「あめぞう」を含む日記 RSS

はてなキーワード: あめぞうとは

2019-08-12

anond:20190812145524

当時は古参ユーザー

あめぞうとかあやしい派閥が有って(本当にネット上の派閥が有った)

当初は2ちゃんねるは格下に見られてたからな。結局全て2ちゃんに吸収されたが

ネットユーザーの爆発的な増加とか

大学生とか院生アングラ系の掲示板維持しきれなくなったとか有ると想像する

2019-05-20

anond:20190520002645

その大学とかのコミュニティルール

大衆向けであるPC-VANNIFTY-SERVE、ひいてはあめぞうやら2chルーツとして影響を及ぼしうるのだろうか

ちなみに私はWindowsXP以降のインターネッツしか知らん

2019-05-19

anond:20190519232949

男に荒らされるからだよ

当時は今より男尊女卑がひどかったか

別に2ちゃんどうこうではなくて、当時からJ禁や2次禁(アーティスト俳優系)とかあって

ネットメジャーになる前からオタク住み分けに厳しかった

から増田の目にはみえなかっただけだね

オタク存在するとわかった場所2ちゃんねるだっただけ

つーかもう、あめぞうとかも見てたけど、2ちゃんねるだけがすべてだと思ってる人多すぎじゃないか

anond:20190519230457

そもそも日本コンピュータ文化の基礎を作ったのはアカデミアだから

アカデミアの作法コンピュータオタク男が手習ったという経緯がある

アカデミアが元になっているため属性や要素にあったデータを格納するべきという考え方があった

それがあめぞう2ちゃんねる代表される巨大電掲示板群にも引き継がれジャンルを細かく分別する考えに繋がった

しか現在日本で主流のTwitterとかは強固な属性型みたいなもの存在しない何でも格納して良いって文化になってしまった

それが当たり前の文化では昔ながらのマイクロ分別には合わないのかもな

過去オタク男が叩かれなかったのはアカデミアの方針オタク男が逆らわなかったからだ

2019-03-20

anond:20190320120545

モナーをそのまま使わずのまネコ」と言い張って自分で考えたオリジナルキャラであるかのように振る舞ったか炎上したんでしょ。

他人のものを我がものとしているんだから著作権侵害には当てはまらなくても)日本語として「盗用」と表現すべき事態だよ。

文化盗用というのは「モナーあめぞう発祥から2ちゃんねらーは使うな」みたいな話でしょ。

2018-09-30

ネットでガキを見るのも慣れたな

2chを初めて見た時「おいおい、こんなしょうもない中学生コメントあめぞうでは見なかったぞ…」と思い、

Twitterがそれなりに普及してきた後のクソリプを初めて見て「マジか。世の中、こんなにバカが多かったとは…思ってはいたけど、目の当たりにするとすごいな」と思い、

YouTubeヒカキンが台頭してきた時、コメント欄を見て「このマジでしょうもないコメントたちはマジだ。精神的に未熟な大人や中坊ではなく、ガチ小学生だ…」と驚き、

ここ30年ほどみるだけでも日本精神的幼稚性をまったく改善できてないことに絶望した。日本政治家は長期投資めっちゃ下手だな。目で見たものしか信じれない連中に、科学理論への理解を期待できようはずがない。

これはつまり政治家を選出した我々の落ち度だ。ひいては、お前の隣の根暗理系バカにし続けた軽薄なギャルども (未来主婦候補) が悪い。

結論日本の政治がダメになったのは青文字系雑誌と、美形しか認めない少女漫画テレビドラマ (20代あんないい部屋に住めるヤツらなんて一握り) のせい。

文化醸成をバカにしないでほしい。アート音楽ももっとちゃんと触れて。

モテない人たちを生んでるのは、モテる人たちなんだよ!!

俺らは自分自分の首をゆっくりと、しめて、茹でガエルなのさ!!

ハーッハッハ!!

