「「ときめき」」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 「ときめき」とは

2019-08-10

やあ (´・ω・`)

ようこそ、バーボンハウスへ。

このテキーラサービスから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このキーワードを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない

「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい

そう思って、このキーワードを作ったんだ。

じゃあ、注文を聞こうか

2019-05-05

1999年春アニメ1話ほぼ全部観たか感想書く

∀ガンダム

 放送局フジテレビ

 5年ぶりの富野ガンダム。今の所ガンダムというよりもイデオンブレンパワードに近い匂いがする。牧歌的世界観とは裏腹に随所に不穏な空気が漂っているが、登場人物の表情には活力を感じる。1話ラストの「地球はいいぞー」のシーンからものびのびとした爽やかさがあり、Vガンダム終盤にあった抑うつ気分に満ちた作風からすっかり立ち直ったのを感じる。同時に、この穏やかな世界をこれから戦争という火の海に投げ込もうとすることへの恐ろしさもある。物語が終わったとき地球がどうなっていることやら。

 メカニックデザインブレードランナースタートレックで知られるシド・ミードが迎えられており、今までに発表されたMSはどれも艶めかしさとレトフューチャーが混ざりあったどこか人間味溢れる機体ばかりだ。1話冒頭に登場したフラットも手足の動きから人間じみた表情が伺え、「相手ザクなら人間じゃないんだ」と斬りかかるのは躊躇われるような作り込みがされている。

 1話は戦闘シーンではなく徹底した日常シーンの描写により、登場するキャラクター戦争ゲームの駒ではなくあの世界で生きる1人の人間たちであることが強調されていた。ロボットアニメありがちな、まず最初ロボットがあり、その為に戦争が生み出され、最後にそれを行わせるための人間が生まれるという作品とは一線を画している。時代時代なら玩具メーカーから怒られそうな作品だが、これが作れる所まで来たのだからアニメ業界もまだまだ捨てたものではないな。

To heart

 放送局UHF

 恋愛シミュレーションゲーム原作とする恋愛アニメPS版も発売されて勢いにのる中でのアニメ化。お色気要素よりも幼馴染との恋愛をじっくり描く方向にシフトして純愛っぷりをアピールする戦略の模様。

 現状の展開が続くようなら、神岸あかりが好きじゃないとこのアニメはそこまで楽しめないんじゃないかなって気がする。まだ話は始まったばかりなんだけど本当に強くそう思う。正直言うと自分マルチの方が好きなんだけど、ここからマルチ志保が入ってきてハーレム展開になって、それで最後マルチが選ばれたとしても、俺は素直に喜べない気がする。このアニメ見て改めて思ったんだけど、ギャルゲーの幼馴染は皆が心の中にある「俺にも居たかも知れないメインヒロインとしての幼馴染」の幻影を描いているんだよね。両腕がくっついたミロのビーナスの幻影の如き、もしかして自分の傍らに居たかも知れない幼馴染の幻影を。妹ゲーが「俺にも居たかも知れない最高の妹」っていう幻影を描いているの同じかそれ以上に。作品によってはそれをあえてひっくり返してくる天の邪鬼もいるんだろうけど、それもこの基本があってのことな訳で。

 このアニメToheartにおける神岸あかりはまさにその「居たかも知れない幼馴染」が描かれてる。運命の恋が物凄いゆっくりと、そして確実に進行していってる様子が伝わってくるんだよ。これでくっつかないはずがないと分かるんだけど、それがいつなのかは分からないじれったさ。

コレクター・ユイ

 放送局NHK

 電脳空間舞台にした魔法少女モノ。CCさくらアキハバラ電脳組中間みたいな感じ。狙ってる客層的にもCCさくらと一緒で大きなお友達子供の両天秤の模様。戦う魔法少女モノは昔から全年齢層向けで鉄板っちゃ鉄板だよね。

 サイバー系の作品には珍しく主人公パソコンおんち。一昔前はこういうのってパソコンマニア主人公になるって法律で決まっているような状態だったので新鮮ではある。デジタルがそれだけ身近になってきたということなんだろうけど。作品としても「コンピューター世界に、悪いことをしている人達がいる」という設定であり、今までによくあった「悪いコンピューター世界」を舞台としているようなデジタルのものを悪し様に描くような作風でなくなってきているのも時代の流れを感じる。

