はてなキーワード: 煽情的とは
前回:https://anond.hatelabo.jp/20230328202632
前々回:https://anond.hatelabo.jp/20230208195420
宮崎県で地震が発生した翌日、震源地に近い場所にさきの冬から越して住んでいる友人と、私の地元で会うことになっていた。
地震発生から数時間は彼女と連絡が取れずに肝を冷やしていたが、「全然なんともなかったよ。明日も行けそう」という気楽なLINEの返事がきて、翌日には彼女と会うことができた。
震度6弱の揺れに見舞われたはずの彼女は、LINEの印象と違わぬあっけらかんとした調子でこう言った。
「地震の後さ、防災無線がずっときこえてるんだけど、『○○市です』っていう冒頭んとこしかききとれなくて。あとはずっと何言ってるかわかんなかったわ」
「そんな住民なら誰でも知ってるような部分しか聞き取れないのヤバくない?」
「右折待ちで停止してて。信号変わったから曲がろうってハンドル切ったけど車がびくとも動かなくて。ほんと全然動かなくて、あ、これ溝に嵌ったのかなって焦ったんだけど、周り見たら道路標識とかすっごい揺れてて、それで地震ってわかったんよね。でも歩行者も、きゃーとかわーとかなってなくて、なんかぽかんとした感じだったし、そんなひどい揺れと思ってなくて。宮崎って普段ぜんぜん地震ないから、みんな何がおこったかよくわかってなかったのかも」
「海をこよなく愛する人以外はすめないね。海をこよなく愛する人にはいいと思う」
と切って捨てた。彼女は海をこよなく愛するどころか泳げもしない。ただ私は「海をこよなく愛する人」という表現がとてもいいなと思っていた。そんな人、絶対友達になれそうにない。
話をしている場所はコメダ珈琲だった。彼女の今すむ土地ほどではないが、私の地元も田舎なので、夜遅くまであいているといえばコメダ珈琲という具合。
午後遅くに合流した私たちは、カフェや居酒屋をはしごし、話したりないからコメダ珈琲に落ち着いていた。
彼女の話がひと段落したタイミングで私は手洗いに立ち、戻ってきたら、彼女は彼女の正面の壁、つまり対面で座る私の席の背面に当たる壁を穴の空くほど見つめていた。
「あ、絵?」
と言って私も見上げる。そのリトグラフには、愛おし気な顔をして顔を寄せ合いソファに並んで座る男女の姿がイラストレーション的なタッチで描かれている。その男女の前には追いかけ合う、おそらく雌猫と雄猫。睦まじい恋人たちの風景。
それだけでは彼女がじっと見つめるには足りないはずだと、さらに注意深く眺めて、私はあることに気づいた。
「……おっぱい丸出しだね」
「そうなんよ。それで見てたわ」
描かれている男女は、ともにきっちりと洋服を着こんでいる。男性に至っては腹のあたりにカマーバンドがのぞくタキシード姿にすら見え、その傍らには山高帽。女性も丈の短い長そでワンピースに網タイツというやや煽情的な姿ではあるが、しっかり服は着ている。ただ、胸部分を丸出しにし、傍らの男性に向かって寄せていた。
「そうなんよ」
彼女はまだじっと絵を見ている。女性の胸の谷間には、ふくよかなハートのモチーフがさしこまれ、そのハートに男性の手がそっと触れている。それは男性に差し出しているものなのか、それとも男性から差し込まれたのか、彼女と私の間で意見がわかれた。いずれにせよ、いかにも愛の交歓と言った様子だが、おっぱいは丸出しである。
「そうなんよね……誰の絵かな。サインがあるけど読めないわ」
「ああそうか」
角度の問題か私の位置からはうまくいかなかったが、彼女の席からはうまくいった。
生まれてこの方寡聞を体現しつづけてここまできた私は、その画家を知らなかった。彼女もまたそうだった。調べてみると、20世紀フランス最大のポップ・アーティスト、くらいの紹介がなされており、軽井沢には画家の絵を蒐集した美術館もあるらしい。大変著名な画家のようだ。コメダに飾られていた絵のタイトルは『ハートのプレゼント』。一貫して男女間の愛を、恋人同士の姿を描き続けてきた画家と言うことらしかった。
「女がおっぱい丸出しの絵、多くない?」
女性の衣服の胸の部分が観音開きになっており、その布を小鳥が両側からついばむことでおっぱいを御開帳的に露出させていたり、おっぱいの上に小鳥がとまっていたり、まるだしにしたおっぱいの先の乳首から開いた傘が出ているように見える絵もあった。なんなら両のおっぱい自体が小鳥、という絵もあった。おっぱい露出バリエーションが豊かだし、どれも真顔だ。
私はこの画家のことが一発で好きになり、「ポストカードとか会社のデスクに飾りたいな。いちばんおっぱい丸出しのやつ。それ見て元気出しながら嫌な電話とか乗り切りたい」と言った。すると彼女は「そんなのやめなよ。何がセクハラって言われるかわからない世の中だから。増田ちゃんのことを貶めてやりたい人に、おっぱい丸出しの絵のせいで足元をすくわれるかもしれないよ。おっぱい丸出しの絵をデスクに飾って風紀を乱しているとかさ」という、令和という時代の空気感そのままのことを言ってよこし、私はなるほどそれもそうだなと思った。
「じゃあやめとくわ」
言いながら、私はこの絵、男性も好きだろうなと思った。男性とは5年前から恒常的にセックスをしている相手のことで、 https://anond.hatelabo.jp/20230208195420 この話に出てくる。
大学の頃は美術部にいたらしいので、もしかすると画家のことを知っているかもしれない。
友人は、「なんかそもそも、女ばっか恥ずかしいところ露出してるの微妙だよね。男もどっか出せばいいのに」と言った。
「出すところ限られすぎてて無理じゃない? わいせつすぎて絵の趣旨がブレない?」
と答えると
「いや、それ言ったらそもそも、おっぱい丸出しにする趣旨からよくわかんないから」
と彼女はきっぱり言った。私はそんな彼女のことをこよなく愛する人だ。
盆の帰省を終え、私は男性の家に行くと、レイモン・ペイネの話をした。概ね上に書いたようなことを告げると、彼はすぐ自分のスマホでイメージ検索をはじめ、美術をたしなんでいたことがあるとは思えないほど爆笑していた。
「ほんまにおっぱい丸出しやんか!!」
「そう、だから好きだろうと思って……」
「大好きや」
男性は臆面もなくおっぱい丸出しに受けていると宣って、おっぱい丸出しの絵をスマホで見つけ出してはげらげら笑い、しまいには「メルカリに皿が出てる、600円くらいやし欲しいかも」などと言い始めた。
「でもグッズはどれもおっぱい丸出しではないよ」
「どうせならおっぱい丸出しのグッズがほしいよな」
「ペイネ美術館にはオリジナルグッズがいっぱいあるっていってた。そこにおっぱい丸出しのグッズがあるなら行きたいね」
などと我々は知性のかけらもないことをベッドに寝ころびながら言い交わし、おっぱい丸出しのためだけにに軽井沢に行くのはどうなのか、というような結論でその話は結ばれた。
そのうち話題は別のことに移ろった。
阪神大震災のあとタクシーに乗ったら、ドライバーが、道路がこんにゃくみたいになりましたわと言っていた、ああ多分私の友達が右折できなかったのも、道路がこんにゃくみたいだったからかもね、こんにゃくの上は右折できないわと、そんな具合に。やがて雰囲気はセックスという感じにうつろい、彼は私のパジャマのボタンの一番上に手をかけた。そして不意に「ペイネの小鳥やな」と言った。
ついさきほどまで二人で見て爆笑していたおっぱい丸出し画家の名である。我々は本当に学習しない。私はもうどうしようもなくげらげら笑ってしまい、笑い上戸で釣られ笑いが多い男性ももちろん笑いだした。
つまり、セックスの雰囲気はそこで雲散霧消した。我々がセックスレスになるなら、笑いすぎて雰囲気が消失しがちなことが原因となるだろう、おそらくまれな原因なのではないか、などと真剣に言い交わしたあと、私は男性に「でもちょっとまだ勃ってるね」と言った。実際にそうだった。盆の帰省はながかったので、久々のセックスの機会だった。
男性は「ほんのり勃ってんな」と、自分の勃起状態をそう表現した。
「ほんのり」と私は笑った。ペイネの絵にも、露骨過ぎないほんのりとした色気がある、そのような評をどこかで読んだなと思ったので、私は彼に「ペイネ勃ちだね」と言った。
すると、もはやセックスの雰囲気は雲散霧消を通り越して爆発四散という様相になった。男性はひとしきり笑った後、さんざん「なんやペイネ勃ちって!!」と私を叱り、わたしはもう開き直って「そのほんのりとした勃起の状態にぴったりかなと思って」と答えた。
いつかこの男性との間に肉体関係がなくなり、会わなくなるという日がないとは言えない。先のことは誰にもわからない。
しかし私はやっぱり直一の名前と同じで、この先男性と会わなくなり、彼の名前を忘れる日がきたとしても、レイモン・ペイネという画家の名を忘れることはないと思う。
身体の輪郭が分からなくなるくらいの灼熱に晒されて、ふらつきながら地下へ潜り込んだ。長旅の終わり、我は、我は疲れていた。スーツケースと、スーツを入れたケースを持ち運び、エスカレーターを上り、下り、階段を上り、下り、しているうちに魂はすっかり枯れて萎んでしまったのであった。
地下は、地上の熱風を遮るために、過剰な冷気を噴出しており、噴出口のある天井には小さな氷柱が出来ていた。地下に降り立った瞬間、我は異様な熱気と寒気を同時に浴びる区間に突き当たり、前後が全く不覚になってしまった。目の前が白黒し、思わず近くにあった、壁の大理石を切り出して造られた硬いベンチに腰掛けた。尻が石の冷たさを真正面から浴びたことで、かじかんで震えた。尻がかじかんだのは、人生で初の出来事であった。
そうして尻がかじかんでしまった我は、すぐに大理石のベンチから立ち上がり、這々の体でコンビニエンスストアに滑り込んだ(実際、あまりの冷気に大理石の地面には薄く氷が張っており、革靴の真っ平な靴底を多少滑らせながら前に進まなければならなかった)。コンビニの店内も変わらず冷気に満ちている。
カイロを買わなければならなかった。こんな灼熱の時期に?カイロなど売っているのか。「ありますよ」金色のミドルヘアーを揺らして女性のコンビニ店員が歩いてきた。質問をしていないのに答えをくれた金髪店員は店内の奥、「従業員以外立ち入り禁止」と書かれた銀色の扉のその横、ドリンクコーナーの端のところの、よく見るとハンドルになっている部分を引っ掴んで、回した。すると、ドリンクコーナーがぐるりと回転、ちょうど隠し扉のようになっていて、店内の客が全員こちらを振り返るくらい盛大な音を立てて、開いた。我は驚いて、寒さを忘れた。金髪店員はニヤリと笑い、「ヒアユゴー」。
暗渠といって差し支えないコンビニ版「おくのほそ道」。真っ暗で何も見えない道の先を金色の髪だけがピカピカと照らしていた。歩き進むと徐々に周囲に光が満ちてくる。暗渠も終わりが近い。金髪は光に照らされて、眩しいほど輝いた。
開けた場所に出た。そこは、外。上った気はしないが地上であった。暖かい。冷え切った筋肉の繊維を溶かすように、優しい暖かさが全身を包み込んだ。身体が液体となって地面に溶け出すような心地良い感覚に包まれる。金髪店員が微笑んでいる。金髪店員のきめ細かい肌は白く、長いまつ毛が我を煽情的にした。恋をしているかもしれない、そんな状態の自分が好きかもしれない、と思った。天然のカイロはやがて灼熱と化し、実際に我の筋肉の繊維を溶かした。金髪店員も店の役目に戻り、コンクリートの上に浮かぶ陽炎だけがその場に残った。
一つは、何人もの女性がレイプされているのに、誰一人訴えたり友人とかに相談したりせず、それどころか相手のことを好きになったりしていること。いや、もちろんそういう傾向があることは理解してるよ。でも一人もいないってどうよ?それは流石にありえなくない?
