「日記サイト」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 日記サイトとは

2019-10-02

anond:20191002065726

そうだねアーティクルで見ただけだからやってませんよねww

匿名日記サイト匿名掲示板的やりとりはおっぱじめてますけどねww

2019-08-12

anond:20190812160042

よくわからん質問に答えてくれる人が現れると誤解してる系?ここは日記サイトなのだが。

2019-06-24

もうケンカはやめてくれ

いつから増田レスバする場所になったんだ。

ここは日記サイトだぞ。みんな今日日記を書け。

2019-06-15

anond:20190615204417

元々もなにも匿名日記サイトからろくな情報が書き込まれない想定をしないほうがおかし

2019-06-10

anond:20190610124156

おまえに向かって書いてないんやで

なんで敢えて絡んでいこうとしてるの?

ここの話だとしたらここは「人力検索はてな」のようなQAサイトでさえない「日記サイトなんや

2019-06-02

anond:20190601233840

こっちの方が古いけどな

http://that.5ch.net/test/read.cgi/gline/1072618627/

誰か「氏ね」って言ってのガイドライン

1 :ともい:03/12/28 22:37 ID:sXB5e+nb

いきなり氏ねって、どういう事ですか?君には社会常識がないのですか?

普通は、『あのう、すいませんけれども氏んでくれませんか?』とか

あなたはには、氏ぬという選択肢もありますよ』とか言うものですよ、

あなたみたいに最初から喧嘩腰だと、

言われた方は『じゃぁ氏んでみようかなとか』いう気持ちがなくなるものです。

まずは、親切丁寧に人に氏んでと頼むべきだと思いますよ。

そこから、人の輪と協調が生まれ、『よーし氏んでみるかとか』

という気持ちが生まれるわけです。

ちなみに吉野家コピペ同様にどっかの日記サイト(もう見れない)からパクっただけで2ちゃん起源ではない

8 :水先案名無い人:03/12/30 08:46 ID:cDV+Byi0

>1

元ネタこれか?

ttp://www.memorize.ne.jp/diary/81/81111/index.html

で、これってどのスレ

2019-05-24

anond:20190524060559

ならまずお前がただの日記サイトにくだらない他サービス批判投稿するのをやめなよ

2019-04-27

anond:20190427205422

話そらしてるw必死だなw

増田で誰が誰かのソースを求めるとかバカだろ?

レスバ笑とやらで途中で入れ替わってるかもしれないし一人の自演かもしれん

そもそも日記サイトレスバ笑ってw

そんなこと気にして見てるやつのお気持ちまで考慮できないよw

2019-04-15

anond:20190415133846

その日記サイトが何かの証明になると思ってんの?

反論ってのは証拠を示しながら論理的にするものだよ

煽りながら日記サイトURLを貼ることじゃない

2019-03-18

anond:20190318222927

映画館関係者に聞けば?こんな糞みたいな匿名日記サイトじゃなくて。

よほど建設的だと思うけど、なんで聞かないの?

2018-12-29

anond:20181229144432

エロいけど言語史には詳しくないオジサンです。

オジサン就職活動をしていた1994年には「就活」なんて略していなかったので、少なくともここ25年以内ですね。

Google先生に期間を指定する(ツール→期間指定)と、2001年には (おそらく個人の)日記サイトに 「就活」という単語が出てきています

2002年All About記事タイトルに「就活」という単語が出てくるので、このあたりで一般化したのでしょう。

以下オジサン考察です。

使われる頻度の高い言葉は、短く略される傾向が強いです。

就職氷河期(1993~2005年代)は就職難が社会問題になり、それこそ就職活動生以外も口にする機会が増えました。

そんな悲壮感漂う中でも若者たちは「シューカツ」と、少しばかりポップな響きを与え、明るく前向きに立ち向かったのですね。

2018-11-21

山岡 「これが本来増田の味なんです」

子供面白い!これ本当に増田なの!?

母親 「まぁ、この子自分から増田を書くなんて…」

山岡 「これが本来増田の味なんです」

谷村 「いつも書き込んでいる増田とは雲泥の差だ」

三谷ソース提供され納得と混ざって、とっても理論的だわぁ!」

荒川パンティ増田特有の嫌味な匂いがちっとも無いのよ!」

栗子 「すいすいすいようびがシャッキリポン(ry

中松しかしよぅ、山岡旦那。これははてな増田とは全く別物だぜ?一体どんな魔法を使ったんだ?」

山岡魔法なんかじゃありませんよ、中松警部

    増田に設置されているホッテントリ機能は使わず、ワッチョイとIDをつけ実装し直しました。

    更に、ソースURL貼り付けではなく論文サイトから引用だけのソースを使っています

富井 「ひええ、たか増田に、そんなにお金と手間をかけるとは…!」

大原 「いやはや、何と贅沢な…」

山岡増田は、手間隙と金を惜しまなければ、本当に楽しい日記サイトなんだ。

    だけど、殆どの人はその手間と金を惜しんで憂さ晴らしで使っている。

    だから本当の楽しさを知らないんだ。嘆かわしい事だよ」

小泉 「ふむ…確かにブクマカリテラシー低い増田は、人口のまがい物といった感じがするからなぁ」

山岡憂さ晴らしで書き込まれ増田は(中略)というくらい危険なんだ。

    例えば、このソースコードを見て欲しい。(中略)これらは全て、1日1トン摂取すると死に至ると言われている」

三谷 「何ですって!そんな危ないもの増田に書き込まれているの!?

山岡 「それだけじゃない、ここに書いてある(中略)これもやはり、1日にプール一杯分摂取すれば確実に死ぬね」

富井 「こんな危険ものを、どうして公開する事ができるんだ!?取り締まるべきだろう!?

山岡 「それは、厚生労働省の怠慢が原因なんですよ。(中略)この国の政治家はどうかしているとしか思えない」

栗子 「私達は、知らず知らずのうちに、猛毒と同じ様なものを使わされていたのね…」

母親 「でも、この増田なら、安心して家族に見せる事ができますわ」

子供 「うん、僕、このパンティーなら毎日でも平気だよ!」

2018-07-12

anond:20180712001212

昔、ゲーム屋のバイトだか店長だかの日記サイトがあって、クソガキが試遊機で遊び続けるから遠くからわざとリモコンスイッチ切ったり、クリスマスプレゼントハム太郎ゲームを買いに来たお父さんが語尾に「でちゅ」がつくタイトルを何回も連呼して可愛い、みたいなゲーム屋の日常が綴ってあって面白かったなぁ。

2018-06-15

ネット言論に関するちょとした考察

かつてグーテンベルク活版印刷技術で、科学思想宗教世界に均質に広まることとなった。

素晴らしいことである。そのおかけで、家庭の壁一面に並ぶ大きくて重い百科事典にらめっこしたり、

図書館に出向いて書架の間を歩きまわったり、知識を得るためには、そんな肉体的運動必要であった。

現代ネット時代は、実は、それ以上に劇的な変化がもたらされた。

世界中の、最先端の、多くの情報が小さな画面に集約されるようになった。

ポチポチと指先を動かすだけで、誰もが情報の海から情報が安泰と入手できる。

さらに、情報発信も軽々とできる。多くの情報ゴミクズなんだけど。

日記サイトゴミクズなんだけど、100年後には当時の日常生活が見られるわけで、

資料として一級の価値を持ったりするかもしれない。というわけで、このサイトの意義は

素晴らしい物があるわけです。ヨイショ。

しかし、個別的に見てみると、ネット自己洗脳を加速させる面を持っている。これ、イクナイ傾向。

色々な情報があるのに、それを比較考量せず無意識のうちに自分の知りたい情報だけを

見つけ出してきて、知りたくない情報は詳しく検討することはしない。

また、自分の考えを開陳してはひたすら肯定してくれる人達を探して群れてるだけ。

間内自家中毒。これはもう見てられない。本人たちは自分正義を貫いている、偉いだろ、えっへん状態

末期症状だよ。

まとめると、科学技術の発展が世界破綻をもたらすかもしれないって話。

でも、うまく適応できる人もいるから、そういう人たちが生き残って文明継承していければ良いんだけどね。

2018-06-07

増田諸君

この投稿画面に、なんと書いてあるか読んでいるか

そう、「日記を書く」だ。ここは匿名日記サイトだ。

ここを訪れる者である限り、日記というものの慣例にしたがうべきだ。

日記に書くような題材をきちんと選び、日記のようにほぼ毎日書き続けなければならない。

ROM専門やブコメ専門、トラバ専門というのもありえない。それは卑怯者のすることだ。

自分の内から湧き上がるものがない者が、他人のそれに口をだす権利はない。

 

