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はてなキーワード: 第1志望とは

2019-07-01

転職内定を断ってしまった

しか決断待ってもらったから本当に申し訳ない…

第2志望ではあったはずなんだけど、第1志望に落ちて、もう少しだけ第1志望レベルの所に挑戦し続けたくなった。

面接した人の雰囲気とか、途中で会った内部の人たちの諦めたような目とか、色々気になったという理由もあるんだけど、1番は「逃げたい一心でこんな所に転職してほんとにいいのか」ってところで、それは面接に行く前に分かったはずで………

第1志望に受かってたならともかく、バカだなあと思う。

今のところは任期付きだから給料上がる正社員待遇なんて両手上げていくはずなのに、苦しくなって断ってしまった。

勝手に巻き込んだ先方に本当に申し訳ないと思う。転職むずかしい…。

2019-06-16

無気力

大学受験に失敗した。予備校に通うお金もなく、宅浪する覚悟もなくて、後期で受かった地方国立大に通って2年目。眠れないのは隣人の騒音のせいじゃない。

第1志望学科には合格できなかったけれど、最初のうちは長く続いた受験勉強から解放されたということもあり、自分なりに楽しもうと思っていた。でもダメだった。

周りと自分のやりたいことが全く違うのが苦痛だった。遊んでばかりいる人がやたらと目について、「本来自分はここにいるような人間じゃなかった」なんて考えるようになってしまった。

そんな態度が周りに伝わったのか、元々のコミュニケーション能力の低さが原因なのかはわからないけれど、友達もあまりできずに今は1人で講義に出ることがほとんどだし、サークルもやめた。バイトの同期は違う学科ほとんど会えない。土日は家から一歩も出ないことのほうが多い。今まで一度もできなかった彼氏は、今もできないままだ。

なんとなくフォローを返した大学の知り合いのインスタグラムストーリーには、毎週のように飲み会の様子があがる。

予備校に通っていた高校とき同級生は、志望の大学合格して楽しそうに毎日を過ごしているみたいだ。

親のことは大事だけれど、奨学金を借りずに大学に行けている人のこと、留学できている人、予備校に通える余裕があった人を見ると、羨ましくてたまらなくなる。

具体的に何が辛い、というのははっきりと言えないけれど、ぬるま湯につかったような毎日に、ぼんやり死にたいなあと思っている。やりたいことがないわけではない。好きなもの、楽しみなことがないわけでもない。だけれど、それすら面倒に思えてくるほど毎日億劫で仕方がない。

大学に入ってから顔への執着が酷くなった。周りの目線が怖くなった。

講義で当てられると泣きそうになった。

狭い講義室が怖くなった。

大学生なのに」充実していないことをみんなに悟られるのが心底嫌だ。

夏休み帰省するけれど、大学に行かない生活が長く続くと、もう行けなくなるのではないか不安になる。かと言って中退する勇気もないし、今まで大学に払ってきたお金無駄になるかと思うとこのままなんとなく通って卒業して、なんとなく就職するのだろう。

なんのために生きているのかほんとうにわからなくなってきた。

(6/16 誤解を招く表現があったため修正しました )

2019-06-02

泥沼から抜け出せない

来年自分自分であるために、自分自分を認められるために書いてみようと思った。自己満足?その通りです。これはこうでしょ!みたいなものでもなく曖昧漠然としているものだけど。

前置きはさておいて、話の内容に必要自己紹介から

高3生です。受験生です。

社会人主婦か色々な人がひしめくなか、クソガキが書いてる時点でまともな人間じゃないのは察してください。普通高校生ならこんなとこ(たぶん)いない、はず…

本題に入ります

自分小学生から手のつけられないクソガキでカッとしたら悪口の前に周りに暴力を振るったり、その度に親に迷惑をかけたりしていました。そのせいで、とあること(事情があって詳しくは匿名でも書けません、相手にバレたらヤバいので)が起きてしまい、それは小学生に重大に追及するほどのことではないはずだったのですが、相手の親がモンスターペアレンツで厄介なことになってしまいました。面会かを何かした時、相手の親に暴言吐かれまくってしばらくトラウマでした。

そのこともあり、地元公立中学だけは死んでも行きたくなかったので、以前から取り組んでいた中学受験に本格的に取り組みました。

結果として、第1志望は落ちましたが、それ以外は受かりました。志望校コース的なとこ一緒に通ってた友達は受かってたけどそこまで苦しくなかった。試験受け終わってこれダメだな、ってなってたから。でも辛かった。同じクラス自分けが第1志望に受からず(恐らく)、塾の卒業パーティーは行かなかった。

そして中学入ってから暴力の癖は直らず、周りに迷惑をかけ続けた。そして、中学3年間を最悪にした一番の原因の先生出会う。(担任になる)

その先生典型的な熱血系の先生で、当時本当に辛くて記憶から大半が抹消されてるんだけど、まあとにかく死んでくれと思っていた。

どれくらい酷かったかというと、中1の終わりに、『今日誰とも話さなかった!』とか思ってたこととかですかね。精神障害者かよ。

中2になると、先生はまともになったが、今度はガイクラスの一員(ほかの学校は知らないけど、自分学校問題児を固める傾向にある)になってしまった。たぶん中1の担任のせい。〇ね。

いい人もいたが、半数ぐらいは相性が悪く、しょっちゅう喧嘩だったりを繰り返してた。このころも同じように記憶にあまりない。そして、原因も忘れ去ってしまったが、半年くらい不登校になった。

ここまで書いてなかったが、自分ゲームが好きで、親に妥協してもらって買ってもらったiPodで遊びまくってた。異常なレベルで。そして不登校近く?から数年ドハマり続けるゲーム(ソシャゲ)に出会ってしまった。

(この書き込み趣旨とあまり関係ないので、詳しくは控えますが、そのゲームは後々また出てきます。)

いつ行ったかすら覚えてないが、精神科にある程度行った。鬱みたいな症状診断されたっけな。たぶん。

不登校はとりあえず切り抜けて(どうやったかすら覚えてない)、中3になった。

この頃くらいにようやく暴力の癖が抜けて(どうやったか覚えてない)現実にようやく少し溶け込めるようになったが、問題が。

中1の時のクソ担任がまた担任になったのだ。

クラスに余計なことをしたり、自分がしないでと言ったことを勝手にやって『お前が悪い』みたいな態度でいたり、ただただ嫌だった。最後勝手に向こうが呆れて干渉しなくなった。そのくせに某行事では自分グループを受け持ってきたり、精神が壊れそうだった。

その中、唯一の楽しみが先程話題に出したゲームだ。ハマりにハマっていわゆるトップランカーのレベルまでなった。

そのゲームは続けつつ、高1になった。

ここからクラスにも教員にも、相当マシな人間が多く、気分は楽だったが、ここまでクソッタレ人生だった自分には、友達は誰一人いなかった。みんなしょうがなく関わってるか、興味がないだけだった。現状を打破しようとしても時間が浪費され、その鬱憤ゲームで晴らしていただけだった。

でもその興味がないなりに気遣ってくれて、嬉しかった。

高1の夏休みゲームで、人間関係でこじれてしまい、ゲームを辞めてしまった。Twitterなども人間関係も全部なくした。そのとき何故かわからないが、自分は壊れてしまったのだと思う。

辞めた日からは、有料アプリ時間を潰していた。

夏休みが終わってから、なぜ思ったかはわからないが、リアルに向き合おうと、できることをやった。

全く意味のない授業の板書、人間関係、その他もろもろ、やっていたんだと思う。だが少しだけ前のゲームをやっていたりした。

そして高2になり、覚悟を決めて、そのゲームをまた辞めて、受験に向き合うことにした。(当時偏差値40くらいかな、やばいでしょ)

あとは高2は勉強だらけだから略。人間関係もマシにはなったが中1のころの遺産があった程度。

そして高3になり今に至る。

受験自分存在証明みたいなスタンスで、受からなかったらセンター改革の件もあるからヤバいが、なんだかんだ楽しくやれている。

周りは某大学志望だらけなので、そこはやめて成績的に自分が有利な大学にした。

友達もいるが、心の奥底で誰も信用できないし、からっぽな自分がそこにいるだけ。

親は中1から中3あたりは本当に酷かったが、高1で自分でどうにかした。どうしたかは覚えてない。

勉強出来なきゃ本当に人生終わりそうなので、勉強を頑張りたい。だから明日からスマホを、最近話題になったタイムロッキングコンテナを使って自制してみようと思う。

批判したい人はどうぞ。精神壊れてるからもうなんともない。

だけど人間性は残ってるから、少しだけ人に認められたかった。自分自分に、受験に受かってようやくスタートラインしか評価できない。

どんな感想意見でもいいかコメント待ってます。返す暇はないけど必ず見るので。

こんな駄文にご付き合いありがとうございました。

2019-03-11

就活って難しい

3月入ってから2週間も経っていませんが、すでに第1志望会社に落ちました。とても辛いです

どうせもう縁が無いだろうからぶっちゃけると某アイドルゲームを作ってるB社です。

割と前から就職したいと思っていて、インターンシップにも参加して、早期応募で採用面接等を受けました。

1次面接からずっと「この会社とは何かズレてる気がする。人はめっちゃいいけど、なんか違う。」って心のどこかで感じてたんですよね。

ただ、まあ割と楽に最終の役員面接まで行けたので上手く行くと思ってました。

はい、最終で落とされました。この会社は割と早くに連絡をしてくるので1週間近く経ってる時点で怪しいとは感じていました。

お祈りメールを受け取ったときもそこまで落ち込みませんでしたね。割と自分的には鬱になるのでは?ぐらいに考えていたのですが、あっさり受け入れました。

で、その会社第1志望ですでに選考を受けていることは親に伝えていましたから、結果を報告しました。

すると「ちょっとゆっくりしてから探したらいい。最悪、院に行ってもいいから。」と言われました。

正直、お祈りメールを受けたショックよりこの親の優しさに泣きそうになりました。

よく考えると僕が何かの選考で落ちるって相当久々なんですよね。

僕は中学受験しましたが、その学校には割とすんなり入ることが出来ましたし、大学もあまり苦労せずに入ることが出来ました。

多分、そういう事情を知っているからこそ優しくしてくれるんだと思っています

親って大切にしないといけないですね。昔、迷惑を相当かけたので本当に申し訳なく感じます

ただ、実を言うとB社を受ける前に某白猫とか黒猫とかが付くゲームを作っているC社も受けて落ちてます

ただ、ここは第1志望では無いですし、元々インターンシップに応募して落としたにも関わらず新卒採用受けてくれとかいう謎なことを言ってきたので試しに受けたという感じなので、ほぼほぼノーカンです。


