はてなキーワード: 幽霊とは
厳密に言えば幽霊ではないのだけど、他の人には見えないものが見えていた。それを姉に相談したら、それはきっと霊感だよと言われた。だから、それを漠然と霊感だと信じていた。今で言えば共感覚と言われるものかもしれない。だが、そんな言葉も知らない幼少期は、自分には特別な能力が備わってしまったのだと思っていた。
ある程度の年齢を重ねてそんなバカバカしい物を信じているのはおかしいと考えるようになり、見えている自分を否定するようになった。見えていても見えていないふりをするようにしていたのだ。それを続けることによって見えていないと思い込むことは簡単だった。
だけどつい先日、それは再びわたしの前に現れたのだ。白昼の社内、人一人分の影が室内をウロウロとしていた。誰の影かはよく考えないとわからないが影の形やその動き方の特徴をよく見ていると、なんとなくそれが誰の影かがわかってくる。
今日のそれは部長のものだった。それに気づいて部長の机に目をやるが、部長はいつもの様に自分のデスクに座って書類に目を落としていた。
その2日後に部長は急な転勤になった。周囲の人間は入社して間もないわたしの前では一様に事情を話そうとしないが、どうやら会計に不正があったであろうことだけは分かった。
新人のわたしに誠実な態度で丁寧に仕事を教えてくれた人だっただけに、ショックは大きかった。
わたしの両親はわたしが物心がついた頃から自営で雀荘を営んでいた。幸いながら営業が順調だったこともあり母親も深夜まで働いていた。
わたしは小学校が終わると家ではなく両親のお店に直行した。そこでご飯を食べたし漫画も読んだ。暇になれば近くのゲーム屋さんや本屋さんに行っていた。眠くなれば片隅のソファで睡眠をとり、仕事が終わった母親に抱きかかえられながら家に帰った。放課後の大半はそこで過ごしていたのだ。
そんなある日、突然店の中を歩く人の影を見た。はじめは見間違いかと何度も見なおしたが、それは確かにそこにあった。その一部の空間だけが暗く、人の形に動いていたのだ。
それが誰かの影かどうかまで考えなかったが、その日の夜に信用していた従業員がお金を持ち逃げしたという話を、数日後に両親がしていているのを耳に挟んだ。
それからというもの、度々お店の中で人影を見るようになった。大半は誰の影かわからないままだがその影が現れると従業員が金を持ち逃げしたり、お客が金を借りたまま蒸発したりといったことが起こった。
そのことで親にも相談したことがあるが当然とり合ってもらえることはなかった。それどこか、子供が大人の事情に口を挟むんじゃないと強くたしなめられてしまい、それ以降は親に相談することもなかった。5つ年の離れた姉に相談したのはその頃だった。
中学に上がると時折学校でも影が見えることがあった。大抵はその日か数日後に長めのホームルームが開かれた。理由の大半は盗難だ。
クラスにはいじめも当然のようにあったために、このことを友達に話すことをしないまま高校に進んだ。
高校と言っても地元の公立校である。大半は見知った顔だった。その頃には毎日のように色々な影が見えたが、かと言って毎日学校で何かが起こるかというとそんなことはなかった。
そんな時、影の一つが見知った人のものだとわかってしまったことがあった。仲の良い友達の一人だった。本人に何かしら聞いてみようかと散々迷った挙句、気持ち悪るがられるのが嫌であきらめてしまった。
その友達は数日後に学校を退学した。万引というよりも窃盗に近い犯罪だった。
そのことがショックでわたしは影の存在を認めることが怖くなってしまった。友人と話すこともなんとなく避けるようになり、例え誰かと話をしていたとしても足元ばかりを見るようになっていた。当然のようにわたしの周りから人は離れていった。
不思議なことにそうすることで影を見る頻度が減っていくことがわかった。影そのものが減ったのかどうか疑わしく考えていた時に、教室内で音楽プレーヤーの盗難が発生した。沈黙が続くホームルームの中、わたしは一人で嬉しさを噛み殺していた。
それからも色々と試してみたが、どうやら普段から下を向いていればたまに顔を上げた程度では影がみえないことがわかった。くだらない事件は相変わらず周囲で発生していたが、影が見えなくなれば別に気に病むような事にはならなかった。
そうして非科学的なことを悩むこと自体がバカバカしいと思うようになり、とくに意識しなくても影なんてものは見えなくなっていった。そのうち、見えていたことが自分の思い込みだったのではないかと思うようになり、そうしてこの年までそんな話自体も忘れていたのだった。
部長の一件を含めて今になって考えてみれば、どうやら自分に備わっているのはその人の後ろ暗さを見抜く力のようだった。
幼少期から雀荘という特異な環境に身をおいていたことで、何の気なしに人の表情や行動、しぐさなどを見ている間に、その中から誰かから何かを奪おうとしている機微を見抜いていたのかもしれない。
人から何かを奪おうとする人間はそれだけ周囲に対する警戒心が強くなるということなのだろう。この歳になってオカルトな話をするようで恥ずかしいが、その相手から感じ取った漠然とした不安が影として見えていたのかもしれないということだ。
先日、社内の男性に食事に誘われた。部長が転勤になってからわたしの教育を買って出てくれた2つ年上の男性だった。こんなこともあって学生時代に満足に人付き合いもしたことのないわたしは、断る理由もなくなく誘いに乗ってしまった。
ところが、その日になってまた現れたのだ。事務所の室内を落ち着かない様子でウロウロとしている影である。しかも、最悪なことによく見ればその影は食事に誘ってくれた男性のものだった。
