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2023-07-26

中学1年終わる頃、「あいつ頭の良さバケモノから慶応筑駒も楽勝」

と大評判の勉強スターズが学年に7人ほどいたけど、

彼らの中で1番良い進路は例年東大現役合格が3~4人程度の県立高校だった(ちなみに自分もひっそりとここに進んだ)。

なお、私の学年で慶応高校受けた人らは全員不合格食らってた。

高校進学まもなく、

東大を目指してる同級生のあまりの多さに仰天した。

東大行きたい」と公言してる人は体感値で3割くらいいた記憶がある。

自分はというと、

共通テストで9割取って、さら二次試験英語国語地歴×2数学1A2Bを課される頭おかしいとこ目指すわけないだろ」

と震え上がっていたので最初から慶応第1志望だった。


結局、高校3年の夏頃にもなると東大目指す同級生は激減しており、

秋に開催される最後駿台東大実戦はうちの高校からはたったの20しか受験していなかった。


結果的に私の学年から現役東大は2人しか出なかった。

入学当初いた東大公言組はというと、

だいたいが早稲田(ほぼ教育社学文構たまに商や政経)か横浜国大か、あとなぜか明治に進学していた。

私は早稲田は全滅、慶応経済商落ちて文と法に受かり、バンザイして法へ進学した。



スポーツ世界で何年に一度か現れる"勉強もめちゃくちゃ出来るプロ注目選手"が、記者に乗せられてしまったのか「東大受験」を公言することがあるのだが、

それを見る度に私は「絶対無理だよ」と心の中でつぶやく

やはり彼らは東大にほぼ受からず私学に進学する(なぜか早慶落ちての立教が多い)。



中卒になる者も反社になる者もぜーんぶひっくるめた同世代バスケットのなかで、「バケモノみたいに頭がいい」と評される者たちでも、

実は適当に石投げれば当たるくらいありふれた学力しかなく、

そんな彼らの中の上澄みでも結局は上の下程度の学力しかない、

という現実を間近で目撃した私が疑問に思うのは……

「1年や2年ちゃん勉強すればそりゃ東大くらい受かるだろ」

って人間は一体どんな人間なの?

どうやったらそうなるの?

生えてくるの?

聞くところによると学年の東大現役合格率で30%以上叩き出す高校(我の代の母校は1%未満か……)なんかだと、生徒同士でこんな感じの価値観が共有されてるらしい。


身の回りにいそうだけど1人もおらず想像すらつかない人種なので、彼らの生態も謎だし、後天的に育成可能かどうかも分からないし、受験までに何をやって生きてきたのか気になる。

2023-07-25

首都圏中高一貫私立(男子校)に中学から通ってたけど思い返すと人間の醜い部分しっかりあったな

旧制中学ルーツの昔からある男子校で、かなり自由校風

勉強だけじゃない!人間力高まる!」

みたいなイメージ地元で強いらしく何気に人気の伝統校だったけど。

入学1ヶ月くらいは12の子供らしく席が近い同級生同士がちょい他人行儀に会話したり、とりあえず一緒に帰ったりして緩く仲良くなり始めるんだけど、1ヶ月経ったくらいから明白なマウント合戦が始まる。

いとうせいこうみたいな髪型で強度近視用のメガネ掛けてる「いかにもお坊ちゃん育ちです」って見た目の連中(ていうか半分くらいそんな外見だった。入学初日クラスメガネ率弾き出したら8割超えてて仰天した記憶がある)でも、