それだけ男が狡猾で洗脳スキルがあったってこと?女性は100%性被害を訴えられずに認知的不協和を起こしてしまうということ?ストックホルム症候群?
倫理的には加害者が悪いのは当然だが、確率的にそこまで偏るってことがあり得るのかな?
もう一つはアナルセックスの描写。あのシーン、必要だったのかな?
そこまで男がクズだってこと?そこまでひどい性被害を受けてたってこと?
これはタイトル忘れたけど、イギリスだかどこかだかの映画で、父親が未成年の娘に性加害しててアナルセックスを強要してるシーンがあったときにも感じた。
【追記】
そういう傾向があることは承知ってわざわざ書いてるのに。「誰一人」ってところが確率的にどうなの、って話だよ。そこにこういう事例もある、ああいう事例もある、なんて絶対数で反論されても反論になってない。性被害に遭ったときの女性の心理は~っていうのも同じく反論になってない。そんなことは当然わかってるから。
水着がわいせつだとか健全だとか、中学生がいかんとか、そうすると子役はいいのかとか、全くの枝葉を大げさに騒いでいる。
結局のところ、水着撮影のカメラの撮像素子の先に、KKOがいるかいないかが全て。
プロカメラマンであろうがなかろうが、煽情的であろうがなかろうが、関係ない
KKOへの差別はあらゆる面で正当化されるから、もっともらしい理由を後付けすれば済む。
フェミニズムは辞書によると男女平等主義だそうだけど、KKOは駆除すべき対象でしかないのだから、その平等主義の対象外。
平等主義の対象として人間扱いされるのは、WOKEして目覚めた人たちに限られる。
もちろん、表立ってそんなことは言わないけど。
ついでに言うと、
KKOに媚びを売るグラビアアイドルも、WOKEすればその過去に苦しむのは確実なのだから、まだ目が覚めていない可哀そうな存在として保護すべき。
立憲との共闘がそこそこ成功したのが脅威に受け取られたんだと思う
立憲との共闘のやり方は、自民を支援する公明党の手法のパクリだなとは思っていて、そこそこ成功する可能性は高いと見てた
共産党も公明党も勢力衰退し続ける古参なのは似たような立ち位置だし
コケたのは、実際に選挙結果で成果を出したのに、共産との連携は失敗って言いだした立憲側の内部のゴタゴタからだと思ってる
当然、立憲内部に対する外からの働きかけはあったと思うけど、
それ以上に立憲が組織として脆弱なままの寄り合い所帯なのを理解しないで選挙協力に共産党の未来を賭けちゃった共産党上層部の読みが甘かったって話かなと
(あるいは寄り合い所帯だからこそ共産党からの影響力を強められると踏んだのかもしれないけど、一般レベルでの共産アレルギーの強さを自覚してないってことよね)
そこから崩れて、あとはやられっぱなしって感じか
僕は共産党のいいとこは、昭和のままの、自民党みたいな玉虫色の、何でもアリな政党であることだと思ってる
環境とか教育とか、赤旗でなんか偉そうなことを書いてるときは、だいたい自民党でも似たような偉そうなことを言ってる
共産党がネットで叩かれる原因になるような話題にしてもそうでさ。活動層はどうせどの政党への同じように働きかけてるからね
そして、そういう様々な活動層に全方位にいい顔をしてるのも自民党も共産党も同じこと
ショッピングモールの女性用下着売り場を通り過ぎるたびに思うことがある。街ゆく女の子たちのスカートの中は、こんなにもエッチなパンティー姿なのだろうか? 生地が薄くて素肌が透けて見えそうではないか。こんなエッチな下着を上下揃えて着る必要があるのは、せいぜい風俗営業などでプロの女の子だけだろう。アマチュア(?)の女の子にエッチな下着を着用する必要はないはずだ。
一方、男の私は、黒系統の地味な色の厚手のボクサーブリーフを履くことが多い。しかし、男女それぞれの生殖器の機能を考えるならば、逆であるべきだ。すなわち、下腹部を冷やしてはならない女こそが、厚手のボクサーブリーフを履くべきなのだ。それも、生理やおりもので汚れが目立たないように、色は黒系統がいいだろう。それとは逆に、男こそが男性器(睾丸)の冷却のために、通気性の良い薄手のパンティーを履くべきだ。ただし、男が女性用パンティーを履くべきということではない。女の子が胸の形状に合わせてブラジャーを付けるように、男も男性器の形状に合わせたパンティーを履くべきだ。
かつての日本(昭和初期以前?)では女性はブラジャーを着用せず、和装に合うように胸を押さえつける下着を着用していた。胸の形を自然なままで維持することも、胸をセックスアピールに用いることも、していなかったのだ。しかし、ブラジャーの輸入によって、女性の胸の価値観が変化したことは語るまでもないだろう。それに対して、男性器を覆う衣服はどうだろうか? ふんどしはブリーフに代わり、袴はズボンに代わり、男性器は内側へ押し込んで隠すように変化している。女性の胸が形を維持し強調しアピールにも用いられてきたのとは逆の変化だ。これにより、陰茎の成長を妨げたり陰嚢の放熱を妨げて精子量が減少したりと、男性器に対するデメリットが大きくなったことは言うまでもないことだ。
紡績と縫製の技術が進歩してきたのだから、男性用下着もブラジャーのように進化するべきだったのだ。具体的には、男性器を収納するスペースを専用に確保すべきだ。この『はてな匿名ダイアリー』の場なら、『ちんカップ』・『玉カップ』という言葉を用いれば説明は容易だ。『玉袋ゆたか』のプロフィール欄にて、身長や体重などと共に併記されていた属性である。ブラジャーが胸囲(アンダーバスト)だけでなくカップ数で細かく分かれるように、男性用下着も『ちんカップ』・『玉カップ』で細かく分類されるべきだ。男性器の収納方法は、ビガーパンツのように、陰茎と陰嚢を分けて収納できるようにセパレート構造が望ましい。陰茎を覆う生地の先端部分に穴が空いており、そこから亀頭を露出できるので排尿も容易だ。