2018-07-10

anond:20180710124516

niftyの頃でも実名でやってる人はそう多くなかった気がする

大抵HNだったんじゃないか

2ch革命的だったのは基本匿名空気が流れていたことだな

まぁあめぞうもそうだったかもしれん

なんにしても匿名の方が色々無難

言わなくてもいいことを言ってしまうのが人間から

2018-04-06

なぜ仲が悪いのか

あめぞうあやしいわーるど時代から掲示板を見て利用しての増田です。

2chや5chとふたばちゃんねるを読んでみると、ふたばちゃんねるの2ch嫌いが凄いなと感じる。

昔は2ch閉鎖か!?じゃあ避難しようってふたばに移動して様子を見たりしていたものだけど、

今はその名残もまったくなく2chから来ると壺へ帰れやらお客様と呼ばれ煽られる感じで

もう仲の修繕は不可能なんだろうかと考えます

どうしてここまで仲が悪くなったのか、その辺は思い出せないくら時間が経ってしまったんだけど

今の利用者たちは、なんというか反射的に嫌悪を感じているようで会話が成り立たないヒステリー状態になっているような

そんな負の感情をぶつけているだけに見えるのです。

個人的には、どの掲示板も仲良く利用できれば良いんじゃないのかなと思いますが、

そういう考えは甘ちゃんな考えでどの掲示板からも敵視される対象になるのかなあ…。

今後も変わらず、お互いを憎み合っていくのだろうかと思うと

何となく韓国日本に対し謝罪しろしろといつまで経っても理解しようとせず納得しようとせず

私怨を繰り返す姿と重なって見えてしまうのですね。

それはとても悲しい気がするのですが、せめて日本人同士くらいは仲良く出来たらいいなと思います

でも、もう無理なんでしょうね。

どこでこんなにこじれちゃったのかなあ。

2018-02-14

anond:20180214135038

東大医学部をF欄扱いする連中なんて、初期の2ちゃんねらーとかあめぞう民ぐらいしか思い出せんが

ああ、あいつら今は何して生きてるのかな・・・

一番若くても40歳ぐらいだと思うが

2017-10-24

anond:20171024204541

当時ネットをやっていてああい匿名掲示板を利用したがるのは同人オタクが圧倒的に多く

同人という趣味ネット親和性が高かった為か、同人オタク間にネットは早くから広まっていた)

その同人オタク女性の方が多かった

なので2chが出来たばかりの頃はほぼ同人しか人がいなかった&その同人板は女だらけだったよ

(というか2ch前身あめぞうの頃から同人オタク率が高かったんだが)

2017-10-02

あれか、2ちゃんが5ちゃんになったからあまりのダサさにコメントしてるのか

まぁ、古いものに縛られてる感はあるよな。なんてーか、あめぞうにやったことを自分がやられてる感じ。まぁひろゆきはいいからアレだけど。

ちゃんねるに拘ってるところもダサいし、変えなきゃならなくなったこともダサい

ここから2ちゃん時代とか言い出すのもダサい

単なる便所の落書きを欲しがってた名無しさんに向かってなんだその落書き帳は。

あいつらはチラシの裏否定してたけど、結局やってることはチラシの裏でいいの。

高尚な言い負かしだとかコピペ文化だとかアスキーアートだとか、そんなもの二の次でクソみたいな会話したいだけなの。

から2ちゃんが5ちゃんに変わろうと変わるまいと匿名掲示板ディスり倒したい人はディスり倒すし、それでもガワが変わったダサさからは逃れられませんよね。って話をしようと思うんだ。

