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はてなキーワード: 理解力とは

2017-02-04

反知性主義の源泉,モラハラ人間

留年して,モラハラ人間のいる学年を抜けた.モラハラ人間のいる部活もやめた.

抜けてやめて気づいた.モラハラ人間のいる集団は,知性のレベルが低くなる.複雑なもの理解する努力はしたくない,諸説ある状況は嫌でわかりやす結論がほしい,自分にも原因があるとは考えたくなくて全て他者のせいにしたい,というのは人間自然欲望だ.だけど普段向上心によってこれらの欲望抑制している.

そこにモラハラ人間がすり寄ってくる.複雑なものなんか理解しなくて良い,「意味がわからない」の一言で拒絶して良い,悪いのは我々じゃなくてあいつらだ,とささやいてくれる.諸説を否定してわかりやす一面的結論提供してくれる.人々はここに安心を得る.こうすることで,モラハラ人間はその集団から向上心理解力・知性を追い払ってゆく.

2017-01-24

ウメハラ氏にどうしてもいいたい一言がある

慶應丸の内ティキャンパスでの講義話題になっている。

僕もストリーミングで全てを拝見した1人だ。

彼の尖った人生において学びを得ていく話は確かに興味深くどれもが深く共感できるものだった。

ただ話を聞き終えて尚、彼がもう一皮むけるためには、一つ、まだまだ深い呪いが残っているような気がしてならなかった。

過去、彼とは何度も直接あったことがある。

話をしたこともあれば対戦をしたこともあり、ほとんどは運とは言え少ないながら勝利したこともある。

それは彼がまだ無名だった頃から世界名前を轟かせる少し前くらいまでの時期の話だ。

まり僕は、彼がゲームセンターに自らの居場所発見するに至った要因である大人たちの1人というわけだ。

とは言え、おそらく彼は僕の名前はおろか存在すら覚えていないだろう。

なぜなら、彼の周りにそれだけ多くの人間存在したということでもあるし、それ以上に、彼は人というものに全くと言っていいほど興味を示さなかったからだ。

彼が常に見ていたのは、彼の回りにいる人間の人やなりではなく、その人が操るキャラクターであり勝負の中身であり勝つための手段だったのだ。

講義の中で、大人たちがゲームセンター危険場所と言っていた理由を、彼は子どもたちから面白いものを遠ざけるためと語っていた。

それはたしかにそうなのだが、そうではない一面もある。

なぜなら、僕がゲームセンターに行き始めた頃は、確かにそこは危険場所だったからだ。

昼夜問わずに不良やチンピラたちがたむろし、こどもはもちろん、大人だって迂闊には近寄れない場所だった。

自身だって何度も怖い目に遭ったし、カツアゲなんてもの日常的なことだった。

ゲームに使う以外のお金や貴重品を持っていかないことは当たり前の自衛手段だった。

しかし、そうまでしてそこに行くったのは、やはりそこに面白いゲームがあることを知っていたからだ。

からゲームセンターを居心地の良い場所に変えようと、さら大人たちと協力しあって安全ゲームセンターを作り上げるための努力をした。

入口を作り変え、照明を明るくし、見通しを良くして死角をなくし、それでも尚入り込んでくる悪意と正面から向き合って戦ったのだ。

ゲームが好きで、そんなゲームを誰に邪魔されるでもなく心ゆくまで楽しみたい。

そんな一心で戦い続けた大人たちだからこそ、ゲームを好きだといって入ってくる子どもたちを大切にしたいと願ったし、そんな子どもたちに自分意見を持てと教えるのは当然のことだといっていいだろう。

対戦格闘ゲームブームが訪れた裏には、ただそのゲーム面白かったからという理由以上に、それまでにゲームセンターゲーム愛する人間のために取り戻した大人たちの努力があったという事実が隠れているのだ。

ただ、そんなことを押し付けたいがためにこの文章を書いているわけではない。

でも君は、こういった事実を聞いてもただ「ふーん」と言って聞き流すだろう。(今は分からないが、少なくとも当時の君だったなら間違いなくそうしていただろう。)

君の講義の中で気になったこと、それは、君の親御さんからの教えの一つである「人に迷惑をかけるな」という言葉だ。

確かにそれは考え方としては立派なことだ。

でも君は、人に迷惑をかけなければ何をしてもよいと思ってはいないだろうか。

ならば聞くが、君が人に迷惑をかけていないと思う行動は、本当に誰にも迷惑をかけていないのだろうか。

それとも、自分さえ迷惑をかけていないと思うのであれば、相手迷惑と思うのは勝手なことだと考えてはいないだろうか。

言うまでもなくそれは間違っていることだ。

なぜなら、人は生きていく以上、必ず誰かに迷惑をかけ続けるものからだ。

そしてその教えが本当に正しいことだとしたなら、人に迷惑をかけているかもしれないという理解力ある人間より、人に迷惑をかけている自覚の無い厚かましい人間ばかりが幅を利かせる世界になってしまう。

事実、今の世の中はそういう人間が強く、理解力のある優しい人間ばかりが肩身の狭い思いを強いられているのだ。

君は確かにゲームが強かった。

しかし、強すぎたのだ。

その強さが誰よりも苦労した結果に得られたものである以上、その強さを誰も否定することができなかった。

から、君に勝てないことでゲームを辞めてしま人間が数多く生み出されることになった。

君はそれを自己責任だとばっさりと切り捨てるだろう。

他でもない君の一言からこそ、それに反論できる人間は誰一人としていないのも事実だ。

でもね、一言言わせてもらえるなら、ゲームセンターゲーム好きのために苦労して取り戻した大人たちにしてみれば、それは迷惑だったんだ。

目の前でゲームを嫌いになる人間が生まれる瞬間を見てしまうことは、そんな大人たちにしてみれば何よりも辛く悲しいことなんだよ。

それをあえて口にしないのも、大人たちは人間が生きていれば迷惑をかけてしま存在だということを知っているからだ。

から、「人に迷惑をかけるな」という教育は、考えとしては立派だけど、教えとしては間違っている。

から君にいいたこと。

それは、「人に迷惑をかけていることに日々感謝を忘れてはいけない」ということだ。

人に迷惑をかけるより、迷惑をかけていることを自覚しないことのほうが罪だ。

もし君がそのことを少しでも理解してくれたなら、これからプロとして、世界中ゲーム好きが憧れる存在でい続けて欲しい。

それがゲームが好きでたまらなかった大人たちに対する、一番の恩返しになるのだから

人に指図されることを誰よりも嫌う君にこんなことを言っても何の意味も無いことははるかから知っているけどね。

いつもゲーム真剣に向き合ってくれていてありがとう

これからも一人のファンとして、一人のゲーム好きとして、心から応援しています

2017-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20170118141534

全く関係がないと思ってるのはお前の理解力が足りてないからであってお前の頭の悪さの責任転換されても困るんですけど

2017-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20170108035416

繰り返し、行間暗喩と言った言葉にたよっているだけで君に文章力が無いようにしか思え無いんだが、、

こう書くと「どうしようもない阿呆だな君は」みたいな返答しか書けないでしょ。どこに暗喩が有るの?

と書いても次は「理解力がないな君は」とか書くだけでしょ。

それってどう言い訳しても文章力がないよね

2017-01-05

戸田奈津子尊敬されるための唯一の方法

インタビュー字幕翻訳者戸田奈津子さん「エッ?と思う字幕は、どこかおかしいの」

https://www.buzzfeed.com/eimiyamamitsu/interview-with-natsuko-toda?utm_term=.bhpJ8y62dK#.pf3GDwzR2e

 

を読んだ。全体的には一方的自己弁護を垂れ流すだけの提灯記事だが、インタビューという性質上これは仕方のないことなのだろう。この記事の良い点は、戸田奈津子という人の見当違いな自己顕示欲を浮き彫りにしているところだ。

 

「叩く扉もなかった」字幕翻訳という仕事に、その道の第一人者に直接食らいつくようにして取り組んでいった前半生は感動的でさえあるし尊敬もしよう。しかし一人前として仕事を任され、一定の地歩を固めつつあった頃には、質的研鑽よりも量的なアピールに重きを置く仕事ぶりだったことがよく分かる。

 

それは時代というか当時の映画産業要請でもあって、戸田個人責任を帰すことも出来ないだろうが、何度も立ち止まるチャンスが有ったにも関わらず、過剰な自信に満ちた「職人魂」みたいなもの自分を虚飾したい一心で、本質的には作品奉仕するべき字幕翻訳者のあり方を歪めた自己像を描出し、直そうともしなかった。それがこのインタビュー記事表現されている「字幕翻訳女王」の実態だ。彼女はことあるごとに「文字数自由だし調べ物にもゆっくり時間をかけられる文芸翻訳とはわけが違うのよ」式の言い訳師匠発言の一部を都合よく切り取ったものだ)をして、質を犠牲にしてることを棚に上げて早業自慢を繰り返すが、この記事もまさにその例を一歩も出ていない。ほとんど馬鹿の一つ覚えだ。

 

せっかく日本一名の売れた字幕翻訳者になったんだから個人の早業を自慢するよりも、字幕質的向上のために制作・配給側が用意する時間予算の拡充をアピールするのが筋なんじゃないのか? と私などは思うのだが、そんなことは自己否定になりかねないのでできない。映画や観客より自分大事からだ。徹底して裏方仕事に向いてない性格なのに(だからこそ喰らいついていけたとも言えるが)、なぜか字幕翻訳者なっちゃった人で、その上根っからダンピング体質なんである。広く「第一人者」と呼ばれるものの最悪の事例として歴史に記録されるに値する人物だろう。

 

戸田字幕の具体的な問題点については、今ではある種のネットミームと化していて、山のように検証を綴ったページがヒットするので、ここでいちいちあげつらうことはしないが、この記事を読んでそれらガッカリ字幕根本的な原因を確信できた気がする。戸田奈津子自身映画作品に対する理解力が低いのだ……というのはあまりにも失礼なので、観客(想定読者)の理解力を低く見積もりすぎ、と留保つきで言うべきなのかもしれないが、とにかく画面に映っているもの脚本に対する読解力が低い翻訳をしてしまっている。軍事用語や「指輪物語」の専門用語に通じてないせいで勝手流に造語ちゃうみたいなことは、専門の監修者をつければ(それさえ不服のようですが)済むことだが、理解が浅いまま手癖で字幕をつける悪癖についてはせめて直そうとする姿を見せてほしいと思う。

 

どんな作品であれ受け手によって読み出せる情報量は変わるものだが、戸田字幕はその理解力の設定が最小限になってるみたいな字幕なのだ。そんなとこを端折ってしまったら、まるで子供の頃に見た「大人映画」のように途中で筋が追えなくなるだろうな、と思うことさえある。一通りセリフが聞き取れるとか、背景知識も揃っているような人間が見ると「エッ?」となるような訳を乱発してしまっているのである。これは映画字幕という表現媒体のものの制約なのだろうか? 単に投下すべきコスト時間人員)をケチってるだけじゃないのか? なにしろ理解力が乏しいゆえにかえって回りくどい表現をして、大切な字数を浪費している例さえあるのだ。単にこなした本数が多いから下振れが記録されているだけと擁護することも出来るが、それを言うとかえって早業自慢の露悪性が強調されるというものである

 

そして戸田字幕に感じる理解力の低さ、雑さの遠因が、このインタビューでは明らかにされている。ただの映画ファンとして、「作品ファン」としての経験を積まずに映画を見まくった原体験が、映画を十分理解せずに、ざっくりと筋がわかれば(たまにそれにも失敗する)いい、という仕事を次々とこなすことを良しとする「映画字幕女王」を産んだのだ。それは映画というもの立ち位置が変わってしまった現在には全くそぐわない態度であると私は思う。

 

多くの人が週末には何かしらの映画を見て、学生なんかは金の続く限り映画館に入り浸って、それ自体が楽しみで、何度かに一回面白いものがあったら儲けもの、といった時代はとっくに過ぎ去った。多少荒っぽい仕事があっても、「まぁそんなこともある」と納得してすぐにまた映画館に足を運んでくれる観客は絶滅危惧種と言っていい状況で、「とりあえず筋の追えるものを今週中に」みたいな品質でつけられた字幕を使う理由ほとんどないと言って良いんじゃあるまいか。なにもタコツボ化したマニアけが字幕翻訳者理解不足を責めているのではない。字幕スクリプト情報量100%伝えろという不可能要求しているのでもない(そんなことを言ったら、原語が完全に理解できても伝わらない部分は常にある)。娯楽が多様化する中で、金と時間を使うに値する丁寧な仕事競争できているか問題なのだ

 

そもそも多くの映画は長い時間をかけて作られるものだ。製作に着手してから数年かかることはザラだし、驚くべき短期間で撮影が終わったというような作品でも、原作を読み込んで脚本化するのに何十年もかけていることだってある。そしてそれを待つファンも何十年越しで待っていることだってある。それだけの労力と期待を集めて公開される作品最後工程に、パッと見の印象を伝えるので精一杯みたいな字幕がついていて良いのだろうか? 日本人英語力の向上には役立つかもしれないが、自分で聞き取れるようになったからといって問題が無くなるわけではない。「自分は内容がわかっても、あまりにも作品無理解字幕がつけられていることに耐えられない」という作品ファン心理考慮せずに仕事を続けることは、今や娯楽の王座から落ちて、比較的嗜好性の強いものになった洋画ファンには悪印象しか与えない。それに洋画ファンだけの問題でもない。どんなジャンル仕事であっても、雑な仕事というのはそれに初めて触れる者に「なんとなく面白くないな」という印象を与えてしまものである。それを防ぐために必要なのは、十分な準備期間と作業時間を用意することによって得られる翻訳者の深い作品理解だ。翻訳者に十分な時間リソースが与えられ、一つの作品に使える労力を拡大することのほうが誰にとっても良いことなのではないか? すべての原因を「文字数の制約」や「納期の短さ」に帰することが出来るという甘ったれた足かせを自慢できればそれでいいのか?

 

戸田字幕映画理解力の低さが、意図的に設定されているものではないと疑う理由がもう一つある。戸田字幕翻訳単独作業である理由として、「セリフ言い回しリズム統一するのに余計な時間がかか」るということを挙げている。そんなことを言っていたら、作中でセリフ言い回しリズムを敢えて変えることで、登場人物心理的変化や場面転換を表現する映画原理的に字幕に乗らないことになる。これほど馬鹿な話はない。「こいつは最終的に悪ものになるやつだから最初は丁寧にしゃべってても荒い口調で統一しとくのが親切」みたいな字幕が付けられた映画を、誰が見たいだろうか? 一つ一つの映画作品性質をよく理解しないまま、ちぎっては投げみたいな仕事を続けてきたせいで、どんな映画も同じような構図に当てはまるよう訳すのが当たり前になってしまっているからこそ、セリフ統一感があることが「透明な字幕」の必要条件だという勘違いを起こしてしまうのだろう。映画が転調したときには字幕も転調するのが「透明な字幕」で、そのためには複数視点必要になることだってある。脚本演出意図を読み違ったまま、理解をし損なうことは避けられないからだ。いつまでも「一人の字幕翻訳者が短い期間で理解できた範囲」としての映画字幕が作られ続ける状況を肯定することは、この人の取るべき道ではない。それは決して映画のためにはならない。