話が長くなってしまったが、端的に言えば、男の子は薄手の生地のパンティーを履き、その男性器部分は陰茎と陰嚢のそれぞれを独立に収納して、男性器の形状を押さえることなくできるだけそのままの形を維持すべきということだ。昔は伸縮性のある生地など存在しなかったが今は伸縮性のある化学繊維があるので、陰茎の勃起にも生地が伸縮して対処できることだろう。もちろん、通気性のためにズボンではなくスカートを履くべきだ。
私が理想とする世界では、男の子はスカートを履いているのだ。そして、スカートをめくると薄手の生地のパンティーが臀部をぴっちりと覆ってその形状をあらわにしているのだ。それだけでなく、陰嚢も陰茎もその形を崩すことなく、そのままの形で薄手の生地に覆われているのだ。外部に生殖器の形が表れない女性でも、薄手のパンティーとミニスカートを履けばエッチになるのは言うまでもないことだろう。生殖器の形が外部に表れる男の子がそんな恰好をしたら、女の子以上にエッチになってしまうのは想像に難くない。そうなれば、男女交際における性の役割は逆転することだろう。すなわち、男が誘惑する側の性で、女が誘惑される側の性だ。生理周期のある女性と違って男性は24時間365日発情期なので、女から男を誘うのが、合理的な男女交際や性交渉と言えよう。男性側の問題としては男性の性欲や精液貯蔵量だが、それは陰茎の勃起によって判明できるので、男性が薄手のパンティーを履いて勃起を鮮明にすることにメリットがある。具体的には、女の子が男の子のスカートをめくり、男の子が多少嫌がるそぶりをしていても、勃起をしていればOKということだ。逆に言えば、男の子が性交渉に肯定的な態度をとっていても、勃起していなければNGということでもある。そんな世界においては男の子が異性(女の子)に対して自身の性的価値をどのように認識するのだろうかと、思考実験を試みた。思考実験に用いたシミュレーション内容は、上述した架空の世界での男子中学生同士の会話である。以下に内容を述べる。
男子A(以下、A)「おい、お前。なんでスカートを短くしてるんだよ? 女に媚び売ってんのか?」
男子B(以下、B)「ち…違うよ。最近玉カップが蒸れるから通気性のためだよ」
A「それに体育の着替えの時に見たけど、エロいパンティーも履いてるよな?」
B「履きたくて履いてるわけじゃないのに。ジュニア用のショーツを履きたいけど、サイズが合わないから無いの」
B「そんなわけないよ! いつも女の方から一方的にスカートめくりされて、困ってるのに…」
B「勃起してない! ちんカップも大きいから勃起してると勘違いされるの!」
B「好きで、デカちんやってるわけないのに。サイズの合うショーツはなかなか売ってないし、日中うっかり勃起したら目立つし、いいことなんてないよ」
A「やっぱり勃起してんじゃねーかよ!」
B「そっ…それは生理現象だから仕方ないでしょ! でも、クラスの女子相手に勃起するわけないでしょ。クラスの女子なんてまだ幼稚だし。女子から下半身をじろじろと見つめられるたびに、キモさでちんぽが縮こまるよ」
うむ、なんというエッチな世界だ。このまま男子Aと男子Bの組んず解れつのミニスカ・キャットファイトを書いてみたい欲求もあるが、本題とは外れるのでこの辺にしておこう。ちなみにシミュレーションの対象に男子中学生を選んだのは性的成長を強調するためであり、私の趣味とはあまり関係がない。なんなら、ビール腹のおじさん同士の方が『はてな匿名ダイアリー』の場においては受けが良さそうなので、興味のある人は人物設定など属性を変えてシミュレーションすべきだろう。
しかしながら、現実の世界は、なぜ私が理想とした世界とは異なるのだろうか。具体的にいうなれば、なぜ男の子は機能性も装飾性も低い下着を今もなお履き続けているのだろうか。おそらくだが、男の子が女の子以上にエッチな文明は過去にあったかもしれないが、現在は滅びてしまったのだろう。
文明はなぜ滅びるのか。文明の黎明期においては自然環境の影響が大きかっただろう。自然災害や悪天候がそのまま食糧生産に直結するからだ。では、食糧供給が安定した状況では、文明や国家はどのようにして滅びるのだろうか。戦争や革命による文明や国家の打破が考えられるが、その根底にあるのは資源・経済・科学技術・文化など様々な要素から成る組織力の優劣である。中国(チャイナ)地方は、広大で肥沃な土地がもたらす豊富な資源によって、王朝を何度も変えながらも長年にわたって皇帝が国家を支配していた。しかし、アヘンによって王朝は途絶えてしまった。また、中国由来の娯楽に麻雀があるが、麻雀は『亡国の遊戯』と呼ばれていた。麻雀があまりにも面白くて国民がみな麻雀に熱中してしまい、国力を衰えさせてしまうからだという。中国において麻雀の発祥時期が定かでないのは、麻雀の勃興と権力者による歴史からの抹消を繰り返してきたからだろう。
エッチな男の子も、アヘンや麻雀に匹敵するほどの亡国的な魅力を秘めているのだろう。考えてみてほしい。性欲の絶頂期にある男子中学生が煽情的なミニスカートを履き、その内では男性器の形をそのままに模した薄手のパンティー姿でいるのだ。陰嚢の圧迫や勃起の阻害も無く性的成長した男子中学生を前にして、国家は健全なままでいられるとはとても思えない。経済・科学技術・文化のハッテン発展は妨げられてしまうので、国力が衰えるのは間違いないだろう。男の子のエッチさを抑制して、代わりに国家を発展させたのが人類の英知だったのだ。生地の薄いパンティーをあえて女の子に履かせているのは、文明の存続のために仕方がないことなのだ。