2017-09-30

wを上くちびるだと思ってたw(使ってた

http://www.junglecity.com/news/interview-aaron-patterson/

ITシアトル在住のアーロンパターソンさん、ネットスラング解説で一躍有名人に 「日本アメリカ架け橋になりたい」

これのブコメを見て衝撃を受けた

wはエモーション半笑い表現する意図でずっと使っていたのだが誰一人言及していないではないか

これがインターネットで使われているのを見かけだしたのは1997年ぐらいのウルティマオンライン日本シャードだったと思う

自分観測範囲に無かった可能性はあるがほぼ初出で間違いないと思う

そこからUOミニティである

うるうる→あめぞう2chに伝播していった

このwというのはUOコミニュケーションにおいて非常に優れていた

笑いの感情表現としてはlolがあった

日本語では(笑 になるのかな

しかしどちらも日本人にはしっくりこなかったのが自分感覚としてある

lolタイプやすく即座に反応したいエモーションとしては良いのだがこれは日本語だと(爆 に当てはまる表現なのである声に出すとがっはっは だ

日本人普段そんなに大げさに感情表現しない

もちろん大笑いしたときは使うがmmoやってて一番起こる笑いの感情はクスッときた だ

だとすれば(笑 で良いのであろうがこれはタイプが面倒くさく( を入力して 笑いと入力バックスペースでい を消してエンターとか2秒くらいかかるので適切でない

マクロ発言登録するのもおっくうだしウルティマオンラインは戦いのために10数個のマクロ登録を主要キーに割当る必要があったりIMEが起動しているとマクロ入力を受け付け無いため普段は英数入力にしていたりと不適切なのだった

^^なら問題はなさそうだが現在煽り表現駄目押しとして使えているように何か偽善者っぽい

自分は嫌だったし今でも好まない

そこでwの登場だ

半角英数でもかなでも成立し(lolはかなだとぉlという無様なタイプミスとなる

これほど日本人感覚にしっくりくるものがあるだろうか

タイプも全角半角どちらでも成立しわずか1キー

実際に口角をあげてニヤけるに近いレスポンスがありそして何か新しい感覚

(笑 などは新聞活字でも昔から使われているがwは似て非なるものmmoという新しい文明の新しい感情表現方法はまさに新体験しか言い様が無かった

それから20年程当時と変わらぬ意味合い

口角を上げる表現としてしか疑わなかったのだが

そこすっとばしてワラのwとしてが最初素養として身に付けた人が多数派事実?に唖然とした

2017-08-05

あめぞう政治思想板」ってあったよね?

はてなブックマーカーで当時「あめぞう政治思想板」に出入りしていた人、どの程度いますか? 

当時のログが残っていたら色々味わい深いだろうになあ、と、ふと思い出して。

2017-04-22

2ちゃんねる初心者質問板に夏休みに入り浸ったのが2002年かな

きっとお姉ちゃん1998年から

2ちゃんねるは、1999年5月中にひろゆき西村博之)を名乗るネットユーザー個人サイトとして開設された[1][注 1]。当初はチャットなどの機能もあったが、後にスレッドフロート方式電子掲示板群だけになる。5月30日ひろゆきあめぞう2ちゃんねるを開設したことを報告した。名前の由来はあめぞうのサブ的な位置づけということで2ちゃんねるだとしていた[注 2]。

あれ1999年からなんだね2ちゃんって

2017-02-09

詭弁を連発してればそのうち勝てるという風潮

いつから始まったんだろう。

よく覚えてないけどあめぞうの頃にはもう有った気がする。

となるとネットが始まる前に既に現実世界で行われていたことなのかな。

はいえその戦術が広まりだしたのは2chが活発になってきてからなんだよな。多分。記憶曖昧だけど。

そうやって広まる段階でブレーキをかけられれば良かったんだけど結果は大失敗で古参新規も目先のマウントのために詭弁乱発がネット社会スタンダードになってしまった。

こっからどうやってまともな状態に戻せば良いのか俺にはちょっと思いつかない。

脳が汚染された古参は切り捨てて、新規にこれは詭弁なので真に受けては駄目ですよと教えられるようにならないだろうか。

2016-12-23

俺の主観で書いたインターネット文化流行歴史(1969〜2001)

1年ぐらい前に「そういえば日本の歴史教科書を読めばいいけど、インターネット上の歴史は意外とまとまってないよな」とふと思いつきで書いて、以降何か思い出す度にちまちまと書いてて、最終的に本にするかどっかで公開しようかと思ってた。

が、金取るほどじゃないし、そもそも出典元は自分記憶Wikipediaとかその他ウェブサイトだし、正確性も担保できないし、どうせなら皆で見て「あーこういうのあったねー」とか「これが無い!」とか言い合うのも楽しいと思ったので書く。