そう、ここはBBSではないし、まして煽り合い他人嘲笑する場所でもない。

気が向いたときだけフラっとやってきて目に留まったものに噛みつく場所でもない。

自分日記とともに、他の増田たちの日記毎日これを読み返して、アノニマスな人々の日々に思いを馳せるためにあるのだ。

もう分かったと思うが、言及機能あくまで従であって、自らの思いを吐き出す、他人の思いを受け止める、それが主たる場所なのだ

増田の民たちよ、ゆめゆめ忘れることがないように。

2018-04-25

オタク差別批判することを、やめることにします。

 趣旨は上の通り。

 自分オタクだと自認するようになってからこっち、10年以上にわたって、オタク差別けしからんと言い続けてきた。

 ここ数年、なんとなくそれに違和感を感じることが多くなってきたけれど、それでもやっぱり言い続けてきた。でも今回はっきりわかった。

 オタク差別批判とか、ただの害悪しかない。もうやめたほうがいい。

やはりオタク差別なんて(言うほど)なかったんじゃないのか。

 

 差別というのは、権力構造に根差すものであるという話をだいぶ前にツイッターで見た。

 つまらない約束事のように映ったけれど、まじめに考えるとこれを踏まえないから、差別を相対化して見せては矮小化言葉遊びにふけるような態度が出てくるのである日本人ヘイトだの専用車両男性差別だの在日韓国人による逆差別だの、差別者以外にとってはおもしろくもおかしくもない大喜利パズルでここ何年かでいったいどれだけ無駄な足止めにいそしんでいたというのか。ちゃんベースを踏まえてこそ、くだらない袋小路にはまらないで済む。これはちゃん物理を学んでいない人がブルーバックスくらいだけに目を通しただけで「矛盾」を発見し、相間さんと化すときに似ている。

 今まで自分存在していると思っていたオタク差別は、多分差別ではない。それは、いじめであり、パワハラであり、DVである

 そう視点を変えた方が、いろんなもの整合性をもって見える。中学校時代よくいじめにあっていた同級生は、オタクじゃなかった。正確に言うとオタク「も」いた。

 でもそれは、そいつと俺が割と仲が良いから知っていた話で、きっかけは別のところにあった。運動音痴から足手まといだという扱いだったり、成績がよくて生意気だという扱いだったり、DQN憧れの男の子彼女からだったりした。

 もちろんきっかけがオタクから」というケースもあるんだろう。でも、それはこういったきっかけのワンオブゼムでしかない。それを、民族差別女性差別と並べるのは、視野が広い人間ではなくただの雑な人間だ。

 「差別じゃない」というのは、多分そういうことなのだ。そして、差別じゃないか批判対象にする必要はないという話では、たぶんない。別の枠組で批判すればいい。

 なのにもかかわらず、熱心にじゃああれは差別じゃないんだーという大喜利ばかりをしているツイートばかりが「オタクから流れてくる。いや、どうしてもそこのところをわかりたくないのかもしれない。

 わかりたくないのか、わかろうとしないのか、本当にわからないのか、どれなんだ。

 いろいろ、「オタク差別の事例」というのが流れてきた。前なら、そうだそうだと怒りをぶちあげたであろうものがたくさんある。でもそれはどれもこれも、オタク差別の事例ではない。

 

 そういうものを引いて行って、ある程度確実にあったんじゃないかと思えるのは、「マスコミを通じたもの」だと思う。特にバラエティニュースを通したもの

オタへの偏見を植え付けたのは誰?