歳の割に体格良かったり元々の気性荒かったりする奴なら弱そうな同級生に突然馬乗りになって鼻血出るまでボコボコにしたり、

「顔が暗いから笑」で前の席の奴の後ろ髪をライターで炙ったりしてた。

そんな様子を傍から見てて

「こいつらなんて恐ろしい奴なんだ……目つけられたら殺される」

と俺は震え上がってたけど、冷静に考えるとそいつらも皆お勉強頑張ってきたお金持ちの家のお坊ちゃんなんだよな。

粗暴とかけ離れたタイプしか見えない中学1年のメガネくんが、

血だの火傷だの失明リスクだのにひるまず大笑いで同級生たちを痛めつけてるのは結構異様な光景だったと思う。

あと、家が寿司屋同級生が裏でめちゃくちゃ笑いものにされてて衝撃を受けたのも思い出した。

下の毛が生えるかどうかの歳で職業の貴賎的な概念をすでに周りは普通に備え持ってたようで、年齢相応に幼かった俺はひたすら

「人の親のことバカにするのは思いっきタブーだろ。ていうか寿司屋で何で笑ってんの?」

と混乱してた。

一部の人間が大人になって身につける類の嫌な差別心をそんな歳でどうやって身につけてたのか未だに分からない。


野球部が圧倒的に偉かった。

野球部カーストトップで周りがビビって何も言えないみたいな風潮は多くの学校であるあるなんだろうけど、うちの野球部員はとにかく暴れまくってた。

休み時間、虫の居所が悪ければ金属バット教室ロッカーベッコベコにするし、鉄アレイとか周りの人間の机を砲丸投げみたいにぶん投げまくって大暴れするし。

パフォーマンス感は全然なくて、本当に突然癇癪起こして気が狂ったみたいに暴れ出してたからみんな震え上がって嵐が過ぎるのをひたすら待ってた。

でもそんな彼らがタバコだけは絶対に吸おうとしてなかったのは今でも不思議でならない。

うちの高校卒業生の母校愛がめちゃくちゃ強くて、

かくいう学生同士のカーストが下位の自分もどういうわけか大学途中くらいか

「いい学校だったなあ、楽しかったなあ」

と、悪い思い出をなかったことにして気づけば母校愛が強いOBの1人にすっかりなってたけど、

最近になって、なかったことにしてた思い出が急に色々脳裏に蘇ってきてモヤモヤしてたのでここに吐き出した。

あいつら何不自由のない裕福な家に生まれ育って、同世代平均を上回る知能があって……

要するに恵まれてたくせに、なんであんな小さい時分から粗暴だったり差別的だったりしたんだろ。

父子2代どころか祖父、父、子3代でOBみたいな家も珍しくない学校だったけど、俺は自分の子供は絶対に入れたくない。

以前ネット慶応大学野球部就職先が凄いみたいなのが話題になってて見たけど、うちの学校同級生連中のほうが良かった。

中高一貫のくせに「現役で早慶受かったら凄え」程度のレベルしかない学校だったのにもかかわらず、明白にウチのほうが良かった。

それでも自分の子供は本当に入れたくない。

1億積まれても入れたくない。

2023-07-23

小学校の頃の知り合いに二度と会いたくない

俺、子供の頃はクラスで一番勉強が出来たんですよ。

まあ何か知らないけど勉強に対する意識めっちゃ低い学区で、中学受験するのが同学年1◯◯人いて5人しかおらんっていう中々謎な所だったんですけどね。

勉強ママゲーム禁止してる人の家も何故か中学受験はしてなかった。

そんでまあその中で中学受験で受かったの俺ともう一人だけで、俺のほうがいい学校に行ったんですよ。

まり中学受験の成績だけで言うなら俺が一番勉強できたんです。

でもそのあと怠けてたんですよね。

中学受験の時も結構ゲームやりまくってて塾の宿題もサボってたのに第一志望補欠合格できて「あー意外と人生って何とかなるな」って。

んで中高六年間は漫画家になるとか言いながら絵の練習したり、ネットにひたすら籠もって承認欲求満たすためにネトゲやりまくったりしてたんですよ。

高校の時に小学校時代の知り合いが入ってきたんですけど、高校受験組と自分の成績がもう全然違うんですよね。

あの頃、「◯◯マジ天才やわ」と言ってた子が俺の倍ぐらいテストで点数取ってるんですよ。

そうなんですよ俺はもう高校の頃には学校テストで半分も取れなくなってた。

んでまあ大学受験で逆転するんやみたいに息巻きつつも「ネットゲームやめられないんだけどwwww」してたらしょーもない大学に入っちゃったんですよ。

滑り止めで受けはしたけど行く気全然なくてオープンキャンパスも行ってないの。

でも親が「浪人とかさせたらもっとサボるやろがい」って言うからそこに入学した。

んでまあその学校の中でも「この学校なんか来てもしゃーないよな」とかイキってたんですけど、気づいたらそこでもドンドン落ちこぼれていくんですよ。

息も絶え絶えで4年間で何とか卒業はしたけど、あまり単位レポートが溜まりすぎて就活してる余裕なし。

まあネトゲ辞めれば出来たんでしょうけど、辞めれなかったんだな。

そんで就活浪人になったんだけど、対してやってもないで就活終わらせたから「ぶっちゃけ面接なんて適当じゃん?」ってノリにもなれず「俺はもう駄目なんだ」って就活恐怖症になった。

でもニートしてたら怒られるから公務員受験することにしたんですよ。

公務員試験の内容ってぶっちゃけ中学入試にソックリだから、俺的にはかなり楽に感じたんだよね。

んでまあ実際面接以外はなんとかなった。

面接カスみたいな状態だったんだけど、ここでも補欠合格発動して「やっぱ人生ってチョロくね?」と。

そのあとがまあ……思い知らされたわ。

優秀な人、ちゃん就活研究してる人が逃げ出したのは正解でしたって世界が待ってた。

マジでさ、今どき公務員なんてなる時点でソイツは「僕はお受験しか出来まちぇん」と言ってるようなもんなんだな。

それもかなりレベルが低い奴。

つうか大学受験早慶行けるような奴なら大学4年のときに気まぐれで受けてもそのまま受かるだろうな。

まあそのレベルで勤まる仕事なんだけどさ実際。

何が大変ってひたすら時間がかかることぐらい。

とにかく何をするにしても原始的時間がかかるんだよ。

今どきハンコ使ってるんだよハンコ。

それも10個ぐらい集めなきゃいけないのに全部口頭で説明して自分の手足で持ち運んでるの。

アホやろ。

こんな仕事してるなんて小学校の頃の知り合いに知られたくないわ。

だって俺はあの頃「1◯◯人の中で一番勉強が出来る男」だったんだぜ?

そのイメージのままで居たいわ。

「頭が良すぎておかしくなってマッドサイエンティストとして学会追放された」みたいな末路を勝手想像してて欲しい。

結局日本国民中央値と同じ年収もらいながら、日本トップクラスにつまらない仕事をしていますなんてバレたくないよ。

天才だったことにしてもらったままで居たい。

どうすりゃ良かったんだろうな。

追記あり】たった15年前の出来事もめちゃくちゃ間違って流布されてて衝撃を受ける

2009年卒の就活氷河期どころか思いっきバブルだったぞ。07年卒、08年卒はもっとザルだった。

ちなみにこの時期は、マーチ内ですら

みずほ銀行りそな銀行は無対策で応募してもかなりの高確率内々定までいっちゃうから行く気ないなら受けないほうがいい」

みたいに囁かれてた。学内で親しい先輩のうち、この年度にみずほ銀行を受けた人は5人いたけど5人全員内定してた。

早慶なんかだと

メガバンクは赤だろうが緑だろうが蹴るもの

というのが常識だったようだ。今の時代就活生や20世紀就活を知っている人からしたら衝撃的だろう。


リーマンショック由来の就職氷河期が始まったのは2010年卒の人間就活から

この就職氷河期は、不景気突入嚆矢となる象徴事件リーマン破綻から新卒採用抑制時間差が全然ない珍しいものだった。本当に突然バブルから氷河期突入したのだ。

秋頃にメガバンク採用予定計画が発表されてどこも軒並み半減してて「あーこれはヤバいわ」とNHKニュースを見ながら血の気が引いたのを覚えている。結果、やはり前年までの就活が嘘のような超買い手市場と相成った。圧迫面接が大流行した。

それから・・・

マスコミとかパイロットとかじゃない限り大手企業の最終面接儀式から落ちない」

という新卒就活常識が全く通用しなくなったのもこの年度からで、大企業の最終面接落ちも大流行した(増田友達東大法学部しかコミュ強で容姿別に悪くなかったのだが、のべ7社の大企業で最終面接まで進んだのにも関わらず全て落とされ無い内定のまま就職留年した)。