なお主観なので、2chとかが中心です。うろ覚えです。

あと、自分だけでなく、一度某所に公開して出てきたやつも一部混ざってます。※2016年まであります

1969年

アメリカ現代インターネット起源となる「ARPANET」が始動する。最初カリフォルニア大学ロサンゼルス校とスタンフォード研究所カルフォルニア大学サンタバーバラ校、ユタ大学の4つを結ぶネットワークから始まった。最初送信されたメッセージは”lo”だった。(login:を入力しようとしてクラッシュした)

1981年

東北大学ARPANET接続される。日本ARPANETが入った最初出来事である

1983年

ARPANETインターネットに移行。

1984年

慶應義塾大学東京工業大学接続するJUNETが誕生日本におけるインターネット起源。後に東京大学をはじめ、様々な研究機関大学接続されるようになる。

1988年

アメリカで商用インターネットが始まる

〜〜中略〜〜

1994年

日本初の検索エンジン千里眼」登場

1995年

Windows95誕生一般市民インターネットが急速に広まる。地下鉄サリン事件発生。

阪神淡路大震災発生

https://www.youtube.com/watch?v=ktPL7X7nFXk

https://www.youtube.com/watch?v=FvfBJapb2pw

1996年

芝雅之により掲示板あやしいわーるど」が誕生日本インターネットアンダーグラウンド祖先。元は地下鉄サリン事件を題材にした不謹慎ゲームを配布するために立ち上げたウェブサイト

あやしいわーるどで発生した文化は後のインターネットに大きな影響を与えたものも多い。

ネット流行語:「マターリ」「ヽ(´ー`)ノ」「『餃』『子』『の』『王』『将』」「萌え」「Warez」「ギコ猫」「ツンデレ

1997年

あめぞうにより「あめぞうリンク誕生酒鬼薔薇事件発生。あやしいわーるど少年A実名投稿される。

1998年

あやしいわーるど閉鎖。あやしいわーるどから派生した掲示板が大量に発生する。これらは2016年現在も続いているものもある。

・「あめぞうリンク」にスレッドフロート型掲示板あめぞう掲示板)が設置される。最初にあったのは「掲示板ニュース速報」「株式速報」

読みづらいとされていた大型掲示板サイトの中でこのシステムは当時は画期的で、爆発的な人気を誇るようになる。

・この頃に「ひろゆき」出現。

・この頃はまだコンピュータも高価で、インターネットもまだ滅多に使われず高額だったため、利用者が好事家に限られていた。雑談以外には、株式経済社会情勢、コンピュータ等、専門的で高度な話題が多かったとされている。

1999年

テキストサイト全盛期

青少年有害社会環境対策基本法

あめぞう利用者が増加し、サーバ確保が困難になったり荒らしが増えるようになり運営に様々な問題を抱えるようになる。

サイトの引き継ぎ先を求めていたあめぞうの声に応える形で同年、利用者の1人であったひろゆきにより「2ちゃんねる」が誕生。当時は「あめぞうのセカンチャンネル」という位置づけとされていた。1日あたり1万人程度の来訪者。

ドットコムバブル

オタクポップバンド天誅」が大ブレイク

iモード誕生

東芝クレーマー事件

https://www.youtube.com/watch?v=h22l8iWAW18

https://www.youtube.com/watch?v=6rNZBF9DXTU

2000年

スクリプト荒らしによりあめぞう掲示板壊滅。同年閉鎖。西鉄バスジャック事件発生。犯人2chに書き込んでいたことを受けてひろゆきが初めてテレビに出る。

ネット流行語:「(この掲示板は)匿名というのが前提になりますので、うそもあるし、ひどいことも書かれます。そういうのをうそうそであるとか、見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しいものがあるでしょう」

