はてなキーワード: イコノグラフィーとは
父親が娘をステーションワゴン(サイド木目=70~80年代のアメ車の代表)に乗せて走っていると、「その娘」が目前に現れスリップ事故。
娘を探して霧にけぶる古いリゾート地、サイレントヒルをウロウロするが異形の怪物が現れ、やがてサイレンが響くと世界が真っ暗で錆びと血だらけの世界に反転。懐中電灯の視界だけで探し回る。
やがてこの異常事態の原因がサイレントヒルの土着カルト宗教にある事、娘の失踪に関わっている事を知っていく。
車の前に現れた娘’はカルト司祭の娘で自分の娘を儀式の生贄として使用し神を産もうとしていた。この為娘’は虐待され生死の境を長く彷徨っていた。
娘’は死に、半分が転生したのが娘だった。要するに娘はサイレントヒルの半身に呼ばれて行方知れずになっていた。
娘と娘’が娘++に合一化したのでカルトの秘儀は遂げられて神が生まれたがどう見ても悪魔にしか見えない。
主人公がそれをブチ殺すと娘++が赤子を託した。ここは彼岸でこの赤子は此岸で生きられる転生体。これが3の主人公。
開発陣が当時非常に寂れて廃墟だらけだった熱海(今なら鬼怒川温泉が近い)に投宿した際に構想されたという逸話がある。熱海は静岡だからサイレントヒル。また、熱海は急斜面にあり、坂を上った先の箱根は濃霧で有名。
サイレンが鳴ると錆と血と臓器が散らばる世界になるっていうのは映画『ジェイコブスラダー』が元ネタ。
死んだはずの妻から手紙が届き昔二人で訪れたサイレントヒルに赴く。
異常世界の景色は登場人物の精神が投影されている。その為に艶めかしい脚だけの怪物などエロと悪趣味が合一された世界が展開される。途中に何度も底の見えない穴があり、そこに飛び込む。
その筋では人気のレッドピラミッドシングが登場するのもこれ。
強迫観念のメタファが多用され、例えばレイプされ続けていた父を殺した女性にはベッドと合一化した男が襲い掛かり、その周りには常に火が見えている。これは贖罪意識である事は容易に判るが、主人公にも火が見えている。これによりどうも彼女と同じ罪を背負っていると察せられる。
ホテルで主人公と妻の忘れ物とされるビデオテープを渡され、再生すると看護に疲れた自分が妻を殺した事を思い出す。
過去が判ってくると妻の手紙は白紙になってしまい異常世界で妻に再会すると殺害を咎められ、これを打倒し、贖罪意識の元になっている妻を再度殺す羽目になってしまう。
カルトの秘儀を行い妻を再生する為に男は霧の湖をボートを漕いでいく。
JKがイオンに居ると異世界に突入し白髪の三浦瑠璃のようなカルト狂信者に遭う。
家に帰ると父が殺されていた。この男の邪魔で神の降臨が妨げられた、再び神を降臨させ神の国を作りましょう、サイレントヒルで待つと。
JKは自分の輪廻を絶ち、父の仇の狂信者をぶっ殺す為にサイレントヒルに向かった。
落ちていた週刊誌から、JK転生前の娘’が居たのはカルト二世を収容する児童養護院で、教義に基づいた虐待と洗脳が行われていた事を知る。
錆と血とグロと暗闇の異常世界で色々あってカルトの教会に着くとさっきの女に会うが、身ごもっていた神が産まれそうになる。
神が生まれたが、どう見ても神じゃない。これが神なら文鮮明もメシアだ。神をぶっ殺してJKは輪廻の運命を自分の意志で断ち切った。
たかがホラーゲームと侮れないのは、メタファが多用されているところ。
例えば同じところに戻ってきたり、怪物が丸いハンドルを回していたりする。これは主人公の輪廻を表している。
日本のTVしか見ない人には判り難いが、洋画を見る人には結構刺さるものがあると思う。
グラフィックは大変悪趣味なグロで、懐中電灯で廃墟探検をしていて何年もタイルに流れた血を洗わず腐っていて瓶漬け臓器が転がっているような地下の霊安室、解剖室を歩いているのを想像すると良い。錆と汚れと血が乾いた梯子を素手で上るとか。怖いというより精神的に参ってしまう。
ストーリー的には自分の意志で決着をつけるという物語なので怖さはない。
件の事件との関係では、親族の仇に復讐する、殺人で己の運命を断ち切るというのはありきたりな話だから特別な関係はないんじゃないか?
