分析を土台とした、明確な将来像を持つこと
メンヘラの強みは、上にもある通り「空気が読めすぎるし、人の気持ちがわかりすぎるところ」だ
そんで、結論を出すことを忘れないようにしながら、空気を読むタイプのリーダーを演じろ。
これは、他の人にも話を聞いてみて思ったが、メンヘラ経験のあるやつが圧倒的に強みを発揮できるポジションだ。
■空気を読める力はあるが、それを表明して、リードする力が不足しているやつ
難しいことじゃない、何か自分でゴール設定をして、それを達成しろ。
なんでもいい、映像とるとか、ちょっとした勉強会開くとか、友達とカブトムシとってきてそれを駅前で売るとか
リーダーシップ(頭の中にあるものを、必要があれば他人を巻き込んで実現する能力)は、そういう風に体を動かさなければ絶対に身に付かない。
大事なことを繰り返す。
メンヘラーには、人の気持ちがわかるという貴重な能力を身につけている可能性が高い。
その能力を存分に発揮できるように、何かリーダーシップ経験を積め。
精神を病んだこともなく、大学でウェ〜イしている人たちにはない能力が、やんでいるお前にはある。
いますぐ、自分の病んだ心を、すこしでも反らしてくれるものを見つけろ、見つけろてか、すでにあるかもしれないから、気付け。
なければ、しつこく探せ。アタック回数が多ければ、それに出会う可能性もあがる。
それができたときにはもう、就活は、自己実現の手段でしかなくなっている。
以上。
実際はもうちょっと修羅なエピソードもあるが、適当にぼかしてある。
強調したいのは、自分がまじで精神がもうちょっと振れていたら死んでたかもしれないくらいどうしようもないメンヘラだったってことだ。
ちなみに今でもたまにぐじぐじしたりする。
僕は浪人生だ。幸いにして、僕の両親は予備校と生活に関するお金を出してくれる。
おかげで、僕は自宅浪人することなく、一地方都市に出て浪人生活を送ることができている。
先日テストがあった。いわゆる授業での理解度を問うテスト、高校でいえば定期テストみたいなものだ。
僕の結果は散々だった。特に数学。自己採点の半分も行かなかった。記述すべきポイントが抜けていたり、計算ミスをしていたり。
理科でも単純な記号で答えるべきを化学式で答えてすべて×をもらったし、僕は中途半端にしか勉強してこなかったのかもしれない。
振り返ってみれば、やはり僕の選択は中途半端だった。
数学ができないから、安易な選択をしたとはいえ、結局やりたいことは理系の学問だった。
そんなことを周囲には言っていたと思うし、僕自身そう思っていた。
結局僕は高校三年生のころ、理転することにした。とはいえ、今更コースを変えられない。僕は理科と数学を独学することになった。
その結果が今だ。
予備校の偉い人が説明会で言っていた。
「今の時代、大学は名前さえ気にしなければ誰でも入学できるのです。でも。受験生の意識はそうではない。うちでも多くは合格浪人、いわゆるどこかしらの大学には受かっているけど、そこを蹴って浪人する。という訳ですね」
国立2大学に蹴られ、私大を受けていなかった僕は、どこにも受からなかったただのゴミだったのだ。言い換えれば、僕はどこにも必要とされていなかった。
浪人当初は「俺を落としたクソ大学どもめ、覚えていろよ」という思いで勉強してきた。
1ヶ月が経ち、各大学が得点開示を始めた。例に漏れず、僕も受験した大学に得点開示を求めた。
あと数点だった。前期試験を受験した、挑戦圏の大学は全然合格まで程遠いという感じだったけれど、後期試験を受験した「確実に受かる」と言われていた大学は、あと数点、得点率に直せば、1パーセントに満たないところで落とされた。
確かに僕には、理系教科を独学するというハンデがあったと思う。浪人確定のとき、高校の先生はその点においてものすごく同情的だった。
とはいえ、僕はあと1パーセントを突き詰めることのできなかった、中途半端な人間だったのだ。
話は変わる。
僕には親友と呼べる大変仲のいい女性がいた。まあ、同じ年な訳だし、女子としてもいかもしれない。
傍からみれば、「お付き合いをしているの?」とよく言われた。僕としても、彼女としても恋愛感情は皆無だったはずだ。
いや、僕は「好き」だったのかもしれない。今になって思えば、明白は恋愛感情を持っていたのかもしれない。
確かに恋愛感情を抱いている時期があった。中学のときだ。3年、4年も前の話だ。
最近、そんな友人に彼氏ができたらしい。Lineでそんな話が飛んできた。彼氏との関係は「あと一歩」らしい。