さて、ここからが本題です。第1志望最初に受けて、ここが通れば他の選考を受ける必要が無いと考えていたので、落ちた後のことを何も考えていません。

自分が行きたいのはゲーム業界のはずです。「はず」なんです。

なのですが、本当にこれでいいのか迷っています

今までの人生を振り返った時にゲームをそこまでやってきたかと言われたら、やってないとはっきり言えるレベルでやってません。

苦手なんですよね、ゲームプレイするのが。

ゲーム自体は好きなんですけど、自分プレイするのがとても苦手です。誰かがプレイしているのを見たり、自分ゲームを作ってみる分には結構面白いと感じるのですが。

ただ、今までゲームをそんなたくさん作ってきたかと言われてると、これも作ってないとはっきり言えます

基本的アイデア力が無いので、「こういうゲームがあると面白いかも」みたいなのが全然思いつきません。ただ、他人意見を聞いてそれにアドバイスみたいな感じで意見を出すのは割と得意だったりします。

さて、こんな僕にゲーム業界ゲームを作ることが出来るのでしょうか?もっとゲームが好きで昔から色んなゲームプレイしてきたっていう方のほうが向いてると自分では思います

でも、他に興味がある業界がありません。自分で作ってきたものには、機械学習を用いた画像認識Webアプリケーションなどがありますけど、これを仕事にしたいとは全く思っていません。

自分は飽きやすいので興味が無いことを始めたとしてもすぐにやる気が無くなります。多分、半年ももたないと思っています

からこそ、少しでも興味のあるゲーム業界を目指しているのですが、現実はとても厳しいものです。

自分がやりたいことも割とここ数年の間にコロコロ変わっているので、ゲーム業界就職したとしても5年10年後には多分違うことをやりたいと思っている気がするのですが。


あと、もう1つ悩んでいることがあります。勤務地です。

B社を志望していたときは「絶対東京がいい」みたいなことを考えていたのですが、落ちてから冷静に考えると「別に東京じゃなくてもよくない?」ってなってきています

正直、東京はたまに行く分には楽しいのですが、住むかってなるとなんか違う気がします。

ただ、イベントとか趣味関係(B社の某アイドルゲームですw)を考えると東京近郊に住んだほうが楽なんですよね。

今は実家の近くである大阪を中心に会社を探していますあんまりないんですけどね。

いっそのこと全然違う場所就職するのも面白いと考えています。例えば、金沢にあるD社とかはエントリーを考えていたりします。

どこで就職しても難易度はあまり変わらないとは思いますけど、東京よりかはちょっと離れた場所のほうが楽なのかなとかは思ったりします。


さて、ここまで色々書いてきましたが、多分殆どの人が「こいつ、文章書くの下手くそだな」って思っていると思います自分でも思っているぐらいですからw

文章力が無いとエントリーシート書くのもなかなか辛いんですよね。

てか、自己PRとか志望動機とかってどうやって皆さんひねり出しているんですかね。正直、第1志望以外はほぼ適当に見つけた会社なので、志望動機なんて書けないんですよ。

エントリーシートを書いていると自分が今までどれだけ何もせずに人生を過ごしてきたかがよく分かります


結局、自分がやりたいことを見つけることが出来ず、特にこれと言って特別なことをしてこなかった人には就活というのはとても辛いものということを少し実感しました。

就活なんてまだ始まったばかりなのに何言ってんだ、こいつ」と言われるかもしれません。ですが、第1志望をすでに落ちている身としては今後の就活なんて消化試合みたいなものです。やる気なんて全く出ません。

親に言われた通り、院に進むのも手だとは思っているのですが、今の研究室でやっていることを院に進んでまでやりたいか?ってなるとやりたくないです。

研究室も割と適当に選びましたからね。正直、結構後悔していたりします。ゲーム開発に全く関係の無いことですし。


新卒採用なんて人生で1度しか経験出来ないことなので、色々飛び込むのもありなんですかね...

2019-02-09

面接って怖い

大学3年生なので、さすがにそろそろ就活を本格的にやっていかないと思っている。

自分が狙っているのはゲーム業界であり、実力が割と重要視される業界である

実は去年インターンで行った会社にすでにエントリーしており、次が2次面接である

1次面接をなんとか乗り越えることが出来たからよかったのだが、2次面接と言えば大体はエンジニア面接である

これが一番の曲者である

1次面接志望動機などの技術以外のことを多めに聞かれるが、2次はエンジニア面接なので専門的なことを聞かれる。

自分は専門的なことを聞かれるのがとても苦手である

もちろん今まで作ってきたものは色々あるので知識が無いわけではない。

ただ、言語などの学習スタイルが基本から身につけるのではなく、作りたいものを考えてからそれを実現するためにググりながら試行錯誤で学んでいくスタイルなので割と基本的なところを適当に覚えていたりする。

きちんと動けば特に問題は無いと考えながら生きてきたので、質問はとことん弱いのである

すでに1社落ちており、その原因がエンジニア面接なのである

言語仕様アルゴリズムプロトコルなどについていろいろ質問されたのだが、ほとんど答えることが出来なかった。

これがトラウマになっており、すごくエンジニア面接に対して怯えている。

現在エントリーしているこの会社自分第1志望であり、もっと言うならこの会社以外に興味のある会社がない。

なので、ここで不採用になったら立ち直れない気がする。

割と自分としては向こうに好印象を持たれている気がするが、あてにならない。

不採用になったら、そのときは本当にどうするべきか考える必要がある。

興味がない会社に対して、志望動機を書けない。適当に書けたとしても面接で困る。

もっと自分の実力に合った別の業界を目指すべきなのだろうか。

まずは、他の人たちはどうやってエンジニア面接を乗り越えたのか知るべきなんだろうな...

ちなみに大学院に行くことは考えていない。今やろうとしてる研究特に大学院で行おうとは思っていないかである

2018-09-21

みんな真面目に働きすぎ

世間には真面目に働く人が沢山いて驚く。学生時代バイト先の店も、非正規なのに真面目に接客する労働者が多くいた。就職先でも、2次請3次受けのメンバー達がしっかりと成果を出してくれている。いずれの人たちも、年齢と労働時間に見合った適正な賃金を得ているとは思えない。(一応免責しておくと、私にはまだ契約周りの裁量権がない。)

一方の私は不真面目で、人生で頑張った事といえばそれこそ2,3年間の受験勉強と数ヶ月間の就活の思い出くらいしかない。しか受験は失敗し、第1志望とは程遠いランク大学妥協した。部活などもロクにやってこなかったので、面接では適当な嘘のエピソード披露してそれなりの会社に潜り込んだ。仕事も完全にやる気がないし、適当にこなしている。

私には、どこにでもいる普通人達がみんな真面目で勤勉過ぎるように見えてならない。正直何考えてるのか分からなくて恐ろしい。どうして?どうしてみんな、そんな条件の悪い仕事に懸命に従事しているんだろう?仕事が好きなのか?学生時代はその勤勉さをどこに向けてたんだろう。スポーツなどの活動に打ち込んでたのかな?なんかもっと、一発逆転とか狙いたくならないんだろうか。不条理さとか感じないのかな。本当に不思議だ。

2018-08-02

上手な生き方

今までの人生を振り返ってみて、やはり最初に思うのは「失敗だった」ということです。何が失敗だったか、どこからが失敗だったか。色々と考えてはみますけれど、明確に何が、どこからが、というのはわからず、強いて言うのであれば最初から、何もかもが失敗であったと思います

幼稚園に通っていた頃、私は1人で遊ぶのが好きな子だったそうです。みんなが仲良く遊んでいる中、1人でいたのだと。そのような記憶自分にはありませんが、今考えれば納得はできます。私の社会性の無さというものはその時点で明確に顕れていたのだと思うのです。

小学生の頃の記憶はあまりありません。あったとしても、嫌な思い出ばかりです。途中まではそれなりに、上手くやっていたかもしれません。私の社会性の無さ、性格の歪み、それらを隠すことが出来ていました。しかしそれらが露呈する出来事がいくつかありました。

一つ目は、小学五年生の頃だったかと思います。転校してきた男の子に、何故か好かれました。私も小学生でしたから、好かれていると思うと、相手が気になります。それが恐らくクラス女子の気に障ったのでしょう。色々なことを言われました。一番言われたのは、男好き、ぶりっ子などという言葉です。

私は、クラス女子のように、教室の隅に集まってコソコソと話すのが好きではありませんでした。外に出て、ドッジボールバスケットボールをするのが好きでした。だから男子と遊んでいました。それだけです。そこに男子に好かれたいなどという気持ちは一切無く、ただ自分のしたいようにしていただけなのです。それでもやはり、男好き、ぶりっ子と言われます。ですから言葉遣いを男子のようにしました。今思えば、くだらない反抗心のようなものだと思います。勿論無駄でした。

二つ目も、小学五年生の頃です。クラスに虐められている子がいました。クラス女子ほとんどが加害者でした。ほぼ傍観者であった私と2人を除いて、無視をしていました。その件は、クラス女子全員が、被害者の家へ直接謝りに行くことで収束していきましたが、その時私はとても白けた気持ちになったことを覚えています。私がもしその子だったら(勿論私はその子ではないので勝手な推測でしかありませんが)、自分を虐めてきた相手が家まで押しかけてくる、なんて状況には耐えられません。この人達ドラマか何かの見過ぎなのではないか、この一連の状況を映画のワンシーンだとでも思っているのではないか。この頃から私は、心の底からクラス女子を見下すようになりました。しかし、どんな理由があろうとも、こうやって他人を見下すこと自体性格が歪んでいるのです。それに、最近まで気づくことが出来ませんでした。

中学生になり、女子校に進学しました。勉強をしていなかったため、第1志望中学不合格でしたが。

中学一年生の夏、知り合いの、特に付き合っていない男子に、セックスがしたいと言われました。断ったら嫌われると思い、了承しました。けれど、直前になって怖くなり、何も言わず約束を破りました。嫌われてもいいから、逃げたかったのだと思います。そこまでは良かったのですが、それを母に知られました。私が学校宿泊行事に行っているあいだ、携帯メールを見られたのです。妊娠してるのではないかと泣かれました。あの時のことは、今でも鮮明に思い出せます。もちろん私がすべて悪いのですが、それ以降、なんとなく家族距離を置くようになりました。

もともと小学生の頃、塾での成績が悪く、そもそも勉強していなかったことに対し叩かれたり、怒鳴られたり、やはりそれも私がすべて悪いのですが、そういったことがあったために家族とはそこまで仲がよくありませんでしたし、正直苦手でした。

話が逸れましたが、中学高校はとても楽しかったのです。人生ピークだったように思います。私が私が友人だと思っている相手に友人だと思われているか。そういったことはここでは考えないようにします。中高と、友人に恵まれていました。

ただひとつ失敗があったとすれば、高校二年生のときです。ある人と付き合いました。その理由は、今考えれば、依存できる人間が欲しかった。それだけです。そんな理由ですから、勿論振られました。振られて、精神病みました。私が悪いにもかかわらず。病みたいのは相手の方だったでしょう。そのとき私は死のうと思いました。けれど死ねなかった。ここで死ななかったのが、最大の失敗です。

暫くして大学生になり、新しく異性の友人ができました。その友人と付き合うことになりました。これも今考えれば、依存できる人間が欲しかった。それだけの理由です。何度も喧嘩して、頼み込んで復縁して。それを繰り返していくうちに、本当の終わりが来ました。思いの外すぐに立ち直り、1人でいるのも意外と良いものだと思いました。その過程で、今までの自分がどれだけ他人を傷つけ、苦しめ、依存し、時間を奪っていたのか、自覚しました。もう人と付き合うのはやめよう。そう思っていた矢先、別れた相手から連絡がありました。復縁したいという旨の連絡です。

その頃には私は自分にはなんの価値もないのだということが理解出来ていましたから、断るつもりでした。しかし、断ったことで相手不快にさせていいだけの価値も、私にはありません。ですから曖昧な返事をし、気づけば付き合うことになっていました。

相手のことは好きでした。一緒にいると、幸せでした。

けれど相手にはもっと相応しい相手がいます。私といても幸せになれません。ですから、思い切って別れを切り出しました。

あっさり別れられた時点で、自分価値を再認識しました。

そして、4月から社会人になりました。私は仕事ができません。心も弱いです。他人が耐えられることに、耐えられないのです。

何より辛いのが、無価値自分が、何も出来ない私が会社にいることで、他人迷惑がかかっていることです。

私さえいなければ、上司気持ちよく仕事ができるのに、私がいるせいで、注意をしなければいけない。ヒヤヒヤしなければいけない。余計な時間を使わせてしまう。

ここまで書いて、何を言いたいのかわからなくなってきました

ただただ私は、消えたいだけなのです。こういった場所にこういったことを書けば、じゃあ消えろ、死ねメンヘラと言われることはわかっているのです。全て分かった上で書いています

女に生まれたくなかった。男に生まれたくもなかった。

迷惑をかけるくらいなら、生きていたくない。けれど死ぬのは怖い。

人と付き合いたい。誰かひとりに愛されたい。けれど付き合えば必ず不幸にする。私の心に問題があるから

親孝行をしたい。けれどできない。私は結婚も出来なければ、幸せそうな顔を繕えるほどうまく生きられる人間ではないから。

親孝行もできず、付き合えば相手を不幸にし、働けば他人迷惑をかけ、挙句の果てにはこうやってインターネットにどうしようもない文章を放り込む。

もっと書いてすっきりしたいことはあったはずなのですが、思い出せません。これだけ長々と書いて、言いたいことはこれだけです。

どうすれば、うまく生きられるのですか。

2018-06-08

anond:20180608012613

他人と比べても仕方ないよなこればかりは。

俺はもうむしろ食いに行くのが目的面接はついでぐらいに

思って動いていたわ。確か20社ぐらい目で初めて内定貰ったかな。

初めての面接では自己紹介すら言葉が出なくて、2分近く黙ってたのを覚えてるよ。

また「ウチは第何志望ですか。」の質問は、いつも「第1志望‘群’です」って答えてたわ。

2018-05-29

伝統を捨てる大変さ

私はあの大学アメフト問題について、当該の学生たちは大変だろうな、と思っている。それは自分中学生時代を思い出したからだ。

特定を避けるために細かいところはぼかすが。あるジャンル部活で昔は全国大会で何連覇とかしていた、かなりの有名中学校。我々はその《すごかった時代》が終わって10年とか以上してから入学生だった。

昔、そんなことがあったなんて知らないで入学してなんとなく入部して。でも伝統の誇りとか、部活の決まりとか、先輩との上下関係の厳しさとか、卒業生練習を見ていただけるように連絡を取るとか、システムだけは生き残っていた。

公立中学から先生は何年かしたら変わるわけで、あのすごかった時代先生はすでにまったく関わってなくて、ただシステムけが生徒から生徒、先輩から後輩に託されて、黙々と動いていた。

でも、自分世代は、そんなにもう全国大会とか行けるようなレベルになれるとは思えなかった。もちろん、一生懸命練習してはいるけど、行けるレベル中学生なりに分かっていた。先生もその部活ジャンル専門家というわけではないし、コーチも来てくださってはいたけど、やっぱりあの《本当にものすごかった》頃を再現できるとは思えなかった。

3年生が引退して部を引き継いだとき自分たちにできることは、今はもう意味のなくなった理不尽な厳しさを捨てて、自分たちの下の世代を、もっとのびのびとさせてあげることじゃないかとみんなで考えた。先輩のことは尊敬もしているが、一方で相当に嫌な思いもしてきたからだ。顧問先生ともそのような方針で一致した。先生も生徒同士で勝手に厳しすぎて、中学生らしくないとお考えだったのだ。

3年生の春になった。部活の決まり理不尽な様々なこと、厳しすぎる上下関係について、新1年生にはそういうことを教えなかった。新2年生にははっきりとは方針を言わなかったが、秋の引き継ぎの時から空気感でなんとなく伝わっていたようだ。おかげでやりたいことをのびのびと後輩と仲良くやれた。そのせいで1つ下の同性の後輩に恋までしてしまい、告白したが前向きに玉砕したのも今ではいい思い出だ(Tさん、あの時は心底から困らせてしまって本当にごめんなさい。でも笑って許してくれた素敵な後輩で、自分だったらああは対応出来なかった。今でも誇りに思っています)。

さて…夏の大会もそれなりに完全燃焼して終わり。やっぱり勝てなかったけど、それは後悔していない。

大会の翌日、荷物を取りに登校したら、先生職員室で事後処理をしながら妙にサバサバニコニコされていた。

何十代も先輩から引き継いで来たもの勝手にぶち壊しにした自責感、楽な方向に逃げて卑怯だったんじゃないかという気持ちはずーっとあって、相当に悩んでいたから、先生には本当に救われた。

我々は2年生後半に部を引き継ぎ、夏の大会までの1年間、そしてその先も、卒業生の皆様方とまったく連絡を取らなかったわけで、色々と薄情者と思われてしまっただろう。それも覚悟の上の決断だった。全国大会で成績を残す、古豪復活、ということを夢見ないではなかったが、それよりも自分たちの足元を見つめての活動だった。先輩方には大変な非礼だったかもしれない。でも、現役生としては実りのあることができたんじゃないかと思う。

秋になり、部活運営Tさんたち、我々よりもしっかりした頼れる後輩たちに安心して託した。それでも練習だけは受験ギリギリ11月下旬までやらせてもらい、なんとか第1志望地区公立での最難関高校合格した。その高校特にこの部活の強豪というわけではないが、その顧問先生は形だけ見守る感じで、生徒は自分たちのペースでじっくり研究しているスタイルが気に入っていた。その高校でその部活をやるためだけを考えて、3年生の春から部活受験勉強とをしていたから、本当にうれしかった。ジャンル野球では無いが、ちば先生の《プレイボール》に運営雰囲気は近いだろう。まあ、あんなに夜中までとか練習しているわけではなかったけれど。おかげで、今でもそのジャンルのことは大好きだ。

ところで、あの時の中学顧問先生は、我々の入学と同時にうちの学校に着任され、我々の卒業と同時に退職された。我々が最後の生徒たちになるって、もしかしたら早くお決めになられていて、だからあの夏の大会の翌日、妙にサバサバされていたのかもしれない。

我々の卒業後。3年になったTさんたちは、新任の顧問先生がこのジャンル経験者だったこともあり、のびのびと前向きな努力地区大会で勝てたと聞いた。大会を見てはいなかったが、自分のことのようにうれしかったし、やっぱり我々の決断は間違っていなかったと思った。あのまま厳しさを貫いていたら、Tさんたちはこのジャンルを嫌いになってしまたかもしれなかったから。

長くなった。

あのアメフト部とは状況は全然違うけど、伝統を捨てたら捨てたで、そのジャンルを追求する熱い日々は待っていてくれるに違いない。

なんのジャンル部活にしても、みんなでそれを追求し、熱くなれるのには変わりはないはずだ。

彼らがどうか、前向きな大学時代をまっとうできるように祈りたい。

私などには想像も出来ない、大変な経験をなさっていると思う。どうかこれが、学生の皆さんの人生において、良き糧になりますように。

2018-05-18

就活生の愚痴を吐かせて

就活解禁して何ヶ月か経ったけど、いまだにやりたい仕事が見つからない。

大手企業に入りたいなんていう夢を持っているわけでもなかったので、いわゆる「努力」は全くしていない。

適当に行ったインターンの合説で、適当椅子が空いてた企業ブースにいくつか座り、適当インターンに応募し、そのまま選考に進み、2社から内定をもらった。片方は蹴ったけど、今内定を持っているほうの企業は(知名度はどうだかあんまりよくわからないけど)業界ではそれなりに功績のある企業らしい。

