はてなキーワード: ポジティブとは
「か弱い」という言葉があって、それがポジティブな意味合いであるように、
これがちゃんと男に対して憐憫を誘ったり、支配できると魅力的にうつったりする。
一方で、男の場合は完全にマイナスにしかならず、「弱い」は言葉通り弱くて魅力のないさま。
はてブでは、「文科省の若手が、敢えてネガティブな意見を引き出した確信犯」説が大人気だが
私は違うと予想する
と、いうのも、「教師のバトンプロジェクト(文部科学省)」公式が、炎 上 前 にnoteにした
↓
https://mext-teachers-gov.note.jp/n/n1effc43cd146
2021/03/26 08:50
こちらに書かれてあるプロジェクトの説明、一見はてブでバズッた内田良さんがYahoo!ニュース個人コーナーで語った内容と、ほぼ同じに見えるが
以下にまとめてみた
↓
(引用はじめ)
・私たちは、プロジェクトを検討する中で、多くの教職を目指す現役学生や、教職を断念した学生・卒業生と意見交換をしてきました。
「教師の魅力・やりがいはわかっているけれど、報道されているような長時間勤務に耐えられるか不安」
「実習先の学校で見た教師たちが保護者対応や事務作業など、教える以外の業務対応で忙殺されていて 教師になれるか自信をなくした」
・学生の生の声を聞き、私たちは考えました。【一部の報道や、実習先など一部の学校の印象で教職を諦めるのはあまりにももったいない】し、現職の教師が行っている、全国の学校現場の日常の創意工夫や広がる改革の波について、教職を目指す学生や社会人の方々に対して十分に発信できていないのではないかと。
・【教師は子供たちの人生を変えるくらいに大切な価値ある職業であること、文部科学省も現状の課題をふまえ時代に対応した制度改革を急速に進めていることを改めて社会に共有したい】と考えました
・こうして「#教師のバトン」プロジェクト の構想が固まってきました。
・また、教師だけでなく、【保護者や地域の皆さまからも、例えば、「娘の担任のここが素敵」、「地域と学校をつなぐ自慢の教師たち」など、教師へのエールのシャワーをたくさん浴びせていただき、社会全体で教師を応援するという雰囲気をつくることができれば】、こんなにうれしいことはありません。
・このバトンを教師だけでなく、【社会の多くの方々につなぐことで、教師を社会全体で応援する雰囲気を醸成したい】という思いも込められています。
(引用おわり)
特 に 【 】 で 括 っ た 箇 所 を 、 よ く よ く 読 ん で ほ し い
見比べると、かなり印象が変わるのではないだろうか
【疑問】
上記の文章を読むと、文科省に対して、こんな疑問を抱くのではないだろうか
・文科省は『一部の報道や、実習先など一部の学校の印象」で働き改革が進んでいないかのごとく受け取られているが、実際は急速に進んでいる』と印象づけたい?
・文科省は
「教師は子供たちの人生を変えるくらいに大切な価値ある職業であること」
「保護者や地域の皆さまからも、例えば、「娘の担任のここが素敵」、「地域と学校をつなぐ自慢の教師たち」など、教師へのエールのシャワーをたくさん浴びせていただき、社会全体で教師を応援するという雰囲気をつくることができれば」
「社会の多くの方々につなぐことで、教師を社会全体で応援する雰囲気を醸成したい」などの記述があるように
教師という職業のやりがいや社会的価値の『誇示』に主眼を置いて、更にやる気を搾取する方向での解決を目指そうとしているのではないか?
私は、文科省がこのプロジェクトを始めた意図はこの二つにあると強く感じた
〇更に「敢えてネガティブな意見を引き出した確信犯」を否定する状況証拠として「公式Twitter上での文科省の振る舞い」がある
炎 上 時 に彼らが「何をリツイートし、何にいいねを付けたか」確認していきましょう
#教師のバトンプロジェクト【文部科学省】 (@teachers_baton) | Twitter
https://twitter.com/teachers_baton
↓
・#教師のバトンプロジェクト【文部科学省】さんがリツイートした教員エピソード(3月31日時点)
(引用はじめ)
大野 睦仁
@m_tongarikids
離任される先生の中で、ボクより経験を重ねてきている先生が「この学校に来て、授業研究が初めて楽しくなったことが一番の思い出です」とおっしゃっていた。確かに疲弊している学校研究だけど、やり方あり方次第で、まだまだ可能性は残っていると思う。若手大量採用の時代だからこそだ。#教師のバトン
大野 睦仁
@m_tongarikids
「この学校に来て、一番学んだことは、学ぼうと思えば、どんなことからも学べるということです。そして、どんなことからも学ぼうとする人は、カッコよくて、ステキな人だと思います。6年間ありがとうございました。どうぞお元気で」11人も異動者がいたボクの30秒ほどの離任の挨拶。#教師のバトン
(引用おわり)
う ん 、 働 き 方 改 革 と は 縁 遠 い ね ?