 

ロード・オブ・ザ・リング」の第二作以降は、原作翻訳者スクリプトの全訳を事前に行った上で、それを参照して戸田字幕作成し、改めてチェックを受けるという体制が敷かれたようだ(インタビューではその経緯をまるっきり無視していて、結果的に監修者の仕事を貶める傍若無人ぶりが表れている)が、これに似たことが常識的に行われるように働きかけしているんですよ、といった風のアピールをするほうが、「第一人者」としての尊敬を集めるのではなかろうかと私は思う。

  

現在洋画の年間公開本数は80年代末以来の第二のピークを迎えている一方、戸田仕事は当時の1/5近くまで減っている。文芸関係に限って言えば50歳ごろに確立した仕事のペースを守っている80歳なんていくらでもいるので、年齢のせいばかりでもないだろう。その事自体戸田翻訳者待遇改善に取り組んだことの証左だと弁護することも出来るかもしれないし、実際にセリフ聞き取りながら見て「ここをこうやってまとめるのか、上手いなぁ」と思える翻訳者が増えてはいるので、まぁ戸田奈津子問題ある訳というのも、そろそろ過去の話だよね……と最近は思っていたのだが、私はこのインタビューを読んで気が変わってしまった。やはり早いとこ全面的に後進に道を譲って、ご自身字幕翻訳質的向上のために翻訳者待遇改善する言論を起こされるなどしたらいかがだろうか。それが名の売れたものの使命と思ってはもらえまいか。いい年してよいしょインタビューに答えて、自分の大ポカで迷惑をかけた監修者の名誉を傷つけるような非道言い訳を垂れ流している場合ではない。

 

さら早業自慢を封じられるのは、自己認識からすれば転向に映るかもしれない。ひょっとしたら一気に老け込んじゃうかもしれない。しかし、昔よりずっと観客同士の横のつながりが強くかつ広範囲で、作品についての情報も手に入れやすい今だからこそ、字幕翻訳要求される水準が上がっていることを認識し、それに適切に対応するように送り手たちに働きかけをする姿は、映画ファンの心に強い印象を残すはずだ。個人的な快刀乱麻の仕事ぶりを自慢するのはもうやめて、業界全体で作品の質に貢献する、充実した作業環境を残せるよう声を上げる好機なのではないか。それでこそ「字幕翻訳女王」としての尊敬を集められるのではないか。今のままではせいぜい良くて「時代の徒花」といったところである

2017-01-01

耳が遠い妻にイライラする

妻の耳が遠い。妻の母親も遠いので、おそらく遺伝的なものもあるだろう。

日常生活では普通に聞こえるので病院に行ったりするレベルではないと思うので、病名なんかはついてない。

が、一緒に暮らしているとイライラすることがある。

まず、TVの音量がデカい。

生活音がデカい。扉ドカンとしめたり、くしゃみの音量をまったく絞らなかったり。

当然声もデカい。

自分は多分神経質な方だと思うので、すごくイライラする。

それを指摘しても、「そんなことないよ」とか「TV見てたから」とか色々言い訳して全く行動を変えようとしない。

耳が遠いせいか?何故か理解力というのもだいぶ低い気がする。

普通に会話してたり、映画みてたりして「今のどういう意味?」と聞かれることも多い。

たまにならいいよ、でも毎日だ。俺との会話だけならまだしも、ドラマとか見てたらしょっちゅうだ。

からずこのイライラが爆発してしまいそうだ。

同じような人、もしいたらどうしてる?どうしたら平穏に暮らせる?

助けてほしい。

2016-12-21

わたくし森山みくりは、愛情搾取に断固反対しま

愛情搾取に反対するとか言いながら、自分が一番搾取してるっていうね(苦笑

話の重要最後解決策を、男の無償包容力理解力に頼ってる時点で、色々と描きたかったテーマも全部台無しにしてるんだよね。

(みくりがひらまさをノックし続けていたのは、賃金という対価があったから。最後のひらまさがみくりの心を開くのは愛情一見似てるが全く違う)

終わってみればなんだかんだ言って女性に都合の良い理想の男たちのお話だったという。

まぁ新垣結衣石田ゆり子が可愛かったので全て許す。

2016-12-19

東ロボの件で浮き彫りになった理解力の低さ

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1611/21/news096.html

人工知能ニュースで逆に人間の方の理解力の低さが浮き彫りになったっていうのがあってそんな馬鹿なとは思っていたんだけど。

文章や発表の趣旨をくみ取ってそれが何を表すのか何のためのものなのかを理解できない人がここまで広く存在するとは。

いや驚いたのはこれ。

http://blog.livedoor.jp/itsoku/archives/50239533.html

からデータ恣意的表現に対する異常な反応は気になっていたがここまでだったかと思ったね。

番組本編を見ればわかるけどこれ、全然データの目盛の取り方と説明おかしな相違がないんだよね。

池上彰説明してるのは格差が広がっている原因としてアメリカでは富裕層さらに富を増やし続けるという傾向があり、一方日本では下位90%の所得が下がり続けている、という趣旨だ。

まり縦軸の目盛が二つのグラフで違っているということが結論に対して何の悪影響も及ぼしていない。

それなのに

目盛の幅が二つの図でちがう。→ミスリードだ!子供だましのトリックだ!

と騒ぎ立ててしまう残念な連中。

刺激に対してまるで昆虫のように画一的機械的な反応を示す。

先進国に生まれ21世紀を生きる人間がこれじゃああまりにもだな。

ああ、ちなみにこれ見てはてなをチェックしてる連中はましだと思ったわ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/itsoku/archives/50239533.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.jgnn.net/ls/2016/12/post-14336.html

2016-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20161209181222

お前の理解力が追い付いてないか理解しきれなくて変な笑いがこみ上げてくるのは分かるけど

もう一度落ち着いて文章読み直してからトラバ返そうな?

トラバ返すこと自体目的になってるからかみ砕くこともできないってことに気づけ

こっちは終始ずっと真顔なんだけど、正直引くわ

2016-11-17

自分子供だったとして放射能マンと仲良く出来た自信がない

流石に金寄越せとは言わんけど「一緒に遊ぼうぜ―」とはなれないな。

「菌」と口にだすことすらせずそっと避けて暮らすと思うし給食の時はそいつから距離離して座ると思う。

道徳の授業でエイズ持ちの子供ともお互いに血を出したり唾を飛ばし合わなければ安全に遊べるよピース!みたいな写真が載っていたのを見て「でもお互いに血を流してたら危ないんだろ…一生棒に振るかも知れないのに一緒に楽しく遊べとか無理だわ…」と考えた事を思い出す。その授業の感想文では適当ごまかして皆仲良しピース!と書いておいたけど本心エイズマンと一緒に遊べるかよばーかだった。

イジメが罰せられるべきなのは間違いなく。

暴力は悪だ。

恐喝は悪だ。

だけど放射能を垂れ流していると噂をされている子供とも仲良くしろ子供説明するのは簡単じゃない。よっぽど優秀な教師じゃないと出来ないと思うし、子供理解力がないと無理だろう。そもそもちゃんとした知識を持った大人が今どれだけいるのだろうか。

2016-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20161107214123

だれでも東大入れる説には違和感がある

限られた期間(3~5年くらい)にあれだけインプットを詰め込むためには、

ある程度生まれつきの優れた記憶力や理解力といった才能が必要だと思う。

やればできそうだけど、実際は物理的制約限界ありすぎる。


もちろん10か年計画というなら話は別だが。。

2016-10-31

anond:20161030113519

俺の理解力が足りなくてブコメ

ならば、お金出してアニメを作ってくださいや。頼みます〜。 お前がやれ

意味がわからないのだけど、

元増田は限られた予算時間でやりくりするためにあったはずのバンクや止め絵を上手に使って省力化する手法が廃れてきているのではないかという疑問を呈しているのだと思ったんだけど、

それがどうして「お前がやれ」になるんだろう

2016-10-09

割りと昔からオタクアニメの女キャラ気持ち悪いと言われてた気がする

ポイントは「顔はあどけない幼女なのに、体は大きなバスト成熟した女性

知識経験子供の様に乏しく能力も低いのに、男に対する態度は

大人の様に深い包容力理解力母性にあふれている」ところ

萌えオタは少女に若々しさと未熟さを求めてるけど

その分の子供の残酷さを一切拒否して、成熟した優しさを押し付け

2016-10-04

復職して、人の陰口をいうボスの顔色を窺わずになれるようになりたい

ボスとうまくやれない。

ボス上司じゃなくて、雇用主。

ボスは70歳前後男性

私は20代後半女性

仕事は士業。

院に行ったのもあって、20代後半でようやく社会人になった。

難関っていわれる仕事だし、就けて光栄

20代後半にしては高い給料をもらっていたと思う。

仕事に対する意欲はあった。なんでも挑戦したいと思っていたし、経験を積みたいと思ってた。


でも、就職して、ボスとうまくいかなくてっていうか、私が一方的ストレスを感じて、プライベートでもいろんなことが重なって体調崩して休職した。情けないけど。

職場では、ほぼ私とボスの二人で仕事をしてる。

私の仕事は、ほぼボスの補佐。

事務所構成員は5人。

事務員もいるけど、そこは役割分担なので、あまり接点なし。

私とボスの間には誰もいない。

から相談できる人もいなくて、私ははじめての社会人だったし社会常識もないし、私の心が弱すぎるのかぼすちょっとおかしいのかわからなかった。


ボスは、悪い人じゃない。いい人。

でも、せっかちで、ちょっと空気が読めないのかも。

たとえば、事務員20代半ばの女性)にBMI値を平然と聞いてしまったりする。私に対して「あなたにはわからないだろうけど、美人っていうのは苦労するんだよ」とか言って来たりする。美人じゃないのはわかってるけど、やっぱり傷つく。

資格をもって、プロとして雇われたのはわかってる。

けど、それでも新人。わからないことだらけ。

だけど、ボスはせっかちで仕事を教えるのが面倒くさいらしい。

指示が曖昧で、何を指示されたのかがよくわからない。

漠然としてる。

から、何を指示されて、何を求められているのかを質問する。

からないでやるより、マシかなって思ってた。

けど、ボスはせっかちで、説明するのが面倒くさいらしくて、質問に答えてる最中

「あー、もういいや。自分でやった方が早い。」と言って、私に任せるのをやめてしまう。

私が質問したのが悪かったのだろうか?

ボスには言わないけど、お歳のせいもあるのか、うまく言葉が出てこないのか、ボス説明ボスが知っている事実を私も知っていることを前提に話してきたりして、結構分かりにくい。

から質問が多くなる。

知識不足なら私のせいだけど、ボスが打ち合わせでお客さんから聞いた情報とか、私が知りようもない事実を前提に説明したりする。

から、私にはわからない。

なので、わかるまで聞き返す。

最初理解力のない自分が情けないと思ったし、遠慮もあって聞けなかったけど、それで一度ミスをしたのでわかるまで聞くことにした。

そしたら、「もういいや、自分で~」という流れになって、任される仕事が減っていった。

どうしたらいいのか、わからなかった。

前任者は仕事が雑だったかほとんど仕事を任さなくなって最終的に契約更新せずに切った、という愚痴を何度も聞かされていたが、前任者が雑、というより最低限の仕事しかしなかったのも無理ないと思った。

だって、何をしたらいいのかわからない。

でも、その話を聞いていたから、任される仕事が減っていったとき、すごく不安になった。

ボス計画性もあまりない。

期限ギリギリまで仕事をしない。

期限ギリギリになって、間に合わなくなって、私に仕事を回してくることが多かった。

なので、提出期限が明日という仕事もよくあった。

しかも、帰り際に「明日までによろしく」と資料を渡されることもあった。

締め切り前のボスは遅くまで帰らない。

夜の8時とか9時で仕事してたりする。

たまに週に一度ぐらい早く帰る。7時過ぎぐらい。

ボスより早く帰ると、ボスは何も言わないけど不機嫌になる。

新人は誰よりも多く経験を積んで仕事をすべき、と思っているのかもしれない。

私が先に帰る日が続くと、「お先に失礼します」の挨拶無視されることもあった。

なので、仕事が減って、やることがなくなっても、することもなく職場にずっと残ってた。(もともと残業代はでない職種

それも新人仕事だし、円滑な関係を築くのも仕事だし、と思って最初は何も思ってなかった。

けど、私は体力がなくて、そのうち、何も仕事がないのに職場に残ることに疲れてしまった。

年齢のせいもあるし、性別のせいもあるのだろうが、価値観があわないこともよくあった。

仕事計画的に前倒しして早く終わらせるのがいいという私の考えと、ボスの考えは違った。

期限より早く書類を提出すると「手抜き」だと言われた。どこが「手抜き」だったのかは、教えてもらえなかった。

なので、時間をかけて仕事をするようにしたら、今度は「遅い」と言われた。加減がわからなかった。

ボスに雇われている以上「ボス価値観」で働くのが正解だと私は思っていた。

から、内心の葛藤はあったけど、雇われの身で、私は新人で、ボスに合わせるべきだと思った。


他にも色々とボス価値観と合わないことがたくさんあったり、自分が言ったことを忘れたり、言葉足らずなことがよくあった。

ボス愚痴が多い。

本人は悪口のつもりはなく、ただの本心で、悪気はない。

けど、他人に対する批評が多かった。

愚痴を聞くのも仕事のうちだと思って最初は聞いていた。けど、話を聞けば聞くほど、心が荒んでいくのでやめてほしかった。

特に前任者の悪口が、多くあった。

早く帰ってしまうだの、事務所にあまりいないだの、仕事が雑だの、色々と。

「私はそうなったらクビだ」という遠回しな忠告 だと思うと同時に、裏で私も何を言われているかからない……と、ボスが怖くなっていった。

どんどんボスと会話するのを避けるようになった。

私の心が弱く、「仕事から」と割りきれず、必要なことも聞けなくなっていった気がする。

そんな頃、

「この件、ぜんぶ君に任せるから」と頼まれ仕事があった。

はじめてことで、すごく嬉しかった。

はじめての仕事で、わからないことだらけだった。

自分なりに頑張ったし、お客さんとも話を進めていった。

私なりに、たまに報告もしていた。

ある日、ボス帰宅後、

取引から別のオファーがあり、手に入る金額は下がるだけど早く進行できるというメリットがある内容だった。

夜だけどいち早くお客さんに伝えた方がいいと思って電話でお客さんにその事を伝えると、お客さんがそのオファーを受けてもいいと言った。

翌日、その事をボスに話すと

「なんでそんな重要なこと、俺に相談せずにそんなこと決めちゃったの?電話でそんなこと決めるとかあり得ないでしょ。」

と言われた。

ボスは決して怒鳴りも怒りもしなかったけど、明らかにイラついた口調だった。

私が決めた、というより、お客さんに報告したらお客さんがそれでいいと言ったのだ……私はどうすればよかったのだ?と、すでに泣きそうになっていて言葉がでなくて「すみません」としか言葉が出てこなかった。 

ボスのいう『ぜんぶ任せる』の意味が、私にはわからなかった。

私の報告ミスもあったと思う。私が悪い部分もたくさんあったとは思う。

でも、どんどんボスコミュニケーションをとるのを避けるようになった。

そしたら、そういうボスからの「注意」が立て続けに起こった。

でも、ここに書いたこと以外にもいろんなすれ違いやわからないことがたまってきていて、

もうボスが私に何を求めていて、何をすべきだったのか、わからなかった。

いろいろ書いたけど、ボスはいいところもたくさんある。

悪い人じゃない。

せっかちで、気が利かないけど、いいところもたくさんあるのだ。

今まで書いたこだって、悪気があってやってることじゃない。

理不尽なこともたくさんあるし、不機嫌になるけど、理不尽に怒鳴ったりはしない。

でも、他人仕事を任せられなくて、

新人を育てる気もなくて、

仕事に対するフィールドバックはなくて、

仕事の指示は曖昧で、

質問すると不機嫌になって、

本人には注意しないけど陰ではいろんな不満を他の社員に漏らしていて、

私も何か言われているのではないか……と、

私はボスが怖くなってしまった。

仕事を振られるのが、怖い。

質問するのが、怖い。

早く帰るのが、怖い。

そしてなにより、怖いがゆえに、ボス質問したりすることを後回しにしてしま自分が情けなくて罪悪感でいっぱいだった。

人目はあまり気にしない性格だったので、こんなことはほとんどはじめての経験だった。

精神的に疲労してしまったけど、早く帰って休むこともできなくて、誰にも相談できなくて。

そのすぐあと、プライベートで不幸なことが重なって、私は体調を崩して、そのまま休職した。就職して一年も経っていなかった。

申し訳なさでいっぱいだった。

当然ながら休職中の給料の支払いはない。



仕事には、戻りたい。

私にも改善すべき点はたくさんあった。

報連相を怠って、逃げた私が悪い。

社会人なのだから理不尽ことなど当たり前。

そう思ってる。

どこに行っても、理不尽なことはある。それが社会

ただ、立ち向かえない私が弱いだけ。

ちょっと注意されたり、不機嫌になるからといって、コミュニケーションをとるのを避けた私が悪い。

勝手に顔色をうかがってネガティブ妄想をした私が悪い。


でも、正直、どうボスと接すればいいのかがわからないし、戻ることを思うと吐きそうになる。

直接「ダメだ」と言われた訳じゃないのだし、

顔色をうかがわずに気にしないでいるのが正解なんだと思うけど、

「気にしない」でいられる方法があるなら、やってるよ、と思う。

あー、情けない。

2016-09-19

なぜ手書きにこだわる?

自分不器用なせいかグラフ手書きが致命的に遅かったので、2年前期の実験危機感を感じた自分は2年の夏休み中にpythonを覚え、今まで苦労していたグラフプロットなどをパソコン上で全部自動化しようと考えた。日本語情報が少ないため(あっても多少古かったりすることが多かった)、情報をかき集めるのに相当苦労したが、夏休みが終わるころにはjupyter notebook(名前通りノートブックのような実行環境セルごとにコードを実行するという形をとっている)上で統計処理をしたりそのデータを基にグラフプロットするのはある程度できるようになっていた。

早速2年後期の実験pythonを試してみたが、その威力は凄まじく、今まで時間のかかっていた作業が劇的に効率化した。pythonモジュールであるpandas,numpyを使えばデータ列を文字式のように扱えるので(例えば実験データをdataとして、そのデータをすべてcos関数に代入したかったらnumpy.cos(data)と書けばよい、Excelと似たようなものだがこちらは変数として扱っているので使いまわしが容易である)、Excelでちまちま関数セル入力して列全体に引き伸ばすという操作もしなくていい。グラフコマンドで出力するので当然だが今まで苦労していた手書きプロット作業はなくなった。GUIありきのExcelと違ってコードひとつグラフの罫線の調整などもかなり簡単にできる。高級言語だけあってコードは組みやすく、実験中に即興プログラムを組むことも割りとできる。しかコードさえ組んでしまえばあとは実行するだけで計算グラフの描画を一気にやってくれるので、実験結果確認が極めて素早く行えるようになった。しかもjupyter notebookはmarkdown形式文章を埋め込めてメモ書きも残せるし、mathjaxに対応しているのでlatex形式の数式も途中に挟むことが出来る。最高の環境だと思った。しかし良いことばかりではなかった。

パソコンで全部やろうとする自分を見た一部のTAはなぜか自分グラフ手書きしろ要求してきた。自分反論した。「グラフならパソコンですでに出力できているのになぜわざわざ手書きにする必要があるのか?」これに対するTAの答えはだいたい「平等性を保つため」、「他のみんなは手書きでやっている」、「理解を深めるため」、「他学科手書き必須から」というような感じである自分にとっては、これらすべてが理解できなかった。そもそも手書きにすることによって実験に対する理解がどう深まるというのか?自分はむしろ手書きを徹底的に排除することによって、煩雑作業をする時間を考える時間に充てた。そのおかげで実験に対する理解は以前と比べ物にならないくらいに深まった。手書きじゃなければ理解が深まらない理由はない。そもそもパソコンのほうが厳密にコードを組まなければならない分だけ理解力要求されるはずである。「理解を深めるため」といっている本人だって結局その言葉意味もわからず言っているにすぎない。

平等性」に関しては全く別のTAから複数回言われた。「パソコンを使って効率化しようとするのはずるい」と言いたいのか、このTAは?pythonだって1ヶ月間死に物狂いで情報をかき集めて覚えたのに、それのどこがずるいというのだろう。平等性を掲げて効率化を否定し、全員に同じ作業強要させ、「成績」をちらつかせて脅すのはずるくないのか?みんな一緒に抑圧されましょうということか?これを言われたときに感じた何とも言えない吐き気のようなものは今でもうっすらとだが覚えている。正直なところ、プログラミングが出来るというだけでむしろ褒められると思ったのだ。パソコンが使いこなせるほうが印象はいいに決まってると思っていたのも、結局は自分勘違いだった。

pythonを使い始めてからの2年後期、3年前期を通して4,5回ぐらいTA(全員別の人)に「手書きしろ」と言われたが、言われるたびに反論するのもいい加減に疲れてきた。なぜ手書きにする必要があるのか、自分は聞かれるたびにこう聞き返した。まともな答えを返したTAは一人もいなかった。大学先生担当する実験PCは駄目なんて言われたことは一度もなかったし、どうもTA勝手に「手書きしろ」と言っているだけらしい。「他学科パソコン禁止から」とかいう非論理的ルール鵜呑みにしてそれを適用しようとする姿勢にも無性に腹が立った。

TAがいうには手書きコピペ防止の意味もあるらしい。本当に手書きにしたらコピペが減るのか?パソコンにしたらコピペが増えるというが、それは果たして本当に「増えた」のだろうか?確かにコピペするのは手書きと違って簡単だが、コピペするやつは手書きだろうがパソコンだろうがコピペする。そもそも自分の頭で文章を書く能力がないかコピペするのであって、パソコン制限たかコピペがなくなるという理屈おかしい。そんなにコピペが嫌だったらむしろ最初からコピペをチェックしやす電子データに限ってしまえばいいと思う。パソコン有りにしてコピペが増えたというのは、手書きレポートでは見逃していた分のコピペがばれて、それで数が増えたように見えたという可能性もある。むしろパソコンからこそコピペを見破れるのではないだろうか?

自分は、手書き不正の温床ぐらいに思っている。手書き場合見かけ上はコピペしたことがばれにくいし、グラフもそれっぽく適当に書いても適当プロットしたことはほぼばれないし、そもそもアナログデータ機械検閲にかけにくいためどの程度コピペなのかを判定する労力だって膨大過ぎる(別のTAに話を聞いたところ、採点する側から言わせるとコピペしたこと自体結構分かるものらしい)。手書き強制するということは、すなわち不正ごまかす余地を与えているに過ぎない。本気でコピペをなくそうとするならば、いっそのことすべて電子化してしまったほうがよいとすら思う。

pythonを使い始めてから1年経ち、「手書きにしてください」と言われるたびに反論していったが、元々自己主張の弱い引っ込み思案なタイプのために、自己主張してちゃんと言い返すというのは精神的な負担が大きかった。「パソコンではなぜ駄目なのか」を強く主張するたび、ものすごく疲れがたまってしまい、実験がない日でも「なぜこんな当たり前のことをわざわざ言わなければならないんだろう」と思い返してしまうせいでどんどんやる気を無くしていった。

なぜ大学の一部にはパソコンを使わせたがらない空気があるのだろう。この人たちは、手書きが苦手な自分にとっての最後の砦すら壊すつもりなのだろうか。なぜ手書きにこだわるのだろうか。

2016-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20160915082313

ジェンダー問題しろ、のさばりたい男は頭のいい女を許さない。生殖にかかわる本能なのかね。負けたら必ず『ブス』ってレッテル貼りして、自分の周囲には『あいつ○○だからな!』とアピる小池百合子が男に嫌われるわけだよ。理屈じゃないんだろ。

女は、感情的反論してくる奴は基本頭悪いからそもそも読んでないし、文章理解できてない。 

男女問わず議論ができるやつはある程度理解力があるが、それも『正しいかどうか』じゃなくて、『未来を有利にするかどうか』が基準

正しいかどうかで行動できる奴は本当に一握りだし、圧倒的実力がない限り生きにくいに違いないね

増田コンサルなら実力あるね、うらやまし。

2016-09-08

http://anond.hatelabo.jp/20160908181943

バカ死ねとは書いてないかな。それだとはてサの人の理解力不足で面倒くさくなるからね。

状況を見て、僕が思いつく方法提案している。彼女能力に合わせてね。

あとエンバンメイズおもろいよね。

2016-08-30

学校の成績とか悪かっただろうに、なんで自分が頭いいとか、人より理解力あるとか、勘違いするんだろう

2016-08-21

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ?? <追記アリ>

最初に「煽りタイトルである事に謝罪しておく。

 

1週間ほど前に話題ゴジラを見に行った。面白かったは面白かった。

が、事前ハードルが上がりすぎていたのか、粗(に私には見えた)の部分が結構気になってしまい、正直世間で言われている程に「大傑作」にはあまり見えなかった。

この一週間ほど感想記事などをいろいろ巡ってはみたが、いくつかの批判記事もあまり共感できる内容でも無かったので、ひとつ増田にでも吐き出してみる。なお、いろいろと確認意味も込めて昨夜もう一度シン・ゴジラは再視聴している。

 

 

という訳で以降シン・ゴジラへの不満点を列記する。

 

 

登場人物ゴジラへの理解度が要所要所で不自然に高い

 まず冒頭の10分か20分くらいで気になった部分。主人公矢口会議中に巨大生物言及するのだが、この時点で矢口がそう判断に至った材料は精々ネット動画程度であり、あそこでアレを「生物」と考えるのはかなり不自然だ。この時点では矢口は単なる夢想レベルである

 演出意図としては「唯一真実リーチしている主人公」のように見えるのだが、それならもっと巨大生物という予測に納得感が無ければ意味が無いように思う。もし矢口をそうした「夢想家」的キャラクターとして描く意図があったのならば納得がいくのだが、以降は基本的に「有能な政治家」然と描かれるのでそれも考えづらい。

 基本的に高いリアリティラインで進む映画のため、このシーンで不自然映画の先を予測した発言があるのは違和感が大きかった。さらにそれに続く、会議室尻尾ニュース映像が流れるシーンがその印象を後押ししていて、あの映像だけであれを「巨大生物尻尾」と判断できるというのもかなり不自然に思う。映画の進行のためにさっさと登場人物全員に対象を「動物」だと認識させたい+ゴジラの全体の姿をここでは見せたくない、という意図からあいったシーンになったのだろうが、やはり不自然は不自然だ。

 比較的序盤のこの2シーンで、「映画の都合で登場人物理解力直感力が劇中で変動する映画では?」という疑念が生まれしまった。

 ゴジラに対する登場人物リアクションとしては、最終形態が現れたシーンでも、あれだけサイズ形態も変化していれば、別個体可能性への言及があっても良かったのではないだろうかと思う。ここでも映画の進行のため、そうした選択肢登場人物に不自然に与えていなかったように感じられた。特に「あらゆる可能性を」と発言していた矢口最後まで同種の別個体存在言及しなかったのが不満として残った。

 

 

・人の死の描き方について

 ネットでは「死がちゃんと描かれていない」「いやアレでちゃんと描かれている」という論争がいくつかあったようだ。

 個人的には全体を通してあくま被害俯瞰的に描いていたのは面白かったと思う。「対策ルームに篭って黙々仕事をする政治家」が主人公という映画なので、むしろ現場被害をことさらクローズアップせずに描いたのは正しい。

 が、むしろそれならその描き方を徹底して欲しかったという不満があり、2,3箇所ほど不自然に急に人死にがクローズアップされたシーンがあり、そこが「ちゃんと死を描いていますよ」というアリバイ作りのシーンに見えて正直気持ち悪かった。

(一つは倒れるマンションから逃げ遅れた家族、一つは溢れた川から逃げる男性、もう一つどこかで同じことを思った気がするが覚えていない)

 この点はあまり大きな不満という程では無いのだが、どうにもモヤモヤとしてしまった部分だ。「全体としては面白いとは思うのだが、細かい不徹底が気になってガッカリしてしまった」というのはシン・ゴジラ全体に対する不満でもあるので、その意味でも言及しておいた。

 

 

石原さとみキャラが明らかに浮いている

 これは褒めている人の中でも言及している人がチラホラ散見されたが、カヨコのキャラクターリアリティラインを高めに設定しているこの映画の中で明らかに一人浮いているように感じられてかなり気持ち悪かった。正直ここまで不自然に浮いたキャラクターをこの映画に投入した作劇意図がよく分からない。

 とある感想で、「カヨコの突飛なキャラクターによりリアリティラインが下がったために、その後のヤシオリ作戦が受入れやすくなっている」という説明があったが、ちょっと納得しづらい。ヤシオリ作戦はかなり無茶な内容の作戦ではあるものの、劇中の他の展開で「これしか残された作戦はない」という納得感は十分作れており、カヨコの存在が無くても十分受け入れられたと思う。そもそも、対ゴジラ作戦リアリティライン登場人物ドラマリアリティラインとは(相関してはいるだろうが)別の話であり、突飛なキャラクターいるからと言って突飛な作戦が受入れやすくなるものだろうか? 単に「不自然に浮いたキャラがいた」というだけに見える。

 全体通して極めて「大人」な登場人物物語が進んでいるだけに「なんでこんなキャラクターを入れて雰囲気ぶち壊すんだろう?」と感じた。

 

 

・ヤシオリ作戦について

 当のヤシオリ作戦についてであるが、例の無人在来線爆弾など独特のケレン味の魅力は確かに素晴らしいとは思うのだが、最後の決着の味気の無さが気になった。有り体に言うと「ショボい」。

 意図自体は分かる。派手な秘密兵器などを使うのでなく、人々の地道な対策奔走による勝利を描きたかったのだろう。だが、結局それと特撮的な絵の盛り上がりとバッティングしてしまっているのは悪手だったのではないかもっと同じ演出意図を満たしながらも、絵的に迫力あって盛り上がる「決着」を描く方法が何か無かったのだろうか、というのがどうしても不満。

 注入量を読み上げる緊迫感あるシーンで、「放水した分を全て飲んだ計算して大丈夫なのか?」「そもそもあの生物「口からモノを飲む」という習性自体あるのか?」などの疑問が脳裏をよぎってしまったが、そうした疑問ももっと絵的な盛り上がりがあれば勢いで誤魔化されていたのにな、と思うので、ここも「悪くは無いんだけど、もう一歩足りないなあ」と感じた部分。

 加えて、ヤシオリ作戦に関しては、矢口の陣頭指揮の部分にも中途半端さに違和感があり、これまで徹底して「対策室で対応する政治家」を描いてきて、結局最後は「主人公現場の陣頭指揮を取りに行く」というのを描くのか、というのに少し落胆した。せめて矢口本人が言うように「自分現場にいる事で出来た微妙判断」が描かれていればスッキリはしたかも知れない。まあそれをやると矢口ヒーローっぽくなりすぎるきらいがあるのでまた違うんだろうなとは思うのだが。

 

 

・「国」のアピール

 別に国威掲揚だ」とか「日本スゴイきめー」だとか言うつもりは無いが、そうでなくても妙に「国」や「日本」のセリフ唐突さというか、無理やり挿入した感があって首を捻った。矢口の「皆休まず熱心に仕事してくれる」から「この国はまだまだやれる」のセリフに繋がるのに飛躍を感じる。前段階として「政治家としてこの国に失望しかけていた矢口」という描写でもあればドラマとして納得しやすくはあったのだが、そういう個人ドラマフォーカスする映画では無かった。「ニッポンゴジラ」というテーマのために無理に接続した感がある。

 また、これも同意見を多少ネットで見られたが、総体としての「日本」とゴジラとの戦いを描くのがテーマであるのであれば、あそこまで「東京」のみの話に終始したというのはどうなのだろうと思う。劇中でモブセリフ地方軽視へのエクスキューズ台詞があったが、正直言い訳程度にしか感じられず、物語として組み入れられてはいなかった。話を2時間にまとめることを考えれば、そこまで舞台拡散させるのは難しいというのは分かるが、映画全体で「日本」や「国」を強くアピールしていた事との整合性がとれていなかったように思う。

 

 

 

 他、細かい部分は置いといて、強く気になったのは以上の点だ。

 「細かい事を気にしすぎ」と言われるかも知れない(というか知人に話したらそう言われた)が、気になってしまったのだから仕方ない。面白かったは面白かったが、改善できそうな部分、徹底されていない部分がチラついてしまった、というのは何度も繰り返す通り。「大傑作」の評に期待して見に行ったため、「ここがクリアされてないのか…」というガッカリが先行してしまったきらいはある。

 リアルの知人と言い合いになっても後味悪いので、増田で一通り吐き出させてもらった。以上。

 

 

<追記>

続きと種明かし

http://anond.hatelabo.jp/20160822181856

2016-08-19

ネットでの議論不毛理由

ネットでは日々様々な議論が行われているが、アウフヘーベンまで昇華しているものは稀で

ほとんどが、それぞれの主張をして、自分けが正しいという信念を持ったまま何も変わらずに終わり、

相手理解力をけなして自己肯定感を強化するだけにとどまる。

 

なぜネットではそのような不毛な議論が行われるのだろうか。今回はそれについて書きたい。

 

言葉には「揺らぎ」が存在する。

ヤバイ」という言葉シチュエーションや言い方によって幅広い意味を持ち、人によって解釈の幅がある。

これは他の言葉も同様である

 

にもかかわらず、ネットでの議論はこうした言葉定義に厳密さを求める姿勢が少なく、

それぞれが自分なりの解釈、時には都合のいい解釈レッテル貼りをすることで議論がかみ合わなくなる。

そうした結果、相手バカ認定することになり、各々がバカと過ごすのは時間無駄結論づけられる。

 

こうした定義に関しては地理で例えると非常にわかやすい。

例えば「青森」という単語を出したとしよう。それは青森県全域を示しているに他ならない。

しかし、人によっては「青森東北」と解釈し、東北という意味で捉える。

青森りんごがおいしいよねと話していても、そうとは限らないとか、きりたんぽの方がおいしいなどという答えが返ってくる。

また、その抽象化した概念に関連したレッテルに置き換わることがある。

青森東北福島原発」くらいまで飛躍してしまう人もいる。

青森話題を出しているのに、東京電力が!放射線が!という突飛な単語が出てきてびっくりすることもあるだろう。

彼らにとっては「言葉の厳密さよりも、自分がその言葉から何を連想たか」の方が重要で、それがその言葉の本当の意味になってしまっているだ。

 

地理で考えれば、このような変換がおかしいことは明確だ。

これが、実態を持たない形而上の議論というのはこういうおかしさを確認するのがむずかしくなる。

例えば一橋自殺事件に対するコメントでも、ゲイに対するそれぞれが持つレッテル常識客観的議論を妨げている。

彼らの中での常識に反している=異常=排除すべき のような流れになっていることも少なくない。

政治議論についても同様だ。

彼らは言葉定義自分たち解釈の「揺らぎ」について把握しようとしない。

指摘をしたとしても実態をともなわないため、図で示して明確にまちがっているということを表現しづらいのだ。

 

ネット上では愛知県東日本と考えている人と西日本と考えている人がその違いを把握しないまま、東日本の県の数はいくつなのに

あいつは数も数えられないのかと憤慨しているのだ。

 

しかしながら、こういう「揺らぎ」を理解しようとするものは少数派だろう。

そもそも「定義付け」なんてもの現実世界日常会話で行ったら気持ち悪いと思われるのが関の山だ。

ネットリアル境界線曖昧になった今、そんなことをしようものなら気持ち悪いやつというレッテルを張られ、

定義付け」自体気持ち悪いやつの行う気持ち悪い行動となり、

彼らをまともな議論に導くことは困難になるだろう。

結局、授業でディベートなどを導入し、言葉の「揺らぎ」を自覚させ、定義付けの重要さを頭がこり固まる前に刷り込ませるしかないのである

それまでは、ネットでの議論なんてもの不毛で、一部のまともな人の間でしか生産性を持たないのである

ーたけを

2016-08-17

弱音吐き出し

もう人生のゴールを決めたいよね。

一発逆転とかそんなもの求めてないから、もうね。ゴールしたい。

自分うんこのようにわがままなのは分かっているけど、

自殺はいやだ

親より先はいやだ

まり迷惑かけたくない

苦しみたくない

墓とかいらない

無縁仏で1年くらいしたら肥料にしてくれ


上京した一番の理由が、わりとくだらないけど、雪見たい、地震体験できるかな?だった。

当時住んでた場所は降雪も地震もなく、テレビで見てどんな感じなんだろうって憧れてた。

今思えば、テレビが大げさに報道してるだけだった。

もちろんそれだけじゃなくて、やりたい仕事東京しかないって言われたか上京したけど。


仕事しなくちゃホームレスになるしかないって思ってたから、仕事している。

テレビで、大人になって契約社員派遣フリーなのはくそだ。みたいなこと言われてたか正社員になっているけど

今思うと契約社員でも問題ないよな。

後々どう影響するのか分からないけど。

自分の学のなさ、常識のなさ、理解力のなさ、なにもない。

働いているけど、人様に迷惑かけながら生きているのがそろそろ辛くなってきた。

ヤバイ泣きそう。

だって30だよ?30なのにいまだに学生気分なんだもん。うんこだよ。

30なのに人怖いとか、もうね、うんこでかすだよ。

うんこかすだけど、なんとか働いている。

うんこかすと一緒に仕事していて、大変申し訳ございません。誠にありがとうございます


貯金あるけど、ていうかどのくらいあればひっそり生きていけるんだろう。

そういう計算もしないくらい、なーなーで生きている。


休み中も死んだように部屋でぐだっている。

休み中も仕事メールにびびっている。

受け取らない設定にすればいいけど、週明けに血の気がひくような思いをするくらいなら受け取るほうが精神的に安心


趣味あったよ。生きがいあったよ。

あった気がしたけど、なんだったのか思い出せない。

今は、仕事かな。

止めたいけど、止めらない趣味だわ。まさに生きがい。


昇格とかいらない

給料アップとかいらない


今のままでいい。今のまま。今じゃねーな。異動しなきゃよかった。

前の部署もアレだった。いつ終わるかビクビクしながら働いてた。

から逃げたのに、ぼろ家から逃げた先が落とし穴だったていうね。爆笑

ぼろ家だけど、あったかかったんだ。人がね。よかった。

落とし穴は、さむいね。よくわからいから辛い。


もう弱ってるわ。

だれかに聞いて欲しいから、うんこみたいな愚痴を吐き出し。

生きるってなんだろう。なんで自分はこうなんだろう。


がんばろ。まだ頑張れる。頑張れ自分

2016-08-15

仕事ができるか出来ないかのはなし

http://anond.hatelabo.jp/20160815041020

これを読んで何だけど。

社会に出たら(就職したら)仕事ができないってのがわかった」なんてこと、起こりうるのかな?