ベターマン

 放送局テレビ東京

 ガオガイガー世紀末の怪電波突然変異したようなアニメ。なんかよく分からないけど多分最後までよく分からない系のアニメで終わりそう。シリーズ構成To heartと同じ山口宏なんだけど……多芸だなあ。

 







やあ (´・ω・`)

ようこそ、バーボンハウスへ。

このテキーラサービスから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このマスタイを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない

「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい

そう思って、この増田を立てたんだ。

じゃあ、注文を聞こうか

2019-04-14

やあ (´・ω・`)

ようこそ、バーボンハウスへ。

このテキーラサービスから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、あの記事を読んだとき、君は、きっと言葉では言い表せない

「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい

そう思って、あれを書いたんだ。

じゃあ、注文を聞こうか

2019-04-11

研究者志望者が自らの命を絶つニュースを聞くたび思う

偏った見方だとわかってる。こんな思考バカだとわかってる。

それでも、研究の果てに純粋人生を終えられたことを少しだけ羨ましく思うんだ。

僕は「食えそうだから」と工学部無難学科に入って、「いまは働きたくないから」という理由修士に進んだ。

それから、「いつか美しいものを求めたい」、「金のためにスーツを着ておべっか使うクソリーマンになりたくない」という理由でそのまま博士になった。

入ったからには学位が欲しくて(取ってみたら、そんなもの何の役にも立たないのにね)必死論文を書いた。

自分研究したいと思うことはいつも理想論で散発的だった。それで、論文としてふさわしいかを考えるようになっていた。

論文というのはなにか自分「ときめき」から離れたところにあって、自分を縛っている気がする。

大学院に入るときには「いい人」に見えていた教授が「人の気持ち理解できない守銭奴」に思えてきた。

学位を取ったら、教授から逃げ出したくて高専へ抜け出してみた。ここではないどこかへ行きたくて、高専教員に「でも」なるかと思った。そして、業績は少なくて高専教員に「しか」なれなかった。

高専に行ったら、外から研究者扱いされて、中では高校教師みたいな仕事をさせられた。アイデンティティクライシスがあった。とにかく研究費が欲しくて応募しまくった。科研費も当たってほら吹きがうまくなった。だんだんと、高校教師に甘んじていることに耐えられなくなった。だから研究がしたいんだと自分をだまして研究に打ち込んだ。勢いだけで大学公募に応募して運よく受かった。

気が付けば大学教員になっていた。アホみたいな事務が投げてくるクソ事務仕事とか、会議は踊るされど進まず委員会とか、論文にもならない卒研指導とか、目の前に差し迫るタスクを薙ぎ払うだけで精一杯だと感じる。

気が付けば、一応飯が食えるようになっていた。だけれども、じぶんが何をしたいのかわからなくなっていた。研究論文のため? 論文は生き残るため? じゃあ、なんで研究やってんだ。あれ、何を明らかにたかった。どこかにあるはずの「ときめき」を求めてあらゆる妥協と工夫を重ねてきたのに、たどり着いた先には何もなかった。

自分は穢れてしまった。それゆえに純粋さを渇望し、嫉妬さえしている。

2019-03-09

anond:20181102221852

やあ (´・ω・`)

ようこそ。

このサントリーCCレモンサービスから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、アベベを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない

「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

小学惑星では、そういう気持ちを忘れないで欲しい

そう思って、君を呼んだんだ。

じゃあ、注文を聞こうか

2019-01-18

近藤麻理恵と本に関する議論に潜む無視できない階級意識人種差別

原文:https://www.bustle.com/p/the-marie-kondo-books-debate-has-classist-racist-undertones-that-cant-be-ignored-15796044