そういう段になって、僕は混乱し始めた。もちろん親友だった訳だし、責めるつもりもない。
形だけでもよかったねと祝福しても、心に残るのは複雑な心境だけ。
僕はやはり中途半端だったのだ。結局親友という立場に甘んじて数年過ごしてきた自分が、中途半端な存在だったのだ。
僕はたぶん、今でも彼女が好きなのだろう。たぶん自分の深いところではそうなのだろう。
それでも親友だから、彼女はLineを飛ばしてくる。雑談的な内容でも飛ばしてくる。彼女の彼氏には申し訳ないと思いつつ、僕はどう対応すべきなのだろう。
僕が目指しているのは研究者、知識労働者だ。でもよくよく考えてみる。
僕は中途半端な人間だ。そんな人間に研究者は成り立つだろうか。ただ「やりたい」ではダメだし、一定の成果を求められる。
そんな人間に知識労働など勤まる訳がない。僕は予備校生という立場で生産性のないゴミであるのは明白だ。
そのことに気づいた僕は、どう生きてくべきなのだろう。
大学の新入生向けのアドバイスはたくさんあるのに浪人生向けのものが少ないので
駿台での体験談を僕の在籍した御茶ノ水のスーパー東大理系クラスを中心に一年間に沿ってアドバイスを、需要あるかはわからんけどまとめてみる。
ちなみに僕は各種模試はうまくいって、早慶受かって、東大本番は失敗して、後期で某国立に受かった者です。
1 校舎決め
ただ自習室を求める人はどこでもいいと思う。しっかりとした授業を求めるなら首都圏なら御茶ノ水が無難。下のクラスでもいい講師がある程度揃うからね。
あとは通学時間と家計と相談。通学が1時間半以上かかるようだとオススメしない。
ちなみに駿台茶水スーパー東大理系クラスの紹介すると、一クラス当たり200人で上からSA,SB,SCの三つに分かれ、
SAの半分くらいが東大に受かって理3に受かる人もいる。SBからは数人受かって、SCからは滅多に受からん、それどころか東大受ける人も少ない。
SAでも半分しか受からんから、クラスが上でも浮かれない方がいい。
講師に関しては
現代文は霜先生は担当しないので注意。数学は大数の編集者など。物理の山本先生はSAのみ(そろそろ引退なさってるかも
各種講師の紹介は
http://www32.atwiki.jp/pchira/
の講師陣を参照に
どんな入学方法でも受けるテスト。これだけで前期のクラスが決まる。このテストの結果は公開されない。そして受験者大半がやる気ない。あまり気を抜くとSCに落ちるので注意。。
とか言うがSAとSCの学力差は余りにも激しいので正直SCになったら東大は諦めた方がいいと思う。英語で発音アクセントがでるからやっといた方がいい。
3 入学前
とにかく駿台の入学は遅い。友達が大学の入学式を迎える頃には自習を始めよう。
個人的には春季講習はおすすめしない。やる気的にも身になんない場合が多いし、今後の授業と被る内容が多い。
自習の内容は通常授業の教材が手に入ったら、ひたすらその予習でいい。それまでは授業についていけるよう抜けを埋めとくといいと思う。
◎自習
A自習室
開放自習室と専用自習室がある。専用のほうが締め切りで暑くて臭い気がする。
どちらかはお好みで。個人的に3号館なら開放の銀杏以外をおすすめする。部屋が開放されてない時もあるけどね
B自習内容
教材の予復習を中心に
駿台の授業で足りないと思うのは
•全体的に問題演習。特に英文は読む量が授業だけだと少ない。
4 入学
オリエンテーションを経て授業。最初の席の周りの人とは一年間を通してなにかと関わることが増えます。
ぼっちになりたくなきゃオリエンテーションで話しかけておきましょう。特に同じ高校の人が同じ校舎にいない場合ははどんどん周りに話しかけて行こう。
◎生活面に関して
春はは大学生のリア充話が鬱。気になる人はFacebookとかは見ないほうがいいかも。
夏はだれる。
冬はまだまだ学力に不安があるものの、早く入試が来て欲しいと思う。
これらが多くの人が通る道だと思う。
5 授業
一週間に一コマだけホームルームがある。ホームルームでは普通に計算演習とかするので出ても損はないと思う。
下のクラスほど沢山の授業を切りがち。あんま切らないことをお勧めするけど、切った人がみんな失敗してるわけでもないので何とも言えない。
一限寝坊するようになるとズルズル二限も寝坊するようになるので注意した方がいい(このパターンは後期に多い
6 各種模試
所詮模試です。判定も目安に過ぎないと受験を終えて気づくというのはよくあることです(僕もですが)