説明会も人並みに数はこなした。3月毎日スーツ着て、いろんなところに行って、たくさん応募した。毎日緊張してたけど、新しい企業出会えるのは結構しかったし、なんとなく面白そう?と感じた企業もあった。でも ES履歴書はかなり我流で締め切り前日とかに書いてるクズだったのでそこで落ちたり面接落ちしたり。

上記企業内定をもらったのは3月末と4月のあたま。応募してた企業が少なかったのかな、4月中に選考ほとんどなくて、ぼーっとした毎日を過ごしてたら、就活飽きちゃった。

というのも、第1志望というものを決めていなかったからで。失敗するのがすごく怖い人間から絶対にここに行きたい!って決めちゃったら、そこに行けなかった時に立ち直れなくなるのが目に見えてて。あえて第1志望は決めておらず、軸も決めないでがむしゃらに気になった企業に応募してた。というか本当に自分の好きなものが分からなくて第1志望なんて決められるはずがなかった。

から就活の終わりを決めてなくて、いつまでやればいいのかわからなくなった。今は、親からは「まだ就活続けるんでしょ?」ってプレッシャー与えられてるし、まわりの友達もまだもう少し選考ある〜!って言ってて、ここで終わらせたら社会不適合者なのか?とか、諦めてるだけなのかな?とか、会社に入ったらもっと他の会社にすればよかったって後悔することになるのかな?とか、ぐるぐるしてきちゃって、もうわからない。内定から承諾書を求められ、5月中に懇親会をやりますと言われ、完全に囲い込まれている(承諾書は法的なものでないから後から断れるというけれど、就活生側にだって良心はあるし、断ってしまったら筋が通らないと思う)。これから先、また選考受けて、全落ちして、結局今内定もらってるところに行くことになったら、その選考のために費やすこれからの数ヶ月全部無駄になるかもしれないと思うと、新しく他の企業に応募するのを躊躇ってしまう。

というか、今の時期から説明会から始めるの、めちゃくちゃ面倒くさい。経団連スケジュール通り6月から説明会開始する企業もあるけど、就活生の感覚的にはかなり遅いよ!って感じ。自分1月くらいかインターン参加したりしてたけど、そこから数えると半年近く就活してることになる。もっとからインターン行ってた人もごまんといる。その人たちは長ければ1年近く就活してることになるわけだ。無理。企業からメールを開く時の心臓が破れそうなほどの緊張の瞬間、お祈り文を見た時の悲しさ、何がダメで落ちたんだろうって悶々とする時間面接で待ってる最中に言いたい内容を反復すること、グループワークで全く初対面の人たちと楽しくもないことを話し合わされて愛想笑いすること、大学講義の数倍メモをとらなくちゃいけない説明会、煽られまくるwebテスト、出題意図が皆目検討もつかない意味不明webテスト、他にもたくさんあるけど、全部何も楽しくなかった。これをもう一度、同じモチベーションクオリティでやれと言われても不可能。何を求めて就活しなきゃならないんだろう?それがわかる人や定まっている人はモチベーションを保っていられるのかもしれないけど、好きなことややりたいことがない自分にはもう続けられる気力もないし、目処も立たない。

就活してると、まるで就職することがゴールのように思えてくる。でも実際は、その後にどう働いていけるのかが問題。そこの点は、就活生には曖昧データしか与えられない。開示していない企業だってある。会える社員も、ほぼ愛想の良い面接官だけ。そんなんで御社のことがわかるわけないだろ!自分がこの会社に入ってどう働かせてもらえるかなんて、面接官も教えてくれない。

からこそ、この内定をどうすればいいのかわからない。ここで決めてしまっていいのか、まだ就活を続けなくちゃならないのか。自分でも半々の考え。決められない。内定をまだ持っていない人からしたら、贅沢な悩みだと言われてしまうかもしれない。ごめんなさい。それでも悩んでいるんです。自分はこれからどうすればよくて、どうなっていってしまうんだろう。

2018-03-10

女の浪人

第1志望大学ダメで、担任にでも浪人しませんって報告したら、よかった女の子浪人なんかしない方がいい、ただでさえ就職しても途中で抜けることになるんだからって言われた。

多分悪気はないし、良かれと思って出た言葉なんだろう。まだ女性の方が就職も難しいんだろうし。

でも知らなかった。女か男かで、浪人リスクも変わってくるんだ。女ってだけで浪人は避けなさいって言われるような社会なんだな。

それがなんかショックだった。

それと、女だったら必ず結婚して子どもを産むだろうっていう決めつけのようなものを感じたのもちょっとショック。

2018-02-24

私大全落ちした現役の話

まだ現役合格を諦めきれなく、後期私大の申し込みを行いました。

プライドが高い為周りの友人には話せずこのような形で1度気持ちの整理をつかせたいと思います。乱文になると思いますがお許しください。

中高は私立の一貫校でした

偏差値60程度の自称進学校です

私は小学生の頃塾に通う=携帯電話を持たせてもらえるという安易な発想で中学受験塾に強請って通わせてもらいました

運良く頭はそれほど悪くなかったため、週5日塾に通い多分余裕で今の進学先に合格しました

中高一貫は良く言えば6年間自由勉強が出来る

裏を返せば何もしなければ入学当時のまま

私は完全に後者でした

なんとなく高校生になってから塾の講習へ行き、進路に迷ったりなんだりして結局志望校を固めて本気を出しはじめたのは高3の秋ごろだと思います、今考えると遅すぎる開始ですよね

一応冬には自習室に篭り、過去問を解くという日々でしたが私立専願のくせに私大より簡単センター問題ばかり解いていたり毎日現実から逃げていた気がしま

センター英語8.5割国語7割歴史7.5割

受験したことがある方ならわかると思います早慶目指しているレベルには足りない結果でした

もちろんここでセンター利用全滅です

滑り止めもダメでした

その後滑り止めの学校も受けた感じはまあ受かるだろうって自分では思ってました

今でも滑り止めに関してはなぜ落ちたのかわかりません

一校も合格を得られないまま入試本番へ

早慶第1志望としていたから合わせて5学部受けました

手応えとしては歴史が苦手だった為歴史が足を引っ張った気もしたが1学部は自信があり、2学部はまあ最低点は取れているだろって感じでした

1番自信があった学部不合格

まあの2学部はまだ合否出てないんだけどこの調子だと受かった気がしない

敬語疲れたからやめる

問題マーチ

明治青学立教中央法政マーチ

正直これの全落ちは予想外だった

田村淳と同レベルじゃん

これはちょい歴史ミスったなとは思ったけどそれ以上に国語は常に満点だと思っていたし英語も良い結果だったと思う

マーチも片手分受けたからそれ全落ちは結構ダメージ食らう

先に書いたけど自称進学校の進学先内訳はトップ50人ぐらいは早慶行ってあとはマーチ

マーチでもへぇって見られてマーチ以下は人権ナシの状態

就職や専門に行ってる人は5年に1度くらい

でも去年先輩めちゃくちゃ浪人してた

後期私大入試卒業式の後行われる

まり進学先未定のまま卒業式に向かわなければならない

どうしようかな〜いきたくないな〜っていうのか本音

これは全落あるあるだと勝手に思う

ちょっとでも進学先のこと聞いてきたやつ殴りたくなると思う友達少なくて良かった

とりあえず後期私大まであと1週間、2週間?

それも全滅したら浪人するってさっきようやく口に出せた

というかニッコマ以下は行く価値ないって私は思う

プライドだけで上位校受け続けるとほんと後悔しか残らないし毎日泣く羽目になるから後輩たち、もしこの記事を読んだりしたら模試の結果を見て、自分の成績をよく考えて、志望校決めてね

大学へ行く意味は私もよくわからない

けど高卒プライドが許さな

どこまでも面倒だね

だいぶ落ち着いてきたか勉強しま

学歴コンプ人生はほぼ決定してるけどつよく生きます

良かったらこんなクズ受験生いたなって思い出して応援してください

予想以上に励みになります

最後までありがとうございました

2017-07-23

大学に入ったが、自分が何をしたいかからない

私はこの春大学入学した。

高校都内偏差値40代学校だった。

進学校に対する劣等感があり、高校時代はその時の環境から抜け出そうと必死勉強した。そのために友達付き合いも限られていたし、趣味スポーツ読書もあまりしなかった。同じ高校生なのに、遊びながらでも学力を持っている人達が妬ましかった。そのお陰だろうが、所謂最難関と言われる大学を志望できる成績だったし、実際に志望していた。結果は第1志望ではなかったものの、所謂7大学の1 つの理系学部合格することができた。浪人して第1志望を目指すという選択肢もあったが、今まで以上のストレスに耐えられる体力も気力も無く、今の大学入学した。

大学に入ってからは、学歴で劣る分、能動的に動かなければいけないと思い、大学留学プログラムに参加したり、人付き合いが得意でないにもかかわらず、積極的OBとの食事会を開いたりしていた。充実していると感じたし、その都市カーストでは頂点の大学なので劣等感も薄れていた。

しかし、最近になって、再び劣等感が湧き始めた。第1志望に入っていれば、もっといい人達と知りあえたと考えてしまったり、馬鹿ばかりだなぁと思ったりもする。

偏差値だけでなく、大学地方にあるのも劣等感の原因かもしれない。東京に住んでいると、様々な行事に参加できたり、色々な人と知りあえた。しかし、地方にいるとあらゆる機会が制限される。新幹線が止まるような駅は東京のように賑わっているが、それ以外に街がない。つまり首都圏にはには新宿表参道池袋など複数場所があると思うが、それがない。その分、狭い世界に閉じ込められている感覚になる。競争する大学がなく、お山の大将状態なことにも嫌気がさしてきた。このことも、こんなところに居たくないという感覚の原因だと思う。