そして、このリーマンショック起因の就職氷河期11年卒、12年卒と年度を重ねるごとに地獄絵図になっていった。



ここまでは事実である

さすがに13年卒の親しい人間自分はいなかったので、この年度以降の就活戦線がどういうふうになっていたのかは全くわからない。

誰か教えてほしい。


とりあえず2009年卒はバブル2010年から突然氷河期突入っていうのは強く言っておきたい。

特にツイッター民に対して。



追記

メガバンク内定が学友から「うん、まあ良かったね……」程度の反応されるような微妙位置づけだったのには理由がある。

当時の就活生は「大手しかも高倍率でホワイト待遇のところが一番エラい」という価値観を抱いており、

したがって、「大手・低倍率・給料福利厚生以外が非ホワイト」なメガバンク内定は大して凄いと思われなかった。

この価値観がよく表れていたのは2ch就職板の『就職偏差値ランキング』なる有志が独断偏見作成したもので、

記憶が確かならそこではメガバンクよりも食品メーカーとか素材メーカーとかのほうが上に据えられていた。

実際、三菱東京UFJを蹴ってサッポロビール三井住友銀行を蹴って中央発條入社を決めた人間友達にいた(生涯賃金で5000万円以上差があると思うのだがそれでも激務は何より恐れられていた。ドラマ半沢直樹放送されるずっと以前だったが、もうメガバンク健康人間らしく働くにはあまり苛烈でエグい職場環境であることはネットのせいでバレバレだった)。



同じように証券会社保険会社大手だろうが忌避されていた。

ちなみに日興コーディアル証券なんか日大や専修あたりの大学からでも内定バンバン出てた。


このように大手金融採用は(基本的に)ザルだったのだがこれにも例外があって、

東京海上日本生命営業幹部採用じゃないほう)の総合職マーチ男子程度だとほぼノーチャンスだった。

いずれも体育会系有利と言われる会社ではあるが、マーチに関しては体育会系とかどうとかもはや関係なく、各大学0~3人程度の内定にとどまった。

身分違いだったのだろうか。



さて、

当時の就活生は「大手しかも高倍率でホワイト待遇のところが一番エラい」という価値観を抱いており、

それゆえに大手金融は09年卒であろうと10年卒であろうと

無い内定にならないため、万一入社しても高給が保証されているから、戦略として仕方なく受ける企業

しかなく、基本的に不人気だったのだが、これにも例外があった。

それはみずほ証券大手信託銀行である

みずほ証券については「ホールセールばかりでリテール全然やらなくていいから」、

信託銀行については「メガバンクと違い、残業全くしないで30歳1000万円まで一律昇給できる地上の楽園から

という大間違いでしかないイメージが当時の就活生のあいだで広まりに広まっており、

学歴コミュ力とルックススクールカーストに自信のある就活生が猫も杓子も信託銀行希望するという謎のブームが生まれていた。

ちなみに、私は当時の信託銀行ブーム距離を置いていた。

ノー残業・ノーパワハラ・ノー怒声なんていかにも嘘くさいっていうか100%ありえないと確信していたし、

完全に諦められた窓際社員でも自動的に到達できる年収は30歳700~800万円・40歳1000~1100万円くらいがせいぜいなのではという見立てだったからだ。


書いてる途中に思い出したけど、当時は楽天ソフトバンク本体内定者の学歴ボリュームゾーン日大って感じの会社だった。

今は一橋慶応になるらしいが隔世の感がある。



就活も今と比較したら随分シンプルだった。

大事なのは大学名、その場でいかに「論理的に落ち着いて会話できるか」、本人の雰囲気であり、超人エピソードを作りに動く就活生は嗤われていた。

バイトサークルのどれか一つやっていれば充分であり、インターンに応募しようとするやつはそれがたとえ1dayであっても周りから「凄まじく就活気合を入れている」という見方をされていた。

これはつまり、あっと驚くような体験活動のおかげで就活結果が大きく変わることがないというシビア現実意味しており(テレビ局とかの採用は違うんだろうけど)、

裏を返せば課外活動をせずともコンビニバイトでも適当にやって面接の場をどうにか凌げば大手から内定が出るような時代だった。

筆者には法政大学に通う仲の良い友だちがいたのだが、

彼は今で言うチー牛で(当時は非リアといった)、サークルには所属せずボランティアなどの課外活動エピソードもなく、

週3のコンビニバイトと1日2度のオナニーをするのみであったが某中堅損保内定した。

ちなみに体育会野球部であろうが同大学の一般学生比較してさして就活で有利にならない時代でもあった。

チー牛友人は内定者懇親会に参加したとき、同じ大学野球部の有名選手いたことに

大学野球頑張っても俺なんかと同じ値打ちにされるのか……」

と大変なショックを受けたと言っていた。

実際、筆者は野球が好きなので六大学東都大学の4年制進路を毎年チェックしていたが野球部ブースト全然効いてなくて毎年苦笑したものだ。

東大早慶でも一般学生期待値は大して変わらず、マーチ日東駒専にいたっては一般学生より下手すりゃちょい悪いのではというほどだった。

マーチ野球部から全国紙とかサントリーとかADKかにいけるのは直系附属出身者や県立トップから一般入部してきた選手とかで、野球名門校出身者は主力選手であろうとも野球継続しないのなら大手百貨店関の山だった。◯◯自動車販売”とかもお馴染みの進路だった。

そして日東駒専大東亜帝国あたりの野球部の進路はこんなもんじゃなかった。

当時の就活も嘘つき合戦ではあったが、今の就活インターン当たり前、エピソード作るために大胆に動くの当たり前だと聞いて本当に大変だと思う。

2023-07-22

[]毎日来世を想像してる

父親身長は175以上、母親は165以上

・両親ともに国立or早慶or医学部

中学受験することは息をするくらい当然の地域で育つ

幼児教室スポーツピアノ教室ピアノ、塾で中学受験

学校幼児教室ピアノ教室、塾でできる友達全てが上流階級

私立中高一貫校から東京大学国立医学部に進学

・同じような家庭、階層出身女の子学生時代に付き合って結婚

人生金銭的に一度も不自由することなく、やりがいのある仕事をして充実した毎日

自然妊娠で生まれ子供たちは健康で明るく優秀で自分と同じかそれ以上に充実した人生を送り、可愛い孫たちを見せてくれる

老衰眠るように永眠

来世の人生想像してたらもう現世生きられなくなっちゃった。1番辛いのはこんな人生を送ってる奴が都内高級住宅街にはマジで相当数いることなんだよな。〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇みんな怒る?

anond:20230721190226

※不穏な部分は伏字。内容はアーカイブ参照。

https://archive.is/OvuaO

anond:20230721190226

父親身長は175以上、母親は165以上 ・両親ともに国立or早慶or医学部中学受験することは息をするくらい当然の地域で育つ ・幼児教室スポーツピアノ教室ピアノ、塾で中学受験学校幼児教室ピアノ教室、塾でできる友達全てが上流階級私立中高一貫校から東京大学国立医学部に進学 ・同じような家庭、階層出身女の子学生時代に付き合って結婚人生金銭的に一度も不自由することなく、やりがいのある仕事をして充実した毎日自然妊娠で生まれ子供たちは健康で明るく優秀で自分と同じかそれ以上に充実した人生を送り、可愛い孫たちを見せてくれる ・老衰眠るように永眠 来世の人生想像してたらもう現世生きられなくなっちゃった。1番辛いのはこんな人生を送ってる奴が都内高級住宅街にはマジで相当数いることなんだよな。〇〇エクスプレス止めたらみんな怒る?

