「古ゲー」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 古ゲーとは

2019-01-19

何がしたいのか分からないまま人生が終わった

小さい頃から逃げてばかりいた。

近所の子供たちが遊んでいるのを離れたところから見ているだけの自分に、親は「よして」と言うように教えてくれた。漢字で書くと「寄せて」になるのだろうか、仲間に入れてほしいというような意味だ。ついに一度も言わなかった。

家の中でばかり遊んでいた。本もゲームもそれなりに与えられてたので退屈はしなかった。テレビアニメ特撮をやってるときだけ見ていたが、ドラマ歌番組には興味がわかなかった。

幼稚園小学校は真っ暗なジャングルだった。そこら中に猛獣が潜んでいて、油断すると噛みつかれる。顔も名前もわからない「ともだち」たちから笑われ、小突かれ、追い回された記憶ばかり残っている。

教室にいると何が飛んでくるかわからいから、隠れ場所を探して校内をさまよった。目を閉じたら何をされるかわからいから、まばたきするのも怖かった。

このまま公立中学に行ったら殺されるに違いないという親の判断進学校を目指すことになった。進学校が何なのかもよく分からなかったが、言われるままに頑張った結果まあまあそこそこの私立に引っかかった。

公立を知らないので私立がマシだったのかどうかは分からない。同級生は相変わらず猛獣の群れだったが、目立った不良グループとかはいなかった。大きな図書室があったので、空いた時間に通いつめた。帰り道にあった古本屋お気に入り場所だった。家からバスで一時間くらいかかったが、本を読むには丁度よくて時々乗り過ごした。

せっかく入った進学校だが、勉強を頑張った記憶は無い。授業中は教科書落書きばかりして、溜まった妄想秘密ノートに描き連ねた。入学後に部活を選ぶ機会があったが、入ろうとした部の先輩に初回で約束をすっぽかされてそのまま無かったことになった。中高一貫だったので何の区切りもなくただ学年の数字だけ増えていった。

高校を出たら大学へ行くものらしいとは聞いていたが、受験の仕組みとかはまるで理解しておらず模試センター試験区別もついてなかった。どの大学に行きたいのかと言われても特に思いつかなかったので、自分の成績で向いていそうな学部適当に受けた。

一浪して隣県の国立に入り、仕送りもらってアパート一人暮らしを始めた。山と田んぼばかりの実家と比べるとずいぶん都会だったが、主に利用したのはスーパー百均古本屋古ゲーム屋くらいだった。アルバイトはせず、与えられた金額範囲いか生活するかばかり考えていた。

講義はどれも興味深かったし、図書館も大きかった。パソコンインターネットにも初めて触れた。けれど溜まっていくのは雑学ばかりで、何を目指して進めばよいのかが分からないままだった。

この頃には周りの人間猛獣ではなくなったが、自分から近づく気にはなれなかった。声をかけてくれる人もいてサークル活動などもやってみたが、結局はどの付き合いも長続きしなかった。人と関わって舞い上がる自分への嫌悪感と、夢や目標をもって進む人への劣等感で押しつぶされそうだった。

ノート落書きは続いていたが、書けば書くほど自分空っぽさを見せつけられた。オリジナルだと思っていた設定もデザインも誰かの真似でしかなかった。愛も理想言葉だけで、何一つ信じてなんかいなかった。

つまづきながら単位は取っていったが、論文が書けなかった。研究したいテーマなんて何一つ思いつかない。自分がやりたいことも、やるべきことも、できることも何も見えなかった。院に行けるような頭が無いのは分かっていたし、学んだことを社会で役だてるイメージもまるで出来なかった。

あてがわれた研究室で無意味に悩んでくすぶって、二回留年してから卒業した。教授に与えられたテーマそのままに本とネットでかき集めた文章をつぎはぎしただけの卒論を提出して、実家へ逃げ帰った。

家でただ寝ているわけにもいかないので就職活動をはじめたが、大卒肩書きしかない、やりたい仕事もできそうな仕事も分からない人間を雇ってくれる会社など見つかる訳がない。取りあえずどこでも良いので働いてみてから考えればという助言に従って、隣町の食品倉庫で時給労働をすることにした。取りあえずのはずだったが、そのまま十数年たった。

肉体労働苦痛だったが何年かすると慣れた。基本的には書かれた数字にあわせて箱を動かすだけなので頭を使う必要は無い。周囲に人はいるが朝の挨拶トラブルの報告以外で話すことは無い。毎日たくさんの箱が出荷されていくが、買い手のことはラベルに書かれた名前しかからない。ただただ箱を運び続けている。

