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はてなキーワード: エレクトーンとは

2011-05-26

妹の放送

ついったーでやや話題になってました

http://togetter.com/li/140099

ちなみにボカロっていうのは例えば初音ミクかに代表される歌声合成ソフトボーカロイド)で、

http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/cv01.jsp

声優さんの声を大量に収録しておいて、

使う人が音程歌詞を与えると自動で歌声を生成してくれる。

事前に収録した音を切り貼りしてるという点ではエレクトーンとかと同じ。

これでオリジナル曲とかを作るのが結構流行している。

それがボカロ曲。

で、ほんまか知らんけども校内放送で使うのが禁止されたらしい

理由は「機械から」「歌詞が分からいから」という話。

問題はこれがルールとして意味を成していないこと。

たとえば「機械から」を「機械のみで生成された楽曲の放送は禁止」というルールと思うと、

クラシックとかインスト系の音楽は全部アウトになる。

そして「歌詞が分からいから」を「歌詞が判別できない楽曲の放送は禁止」というルールと思うと、

誰が分からないと判断するのかという問題がのこるし、

じゃあ洋楽英語が分かる人と分からないひとで判断が違うという問題がのこる。

これだと結局その教員が禁止するかどうかに委ねられているので、

その人の顔色を伺う以外に判断できない。

いかにも法治国家の逆っていう感じ。

しかし、一見客観的っぽい理由を並べて、それが独裁だということを隠そうとしている。

から校正に放送を禁止する曲を選びたいなら、

(1) 「(教員名前)が放送を禁止するかどうかをすべて判断する。」っていう完全独裁

(2) 「以下のルールに従う曲は放送してよい。」というルールを張り出すか

この二つしかない。

とくに(2) はできる限り厳密にかかれるべき。

ルールを考えるという観点から後者の方がよいとおもうなあl。

2010-03-06

探し求めるのはもうやめよう

ここ数年間、何をしても楽しめない。

後になれば、何故こんなことに夢中になれたのか?

何故こんなことに時間を費やしたのか?と

後悔するであろうことが目に見えるようになった。

昔はそれでも「その時、楽しければいいだろう」精神

色々、同世代の人が大抵やっているだろうことを

曲がりなり自分なりにやっているつもりではいたし、

それで何となく満足していたような気がする。

今は、その精神も失くしてしまった。

新たに何かをすることに対して臆病になった。

休日前の夜に惰性で行くことが多い飲食店

少し親しくなった店長夫婦に、自分休日引きこもって

何となく黙々と読書しているだけなのを知られているので

「明日は何かするの?どこか行くの」と聞かれ否定すると

「たまには外に出た方がいいよ」とか

休みにしかできないことをした方がいいよ」と言われる。

余計なお世話だなんて思わない。むしろ気に掛けて貰える事が

有り難くすらあるし、自分自身そう思うことは多々ある。

実際、毎週そうであり、それを思うと休日前夜から憂鬱でもある。

何かしなければならないという強迫観念に縛られている気さえする。

手始めに昔は楽しいと思い、夢中になっていたこと

少なくともそういう記憶の残っているものをやってみた。

主にTVゲームだったが、案の定、数10分で飽きた。

ゲーム機本体の横に新品・中古合わせて未使用のソフトが山積み。

同じような理由で懐かしさから購入してみたものの

再生どころか未開封のまま山積みの音楽CDDVD

同じく昔習っていたエレクトーンを懐かしみ、

しかしそれはさすがに買えないからキーボードで妥協したものの

結局一度しか弾かず、未使用の楽譜も山積みのまま終了。

熱しやすく冷めやすいという人がいるがそうではない。

熱しにくく冷めやすいという人もいるがそうでもない。

もはや熱しないし、故に冷めることもない。そうなりつつある。

なら何故上記の物を合計すれば結構な金額になるのに買ったのか不思議

それをやっている自分想像妄想と言ってもいいかも)を

愉しんでいるのかもしれない。そうやって主に外的な娯楽が

自分に何かをもたらしてくれると過剰に期待し過ぎているのだろう。

そのせいで自分が当初期待していたようなものを得られない、

というより、そもそも、もたらしてくれると期待していた

その「何か」とやらが何なのか実はよく分かっていないらしい。

やらなければ分からないだろうと言う人もいるだろうが…

室内でできそうなことは一通りやってみたが散々な結果なので、

今度は外に目を向ける。世の中、多種多様な店が溢れているから

何か欲しい物が見つかるだろうと、また過度の期待を寄せて徘徊するも

いざ購入する前になると上記の山積み未使用品状態になりそうで

踏ん切りがつかない。迷っているだけで時間だけが無駄に過ぎていく。

それと普段上記の店以外では殆ど外食しないので

色々な店を回ってみたりもした。次第に割と好みの店が絞られ、

また行ってもいいかと思うようにもなった頃もあったが

公の場所であるから、周囲の客が騒々しくても

愚痴や他人を貶す話、損得勘定丸出しの話等に異常な嫌悪を感じる)

苦情を言える立場にあるわけでもなく、不快な気分で帰途に就く。

それを何度か繰り返すと、出た方がいいのかも…と思いつつも

また前のような目に遭うことを考えると、またしても踏ん切りがつかない。

こちらも買い物同様にそれを迷っているだけで時間が過ぎていく。

だから14時を過ぎてオーダーストップの時間になると

もう迷う必要もなくなり、妙に晴れ晴れした気分になる。

サザエさん症候群なるものがあるが、

自分の場合、逆サザエさん症候群とでも言うべきか。

決して仕事に行きたいとは思わないが、この時間帯を過ぎれば

どこかへ行った方がいいだろうかなどと悩む必要もなく、

それまでの憂鬱が嘘のように残りの時間を健やかに過ごせる。

長くなってしまったが、

結局どうでもいいことで迷ったり悩んだりするのに疲れた。

というより、本当はどうでもいいことだから迷ったり悩んだりする。

この匿名ダイアリーも何か書きたいことがあるような気がして

書き始めるも何も書けないか、うまく言語化できないかで

そもそも書きたいことなどなかったのではないかとさえ思えてくる。

それでブラウザ閉じて PCシャットダウンを何度繰り返したことか…

今回非常に珍しく最後まで書ききれそうなのが半年振りだ。

(何が言いたいのか段々分からなくなるのは相変わらずだが)