近藤麻理恵は一冊目の本である人生がときめく片づけの魔法」が2014年アメリカ出版されたときから社会現象であり続けている。「日本の片付けと整理の術」を詳しく記したその本は、コンマリ・メソッドまたは「Kondoする」と呼ばれる、持ち物に触ってときめきを感じる(it sparks joy)かで判断する片付け法を誕生させた。しかし、やはり近藤の人気が急上昇したのはNetflixで「近藤麻理恵とお片付け」(邦題:KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~)が放送されてからだ。ところが、この人気の急上昇により本にまつわる予期せぬ騒動が発生した。著述家であり「We Need Diverse Books」(多様な人種の子供に向けて本を与える活動をする非営利団体)の創設者の一人でもあるエレン・オーを含むSNS上の大勢の人々によれば、近藤への反発には明確な人種差別と階級意識の要素が含まれているという。Bustle(訳注:原文の掲載サイト)はオーにコメントを求めた。

韓国系でありながら子供時代日本で過ごし第一言語日本であるオーは次のように語る。「近藤麻理恵への反発が発生してからというもの、ずっと意図的に誤解している人々に嫌な思いをさせられています最初文化の違いのせいかと思いました。特に翻訳によって生じる問題についての意識のなさです。アジア言語英語とはかなり違います。どうやってもうまく翻訳できない言葉もあります」。ところが、オーが「人々が意図的近藤を誤解している」と確信するに至るまで長い時間はかからなかった。

すべての始まりはこうだ。Netflix番組の第5話で、近藤若いカップルが本を片付けるのを手伝う。番組の中で、そして著書の中で、近藤コンマリ・メソッドで蔵書を片付けるやり方について広く語っている。Deseret News記事に書かれた近藤が語ったことの要点はこうだ。読んでいない本や、いつかもう一度読むかもしれないという思いにとらわれている本がたくさんあるのなら、それは捨てるべきだ。また近藤は、もしほんの一部だけにときめきを感じるのであれば、一部のページだけをちぎって残すことも薦めている。

Twitter上での否定的な反応はすぐに発生した。

小説家アナカナ・スコフィールドはすぐさま近藤の本を捨てるやり方にSNSで憤慨したうちの一人だ。スコフィールドは「近藤麻理恵だかコンマリだかの本に関する意見に耳を貸すな」とTwitterに書いた。他の利用者たちもすぐに続いた。そのうちの一人であるジェニファー・ライトは「この女はモンスターだ」と既に削除されたツイートで記した。このツイートは「理想的には蔵書は30冊未満にしましょう」という吹き出しが書き足された近藤写真に対する返信として書かれたものだ。ワシントンポスト掲載された書評家のロン・チャールズの「近藤麻理恵よ、おまえのトキメキお片付けは私の本の山には無用だ」をはじめ意見記事もいくつか出た。

しかしこの「理想」の蔵書数は30冊というのは、いったい何なのだろうか?この数字は、近藤コンマリ・メソッド自分の家を片付けたときに使ったものだ。「人生がときめく片づけの魔法」で、近藤自分の蔵書は30冊にするようにしていると書いている。しかし、近藤は誰もがこの30という数字を使うべきだと言っているわけではない。重要なのは近藤は一度も本をすべて捨てるべきだなどと言ったわけではないということだ。Refinery29のインタビューケイト・ムンロは近藤に、ガラクタの山や、本で破裂しそうな本棚ときめきを感じる人はどうすればいいのかを尋ねている。近藤は次のように答えた。

家がちらかった状態でもそれで本当に快適なら、それは良いことです。なにもおかしくありません。その上で、それぞれの物に決まった場所を割りあてたり、それぞれの物がどれくらいの量あって、必要な量はどれくらいなのかを把握したりすることをおすすめします。こういう意識を持つことは大事だと思います


オーは、アナカナ・スコフィールド近藤についてのツイートの後で書いたガーディアン誌の記事を、自分意見に合わせるために近藤言葉意図的に誤解している例の一つとしてあげている。「ときめき(spark joy)という表現が過剰に強調されていて、その言葉近藤が本当に伝えようとしていることが置き去りにされています」。「ときめき」は実際には喜び(joy)と同じ意味ではなく、鼓動や興奮や動悸を意味する。この基本的なことさえ理解すれば、本は喜びだけでなく挑戦や動揺を読者に与えるべきだというスコフィールドの主張が無意味だということがわかるだろう。「ときめき」という言葉意味するのは、本が読者に挑戦や動揺を与えてそれが良い反応をもたらすのならとっておくべきだということなのだ。

