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はてなキーワード: 完璧超人とは

2015-11-15

からハーレムもの主人公は、

完璧超人か、

どこがいいんだコイツ優柔不断なだけじゃないか

の2パターンの気がする

2015-09-11

http://anond.hatelabo.jp/20150911003043

顔じゃなく体にシフトしたとか。

自分の話をさせてもらうと

顔、体、気楽さ、異世界レベル完璧超人白痴系、笑顔可愛いバカ、同病相憐れむ系

と変遷しているぞ。

2015-09-10

私が乙女ゲームにハマった理由

乙女ゲーとは、女性向け恋愛シュミレーションゲーム総称

多数の魅力的な男性と恋をするゲームだ よく広告出てるよね

CM流れると、茶の間凍る、アレ



「いや、これがなければ結構真っ当な人生歩めてた気がする」

乙女ゲー片手に、たまにそう言ってしまう私だけれど、実は違うのだ。

ついつい好きなのに乙女ゲームにそう言ってしまう私はきっと万一、三次元彼氏が出来ても

周りに彼氏の悪口を吹聴する嫌な嫌な女なんだろうなあと自己嫌悪する。まあ彼氏できるビジュアルじゃねーんだけど。

私は俗に言う「変な子」だった。

赤より青が好きだった。小学校の頃、写生会のためクラスで画板を買うことになった際

赤と青の二種類が選べたのだが、私は青がいいと青を買った。

が、ほかの女子は全員赤だったため、届いた画板の色が一枚間違っていると騒ぎになった。

別に男性願望があったわけじゃない、サンリオの白い魔物シナモロールにどハマりしていて、

そのシナモロールイメージカラーが水色だったため、赤より青がナウいと思ってただけ

そんな些細なことなんだけれど、そんなことが重なって、だんだんだんだん周りと食い違ってきた

正直小学生の私はそこそこ可愛かったんだ 今は見る影もないけど

正直小学生の私はとっても優秀だったんだ、全校朝会で褒められるくらいには

いじめられたよね

いろんな頑張った手柄とか横取りされたよね

今では見る影もなく屑になった私が、いろんなこと理解した私が

「ああ、かわいそうだなあ昔の私」って思うくらいには、色々された。

あのころみたいに純粋じゃないから、いま「いじめられた私」は私じゃなくて

遠いどこかの可哀想なひとだと思ってしまう。思い出しても一ミリも悲しくならない。

私の小学校時代はあって無いようなものだなあって思う。

まあこんなこと書いたけど、やっぱり「変な子」の頭角幼稚園、いや乳幼児の頃から出てたんだ

うちのお母さん、私のこと、とっても大事にしてくれてた。今でも大好きだ。

私は幼稚園の頃、遊んでるおもちゃをそれであそびたいと言われたらすぐ譲るし取られても気にしないタイプだった。

からおもちゃを取る男の子のお母さんがうちのお母さんに

「こんなに弱かったらこの先どうしようもないわよ。うちの子みたいに強くならなきゃ」ってイヤミを言って来た時に

「優しい子を優しいまま育てて何が悪い!」ってちょこっとキレてくれたの、本当は嬉しかった。

うちのお母さんは、私を「にこにこ、ぽやぽや、やさしい良い子」に育てた。ちょっと家ではわがままだったけど。

人と違っていいって言ってくれた、私が青い画板が欲しいと言ったら「本当にいいの?」と一度聞いただけで買ってくれた。

私も「人と違う自分」に自信をもって生きてた。

いじめられた時も、一緒に戦ってくれた。お母さんは当時ストレスで禿げた。

まあ相手の親は「うちの子いじめるわけがない」とかだったし

3、4年の担任先生はうまく対処してくれたんだけど、5、6年の時の先生がま~いじめ対処下手で下手で

何故かHRで教壇にいじめた奴じゃなくて、私を出してどーたらこーたらしたりまあこれ以上言うと愚痴になるわ

って調子だったんだけど(当時の私はふええ><って感じでピーピーしてたけど今思うと色々酷い)

でうちのお母さんときめきメモリアルが好きだったんだけど(超唐突

ときめきメモリアルGSっていういわゆるときメモとは逆の逆ハーしてる

主人公が女でイケメン攻略する恋愛シュミレーションゲームPS2で出てた

出てたの気がつかないで数年経って、古ゲーム屋でそれを発見した母、中古で買った

母、もちろんハマった

母は私にやってみ?って勧めるけどあれR12から当時11歳だった私はできない

リメイク版がDSで出てたから、それを12歳の誕生日に買ってもらうことにした。

ごめん 恋色沙汰に一切首突っ込んだことないんだ

ときめきとか言われてもわからない 友人とそういう話したことなから

恋の話とか、マジでからない、っていうかいろんな話友人と話しても「共感覚」できない そもそも友人が少ない

ていうか恋以前に同年代の友人と共感することって超少ない

スーパーミラクルハイパースペシャルゴーイングマイウェイで生きた12年間(最後の3年くらい淘汰されてたけど)、

対人能力は5くらい(標準を100として)

そんな奴がときメモGSプレイするとどうなるか

葉月珪「・・綺麗だ、おまえ。・・・。・・・このまま俺と・・・。なんでも・・・。 」

葉月珪(作中の王子キャラ男性サイコーーーーーーーーーーーって感じに

なるよね、ならないか、少なくとも私はなった

これが恋のときめきか、これが、これがときめきかって胸に手を当て考えちゃったよね。

これが、物心ついてから初めて「周りと同じ感覚」を掴んだ瞬間だった。

今まで恋愛漫画を読んでもほ~~んよくわかんねえって思ってた、でも違うんだ

みんなこの胸がギュっってする感情!!!あーいう漫画読んで!!感じてたんだな!!!!!!!!

わかったぞーーーーーーーーーーー!!!!!理解した!!!!!!

幼き日の純粋な私、色欲理解するの段

その日からときメモGSは私のバイブルってか世間ってこうなんだ~とか一般常識判断基準になったし

「人と共感する為の感情の指標」はだいたいときメモGSから学んだ、自由に生きすぎてて全然足りなかったそのへん、ときメモGSで補った

ときメモGSがあったから、私はいま人の子として生活できてる。価値観的な問題で。

それと同時にその理解が、めっちゃくっちゃ気持ちよかった。

ついでに言うと、絵柄若干古いなって思ってたけど、あの、甘い言葉囁かれるのは、まんざらでもないというか

なんというかこう、初めて理解した「ときめき」ゲームの中の完璧超人ハーフモデル無気力)だから

理想ガン上がり 

恋愛できない

でもときめき感じたい

乙女ゲー祭り!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

との調子になった訳です 改めて見ると おかしいだろ

でも止められないんだ、あの胸がきゅっとなる感じ、もう一回どうしても感じたい

刺激が足りなくなって ヤンデレに走る中学校2年 おまえは おまえは薬物中毒者

そんなこんなで箱入り喪女の完成だーーーーーー!!