クラス落ちない程度に頑張ってください。SAの目安は1300点くらいと聞いたが真偽は定かではない。
7 各種講習
総じて講習が役に立つことは少ない(特に中だるみやすい夏期講習は)
講習の教材は予習復習が不十分ににりやすく消化不良になりやすいことと授業内容と被りがちなことが原因だろう
東大がつく講座は夏と冬でセットでとった方が内容がしっかり網羅できる場合が多い。
東大現代文はお勧めせず、直前東大現代プレの霜栄だけを取ることをお勧めする(これで現代文は網羅できる
どうしてもとりたい人気講座(現レボとか)があるなら友達にも頼んで何人かに抽選してもらって後にキャンセルするといい
座席はお金を振り込んだ順で講座期間中に席替えするのでどこがいいとも一概に言えない。座席表無視して適当なとこ座ると案外バレて注意される。
夏は講座をあんま取らなかったのに冬はいっぱいとったあなたは不安に駆り立てらている証拠だ
あと駿台の資料に出てくるの合格した人は講座をたくさんとった人ばっかだが、受かる人がみんな講座をとりまくってるわけではないぞ!
8 表彰式
成績優秀者には前期は夏休みの終わりに、後期はセンター後に表彰式がある。選考基準はよくわからん。
表彰状と景品がもらえ、えらい先生からありがたいお話がいただけます。山崎良子の面が拝めるのもこの時だけだろう。
特に優秀な人には奨学金が貰えます(全額免除ってわけではない)
僕の時は
後期は秋山仁先生がお話して、記念にはなるが使い道の全くないクリスタルの置物が貰えた。
9 センター試験
各自で受けます
駿台もセンター会場になったりします。ここで二浪が確定しないよう頑張ってください。
やっは受験終えて思うのは選択肢はいくらあってもいいので早慶は両方受けといた方がいいと思う。自信があるなら理科大とかは受けなくていいと思う。
だいたいの努力した人は合格点当たりの実力でウヨウヨするもので、結局最後は問題が自分にハマることが重要で、運要素は大きいと思う。
負け犬の遠吠えではないが、東大の合格点±20くらいの層は実力はあまり異ならないと思う。
合格した人はおめでとう。駿台3号館で大島先生のお話を聞きに行こう。
喜びすぎてFacebookとかで合格をアピールしないこと。さすがに印象悪い(みんないいねってしてくれるけどね
一方不合格した人は駿台の資料に出てこない不合格した人たちの気持ちを知るのであった。
あと駿台の資料で東大以外の大学の合格者資料は第一志望で受かったわけではない人の場合ということもよくある
13 後期国立
早慶受かってると別に後期対策はいいかな、てのはよくある話。本当に最後なんだし鞭打ってがんばれ、あんま人のこと言えないが
地方大を受ける人は、余力がなくともここで家探しをしておくことを勧める。
14 後期発表
受かってるといいね。どこの大学にしても後期の発表は寂れている気がする。地方大の人は急いで家探しに
15 合格報告
もちろん行くかどうか任意であるが、仲良くなったか別として担任は仕事ではあるが色々雑務をこなしてくれたのだからお礼に行くべきだと思う。
合格報告に行くと、Fランだと知らんが自分の進学する大学のサクセスボイスを書いてくれと頼まれる。あと写真撮影。
これらはどこに受かったとしても君が第一志望に受かったのかのようにあるべき校舎に貼られて行くのであった。
と一年間を振り返らせていただいたが、
浪人は第一志望に受からなくても、努力すれば其れ相応に人生において学べることも多いと思う。
メディア制作会社のほとんどが首都圏にある事もあり首都圏の情報が全国に多く報道されるが、
まず首都圏とそれ以外の地方がどのような構造と関係になっているかを理解する必要がある。
皆が東大・有名大企業に入れる訳ではなく、皆が東京でしか成立しないようなマニアックな分野に関心がある訳ではない。
メジャー分野に入り込むことが出来ないからマニアックあるいはニッチ方面から切り込むしかないという点ではマニアタイプは養分タイプの派生なのかもしれない。
マニアあるいはニッチという分野は一般にメジャー分野のおこぼれ、一過性の流行によって発生するものであり、
地元の旧帝大国立大に落ちたから上京してマンモス私大に行った。地元で希望の仕事にありつけないから上京した。
言葉を選ばずに直接的な表現をすると”地元での生存競争に敗北した”のである。
地方の勝ち組は東京の勝ち組より能力的な意味でのレベルは低い。