私は藤井風のアンチでも何でもなく、むしろライブに行くぐらい好きで、他のファンとの交流も楽しんではいるんだけど、
それはYouTubeやブログ等で、藤井風の一曲一曲の歌詞を取り上げて、
【○○(曲名)の○○(フレーズ)に隠された深い意味とは!?】とか、
【○○(曲名)の歌詞の意味を教えます!実はこれは○○の歌だった】
みたいに、その人のスピ観と絡めまくった解説を何十個とあげ続けている人たちだ。
これを一曲ならまだしも、ほぼすべての曲にわたって、一点の疑問も持たずにまるで聖書の聖句のように有り難がって絶賛しているのを見ると、申し訳ないがとても気持ち悪いと思ってしまう。
見なければいいだけなんだけど、それが煽情的なサムネとともに関連動画や記事として流れてくる。
悪いが見てて恥ずかしい。
藤井風の歌詞は素晴らしいと思うし、いわゆるスピ的な要素も多分に含まれることは事実で、私もそこが好きだし、心の中でそうやって賞賛してる分にはいいんだろうが、それを上記のような動画や記事にして逐一垂れ流しているのを見ると、野暮の極みというか、どうにも、当人を利用した自慰行為を見せつけられているような生理的な嫌悪感が湧いてしまう。
歌や演奏のカバーとか物真似、曲全体の解説などは全く気にならないのに、上記のような人達だけはどうにも気に障る。
といってもファンで同じように感じてる人間なんてほぼいないだろうし、止めろという権利なんてないんだが、
この不快感の理由を説明できる人に説明して欲しいという思いで増田にそっとつぶやく。
この気持ち何なん。
ごくありふれた、あと2, 3年で30歳を迎える交際経験ゼロの童貞男性。
昔から性嫌悪や男性嫌悪の傾向があって、元々強い方ではなかったが最近、性欲を完全に失ったのではないかと思う。
友達が少なく、こういう下の話をする機会がなく、一般的な男性の性欲がどんなものか分からないので聞いてみたい。
同い年の唯一の友人はまだまだ現役で、年間1000回も自慰をするというから驚きだ。
性欲減退について、MSDマニュアルにあるように「性的思考を抑圧する考え方が身についていること」これは非常にあてはまる。
自分はいわゆる「賢者タイム」の影響を強く受けやすいタイプなのもあって、幼少期から自慰行為そのものに罪悪感を覚えていた。自慰をしたことで何か罰が当たるのではないか、という思考だ。
「性的思考を抑圧する考え方」を持つに至ったきっかけを説明するとかなり長くなる(読む人がいればだが)。
兄が中学生になって性に興味を持ち始めた頃、小学生だった自分もエロサイトを(半ば強制的に)見せられた。
内容の理解は出来なかったが、こうして性知識を得たのは小学2, 3年生とかそれくらいだったろう。
その当時(20年くらい前)はフラッシュ全盛期で、AVよりもアニメ調のエロフラッシュに多く触れたということが後の志向に影響していると思われる。
小学生・中学生の頃はまだ、好きな女子をオカズに自慰をすることがあったが、中学3年生の時に好きになった女子のことをどういう訳か神聖視するようになった。
(自分が厳格な家庭環境で育った、あるいは宗教的背景があった、などが一切ないことを述べておく)
自分の中で勝手に彼女を美化して穢れのない女性だと認識し、この子で自慰をしてはいけない、と強く思うようになった。受験期だったのもあるが、中3の1年間は一切自慰を行わなかった。
自分が高校生になって、アニメを見始めると自慰のオカズに二次元キャラクターを多用するようになった。
(そもそも、AVの成人女性よりも自分と同年代のJC, JKに興味があったが、無論そのような児童ポルノが存在するはずもなく…)
その反面、無垢で可愛らしい二次元の女の子に、己の薄汚い性欲をぶつけることに強い罪悪感と嫌悪感を抱くようになった。性欲と相反する罪悪感・嫌悪感の二律背反に苛まれ、自慰の度に自己嫌悪を増していった。
次第に、自分の愛着のある作品のキャラクターのエロ二次創作を避けるようになり、全く知らない作品へ、更にはオリジナルイラストへと範囲を狭めていく。
そんなことを繰り返していくうちに、「可愛いアニメキャラクターを正当に愛するためには、エロから脱却しなければならない。(オリジナルだとしても)裏で二次元の女性に欲情するのは不誠実である」との思考に至り、自慰行為を控えるようになる。
意思が弱く、なかなか自慰を完全に絶てなかったが、大学院で研究・社会人で仕事が忙しくなると自然と回数が減った。そして最近、コロナ禍でテレワーク環境が生まれたことで家に常に親がいる環境になり、完全に自慰を絶つことに成功した。
ところで性嫌悪に関する記述がすっぽり抜けてしまったが、自分の見てきた二次元のエロの世界では
女性が凌辱されたり、あられもない姿で羞恥を受けたり、(和姦であっても)太った気持ち悪いおじさんと性交していたり、
煽情的な仕草をしている(させられている)という風に、極めて男性が喜ぶように歪められた世界のように見えた。
(初めて観たエロアニメが、「奥手な両想いの男女関係に対して、降って湧いたチャラ男が強姦して無垢な処女を快楽漬けに寝取る」というもので非常にショックを受けたのも大きいと思う)
また、生きていくうちに自然と、「女性は慎ましく淑やかでいなければならない」という思考が染み付き、スラット・シェイミング的にAVに関しても嫌悪感が強かった。