誘いを断ろうか寸前まで悩んだ。勤務時間内で何か事件でも起こってくれれば自然と食事もなくなってくれるだろうと淡い期待も抱いていた。しかし何事も無く終業時間を迎え、結局断るタイミングもないまま彼との食事に来てしまった。最悪自分の身の回りのものだけ肌身離さずにいればいい。食事が終われば用事があるなどと理由をつけてすぐにその場を後にすればいいのだ。
心なしか店に案内する彼からも得体のしれぬの緊張が伝わってくるかのようだった。
はじめのうちは仕事はどうか、人間関係は問題ないか、そんな当り障りのない会話をしながら食事を楽しんでいた。そうしてある程度お酒も進んできたところでふと顔を上げると、いまだかつて見たこともないような大きさの色濃い影が彼の後ろに迫っているのが見えた。
一瞬で酔いの覚めたわたしは身の回りの所持品に緊張を張り巡らせた。影の存在以前に、彼の表情が見るからに緊張していくのが分かった。
「こんな人の目がある中でまさか」
次に起こることが予測できない恐怖から逃げ出そうとした時だった。
次の行動を注意深く見つめるわたしに、突然彼は向き直って口を開いた。
「も、、、もしよければ、また食事に来ませんか?というか付き合ってください!」
しばらくの沈黙の後、やっと状況を理解したわたしは大声を出して笑い転げてしまった。
なんと融通の効かない能力なのだろう。彼が奪おうとしていたものはわたしの所持品ではなく、わたしそのものだったのだ。
そんな違いさえ判断できないなんて、なんて愛おしくもぶきっちょな能力なのだろう。
そんなわたしの気持ちなど知る由もなくあっけにとられている彼の手を握りながらわたしは答えた。
「こちらこそ。「こんなわたし」でよかったら。」
彼の表情が緊張から喜びに変わっていくと同時に、大きな影も姿を消していくのがわかった。
催眠オナニーに興味を持って、催眠音声を聞き始めたんだけど、ヘッドフォンで聴くやさしい感じの声が気持ちよかったので、
これから本格的にハマっていこうと思うんだけどまだイケたことがなくて、普段から催眠オナニーをしてるはてなー達は
どんな音声をどんな風に聞いてるか気になる。
最初に聞いたのは
最初は何の予備知識もなく聞いたので、どういう流れになっていくのかわからず、あれれと思う間に終わった。
たぶん催眠状態にはなってなかったと思うけど、声が気持ちよくて全身の力が抜けて気持ちよかった。
優しく励ましてくれる感じがよい。少女になるくだりがうまく想像できずにイケなかった。
(公式からDLしたファイルが解凍できず、別のところから手に入れる)
少女デパートがよかったので、ちゃんと催眠音声について調べて、初心者向けにお勧めされているをいくつかDLした。
少女デパートよりも催眠を受けてる感じがして結構入り込んだ。双子の声が気持ちよくて、これが一番好きかもしれない。
流れの予備知識が無かったので、声の言うタイミングに合わせられなくてイケなかったけど、ちゃんとエッチな気持ちにはなれた。
もうちょっと何回か聞いてみたいと思う。
幽霊の女の子に好かれて、体が動かなくなってエッチなことをされてしまうって内容なんだけど、シナリオに合わせて
自分で何かしないといけないのかなと思ってるうちに、女の子のテンションが変わって、ちょっと怖い内容になったので、
催眠状態にもなってないし途中で終了した。女の子の生い立ちの話になった時に、ストーリーの方が気になっちゃったのがいけなかったと思う。
オナニーがしたかったから選んだけど、白いシチューがうまくイメージできなくて、置いていかれているうちに、
おっぱいの話になって、ここかなって思ったら、違う話になり、なんだかよくわからなくなって、うまくいかず。
この辺りから、事前に内容は知っておいた方がいいのでは、と感じるようになった。
とりあえず、感じたのは、
ってところかな。
もうちょっと慣れてきたら女性向け男性ボイスも聞いてみたいと思っていたりする。
6,7年くらいやってた女神をやめた。
女神というのは2chの女神板でおっぱいやら尻やらパンツやら足やら晒す人だ。
携帯を持ち始めて20代半ばになる今まで、時々コテハンを変えながら全裸を晒しまくった。
普段陰気ブスデブの三重苦を背負った私だが、顔さえ晒さなければ、おっぱいを見たい人々が褒めちぎってくれるのだ。サイコーだ。
女神板というのは「リアルタイムでタダでどこかにいる素人の女におっぱい晒してもらう」ことに全力を尽くす人が多いので、ブスの承認欲求は満たされまくりである。
ポージングや光源、下着、撮影場所に全力を注ぎ、いつ何時でも外出先でも「今おっぱいの写真撮れるか?」ということしか考えていなかった。
「処女なんてウソでしょ!」「彼女にしたいよ」「いますぐ犯したい」
そうこうしてるとまあまあ人気の女神と言える(自分で言うのもバカみたいだが)ようになってきた。專スレも誰かが作っていた。
アダルトサイトにまとめられて転載されまくった。私の写真を載せた記事には「デブス」「おばさん」「頭かわいそう」という正直なコメントが並んだ。
この女を誉めそやさなければ裸が見れないという状況になければ私の全裸はトンチキなデブの写真なのである。
知り合いや家族が見ていたら、という恐怖で削除依頼もしてみたが特に意味はなかった。
性器こそアップしてないが、わいせつ図画をアップロードしたことで警察に逮捕されるかもという恐怖も付きまとった。
転載されることにも慣れきって、時々気が向いたらおっぱいを晒していた。
ある日、ツイッターに私のおっぱいをアイコンにした「私のなりきり」が現れていた。ハチャメチャに笑った。
私のなりきりは時々私のおっぱいを転載しながら、カフェでお茶しただの仕事疲れただの、楽しそうな日常を呟いていた。
ツイッターで誰かのおっぱい見たい男たちが「次はパンツ見せて!」とコメントしている。
カップ焼きそば食いながらメチャクチャ笑った。コイツ私よりいい生活してんじゃん!!