教育改革国民会議(森内閣)「バーチャルリアリティは悪であるということをハッキリと言う」

流行語:「IT革命」「おっはー

http://www.nicovideo.jp/watch/nm3956863

https://www.youtube.com/watch?v=LWSZMrz0zsk

2001年

2chに対抗した1ch.tv誕生あめぞう西和彦が関わる。

・「真夏の夜の淫夢」発売

アメリカ同時多発テロ事件発生

ADSLが普及し始める。ブロードバンド元年

・この頃にドットコムバブルが弾ける

吉野家コピペ誕生

先行者出現

田代

MAD GEAR SOLIDの1作目が公開される。「性欲をもてあます

2ch8月危機発生。閉鎖の危機に追い込まれ

グリッドコンピューティングを用いたUD ガン研究プロジェクトが開始。2007年に終了するまでの間、Team2chが大きく貢献する

WinMX逮捕者。「かぎのおとが おやがかぎわたしや もうだめぽ

ドラえもんキャラを使ったFlash流行(後にオラサイトと呼ばれる)

wikipedia日本語版誕生

・「写メール」が流行

https://www.youtube.com/watch?v=DaoGHZFKt6s

https://www.youtube.com/watch?v=nQl3NIJYkt0

2002-2004

http://anond.hatelabo.jp/20161223021343

2016-07-09

http://anond.hatelabo.jp/20160706134156

ちょっと前まではもっとあめぞうっぽいノリだったと思うんだけどなぁ

芸風変わった気がする

2015-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20150211020227

 せっかくなので、通信メディアの個人史を書いてみたい。自分ブログでやっても良いのだが、わざわざ誘導するのも申し訳ないので増田で書くことにする。あと、前半部分は「通信メディア」の話ではない。

大学入学まで

 ぼくが初めてパソコンに触れたのは小学校4年生のころだった。当時、既に型落ちだったNECPC-6001を買ってもらったのだ。当時はまだ「パソコン」か「マイコン」かで名称統一されていなかった時代でもある。記録媒体カセットテープゲームをするためにはまず、何十分もかけてロードをしなくてはならない。あとちょっとロード完了というところでエラーが出たりすると泣きそうになった。

 市販のゲームは高価だったので、ぼくは当時の多くのパソコン少年と同じく、雑誌の載っていたプログラムをよく入力していた。姉の使っていた譜面台にパソコン雑誌を乗せ、そこに掲載されたプログラムを延々と入力していく。もちろんミスが多発する。エラーが出ると雑誌とにらめっこをしながら、どこが間違えているのかを必死で探す。デバッグがすべて完了するころにはゲーム自体に飽きているということもよくあった。

 当時はまだ、パソコンメーカーがそれぞれの独自の規格でPCを開発していた時代だった。しかも、同じメーカーパソコンであっても機種が違えば互換性がないことが多かった。だからNECパソコンソフトシャープパソコンで動かないのは言うまでもなく、PC-6001PC-8001よりも新機種であったにもかかわらず、後者プログラムは前者では動かない。パソコン雑誌で他の機種用の面白そうなゲームプログラムを見ては悔しい思いをよくしていた。移植をする技術はぼくにはなかった。

 その後、中学校に上がると、ぼくのパソコンPC-8801mkII FRになった。名機と言われたPC-8801mkII SRの後継機だ。記録媒体は5インチフロッピーディスクになり、一瞬でセーブロードができるようになった。ただし、中学生にとってフロッピーディスクは高価な代物で、500円で10枚入りという安売りのものを愛用していた。ちなみに、安いディスクだとドライブに入ただけでシャカシャカシャカシャカ…という音がする。仲間のあいだでは「シャカシャカディスク」と呼ばれていた。

 せっかくの新マシンではあったが、やはり用途ゲームだった。雑誌掲載されるプログラムも徐々に高度になり、マシン語を使ったものも多かった。01 C3 AA 90…みたいな文字列を果てしなく入力していく作業はかなりの苦行で、エラーが起きると手に負えなくなることも多く、挫折ばかりしていた。

 なお、当時はすでにパソコン通信が始まっており、PC-VANアスキーネットなどの大手もすでにサービスを開始していた。当初は音響プラという装置を使っていたのではないかと思うが、詳しくはわからない。ぼくにとってパソコン通信は遠い世界の話で、雑誌でたまに見る程度のものだった。