獣のように腰を振り、はしたなく懇願して嬌声を上げる男女の姿が非常に醜く映った。
自慰による自己嫌悪とともに、性に対する嫌悪も強まっていった。
2次元・3次元同様に、性に対する男性の「加害性」のようなものを強く感じ、己の男性性(女性を性的な目で見てしまうこと、性的消費すること)にも嫌悪している。
自分を棚に上げているように見えるかもしれないが、自己嫌悪を拡大させて男性嫌悪しているということだ。
話が長くなったが、つまるところ本能的な性欲を理性で押さえつける構図が成立したことで、性欲を失った。
正直なところ性欲が全くない訳ではなく、経験として一度は性交してみたいという感情も恥ずかしながらある。
前述の性嫌悪と相反する感情であり、だからこそ己を恥じて、よりいっそう自己嫌悪を深める原因なのだが。
しかしながら、やはり二次元の女の子を愛するには童貞を守り、性から離れ、女体を知るなどということは避けるべき禁忌である。それに(今は後ろめたい理由で仕方なくやっているのではないのかもしれないが)風俗など「金で女を買う」という行動も、そちら側の人間になってしまうと一生二次元の女性を愛する資格を失ってしまうため、これもまた禁忌だ。
pixivのフォロワーが5000人くらいで、ファンボックスで25000円もらってる
ファンボックスってのは月が替わるタイミングで支援者が減るんだが、月替わりのタイミングで5000円くらいはマイナスになる
でも投稿し続けていたらすぐにマイナスを埋めれるし、そのままの勢いで右肩上がりに伸びていく
月ごとに額は変動するので、単純に年間で考えて25000円×12カ月という計算にはならない
俺はAIで美麗な絵を生成する能力は劣っているが、AIで生成された絵にストーリー性を持たせる加工をすることは得意としている
エロは見せ方だと思う。単純に素っ裸の女の絵があっても何も興奮を呼び起こさない。煽情的な演出が必要になる
問題は個人的な性欲の衰え。最近オナニーの頻度ががっつりと減っている。作品も自分で楽しむのが一番というつもりで作っているのだが、そもそも楽しもうとする機会が減っている
あと5歳若ければな。あまりこういうことは考えないのだが、AIが出てきたタイミングに関してはそう考えてしまう
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/otsujikanako/status/1597263192409149441
尾辻かな子@otsujikanako
尾辻かな子氏は自らカミングアウトしたレズビアンだ。ggればでてくる。
咲は登場人物はほとんどが女性でありながら恋愛っぽい雰囲気を醸し出している百合漫画だ。
この2点が今回の問題を読み解くうえで非常に重要な論点であることを自らが白状した形だ。
登場人物は非常に露出度が高い恰好を好んでおり、煽情的な恰好で麻雀を行っている。
「ゲイからみたBLファンタジー」がクソで嫌悪する人がいるように
「レズビアンからみた百合ファンタジー」がクソ嫌悪する対象になっているのだろう。
確かに彼らマイノリティの実態ともかけ離れてた内容が描かれて偏見を助長する可能性もあり
でも尾辻さんはそれを隠して性的消費のレッテルで被せて批判しだしたし、挙句には最初のように中身まで結局言及しだした。
「【危険製品】Anker 736 Charger (Nano II 100W) をチェック どうしよう出来が悪すぎる」 https://web.archive.org/web/20220704043526/https://xn--p9j1ayd.net/archives/55794
「めちゃくちゃ危険な充電器です。デバイスの破損は覚悟して下さい 」 ttps://www.facebook.com/purudo.net/
という煽情的なタイトルの記事・呼びかけが公表され、記事本文でも「2度と Anker の充電器は買わないと誓いました」「売って良いレベルの製品ではない」とさんざんAnkerと製品がこき下ろされる。
↓
ITライター氏「やばすぎわろた」 https://twitter.com/kizuki_jpn/status/1543770603139649536
はてなブクマカ「うへー、怖い。」 ttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/xn--p9j1ayd.net/archives/55794
等、記事タイトルや本文の煽情的な煽り文句に乗せられるままに驚愕・恐怖・嘲笑する反応が多数出る。
↓
「Ankerさん。ご質問などがあれば本誌のお問合せフォームからご連絡下さい。(もうここまで来ると、どうにもできない可能性が極めて高いので言いますが)」
と挑発、イキって煽り倒す。https://twitter.com/wwdc1999/status/1543818287972499461
(何が「もうここまで来ると」なのかは不明)
↓
ツイッターでは煽情的なタイトルや本文中の修飾語に流されず、きちんと記事を読み込んだUSB-PDの知識ある方から
「どこがどう仕様に違反してるのか不明。記事内では仕様のどの辺に引っかかっているのか、具体的な説明はゼロ」 ttps://twitter.com/hnpn914/status/1543951816404058112
等と冷静な突っ込みが入り始める
↓
記事執筆者氏、複数のツッコミや指摘を受けて記事の問題点を認識しだしたのか、
「寄せられたご意見とWeb上の意見をまとめて、仕様書を改めて読むと(←改めて?本当?)