頑張れ私のなりきり!私がアップしたアホほどある自撮りからパンツの写真見つけて使ってくれ!
ひとしきり笑って、なんとなく私もツイッターのアカウントを作ってエロい自撮りを載せてみたが、誰も見てないのでアカウント削除した。
エロアカウントの広報活動ってどうやるんだろう。「自分、おっぱいでもなんでも載せてエロいんでフォローよろしく!」って言うのだろうか。
そして気付く。フォロワー増やすまでもない。いつの間にか私の全裸は以前ほど魅力的ではなかった。
自分の全裸いいねぇ~~!と思ってたわけではないが、なるべくよく見えるように写真を撮ってきたのがどうやってもよく撮れなくなっていた。
女神板の住民もあんまり長い期間女神やっている私にネガティブな意見をしだした。私が写真をアップすると荒らしが現れるのがお決まりになった。
ツイッターには女子高生が、もしくはスレンダーで肌にニキビの一つもない、私の何万倍もキレイな子たちがおっぱいを、無修正で性器をアップしている。
私はおっぱい晒すのを卒業した。なんとなく「もうダメだな」と思ったからだ。
おっぱい晒すのやめたら、女神版の住民はちょっとくらい残念がってくれるだろうかと思ったが、そうでもなかった。まあそりゃそうだ。
自分の死後の世界を幽霊になってみているみたいでちょっと藤子不二雄のSF短編集にあった話みたいだなんて感じた。
おっぱい晒すのやめた。ただの陰気デブスになった私は、いまだ彼氏はできたためしがない。
自分が50歳になってもアダルトブログに転載された私の10代おっぱいはネットに存在しているだろうか。
なんか不思議だね。
信仰に苦難の時代があった。 メシアとしてイエスが現れ、彼は愛を説き、自らが犠牲となることで贖罪とした。
だが、実際に弾圧された者達は結果的に救われたとは云えども、迫害の中で死んだ者もいるのだ。 苦難に晒された恨みはメシアによって抑圧されたともいえる。 救済されることよりも復讐を願う者は行き場がなかった。
そういった怨念を導く者が現れることもまた必然であったといえよう。
愛によって救済に導いたイエスが表のメシアなら、怨念の成就に導いたのが裏のメシアである。
裏メシアは信仰を集め、亡者たちは裏メシアの名を叫びながら復讐に猛った。
幽霊が現れるときの「うらめしや」はこの裏メシアが語源である。
という与太話を考えたんだけどどうかな。
ふと思いついてtwitterで騙されてるバ……賛同派の意見をひいてみると、
「最初意味がわからなくて??? だったけど原爆の隠喩という話を聞いた時に腑に落ちた」という人がいた。
意味もくそもナンセンスは意味がないからナンセンスなんだろうが、の一言で終わりそうな話だ。
でも、そんな簡単な話なんだろうか?