・#教師のバトンプロジェクト【文部科学省】さんがいいねしたツイート(3月31日時点)
↓
(引用はじめ)
@senoo8masatoshi
応援します。ネガティブな報道なども多いなかですが、当の先生たちの思いやがんばっている姿、なかなかニュースなどでは取り上げられない声も共有していこうという取り組みかと思います。もちろん、やりがいだけPRしてもダメで、働き方や職場環境などもよくしていくことと両輪です。
(引用おわり)
【注】妹尾昌俊は、文科省『公認』のプロジェクト応援団の一員(鼻から応援する立場の人間)。一見中立的なコメントを装っているが、その実全く中立ではない
・ネガティブな報道も多いですが、当の先生たちの思いやがんばっている姿、なかなかニュースなどでは取り上げられない声も共有していこうという取り組み
→「ポジティブなツイートでネガティブな印象を払拭したい意図があった」
「このプロジェクトはやりがいPRが目的だ」という文科省のお考えが
【結論】こうした文科省の動向をみると、やはり文科省は「敢えてネガティブな意見を引き出した確信犯説」ではなく「教師のイメージアップを図ってやる気解決を目指してる説」の方が有力
少なくとも「はてブでバズッた内田良さんが投稿したエントリや、炎上後の文科省の言い訳だけを読んで、文科省の真意を読み取ろうとするのは避けるべき」と言えるのではないだろうか
https://anond.hatelabo.jp/20210406154303
日本人の大多数は、「トイレの神様」って聞いて別に違和感は感じないんだけど、
じゃぁ、「トイレの神様」の存在を信じますか?って質問には、日本人の大多数は口ごもる。
更にややこしいのが、口ごもるけど、存在が100%無いと断言するような感覚もないのよ。
凄い単純化すると「どちらでもない」みたいな感覚だけ存在していて
ほんとの人がこれらの宗教的な質問にうまく答えることができない。
大体の人が参加することに違和感もなければ、ポジティブな信仰心も特にない。
日本人の宗教観は、「信じる」「信じない」の二択でも、その間のグレーゾーンでも、
「他の熱心な信者に比べると、信仰していないので無宗教」でもなく、
信じたり信じなかったりどちらの感覚もありつつ、どちらでもないというややこしい宗教観。
(厄除け行かないと気持ち悪いけど別に信じてるわけじゃないみたいな)
なので、元増田の「無宗教」といわれることに違和感は正しくて、「無宗教」ではないけど、
たぶん的確に言い表す言葉がないだけ。
https://anond.hatelabo.jp/20210405201511
みつかったのでトラバしておく、こういう提言が必要なんじゃないか
---
珍しくidつきで返答されたんで反応してみる
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20210404015826
(話はずれるがはてブは返答するのに不便なインターフェースだな)
ここ最近、非モテ論のなかですもも https://twitter.com/sumomodane を中心とした「女をあてがえ論」が主流になってる気がしてるんだけど
10年くらい前はもっと非モテも孤立して個人主義だった気がしててこうコメントしたんだよ
救われるべきだと思うけどその解決が結婚ではないとは思うんだよな。アニメ見てバ美肉楽しんで精神的充足を得る社会ではいかんの?