書いたら書いたでトラバとかブックマークついてないか

気になって仕方なくない自分にも嫌気が差してくるが。

無駄時間を費やした割には何もしない。変化しない。それが憂鬱

最初からそうなる原因を排除してしまおうと思うようになった。

部屋にある置時計もずっと停止している。

休日前夜には携帯の電源を切ることにしたし、

ノートPC電源ケーブルだけ外して押入れに奥に投げ入れる。

未使用品も数々も捨ててはいないが押入れの奥底で寝ている。

何かした方がいいのだろうかなどと考えなくていいように

たとえ考えても極力できない状況に無理矢理持っていく。

何かしなくてはと悶々と過ごすぐらいなら、その方が良い。

そうやって無駄なもの、迷いや憂鬱の種を取り除いて

残ったのは置き場所に困った山積みの未読本のみだが

何に気を取られる事なく、ただ時間を潰すには適当かもしれない。

2009-06-29

習い事中毒な私

子供時代はともかく社会人になってから加速していってる様子で、「何とかセーブしなきゃ金も体力も精神力も危ないぞ」、と思ってはいるのだが、酒やタバコのような中毒性があるのか、なかなか抜け出せないので困っている。ちなみに自分は酒もタバコも嗜まないのでわからないが、禁酒禁煙したいけどできない人というのはこういう気持ちなのかもしれない。

目的は、1モノ作りへの興味、2青春時代に一つの事(部活)しかしていなかったことの後悔、3友達作りってところ。

1はまあ、小さい頃から好きだった延長。ただし出来上がった作品(笑)を整理コレクション展示できるスペースはないから自重しなければ。

2の「部活しか〜」は、それはそれでいろいろな体験ができて意義あるものだとは思っているのだけれど、青春時代にできなかったことを焦って取り戻そうとしているような気がする。

特に大学時代にはサークル(とバイト)漬けで、勉学も励まず旅行もせず、さらに最後の3、4年生では就職活動が人並み以上に長くかかった(氷河期プラスα。自業自得だろうが、内定とるのに4年生の12月までかかった・・・卒論提出2週間前)ために、「単位もとれていちばん動きやすかった4年生の時に何もできなかった」という後悔の思いが強いのだと思う。もちろん学業卒論に対する後悔も多少あるが、さすがにそこまで取り戻す精神力財力(再入学とか大学院云々)はないのを良い事に、潔くあきらめている。

3・・・これが意外と難しいことを実感している。自分性格のせいもあるだろうが、以後、友達作りを習い事開始の口実にすることはできないなと思った。

以下にこれまでの遍歴を述べることとする。

<序章>

習字

期間:小学校1年〜高校2年(週1回)

動機:父親そっくりの汚い字を見たせいなのかはわからないが、母の勧めで始める。たいしてやる気もなかったが特にさぼったりもせず。

結果:だいぶ上達した。学校展覧会では良い賞をもらってさらに上の代表のようなものになったり。習字は辞めても字は毎日書くから、これが一番役立っている。行書はもうほぼ忘れてしまっている気がする。変体仮名とかは読み書きともに忘却の彼方に。

受験を機に辞めたが、せっかくなので師範の資格取れるまでやっても(再開しても)よかったのではないかと時々思うこともある。通っていた教室が遠いので(実家近く)、もう習うつもりはない。

エレクトーン

期間:小学校4年〜6年(週1回)

動機:近所の人から中古で譲ってもらった+友達のお母さんがピアノ教室をやっている関係で始める。

結果:ピアノの人に比べ、基礎練習をほとんどやっていないせいか、今では全く引けない(ピアノだとバイエルとかいうのをやるんでしょ?エレクトーンの人はなぜかそういう基礎をやらない教室だった)。ただし、他の人と比べて結構音感があることは子供心ながら判明した(それが絶対音感かは知らんが、聴音を間違えたことがない)

中学大学時代までずっと部活楽器をやっていたので、全くの無駄ではないかな・・・とは思う。いや思いたいだけか。

<第1章>

陶芸(月2回、3カ月コース)

期間:大学4年の1月〜社会人1年目の4月

動機:前から興味があったが、サークルバイトに明け暮れ習う余裕がなかった。卒業直前、大学バイト先の近くに教室があることが判明したため3カ月お試しコースに申し込んだ。

結果:ひととおり皿とか小鉢とか作った。社会人になってすぐ一人暮らしだったので、自分で作った食器類は今でもだいぶ重宝している。

先生や教室の雰囲気も楽しく、月1回からのコースもあり価格良心的なので今でもやってみたいなとは思っているが、現在の自宅からも職場からも離れた立地と、一人暮らし用の食器類は十分あるので作っても活用できないかな、と思い継続は断念。

●絵画教室

期間;大学4年の3月〜社会人1年目の5月頃(週1回)

・○ット○ッパー見て入会。教室の雰囲気にうっかり惹かれてしまった。

結果:講師引っ越しを機に自然消滅

・絵を描くのは好きだがうまくなったかは不明。楽しかったけどもういいや。

篆刻カルチャースクール

期間:大学4年の3月いっぱい(週1回、全4回の講座)

動機:高校書道時間篆刻をやって楽しかったのだが、満足いくものを作れなかったのを思い出して入会。駅前のカルチャースクール

結果:4個ほど作成。しかし、おす機会、ないんだよね・・・。

・いろいろ作れたし、腱鞘炎気味なのでもういいや。

自動車免許教習所

期間:大学4年の3月〜社会人1年目の夏

動機:本来は大学在学中にとるべき(?)はずだったが機会を逃していたため、卒業間際に慌てて通い始める。「マニュアルにあらずんば免許にあらず」という親の考え+MTATの違いすらわからなかった自分=運転下手なくせにMTコースを選択。

結果:どうにかMT取得。しかしペーパードライバー免許証使う機会は身分証明目的のみ。

・込み合う時期でなかなか予約がとれないうちに社会人になり、土日だけしか通えなかったためえらい時間がかかった。だがこれがきっかけで、「人は、土日だけでもコツコツ積み重ねれば結果が出せるんだ〜」と夢見る始まりになってしまったような。

<第2章>

大学通信教育課程(学芸員

期間:社会人2年目〜現在

動機:その気になれば大学時代に取れた資格なのだが、無知なため「学芸員」という存在すら知らず卒業間際に知ったが後の祭り。通信課程でもとれるらしいということを知り入学。

結果:自分は昔っから通信教育、自宅(自主)学習というものが全くできないタチだというのを忘れてた。自主学習テキストレポート類には全く手をつけていない。当然、資格は取れるわけがないまま学籍を更新し続けている。