ただ、美術史には図像学(イコノグラフィー)というのがあり、キリスト教美術のこの部分はこのモチーフを表すという暗号解読みたいな絵の見方があるのだが、そういうのに素養があると「あれはこういう意味じゃないか?」というのが気になる作りになっている。
ただ宗教教義の中でそういう勉強はないと思うので、特にインチキカルトである統一教会にもないと思われる。
ただ、2→3と連続でやると、強迫観念のメタファが多い2を引きずったままでメタファ多用の3をやる事になり、強迫観念増幅効果があるかもしれない。
また運命を断ち切る当為の最中にカルト二世児童養護院での洗脳虐待が出てくるって事情はある。
2では底が見えない穴に落ちるという行為が連続していて、これは哲学的投企を表している事明白だ。死を暗示する行為が今の自分からあらまほし自分への前進という訳で、ちょっとファシズムやテロルっぽいところもある。
ただこの程度で事件を決意するなら増田もスコセッシのタクシードライバー見て殺人事件起こしてるはずなので、結構心を動かされた程度の可能性だと思われる。
五感で得た情報を司り、言語という枠を使って漠然としたイメージを表現する一種の記号である。
言語は想起のための指標である。それは経験や知識の曳き手であって、イメージのリアリティではない。
書くことは、他者とのコミュニケーションが可能であることを前提に、ラベル付けされた一連の記号を用いて、他者に対して主張や理性を主張する方法の一つである。
口頭での主張は、私たちが獲得した仮説推論の致命的な能力と、類似点を見つける病気を悪用して、メディアやミームに感染させる一種のツールである。
インターネットを通じて他人のイメージを乗っ取ることを意図して書かれている。この思索は、言語というナンセンスな方法を使っているので破綻している。
自由や幸福は、自分の手に負えないものを無視することで得られる。
これは古代ギリシャの哲学者エピクテテスの発言です。これは権威的な重み付けのための引用であり、特に意味はありません。
松井秀喜がこのストイックな哲学者と似たようなことを言っていたので、歴史的にも理解できる考え方だと思いました。
言語の美点は、話し手が意図した通りに「もっともらしい」ものを人間に刷り込むことができることである。ある公理を真理として刷り込み、恐怖や扇動によってその絶対性を刷り込む行為は、様々な組織の中で日常的に見られる。
そもそも言語の誕生は、人間による宗教の獲得と不可分である。人間はある時点で、言語を通じて空想力、理性、類似性を見出す能力を獲得し、自分ではどうしようもないことを生活の中に内在化させてきた。
それは例えば、お金や権威などの暴力の一種であったり、感情という人間の状態の一種であったりする。
すぐには永続させることのできない現象が、言語という記号を使って他者と共有されるようになったのである。
それだけでなく、活版印刷やインターネットの技術革新によって、言語は時空を超えて広く、長く保存されるようになりました。
それと引き換えに、宗教の絶対性を広めることで、言語習得のデメリットである上記のような制御不能な事象を打ち消そうとする試みがなされたのである。
上記の記述には何の根拠も示せないので、適当な本やネット上の類似情報を相互参照して、ご自身の結論や否定の判断にお任せすることにします。
エピステーム
精神病についての深い考察は、ミシェル・フーコーの著書をお読みください。エピステームという重要な概念が提唱されています。
エピステーメとは、ギリシャ語で「知識」を意味する言葉をもとにフーコーが造語した言葉である。簡単に言えば、私たちの認識が形成される知識の枠組みを指す。私たちの知覚は、私たちの経験から直接、媒介されずに得られるものではありません。私たちの経験はすべて、私たちが持っているある認知的枠組みに適用されたときに知識となるのです。
そもそも「精神病」という名前を使うのはよくありません。何と言っていいのかわからない。ラ・ラ・ラ・ラ・ラ。なんだっけ?
インゲニヤトーレ
12~13世紀のヨーロッパでは、労働組合の倫理規定により技術開発が停滞していましたが、後のルネサンス期の15世紀には、相次ぐ戦争に対応するために様々な技術が開発されました。この時の新技術はインゲニウムと呼ばれていました。その技術を開発したのがインゲニウム・トールである。インゲニウムは、今日のエンジニアの語源です。レオナルド・ダ・ヴィンチもインジニアトールの一人でした。
レオナルドの写本の中で最も有名なのは、アトランティコ写本とマドリッド写本である。彼はすべてのものを描写するために、フォトリアリスティックな絵を必要としていました。言語のような一対一の記号ではなく、より具体的なイメージを捉える方法が必要だったのだと思います。
ピクトリアルジオメトリという幾何学的技法があります。ガスパール・モンジュによって確立され、産業革命期にエコール・ポリテクニークで教えられました。ルネサンスの数世紀後には、主に軍事目的であったが、イコノグラフィーが導入された。