学生アルバイトでも務まるような仕事から給料もその程度だ。実家住まいのおかげで多少の貯金はできたが、病気などで大きな出費があれば簡単に消し飛ぶだろう。別の仕事を探すべきだったが、こんな簡単仕事ですら苦労する自分に他の仕事などできるだろうかと思うと身動きが取れなくなった。

日々の暮らしのものには不満は無い。食べるには困らないし、仕事上のストレスくらいなら家でお菓子を食べてゲームしていれば解消できる。会社以外で人に会うことがないので服にも身だしなみにもこだわる理由が無い。特に行きたい場所もないし会いたい人もいない。飲まないし打たないし買わない。

このあいだ四十歳になった。独りのまま四十を過ぎると妖精になるなんて言ったもんだが、実際に妖精郷というのはこんなふうかも知れない。苦労が無い代わりに、新しいことも起こらない。小雨の降る午後のように、静かにただ夜を待つだけの時間

今週は先週と似たような週だった。来週も同じだろう。来月も、来年も、かわりばえのしない日々がただ続いていく。そうする内にいずれ親が倒れる。そして自分が。人生に残された大きなイベントは、もうそれくらいしか無い。

すでに自分人生は終わった、と思う。死んでいないだけで生きてもいない。小さな目標はいくらでも立てられるけど、それが他の何かにつながっていくことが無い。

自分は何がしたいのか、考えても結局わからないままだった。空っぽのまま生まれ空っぽのまま死ぬのだと思うと、少し寂しい。

2015-09-10

私が乙女ゲームにハマった理由

乙女ゲーとは、女性向け恋愛シュミレーションゲーム総称

多数の魅力的な男性と恋をするゲームだ よく広告出てるよね

CM流れると、茶の間凍る、アレ



「いや、これがなければ結構真っ当な人生歩めてた気がする」

乙女ゲー片手に、たまにそう言ってしまう私だけれど、実は違うのだ。

ついつい好きなのに乙女ゲームにそう言ってしまう私はきっと万一、三次元彼氏が出来ても

周りに彼氏の悪口を吹聴する嫌な嫌な女なんだろうなあと自己嫌悪する。まあ彼氏できるビジュアルじゃねーんだけど。

私は俗に言う「変な子」だった。

赤より青が好きだった。小学校の頃、写生会のためクラスで画板を買うことになった際

赤と青の二種類が選べたのだが、私は青がいいと青を買った。

が、ほかの女子は全員赤だったため、届いた画板の色が一枚間違っていると騒ぎになった。

別に男性願望があったわけじゃない、サンリオの白い魔物シナモロールにどハマりしていて、

そのシナモロールイメージカラーが水色だったため、赤より青がナウいと思ってただけ

そんな些細なことなんだけれど、そんなことが重なって、だんだんだんだん周りと食い違ってきた

正直小学生の私はそこそこ可愛かったんだ 今は見る影もないけど

正直小学生の私はとっても優秀だったんだ、全校朝会で褒められるくらいには

いじめられたよね

いろんな頑張った手柄とか横取りされたよね

今では見る影もなく屑になった私が、いろんなこと理解した私が

「ああ、かわいそうだなあ昔の私」って思うくらいには、色々された。

あのころみたいに純粋じゃないから、いま「いじめられた私」は私じゃなくて

遠いどこかの可哀想なひとだと思ってしまう。思い出しても一ミリも悲しくならない。

私の小学校時代はあって無いようなものだなあって思う。

まあこんなこと書いたけど、やっぱり「変な子」の頭角幼稚園、いや乳幼児の頃から出てたんだ

うちのお母さん、私のこと、とっても大事にしてくれてた。今でも大好きだ。

私は幼稚園の頃、遊んでるおもちゃをそれであそびたいと言われたらすぐ譲るし取られても気にしないタイプだった。

からおもちゃを取る男の子のお母さんがうちのお母さんに

「こんなに弱かったらこの先どうしようもないわよ。うちの子みたいに強くならなきゃ」ってイヤミを言って来た時に

「優しい子を優しいまま育てて何が悪い!」ってちょこっとキレてくれたの、本当は嬉しかった。

うちのお母さんは、私を「にこにこ、ぽやぽや、やさしい良い子」に育てた。ちょっと家ではわがままだったけど。

人と違っていいって言ってくれた、私が青い画板が欲しいと言ったら「本当にいいの?」と一度聞いただけで買ってくれた。

私も「人と違う自分」に自信をもって生きてた。

いじめられた時も、一緒に戦ってくれた。お母さんは当時ストレスで禿げた。

まあ相手の親は「うちの子いじめるわけがない」とかだったし

3、4年の担任先生はうまく対処してくれたんだけど、5、6年の時の先生がま~いじめ対処下手で下手で

何故かHRで教壇にいじめた奴じゃなくて、私を出してどーたらこーたらしたりまあこれ以上言うと愚痴になるわ

って調子だったんだけど(当時の私はふええ><って感じでピーピーしてたけど今思うと色々酷い)

