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はてなキーワード: ユートピアとは

2014-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20140412031804

迫害を受ける側は、迫害してくる人や社会を極力避けながら、迫害を受けていることを表現し続けるしかない。

つの日か迫害する側が理解を深めて迫害していることを自覚し行動をあらためたり、

第三者理解することで迫害側をいさめたり被迫害側をケアしたり、そういった解決への流れが生まれるまで、ただただ表現し続けるしかない。


迫害を受ける側になんらかの理由・問題があったとしても、「迫害」という行為は、迫害する側が一方的に悪い。

迫害する側は、迫害以外の手段でその問題を解決すべき。


もし迫害する人・社会のないユートピアがあるならそこに行くのが一番いい。

それが困難なら、訴え続けるしかない。「私はこういうもので、こういう気持ちで、こういう状況です」と。

どうしようもないと、あきらめて隠れたり、なかったことにしたり、何もいわず我慢したりするのは、(ときには必要でも、)ずっとそうするのは得策じゃない。


皆で優しい社会にしていけますように。

2014-04-04

崇高で理想的精神論啓蒙しているサイトによくあること

ありのまま自己受容」で会社組織で生きていけるものなんだろうか。

世間を離れた隠遁生活みたいなのをしている人が、よく「本当の人間関係とはこうあるべきでどうこう」という理想論を、ネット上でホームページなんか自力で(こういうタイプに限って出来合いのテンプレートを使わずweb1.0みたいなサイトである。)作って、とくとくと説いたりしているけど。

そういうサイトは、どんどん話がスピリチュアルで崇高な領域に行っちゃって、俗世間会社組織ママ友だののしがらみの中でもがいてる人をおいてけぼり

独身で何のしがらみもないところで、会社にも勤めず、一人で生きていくならそれでいいんだろう。

ある意味そういう生き方を割り切れない弱さのある人たちには、あんまり参考にならない。

ちょっとした慰めにはなるけどね、そういうユートピアな人も世の中にはいるのかもって。

2014-03-02

ビットコインの採掘で一攫千金狙おうと思ったのだけど…

換金所が一カ所だけ停止した事もあってすっかりキャズム死語)越える直前までやってきたビットコイン。調べれば調べるほどおもしろい。

とにかく000.1でも入手出来れば増やす事は出来そうなので方法を探ってみたら手っ取り早いのが「採掘をする」と言う方法。つまり自分コンピューターで製造する事が出来るのだ。P2P技術を使っているため元締めなどはいない。ただただ通貨使用者自由意志に則って成り立っていて「紙幣なんかより複製するの難しい。っていうか出来ない」という、ほのぼのとしたユートピア感覚ちょっと面白いなと思った。

ビットコインが出回る総量というのは決まっているので年々採掘の数量は減ってきているのだとか。

例えば2年間ぶっ通しで(24時間フル稼働)スーパーコンピューターを稼働しても25BTCほどが関の山ではないか?と言うのが一般的な論。これは真面目に働いた方がよほどいい。電気代などなどバカにならないのだから

しかしこんな事、どうして始めるんだろうか?

これから先、ビットコインの総量が出尽くしたとき。どうなるんだろう?

複製出来ないという事は特定も簡単だという事であるビットコインというものがどういうプログラムで出来ているか知っている人ってのは開発者くらいなんじゃないだろうか?でなければ幾らでも何でも出来る。

その時に我々のコンピューターが起こす連鎖で何が起こるんだろうか?

以前ほどのバブルでもないらしいこの通貨。やっぱり謎が多すぎる。

2014-02-25

あのころ、僕らが夢見た、はてな

深夜、あてどなくファンタシースターオンラインを周回しながら何度も聞いた音声ファイル

東浩紀鈴木健飲み会

http://jkondo.hatenablog.com/entry/20060227/1141080969

じぇいこんタイトルコールれいこんがバックで歌い、飲み会は始まる。

これからインターネット、僕らのインターネットについて、どんどん話は進む。

第一の話題「完全なロボットよりも一部人間サイボーグの方がくるんじゃないか」

背景であずまんの娘が叫んで音声が何度か聞き取りにくくなる。

あずまんがいつものように不用意に鈴木健をいじって微妙空気になる。

認知限界について、スルツカヤについて、嫌韓について、情報障壁について、話は進む。

じぇいこんは考えている。世界もっと自由になるべきだ。

優秀な能力インターネットシェアし、人々は幸せになる。幸せにさせる。

そういうものが、これから自分仕事なのだと夢見ている。

あずまん人間能力能力構造社会構造限界からそんなに単純じゃないんだよと嗜める。

あずまんがインターネット世界平和にできるって言ったの、覚えてる。僕、それ最終目標だと思う」

じぇいこんは言う。あずまんは、あずまんにしては丁寧に人文学スタンダードを持ってしてじぇいこんを嗜める。

あいかわらず、偉そうなしゃべりでムカつくけど、じぇいこん鈴木健もそんなあずまんが好きだから黙って聞いてる。

しろで、しなもんが吠える。しなもんは確かに吠えて、そこにいたのだ。

政治構造について、戦争について、国家について、平等について、僕らのインターネットがどうあるのか。

話は進む。どんどん進む。ワインコルクを開ける音。

あ、わんわんワールドの話。れいこんわんわんワールドの説明をしている。れいこんは確かにはてなにいたのだ。


あずまんがインターネット世界平和にできるって言ったの、覚えてる。僕、それ最終目標だと思う」

日本国から、どうやって独立しようか、考えてる」


インターネット世界平和にするんじゃなかったのかよ、はてな

日本国から独立するんじゃなかったのかよ、はてな

トップページをおしゃれにして人間承認欲求を飾っててなんになるんだ。

ブログスタイリッシュにして、日本国から独立できるのか。


ポッドキャストから、あんまりいいたくないけど、人類の99%は救いがたく馬鹿なんですよ」

あずまんが言う。

違う。99%はまともな人間なんだ。1%クレイジーあなたたちなんだ。

インターネット世界平和にするのは頭がおかしことなんだ。

日本国から独立しようとするのは頭がおかしことなんだ。



でも、そこに僕らはブックマークだよ。心の底からブクマしたよ。




なあ、トップページをおしゃれにして人間承認欲求を飾っててなんになるんだ。

ブログスタイリッシュにして、日本国から独立できるのか。

そんな、まともなインターネットサイト運営する無難な男は、

休日に息子を公園に連れて行くべきなのだ。妻と死ぬまで手を繋いでいるべきだったのだ。

インターネット世界平和にするんじゃなかったのかよ、近藤淳也

日本国から独立するんじゃなかったのかよ、近藤淳也

しなもんの墓から骨を暴いて細い管に詰めろ。酸の海に沈めろ。万能細胞の開花で復活させろ。

それで今の全てがあのころの全てに戻るのなら、近藤淳也はそうすべきだ。

天皇京都に奪還して新日本設立すべきだ。

はてぶ&ドラゴンズ承認餓鬼どもにブクマガチャをぶん回させて、南国に島を買え。

そこにユートピアを作れ。



インターネットで、世界を、平和にするんじゃなかったのか?

インターネットで、自由になるんじゃなかったのか?

巨大化していく組織にありきたりな悩みをソリューションするような男は、

そんな、まともなインターネットサイト運営する無難な男は、

休日に息子を公園に連れて行くべきなのだ。妻と死ぬまで手を繋いでいるべきだったのだ。




あずまん原発思想の問題となりうるとしている。

それが、なんらかの、人類にとって、なんらかの、それはたとえば世界平和に繋がるのかもしれない。

からない、全く最近あずまん意味不明だが、クレイジーしかいいようが無いが、面白いよ。

近藤淳也が望んだ「最前線、ど真ん中」で戦うあずまんだよ。



近藤淳也、何をしているんだ。

しなもん最後のお別れにうんこを捨てたって、なあ、馬鹿じゃないのか。

なぜ、そのうんこをほっそいほっそい管に詰めないんだ。酸の海に沈めないのだ。

今すぐ3万円を握りしめて平民金子と女を買いに行かないのだ。(http://d.hatena.ne.jp/heimin/20080918/p1)

あのころのように、あのころのように。





さあ、今、近藤淳也は、再度目覚めるべきだ。

近藤淳也は、はてなは、世界平和を目指すべきだ。

あのころ、僕らが夢見た、はてなを取り戻すんだ。

2014-01-02

安定を求め過ぎると凶暴になりやす

 就活してた頃、安定した公務員仕事につけ!と鬼のような顔をした母親に何度も説教されたが、やりたいことがあったので技術職の会社員になった。

 同世代の友人からは「まあ俺も昔はやりたいことで有名になれるとか思ってたわ」と恨めしそうな顔で何かと説教してくる。

 会社経営困難に陥って首切りを始めた時、今まで親しげに話しかけてくれた先輩達が豹変し、「いつ会社やめるの~?」「俺は歳いってるし扶養家族がいるんだよなあ」と事ある毎に嫌がらせをしてきて、結局その会社は辞めた。現在俺は違う会社でやりたいことを続けている。

 何かにつけてやたら安定安定と口うるさく言ってくる人間ほど凶暴な奴が多い。これはある意味カルト宗教信者に似ている。まるで安定教の信者布教に走っているようだ。安定という絶対的正義存在してると思い込み、歯向かう者を「何も分かってない可哀想な人間」としてバッシングする。

 今の社会に一昔前の終身雇用的な安定などもう存在しない。そんなことは頭のどこかでは分かっているはずだ。しかし彼らは未だに過去ユートピアがどこかに存在していると思い込んでいる。

 「安定など存在しない」という事実に直面した時、恐怖で現実直視出来ずに凶暴になる人間と、心理的に楽になり逆に自発的に動く人間がいる。

なーんだ、最初から安定なんか存在しないのね、だったら不安定に陥る恐怖なんか最初から抱かずに済むし、これ以上堕ちることもないんだから何も気にせず色々チャレンジできるじゃん、と考える人間。

 人は「安定」という幻想があるからそこから逸脱する恐怖を感じる。「安定」という幻想なんか捨てちまえ、その方がかえって気持ちは楽になる。

2013-12-18

http://anond.hatelabo.jp/20131218132210

それはやっぱり時代に逆行してるよ。

中絶の禁止を謳ったルーマニア独裁者は、本来生まれてこないはずだった貧しい若者達に殺されてるんだけど、それは置いておいても、やはり中絶は一つの選択肢権利としてあるべきだろう。

あの、どうしたいのかは知らんけど、子供増やして貧国の仲間入りをしたいって議論だっけ?

ディストピアとは、ある程度の豊かさの上に束縛があって初めて成立する、ユートピアの裏面だけど、存在もしないモノの権利まで気にかけちゃう社会崩壊ちゃうよ。

2013-12-04

特定秘密保護法案を議論するための二つのお願い

前もって書いておくと、「特定秘密保護法案」については、新聞報道ネットで流れていることなどを見聞きしている程度で、条文は子細に読んでいません。なぜなら、

・このような国家機密に関する法令は極めてデリケートであって、素人の手には負えない

・単なる法律家ではなく、本来は国家機密や公文書に関する法制度に通じた専門家が真面目に論ずるべき問題だ

と思うので、素人法律のことをよく知らない人間があれこれ言うべきではないと考えているからです。

しかしながら、このような重要な法令に関して、単なるウヨサヨネタになってしまっていることは極めて残念でなりません。衆議院を通過してしまった法案でもあり、今更大きくどうこうなることはないかもしれませんが、同様の事例は今後も起こりうると思います。したがってここに、個人的な考えを書いても決して無駄ではない、と信じます

特定秘密保護法案に反対する人は、おかし反対論をきちんと批判してください。

特定秘密保護法案に反対するのは結構ですが、あまりにも無茶苦茶妄想に基づく批判が目につきすぎます

国家の好きなように秘密が指定できるんだ、原発の設置計画が秘密になるならどうなるか、その果ては「近現代史研究は全て秘密指定」だという人まで出てきています

先に書いたように、私は子細に検討したわけではありませんし、その能力もありませんが、さすがにこんなことは無茶苦茶妄想だと思います

このような妄想に基づく批判は、

政治的党派を問わず、単なる扇動デマゴギーであって、許されるものではありません。

・また、なにより、このような妄想に基づく批判は、反対派の信頼性をはなはだ毀損します。

そこでお願いです。

特定秘密保護法案を本当に理解したうえで反対している人は、このような愚劣な反対論を唱える人をちゃんと批判してください」

根拠のないおかし反対論を的確に批判することによって、反対論がより全うに、強固になるものです。

仮に「同じ反対派」であるから批判しないということであるならば、その人は政治運動をしたいだけであって、批判の中身はどうでもいいのだ、ということにならざるをえません。

専門家専門家らしく論じてください

次に、法律専門家の方々に対するお願いです。

個人に対する批判ではなく、例示として出しますが、

特定秘密保護法案」の危険性について

http://togetter.com/li/595227

http://twitter.com/Juris_tan/status/405261750590660608

国家はそんな濫用はしないだろう」というのは、歴史的経験無視した、ユートピア的発想よ。国家は、法で拘束しない限り、自らの権力を濫用するわ。

このような危機感は否定しませんし、むしろ共有する者ですが、「憲法学専攻」の方がこう書いたとあってはいささかもの申したくなる部分があります

この法案に関して「日本裁判所は信頼できない」云々という意見が出ていることは承知しています。このような意見は、ごく一般の人が言うなら、理解できます

しかしながら、法律専門家が語るのであれば、いささか話は違ってきます

国家は、法で拘束しない限り、自らの権力を濫用する」

というのは先刻承知の話なので、だからこそ、司法独立していて、最後には最高裁判所が控えている、という点は、一体どうなっているのでしょうか。

もちろん、議会における議論を軽視するわけではありません。

しかしながら、「歴史的経験無視した、ユートピア的発想」とまでおっしゃるからには、次のようなことが前提とされていなければなりません。

日本おいて、司法はただ今現在、あるいは将来、まともに機能しない。

この場合、一義的には問題は特定秘密保護法案ではなくて、司法のものです。司法のものの信頼、あるいはそのような信頼できない司法を前提にしている法制度全体が問題です。

したがって、そのような信頼できない司法改革するか、法制度全体を見直して信頼できない司法でも耐えうる制度にするか、どちらかしかありません。。。そうとは言わなくとも単純に言えば、「法律家の皆さん、司法健全性を維持するためにがんばってください」というほかありません。

しかしもちろん、憲法学を専攻なさっておられる方ですから日本司法について、現在おいても、また近い将来においても、それなりに安定的機能すると想像されているものと思います。その場合、この「歴史的経験無視した、ユートピア的発想」という文言は、

「単に危機感煽りたいがための誇張」

意味しか持ちません。

このような誇張に一体どういう意味があるのでしょうか。

私は、法律専門家の方々に、このような誇張を期待しません。法学法学らしく論じていただきたいと期待します。

・・・

特定秘密保護法案は確かに大事法律だと思います。にもかかわらず、ウヨサヨネタになってしまったことで、少なくとも私は、「これほど重要な法案なのにウヨサヨネタになってプロレスをやっているということは、騒がれているほどの『危険性』なるものはないのではないか」と逆説的に強く疑うようになっています

こんなことであっていいわけが、本当はないんです。ウヨサヨネタにせずに、真面目な、きちんとした専門家の議論を経るべきだと、私は信じます。その上で、本来ならば、与野党一致して合意すべき法律でした。

そうならなかった、ならないであろうことは極めて残念です。このレベル法律が、ウヨサヨネタに堕することがないように、特に法律専門家の方々に、強く、強く、希望します。

2013-10-05

漢字カタカナを並べるとボカロ曲

ツイッターで「#漢字カタカナを並べるとボカロ曲」というタグを見かけたけど、どうしてそうなるのか分からなかった。

なので、ボカロ曲の曲名を調べて該当する曲を並べてみた

悪ノ娘

悪ノ召使

天ノ弱

裏表ラバーズ

星屑ユートピア

弱虫モンブラン

悪食娘コンチータ

人生リセットボタン

想像フォレスト

東京テディベア

如月アテンション

脳漿炸裂ガール

夜咄ディセイブ

妄想スケッチ

結ンデ開イテ羅刹ト骸

ミリオン以下

心壊サミット

恋愛フィロソフィア

電脳スキル

空中アクアリウム

文明開花ガール

忘却ロージー

脳内革命ガール

聖槍爆裂ボーイ

有頂天ビバーチェ

独房ステラシアタ

流星ハンター

泣キ虫カレシ

緑ノ娘

ウタカタ永焔鳥

自分ルール

逃走ロマンティック

三日月ライダー

他多数


確かに多かった

漢字英単語和洋折衷が今の流行なのだろうか

2013-09-03

彼女の頭が悪すぎて萎えて別れたのなら

このエントリについて。

彼の頭が良すぎて萎えて別れた

http://anond.hatelabo.jp/20130901015011

わかるような、わからないような。読んですっきりしない部分があったので少し考えてみた。

このエントリの続編で触れられているように、この話の出発点には「高学歴低学歴の世界の溝」の問題がある。

何日か前に、「低学歴高学歴の世界の溝」って増田ホットエントリしたじゃない?

http://anond.hatelabo.jp/20130809115823

そもそもの問題として、「低学歴」対「高学歴」の世界の話というのはなぜ「低学歴ポジションからの発言が多いのだろうか。それも「高学歴の世界」をポジティブものとみなして、自分所属する「低学歴の世界」をネガティブものとして演出するという態度で書かれてるものが多い。

私のいる世界→追記の記事2つあります

http://luvlife.hatenablog.com/entry/2013/08/07/221155

こういうタイプの文章がはてブを集めて多く読まれているのは、それを読むと読んだ人が心地良く感じるからではないかと思う。「高学歴の世界」の人はこういうのを読んで単純に優越感を感じる。一方こういう文章を読む「低学歴の世界」の人は、「低学歴の世界」にいながらにして自分は「低学歴の連中とは違うんだ」という意識を持っているような人なのではないだろうか。だから低学歴の世界」が「高学歴の世界」に対して否定的に書かれていることに溜飲を下げる。「低学歴の世界」を批判することで、自分がそこから離れて「高学歴の世界」に近づけるような気がするんじゃないか。「低学歴の世界」に満足している人は、おそらくこの手の文章を読んでもピンとこないだろう。

では、自分自身は、こういう文章と向き合う時なにを感じているのだろう、と思った。こういう文章を読んだ時、私の胸には優越感などの心地よく単純な感情ではなく、言うも言われぬ複雑な感情がこみ上げてくる。

私自身はおそらく「高学歴の世界」に属する人間だろうと思う。曽祖父の代から大学教授家系で、女性も祖母の代から高等教育を受けている。私は大学付属の小中高に通ったが、クラスメートの父親はおおむね医者弁護士研究者大企業勤務のどれかだった。大学に入るときは、東大京大早慶上智国立医学部までしか選択肢になかった。実際にクラスメートの大部分はこれらの大学に進学した。残りのMARCHレベルに進学した人たちが、私にとってとんでもなく「低学歴」の人たちだった。親類のなかでは東大京大以外は大学ではない、というくらいの認識であったし、私自身、ちょっと勉強すればだれでもMARCHくらい入れるものだと思っていた。この認識が変わったのは、大学に入って予備校バイトを始めた時だった。どんなに必死努力してもMARCHはまだ夢の夢という生徒が大勢いるのに衝撃をうけた。

こうして書くと自分は嫌な人間だなと思う。けれどこういった「高学歴の世界」が居心地のいいものだったかというと、そんなことはない。「高学歴の世界」は息苦しいものだ。「高学歴の世界」を定義づけるのは「今日よりも明日」だ。今日よりも明日、より良くなっていなければならない。より良く、より賢く、より豊かになっていること、それが「高学歴の世界」が求めるものである。失敗は許されない。一度失敗したものは、この日々の前進ルートから脱落し、また追いつくためには絶望的な努力を強いられる。「高学歴の世界」は失敗に敏感だ。私の両親はよく「一事が万事」と言っていた。たった一度失敗すれば、それは全て失敗したのと同じ。このスローガンに、子供の私は恐怖しか覚えなかった。遊びも教育の一環だった。教育的でない遊びは排除された。常に成長することが求められた。それは大人になっても続く。昨日よりも今日今日よりも明日、より成長して改善していること。「高学歴の世界」を統治するのはこの原理である

このような世界自分にとって当たり前だったのだが、それはまたひどく息苦しくもあった。そこには「明日」と「未来」はあっても、「今日」と「いま」はない。なにもかもが「明日のため」であるとき、いまここに生きているという感覚はどんどん摩耗していく。今、この瞬間どんなに成功していても、それを100%として認めてもらえることはない。明日さらに良くなること、明日さら成功することが求められる。それは絶え間ない自己否定でもある。この自己否定がなければ、改善も成長も望めないから。

やがて神経衰弱のような状態になって、ふとある趣味をはじめた。そこには私と同じような育ち方をした人もいれば、そうではない人たちもいた。このとき私ははじめて「低学歴の世界」に触れたのだと思う。その「低学歴の世界」のひとたちは、多くが高卒で、男も髪を染め、女性ミニスカート露出の多い格好をしていた。タトゥーを入れている人もいれば、道端でケンカをする人もいた。この仲間のなかに入って、私ははじめて「今を楽しむ」ということを知った。お酒を浴びるように飲んで、馬鹿な話をして、大笑いして、そういうことをしても、明日のためにはならない。明日に残るのは、二日酔いだけだ。けれどその瞬間は、ものすごく楽しい。彼らは遊ぶことがものすごく上手だった。季節ごとにいつも楽しい遊びを考えていた。バーベキュー花見キャンプスノーボード。「今、この瞬間を楽しんで生きてもいい」ということを知ったのは、自分人生が大きく変わるほどの体験だった。

こういう経験を通して考えてみれば、「うちらの世界」の価値観も理解できる。「高学歴の世界」は未来の為にという価値観がとても強い上に、一度失敗するとその損失を取り戻すのが非常に困難であるという認識を共有している。彼らにとって「バイト先での醜態を公衆に晒すこと」は大変な過ちでありなんとしても回避されるべきものである。一方「低学歴の世界」にとって大事なのは今この瞬間である。今この瞬間を楽しむことが何より大切でなので、その行為未来にもたらす影響は考慮しない。今、バイト先の飲食店食材おもちゃにすることが楽しくて、目の前にいる友人を楽しませることができるのであれば、そのことがなにより重要なのだ

明日のために生きること」と「今を思う存分生きること」は、本来両立しうるものであるけれど、どちらかにかたよるとそれぞれ問題をひきおこすのだなと思う。自分の生きてきた世界のことは、みなよく知っている。だからこそあらも見えるし、別の世界に憧れもする。それはもちろん幻想なのだ。どの世界にも光と影がある。ユートピアはいだって「どこにもない場所なのだ

さて冒頭の「彼の頭が良すぎて萎えて別れた」というエントリーであるが、これを読んで再びなんとも言えない気持ちになった。この人はなぜこんなに彼との間に線を引きたがるのか、そこに溝を認めたがるのか。なぜそこに溝を認めた上でそれでも相手を受け入れることができないのか。この場合、二人の間にあるのは「学歴の溝」ではなくて彼女の方のコンプレックスなのだと思う。自分が手に入れたくて仕方がないものを、もう自然にもっているように見える相手への嫉妬なのだろう。けれどそれは「毎日より良く」という価値観のなかで研鑽されてきた結果なのであって、同時にそのなかで切り捨てられてきたもの存在するのだと思う。そういう自分が切り捨ててきたもの恋人に求める気持ちが、私にはよく分かる。私が強く惹かれるのは同じ世界の人ではなくて、別の世界の、ある種の「生きる智恵」を持っている人だ。多く笑い、気楽で、今を楽しむ人だ。この話で、彼は彼女にたとえばそういう魅力を求めていたのかもしれないのに、紋切り型階級差を持ちだして自己完結する姿になにか割り切れないものを感じる。

一方で、このエントリーで語られている話自体がすでに紋切り型のものであるとも言える。語り口が現代であるというだけで、話の中身は明治時代からでもありそうな話だ。とりわけ語り手を男にしてみると、既視感が強くなる。身分差のある恋をした男が、バックグラウンドの違いを感じて、女を捨てる。「彼女の頭が悪すぎて萎えて別れた」と男が語る。あるいは女が男を思って身を引く。でも私達が生きているのは現代日本だ。好きなように生きればいい。相性が悪ければ別れればいいし、よければ付き合えばいい。けれど「高学歴」「低学歴」という単純な構図に当てはめて自分生き方を縛るのは、愚かなことだと思う。自戒を込めて。

2013-09-02

anond:20130901033009

ぐう正論

 

でもまあ、これからはそういう社会になるんだよ。クールjapanから

というより、一次~三次産業のオートメーションで人手のいらないユートピアにもうなっちゃってるから

法律が全文漫画になってももうおどろかねえ!

2013-08-19

下手にユートピア思想をもってると

他人に対し、掃除夫とか工場で働いた経験がありそうですねという言葉は、一般的に見て失礼に当たるらしい。

それは職業に貴賤があることを前提にしているわけだ。

でも別にそういう仕事をしているからってどうってことないという発想で言うと失敗する。

要は差別観を取り入れることで、失礼にならない言葉遣いができる。

デブじゃないですね、ブスじゃないですね、そんな仕事は似合わないですよね…

変にユートピア思想を刷り込まれて育つと(人はみんな平等、貴賤なんてない、色眼鏡で人を見ちゃいけないなど)、変人無礼者常識知らずの厄介者になる。

2013-06-27

ブロガー死ねといわれたがっている

ネット炎上自殺問題が騒がれてて、きょうもえさんとイケダハヤト氏と周辺がもみ合っていて、どうしてこう遺産相続問題みたいにみんな負の遺産を皆で押し付け合いたがるかなーとも思う。

実際こんだけ騒ぐのは理由があって、多分皆できることなら死にたいんだと思う。もとい窮屈な社会から離脱したいんだと思う。だから声を上げる。俺がもっと自由になれる世界を作れと声を上げる。

人気絶頂死にたい、注目を浴びて死にたい、でも実際は限られた理解者に見守られながら死にたい、そんな人もいたなって思われる状態をつくってひっそり死にたい

でも本当はネットの弱い連帯の中なんてくそ食らえだ。寿命死にたい家族といえる人たちもいる中で死にたい、できたら窮屈じゃない場所死にたい、綺麗な田舎死にたい、それでいて便利さと人と会える距離感のある場所死にたい

それができないからすべてネットで弱音や怒りを発散したい。賢く見せたい、ちやほやされたい。

メンヘラの方々は乖離といって、生きてる心地がしないから皆リストカットに走って、血が出ると痛いとかより気持ちいいと感じるそうだ。それから痛みに襲われて、生きてる心地を取り返すのだという。

しかしたらブロガー死ねといわれて、それに反論することで自分の生きる理由が見つかると思ってるのかもしれない。死ねといわれてそれに傷つくことで自分が生きたいと思ってるんだと実感したいのかもしれない。そうして実際に死ねといわれても特に傷つかなかった自分を見て少しショックを受けているのかもしれない。死ねといわれてじわじわ呪いのようなもの自分の身体に侵食してくるのを感じて気持ち悪いのかもしれない。死ねと言われても死ぬことができなかったので他人に死ねと撒き散らして不穏分子を排除して自分ユートピアを作りたいのかもしれない。加藤か。

電子書籍が普及して、ブロガー出版する事例がどんどん増えてきて、もしかしたら目立つことでワンチャンしたいのかもしれない。だれかがたくさんのイナゴの中からバッタを選び出して、家の広いゲージに飾ってくれるかもしれない。みんなそんな目立つピンクバッタになりたいのだ。

2013-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20130606201216

基本になってるのが家族から

いっそ婚姻家族も廃止すれば効率的社会が生まれるのかもな

子どもシェルターにあつめて育てればいいし、社会からのはみだしものは施設行きで面倒を見ればいい

女性健康診断の結果で義務付けられた妊娠出産すれば、SF的な未来の到来

ユートピアディストピアかはわからん

2013-06-02

妄言

http://kirik.tea-nifty.com/diary/2013/05/post-d264.html

ほぼ全面的に同意で、ここから派生して結局クールジャパン構想は最終的に文化侵略の体を為さなければいけないだろうと言うが持論。

人類兄弟真実はいつも一つというのは夢物語で、少なくとも文化道徳というのは人々が経てきた歴史生活スタイルによって異なる。

だので、某カード屋さんの首魁で某ブロッコリー創業者の人も言ってたように、クールジャパン政策は本質的には「生存圏」を拡大するというどっかの大東亜共栄圏構想もかくやの大事業だろうと思われるわけです。

そりゃABCD包囲網も辞さないわけですよね。

で、これがいやなら文化鎖国をしなくてはならないのだけど、これはおそらく将来的な日本外貨獲得プロセスにおいて非常に大きい痛手になりかねない。

基幹産業はおそらくアベノミクスTPPを以てしてもかつての栄光を取り戻せないまま没落の一途を辿ることが火を見るよりも明らかな今、我らの希望は人的リソースさえあればゼロからいくらでもチャンスを生み出せるコンテンツ産業しかないわけです。

この海外進出の芽を潰してしまうのは非常によろしくない。

では政府的にはどうするか。

一番根本的かつ実効性が高い方法は積極的に国家機関コンテンツ制作に積極的にコミットして、完全に浄化してしまうこと。

それがいわゆる昨今の表現規制の流れであるわけです。技術はそのまま魂には死んでもらう。だから実は昔の表現規制問題とはちょっと論点が違うんですよねたぶん。

外圧と自身の世界国家戦略根底にあるので、今まで以上にお役所は躍起です。で、おそらく世論もこれに乗っかかりやすいでしょうから巨大な流れになる。

世界官民共同、夢のオールスター体制爆誕。悪夢だ。

じゃあ我々HENTAIアニメ漫画ゲーム大好きっ子はどうすればいいのか。

一つは本当にこいつらに向かって文化闘争を仕掛ける。孤立無援。敵はセカイ。なんて厨二病

といってもそいつは無理な話なので、もうちょい現実的に行くと、国家ゾーニングの徹底。

すなわち、HENTAIコンテンツを見せない、持ち出さない、持って行かせないという非HENTAI三原則でございます

物理コンテンツに関してはご禁制品のごとく徹底した検閲を各税関で行い、これを没収。この際技能取得者の海外渡航も禁じて技術漏洩も防ぎましょうか

ネットではHENTAIコンテンツを集中させた上で海外アクセスを完全に遮断する。

その上でお上が認定したいい子ちゃんコンテンツ海外に持っていく。検閲と事前抑制の禁止?知るか。

パンチの足りないコンテンツで禁断症状を発症したGAIJINさん達は日本に来ていただいてそのまま永住していただきましょう。移民万歳

こうして出来上がるTHE・ユートピア最後のエデン。盛り上がる経済日本HENTAIアニメで救われたのであった。

ビバ・クールジャパン

2013-05-29

まねして本の紹介 その1

http://yuma-z.com/blog/2013/05/student_books/ という人のエントリを見て、自分も(学生じゃないけど、)読んで楽しかった本をまとめてみたくなった。

この長い本の紹介を読んで、読んでくれる人や、ほかにおもしろい本を紹介してくれる人が続いてくれたら自分はうれしい。まだ微修正中で、加筆・修正するかもです。

これから紹介する本の順序について、あまり意識していないけれど、なんとなく読んでいる人が多そうな順。下に行くにつれて、読んでいる人が少なくなっていくと(書いている自分は)予測してます

このエントリで紹介するのは以下の本です。つづきは http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で。

火車

宮部みゆきさんの小説。一人の女性が婚約後にいなくなってしまう。主人公はその女性の捜索を頼まれて、懸命に消息を追う。そして、調べていくうちに、現代資本主義社会の底しれぬ闇が見える――。

とても有名な作品で少し前にテレビドラマにもなったようだ。物語の始まりが冬の寒い時期のせいだろうか、自分は冬の時期に読みたくなる。三日間くらいで読了できるとおもしろさが持続すると思う。

読まれる方は、Wikipediaのあらすじにネタバレの要素があるので注意されたい。Amazon書評にも、ややバレる要素があるかな。この小説についてはあまり詳細について語ると魅力が半減してしまう気がする。読まれる方はできる限り事前の情報収集を避けて読んでください。

フェルマーの最終定理

1995年にそれまで350年にわたり証明されなかったフェルマー予想が証明された。そのフェルマー予想をテーマにしたノンフィクション。著者はサイモン・シンさん。翻訳は青木薫さん。

著者のサイモン・シンさんはこの後紹介する「ビッグバン宇宙論」においてもそうだが、説明がとても丁寧だ。わからないことを教えてもらおうとして、わかっている人に聞いたときに下手な比喩でたとえられて、全くわからないという経験をした人は自分以外にも大勢いるだろう。サイモン・シンさんの比喩はわからないという気にならない。なぜなのだろうか。

数学テーマにした本なので、数学が嫌いな人は手に取ることもないかもしれない。しかし、そういう人もぜひ読んでみてほしい。というのも、この本は数学の「問題そのものを解く」ということが主題ではないから。むしろ数学の問題はどのように生まれるのか、それを解こうとして350年にわたり数学者たちがどのような試行錯誤を続けていったのか、そのもがき苦しんだ歴史の本だからだ。

海外の本はしばしば翻訳調とでもいうべきか、文が堅く読みにくい感じがすることもあるけれど、この本はとても翻訳が丁寧で読みやすい。青木薫さんのすばらしい仕事だ。

自分は単行本ハードカバー)で読んだ。文庫版だと新しい翻訳者あとがきなどがついているかもしれない。

一九八四年

ジョージ・オーウェルが書いた小説ユートピア物質的・精神的に豊かになる、健康長生きできるといったような人間社会幸せで良い方向に向かう社会小説の反対、ディストピアを描いた小説

ここまで暗く描かれるとむしろ読む方の気分は明るくなるような、そんな気にすらさせてくれる小説。ただし、それは読後の感想であって、読んでいる最中は暗いままだけれど。

村上春樹さんの1Q84はもしかしたらこの小説に関連があるのかもしれない。今ググったら、どうやらそうらしい。自分は村上さんの方は読んでいないので何も言えません。(すみません

この小説が書かれた時期も意味があるし、この小説の中で登場するニュースピークという言語体系の設定は、そもそも言葉とは何なのかを考えるきっかけにもなるだろう。

火車と同じくWikipediaはあまり見ないで読み始めた方がよいだろう。

将棋の子

大崎善生さんの小説純粋小説というよりも何割かはノンフィクションかな。

自分は将棋のことは駒の動き方くらいしか知らないのだが、羽生善治さんやほかにも何人かくらいは将棋指し(棋士)の名前を知っている。この棋士の方々は、奨励会という将棋プロ養成する機関の中で勝ち上がってきた人たちだ。勝ち上がってきた人は晴れて棋士になるわけだが、では、「敗れ去った人たち」はどうしているのだろうか。その人たちをテーマに据えた小説だ。

この小説はけっこうずしりとくる。最初に挙げた宮部みゆきさんの「火車」は小説範疇ということもあるせいか、なんとなく怖さを感じることはあるが、現実的な切実さ、哀しさまでは感じないかもしれない。この「将棋の子」は、何かを一生懸命やってうまくいかなかった人の哀しさがよくわかるし、そういう体験をしてきた人(あるいは今そういう一生懸命何かに取り組んでいる最中の人)にはこたえるものがある。

冗談でしょう、ファインマンさん

ファインマンというアメリカ物理学者自伝エッセイ集。著者はリチャード P. ファインマンさん。翻訳は大貫昌子さん。この本もすばらしい翻訳だ。

エッセイ集ということもあって、好きなタイトルから読み始めることができる。エッセイ集なんてつまらんだろう、などと思っている人は読んでみてほしい。物理学者とは思えない言動の数々と、物理学者からこその言動が少々。そして、その間に驚かされるような洞察が垣間見えるのだ。場合によっては論語みたいな読み方もできるかもしれない。

全般に明るく楽しく描かれているけれど、これは意図的なものだろう。第二次世界大戦のロスアラモ時代には、自分の心にとどめるだけの悲しい出来事も数多くあったのではないか、と自分は想像している。

最後の「カーゴ・カルトサイエンス」の節はできれば最後に読んでほしい。この節だけは特別だ。物理学がわかれば、もっとファインマンさんのことをよく知ることができるのだろう。それができないのは残念だ。

プー横丁にたった家

プー横丁にたった家」は「くまのプーさん」の続編だ。「くまのプーさん」というと、単なるハチミツが大好きな黄色っぽいクマだと自分は思っていた。そうではなかった。

この本は子供向けの童話だと思われるかもしれないが、読んだことのない大人の方も読んでみてほしい。自分も大人になってから読んだ。著者はA.A. Milne。翻訳は(童話ジャンルでは高名な)石井桃子さん。

プーさんはもともと、著者が自分の息子に聞かせるためのお話だったようだ。こんな話を子供時代に聞かせられたらすごいことだ。

ところどころでプーさんが代弁する著者の考え方は、Amazonレビューにもかかれているけれど中国の思想家のような、どこか超然としたところがある。このクマがほかの動物たち(と一人の子ども)に向かって話しかける姿が良い。それとプーさんと行動をともにするコブタピグレット)が健気だ。自分は大人になってから読んだせいか、出てくる動物たちの役割に目が向いた。すなわち、物語の筋よりもおのおののキャラクター人間のどういう面を強調したものなのかを考えてしまいがちだった。子供の頃に読んだならば、もっと無邪気な読み方ができただろうと思う。

ビッグバン宇宙論

サイモン・シン氏の2作目の紹介になる。翻訳も前に紹介した「フェルマーの最終定理」と同じ青木薫さん。(本自体は「フェルマーの最終定理」→「暗号解読」→「代替医療トリック」(共著)→「ビッグバン宇宙論」、で四冊目だ)

大人になるにつれて、子供の頃に「なぜだろう」「どうしてだろう」と単純に不思議に思えたことへの興味がだんだん薄れていくと思う。すくなくとも自分はそうだった。どうして鳥は飛べるのに人間は飛べないのだろう、なんでお風呂に入ると指がフニャフニュになってしまうのだろう、どうしてテレビは音が聞こえたり絵が見えるのだろう、泥だんごはうまく丸くなってかちかちに固くなることもあるけど、そうでないこともあるのはなぜだろう、カブトムシはかっこいいけど、クモはすこし気味が悪いのはなんでだろう…、などなど。

そういう疑問の中で、人間がずっと追いかけて考えてきた疑問の一つが「この人間が生きている空間はどういうものなのか」だろう。その考え方の歴史をまとめたものがこの本だ。この本をひもとくと、この百年の間に予想もし得ないことが次々に見つかったことがわかる。ビッグバンという言葉ほとんどの人が知っていて、宇宙は一つのから始まったと言うことは知っているだろう。意外に思えるけれど、今から百年もさかのぼれば、ビッグバンという言葉すらなく、そう考えている人も科学の世界において異端扱いされていた。

宇宙論という非常に大きなテーマを扱っているため、「フェルマーの最終定理」よりも分量があって読むのが大変かもしれない。ただ、自分が読んだ単行本ハードカバー)には各章にまとめがついていて、おおまかな筋はそこを読めば追えるように配慮されていた(これはうれしい配慮だ。)文庫版のタイトルは「宇宙創成」のようだ。

読み終わったら、ぜひ上巻のカバーと下巻のカバーのそれぞれの色に着目してほしい。

モンテ・クリスト伯

今まで見てきた本を読むとわかるかもしれないが、あまり自分は昔の小説を読むことがなかった。一つには風俗文化が違いすぎて、いまいちぴんとこないからだろうか。そう思って昔の小説を読むことがほとんど無かったけれど、このモンテクリスト伯おもしろかった。著者は三銃士でおなじみのアレクサンドル・デュマ。翻訳は竹村猛さん。自分は上に挙げた岩波少年文庫版を読んだ。

復讐劇の代表的な作品だそうだ。「それってネタバレでは?」と思う方もいるかもしれない。そうと知っていてもやっぱり楽しい。引き込まれるようなおもしろさがある。

少し前に「レ・ミゼラブル」が映画になって、そちらの原作も良かった。境遇何となく似ているのだけれど、「レ・ミゼラブル」が愛の物語なのに対して、モンテ・クリスト伯純粋復讐劇だ。その痛快さ。モンテ・クリスト伯超人的な活躍が楽しい

自分はまだ一回しか読んでいないせいか、下巻の最後の方のあらすじはうろおぼえになってしまった。もう一度読む楽しみが増えた。今度は岩波文庫版で読もうかな。

喜嶋先生の静かな世界

森博嗣さんの小説。もともと「まどろみ消去」という短篇集の中に「キシマ先生静かな生活」という短編があって、それを長編ににしたものだ。

(科学系の)研究者世界とはどういうものなのかを丹念に追った小説であり、若干の事実が含まれているのかな?と思っている。森博嗣さんは某大学研究者であった(今では退職されたようだ)人で、その知見がなければ書けない小説だろう。

Amazonレビューを見たら、「自分には残酷小説だった」というレビュー内容もあった。自分は、心情、お察しします、という気持ちだ。ただ、主人公は喜嶋先生と出会えたことは僥倖だったに違いない。この小説の中で登場する喜嶋先生名言は、本家よりもむしろ心に残る。

自分の中では「将棋の子」と双璧をなす青春小説だ。

謎のギャラリー

北村薫さんが選ぶミステリーを中心とした選集。あるテーマを設定して、そのテーマの中で北村さんが編集者と対談形式でさまざまな物語を紹介していく形式だ。テーマは「リドルストーリー」であったり、「中国の故事」であったり、「賭け事」であったりと様々だ。

編集者との対談は実際の編集者ではなくて、北村さんが頭の中で生み出した架空の「編集者であるけれど、この対談がとても読んでいて楽しい気持ちにさせてくれる。いろいろな本が紹介されて読みたくなる。そういう罪深い(?)本だ。これを元に幾冊か叢書が組まれた。

その叢書の中で、自分が気に入ったのは「私のノアの箱舟」と「なにもない猫」だ。このシリーズはまだ全部読んでない。だから、気に入ったものは変わるかもしれないし、増えていくだろう。

自分は中国の故事や旧仮名遣いの本は読みづらく感じてしまうので、「真田風雲録」は読めないかもしれないなあ。

伝記世界を変えた人々 (いろんな人の伝記 図版が多く読みやすい)

海外の人を中心にした伝記シリーズ。主に子供を対象としているためだろうか、シリーズ全体として、文は平易で図や写真を多用している。そう書くとありきたりな伝記に思われるかもしれないが、装丁、ページの中の文と写真の配置の良さが際立つ伝記集だと思う。

全体として、割とマイナーな人も取り上げていたりするし、平和に貢献した人たちを取り上げている点も特徴だろう。気になった人がいたら、その人を読んでみてほしい。

星新一 一〇〇一話をつくった人

星新一は、多くの人がショートショートと呼ばれる一連の作品群で読んだことのある作家だろう。その人の評伝だ。著者は最相葉月さん。

星新一さんはその作品を読むとところどころに冷徹さが垣間見える。その冷徹さがどこから生まれたのかがわかるだろう。もともと幸せ境遇に生まれ育ったが、途中からどうしようもない災厄に見舞われるからだ。それだけが冷徹さの理由ではないだろう、ほかにもこの本を読めば思い当たる点がいくつかある。それらも書くと紹介としてはやや度が過ぎるのでやめておく。

最後の方で著者は有名な芸能人にもインタビューする機会を得て、実際に星新一さんについて尋ねる。そこも印象に残る。その芸能人はちょうど星新一さんの逆の人生をたどるような状況になっている。

自分はこの評伝を読んで、がぜんショートショートに興味を持つようになった。

リプレイ

SF小説はあまり読んだことがないのだけれど、この小説は良かった。著者はケン・グリムウッドさん。翻訳は杉山高之さん。

SFのよくある設定として、「もし過去に帰ることができるとすれば、その人の人生はどう変化するのだろうか」というものがある。その王道設定を利用して、すばらしい小説になっている。

この小説が書かれた時代1988年なので、やや風俗文化の描写が21世紀の現代と比べて現実離れしている点があるけれど、それを差し引いてもすばらしい小説だ。

まりあらすじをかかない方がよいだろう。http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で紹介する「心地よく秘密めいたところ」と全然違う話なのだけれど、自分には似たものを感じる。

自由への長い道

この本は近年読んだ中で最も良かった。

自由への長い道は南アフリカ共和国アパルトヘイト人種隔離政策)が撤廃されるまで闘った人々のノンフィクションだ。著者はネルソン・マンデラさん。翻訳は東江一紀さん。

アパルトヘイトという言葉とその意味何となく知っているけれど、それが具体的にどんなものかを説明できる人は日本の中で多くないのではないかと思う。ネルソン・マンデラさんとその仲間たちは、それをなくそうと政治活動を繰り返す。そしてその度に時の政府の激しい妨害に遭い、その結果そういったグループを作ること自体が違法になり、グループの首謀者たちは収監されてしまう。そこからが圧巻だ。

いかにしてそういう逆境の中で自分の政治信条を保ち続けるか。自分たちの仲間を増やして支持を広げていくか。そして時の権力機構に対して、アパルトヘイトの「非道さ」をアピールし、撤廃にこぎつけるか――。

仲間の反乱分子スパイへの対処国際社会へのアピールなど、常人には思いもよらない方法アパルトヘイト撤廃に向け前進してゆく。ところが、前進したと思ったら後退したりすることが何度も繰り返されるのだ。

この本はネルソン・マンデラさんがアパルトヘイト撤廃後の大統領に選出された直後に出版された本なので、結末に近づくにつれてかなり筆が鈍って、慎重な言い回しが増えていく。現在進行形のことを縷々書くと信用問題になるからだろう。それでもこの本は読んでいて楽しい

この本を読んだ人は「ネルソン・マンデラ 私自身との対話」もぜひ読んでほしい。自分もまだ途中までしか読んでいないが、より素直なネルソン・マンデラさんの言葉と考え方がわかると思う。(「自由への長い道」についての言及もある。)

ほかにも映画インビクタス」や、「マンデラとデクラーク」など、映像作品もある。後者の「マンデラとデクラーク」は「自由への長い道」と同じテーマだ。ついでに、youtubeにあった国連広報映像日本語訳付き)もリンクしておく。


つづきは http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で。

2013-05-28

『本を読まない』だけが信者アンチを生むわけではない。

http://anond.hatelabo.jp/20130528133141

おまえは校長先生かっ!

確かに読書体験そのものは減ってってる。けど活字は以前よりずっと読んでまっせ。

メールとかSNSとかで一日に何千字って読んでるはず。そこらのJKですら。

短い文から相手の意見を120%汲み取ろうと思考してるんだからとんでもない進化だと思いますよ。

でもなんで誹謗中傷がなくならないのか。

そいつ誹謗中傷してる層の問題ですかね。

かつてはインターネットおっさんの溜まり場でした。

そこそこ学のある人が好きな話題で盛り上がってました。

そこにネット普及の波で若年層が入り込んできました。

先輩風ふかせたおっさんもの一部が若者を叩きます

それに若者も反発します。

罵詈雑言が飛び交います

そしておっさんたちは別のユートピアに旅たち、若者北斗の拳よろしく廃墟のような場所で遊んでいます

それが今の状態。

価値観が違って当たり前なのです。

ましてやKOSAKUINやZAINICHIなんかもいて論争は収拾がつきません。

顔が見えないから、イライラしてたから、気に食わないから、本気で相手に伝えたいか

理由をあげればきりがありません。

しろ誹謗中傷・反論・罵倒侮辱がでない方が怖い。人間ですから罵ります

日常生活で陰ながらおこなわれてることがネットでもおきてるだけです。

さっきも言いましたけど短い文で自分の想いを伝えるのが土台無理な話でして。

日常会話における目線・声のトーン・ジェスチャーなしで100%伝わりません。

あっても伝わらないことがほとんどだというのに…

長いwwwwつかもう戦争とか宗教とか関わってきそうなwww

叩く人達ざっとあげますと『外人』『基地外』『虚栄心の塊』『器の小さい』『低能』な人たちが大体叩いてます

でも最近は気持ちなどこもってないのに息をするかのように叩く人も増えてるみたいで…

2013-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20130527135715

なんというか、「どんなに頭が悪くても困らない」のが主婦という生き方なんだね。

それは生物としては正しい生き方なのかもしれないな。どんな馬鹿でも幸せに生きられるユートピアなのかもしれない。

人間社会というのはかくも不安定なものなのだなあ、と考えさせられたよ…。

2013-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20130521001051

リスカなんかよりもっといいものがある。鼻毛抜き。痛い。やりすぎると血が出ることも。

でも傷跡は外から見えない。鼻毛びろーんはなくなる。比較的いい

・・・っていうテンプレを2chで見たことがあるぞ!

あとは「びっくりするほどユートピア」をやるんだな。オヌヌメ

2013-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20130214180339

無理しなくていいぞノータリン

責任を負うべき個人」はいかなる意味においても存在しない。

が主義主張であるからといって

その主義主張から導き出される社会像が荒唐無稽破綻しているという指摘を免れるわけではない

主義主張とは必ずしも理想論の類を意味しないし

理想論であったとしてもお前のそれが頭に花畑の咲いている人間けが唱えられる片手落ち大穴あいユートピア妄想だったことに変わりはない

自分はタチの悪い奴に絡まれたのだ」と思い込めば矜持は辛うじて保たれると考えているのかもしれないが

頭の出来具合から言ってお前は既に矜持を気にしている場合ではないことに気づけ

そうやって我が身かわいさで傷つくことを避けているからこそお前は今ノータリンなのだから

2013-01-16

http://anond.hatelabo.jp/20130116182521

ああ常に幼少期から日本全国の全ての児童生徒を暴力への恐怖で怯えさせて統制することで教育を成し遂げようというのか。

そういう思想ならそれでいいけど、頑張って政治活動して法改正してくださいね

がんばって学校ユートピアにしてくださいな

2012-12-23

単に若者馬鹿なだけ

ちょっと前までは老害みたいな奴がいるんだと思ってたが

実は単に若者が本当にどうしようもない馬鹿だらけなんだと気づいた。

老人は別に自分と同じようにやれば自分と同じように成功するなんて言ってるわけじゃない。

今の時代が厳しいのは当然だからなおさら頑張らなくちゃならないってことだろう。

にも関わらず今の若者は恵まれていた時代若者よりも努力しない。

というか、努力方向性が間違っている。

必勝法みたいなものばっかり求めている。

いい大学行ければ将来安泰とかしか思ってなかったから、そうじゃない現実理不尽だと騒いでいる。

どんな努力しても生き残れるのは一握りなのは理不尽なのは「当たり前」なのだが。

理不尽ルールでは努力する価値が無いと思い込んでいる。

一種のユートピア思想に侵されているので現実で戦う力のないどうしようもない欠陥品だ。

こういう奴らはもう救うことはできない。

もういまの若者の次の世代に期待するしか無い。

今の若者は失敗作だった。

2012-12-08

自民党改憲草案リベラルの敗北

自民党改憲草案が酷すぎだから全て廃棄しろとか言っているのが、人権のことなど何も考えていないことが分かる。この自民草案は、非常にいい面があるが、それを全く無視している。十四条と四十四条に、障害の有無と太字である十四条人権の項目での障害者差別を明確に禁止したものを「憲法において」明記したもの。四十四条は、議員及び選挙人資格での障害者差別を「憲法において」明記したもの。この障害者人権の項目を憲法で明記した草案は、実にいいものだ。


障害者人権が今まで歴史的にどう扱われてきたのかに全く無知な者たちが、この自民草案罵倒している。そういう障害者差別の者たちが、自民草案を批判しながら、「人権を守れ」など言っている笑止千万の図。しかし、自民党がここまで障害者問題に踏み込んだ憲法を出しているのは、「リベラル」に対する強烈な皮肉だ。そう言えば、安倍総裁が、障害者活躍できる社会にすると何度も言っているのを聞いたことがある。これに「リベラル」の者たちよ、何か異論があるのか?障害者活躍するのが許せないとか?本音では、「障害者ゴミクズが!」と思っている「リベラル」が、自民草案罵倒しているのか?安倍総裁難病下痢とか言って叩いていた差別主義者の本音が見える。安倍総裁難病になった自身の経験から障害者問題にも関心を持ったのか。


リベラルの敗北について、簡単に。結局、日本リベラルが衰退したことに原因がある。記者クラブでの党首討論の時に、朝日の星が共産党社民党リベラル衰退の責任を言っていたが、その通りだ。


人権概念発祥地である欧州左派を見てみると、日本左派左派ではなく、何か意味が分からない物体にでもなっている。国防軍反対と言うが、そもそも、欧州左派は軍自体を否定したり、軍自体をなくせとは言っていない。そうではなく、軍の運用をしっかりとしろと言っている。もう少し進めてみようか。ネットde真実左派気取りのお馬鹿さんが言う「徴兵制を言う右翼!」などの妄言は、毎度のこと爆笑だ。


フランス徴兵制を廃止したのは保守シラクであって、保守議員たちが中心になって徴兵制を廃止した。徴兵制の廃止に反対したのは、フランス社会党であり共産党であった。イタリアでも、徴兵制の廃止に反対したのは、共産党と緑の者たちだった。徴兵制左派が存続を求めるものであり、保守派が廃止を訴えるものである。これがなぜか。徴兵制職業軍人よりも平等性があり、国民皆兵制度による国民兵士たちによる国の横暴を止める理想を見てきたから。


http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20121208120311

oguogu 312ますアメリカでも徴兵制を復活させるべきと言っているのはリベラル民主党議員だね。貧乏の子供だけが戦場に行くのは不可しいか徴兵制金持ちの子供も行かせろと。 2012/12/08


欧州左派は、軍隊自体をなくせと言わず、軍の運用面で批判する。フランス社会党与党になれるのも、現実的に軍隊運用できる力があるからだ。軍隊の復活を唱える現実路線で欧州左派になぜ力があるのかを学び、軍隊リベラル政策の併用を図ることができれば、日本リベラル勢力も大きくなるだろう。


日本リベラル経済音痴なことも非常に大きい。欧州左派リフレ政策を唱えて戦っているにも関わらずに、日本では左派リフレ政策に意味が分からないトンデモを言って批判している。安倍総裁が言っているリフレ政策を実現すれば、必ず経済はよくなる。そうなると、左派が言っている貧困層も救われることになる。左派は口先では貧困対策を言っているが、先細りする経済政策しか言わない。


松尾匡も言っているが、松尾匡に足りないのは「欧州左翼はこんなに「防衛右翼」」という視点だ。


欧州左翼はこんなに「金融右翼」だぞ~(笑)

http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__121124.html


結局、日本では、保守派リベラル政策にさえも手を突っ込んで、支配している(歴代自民党でも保守の岸内閣での国民皆保険国民年金最低賃金法など象徴的)。社民党北朝鮮拉致でっち上げと言っていたし、共産党火炎瓶事件を起こした政党でもある。おまけに、世界左派軍隊への姿勢経済政策等でも違いすぎる。社民党共産党は、欧州社会党を「極右」と言い、共産党にさえも「極右」と言うのか。ガラパゴス左派であり、日本しか存在できない左派こそが、偏狭ナショナリズムだ。


今、現実的に尖閣中国が迫ってきている。今まで左派が言ってきた「そんなことはありえない」が、現実になった。こういうことが起こるのが、現実世界だ。北朝鮮中国核兵器日本に絶対に飛んでこないと言うことも、できない。それが現実世界だ。こういうことまで想定して考えるのが、欧州左派だ。意味が分からないユートピアを唱えるのでは意味がないことを、欧州左派はしっかりと理解している。もし核兵器日本に落とされれば、憲法草案がどうのどころではない。


あと気になるのは、自民草案を批判している者たちが「教科書にこう書いてある!」と言っていることだ。そうか、そんなレベルなのかと思ってしまう。中学高校の教科書記述はあまりに一辺倒で学説など載っていないに等しいのに、そんなもの金科玉条のように言っているのか。


この自民草案は、十一条基本的人権記述しているので、意味が分から罵倒しているのはネットde真実なのだが。今回の自民党圧勝の見込みは、株価が上昇したその効果から経済政策での安倍自民党さら追い風を吹かせた。経済政策でも、リベラルの完全な敗北だ。いくらリベラル気取りがどう言おうが、市場は正直だ。リベラルが敗北したから、自民党憲法を作ったらこうなりましたよという話だな。まぁ、社民党共産党憲法を作ったら、大企業への意味が分からない制限をして経済を思いっきり衰退させ貧困層が激増し、外交音痴等を憲法に明記して、さらトンデモになりそうではあるが。


自民党憲法草案が許せない!だからネット自民党罵倒してやる!あーーすっきりした!おしまい!」これが、馬鹿だと言っている。言っていることが分かるか?なぜ、欧州では左派国民的支持が今でも集まっているのか?これを学びなさいと言っている。国防軍程度で極右と言うのなら、欧州左派極右ですよと言っている。現実路線の左派がない限り衰退するのは、世界を見渡せば、常識だと言うのに。


ネット罵倒して満足するのではなく、欧州左派のような政党日本で作る声を上げればいい。しかし、それを言えば、日本では「自民党以上の極右政党」扱いされる。結局、左派日本で育たないのは、日本左派自体が招いたものからリベラルの敗北によって、憲法改正を実現できる政党自民党に一番ある状態になってるということ。罵倒では何も生まれないよ。躍進している欧州左派に学べば?とりあえず、憲法9条絶対固持とか言ってる時点でもうダメだが。憲法改正を絶対にするなって、それが極右だろ。日本では改憲派保守になっている。日本では保守政党革新政党なのか?

2012-10-26

http://anond.hatelabo.jp/20121026162424

そんな国にはならないし、無理にしようとすると余計に悪くなる。

思いこみ。根拠も説得力もなし。

あんまユートピア目指してもディストピアしか生まれないよ。

ユートピアなんて目指していない。親がパチンコに熱中してて子ども死ぬとか異常。

そんな事態は発生しなくて当然。

自己正当化必死だな(笑)

http://anond.hatelabo.jp/20121026151100

パチンカスを叩いてる間だけは誰も君を否定したりしないよ。

ここは、いや、ここだけが君のユートピアさ。

思う存分同調意見に飲まれ叩きやすものを叩いてくれ。

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