はてなキーワード: アンインストールとは
ストアで評価しろやという通知、大抵は「今使おうとして起動したところなんで邪魔なんですが」というタイミングで出てくるので「あとで」を押して、落ち着いてから評価したりしなかったりする。
とある電子書籍サイトは、後発の割にサービスイン当初からこなれておらず、いかにも外注開発らしく苦情があった所を「改善」する形でしか発展しなかった。しかし応援するつもりで購入し、使い勝手についてどの立場の人も誰一人真剣に考えたことの無さそうなアプリを、我慢して苦労して工夫して使っていた。
そのアプリにそれが出た。は、と声が出た。乾いた笑いというものは感情ではなく、なんとか収めポイントを探す状況で出るのだなと思った。
え、もしかして高評価が得られると思っていたんですか。あれを出すのは、無料で使っているんだから普及に協力しろよみたいな立ち位置の提供者ですよ。マネしてみちゃったんですか、「最近よく見るああいうのってできる?」とか言っちゃう人が居て、言っちゃったんですか。できますって言っちゃう人が居て、言っちゃったんですか。
アプリの出来を素直に評価したら応援とは別の方向になってしまうし、嘘もつきたくない。初めて「今後は表示しない」を選んで、アンインストールした。
マッチングアプリで1人の女性とLINE交換してすぐにアプリを退会&アンインストールした。
ちなみにアプリでのやり取りはスマホのメモ帳に保存していつでも読み返せるようにした。
そのことを相手に話したら「ごめんなさい。怖いです」と言われて突然ブロックされたのだ。
なにも悪いことをしてないはずなのに、なぜ?遊びではなく真剣に向き合うつもりだと、誠実さをアピールしたかっただけなのに。
納得がいかず、妹に愚痴ると、「キモすぎてありえん」と言われた。
ああそうか。結局アプリ辞めずに同時進行で他の女も口説きまくってる不誠実なチャラ男がいいということなんだ。メッセージ読み返したりもしないような思い出を大事にしない適当な男がいいのだ。
誠実な男に大切にされて安心感を得ることよりも、遊び慣れてる男に不安にさせられるほうがドキドキして気持ちが盛り上がるのだろう。
運良くまだ詐欺には遭ってないみたいだが(私の知る限りでは)、架空請求に引っ掛かる日も遠くないと感じている
父が転勤になり、子供も大きくなったということもあって
YouTubeでよくある、文字が流れるだけの怪しい動画を見ていたときから不安ではあったのだが
具体的にいえば
・「セキュリティにリスクがあります!!!」的なポップアップに踊らされて無名のセキュリティアプリをインストールする
→調べた限りだとおそらくウイルスではなさそうなのでとりあえずアンインストールしたけど不安
・「会員無料(月額課金必須)」の某漫画サイトにいつのまにか毎月3000円くらい課金していた
→3ヶ月で気づいて解約。あれ、月額購入を解約したらコイン消滅するの悪どいですね
・どっかに広告で出てきたダイエットアプリに「初月100円(自動更新)」課金
→一応サービスは提供されているので詐欺ではないが、口コミの評判が芳しくない(運営がガバガバっぽい)ので強制停止。
・「初月無料(自動で定期購入)」のダイエットサプリを気づかず購入
→本人は「別に続けても良いと思ってたし!!」と言ってるからまだ止めてないけど、解約にも時間がかかること、今回は届いたけど詐欺もありうるから気を付けろと厳重注意。不満そうにしている
インターネットじゃないけど、明らかにマルチ商法な美容ビジネスにも手出してるし…
子供の手じゃ止めきれないよ…
大人になってインターネットはじめるとすぐクレジット使えちゃうから怖いなあ
まだ数万くらいのダメージだけど、本当いつ数百万の請求が来てもおかしくない
どうすりゃいいんだ
(この日記の内容はすべて投稿者の感情です。倫理や法律には詳しくありません。)
ゲームを政治利用したEpicGamesへの憤りが収まらない。
AppleとEpicGamesのストア利用手数料をめぐる係争が一週間ほど前に勃発した。自分はどちらの言い分にも一理あると思って、法廷で存分に争って決着をつければいいだろうというところで意見が落ち着いていた。
しかし、今日、FortniteでAppleを腐ったりんごと揶揄したイベントの開催が通知された( https://www.epicgames.com/fortnite/ja/news/freefortnite-cup-on-august-23-2020 )。私はこれが許せない。Appleをdisったことについてはどうでもいい。争っている相手は関係ない。自分が許せないのは、多くの子供も遊んでいるゲームを政治的プロパガンダに利用したEpicGamesの、ゲーム・エンタメ会社としての下劣な倫理観だ。
ゲームは人間の感情を強く揺さぶるものであり、だからこそ楽しく、多くの人をひきつけている。その感情への影響力の強さは魅力であると同時に、危険でもある。ゲームは非常に強力なプロパガンダの道具として使うこともできる。ゲームの強力な感情作用は平和な遊びに留まっているからこそ尊い。そこに企業や国の政治的思惑が介入したとたんに、ゲームは卑劣な感情操作プログラムに成り下がる。
TwitterにAppleの1984年風CMのパロディ動画をアップロードしていたのはまだ許せた。SNSで政治的主張をするのは問題ない(ゲームのキャラクターを使った動画だった事が引っかかってはいたが。例えば、企業の係争についてマリオが主張してたら最悪だと思うけど、同じようなことをEpicGamesはやった。)。だが、ゲーム内にまで企業の係争を持ち込んでプロパガンダを行うのは、ゲーム運営会社としてやってはいけない一線を完全に超えている。
EpicGamesがやったのは、子供が遊んでいる砂場に遊び道具に見せかけたピストルを持ち込んだようなもので、ゲームを遊んでいるだけのつもりの子どもたちは、EpicGamesのせいで知らず知らずのうちに政治的な係争の兵士にされる。
企業の目的が金儲けである以上、他企業との争いは避けられないが、そういう大人の事情はコンテンツ本体の中には持ち込まないのがエンタメを作る会社としての最低限の倫理観ではないのか。
将来子供ができたとしてもEpicGamesのゲームは絶対に勧められないし、自分も政治介入があるゲームで遊びたいとは思わない。Fortniteは少しやったこともあるが、さっきアンインストールした。ゲームを政治利用するEpicGamesの衰退を願っている。
キャリア以外のAndroidスマホで日本で売ってるものには「素のAndroid日本語版のままだとパンピーには鬼のように使い辛いので適当に作って入れておいた日本語アプリ」というのが入っているのだ!