昔からシュルレアリズムやナンセンスは大衆的なエンタメにも取り入れられてきた。
そういうものを観て育ってきたはずの人びとが、「意味がないこと」が耐え難いというのはどういうことなんだろう。
ラッスン騒動で一番似ていると思ったのはトトロの「メイとさつきは実は幽霊説」だ。
あれは単に作画のミスであり、そんな意図はなかったという話が制作側から既に出ている。
だけれど、インターネットは未だにこの話にとびつきたがる。
なぜかといえば、ひとつには非民主的な国家が育んだ「物事にはなんでも裏がある」意識と、もうひとつは日本のインターネットの奥底に眠る宮崎勤的な欲望のせいだ。
後者には説明がいるだろう。
ざっくりいえば、おまえたちは表面上は「ほのぼのしている、かわいらしいもの」を好む一方で、裏ではこれらをとにかく破壊したがる衝動を秘めている。ほぼ確実に100パーセントそういう欲望を持っている。反省しろ。
覚えておられる方々ももはや少ないだろうが、2000年代初期に「しぃ」というアスキーアートキャラクターがいた。
かわいいかわいいネコのキャラクターで万人に人気を博していたが、一方で一部の人びとから凄惨な「虐待」を受け、しぃの内蔵をひきずりだしたり、失禁させるAAが乱造された。ただかわいらしく見えたから、ただ清純そうに見えたから、ただちやほやされていたから、という理由で。抵抗もできない電子上のキャラを一方的になぶり殺しにした。
思えば、あのときネットコミュニティはもっとこの問題について真剣に議論すべきだった。しかしあの時点では2ちゃんのAA関連板でのローカルな事象にすぎず、目についても「うわ、きもいやつらがいる」とスレを閉じるだけでやりすごせた。
それがいけなかったのだ。
抵抗する手段を持たない存在には何をしてもいいと考えるような連中を放置してはいけなかったのだ。
今、twitterでシナモンをいじめている連中が成長した彼らか、彼らと似たような子どもたちであることは想像に難くない。
彼らはやがて現実の、生身の肉体をもった弱者へと牙を向けるだろう。
まあしかしそれは本題とは関係ない。関係ないのだが、なんか今日はもういっぱいいっぱい書いて疲れてしまったので「日本人は自分らはメタで戯れることのできる知性の持ち主であることを過信して、戯れを本気にしてしまったかわいそうな人たち」という話は止めてもう寝ます。
私にはなぜか淫魔がついている。
キリスト教的な淫魔というより、スケベな幽霊さんといった感じだ。
同じような経験をしている人が居るのかどうか知りたくてネット検索もしてみたが、ドラマCDの広告ばかりひっかかる。
普段書いているブログは友人や会社の人も見るのでそっちには書けないし…。
誰にも相談出来ないし…。
淫魔との付き合いは長くなるのかな。
初めて犯されたのは2009年の初めだった。
立って歩いていたらいきなり股の間に何かが入り込んできたのだ。
拒みようがなかった。
入ったばかりなのにやたらと気持ちがいいのだ。困った。
強姦されているのと同じなのに。
幽霊さんなので目には見えない。
ときどき霊を目で見ることもあるが、1年に一度もないくらい。
意外と霊媒体質だったのか。
行為全体は1時間くらいに及んだのか、最初の挿入時が一番の快感だった。
それまでは実体験ではあまり気持ちがいいと感じる程の経験がなかったので驚いたのだ。
生きて生身のある人間相手ではない。
相手の姿は私には一切見えない。
いきなり挿入されたら普通は痛い。
もう何度目かわからないくらいに犯されてばかりいるのだが。
気持ちよかったのは膣を拡げられる感じ。
実体験で初体験のときもいきなり挿入されたが、死ぬほど痛かった。
しかし、これも人によって痛かったり、痛くなかったりするようだ。
拡げられる感じが気持ち良かったのは淫魔が相手だったからなのか、そうじゃないのかそこはまだわからない。
何しろ、近くにいるのでこちらが望めばすぐにセックス出来るのである。
生身の彼氏がそれから出来なかったこともあり、何度となく淫魔ちゃんとやっていた。
今はオナニーした後に股の間に舐められている感覚があるくらいだ。
なぜやらないのか?
なぜかは知らないが、この淫魔私のして欲しいことをよくわかっている。
このときには突いて欲しいポイントを的確に何度も突いてくれた。
その次の晩には今度は挿入はなしでヒダヒダの辺りを執拗に舐められた。
最初は早く入れてくれよと思ったが、1時間くらい舐められていたら無性に気持ち良くなってしまった。
挿入しないで舐めて気持ち良くするなんて凄いよね。
再度、アヘアヘ。
階下には両親が眠っているのに大胆な淫魔ちゃん。
このような次第なので実際の生身の彼氏が早く欲しくてたまらない。
このままではずっと淫魔に好きなようにされてしまう。
無理やり挿入されることはかなり少なくなった。
一番最初の行為のときがとにかく快感だったので、その快感が忘れられずに2ヶ月半くらいほとんど仕事も行かずに毎日セックスしていた。
ただれた生活だった。
いつでも最高に気持ちがいいのかと言えばそうでもなくて。
私は乳首を軽く触れるのが好きだ。
男にそれをやってもらったことはまだない。
初体験はいきなり挿入だし、あまり実体験で良い思いをしたことはない。
自分で乳首を軽くこすりながらクリトリスを電マで攻めるのが気持ちいいのだ。
ほぼ、毎晩やってしまう。
少々の自己嫌悪とともにね。
強くやると逆に感じなかったりする。
それはクリトリスもそうかも。
電マのときはそうっと当てて。
人によってはかわいいとか綺麗だねとか言ってくれるが、あくまでも好みであると思っている。
なぜ私が淫魔に好かれたのか。
性欲が強いからなのか、淫魔がついているから性欲が強いのかは不明だ。
性欲が強いのならばヤリマンなのかと言えばそうでもない。
年齢に比しては経験は少ない方だと思う。
しかもそのうちひとりは旅先で素性のわからない男と3日間くらいホテルでセックス三昧だったのだ。
いまだに本名も知らない。
これもとても気持ちが良かった。
膣内の方はそうでもなかったのに、アゴにくるのか…。
その後、15分間くらいは腕をつつーっと撫でられても気持ちよかった。
にゃーん、にゃーんと猫のようにあえいでしまった。
一度アップしてみようと思う。
ちなみに今はもうすぐ彼氏になりそうな男は身近にいる。
なりそうなという感じなので、ならない可能性もある。
早く付き合って週に一回くらいねっとりとしたセックスがしたいなあと思っている。
こんな私はスケベですか?