相対的に競争が緩いので能力値を過剰に高める必要がないからである。
大学受験で例えると、北大より東大のほうが難しいのは言うまでもない。
大学受験ではなく、地元にいてもパッとしないから東京で逆転を狙うという
抽象化された基準がよくわからない可視化しにくい話になると多くの人は上記の簡単な理屈もわからなくなる。
地方の競争で勝てなかった能力の人が東京の競争でおいしいポストを獲得出来る訳がない。
しかし東日本大震災が終わってからも首都圏への人口一極集中は止まらない。
客観的に他者から見た能力値は高くないが、自己愛と自己評価が高く見栄と外見と評価を過剰に意識するパーソナリティを持った人間は
特に田舎であるほど多く、そのような人間が養分タイプ首都圏民として最も適性がある。
お金がある人=全国レベルでの競争で成功を収めた勝ち組タイプ首都圏民のことである。
お金がない首都圏民=養分タイプ首都圏民はどうなのか? 実は地方民より人生の質(quality of life、QOL)は低い。
地方では公立教育機関が強く、首都圏では私立の教育機関でなければ難関大学に合格する事は難しい
都道府県・地域別有効求人倍率 (千葉・埼玉・神奈川の有効求人倍率は実は全国最低水準である)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002pf1g-att/2r9852000002pf87.pdf
旧帝に勝てない東工大
http://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/27_kdata/index.html
研究者が所属する研究機関別 配分件数 上位30機関(平成24年度 新規採択分) 10ページ
http://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/27_kdata/data/haibun-mext_241026.pdf
現実を見たくないから地方(なぜか養分タイプ首都圏民にとっての”地方”は寒村や離島だったりする)を
意識的に、あるいは無意識的に自らより下位の存在として位置づけて「地方に住むよりマシ!地方に住むよりマシィィ!」と自分を信じこませている。
電通その他のメディア制作会社からマーケティングで煽られて、本来必要のないものを買わされたり、しなくてもいい行為をさせられながら
(政府・企業からのマーケティング実験、勝ち組から過大に搾取される過酷な環境にどこまで耐えられるか絶えず実験されている=まさに人体実験都市圏である)
関東と関西は昔はよく比較されたものだが一極集中が進んだ関東は”関東地方”ではなく”首都圏”と自称することが多くなり、
関西みたいな田舎と比較するなウゼェ!という反応をすることが一般的になった。
表面的な部分だけ見て田舎と切り捨てる関東民も、東京は大阪にタンコブがついた程度の都市であると考える関西民も
現実と統計が読めない無知である。関東民は”見た目の”統計を見て等身大の関西を見ているからまだマシであると言えるか。
(大阪都など、やたらと”東京になりたがる”大阪の某市長はそう言えば数学を捨てて私大洗顔で早稲田に行った人だった)
関西は関東と比較して所得が低く、街の風景も一部を除いては変わり映えがせず古臭い。
それもそのはずで、若いうちから女性の人口が男性より多い。 不詳あん分に用いた平成22年国勢調査の人口 http://www.stat.go.jp/data/jinsui/9.htm
女性の賃金は全体的に低めなので http://nensyu-labo.com/heikin_kaisou.htm
関西は貧乏人が多いと決めつけるのは早計である(親元暮らしが多く可処分所得を自分のことに費やしているため、独身女性はむしろリッチである)
(ヤリマンが多い関東 http://2r.ldblog.jp/archives/3341243.html と処女が多い関西? http://anond.hatelabo.jp/20130124013141 これは希望的観測w)
というふうに
それぞれの要素があまりにも対称的なので比較されるのであって、規模を比較されているのではない。
大学受験は国公立大学が普通で、国公立に落ちた人がしぶしぶ通う私立大学は例外
結婚するなら女性は処女が普通で、非処女は性犯罪や不幸な恋愛を経験した女性を許容する例外措置
中小企業がどれくらいあるかご存知でしょうか?
