はてなキーワード: リトグラフとは
https://note.com/ysi/n/n2a7992f12bfd
この記事を書いた人は『NFTのインフラ「Hokusai API」を提供する会社の代表』ってことでおそらくNFTアートを普及させたい人だと思うんだけど、なんかこうメリットがいまいち伝わってこず、逆に怪しさが出てきてしまって残念である。
デジタルコンテンツは共有方法によっては劣化しにくいゆえにコピーしやすいので、なかなかお金化することが難しい商品だと思う。
例えば絵師がイラストコンテンツをお金にしようと考えた時に、一番わかり易いのは印刷したような「物」に変えるか、イラストを受託して受託料を受け取るか、である。
物に変えた場合、販売数が増えれば儲けが増えるというメリットはある。
一方で在庫リスクや試作品などの先行投資が発生したり、売れやすい金額を設定しなくてはいけないなどのデメリットもある。
受託イラストに関しては、基本的に作業料がそのまま金額に直結するため、作業単価を高めに設定すると金額にそのまま跳ね返ってくるというデメリットがある。
NFTがこのジレンマを解決してくれる可能性は大いにあると思う。
例えば、長時間かけて描いたデジタルイラストを、アナログの限定版リトグラフのように連番を打って販売する事がおそらく出来る。(デジタルリトグラフという言葉があるのだろうか)
よくガチャ廃人に向けて「それだけ課金するなら直接絵師に絵をお願いできるじゃないか」と言うジョークがあるが、人気絵師に直接絵を依頼するのはハードルもコストも高い。
しかしこのデジタルリトグラフのようなコンテンツが普及すれば、人気絵師のデジタルイラストを比較的安価で手に入れることができる。 ※デジタルイラストを手に入れてどうするのと言う疑問は置いておいて
一方で絵師もイラストに必要以上に高値を付けること無く、逆に売れやすい金額で必要以上に価値を低くすること無く、自分のコンテンツを販売することが可能になるはずだ。
今歌われているNFTのメリットである投機対象という側面はメリットの一部に過ぎないのだが、その他のメリットがわかりにくいため、わかりやすい部分がクローズアップされてしまっているのだと思う。
NFTアートは新しく、おそらく様々な可能性を持っているフィールドだ。
頭が悪い自分には上記のようなわかりやすい商品しか思いつかなかったが、発想次第では思いも寄らない商品が出てくるはずだ。
様々なを普及させたいという方々は自分たちが新しい畑を耕していると言うことを自覚して、様々な不安要素を潰し、長期的なメリットを提示したほうがいいと思うんだ。
古くからの友人M子、最近になっておかしな言動が目につくようになった。
マウントと言うのだろうか。
M子は家にすごくおしゃれなリトグラフを飾っている。
絵を部屋に飾るかどうかは個々人の自由だし、なんなら何も飾りたくない人だっているだろう。
ところがM子に言わせればリトグラフを飾らない人は「やらない理由を探しているだけ」らしい。
そうやって、部屋に絵を飾らない人を見下している。
他の人が「人には好き嫌いがあるよ」などと言っても、それはリトグラフを家に飾れない人の負け惜しみに変換されて聞こえるらしく何を言っても通じない。
「いい訳ばかりするような人は嫌い」とまで言う。
M子のSNS投稿、呆れた人はコメントしないが、「そーですよ!言い訳してやらないとか、子どもがいるからとか、そんなのただの逃げ!」とかいう賛成派のコメントだけ付くのが見ていて気持ち悪い。
M子の事は別に嫌いじゃなかったけど、だんだん鼻につくようになってきた。
私もM子が嫌いになった。
さよなら、M子。
俺の名はチャックカウパー。
好きな歌手は「シンディローパー」米国の美空ひばりと言われる人物である。
好きな女優は全盛期の「アリシア·シルヴァーストーン」今や見る影もなしと言われるのもむべなるかな。
好きなドラマは「ウォーキングデッド 」かの養老 孟司先生が「ウォーキングデッド」の面白さを理解できぬ人間は下等生物に等しいと評した名作。
好きな食べ物は「虎白のテイクアウト二段弁当」見城徹が舌鼓を打つ1万6千円のお弁当だ。
好きな旅館は強羅花壇もとい「あさば」小佐野賢治が愛人としけ込み、許永中先生が銀座のママと大喧嘩したことで有名なルレ・エ・シャトーで認定されている老舗旅館。
好きな漫画は「サンクチュアリ」いわずもがな小泉進次郎が一番好きな漫画。
