はてなキーワード: 生協とは
大学の生協で本が15%引きだったので1万円以上を本に費やした。
しかし、英語の課題や、グループワークで処理をしないといけない課題、自分が通う底辺学部ならではの制作実習に忙しかったりとなかなか本を読む時間が取れないのが残念だ。
いや、実は本なんか読むのはすきじゃないのかもしれない。
お顔が良くて、セックスに困らなきゃ今頃はセックスしていたに違いない。
昨晩は、平和学の授業中に行われるテストの準備で追い詰められていた。
辺野古の基地問題について30分で2000字程度で論じるものだけれども、自分は徹夜で準備していた。
そのために1限の別の授業は寝過ごして、出席点を減らした。
そして、いざテストの時間だと思って平和学の授業に赴いたら、テストは次週であることと、少し自分が当てた軸と論題がぶれていることが発覚したのはなんともいえなかった。
テストが行われるという情報から、普段よりもずっと多くの人間が平和学の授業に押しかけていたが、平和学のテストが行われないということを講師が言った途端「帰ろうか」とかいう声があちらこちらから聞こえてくる。
自分の前に座った、講師の容姿を笑ったりした、顔のいいセックスに困らなそうな女たちは、講師の板書がある程度済んだ時点で教室から出て行った。
セックスに困らないお顔がいい女の子たちは、映像の世紀の東西冷戦のビデオなんか見たくないのだ。
すこし、腹が立ったが、よくよく考えてみたら自分もお顔が良くてセックスに困らなくてみんながチヤホヤしてくれたら、東西冷戦も辺野古の新基地建設計画も集団的自衛権も南沙諸島の自衛隊問題もなにもどうでもいいのだ。
映像の世紀を見たあと、グループワークの資料作成のためにiPadで写真を撮ったが、間違ってインカメラを起動した。
顔の皮膚は赤みを帯びて、酷く凹凸があり、脂汁が全体から湧いているし、膿の塊がある。そして、酷くくせ毛で、顔の形からパーツまで全く全てが見ていられなかったし、こんなやつと金を払わないでセックスをやる人間がいるとは思えない。
持病の薬の副作用やら、どうにもならないことが永遠と続いているが、こちらも精神優位性を持たなければいけないのだ。
だから、仕方なくあいつら馬鹿だなとか思いたいから仕方なく本を読んだり、一般教養の課題に比較的真面目に取り組んだりしているのだ。
こっちは別に勉強は嫌いだし、やっても出来ない。できていたら都内に実家があるのに、こんな北区のごみな大学にいるわけ無い。
本当にやっているということでなんとか気持ちを保とうとしているのだ。
自分の通う大学の生協でも街の本屋と同じように、伊藤計劃が押し出されており、ウンコ大学を中退した大量生産大衆作家の本と一緒にズラ〜と陳列されている。
このようなキャンペーンに自分はまんまと嵌り、買って読んだのだが、読みにくかった。
お話の内容は、たいていの人間の意識が消えてユートピアができましたー、文科省は人文系廃止できるね ヨカッタヨカッタとかいうものである。
そんな絶賛されるものか?と感じた。
しかし、「お前の文章の方が読みにくい」とか「映画化決定」と言われると何も言い返すことができない。
だから、自分には文句をいう権利など微塵もないのだけれども、ヒロインのある言葉にねーよと強く思った。
とかいうお言葉である。そして、「若きウェルテルの悩み」が引き合いに出されている。
正直、人を殺す力など言葉にはないだろ。
できていたら、今頃安倍晋三なんか数億回くらい死んでいるはずだ。
理由は自分を勃起させる馬鹿な大学生を大量にみることと、自分の所属や置かれている立場が明確にも分かるからだ。
彼はとても容姿が悪い男だ。世の中の美形とは反対の姿で、やっぱりそんなには優秀ではなかったので早稲田大学は落ちて、池袋の大学に行った。
やはりセックスに不自由しない容姿の良い女が、どんなに授業を真面目に受けていなくても偉いそうだ。
彼はどうにもならないから出来る限り考えないようにしていると言った。
自分は彼に考えないのはそれはそれで悔しくないのかと言った。
それはそうだけど、拗らせたくないと彼は言った。
自分は最近、家で1人でいる時も学校で少ない友人といる時も、馬鹿な学生と授業を受けている時も、同じ学部のドブスが浮かぶようになってしまった。
欲情なんかしていない。
吐き気がしてくる。とても醜い。
同じ学部だからよく授業が一緒になるのも、自分の心を酔わせる原因だ。
今日の朝の授業 美学の授業にもドブスはいた。絵に描いたような容姿が醜いが故に孤独である。
彼女には美学は面白くないようで、生協の高いだけの富士通製のパソコンをずっとカチカチと弄っていた。持ち込んだマウスの音がとても煩い。醜いから、彼女は周りを、いつも酷い目に合わせる存在だから、見ていないのかもしれない。ドブスのせいで美学を自分は集中できなかった。ドブスはそもそもあまり聞いていない。ドブスも自分も美なんてないから、当然なのかもしれない。
先日、美学の本を読んだら、私たちが思い浮かべる美とはまず美しい女だろうと書いてあった。
ドブスも自分も微塵も美がない。
自分はとても優しいので、ドブスが何をやって、ドブスなのかと聞きたい。
不細工な親がセックスをしたからというのは理由になっていない。
僕は京都にいなければ、まだこんなドブスのことなんか新快速の中で考えなくてすんだ。
電車の中の大学の腹立つ赤色の広告や、茨木を通過するときにキャンパスに死ねとは思わないだろう。相撲の容姿のいい女とドブスや自分との違いを呪うこともないだろう。
何もいいことがない。
とりあえず、ドブスが可哀想だ。大学生活とは容姿で決まるし、世の中も容姿で決まっているようだ。
選ばれた者しか結婚は出来ない世の中になり、より容姿が競われるだろう。
4k、スーパーハイビジョンでますます容姿が良い人間をテレビやコンテンツ制作会社は求めるだろう。
ドブスや自分には今までもこれからは地獄だし、小さい頃から可愛い育たないと分かる僕の従姪や従甥も苦しいけど、生きていかなければならない。
とりあえず午後の授業が休講になったので、クレー展に行って心を落ち着けよう。