日本企業業務なんて、ほとんどすべてが学生時代教育の延長線上で、国語算数程度の事務能力やら、体育程度の体力仕事やら、初頭英語で十分な外語コミュニケーションやらでなりたってるんじゃないの? PGとか研究職やらの技術であるなら別だけど、それは就職前に大学などで学ぶ過程で適正は判明しない? っていうか技術職に技術無しで入るってのがそもそも何かおかしいような。

オレが見た「仕事が出来ない奴」ってやつは、説明理解力が乏しいとか段取りが悪い(想像力がないせいで自分の行動をフローチャート的に想定できない)とかなんだけど、でもそれって学生時代集団行動や自分の行動決定や、それこそ高校大学日常生活で判明するものだよね。つまり仕事ができない」ってことはあるし見かけるんだけど、「社会に出たら仕事ができないってのがわかった」ってのとはちがうよね。学生時代から要領が悪く愚図だったってだけのはなしで。

なんでそんなことが起こりえるんだ?

2016-08-10

カムアウトしなくても生きていけるゲイは山ほどいる

カムアウトすれば自由になれる、という妄想

http://anond.hatelabo.jp/20160806123148

少し前に書いたらえらいたくさんの反響をもらった。

多くは否定的ものだったりして、

一応自分の中に取り込んだ後にあれこれ考えてみたけれど

根本的な考えは変わってない。

そうこうしているうちに、こんなエントリ話題になった。

ゲイノンケ告白すべきではない」

http://highsoneet.hatenablog.com/entry/2016/08/08/224009

まったく同意

こういうことが起こり得るからこそ、

安易カムアウトはすべきではないって言ってるんだよ。

ひとりが抱いた「気持ち悪い」「怖い」といった想いは

必ず複数人間に伝播し、広がってゆくものなんだから

カムアウトされても「へぇー」って言える世の中を実現すべきとか

理想ばっかり掲げる人に聞きたい。

そんな世の中はいつ実現できるのさ。5年後?10年後?

それまでに何人の自殺者を出せばいいのかね?

理想社会を実現するまで多くのゲイカムアウトするように仕向け

その何割かが失敗して世を儚んで自殺すればいずれ良くなるってか?

前回のエントリについたブコメでこんなのもあった。

同性愛のことは理解しないで良いからほっといてくれ、

ってそれは弱い立場であることを盾にした傲慢だよ。

マイノリティであれ、その社会の中で生きてるだろ。』

放っておいて欲しいことが傲慢

社会に生きてるんだから自分達は受け入れる腹づもりもあるんだから

さっさとセクシャリティを吐き出せよ、マイノリティですって言えよ。

オラオラどうしたんだよってこと?一体どちらが傲慢なのかね。

マイノリティを受け入れる社会ってのは

「個人のセクシャリティを気にしない社会」であって

表に出す必要もないと感じてる人からまでも

半ばレイプ的に引き出させる世の中ではないでしょ。

「私は理解あるつもりよ、さぁ!胸の内を語ってちょうだい」と言われて

「そうですか」と喋り始めるゲイはおそらくそんなに多くない。

そういう善意には必ず胡散臭さが潜んでいるものだということを

嫌というほど経験しているから。

残念ながら亡くなってしまったけど

ゲイビデオ界には真崎航っていう大スターがいた。

彼には彼氏がいて、時々揃ってメディアにも露出していたけど

いわゆるオネェタレントのような活動はしなかった。

本人がその気にさえなれば男性版の蒼井そらにもなれたはずだけど

彼はそうしなかった。その理由の一端はYouTubeでも語られている。

https://youtu.be/ilOa3E4U5FY?t=3m36s

「僕みたいな見た目も普通でオネェ言葉も使わなくてっていう

人間が突然テレビに出てきてゲイですって言っても分かり辛いと思うんですよ」

そう言いつつ彼のしゃべりはほんのりとオネェなんだけど、

まぁそこは置いといて話を進める。

この真崎航の認識こそが、メディアで暴れ回るオネェタレント

連れション感覚パレードに参加してるゲイ達よりも遥かに多く存在する

「隠れゲイ」の気持ち代表してるんじゃないかな。

1日24時間生きていて、ゲイでなければ生きられない瞬間なんて

少なくとも今の自分には1秒もない。

ゲイ自覚するのは、男相手セックスしてる時と

オナニーする時に見るのがゲイビってことぐらい?

ほんとそれぐらいしかないんだよ。

特に不自由を感じてもないのに、「公にできないのはさぞ苦しいでしょ?

不自由でしょ?さぁカムアウトしなさい、受け止めてあげるから」って言われても

そりゃあ余計なお世話だろって話になるじゃん。

マイノリティを受け入れる覚悟はあります」って表明する人達

結局自分理解力を誇示したいだけであって

放っておいて欲しい自分達のような存在気持ち理解しようとしない。

でも、それは親切の押し売りしかない。

いい加減、そこに気付いてくんないかな。

自分からすれば、今の「皆で認めてあげなくちゃ」みたいな風潮は

24時間テレビの醸す胡散臭さに通じてて何とも気持ち悪い。

あとさ、「マイノリティを受け入れる社会」って簡単に言うけど

マイノリティってホモレズだけではないからね。

ホモなんてのはマイノリティの中ではまだメジャーなほうであって

じゃSMスカトロロリコン人達が「私達も受け入れて」って来たらどうすんの?

全て「多様な性」として受け入れる覚悟あんのかね?

「俺、男が好きなんだ」も「俺、ウンコ食べたいんだ」も

セクシャルマイノリティってことに関しては同じ。

チンコ好き」と「ウンコ好き」を等しく受け入れられる人ってどれぐらいいるかね?

「まだゲイならいいけど、スカトロ・・・」って思う程度の見識なら

二度とこの手の話にクチバシを突っ込まないで欲しい。

http://anond.hatelabo.jp/20160809154924

天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま」を抜いた場合には、確かに「摂政を置いて死ぬまで天皇を続ける」と読めるんだよな。放送を流し見してるだけなら聴き漏らすことは十分にありえることで、別に理解力問題ではなさそうに思うが。

2016-08-08

http://anond.hatelabo.jp/20160808161109

そりゃハイコンテクストに決まってるわ

声明出すか出さないかでこれだけもめてるんだぞ

普通、言いたいこと言うだけで「いつ気持ち言いますから」ってニュースにはならんだろ…

象徴である以上、もめそうな単語をつかったり、政治的わずかでも影響がある表現ダメだし

指示・恣意的発言もできないわけだから

全方位に気を使った文章になるわな

から最初から日本語理解力足りてないって言ってるだろ

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