(前回までのあらすじ)
twitter を始めて1か月くらいになるんだけど、
(中略)
私は神になった。
(あらすじおしまい) 引用元→ 「twitter はじめた」、(http://anond.hatelabo.jp/20150615004630)
神といっても何か特殊な力があるわけではない。
世間的には幽霊とか透明人間とかのほうが近しい感覚かもしれない。
時事的には透明な存在といったほうが薔薇みたいでトレンドかもしれない。
だが、私が神だと宣言すれば、私は神なのだ。
神に身分証明書など不要だ。神とは言ったもの勝ちの肩書きだ。概念なのだ。
私が神だといったら神なのだ。
プロフィールの自己紹介欄に書いておこう。なんなら名前欄に書くまである。
誰からも見えない高みから、どこかの誰かが垂れ流す有象無象な玉石混淆の情報の渦を傍観している。
有意義なtweetには感謝を込めてクソリプしたいし、幸せそうなtweetには爆発しろと呪いたい。
くだらないネタツイですら、それを発言したのが自分でないことに妬み嫉む。
西に疲れたアカウントがあれば追い打ちをかけるような罵倒を浴びせて余計に疲弊させる、
そういう神に私はなりたいという考えも脳裏をよぎる。
しかし、心せねばならない。
他人のtweetに干渉すれば、同時に他者から自分を観測されてしまう。
神は不可視であらねばならない。顕現してしまえばもはや神ではいられない。
放射能の箱に入れた猫は箱を開いた途端に生死が確定してしまう。箱を開けてはならないのだ。
tweetとは即ち示威だ。つぶやきなんて生易しいものでは決してない。街中で、駅前で、雑踏に向かって、世界を相手に、拡声器で声を張り上げているのだ。
誰も聞いていないと思って油断してはならない。奴らが聞いているか聞いていないかなんてこちらにはわからないのだ。神も万能ではないのだ。
聞こえているのに聞こえないふりをしているだけかもしれない。興味がなければ聞き流すだけだ。
しかし万が一にでも弱みを晒してしまったら、それを端緒に足を掬われかねない。神の座から引き下ろされかねない。ことは慎重を期するべきだ。
私はもはやtweetすることはできない。してはならない。
twitterはtweetしたくなるように誘導してくる。こっちの水は甘いぞーっと誘ってくる。砂浜できゃっきゃうふふと戯れるかのように楽しそうな会話がタイムラインに並ぶ。そこに私が近づくことはできない。
私は口を噤み、耳を塞ぎ、瞼を閉じる。冷たい岩屋に閉じこもる。外は怖い。出たくない。明るい場所には近寄りたくない。自意識ばかり詰め込んで膨らんだ身体ではもう岩屋の外には出られない。悲しむしかない。
それでもタイムラインは頻繁に更新される。新しい文字列を並べてくる。うるさいうるさい。見たくない。
のび太さんとキテレツくんが従兄弟?、そんなわけあるか。リムーブ。
ご飯かパンか?、知らん、朝飯は食べない。リムーブ。
水出し紅茶には専用のものを使え?、知るか、ペットボトルで十分。リムーブ。
デレパのゲストにちひろさん?、まじか、それは聞きます。リムーブ。
夏コミの当落?、知らんがな、新刊がんばってください楽しみにしてます。リムーブ。
噴火?、最近多くて心配ですね、近隣のみなさんお大事に。リムーブ。
デレマス、劇場の沢田麻理菜さんと佐藤心さんかわいい。リムーブ。
ラブライブ、ミュージカル風味で素晴らしかったけど高山みなみさんの役どころがよくわからん。リムーブ。
紐、リムーブ。吹奏楽部、リムーブ。レプリカはいらない本物がほしい、リムーブ。放課後のプレアデスのノベライズを菅浩江さん?、読む。リムーブ。
腹減った、リムーブ。
帰りたい、リムーブ。
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ジョルジュ・サルマナザールはフランス生まれの白人だったが、ウィリアム・イネスという牧師の協力を得て「キリスト教に改宗した台湾人」になりすました。「台湾人の先祖は日本人である」「香草をまぶした生肉を食べている」などデタラメな風習を広め、独自の「台湾語」まで作りだした。当時のヨーロッパでは台湾のことなど全く知られていなかったので、サルマナザールは25年ものあいだ台湾の専門家と見なされ、彼が執筆した『台湾誌』は知識人からも信頼されていた。しかし、ハレー彗星で知られるエドモンド・ハレーが、『台湾誌』に掲載された星図などから矛盾を見つけ出して突きつけたため、彼はついに自らの虚偽を告白した。
数学教授ロデリックと図書館司書エックハルトは、横柄な態度のヨハン・ベリンガーに腹を立て、悪質ないたずらを仕掛けることにした。二人は石灰岩に細工をして、カエルやミミズの化石、彗星や太陽の形をした化石、「ヤハウェ」という文字が刻まれた化石などを作り出し、ベリンガーが化石を採集していた山に埋めておいた。当時は化石が生まれる原因が分かっておらず、神秘的な力によって形成されると考えられていたので、いま見ると明らかにおかしな化石でも、ベリンガーは本物だと信じこみ、図版を収録した書籍まで出版してしまった。話が大きくなって慌てた犯人の二人は偽造であることを明かしたが、ベリンガーはそれを中傷だと考えてまったく取り合わなかったという。