・正直、資格をとったところで本気で目指しているわけで、そんな人に学芸員就職口はまずあり得ないのだけれど。スクーリングだけは真面目に行くためスクーリング科目だけは優秀な成績で単位取得だが・・・。

英会話

期間:社会人3年目7月〜今月上旬(始めは週2回、やがて週1回日曜午前に)

動機:一度は習ってみたかった。海外旅行のためと、ライブで好きなアーティストと話したいため。あと数年に1回海外出張当番があるため。

結果:資金不足と休息のため、更新の時期を機に、休止中。貯金ができたらまた行きたいと思っている。関係あるかわからんが、TOEICスコアが100上がった。

・土日は無駄ゴロゴロしがちな自分にとって、日曜午前にしっかり起きる習慣にはなった。気分転換頭の体操(ずいぶん高額な気分転換だなあオイ)。

フィットネス

期間:昨年4月〜現在(週1〜2回)

動機:仕事ストレスからお菓子を食べまくって太り始めた。同時期、上司や取引先の人が立て続けに健康を害して入院といったことが相次ぎ、「自分もこのままでは将来危ない」という思いから入会。

結果:過食が続いたためいったん太ってしまったのだが、危機感を覚えて最近は熱心に動くようになり、体重は戻りつつある。

・実はスポーツは苦手だったのだが、身体を動かしているときは仕事の事を考えないので気分がスッキリして良い。目標体重になったら辞めるつもりなのだが、そこまではなかなかたどりつけない。

料理

期間:昨年10月現在(月1回)

動機:一人暮らしのくせに料理が苦手で、新しく友達作りもできるかな、と思い立って入ってみた。

結果:レパートリーは多少増えて知り合いはできたが友達は・・・。

・こういうのってみんな(最初から)友達同士で入るんだね・・・。

華道

期間:1時間(体験レッスン)

動機:高校大学時代の友人達華道部に入っていたので興味があった。会社近くに教室があるのを知って体験に申し込む。

結果:楽しかった〜。写真撮った後は、お花を持ち帰らせてもらった。

・始めたいけれど、たとえ月1回でもこれ以上増やすのは無謀だと思い、踏みとどまった。

ドイツ語

期間:これから(入門編3カ月のみ)

ドイツ一人旅を機に習ってみたくなり、たまたま近所に格安の教室があるのを知って入会してしまった・・・。さあどうしよう。

2009-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20090531220502

小学生の頃(もう30年近く前)、自分ピアノ、友達がエレクトーン習ってたけど、

ピアノバイエルだのブルグミュラーだのやらされるのに、

エレクトーンは練習曲が当時のヒットソングだったりアニソンだったりして

羨ましかった覚えがある。

昔からそーなんじゃないかね。

http://anond.hatelabo.jp/20090531220502

高校までやってたけど、エレクトーン中途半端楽器だ。

打ち込みはできるけどシンセほど作りこめないし

演奏技術に関してもピアノの方が奥が深い。

打ち込みやるならシンセDTMを買ったほうが

演奏極めたいならピアノをやった方がいいと思う。

そんな楽器クラシックをやろうとする人はそもそもいないだろうな。

2009-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20090511130814

「けいおん」の琴吹紬のように華麗な演奏をしたい方にもオススメです。


JEUGIAヤマハ音楽教室・英語教室 > 大人の音楽教室 > キーボードレッスン

http://www.jeugia.co.jp/school/yamaha/pms/Keyboard.html

しっかりありました。metaキーワードもなかなか徹底してます。

キーボード,けいおん,琴吹紬,キーボード,コルグ,TRITON Extreme,クラビノーバ,エレクトーン,ピアノ,シンセ,ヤマハ,YAMAHA

だってさ。

2009-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20090323004725

元記事増田です.はてブコメント読ませてもらって書いてみる.

歌を歌えるようになろうとは思っていないけれど興味津々.

「すごい」とか「素晴らしい」というのはどういうことだろう?

普通に歌える人の音に対する感覚が分からないから,どうすごいのかが

正直言ってよく分からない.「これはひどい」って意味なら納得できるけど…

子供の頃のことをもう少し書いてみると,こんな私だけれど

幼稚園から小学 3年ぐらいまでエレクトーンを習っていた.

楽器が弾けるから音痴だけれど音感がない訳ではないのかな.

音楽の授業で楽器は割とできる方だった.それで成績付いていたようなもの.

でも,よく考えてみると楽器を弾くのは譜面に沿って

出す音とタイミングと長さが分かっていれば出来てしまう.

自分の声でその音程の音を出せなくても楽器はその音を出してくれる.

だからそれは音感があるのとは別のことかもしれない.

手で絵がかけなくても PC 使えば絵が書けるという人がいるなら

それと同じ感じかな.歌と絵には何か違いがあるような気もする.

ちなみに http://anond.hatelabo.jp/20090225022536 も私.

(どう信じてもらえばいいのか分からない)芸術には縁がなさ過ぎる.

上の日記読んで思い出したのは,中学の時に音楽(たしかクラシック)聴いて

感想や何を表現しているか述べよという授業があったが,これが全く分からない.

模範解答を聞いてもその楽章(?)がどうしてそれを表現しているのか分からない.

それでも今はクラシックを聞くのは好きで,好きな曲やこの作曲家はいる.

ガブリエル・フォーレお気に入りラジオクラシック番組教授の解説は

相変わらず全く分からない.聴き心地が良いかどうかだけが唯一の基準.

言葉アクセントをどう認識しているのかというコメントに対して.

自分が話す場合,疑問系で語尾を上げる時に相手にうまく伝わらないことがある.

アクセントじゃないかもしれないけれど「○○ですか?」の意味

「○○です↑」と語尾を上げて言ったつもりでも間を置いて

「今,自分に聞いたの?」って聞き返されたことは何度かある.

単語のアクセントは話の流れで分かってくれるみたいだから,

私は知らないだけで伝わっていないことは実際にはもっと多いかもしれない.

他人が話す場合,聞き取る方には問題がないようで相手が意図したように受け取れる.

あくまで,自分が出したいように音を出せないのが問題だと分かってきた.

また子どもの頃の話に戻って,聞き取る方は問題がないと思うから

合唱の時は自分の声が他の人と比べると外れていることは分かる.

でも独りで歌う場合,比較対称がいないから自分の音が外れているのか分からない.

