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はてなキーワード: うちらの世界とは

2018-12-01

女とか底辺とかってなんでこう卑屈なん

https://anond.hatelabo.jp/20181130212224

女より男が絶対的に有利だからと言って丁重に扱おうものならもっと私に構えとか言い出したり

派遣については仕事以外で拘わらんようにしてたらこういう泣き言言うし

どうしてそこまでクレクレなの?

自分にはこれがないからじゃなくて、自分でつかみにいけよ

お前ら本当に人間として質が低すぎだろ

こういうやつらはもううちらの世界にこもってtwitterフェミニスト様の信者になって一生貢いでたらいいよ



twittreのフェミニストの連中、こういうやつらのコンプレックスを食い物にして肥え太ってるのかと思ったら

ますます嫌悪感が強くなったわ。

本読める人間フェミニスト名乗ってるやつは全員死ね

2018-03-14

anond:20180314142530

一時話題にはなったかな『うちらの世界』とかで

「うわそんな世界あるんだーやっぱり勉強しないとね」ってなって

もう賞味期限ないけど

2018-03-08

異世界物でいつも疑問なんだけど

セフィーロなりフォーセリアだとかバイストン・ウェルだとか世界名前がついてるけど、常識的に考えると別に世界名前なんて普通つけないよね。

神々の住む世界に対して人間界とか、天国やら地獄に対する現世とかはあっても俺たちが住んでるこの「世界」に名前なんてないよね。

まあ地球も、一般名詞固有名詞化みたいなもんだし。

追記

< Terra

ラテン語にしただけじゃないですかー!個人的にはあんまり異世界感はないかな。

スレイヤーズ

複数世界を前提にしてれば、まあ名前が付いてもおかしくはないかな。うちらの世界名はニュートンアインシュタイン世界とでもなるのかな?

< 葦原の中つ国

北欧神話の Midgard と同じような感じなのかな?あんま詳しくないけどトールキンの「中つ国」はあれ世界名前なの?

2016-07-08

不公平はてな民

どんなに参考になろう面白いブコメ書こうが大体同じメンバーが人気コメントに上がってくる。内容が同等以上でもそう。

そんでもって今問題になってるブログ内容でもなく、古参はてなが小規模内輪ネタ書いても簡単に上がってくる。

スターレポートで月2、3件しか付かない配布量だしフレンドも増えないクソソシャゲー。

結局はてな民って周囲には全能感で鉄槌下してるのに年功序列はてな上流階級の内容は免除される。

ニュースネット内でその一括りの存在は悪い存在とか言っておきながら、自らの気づかない偏りは見ないふりしてブコメ大半が変な状態なってたりする。

ホント自分たち老害になってること気づいてない。

からといって新はてな開拓者が一攫千金狙いで来てるのは許されるわけではない。

なんというかね、新はてな民はてなドーピング打ち過ぎて露骨うちらの世界で急成長して消耗が東京並に激しい。

はてな上流階級は一線超えないようスターキメてるから内容が駄目でも讃えられる。

ま、はてな上流階級は仲間内で気づかないだろうが十分独特な考え方を持ってるてこと。その国民である内は気づかないけど他国から大脳壊れてんなみたいな事言われるだろ?

なので週一でHTN48ソムリエ総選挙を行うべき。この淀んだはてなは定期的に脱糞蔓延するから消毒が必要

マジで見慣れたアカウントだらけ。気持ち悪い。

2015-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20151227142350

はてブ民の精神性は田舎ヤンキーレベルから

うちらの世界」のお仲間のやることはどんなことでも「芸風」「キャラ」で済まされる。

2015-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20150219232738

だれのどのツイートだよ。

それを明示しないお前も充分「うちらの世界」の住人だっての。

2014-09-21

はてなランチイベントってうちらの世界と似てる

トピシュ先生が仰ってたんだけど、

はてな医者巣窟だって

実際、優秀そうな先生で、はてブやってそうな方多いですよね。

トピシュ先生だって、お医者免許は持っておられそうな気がしますし。

さて注目していたはてなランチイベントです。

うちらの世界では、「専門医」っていう称号があります

ところがこの「専門医」っていう称号は、医者自身から信頼されていませんでした。なぜなら50歳以上ならほぼ何もしないでもらえた代物だからです。

それ以下の人一定研修を終えればもらえます。難しいテストがある称号もあります

しかし「学会」が「専門医」を発行する仕組みはそもそも良くないのではないか、それは一種の利権なのではないか、という反省があります

学会で偉い人はいろいろ得をしてしまますから

誰が専門医を発行することになっても、そこには必ず利権存在しますので、悩ましい問題だと思います

そしてこのランチイベントは、某社が専門職領域である種の利権を獲得しに来たんだな、その末端でこんな脅しをしているのか、でも実力ありまくりエンジニア相手にやらかしちゃったなという印象を持ちました。医者世界ではバリバリ専門家だったら、外に出ること(日本を去ること)は考えますが、日本で何か新しいシステムに組み込まれることは関心がないでしょう。

やるならば、このイベントの最終目標世界にあることを示すべきだったかもしれません。

将来日本で、学会専門医を切り離す議論が行われるとき、それを厚生労働省外郭団体として作るのか、あるいは労働省総務省文部科学省あたりが絡むのか、わかりません。

ああ、新たな天下り先が出来るんだなあ、みたいな感慨しか持っていませんでした。

しかし某社は医者転職市場が美味しいことは見抜いています。なんたって、一人転職させれば500万円ですから企業エグゼクティブヘッドハンターより安いけれどはるかに簡単なお仕事です。彼らは専門医利権の中に入ってきたいでしょう。私はそれでも良いと思っています