コック・レーンにあるリチャード・パーソンズの家に、ウィリアム・ケントとファニーという夫妻が下宿していた。しばらくしてファニーは天然痘で亡くなったが、それ以来、パーソンズの家では何かを叩くような音や引っかくような音がたびたび聞こえるようになり、パーソンズは「ファニーの幽霊に取り憑かれた」と主張した。ファニーの幽霊は、自分がケントに毒殺されたことを訴えているのだとされた。幽霊のことはロンドン中の話題になり、見物客が連日のように集まってコック・レーンを歩けないほどだった。しかし調査の結果、パーソンズが自分の娘を使って、木の板を叩いたり引っかいたりさせていたのだということが分かり、彼は有罪となった。
ヴォルフガング・フォン・ケンペレンは「トルコ人」という名の人形を完成させた。それは完全な機械仕掛けでチェスを指し、しかもほとんどの人間より強いというものだった。「トルコ人」はヨーロッパ中を旅してチェスを指し、その中にはベンジャミン・フランクリンやナポレオン・ボナパルトなどの名だたる人物がいた。多くの人間がその秘密を暴こうとしたが果たせなかった。ヴォルフガングの死後、「トルコ人」はヨハン・メルツェルのもとに渡り、ふたたびアメリカなどで大金を稼いだが、1854年に火事によって焼失した。その後、最後の持ち主の息子が明らかにしたところでは、やはりチェス盤のあるキャビネットの中に人が入っていたのであった。
宝石商シャルル・ベーマーは、自身が持つ高額な首飾りを王妃マリー・アントワネットに売りたいと思い、王妃の友人だと吹聴していたラ・モット伯爵夫人に仲介を依頼した。伯爵夫人は、王妃に渡すと言って受け取った首飾りを、ばらばらにして売りさばいてしまった。その後、ベーマーが代金を取り立てようとしたことから事件が発覚し、伯爵夫人は逮捕された。しかし「王妃と伯爵夫人は同性愛関係にあった」「本当は王妃の陰謀だった」といった事実無根の噂が流れ、マリー・アントワネットの評判は貶められた。ちなみに、かの有名なカリオストロ伯爵も巻き添えで逮捕され、のちに無罪となっている。
19歳のウィリアム・ヘンリー・アイアランドは、父親を喜ばせるためにシェイクスピアの手紙や文書を偽造するようになった。多くの専門家がそれを本物だと鑑定し、ジェイムズ・ボズウェルなどは「我らが詩人の聖遺物を生きて見られたことに感謝する」と祝杯を上げたほどだった。ついにウィリアムは戯曲の偽作まで行うようになったが、その戯曲「ヴォーティガンとロウィーナ」はあまりにも悲惨な出来栄えだった。また、その頃にはエドモンド・マローンによる批判も広まっていた。ウィリアムは罪を自白したが、世間はそれをウィリアムの父親が息子に言わせているものだと受け取った。当の父親も、無能な息子がそんなものを書けるわけがないと、死ぬまで贋作であることを信じなかった。
イギリスで異国の言葉を話す身元不明の女性が保護された。ある船乗りが「言葉が分かる」というので通訳となった。船乗りによれば、彼女はインド洋の島国の王女カラブーであり、海賊に囚われていたが逃げ出してきたのだということだった。彼女は地元の有力者たちのあいだで人気となり、またその肖像画は新聞に掲載されて広まった。しかし、その新聞を見た人から通報があり、彼女はメアリー・ベイカーという家政婦で、架空の言語を作り出して、カラブー王女のふりをしていただけだということが判明した。
イギリス軍人グレガー・マクレガーは、中南米で実際に功績を上げたのち、イギリスに戻って「ポヤイス国」への移住者を募集した。ポヤイス国は南米の美しい楽園で、土地は肥沃であり、砂金が採れると喧伝された。ポヤイス国の土地や役職、通貨などが高額で売りに出された。それを購入した二百七十人の移住者グループが船で現地へ向かったが、そこにポヤイス国など存在しなかった。荒れ地に放り出された移住者たちは次々に死んでいった。マクレガーはフランスに高飛びし、そこで同じ詐欺を働こうとして失敗した。さらにベネズエラへと逃げて、そこで英雄的な軍人として死んだ。
アメリカの冒険家だったジョシュア・ヒルは、ハワイへ移住しようとして失敗した後、タヒチ島からピトケアン島へと渡った。ピトケアン島は、イギリスからタヒチまで航海したのちに水兵たちが反乱を起こしたという「バウンティ号」の生き残りと、その子孫たちが暮らす絶海の孤島だった。ヒルは、自分はイギリス政府から派遣された要人だと嘘をつき、独裁者として君臨した。逆らう者には容赦なく鞭を振るい、恐怖で島を支配した。それから6年後、通りすがりのイギリス海軍の船に島民たちが助けを求めたことで、ついにヒルは島から追放された。
イギリスの名門ティッチボーン家の長男ロジャーは、1854年に南アメリカ沖で海難事故に遭って亡くなっていたが、その10年後にオーストラリアで肉屋を営む男が「自分がロジャーである」と名乗り出た。翌年、ロジャーの母である未亡人と「ロジャー」はパリで面会した。華奢だったロジャーとは違い、「ロジャー」は体重100kgを超える粗野な男だったが、未亡人は彼こそがロジャーだと認めた。貴族を名乗りつつも労働者であった彼は、イギリスの庶民からも大いに人気を集めた。しかし未亡人が亡くなった後、裁判において彼は偽者であるとの裁決が下され、14年の懲役刑を課されることになった。
ジョージ・ハルは進化論を支持する無神論者だったが、聖書に登場する巨人の実在について口論となり、それがきっかけで巨人の化石を捏造することを思いついた。石膏を巧みに加工し、毛穴まで彫り込んで、いかにも偶然発見したかのように装って大々的に発表した。専門家たちはすぐに偽物であることを見抜いたが、キリスト教原理主義者の一部は進化論への反証としてこれを支持し、また全米から多くの見物客がやってきた。フィニアス・テイラー・バーナムが同様に巨人の化石を見世物にしはじめたことで、ハルはバーナムを訴えるが、その裁判を取材していた新聞記者がハルの雇った石工を突き止めて自白させたため、ハルも観念して偽造を認めてしまった。
ドイツの靴職人ヴィルヘルム・フォークトは、古着屋で軍服や軍刀などを購入し、「プロイセン陸軍の大尉」に変装した。彼は大通りで立哨勤務をしていた近衛兵に声をかけ、十数名の兵士を集めさせると、ケーペニック市庁舎に踏み込んだ。フォークトは、市長や秘書らを逮捕し、また市の予算から4000マルクほどを押収すると、兵士たちにこのまま市庁舎を占拠するよう言いつけ、自分は悠々と駅に向かい、新聞記者からの取材に応じた後、列車に乗り込んで姿を消した。彼はすぐに逮捕されたが、ドイツ全土で人気者となり、時の皇帝によって特赦を受けた。
イギリスのピルトダウンでチャールズ・ドーソンによって発見された化石は、脳は現代人のように大きいが、下顎は類人猿に似ている頭蓋骨だった。ドーソンはこれをアーサー・スミス・ウッドワードと共同で研究し、人類の最古の祖先として「ピルトダウン人」と名付けて発表した。当時は大英帝国の繁栄期であり、人類発祥の地がイギリスであるという説は強く関心を持たれた。しかし1949年、フッ素年代測定により、ピルトダウン人の化石が捏造されたものだと断定された。捏造の犯人は未だに分かっておらず、『シャーロック・ホームズ』の作者であるアーサー・コナン・ドイルが真犯人だという説まである。
後に作家となるヴァージニア・ウルフを含む6人の大学生たちは、外務次官の名義でイギリス艦隊司令長官に「エチオピアの皇帝が艦隊を見学するので国賓として応対せよ」と電報を打ってから、変装をして戦艦ドレッドノートが停泊するウェイマス港に向かった。ぞんざいな変装だったにもかかわらず正体がバレることはなく、イギリス海軍から歓待を受けた。彼らはラテン語やギリシア語を交えたでたらめな言葉を話し、適当なものを指して「ブンガ!ブンガ!」と叫んだりした。ロンドンに帰った彼らは新聞社に手紙を送って種明かしをし、イギリス海軍の面目は丸潰れとなった。
ドイツの曲芸師オットー・ヴィッテは、アルバニア公国の独立の際に「スルタンの甥」のふりをしてアルバニアへ赴き、嘘がバレるまでの五日間だけ国王として即位した、と吹聴した。そのような記録はアルバニアにもなく、当時からオットーの証言は疑わしいものとされていたが、オットーはドイツ国内でよく知られ、新聞などで人気を博していた。オットーが亡くなったとき、その訃報には「元アルバニア王オットー1世」と書かれた。
コティングリー村に住む少女、フランシス・グリフィスとエルシー・ライトは、日頃から「森で妖精たちと遊んでいる」と話していた。ある日、二人が撮影してきた写真に小さな妖精が写っていたことに驚いた父親は、作家のアーサー・コナン・ドイルに鑑定を依頼した。そしてドイルが「本物の妖精」とのお墨付きを与えて雑誌に発表したため、大騒動となった。50年後、老婆となったエルシーは、絵本から切り抜いた妖精を草むらにピンで止めて撮影したと告白した。しかし、フランシスもエルシーも「写真は偽物だが妖精を見たのは本当だ」と最後まで主張していた。
オーストラリアの現代詩誌『アングリー・ペンギンズ』に、25歳で亡くなったという青年アーン・マレーの詩が、彼の姉であるエセルから送られてきた。『アングリー・ペンギンズ』誌はこれを大きく取り上げて天才と称賛した。しかし、これは保守派の詩人であるジェームズ・マコーリーとハロルド・スチュワートが、現代詩を貶めるためにつくったデタラメなものだった。この事件によりオーストラリアの現代詩壇は大きな損害を蒙ったが、1970年代に入るとアーン・マレーの作品はシュルレアリスム詩として称賛されるようになり、以降の芸術家に大きな影響を与えるようになった。