オーはさらライトが削除されたツイート近藤を「モンスター」と呼んだことについて言及する。「意図的な誤解は、近藤の助言はそもそも片付けをしたいと思っている人に向けられたものだという事実から目をそらすことから始まっています。片付けをしたくないなら、助言に耳を貸さなければ良いだけです」

近藤への反発は、近藤の流暢でない英語や、独特の言葉かいからかうことまであらゆることに及んでいます」とオーは語る。「ときめきという概念を笑いの種にするたくさんの画像を見て、私の両親が話す片言の英語意図的に誤解しておちょくってきた人たちのことを思い出さずにはいられませんでした」

今回の本を片付けることについての議論には、ある種の特権も絡んでいるとオーは語る。

階級意識エリート意識、たくさんの収納がある大きい家に住めるという特権。私には近藤への反発が何を根拠にしているのかはわからないけど、反発している人たちが特権的な立場にいるということはわかります」とオーは言う。「たくさんの本を持っていなければ賢い人間だとは言えないというエリート意識経済的階級意識です。かつて貧しかたころ、私が持っていた本は10冊もありませんでした。だから図書館は私にとって安らぎの場所だったんです」

以上の点について声を上げているのはもちろんオーだけではない。Twitter利用者ジョナー・ヴェンは一連のツイートで、コンマリ・メソッド本来目的に対する一般的無知についてこう書いている。「コンマリへの批判ネタ画像は、アジア、とりわけ日本文化や影響への無知により、目立たないが本質的人種差別的なものだ」

近藤への反発の人種差別的な側面についてSNS上で反応している人々は他にもいる。作家カットチョーツイートで「有色人種モンスターと呼ぶのはやめてください。既に社会の隅に追いやられている人たちを、人でなし扱いするような言葉を使わないで」と書いた。そして著述家ピューターセレステは「アジア人の女性を不当な理由からかうことに何の意味があるんだ?近藤麻理恵じゃなくてマーサ・スチュワート相手だったとしてもこれ以上続けるのか?違うだろう」とツイートした。

かに、本を捨てるという行為一部の人々にとってかなり感情を動かされるものだし、本の一部をちぎると図書館学校非営利組織などに寄付して役立ててもらうこともできなくなる。しかし、とどのつまり近藤の助言に対する反発は、近藤とは関係がない。むしろそれは、一部の読書家が、自分読書家としての自意識を維持するために必要だと考えている、本を所有するという行為近藤侮辱したという誤解に基づく怒りなのだ

近藤を支持している読書家もたくさんいる。Twitter利用者アレクサンドラダンカンツイートで「驚くかもしれないけど、図書館員として家の本棚コンマリ・メソッドで整理することを100%支持します」と書いている。

しかしたら年明けは、物理的な片付けについてだけでなく精神的な整理についても完璧な時期なのかもしれない。読者の皆さんも、ぎゅうぎゅうに詰め込まれ本棚のものと、本に書かれた内容とどちらにときめきを感じるのか、自分に問いかけてみてはいかがだろうか。

2017-11-19

バーボンハウス

やあ (´・ω・`)

ようこそ、バーボンハウスへ。

このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このスレタイを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない

ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい、

そう思って、このスレを立てたんだ。

じゃあ、注文を聞こうか。

2017-09-16

ときめきメモリアルのこと

「ときめき」って呼ばずに「ときメモ」って呼んだら袋叩きにされてた記憶あるけど

今はそういうことないの

ときめきメモリアルの語感の良さ

ときめきアイドル」という言葉には「ときめきメモリアル」にあったセンスを感じない。なぜか。

改めて考えると、「ときめきメモリアル」という言葉はとても語感がいい。

まず「ときめき」という響きがパワーを持っている。「とき」「めき」と、「き」を繰り返す韻律を持っている。

その後に「メモ」が続くのがよい。「き」の韻律から「め」の韻律へ展開して期待を煽っている。

と思ったら「リアル」で締めるのがなんといってもすごい。「ときめきめも」までなら日本語でもありえる音韻だが、そこに「リアル」という日本語にない音が続くことで、実は「メモリアル」という外来語だったことが判明する。ここで2文字リズムから3文字リズムへ広がるダイナミズムもすごい。

もし初期案の「ときめき」で発売されていたらここまでヒットしなかったのではないかとさえ感じる、見事なタイトルである

2017-01-23

EGコンバットFinal発売決定!!!