2023-07-20

anond:20230720220739

たぶん、マーチの3倍は勉強しないといかんよ。当方、再受験だけど、私立医すら早慶レベル勉強量で済んだし。神戸大学医学部なら、もっとかかるに決まってるじゃん。

anond:20230720220243

めちゃくちゃ雑な体感だけど、東大京大合格までに授業以外で勉強時間6000時間弁護士合格と同程度)必要だとしたら、

早慶や旧帝が4000時間MARCHが2500時間 位

神戸医大MARCHだと1000時間以上は勉強時間が違う印象

2023-07-18

anond:20230718162831

155cmぐらいの人とはちょうどいいと思うし

女は自分身長センチだろうが自分に相応しい男の身長は175以上だと思ってるし、自分が専門やFラン卒だろうと早慶以上の男が相応しいと思ってるし、自分派遣社員でも大手企業正社員の男が相応しいと思ってるよ。

出産は命懸けなんだよぉ?」の精神で例え娼婦だろうとエスタブリッシュメントを求める。

女の法則

2023-07-14

就活で勝つ体育会系になる方法就職意識した部活の選び方)

中学校に入ってどの部活を選ぶか。10年後の就職の際、大きく影響を与えるので注意すること。

総合商社など超人気JTCに入る学生の多くは体育会系だと言う。

から中学からスポーツをやることは生涯年収を増やす可能性があるが、ここで気をつけなければいけないことがある。

体育会系(=運動部に入っていた大学生)全員が就活で強いわけではない。

体育会系就活評価されるのは、次のみっつの条件が揃った時だけ。

1.一流大学

2.メジャーなチームスポーツ

3.男

まず1について。ここでの一流大学とは、私立なら早慶MARCHレベル国立なら旧帝大TOCKY(千葉横国など)レベル

体育会系就活プラスポイントになるのはこの一流大学学生のみである

企業は「頭の良い体育会系」が欲しいのであって、体育会系なら誰でもいいわけじゃない。

二流三流大学だと、体育会系からといって、特に有利にならない。場合によっては頭が悪いと思われて、かえって不利になる。

現実は一流大学文化系学生のほうが、二流大学体育会系よりも就活で強い。

運動部に夢中になって勉強がおろそかになり、二流大学しか進めなかったら、何の意味も無い。

次に2について。

就活評価されるスポーツはかなり限られる。

野球サッカーラグビーアメフトラクロス

ここら辺は強い。

バスケットボールは強いが、バレーボール評価されない。

剣道評価されるが、柔道ダメ

陸上卓球ももちろんだめ

軟式野球ダメ

ただ、陸上ホッケーやボード部みたいに、主に一流大学しかやっていないようなスポーツは強い。

アメフトラクロス陸上ホッケーみたいに、大学から始める人が多いスポーツ評価が高い。

そういうスポーツ一般入試で一流大学に入った学生でも活躍できることが多いからだ。

あと3について。

体育会系就活で有利になるのは、男だけ。女子学生はあまり関係ない。

まとめ

上記を見るに、すごく理不尽なわけだが、(本当に体育会系能力評価するなら、2流大学学生についても高い評価をすべきだし、やっていた競技会社員としての業績にに何の関係があるのか不明だし、たんに女性差別であるし)、なぜ理不尽かというと、就職活動自体理不尽であるからだ。

まだ仕事上の何の業績もない若者ポテンシャルだけで採用するのが日本新卒一括採用なわけで、でもそのポテンシャルを測る方法はないので、結局は採用担当者が抱いたインプレッションが全てになる。

一流大学メジャースポーツに打ち込んできた男子大学生なら、きつい現場でも活躍してくれそうだと企業は期待する。

でもそれは単に思いこみにすぎず、イメージ問題なので、野球部はOKだけど軟式野球部はNGバスケットボールはいいけど、バレーボールダメ、と理不尽きわまりない話になる。

ともかく頭が良くて体力もあって忍耐力もある学生が欲しいのであって、そういうイメージを抱ける学生体育会系(ただし一部)というわけだ。

まあ中学生は参考にしてください。

2023-07-03

東京まれ東京育ちで御三家から早慶財閥不動産をやってる。

この前別れた元カノの話。

元カノ仙台出身だった。本人曰く田舎で嫌いらしい。まあ東北なんて田舎だろうなと俺も何も思ってなかった。ここやツイで田舎者が東京を妬んでいる怨嗟をいっぱい見てきたか彼女もそんなものだと思ってた。

彼女は同じ会社一般職でまあはっきりいって顔採用。顔で生きてるようなおっとりしたタイプ

まあ一般職でもそれなりに給料はあるにしてもそれにしても彼女は華美だった。

バーキンを持って出社したり、総合職の同期の女があの子絶対パパ活やってるって断言するような感じだった。

俺は総合職の気の強いバリキャリ達とは違っておっとりして気が弱くて料理お菓子作りが得意で読書が好きな彼女が好きだった。

でもパパ活と言われ少し冷めていた。確かに彼女は見た目は派手で、いいマンションに住んでいる。

別れた後にその理由を知った。

彼女仙台のとんでもない地主の一人娘でで仕送り給料の倍あった。おっとりもしてるわけで、財閥一般職顔採用じゃなくてコネ枠だった。

勝手にここにいる上京してきた子だと思ってたらなんだかなー。彼女実家を知ってる人曰くマンション何棟もあって、別荘だのランボルギーニだのがある家だそうだ。勝手に見下して貧乏地方育ちだと思ってた俺、完敗。

2023-07-02

[]私生活での行為理由とした不採用について

https://anond.hatelabo.jp/20230313205548

上記は4か月も前に書いた日記だが、今になって急に注目を浴びるとは驚きだ。

せっかくなので、追記という形で意見に対して返答などをしようと思う。


何でA君の大学名を最初は隠したのに後からわざわざ明記したん?

大学名、必要な話?