そのブコメへの反応として、独身にも控除をよこせというのはよくわかるんだけど
フェミが攻撃してきたから反撃してるというのがちょっとよくわからなくて、
であればこうやって反撃するとフェミはぐぬぬって言って引きさがるのかって言ったらそうはならんだろう
最終的にどうありたいのか主張しないことには先に進まないだろうと思ってどうしたらいいのかを俺なりにまとめてみた
結婚というより最終的には自分の遺伝子を持った子を後世に残したいとかそういう話なんだろうか
結構なことだ。俺にはさっぱりわからんけど社会的には俺よかよっぽど適応している人間なんだろう
なんだけどその解決策が
https://anond.hatelabo.jp/20210404144414
こんな風に「昭和の一時期に戻す」になるのは勘弁してほしい。そうなると俺みたいな人間は再び親元に戻されて
が、例えばこんな感じで活動するんなら納得する
女の上方婚、男の下方婚は生物の本能として手がつけられないと思う
であれば、それを是正するのは社会だ。これが「男にだけ資金援助しろ」だと差別だけど
「下方婚したくても経済的理由でできない人間は結婚相手が下方になるまで資金援助しろ」なら目的に援助しているので差別ではない
結婚したくてもできない原因が経済的な問題じゃなく性格の問題であれば、マッチングの機会不足でしかないと思う
そう考えるのはマクロ的な理由で、世界中で非婚化が進んでいる原因が人格だとした近年人間の人格が悪化しているという話になるからだ。そんなバカな
というわけで機会さえ増やせばうまくマッチできる男女が増えると思うんだが、ここで問題になるのが偏見
右からは国際結婚は日本国籍を狙って粗悪な人間が結婚しにくると言われるし
両方とも、お前らいつまで日本が豊かな国だと思いこんでるんだ。正直周辺国と比べて平均賃金も大して高くないぞ
この条件で結婚したい人間は、やっぱり本国だけではマッチする性格がない人間同士だと認識すべき
この種の偏見と戦いたいと言うなら俺も力添えしたい
上のように語ったものの、俺としては現在の婚姻制度っていうのは社会を成りたたせるために成人に無理矢理一定の人生を強いている差別的な制度だと思う
既婚者の方が出世しやすいみたいなわかりやすい格差だけじゃなく
よく男女問題で言われる「既婚男性は家事などの負担がない状態で出世競争をするから女性より有利になる」みたいな話は独身男性にもあてはまるもので、
これを是正する際に女性だけでなく独身男性も同様の是正処置を得るべきだ
実家暮らしの人間は男女共に優遇されている可能性があるが、この点については別の課題もあるので下で語る
経済的には一人暮らしより恵まれてるかもしれないが、多くは望んでその状態になったのではなく社会に強いられて独立できない状態になったはず
それをあたかも本人の人格の問題のように語るのは不適切なんで、こういう偏見にNOをつきつける運動には俺も参加したい
というより
https://lovely-media.jp/posts/1424
こんな感じの性欲の正の効果は既婚者にしか語ることができないような風潮が大半で
独身者は性を語ろうとするとあたかもそれは暴力であり女が一方的に男の暴力を我慢しているかのように言われることが多い
「オナニーで健康に」「ポルノで気持ちをポジティブに」みたいな記事は「夜の関係で夫婦円満」程度の露出度でメディアに出てしかるべきで
それが許されない社会は結婚しない人生を許している社会とは言えない。こういう問題には俺も意見したい
とまあこういう風に建設的な方向に話を進ませればよかったんだが
VTuber好きくない
https://anond.hatelabo.jp/20210401154504
https://anond.hatelabo.jp/20210402121503
この2者はどっぷり日本文化に漬かっていて気づかなくなってるけど、
実はVファンに海外の人間が多いことによってグローバルスタンダードが垣間見えてきて
例えば
「○○ちゃん謝れてえらい!」
日本では大して褒めないちょっとしたことにもポジティブな反応を返すのは海外の特徴だ
というより日本が世界標準に比べて褒めなさすぎると言われている
その他
こっちも具体例が全然出てないけど、今までの本件関連の話から推測するに
日本の腐女子特有の学級会文化に否定的な反応を示していると思われる
んで、普段はてはーは「日本はネガティブな評価ばかりしたがるブラック体質」とか
「相互監視の村社会が悪い、発達障害が生きづらい」とか言ってるわりには
自分達のどっぷり漬かっている分野でこうした批判を応用する場面になると
こういう面、口だけじゃなく行動に出して世界標準に近づけるべきだと思うよ
月曜日、ようやく現職やめられる。
せいせいする。
自分も悪かったのかもしれないけど、人としての尊厳踏みにじられるようなことをされてきたので、未練もなにもない。
なんで採用されたんだろう。今でも謎。
必要とされてなかった。仕事が何もなくて、何をやったらいいか聞きたいけど上司の時間も取れなくて、職場でずっと時間をもてあまさなきゃいけなかったあの時、本当に辛かったなあ。
自分にきっと悪いところがあるんだ。直さなきゃ、改善しなきゃと思って、上司にも聞いてみたけど、結局最後まで何が悪かったのか教えてもらえなかった。最初から仕事ができるとは思ってないから、やり方を学んでくれる?って言われたけど、そもそも仕事を振られていないから、やり方を学ぶこともできなかった。
ほんとに、なんで採用されたんだろう。
まあでもおかげで、ずっとやりたくて、いつかやろうと思っていたことに挑戦する踏ん切りがついた。
新しい世界に飛び込むための、ステップだったのだと思うことにする。
やることが何もなくて、居場所もなくて、メンタルがズタボロだったあの日、必死で毎日を少しでもポジティブにしようと思っていた自分、お疲れ様。
新年度だけど、みんなも社内ニートになったら、まあほとんどの場合は状況変わらないから、辞めるのがいいと思うよ。
以上です。
あのね、男の意識の話じゃなくてジェンダーギャップ指数の話してるのわかる?