フィリピンのミンダナオ島で、文明から孤立したまま原始的な暮らしを続けてきたという「タサダイ族」が発見された。彼らの言語には「武器」「戦争」「敵」といった言葉がなかったため「愛の部族」として世界的な話題になった。彼らを保護するため、世界中から多額の寄付が集まり、居住区への立ち入りは禁止された。しかし15年後、保護地区に潜入したジャーナリストは、タサダイ族が家に住み、タバコを吸い、オートバイに乗っているのを目撃した。全ては当時のフィリピンの環境大臣マヌエル・エリザルデJr.による募金目当てのでっちあげだったとされた。
評論雑誌『ソーシャル・テキスト』は、「サイエンス・ウォーズ」と題したポストモダニズム批判への反論の特集に、アラン・ソーカルから寄せられた『境界を侵犯すること 量子重力の変換解釈学に向けて』という論文を掲載した。しかしそれは、ソーカルがのちに明かしたとおり、きちんと読めば明らかにおかしいと分かるような意味不明の疑似論文であり、ソーカルはそうしたでたらめをきちんと見抜けるかを試したのだった。それはポストモダンの哲学者たちが科学用語を濫用かつ誤用している状況に対する痛烈な批判だった。
これまで見たアニメ一覧を記録しておこうと思ったので。
忘れそうなのでメモ。
順番は思い出した順で、大体見た順になっているはず。
機動戦艦ナデシコ: 人型ロボットは嫌いなので、ロボットバトルシーンは飛ばして見ていた。これが時代を席巻した電子の妖精かと感動
スターシップオペレーターズ: ちゃんと海戦ぽいことをやって楽しませてくれていたのに、打ち切りと聞いて残念だった
化物語: ヒロインの精神疾患を主人公が(フロイト的な)精神分析で治療していくアニメだった
ソ・ラ・ノ・ヲ・ト: 田舎の要塞という雰囲気感が楽しかったが、ストーリーはあまり覚えていない。
STEINS;GATE: 俺も学生生活がんばんなきゃなあと思わされたアニメ。本当に次の話が見たくなっていた
ラストエグザイル: 続編が発表されて、絶対見たい!と思うくらいにはおもしろいと思っていたのだが、内容が思い出せない
ラストエグザイル-銀翼のファム-: 主人公が戦場に似つかわしくないほど能天気ということだけ覚えているが、最後まで楽しくみれた
あの日みた花の名前: 懐かしい感を楽しむアニメ。昔の仲間に会いたい!と思わされた
ヨルムンガンド: 銃撃戦大好き。武器商人というマニアックな存在を扱っていたので、新鮮な気持ちで楽しんでみれた。
黄昏乙女×アムネジア: 夕子さんの姫カットを楽しむアニメ。幽霊より怖いのは人間、というエピソードが好き
ダンタリアンの書架: キャラデザの可愛さと沢城みゆきボイスを楽しむアニメだった。
モーレツ宇宙海賊: SF設定にテンションが上がった。電子戦や艦隊戦っぽいやつとかヤッパリ好きだなと思った
東のエデン: ストーリーは「次、どうなるの?」と、毎回ワクワクして見れた。主人公の声優が能登麻美子だと思っていた
四畳半神話大系: 大学生活は自由で、大学時代の自由は正義である。大学生活は何度でも繰りかえしたい
キルミーベイベー: 作業しながらアニメを見れると教えてくれた
フラクタル: 見たことすら忘れていた。ハナカナボイスが印象的だった
てーきゅう: テンポがよく、時間が短すぎると感じるほど楽しめるアニメだった
プラスチック姉さん: 片足のニーソが脱げたまま、ふて腐れているシーンが扇情的で印象的だった
みなみけ2期: ネット上の評判は良くないが、個人的には好きな話もあった。普段反目している次女と三女が長女のイヤリングを壊してしまって、それを取り繕うために東奔西走するエピソードがお気に入り。
みなみけ3期: 作画監督によって艶かしくなったらり、あっさりしたりすることを教えてくれた
みなみけ4期: 佐藤利奈の演技がこんなにも癒しになるのだと教えてくれた
のんのんびより: 田舎アニメというよりは、箱庭アニメ、単純に女の子が可愛いを濃縮すると、こうなるのかと思った
ミス・モノクローム -The Animation-: 色白で感情の起伏に乏しいキャラと堀江由衣が好き
アウトブレイク・カンパニー: お姫様とメイドのキャラデザに引っかかった。内容の文化的侵略というネタは興味深いと思ったが、もっと掘り下げたストーリーを見たかった
ひつぎのチャイカ: メチャクチャにハマった。これは後日、項を改めて感想を書こう
スクラップド・プリンセス: 榊一郎作品つながりで見た。榊一朗作品は、登場人物に原理とか思想信条みたいなものがちゃんと有って、見応えがある。最後は急展開で説明不足もある、と言う感じだったけど、天空が三角に分割され、外の世界に切り替わっていくシーンが好き。やはり今見るとキャラデザが古い(というかモグい)
おわり