はてなもそれなりにエンジニアから一目置かれる存在ではあるとおもうのです。学会みたいなものなのかもしれません。

イベントミーティングを行うことも大変有効活動ではないかと思いますが、その協賛をだれにしたらいいのか、という話です。

うちらの世界では公共性を保つために、一社に頼むことはしません。必ずライバルになる複数社を呼んで同時にプレゼンしてもらいます

製薬会社一社に頼むのであれば、あれは「◯◯の会だ」と誰しもわからねばなりません。

製薬会社にはそれぞれ「誇り高い会」っていうものがあって、その内容が常に注目される研究会というもの存在します。これは医者接待をするよりもはるか有効だと思いますが、そこまで医者に信頼されるようになるには、演者製薬会社癒着していないことを示さねばならず、伝統必要です。なかなかすぐに作ろうとしても無理です。でもやるなら今からはじめねばなりません。

からはてなランチイベントスポンサー一社ってのはうちら業界的にはアウトです。さら公共的っぽいイベント名で無料だったらアウトです。

きっと優秀な人が集まったのでしょうね。うちらの世界では研究会後のほっとした雰囲気で新しい発想が生まれたり、素晴らしい才能をもった若い先生を見つけたり、いろいろな楽しみがあります

今後のご多幸をお祈り申し上げます

2014-08-15

No more はてなブログ

はてなブログリリース以来、はてな劣化が止まらない。

 

はてなブログ画像動画を貼るとき操作感が悪いし、

丸くて暖かみのあるフォントは、口語体平易な文章との

相性が良い一方で、専門的知見を述べた堅い文章との相性が悪い。

結果、はてなブログでは、平易な雑感しか書けない無教養ユーザー

大多数を占めるようになり、数の力でホットエントリ荒らしている。

 

 

以前netcraft氏が、はてな女子のつまらなさを指摘していたが、

いやいや、はてな男子もつまらないですよ。

 

まずテキストサイト系の連中がつまらない。

小説家になれない人はラノベ作家になり、

批評家になれない人はサブカル評論家になるが、

ラノベ作家サブカル評論家にすらなれない人は、

テキストサイトデビューする。

やってることは、精度の低い論考と平凡な自意識の垂れ流し。

そんな最下流の文芸を、頭の悪いファンが文才だと言って持ち上げている。

井の中の蛙うちらの世界

 

仕事について語るブロガーもつまらない。

職業の裏話は面白いが、仕事の話が一番面白い人はやっぱり物足りない。

体験談情報の羅列に過ぎず、知的刺激が少ないからだ。

書き手学校仕事以外で芸を持つべきだ。

 

厄介なのは、この手の空っぽブロガーに限って、

自分ブログ価値を信じて営業活動をすることだ。

アクセスアップ」等の言葉検索してみると、

雑記ブロガーらが、自分ブログアクセスを増やすために、

様々なノウハウを考え、実践しているのが分かる。

凡人の陳腐な雑感を、多くの人に読ませようとしているのだ。

 

 

かくゆう私も、貧乏根性はてなブログを開設し、

いくつかエントリを書いてしまった。

だが、これを機に、はてなブログを削除しようと思う。

 

 

はてな劣化を止めたい人は、はてなブログ否定しろ

はてなブロガー自分を省みろ。

 

学識が無い人の論考はいらない。

アニメラノベ感想もいらない。

マイノリティごっこや痛い人ごっこもいらない。

 

はてなで有名になりたかったら、創作者や専門家になってくれ。

 

 

 

PS.

はてなブログに程度の低い書き手大勢参入したことで、

旧型のはてなダイアリーが、ある種のブランド性を帯び始めている。

はてなダイアリーのほうが、中身のあるエントリ出会えそうなイメージが広まっている。

 

実態平易な雑記ブログなのに、精神科医という肩書きでブログに箔をつけている

せこいブロガーがいるが、その人は今もはてなダイアリーを使い続けている。

おそらく、はてなダイアリーブランド性に気付いているのだろう。

2014-08-13

黒字化した法人についてのメモ

会計事務所転職して5年が経った。

自分担当で格付けで言うと、要注意先、破綻懸念先と呼ばれるような毎期大赤字で、かつ大幅な債務超過法人が数件あったんだけど、ようやく全部黒字化したので、自分へのメモ代わりにここに書いていく。

はてなを見る人達は頭良いイメージがあるので、中小零細企業経営者ってこんな人なの?っていう、一時期話題になった「うちらの世界」の企業版だと思って下さい。手法には革新性、専門性は全く無いので注意。

建設業

事業内容:いわゆる人工出し。社長方針社員はみんな多能工。よって何でもやる。ゼネコン大手の1次下請け

関与した時の状況:売上高は4億円ほど。

社長はとにかく現場主義決算書?ああ、年に1回おばちゃん(前任の税理士)が持ってくるやつね、って感じで興味なし。この業界こういう数字に一切興味が無いって社長ばっかり。赤字の金額だけは聞いているのと、会社お金が無くなって、社長個人のお金を注ぎ込んでるので危ないことは承知してる。借入は自分とこに関与した年に返済猶予してもらった。

リーマン後に元請けから大幅に単価を切られたことで、一気に赤字体質になった。

やった事:何て事はないがいわゆる限界利益率ってやつの改善。まずは、自社がいかに同業他社の黒字企業と比べて安く仕事してるかデータ比較して見せた。(TKCのBASTってやつマジ便利)

同業他社に比べると10%ほど低い。社長唖然としてたけど、そこで2点ほど対策を実行することになった。

1つは仕事の量を交渉するのをやめて、人工単価の値上げを交渉した。もう1つは同業他社に比べて外注比率も高かったので、社員を増やして外注を減らした。

他には一応経営計画書なるものも作って毎月業績確認してもらった。

一応経費削減も考えたけど、あんま好きじゃないので、役員報酬減らして、役員借入金返してっていう王道しかしてない。

結果:売上高は3億円台になったけど、限界利益は増えた。滞納してる税金をまずは優先してもらったけど、返済を再開できそうなほど黒字になった。

社長自分財務諸表は見ないけど、毎月の自分の業績報告を良く聞いてくれるようになった。物足りないが前には進んでいるかなと思う。

ちなみに見た目、口調は完全にその筋の人。

自動車部品製造業

事業内容:主にトラックハーネスを製造。チェック以外は完全な単純手作業。ハーネスは2次下請け

関与した時の状況:売上高は約5千万円。

この頃は普通乗用車のハーネスも作っていた。リーマン後の落ち込みでとんでもない大赤字を計上していたけど、それより前に単純手作業ってこともあり、製造現場海外に移行してて、縮小傾向からわずかな赤字が続くようになってた。

毎期こんな赤字出してまだ債務超過にならないの?ってくらい昔は儲かっていた。加えて無借金社長借金するなら廃業するって言ったので、決算書見て、じゃあこのまま現状で推移すると2年で廃業ですねって言ったら絶句してた。ご多分に漏れ決算書?なにそれ?美味しいの?って社長です。

やった事:好きではないがまずは経費削減。こんなに売上落ちてるのに、何でこんな役員報酬社長家賃払ってるの?って少し呆れるほどに高額だったので、大幅にカット。この辺が決算書に興味ない計画者の恐いところ。ちなみにそれでも、まだまだ大赤字

次に受注の確保。話を聞くと、全国にここと同じような2次下請け会社があるみたいで、不良率の低いとこに受注が多くいくらしい。なので不良率の低下に取り組んでもらった。単純手作業で時給も低いので従業員は来るもの拒まず。言い方は悪いが質は期待できない。色々やったけど、効果があったのは社長交代。社長は物凄く従業員から舐められてて言うことを聞かない。でも人手不足から強く出れなかったけど、社長の娘婿を社長にしたら強く出なくなった。まぁ人を見て態度変えてたってことです。

他には乗用車のハーネスに見切りをつけて、海外移転の話しがないトラックハーネスの製造に専念した。

結果:トラックハーネスに集中したのが大きかった。製品も少なくなって不良率も低下して受注が増えた。

あとは結果オーライだけど震災オリンピックトラック需要がとんでもなく高まって今は売上が2.5倍になった。もちろん黒字に。

長くなったので2社だけ。会計事務所なのでポジショントークも入ってます。あと、対策を考えたのは社長役員で、自分は悪いとこを指摘して、しつこくどうします?なにします?って言う立場。少しは意見も出すけど、やはり素人なので。

こんな人経営者失格だろと言われるとぐうの音も出ませんが、従業員想いの好い人なんです。

はてブで返済猶予記事が出ると市場から淘汰されるべきというコメントをよく見かけるのですが、少しのきっかけでこんな風に黒字化する会社も多いので少し見守る気持ちを持ってもらえたらな~と思ってます

追記:思いがけないブクマ数に驚きです…

顧客情報守秘義務について懸念の声があったので追記します。

書くことでもないと思っていたので書きませんでしたが、ネットに載せるので、内容に支障ない範囲特定を避けるために設定はいじってます

ただ①はV字回復ぶりが凄いので雑誌により詳細に記事が掲載されました。(会計事務所とその関与先向けマイナー雑誌ですが)

②や他にも書こうかと思ってる企業については、他の関与先やセミナー等でよく話しに出します。社長自ら講師してくれることもあります。一時期自社のHPにも事例で紹介していました。

売上高だけはイメージを掴んでもらうための完全フェイクです。

2014-06-25

新宿昏倒の件

明治大学じゃなくてどっかの地方無名大学だったらまた「うちらの世界」「低学歴の世界」論争(?)

が再燃してただろうな。

2014-06-01

最近の身内ブクマ

はてなブログの中の「うちらの世界」 - はてブのまとめ

具体的に何をしているかといいますと、特定ユーザーばかりからブクマが偏ったブログは新着エントリーから外れるという施策をとっています

もうこの施策やめちゃったのかな。

一時的に人力でやってたとか?

これも非常に言い難いのですが、そのはてなブログしかブクマしてない人を見ればわかるんですけど、とにかくはてブを付け回ってる人がいます

もう縦横無尽適当コメで誰にもです。

そこではてブを返してくれた人同士でいつの間にかはてブを送り合うということが形成されてるのではないかというのが私の推測です。

2014-05-12

3Dプリンタの話題に旋盤を持ち出す人と「うちらの世界

3Dプリンタによる銃製造の話題で、旋盤を持ち出す人を見てふと「うちらの世界(あるいは高学歴の世界)」というちょっと前の話題を思い出した。

私は機械学科卒業生で、「旋盤でも銃は作れる」というのは同意するところだ。

実習で作ったスターリングエンジンよりは簡単だと思う。

ただ、それはれっきとした「技能であるという意識がある。

加工をするだけではない。工程表を作り、材料と工具を選定し、図面を引く――この程度、機械出身者であれば誰でもできる、自慢になどなりはしない。

だが、それは教育を受けたことで会得した、れっきとした「技能である

その辺の一般人旋盤を使いこなして拳銃を作るのは無理だ。

ましてやNC工作機械を自前で入手して運用するなんて、夢物語にもほどがある。

旋盤を使いこなせる「技能」を持った人間が、なんらかの事情犯罪を犯すことを決意し、銃を製造する可能性はゼロではない

だがそんな事象が何件起きるというのだろう? 数年に一回でも起きたら仰天するというレベルだろう。

そして、3Dプリンタによる銃の製造を危惧する人が想定する犯罪数は、桁違いという言葉でも足りないだろう。

さて、3Dプリンタは「技能」を必要とするか? 現在では、まだある程度は必要とするかもしれない。

そして、現在では、まだ「普通の人」にまで3Dプリンターはいきわたっていない(だから今回の混乱もあるのかもしれないが)。

だが、3Dプリンタが本格的に『普通の人』にまで浸透した時代を想定すればどうなるか?

何ら「技能」を必要とせずに拳銃くらいは作れるようになるかもしれない。

あえて強引に例えるなら、かまどで美味いご飯を作るには「技能」が要るが、技能がなくてもご飯が炊ける炊飯器が登場したということだ。

料理の「技能」を持った人間にとっては、かまどで炊いた方が美味いから炊飯器存在重要ではないと思うかもしれない。

だが、それでは炊飯器の普及が生み出すパラダイムシフトを見落とすことになる。

「3Dプリンタが普及したところで、旋盤でも銃を作れるのだからことさら危険視する必要はない」というのは、技術者にとっての「うちらの世界」で通用する言葉しかない。

実際にはその外側に、銃を所有する機会を初めて与えられた集団存在すること、その集団の巨大さ、それを意識しても言葉は変わらないだろうか。

旋盤を知りもしない人間が銃を製造できるようになるかもしれないというのは、パラダイムシフトになりかねない。

3Dプリンタと銃の問題には、「うちらの世界」の外側を意識的考慮する必要があるだろう。

おまけとして。「銃は弾丸がなければ無害なのだから、3Dプリンタが容易に銃を製造できる状態で普及しても問題ない」という反論が想定される。

弾丸の方にもパラダイムシフトが起きたらどうするつもりだとは思うが、それ以前にこんな論理世論が納得するかどうか。

これもまた、「うちらの世界」の内部でしか通用しない論理ではないだろうか。

これで世論を納得させる自信があるなら、ご随意にと答えるしかないが。

2014-04-17

高学歴メリット高学歴しかからない

高学歴社会にでると底辺社会中途半端学歴世界を目にする。

そのとき学歴メリットひとつに、自分のまわりにいる/いた人間のまともさ・能力の高さというものがある/あったことを感じる。

これは言葉にするのが難しい。

底辺社会は「うちらの世界」。

中途半端学歴社会競争嫉妬世界

高学歴社会自己実現社会


上の世界は体験してみないと決してわからないのだと思う。

2013-12-12

コミュニティの栄枯盛衰は見たいと見てほしいのバランスで測れる

みなさんが、2ちゃんねるを今でも見るのはなぜでしょうか。

みなさんが、mixiを笑いのネタにしたのは何時でしょうか。

みなさんが、ニコニコ動画から一歩引いたのは何時ごろでしょうか。

2ちゃんねるという糞サイト日本インターネットにあります

ソーシャルサービスの先駆けであり、最も世界で何度も終わったと言われたサイトですが終わりません。

以前より終わった感がありますmixiより終わっていません。

2ちゃんねる観測していたときネットコミュニティとしての文化終焉に何度も出会えました。

2ちゃんねるは、時代によって中心となる板が代わり、中心が動くことを繰り返すことで不死性を持った謎のサイトです。

一番最初は、開始1年目ぐらいでしょうか。その時代の中心は、ロビーといわれる場所でした。

ロビーとは、日常違和感一般的問題化することで、無駄にしゃべりあうための場所です。

2ちゃんねる以前の掲示板文化をそれなりに継承してたもの

基本は今のニュース速報の様なものを考えて貰えば良いですが、取り扱う視点の広さは比べ物になりませんでした。

この時代を知っている人は、有名固定(笑)とか、その辺が懐かしい人もいるかもしれません。


さて、そんなロビーもだいたい一年ぐらいでダメになりました。原因は、マンネリ

抱え込むネタの広さがマンネリとくだらなさを加速させました。今の嫌儲みたいな感じです。

嫌儲以上にひどい部分は、慣れ合いです。

元々は斬新な視点提供できる人達でしたが、割に合わない思考を放棄するようになり

顔出しても知ってる固定同士でどうでも良い挨拶雑談を繰り返すようになりました。

そんな感じでロビー特筆するような最終回もなく、気が付いたら端にいる板になるようになりました。

その時代の結論は、慣れ合い禁止でした。

内輪ネタによる安易コミュニケーションは、興味の無い他人にとっては「見てほしい」ネタしかなく、「見たい」ネタではないわけです。

これを経験してる人やこの血を受け継ぐ人達は、内輪ネタや身内性に吐き気を催すように調教されています

今のサードブロガーとか言われる人達のそれが醸し出すあれや

mixi死亡が楽しくてたまらないという反応を示します。

ちょうど良いので話は変わってmixiです。

「見てほしい」ネタと「見たい」ネタバランスに対して、革命的な答えを提供したのがSNSです。

mixiのようなソーシャルネットワークサービスは、「見てほしい」ネタしかない内輪ネタ

興味のある人に限定公開することで、「見たい」ネタ昇華させたのです。

好きな人おなら臭いなら嗅ぎたい。それがSNS本質であり、勝因でした。

でも、強引に近づけてしまった距離感が、結果的に息苦しくなり、若者SNS離れを呼びました。。

mixiなので、四行ぐらいでどうでもいいです。

2ちゃんねる歴史に戻ろうかと思ったのですが、飽きました。mixiのせいです。

ネタマンネリ化を防ぐために、外部の時事性に依存したニュース速報

VIP。作り出すことに徹した姿勢や、「見たい」を拡散したまとめサイト、慣れ合いの回帰

ひろゆきが「まとめサイト」に対して好意的なのは「見たい」を拡散する効果なんですね。

2ちゃんねるの不死性は、少なからひろゆき空気の読み方も影響してたと思います。以前は。


で、最近話題のはてなブログマーケティングは「見てほしい」を拡散してるんですね。

「見てほしい」を「見たい」に「見せかける」ツールとして利用されたのが、はてなブックマーク

はてなブックマークは「見たい」に特化したか成功しました。

そこには「見たい」人達が集まる。なのに「見てほしい」人達を流れにのせる。

そんな風に利用されれば、反感を買うのはあたりまです。どちらの彼らのせいでもありません。

「見たい」の正体は、コンテンツです。Web2.0とかそんな時代でもそこが大事でした。

そして、コンテンツマンネリ化した場合、その打開策として利用されるのが

「見てほししい」の無理やりなコンテンツ化です。

なぜかって?新しいコンテンツを作るより、人の欲望を見える化する方が簡単なんです。

ユーザー同士の関連テーブルを作れば終わりです。

それを体現したのが、ニコニコ動画です。ここまで読んだ人には書かなくても伝わる気がします。

で、なぜここまでモチベーションがあがらないかというと、このネタ10年前にみたとか地獄のミサワレベルからです。

本来その先に時に生まれた異端児ストリーム論があるのです。Twitterですね。

そのネタもかなり古いですが。ストリームコミュニティの衰退を定義化されてるのはまだ見たことない気がします。

まだ、衰退してないからか?

なんでこんな古いをネタを書いたかというと、はてなブログから、すんごい古臭い匂いがするんですね。

田舎の押し入れにしまってある布団の匂い

「見てほしい」「見てほしい」文化。下手すると、テキストサイト時代レベル

なんつうか、うちらの世界によるtwitter隔離閉鎖理論が、コミュニティ論そのものを衰退させて

臭い「見てほしい」論に回帰したように感じるのは、僕の観測範囲の狭さでしょう。

時代遅れブログでどうするか、無理やり考え出した古臭さこそ、nextネットコミュニティはてなブログ

なんかすんごい古い感じの、時代遅れな感じで、ループモノは飽きた。

昔なら衰退のトリガになる「見てほしい」のコンテンツ化が、この時代にどうなるか、というのはなんか少しだけ見守りたいけど。

どっちかという、こんなマンネリ論より、新しいコミュニティ論が見たいです。

下を読んでて思いました。

http://anond.hatelabo.jp/20131211152656

2013-11-23

http://anond.hatelabo.jp/20131123092237

もちろんです。

サードブロガーの源泉は、楽して感情的に目立ちって褒められたい。

はてな村老人会の源泉は、俺は沢山苦労して理性的に考えたから俺の意見をキケー。

承認欲求という一つの括りにされますが、表層化する動機が違います

頭の悪さとかそれ以前にかみ合いません。面白くなるわけがありません。

誰かが、言っていました。

今は、見たい人が減り、見て欲しい人が増えたと。

見たい人達で構成されていた老人会はもう限界です。

観察によって得られた思考という武器では

見て欲しい人達が作り出す空気には敵わなくなるでしょう。

今回もその片鱗がうかがえます

そんな絶望した世界サードブロガーという言葉定義されました。

サードブロガー意味は全く共感できませんでした。

だって、そんな名前つけなくてもWebには、小さな世界日常をを映し出す人達なんていくらでもいた。

その小さいものを見逃さないように、見つけ出す人達によってネット歴史は歩んできたんだと。

からサードブロガーを二つに分けました。

1つは、サードブロガーの上澄みだけを掬いとってしまう人たち。

1つは、サードブロガーについて思考する人たち。

おっしゃるように前者の本質は「うちらの世界」とだいたい同質な人間です。

シンプルこそが正しいという思考停止に陥ってます

単純に若いだけかもしれません。違うかもしれません。

僕が、面白かったのは後者です。

彼は既存論法と戦う宿命を背負っています

既存論法を持ったまま、ただ遅れてやってきただけ。

ただ、それだけで、既存論法が、既存論法を許さないのです。

旧ザクで、フリーダムガンダム軍団の先頭で旗を振る彼がどうなるか

これほど面白いものはありません。

被弾してすぐつぶれたりしたらどうしよう。。。

http://anond.hatelabo.jp/20131123010049

あのへんの人達ってサードブロガーじゃなくて「うちらの世界」の住人なので、本格的な言論バトルに発展するとは思えないのがな…。

2013-11-13

バカッターとは仕事をしたくない

地方システム開発会社に勤務。

Twitter会社的には禁止なんだけど、技術情報の交換が便利なのでなし崩し的に使わせてもらってる。

ある日の出来事。

となりの島のチームが大声で打ち合わせしてる。内容も雑談っぽい感じに移っていきだんだん声が大きくなる。

私にはちょっと騒がしいなと感じるレベル特に不快ではない。そもそも普通オフィスなので話し声は聞こえて

当然だと思うし。

すると私のとなりの席の人が「チッ!」と舌打ち。

あー、また始まった...

となりの人は大きなため息をつきつつTwitterに盛大に愚痴ってる。

あのなぁ、実名顔写真登録してるIDでよくそれだけ会社への文句が書けるね。社内の人があなたTwitterID知らないとでも思ってるの?

会社へのイメージダウンを考えると冷蔵庫に入って写真をとってるバカッターと何も変わらない。

普段勉強会に参加しているフォロワーさんだけがうちらの世界」とでも思ってるんだろうね。

そしてなにより腹立つのが、Twitter愚痴るより隣のチームに注意に行くほうが解決が早いのにそうしないこと。

愚痴るだけで体を動かして問題解決をしようとしない人は「開発効率」とか「生産性」とか言わないで欲しいわ。

2013-10-08

はてなブックマークmixi足跡になるとき

それはスパムと言えるのだろうか。

好きな人鼻毛なら愛しく感じるように

友達の記事なら、クソ記事だろうがブコメしたくなるのだ。

それは悪い行為だろうか。

ブコメをしたお友達本心では、鼻毛どころか無意識にほじ捨てらる鼻くそレベル感想を抱いたとしても

彼らは、友情の証として、無理やりひねり出した定型文の賛美を残すだろう。

結果として、スパム行為と同様の効果ホッテントリーにあがろうとも。

それが、彼らの友情表現であると言われたら、否定できない。

彼らには少しの欲があるだけで悪意は無い。

私達が正論を振り下ろして否定できるほどの明確な正義は無い。

私達に許されてるのは、啓蒙だけである

コミュニティ俯瞰した際に、良い方向に向かってないんだよ。という。

だが、彼らはにはとどかないだろう。彼らのいるコミュニティは少し違う座標にあるからだ。

たまたま、その座標が重なったにすぎない。

昔、誰かが「うちらの世界」と例えとき、それはとても遠くにあり、もっと境界がハッキリしていて

僕らが考えなくてはいけないのは、その境界が重なる時に、どう振る舞うかだと思っていた。

でも、違っていた。境界により世界は別れていても、両者の世界に同時に存在する者がいる。

それがある日突然媒体になり、境界が重なるのだ。怪獣達の入口のように「うちらの世界」は現れる。

異なる常識が重なった時に、とれる選択肢はそう多くない。

選択肢の一つは、正論捏造して相手を否定し、排除することだろう。

でも、僕はそれを選ぶ気にはなれない。

僕は、それほど、はてなを愛してないからだ。

mixi足跡に誰も執着しなかったように、ただそこを去るだけだろう。

2013-09-14

世界数字でできている

テレビ番組世界は言葉でできている」が大好きだった。深夜のころに偶然見ただけだったんだけど、とても面白かった。句会のような番組で、下の句を作るように名言を作っていって、誰かが方向性を決めると「ああ、そっちなのね」と言って皆さらにかぶせてくる様が圧巻でとにかく面白かった。オードリー若林さんとバナナマン設楽さんはとりわけ(失礼だけど)カンがよかった。若林さんの場合読書経験から裏打ちされた言葉の山からい組み合わせを選んでくる才能で、設楽さんの場合は、意外な言葉を結び付けることで雰囲気を作り上げてくる才能があったように思う。前述の方向性を作る、というのは若林さんの力で、かぶせてくるのは設楽さんの力だった。大喜利勘違いした出演者が見ていて哀れだったのも印象的だった。そうじゃない、もっとキザに言葉を作り合わせるゲームなんだと気付いてほしかった。

そんな番組ゴールデンに進出した。正直言って不安しかなかった。「24時間残念営業」の店長が言うところの時間帯によって売れる商品が違うのに、深夜の商品をゴールデンに持ってきただけだった。変に変えなかったのは作り手側の矜持だろうか。もう敗戦処理だったんだと想像する。

いい名言には超ニーチェ人形がもらえるのだけれど、ゴールデンで初めて見る人たちには、どうして超ニーチェ君なのか意味が解らなかったと思う。深夜ならその人形はくだらないながらも、仲間内だけでわかるこじゃれた嫌がらせみたいに見えていたのに、ゴールデンだと単に雑な人形しか見えなかった。

やはりそこには先の店長のいう「うちらの世界」があったんだと今になって思い至った。どんな番組も中身が変わっていく。ほこたてだってお試しかだってゴールデンで生き残るというのは、そういうことなんだろう。全然しらない世界だけど気の毒だ。

決して自身を変えることなく、5回で、しかも明確に終わりを示さず終わってしまった「世界は言葉でできている」。番組本は丁寧な編集で、通して読むにはページごとに雰囲気が変わりすぎて辛いのだけれど、ちょっとしたときに手にして、適当に開いたページを読むには最適にデザインされている。名言というのは居合切りのような芸で、続けてみるには向いていないのだと判る。番組も2時間見るにはつらい。好きでも辛かったのだから、まったく新規の人には同じことの繰り返し、しかも笑いなしとどう楽しめばいいのかわからなかっただろう。ゴールデンじゃどう楽しめばいいのかわかっている番組じゃないとだめなんだ。繰り返すけど、それでも番組を変えなかったスタッフには敬意を感じる。

深夜で半年に一回くらいでほそぼそとやっていれば僕はいまだにこの番組を見られていたのかもしれない。いまのフジテレビ凋落というのはこういうところからきているんじゃないかな。

2013-09-03

彼女の頭が悪すぎて萎えて別れたのなら

このエントリについて。

彼の頭が良すぎて萎えて別れた

http://anond.hatelabo.jp/20130901015011

わかるような、わからないような。読んですっきりしない部分があったので少し考えてみた。

このエントリの続編で触れられているように、この話の出発点には「高学歴低学歴の世界の溝」の問題がある。

何日か前に、「低学歴高学歴の世界の溝」って増田ホットエントリしたじゃない?

http://anond.hatelabo.jp/20130809115823

そもそもの問題として、「低学歴」対「高学歴」の世界の話というのはなぜ「低学歴ポジションからの発言が多いのだろうか。それも「高学歴の世界」をポジティブものとみなして、自分所属する「低学歴の世界」をネガティブものとして演出するという態度で書かれてるものが多い。

私のいる世界→追記の記事2つあります

http://luvlife.hatenablog.com/entry/2013/08/07/221155

こういうタイプの文章がはてブを集めて多く読まれているのは、それを読むと読んだ人が心地良く感じるからではないかと思う。「高学歴の世界」の人はこういうのを読んで単純に優越感を感じる。一方こういう文章を読む「低学歴の世界」の人は、「低学歴の世界」にいながらにして自分は「低学歴の連中とは違うんだ」という意識を持っているような人なのではないだろうか。だから低学歴の世界」が「高学歴の世界」に対して否定的に書かれていることに溜飲を下げる。「低学歴の世界」を批判することで、自分がそこから離れて「高学歴の世界」に近づけるような気がするんじゃないか。「低学歴の世界」に満足している人は、おそらくこの手の文章を読んでもピンとこないだろう。

では、自分自身は、こういう文章と向き合う時なにを感じているのだろう、と思った。こういう文章を読んだ時、私の胸には優越感などの心地よく単純な感情ではなく、言うも言われぬ複雑な感情がこみ上げてくる。

私自身はおそらく「高学歴の世界」に属する人間だろうと思う。曽祖父の代から大学教授家系で、女性も祖母の代から高等教育を受けている。私は大学付属の小中高に通ったが、クラスメートの父親はおおむね医者弁護士研究者大企業勤務のどれかだった。大学に入るときは、東大京大早慶上智国立医学部までしか選択肢になかった。実際にクラスメートの大部分はこれらの大学に進学した。残りのMARCHレベルに進学した人たちが、私にとってとんでもなく「低学歴」の人たちだった。親類のなかでは東大京大以外は大学ではない、というくらいの認識であったし、私自身、ちょっと勉強すればだれでもMARCHくらい入れるものだと思っていた。この認識が変わったのは、大学に入って予備校バイトを始めた時だった。どんなに必死努力してもMARCHはまだ夢の夢という生徒が大勢いるのに衝撃をうけた。

こうして書くと自分は嫌な人間だなと思う。けれどこういった「高学歴の世界」が居心地のいいものだったかというと、そんなことはない。「高学歴の世界」は息苦しいものだ。「高学歴の世界」を定義づけるのは「今日よりも明日」だ。今日よりも明日、より良くなっていなければならない。より良く、より賢く、より豊かになっていること、それが「高学歴の世界」が求めるものである。失敗は許されない。一度失敗したものは、この日々の前進ルートから脱落し、また追いつくためには絶望的な努力を強いられる。「高学歴の世界」は失敗に敏感だ。私の両親はよく「一事が万事」と言っていた。たった一度失敗すれば、それは全て失敗したのと同じ。このスローガンに、子供の私は恐怖しか覚えなかった。遊びも教育の一環だった。教育的でない遊びは排除された。常に成長することが求められた。それは大人になっても続く。昨日よりも今日今日よりも明日、より成長して改善していること。「高学歴の世界」を統治するのはこの原理である

このような世界自分にとって当たり前だったのだが、それはまたひどく息苦しくもあった。そこには「明日」と「未来」はあっても、「今日」と「いま」はない。なにもかもが「明日のため」であるとき、いまここに生きているという感覚はどんどん摩耗していく。今、この瞬間どんなに成功していても、それを100%として認めてもらえることはない。明日さらに良くなること、明日さら成功することが求められる。それは絶え間ない自己否定でもある。この自己否定がなければ、改善も成長も望めないから。

やがて神経衰弱のような状態になって、ふとある趣味をはじめた。そこには私と同じような育ち方をした人もいれば、そうではない人たちもいた。このとき私ははじめて「低学歴の世界」に触れたのだと思う。その「低学歴の世界」のひとたちは、多くが高卒で、男も髪を染め、女性ミニスカート露出の多い格好をしていた。タトゥーを入れている人もいれば、道端でケンカをする人もいた。この仲間のなかに入って、私ははじめて「今を楽しむ」ということを知った。お酒を浴びるように飲んで、馬鹿な話をして、大笑いして、そういうことをしても、明日のためにはならない。明日に残るのは、二日酔いだけだ。けれどその瞬間は、ものすごく楽しい。彼らは遊ぶことがものすごく上手だった。季節ごとにいつも楽しい遊びを考えていた。バーベキュー花見キャンプスノーボード。「今、この瞬間を楽しんで生きてもいい」ということを知ったのは、自分人生が大きく変わるほどの体験だった。

こういう経験を通して考えてみれば、「うちらの世界」の価値観も理解できる。「高学歴の世界」は未来の為にという価値観がとても強い上に、一度失敗するとその損失を取り戻すのが非常に困難であるという認識を共有している。彼らにとって「バイト先での醜態を公衆に晒すこと」は大変な過ちでありなんとしても回避されるべきものである。一方「低学歴の世界」にとって大事なのは今この瞬間である。今この瞬間を楽しむことが何より大切でなので、その行為未来にもたらす影響は考慮しない。今、バイト先の飲食店食材おもちゃにすることが楽しくて、目の前にいる友人を楽しませることができるのであれば、そのことがなにより重要なのだ

明日のために生きること」と「今を思う存分生きること」は、本来両立しうるものであるけれど、どちらかにかたよるとそれぞれ問題をひきおこすのだなと思う。自分の生きてきた世界のことは、みなよく知っている。だからこそあらも見えるし、別の世界に憧れもする。それはもちろん幻想なのだ。どの世界にも光と影がある。ユートピアはいだって「どこにもない場所なのだ

さて冒頭の「彼の頭が良すぎて萎えて別れた」というエントリーであるが、これを読んで再びなんとも言えない気持ちになった。この人はなぜこんなに彼との間に線を引きたがるのか、そこに溝を認めたがるのか。なぜそこに溝を認めた上でそれでも相手を受け入れることができないのか。この場合、二人の間にあるのは「学歴の溝」ではなくて彼女の方のコンプレックスなのだと思う。自分が手に入れたくて仕方がないものを、もう自然にもっているように見える相手への嫉妬なのだろう。けれどそれは「毎日より良く」という価値観のなかで研鑽されてきた結果なのであって、同時にそのなかで切り捨てられてきたもの存在するのだと思う。そういう自分が切り捨ててきたもの恋人に求める気持ちが、私にはよく分かる。私が強く惹かれるのは同じ世界の人ではなくて、別の世界の、ある種の「生きる智恵」を持っている人だ。多く笑い、気楽で、今を楽しむ人だ。この話で、彼は彼女にたとえばそういう魅力を求めていたのかもしれないのに、紋切り型階級差を持ちだして自己完結する姿になにか割り切れないものを感じる。

一方で、このエントリーで語られている話自体がすでに紋切り型のものであるとも言える。語り口が現代であるというだけで、話の中身は明治時代からでもありそうな話だ。とりわけ語り手を男にしてみると、既視感が強くなる。身分差のある恋をした男が、バックグラウンドの違いを感じて、女を捨てる。「彼女の頭が悪すぎて萎えて別れた」と男が語る。あるいは女が男を思って身を引く。でも私達が生きているのは現代日本だ。好きなように生きればいい。相性が悪ければ別れればいいし、よければ付き合えばいい。けれど「高学歴」「低学歴」という単純な構図に当てはめて自分生き方を縛るのは、愚かなことだと思う。自戒を込めて。

2013-08-30

http://anond.hatelabo.jp/20130829230430

誰かが説明してたけど、それが「うちらの世界」だよ。

DQNどもを馬鹿にするためのネタに使われてたけど。

うちらの世界」は、別にDQN達だけに発生する特有結界じゃない。

どこにでも存在する。集団心理における合理化という奴だ。

もっと直接的になると、同調圧力という奴だ。

その集団の外からみたら異常なルール常識でも

集団内なら、至極正しいものとして錯覚されて

それを基準にしてしまう。

簡単に起きる割に、ものすごく効果的だから

集団研修による洗脳とか良く使われる。

これを低学歴ネタに変換して、最下層を下層が叩くという

うっぷん解消にした馬鹿どもが多いのにはまいった

ただの常識尺度の違いを大げさに話してるのは失笑ばかりだった。

同時期に、ジャニオタが、この現象で暴走してたか

類似性を指摘する奴が出ると期待してたけど

思った以上に今のネット馬鹿の声しか届かない。

2013-08-26

ネットの恐怖

昔のインターネットって怖かった。とても危険でとても怖かった。

ピーピーガーガーとモデムがなったら、そこからリアル区別される世界だと教えられ、

その先には、黒背景と巨大サイズ白文字が出迎え、僕らに恐怖を教えこむ。

僕らは、リアルネット別世界だと、懇切丁寧に教えて貰っていたのだと今に思う。

少し昔のSNS時代でも、ネットは別の世界だった。

mixiのように、クローズドネットを作ることで、パプリック象徴であるネットを際立たせた。

得体の知れないパブリックネット世界という恐怖は残っていた。

うちらの世界」は、mixiはいくらでもあった。でも、そこは閉じた世界が守っていた。

それでも、燃え始める人が増えた。

クローズドネットパブリックネット棲み分けが議論された。

でも明確な答えはとくになにも無く、先に進んでしまった。

スマホ時代ネット世界は消えてしまった。

最近スマホアプリは、ネットに繋がってるのは分かるけど

そのデータどうなってるとか分からない時がある。

下手したら公開されてるの?みたいなのがある。

それがいつも使う便利道具として身近におかれている。

ネットは昔より怖くなってる。それはネットリアルになってしまたからだ。

リテラシーの高低で優越感浸ってる ばかだブックマーク があるけど

そういうブクマされる記事を見ると、自分ネットを始めたのがもっと遅かったら

正直危なかったと、ひんやりする方が多い。

ネットの恐怖の右腕だった2chが死にかけてふと思った。

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