なんとその数は約430万社、日本の企業数の99.7%、雇用の約7割を占めます。
http://www.meti.go.jp/information/recruit/keizai/chuushoukigyou/01.htm
そのため、本来の”例外”が力を持って原理原則を見失い、何が普通なのかわからない人が首都圏に大量発生する。
それが拡声器の役割をするメディアに載って全国に撒き散らされる構造をしている。
首都圏発の情報は割り引いて受け取ったほうが良い。常識や原理原則はテレビ雑誌インターネットの記事になく、
「常識」や「原理原則」は”多数派の人間たちがとっている手段や価値観”と考えるとすると、
①多様な価値観
高偏差値大学の方がより多様です。なにせ、そこを目指して全国から集まるので。
そもそも、偏差値が低いということは目的意識を持った学習をしたことがない
偏差値40というのはそういうレベルなので、価値観と呼べるほどのものを持った
価値観の多様性を求めるなら、意地でも高偏差値大に行きましょう。
尚、地方旧帝は地元で既に人間関係が固まった生徒も多く、やや閉鎖的な傾向があります。
これが欲しいなら、早稲田慶応などのマンモス私大が良いでしょう。
価値観の多様性という意味では、「当校は総理大臣からホームレスまで日本で最も多様な人材を輩出しております」
と総長が卒業式辞でやらかした伝説を持つ早稲田なんかがいいかもしれません。
②損得勘定抜きの仲間、
これは大学だとふつうできます。というか、就職の時期が来るまでは
いかに高偏差値大学と言えど、損得勘定のみで人と付き合ったりはしません。
そーいう人もいるかもしれませんが、少数です。
損得勘定のある「社会に出てから役立つ」付き合いが出来るのがメリットというのは元増田の仰る通り。
これを求めるならやはり意地でも東大に到達するべきでしょう。
就職活動が近づくと、「財務省のOBから電話がかかってきた」というようなエピソードに代表される
強烈な東大閥は最高に便利だと思います。僕のかつての勤め先でも「東大に非ずば人にあらず」レベルの
企業社会で戦うことをあなたが目指す場合、東大卒以外であることは人生に巨大なハンデを負っていることを意味します。
そういうものに価値を求めるなら、意地でも東大入った方がいいです。わりと辛いです。
僕は地方旧帝を中退、某マンモス私大へ再入学という経歴を持ってますが
大学教授は例外もいますが、基本的に教えたがりです。学部生でも熱意を持って接すれば
「帰りちょっとサイゼリヤで飲もうか。ワリカンな」というようなことにすぐなります。
というか、「奢ってくれたら個人指導する」と言うほどカネに困ってた講師もいました。
それも、マニアックな一つの世界に生きてきたワープアです。バンドやってるフリーターと大差ありません。
そんな人に「あなたの話を聞かせてくれ」と言えば、そりゃ優しくしてもらえますよ。
これは大学に入ったら是非やった方がいいことです。ただ、マンモス私大のような場所だと
指導者と生徒の人数比が開いているので、これを濃厚に求めるなら地方旧帝のようなやや少人数かつ
閉鎖的な雰囲気のある大学が良いかと思います。ただ、人間関係トチったら院進絶望即死だがな。
④頭の使い方を学ぶ
どう考えても、高偏差値大学の方がより効率的かつハイレベルに学べます。
一流私大文系。14卒就活生。地方出身。東京で一人暮らし。1浪。
予備校の授業には顔を出すけれども、前日に短時間で予習するだけで、復習は全くしなかった。
英単語や古文単語といった暗記モノが大の苦手で、最後までまともに覚えられなかった。
大学に行きたいというよりも、一人暮らしをしたいという気持ちが強く、大学受からなかったら専門学校でも行こうと思っていた。
でも大学に行くなら祖母でもわかる有名大と思って、高望みして受験したらなぜか受かった。
何校か受かって、どこへ行こうか選ぶこともできた。
そういう経緯で大学へ進学したけど、入学当初から就活が不安だった。
受験勉強も満足にできない、こんな自分が会社で働くことなんでできるんだろうかと思っていた。
だから、1年生の頃から、就職活動関連の新書や雑誌記事を読み漁った。