ジェンダーギャップ指数の内訳のひとつとして政治家や経営者のような要職の男女比を見てるの。
特に日本の場合、この要職の男女比が大きくてランキングが低いの。
育児や介護の女性率の高さをポジティブな数字として計算式に入れるべきだし
逆に育児や介護が押しつけられる仕事ならその女性率の高さはネガティブな数字として計算されるべき。
だからジェンダーギャップ指数は、ジェンダー差別やジェンダーロールを示す指標としては
それなりの規模感の会社で本部長以上の役職を目指すというか役員目指すとか言ったら
部長以下(下々の者) だったら男女も何もない
三菱地所やら三大商社やら電通やら大手出版社やらじゃないダメとか言いださなきゃ
育休くらい取る気があれば男でも普通に取れるぞ
■ 沖縄について
ネット上には「中国人はなぜ、話し声が大きいの?」という疑問がよく書き込まれています。新型コロナが拡大する以前は日本の観光地に多くの中国人観光客が訪れていましたが、その場にいた人ならば、「中国人観光客の話し声が大きい」と思ったり、中には「うるさい」とネガティブに思ったりした人もいるのではないでしょうか。さまざまな人がブログなどでその理由を推測して書いていますが、何が本当の理由なのか分かりません。
そこで、日本人が想像する代表的な5つの“理由”の正誤について、長く中国に住んだ経験のあるノンフィクション作家で中国社会情勢専門家の青樹明子さんに聞きました。
中国人の話し声は総じて大きい
Q.性格などもあり、全ての中国人の声が大きいとはいえませんが、全般的に中国人が話す声が大きいというのは事実ですか。
青樹さん「事実です。同じ中国人でも、出身地やその他の条件によって違いはありますが、総じて大きいのではないかと思います」
Q.ここから、5つの理由です。「中国語の発音はすべてに抑揚がしっかりと付いており、その強弱で意味が変わるので、大きな声で話さないと伝わらないから」という理由を挙げる日本人がいます。正しいでしょうか、誤りでしょうか。
青樹さん「正しいです。中国語の発音には、4種類の音である『四声』というものがあります。つまり、一つの言葉でも、『平らなもの』『下から上に上がるもの』『下で伸ばして上に上がるもの』『上から下に下がるもの』という4種類のイントネーション(抑揚)があるのです。
そして、面倒なのはイントネーションによって意味が全く異なってくることです。例えば、中国の標準語で『ma』と発音する言葉がありますが、イントネーションで『お母さん』『馬』『叱る、ののしる』『~ですか?(疑問文を示す助詞)』など全く意味が違ってきます。外国人や地方から来た方言の強い中国人が標準語を話そうとする際には、はっきりと大きな声で発音しないと意味が間違って伝わってしまいます。そのため、どうしても大きな声になるのです。
また、中国の中でも、特に広東人の声は大きいとされています。標準語は4つのイントネーションがありますが、広東語は6つのイントネーションがある上、促音(日本語の「っ」のようなつまる音)も多いので、よりはっきりと大きな声で発音する必要があるからです。しかも、来日する中国人の中で広東人の割合はとても高いです。大きな声で話す広東人が日本に多く訪れることで、『中国人の話す声は大きい』と感じる日本人が増えたのかもしれません」
Q.「『にぎやかなことは縁起がよい』という考え方が中国人にはあり、大きな声で話す意識が染み付いているから」という理由は正しいでしょうか、誤りでしょうか。