 中学3年生になり、高校受験を控えたぼくは、何を思ったかパソコン受験勉強をしようと思いついた。受験RPGなるものをN88-BASICで作ろうとしたのだ。街を歩いているとモンスターに遭遇する。そのモンスターが出してくる問題に正解すれば、プレイヤー経験値を稼げる。最終目標は名門ナダール高校への合格という、ゲーム勉強の両立を目指したものだった。結果はまあ、書く必要もないだろう。世の中にそんな都合のいい話はないのである

 高校入学すると、ぼくの関心はパソコンから遠ざかっていった。部活が忙しくなったほか、当時のバンドブームにのってギターなどを始めてしまたからだ。無論、このあたりはぼくの黒歴史になっている。

 ちなみに、ぼくとほぼ同年代英国ライタースティーブン・プールには『トリガーハッピー』(2001年)というテレビゲーム歴史を扱った著作がある。この本を読んでいると、高校時代ゲームから離れてバンドをやるところまでまったく同じだった。ここには国境を越えた何かがもしかするとあったのかもしれない。

 しかし、大学受験を前にして、ぼくは再びパソコンに向かい始める。3年前に挫折した一大プロジェクトである受験RPG製作にふたたび乗り出したのだ。アホだ。予備校の夏期講習を受けながら、頭のなかで構想がどんどん膨らんでいった。

 技術は全く進歩していなかったが、根気だけはついていた。ゲーム目標大学合格に切り替え、パソコンメモリの少なさに苦労しながら様々なアイテムイベントまで用意した。しかし、言うまでもなく受験には全く何の役にも立たなかった。大学受験が始まる数日前、ほんの気晴らしのつもりで始めたドラクエ3受験日程がすべて終了するまでにクリアしてしまったのが悪かったのか、1年目のぼくは受験に失敗し、浪人生活に突入したのである

大学入学以後

 1年間の辛い浪人生活を経て、ぼくは東京私立大学になんとか滑りこむことに成功した。入学式当日、知り合いの誰もいないキャンパスを一人で歩いていると、同じく新入生とおぼしき一団が歩いていた。彼らの一人が「あいつのポケベルの番号、いくつだっけ?」と言うのを耳にしてぼくは衝撃を受ける。東京学生ポケベルを持っている!ぼくにとってポケベルというのはサラリーマンのためのツールであって、普通学生が持つようなものではないと思い込んでいたからだ。

 入学式の時点でグループができているということは、彼らはおそらく付属校か東京進学校出身者のグループだったのではないかと想像する。この時点ですでに情報メディアの利用をめぐってかなりの格差が生まれていたのかもしれない。

 いずれにせよ、その後のぼくの生活にやはりポケベルは無縁だった。女子高生あいだでポケベル流行っているというのも別世界話題だった。女子高生の妹がいる友人によると、メッセージが来るとすぐに返信しないと仲間はずれにされかねないということだったので、それはそれで大変そうだと思ったのを記憶している。

 その一方で、大学入学してから、ぼくは固定電話と大変に仲が良くなった。一人暮らしを始めたこともあって、友人とよく長電話をするようになったからだ。コードレスではなかったので、硬い床に寝転がりながら何時間も話をした。「いやー、今日はよく話したよね。ところで、いったい何を話していたんだろうね」などと会話を振り返り始めることで会話がまた長くなるという、まったく生産性のないことをよくしていた。ただ、こうした長電話はぼくに限った話ではなく、わりと一般的に行われていたのではないかと思う。一人暮らしの寂しさを紛らわせるうえで固定電話重要ツールだったのではなかろうか。

 あるとき風呂にお湯を張っていると、たまたま当時好きだった女の子から電話がかかってきたことがあった。話しているうちに浴槽が一杯になった。コードレスではないので電話をしたままではお湯を止めにいくことができない。だが「お湯を止めてくる」と言えば、電話を切られてしまうかもしれない。そのため、浴槽からお湯が溢れるのをただ眺めながら会話を懸命に続けていたことを思い出す。