好きな選手は「松山英樹」日本最高峰のアスリート。イチローを超える日も近い。
好きな絵画は「ラッセン」いまや糞アート。シャガールのリトグラフ以下。
長文失礼m(_ _)m
横浜にある記念船日本丸と横浜みなと博物館に行って参りましたわ。
みなとみらい駅のエスカレーターが長くておそろしいおろそしいですわ。むきゅー。
みなと博物館の展示は、ほぼ黒船来航から始まったといえる横浜の歴史を伝えています。
まず黒船艦隊9隻の中にサラトガとレキシントンがあって驚きましたわ。
レキシントンを沈めたのは東京湾のかたきを珊瑚海海戦で討つですわね。
後世と同名の船ではミシシッピも3隻の蒸気船の1隻として来ていました。
博物館のライブラリーは横浜と船に関する本が集まっていて、名高いジェーン年鑑がないか探したのですけど、
横浜資料の「ちんちん」電車の本に目を奪われてしまって、雑魚ナメクジに終わりましたわ。
そして、横浜に造られた大さん橋の展示には「大さん」という方が造った橋と勘違いしました。
音声解説によれば大桟橋のことでしたわ……そこは非常用漢字でも桟を使ってほしいですわ。
みなと博物館は船の復元模型が非常に多くて目を楽しませてくれました。
ですが、ガントリークレーンの動く模型は、吊り荷の下に人形が入る配置になっていて×ですわ。
それと遠足のお子さまがたくさん見えられていたのでアクリルが脂地獄でした。
特別展では2015年になくなった柳原先生の絵画が展示されていて、
切り絵から油絵にリトグラフと晩年まで新しい画材を積極的に試している姿勢が素晴らしかったですわ。
博物館のとなりに係留されている日本丸は入り口のスロープをみて
車いすの方は甲板だけみるのでしょうか。
うっかり船にあがった鯖になりましたけど、さばかれはいたしません、さばかれはいたしませんですわ。
日本丸のあのマストに登って帆を広げたり畳んだりすると言われても、
しかも、船が動いていて傾いていて風や波をかぶっていて太陽がでていない場合でも
帆の操作をしているわけです。
いまでも毎朝船内にある真鍮の部品が磨かれているそうで、記念船を維持するための
音楽に感動したことはない。
「音楽のチカラでパレスチナ問題を解決してみろ」と言い返してしまう。
絵も理解できない。
絵の解説を読んで、作品の背景に感動させられるだけで、絵からなにか伝わったかというと、ふーんっていう感じだ。
あれは凄い。
本当に凄い。
なにか伝わってくるとかそういうのじゃない。視覚イメージからね、殴りかかってくる。
きっかけはというと、摺りたてをみたわけだ。
浮世絵というのは、基本水彩で、そもそも水彩の鮮やかさというのはブラウン管や液晶では今ひとつ再現できないというのと、そもそも日焼けに弱い染料なので、当時の色と全然違うわけ。
で、とにかく凄いんだけど、一ヶ月くらいなにが凄いのか、自分でも整理できなかった。
ようやく整理できたので、とにかく語りたい。
と、思ってたよ。僕も。
すごいの。ニンテンドー3DSの裸眼立体視は浮世絵から開発したんじゃね?ってくらいに。
ていうかね、もう物理的に立体的なの。
いろんな工夫があるんだけど、わかりやすいところから説明すると、そもそも紙が凹凸で立体的なわけ。
たとえば、このトンボの羽、スジスジがボコボコ盛り上がってたりするの。画面じゃぜんぜんわかんないけど。
http://item.rakuten.co.jp/adachi-hanga/hokusai120-f/
これも画面じゃぜんぜんわかんないんだけど、指で首筋を撫でた跡がさ、紙の凹凸で表現しちゃってるわけ。
http://item.rakuten.co.jp/adachi-hanga/utamaro067/
もう艶かしくて艶かしくて。
生でみないとわからないんだけど、ニンテンドー3DSのアレに近い印象がある。
平面的な絵がレイヤーされていて、レイヤー間に明確な前後関係があるような感じ。
露骨なので言うとこんなやつ
http://item.rakuten.co.jp/adachi-hanga/hiroshige160-f/
それから、こういうの
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hiroshige182/
子供の頃、校庭のフェンスの金網越しに風景をみてたら、とつぜん立体視になってビックリしたこととかってないかな?