これだけ余計な情報にまみれた文章も珍しい。しか関関同立って書いたのに立命館ってバラすし、ほんとすごい

日記において、大学名を明示するか抽象的にするかを最後まで悩んだことは覚えている。立命館と明示しなければよかったと後悔しているが、今さら修正してももう遅いので元の日記はそのままにしておく。とはいえ採用担当として人を判断する上で、出身大学重要な要素(ファクター)ということをあまり理解していない人が多いのは意外だった。

営業成績や昇進に大学名が重要視されるわけではないが、やはり大学偏差値とある程度の相関関係があることは否めない。Fラン私大卒でもバリバリ仕事をして出世をしている人はいるけれども、あくまでも特殊なケースだ。

弊社では低偏差値大学生は一次面接落ちが基本となる。特殊学部大学生で学生偏差値よりも学びたいことを重視しているとか、特待生としてあえて低偏差値大学に通ってるとか、実家田舎にあって通える大学偏差値がどうしても低くなるとか、理由があるなら二次面接に進めることができる。


これ東大の人が同じことしても要注意大学になるのかな?

普段東大レベルの人が応募に来ない会社だと落とすことあるよ。実際、人事部の人が今年は東大来たけど偉そうだったので落としたとか聞いたことあった。そんなことばらすような人事部判断が正しいのかは分からない

本音を言うと、東大京大は何もしなくても書類審査の時点で要注意大学だ。東大生・京大生がわざわざ弊社ごときを応募するには、大抵理由があるからだ。自己評価が低かったり、あるいはその逆に自己評価が高すぎるかだ。自己評価の低い人は会話能力に難があり、挙動不審な振る舞いから一次面接落ちになることがほとんどだ。逆に自己評価の高い人は勘違いしていることが多く、鶏口牛後の鶏口となることを望んでいるのだ。大企業なら出世をするのは時間がかかるけど、弊社程度のそこそこの規模の企業ならスピード出世して経営にもすぐに参画できるだろうと考えているのだ。もちろん弊社はJTCなので、そのようなことはできない。

偉そうな東大生を試しに採用したこともあったが、新人研修中は同期間でマウントを取ったり、配属後も軋轢があったり、取引から苦情が来たりと、トラブルメーカーだった。幸いにも3年ほどで退社してくれて助かった。そいつは某大手広告代理店転職できたと退職時に自ら風潮していて、最後まで憎たらしい奴だったと聞いている。

ちなみに、応募者の学歴としては、東大京大以外の旧帝大、その他国立大学(公立大学レベルは非推奨)、早慶上智理想であるしかしながらそうした人だけでは不足なので、現状としてはMARCH関関同立にまで手を広げているという次第だ。


およそ会社の中で人事というのは最低最悪の部署であり、人の人生を左右できるという万能感でおかしくなった連中ばかり、と書いた通り https://b.hatena.ne.jp/entry/4690618210984357026/comment/WinterMute

他の企業のことはわからないが、弊社の人事部人事権ほとんどない。新人研修を終えて配属が決まったら、あとは配属先で教育や人事評価がされるので、人事部が口出しできることはない。それどころか、使えない奴をよこすなとかクレームが来ることも多く、万能感を感じることからほど遠いところにある。

人事部がやることといったら、人が余ってるところと人が足りないところとで、人員配置を変える程度のことだ。それでも転勤元と転勤先の双方から板挟みにあって、気苦労が絶えないものだ。


ワイも人事だが、増田擁護するつもりはないけど日本大企業には社員解雇することを基本的に許していない以上、優秀さよりコミュ力メンタル耐性を優先してしまうことは詮無いと思うよ

これには同意だ。

あくまで先輩社員からの伝聞だが、かつての弊社の採用面接は今でいう圧迫面接が横行していたらしい。それによって、臨機応変対処能力だったりストレス耐性を見ていたとのことだ。許されるのなら圧迫面接をやりたいが、トンボ鉛筆みたいに悪評を受けることを考えると無難面接をすることしかできず、結果として大学名で判断することになっている。


人格的にアウトな奴排除できたら増田も俺らも普通に排除される側やろ。

もっとも。採用面接に限らず、企業はいかにして排除されずに働けるか、という場所だと考えている。出る杭は打たれる、ということわざの通りだ。実際には、被雇用者の法的権利必要以上に強くて簡単排除できずに困ることが多いけれども。


演技がうまかったら使えるんちゃうん?

人事を騙せる演技力があるなら本人の本当の人格がどうだろうがむしろ商社営業マンに向いてるんじゃね?

かに私も初めはそう考えていたのだが、居酒屋という公の場所でも演技を貫き通せなかったので駄目だと上長判断したので、私はなるほどと感心した。コロナ禍になってからめっきりなくなってしまったが、弊社では居酒屋取引先との交渉の場になったりもするので、飲みニケーションを重視する弊社では居酒屋は公の場所とのことだ。

可能なら居酒屋採用面接をして応募者のアルコール耐性やテーブルマナーを見てみたいというのが、上長の持論だ。

2023-06-26

anond:20230625165314

早慶でも一橋マウント取られたら何も言えないんだよね。東工大、東外大もだが。

都立大、千葉大でも黙り込むよね早慶

2023-06-25

経験からフロントエンドエンジニアとしてやっていけた本当の理由

 本当のことを言いたい。

 言ったら引かれたり嫉妬されたり怒られたり敵意を向けられたりし得ることを言いたい。

 自分は201x年ごろにプログラミング経験からフロントエンドエンジニアになった経緯がある。

 キャリアについて聞かれるとき「なぜあなたは未経験からエンジニアになれたんですか?」と問われることが多々あるが、その度に自分はタテマエを言っている。

【タテマエ】

 ひたすらインプットアウトプットを重ねました。そしてインターネット上で自分プロフィールや作ったもの、これからやりたいことなどをまとめて発信していたところ、それを見てくださった数社の採用担当の方々にお声がけいただいて、ご縁にも恵まれました。とにかく努力すること、あとはご縁だと思います

本音

 当時、フロントエンド技術新時代を迎えていて、それらの技術は従来使われていたものよりも難しく、また当時それらの技術についての文書英語で書かれたものしかなかった。その変化に迅速に対応できる技術者はほとんどいなかった。そのため、技術自体はいるのだけれども、変化に対応できる技術者は少なく、結果的に著しい人手不足となっていた。

 そもそも日本の従来の社会ではITエンジニアを目指す優秀な人物というのが少なかった。

 誤解を生みそうなので補足すると、今でこそGoogleなど外資系IT企業エンジニア花形職業として認識されており、理系大学生のなかでは情報系の研究室が人気になってきていると言われているが、つい5〜6年くらい前まではまだエンジニアといえば、なに?システムエンジニアブラックでしょ?就活第一志望には落ちちゃったんだね?などの認識で、軽視されていた職業だったと思う。

 なぜそのような状況だったのかというと、世の中には高校生くらいの時点では明確になりたい職業が決まっていない人の方が多数派であると思うが、その多数派の、なりたい職業が決まっていない優秀な人たちがどういう進路を選んでいたかというと、まずごっそり医学部進学に取られる。血とかグロいのが苦手とかで医学部に行かなかった人は東大京大→その他旧帝早慶などへ優秀な順に進学し、その中で特に優秀な人は外資系金融外資系コンサル就職、その次に大手商社など、次に大手メーカーマスコミなどへと就職し、そこからランクか下がったところへシステムエンジニアがあったと思う。だから社会構造的に、当時の日本で優秀なエンジニアというのは一握りであろうと推測した。だから普通よりは知能の高い自分は、未経験でも通用すると思った。そしてそれは残酷だけど本当だった。

「なぜあなたは未経験からエンジニアになれたんですか?」

 自分普通の人より頭がよく、当時のエンジニアは頭のいい人が少なかったからです。

 だからタテマエを本気にして、むやみやたらに目指さない方がいいし、やる気だけがあるやつを育成しようと思わない方がいいよ。

2023-06-22

anond:20230622224827

大丈夫

旧帝つっても文系で見るところがあるのは東大京大ぐらいだよ

ぶっちゃけそれ以外の大学は旧帝も早慶Fランもかわらん

anond:20230620104704

就職氷河期世代でも、最高に酷い扱いを受けている世代がある。

卒業したら新卒扱いされない世代だ。

就職難が社会問題になり、卒業数年までを新卒とみなすようになるまでの世代の人たちは、大変な苦労を強いられた。

私が大学1年の時の4年はまだ内定拘束があったり、交通費を出さな会社ケチ揶揄していた時代だったが、

私たち就職活動する頃には、もはや交通費は出す会社が珍しく、そもそも採用しない会社がちらほらあったり、採用しても人数を絞っていた。

急速に減ったパイ学生が群がってくる。

そうすると当然、有名大学の学生でも内定が取れない人が出てくる。

そうして卒業した人は、たとえ東大卒であっても新卒採用を受けられなかった。

私は有名私立法学部にいたが、語学クラスの半分が内定を取れず、

新卒扱いで再度就職試験を受けるためだけに留年したり院へ進学したり、心折れた人たちは公務員試験や書士・司法試験へ流れた。

この問題私たち卒業後数年で解消されたが、

うっかり卒業してしまいその後も正社員の職にありつけなかった人たちは、そのままずっと非正規雇用人生を歩み続けている。

やっとの思いをして司法試験に受かった人で、弁護士になった人たちもあまり順調とは言えない。

そもそも入学当初から司法試験を目指して目指して予備校通いしていた人たちとはスタートが違うので、

合格に何年もかかった人も多い。新司法試験になってようやく受かったという人は珍しくない。

それらは旧司法試験合格から馬鹿にされたりする。

司法試験改革合格者数を増やしたが、裁判官検察は増えなかったので、弁護士が増えすぎてしまい、

相対的に儲からない仕事となったのは今の有様を見れば分かる通りだ。

この時期に司法書士を取った人は勝ち組と言える。

その後の司法書士が扱える業務が拡大したことにより司法書士の人気・収入が上がり、一時は司法試験よりも合格が難しいと言われるほどになったからだ。

大学院に進学した人たちは悲惨だ。就職浪人のつもりだった人はともかく、博士まで行った人たちのキャリアは完全に詰んでいる。

氷河期世代教授になれた人間ほとんどおらず、世界100人博士だったら、という話まで出てくるぐらいだ。

ポスドク年収は大体300万もあればいい方ではないだろうか。

うまく行って准教授という名の短期雇用で、例え東大准教授になったとしても、数年で無職となる。

上が詰まっているので、教授になれるのはごく運がいい人か、よほどの実力者だけだ。

40代半ばで助教授になれなければ教授になれないと言われていたのが90年代だったので、

今後、研究者を続けられるかどうか以前に、生活できるかどうかも怪しい状態に置かれている。

追記

それでも有名私立実学系の学部にはよそよりも有利な点があったと思う。

ゼミ教授からコネや、リクルーターになった先輩から勧誘など。

リクルーターは今でもあるかは知らないが、銀行保険などの金融系の業種であったもので、

正規新卒採用ルートとは別に入社1年目の人たちが後輩のめぼしい人に声をかけて、

会社の人と会わせて非公式面接を行うというものである。ここで内定がきまると楽だった。

今の学生サークルに入らないというが、こういうリクルーターコネサークル経由でもあり、それ目当てでサークル所属する人もいた。

また、筆記試験に行くと、「ここにいるのは全員早慶東大の人たちですから名前を書けば筆記は通過できます」なんて試験官が言うこともあった。

内定拘束も今はないかもしれない。ライバル会社就職面接に行かないように、内々定を出した学生入社1年目の社員が呼び出して、

あちこち連れ回して行動を拘束することである

映画を見たり喫茶店へ行ったりとあったが、中には相撲を見に行ったと言う人もいて、

相撲接待を笑っていた。当然その費用会社持ちだ。

氷河期とは言ってもおおらか(大雑把)な時代だったなと思う。

anond:20230622081640

氷河期の女なんて早慶を出て卒論デリバティブリスク評価モデルの何たらだけど就職先は一般職なんてのがざらにいたわけで、今さら何言ってんだとしか言いようがない

税金を食い潰すのを楽しみに生きろ

2023-06-21

氷河期後期で難があった人の末路。

多分元増田より少し下の21世紀初頭社会デビュー世代なんだけど(もっと辛い氷河期、とか言い出すと角が立つからやめよう。)