某国立のちょっぴり高校と違うところに進学して知り合いの男女のドロドロ見て、さら三次元嫌悪悪化

男女比5:1の学校に通ってるけど 彼氏できません 嫌悪とか以前に 美容に力入れなすぎてそもそもフェイスやばい

ソシャ系の乙女ゲーに成績大打撃 そして屑になる そしてひねくれる 純粋に育った分、ものすごいひねくれが16歳で来た

びっくりどっきり屑してる 寝て起きてTwitterやってソシャゲしてまとめブログ見てるブスしてる

でも、お母さんに孫の顔見せたいんだ。ついでにお母さんにいつか超楽させたいんだ。お母さん、大好きだから。まあ、元凶でもあるけど。

これから乙女ゲーやめるから

化粧もするから 美容に気をつけるから あとこれからクソみたいに勉強して成績超あげるから ソシャゲ乙女ゲーやる前より成績良くしてみせるから

今は無謀って私でも思うけど、第一志望にきっと入るから

部屋もきれいにするから、貯めてたレポートもすぐ出すから なんか なんでもやるから

お母さん、絶対見てないだろうけど、あの、がんばるから、応援してね。

もし、万が一見てても、恥ずかしいから「これアンタ?」とか聞かないでね。絶対


がんばるぞ!!!!!!!!!!!!!!

2015-09-04

無知馬鹿イケメン邪悪存在なのか?

http://anond.hatelabo.jp/20150903161632

これ読んで自分は心が冷たくなった。

その問題自分達の間違った常識によって起きているということに気づかない、気付けない人がいる。

その間違った常識はどうやってその人にもたらされたのだろうか?

それは生まれや、育った環境によるところが大きいのではないだろうか?

いまは性差別について世の中の常識が変わりつつある過渡期といえる。

それを知らない、理解できない人も多くいる。

確かに古い間違った常識を基に差別的な言動をする人は後を絶たない。

マイノリティ達は常にそういった人々の古い常識に殴られてきたのだろう。

だけど新しい正しい常識を基に、その無知無頓着イケメンを切り捨てることは、

古い常識排斥されてきたマイノリティ達にとっては正しいことなのだろうか?

イケメン積極的マイノリティ達をヘイト対象にしたり、排斥するような人だったのだろうか?

ただ単に古い常識からアップデートできずに戸惑っているだけだったんじゃないだろうか?

そのイケメンの内心はどうかわからないが、イケメンといえども人間であり限界がある。

かつての私もイケメンだったが古い常識しかもたず、無意識差別的な言動をしていたのだろう。

当然はてなみたいな場所で叩かれた。イケメンのくせに非常識なやつだと叩かれた。

イケメンというだけで品行方正清廉潔白な完璧超人でなければ許されない。そんな空気が確かにあった。

雨の日に河原で捨てられていた子猫に傘を差しさなかった私は、極悪非道な腹黒野郎烙印を押された。

一方、猫に傘を差し出したイケメンヤンキー不器用なだけで実は優しいとクラスの人気者になり、

つのまにか悪の組織を裏で操る存在にまでなっていたイケメン(私)を殴り倒し学園に平和が訪れた。

こういう話を読むたびに思い出して砂を噛むような気持ちになる。

2015-09-03

ネット上の話を総合すると、

女性とつきあえる男性は、

結婚できる男性は、それらに加えて、

あの父親や従妹の旦那がそんな完璧超人だとは思わなかった。

この基準で行けば俺は女性と同じ空間に居ることすら許されない存在なんだな。

解っていたつもりだけど余計惨めになった。

http://anond.hatelabo.jp/20150902194850


どんな完璧超人セックスはしたいものだ。

と釣られてやるよ、オッサン。

2015-08-31

http://anond.hatelabo.jp/20150831103231

恋愛等価交換原則からなあ。

お前がイケメンで背が高くてスゲー賢くてリーダーシップがあって、でも世話がやきたくなるぐらい隙があって女の子に優しく出来る完璧超人だったらそれ言っても誰も何も言えないけど、そうじゃないから怒られんだよ。自分の財布の中身見ろってね。お前だってカレー食う時、100円だけだして1000円のカレー食べたりしないだろ。

2015-08-13

anond.hatelabo.jp/20150813185615


家事とか料理って親に仕込まれものだと思ってるんだが違うのかな?

後天的に身につけるのは、そりゃ大変だと思うわ。

別にスーパーウーマン希望って訳じゃないので、キャリアバリバリ家事完璧超人みたいな話ではない。

家事については他レスでも書いたが、外食や家政婦でもいいと思ってるよ。

2015-06-29

http://anond.hatelabo.jp/20150628224102

横だが

東大の話だけど

イケメンは希少

・ただし顔面崩壊レベルキモメンほとんどいない

身長は低めが多い気がした

・服装は無頓着な奴がほとんど。教授の話によればそれでも昔よりマシになったらしい

オタクは滅茶苦茶多い

・親の年収はそこそこあることが多い。それを家柄の良さと呼ぶかは知らん。

・でも奨学金を受けてる奴はざらにいるし、奨学金を断たれて休学して稼いでる奴も見かけた。

というわけでイメージされてるような完璧超人はあんまりいない。

ただトップ集団の中にいるとそう思えるだけで、外から見ると超人に見える可能性はあるかもね。

2015-06-28

http://anond.hatelabo.jp/20150628213423

トップ校にいたはずなのにイケメン天才教養深くてオタク的造詣もあって家柄もいい、っていう完璧超人普通にゴロゴロしてることを認識してない時点でウソなんだよなあ。

2015-03-20

ルミネCMの疑問

なぜ地味女と派手女を対比させたのか

ルミネターゲットって、地味女も派手女も両方だよね?

しろ派手女向けの服の方がメインのイメージ。(これは私が男だから知らないだけ)

なのに両者を対比させるのは何故だろう。しかも一話では派手女を悪者にしている。

こんなストーリーで派手女に刺さるわけない。

他方、地味女の生き方も補強してないので、地味女の反感も買う。

ロジックおかしいのでは?

考えるに、派手女側の目線ストーリーも作ってあったのだろう。

実は派手女は男が外見だけでチヤホヤしてくることに嫌気がしていて、地味女の生き方に憧れているのだ。

そして最終話で互いの外見が完全に入れ替わる。

最後に両者はフュージョンし、完璧超人となるのだ!

2015-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20150304140743

男性は「一見強いけど心は脆い」女性像を描きたがるかも

というブコメを見て思ったけど、その脆さが単なる本人の無能力さから来ていたら男性

人間だれしも持っているであろう普遍的ものであれば女性

逆にありえねー完璧超人キャラ男性だったら作者は女性女性だったら男性

2015-01-26

母も妹も自分を見ると「ちゃんと〜」「〜しなきゃ」と言ってきて疲れる

「ちゃんと」って何なのか

私は存在自体を揺るがされているように感じるのです

休みの日に家にいれば、或いは家に帰ってきて自室に行けば、こいつは何をやってるんだろうと奇異の目で見てくるのです

「他の家の人はちゃんとしてる」「もっと動かなきゃ」

これが口癖であります

自分は家にいてはいけないようなのです

このように話す母と妹はは典型的ポテトカウチ族と言って然るべき生活をしているのに、私に対してはアクティブ完璧超人を目指すよう、

ご飯の度に、顔を見る度に話すのです

家にいても常に気が張っていますし、煙草の量もどんどん増えているように感じます

落ち着くのは車で煙草を吸っているときか、漫画喫茶でダラダラとネットサーフィンしているときだけです

社会人をしているはずなのに、毎日定期試験の前日のような緊張感をピリピリと感じています

疲れました

さようなら

2015-01-02

Natural Color Phantasm Vol.11夜勤病棟~闇の中へ還るものたち』

■本文。

 今回プレイした『夜勤病棟』もそうなのだが、ダーク系の美少女ゲーム場合は、非日常的な体験を核としている以上、表層的には、プレイヤーから遠い存在でなければならない。無論、内面的には、闇の部分を共有させる必要性もあるのだが。

 なので、ダーク系のゲーム場合プレイヤーダイレクト投影できるような、無個性主人公では駄目なのだもっとも、『河原崎家の一族』のように[覗き見る]ということに主題を置いたゲーム例外なのだけども、基本的に、背徳的な行為を行う、プレイヤー代理である主人公は、アクが強く、ウィットに富み、性的超人だ。それは、恋愛系の美少女ゲームに於ける主人公像とは、鏡像的な関係にあると言えるだろうし、それは……フランス書院文庫や、マドンナメイトといった、既存ポルノ小説を支配する概念だったりもする。

 そして、それらに共通する超人願望を、悪しきマッチョイズムと評する人もいるのだが、ポルノメディア本来男性原理が基盤となっているものから、それを責めるのは、ちょっと違うような気もする……ポルノメディアとは、本質的に「そういうものなのだ

 そういう意味では、ゲリラ戦天才であり、エロゲー界のチェ・ゲバラとも言える臭作さんは、まさに完璧超人だったんだけど、『夜勤病棟』の主人公である比良坂竜二]の場合は、調教者としての天才的な手腕よりも、コミュニケーション不能者としての印象が先に立つ。性格狡猾な割には、根が幼稚というか……ほとんど子供です。なので、キャラクターとしては、『好き好き大好き!』のラバーフェチ主人公に近いと思う。特定イコンに対する執着……竜二の場合スカトロジーへの執着が強いというあたりも似ているかもしれない。となると、ゲバラというよりはカストロかなあ(何を言ってやがる)。

 まあ、感情移入するには紙一重の人物設定なのだが、実はこの落差がダーク系では重要だったりもする。個人的には、竜二となら美味い酒が飲めそうな気がするが。同病相憐れむ、といった感じか……。

 ところで、竜二の場合は、歪んだ支配欲(自己顕示欲)の背景となっている、自分コンプレックス言及している箇所が、やたらと目立つ。例えば、恋に対する感情の変化は、ある意味で[お約束]と言えるが、同時に、[お約束]に対する違和感を描いているという面もある。

 例えば、お近付きの印に花を貰っただけで、相手が自分恋愛感情を抱いていると思い込み、その相手に恋人がいることが判明すると一転して、逆恨み的な復讐を誓う……という心の動きは、暗く、自己中心的な欲望ではある。しかし、子供であるが故に、一定共感を持つことはできる。けれども、非日常的な舞台&人物設定は、過剰な思い入れを抑える。結果、ダーク系な美少女ゲームで、最も重要な[紙一重]の感覚を上手く成立させているのだ。

 そして、『夜勤病棟』という作品は、被調教者の心理描写に加え、調教者の心理描写にも踏み込んだことで、『雫』や『好き好き大好き!』といった作品系譜で捉えることもできるだろう。もっとも、前出の作品に比べると、非常に明るめな印象はある。これは、従来のポルノ小説に於ける、エアブラシを用いたリアル系イラストレーションとは正反対な、淡くパステルカラー系なグラフィックを用いていながら、作品的には、ポルノ小説世界観を骨格として援用していることに起因する。結果、一種の異化効果が働き、独特の雰囲気を醸し出している。

 そして、前号の原稿でも書いた、マッチョイズムにもフェミニズムにも共感できなかった人々にとっての信仰……という要素が強い、前出の二作品と同じ文脈で語れるであろう要素を持ちながらも、『夜勤病棟』という作品は、従来の定型……つまりマッチョイズム寄りの作品としても成立しているという、不思議立ち位置ゲームだったりする。

 無論、ポルノメディアとして捉えた場合は、こちらの方が正統であることは言うまでもないし、不思議立ち位置を確保していることが、昨年あたりから手詰まりな状況に対し、ちょっとしたヒントになるんじゃないかな……という気はするんだけど、どうなんだろうか……?

 でもって、また、話がズレるんだけど、ダーク系とは逆に、恋愛ゲーム場合は、主人公意志プレイヤー意志と同一化し……シンクロ率を上げ、それが頂点に達したところで、何らかの感情を獲得し、それが[快楽]に繋がっている。つまり、涙を流すことが、射精代理行為として成立するケースもある、ということだ。まあ、調教によって隷従させるのも、恋愛によって心の繋がりを構築するのも、繋がったことに対する快楽という点では大差ないような気もするのだが……。

 だから、表面的な情念ノイズとして、削ぎ落とし、隠匿した、いわゆる村上春樹的な文体の方が、実は好ましかったりもする。この場合、隠匿された情念を追い求めることが、セックスと同じく、快楽を生み出す行為になるのだろう。もっとも、その文体で、えっちシーンを構築するのは難しいのだけど……。

 何故なら、恋愛情念を削ぎ落としても、ある程度は成立できるが、エロという部分を記号化するには限界がある。早い話、情念を削ぐと、色気も失せてしまうのだ。ただ、ポルノ小説という場所では、別の意味フォーマット確立されていて、記号的な表現技法として体系化されている。しかし、記号化したのは主に、表層の情念なので、両者を組み合わせると、水と油のような状態になってしまう。

 これは、前々回で『夏祭』をレビューした際にも言及したが、恋愛系の美少女ゲームえっちシーンになると、途端に主人公饒舌になり、オヤジ臭くなるのは、親和性限界を完全にクリアしていない証拠でもある。恋愛描写セックス描写の食い違いが、萌えと泣きの二項対立助長しているとも言えるし、逆に、美少女ゲームが、まだ進化余地を残している証拠でもある。

 さて、進化に関連することとして、美少女ゲームが持つ物語媒体としての構造については、一部のユーザーの間では、ファンサイトという形で研究されているが、主に[トラウマ]と[癒し]という現象にのみ、着目しているケースが多く、セックスという行為に介在する身体的な感覚や、その意味性については、やや軽視される傾向があるようだ。

 ただ、これは作り手の側の問題でもある。しかも、意図的言及を避けている作品もあるから、仕方が無い……という面もあるのだ。加えて、マッチョイズムとフェミニズム類型的なイメージ排除しようとすると、同時に、性的な要素を排除しようとする力が、無自覚に働いてしまう……というのもある。

 そして、フェミニズムの影響に囚われがちな、サブカル系ジェンダー運動に比べれば、美少女ゲームを含めた、オタク向けポルノメディアの方が、思考の行動範囲は広いと言えるかも知れない。自由度が高い、とも言えるのかな……その分、目標曖昧なので、途方に暮れたりもするのだけど。しかし、既存ジェンダー区分が持つイメージとは異なるものを構築する可能性、という意味では、共通しているだろう。

 まあ、結局、問題アプローチ手段、だと思うのだが。

畜生にも劣る総括。

 萌え不能症気味の筆者は、センチメンタル感傷や同情ではなかなか泣けなくて、むしろ物語の流れにシンクロして感極まるって感じなんだけど、これって、結局、同じことなのかなあ……分からん。あ、あと、そろそろホームページ更新します……過去原稿もそろそろアップしないと……げふ。

2014-12-25

ワナビに向けたラノベ創作技術論の整理と俯瞰2

ワナビに向けたラノベ創作技術論の整理と俯瞰1

※本稿は上記の続きとして分割投稿されたものである

作家人格登場人物人格

西谷は「主人公作家分身」であり、それは「五感を共有していること」、「心の奥底まで共感しあうこと」だとするが、だからといって「主人公作家の思うように考え、行動することを意味するのではありません」と警告する。五代/榊もまたありがちなワナビラノベについて「キャラクターが作者を代弁するただのお人形になってる」と揶揄している。

このように見てみると登場人物作家関係について、作家が主なのではなく登場人物が主である、と主張しているように見える。しかし当然ながら各場面における登場人物の言動や思考作家によって執筆されるのであり、作家が考えないのであれば誰も考えてはくれない。

この点でヒックス登場人物作家の一部であるとして、作家のある面を誇張したものであることを求めている。つまり嫉妬深い人物を描くならば自分嫉妬深い側面を誇張した人格創造する、というもので、全くの新たな人格創造するのではなく、そのベースあくま自分自身だとする。

これに基づけば「キャラクターが作者を代弁する」状態とは、その人物を描くにあたり作家の誇張が無い状態、いわば作中に作家自身名前だけを変えて登場した状態だと言える。作中に登場する作家自身がどれだけ失笑を買うかはくぅ疲の例を見るまでもないだろう。

登場人物作家自身である主人公は間違いなく作家の思うように考え、行動する。しかしその作家の「思う」主体作家人格そのままではなく、登場人物それぞれの設定によって歪められ誇張された人格であり、その結果時に作家人格そのままであれば決して選択することの無い言動に出ることになる。

キャラクターはある瞬間、勝手に動くものです」とは大塚の言だが、逆に言えば登場人物はだいたいの場合作家の想定通りに行動する、ということでもある。当たり前だが一定合理性をもって人間は行動するものであるし、他人ならまだしも登場人物人格ベース自分自身である以上、ほとんど常に作家想定外の行動を登場人物がするんです、という状態はありえない。もしそうだとすればそれは単に何も考えておらずその場しのぎで適当に考えているからか、もしくは薬物でもやっているからだろう。

なお突如として想定外の動きを登場人物がした場合ヒックスはそれにあわせてプロットを書き換えるべきだとする。ヒックスは後述するようにプロットを重視するが、それ以上に登場人物を「愛さなければならない」という。

ヒックス登場人物創造する際、その登場人物の将来の夢は一体何なのかと作家に問いかける。これは夢を作家が事前決定しろという意味ではない。それではヒックス否定する「組み立てられた登場人物」にしかならない。

ここでいう「夢」はその登場人物人格依存して考えだされるべきものである。これは大塚世界設定で指摘した、ある条件を前提にしてそこからどうなるのか、ということを演繹的に導き出していく方法とよく似ている。

もちろん何の事前設定もなく人格を作れと言われても作家当人人格しかなりえない。ゆえにいくつかの設定は事前定義必要である。それは主題や、もしくは世界による必然性を伴った定義であることが望ましいだろうが、それら断片的な設定に後付で作家適当にどんどん設定を付け足していくのではなく、演繹的に設定が導出されていくべきだ、というのがヒックスの考え方であると筆者は理解している。

西谷ヒロインブラジャーの形状にこだわった逸話はしょーもないの一言で済む話だが、そこに人格から来る必然性があるのであればわからなくもないと言えよう。

読者による登場人物への感情移入

以上のように作家登場人物関係について述べてきたが、一方で主人公を決して困難な状況に陥らせないワナビにそれを指摘したところ「だってかわいそうじゃないですか」と反駁したという事例を西谷が挙げている。この点だけ見ると作家主人公に同化し過ぎたり、感情移入し過ぎることに問題があるように思えるが、西谷がここで問題にするのは、ワナビとは裏腹に読者がまったく感情移入できていないことにある。読者も同様に感情移入しているのであれば、徹底して登場人物への虐待作家が行うことに逆に嫌悪感を覚えることすらあるだろう。

西谷同様、筒井は「自分作品感情移入しているからといって、読者も必ず感情移入してくれるだろうと思うのは間違い」と指摘する。

本格ミステリSFなど、感情移入必要とせずとも最後まで読ませる魅力を持った小説存在する。しか感情移入が読者に続きを読ませる原動力として強く機能することは言うまでも無く、感情移入できないという状態は読むのをやめようという動機になりうる。読者が感情移入をしてくれるに越したことはない。

さて、基本的に読者の感情移入物語の中心を担う主人公に対してなされるべきであるが、ではどのような要素が感情移入を誘うことができるのか、という点について各説を整理する。

まず榎本水島主人公年代ターゲットとなる(と下読みや編集部が想定する)読者層と重ねるべき、としている。すなわちラノベ主人公中高生であることが望ましいと言う。同じ理由性別男性の方が好ましいと言いうるだろう。スレイヤーズブギーポップのように女性主人公成功例はもちろんあり、水島のようにそれを地雷ジャンルとまで言うのもいかがなものかと筆者は思うが、女性より男性の方が主たるターゲットである男子中高生感情移入を誘いやすいことは想像に難くない。

まず作者自身モデルとして主人公に据えるやり方について、「基本的に失敗する」「ナルシズムか自虐に陥るのがオチ」と榎本は断言する。もちろんそれで成功している例もあるが((森博嗣などは成功例と言えるだろう))、分の悪い賭けであることは確かだろう。

主人公に求められる特質について、西谷榎本飯田は読者の憧れを具現化していることであるとする。憧れとは立場的、能力的、性格的に秀でていることでもたらされるものだと榎本は言い、クーンツもまた「高潔」「有能」「勇気」「好感」という要素を挙げ、これらを満たしていることが必要だとする。

そして最も重要な点は、完璧超人では読者の共感が得られない、という点である。「ジェームズボンドのような例外はあるが」とクーンツは言いつつ、共感を得られやす主人公には上記の要素に加えて「不完全さ」が必要だとしている。これは人によって「欠点」「弱点」と表現は異なるが、いずれも同じ意味である

一方で「低スペックで卑屈、無個性へたれ」な主人公像については、飯田は「マスな読者のニーズとはマッチしない」として、そういった主人公ラノベは「実売数千部のマイナー作品」に見られる傾向だという。榎本もまた、読者が作品を読む理由の最も大きなものは「自分とは縁遠い出来事を手軽に楽しく疑似体験するため」であり、現実の平凡な中高生に近い主人公像ではそれが得られない、という。

しかしながら水島は「平凡な主人公」でも問題ないとする。超人能力を持った主人公像を否定することはないが、榎本飯田のように平凡さを否定することもない。西谷も同じであり、憧れへの言及最近のヒットしたラノベを見ているとそのような傾向がある、と言うにすぎず、読者の分身として機能する平凡な主人公像も肯定している。

さて、筆者はこれらの各説は人物の能力精神倫理区別せず論じていることで生じた混乱だと考えており、ここで対立があるとみることは無意味だと考える。

能力とは例えば「直死の魔眼」のような、その人物だからこそ実行可能な、常人には実行不可能行為名称である。この点での超人性を主人公が備えているかべきかは物語上の必要性によって判断されるべきであって、主人公がそうした点で無能であることは全く問題なく許容されるし、また絶対に負けず死ぬこともない完全無欠の超人能力を持っていても(それが物語必要ならば)問題ない。

次に主人公精神についてであるが、これは完璧であってはならず、平凡でなくてはならない。あらゆる誘惑に対して微塵も揺らぐことなく、確固とした信念を持ち理性と知性に溢れた決断をし続ける聖人君主はご立派すぎてうさんくさく、クーンツが言うところの「好感が持てること」という要件を満たさない。飯田にしても「ヒーローは悩む存在である」としてこの点での超人性を否定する。自分の将来や恋愛といったわかりやすく、読者が共感できる悩みを主人公は持つべきであり、さらに「何を考えているのか、わかりやすく書くほうがよい。感情オープンにならないキャラには感情移入しづらい」とする。

最後主人公倫理は、読者の倫理に反してはならない。主人公への感情移入によって「あらゆる女の子モテまくる存在であるという全能感」を読者は得るのだと飯田は言うが、しかしどれだけモテようとも複数同時並行で交際することは一般に許容されない。「主人公は鈍感でなければならない」とする指摘は、倫理的正しさを保ったままその状態を維持する点で(安直だが)効果的に機能する。

一方で木刀を持って不法侵入の上傷害沙汰を起こした同級生に対して警察を呼ぶことなく、彼女の空腹を察してチャーハンを振る舞い、自分の恥を晒しながらも穏やかに話し合いで事態を解決する主人公は、まさしく完璧超人と言うべき存在である

Unlimited Blade Worksとかマジカコイイ!憧れる!といった読者もいるだろうが、失笑する人も少なくないだろう。しか倫理的にそうすべきと読者が思い、また自分にも物理的には不可能ではないだろうがしかしなかなかそうはできないと思うことを主人公がやってのけることにこそ、多くの読者は「憧れ」を抱くのではないかと考える。

さて、憧れは感情移入の要素として極めて強力に機能するが、冒頭からいきなりその段階に持ち込むことは容易なことではないだろう。まず最初主人公へ興味を抱き、好感度を稼いで少しずつ感情移入を誘い、そして上述のような行為によってその感情移入を一気に深め、確固たるものとして確立する、というのがより無難戦略だと言える。

こうした興味喚起、好感度向上に役立つ要素として、例えば西谷は「肉体的な苦痛を与える」ことを有力な手法だとしている。クーンツの「主人公を冒頭で過酷な困難に放り込む」も同様の指摘と考えられ、冲方による「苦しい場面での感情移入成功すると、自然ハッピーな場面ではそのまま感情移入してもらえることが多くあります」というのも、苦痛を伴う場面は幸福な場面よりも感情移入効果が高いという指摘だと言えよう。

西谷が肉体的苦痛をあえて挙げている点は特に説明はないものの、おおむね誰にとっても明確でわかりやすいという点で精神的苦痛よりもメリットがあるからだろうと筆者は理解している。

そしてもう一つ効果的と思われる方法が、飯田が指摘する登場人物ギャップである

登場人物ギャップ

本項では「キャラ」と「登場人物」を区別しないが、新城はそれぞれ異なる意味定義しており、曰く登場人物を「内面があって葛藤と選択をする人格」、キャラを「こういうシチュエーションではこういう言動をみせそうな、いかにもそんな外見の人物」とする。

飯田は「人間は意外性のある物語に弱い。とくに、内面なんてなさそうな人物に内面があった、というパターンに弱い」と述べ、人物の外面と内面ギャップを設けるべきだとしている。すなわち新城がいうところの「キャラ」としてまず描かれ、それが物語を通して「登場人物であると描いていくことで読者の感情移入が誘えるのだ、とする。

ところで飯田は良いツンデレと悪いツンデレがあるとして、良いツンデレ多面的感情の一つにツンとデレがあるが、悪いツンデレにはツンとデレの2面しかない。だからハルヒは不人気でルイズは大人気なのだ、とする。筆者はツンデレに良し悪しがあるとすれば、それは新城の言う「キャラ」と「登場人物」であろうと考えるため、飯田の説には同意しない。

ツンデレ」は言動まで類型化された属性である本来内面であるはずの照れ隠しの典型的言動はまさしく「こういうシチュエーションではこういう言動」であり、そこに人格を読者は感じられず、むしろ「お人形」として認識されると考える。

良いツンデレがあるとすれば、同じ典型的発言をするにせよ、そこに「葛藤と選択をする人格」があると読者に理解されることが要点と考える。ツンデレ喫茶バイト事務的発言する様を見て「ツンデレ萌え!」と興奮できるオタクがいないとは言わないが、ドン引きするオタクの方が多いだろう。

さて、さら飯田ギャップは「属性」についても適用できるとする((「属性」についての議論としては東のデータベース消費論などがあるがどうでもいいので無視する))。登場人物へは二つの落差のある「属性」を付与することが効果的だと飯田は言う。例えば「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」における「モデル」と「オタク」という組み合わせを挙げ、「モデル」が持つ華やかでリア充イメージと「オタク」が持つ根暗コミュ障イメージを同一人物に同居させることで意外性を与え、興味を喚起できるとする。なお当然ながらこの手の単純な「属性」の組み合わせはそれ以上工夫する余地が無く、すぐに陳腐化する点は飯田自身が指摘するところである

このギャップについては、陳腐化しやすい「属性」の組み合わせよりもその個別の設定においても有効機能する。

例えば「とらドラ」における「目つきが悪いヤンキー」かつ「家庭的で親切」という主人公の設定、「小柄で可愛い」かつ「家事は苦手で暴力的」というヒロインの設定はそれぞれ落差のある設定だと言えるだろう。これは個人的レベルでのギャップであり、また同時に登場人物間のギャップにもなっている。

西谷主人公ヒロインを組み合わせると完全な人格になるよう相互補完関係を持たせること、また主人公には対照的な人を親友として持たせるのが好ましいとする。しか主人公ヒロイン親友という限定した関係に留まらず、主人公格として機能する集団を想定し、それぞれは別の仲間とその設定にギャップをつけること、というように拡大解釈可能だと筆者は考えている。

投稿文字数上限により、下記へ続く

ワナビに向けたラノベ創作技術論の整理と俯瞰3

2014-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20141102114626

これのブコメ

harisenbon_fukurahagiの

http://b.hatena.ne.jp/harisenbon_fukurahagi/20141102#bookmark-233591262

実際本当に交際相手として魅力的な人って、合コンとか紹介ですぐに出会いが見つかるからね。単純にスペックが高い人はfacebook出会いなんかもあるだろうし。ナンパするのは、それに該当しないギラギラさんだからなぁ…

ナンパを全肯定するわけじゃないけど、○○出来ない人は問題ある人みたいな解釈臆面もなく披露するのは完璧超人か何かか。

2014-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20140607063055

たまたま友人の多くがそのパターンですが、

1)外国人高学歴ないしは、帰国子女高学歴とお付き合いしましょう。他は基本無視して構いません。25-30歳ちょいぐらいのほうが精神年齢釣り合うかもしれません。彼女たちは大人ですので。

2)お子さんが授かったらその時から第二の人生のはじまりです。

3)子育て最高に面白いです。養子も同じように良い(そのあたりの感覚外国人高学歴帰国子女高学歴にはあるので疲れない)ものですが、がんばろう、って気になりますし、仕事の幅も広がります

自分若い時に結婚したので全然違うパターンですが、完璧超人で一生結婚しないかなと思ってた人々が割りと良いパパやってます

2014-04-13

ストーリー性のあるエロを読みたい

ダメさと魅力を両方持ったキャラ同士のストーリー性のあるエロを読みたい

凡人と完璧超人異性の組み合わせはもう飽きた

腐女子百合

腐女子名誉男性母親から「女は嫉妬深く非生産的、世の中は男が回している」「オシャレはバカ女のすること」という教育を受け、灰色やカーキ色のユニクロしか着られないオシャレコンプレックス女。女なのに女性嫌悪小学校高学年で腐を発症して以来、大学生になるまでBL依存

百合厨:運動音痴虚弱な身体のせいで、男子から下に見られ女子から無視されてきたのがコンプレックスの男。いじめっ子への嫌悪感自己嫌悪によって「男は汚くて臭くて乱暴」というイメージを持ち、美しい世界百合に求める。

共に「自分性別は醜い性別、異性は清らか」という強烈な思い込みを持っている。腐女子は「BLは醜い自分関係ないから素晴らしい」と思っているし、百合厨も「百合は醜い自分関係ないから素晴らしい」と思っている。そんな二人が大学オタクサークルで知り合って、お互いに性的に惹かれてしまったら自己嫌悪が凄そうでよい。

セックス依存症男と学者

セックス依存症男:両親に構ってもらえず、学校必死に注目を集めようとした結果、常に何らかのキャラを演じるようになった男。相手が求めるキャラを察して演じ分けるためモテるしかキャラを演じて居ない素の状態を見られて振られると自我崩壊する気がして恐ろしく、恋人など継続的関係が築けない。

学者女:学者ばかりの家系に育ち、他の選択肢を考えず学者になった女。会話の雰囲気を読み取るのが下手で、察しが悪いと言われることが多く、周囲からなんとなく距離を置かれている。特に子供とは会話が成立しない。

コミュ力が並外れて高い男と、ゼロに等しい女の組み合わせ。学者女が本を出すことになり、セックス依存症男が編集者として出会う設定など面白いと思う。セックス依存症男が学者女と関わる中で己の依存症を問題視するようになりセックス断ちを目論む中、学者女がセックス依存症男に対して性欲を覚えはじめて困惑したりなどすると大変こじれてよい。

読書家の中学生男女

中学生向けカルチャーと言えばボーカロイドライトノベルアニメになってしまい、明るいノリのヤンキーも楽しんでいる。自分たちは頭のレベルが違うんだセンスが違うんだと思いたいある中学生男女は、古典文学教室内でこれ見よがしに読んでいる。そして共に図書委員になり、おすすめ小説を貸しあうようになる。古典文学芸術、を隠れ蓑にして、性的な内容を含む小説のやり取りもするようになる。表面的には動揺を見せず感想を述べ合う二人。

SE男とデザイナー

女性向けモバイルウェブサービスの改修を手がけることになり、クソコードに手こずるSE男とデザイナー女の共闘。デザイナー女は彼氏持ちで可愛く、ややサブカルスイーツ臭。SE男はインターネットアニメ評論家ブラック労働デザイナー女が彼氏に振られ、半分ヤケクソで仕事に打ち込むようになり接近する。泊り込み仮眠などがイベント性交とそれぞれの転職成功がゴール。

 

だんだん雑になってきたけど例に挙げたものの共通項って伝わってるかな

こういう誰が見ても「めんどくせえなあ」ってなるようなエロが読みたいんだよ

「UZEEEEEEEEEEE」と、でも嫌いにはなれない無視は出来ない他人事とは思えないみたいなそういう

2014-04-02

http://anond.hatelabo.jp/20140402083933

ちょうど自分が考えていたのと微妙に似たような事が書かれていた。

男児の半数がマトモじゃない」ってのは極端すぎじゃないかと思うけど、統計的事実として犯罪者の約8〜9割が男性であり、育てづらく本人も生きづらい発達障害者割合は男女比が4:1以上と言われている訳で、男児女児に比べて能力が極めてピーキー子育て上級者向けだ。

運が良ければ女児より優秀に育つ事例が多い一方、犯罪者になる確率引きこもりニートになる割合発達障害を抱えて産まれてくる可能性も大きい。


自分子供は欲しくない。元増田と同様の理由で「どうしても作らなければならないとしたらどっちがいいか」と考えると女児を望んでしまう。

娘なら孫を遠慮なく可愛がれるとか、息子は嫁に取られるから嫌だなんて贅沢は考える余地もない。よその娘さんが貰ってくださる程度の常識的な男に育てられたなら大成功の部類だと思っている。

  • 可能であれば健常者であって欲しい、せめて将来独り立ち出来るだけの先天的能力を持って産まれて欲しい
  • 正社員でなくてもいいから、成人したら自立できるだけの職に就いて欲しい
  • 配偶者孫の顔を見せろなんて贅沢は望まないから犯罪に走るなどして人様に迷惑をかけないで欲しい
  • 暴力を振るう、浮気をするなどして他人を傷つけるくらいならば二次元の伴侶と仲良くしていてくれた方が遥かに良い
  • あとは人に迷惑をかけない範囲で健康幸せに生きてくれたら万々歳

もし親になったとして、我が子に望むのはこのくらいだ。

女児ならばこの条件のうち不安なのは経済面くらいで、失敗したとしても「心を病んで本人が生きづらい」程度の範疇に概ね収まる。可哀想だが「心を病んで赤の他人無差別に刺し殺す」人間に育ち上がられるより遥かにマシだ。

けれど、巷にあふれる「まともじゃない男児」の成れの果てを目にすると、男児に関してはこのくらいのことを望むのすら僭越で、親として高望み過ぎるのではないかと思ってしまう。

暴力モラハラ浮気売買春もせず、低収入でも定職に就いていて、上手でなくとも家事をそこそこ出来、配偶者にその役割押し付ける事をしない。酒や賭博などに依存せず、多額の借金犯罪およびそれに準じる迷惑行為、無軌道な性生活といったモラルの逸脱にも無縁である

性別が女であれば比較的たやすく達成可能なこの程度の条件すら、男となると守れない者が多く出て来る。女ならば指弾されるはずの浮気買春などは、むしろ正当化される傾向すらある。

こんな危険な生き物をまっとうに育てる能力も自信も全くない。「妻子を大事にする家庭的なお父さん」などという完璧超人を育てるのに成功した世の中の男児の親御さんなど、一体どれほどのハイスペック超能力者なのかと頭が上がらなくなる。

結婚相手は選べるから「まとも」側の男性を選んで結婚すれば良いだけの話。

でも子供は選べない。もし子供が「まとも」じゃない人間であっても、一生強制的に付き合わないといけない。

自分で「まとも」な人間に育てればいいと言う人もいるだろうけど、人間なんだから親の思うがままに育つわけがない。


これは本当にその通りだと思った。

まあでも、女児だってとんでもないことをして人を傷つける酷いのはいるんだし、やっぱり子供なんてリスク要因は作らないに限るよなってのが本音

2014-04-01

クソキモ中年かまってちゃんのクソ日記

もうこれから先、一生、死ぬまで、彼女どころか女友達すら出来ないのではないか。と思う。

何故なら俺は現在27歳まで童貞であり、ウェーイ系男子でもないし、高収入男子でもないからだ。

例えばウェーイ系男子ならば、学生時代、厳密に言うと大学時代に培ったサークルスキルあげぽよトーク力)を社会人対応型へチューンナップすることで、ある程度の年齢までは穴ゲットに事欠かないのだろう。

大学行ってないからよく知らんけど。

あるいは、高収入男子完璧超人タイプもしくはガリ勉三さんタイプのどちらかに別れるにせよ、

いずれにせよ絶対的な『金』の力によって女を屈服させることは容易であろう。

対して俺はどうか。

見た目:しょっぱいおっさん、中身:真面目が取り柄のつまらおっさん年収雀の涙

これで喰いつく物好きな女がいるだろうか?

いやもしかしたらいるのかも知れない。

けれど、その女が俺の好みのタイプ現在フリーで尚且つ俺と出会う可能性はどれくらいあるのだろうか?

今日、久々に若い女性出会った。

可愛いくてしっかりしていて愛想が良い。

少し年上だけど全然無問題

俺は一生懸命しかけた。

かいける気がした。

けれど、やっぱりというか何というか、彼氏持ちだった。

そうなのだ。この年で出会うそれなりにクオリティの高い女性はもれなく予約済なのだ

うそれは絶対の理のごとく。

まり

①まず俺の好みで

②更にフリー

③俺に少しでも好意を抱いてくれる女性

出会える可能性ってもしかして限りなくゼロに近いのでは?

ということを俺は主張したい。

主張してどうなる?いいから行動しろや。

と、行動原理主義者は説教してきやがるけれど、

俺はもう27年なんだよ。

6年前に初めて出来た彼女(現状最後彼女)が別れ際言い放った言葉を教えてやろうか?

「人としては好きだけど、男としては違った」

だぜ?

まり、実質27年、俺は女性に男として好かれた経験がないのだ。

そんなんでどうやって希望を持てと?

会う女性ほとんどが彼氏持ちで、たまにフリーな女はどこかしらおかしいし(見た目も中身も)、

俺は俺でやっぱりどこかおかしくて、女性からするとどうしても受け入れがたい何かを持っているのかななんてことを

考えながら、否定しながら、それでも、次こそはなんて根拠の無いポジティブさを発揮しながらも

心のどこかでは「結局全て無駄なんだ」と確信している。

そんな駄目な自分に酔いしれることで何とか今日まで生きてきたけど、

自分に酔いしれている俺みたいな野郎はやっぱりとことん気色悪いなと気付き始めてしまって

自分の心の置所を見失ってしまっているようなそんな今日このごろだから

もういっそ全部投げ出してしまおうかと思うこと自体も単に駄目な自分に酔っているだけであって

結局目の前の苦しみから逃げているに過ぎないのである

結論としては、悔しいけど行動原理主義者の言うとおり、とにかく出会いの場に顔を出すしかないと思う。

何度もろくでもない目に遭いながら。周りの奴らは別にそこまで惨めな思いをしなくても割と普通に恋人くらい出来た(運転免許証を手に入れるくらいの難易度で)

という現実を受け入れつつ、それでもやるしかない。

俺は人よりどっかおかしくて、普通にしてたら彼女どころか女友達すら出来ないような人望しかなくて、そういう人格の保有者だけれども

そんなクソキモ中年かまってちゃんでも愛せるよという奇特女性を探す極めて困難な旅に繰り出すしかないという圧倒的絶望感を胸に抱きつつ、

もう少しだけ生きるんじゃよ。

2013-11-18

親を批判しちゃいけない風潮なんなの

まず育てて貰ったし、学費や食事の面倒、小さいころはトイレの世話までしてくれて、

恩義も感じている。そして親からはたくさん学んだ事がある。

こうしてPCカタカタやってる自分を生んでくれた両親に感謝したい。

ただ、親も人間特に自分が嫌だったのは、以下の3点。

飲酒の際にヒステリックに「勉強し!」と怒鳴る(母)

 →以来、ほとんどの女性ヒステリックなんだろうと思うが、

  キレる女性にかなり嫌悪感を抱くようになった。

  2ヶ月前にそれが原因で女性を振ってしまった。

・褒めない(父)

 →怒られてばかりで批判されてばかりだった。

  そのせいで頑張ってもどうせダメなんだろ…とハナから諦める

  癖が出来てしまった。今はその悪癖を矯正しようと苦闘中。

  小さい頃からプロセスや結果を認められる事で承認欲求を満たす経験は、

  のちに自助努力が出来るかどうかの分水嶺かと思う。

矯正出来ずにガタガタになってしまった歯を放置した(母、父)

 →100万単位お金小学生中学生が用意する事は難しいため、

  やはり親のせいだと思う。笑顔可愛いと言ってくれる女性もいるが、

  社会人としては歯の矯正してないと印象は悪い。

  また、上に行くほど外見には気を使わないといけない。


今は上の3点を気にして生きている。

親も万能では無いし、ミスもする。その事が分からなかった時代は、

上記3点の件でなんでこんなに自分ダメなんだろう?と内に原因を求めすぎていた。

親か?と考えるだけで罪悪感を感じていたあの時代

でもその事を口に出したりはしない。親は50代前半で隠居の準備を始めているため、

「今更何を…」と余分に苦しめるだけだ。ストレスはかけたくない。

成人に、いや高校卒業と同時にこれらは自分の問題になるのだ。自分が解決するしかない。

まり上記3点については、

そういう女性を選ばない・部下は褒める(独身ですので)・矯正資金を貯めるという事で解決していくのだ。

最後に僕が上記3点を解決したからと言って、将来子供が生まれて

完璧子育てが出来るかと言われればそうではない。

例えば、承認しすぎや怒らなさすぎで子供が増長してしまったり、

思春期矯正器具を付ける事で子供トラウマを植え付けてしまう事もあるだろう。

(僕の子供が別の原因で同じエントリーを書くかもしれないね。)

結局、子供はこれら親の教育の弊害について、尻拭いをしなければならないのだ。

かなり頑固な問題が多いが、根気よく向き合って、緩和して、直していく。

仕方がないし、もう自分の問題なので、あまり考えないようにしないといけない。

親は完璧超人ではないのだ。批判してはいけない理由などはない。

ただし、高校卒業をしたら自立していかねばならないため、言う資格が無くなる。

長々と書いた。この後、この文章の100倍ぐらいの数の両親との思い出や感謝については割愛する。

2013-11-11

http://anond.hatelabo.jp/20131111033429

一般的常識=「親の躾」「周りを慮る余裕」「IQ」「人生経験値」「記憶能力」「職場での礼儀作法

コミュ力」「SPIが楽々に解けるくらいの学習能力

単にその人が馬鹿にしつづけたいだけか、平均値に上記のどれかの常識力が追いついてないせいでその人に精神的に負担かけているか

自称完璧超人人生に余裕が無い時ってストレス解消に自分よりも力の欠けた下等超人を「愚か」だと言っていたぶりにくるのはSNSでもリアルでもガチ

それ見て「ごめんね~^^(ああ今余裕が無いんだな、よしよし~)」とさらりと流している 治せそうなものは治すよう努力しているけど

限界値と言う物はあるので至らないものは「生まれてきてあいすいません^^来世にご期待ください」と思っている

頭の良い人は「やる気を出せば人生が変わる」「ポジティブ至上主義」な事いっている時あるけど

他人の頭の限界値は考慮せずに考えるところがアレだ 

頭がぽややんとしている下等超人が幾ら頑張ったって

努力したところで一般的常識オレオレ基準)完璧超人の足元にはとうてい寄れない

だって完璧超人を下等超人がしのいでもその事実完璧超人が認められるはずが無い

サンドバックとしての役割を期待されているのだから

頭が良くない状態から急激に頭が良くなっても『アルジャーノンに花束を』のチャーリーと同じようになるだけ

 完璧超人をおだてて気持ちよくこちらに都合の良い方向に動いていただけるように研いだ心と知能は隠しておこう

普通」以上で「自己啓発」好きの人達は「普通」にはどうあがいてもなれない人の存在や他人の「ネガティブ」な気持ちなど

理解しようともしやしない 見ることさえここにネガティブなことを書くことさえウザがる そんなもんさ

その完璧超人は「常識が無い」というありきたりのテンプレ言葉で他人に常識を説く前に「人間」として無くしてはならないモノを無くしているね

2013-10-27

最後は好きか嫌いかで決まる

大手企業の総務で人事していました。今は田舎に帰って「人生の楽園」みたいな生活をしています

総務での主なお仕事の一つに、役員の方々にお見せする新人ピックアップすることというのがあった。

別の言い方をするといくつかの応募チャンネルからこちらの部署責任選考した人を上の方々にご提示するということ。

2次選考くらいまで通ると、総務対役員みたいな様相になってくる。

総務の責任で、この人なら大丈夫太鼓判を押した人なので、家庭環境がどうのとか学歴がとか大きな声で反応よく受け答えができるとかそういう基準は、通過した精鋭たちだ。

この後、どうなるのかというとまずは、だれそれの親戚とか役員学校の後輩だとか、取引先の誰々のプッシュがとか、野球部入っているとか、役員の人の好みで選ぶ。

役員の人が女性だと、あのコかわいい男の子扱いで選ぶことすらある。逆におっさん役員なら美人から採用とかもある。体が丈夫そうとか文句言わない感じというのも重要かもしれない。

それでも枠に余裕があると、今度は、占いの要素を取り入れる。

誕生日旧暦に直して、古の占い本を読み始めたり、姓名判断で占ったりする。

一応、念のため最初役員が選んだ人も姓名判断占いをして、いい結果が出たことをそれぞれの役員が誇らしげに語ったりする。


仕事のついでにその占いの本で、おいらの誕生日を確かめてみた。

すごく好人物っぽく書かれていて驚いた。完璧超人かよ。

これで採用されたのかとも思った。

資格とったり、意識の高い行動を取ったりと努力してきたのだが、決め手は占いだったのか…。

2013-09-14

http://anond.hatelabo.jp/20130914230855

横だけど。

「お前の親って完璧超人?(そんなわけないよね?)」

「いや、そりゃそうなんだけど(そりゃ、完璧超人じゃないよ)」

言葉の裏にある(  )部分に対して答えるからずれるんだよな。

まあ答え方が少しおかしいとして、「俺の親は完璧超人です」と常識的、文脈的に言うわけがいか普通は「親は完璧超人ではない」ということを意味していると普通に読めば分かる。

http://anond.hatelabo.jp/20130914230346

お前の親って完璧超人

いやそりゃそうなんだけど、

これが反意の意味だとな?その前後にそうなるような言葉もなしに。

アスペルガーってこんなかんじで自分の思ってることは相手も同じことを100%思ってる、

って思って引かない所が困るんだよな。

自分は1から10まで説明されないとわからないのに説明しないほうがおかしい、とか言うくせに。

もう自己中なんだから

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