あれだよあの感じ。
格子をみて、その向こうをみて、それを繰り返すと、うわぁぁぁ!ってなる。
それから、この構図をわざと切ってるところ。
さっきの梅の絵のほうは、左側に立て札がちょっとだけ入っているけどほとんどフレームアウトしてて、遊女の部屋の絵は襖ちらっと見えてる。
このフレームアウトが、絵じゃなくて、まるでどこかから自分が覗きこんでるような錯覚に陥らせるんだな。
この感覚は漫画に親しんでる日本人特有のものなのかもしれない。
漫画だと、こういう演出は暗黙のうちに物陰から覗きこんでるというお約束だろ?
不思議なことに、日頃浮世絵に親しんでいないせいか、生でみるまでこういうお約束がつたわってこなかったんだが、随所に漫画的な表現が伝わってくる。
”力みなぎる感じ"やら、”物陰から覗いている感じ”
浮世絵に影はないっていわれるけど、あるのもあるし、ないのもある。
浮世絵で影を使うのは、影があるから影を描いているんじゃなくて、影の効果が必要だから影が描かれる。
たとえばこんな感じ
http://item.rakuten.co.jp/adachi-hanga/kuniyoshi004/
明るい月夜を表すために、現実ではありえないほどくっきりと影がかかれてる。
http://item.rakuten.co.jp/adachi-hanga/hiroshige308/
同じく月に照らされた人影。月は高く登っているのに、影はのびている。
エヴァンゲリオンで飛行機から発進したエヴァが地上についた時に、砂埃が進行方向ではなくて、後方にのびていたシーンがある。
あれと一緒。
物理的には間違っていてもイメージとしては正しい。それが浮世絵の表現。
写実的に書くなら、写真のように陰影の表現で塊を描くのが正しいけど、あえて輪郭線を使う。
イメージの中では、人物と風景の間には境界があるから、輪郭線があるのがイメージとしては正しい。
逆に、意識の外のものについては、明らかに見えるはずであっても輪郭を描かずにシルエットだけにする。
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hiroshige024/
絵というのは自分が感じたことだけで語るべきな気がするので
「当時の人は」という視点は間違ってるのかもしれない。
でも、考えてみる。
当時は当然テレビなんかなかった。
たとえば構図上から街並みを俯瞰するような構図というのは、見たことがなかったはずなのだ。
で、なんでこんな構図がおもいつくのさ。
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hokusai029/
http://hiroshige100.blog91.fc2.com/blog-entry-47.html
ただ道が曲がりくねってるだけでこんなにもストーリー性がでてくるのかと。
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hiroshige027/
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hokusai040/
浮世絵以前の絵って、西洋も東洋もこんなに構図が豊かじゃなかった。
現代の写真、漫画、映画の構図の元ネタが、だいたいがこの時代なんじゃないかっておもえるほど。
これについては、繰り返しになっちゃうけど、ほんと日本人派手好きすぎ。
http://item.rakuten.co.jp/adachi-hanga/hiroshige160/
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hokusai049/
これ、もはやルノワールじゃね?
https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hokusai_sakurafuji/
その点、浮世絵は超安い。
1万3000円とかで買える。
ただ、難点は、アクリル板越しでさえぜんぜん凄さが伝わらない。
生で、そのまま見ないと。
紫外線ですぐ色褪せるけど。
もう一回買えばいいのだ!