新書ではよく、マニュアル本が否定されていたから、そういう類の本は読まなかった。
一時期、新書にハマって就職活動以外も読み、講演会に行くこともあった。
サークルは文科系に3つ属し、その中の1つ(2、30人規模)では代表をやった。
成績は上の下あたりで、留年の心配はなく、少し第二外国語を頑張って資格を取った。
1年生の秋から冬にかけて、専門学校に通い、簿記2級を取った。
2年生の冬にTOEICを、何も勉強せずに受験し、750点以上取れた。
ゼミでは、何人かで論文を書き、そのときはリーダーの役割をやった。
周りを見ると、複数インターンに行っている人もいた。
絶対に通るインターンをいくつか教えてもらったけど、あまり興味が湧かなかった。
なぜならそれは金融系のものだったが、エリート意識が根付いていそうで嫌だったからだ。
大学では、自分の大学にプライドを持っている人が多かったが、自分にはそれが受け入れられなかった。
愛校心は人並みかそれ以上にあるのだが、偏差値が高いからといって、他の大学から見て上にいるなんて思えなかった。
そういう考えのもと、あまり同じ大学の人が受けないような、中小企業やベンチャー企業に入りたいと思うようになった。
12月1日にナビサイトがオープンしてからは、システムエンジニアに絞ってエントリーしていた。
システムエンジニアに絞ったのは、今でもはっきりとした理由は見当たらない。
でも多分、新書の中で、社会人に必要なスキルとして英語と会計とITが挙げられていたことと、
ベンチャー企業の多くはIT系で、ITの知識を持っていると転職しやすいと無意識に感じていたのがあるんじゃないかと思う。
そういうわけで、文系でもシステムエンジニアになれる、中小企業やベンチャー企業を多数エントリーしていた。
週に何度か説明会に参加していた。
でも周りを見ると、一日に複数説明会に参加していて、焦ってしまい興味のない会社の説明を予約してはキャンセルしていた。
年が明けて、大学の定期試験が終わってからは、説明会に加え、OB訪問も行うようになった。
システムエンジニアの人ではなかったが、他の業界を知ることができて良かった。
この頃は、大手企業の子会社でシステム開発を行っている所を中心に見ていた。
そこから掘り下げて、保険系のユーザー系SIerに狙いを定めた。
そんな中、転職サイトで調べていると、こういう会社は親会社から出向した人が上司にいることが多いとわかった。
上昇志向が強い方ではないが、ある程度で出世が止まってしまうことに違和感を覚えた。
この記述を見てから、今まで考えないようにしてきたことが溢れ出してきた。
研修制度や福利厚生、給与のことを考え始め、大企業の方がいいのではないかと思うようになった。
また、何となく決めたシステムエンジニアに絞るのではなく、総合職を目指してもいいのではないかと思った。
ある程度のレベルの大学なのに、最初から大企業を目指さないのはおかしいかもしれないとも思った。
入学当初は働くことができるか不安だったが、就活関連の新書などを読んで、
中小企業やベンチャー企業でなら自分でも働くことができるかもしれないと考えていた。
しかし中小企業と大企業の差を知り、周りの大手志向も助長し、大企業へ舵を切ろうとしたところで、劣等感に苛まれている。
自分なんかが大企業で働くことなんてできるのだろうか、というのが邪魔をして、ここ数日まともに活動できていない。
転職サイトは就活本に載っていたから見るようになったが、正直見なければこんなに悩まなかったと思う。
でもまだ選ぶことのできる段階から現実を知ることも大事だとも感じた。
システムエンジニアというのは、選ばない方がいい職種なんだろうか。
メーカーなどで総合職として働く方が、自分には合っているのだろうか。
最近はそういうことを考えては、先が見えない道のりに不安で一杯だ。
自分は、プライベートより仕事を優先させてもいいと思っている。
しかし精神的に不安定のところがあるから、社員同士が仲の良い雰囲気の所がいい。
もしものときに転職できるように、社外でも通用する能力を身につけたい。
地方や海外への転勤も厭わないが、最終的には地元か三大都市圏に腰を据えたい。