この世代の人の就活ハガキが届いた企業で、合否を分けるバイト大学部活の先輩がやってた。

大学名と学部指定が出ていて、それ以外はゴミ箱に入れるらしい。

東大早慶指定国立March関関同立の一部で学部理系OK文系文学部芸術学部いくつかはNG性別では分けてなかった。

ハガキ名前と住所と学部大学資料請求言葉が書いてあって、対象なら合格の箱に。

観光学部の人がすごい小さな字で熱意原稿用紙5枚分くらいある内容をハガキに書いて送ってきたらしい。が、対象外なので苦しいながらもゴミ箱側に入れたと言っていた。

高校時点で、自分の頃には就活がもうダメかもしれない、と言われていたので、どっちにも行けるようにしていたが理転して工学部行った。東工大は落ちた。

最初は楽しかったものの、途中から好きな勉強じゃなかった。本当に辛かった。固体の上を電子がどう動こうと知らん。なぜもっと得意な化学か楽しそうなバイオにしなかったのか。後悔した。途中で辞めてフリーターになろうとして親と殴り合いの喧嘩した。一留

アルバイト家庭教師と、短期バイト事務所登録して20種類くらいやった。そんなに稼ぎは良くなかった。

就活、いくつ受けたが覚えてない。リクナビマイナビを駆使して、予定表をYahoo!カレンダーにいれて、ドコモのP158のアドレスに届くように設定して手帳に書き込んで管理してた。

自己PR欄でキャッチー言葉文章を書けば目に止まるのは当時日記猿人でも読者がついてたこからわかってた。(ついでに何人かの友達のも書いた)

大手ダメだったが、大手子会社や聞いたこともない会社には刺さったらしい。

面接に呼ばれて、SPIは何も予習してなかったが高得点マークしてたらしい。(面接で言われた)

二つくらい内定出た。

会社入れた。同期は早稲田慶應上智MARCH首都圏国立大学慶應行ってる弟が出身リストを見てお前だけ一人おかしくないか?と笑ってた。確かにこの並びならなぜ入れたのかわからない。高校同級生が撃沈しているのを見て、就職するには好きを学びに行っては行けないと思った。自分の5年も大概無駄だったとは思うが。

入った会社はしばらく採用はなかったが、合併経営母体大手から別の大手に変わり新卒枠ができたらしい。

会社のすぐ上はいなくてその上は専門学校卒。少し上に院卒。そのバブル世代が、ハガキなんか出さなくても勝手入社案内が来たと笑ってた。

仕事入社前に聞いてた話と職務内容も違い、勤務地も23区勤務と聞いたのに関東僻地に飛ばされ、頗るつまらなかった。

昭和時代にできたもの保守効率の悪いオペレーション倫理観や躾の悪い敬うに値しないおっさんたち。残業は平均70時間うんざりした。

何の役にも立たないグループ会社健康保険医の面談うんざりした。

地獄だった。

会社のある街から帰れなくて漫画喫茶に泊まった。

知っているか睡眠不足が続いてくるとだんだん味が濃いものが欲しくなる、変な動悸がする。生理血液が7日過ぎても10日過ぎても止まらなくなる。

棺桶に入ったり、棺桶程度の隙間に入れられる夢を何度も見た。

一度目が覚めたら腕も足も切り落とされて月を見上げている夢も見た。やたら綺麗な月だった。

まだ20代だったけど、大規模地震SARSか、ただただ苦しくて、天変地異が起きるか隕石直撃で殺して欲しいと思ってた。

ああ、正直に書くけど27過ぎたあたりからグループ会社結婚サークルに入らないのかと言われた。女性の会員が少ないから入れと。

つまるところ自社グループおっさんが多いから、あてがう女が必要女性社員を多く入れてたんだなと。ちょーメイクセンス

から同期だけ女、しかも見た目が読モみたいな女が多いのな。あてがうためか。ずっと男社会にいたから衝撃的だった。

当時付き合っている彼氏はいた(非正規社員)のもあるが、給料は少ないが、自分の事が自分オーガナイズ出来るし会話も成り立つ。

この会社自分のいるレイヤーおっさん達は自炊自分の服の身だしなみの管理仕事工程機器発注も何も管理できず英語も話せず

キャバクラパチンコがメインでしかできない癖に人の外見にはケチをつけるし会話が成り立たない知性を感じないクズどもだった。

こんな奴らと私生活まで一緒とか殺す気か。




同期は鬱で会社を辞めた。

先輩は職場で倒れた。救急車が来た。そのうち救急車が来ることにも慣れた。他にも倒れる人がいたからだ。

俺らより更に働かされてた隣の部署のチームリーダーがある朝起きたら冷たくなってた。葬式会社の人はこないでくれというのが遺族から伝言だった。

リーマンショックの後、大規模リストラがあって、職場でワイヤーで首吊りが発生した。

そりゃそうだろ。ずっと会社以外のことを考えられないような生活を強いられて、全てを犠牲にして、給与も据え置きで

親会社から合併して降りてきた人たちへの調整金という名目で額面より1万円毎月勝手に俺らの給与から引き抜かれてたが逆らえる人などいなかった)

ずっと発狂しそうな寸前を首を抑えられながらスキルにもなりもしない仕事メンタルヘルスボロボロになりながら働かされてた。

俺たちはまだ別に移る余裕があったけど、もう転職するにも40手前で厳しい年齢の人だった。当時は。

心じゃなくて寿命が折れることもあるだろう。

そこまでしたのにニュースはすぐにかき消された。



同級生野郎ばっかりだったが似たようなこき使われ方だった。自分の周りはもうほとんど連絡元っていないけど、誰も新卒会社でそのまま働いている人がいない。

氷河期の頃の20代、フリーター非正規の友人がスーパーが開いている時間に家に帰り、必要ものを店で吟味して買うことができ(当時は通販事情が違う)趣味時間を持てて楽しそうだった。

週末も有給休暇体調不良で消費していた自分選択が間違ったように感じた。そこまで自分を切り売ったのに手取りは同世代のの中でも大してよくなかった。

職歴は持てたかもしれないが、あんな思いまでしないと得られないものでは本来ないはずだ。

当時は自分時間を持てる環境にいる人が心底羨ましかった。

この会社を辞めた後、午後5時の新宿駅家路に向かう人の背中を見て、20時より前に帰る自由がある人がいる同じ時間軸でサビ残盛って奴隷のように無駄に働かされれ、20代を棒に降った生き方強制されたことの怒りに気づいて叫び出しそうだった。

その後も、途中無職になったり、死にかけたり、入った会社倒産合併リストラや色々煽りを喰らい転職を重ね

今は誰も知らないような外資に入って、つつましい仕事やってる。専門は専攻と全然関係ない情報機器肩書はengineerだがコンサルに近い。給与も高くはないが悪くない。やっと今人として必要ものを全部払って息が出来る状態