青樹さん「正しいです。中国では、大きな声で話すことは『体が丈夫』『地に足を着けて生きている』というポジティブな印象を与えます。逆に、声が小さいと『気が小さい』『消極的』というネガティブな印象を与えてしまいます。中国人は声に限らず、大きな音を出すことやにぎやかな音を出すことは縁起がよいという意識を持っています。例えば、赤ちゃんの産声も大きければ大きいほど縁起がよいと喜ばれますし、商店での声掛けも声が大きければ大きいほど商売繁盛のイメージを与えます。春節に爆竹を鳴らすのも魔よけ、福を呼ぶなどの意味があります」
Q.「人口が多いので、大きな声で自己主張しないと誰にも相手にしてもらえないから」という理由は正しいでしょうか、誤りでしょうか。
青樹さん「正しいです。最近は変わりましたが、中国では長い間、お店などで列を作って並ぶ習慣がありませんでした。例えば、市場で野菜や果物を買おうとしても、みんな並んでいないのでワッと押し寄せ、その中で大きな声で欲しいものをはっきり言う必要がありました。売っている側に声が届かないといつまでも買い物ができないのです。そうした習慣から、『自己主張するときには大きな声で』という意識が中国人の中に染み付き、話す声も大きくなったのだと思います」
Q.「大きな声で話すことで見えを張り、自らのメンツを保とうとしているから」という理由は正しいでしょうか、誤りでしょうか。
青樹さん「私は聞いたことがなく、正しいか誤りか判断できません。中国人も声の大きさとメンツとに関連性があるとはあまり言及していないようです」
Q.「中国が急速に経済発展したことで、建設などの工事で騒音が激しくなり、自然と大きな声で話す癖がついたから」という理由は正しいでしょうか、誤りでしょうか。
青樹さん「正しいと思います。交通の騒音もすごいですが、中国では至る所でいつも工事をしており、騒音とは共存状態です。もちろん、経済発展による建設ラッシュが主な理由ですが、いつもどこかで行われている家の内装工事も騒音のもとです。中国では家を買ったら、内装工事は自前で行わなければなりませから。
工事についても、中国人は『周囲に騒音が広がり迷惑をかけてしまう』という感覚がありません。以前、中国で住んでいたアパートの上階で突然リノベーションの工事が始まりました。昼夜を問わずの工事で、電気ドリルやハンマー音が頭上で響き、あまりの騒音で体調を崩しました。しかし、施工主であるアパートの管理会社に言っても取り合ってもらえず、他の住民たちもおとなしく我慢していました。私の場合、1カ月後には日本への本帰国を控えていたのですが、我慢の限界を超え、たった1カ月のために引っ越しをしました。
多くの中国人は数十年前まで、共同住宅で生活することが多く、話し声も含めた隣近所からの生活音に寛容です。大きな音がする機会が多い国なので、それに負けないために大きな声で話すのは納得できます」
Q.公共の場で大きな声で話している中国人を日本人が見たとき、ネガティブに感じる人もいます。どのように対応すればよいでしょうか。
青樹さん「日本で話し声があまりにもうるさい場合は、人さし指を口の前で立てて、『しー』という動作をすれば、中国人も気付いて、声を抑えめにするでしょう。彼らにしてみれば、普段通りに話しているだけであり、彼らは『うるさいと日本人が感じている』と気付いていないだけなのです。中国人は自分たちが外国からどう見られているのかをとても気にする民族です。『しー』とされて怒る人は少ないと思いますし、そうすることは失礼ではないと思います」
昔のお話、ブスですまんかったな……
一部屋3人住まい、別学年1人ずつの振り分けで、自分の代は4人が入寮
入寮日当日、説明会が終わり移動する4人
そこでたまたま先輩2人組と遭遇
片方の、めちゃくちゃ陽キャのオタク毛嫌いしてそうだしなんなら過去いじめしてそう(※ものすごい偏見申し訳ありません ブス増田は綺麗・かわいい顔立ちの気が強そうな人を見ると攻撃されそうで恐怖を覚える)な先輩が、いちばんかわいい子に「あなたが増田ちゃん?」と声をかけた!