忙しい時期に深夜勤務や休日出勤があるのはいいが、それが恒常化しているのは嫌だ。
この条件を全て満たす所はあるのだろうか…
マイナビ、リクナビに登録して、いくつかの企業にエントリーしたものの、ESが書けずにいる。
ほぼノンバイサーに等しい状態だから、学生時代に頑張ったことなんてひとつもない。
資格も特技もない。
自分みたいなクズを社会貢献活動だと思って雇ってくれないですかねぇ。
とは言っても、企業はボランティアで人を雇っているわけじゃないんだし、無理ですよ
何をやりたいのかなんてわからないし、何なら自分にもできるのかも分からない。
ただ、田舎は嫌だ。東京圏、大阪圏で働きたい。飲食、介護、アパレル、パチンコ、訪問販売なんかは嫌というのはあるけどね。
ネットを見るだけで、何も生み出せないからね。あぁ、あるふぁツイッタラーになりたいかもね。でも成り方分かんないね。フォロワー数0だね。
読書感想文から、文章書くことは苦手と発覚しているし、以降レポートでさんざん苦しんでいるんだから、文章書くことは向いていないし、おもしろいこと書けないしね。
音楽鑑賞はインディーズバンドのライブ行ったりしたいから、そのライブ行ったり、CD買うお金を稼ぎたいね。
勉強はどうかな。
高校は自称進学校で落ちこぼれて、巷で就職率がいいという私大に行っているよ。
ESネタを用意しておかないといけないって普通はみんな入学時から知ってるんだよね。
もう救いようがないね。
博士課程の学生が高専助教および大学助教に応募・受験した記録について書く。
この手の情報は少ないので、誰かの役に立てばと思う。
最初に応募し、最終的に内定をいただいたので、内定を承諾した。
博士号未取得の者は3年の任期付きだが、博士号を取得すれば任期は解消される。
高専助教なので、授業はもちろん、クラブ活動や学生寮の指導、学校運営にも関わることになる。
面接内容は以下の通り。
面接では、この手の応募では珍しく、面接の受験者全員(筆者を含めて3名)が同じ時間に招集された。
ライバル達と待合室で顔を合わせることになり、緊張感があった。
余談だが、スライドを印刷した資料を筆者だけが持参しておらず、この時点で「終わった」と思った。
しかし、結果的には内定をいただけたので、諦めないことが重要であると思う。
もしかすると、書類審査の時点である程度決まっていたのかもしれないが。
二番目に応募し、内定をいただいたが、辞退した。
任期は3年で、再任はない。いわゆる情報基盤センターの勤務であり、センターの業務にかなり関わることになる。
面接内容は以下の通り。
いわゆる普通の就活でも同じことだと思うが、基本的には、応募先のことをよく調べ、相手の求める人材像を意識するようにした。
応募書類には、その人材像に対し、自分はこういう経験・実績があり、従ってこれだけ貢献できる、という論調を貫いた。
面接では、話す内容も重要だが、自信を持って、落ち着いてはっきりと話すよう心がけた。
思うに、現場を知らない新卒に、大それた意見や構想はそこまで求められていない。
自分は若造なりにこう思っているが、実際の現場ではいろいろな制限があると思うので、貴学の先生方と一緒に考えていきたい、という論調を心がけた。
基本的には「総合領域 - 情報学」の分野で探したが、時々は他分野もチェックするようにした。
たとえば、先の高専助教の求人は情報学ではなく「工学 - 全て」であった。
幸いにも2つ内定をいただけたのだが、どちらを辞退するか相当迷った。
結局、自分が今後、研究と教育をどういうバランスでやっていきたくて、それにはどちらが向いているか?を客観的に考えて決めた。
また、それぞれの現職や前任者が、実際にどれだけの研究実績と教育実績を積んで、どういうキャリアパスを描いているか?を徹底的に調べた。
さらに、親しい先生方には可能な限り相談に乗ってもらった。実際に教員をされている先生方の意見は本当に参考になる。一生の問題なので、どんどん相談するのが良いと思う。
選択には必ず後悔が伴うので、客観的な事実や意見を並べるだけ並べたら、最後は心の声に従うしかないのだろう。
これらの記事はとても参考になった。
以上。何か思い出したら、また追記するかもしれない。