http://anond.hatelabo.jp/20151006114106
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:anond.hatelabo.jp/20151006114106
最近、とてつもないブスが頭に浮かんでくる。
4月から7月は小学生の時、同級生だったドブス まぁ、世の中の美しいとされている顔とは正反対の女が見えてきて苦しかった。
寝ようとしていると、急に出てきたりと震えていた。
その他の理由も重なりに重なり、7月くらいには気を病んで、ロープを買っていた。結局、試験後に部屋の掃除に来た母親に捨てられた。
色々と辛くはなるけど、ブスは出てこなかった。
また、大学に戻ったら今度は同じ学部で同じ学年のとてつもなく醜い女が、急に見えてきたりして苦しい。
目をつぶると浮かんでくる。その女がおぞましい顔で、汚い笑い声を発して笑っているところが。
悪魔みたいである。こんな醜くないと悪魔に怒られるかもしれない。
顔を近くで見ると、化粧をしていることが分かる。醜い。美容整形外科医も匙を投げるだろう。美容院のチラシなんか渡されないだろう。
そして、自分とあの女の容姿の共通点が多いと、鏡を見て思う。最悪だ。自分も汚いのだ。
学部と学年が同じだから、この醜い女と授業が同じであることが多い。
みんな平気そうな顔をして座っているけど、自分はもう見るだけで泣き出しそうだ。
大学の中に落ちている、ミスキャンパスで選ばれた数人との顔の共通性のなさ、コントラストに震える。なんでみんなこんなに顔が違うんだ。
今日は美学の授業で見た。とてつもなく醜い顔で、一人で座っていた。講師がたまに発する、アニメネタにおぞましい斜めの横顔で、汚い声で笑っている。
美とは一切関係ないためか、ずっと生協で買ったであろう高いだけの富士通製のパソコンでなんか別のことをしている。マウスを持ってきて、カチカチとうるさい。
醜女は周りを気にしない。周りを気にしていたら、とっくのとうに自殺しているだろうから当たり前かもしれない。
なんていうか、ブスを美人にしてくれ。こっちが死んでもいい。あまりの醜さに可哀想だ。スカートを一度も履いている姿を見たことはないし、授業を受けている様子を見ていると彼女は外見の醜さが故に孤独なのがよく分かる。
ミシェルウエルベックの本をまた読んだ。
はてな匿名ダイアリーにゴミみたいな文章を書いて数少ない良かったことの一つがは、ミシェルウエルベックを知ったことである。
「闘争領域の拡大」という金はあるけど容姿が醜いために女に一切相手にされない男を不細工の苦しみがセックスに困らない主人公の視点から残酷に淡々と書かれている小説をブコメで勧められたのだ。なぜなら、自分が金はまだあるが非常に容姿が醜い男であるから。
小説内で度々いろいろなことに引き合いに出される、容姿が醜い男女たちが救われることはない気がするし、準主人公の容姿が醜い男は本当に救われない終わりである。
この本を発売日から10日経っていないときに読んだのだが、最近では京都大学の近くの丸善の売り上げランキングで10位を獲得しているからおそらく京大生も読んでいるのだろう。
京大生は丸善で本を買わねーよ 生協で買うよ バーカメイカンとか言われたら、はいすいませんとしか言えない。
しかし、京都の丸善だけでランキング入りしているのだからなにか理由はあるのだろう。
ウエルベックの本というのはとてもはてな匿名ダイアリーみたいな内容だ。
救いようがなくて、鬱屈としていて、読んでいて苦しくなっていく。
内容はフランス人がファシストかイスラム系の内閣 どちらかを選択せざる得ないことになり、イスラム系内閣を選択する話である。
家父長制がまた復活して、女は肌を隠すようになり、義務教育は小学生までになりと。
フランス人は簡単に自由、平等、博愛を捨て、割と幸せそうなのだ。
アラブ諸国のオイルマネーがつぎ込まれているという設定もあるから金のおかげで幸せというのはあるだろう。
大学教授の主人公は一夫多妻制の魅力に勝てず、おそらく改宗するであろう人間だ。
本の言いたいことというのは、自分の悪い頭で感じるには、ぶっちゃけ、教養を身につけてもセックスやら金やら快楽には勝てないし、神を信じたほうが楽だよねーって感じなノリである。
確かにそうである。京都大学の学生は知らないが、バカメイカンの奴ら 一定の容姿がある奴らはセックスをするのを目指して、セックスと金に困らなければ幸せそうだ。自立も教養もクソなのは見ていてわかる。
ただ、容姿の悪い女がイスラム政権ができたフランスで幸せなのかはわからない。
ウエルベックがいうに、金持ちをを躍起にさせるくらいな容姿の良い女はイスラム教では一生子供のままで入れるそうだが、ブスについては何も言われていない。
大学に行って、顔の良い女子大生ととても醜い容姿の女子大生みると息苦しくなった。
そこで、スマートフォンで釣りなのか分からないけども、「美人なんだけどさ」とかいう文を読んでさらに苦しくなった。
どんどん苦しくなるけど、新しい日当たりの良い部屋を探すために生協にいくと、まだ閉まっていたので、本のコーナーに行った。
すると比較的顔の悪くない北○○○○とかいう女の顔写真が帯のどうしようもない新書が積まれてあったのが目に付いた。
整形がテーマだった。
北○○○に腹が立った。本は若干立ち読みされた跡があった。
同じ学部のとても顔がでかいドブスも自分も整形ではどうにもならない感じがした。
クソみたいな考察にはメイクした跡の顔の固定化とかかいてあった。あのドブスの化粧した顔はおぞましかったからやはりどうにもならないことがわかった。
トイレに行った。
自分の顔を見ないように手をあらった。
とりあえず開店時刻にまた物件紹介のコーナーにいって資料だけもらって帰った。
匿名ダイアリーの美人の相談はどうしてあんなに腹が立って、ブコメは優しくて、絶望を感じるのかわからない。
とても胃がムカムカしてきて、息苦しい。
ゆっくりと家に戻ったら、しばらく動けなくなった。泣きながら息をしていた。
自分は数少ない友人と授業を受けたのだが、自分の前にドブスが一人で座っていた。
髪は艶がなかった。そしてひどくボサボサで癖がひどかった。
つむじのあたりはなんだか薄い。
ひどくめちゃくちゃな髪たちの隙間から顔の輪郭を知るとえらく顔が長く、でかい。
自分よりも大きいかもしれなかった。
その時点でわかった。この女と言えるのかよくわからないものは同じ学部で同じ学年であると。
いつもこの女はスカートなんか履かない。男のような服に若干女の要素が入っていた。
この女は自分が容姿が悪いことを知っていることはなんだかんだ確かだ。
自分はいつも、この女を遠くからみてストレスが溜まったのだった。
どうしてこんなにもひどい容姿をしているのかと。
今日初めて、近くで見た。
肌の色が汚い。褐色ではない。泥水みたいな色だ。
体全体が泥水色の女など、この大教室には他に全くいなかった。
どす黒い若干凹凸がある綺麗ではない肌が貼りつけられた長く大きくて、顎が突き出た顔には小さな目が彫ってある。
また、大きな鼻が適当にひっついている。
体は無駄にがたいがいい。背は低いが。
太っていないが、ぶよぶよとしている。もちろんどす泥水色の肌だ。
とりあえずおしゃれをしているのがわかるのは目の周りと爪だった。
目の周りは真っ黒になっていた。容姿のいい女の子と違い、どうにもならない。
爪はネイルアートと言えるのかわからないが、紫が背景で白の水玉っぽいものが描かれたいた。
爪がひっついている手やそこから生えている腕も泥水色でぶよぶよとしていて見ていて腹が立った。
女は授業中、パソコンを開いていた。確かあれは生協が売りつける高いだけのパソコンだ。
そんなパソコンのデスクトップは散らかっていた。授業中に可愛い女の子たちが授業をなんだかんだ受けている中、ドブスはメールやらを見ていた。
途中でドブスはパソコンを閉じると、普通のハサミで爪をガリガリと擦り始めた。爪に描いた絵を整えているようだった。
女は全く美から離れている。
自分は決して、ブスでも授業を聞けとかひどいことを言うつもりはない。
この女はどうしてこんな行動をしたか考えるとやはり、ひどく醜い容姿であるからという結論に至った。
可愛い女の子というのは行動が美しいから可愛いというのはとんでもない嘘だ。
可愛い顔に生まれたから可愛いし、まともな動作が身につくだけだ。
自分はこの醜女の容姿を見て可哀想になると同時に、容姿を見て腹が立って仕方ない。
自分がこの醜女が見えるのは、醜女と同じレベルで醜いからだった。
だから可哀想だから付き合ってくれとかいうと、死んだほうがマシだ。向こうもそうだろう。
醜女は本当にただ生まれた姿が醜いだけで、悲惨になるきれいな手本だ。
なんでこんなにも不平等なのか。
18歳で学費問題、自分も似たところに躓いて、でも大学を卒業した自分には興味深いエントリ。
そこそこ程度の学力があり、且つ学ぶ意欲があるなら二部という選択肢がある。
入学金及び前期学費は国の教育ローンで一部まかなった(基本は高校時代のバイト代)。
入学後の学費は、大学にもよるけど自分のところは昼間部の半分程度。
友人たちの多くは、バイトなどで自分で学費負担している人が多かった。
学力的には昼間部より低め。
問題点としては
・学部が限られている
学びたいと思う人に、高校の先生は、基本、好意的に動いてくれると思う。
担任が嫌なら進路指導や進みたい分野の担当教科の先生でもいいから話してみたらどうだろう。
別に詳細に話す必要はなくて、「親に学費の負担をかけられないんです」と言うので十分。
国公立二部は高校からの推薦だったりするので、早めなほどいいと思う。
ついでに、在学中のお仕事。
あとは倉庫関係、大学→深夜バイト→帰宅、ってコースで結構稼いでいた。
自分の学生職員は特殊だと思うけど、メリット多かったのでオススメです。
学内生協のバイトでも交通費補助出たらしいから、そういうの探してもいいと思う。
学生ローンという名の借金が怖いなら、1年間、割り切ってバイトをする手もある。
某テレビ局の「彼氏いらない特集」では映像制作者があまり見た目が良くない人に違う質問をして、都合良く編集をして「彼氏いなくても平気なブス」という映像を作りだした。
さらにその前は安保法制に反対するSEALDsとかいう学生集団と参加者のルックスがいいとか悪いとかいう話があった。
今週の哲学のテストは容姿で皆足切りをしてから中身を見るとか、容姿についてはアポリア的な~とか適当なことを書いた。
最近、どう足掻いても絶望なくらいの同じ学部で同じ回生のドブスのフルショットがフラッシュバックしてくる。ドブスはどう足掻いてもドブスなのを悟っているのかフェミニンな服を着てこない。
しかし、たまにとても小さな目の周りの酷くぶよぶよな部分にアイシャドウなりアイライナーなりチークなり塗りたぐってくるのだが物凄く酷いものがますますひどくなる一方だ。
テストの時も色々とどす黒くて若干凹凸があって脂っぽい肌の目元に塗っていたが、悪い肌と小さすぎる目が悪さのせいかもうバケモノである。最初からバケモノだった気がするが。
皆、なんだかんだドブスをなんとなくドブス扱いしているのに明言しないから恐ろしい。
テスト期間中だが、ロクでもない本を読んだ。
このロクでもない本は自分と同じどうしようもない大学に通っていた女の日記である。
ロクでもない大学の図書館にはこの本は普通の文庫な筈なのに6冊も蔵書があるし、小さな生協の本屋にもあるから爆笑する。
女は70年安保に参加しながらリスカしたり、男絡みでぐちゃぐちゃさせて最後は自殺する。
正直、この本はテキトーに読んだ。
なぜならこの女に腹が立って仕方ないのだ。
「自分の顔は整っているのだが、そこがツライ」みたいなことを書いていたりするし、見ている感じ実家も裕福そうである。
表紙をめくると女の顔写真が出てくるのだが確かに顔がいい。顔写真を見ていると大学の図書館で借りた本なのに破りたくなってくる。
日記中には男からの誘いとかなんか周りが優しくしてくれている印象がする。
こっちも優しくされてーよ。
もし、このクソメンヘラの顔が、あのドブスのように悪かったら売れなかっただろうなと思う。
美しいから売れる。
自分の通う大学の学生は「美しければ価値がある」である。つまり頭の悪い大学だ。
結局容姿な一週間であった。
じゃがいもとかにんじんとかそんな健康に良さそうな女子供が喜びそうな物はお呼びじゃない。
しかも分厚いぶつ切り。
噛むっとじゅわっと肉汁が出て、普通のレトルトカレーに入っているパサパサした奴とは格が違う。
ソースも美味い。
肉とブイヨンの旨味がしっかり効いたコクのあるソースだ。
甘く芳香なソースの中にスパイスの辛さもしっかり効いていて食欲をそそる。
でもたけーの。一袋500円近くする。
しかしココイチとかで食うのに比べれば安いし、味の満足度も高い。
疲れて帰ってきて、あー今日料理とかする気おきねーなー。めんどくさいなー。レトルトで済ますか。
むしろ良い物食って贅沢した一日に早変わりだ。
http://anond.hatelabo.jp/20100217113611
入学前参考にした覚えがあるので
ひとり暮らしはしてなかったし
その1 医療費補助を申請しよう
http://www.waseda.jp/student/hoken/gojyokai/iryokyuhu-p01.html
新歓期はアルコールパッチテストなどを実施しているありがたい団体
ご紹介したいのは、ここでは日常生活でかかる医療費を補助してもらえること(上限年間6万だったかな)
事前に本人名義口座を登録して、学生証と領収証を受付に持っていけば数カ月後に
かなり助かるので是非使うべきだと思う
http://www.wul.waseda.ac.jp/imas/
図書館の使いこなし方や論文・文献を見つけ出すノウハウみたいなものは
ログインしさえすれば1970年代からのほぼすべての記事を検索できる
自分の興味あるワードで検索すると見出しがずらっと出るから時代ごとの変遷が見て取れて
就活シーズンが近くなったら企業名や業界のワードで検索してみるのもいいかも
その3 映画を見よう
本を読むの大学生の特権?だけど 映画も時間のある大学生ならではだと思う
テーマを設けて国内外のいい映画をやってるから時間を見つけて行くといいよ
2本立てとかを見終わると日が暮れてたりして愕然とするけど笑、不思議と松竹で見た映画は印象に残るよ
図書館でもミニブースで映画は見れるから、授業の間が空いてたらいくのもあり
その4 運動しよう
学生会館の地下には、かつて小島よしおも通ったというジムがあって
http://ameblo.jp/wasedanosusume/entry-10228174332.html
年間2000~3000円で綺麗な設備を使える 授業の合間に行きやすい
ガーデンプレイスでヨガとかやってるから女子はそれもいいと思う
戸山キャンパスの文カフェの地下にはプールがあって、初めて見つけた時は目を剥いたけど
http://waseda-sports.jp/news/34832/
バルセロナ水泳とかに出ちゃうレベルのガチボーイが隣のレーンに泳いでたりするので
参考にもなるし、マンモス校のはずなのにやたら空いているのでおすすめ 1回100円
全学部生が聴講出来るオープン科目というものがある 語学、教養、IT、ボランティア、スポーツとか
それらを余裕のある曜日にとるのも、楽しく運動不足解消・友達作りも兼ねてということでいいかもしれない
その5 工作しよう
ろくろからレーザー加工機まで 多彩な設備を使わせてもらえる工房がある
http://www.koubou.sci.waseda.ac.jp/
中々有意義な時間を過ごせる DIYとか興味がなくても、行ってみればムクムクと
その6 ピクニックをしよう
残念ながら早稲田はICUみたいなばか広い芝生があるキャンパスではない
http://www.city.shinjuku.lg.jp/seikatsu/file15_03_00011.html
暖かい日は、お弁当かサブウェイのサンドイッチでも持って行くと気持ちいいよ
その7 就活どうしよう
入学式で、「早稲田に入ったあなたが出世するかどうかは保証できないが、あなたの友だちが出世することは確実だ」
みたいなこと言われたけど、卒業する今まわりの進路を見るとなるほどねって感じはする
さて、あなたがこれから日本で就活ゲームに乗るかどうかは自由だけど、もしやるならキャリアセンターは足繁く通うといいと思う
waseda net portalのキャリアコンパスコーナーに、内定先ごとの卒業生の就活振り返り記みたいなのがあるんだけど
これは参考になるし読み物としても中々面白いので、就活どうしようかなってときはここを読むことから始めるといいよ
その8 その他おすすめのお店
http://www.yelp.co.jp/biz/%E5%B1%B1%E6%89%8B%E5%8D%93%E7%90%83%E5%A0%B4-%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA
映画版「ピンポン」に出てくるような昭和館溢れる卓球場 馬場近くの栄通りにある
やたら上手いミャンマー人たちのカットマンぶりを見られるかもしれない
・早美舎
http://www.sobisha.com/shop.html
レポート提出間際、パソコン室のプリンターは混んでてアテにならない
そんなときはここに駆け込むべし 若旦那が神の如き手捌きでUSBからPDF印刷してくれる
http://tabelog.com/tokyo/A1305/A130504/13006270/
親戚のおばちゃん家きたみたいな感じを味わえる韓国料理屋さん
ここらはかなりエキセントリックな体験が味わえるので
1年生のうちに友だち誘って挑戦して、
後輩ができたらご馳走しに連れてってあげると面白いかも
自分は生協加入しなかったけど、結構電化製品とか色々売ってるし本が安いし
amazon代わりに使ってたら結構お得だったかなと思わないでもない
やたら新入生にゴリ押ししてるパソコンは買わなくていいよ レッツノート自体は性能いいけど
くぅ~疲れましたw これにて完結です!
もっと色々書きたい気もするけど
さて、
新入生はいい友だちできるといいね
ひとりでも楽しめることは、上記以外でも沢山あるし
いやー、家族会議なんてしたら、両家の両親とも育休中の家族の食事くらいなんとかしようよ…って言うと思うよ。
要領が悪いのは確かなんでしょう。でもそれは仕方ない。
今までは食事はおざなりでもなんとかなってたけど、もう今までのやり方では立ち行かなくなってしまったのは確かなのでやり方を変えてくしか無いのでは。
今でもこんな惨状なのに、離乳食なんて始まったらどうなっちゃうの!?みたいな不安も喧嘩の原因なのでは。
冷蔵庫には一膳づつ小分けしたご飯常備する、生協とかの半調理品を冷凍庫にいっぱいストックする、料理が得意な旦那の休日に常備菜をつくってもらう(増田はそれを教えてもらう)、毎日みそ汁か野菜スープだけはあるようにして(スープは大量に作り置きする)離乳食にも取り分けられるようにする、非常食目的でも和光堂のベビーフードは買い込んどく、とかだけでも空腹感や余裕の無さはすこし楽になると思うけど、もうこれくらいやってたらごめんやで。
育児中はみんな冷蔵ご飯チンして納豆かけてかっ込んですませたり、アルデンテのスパゲティ食べようとしたら大泣きされてのびのびスパゲティ食べる羽目になったり、
まあみんなそんなんだし赤ちゃん優先にしなくてもいいやってだんだん手を抜けられるようになると思うので、どうかがんがって手抜きをしてください。
コンビニなどの特定の場所での受け取りを普及させるという方法があると思うが、コンビニ店員の負担が大きくなってしまうというのがある
渡すだけなら大した負担じゃないんじゃないの?
受取はめんどくさそうだけど。俺もコンビニでメール便たくさん出すとき嫌な顔される。
買ったときのものをヤフオクに出品するときまで残しとくんだよ。
うちは俺のせいで車庫が段ボールでいっぱいになったけど、それが一番無駄がない。どうせ使ってない車庫だし。
ちなみに同封の緩衝剤も残しておかないといけないぞ。段ボールはスーパーでももらえるけど、こっちは本来買わないと手に入らないからな。
使いまわすんだ。
いわゆるネットスーパーというのがあるけど、あれは非効率的な気がしてて、週に1度まとめて配送する、生協のような方式のほうがいい気がする
確かに効率はいいけど、ネットで購入したものが週一回しか配達に来ないなんて、買ってからのタイムラグがただでさえ大きいのに売れなくなるよ。
ネット通販で、物流が増え、配送ドライバーに負担がかかっているらしいが、一つの方法としてコンビニなどの特定の場所での受け取りを普及させるという方法があると思うが、今度はコンビニ店員の負担が大きくなってしまうというのがある
でも、スーパーのサービスカウンターとかなんでもいいから、通販商品を受け取れる場所を増やしてほしいと思う
イオンや西友など大手スーパー自身がネットで注文→店頭受取りというサービスを始めてもいいかもね
そして、もう一つ、通販を利用しているユーザーとして思うことは、段ボール箱などの梱包材の無駄が気になっている
毎回箱を資源ごみに出しているが、資源ごみっていっても、そのままダンボールとして使われるわけではないし、それなりに手間を掛けてリサイクルされているだろうし、一番いいのは、梱包材を返却し使いまわせるような仕組みが欲しいところ
あと、いわゆるネットスーパーというのがあるけど、あれは非効率的な気がしてて、週に1度まとめて配送する、生協のような方式のほうがいい気がする
たこ八郎って水死してたの?知らんかった
オウム事件の時はなんかさっぱりわけわからんかったなあ。ショーコーショーコーとか歌うざかった
昼夜逆転してて朝まで起きてベンキョしてたら大阪ではものごっつ揺れたんだよね。
けっきょく浪人してその年は予備校に1時間かけて通ってパニック障害になったなあ。
いやな思い出ばかりだった
数年後はglobeとかタイタニックとか流行ってなかったっけか
そのあとはアルマゲドン
ハリポタやロードオブザリングは当時はスルーしてたなあ・・・・
自分的にミレニアム結婚とかはやってたり2000年問題とか漫画や新聞にひっきりなしにでてたのも覚えてる
win95はでた2年後に買って、生涯初めてのPCだったのを覚えてるよ
大学入学で生協で購入して31万。フロッピーディスクがはいるやつで、モニターとかでっかいのなんの。
引越しで持ち上げて腰抜かしそうになったの覚えてる。
初めてそのときインターネット接続して、メーリングリストでRPGとかはやっててよくわからんままDQNネームで参加してたらいっぱいメールがきて読まなくなった。
そんで、自分でサイト立ち上げ用にもやり方わからんからジオシティーズで無料でカンタンに作れるHPできてなんかわけもわからず熱中してたっけ。
ネットで知り合ったオタ友とはIRCチャットやポストペットとかやってた
いろいろBBSがさかんだった当時を思い出したよ
大学四回生の夏、下宿の扉に「出入禁止」とチョークで大書し、親を呼ばれて精神病院に連れて行かれた。
パソコンを買ってもらったのは小学三年生の冬だった。今でも覚えている。1996年12月2日のことだ。Windows95発売で世間は揺れていた。インターネット回線がうちに来たのは翌97年の1月、これはそこそこ早い導入だったと思う。さらに翌々年の99年にはケーブルテレビで常時接続になった。親には先見の明があったが、しかしパソコンには詳しくなかった。PC-8001も確かそうだ。親はこれが次世代の必需品になると確信して買っていたが、買った一方で使い道が分からなくてオブジェとして放置していた。親はPC-8001をパソコンだと言っていたけれど、僕にとってパソコンはおっきなテレビが標準で付属しているものだったし、マウスもなかったので、それがパソコンだとは到底思えなかった。でも親は言った。今度来るのは違うんだ、オフィスも入っているパソコンなんだ。僕は聞いた。一太郎っていうやつは入ってないの?テレビで言ってたよ、と。親は答えた。オフィスってのは一太郎より機能がスゴイんだよ。僕はへぇ、とだけ言った。どちらにせよペイントは入っているだろう。ペイントなら親戚の家で使わせてもらったことがある。パソコンはお絵かきができるのだ。マウスをカチカチして、キーボードをカチャカチャするのだけが楽しみで、納品の日を一週間ひたすら待った。その頃、漢字の宿題提出が滞っていて、そのままでは居残りでさせられることになっていた。僕は久々に奮起した。いつもは踏み倒していた宿題を、全部一気に終わらせた。家に帰るとパソコンが電気屋さんの手で設置されつつあった。今は亡き、ニノミヤで買われたパソコンであった。
97年にインターネットを始めた。一日一時間まで。実のところ電話代の問題ではなく、一時間ほど使うとブルースクリーンが発生するからだった。一日一時間以上動かすと壊れるから。PC-8001をキッチリ買った親なのに、それぐらいの(?)ITリテラシーであった。ただ別にそれを責めるつもりはない。僕はすぐにアングラサイトに入り浸った。人に飢えていたのだ。普通のチャットには人がいない。テレホタイムにならないと、誰一人ログイン氏亡いのだ。でも、アングラサイトなら四六時中書き込みがある。僕は思う存分厨房行為を楽しんだ。煽り騙りなんかは、小学生がやっても大人がやっても大して変わらないものだ。You is a big fool manという文句をリアルタイムで目にした人は、多くても数百人だっただろう。何千、何万のツイッタラーが押し寄せ、ブクマが1000以上付くような今の炎上とはほど遠い暢気さだ。当時の匿名掲示板とはそういうものだった。誰一人本気で投稿しなかったし、しかし誰一人面白くない書き込みをしようとはしなかった。トイレでもネタを考え、思いつけばすぐに投稿し、ワラタが付くのを待ち続ける。あやしい、あめぞう、あやしい、2ch。人の多いところから人の多いところへ。ワラタが多くもらえる場所へ。気づいたらインパクが終わっていた。
その一方で僕は中高一貫の私立校に入学していた。高校受験がないことから、ネット依存はさらに加速した。しかし2000年を境にアングラ掲示板は衰退の一途をたどり、2ch一強時代を迎えていた。1ch.tvをボコったりするなど楽しいネタがないわけではなかったが、匿名掲示板はネタの宝庫と言うより、本気でちゃんと議論することもできる場所になり始めていた。ちゃんと議論しようとしたらすぐさま崩しにかかるのが2ch隆盛以前の匿名掲示板文化であったが、2003年頃を境にはっきりと潮目が変わっていったように思う。まあその辺はどうでもいい。アングラと非アングラの境目は消え始めていた。
その狭間に、僕は生きていた。
自分で掲示板を設置することにした。けれども何をして良いのか分からない。CGIレスキューに救援要請をして本も買った。Perlだ。Perlしかない。しかしPerlがどうして動いているのかは、全く分からなかった。何十行、何百行もの文字の羅列が、どこでどうなって、掲示板になるのか。インタプリタ?コンパイラ?訳が分からない。そもそもCPUがどうやって動いているのかも分からない。僕にとってプログラムとは、セットアップウィザードでCD-ROMをギュンギュン言わせながらインストールするものであって、掲示板というものは、Teacupで借りるものだったからだ。でもどうやらそうじゃないらしい。コンピューターに翻訳するのがコンパイラです。さっそくコンパイラを使ってみましょう……
お手上げだった。
コンパイラがないのだ。コマンドプロンプトにはない。Linuxを入れる?使い方が分からない。Vine Linuxが初心者にお勧めだった頃の話だ。ボケッとしててもGNomeぐらいは動かせる程度には簡単になっていたが、そこからターミナルを開いてgccでコンパイルするなんて想像も付かないことだった。Hello, Worldはなんとか表示できても、それをGUIで動かす方法が分からない。僕はデスクトップに「Hello, World」のポップアップウインドウを表示させたかったのに。全然訳が分からなかった。
プログラムが動いている方法を知らなければならない。プログラミングを学ばなければいけない。しかし全体像を把握するにはあまりにもほど遠い……。絶望感が支配し始めていた。Hello, Worldはできたけれど、その先が全くわからない。どの参考書を読んでも分からない。ググってもググっても分からない。ポインタで躓く初心者が多いです!……どの本にも書いてあったけれど、僕はポインタどころか、変数の種類がたくさんあるところでお手上げだった。int?char?long???意味不明の文字列が並び続ける。メモリ?メモリって、挿したらいいんじゃないの?確保?fopen????どんなプログラミング言語も、何一つ分からなかった。その頃インターネットは加速し始めていた。切るのが当たり前だったJavascriptが復権し、Ajaxと名を変えてやってきた。掲示板スクリプトもどんどん高機能化し、もはやPerlを知るだけでは何一つできないようになってしまった。苦痛の日々が始まった。どの言語も、全く分からなかった。分からなければならないという焦りが募っていった。
あるとき、一年間ほど、とりあえずお手上げのままにしておくことにした。大学受験が迫ってきたからだった。そして案外あっけなくそれは終わった。僕は某大学の情報科学科に入った。
教授がガイダンスで説明したとおり、情報科学科のプログラミング演習はそれほど多いものではなかった。一回生の時なんか、キーボードを目で追って人差し指で打っている人もいるぐらいだった。学校の授業はアテにならない。そして大学受験でいったん引っ込んだ、とにかく十代でなにかしないと、という焦りが復活してきた。
大学のキャンパスは広すぎた。何をして良いのか全く分からなかった。授業内容はひどくつまらなく、何が役に立つのかも分からず、ただただ苦痛で、キャンパスでサークル活動に打ち込んで楽しく過ごせるほど社交的ではなく、かといってオタク集団に混じる勇気も無く、とにかく、とにかくここで四年間、四年間で何かしないと、何かしないと就職に間に合わない、大学院進学に間に合わない、十代のうちに何か大きな事を成し遂げなければならない。日々研鑽に励み、日々プログラミングスキルを磨き、日々勉強会に参加し、日々コードを書き、日々環境設定をし、日々本を読み、そして日々コードを美しく書かなければならない、そういう焦りだけがどんどん加速していった。大学の生協で片っ端からプログラミングの本を買った。ド初心者向けのPerl本から、美しいコードは何か、みたいな本まで。でも、どれ一つ、僕のスキル向上には役に立たなかった。プログラミングスキルの向上=自分自身の地位=生活の保障、と思っていた自分には、悪夢のような現実だった。
とにかくインターネットと一緒に歩んできた僕にとって、ITスキルはすなわち力であり、むしろITスキル以外は何の価値も持たないもの、と思えるほど脅迫的な観念にとらわれていた。入ってくる情報はさらに増えていった。Cができるのは当たり前、Ruby on Railsがアツい、Java、PHPはもちろんできるよね、MySQLは当然使えるよね、もちろんHaskell、Scheme、Objective-Cもやらなきゃね……何一つできないのに、習得すべき言語だけがどんどん増えていく。加えて美しいコードを書け!という文句が飛んでくる。クソッタレが。何が美しいコードじゃ。goto使ってもいいだろ。好きなだけ使わせろクソッタレが。全部getsで書いてやる。クソが。アルゴリズムアルゴリズム勉強会勉強会ビューティフルコードMacMacMacジョブズジョブズジョブズ……???????????????
それでもなんとか、そう、なんとかなった。友達が優秀だったのだ。僕には到底できないような、きれいに整理されたコードを書く人だった。聞けば在学中から外注のプログラマをやっていて、それなりに稼いでいたのだという。性格はちょっとアレで、風俗に勇気を出して行こうかどうしようか迷ったけどその金でオナホ買ってシコってオナホを床に叩きつけたみたいなヤツだったけれど、そいつからもらったコードを、わざと汚く成形し、変数名も汚らしくし、提出し、なんとかなった。結局自分で最初から最後までプログラムを作ることはできなかった。丸々コピペはしなかったけれど、コピペがなければ卒業は無理だっただろう。
そうして三回生の終わり、試験がどっと押し寄せてきた。一月のことだった。機械学習と……なんだっけ?そういう感じの試験が、2月の初日、行われることになった。三回生はただでさえ試験が多かったが、その大トリこそが機械学習だったのだ。
まるで意味が分からなかった。推論、それは分かる、機械学習?機械に学習??やっていることは数式だしベイズがどうの……まるで分からない。泣きそうだった。三年間必死こいて勉強したり勉強会に行ったりプログラミングスキルを上げようとしたり本を読んだり色々したのに、何一つ得るものは無かったのだ。僕はあやしいわーるどでオマンコ連呼していた頃から、何一つ成長出来なかったのだ。そしてそれは、間違いなく、疑いようがなく、自分のせいだった。自分の頭が悪いせいで。自分の勉強不足のせいで。自分のせいで……コンピュータとともに、十何年も育っていた僕にとって、コンピュータに関するスキルこそが、全ての力の基準だったのに、その全てを否定されたような気持ちだった。プログラミングができなければ、死ぬ。だって、友達はみんな就職して、SEになったりSIerで働いたりネットワーク管理者になったりしてるのに、僕はなんで、こんなところに。そいつらに取り残されるのに。みんな勉強会に出てMacを持ち寄ってハッカソンしてるのに。泊まり込みでプログラミングしたりしてるのに。なんで僕は、fgetsすらマトモに使えず、getsとscanfだけであなたの名前を入力してください オマンコ オマンコさん、こんにちは!みたいなプログラムしか書けないんだ。
大学四回生になった。研究室を選択する必要があったがしなかった。しないでは困るとのことで、適当に書いたらその一番上に配属された。でも一切研究せず、下宿に引きこもって何もしないをした。今日の輪講はここまで進みました!という報告が毎週回ってくるが、まるで研究室では日本語でなくアラビア語が公用語になっているのではないかと思えるぐらいの光景だった。この頃、近所の人の証言によれば、言動がおかしく、訪ねてきた人に暴言で返し、殺す殺すなどの声が聞こえ、時折モノを投げつける音が聞こえたりしたそうだ。まあよく知らない。僕は普通に何もせずぼんやりネットを見ていただけのような気がするけど。
それからしばらく経った。
結局僕は中退した。そして別の大学に入り直した。今度は、工学じゃない別の場所に。みんなキーボードの文字を読みながら指先でキーを叩いている。安心する光景だった。僕らはプログラミングを習わなくてもいい。これから習う必要も無い。タッチタイピングだって、できるに超したことはないだろうけど、できなくてもいい。ただ、そこにある便利なモノを使えば良いだけなのだ。Chromeを使っていて、うっかり開発者向けコンソールを開いてしまっても、何も分からなかったことにして閉じて良いのだ。きっとマクロを書けば、楽ちんに勝手にやってくれるような作業を、人の手で何度もやる。それでいいんだ。マクロを考えるために必死になる必要なんか無い。マウスで右クリック、コピー、ペースト。それでいいのだ。キーバインドすら覚えなくて良い。メモ帳を使ってもいい。viやEmacsのキーバインドを覚えなくてもいい。マウスも使えないようなエディタと格闘する必要は無い。Macを買っても、XCodeやportsを入れる必要は無い。iTunesでiPhoneを同期させて、音楽を聴くだけでいいんだ。
僕はもうプログラミングしないでいいんだ。
それが分かったとき、全てから解放されたような気がした。僕を苦しめ続けたプログラミングというものは消えてなくなった。パソコンでやる作業は、昔と一緒、匿名掲示板にオマンコと書き込むだけだ。それ以上のことをしなくてもいいんだ。勉強会に出てハッカソンする必要は無いんだ。プログラミングスキルを錬磨しないと死ぬなんてのはウソだったんだ。美しいコードを書かないと天罰が下るというのはウソだったんだ。毎日毎日はてブのホッテントリを見てると、プログラミングでマスターしなければならないこと、何何する方法、開発者必須スキル、便利ツール、Macでのアプリ開発、セキュリティ、通信、データベース、勉強会、ハッカソン、そういうもので溢れている。苦しくないのか不思議で仕方ない。もちろんプログラミングをしていて楽しい人もいるんだろう。けれど、僕みたいに、プログラミングという行為が苦痛で苦痛で苦痛でしかない人もいる。たとえ1000回の同じ操作でも、人力でやる方がマクロを書くよりも楽だという人も、ここに存在するのだ。そしてそのような人の存在も当たり前に肯定されるのだ。みんな苦しまなくて良いんだ。誰かが勝手にやってくれればいい。できる人にお金を渡して、僕らはそれを享受するだけで良いのだ。ここでプログラミングという言葉を連呼したけれど、コーディングという言葉との違いとか、そういうのを気にするような人とおつきあいする必要は無いのだ。いずれプログラミングは必須スキルになるとか言われて何年も何年も苦しみ続けてきた。けれど、そんなことをする必要は無いんだ。
それでぶっちゃけここからが本番なんだが、十代でなんとかしないと、という焦りはこないだの青木君の小四なりすましの話に似ている。僕もそうだった。僕らの世代だと登大遊氏なんかが結構輝いてて、ああいう感じにならなきゃ、と思っていた節はある。十代の時になにか成し遂げないといけない、そのためには誰かに認めてもらわなければならないという焦りは、どれくらいの「大人」に理解してもらえることなのだろうか?誰かの承認を得たいという承認欲求を、同じ世代の誰かを使って満たすことができず、むしろ同じ世代の誰かを一緒に引き連れて、承認欲求を満たしてくれる「教祖」にすがりつく。NPOの大学生が「承認」を欲し、政治家が「承認」を与えているのだ。AO入試用の作文?図?みたいなものも見かけたが、「私はリーダーシップがあります!」とか実にくだらないことしか書いていない。しかしそういうものでさえ、学生団体とやらは「承認」してくれる。結局、オウム真理教が丸ごと開けたポジションに、バラックが建ち並び闇市が行われていて、コミュニケーションで自然と得られるはずの承認欲求が、法外な札束で取引されている、そんな感じのような気がする。
意外にブクマが増えていた。PC-8001は俺が産まれる前に買われたもので、ずっとオブジェだったのだ。動くかどうかもわからない。テレビに接続するコードがなかったから。
東大生協やその他旧帝の生協でラノベが売れまくってることを知らないんだろうか。ラノベはいまや高学歴のたしなみなんだよ。というのもラノベはおもしろくて多読ができるため、ラノベを大量に読むひとは必然的に速読ができるようになって、そして国語の成績があがるわけ。
ラノベだからといって内容が極端に簡単で幼稚だというわけではなく、ちょっとキャラがアニメちっくなだけでストーリーはそこらの大衆文学と全然変わらない。むしろそこらへんのくだらない一般向けの大衆文学よりも上を行ってるものもたくさんある。アイディアとしてはラノベのネタは結構おもしろいことが多い。
もちろん『重力の虹』とか『失われた時を求めて』とか『アーダ』とか『特性のない男』を原書で楽しむような層から見ればラノベは簡単すぎてつまらないのだろうけれど、それをいってしまえばラノベだけじゃなくそのへんの小説すべてがくだらないわけでね。
ラノベを馬鹿にしてるやつらは自爆してると思うよ。ラノベ馬鹿にしてて東野圭吾が好きだとか、百田尚樹が好きだとか、辻村深月が好きだとか米澤穂信が好きだとか……。いや、そこでさ、クロード・シモンが好きですとか、サミュエル・ベケットが好きですとか、カフカが好きですとか、ブッツァーティが好きですとか、人間喜劇読みまくりましたとか、ヨクナパトーファ・サーガにはまりました、とかそういうのならまあわかるんだけどね、そういうひとは見たことがない。要するにラノベ馬鹿にしてるやつらというのは世界のレベルを知らないんじゃないかなと思う。だからくだらない大衆文学がすばらしい文学のように見えてしまっている。もちろん彼らは日本が誇る天才・大江健三郎だって読んだことがない。読んでほしい。でも受け入れられないかもね。いままでの自分を否定することになるから。やれやれ。
ウィークックナビを試してみた感想を書いた増田だ。
上のを書いてからしばらくやって、分かったことがあるので補足を書こうと思う。
共働きの家庭は既に使ってるところも多いと思うが、生協でまとめて食材を注文してしまうと楽だ。
一度近所のヨーカドーで材料をそろえたが、重すぎて肩が抜けるかと思った。
それと比べれば、平日夜にカタログ見ながら注文できて、数百円の手間賃でドア前まで荷物を持ってきてくれる生協は神がかっている。ついでにいい加減なスーパーと違って材料もしっかりとしたものだと思う。
時短のためにウィークックナビを使うのなら、ぜひ生協も併用することをおすすめしたい。
ただし生協は扱っているものが限られるのでレシピにあるもの全てがそろうとは限らない。足りないものはスーパーで補うか、いっそレシピを変えてしまうのがいいだろう。
ウィークックナビは料理の敷居を低くしてる訳ではないので、何も考えずにレシピ通りやろうとすると大変な場合がある。また人によっては量や品数が多すぎる場合もあるだろう。
そこで、木曜に次週のレシピが来たところで一通り目を通してアレンジを加えるとよい。
例えば、
など。これをすることで食材と準備の手間を減らし、より時短にすることができる。揚げ物など面倒なものを総菜のカラアゲにするのも効果的だ。
ちなみにこういう風にアレンジを加えることを考えると、レシピは印刷してあった方が便利だ。作らないものは斜線で消して、何かで代用するものは書き込める。夫婦間の共有もスムーズになる。
以上だ。