かわいい子、否定。次、これまたかわいい子に同じように声をかける先輩。その子も否定して、私を指す。
それまでにこにこだった先輩の表情が、苦笑いとか、愛想笑いとか、そういう分類のものに変わった瞬間のつらさといったら!
よろしくね、と言われたかもしれないけど覚えてないし多分言われてない。一緒にいた先輩とコソコソ話しながら去っていった先輩を見ながら思った、「あっ私のこと言ってんなこれ『最悪〜〜wwデブスww』みたいな、うわ〜〜消えたい死にたい」っていう感情だけ強烈に記憶に残ってる。
ちなみにこの先輩は同室の先輩だった。たしか1年間同室だったけどほとんど口を聞いた記憶が無い。その先輩が私の代のかわいい子たちと仲良くしてる姿はたくさん見た。消えてえ〜〜〜〜!!!!!根暗デブス1ミリも人間として面白みなくてすまねえ〜〜〜〜〜〜!!!!!
②先輩卒寮式の置き土産
最終日に卒寮生がひとりひとりコメントする時間があったんだけど、1人の先輩が「在寮生に一人一つずつコメントします」ってコメントをはじめた。
「〇〇とはよく菓子パしたねありがとう」とか「〇〇寝坊しなくなったねえらい」とか、そういう何気無いポジティブメッセージが送られてて、何言われるかな〜って呑気に楽しみにしてた。
その時の私、まじでボサボサ。どっからどうみても綺麗ではないし、美容院とかも全然行ってないし手入れもしてないからお世辞にも綺麗とは言えない。
そりゃそうだ特別接点があった先輩じゃないし、特別いいとこなんて持ってないデブスだもの先輩も困るわな!!!!!
いたたまれなさと、恥ずかしさと、消えたさと、いい言葉を貰えるんじゃないかと期待してた自分殺したさと、そんな感じの気持ち以外覚えてない。
なにがつらいって、上記エピソードにおいて先輩たちは私を明確に傷つけようとしたわけじゃなくて、そんなつもりは無かったのに、ブスは勝手に傷つくし先輩も不快(まではいかなくとも少なくとも愉快にはならない)になってしまう点だ。
かわいい人、きれいな人は存在するだけで人を幸せにできる力がある。
一方で、ブスは存在するだけで他人に迷惑なり不快感なりを与えることができてしまうし、いらない配慮をさせてしまったりする。
申し訳ねえ……生まれてきてしまって本当にすまんな……せめてこの遺伝子はここで途絶えさせるから、どうか攻撃されない穏やかな人生を送らせて欲しい……。
はてブでは、「文科省は敢えてネガティブな意見を引き出した確信犯」説が大人気だが
私は違うと予想する
と、いうのも、「教師のバトンプロジェクト(文部科学省)」公式が、炎 上 前 にnoteにした
↓
https://mext-teachers-gov.note.jp/n/n1effc43cd146
2021/03/26 08:50
こちらに書かれてあるプロジェクトの説明、一見はてブでバズッた内田良さんがYahoo!ニュース個人コーナーで語った内容と、ほぼ同じに見えるが
以下にまとめてみた
↓
(引用はじめ)
・私たちは、プロジェクトを検討する中で、多くの教職を目指す現役学生や、教職を断念した学生・卒業生と意見交換をしてきました。
「教師の魅力・やりがいはわかっているけれど、報道されているような長時間勤務に耐えられるか不安」
「実習先の学校で見た教師たちが保護者対応や事務作業など、教える以外の業務対応で忙殺されていて 教師になれるか自信をなくした」
・学生の生の声を聞き、私たちは考えました。【一部の報道や、実習先など一部の学校の印象で教職を諦めるのはあまりにももったいない】し、現職の教師が行っている、全国の学校現場の日常の創意工夫や広がる改革の波について、教職を目指す学生や社会人の方々に対して十分に発信できていないのではないかと。
・【教師は子供たちの人生を変えるくらいに大切な価値ある職業であること、文部科学省も現状の課題をふまえ時代に対応した制度改革を急速に進めていることを改めて社会に共有したい】と考えました
・こうして「#教師のバトン」プロジェクト の構想が固まってきました。
・また、教師だけでなく、【保護者や地域の皆さまからも、例えば、「娘の担任のここが素敵」、「地域と学校をつなぐ自慢の教師たち」など、教師へのエールのシャワーをたくさん浴びせていただき、社会全体で教師を応援するという雰囲気をつくることができれば】、こんなにうれしいことはありません。
・このバトンを教師だけでなく、【社会の多くの方々につなぐことで、教師を社会全体で応援する雰囲気を醸成したい】という思いも込められています。
(引用おわり)
特 に 【 】 で 括 っ た 箇 所 を 、 よ く よ く 読 ん で ほ し い
見比べると、かなり印象が変わるのではないだろうか
【疑問】
上記の文章を読むと、文科省に対して、こんな疑問を抱くのではないだろうか
・文科省は『一部の報道や、実習先など一部の学校の印象」で働き改革が進んでいないかのごとく受け取られているが、実際は急速に進んでいる』と印象づけたい?