相対音感の人が独りで歌う時,最初の音を基準にどれだけ高い低いで判断しているなら

最初の音が楽譜通りのその高さかどうかをどう判断しているんだろう?

と考えると普通の人も少なからず絶対音感の欠片でも持っていないと無理ではない?

取り止めがなくなってきたから,これで最後.

元記事に「楽譜の歌詞は平仮名で書いてあるから無意味な文字の羅列だと思っていた」と書いた.

絶対音感ではないけれど街中(特に店内)で他人の声を聞いていても同じような感覚に陥る.

何か声(というか音というか)が聞こえるけれど,明瞭ではないと言葉として捉えられない.

そういう状況を自分の中で騒々しいと位置づけているのかもしれないと,今書いていて思った.

だから邦楽でも歌詞を見ないと何を言っているのか分からない曲は聞いていられない.

だから昔から流行の曲には疎い.J-POP も全然良さが分からない.雑音以外の何物でもなかった.

その点,クラシックはそれがないから聞いていられる.以後,音楽にうんちくは要らない事にした.

2009-03-17

腐女子同調圧力が凄い、ねぇ…

http://d.hatena.ne.jp/natsu_san/20090315

http://d.hatena.ne.jp/simayan/20090317/p1

ニコニコのこれを、そんなあっさり「女性同調圧力、以上!」てなことにされても困る。

まるで「男性は全然キニシナイのに女性勝手に気にしてる」みたいな感じだけど、それ違うよ。

はてな近辺じゃ、結構「腐女子」は受けてて、寧ろ「腐女子って萌える!」みたいなことにも(それはそれでどうよと思うけど)なってるみたいだけど、2chニコニコ周辺の文化では、「腐女子存在が既に罪」くらいのバッシングが基本っていう背景を理解してるのかなぁと。「801ちゃん」とか出版される一方、2chあたりでは同時に「腐女子なんてクズ、なんでいるの?」「なんで腐女子は女なのに、少年漫画を読むの?そんな権利なんてない!出て行け!」て、そういう事を立ち読み男が金払って読んでる女に言うってことすら、ふっつーにまかり通ってるという状態であることをまず認識してほしい。しかもそれが結構大勢の人間によって(現実にそれを行ってる人間が多いかは不明だけど、とにかくバッシングの数は凄い。一人じゃ全然数の力的に太刀打ちできないレベル)行われることが日常茶飯事であることを。

腐女子向けではありませんが、編集のつなぎでそうみえるかもしれません」と断る腐女子に、「いやそれ投稿者の責任じゃないでしょ」なんて悠長に言ってるけどさぁ……そりゃそうだ。そりゃ正論ですね。でも、そうやって断っておかないと(まあ、断っておいてもわくことはあるんだけどね)「腐女子自重しろ」「なんだこのホモアニメ、うぜぇ」「これだから腐女子ってのはクズなんだよな」というコメントが来たりするんだよ。正論なんて通じない相手が大勢いる中でそれでも楽しもうと思った上での策。そもそも、あまりに「腐女子はクズ」と言われすぎて、「そうなのかな」って内面化してる腐女子も少なくないわけ。「だから、自重しないと…」って。同調圧力というより本気で隠さないと隠さないとって思ってる。思わされてる。それほど内面化しちゃってる子も多い。マジで腐女子な時点で他人様に迷惑をかける存在だから、最大限隠れなきゃ」メンタリティ。(まぁ、でもそれでも楽しみたい気持ちは捨てられないのがオタククオリティ

ランキングで上位にあがらないようにしてる、ってくだりもさぁ。上位にあがったりなんかしたら「俺達男の遊び場ニコニコが、腐女子なんかに占領された。あいつらうぜえ、腐れま○このくせに」ってことになるからだよ。これは、大袈裟に言ってるんじゃなくて本当にそういう反応をするんだよあそこは。

ニコニコはその上年齢層が低いから、ときにアホかと思うような反応もある。着ぐるみを着て、エレクトーンを弾いている動画が人気を集めたことがあったんだけど、その人がたまたま着ぐるみを着ずに私服エレクトーンを弾いた。そしたら体つきからその人が女性であることが分かった。そのときはもうそれまでは「ステキ演奏だ!」「才能あふれる」「神!」てなもんだったのにいっきおっぱいまつり。(別にビキニを着ていたとかじゃない。普通シャツジーパン)「女だったのか」「おっぱい」「脱いで見せて!」「やりたい」「おっぱいおっぱい!!!!」ていう小学生みたいな反応。そのくらい低年齢層(精神的に)。初音ミクで素晴らしい音楽を作るような人は、当たり前だけどユーザーの中ではごく稀な方なんだからさ。

男性が作ったものなんかはそういう圧力がないよね、ってそりゃ当たり前だよ。結局、ニコも2chも、まあはてなもだけど、基本的に男社会だもん。そりゃ何の圧力もないわさ。腐女子は男オタの動画に「男オタ自重」とか言わないから。

腐女子の場合同調圧力以前に、一部の男が普通に圧力かけてるんだからね。大体同調圧力だって、その結果生まれたものだし。誰か一人でも腐女子が飛びぬけて(ニコにいる男的に)痛いことをやらかせば、それはその人一人が「痛い」ということになるんじゃなく、「腐女子全体が痛い」ことになる。そういう背景をご存知?男オタが痛いことをやらかしてもそれは「そいつ個人が、痛いだけ」と処理されるけど(まあ、マスコミからすると男オタでも一人のオタの痛さが全オタの痛さと刷りかえられてることがあるからそれを思えば分かりやすいと思う)腐女子はそうはいかない。一人の失敗が全腐女子のせいにされる。そりゃ同調圧力だってかけざるをえんわい。連帯責任状態なんだから。

寧ろ「(正当なニコニコの客である俺達男に)迷惑をかけるな」という日本人同調圧力全体主義をふりかざしているのは男に思えるんですけどね。腐女子同調圧力なんて、その圧力にさらされた結果おきたプチルール程度のもの。


それと同調圧力が凄すぎ、これだから女の集団って……って白い目ばっかりされることが多いけど、必ずしも「腐女子ルール」は悪いことばかりじゃない。近頃の腐女子普通に可愛い子が多いとか言うけど、それも同調圧力の、いい言い方をすれば、成果なわけで。

男内部にはそういう圧力がないからーとか暢気に言ってるけど、その分「ものすご痛いオタ」も男オタに多いわけで。腐女子でも確かに痛い厨はいるけど、そういう厨はそれこそ「同調圧力」「腐女子ルール」に従ってない例なわけで。