 それで思い出すのだけど、俺の中高時代あんまりオタクがいいとか悪いとかい意識を持つことじたいあまりなかった。今思えば自分の机でいつも小説を読んでいて、たまたまホームページの話になったとき「私も持ってる」と言ったのでURLは?と何の気なしに尋ねたらそれはちょっと……みたいに返してきた女の子なんかはオタクだったんだろう。自分だって漫画は好きだったしオタクだったはずだ、今にして思えば。

 じゃあ、そこにどうやってオタクキモイみたいな「偏見」の存在を知らされたかっつーと、漫画だったりインターネットだったり、そして「オタク自身の言説」からなんだよね。

 だってバラエティ番組なんて中二病まっさかり(高校になっても中二だったので)でほとんど見てなかったし。ニュースといってもこの手の話ってだいたいワイドショーである。やってる時間学校にいるんだから見るわけがない。

 金田一少年の事件簿には、小太りですぐキレ気味になる、「オタク」が登場した事件があった。こち亀で、美少女フィギュアを専門とする「色白でアニメ好き」なオタクが登場して、硬派フィギュアマニアのつもりな両津が逃げ出すという展開が「オチ」として機能していた回があった。名探偵コナンホームズフリークの回は……さすがにこの文脈で語るものではないか(でも動機の酷さは「オタクなんてそんなもんだろう」という共通認識が背後にあるような気がする。知らんけど)。

 テキストサイト一世を風靡していたころ、オタクオタクに向けられたコンテンツは叩かれる「べき」もの扱いだった。非オタク向けの、スポーツとかファッションを語るページに迷い込んだら叩かれたという話ではない。漫画感想サイトや、漫画ゲームをメインで扱う日記サイトでの話である

 何を言っているかからない人もいるかもしれない。例えば、ラブひないちご100%やBLACK CATは、軟弱な頭の弱いオタクのためのコンテンツであり、あんものにゲヘゲヘゆってるオタクマジキモイホイッスルミスフルテニスの王子様は腐狙いコンテンツであり、あんもの(ry そういう話である。この範囲結構広くて、らんま1/2H2ぐらいでもオタク向け扱いされることがあった(もちろん、当時これらが連載されてたわけではない。あれってオタ向けの駄作だったよね―みたいな扱い)。

 もちろん彼らが持ち上げるコンテンツというのもあったのだが、この文脈実例を挙げるの風評被害しかないので避ける。俺の好きな作家作品も混じるし。

 テキストサイトだけではなく、2ch(当時)もそんな感じだった。少年漫画板とかそのへんをよく覗いていたのだが、まあ当該作品スレは愛読者が集まるのでそうでもないこともあるのだが(そうであることもある)、総合スレでのオタクコンテンツ叩きはかなり強固だったし、漫画とか関係ないジャンルの板だとなおさらだった。

 そういうものにどっぷりつか……もとい接しているうちにオタクというのは叩かれるべき存在であるのだなというぼんやりとしたイメージ自分のなかで出来てきた。これにもう一つ後押しするように影響したのが、自分オタクだと称する人が、迷惑行為や触法行為のようなものを自慢しながら、「ホラ俺たちオタクからさ」みたいに語っている文章に接する機会があったのも、ああそういう人がオタクなんだなと認識させられた。

 ちょっと話はずれるけれど、当時は、オタクマニアの違いなんていう言い方があって、オタクはそういう迷惑ものを抱えた側の人間やハマりすぎて社会に順応できなくなっている人間、というような線の引き方もあった。

 これは、あくまで俺の話である。だから、他の人がどう偏見を植え付けられたかは、また別の話があるかもしれない。でも、オタク差別を煽ったものとして、「漫画」「インターネット」「オタク自身」という声を、この話でオタク差別に怒っている人の口から出てくるのを見ないのだ。

 ここで挙げたのは、知る人ぞ知るみたいなのじゃなく、だれもが知る有名漫画リドミで上位常連大手サイトオタク文化人として今でも名前を出せば通じる、みたいなのばかりを念頭においている(まあ当時のインターネット文化そもそも、知る人ぞ知るなものでしたけど)。みんな、俺とは違う漫画インターネットを見ていたんだろうか。ワイドショーバラエティばかりを見ていた「オタク」がそんなにたくさんいたんだろうか。

 本当に不思議なのだ。あそこでこんなオタクへの偏見に満ちた報道があったんですよっ!というようなツイートは大量に流れてくるのに。

加害者としてのオタク行方不明すぎる

 これが本当に、ここ数年で疑念として大きくなった末に、今回愛想がつきた一番のポイントなんだけど。

 オタク差別を受ける構造が、あったとする。それは、ネットで語られているほどは大きくないかもしれないけれど。

 それで、今、オタクってなんなんですか、と。特にネット上では、強者、抑圧する側、差別行使する側の「集団」として機能してませんか、と。

 腐女子叩きは昔からあったけれど、女叩き、中韓叩き、などは当たり前のように横行している。時々流れてくる、弱者権利をなんとかして奪ってやろう、人権思想じたいを矮小化してやろう、という意気に満ち満ちたツイッター漫画は誰によって大量RTされているのだろう。俺のところにはだいたいオタクさん経由で回ってくるんだけど。

 趣味、という切り口でみても、オタク文化を愛好する人が自分たちと関係のない趣味なら平気でdisる光景というのはそんなにたぐいまれだっただろうか。インスタ蠅なるイラストが回ってきたことがある。そもそもインスタに投稿するのが趣味になっているような女性を叩くようなツイートが回ってきたことがある。鉄オタは「池沼」「ガイジ」であるなんて言い方もある(「」内は原文の表記尊重)。ゴルフ車など老害趣味だとバカにしていたりもする。そうそう、スイーツ(笑)なる言い回しはいったいどこのどういう人によって流行したんだろうか。「リア充爆発しろ」というフレーズに何げなく込められた、自分関係ない集団への軽視に、どれだけの人が気づいてたんだろか(だって爆発しろ」だよ。あの連中、有明に15万人集まったタイミングで奴等爆発四散しねえかなーって非オタな人が言ってそれがそっちの界隈で大好評を博したら、インターネットな皆さんの間でどういう反応が起こるか考えてみたらいい)。

 そんなオタクばかりじゃないというのは分かる。というか俺がこういう文章を書いてる時点で分かれ。でも、個の話じゃないのだ。集団としての性質の話である。あれだけ、全共闘学生運動について冷笑ぶって叩く人が追いのに、そこに気づかないってどうかと思う。あとリア充爆発しろは使ってましたすいません。

 それに、そういったところで、こんなふうにちゃんと抵抗して、こんなふうに批判して、中から自浄する動きを作りました、このコンテンツからは離れましたと胸を張って言える事例、どれだけあるんですかね?俺が、ノットオールオタクと言い続けたところで、結局「自分批判対象から外してくださいあいつらは関係ない」と逃亡する以外に何の役回りも果たせなかったから、言っているのだ。この記事は違うよなあ~こういう作風は好きじゃないなあ~こういう物言いはよくないよなあ~と個別案件に不満ごちてみせ、自分は違うと思う、もっというなら思ってみただけで、肝心なところからは目をそらしていたんじゃないか? そう思うんである

 逆に、そこに自覚的になったんだろうな、と思える人も何人か知っている。そういう人は、結局C.R.A.C.やツイフェミのようなところに接近し、そのやり方すべてに同意はしないまでも、見解思想共感するようになっていく人がほとんどだ。おそらく今回「オタク差別」に怒っている人は、この人たちを敵であり、オタク仲間と認識していないと思う。

 つまりオタク文化加害者としての側面を見ないふりするか、オタク勘定してもらえなくなるか、二つに一つということだ。

 C.R.A.C.野間氏は個人的には大嫌いだし、たぶん単にオタクが嫌いなんだとは思う。でも今回ツイート応酬を見ていて、残念ながら主張にそれなりに同意せざるを得なかったのは、こういう背景について理解できてしまたからだ。そこで突然くっちゃべられる「オタク差別」。真面目に反差別を考えている人にとっては(多分そこは真面目なんだと思う。この人)、筆算の横棒がミニ定規で引かれていないから×、レベルの見当違い感があったんではないか野間氏の真意など知らないけれど。

 

 そういえばその昔、本田透の「電波男」に感銘を受けながら読み進めていて、後半のほうで腐女子フェミニストについてはずいぶん切り捨てたような言及の仕方なのに疑問を持ったことがあった。いや、フェミニストがオタク差別している、という文脈批判してるなら理解できるんだけど、そうじゃなかったから。権利意識を持つ女性自体が許せなさそうだった。その後「電波大戦」で喪女についての話題が出たとき、対談相手竹熊氏がわりと真面目に実態について話したりしているのに、「困ったモンですね」で終えているのを見て、クジャクママユを盗み出した同級生を見る眼つきになったのを覚えている。だってそこで語られてる喪女本田氏が救済しようとしてやまない喪男と違わないのに。

 そのあとしばらくは新刊も買って真面目に読んでたの、それもどうよって話だけど。

 10年くらい前に、俺たちの麻生なるムーブメントがあった。別に政治家を持ち上げること自体は好きにすればいいんだけど、そこでは当人が積み上げた迷言失言差別発言すべからく許容し、批判したマスコミへの叩きが横行していた。正直、あの政治家のどこがいいのかさっぱり分からなかった。

 当時はオタク個人ニュースが全盛期。そういったサイト管理人は、麻生氏を擁護するまとめブログエントリを紹介しては、叩かれていて困ったものですねぇ、正論なのに、というようなコメントをこぞってつけていた。オタク気質の知り合いなども、熱心に自ブログ擁護していた。

 あれから10年たった今も、麻生氏は差別発言侮蔑発言を繰り返している。あれを見ていて思うのは、この人は息を吸うようにハラスメントをする人なんだな、ということだ。それは、昔も同じだった。だから、どこがいいのかさっぱり分からなかったのだな、と腑に落ちたのだが、同時に当時持ち上げていた人たちにとっては、「だから良かった」んだろうかしら、とぼんやり邪推してしまう。

 今回オタク差別について怒っているツイッター主の中に、表現規制反対などをめぐっての発言をしばしばしているアカウントがいくつかいる。いずれもその界隈ではそれなりに大物だと思う。そして、俺のチェックしている反対派がぼんくら揃いなのかもしれないけれど、ヘイトスピーチの言論の自由を唱え、ポリコレで何も言えなくなることを憂い、自分関係ないところでの言論の自由に興味がないかしろ規制されることを望み、性差別についての提起が出てくるとそれについて考えるより先に提起者の揚げ足を取って袋叩きにするような人たちが勢ぞろいである。さすがに全部きれいに当てはまる人は少数だけれど。そんな反差別運動別にあの界隈に限らず、そういう発想自体)が大嫌いな人たちが、当然のように主張しだすオタク差別批判、いったいなんなのか。ただ、差別社会の中で特権階級になりたいだけじゃないのか。

 そういえば、これはある程度年配のオタクということになるけれど、昔(主に90年代くらい)のバラエティはこんなにおおらかだったのに、今はポリコレがうるさいせいでつまらなくなった、というような声が時々ある。なぜか、そういうつぶやきをしている人が「昔はオタクバカにする表現に寛容でよかったなあ」と語っている声を聴かない。今回オタク差別話題になって、バラエティなどでのオタクの扱われ方という話はけっこう出てきているのに、いない。どこへ行ったんだろう。

 オタク差別、という組み合わせでオタク文化っぽいものを思い返してみると、そんな案件ばかりが、思い出されてくるのだ。

 反差別のために立ち上がったオタク、というのはそれなりの数知っている。そういう人はオタクかそうじゃないかを越えたところのつながりで、反差別をやっている。でも、オタク差別けしからん以外の「反差別」がオタク文化の中心的な動きとしてあったところを、見たことがない。差別煽り偏見煽り強者に諂い(自分たち以外の)弱者嘲笑する、そんな動きならいくつも思い浮かぶのだけど。

 あ、一つ思い出した。(反差別とは少し離れるかもだけど)フリーチベットフリー東トルキスタン

 残念ながら、反中のダシ以上のものであった記憶はないけど。ああいうの、真面目なチベット東トルキスタンにおける人権運動家に失礼だったんじゃないか


 こんな「オタク差別批判」に大真面目に同意したところで、反差別には一ミリもつながらなさそう、むしろ後退させる役割しか果たせなさそうであるメディアを通した差別はもうかなり減ってるといわれるし、それ以外のものオタク差別というくくりより別のくくりで論じた方が有意義でより広い被害を論ずることができるようだ。となるとオタク差別なるものに拘る理由はない。

 もしかしたら、こんなことは本田透の2冊目の著書におかしさを感じた時点で、たどり着かなければならなかったのかもしれないけれど。

 そういう意味でも、失敗した責任を感じる。

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