 ぼくが「インターネット」という言葉を初めて聞いたのは国際政治の授業だった。大学2年生のころだったか1994年のはずだ。日本でもインターネット商業利用は1992年にすでに始まっていたが、パソコンに関心を失っていたぼくには全く無縁の話だった。大学パソコン室でタッチタイピングは修得したものの、授業で履修したC言語はあっさり挫折した。数学が果てしなく苦手だったぼくは、理解できない数式をパソコンに解かせるという作業について行けなかったのだ。

 大学2年生の終わりごろ、ゼミ選考があった。メディア系のゼミを志望したせいか、志望者には新しいもの好きが多かった。面接の待機場所では多くの志望者が携帯電話を持ち、お互いの番号を交換していた。衝撃的な光景だった。彼らは無意味に相手を電話にかける遊びなどをしていたので、単に見せびらかしたかっただけかもしれない。

 しかし、ぼくが携帯電話、というよりPHSを購入したのは大学4年生も終わりに差し掛かったころだった。1996年から1997年にかけて携帯電話PHSの普及率は25%から46%に跳ねがっているが、こうした指標では若者が先行しがちなことを考えると平均的か、やや遅いぐらいではなかったかと思う。

 当時は街のいたるところでPHSの安売りをしていた。今川焼を売っている店でさえ扱っていたぐらいだ。PHSを1年ほど使い、その後はドコモ携帯電話に切り替えた。通話が途切れやすいという難点はあったものの、PHSのほうが音質は良かったのではないかと思う。

 他方で、大学3年生になると、ぼくは再びパソコンに関心を持つようになった。1995年ウィンドウズ95が発売された年である。「インターネット」という言葉が急激に人口膾炙していった。大学パソコン室で友人に電子メールを送るようにもなった。当時はメールが来るだけで嬉しかったものだ。ブラウザはまだモザイクを使っていた人が多かったのではないかと思う。しかし、当時のぼくはまだブラウザという概念理解していなかった。周囲のひとが「モザイク」という言葉を口にするたび、それはエッチな何かなのかとあらぬ妄想に浸っていたのだった。

 ともあれ、エプソン製のノートパソコンを購入し、自宅からインターネット接続するようにもなった。大学の授業でホームページを作ったという友人に刺激を受け、自分でも卒業の直前ぐらいに朝日ネットホームページを立ち上げた。いまでもそのアドレスにはぼくのホームページが置いてあるので、もうかれこれ20年近くになる。先日、インターネット・アーカイブ自分のページを探してみたところ、16年ぐらい前まで遡ることができた。若気の至りというのは本当に恐ろしいものである

 もっとも、ぼくの目線からすると、当時のインターネットはそれほど面白いものではなかった。今ほどに情報が充実していたわけでもなく、それを探すためのスキルもなかった。ぼくにとってインターネットよりも面白かったのがパソコン通信だった。当時、すでにパソコン通信時代は終わりつつあったはずだが、それでも見知らぬ人たちとやりとりをするのが面白くて仕方がなかった。もちろん喧嘩も多く、罵り合いをなんとか仲裁したいと思いつつ、結局はうまくいかないということばかりだった。

 ぼくが参加していたのは朝日ネットフォーラムだが、恐ろしいことにいまでもログインすれば当時のログを見ることができる。「ネットからはとうに消え去ってしまったはずの今なき父親の情報が、パソコン通信ログに残っていることを主人公発見する」というフィクションを考えていたのだが、興味のあるひとは使ってみてください。

 その後、パソコン通信は急速に退潮し、インターネット時代が本格的にやってきた。ネット上で怪しい情報が飛び交うサイトがあるということを最初に教えてくれたのは知人だった。言うまでもなく「2ちゃんねるである。それ以前にも「あやしいわーるど」や「あめぞう」といった掲示板はあったはずだが、それらはぼくの全く知らない領域の話だった。

 …と、ここまで書いて力尽きた。ここから先は特筆すべきこともあまりないので、唐突ではあるが、このあたりで終わろうと思う。ずいぶんと長くなったが、最後まで読んでくれたひとは果たしているのだろうか…。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん