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2018-10-25

アメリカ映画必見リスト(2)

↓の続き

https://anond.hatelabo.jp/20181025112507

1999年

ファイト・クラブ

マグノリア

マルコヴィッチの穴

アイズ・ワイド・シャット

スター・ウォーズ エピソード1~3

マトリックス

アメリカン・ビューティー

ストレイト・ストーリー

2000年

トラフィック

レクイエム・フォー・ドリーム

あの頃ペニー・レインと

グリーン・デスティニー

メメント

キャスト・アウェイ

2001年

A.I

ロード・オブ・ザ・リング

地獄の黙示録 特別完全版

マルホランド・ドライブ

バーバー

イン・ザ・ベッドルーム

チョコレート

ザ・ロイヤル・テネンバウムズ

アザーズ

ゴーストワールド

2002年

ボウリング・フォー・コロンバイン

25時

ギャング・オブ・ニューヨーク

スパイダーマン1・2・3

ボーンアイデンティティボーン・スプレマシー/ボーン・アルティメイタム

アバウト・シュミット

さよなら、さよならハリウッド

パンチドランク・ラブ

ファム・ファタール

エデンより彼方に

2003年

キル・ビル Vol.1/Vol.2

エレファント

ミスティック・リバー

ロスト・イン・トランスレーション

ビッグ・フィッシュ

21グラム

2004年

クラッシュ

華氏911

ミリオンダラー・ベイビー

2005年

宇宙戦争

ミュンヘン

ブロークバック・マウンテン

ヒストリー・オブ・バイオレンス

カポーティ

キング・コング

ジャーヘッド

グッドナイト&グッドラック

メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬

ニュー・ワールド

イン・ハー・シューズ

ボブ・ディラン ノー・ディレクションホーム

ブロークン・フラワーズ

2006年

父親たちの星条旗硫黄島からの手紙

今宵、フィッツジェラルド劇場で

インランド・エンパイア

リトル・チルドレン

トゥモローワールド

アポカリプト

スキャナー・ダークリー

レディ・イン・ザ・ウォーター

リトル・ミス・サンシャイン

ブラック・ダリア

ボラット

2007年

ノーカントリー

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

イントゥ・ザ・ワイルド

ゾディアック

グラインドハウス

リダクテッド 真実の価値

JUNO

扉をたたく人

アメリカン・ギャングスター

コッポラの胡蝶の夢

アイム・ノット・ゼア

2008年

ダークナイト

チェンジリング

グラン・トリノ

レスラー

ウォーリー

チェ

ハート・ロッカー

ランボー 最後の戦場

フローズン・リバー

アメリカンティーン

レイチェルの結婚

ミルク

2009年

ウォッチメン

第9地区

イングロリアス・バスターズ

アバター

インビクタス 負けざる者たち

闇の列車、光の旅

かいじゅうたちのいるところ

(500)日のサマー

プレシャス

スペル

2016-04-13

日本映画レベルが低下したのは映画業界に頭の悪い人材が多くなったか

黒澤や小津、今村など世界的に評価されてる映画人が活躍していた時代映画業界大卒しか入れなかった。しかもその当時は今のようにボンクラでも大学生になるような時代でなく、大学に行けるのは本当のエリートだった。

社会警鐘を鳴らし、見た後も議論が湧き、この社会に生きる者としてカタルシスを感じさせる体験こそが映画醍醐味」と多くの人はいう。そういった、観る側も「考える行為」を必要とし、議論を交わす行為自体一種の娯楽として捉えられる文化レベル人間を満足させるものがより価値の高い映画ということになる。

観る側に一定素養必要とさせるような社会的意義を持った作品作りができるのは、「マズローの欲求5段階説」の精神的欲求を満たそうとする生活レベルに達したエリート層。「貧すれば鈍する」のことわざ通り貧乏人は即物的な欲求に走り、ジェットコースターのような低レベル表現で満足し、議論を湧き起こすような表現理解できない。

スター・ウォーズ」も「第9地区」も「ダークナイト」もSF世界を描きたいだけの即物的な映画ならヒットはしなかった。SFの姿を借りつつ根底には「田舎若者葛藤希望」、「格差社会」、「悪とは、人間とは何か」というテーマがあり、だからこそ観客はカタルシスを感じ、感動する。

社会的意義のカケラもない商業主義に染まりきった意識の低い連中が、カネ儲けのために過去のヒット作のカッコよさ、スピード感キャラの表面的なエッセンスのみをかすめ取ってストーリーを後付けするような本末転倒映画制作をして感動する作品が出来上がる訳がない。

2010-04-26

第9地区鳩山首相

昨日、絶対見るべきだ、という話だったので、遅まきながら映画第9地区」を見てきた。

思ったより悲惨な話じゃなかったし、近年見た映画の中でも大変面白かったのだが、映画前半で感じたコミュニケーション不全に対する無力感は、そもそものコミュニケーションが成立していない鳩山首相を思い出させた。(もっとも、この世界がそういう物である、というならばそうだろうが)

この映画は、小人物のなけなしの善意による義務感……、友愛が泣かせ所だった。

一瞬だが、他者と心の通じた場面があった訳だ。

主人公が他者を受け入れて、相互に理解しあえた。

おそらく、鳩山首相の中では、日本国民は他者ではなく、自分と一体化(自分の意志=日本の意志という認識)してしまっており、国民自分の(すばらしい)案を受け入れるだけの存在だと見なしているのではないか?

彼の中では、受け入れるべき他者とは東アジア人民なのであり、米国は「他者ですらない、装置システム)のようなもの」と見なしている気がする。

では、小沢氏は何かというと、彼の深層意識に近い存在であって、ほとんど無意識に受け入れており、見えていない気がする。

この映画では、「まともな他者」がいたから、友愛は成立した。

鳩山首相も、「まともな他者」が出現すれば、彼の友愛したいという欲望も報われるだろうが、果たしてどうなんだろう、永遠の一方的な片思いじゃないかなとも思える。

……というか、こえーよ。引くだろうな、現実的に引いているように見えるし(とてもまともな心理状態とは見なされないだろうから)。

単なる妄想を書いただけである。

 
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