たとえば代表的なのはファイルマネージャ、FMラジオアプリ、壁紙変更アプリ(アプリの形してるやつ)、録音アプリ、スマホ特製カメラ、などなどである!
あまり知られてないのだが、素のAndroidにはファイルマネージャ入ってないんだぞ! あとフォント変更機能などというものもない! あれはキャリアが改造してるんだ!
また、ランチャーから起動できないけどアプリとして入っている(GooglePlayアプリからは見える)ものとして、たとえばスマホ振るとカメラとか起動するやつ、カメラから起動する用画像編集アプリなどもある!
これは実はユーザーがアンインストールすることができて、なおかつ、ものにもよるがGooglePlayからは再インストールできないことが多いのである!
だもんだから、たとえばファイルマネージャ(「ファイル」とか意味不明なアイコンになってることが多い)を「なにこれ意味わかんないからいらない」または「あっこのアイコンって動くんだ(そのままアンインストール欄へドロップ)」といったことでアンインストールしてしまうと、二度と入手できないのである!!
この状態で問い合わせが来ても「その状態でスマホに入ってる写真を削除したいならGooglePlayでファイルマネージャで検索して適当なのインストールしてください」とは企業サポートしては口が裂けても言えないのである! だって変なアプリかもしれないから! 〇〇とか! あと〇〇とか!
これに懲りてるスマホ会社はGooglePlayで再入手可能にしてたりもするぞ! 機種判定して自社スマホ以外では起動しないようにしてたりする! まあそれが普通なんだけどな!
docomoとかauだとGALAXYとかLGとかそういう日本のメーカじゃないスマホのあるじゃん、韓国性でも中国性でも台湾性でもなんでもいいけど、そういう端末。
そういうやつを親に使わせようとするときさ、必要なスマホのアプリも消さないように気を付けような!
三大キャリアのシステムに関わるアプリはロックかかってて使用者はアンインストールできないようになってるけどさ、格安スマホの方は日本語アプリ、キャリア側の親切で入れてるだけでさ。ロックかかってないんだよ。だからアンインストールできる使用になってることがあってさ。使わないからって使用者の親が消したり、設定した子供が日本語アプリだと知らずに消したりしちゃうことがあったんだよ。
アンインストールしたら、お金を出して有料のアプリ買ってくれって案内しかできないんだ。お金目当てってわけじゃなくて、無料のアプリってスマホにどういう機能するかわかんないからさ、万が一スマホに有害な事がおきても責任とれないから有料を案内するマニュアルになってるんだ。
本当に毎日そういう問い合わせが来てたんだ。
困ってるのはわかるんだけと、バイトだと責任とれないんだわ。自分が働いてる間、再インストールできるか、最初からアンインストールできないようにロックできるように上に言ってたんだけど、ならなかったんだ。
本当に使ってなくても、そのアプリが何のアプリなのか調べてから消してくれ。
頼むよ。
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僕は高校3年生(男)だ。
今日も、昨日も、一昨日も、ここのところずっと、自発的な勉強をほとんどしていない。
代わりに、大量のネット上の記事とブログと無料の音楽と漫画とヤフコメとはてなブックマークと増田を摂取してはひり出し、少し休んで親のいる時だけ勉強のふりをし、摂取してはひり出ししてどうにか生きている。何の知識も身につかず、自分と関係ない人や物を消費していく毎日。正直、虚無感しかない。
僕は普通に大学受験をするつもりで、今のところ京大の理系学部を目指している(という事になっている)。しかし、現在の体たらくを続ければ、京大どころかどの大学にも落ちるレベルだ。自分の現状とその先にある未来は見えているが、理想との間にある暗い穴から僕は顔を背けている。その逃避の一環としてネットサーフィンがあり、というか増田に書いている時点でこの行為もまた逃避だろう。
起きて朝飯を食べて親が仕事に出かけたらソファーでChromeを開いてネットを漁りオナニーして親が帰ってきたら夜飯を食べて寝る日々。こんな状態を望んでいない自分とネットを見る以外に何もしたくない自分が綱引きをしていて、多少の誤差はあれど後者が常に勝っている状態。現実からの逃避。
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僕が中学受験の末に今いる男子校に入ったのはだいたい6年前だった。(本命には落ちたが)東京の男子御三家の一つに入れたのは嬉しく、自分の中では今でもある種の成功体験的な地位を占めている。
それから5年間やりたい放題好きに過ごしてきたのだが、特に高校生になってから、学年が上がるにつれ同級生が大学受験を意識する様子が目立ってきた。
高2の後半になると、東大合格を至上とし進学校の生徒のみが入れる中規模のカルト的人気を誇る塾に学年の1/4以上が入塾し、授業を聞かずに塾のテキストを自習する奴の割合も増え、英単語帳やら青チャやら重問がクラスに溢れるようになった。つまりみんな勉強を始めていた。
ここら辺から、勉強していない自分と、みんな勉強しててヤバい俺も勉強しなきゃという規範に齟齬が生じてきて、その齟齬を上手く埋めることができず、長じて今の状態に至るのかなあと推測したりもする。でもこの頃はその規範通り、効率が悪いにせよちゃんと勉強していた。
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そうしているうちにコロナが流行りだし、安倍(どう表記するのが適当かわからない)によって休校宣言が出された。3/1くらいか。
学校が休校になっても、春休みが終わるまでは塾の春期講習に行ったりで勉強モチベはわりあい高く保てていた。実際に一日6~9時間くらいは勉強していたと思う。
しかし、そこからが辛かった。学校では友人と愚痴を言い合ったり馬鹿話をしたりバトミントンをしたりして、ある程度勉強のストレスが和らげられたと思うのだが、コロナの巣籠もり下では誰も話し相手がいない。
日中誰とも喋れず家で勉強をするのは、精神衛生上かなりキツかった。ちょくちょく友人とはLINEしたり電話したりしていたが、それも焼け石に水だった。
学校がGoogle Classroomを使い始め、zoom配信や動画を見ることで出席をつける形式になり、ここを先途とばかりに大量の数学演習やら長文読解やら共通テスト対策問題やらの課題を出すようになったのもキツかった。
ネット上の課題は対面で「この課題、やっとけよ~」と言われるよりも課題やらなきゃという義務感が生じにくく、タブを一つ消すだけで存在ごと消えてしまうため、期限を忘れた課題が大量に溜まり、その多さを見てやる気がなくなるという悪循環が際限なく生じてしまった。
更に、zoomやGoogleClassroomを使うためにパソコンやスマホを手に取る機会が増えた。それは僕の場合、ネットを開きはてブや増田やアルなどの他のサイトを見る機会の増加に繋がってしまった。
こうなるともう爆発の一歩手前だった。ただし、それでも5月の初めまでは自制してなんとか勉強できていた。
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5月6日から8日の間、僕は虚無の中にいた。勉強をブッチし、カーテンを閉めて照明を一つだけ灯した薄暗い部屋の中パソコンでひたすらソク読みとはてブと増田とpornhubを巡回していた三日間。それまでも週一くらいで勉強をサボる日はあったが、三日連続でのそれは初めてだった。仕事をしていて日中家にいない親には特にバレず、小言を言われることもなく、要するに僕は手軽に快楽に浸って現実逃避する道を知ってしまった。
この三日間がぶち抜いた綻びから生活が徐々に崩れてきた感覚がある。
最初は勉強をしないことに対する罪悪感もあったが、ネットに頭を占領されていくにつれて、頭の奥が靄がかかったようにぼんやりとしてきて物事を深く考えるのが辛くなり、そういった感情も段々と消えていった。
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6月になってリアルの登校が始まったが、コロナ前の登校に比べて頻度も授業のコマ数も内容も悪い方向に変化してしまったので、状況は大きく変わらなかった。
確かに久しぶりにする生身の友人との会話は話すネタも尽きずめちゃんこ楽しかったし、3時間くらいしかない授業が終わった後は勉強モチベも高まった。
しかし、長期の家籠りで重度の出不精コミュニケーション不精と化していた僕にとっては、登校日は楽しい日であると同時に疲れる日でもあり、その疲れと怠さはだいたい翌日以降も続き、勉強のやる気を阻害した。
登校日は月に数えるほどしかなかったので、リアル登校の再開によって逆に僕は勉強ができなくなっていた。
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6月後半~7月に入ると、本当に幸運なことに、友人の一人が学校のない日に一緒に勉強しようと誘ってくれるようになった。彼は通っていた中規模塾の自習室がコロナのため空かず、かといって家で勉強はできないから一緒に外でやろう、そしたらお互い良いんじゃね?とLINEしてきた。これは絶好のチャンスと思った僕はホイホイ乗っかり、感染防止対策を取った上で一緒に自習する日々が続いた。
友人と一緒にいるときは(体面を良くしたいというのもあって)だいたい6時間くらいは集中して勉強できた。そんなこんなで最初は順風満帆だと思っていたのだが、段々と状況は悪化してきた。
7月2日のことだった。前日の7月1日もその友人と勉強していて、明日も午後から勉強しようぜ!と話していた。しかし、2日の朝起きると体がだるく、親が出て行った後に心の中で言い訳をしながらソファーに寝転んで午前中いっぱいスマホでブログやら何やらを見てしまった。
当然ずっと寝ていると体が重く、長時間ネットを見たとき特有の頭がぼうっとする感じにもやられ、僕の頭はどこからともなく湧いてきた「今日はだるいから外出は無理だな・・・」という考えに完全に支配された。まあ、事前に連絡をしておけば別に一日くらい行けない日があっても問題はないだろう。
・・・・・・問題なのは、僕が友人に夜8時まで連絡しなかったことだった。早めに「すまん。ちょっと今日は無理そうだ・・・」とLINEしておけば良かったのに、僕は夜までそれを意図的にサボってしまった。連絡しなければいけないことはわかってる、連絡せねば、という思いは強くあるのに、なぜかLINEを開いて連絡するのがひどく億劫で、僕はそれよりもソファーで丸まって現実逃避することを選んだ。
罪悪感はすごかったが、一方でなぜか「ああ、こんなもんなのか」と思っている自分もいた。
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そこからの堕落は早かった。いや、その前から堕落していたのかもしれないが、もうよくわからない。友人との勉強の約束は3回に1回くらいすっぽかすようになり、昼飯でも奢ってちゃんと謝ろう、と決意した頃には友人の塾の自習室が解放され、結局うやむやなまま僕と彼の勉強は終わってしまった。学校が再開したらきちんと謝りたい。
▼学校の課題を大量にやり残し、入学してから初めてある科目の学期成績で白点をとる
▼塾の夏期講習(5日間)のうち3日サボる
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こうやって家に籠って自堕落な生活をある程度の期間続けていると、だんだん自分の思考や言い訳の仕方がわかってくる。僕の場合、「○○からやるぞ症候群」が顕著に表れた。
「今日はだらけていてもしょうがないが、明日からは毎日10時間勉強するぞ。そしたら受験にも間に合う。・・・だから、今スマホを見てもいいんだよ」
みたいな感じだ。○○には「明日」が入ったり、「6月」とか「7月」、はては「15時」が入ったりする。
言うまでもなくこれは未来に責任を押し付けて現実から逃避するだけで、実際に実行できるなら良いが、実行できないのなら全く意味がない。
僕は、ほとんど実行できなかった。5月には「6月からちゃんと勉強する」と言い、6月には「だらけすぎた。7月からマジでやるぞ」と言い、7月には「たるんでる。8月から毎日10時間やろう」と言った。
あとは、ネット断ち・スマホ断ち・ゲーム断ちも考えたが、これもほとんど続かなかった。昨年12月にアンインストールしたみんはやはついこないだインストールしてしまった(またアンインストールした)し、同じく12月に押し入れに封印した3DSは今日開けてしまった。マリオテニス楽しい~~~~~~~~~~~~~~~
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こんな感じで酷い暮らしをここ3ヶ月くらい送っています。高3の夏をこんな風に過ごすとは去年には考えもしなかった。こうなった要因の一つは間違いなくコロナがあって、確かに休校がなく毎日登校していたら精神はもっと健全で勉強ももっとできていただろう。でも、どんどん堕落の坂を転げ落ちていったのは間違いなく自分の弱い性格のせいだと思うので、あんまり環境のせいにしないようにしたい。
他にも気が滅入るようなことは沢山あって、けん玉のこととか昭和42年生まれ元司法浪人さんのこととかオナニーのこととか書きたいことも色々あるんだけど、疲れたのでここらで止めておきます。
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よくわかんねえものを垂れ流してしまってすみません。やや自分の気持ちの整理ができた気はします。「勉強しなきゃな」と。何だかんだ自分はやればできるという妙な自信はあるので、それを現実にすべく明日からコツコツと勉強を始めたいです。要するにこれも「○○からやるぞ症候群」の一種ですが、劇的な物を望みすぎると失敗するということは身に染みたので、あんまり負荷をかけないように少しづつ少しづつ
やっていきたいです。どれだけの人に読まれるかわかりませんが、もう投稿したら入試終了まで見ないことにするのでブコメもトラバも返せません。入試が終わったら(たぶん3月下旬)結果を書くかもしれないです。
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ツイステ1章までやりました。その上で感想を言わせてほしい。バカ女の戯言として流してくれ。
私はディズニーファンではないけれど、ツイステはヴィランモチーフと聞いてリリースを楽しみにしてた。ヴィラン、カッコいいし。
私は急に冷めて即座にアンインストールした。
主人公の選択肢にFGOの与太系の波動を感じてしまった。未知のモンスターに襲われかけて出てくる感想がそれか?
それからしばらくして、友人から猛プッシュがあった。「女の子が出てきたらやるわ」と返していた(男子校で出てくるわけあるかとお言葉を貰ったが)手前のゴーストマリッジだった。再度インストールしてイベントを読めるところまで頑張った。ちなみにそのゴスマリは周回嫌いが発動して結局読めなかったけども。
そこからまたほってたものの、やると言った手前不義理も程がある。めちゃくちゃ頑張って先日1章まで駆け抜けた。その上で一言いいですか。
徹底したグリムのたぬき扱い。どう見たって猫だろうが。主人公共々悉く節穴か?見た目猫を猫扱いで「猫じゃねぇ!」って言い張るのは理解できる。せめて見た目をたぬきに寄せてからたぬき扱いしろ。それからプロローグ後半でのグリム、エース、デュースの和気藹々とした掛け合い。「うるせぇお前らのせいでこうなったんだろうが!」と叫びたくなった。
うん、でもプロローグだしな。冗長になるのは仕方ないよな。世界観あんまりわかんなかったけど。
一章。主人公とグリム、なんでさらっとパーティー参加してんの?エース追い出す前に追い出すやついるだろ。ご都合主義とは言え無視するんじゃない。せめてもっと理由をつけてくれ。オーバーブロットにしても、魔法がハバ効かす世界観ならもっと周知されてくれ。なんで知らないんだ。
ここまでやって、ちょっとだけ既視感を覚えた。これヒプマイだ。
ヒプマイは白膠木簓を好きになってヒプマイにハマろうとした事がある。……世界観のあまりのガバさにドラマパート、聴かなきゃ良かったと思った。
要するに、ツイステの売りは純粋なキャラ性なんだろう。ターゲットは女性で、夢女から腐女子まで。わかりやすい。プロローグじゃわからなかったけど、1章でリドルとトレイのやりとりを見てみんながハマる理由も理解した。
と、ここまでつらつら不満を垂れ流したものの、進行度はまだ1章とちょい。多分ツイステの良さはもっと先にあるんだろうと、今日も先に行く為に授業を回す。このランクで進行止まるの、なんとかしてくれないかな……。
どうぶつの森が好きだ。
楽しかった。
任天堂はおい森の後も街森やとび森、HHAをヒットさせ、成功を収めていた。
一方の私はおい森一辺倒だった。
街森は買ってもらったけれど操作が覚束なくて結局おい森に回帰した。
とび森は欲しかったけれど3DS本体を持っていなかったことや、部活が忙しくてゲームをしなくなったことなどが重なり縁がなかった。
ポケ森だ。
リリースの数年前から流れていた「どうぶつの森のアプリが出るらしい」という噂の段階で楽しみにしていた。
2017年秋、満を持してリリースされたポケ森に私はのめり込んだ。
久しぶりに会う住人に感動した。
初めて目にする住人もいたがすぐに好きになった。
最初は順調だった。
しかしそう長くは続かなかった。
それから約2年が経った2020年2月、私は再びポケ森をインストールする。
癒やしがほしかった。
2019年秋におい森の頃からの推しが追加されたことも再始動の後押しとなった。
楽しかった。
リリース当時よりも良い仕組みになっていた。
宅配システムのおかげでパシリ感やめんどくささが軽減されていた。
イベントに参加したり、どうぶつに要求される家具を作ったりするのに充足感を覚えた。
おい森とは明らかに違うゲームだけど、スマホアプリという形式上仕方ないと割り切っていた。
ポケ森を再び始めて3ヶ月が経った頃のことだ。
新しいイベントが発表された。
3日間で30万ベルを稼ぐことを求められる。
後から検索してみたところ定期的に開催されているイベントらしい。
ポケ森に失望した。
美術品の贋作も「お金が無駄になる」という点ではそうかもしれない。
私にとってそれらと「がっぽりベルチャレンジ」の何が違うのか。
ローンを払うにはお金が必要だし、株はお金を増やす要素ではあるけれど直接的に「お金を集めろ」とは言われない。
それに最悪無視すればいい。
ローンを返済しない人はほとんどいないと思うけど、別に1番小さい家のままでいてもいいのだ。
株だって利用しなくていい。
がっぽりベルチャレンジは、その期間にポケ森で遊ぶと自動でエントリーされる。
「お金を集めろ」
でも息苦しいことだってある。
https://open.spotify.com/track/7bUApPtxqpGvu1HTLse4dM?si=Xb5S6noGSxyYvR0NcHmcJg
とある鍵垢同人女より商業作家さんのお気持ち表明についての構造整理
https://anond.hatelabo.jp/20200712141747 さんの激おこ文章、同人女サイドでは、ひとくくりに糾弾されて普通に嫌な気持ちになったけど、気持ちはわかる。
(私は同人女ですが、かつて別名義の本名で文学系一次創作詩歌・評論を発表していた人間です。自分の作品を私物化・海賊業されて…という経験はありません)
主さんもおっしゃる通り、商業として作品を商品にした以上、それを自分のものと主張するのは難しくなります。
「作者」と「読者」ではない、お金の介在する生産者と消費者の関係は、金銭契約により生産者と使用者の関係を生み、その生産者も雇用主・被雇用者に細分化するものです。
作品の発表に当たり人の手を経れば経るほど、その作品の所有層全体に見る自分の割合がちっぽけになっていきます。
この問題を切り分けて考えると、
(1)作品を発表した
(2)ゆがめて解釈された
(4)それにより純粋な「作者」の契約外の人間に利益が発生した
(なお、前提として、「作者」は作品を発表するにあたり企業などの商業的な発表媒体と契約を結び、「作品」は「商品」となっています。)
発信者の解釈する自作品と、受信者の解釈するその作品の間に、何らかの解釈の違いが生じることが、第一の難しさ。
・アート作品をプレスリリースした際、一方向から撮影した1枚しか写真が載らず、別の一面の情報が伝えられなかった。
・カラーの風景画を取材され、新聞にモノクロで掲載され、色味の再現が十分でなかった。
・詩吟の節回しとして本来長音が入らない箇所を、聴き手の記憶頼りのレビューで長音のように表記された。
・使用楽器の質にこだわってリリースした楽曲を、百円均一の音質の悪いスピーカーで再生された。
・ある特定のホットサンドメーカーを使った料理のレシピを、異なる製品で作った結果、焦げておいしくなかった。
ここには、「発表媒体」による不自由と、「ツール」による妨害が存在します。
いずれも、その作品の情報の伝達時の「再生」方法が、その作品を表現しきるに満たない、という問題です。
今回の漫画作品では、おそらくこうした再現性の問題はほぼないでしょうが、
【「作品」を再生する受信者は、必ずしも「作者」の思惑通りに「作品」を享受しない】。
その結果、【本来の作品のポテンシャル外の評価・解釈が生まれる】。
これは、芸能人や政治家が発言した内容を任意に切り取って報道する偏向報道もそうです。
本来与えられるべき情報量に到達できないまま受信者が作品を評価することが、作品発表の第一の関門です。
「××くんは○○くんを好き。▲話で腰に手を回してるからセックスした」
「▲▲さんは実は●●ちゃんを嫌いなんじゃない?」
「●●ちゃんは本当は腹黒で、○○くんに近づく奴を陰で×してる」
二次創作は、「●●という作品の○○という人物がもしも××したら」から端を発するものです。
つまり、二次創作の原動力は、作品の「余白」と「違和感」です。
その「違和感」の着眼点や「余白」の範囲は、作者によって規定できません。
二次創作には「パロ」という文化が存在し、読み手側が「もしも○○だったら」と仮定することで、作品の余白は無限に継ぎ足されます。
さらに、「違和感」は、疑えばいくらでも生み出すことが出来ます。人の行動の裏の意味について考えすぎてしまうとか、創作に関わらない人間関係と同じように。
【「余白」や「違和感」などの、二次創作の要因は、作品のいたるところに存在する】。
【作品を、想像力を持つ人間に届ける以上、この「解釈のゆがみ」の発生を止めることはできない】。
これが第二の問題です。
少年少女が生きる意味・死ぬ意味に向き合い、あらがい、自己を実現する、人生の解の物語です。
その物語では、一人一人の死には厳然たる尊厳があり、死は尊重されるべき、という観念が少年たちに獲得され、通底していました。
しかし、その物語がアニメ化された際、監督の好みで物語の大筋が改変され、少年たちの命運も、登場人物の人生の意味も、その監督の解釈により書き換えられました。
「アンインストール」というテーマ曲が有名なゼロ年代のアニメですので、主様やこの記事をご覧の方もご存知かもしれません。
こうした、【自己解釈による横取り・ただ乗り】が、主様の同人女に対する一番の怒りなのではと感じています。
これが第三の問題です。
例えば原作ファンが実写化を叩くのも、おそらく類似した心理によるものです。
そして、このただ乗りを素人(同人女)がする場合、その目的は3つが融合しています。
「自己実現」「他者からの承認」「何かに打ち込み成し遂げる快感」の3つです。
自己の考えを開示・表明することで自己を実現する。それを承認されて行為が加速する。同人イベントなどの目標を達成し、達成感を得る。
これらが融合し、「カップリング界隈」という一つの社会に生きる「同人女」としての個性を、一人の人間の中に築いている。
「趣味の活動」という、第一の人生を生きながらある程度の匿名性が担保された第二の自己を獲得することが、「二次創作界隈」では可能なのです。
しかも、その第二の自己は、第一の人生を妨げません。いざとなればアカウントを消去して関係を断てる、切り捨て可能なインスタントな人生。だから同人活動は気楽に楽しめます。
一次創作主ほどの切迫した人生・生活感が、二次創作主でいる間には、必要ないのです。
【「自己実現」「他者からの承認」「何かに打ち込み成し遂げる快感」は、「同人女」に第二の人生を与え、同人女を生きやすくする救済である】。
これが、SNS社会の現代で、同人作品の発表がなくならない理由ではないでしょうか。
しかし、取れる策が自衛しかない小さな政府・大衆民意・経済の尊重の今の世の中では、二次創作されるのが嫌な一次創作者は二次創作嫌だ二次創作禁止と言える会社で発表するしかありません。アルファポリスとかしか思い浮かびませんが。
一次創作で金儲けしながら作品を自分一人のものとして主張したいなら、同人でやるしかない。
企業に自分の作品を買い上げてもらうことはあきらめる。企業の製造ライン・企業の販路・企業の広報、そういうものに載せてもらった時点で、作品の方針を取る手綱は自分のものではなくなる。
生活のために金儲けすればするほど、作品の権利元が分散して、作品が多くの人の手を経て連帯の所有物になっていき、純粋な「作者」の手元を離れていく。
「商」業の性質上仕方ないです。
両得で叶えることは難しいと思います。残酷ですが、主様のおっしゃるとおりですね。
これに言えることはありません。
「利益」と「権利」に対する、同人活動者の考えの浅さに直面するたび、私もくやしくなります。
公式が発表していない自作ねんどろいどの写真をSNSに発表する。
公式のロゴに類似したロゴを使ったスマートフォンケースの受注生産。
全てアウトです。公式の受け取るべき権利の横取り。公式の意図しない第三者の営利活動が原因で、立体商品が発売されなくなったジャンルもあります。
それでも横行しています。「痛い目を見ていないから大丈夫」なんですね。
私が同人活動をしている作品は二次創作に好意的で、二次創作の中でも特に禁じるものを明記したガイドラインもあり、公式サイドで映像制作に関わっている方によるファンアートの投稿も盛んです。
それでもガイドライン中で明記されている禁止行為をする人が後を絶ちません。
「みんなやっているからいい」。
公式から二次創作全面禁止のお達しが出るまで続けるのでしょうか?
そこに倫理はないんでしょうか?
ここを踏みとどまってほしい、という、主様のメッセージの最後の一文だけでも、少しでも多くの同人女に届いてくれればよいと思います。
以上。
構造の整理と言って、結局私のお気持ち表明でしたが、以下に内容をまとめます。
●まとめ
(1)作品を発表した
【問題1】「作品」を再生する受信者は、必ずしも「作者」の思惑通りに「作品」を享受しない。その結果、本来の作品のポテンシャル外の評価・解釈が生まれる。
(2)ゆがめて解釈された
【問題2】二次創作の要因は、作品のいたるところに存在する。作品を、想像力を持つ人間に届ける以上、「解釈のゆがみ」の発生を止めることはできない。
【問題3】「自己実現」「他者からの承認」「何かに打ち込み成し遂げる快感」は、「同人女」に第二の人生を与え、同人女を生きやすくする救済である。
(4)それにより純粋な「作者」の契約外の人間に利益が発生した
私は心が狭いです。
そんな私はツイステッドワンダーランドのリドルくんを推していました。
現在、ツイステッドワンダーランド内で開催されている「ゴーストマリッジ」というイベントにおいて、リドルくんのSRカードをイベント報酬で入手することができます。是非、みなさんツイステットワンダーランドをプレイしてリドルくんをゲットしてください。
ツイステッドワンダーランドの魅力のひとつとして、カードのグルーヴィー化というものが挙げられます。
グルーヴィーとは、特定の条件を満たすことにより、もとより美しいイラストのカードがさらなる素敵絵柄にメタモルフォーゼすることを言います。
私はこのグルーヴィーが、ツイステッドワンダーランドのシステムの中でなによりも好きでした。
推しをゲットしただけでも嬉しいのに、カードを重ねることなく2種類の美麗絵が楽しめるなんて贅沢なことだからです。
しかし、そんな素敵システムを備えたツイステを満喫する生活に突然終わりが訪れました。
その日、SNS依存症の私は、朝起きてまずTwitterを開きました。寝ぼけ眼をこすりながら、TLを眺めていました。穏やかな朝でした。その日は1日用事もなかったし、ふとんの中でぬくぬくでした。
フォロワーが少ない私のTLは静かでしたが、ひとつひとつのツイートにしっかり目を通しながら、フォロワーのおもしろツイートや萌え語りを楽しんでいました。そこに突如、リドルくんSRのグルーヴィー後のスクショが現れたのです。