つらつら書いてきたが、結局のところ、劣等感を持って不平を述べるだけで、自分が何をしたいのかわからない。

仮面浪人でもすればいいと思うがその気力もない。

周りを見下す自分嫌悪感を抱くこともある。

どうすればいいのだろう。

2017-06-12

転職活動あるある

第2志望の会社から先に内定が出た。第1志望会社面接も控えていたので、1週間だけ待って下さい、と交渉したが、結果は「NO」。2日しか待てないそうだ。内定承諾せず、第1志望に賭けて、もし落ちたら内定ゼロ。そんなリスキーなことできるかい

というわけで、内定承諾した。それが5日前。

そして今日第1志望から内定をもらった。第2志望の内定連絡からちょうど1週間後。

申し訳ないがこれから内定承諾辞退の電話します。

気が重い…。

こういう場合、みなさんは「賭け」に出るのでしょうか。

やっぱりマナー違反なのだと思います。ごめんなさい。でも、家族を養わねばならぬ自分人生、そんな大きな賭けには出られなかったです。

2017-04-20

じゃあ男の成功例を紹介する。

http://anond.hatelabo.jp/20170420151301

ちょっと特殊だとは思うけれども、男の例を紹介しておく。

地方都市出身。男。大学生。妹たちがいる。

両親は士業系資格持ちで開業しているが、自分小学校高学年ぐらいになったころから収入が怪しくなってきた。独立開業してるってのは、ほんとリスキーなもんだな。両親ともに同業のなかではそれなりの立場にあったもんからプライドかいろいろが邪魔したのも余計に厄介だった。

現在の親の収入は、、、、大学授業料免除申請が全額免除で通ったりすることもあるぐらい、だ。なんと元増田よりひどいじゃないか・・・。母のほうは外にパートに働きにでていたこともあったが、稼ぎが月数万レベルしかならなかったことと同僚にいじめられたことにより、本業のみ。とはい本業のほうは、、、、仕事さえあれば月に5万ぐらいは稼ぐときあるかな、なんていうレベル

祖父母×2は存命だが、国民年金しか受給しておらず彼ら(別家計)はおおむねマイナス。家からの持ち出しが続く。

父は微アル中+微DV創価で、母は収入が父頼みであることもあって強く出られないでいる。

そんな家庭だったが、自分はほどほどに勉強はできた。高校のころには父は週一ぐらいで酔ってぐだぐだと説教しにきてはいたが、逆に言えば週6ぐらいは勉強できるゆとりがあった。そんなわけで必死勉強し、高校での成績はよかった。

受験の際には最高B判定だった第1志望国立医)と、A判定(一桁順位しかだしたことがなかった滑り止め(国立医)をうけた。

ところが落ちた。滑り止めにすら落ちた。第1志望はまだ許せる。しかし滑り止めに落ちたのはちょっと耐えられなかった。

そうして自分うつになった。浪人うつ浪人脱出しないと治りそうもないのに、治らないと脱出もできない。地獄だった。勉強はしたいのだがどうしても身が入らない。死にたいとばかり考えていた。

そんなこんなで浪人して成績はガクンと落ちてしまったのだが、そうはいっても腐っても鯛とでもいうか、まだ国立医学部にいけるレベルの成績ではあった。秋頃に防衛医大をおさえて地獄脱出の糸口をつかみ精神崩壊をおしとどめながら、なんとか翌年の春には大学へと入学した。

大学1年目には寮にはいった。奨学金は月15万借りた。親から援助は一切ないため、学費5万家賃5万生活費5万ぐらいの計算だった。寮だったため家賃生活費もっと抑えられたが、寮の環境はうわさに聞いていたため、途中で退寮することも視野にいれての金額だった。

寮生活はまあ楽しくはあった。深夜であろうと爆音音楽が聞こえてきたり、麻雀部屋から酔っ払いが這い出してきたり、飲み会では1人1人に一升瓶が用意されていたり工学部7年生とかいう輩に絡まれたり、寮自治のための集会が毎週あったりはしたが、そういうのには耐えられるタイプだった。耐えられないやつは1か月でいなくなった。耐えられた奴も半分以上が進級できていなかったが・・・。

寮生活で浮いた奨学金で、免許取得費やパソコンの購入費、2年目の引越資金もろもろなどを用意し、2年目には退寮した。

2年目から生活がカツカツだった。ネット回線高い、プロパンガス高い(家賃重視で物件を選んだのは失敗だった)、家賃の支払いがある、云々。バイトに精をだした。

すると後期になって授業料免除が通らなかった。自分収入のせいで免除基準を超えてしまったらしかった。全額・半額免除基準境界ぐらいの家計所得だったはずなのに・・・。下手するとバイトしない方が収支はプラスだったりしえた。加えてバイトのせいでテスト1個1個で死にそうな思いをしていたこと、そしてなによりきちんと勉強できず欲求不満だったこともあって、もうバイトはしないことにした。

3年目からはまあ満足できるぐらいには勉強できた。ついでに成績もあがった。このころになって給付奨学金というものがあることに気付いたが、そういうもの大学の推薦が必要で、いろいろと画策したが指導教官の推薦をえることが難しく、大概は諦めた。いや、うちの学部指導教官かいないんよ。名目上は各学生教官が割り当てられてはいるけれど、会ったことすらないし。調べてみたら自分担当はかなりのお偉いさんで、全然会えないし。それでもメールして訪問してメールして訪問して云々してなんとか1枚推薦状をもらえたが、なんと奨学金選考のほうで落とされた。収入も成績もGPAも悪くなかったと思うのに(収入は悪いかw)・・・、まあ「給付」は狭き門から仕方ないかとあきらめた。しかし推薦状の確保が大変すぎて他の給付奨学金へのさらなる申請も同時にあきらめた。

なお、我々には将来の就職先さえ決めれば、自治体病院から奨学金がもらえるという制度がたくさんある。そちらのほうは1年生のときから検討はしていたが、金額のいいどこかに身売りするなんてことはさすがにプライドが許さなかったし、かといって15年先まで見据えて自分希望に添うwin-win案件をさがすなんてことは大学入学時には考えることができず、見送っていた。3年生ぐらいで地元に戻ってもいいかななんて思って地元の県のもの申請してみたが、県外大学生×中途採用×自治医大合格辞退(←主にこれのせいだろう)のためか、通らなかった。

親はあんなやつだが、息子になんの援助もしていないことに負い目があるのか、所得証明書なんかは用意してくれる。それには地味だが大いに助かっている。帰省して自分で取りに行くのは大変だし、なにより費用がかさむ。あ、親は帰省すると5000円ぐらいお小遣いをくれるが、それでは交通費ですでに赤字だ。

大学同級生は、平均としてお育ちが良い。初心者マークつけた新車レクサスSUVとか案外よくみる。とはい大学生活していく分には今の自分のカツカツ具合でもそんなに問題はでていない。さすがに彼らと遊びに行ったりすると諭吉さんがポンポンとんでいくから付き合いきれないが、幸か不幸か自分はどちらかといえばひきこもりタイプネット回線パソコンさえあれば満足していられ人間趣味に金がかかるなんてこともなく、同級生はつきあいの悪いやつとは思われているとは思うが、まあそれぐらいの認識しかされていないと思う。ついでだから言わせてもらえば、執拗に昼ご飯誘うのやめてくれ家計破綻するわ。

とまあ自分はこんな感じで生活している。朝昼晩ほとんど自炊なのにもかかわらずエンゲル係数は80%超えていると思うが、PCタブレットも所持できているし、ほかに欲しいものなんかなく、現在のところ生活していてとくに不自由を感じたことはない。

しかし同時に、自分のような生活ができるのは限られた一部の人間だと思うし、1000万を超える借金を背負ってもそれほど心配せずいられるのは医学部という特殊環境いるからだとも思う。そんな自分でも、留年したら奨学金がとまってすべてが詰むことはひしひしと感じているから、進級判定はつねにふるえるほど怖いし国家試験も怖い。他学部だったらそこから就活なんて大波乱がさらに控えているんだろうから、それには自分でも耐えられる自信はない。うつ再発しそう、むり。

妹たちは自分とはちょっと年が離れているから、まだ高校生とかそんなもんだ。やつらは自分なんかよりはずっとできはいいが、とくに下の妹はメンタル豆腐から自分のような奨学金自転車操業をしなければいけないことになったら1週間で精神を病んでからの休学→退学の未来が見えている。しか文系から不確定要素が自分よりも高いときている。元増田をみて、やつらは自分が見放したらこんなかんじになってしまうのかなと改めて思わされた。

兄としては、かわいい妹たちにそんなことはさせられない。当然だ。

しかしだ、いわゆる有名病院のなかでは給料高いっていう虎ノ門とかでもちょっと給料足りなくて選択肢からはずさなくちゃいけなくなるけど、でもそこら辺の市中病院ならもっと高いとこ全然あるし、ワイちゃんの考えているいきたいとこランキング1位の某野戦病院もそんななかのひとつだ。

妹たち、安心して東京に進学していいぞ。応援してる。おまえらがそこら辺でくすぶってるなんて、世界の損失だからな!

地方公立高校スクールカーストとかの暴露話

今年卒業したので書き留め。大人になってから読み直したら、おもしろそう。高校スペック偏差値60ぐらいの自称進学校。主な進学先は産近甲龍とか駅弁かしこい人で金沢らへんの国公立とか関関同立同志社あんまりいない。京大とか宮廷もっといない。1年に1人いるかいないかぐらい。でたら、黄金世代ってみんな呼んでるwちなみに、ぼくは早稲田受けた。余裕で落ちたけど。倍率高すぎ!社学は受かったと思ったんだけどなぁ。あー早稲田いきたかったああああ!浪人してもういっかいチャレンジします!

みんな部活入らなきゃいけない高校で、ぼくは中学ときサッカー部入ってたけど、高校では文化系部活入ってた。

で、まぁクラスことなんだけど、なんか中学高校と比べてみるといろいろ違うこと多い。まず、人間関係ドライ休み時間とかって中学ときは1人で過ごすとか考えられなかったけど、高校では結構みんな1人で自分の席にいることが多い。携帯いじったり、勉強したり、寝てたりとか、もちろん友達としゃべってる人もいるけどねー。移動教室も1人でしたりとかって人結構いたなー。ぼくもわりかし1人でいたかなぁ。喋りに来てくれる友達あんまいなかったからねw基本みんなこっちから喋りかけないと、なかなかみんな喋ってくんない。昼ごはんとき男子はみんな1人で食べてた。友達のとこわざわざ行ってた人もいたけどね。でも、そういう人は少数派かな。女子は固まって食べてた。三年のときいっき二極化してておもしろかったなw

基本人間関係は主に部活か高1の友達で固定。高2.高3でできた友達もいるんだけど、休み時間とかわざわざその人のとこに喋りに行くかっていうとそんなことしない。周りもだいたいそんな感じだったよ。

部活運動部がやっぱりカースト上位。男子は「ハンドボールバトミントン野球テニスサッカー、その他」みたいな順番。とはいものの、リア充部活関係なくリア充で集まってた。まぁでも、リア充になるには運動部必要条件十分条件ではないけど。運動部にも結構寒いやつとかいるし。声でかいテンション高いけど、言ってることつまんないし。そういうこと言ってるやつって自分のことめっちゃ面白いと思ってんだろうなぁ。女子は「ハンドボールバトミントンバスケ、その他」みたいな感じ?というか、ぼく陰キャだからあんまそういうの知らねーんですけどwハンドボール部の人らはみんなキャピキャピしてた印象!友達と話すことはだいたい勉強部活のこと。どの参考書がいいとか、あいつの成績が上がったとか下がったとか、高校の授業はクソだとか、学校先生分かりにくすぎて草とか、部活の先輩闇すぎとか。あと、人の悪口結構言ってたなぁ!ごめんなさい!だって、けっこー盛り上がるんんだもん!あとは、ゲームのコトとか。高1のときパズドラの話ばっかだったなw懐かし〜。小中学生ときはみんな下ネタとかガンガン言いまくってたんだけど、高校生になってからはみんな言わなくなった。ちんことかまんことかあいつはcカップあるなとかなになにとなになにがやったとかやってないとかwそーいうの!ぼくがサッカー部だったからかもしれないけど、けっこー中学ときは話してた!でも、高校生になってからは誰も言わなくなった。みんな大人だよねぇ。。保険時間とかでセックスの話になっても、みんなクスリともしないし。

というかそもそも彼女彼氏持ちがほぼいないんだよね。クラスのうち2〜3人ぐらい。だからホントリア充って意外と少ないし、他の高校のことはよく知らないけど、少なくともぼくの高校童貞処女率99パー。なんくみのあいつがなんくみのなになにとやったとかっていうのはときどき聞くけど、やれてるのはほんの一握りってのは間違いない。なんかのサイトで「童貞卒業の平均年齢は高校!」とかあるけど、ねーよwあんたらしっかり調査してんのか?って感じ。ぼくも大学生のうちには卒業したいけどね。というか、そもそも出会いの場がない。隣の席の子とかとペアワークするときとか、実験ときかぐらしかないし、あとは文化祭ときの準備ぐらい。だけど、たかが準備期間1週間ぐらいでそこまで仲良くなれるかっていうと無理だし、ペアワークも英語音読とかするぐらいだし、実験だって1年に2,3回だからね。まぁ、そりゃ彼女つくるのは無理ですわー(言い訳)。高校になってから女子とまともにラインしたことない!

文化祭クラスで劇やるんだけど、これみんな出れるわけじゃない。カースト上位しか出れない。つーか、「リア充度」と「かしこさ」ってある程度比例する。だから原稿とか覚えなきゃいけない劇ではかしこい人じゃないとダメリア充度=かしこさ=頼れるってことだから、まぁリア充が劇出るのは当然っちゃ当然。顔も雰囲気大事なわけだし、陰キャだと声も小さいしブサイクだしダメ。だから、裏方に回るんだけど、やっぱりなんか惨めなんだよね。照明とかで劇出てる人とかと照らすんだけど、これはぼくの人生を表してるんじゃないかって。このままぼくたち陰キャがリア充を照らし続けるんじゃないかって。リア充のためにこの社会はできてて、裏方で陰キャはリア充のために汗くせ働いてんじゃないかって。そういうこと思ったりして、ぼくは早稲田入ろうって決めた。「こいつら今は表舞台リア充どうし劇やってキャアキャアやってんのかもしんないけど、このままテキトーに楽しんでテキトー暮らしてそのままズルズル落ちてけや。5年後にはぼくが一気に逆転してやるからな!みてろよコノヤロー」って思ってた。まぁ、早稲田落ちちゃったから逆転できなかったわけだけどw(あきらめないぞー!)それでもまぁなんだかんだ文化祭結構しかたか別にいいんだけどね!リア充だって、いい人も多いし、ぼくなんかと仲良くしてくれる人もけっこーいるわけで。別にそこまで嫌いじゃないんだけどね。

驚いたのがぼっちの多さ。中学ときぼっちなんてほぼいなかったのに。クラスに2〜3人はいたし、1人もぼっちがいないクラスはなかったんじゃないかなぁ。先生別に仲良くしろとか言わないし干渉しない感じ。まぁ当たり前か。でも、ぼっちってクラスラインに入れてもらえなかったりするんだよね。ほら、クラスラインって友達登録してる人を招待していくシステムから、誰も友達登録してないと入れてもらえないのね。かといって、入れないままーってわけにもいかいから、誰かにいれてもらわなきゃいけないんだけど、誰が招待するかとかでおまえがしろよーとかそういう感じになってかわいそうだった。そうそう、クラスライングループにいつ入るかは結構重要で、早く入れた奴はやっぱり友達多い。ぼくはもちろん最後の方で、すげー恥ずかしかった。おい!お前ぼくのこと友達登録してるくせになんで招待せーへんねん!って言いたくなる。クラスのみんなにぼくと仲が良いってに思われたくないのかもね〜。まぁ、その気持ちわからんでもないけどさ。最後の方入るとさ、通知とか来るわけ「〇〇さんが参加しました」的なね。それでみんなわかるわけ。あー入ったなと。こいつこんな遅いってことは友達少ないんだなって。わざわざ口には出さんけど、みんな絶対思ってる。

ぼくの高校自称進学校だったからかもしんないけど、みんな志望大学高すぎ。宮廷いきたいとか同志社いきたいとかって。おいおいおまえらこの高校しかこれなかったんだから現実みろやボケ。みたいに思ってたwまぁぼくもなんだけど。自覚症状あんまないんだよね。特大ブーメラン投げときます。だから関関同立志望→産近甲龍宮廷駅弁ってなる。ぼくの周りの人で志望大学いった人ってゼロ。ほんとだよ?どんだけ大学受験厳しいねんって感じ。あ!1人いたわ。まぁゼロではないか。でも、それぐらい厳しいよ!中学ときはみんな第1志望受かってたけど、高校はそうはいかない。だから「志望大学ワンランク上を目指せ!」っていうアドバイスはけっこう正しい。あとtwitterはド田舎地方高校だけどみんなやってる。8割以上はやってるかなぁ。インスタやってる人はあんまりいない。女子は、わりかしやってる人いるんだけど、男子は少ないね〜。なんかインスタやってる男子って痛いよねw

まぁ、そんな感じ!もっと書きたいけど眠いからます。ここまで読んでくれた人いるのかな?拙い文章で読みにくかったでしょ?ごめんなさいね。でも、なんか書いたらいろいろ整理されてスッキリしました。ありがとうございます!じゃあ、おやすみなさい〜!

2017-04-15

地方公立高校スクールカーストとかの暴露話

今年卒業したので書き留め。大人になってから読み直したら、おもしろそう。高校スペック偏差値60ぐらいの自称進学校。主な進学先は産近甲龍とか駅弁かしこい人で金沢らへんの国公立とか関関同立同志社あんまりいない。京大とか宮廷もっといない。1年に1人いるかいないかぐらい。でたら、黄金世代ってみんな呼んでるwみんな部活入らなきないけない高校で、ぼくは中学ときサッカー部入ってたけど、高校では文化系部活入ってた。あとちなみにぼくは今年早稲田受けた。余裕で落ちたけどw社学は受かったかなって思ってたんだけどなー。倍率高すぎやねん!あー早稲田いきてーよぉおおおおお。浪人してもっかいチャレンジします!

で、まぁクラスことなんだけど、なんか中学高校と比べてみるといろいろ違うこと多い。まず、人間関係ドライ休み時間とかって中学ときは1人で過ごすとか考えられなかったけど、高校では結構みんな1人で自分の席にいることが多い。携帯いじったり、勉強したり、寝てたりとか、もちろん友達としゃべってる人もいるけどねー。移動教室も1人でしたりとかって人結構いたなー。ぼくもわかりかし1人でいたかなぁ。喋りに来てくれる友達あんまいなかったからねw基本みんなこっちから喋りかけないと、なかなかみんな喋ってくんない。昼ごはんとき男子はみんな1人で食べてた。友達のとこわざわざ行ってた人もいたけどね。でも、そういう人は少数派かな。女子は固まって食べてた。三年のときいっき二極化してておもしろかったなw

基本人間関係は主に部活か高1の友達で固定。高2.高3でできた友達もいるんだけど、休み時間とかわざわざその人のとこに喋りに行くかっていうとそんなことしない。周りもだいたいそんな感じだったよ。

部活運動部がやっぱりカースト上位。男子は「ハンドボールバトミントン野球テニスサッカー、その他」みたいな順番。とはいものの、リア充部活関係なくリア充で集まってた。まぁでも、リア充になるには運動部必要条件十分条件ではないけど。運動部にも結構寒いやつとかいるし。声でかいテンション高いけど、言ってることつまんないし。そういうこと言ってるやつって自分のことめっちゃ面白いと思ってんだろうなぁ。女子は「ハンドボールバトミントンバスケ、その他」みたいな感じ?というか、ぼく陰キャだからあんまそういうの知らねーんですけどwハンドボール部の人らはみんなキャピキャピしてた印象!友達と話すことはだいたい勉強部活のこと。どの参考書がいいとか、あいつの成績が上がったとか下がったとか、高校の授業はクソだとか、学校先生分かりにくすぎて草とか、部活の先輩闇すぎとか。あと、人の悪口結構言ってたなぁ!ごめんなさい!だって、けっこー盛り上がるんんだもん!あとは、ゲームのコトとか。高1のときパズドラの話ばっかだったなw懐かし〜。小中学生ときはみんな下ネタとかガンガン言いまくってたんだけど、高校生になってからはみんな言わなくなった。ちんことかまんことかあいつはcカップあるなとかなになにとなになにがやったとかやってないとかwそーいうの!ぼくがサッカー部だったからかもしれないけど、けっこー中学ときは話してた!でも、高校生になってからは誰も言わなくなった。みんな大人だよねぇ。。保険時間とかでセックスの話になっても、みんなクスリともしないし。

というかそもそも彼女彼氏持ちがほぼいないんだよね。クラスのうち2〜3人ぐらい。だからホントリア充って意外と少ないし、他の高校のことはよく知らないけど、少なくともぼくの高校童貞処女率99パー。なんくみのあいつがなんくみのなになにとやったとかっていうのはときどき聞くけど、やれてるのはほんの一握りってのは間違いない。なんかのサイトで「童貞卒業の平均年齢は高校!」とかあるけど、ねーよwあんたらしっかり調査してんのか?って感じ。ぼくも大学生のうちには卒業したいけどね。というか、そもそも出会いの場がない。隣の席の子とかとペアワークするときとか、実験ときかぐらしかないし、あとは文化祭ときの準備ぐらい。だけど、たかが準備期間1週間ぐらいでそこまで仲良くなれるかっていうと無理だし、ペアワークも英語音読とかするぐらいだし、実験だって1年に2,3回だからね。まぁ、そりゃ彼女つくるのは無理ですわー(言い訳)。高校になってから女子とまともにラインしたことない!

文化祭クラスで劇やるんだけど、これみんな出れるわけじゃない。カースト上位しか出れない。つーか、「リア充度」と「かしこさ」ってある程度比例する。だから原稿とか覚えなきゃいけない劇ではかしこい人じゃないとダメリア充度=かしこさ=頼れるってことだから、まぁリア充が劇出るのは当然っちゃ当然。顔も雰囲気大事なわけだし、陰キャだと声も小さいしブサイクだしダメ。だから、裏方に回るんだけど、やっぱりなんか惨めなんだよね。照明とかで劇出てる人とかと照らすんだけど、これはぼくの人生を表してるんじゃないかって。このままぼくたち陰キャがリア充を照らし続けるんじゃないかって。リア充のためにこの社会はできてて、裏方で陰キャはリア充のために汗くせ働いてんじゃないかって。そういうこと思ったりして、ぼくは早稲田入ろうって決めた。「こいつら今は表舞台リア充どうし劇やってキャアキャアやってんのかもしんないけど、このままテキトーに楽しんでテキトー暮らしてそのままズルズル落ちてけや。5年後にはぼくが一気に逆転してやるからな!みてろよコノヤロー」って思ってた。まぁ、早稲田落ちちゃったから逆転できなかったわけだけどw(あきらめないぞー!)それでもまぁなんだかんだ文化祭結構しかたか別にいいんだけどね!リア充だって、いい人も多いし、ぼくなんかと仲良くしてくれる人もけっこーいるわけで。別にそこまで嫌いじゃないんだけどね。

驚いたのがぼっちの多さ。中学ときぼっちなんてほぼいなかったのに。クラスに2〜3人はいたし、1人もぼっちがいないクラスはなかったんじゃないかなぁ。先生別に仲良くしろとか言わないし干渉しない感じ。まぁ当たり前か。でも、ぼっちってクラスラインに入れてもらえなかったりするんだよね。ほら、クラスラインって友達登録してる人を招待していくシステムから、誰も友達登録してないと入れてもらえないのね。かといって、入れないままーってわけにもいかいから、誰かにいれてもらわなきゃいけないんだけど、誰が招待するかとかでおまえがしろよーとかそういう感じになってかわいそうだった。そうそう、クラスライングループにいつ入るかは結構重要で、早く入れた奴はやっぱり友達多い。ぼくはもちろん最後の方で、すげー恥ずかしかった。おい!お前ぼくのこと友達登録してるくせになんで招待せーへんねん!って言いたくなる。クラスのみんなにぼくと仲が良いってに思われたくないのかもね〜。まぁ、その気持ちわからんでもないけどさ。最後の方入るとさ、通知とか来るわけ「〇〇さんが参加しました」的なね。それでみんなわかるわけ。あー入ったなと。こいつこんな遅いってことは友達少ないんだなって。わざわざ口には出さんけど、みんな絶対思ってる。

ぼくの高校自称進学校だったからかもしんないけど、みんな志望大学高すぎ。宮廷いきたいとか同志社いきたいとかって。おいおいおまえらこの高校しかこれなかったんだから現実みろやボケ。みたいに思ってたwまぁぼくもなんだけど。自覚症状あんまないんだよね。特大ブーメラン投げときます。だから関関同立志望→産近甲龍宮廷駅弁ってなる。ぼくの周りの人で志望大学いった人ってゼロ。ほんとだよwどんだけ大学受験厳しいねんって感じ。あ!1人いたわ。まぁゼロではないか。でも、それぐらい厳しいよ!中学ときはみんな第1志望受かってたけど、高校はそうはいかない。だから「志望大学ワンランク上を目指せ!」っていうアドバイスはけっこう正しい。あとtwitterはド田舎地方高校だけどみんなやってる。8割以上はやってるかなぁ。インスタやってる人はあんまりいない。もちろんリア充女子は、わりかしやってる人いるんだけど、男子は少ないね〜。なんかインスタやってる男子って痛いw

まぁ、そんな感じ!もっと書きたいけど眠いからます。ここまで読んでくれた人いるのかな?拙い文章で読みにくかったでしょ?ごめんなさいね。でも、なんか書きたらいろいろ整理されてスッキリしました。ありがとうございます!じゃあ、おやすみなさい〜!

