はてなキーワード: びろーんとは
文章見つかって大して悪くなかったので載せとこう〜10年後くらいに恥ずかしくなろうね
偏見と惰性と優越感とコンプレックスだけで慣性の法則に従い喋ってる時間みたいなのがたまにあって!そんな会話今すぐ辞めたくて暴れたいんだけどそういう時って黙ると全員何も言わないからなんか喋るしかない 自分の嫌なとこだけびろーんと開示している地獄の時間 会話って難しい 当たり障りのない会話とか、適度に自分の考えを押し付けるとか何も出来ないこわすぎ オタクの圧力って結構怖くて、自分の好きな物の話をしている時って何一つ新しいことを喋っている感じがしない。なんなら私のことも見ていない。口から推しの話を出すことに快感を覚えている人たち。私もその中の一人。自分の快感が他人の快感だと信じてやまない人たち。私もその中の一人。
最近のポリコレ良く分からないけど元々白人だったキャラクターを黒人化させる事にもびっくりだし
黒人的な容姿のキャラクターをわざわざ日本人風にするのも違和感しかない。
たらこ唇を無くしたり肌も茶黒色だったはずのチョコラブが何故かリメイク版だとホワイトウォッシュによって褐色の日本人風になっててこれは人種差別じゃないのかな。
一方でアニメ最新話ではチョコラブの過去が語られてその中で黒人グループが犯罪行為をやりまくってるという、ここの部分こそ差別的表現で偏見じみているにも関わらずカットしない。
肌の色や黒人的特徴を無くせば黒人差別に当たらないとスタッフが考えてるのであればありえない。
もしも黒人差別を助長させたくないのであれば、チョコラブの肌の色とか特徴を無くさずに強調しつつ、犯罪グループを白人とかアジア人とかを混ぜていれば良かったんじゃないかな。
少なくともリメイクに当たってポリコレを重視する事は凄く良い事だから。
原作にあったリゼルグきゅんのおちんちんびろーんをカットして女の子である可能性を示唆した場面はLGBT的にも大いにありだと思うからだ。
あれかな。ちんぽびろーんて見せるおじさんと一緒かな。オカズにした事を伝えて、キャーって反応みるまでがセットなんだと思う。
全校児童が250人程度の規模だ。
発達の遅い男児が3人いて、彼らが所属するいわゆる「ひまわり学級」ももちろん存在した。
ちなみに彼らは以下3タイプに分かれていた。
・A君
→ダウン症軽度(ある程度成り立つ会話ができる)
・B君
→ダウン症中程度?(インプットはどうやらできているようだが、日本語らしい日本語はアウトプットできない)
・C君
→発達遅れ(ある程度成り立つ会話ができる)
そして3人全員とも、私と同い年だった。
そのため運動会やら遠足やら、何かしらのイベントには必ず「彼ら3人」も一緒に行った。
小学一年時から一緒だったためか、元々の気質なのか、それとも両方か、幸運なことに(?)彼らを蔑視する子たちは同学年にいなかったと思う。
とりあえず、大っぴらに彼ら3人を差別するような子たちは誰一人としていなかった。
私としては彼らを「大多数と違う」ことに何だか不思議な魅力を感じていた。
決して貶してはならないことは前提としつつ、彼らの行動一つ一つが想定外で、ワクワクしながら彼らと接していたような気がする。
全てを素直に捉えて接してくれる彼らは、変な言い方をすると可愛くも思えた。
忘れもしない、あれは小学5年生の時だ。
5回目くらいの全体練習の際に、B君が突然女の子に抱きついたのだ。
その場にいた全員が驚きながらも男子が中心にB君を女の子から引き剥がした。
ただ、こちらの言ったことはある程度理解できる(と認識していた)。
みんなで言葉を選びながら、B君に「抱きついちゃダメだよ〜」と笑いながら注意をした。
しかしながらもB君ははその注意後からも辞められず、「抱きつく→すぐに男子が引き剥がす」というイベントが幾度となく発生した。
その様子を最初からじっくり観察していると、抱きつかれる女子に共通するある条件が見えてきた。
それは以下の通りだ。
1)B君のすぐ目の前を通り抜けること
なんというのか、太っていたり、容貌が良くない女子が通りかかってもB君は抱きつかなかったのだ。
そして私は思いついた。
「私もB君に抱きつかれたら、可愛いと認識された、ということなのではないのか?」と。
すぐに実行に移した。
小休憩の時にB君の目の前を通り抜けた。
ドキドキしていた。
「んーーーーーー!!!」という声と共にB君は私に抱きついてきた。
唇を押し付けようとしているので、急いで思いっきりのけぞった。
どうやらキスのみををせがんできたようだった。
抱きつかれた瞬間「勝った」と思った。
今考えるとかなり歪んだ認知だと思う。
抱きつかれて5秒後にはB君は男子たちに引き剥がされていた。
私は「可愛いと認めてもらえたこと」や周りで見ている限りでは分からなかった「キスをせがんできた」ことを発見できてワクワクしていた。
が、同時に恐怖も少し抱いた。
私は好奇心から「抱きつかれる可能性がある」ことを意識して行動に移し、かつ「彼が起こすであろう行動を予測できていた」。
それでも恐怖を感じたのは事実だ。
私のようなことを考えずに、突然抱きつかれた数人の女子は、心に傷を負っていたかもしれないと今では思う。
しかしながら、あの状況でB君をきちんと注意できる人はいなかった。
もしかするとみんなが見ていない場所で先生が注意していたかもしれない。きっとそうであると思う。
抱きつかれた女の子たちは表面に出して怒ったり、泣いたりは一切していなかった。
全くそのような感情が湧かない子もいるかもしれないけど、それを抑えて我慢していた子もいたかもしれない。
真相はわからないけど、責めることができずにずっと心の中で耐えていた子がもしいるとしたら可哀想だと思う。
もちろん謝罪はなかった。
そんなものは一切求めていなかったけど、まじで。
B君が抱きついたのはその日だけで、それ以降はそういう事件はなかった。
きっと先生が注意してくれたのだろう。
今ぼんやりと思う。
周囲の人からすると、私はひまわり学級の子達の面倒を率先して行う、とてもいい子だったと思う。
でもそれは心の底から溢れる善意ではなくて、彼らを知りたいという知的好奇心からだった。
データとして、検体として、彼らがどんな行動を起こすか興味を持っていた。
それって失礼なんじゃないかな。
そして今もそういう感情は常に持ち合わせている。
突拍子もないことを行う人を見つけると、近づきたくなってしまう。
よくないね
いまは東京にすんでいる。
電車の中でも、普通の街を歩いてたりする時でも、突然体を触られることはある
ぱおんぬ