私は音速でTwitterをタスクキルしました。サムネだけで済んだのは不幸中の幸いです。誰が挙げたのかわからないくらい、一瞬でタスキルしました。なんとなくイラストの雰囲気を掴んでしまいましたが、ギリセーフです。
心臓はいつになくうるさく、口から飛び出すかと思うほどでした。嫌な汗が止まりません。
今日はTwitterを控えようと思いました。いつ目に入るかわからない。TLだけでなく、「リドル」の3文字で検索するだけで危険が伴います。己の危機管理のガバ加減にうんざりし、自力でグルーヴィーさせるまではTwitterは辞めておこうと思いました。賢明な判断だと思います。
目覚めの悪さに顔をしかめつつ、私は次にInstagramを開きました。
ストーリーチェックは日課です。Instagramのリア垢にはツイステオタクはほとんどいませんし、安心安全です。グルーヴィー後が目に入ることはあり得ないでしょう。
そんな私の脳天にイカヅチを落としたのは、一発目、仲のいい友人があげたストーリーでした。彼女がオタクであることは知っています。ツイステをやっていることも知っていました。ミュートさえしてりゃあこんなことにならんかったと思うと悔やんでも悔やみきれません。(ていうか普通リア友ミュートしない)
私がいけません。イベントを走っていれば、今頃彼女のようにリドルくんのSRを入手してグルーヴィーさせ、その素敵なイラストをにやつきながら眺めていたと思います。
怠惰な私は推しイベを走らなかったのです。「まだ期間もあるし明日でええか」とツイステにログインすることをサボったのです。
その友人は、ストーリーにグルーヴィー後載せてやがったんだよ。
まさか、インスタのリア垢で?普通やるか?TwitterでもFFですから、きっとTLで見たリドルの残像もこの女の仕業でしょう。
腹の底から怒りが湧き上がりました。
冒頭でも言いましたが、私は心が狭いのです。なぜお前の「リドルくんじゃないみたい。オス顔ぴえん🥺」という文言とともにリドルくんのグルーヴィー後を、お前のインスタのストーリーで見なければいけないのか。
本当に無理でした。グルーヴィー後を載せてはいけないという規約も、暗黙の了解みたいな隠れたルールもありません。彼女のしたことは犯罪ではありません。ただ私が気に入らないだけなんです。でもな、別のところでやってくれよ!
せめてストーリーだけには載せないでくれよ。なんなんだよ。
言葉にならない無力感、自分の不甲斐なさ、友人を恨む気持ち、友人だったはずの彼女に憎悪を向けてしまう自分への苛立ち
みなさんは、グルーヴィー後のイラストをTwitterやInstagramにアップロードするのは、いつからOKだと思いますか。
みなさんはグルーヴィー後を載せるとき、スタンプで隠しますか。
リドルくん、心の器がハムスターのうんちくらいちっさいこんな女が一瞬でもあなたを推してしまってごめんなさい。
夢を見せてくれてありがとう。大好きだったよ。
今更おけパの話とかツイ読んで、私の経験を書きたくなった。オタク歴三年半のただの自分語りである。
ツイッターのアカウントで話すには気恥ずかしいのでこの匿名サービスを初めて利用してみることにする。
まず、恥ずかしながら私は高2の1■歳である。なので、まだわからないことしかない。自分の無力さに気が付いたばかりの思春期だ。これを読んでいる大人の方は「こういう時期もあったなあ」と恥ずかしくなってくれているんじゃないかと思いあがっている。
私はツイッターを始めてから三年の間、誰かに話しかけたことがない。趣味垢を作ってから三年ほどフォロワーがbotしかいない鍵垢で神と崇めてた絵師様の絵を見てふぁぼりつを飛ばしていただけの存在だった。
そしてそのころはフォロワーが一万人以上いる神絵師/神字書きのツイートにリプライをタメ口で送りタメ口で返され、通話の約束を取り付けているフォロワー数百人くらいのアカウントが不思議で仕方がなかった。そもそも自分が話しかけないのが悪いので嫉妬などはそこまでなかったのだが、なんの作品もアップしていない一般人がなぜ「神」と楽し気におしゃべりしているんだろう?と今思えば双方に失礼でしかない思考をしていた。
あるとき、私はとある絵師様を見つけた。知らないジャンルの知らないキャラクターのイラストを描いていた。
絵柄がとても好みだった。シチュエーションも、その人の妄想ツイートも、全て好みだった。しかしそのジャンルに興味を持つこともなくただ時折見かけるツイートにいいねするだけで、だんだん忘れていった。
そして二年ほどたった最近、とある人気ゲームに手を出した。飽きたらアンインストールするつもりでだらだらとプレイしていた。
その時ふと、かつて読んだ物凄く好みの漫画に出てきたキャラクターがこのゲームのキャラであることに気が付いた。その人のIDもアカウント名もフォローしていたことさえも忘れ去っていた私は、死に物狂いで探した。もともと好きだった作品の、そのキャラクターをやっと知って同じ土俵に立てたと嬉しくなったからだった。
やっと見つけて作品を読み直したときの衝撃は計り知れない。まるで世界が一気に広がって、そのゲームの世界観にむりやり取り込まれたかのように錯覚した。到底敵わないと思うよりも前に作品に感動して、没入した。そして、これが問題だった。
察する人は察してしまうと思うが、このゲームは元々設定がほとんどない。アニメ等も公開されているがその解釈は全てプレイヤー本人にゆだねられている。その解釈が固まる前に私は神の解釈を読み、凄まじい感動を覚えてしまったのだ。
それからしばらく、神が書いた数年分のツイートをむさぼるように読んでいた。私が神を忘れ去っていた二年の間にすでに神はジャンルを移動しており過去ツイを漁るのは少し大変だった。ただアカウントをそのまま使っていらっしゃったのは幸運以外の何物でもなかった。