2017-03-11

合格体験

現役時代私立専願で早慶MARCHに全滅しましたが、1年の浪人生活で旧帝法学部合格できました。

数学世界史化学については、浪人生活が始まってから取り組み始めました。

この1年間何をしたかというと、基本的には予備校カリキュラムに忠実に従っていました。

予備校テキスト以外では、システム英単語高校時代教科書過去問を利用した程度です。

予備校テキストを繰り返すだけで1日が終わってしまい、市販参考書に手を出す暇がありませんでした。


日々の生活は、朝8時前に予備校に行き、夜7時半まで勉強していました。

1週間の予定をたて、予習と復習を中心に、丁寧に勉強することを心がけました。

理系科目については、予備校テキストに取り組む前に、教科書の該当部分をノートにまとめ、教科書簡単問題に取り組みました。

夏前までは、とにかく数学時間がかかりました。

浪人開始から理系科目に取り組むことになったので、かなり慎重になっていたのですが、結果的には一番の得点源になりました。

基礎と標準問題を徹底的に繰り返したのがよかったのだと思います

その他の科目については、繰り返しになりますが、とにかく予備校テキストを繰り返し、センター過去問二次過去問に早い時期から取り組んでいました。

効率的勉強をしようとするのではなく、普通勉強をすることを心掛けるのが良いと思います

あと、先手必勝で、夏までは我武者羅に頑張りました。自分は、プレッシャーに弱いことが現役時代経験から分かっていたので、後半で余裕が欲しかたからです。

先手必勝は、結果が出てくるとそれを維持しようとモチベーションも保てるのでお勧めです。まぁ、余裕は最後までなかったのですが。


予備校をちゃんとやる」という当たり前の結論になっていて、大変申し訳がないです。

しかし、「普通に勉強する」ために、多くの工夫をしていました。

基本方針は、「気持ち精神論)ではなく、環境構築」です。

これについては、山ほど社会人向けの勉強方法本に書いてあるのでそれを利用しました。

気持ちの部分で気を付けていたこともあるにはあるのですが、役に立ったのかは不明です。

私は、とにかく真面目な人間を演じるという意識予備校では生活しました。

例えば、模試の前に、「やべぇ、全く勉強してないぜ」とおちゃらけることを意識的に止め、「良い点数を取りたいかギリギリまで勉強する」と友達に話していました。

これ、友達も感化されたのか、一緒に真剣勉強してくれたので、良い学習環境友達とも作り上げることができました(その友達第1志望に受かりました)。


結局、1年でセンターは5割強から8割強に(前年度も一応受けていました)。早慶MARCHの受けたところは全勝、旧帝合格という感じでした。

まれて初めて計画的生活していましたが、うまくいって良かったです。

計画的でつまらいかと思いきや、かなり充実感も感じていて、うまくいきだすと楽しくもなりました。

今、やりたいことがたくさんあります。この1年で得た経験を基に、丁寧にいろいろなことに取り組んでいきたいと思います

以上です。

2016-04-13

中学同窓会に招待された。

前回は成人式の年だったからもう10年以上昔のことだ。

苦い思い出だ。

当時の私は極度にネガティブになっていた。

ネガティブ思考にも波があったから双極性のような症状だったのだろう。

招待状には参加の返信をしたものの、当日になってドタキャンしてしまったのだ。

ドタキャンどころか、より正確を期するなら、すっぽかした、のほうが近いだろう。

得体の知れない緊張感や恐怖感に苛まれて、会場へ向かうことができなかったのだ。

当時の私は大学生だった。

現役合格はできたものの、第1志望は落第していた。

地元の、3流どころか5流くらいの大学だった。

今ならFランクとでも言うのだろうか。

スポーツ関係でそれなりに名前が通ってはいたが、学力の面ではどうということもないところだった。

実家から通えてラッキー、などと嘯いてはいものの、正直なところ、内心では大学受験に失敗したと思っていたのだと思う。

同窓会へ行って旧友に合わせる顔が無いと思ってしまったのだと思う。

あの頃憧れていたあの子に合わせる顔が無いと思ってしまったのだと思う。

取り繕うべき体面など無かったくせに、生半可な見栄を守りたかったのだと思う。

まさしく、臆病な自尊心尊大羞恥心権化だったのだろう。

結局私は会場へ行けないまま、時間けが過ぎていた。

その後、同窓会の招待状が届くことはなかった。

開催自体されていなかったのか、私だけ招待されていなかったのか、知る由もない。

そして今年は、招待状が届いた。

現在

就職氷河期ではあったもの縁故を頼って潜り込んだ中程度の会社で、大して昇進もできずにぼんくら中間管理職である

結婚はしていない。

臆病な自尊心尊大羞恥心も、未だ変わらずに胸の中を渦巻いている。

さて、私は同窓会へ出席することができるのだろうか。

2013-09-11

大学院東大シス創)受験に関する備忘録

無事に大学院第1志望に受かったので、今後受ける人のために記録を残しておく。

私は東大機械在籍で院でシス創を受験している。

シス創の特徴

科目が論理数学)・英語小論文面接の4つのみで、勉強を要するのは事実上論理英語のみ。英語TOEFL ITPを当日受験かiBT提出(2014より)だが、iBT提出者は受験者122人のうち2人だけだった模様。

配点は順に300/150/150/200と言われている。

従来、科目数が少なく受けやすいことから研究科の滑り止め的な扱いで全体倍率が2倍以上だったが理学研究科との併願は不可能になったからか、倍率が大きく下がり1.5倍程度になっている。

勉強開始時期

私は3月末より開始。落ちたくなかったし、他専攻を受ける都合上早めに対策しておきたかったため。

累計勉強時間は300時間くらいだろうか。

・科目別対策

論理

論理という名の数学。問題を見ればわかるが、パズルのような問題が多い。20問中15問を解く形式。

H23まではパズルが多く、H24,25は比較大学数学が多かったが、H26で戻った。

事実上この科目が合否を分けるが、勉強しにくいことこの上ない。

基本的には大学1,2年レベル数学微積微分方程式線形代数統計あたり)、公務員試験の数的処理・判断推理確率のあたりをやるくらいか

合格ラインH22までは10/15くらいといわれているが、実際はもっと低いだろう。

H24は不明なれど、H25は4完合格を確認しているほか、合格者平均が7/15らしいので大体同じくらい。

H26は形式こそH23以前に類似しているが、問題の難易度が上昇していることもあり、合格者平均はH25より少し上か、同じくらいと思われる。

私は7~9くらい。

H23は問題が余りに簡単なので、参考にならない。

志望する研究室の人気が高いようなら8/15はほしいところ。

落ち着いて解けば割と行けるのだが、何より時間がなく、あせる。

英語

TOEFL ITPで550とれば大体大丈夫。最低でも520はほしい。

圧縮率が高く、差がつかないとも言われるが理系英語が出来ない人が多い(シス創ABはしんふりの点も低い)ので、550とれば多少は有利になろう。

問題集を何冊かやっておけば520は容易に狙える。

論理もさほどやることがないので、英語にそれなりに力を入れてもいいだろう。特に文法に関してはちゃんと勉強すれば8割は行ける。

リスニングは市販の教材だと遅いので1.5倍速くらいにして練習しましょう。

ただリスニングはどうせ音質が悪くて聞き取れないので文法と長文中心でやってもいいかも。

iBTは難しいのでITP受ければいいと思います

小論文

対策のしようがない…んですが、周りを見ると「時間が足りなかった」との声があったので文章を読むことに慣れていないときいかも。私は時間結構余った。

面接

志望動機はしっかり考えましょう。

10しかないので大したことは聞かれませんが、私のような転向組は志望動機を主に聞かれました。

このくらいかな。

2011-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20110428012530

志望している職種によって違うけど。

仕事したい、という気持ちがあるのは分かった。どんな仕事をなぜしたい、と言うのが分からない。

その職種をぜひやりたい、という気持ちが、学生の浅はかな誤解でもいいから出ていないような人って

言われたことを言われたままにこなすだけの人になりそうだよね、選考者は思います。

やりたいことと今やれることを客観的に自分言葉で語れる人は好まれます。その言葉結果的に感情表現になる。

感情表現目的はな結果なのです

お茶くみOL的職種の採用ならそういうのお互い茶番だと思ってるからぶっちゃけほとんどどうでもいいんだけど。

たぶんあなたが受けている職種はお茶くみ的な職種ではないんでしょう。

なので、御社への気持ち、ではなくて、その職種をしたいという気持ち、を話してみては。

その職種の中でこれこれこういう理由で御社が第1志望、という。

その会社が、ではなく、その職種が、を志望理由とするわけ。

そういうのを嫌う企業もあるかもしれないがそうでない企業もある。例えば私が勤めているところはそう。

2010-08-20

妹は高校受験に失敗した

第1志望の公立に受からなくて私立に行った

母が「頑張った結果だからしょうがないよ、よくやったね」と声をかけたら

一言「ごめんなさい」と涙声で答えたそうだ

悔しかったろうになあ…

姉から見ても妹の受験勉強の必死さは伝わってたから何となくわかる

妹は妹なりに頑張ったからそれはそれでいいと思う

大学は、偏差値の高いところではない

ただ妹から「この大学に行きたい」と申し出てきたので、家族で応援した(大したことしてないけど)

高校受験の失敗を返上する」なんていって夜遅くまで予備校勉強していた

結果は「不合格

ただ、同校の短大には受かった

母親に今度は泣きながら「悔しい、でも絶対4年制に編入する」と豪語していた

入試験、無事受かった

そんな妹がいま大学4年

内定はまだない

高校大学受験に失敗した妹だからこそ就職こそ成功したらいいなとひそかに思ってた

妹が納得いく企業就職して、社会人になるのを見届けたい

そのために私には何ができるんだろう

愚痴を聞いたり自分経験からのアドバイスなんかはしてるけど

正直今この新卒者を取り巻く環境が憎い

あんなに頑張ってる妹に今度こそ成功体験経験してもらいたい

2010-02-06

昔から死にたかった

十年以上前?また小学生かそこらだった頃の話

小学生だか中学生だかの男の子自殺した、というニュースを見た

一緒にニュースを見ていた祖母に、悲しいからお前は自殺なんてしないで頂戴ね、といわれたのを覚えてる

そのニュースで初めて自殺という死に方があるのを知った

割りと年齢の近い子の自殺だったというのも一因だったと思う

それ以来、何となく寿命を全うして逝こうと言う気になれない

A高校以外認めないという親類縁者一同からのプレッシャーの中での高校受験期(結局A高校に受かった)

センター8割取れなくて志望校E判定大学受験期(結局前期に受けた第1志望と私立は全部落ちて、後期に受かった大学に入った)

内定取れなくて6月頃まで就活していた時(同業の人からも「そこはやめたほうが…」といわれるところに内定決まった)

そう言う人生の節目じゃなくても、卒論の中間報告の前日とか、審査稿の提出の前日とか、ピアノの発表会の前日、嫌いな習字塾のあった水曜日、何故か勝ち上がっちゃった水泳大会の日…

そういう些細なことで死のうかな、と思うようになった

小学生の時のタイムカプセルが送られてきたけど「まだ生きてるの?何が楽しくて生きてるの?この先も本当に生きていて楽しいと思うの?」なんて言葉が出てきた時には笑った

早期発症の厨2病を10年以上引きずってるようなもんなのかな

小学生時代にははさみで足を切ったりしていた、中学時代にリストカットをしては見せびらかすことが学年で流行っていたのを幼稚な人たちだなと思いながら結局自分も影ではリストカットを繰り返していた。

高校時代には具体的に死ぬ方法を求めて自殺マニュアルとか自殺のコストとか南条あやとか買って、そこからネットにハマって、自傷行為を繰り返す日記をつづっている人たちの日記を読んだり、たまに掲示板なんかで全然関係ない趣味の話とかしてた

大学に入ってからは一人暮らしを始めて結構楽しくやれていたと思うのにやっぱり折に触れて死にたくなる

別に生きているのが辛いとかそう言うことは全然ない

自分人生に頑張って乗り越えられない壁は今のところなかったし、多分これからもそこまでの壁はないんじゃないかと思う

まぁ、非コミュだし、デブス喪だし、性格悪いし、どもりだけど、これまで何とかなったんだし。

でも、ただ、なんか死にたい

別にうつ病とかじゃないと思う。食べ物を食べて美味しいとかまずいとか思うし、眠くなるし、面白い映画見れば笑うし。

続きが気になるドラマとか、行きたい場所とか、食べたいものとか、世に言うところの未練もたくさんある。

長女だし両親の老後とか、祖父母の老い先だとか、あとは妹の大学受験とか就職とかも気になる。

でもやっぱり「確実に死ぬ方法がありますよ」って言われたら迷わず死ぬと思う

大学生自分」は想像できていたけど「社会人自分」は想像したことなくて、ぶっちゃけ今でも想像できない

たった二ヶ月先の自分想像できないってなんか怖いなー

何となく、今が節目なんじゃないかなと思ってる

今を乗り越えたら、多分そのまま「世間並み」を目標にしてそれなりに生きていくと思う

でも、乗り越えても大していいことなんて無いよね

2008-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20081028014541

相手に合わせて臨機応変に答えつつ話すのがイインデナイ?

俺も最近転職活動してたんだけど、第1志望とかの会社だと色々アピールしようとしたりで散々だった。

逆にどうでもいい会社だといい感じで力を入れず話せてポンポン内定貰えた。

ようはリラックス

 
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