でうちのお母さんときめきメモリアルが好きだったんだけど(超唐突

ときめきメモリアルGSっていういわゆるときメモとは逆の逆ハーしてる

主人公が女でイケメン攻略する恋愛シュミレーションゲームPS2で出てた

出てたの気がつかないで数年経って、古ゲーム屋でそれを発見した母、中古で買った

母、もちろんハマった

母は私にやってみ?って勧めるけどあれR12から当時11歳だった私はできない

リメイク版がDSで出てたから、それを12歳の誕生日に買ってもらうことにした。

ごめん 恋色沙汰に一切首突っ込んだことないんだ

ときめきとか言われてもわからない 友人とそういう話したことなから

恋の話とか、マジでからない、っていうかいろんな話友人と話しても「共感覚」できない そもそも友人が少ない

ていうか恋以前に同年代の友人と共感することって超少ない

スーパーミラクルハイパースペシャルゴーイングマイウェイで生きた12年間(最後の3年くらい淘汰されてたけど)、

対人能力は5くらい(標準を100として)

そんな奴がときメモGSプレイするとどうなるか

葉月珪「・・綺麗だ、おまえ。・・・。・・・このまま俺と・・・。なんでも・・・。 」

葉月珪(作中の王子キャラ男性サイコーーーーーーーーーーーって感じに

なるよね、ならないか、少なくとも私はなった

これが恋のときめきか、これが、これがときめきかって胸に手を当て考えちゃったよね。

これが、物心ついてから初めて「周りと同じ感覚」を掴んだ瞬間だった。

今まで恋愛漫画を読んでもほ~~んよくわかんねえって思ってた、でも違うんだ

みんなこの胸がギュっってする感情!!!あーいう漫画読んで!!感じてたんだな!!!!!!!!

わかったぞーーーーーーーーーーー!!!!!理解した!!!!!!

幼き日の純粋な私、色欲理解するの段

その日からときメモGSは私のバイブルってか世間ってこうなんだ~とか一般常識判断基準になったし

「人と共感する為の感情の指標」はだいたいときメモGSから学んだ、自由に生きすぎてて全然足りなかったそのへん、ときメモGSで補った

ときメモGSがあったから、私はいま人の子として生活できてる。価値観的な問題で。

それと同時にその理解が、めっちゃくっちゃ気持ちよかった。

ついでに言うと、絵柄若干古いなって思ってたけど、あの、甘い言葉囁かれるのは、まんざらでもないというか

なんというかこう、初めて理解した「ときめき」ゲームの中の完璧超人ハーフモデル無気力)だから

理想ガン上がり 

恋愛できない

でもときめき感じたい

乙女ゲー祭り!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

との調子になった訳です 改めて見ると おかしいだろ

でも止められないんだ、あの胸がきゅっとなる感じ、もう一回どうしても感じたい

刺激が足りなくなって ヤンデレに走る中学校2年 おまえは おまえは薬物中毒者

そんなこんなで箱入り喪女の完成だーーーーーー!!

某国立のちょっぴり高校と違うところに進学して知り合いの男女のドロドロ見て、さら三次元嫌悪悪化

男女比5:1の学校に通ってるけど 彼氏できません 嫌悪とか以前に 美容に力入れなすぎてそもそもフェイスやばい

ソシャ系の乙女ゲーに成績大打撃 そして屑になる そしてひねくれる 純粋に育った分、ものすごいひねくれが16歳で来た

びっくりどっきり屑してる 寝て起きてTwitterやってソシャゲしてまとめブログ見てるブスしてる

でも、お母さんに孫の顔見せたいんだ。ついでにお母さんにいつか超楽させたいんだ。お母さん、大好きだから。まあ、元凶でもあるけど。

これから乙女ゲーやめるから

化粧もするから 美容に気をつけるから あとこれからクソみたいに勉強して成績超あげるから ソシャゲ乙女ゲーやる前より成績良くしてみせるから

今は無謀って私でも思うけど、第一志望にきっと入るから

部屋もきれいにするから、貯めてたレポートもすぐ出すから なんか なんでもやるから

お母さん、絶対見てないだろうけど、あの、がんばるから、応援してね。

もし、万が一見てても、恥ずかしいから「これアンタ?」とか聞かないでね。絶対


がんばるぞ!!!!!!!!!!!!!!

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん