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はてなキーワード: 媒介とは

2021-01-12

anond:20210112215057

若者うろつき回って飲み行って

長期休み実家帰って地元に移しまくって詰んだと思ってるが

上から目線なんだよ

お前らが媒介してるんだろが自粛しろ

2021-01-11

anond:20210111000145

「協力してください」ってのは、あくま病院側がこれ以上逼迫しないためのへりくだった言い方であって、本音は「バカがはしゃぎ回ってヤバイ中華ウィルス媒介してんじゃねーぞ、余計な仕事やすカス共」に決まってるよね。

なんで病院メリットになるような事したことないのに、見返りが貰えると思っちゃったのかな?

懇切丁寧に説明してやったんだから俺にもなんかくれんのかお前は

2021-01-10

anond:20210110110127

変な話だが、俺の犬がコロナ感染したらしいと騒動をおこして、村の相違で犬を殺させた後に

動物昆虫コロナ媒介すると村が決めて俺の犬を殺したと言えば、それで終わる。

COVID-19がもたらした寓話的状況

事実小説よりも奇なりとは言うものの、こんなイソップもびっくりの状況ってあるか?

2021-01-03

2015年ころの漫画で、人に化けたコウモリ風邪をひく話がある。そいつは人獣共通感染症が広まると大変だからしばらく学校を休むという。そのイメージとして「WHO 緊急事態宣言」という見出し新聞とかが書かれてる。2021年の俺は、まさしくそ見出し記事を見たことがある。

これはミラクルどころかオラクル(神託)だ!と思って作者にDMを飛ばそうとしたが、そういえばフォローすらしていなかった。

そもそもコウモリ媒介する感染症はありふれていて、そういう新しい病気が出てきたらやばいってのは今まで何回かあった気がする。今回特殊なのは感染力の強さと、グローバル化しすぎた我々人類はそれに対応できなかったということ。神託に見えた漫画の一コマは変哲のないものを描いていて、我々はそれは何となく分かっていたが、実現してしまうと対応ができないという話なんだろう。

結局ツイッターフォローせずにそのまま違う漫画を読み始めた。

2020-12-30

anond:20201230141448

要は貸し借りで出来てるからな。

国が発行した国債日銀現金を刷って買って、国が受け取った現金財政出動民間にばら撒いて、民間はその金で経済活動をして最終的に税金で国にそれが戻って、インフレが進みすぎて金が出回りすぎたら日銀金融引き締めをして……とぐるぐる回り続けることで経済活動媒介してるだけ。

国が返さなければいけない国債国民が払わなければいけない税金のようにいつかは誰かに払わなければいけないという性質があって必然的に回り続けることがお金価値担保してる。

から貸し借りを記述する台帳がお金価値を生む。

日本人借金嫌いだけどお金というのは窮極的には全て借金なんだな。

2020-12-28

ガチで怖い生き物トップ3

3位:ムカデ

 今住んでるとこにはいないが、実家はいる。夜中に布団に入ってきて刺してくるみたいなことがガチであるらしいのが本当に嫌。体が真っ二つになっても生きている生命力があったりするのも不気味。動きも結構速い。見た目も怖い。

 突出した能力はないが、ステータスバランスがいい。絶妙にイヤなところをついてくる。

2位:マダニ

 藪に入れない原因。気が付かんうちに刺されてて、ある日デカくなったダニを体表に発見する……嫌すぎる!死ぬ可能性のある病気媒介するっていうのが最悪で、本当に怖い。絶対に山に入りたくない

1位:スズメバチ

 クソでけえハチ威圧的な羽音をたてながらブォンブォン飛び回ってるのガチで怖くて、実家の周りに巣ができたときなんかは本当に人間の弱さみたいなのを感じた。彼らは口?をカチカチ言わせて攻撃すっぞ!という威嚇をしてくる能力まで持っていて、なぜ俺は家に帰ろうとしているだけなのにこんなに怖い目に遭わないといけないんだ!と思った記憶がある。ムカデマダニもほぼ丸腰で殺すことができるけど、スズメバチは殺せない可能性がある。殺される可能性すらある。現代社会人間に勝てる数少ない生き物のひとつだと思う。ホンマにヤンキー並みの怖さあるからな。

2020-12-19

anond:20201219200901

子供たちを守るためだけじゃなくて、コロナ媒介としての子供を危険視してるんだと思うが。

大人の言う事なんて聞きたくなかろ?

から危険なんじゃない?

2020-12-16

苦痛っていうのはルール

 苦痛っていうのは一種ルールに過ぎない。

 例えば痛覚は怪我をしないための一種センサーである。割とよく聞く話ではあるけれど、神経の異常で痛覚のない人が、頻繁に骨折などの怪我経験するように。

 要するに、「このライン越えちゃダメ!」と厳格なルールを人に知らせてくれるのが苦痛なのである。「そんなに激しく○○しないで!」ってな話なのである。「うるさいですね……」いやうるさくないんですってって話なのであって、苦痛の呼び声を聞かないと人々っていうのは簡単ラインを越えちゃうんですね。例えば働きすぎて脳みそに異常を来したり、あるいは、誰かの訴える苦痛だってそうで、その声に耳を傾けずにひたすら苛み続けることで、誰かにラインを越えさせてしまったりとか。

 そういうルール違反を人々に犯させないためにありとあらゆる苦痛っていうのは存在しているのである。逆に言えば、苦痛存在するが故に人々は謙虚なのだ。誰も自分が鳥だと主張して崖から飛び降りたりはしないのだ(比喩です)。それもこれも苦痛というルールが「それアウトよ、違反よ」と知らせてくれているからなのであって、そういうルールを飛び越えないように人はできている。本来なら苦痛ってやつは単なるルールであり一種審判員に過ぎないはず、だ。


 そのはずなんだけど、実際のところ苦痛というルールは、ルールという範疇に留まることをやめて、生命のかなり奥深いところに食い込んでいる。何ならそれは一部生命同化していて、単なるルール以上のドグマとして我々に猛威を振るう。我々の中にある苦痛というドグマが、我々に対して「私は生命のものです」と語りかけてくる。いや違うやろ、という声は届かない。彼らは本来単なるルールに過ぎず、そして我々が何かを越権して催促しないように見守ってくれているだけの存在の筈なのに、どこまでも深い部分まで彼らは浸透し、食い込んでくる。だから、彼らは生命とは隔絶された単なるルールでありながら、あたか生命のものであるかのように振る舞っているのだ。「私は生命なんですよ?」と。

 しかしまあ我々が苦痛に対して敬虔に振る舞い、彼らに対する精一杯の誠意を示さなければならないことは間違いない。「苦痛さま苦痛さま。今日もお見守り下さい。大人しく見守るだけにしていて下さい。私はラインを飛び越えたりはしませんし、他人ラインを飛び越えさせたりもしませんから。だからお願いですから見守るだけでいて下さい」と。我々はルールに対して拝み倒す。そのルールルールのままであってくれるようにと願う。仮にそれが単なるルールであることをやめてしまったら? それが現実化してしまったら? あるいは、それが生命の核に食い込んだ状態のまま、現実化してしまったら? その時我々はとても困ったことになる。一度現実化した苦痛は中々消滅しない。本来単なる抽象的なルールだった筈の苦痛は、この世界の随所で実体化し、そして時に生命の核に食い込んで自身生命と同一視した状態実体化してしまう。「私は苦痛です。そして同時に私は貴方生命です。貴方生命苦痛です」と言わんばかりに。


 でも、だからといって苦痛をこの世界から排斥してしまうわけにはいかないし、そもそもそれは不可能なことでさえある。我々が苦痛をこの世界から排斥してしまえば、それはそれで困ったことになるだろう。崖の上から自分が鳥である人間であるかを確かめるべく、多くの人が跳躍することになるだろう(比喩です)。そういうことのないように苦痛ってものはある。彼らは我々を見守っている。誰も、みだりに崖の上から自身存在を確かめるための跳躍を行わないために。勿論彼らは必要なのだ

 とは言え彼らの存在生命に食い込み過ぎている。

 話がループしている。


 しかし、苦痛役割は本当にそれだけのことなのだろうか?

 僕自身はこれまで十年ほどの間、「苦痛は単なるルールに過ぎない」と思い込んできた。「確かに人々の生命苦痛は大きく食い込んでいて、苦痛本来の大きさよりずっと大きく見えている。でも、あくまで彼らはルールに過ぎないのだ」と。

 でも、本当にそれだけなのだろうか?

 違うな、と昨夜ふと僕は気付いた。

 苦痛は我々を繋ぐかすがいでもあるのだ。

 子供が両親の関係を繋ぐように、苦痛は我々の関係をも繋ぐのである。つまり苦痛人間一人一人の関係を繋ぐかすがいでもあるのである。いわゆるショーペンハウアーの言う「ミットライデ(同情)」ってやつだ。人間というのは、苦しさを媒介しかお互いを理解できないようにできている。人が誰かを理解するというのはとても難しいことだけれど、同じだけの苦痛を背負った人と出会うと、不思議なことに人はその人のことをたちまち理解してしまうのである。「この人は僕と同じように苦しんでいるんだな」って。

 苦痛っていうのはルールだ。でも、人が誰かのことを理解しようとする時、人は人の苦しみを通じてでしか人を理解することができない。

 だから苦痛っていうのはある部分ではルールを超えている。それは他者認識の、そして自己認識の基本単位として機能している。もし仮に我々から苦痛が消えてしまったら、恐らく我々は我々自身のことを理解することはできなくなってしまうだろうから

2020-12-06

将棋符号思考するプロ棋士

 将棋って指したことありますか?

 将棋楽しいボードゲームで、基本的に殴り合いのオフェンスゲームです。仮にチェスディフェンスゲームで、お互いに防御の構えを組み換えながら敵側の綻びを見つけ出すゲームだとすれば、将棋は蟻の一穴をこじ開け落城させるオフェンスゲームと言ってもいいでしょう。

 チェス競技人口が一説には5億人とも言われる中、将棋競技人口は一千万人程度とガラパゴス様相を呈していますが、明らかにゲームとしてのバランスではチェスに勝っていますチェス公式戦においては先手勝率が40%程度、後手勝率が30%、引き分けが30%程度なのに対して、将棋の先手勝率50%程度、後手勝率は48%、そして引き分け千日手)の確率は2%前後であり、引き分け可能性がチェスに対してずっと少なく、そして先手と後手の勝率拮抗し合っているため将棋ボードゲームとして極めて高い完成度を誇るゲームと言えるのです。

 更に付け加えると、ダメ筋(明らかにダメな手)を含めた、ありとあらゆる手の組み合わせ(ありとあらゆる進行の総数)を計算すると、チェス10120乗程度なのに対して、将棋10の220乗程度ということですからゲームとしての奥深さも将棋チェスを上回っています。因みに、宇宙存在する原子の総数が10の70乗程度ということなので、如何に将棋というゲームが奥深いかは言うべくもありません。つまり、ある部分において将棋というゲーム宇宙それ自体より『深い』のです。


 僕は腕前としてはアマチュア初段程度で、つまりアマチュアが目指すべき差し当たっての目標点にいます。やはりアマチュア二段以上を目指すとなるとかなり強烈な努力必要になってくる印象です。アマチュア初段は将棋普段嗜んでいる人間の中で、上位25%前後の層を指しているとお考え下さい。

 将棋の道は極めて長いです。そして険しいです。詳しくはこの「将棋名人とはどのくらい強いものなのか:https://ncode.syosetu.com/n5490eb/」という素晴らしい記事をご覧になって頂ければよいかと思います。(この記事の作者様と私は同一人物ではありません)

 将棋プロになるためには奨励会という育成機関を通過する必要があります。この奨励会は入会すると6級からスタートとなるのですが、これはアマチュアで言うところの四段以上の腕前に相当すると言われていますしかも、この奨励会に入会するのは小学生中学生少年少女です。つまり大の大人血の滲むような努力をしてようやく到達できる地点に、ある程度の凝縮された努力によって遥かに短い時間で到達できる人々、つまり天才たちだけがこのスタートラインに立つことができるということです。

 さて、当然奨励会員になったところでプロになったわけではなく、プロになれるのは奨励会三段リーグ突破して四段の資格を得た者だけで、年間に四人しか輩出されない仕組みとなっています。更に、四段になった後もプロとしてのグラデーション存在しており、そこには才能の差という影がいつまでも付き纏います

 才能のあるプロ、つまりそんな天才の中の天才は、将棋を指す際にどのように思考しているものなのでしょうか?

脳内将棋

 先に紹介させてもらった記事では、天才達の中でもグラデーション存在しており、将棋トップに立てるのは本当に一握りの人間であることが述べられていました。

 つまりトッププロとは、仮に将棋人口1000万人だとすれば上位0.0001%人間のことです。すなわち、トップの十人、それが実質的日本トッププロ達です。

 羽生善治藤井聡太渡辺明豊島将之永瀬拓矢らがそうです。将棋を指す者達は彼らのことを畏怖の目で見つめ、時折プロが招かれるイベントなどで間近に見る際には、化け物や、宇宙人。あるいはこの世の理を超越したもの意味する視線が、彼らには注がれることとなります

 さて、これらのプロ達に必要ものは何なのでしょう?

 つまりは才能とは一体何なのかという話になるのですが、脳内将棋盤というのがポイントになってきます

 人は、数理的思考能力、つまりIQが140を超えると立体的なイメージをあらゆる角度から検証できるようになるという話があります人間のある種の知的能力と、立体的な像を脳裏に生み出す能力には深い繋がりがあるということなのです。つまり、才能のある将棋指しは脳の中に将棋盤を作り出すことができ、これによってどんな時でも(つまり実際の将棋盤がなくても)脳裏において将棋情報を扱うことができるようになるほか、将棋に関する凝縮した思考を連綿と行うことができるようになるということなのです。勿論、プロもこの「脳内将棋盤」を持っており、彼らの脳内将棋盤にはそれぞれのバリエーションがあることも有名です。

 以下コピペ

羽生四冠

「4分割(5×5中央重複)の部分図が高速で行ったり来たり。盤全体は1度には浮かばない、負荷が大きい。盤面は白、線は黒。駒は外形が無く黒の一字彫り。アマ二、三段くらいになった10歳ごろからこんな風。」

森内九段

「立体的でリアルな榧盤に柘植の駒。

盤駒のみの思い浮かべる事はほとんど無く背景も付随。対局中は当時の対戦相手や対局場の雰囲気まで再生普段は自室の背景に板盤。」

加藤九段

「盤は黄色で1一が右上に固定されている全体図で、線は無い。楷書文字1字だけが駒として自動的に動く。」

渡辺二冠

「ダークグレーの空間に、字の書かれていない黒に近い灰色の駒が浮かんでいるだけだが、どちらのどの駒かは分かる。」

佐藤(康)九段

「黒くぼやけた盤面のどこか一部だけが見えている。駒はゴニョゴニョ、あるか無いかからないまま何かある感じ。」

里見女流名人

「盤も背景も黒く、線の無い盤全体に文字の無い黒っぽい駒がモニョモニョ。」

 (出典:AERA No.38増大号'12.9.17天才たちの「脳内パネル」』)

 さてトッププロどころかアマチュア4~5段の人々にはこの脳内将棋盤が基本的に備わっていると言われています。つまり、この脳内将棋盤は確かに、ある程度将棋の強さ(棋力)の指標となるのです。しかし、トップの人々に関してその指標ピタリと当てはまるかというと、疑問だと言わざるを得ません。脳内将棋盤というもの将棋の猛者にとって当たり前のアイテムかつ大前提アイテムであるため、最上位層の人々の能力を測る尺度としては些か信頼性に欠けるということなのです。というか、一応奨励会三段(アマチュアではなくプロ基準の三段)ともなれば、既に常人を超越して人間卒業レベルに至っているので、やはりその中にいる更なる化け物達を推し量るには、脳内将棋盤の有無のみならず別の尺度を用いる必要があります

脳内将棋盤が「ない」。

 つまり、その二者。単なる化け物と、化け物の中の化け物を辨別する際に必要なのは脳内将棋盤が「ない」ということなのです。

 頭の中で将棋盤が無く、視覚的なイメージに頼ることな思考できる人々が、化け物の中の化け物にはいるということなのです。

 例えば、常人は次のように考えます

 「最初の一手……まず、角の斜め前の歩を前に一つ進めるだろ。すると、後手の相手も同じように角の斜め前の歩を一つ進める。だとしたら俺は飛車先の歩を一つ前に突いて、相手も突き返して……横歩取りの筋に合流しそうだ」などなど。
 つまり常人基本的画像、目の前にある将棋盤の視覚的なイメージを用いて思考しており、そのイメージを介さずには将棋を指すことができないのです。ある意味では脳内将棋盤の存在も、視覚的な情報に基づいているという点においてはその思考の延長線上にあると言っていいでしょう。そう、人は基本的将棋を考える際には視覚的なイメージ媒介とするしかないのです。

 しかし、プロの一部にはそのような思考法は――視覚的なイメージを介した思考は――あくまで「補助的なものに過ぎない」と証言する者もいます藤井聡太増田康宏、羽生善治などがそれらの棋士です。

 では彼らはどのように思考しているのでしょうか。

 そう、符号によって思考しているのです。

 将棋符号とは、数字文字によって駒の動きを表したものです。いわば駒の「番地」とも言われるもので、次の記事が参考になると思います

https://book.mynavi.jp/shogi/detail/id=77758

 例えば、少し前に書いた横歩取りの定跡だと以下のような記述になります。76歩、34歩、26歩、84歩、25歩、85歩、78金、32金……。このような記述の仕方は江戸時代以降から共通であり、いわゆる将棋の対戦の記録である棋譜」は古くは数百年前のものが記されています。古い文献において、盤面は視覚的に、絵図を用いて記述されることはなく、符号を使って記述されているのです。

 いちいち絵図で盤面を描き残すよりも、文字で表した方がずっと労力は少ないですからね。

符号思考する

 以下の記述あくまで本人らの証言を参考に記しているものであり、彼らの思考追体験したものでは当然ないのですが、つまり彼らの思考は以下のものになります

 先程書いた将棋符号が、将棋に関する思考を始めた瞬間にズラズラズラ~~~っと文字列で浮かぶのです。

 そう、これがトップ棋士達の思考なのです!

 「ズラズラズラ~~~っ」って……、と自分文章表現力の稚拙さに絶望しそうになるのですが、そう言い表すほかない。そう、真のトッププロにおいては、文字によって思考が行われるのです。そこに画像の介在する余地は、僅かにしかない。羽生善治曰く、「思考基本的符号で行って、その後、ある程度局面を読み終わった後に、自分思考確認するために思考画像に起こす、という作業はありますが、基本的画像思考することはありません」とのことでした。

 先に書いた通り、画像物事を表すというのは、文字列で表すよりも遥かに手間が掛かります。つまり、脳の処理を要します。

 となれば、より情報量の少ない符号によって思考するということが、より高速な思考法として適しているということなのです。

 ある意味、それは楽譜における音符の存在と似ているでしょう。というか、そのものかもしれません。音楽というものは体系化され楽譜という共有形式を持つ以前は、完全に口伝であり、人々が歌い継ぐことによってしか継承を行うことができませんでした。しかしそれが数学的・音楽的に体系化され、楽譜の形を取ることになると、そのような継承の際に起こり得る障害はほぼ完全に撤廃されることとなります。そしてこれらの音符を読むことで、人々はそのメロディー脳裏に想起することができるようになりました。将棋棋士もまた、それと同じ知的処理を行っていると言ってもいいかもしれません。

 つまり、ドミソ、の音符が並んでいるのを見て、タララ~、という和音脳裏に浮かぶのと同じように、将棋トッププロたちは符号によって将棋の盤面を把握することができるのです。これは、将棋のある程度の才能がある人々には必須能力ですし、実際に高位のプロ棋士トップアマチュアは、棋譜を一目見ただけで盤面の進行をまざまざと思い浮かべることができると言われています

 とは言え、そのことと「思考符号を用いる」ことはやはり一線を画していると言ってもいいでしょう。

 勿論、理屈としては分かるのです。我々が音楽継承する際に楽譜を用いたように、あるいは将棋の対局を語り継ぐために符号によって棋譜を残したように、それらの音符や符号といった記号には意味圧縮することができ、効率的情報伝達を行うことができるのだと。

 勿論、理屈としては分かります。とは言え、それらの記号を使って後世へと情報を伝達することと、それらの記号を用いた思考を正確に効率的実践することとは、また別問題です。

おわりに

符号さえ「ない」。(藤井聡太場合

 というわけで、画像媒介にした思考文字列を媒介にした思考とでは、効率において文字列による思考に軍配が上がるということでした。プロ棋士らによる思考抽象化が極限にまで達すると、本来立体的な駒やそれらの視覚イメージを用いずして思考することが不可能であったはずのボードゲームも、文字列を介した思考によって再現されてしまう、ということなのでした。実に、これは驚くべき異常性であり、そして、個人的には文化として、そして娯楽として、このような常軌を逸した営みを次代へと継承していかなければならないと感じます

 さて、ところで常軌を逸していると言えば、藤井聡太二冠の名前はもはや語るべくもなく有名ですよね。彼のインタビュー記事は相当数発表されていますから、彼の語る様々な内容について把握している方も多いかも知れません。

 その中でも異質のインタビューと言えば、2020年の夏に発表された、小説家白鳥士郎氏によるインタビューでしょう。https://originalnews.nico/139502

――棋士はどなたも『脳内将棋盤』を持っておられます。でも藤井先生は、あまり盤面を思い浮かべておられる感じではないと、以前、記事で拝見したのですが。

はい

――では、対局中はどんな感じで考えらおられるのですか? 棋譜思考している?

「ん……それは、自分でもよくわからないというか。んー…………」

――盤は思い浮かべない?

「まあ、盤は(対局中は)目の前にあるわけですので」

――詰将棋を解くときなどはどうです?

詰将棋は読みだけなので、盤面を思い浮かべるという感じでは……」

――えっ? ……私のような素人だと、詰将棋を解くときこそ将棋盤を思い浮かべるというか……むしろ手元に盤駒を置いていないと解けないくらいなんですけど……。

 将棋プロ世界は腹の探り合いであり、自らの能力本質である思考方法」について簡単に詳らかにすることは、本来無いことと言ってもいいかもしれません。とは言え、これまで語ったようにそれらをはっきりと述べる棋士の人々がいらっしゃるのもまた事実です。そして、このインタビューにおいて行われた藤井二冠の発言もまた、棋士思考の一環を覗くことのできる重要な機会であるように思われます

 さて、ここで述べられているのは、そもそも思考する際に「なにもない」ということです。

 全くの虚無、というわけではないにせよ、少なくとも目の前に分かりやすい形で示すことのできる思考は、存在しないということなのです。

 以下のインタビューで彼は次のように語っていますhttps://shuchi.php.co.jp/voice/detail/3394?p=1

――藤井四段は、将棋の場面を図面で考えるのか、棋譜で考えるのか、どちらのタイプですか。

 聡太 : 基本的に、符号で考えて、最後図面に直して、その局面の形勢判断をしています

 彼は基本的にはこれまで述べたように、「符号」を使って思考するのですが。しかしある種の詰将棋などにおいてはそのような符号さえ必要にしないということでした。

 このような、実際の目視確認脳内将棋盤(符号による棋譜理解)→符号による思考符号さえない思考という構図を単純なステップアップの過程として語ることはできないとは思うのですが、しかし、将棋というゲームについて思考する際に、その思考が極限まで達した人は何かしらの深淵へと、虚無への道を辿っているような、そんな感触を覚えてしまうのは僕だけなのでしょうか。


 さて、というわけで、トップ棋士たちの、良い意味での思考の異常性について語りました。現在12/6午後五時三十分ですが、僕がこの世の隅っこでこの文章を書いている間、世間の大舞台では羽生善治九段豊島将之竜王二冠のタイトル戦第五局が、行われている最中です。

2020-12-04

仕事のお給料=辛さへの対価、ではないわけで。

そのやったことに対して、どれだけ多くの人がどれだけのお金を払ってもいいと思うか。

その点で、プロ棋士ゴミ収集員よりも多くの人が媒介を挟んでお金を出してくれているわけ。

マルクス主義全盛の時代でもないんだから労働価値説というか、

即物的な財やサービス生産けが価値があるとか恥ずかしいこと今さら言わないでよ。

anond:20201204010818

2020-12-03

anond:20201203011044

関係いから同じリスクではないって話なんだよ

ウイルス不特定多数人間が集まる場で媒介されるし

飲食を伴えばリスクは高い


スーパーコンビニの中ですぐ何かを食べるキチガイはへずまりゅうくらいしか居ないが観光地レストランはそうではない

2020-11-30

渋谷区民の宮下公園

宮下公園媒介してNIKEがたたかれているみたいだね。ブクマカたちは安全からいつも通りいい子ちゃんぶって正論罵詈雑言を浴びせてくるけどもう慣れちゃった。

自分はもう何年も渋谷仕事して渋谷生活している。渋谷って一口に言ってもいろいろな区画があって、それぞれの区画治安が良かったり悪かったりする。道玄坂ホテル街は相変わらずラブホが立ち並んでてカップル風俗客と風俗嬢がうろうろしてるし、スクランブル交差点はいつも関ヶ原で、センター街リアルエクバ、宇田川町DJリアルGTAだし、宮益坂はいだって坂がきつく、マークシティは死相のあらわれたホームレスがベンチみたいなところで寝転がってたし、南平台はいだって渋谷と呼んでいいのか分からない。その中でも、宮下公園だけはあからさま近寄ってはいけないムードがただよっていた。それはホームレスがいっぱいいるからっていうのもあるけど、公園では何が行われてるか分からないし、犯罪の噂をしこたま聞くからだ。よく分からないけどなんかやばそうな空気宮下公園からはいつも感じていた。

実際のところ、ホームレスの母数は統計上減っている。ガチ貧困者がホームレスにならずにネカフェ難民などに移行してるそうだが、それでもジュリーみたいなルンペン体感で見てもここ数年で明らかに見なくなった。宮下のところや駅のところで高架下にはダンボールを毛布がわりにしたホームレスがいるけど、本当に見かけるのはそのくらいだ。マークシティからもいなくなった。あと、ホームレス一般市民と比べて結核持ちが多いから、公衆衛生的にもよろしくない。

ところで、Base Ball BearってバンドのSAYONARA-NOSTALGIAって曲にミュージックビデオがついてて、2004年渋谷舞台になっているんだけど、ナンバガに憧れた男女がビル屋上演奏してる裏で、ヒカリエができる前の治安の悪い宮下公園治安の悪そうなJK治安の悪そうなことをしてるなんだかよく分からないミュージックビデオだった。2004の頃からしてもそんなに治安の良い空間じゃあなかったのだろう。

そしていま、ちょくちょく宮下公園を通過している。あのあたりに限定すれば、本当に治安が良くなったと思う。安心して宮下を通過できるので治安が良くなったことを体感している。ホームレスの村よりはパリピインスタ映えを求めてウェイウェイしてる方が明らかに平和だ。

もちろん単にホームレスの母数が減ったからって貧困がなくなったわけでもないけど、行政ナイキが結託して弱者排除してるっていう単純なストーリーには区民の立場からノーと言いたい。

anond:20201130181747

MTRL編集部編集長佐野さんをはじめとして、やっぱりイケメン揃い。

佐野「男の爪の長さを計らせてもらって、どのくらいセックスしてるか聞けばいいじゃん」

彩香「えっ、せ、せっ……/// そんな、女子の私がそんな、男性にそんな……」

佐野「何純情ぶってんの? もうアラサーでしょ? いいから早く行ってきなよ」

から企画で、女を媒介させ男を傷つけるセクハラでは??

2020-11-23

anond:20201123020824

まさにこれ。担当出版社媒介して世に出したらそれはもう"自分だけの"作品ではない。

二次創作だけじゃなくてネガティブでもポジティブでも感想レビュー見かけるたびにキレて「黙って作品評価して金だけ落とせ」って言ってそう。

これ理解しないで商業作家になれるもんかねえ……(正直二次創作が好きじゃないファン投稿しか見えない)

あとこんな事で切れてたらグッズ化やメディアミックス化した際には憤死しそう。

2020-11-21

世界観

「俺たちは仲がいい間柄だからマスク外して会話していい」っていう思考があるらしい。明らかに科学的に間違っているんだが。

彼らの中では「コロナ媒介するのは都会のよそ者だけ。俺らは関係ない」みたいな、誤ったケガレ概念があるのだろうか。

世界観根底科学の人と非科学の人に分かれてるよね~ってオモタ

2020-11-17

煙草の煙ってCOVID-19媒介したりるすの?

隣人の煙吸ってからずっと気分が悪いんだけど

2020-11-15

anond:20201115023607

ストーリーというのはあくま媒介で、作者はストーリーを通して読者に何らかの主張をしています。その主張がどういうものかを読み解いてそれに共感できるかどうか考えるというはどうでしょう

イケメン俳優出して事故で殺して読者の感情を揺さぶってお金けがしてぇんだなぁ以上の感情が沸かないようなのはまらないけど、ちゃんと今の現実の世の中に足りない新しい視点ストーリーを通して気づかせてくれるようないい作品だってきっとありますよ。

2020-11-12

anond:20201112202022

俺は必ずマスクして玄関開けるけどな。

配送業者のためっていうか自分のため。

俺はあいつらをウイルス媒介する蚊だと思ってる。

2020-11-09

愛知県知事リコール署名半笑いでおちょくっていて背筋が冷えた話

愛知県知事リコールするための署名運動が、86万筆を必要としたものの43万までしかまらず、思いっきり失敗して頓挫した。

43万というのはなかなか不思議数字で、運動音頭を取っていた高須院長の以前から言動比較すると、「全然足りてねえじゃねえか」という気もするし、純粋に数だけみれば、かなり集まったな、という気もする。

俺は高須院長とその界隈がハラワタの底から嫌いなので、高須氏本人とサポーターであるジャーナリストの門田氏のtwitterに、次のようなリプライを送った。

必要な数には届かなかったが、43万というのは本当に立派な数。正式手続とはならない以上、本来不要検証ではあるが、ぜひ中身を精査し、43万人分の民意実在することを堂々と知らしめて欲しい

・ところで、今回の運動のさ中、事務所に盗聴器が設置されたり、乗用車工作の形跡が確認され被害届が出された経緯があったと思う。これは、命を脅かす危険さえはらんだ卑劣行為。ぜひ調査の進捗を教えてほしい。ジャーナリストたる門田氏にも真相を究明して欲しい

この文言は、当然というべきか俺のねじ曲がった性格からまれている。

今回の署名の中に出どころの怪しいものが紛れ込んでいるという情報散見されることをふまえ、「43万筆集まったけど、検証した結果、一部は捏造して膨らませたものでした、なんて格好のつかないこと、後から言ったりできねえよな?」ということ。

また、「事務所や車への工作活動も、狂言とは言わないけど、勢いで届け出提出したやつを、世間が忘れかけてるからこれ幸いにうやむやにしようって肚だよな?」ということ。

俺はそう思っていながら、これをいかにも高須院長のサポーターです、という体裁で送ったのだった(ところで、悪意で行ったアクションを後から言葉にすると、こんなにうすら寒い気持ちになるんですね)。

このリプライはその後ぽつぽつRTされて、何十件かいいねを集めた。

反応した人たちは高須先生サポーターと思しき憂国烈士の方々で、俺がいかにも先生支援しその体を案じているという風に繕ったので当たり前ではあるのだが、味方によってこうやって退路をふさがれる(ってほど大げさでもないけど)ことがあるのかもなあ、と少し怖い気もした。

話はここから少し変調する。

俺はふと思ったのだが、俺のツイートに反応した人々は、果たして本当に高須院長の心からシンパなんだろうか?

以前から俺は不思議だったのだが、あんなどう考えても常軌明後日の方向に逸して与太を飛ばし続ける人物を、マジメに支援できるものだろうか?

世間では、いわゆるパパ活という遊びの変種として、若い女性に金品を与え続けて当人自尊心を変性させ、その後の人生を狂わせていくのを観察するところからが本番という、色んな意味で俺にはマネできない趣味があるという。

あいつらはもしかしてSNS媒介高須院長相手にそれをやって噴き上がらせて、面白がってるのだろうか。観察の対象若い女じゃなく古希を過ぎたジイサンというだけで、これは一種パパ活なのか?

この想像は、そう考えた方が俺にとってしっくり来るからだが、逆のパターンもあり得る。高須院長の方がパンピーからかってるパターンだ。院長は表面上に反し、リコール真剣でもなんでもなく、美容手術で切り取ったポコチンの皮を片手で優雅にもてあそびながら、大勢のアホを動員して楽しんでいる…これも理解できる。院長とシンパの年齢を考えれば、むしろこっちの方が本来パパ活に近いともいえる。

こうして考えると、愛知県知事リコールは三つの可能性に整理できる。

1. 院長もその取り巻きも大マジ、という優しい世界

2. 院長はマジだが取り巻き半笑い、という70過ぎのジイサン見世物にした構図

3. 院長は半笑い取り巻きがマジ、という大規模なパパ活

あれ、もう一つあるんじゃねえか?

そう思った人は鋭い。

そうだ、 4. 院長も取り巻き半笑いでやっている、というパターンである

院長は多忙だ。そのサポーターだって多忙だろう。したがって、外野から見れば口角泡を飛ばして熱心にやっているようで、実際は片手間にツイートし、片手間にRTし、Twitterの画面上の数字だけを膨らませているに過ぎない。これもあり得る。

その場合、院長とサポーターは誰をおちょくっているんだろうか。

あえて言うなら、「俺」しかいないだろう。俺は、遠目から彼らの界隈を冷笑しているつもりでいて、実はこの状況にもっとも青筋を立てていたのは俺自身であることを暴かれたのかもしれない。俺はここでやや背筋が冷えた。

この話にオチらしいオチはないけども、俺は4番目のパターンが一番怖いわけだが、一番望ましいな、とも思っている。2, 3も怖いが、それでもいい。理解が及ぶからだ。やっぱり俺は、1番目の可能性がもっとも醜怪で、不快で、意味不明だと思うなあ。

2020-11-05

夫婦対等なんてきれいごと男尊女卑性交体位で既に決まっている。

性交体位は、色々ありますよね。考えた人は偉いよ。

それを、色々やろうとする男性エロいよ。

私は、男尊女卑は一生無くならないと思っています

男性が悪いというわけではありません。

そもそも性交体位男性マウンティングを取られているのです。

女性肛門まで丸見えの体位もある。

...

こんなハズカシイことってあります???

...

若いならまだしも、ええ歳の夫婦でもやっていることです。

ええ歳超えている場合もある。

断ればいいと思うけど、断ればたちまち不機嫌になるのだろう。

男性の性欲は年齢問わず...恐ろしい現実だ。

...

...

ワイドショーにて主婦は夫に気を使うか使わないか。というものをみました。

気を使う主婦は多いという結果になりました。

理由???

自分は働いていないので、食べさせてもらっている「負い目」があるから

...

コメンテーター女性芸能人たちは、こぞって

「そんなことないよ~」

専業主婦の一日の労働時間を時給に換算したらすごい金額ですよ~」

...

ハラがったって来た。(軽い言い方がカチン!!)

フォローで言うのはわかります

夫婦対等と声をあげる人がいないと、男尊女卑はなくならない。

でも、声を上げる人は応援しています...

根深問題なので一言では片付かない。労働時間金銭的なものだけではありませんよ、きっと。

先日、とあるブログを拝見!

男性性欲は時に有害】というもの

私はこう理解した。

...

🐱:そもそも性交男性から欲求である。抑えられず、相手に対し失敗する。とき犯罪

🐻:家庭内(夫婦)で日常的にあることである夫婦なら当たり前の風潮です。

ダメになる(離婚)とかでも強要された。という理由も多いのだろう。

でも、離婚した人は勇気あると思います

性交は、妻がうんざりでも暴力とは違います。痛いわけではありません。

これが厄介なところでもあります

...

🐱:医療関係者から見たら性交感染症媒介させる不潔行為である

🐻:これは、世の中に周知されてほしいです。

皆さんは、コンドーム付けますか。

家庭内子供がいるとしたら、終わってお風呂で洗うことはなかなかできないもの

中で射精されたら次の日は不快のものです。

男性は、知らないですよね、この不快さは。

...

🐱:男性の性欲が検証されコントロールできるようになれば本人のGBPが上がる。

🐻:会社仕事ぶりは分からないけど、家庭では夫のGBPは間違いなく上がります

男性の性欲って一生ものなのだろう。私は、諦めているのかもしれない。

期待もしている!性欲を抑制する薬。

性交女性にばかり、ハズカシイ格好をさせているなと改めて考えた男性がいたら、

同じポーズ相手に見てもらうのはどうでしょう

何か変わるかもしれませんよ。

...

行為のものからマウント感も堪能している男性が多いですかね??

もっと、掘り下げたいけど、この辺で

読んで頂き、ありがとうございました(*'▽')

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