検索避けがどうこう言われるけど、少女アニメ番組名でぐぐったら、そのアニメ18禁イラストサイトとかが一番上に出てきたなんてことが、男オタ世界には結構あるとか、そういう一面も忘れちゃいけないでしょ?最近じゃ女性向けはサーチすら検索してもなかなか出てこなくなった。まあ、探し辛すぎてどうかとは思うけど、でもそういう腐女子内面ルールによって助かってる・役立ってる面もあるわけで、一方的に男側(これは必ずしも生物学的に男ということを表さないけど)に悪い面だけで断罪されるいわれもない。大体、べつに同調圧力が凄いつっても所詮特殊な検索除けをちょいと過剰めにしてしまう、って程度、具体的にいえばスラッシュいれまくっちゃう、とかその程度しかないわけで、そう大袈裟に騒ぐことだろうかね。それよりもこっちからしてみれば男オタはもうちょっと気にした方がいいんじゃないのって気もする。腐女子バッシングしてる暇があるならね。

男オタはそういうのがないから自由に楽しくやってるとかいうけど、別に腐女子も楽しくやってますから。逆に考えて欲しい、楽しくなかったらこんな検索避けしたりしてまで同人やってるわけないでしょ。サークル参加人数は女性の方が多いわけだし。

何か勝手に圧力かけてきておいてそれでルールで「叩かれないようにしよう」ってやってたらそれはそれで「がんじがらめでしがらみ多くてかわいそうw」みたいに見られても……もう、いいから、男の人は腐女子を放っておいてほしい。何でも理由ってもんがある。何の理由もなしに突然無意味同調圧力だけが出現したわけじゃない。そうしないといけない理由があったし今もそれは続いてる。そういう流れを全く知らないまま、気まぐれに腐女子の一時代・一部分だけを切り取っては、「男にとって納得できる理由」を探して勝手に分かった気になって論評じみたものをして消費する。そういうのいい加減うんざり。もういいから腐女子を放っておいてほしい。迷惑。

2009-02-28

さよなら これからを生きる


http://anond.hatelabo.jp/20080814041810


彼女のことはすぐに見つけた。

思えば何事につけても自信のない俺にもある、数少ない得意なことの一つが、彼女を見つけることだった。

人が何かに秀でる時、理由はだいたい二つしかない。

天分か。

あるいは努力か。

この場合の俺は前者ではあり得ない。「ある一人がいつでも自然に目に入った」なんて言ったら、まるで運命の二人みたいじゃないか。


そんなわけはない。俺は後者だった。自然に目に入るなんてことはなかった。

けれど、自然と目は彼女を追っていたから、いつでも彼女を探していたから。教室でも。移動教室の間の廊下でも。遠足目的地に着いてからの自由時間でも。彼女の家にパンを買いに行っても。俺ん家の前は彼女が通うエレクトーン教室への通り道だった(でも彼女の家と教室の場所を結ぶと、この道はどう考えても遠回りになることが、俺の当時の幸せの一つだった)から、彼女の教室がある日は家の前で素振りをして待ってた。グラウンドで体育をやる時にはなかなかチームが一緒にならなくて大変だった(これがまた、本当に一緒にならない)。彼女を探すだけじゃなくて、自分のカッコいいとこも見せなきゃならないから男は辛い。

目の届くところにいるのなら、好きな人がいるのなら。近くにいる可能性があるのなら。他のものを映す余裕なんて、このただでさえちっぽけな二つの目のどこにもないだろ?


だから確信を持てた。最初は、彼女を見つけた瞬間は信じられなかったけど。でも、どんなにたくさんの人がいたって、どれだけ予想してない時だったとしても、彼女を見つけ出すことだけは外さない自信があったから、あれが彼女だと確信を持つことができた。そうでなければ、俺はその時見つけた子を彼女だとは思わず、見つからない何かを探していたかもしれない。

それでもまだ信じきれなかったのは、今までの人生で一番ブランクを空けて見た今の彼女が、俺の想像とはかけ離れてしまっていたから。


久しぶりに会った親愛なる馬鹿たちも、目にする友人たちも、その多くは五年前から、あるいは八年前から変わっていなかった。

彼女は違った。当時のままではいてくれなかった。

よく言うだろ?

変わらないか。

あるいは、失望するか。

彼女は変わっていた。

なら失望したのか。


違うよ。


きれいになってたよ。すごく。


この(その、でも、あの、でもなく、この、だ)感動は、とても俺には言い表せない。

悔しいことに、ああ、そうだ、よく最近ライトノベルなんかでヒロインを形容する時に、ハナっから「その少女は俺の語彙じゃ表現しきれないほどの美少女だった」とか描写しといて後はイラストに丸投げ、なんて物書きとしてどうかと思ってたけど。

どうしようもないくらい、きれいだった。その時俺が見た彼女を表現するのには、あまりに言葉が足りなすぎる。いいさ、この体験は俺だけのもんだ。誰にだって分けてやるもんか。それでいい。


彼女を見つけたのは式が始まる前。旧い友人と受付を終えた後、会場で空いている座席を探していた時だったから、近付く事はできた。

はずだった。

はずだった、けれど。

逡巡が生まれた。生まれてしまった。

気づくことがあった。あ、と思った。こりゃダメだ、と感じたんだ。


どうしようもなくきれいになった彼女は、どうしようもなく遠かった。

それは彼女の周りの席がもう埋まっていたからかもしれない。それは彼女に至るまでに立ちふさがるであろう人垣かもしれない。段差を上り詰めて、声をかけるだけという行為に留まることへの躊躇だったのかもしれない。それまでにずっと考えていた、話すべきだと思っていた言葉なんて、いざ本人を目の前にした時にはどれほど無力になるものかなんて、わかっていたはずなのに。

足をとどめさせたものは、なんだったんだろう。

それは彼女との純粋な距離、障害、段差、そういった、あまりにつまらなく、くだらなく、馬鹿げていた状況が積み重なっただけのものなのに。不思議と、俺の心臓だった、時間の重みをふっと軽くしてしまった。

近付こうとした。けれど、近付けなかった。はっきりとは、今でもまだわからない。


それでも。まだだ、と思った。


式次第は滞りなく進んだ。中学時代の担任からのビデオレターは、恩師らしい言葉だった。くたびれたポロシャツ姿で、だるそうに喋るのが恩師の喋り方だった。記憶と違わず、首もとの緩んだポロシャツ姿は、授業を受けたことのある元生徒達の笑いを誘った。


「『井の中の蛙、大海を知らず』という諺があります」


簡単な挨拶の後は、国語の教科担任らしく、諺をひとつ、贈ってくれた。


「あまり知られていないのですが、この諺には続きがあります。

それは、

『されど、空の青さを知る』

という続きです。

今の皆さんは、まだまだ世間を知らない。知らないことはとても多い。厳しさや、辛いことをこれから知っていくことになるでしょう。

けれど、今の皆さんは、空の青さを知っている。空の青さは、夢とか、希望のことです。

井戸の外に出ることになっても、その空の青さは忘れないでください。それは、失わないでください」


懐かしい声と調子を耳にしたせいもあるかもしれない。式の間は、くり返しくり返し思い出していたせいで、忘れようとしても記憶の根っこに刻み込まれてしまったことを、またくり返し思い出していた。中学時代のこと。

俺の中学は、まぁ、荒れてた。染め上げた髪にキャップサトシ被りにして、原色Tシャツを中に着込んだ学ランの前は当然のように全開で、下げたズボンの裾を引きずり引きずり、下げた分だけ尻を丸出しにしたファッション連中が、学年で両手足の数くらい。先生方の車はよくボコボコになっていたし、近場の店に行くと「△△中学の」という目線をこちらに配る店員が離れることはない。万引きし過ぎなんだよあいつら。盗みすぎでゲームショップが潰れたとかいう噂があったけどホントなんだろうか。俺たちの学年の階のトイレの窓ガラスは張り替えるたびに割られるので、遂に通り抜けフープになった。中で煙草を吸う連中がいたので、中が見えた方がいいということもあったのかもしれない。好意的に考えればだけど。


そんなよくある中学校廊下の突き当たりの壁に寄り掛かって、俺は友人二人としょうもないことを話していた。なんの話をしていたのかは覚えてないけど、あの頃の俺とあいつらが話すことなんて、大体守護月天パワプロの話だろ。

守護月天パワプロの話をいつも通りしていたであろう俺たちの前に、のそり、のそりと近寄ってくる三人がいた。ガラの悪い連中の幹部(笑)と、その取り巻きの三人組だった。廊下をたむろして歩くのがルーティンというか、そういうのがかっこいいらしい。構わず話している俺たち三人に、「おい」と幹部が声をかけてきた。

邪魔、どけよ」


ウチの中学が荒れ始めたのは、どうも俺の学年の一つ上くらいかららしい。三つ上の姉が「ウチの頃は全然荒れてなかったけどね」と言ってたからなんだけど。

で、俺は、その一つ上の学年のガラが悪い人たちには、まぁ、ヘコヘコしてた。小学校の時の野球部の先輩がその中にいたからってのもあるけど、タイイクカイケーなところのある俺には、年長にヘコヘコすることは身体に染み付いていたことでもあったし。

で、問題は、「増田はヘコヘコする野郎だ」と思い込んでる、タメのガラが悪いヤツら。


邪魔、どけよ」

とか声をかけてくるヤツら。こちらが座っているのは廊下の突き当たりだ。その先に道はないのだから邪魔も何もない。構わず友人二人と話を続ける。

「おい、聞こえてんのか」

仲間に直前までその威力を自慢していたローキックを俺にガッシボカと浴びせてくる。俺をサンドバッグに見立てて、膝を立てて座ってるせいで一蹴りに付き脛腿脇の3Hit! 俺がのっそり立ち上がっても蹴りは続く。

タメに頭を下げる理由はなかったし、部活をやってる人間(俺)と部活をやらずにヤニ吸ってるだけの人間(ガラの悪いタメ)の体力差はいかんともしがたかった。


関係ない部分が長くなった。何が言いたいかというと、式の後にも彼女に会うチャンスがあって、それは中学の学年全体で開かれる同窓会だった。

が、その幹事として取り仕切ってたのが、そういうガラノワルカッタ連中なんだよ。しかも中心はあの日俺がのしちまったヤツじゃねえか。ああ、顔も合わせたくない。登校するたびに上履きの紐が焼かれて短くなってたせいで蝶々結びがうまくなったとか椅子で殴られた後に机を投げ返したとかどんな黒歴史だよ。


今ひとつ行くことに踏ん切りがつかない理由はもう一つあった。

この成人式、会いたいのは彼女だけじゃなかったんだ。

この成人式で二人の友人に、そう、あの日守護月天パワプロの話をしていた二人の友人に、許されるならば、一方的にだけれどこう呼びたい――二人の親友に、会いたかった。会って、話をしたかった。

けれど、会えなかった。一人は夢のために国を離れた。もう一人は、あまりにも俺が馬鹿だったせいで、離れていった。

俺から離れていった友人に、許しを請いたかった。でも、友人は来なかった。心残りだった。来て欲しかった。許してくれなくてもいい、話す機会を与えて欲しかった。それがたとえ自己満足だと自覚していても。


友人は来なかった。残ったのは単純な選択だった。


同窓会に行くことのプラスは、彼女と話す機会を得られるかもしれないこと。

同窓会に行かないことのプラスは、あいつらと会わなくて済むこと。そしてそれが、自分への言い訳になること。


秤にかけたら簡単だった、とは、なかなかいかない。

それでも、俺は行くことができた。その時には前に書いたもののタイトル元ネタhttp://kittttttan.web.fc2.com/ez/light/died.htmも頭に浮かんではいた。それはとてもとても魅力的だった。ああ、ホント、それもいいよな……。

でも、行った。


ただ、行ってさえみれば、楽しいものだった。受付はあれらの中でも関係の薄いヤツがやっていたし、最初のルネッサンスさえ済ませてしまえば、後は気の合う連中と話をしていられた。昔から不思議と頭のおかしな……良いのが周りにいたもんだから、そいつらとこの歳になって話をしてみるとまた違った面白さがあった。


でも、意識はそこにほとんどなかった。

視界の端にちらちらと映る白。彼女はいた。来ていた。会場の中の端で見知った顔ぶれと花を咲かせていた。こちらの場所は、その反対側の端で入口とトイレにほど近いところだった。友人の肩越しに「ああ、いるなぁ」なんて思う自分をこうして思い返すと、やってることが一緒にいた頃と全く変わってない。人間、そう簡単に成長しないもんだ……。

そういうのもいいかもしれない。嫌いじゃない。だけど、ここに来たのはそうじゃない。そんなことで満足するためじゃない。

彼女が席を立ったのに合わせて、用を足すことを周りに告げ、立ち上がった。


「久しぶり」

一瞬目を一回り大きくしてから、柔らかい顔を作った――そういう感情が移り変わる過程がはっきり分かるところも好きなところの一つだった――彼女挨拶を返してくれた。

「久しぶりだね」

鈴の鳴るような……あぁ、まぁ、いいや。久しぶりに聞くことになった俺の大好きな声は、どんな音楽よりも声優よりも優しく綺麗に俺の耳に響いた。すごいな。ああ、すごいよ。好きな人って、本当にすごいよ。

それぞれの席に戻りながら、短く言葉を交わす。俺のことわかる? わかるよ。増田こそどうなの。覚えてるから声かけたんだよ。そうだよね。そうだよ。どの辺りにいたの。……ここ。ああ、馬鹿、なんで俺の席はこんなに近いんだ。そもそもこんな離れたところに座るんじゃねぇよ。いや、来た時にはここしか空いてなかったんだっけ。なんで他の皆はあんなに早く来て席を取ってるんだ。うん……違うな……俺がうだうだしてたせいか……。

二言三言のやり取りの後、それじゃ、と別れた。まぁ、最初はこんなもんか。というか、それでもう、満足しかけていた。どんだけ好きなんだよ、俺。


それから二度、彼女は席を立った。さすがにその度同時に顔を合わせていたらおかしいので、「たまたま同時に席を立った」風を装うことができたのは最初の一回だけだった。彼女が席を立った二度の機会はうまく活かせなかった。慣れたヤツなら、こういう時にもっとうまく立ち回れるんだろうな……。だらだら酒とパサパサしたサンドイッチやらサラダやらに箸を伸ばす。なのはは常識だからとしきりに薦めてくる誰でも名前を知っているような大学に行った友人の話に適当に突っ込む。おまえCLAMPに一生付いていくって言ってなかったっけか。ツバサってまだ完結してないのかな。横ではこれまた誰でも名前を知っ(ry医学部理学部がぱんつじゃないから恥ずかしくないらしいアニメ首都圏でホットだとか新房の記号論だとかに熱くなっていた。TrueTearsを今晩コメンタリーすることに決まったようだった。それはちょっと……いや、正直参加したい……。で、お前はどうなんだと問われて、いくつか好きな作品を挙げた。作品を口にだしながら、ふと思うことがあった。前々から感じていたことではあったけど。

Astral。秒速5センチグレンラガン御影作品。大好きなある作家さんの作品(本当に好きな、いや、大事なものって、決して誰かにそのことを言ったりしないものだよな)。挙げた時には言わなかったものもあるけど、そういうもの。終わってしまっている物語


俺たちが関係のないことを話していても、時間は変わらず同じ間隔で歩を進める。ただ、人にとっては同じ間隔に感じられないなんてことは科学者が証明するまでもなく当然のことだった。彼女と同じ空間にいるだけで、時間はあまりに早く過ぎすぎる。彼女がいる。視界に彼女が収まっているだけで、どんなに楽しいゲームをしている時より、どんなに面白い本を読んでいる時より、どんなに書きたかった記事を書いている時より、時計はあっという間にぐるぐると音が聞こえそうなほどに早く回る。時折視線が重なって、手を振るでもなく、合図をするでもなく、笑顔を送るでもなく、ただ、そのそれだけの一瞬の交叉がたまらなく、どうしようもなく愛おしく感じられた。

死ぬならこの時だった。紛れもなく、この時だった。男って本当に馬鹿だよな。好きな女の子が、どんなものにも代えがたいんだよ。


時間は変わらず同じ間隔で歩を進める。その会が始まって終わるまでの2時間という時間は、これまでと同じように地球が12分の1回転する間だったのだろうけど。

それだけの時間が経って。会場から、人が吐き出される。俺は入口で、彼女を待った。

彼女が出てきたのは、本当に最後の方だった。声はあっけないほど普通に出たと思う。

「なぁ、○○」

「うん」

写真撮ろう」

「うん」

俺の携帯をその場で一緒に待っていてくれた友人に託す。おい、ちゃんと撮れよ。頼むからちゃんと撮ってくれよ。それ、俺の宝物になるんだからな。一生ものになるんだからな。

隣で彼女が笑う。そのあまりに近い笑顔を見て、思いが、気持ちが溢れそうになった。なあ、○○。俺、お前に告白したよな。お前はもう忘れてるかもしれないけど。知ってるか。俺、まだお前のこと好きなんだぜ。笑っちゃうよな。馬鹿みたいだよな。告白したの小学校だぞ、小学校中学校も一緒だったのにな。それなのに今、お前の横でドキドキしてるんだよ。嬉しいよ。つらいよ。幸せだよ。胸が苦しくて苦しくてたまらないよ。笑っちゃうよな。本当に馬鹿みたいだよな。でも、それでいいんだ。いいんだよ。

彼女の肩は俺よりも低くて、俺の二の腕彼女の肩が一番近く、少しだけ触れるような間隔。お互いに近い腕で作るピースサインは中指同士がほんの少し重なるように。知らない名前香水が僅かに漂ってきてて。互いの方へと傾けられた小首は、この上ない至福で。

友人の声と一際強い光を伴って、俺の携帯に、俺の人生で最も幸せな瞬間が、永遠に切り取られた。


「ねぇ、私のでもお願い」

「あいよー」

彼女カメラを俺の友人に渡す。ごめん。嬉しかった。なんか知らんかったけど嬉しかった。それってつまり、俺の写真彼女がこれから持ってくれる、ってことだろ? いいんだよ、どんなに小さかろうとキモかろうと。嬉しいんだからさ。

なんだこれフィルム巻いてないじゃん、とフィルムを巻き始める友人を尻目に、彼女が話しかけてくる。

「ねぇ、今、何やってるの」

田舎大学生やってるよ。卒業文集に書いたこと、相変わらず学校先生目指してる」

「え? ××先生?」

「そうそう、俺大好きだったからさ」

「知ってるよ。私も好きだったし、実は今も年賀状やり取りしてるんだ」

「え、本当?」

ちょっと嫉妬。

「ほんとほんと」

聞かれたから、聞き返しただけだったけど。

「○○はさ」


「○○は、まだ、    を目指してるの?」


間があった。

「やだ、知ってたの」

「聞いたんだよ、お母さんから」

よく実家のパン屋行ってたし。

「で、どうなの」

「えっとね」「撮るよー」

気づけば、もう友人が今にもシャッターを切ろうとしていた。

「○○」

「ほら、笑顔


パシャッ。


「ありがと」「あいよー」

「○○」

その時、写真に写った彼女は、どんな顔をしていたのだろう。

フィルム彼女のもとで、今の俺にはわからない。


つまらないかもしれないけど、これが話の続き。俺のすべて。そう、これはきっと、終わってしまっていた物語

どうしようもないほど俺は彼女のことが好きで、聞きたかったことも、どんなに重ねた想いも、伝わればと思った願いも、彼女がそこに、確かにいてくれることを実感した時には、大した意味を持たなくなった。

彼女さえ、幸せに生きてくれれば、もう、それでいい。

男って、本当に馬鹿だ。そして、幸せだ。

ありがとうと言って、俺は死んだ。たぶん、死んだ。彼女自分のために生きようとした俺が死んで、すべてなくして、死んだような俺が、さよならと言って、これからを生きていく。すべてを失って、なにもかもなくしたのなら。0がたった0.1を為すだけでも十分じゃないか。それならこんな俺でも、少しでも、わずかばかりでも、彼女が生きるこの世界を綺麗にしたくて、それだけでも――十分じゃないか。ただそれだけのために生きる人間がいることを許されるぐらいには、きっと世界はまだ広い。


ひょっとしたら、俺が彼女以外の誰かを好きになることもあるのかもしれない。ないのかもしれない。自分が終わってしまったと思っていても、生きるのなら、今いる井戸よりも深い穴の中に落ちてしまうこともあるんだろう。そこから抜け出そうともがくかもしれない。それは無駄なあがきかもしれないし、あと少しのところでまた下に落ちてしまうかもしれない。這い上がったところを突き落とされるかもしれない。その穴から井戸から出てこられたとしても、また同じような暗闇に落ち込んでしまうことがあるのかもしれない。

それでも、空の青さを知った俺は、そうして穴に落ちたとしても、何度でもまた起き上がって、汚くなっても、生きていく。

それさえあるのなら。

たった一枚の写真を、胸に抱いて。


http://www.youtube.com/watch?v=2RPGcncoHC0







続きを書くつもりはなかったけれど、本文のような価値観を立たせたことと、「続き書け」と言って下さった方(id:tegi、id:yarukimedesu、id:gohki、id:chnpk、敬称略)や、文章自体に好意的な感情を向けて下さったと私が一方的にでも感じた方(id:mike_n、id:Lhankor_Mhy、id:neko73、id:hati-bit_punk、id:shAso、id:m-birdid:hotch_botch、id:napsucks、id:makeplex、id:tyru、id:mimimu8、id:ukabu、id:MarHear、id:mae-9、id:yas-toro、敬称略)がいらっしゃったので、何、一人の人間のちっぽけな物語なぞ、あってもなくてもよかろうもん、と開き直って、ちまちまと書き進めました。そうか、半年経つのか。

idコールは気楽に使ってもいい(スルーされるのが当然くらいな勢い)みたいなので、少しでも何かを気にかけてくださっていたと私が勝手に感じた方にはidコールをお送りしました。どうぞスルーしてください。でも、あなたたちがかけてくださった言葉タグで、私が嬉しく感じたことを、この場で伝えさせてください。

2007-07-20

音楽のこと

勉強は得意だったし、好きだった。英語は嫌いでたまらなかったけれど、数学化学物理国語歴史は大好きだった。運動は得意だし、好きだった。持久力は致命的なまでになかったけれど、それでも総合的には上位5%に入るくらいには出来た。たまにもっと運動部で何かに打ち込んでみればよかったとは思う。絵を描くことも、工作することも、大好きだった。

だけど、音楽が本当に本当に大嫌いだった。

そもそも父と母は私にそれなりの頭とそれなりの運動神経を与えはしてくれたけれど、音楽才能は全く何一つ与えてくれなかった。

音感リズム感も何も。

エレクトーン一年弱で、音符の長さというものが理解できなくて終わった。順番にキーを押す、ということは理解できても、私には規定の長さでキーを押す、ということは出来なかった。手拍子だって、周りを見て、真剣に合わせないとずれる。集中せずに一定のリズムで手を叩くなんて、私にはできない。

歌を歌えば音程がずれる。「そこ高いよ」なんていわれても、どこが高いの低いのか、どうやったら下がるのかがさっぱり分らない。ちゃんと歌っているつもりでもずれる。だから人前で歌を歌うことが苦痛で仕方がない。誰かと一緒に歌うと、自分の声が聞こえなくなって、混乱して、歌えなくなる。でも一人で歌うと、伴奏とどこまでもずれていく。音程も狂っていく。

音楽の時間、歌のテストの時。音程がずれていることを薄々感じながらも必死で歌い終わって、でも何故か伴奏はまだ続いている。その五秒か十秒の空白の時間。私はただ死んでしまいたい、ということだけを考えている。苦痛で溜まらず、涙すら出そうになる。

音楽教師は、私のような人間がいることを理解できない。私が、運動が致命的に出来ない子を見て真面目にしなよ、と憤るように、彼女たちは私を見て、真面目にしなさい、と怒る。真面目にしている。真面目にしているけれど出来ないのだ。歌を歌うことが苦痛で仕方がないのだ。そして彼らは私を笑う。音痴だと。冗談交じりに言われても、私には嘲りにしか思えない。

自信を失えば失うほど、声は小さくなり、伴奏とはずれ、音程は狂っていく。誰が好きでこんな醜態を晒すだろうか。

私が必死で個室でテストを受けたいと申し出ても、彼らはそれを容易く退ける。一曲くらい大したことないでしょ。すぐ終わるんだから歌いなさい。一曲。一分か二分か。それが私には十分にも二十分にも感じられる。

歌のテストクラス全員の前でさせる教師を、私は心の底から憎む。彼女たちは生徒を晒しものにして楽しいのだろうか。音楽以外に、試験の内容も結果もを衆目に晒す教科が存在するだろうか。

人前で歌を歌うと考えただけで、脂汗が出る。足が震える。息が苦しくなって、逃げ出すことばかり考える。今、熱が出たらいいのに。怪我をしてしまいたい。お腹が痛い。

音楽なんていう教科は全ての教育課程から消えてしまえばいい。音楽教師なんて全員死んでしまえばいい。音楽なんてこの世から消えてしまえばいい。そう、願って止まない。

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