月間残業時間もしなくてもいいくらいだが10時間くらいやっている。金があると少しいいものが買える。嬉しい。

会社でのキャリアは上げようとは思わないけどレイオフ対象にならない程度には維持しつつ、同僚も多国籍で物知りで礼儀正しい。差別発言とか出るはずもなく、すごく呼吸がしやすい。

ここまでに生じた持病の通院の時間ちゃんと平日内に調整できる。本当素晴らしい。

いつまでこの状態でいられるか分からないけど、やっと生きている実感がある。

もう年齢的にはここから伴侶を見つけようとか思えなかった。けど、同い年でやはり時代に殴られまくったズボラ料理が上手な人と一緒にいられいている。

この歳になると結婚メリットも大してないか特に法的な手続きは考えていないけれど、向かい合う人がいるだけでどれだけ救いになっているかからない。

そして今オフ時間通信制大学入学して、何年かかるかわからないけどやりたかった経済学勉強をやってる。

きっとこの先の人生何にも役に立たないけどすごく楽しい

他の学部法律関係授業とったりしている。そのうち余裕があれば心理学勉強したい。

この後の望みは健康20代の何も結実しない無理は確実に体を蝕んで、色々できないことが増えた。

とはいえまだ検診の数値はいいけど、ほんとこれ。死守していきたい。

anond:20230620104704













ーー

元増田読んで自分の話を書いたけど全く読まれてなかった。

まあ氷河期って、就職できなかった人も地獄だったと思うけど、

就職できたからと言って労基法全然今と違ったので地獄でしたという話。

事件のあたりは探せば出てくるよ。嘘松だと思いたいだろうけど。

本社屋上は飛び越えられないように数メートルの柵があるって話だったよ。


就活の時、コネがあるから言えと親に言われていたが、それが嫌で絶対就活で得た仕事に就こうと思ってた。

それがこんな酷いところ。しかも上の人はコネで入った奴らだった。

最初会社を抜けれてやっと眠れるようになったのに、何度も職場に連れ戻される夢を見て叫びながら起きた。

あんなに苦労して入った会社だったのに、PTSDがあるんだと思う。

36協定派当時からあったけど徹底が促されるのはその後のこと。

就職前に聞いた話と給与面・職務面・勤務地などが異なったら会社を訴える権利が出てきたのもその後のこと。

転職が少しずつし易いものになったも、ベンチャーが増えてきたのもの氷河期の後だったように感じた。

少なくとも第二新卒とき転職先もなく第二新卒転職フェアに行っても主業で売るものがパッとしなくて、転職しても別の地獄があるようにしか見えなかった。

仕事していて嫌なことがや理不尽を感じたら、地域ハロワと同じところか近所にある労働基準監督署には相談できる人がいるから困ったらすぐに行くんだぞ。

近所すぎて噂になったらどうしようと思ったら、少し越境しても資格は一緒だから大丈夫。一人で悩まず相談しよう。お姉さんおばさんとの約束だ。

anond:20230620104704

同じ時期に就活した女だよ。

2000年代も確かに氷河期だけど、この増田が書いている氷河期第1世代はもう一つ忘れてはいけない不遇がある。

それは「団塊ジュニア」という、人数が多い世代だということだ。

世代の人数がとにかく多い。つまり競争相手が多すぎて大学受験が熾烈を極めたのだ。

私は県内公立の中でも有数の進学校に通っていたが、当時のクラス数は1学年14クラスもあった。この学校だけでなく、全体的にそうだった。そもそもこの学校に入るのも高倍率だったのだから、どれほど人数が多かったか

1972年まれピークに、前後数年はそれぞれ200万人の同学年がいた時代だ。今の子供の倍以上である

人数が多い世代からといって、大学キャパを急に増やしてくれるわけではない。

受験倍率は早慶レベルでも10倍超。

今みたいなAO入試などない。国公立は5教科が必須浪人当たり前。予備校大繁盛。

予備校ブギ」なんてドラマもやってたほど、浪人は珍しくなかった。

私も女子だったが現役では志望校に受から一浪して入学した。進学校ではそれが普通だったのだ。

親の意向で「女子が4大なんか行かなくていい」という家庭の女子短大に進んだが(当時はまだそんな価値観があった)大半の同級生は4大を目指し、厳しい競争をなんとか勝ち抜いて有名大学生切符を手に入れた。

そうやって勝ち抜いて勝ち抜いて手に入れた有名大学生肩書なのに、それが就活の段になって全くの紙屑になった。

増田が書いていたように電話帳くらいの厚みがある(あ、今の人に電話帳と言ってもわからいか資料請求ハガキ綴込みのリクルート本が家に届いて、ひたすら手書き資料請求。300社くらい出したっけ。それくらい普通だった。

そして女子というだけで資料すら送ってこない会社多数。

インターネットがまだ普及していない時代資料を送ってこない会社はそれ以上コンタクトが取れず、その時点で門前払いなのだ

会社説明会は電話申し込み。コンサートチケットを取るが如く、電話をかけまくる。携帯電話などまだない。家の固定電話だ。

やっと繋がっても「申し訳ありませんが定員になりました」と断られること多数。

面接の段になっても、健康診断まで受けて絶対内定確定、と就職課に言われた最終面接で落とされた会社もある。曰く「諸般の事情女子は今年は採用しないことにしました」だと!だったら最初から取るんじゃねーよ!

結局大卒がやらないような職種会社しかからなかったが、鶏口牛後を目指そうと気持ちを切り替えて働いた。正社員採用されただけまだ恵まれていた。

数年頑張り会社内でも評価され、幹部候補生選抜され高度な研修も受けさせてもらえた矢先。

会社倒産した。

今の会社には見るに見かねた親戚のツテで入れてもらった。そういう裏ワザがないとまともな転職先すらなかった。前の会社の同僚はほとんど連絡が取れなくなった。

大学の同期で働き続けている女子ほとんどいない。

私よりはるかに優秀だった子達もいたけど、結婚を機にみんな仕事を辞めた。辞めたというより「辞めざるを得なくなった」。寿退社暗黙の了解だった会社がまだまだ多かったのだ。女子社員結婚とか妊娠とかは、会社側にとって体のいい「辞めてもらう理由」でしかなかった。

仕事を続けたければ、結婚はできなかった。

私は仕事を続けたかったので、結婚は諦めた。

幸い自分1人食わせられるだけの稼ぎはあるし、同じような独身女性が多く、それなりに人生楽しんでいる。氷河期だし人数多いしろくでもない世代に産まれちまったが、それも運命と諦めている。

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