ネットでは日々様々な議論が行われているが、アウフヘーベンまで昇華しているものは稀で
ほとんどが、それぞれの主張をして、自分だけが正しいという信念を持ったまま何も変わらずに終わり、
なぜネットではそのような不毛な議論が行われるのだろうか。今回はそれについて書きたい。
「ヤバイ」という言葉はシチュエーションや言い方によって幅広い意味を持ち、人によって解釈の幅がある。
にもかかわらず、ネットでの議論はこうした言葉の定義に厳密さを求める姿勢が少なく、
それぞれが自分なりの解釈、時には都合のいい解釈やレッテル貼りをすることで議論がかみ合わなくなる。
そうした結果、相手をバカと認定することになり、各々がバカと過ごすのは時間の無駄と結論づけられる。
例えば「青森」という単語を出したとしよう。それは青森県全域を示しているに他ならない。
しかし、人によっては「青森=東北」と解釈し、東北という意味で捉える。
青森はりんごがおいしいよねと話していても、そうとは限らないとか、きりたんぽの方がおいしいなどという答えが返ってくる。
また、その抽象化した概念に関連したレッテルに置き換わることがある。
「青森=東北=福島=原発」くらいまで飛躍してしまう人もいる。
青森の話題を出しているのに、東京電力が!放射線が!という突飛な単語が出てきてびっくりすることもあるだろう。
彼らにとっては「言葉の厳密さよりも、自分がその言葉から何を連想したか」の方が重要で、それがその言葉の本当の意味になってしまっているだ。
これが、実態を持たない形而上の議論というのはこういうおかしさを確認するのがむずかしくなる。
例えば一橋自殺の事件に対するコメントでも、ゲイに対するそれぞれが持つレッテルや常識が客観的な議論を妨げている。
彼らの中での常識に反している=異常=排除すべき のような流れになっていることも少なくない。
彼らは言葉の定義や自分たちの解釈の「揺らぎ」について把握しようとしない。
指摘をしたとしても実態をともなわないため、図で示して明確にまちがっているということを表現しづらいのだ。
ネット上では愛知県を東日本と考えている人と西日本と考えている人がその違いを把握しないまま、東日本の県の数はいくつなのに
あいつは数も数えられないのかと憤慨しているのだ。
しかしながら、こういう「揺らぎ」を理解しようとするものは少数派だろう。
そもそも「定義付け」なんてものは現実世界の日常会話で行ったら気持ち悪いと思われるのが関の山だ。
ネットとリアルの境界線が曖昧になった今、そんなことをしようものなら気持ち悪いやつというレッテルを張られ、
「定義付け」自体も気持ち悪いやつの行う気持ち悪い行動となり、
彼らをまともな議論に導くことは困難になるだろう。
結局、授業でディベートなどを導入し、言葉の「揺らぎ」を自覚させ、定義付けの重要さを頭がこり固まる前に刷り込ませるしかないのである。
それまでは、ネットでの議論なんてものは不毛で、一部のまともな人の間でしか生産性を持たないのである。
ーたけを
そもそも「定義付け」なんてものは現実世界の日常会話で行ったら気持ち悪いと思われるのが関の山だ。 ネットとリアルの境界線が曖昧になった今、そんなことをしようものなら気...
そう? どんな世界を生きてるか知らないけど、偏差値60の大学でもそうだったよー。 残りの80%以上の人々なんかもっとその傾向強いんだろうと思うけど。
このことに関しては偏差値より年代で分けたほうがいいと思うがな。 まあ、年代もクリティカルではないけど他に分けようがないし。 日常会話で「その言葉の定義はなに?」なんて言わ...
こういうのは伸びないんだなー
311より前はだいたい六ケ所村の時に反原発が増えたので、青森は福島とは違う意味で原発の象徴だよ。
「青森の雪を沖縄に運んで雪遊び」というニュースの時に「放射線が!」って騒いでた反原発はそこまで深くは考えてなかっただろうね
こういうのがまさにそれだな 主題ではなく、例えの中の一言に反応して話題を変な方に逸らしていく 対面して議論していれば途中で他の人から止められるけど、ネットだと1人で一方的...
お前元増田じゃないよな。それは定義問題とは別の話じゃん。
日々起きるプチ炎上やネットリンチ、匿名を悪用した誹謗中傷。 このあたり読んで感じた http://anond.hatelabo.jp/20160819130910 http://anond.hatelabo.jp/20160819163709 ネットの免許制 という話題...
例えば「確信犯」 相模原の事件を「確信犯」と評する意見に、言葉の使い方を間違ってないか?と思い辞書で調べたら、間違っていなかった。しかし「悪いことではないと確信して行...
不毛なのは世界一議論に向いてないクソ言語日本語を母語としてるジャップだから、これが答え