やあ (´・ω・`)

ようこそ、バーボンハウスへ。

このテキーラサービスから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このタイトルを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない

「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

殺伐とした増田の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい

そう思って、この増田を書いたんだ。

じゃあ、注文を聞こうか

2016-08-27

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160826-00000094-jij-pol

やあ (´・ω・`)

ようこそ、バーボンハウスへ。

この公的年金赤字サービスから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

 

うん、「また」なんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

損をしているのは一般国民であって公務員議員には関係いからね。

 

でも、このニュースを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない

「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい

そう思って、サービスしたんだ。

 

じゃあ、さらなる年金強制徴収増税を行おうか。

2015-09-10

私が乙女ゲームにハマった理由

乙女ゲーとは、女性向け恋愛シュミレーションゲーム総称

多数の魅力的な男性と恋をするゲームだ よく広告出てるよね

CM流れると、茶の間凍る、アレ



「いや、これがなければ結構真っ当な人生歩めてた気がする」

乙女ゲー片手に、たまにそう言ってしまう私だけれど、実は違うのだ。

ついつい好きなのに乙女ゲームにそう言ってしまう私はきっと万一、三次元彼氏が出来ても

周りに彼氏の悪口を吹聴する嫌な嫌な女なんだろうなあと自己嫌悪する。まあ彼氏できるビジュアルじゃねーんだけど。

私は俗に言う「変な子」だった。

赤より青が好きだった。小学校の頃、写生会のためクラスで画板を買うことになった際

赤と青の二種類が選べたのだが、私は青がいいと青を買った。

が、ほかの女子は全員赤だったため、届いた画板の色が一枚間違っていると騒ぎになった。

別に男性願望があったわけじゃない、サンリオの白い魔物シナモロールにどハマりしていて、

そのシナモロールイメージカラーが水色だったため、赤より青がナウいと思ってただけ

そんな些細なことなんだけれど、そんなことが重なって、だんだんだんだん周りと食い違ってきた

正直小学生の私はそこそこ可愛かったんだ 今は見る影もないけど

正直小学生の私はとっても優秀だったんだ、全校朝会で褒められるくらいには

いじめられたよね

いろんな頑張った手柄とか横取りされたよね

今では見る影もなく屑になった私が、いろんなこと理解した私が

「ああ、かわいそうだなあ昔の私」って思うくらいには、色々された。

あのころみたいに純粋じゃないから、いま「いじめられた私」は私じゃなくて

遠いどこかの可哀想なひとだと思ってしまう。思い出しても一ミリも悲しくならない。

私の小学校時代はあって無いようなものだなあって思う。

まあこんなこと書いたけど、やっぱり「変な子」の頭角幼稚園、いや乳幼児の頃から出てたんだ

うちのお母さん、私のこと、とっても大事にしてくれてた。今でも大好きだ。

私は幼稚園の頃、遊んでるおもちゃをそれであそびたいと言われたらすぐ譲るし取られても気にしないタイプだった。

からおもちゃを取る男の子のお母さんがうちのお母さんに

「こんなに弱かったらこの先どうしようもないわよ。うちの子みたいに強くならなきゃ」ってイヤミを言って来た時に

「優しい子を優しいまま育てて何が悪い!」ってちょこっとキレてくれたの、本当は嬉しかった。

うちのお母さんは、私を「にこにこ、ぽやぽや、やさしい良い子」に育てた。ちょっと家ではわがままだったけど。

人と違っていいって言ってくれた、私が青い画板が欲しいと言ったら「本当にいいの?」と一度聞いただけで買ってくれた。

私も「人と違う自分」に自信をもって生きてた。

いじめられた時も、一緒に戦ってくれた。お母さんは当時ストレスで禿げた。

まあ相手の親は「うちの子いじめるわけがない」とかだったし

3、4年の担任先生はうまく対処してくれたんだけど、5、6年の時の先生がま~いじめ対処下手で下手で

何故かHRで教壇にいじめた奴じゃなくて、私を出してどーたらこーたらしたりまあこれ以上言うと愚痴になるわ

って調子だったんだけど(当時の私はふええ><って感じでピーピーしてたけど今思うと色々酷い)

でうちのお母さんときめきメモリアルが好きだったんだけど(超唐突

ときめきメモリアルGSっていういわゆるときメモとは逆の逆ハーしてる

主人公が女でイケメン攻略する恋愛シュミレーションゲームPS2で出てた

出てたの気がつかないで数年経って、古ゲーム屋でそれを発見した母、中古で買った

母、もちろんハマった

母は私にやってみ?って勧めるけどあれR12から当時11歳だった私はできない

リメイク版がDSで出てたから、それを12歳の誕生日に買ってもらうことにした。

ごめん 恋色沙汰に一切首突っ込んだことないんだ

ときめきとか言われてもわからない 友人とそういう話したことなから

恋の話とか、マジでからない、っていうかいろんな話友人と話しても「共感覚」できない そもそも友人が少ない

ていうか恋以前に同年代の友人と共感することって超少ない

スーパーミラクルハイパースペシャルゴーイングマイウェイで生きた12年間(最後の3年くらい淘汰されてたけど)、

対人能力は5くらい(標準を100として)

そんな奴がときメモGSプレイするとどうなるか

葉月珪「・・綺麗だ、おまえ。・・・。・・・このまま俺と・・・。なんでも・・・。 」

葉月珪(作中の王子キャラ男性サイコーーーーーーーーーーーって感じに

なるよね、ならないか、少なくとも私はなった

これが恋のときめきか、これが、これがときめきかって胸に手を当て考えちゃったよね。

これが、物心ついてから初めて「周りと同じ感覚」を掴んだ瞬間だった。

今まで恋愛漫画を読んでもほ~~んよくわかんねえって思ってた、でも違うんだ

みんなこの胸がギュっってする感情!!!あーいう漫画読んで!!感じてたんだな!!!!!!!!

わかったぞーーーーーーーーーーー!!!!!理解した!!!!!!

幼き日の純粋な私、色欲理解するの段

その日からときメモGSは私のバイブルってか世間ってこうなんだ~とか一般常識判断基準になったし

「人と共感する為の感情の指標」はだいたいときメモGSから学んだ、自由に生きすぎてて全然足りなかったそのへん、ときメモGSで補った

ときメモGSがあったから、私はいま人の子として生活できてる。価値観的な問題で。

それと同時にその理解が、めっちゃくっちゃ気持ちよかった。

ついでに言うと、絵柄若干古いなって思ってたけど、あの、甘い言葉囁かれるのは、まんざらでもないというか

なんというかこう、初めて理解した「ときめき」ゲームの中の完璧超人ハーフモデル無気力)だから

理想ガン上がり 

恋愛できない

でもときめき感じたい

乙女ゲー祭り!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

との調子になった訳です 改めて見ると おかしいだろ

でも止められないんだ、あの胸がきゅっとなる感じ、もう一回どうしても感じたい

刺激が足りなくなって ヤンデレに走る中学校2年 おまえは おまえは薬物中毒者

そんなこんなで箱入り喪女の完成だーーーーーー!!

某国立のちょっぴり高校と違うところに進学して知り合いの男女のドロドロ見て、さら三次元嫌悪悪化

男女比5:1の学校に通ってるけど 彼氏できません 嫌悪とか以前に 美容に力入れなすぎてそもそもフェイスやばい

ソシャ系の乙女ゲーに成績大打撃 そして屑になる そしてひねくれる 純粋に育った分、ものすごいひねくれが16歳で来た

びっくりどっきり屑してる 寝て起きてTwitterやってソシャゲしてまとめブログ見てるブスしてる

でも、お母さんに孫の顔見せたいんだ。ついでにお母さんにいつか超楽させたいんだ。お母さん、大好きだから。まあ、元凶でもあるけど。

これから乙女ゲーやめるから

化粧もするから 美容に気をつけるから あとこれからクソみたいに勉強して成績超あげるから ソシャゲ乙女ゲーやる前より成績良くしてみせるから

今は無謀って私でも思うけど、第一志望にきっと入るから

部屋もきれいにするから、貯めてたレポートもすぐ出すから なんか なんでもやるから

お母さん、絶対見てないだろうけど、あの、がんばるから、応援してね。

もし、万が一見てても、恥ずかしいから「これアンタ?」とか聞かないでね。絶対


がんばるぞ!!!!!!!!!!!!!!