確信的なことが曖昧にされているように感じた。あと、USB-PD規格にフェイルセーフの概念がないということは理解した。」
https://twitter.com/WWDC1999/status/1544200772015255553?cxt=HHwWgsDT3fWaje4qAAAA
「USB -PDの仕様書って曖昧じゃない?」https://twitter.com/WWDC1999/status/1543959475736182784?cxt=HHwWgIDUrdC9n-0qAAAA
↓
Ankerから「製品はUSB-PDの規格にのっとっています。正常な使用で危険はありません。受電側機器で規格違反があり過大な電力要求がある特殊な場合では、つられて大きな電力を供給することがあります。」 https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.ankerjapan.com/blogs/news/357
と解説・声明が出る。更に返金対応に応じます、今後の出荷製品はUSB-PD規格以上の安全側に改修しますという神対応を発表。
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Purud.netがAnker声明を受け見解発表、Ankerの主張を認め白旗上げ全面降伏の様相 https://xn--p9j1ayd.net/archives/55987
「「特殊な」環境において試験を行い、それを基に記事作成を行いました。本誌が使用した「負荷抵抗器」と呼ばれる機材は、製品の設計時や耐久試験などに使用する業務用機材です。そのため、リリースにもあるとおり、通常では発生し得ない状況を作り出すことが可能なものです。」と自白。
「【危険製品】Anker 736 Charger (Nano II 100W) をチェック どうしよう出来が悪すぎる」
「【レビュー】Anker 736 Charger (Nano II 100W) をチェック」
にシレッと改竄。記事本文中の扇情的な煽り文句も多数削除されるが、Ankerへの謝罪の加筆は無し。
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「やばすぎわろた」のITライター氏、USBの規格以上に安全側に改修するというankerの措置を
「しれっと修正してるんじゃん。これあかんやつや」https://twitter.com/kizuki_jpn/status/1544258563312594944
と門前払い。より安全に改良することが何故「あかんやつ」なのか理由の説明なし。
自分を信じてまだまだ孤高に戦い続ける模様。ガンバレ、超がんばれ。
↓
ankarの解説・声明のニュースに対するブコメ欄 ttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1422649.html
では、機器と規格の仕様を理解できず(理解しようとせず)、anker製品が危険で誤ってると決めつけたまま、中国企業全体への偏見・ヘイト・中傷を表明する下記ブコメがスターを集めて上位ブコメになるという、ふだん「差別者はこの世から消えろ」と正義のポリコレ棒で他人をブっ叩いてるはてブにあるまじき事態になり、恥の上塗りをさらす。
urtz 中国企業あるあるで、リスクは最小だから実質無いのと同じでしょ、問題起きてないしって主張。事故るか事故らないかのスレスレを目指すことで中国企業は成長してきた。事故っても人口が多いので人より企業優先になる
ttps://b.hatena.ne.jp/entry/4721966618691958914/comment/urtz
2022/7/6 15:30時点
まあ、端的に言って……
これに言及してる自称「フェミニズム」の人達、これ全て偽物の「エセミニズム」ですわな。
例えば、今や日本では見られない「ブルマー」。これ、そもそもは女性解放運動が元ですわな。
この言葉も「女性」などという言葉が付くのも気に食いませんが、それを一概に否定するのも先史の日本で戦った者たちへの侮蔑でしょうし、今は問いません。
まあ、斯様な運動に微塵の興味も無い方は知らんかもしれませんが。元々は、そういうもので御座います。
まあ、その丈が不要に一律で短くなるのは実際問題よろしくない事で御座いましょう。それに関しては構いません。徒に性別で衣服を統一し、剰え羞恥を与うるするなど、フェミニズムの意向に真っ向から叛逆するもので御座いましょう。
然し乍ら、そこから選択の権を奪うならば、それはそれでまたフェミニズムに真っ向から叛逆するものに御座います。
何故なら、そもそものフェミニズムとは「女性が肌を晒し、剰え、その衣服を煽情的なものにするなど端ない、怪しからん」という意向に対して異を唱えたものでありませば、決してその逆ではないからで御座います。
そもそもに於いてミニスカートも同じくフェミニズム運動の賜物であるという事を、今の日本人はご存知無いのでしょうか。
男性は上体とはいえ裸体を晒しても問題はなく、女性は規制せねばならない。これを何故に許すのか?
フェミニズムの本質とは、男女同権にて男女平等。あくまで人間の尊厳に拘うものであります。
「それは男性の性欲が問題なのである」「男性が性的な目で女性を見るが故に、その自由を我々は妨げられるのである」……剰え、「これに同意しない者は名誉男性であり、女性の敵である」と。
果て、上記の話を全く聴いていないのでしょうか?と問わざるを得ません。
「女性が肌を晒し、剰え、その衣服を煽情的なものにするなど端ない、怪しからん」
貴方方の仰ることは、「なので、そのような端ない恰好をする事は許さない」としか聞こえませぬ。それが女性の締め付け以外の何であるというのでしょうか?
無論、その間には数々の論理を入れているのでしょうが。全く以て意味の無い無理屈としか思えません。
真に男女同権を志すなれば、そこで唱うるべきは最低でも「男性も性を隠し、女性と同様に慎め」であり「女性の姿や格好に文句を言う」などというものでは無いでしょう。
或いは「男性も今以上に性的魅力を解放し、性的消費されよ、そうやって虎視眈々と狙わるることを粛々と受け入れよ」というのが男女同権なのではと思われまする。
そして、そのように男性を性的な目で見るような創作は今や無数に存在する。これが数十年も前なら考えられなかった事です。
また、昔と異なり医学の発達した今、まだ技術的には難しく、一般的な制度や倫理も今は許さぬとはいえ、男性でも出産をするという可能性も見えてきております。
あらゆるリスクも、コストも分け合う未来というのは、近くなっていると考えて良いでしょう。そういった自由を常に勝ち得てきた。
だのに未だに我々はフェミニズムを唱えながら、その口で男性だ女性だで区別を為す。
真のフェミニズムとは、男女なる概念を社会通念から消し去ることだと言っても過言ではありません。
無論、その自由を奪う事は許されません故、あくまで名乗るのも志向するのも自由でしょう。
然し、真のフェミニズムとは「どのような身体を持とうとも、その意は自由に選べること」であり、決して人の嗜好を怪しからん端なしと規制することではない。
それこそ、人の衣服を規制する名誉男性の仕業と言って差し支えないでしょう。そうやって、子供の服まで勝手に規制するような親の役割に終始していれば満足なら、一人で人形遊びしているのがお似合いでしょう。永久に締め付けの再生産をすれば宜しい。
されど、そのように本質を損なった批判や非難は、何を述べ立てようと偽善であり、偽のフェミニズムである。
それを言う側も聞く側も履き違えるなというのが、私の結論であります。このような存在を自称でも「フェミニズム」と取られられる方が迷惑なのですから。
本当に恥を知ると良い。としか。
前のは消えました哉。滑稽。
https://anond.hatelabo.jp/20220127115426
を書いた増田だけど、案の定の言い訳がずらずらと並んで吐き気が倍増した。
作品や作者に迷惑を掛けたくないから伏せたけど、そのせいで物事を具体的に考えられない人の反応を抑制出来なかったなと反省した。
だからもう少し具体的に考えてみよう。(勿論作品名は出さないけど)
問題は、その表現の問題点が「TPOによる」もので、広告やコラボの時にだけ問題になる、と”本当に言えるのか?”という事だ。
と、TPOの話に入る前にまずその作品は全年齢向けでインターネットで公開されていて、不特定多数が見るツイッター上にも(時には全年齢向けの範囲内でセンシティブな)イラストが公式で上げられ、その状況も許容されている。
つまりAV等の18禁コンテンツを例に出した反論は余り意味が無い作品である事は言っておく。
では本題に入る。
広告やコラボの時にだけ問題が発生するなら、確かに矛盾は発生しない様に思える。
では本当に指摘される問題点は「広告やコラボの時にだけ」発生するものなのか?
それは問題とする中身によって変わるだろう。一つ一つ少しだけ具体的に考えてみよう。
そのコンテンツを見た人が性犯罪や性加害を行うきっかけになるから問題だ、と批判する場合だね。
この場合は当然、「見る事」が条件な訳だから広告やコラボ等というTPOには依存しない。またその漫画で煽情的な描写は肯定的に扱われているので、漫画の時だけ文脈上誘発が抑制されているという事実も無い。
これも表現そのものの問題点であるので、広告やコラボ等というTPOには依存しないし、漫画上の文脈はむしろ(もし作者の意識を反映していると主張するなら)漫画が問題を抱えていることを積極的に肯定する材料にしかならない。
これも、程度問題として公的な団体の方が問題であるとは言えても、「私企業なら問題無い」とは言えない以上、漫画だけ免責する言い訳にはならない
これも雑誌やインターネットで見ても同じく性差別を助長する事に成るので、漫画だけ免責する言い訳にはならない
そもそもその漫画には余り当て嵌まらない気もするけど、これも表現の中身によるものなので、広告やコラボ等というTPOには依存しない
当然「見る事」が条件なので広告やコラボ等というTPOには依存しない
これもその漫画に当て嵌まるか微妙だけど、そう思う親も居るかも知れない。
ただその場合も漫画でその要素は変わらないし、インターネット上で子供でも普通に見られる(子供にとって馴染みの薄い公共施設等よりもずっと接点も多い)上に既に人気なので、既に子供が見ている可能性も十分にある。広告やコラボ等というTPOには依存しない。
一先ず思いつく範囲で並べてみたけど足りないと思うから他に「こういうのが有るよ」というのが有れば教えて欲しい。
こんな感じで、「TPOや文脈の問題」で回避できない問題点は結構有るから、「TPOや文脈の問題だから自分は矛盾しない」で思考停止せずに、
具体的にその表現が問題であるとする根拠として自分が何を選択するのか明確化してから、「その理由は本当にTPOや文脈の問題なのか?そうとは言えない可能性は?」と考える必要が有るよね、というお話。
そして冷静に考えて「広告とかコラボになると作品を撤去しないといけない程問題だけど、漫画の時は奇跡的に回避しており無害」なんて都合のいいケースは常識的に考えて非常に稀だろうから、大抵の理由ではその関門を超えられないんじゃないの?というお話。
以下追加分
有料コンテンツと、無料だが検索しないとたどり着けないコンテンツと、CMや屋外広告等「嫌なら見るな」が通じないものの取り扱いが異なるのは当然だと私は思う。そこに“不快だから”以上の理由が必要だとは思わない
そう、恐らくこれが一番正解に近いんですよね。
全年齢向けで公開されている以上、その表現が不快に感じるかは広告やコラボ等というTPOにはほぼ依存しないだろうけど、不快に感じる人にも届き得る。
だから性犯罪を誘発とか嘘を吐かずに、「ただ自分が不快だから」と本当の事を言えばいいのに、と思っていました。
ただ、「そこに“不快だから”以上の理由が必要だとは思わない」を正とした場合の影響範囲を考えなかったのは少し考えが足りないと言わざるを得ませんね。
その場合、漫画の広告やコラボだけでなく、あらゆる人から「不快だ」と思われ得るすべての広告やコラボが許容されなくなる。
極端な例で言えば、幸せな家族というものを言えられなかった人の中には「家族の団欒」の描写も不快に感じる人が居るだろうし、「カップルの描写」を不快に感じる人も居るかも知れない。
・・・・というように、「どういう理由で問題にするか?」という事を具体的に検討していくと、自然と色んな問題が見えて来て「そうとは言えないかもしれない」となってくるものなんです。
そうなって無いという事は、考えることをサボっているだけ、もしくは考えても思いつく能力が無いだけ、なんですよ。
公共掲出やコラボなどで受動的に見せられてしまうのと、自分から探しに行って能動的に見に行くのとでは結構な差があると思うんだけど…いくら後者のハードルが低いからって同一視するのは乱暴すぎでは
何の?
「結構な差がある」って何の差?性犯罪の誘発度が受動的かどうかで変わるの?それとも受動的に見せられたら女性蔑視な表現が能動的に見に行ったら女性蔑視じゃなくなるのか?どういう仕組み?
それともメッセージの度合い?性差別の助長度合い?傷付く量?子供への影響の量?不快さ?
何の結構な差が有るの?
そこはっきりしないと文が意味を為さないよね?なんでそこをちゃんと考えないの?
どういう理由で問題だとし、その問題の度合いがTPOで変わるのかを考えよう、というのがこの増田の主旨なんだけど、ちゃんと読めてる?
そういう風に考えた気になって思考を停止してしまい、自分が何を問題視の根拠として選択し、それが適切であるかを検討するとこまでいかない、サボる、
そういうのが良くないよ、っていうことが書かれてるんだけど、分かる?
何で「何の」結構な差があるのかを書かないの?