○○のジャンルのツイートを拝見して、と長文の感想を送った。返事が来たのが嬉しくてさらに送った。その返事にそのゲームのキャラクターのイラストが添えられていた時は飛び上がって喜んでいた。それからおけパ中島のように神に気安く話しかける知らないアカウントに嫉妬して通報とブロックしたりしていた。ドロドロ期だ。
ほとんどすべてのツイートを読み終わってしばらくして、だんだん飢餓感を覚えるようになっていた。すでにジャンルを移動していった神からは供給がなかったからだ。だから、自分で創作を書き始めるようになった。公開する気もなく、ただ自分だけが楽しむために。勉強時間と学生という身分の自由さをフル活用して書いた。今までも、オリジナルの一次創作や夢小説を書いていたから書くことは苦痛でなかった。
書いて、書いて、書いて、神のツイートを読み返さなくなって、最近の日常ツイートをRTしなくなって、ある時、自分の作品を通して神を見ていたはずが、自分で自分の作品が好きになっていることに気が付いた。当たり前だ、神の解釈をベースにしたとはいえ書いているのは自分なのだから。自分と解釈一致するのは自明の理だ。
そうしたら、急に自己顕示欲が出てきた。自分の書いた作品を読んでもらいたい。神になれなくても、神の目に留まらなくとも、私も神のように誰かの好みになれればいいなと。pixivにアップするのは少しハードルが高い気がしたのでまずはツイッターのアカウントを作ることにした。初めての公開アカウントだ。ようやく、ほかの人と交流を始めた。
同じくらいの年代らしい同じジャンルのアカウントを覗いて下調べして、繋がりたいタグを使って。初めて、私はツイッターで自分の存在を主張した。フォロワーが百人できた。なんでもない日常のツイートをするようになった。いいねが付いた。ただ嬉しかった。
さて、当初の目的では誰かに作品を読んでもらいたくてアカウントを作ったはずだった。でも初めて誰かがインターネット上で自分を認識してくれた喜びに酔っていて、作品のアップロードのことなど普通に忘れていた。それと私のFF層の雰囲気もあって、今更アップロードすることに恥ずかしさを覚えていた。
だから、学校を休んだ日に「すぐ消すよ」と注意書きをつけて学生のフォロワーたちがほとんど授業中の時間帯に小説を画像化してアップしてみた。数分していいねがついた。二時間ほどで四ついいねがついた。結構好み、と仲のいいフォロワーからリプも一つだけ来た。ツイートを消すかどうか迷った。その時なぜかすとんと腑に落ちた。
そうか、神は私と同じなのか。神はただ自分の書いたものをツイッターにアップしてくれてるだけの、次元が違う誰かでもない、同じこのゲームのこのカプのファンなんだ。私と同じように自分の解釈で話を書いて、たまたまそれが私に刺さって、私が勝手に見上げていただけで、同じ立場にずっといたのか。
その人には友達もいるし私の知らない交友関係もアカウントを始めた初期に仲良くなった誰かもいて、ただツイッターを楽しんでるだけで私に崇められる謂れもない、普通に絵と文章がめちゃくちゃ上手いだけの人なんだ。
気が付いてから、今度は神ではなく、文字書きの先輩としてジャンルの先輩として私をこのゲームにハマらせてくれたきっかけとして感想を送った。絵が好きです解釈が好きですこのゲームを好きにさせてくれてありがとうございますこれからも応援してます、そんなありきたりな感想だったけど、自分の中で一つの決着がついた気がした。その感想をきっかけにweb再録と未アップのイラストも公開してくれたのは本当に嬉しくて、あの人も嬉しかったんだなと思えて、これからも神ではなく推し絵師として一生推していくことに決めたのである(これは若さゆえの誇張表現)。
結局なにが言いたいのかはぐちゃぐちゃで、ただ自分の体験を整理したかっただけな感じだが、規模が違っても、見よう見まねでも、同じ立場に立ってみれば見えるものもあるんだなーとあなたに伝えられたなら嬉しい。それから、そのことをもう知っている大人のみなさんには、ネットの使い方をよくわかっていなかった子供が三年かけてやっと少しだけわきまえてきたことを喜んでもらいたい。
そして、期待の超新星字書きが活動を始めたことも祝ってください。
色々な失敗とかやらかしから私が学んだことは、神になろうとしてない実在人物を神とするのは本当にただの迷惑行為だろうし、かってに「信者」側がその人とその周りをコントロールしようとするのなんて論外だということだ。普通に考えて当たり前のことを、私は見失っていたらしい。
自分の才能に絶対の自信がある思春期にこの経験が出来て、そして誰かを傷つけてしまう前にそれに気づけて、またツイッターのたくさんの方達に気づかせてもらえてとてもよかったと思っている。
これからも、いくら崇めても問題ない創作キャラに傾倒して楽しく創作ライフを送っていければいいな、そして私の作品が誰かに刺さりますように、という願掛けもこめて。
昨晩ダイエーアプリを更新したら1日で0.5GBも通信してて呆れた
バックグラウンドで2ギガ近く通信します。07/01の月初に通信制限かかりました。(アプリの不具合らしいですが) 大迷惑です!
期待を裏切らず、ゴミアプリのままです。 チェックインの最終段階でエラー再起動のループ。 軽量化すべき。
https://play.google.com/store/apps/details?id=jp.co.daiei.app&hl=ja&showAllReviews=true
一日なのに通信制限通知が来た。
ダイエーのアプリが1.7ギガ通信して、もうすぐ通信制限かかってしまう。どーすんのこれ?— はっぱ (@leaf4852) July 1, 2020
ダイエーのアプリ、アンインストールした。何にアクセスしていたのか超不安だし、今月のギガどうしよう、、まだ一日だぞ。
今日一日熱いなとは思っていたけど、そりゃないよ— はっぱ (@leaf4852) July 1, 2020
自分が0.5GBのパケ死で済んだのはクソ重いLINEモバイル回線だったからですね
よかった