2012-11-03

捨てる技術人生ときめく片づけの魔法 、お部屋も心もすっきりす

日本製造業日本製品を作るとなると、

価格付加価値製品を作るしかない。

ここで、高付加価値というのを日本製造業勘違いしてて、

機能てんこ盛り」を高付加価値だと思ってる。

そんなの「汚部屋」と一緒だ。

リモコンを見たら、その汚らしさ(無駄ボタンの多さ)に吐き気がする。

大事なのはいらないものを「捨てる」ことで、

ユーザー「ときめき」を与えることなのに。

その点、Appleに学べというのは正しいと思う。

2012-05-16

ニュースバーボンハウス

2chをそれなりに知っている人なら、バーボンハウスと呼ばれる釣りスレを知っていると思う。

バーボンハウススレは人を惹きつけやすタイトルで立てられ、一番最初レスにこの文面が張られる。

やあ (´・ω・`)

ようこそ、バーボンハウスへ。

このテキーラサービスから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このスレタイを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない

「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい

そう思って、このスレを立てたんだ。

じゃあ、注文を聞こうか

そう、「ときめき」

「ときめき」を感じたいんだよ!

から見出しネタ晴らしされたら台無しなんだよ!

 

ちなみに自分しょっちゅう釣りスレにひっかかりますが、必ず本文を確認する習慣がついているので騙されたまま拡散したことはないです。

 

 

P.S.もちろん「ID腹筋スレ」にもよくひっかかります

2011-10-11

http://anond.hatelabo.jp/20111008054023

元増田です

ただし、ホルモンやそれによる身体的反応と同じく、それ(その反応)をどう本人が自分の中で意味づけているか重要、とする学説もある

身体的反応の原因をどう認知解釈するかで、自覚される情動の種類が変わってくるというのはおもしろいですね。

経験不足によって身体反応の原因がスムース解釈されないということもあるのでしょうか。

実はしばらくの間この感覚をはっきり「ときめき」とは認識できていなくて

“おもに恋愛関係の出来事や創作物に触れると稀に起こる変な衝撃”だと思っていました。

「状況から判断してあの感覚って『ときめき』なのか!」と自覚したあとは

身体反応が起きた後の心の動きも変わっていった気がします。


ちなみに俺が好きな子と会う前は肋骨がパンパンに張るね。

胸が張り裂けそうとはこのことか!って思った。


たぶん経験したことがない感覚です

肋骨張ってみたい。

2011-10-09

http://anond.hatelabo.jp/20111009084841

私は身体反応を情動と結びつけたことがないので、これは新鮮。

「ときめき」のような情動表現は、単に心の状態を表しただけで身体反応までは含まれてないと思ってた。

鳥肌とか寒くても気持ち悪くても感動しても立つし。

「身体がこういう反応してるから私はときめいてるんだ」とか解釈する人もいるんだね。

http://anond.hatelabo.jp/20111009052901

元増田の「ときめく」は、自分の中では「戦慄」に似てる。高ストレス下におけるアドレナリンの興奮作用?とか。

一方、自分の「ときめく」は、もっと微少な感覚で、温かい感じ。感心、感動したことによるエンドルフィン放出みたいな。

ただし、ホルモンやそれによる身体的反応と同じく、それ(その反応)をどう本人が自分の中で意味づけているか重要、とする学説もある(シャクターシンガー実験等を参照)ので、元増田がそれを「ときめき」だと捉えていたとしたら、それはそれで構わないんじゃないかな。

ただ、他人の書いた文章や文学作品を読んで共感しづらい、ということは起こってくるかもしれないので、それはまあ弊害っちゃ弊害ですね。

2010-12-12

不定形な私

小便の切れが悪い。

残尿感とか言うほど大袈裟なものではないのだが、んー…果たしてコレって残らず排出されたと見てよいものか。という懸念というか、不明瞭な感じがいつもある。

そこで便器の前で排尿が終わった後の時間を長く取り、微妙に屈伸運動したりつま先立ちを繰り返したりして、これで完全に排泄されたのだという爽快が訪れるのをいちおう待ってみる。けどもう長らくその爽快は味わっていないようだ。仕方なくしまい込む。やれやれと立ち去る。この一連の儀式は我ながらなかなかに哀しくて間の抜けた絵面である。とてもよろしい

それはそれとして、この不甲斐なさが一体いつ頃からことなのか今ひとつはっきりしないのである子供の頃は小便を終えた後、もっとすっきりした感じがあったような気はしている。けど意外にそうでもなく、すっきりしてなかろうが格納した後に垂れ流そうが子供特有の無頓着で意に介さなかっただけという話もありそうである。長じて快便を体調良好のバロメータとする意識を持つようになったせいで、不健康や衰えとは無縁であったはずの子供時代を美化しすぎているのかもしれない。「昔は良かった」は容易に陥る思考の陥穽だ…って、要は記憶を辿ってもよく分からないということが言いたいである

似た話で起き抜けなどに鏡を覗くと、そこにある皺にふと違和感を覚える時がある。あれ、こんな所に皺などあったっけ?という疑問が浮かぶのである。寝相の関係で圧迫されてできた皺が一時的なクセになるのはよくある事だけど、そうではなくて明らかに顔の一部となっている。すると昨日今日でホイホイできたとは考えにくい。ということはむろん前からあったものなのだという結論になる。けれどそれが一体いつ頃からそこにあったのか、今ひとつはっきりしない。

どうも近ごろ、私にとっての過去というものが加速度的に曖昧でおぼろなものになってゆくようでそこはかとなく恐ろしい。これはあったはずの出来事を忘れてしまうというだけの話では収まらない。

それまで「当たり前」どころか「前提」ぐらいにすら思っていた、私なりの物の見方や感じ方。そういう、いわば私の存在の中核となっていたもの、「私はこういう人間だ」と規定していたもののかたちでさえ次第に風化して崩れていっているように思われてならないということである。私という人間の輪郭が段々とぼやけていっているということである

大きな喪失を感じるのが、そのときどきで抱いた感情や内的体験の味とか匂いのような質感が失われてゆくことである幼児の頃の私は、なんでもないような絵や光景によくメルヘンな気分を味わった。子供の頃には、些細な風景写真映画によく世界の広大さそのものへの憧憬の念のような感情が湧き起こった。

気恥ずかしいが、そういう「ときめき」がどんな感じであったか、さかしらに言えばときめきクオリアとでも呼ぶべきものが思い出せない。ごくたまに、なにかの偶然がトリガーとなって自分の中によみがえる(匂いがきっかけとなることが多い)ことがあるまで、そんなものがあったことすら忘れてしまっているのである。けど私にとって、そういうものこそが生の実感であったはずのものだった。どうも今の私は魂を抜かれた抜け殻が生きているかのようである

ご存知のとおり、人の肉体は固定されたものに見えて実は流動的である代謝によって肉体を構成する物質が絶えず入れ替わり、我々がふだん石や木材のような固体のイメージで捉えている骨でさえ骨代謝という働きにより成人3年で完全に入れ替わる。言い換えれば3年前の私と今の私は正真正銘別物である生命とはモノではなく、コトなのであって、渦とか波とかの現象と質的に同じなのである。こういう話を聞くにつけその確かな拠り所の無さ、脆さ儚さを思わずにはいられない。うたかたに例えた古人はまことに正しい

まして人間精神のような無形のものの流転の様は推して知るべしなのである。「私はいだって私だ」というのは単純に言ってただの錯覚で、絶えずアメーバのように形を変えているイメージがより近いと私は思う。自分では一定の形を保っているように思っていながら、そのじつ絶えずなにかが流出し、知らずになにかが流入し続けているのである。朱に交われば赤くなるのだ。

下り坂の年齢にあると、その流出してしまったものの大きさのほうが堪える事実である。流入してくるものも無くはなかろうがどうも良いものには思われない。

失ってゆく旅路。寂しいものである

 
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