・文科省は
「教師は子供たちの人生を変えるくらいに大切な価値ある職業であること」
「保護者や地域の皆さまからも、例えば、「娘の担任のここが素敵」、「地域と学校をつなぐ自慢の教師たち」など、教師へのエールのシャワーをたくさん浴びせていただき、社会全体で教師を応援するという雰囲気をつくることができれば」
「社会の多くの方々につなぐことで、教師を社会全体で応援する雰囲気を醸成したい」などの記述があるように
教師という職業のやりがいや社会的価値の『誇示』に主眼を置いて、更にやる気を搾取する方向での解決を目指そうとしているのではないか?
私は、文科省がこのプロジェクトを始めた意図はこの二つにあると強く感じた
〇更に「敢えてネガティブな意見を引き出した確信犯」を否定する状況証拠として「公式Twitter上での文科省の振る舞い」がある
彼らが「何をリツイートし、何にいいねを付けたか」確認していきましょう
#教師のバトンプロジェクト【文部科学省】 (@teachers_baton) | Twitter
https://twitter.com/teachers_baton
↓
・#教師のバトンプロジェクト【文部科学省】さんがリツイートした教員エピソード(3月31日20:00現在)
(引用はじめ)
大野 睦仁
@m_tongarikids
離任される先生の中で、ボクより経験を重ねてきている先生が「この学校に来て、授業研究が初めて楽しくなったことが一番の思い出です」とおっしゃっていた。確かに疲弊している学校研究だけど、やり方あり方次第で、まだまだ可能性は残っていると思う。若手大量採用の時代だからこそだ。#教師のバトン
大野 睦仁
@m_tongarikids
「この学校に来て、一番学んだことは、学ぼうと思えば、どんなことからも学べるということです。そして、どんなことからも学ぼうとする人は、カッコよくて、ステキな人だと思います。6年間ありがとうございました。どうぞお元気で」11人も異動者がいたボクの30秒ほどの離任の挨拶。#教師のバトン
(引用おわり)
う ん 、 働 き 方 改 革 と は 縁 遠 い ね ?
・#教師のバトンプロジェクト【文部科学省】さんがいいねしたツイート(3月31日20:00現在)
↓
(引用はじめ)
@senoo8masatoshi
応援します。ネガティブな報道なども多いなかですが、当の先生たちの思いやがんばっている姿、なかなかニュースなどでは取り上げられない声も共有していこうという取り組みかと思います。もちろん、やりがいだけPRしてもダメで、働き方や職場環境などもよくしていくことと両輪です。
(引用おわり)
【注】妹尾昌俊は、文科省『公認』のプロジェクト応援団の一員(鼻から応援する立場の人間)。一見中立的なコメントを装っているが、その実全く中立ではない
・ネガティブな報道も多いですが、当の先生たちの思いやがんばっている姿、なかなかニュースなどでは取り上げられない声も共有していこうという取り組み
→「ポジティブなツイートでネガティブな印象を払拭したい意図があった」
「このプロジェクトはやりがいPRが目的だ」という文科省のお考えが
この「唯一したいいね」(3月31日20:00現在)から感じ取れる
【結論】こうした文科省の動向をみると、やはり文科省は「敢えてネガティブな意見を引き出した確信犯説」ではなく「教師のイメージアップを図ってやる気解決を目指してる説」の方が有力
少なくとも「はてブでバズッた内田良さんが投稿したエントリや、炎上後の文科省の言い訳だけを読んで、文科省の真意を読み取ろうとするのは避けるべき」と言えるのではないだろうか
「クラスで一番絵がうまかったから調子に乗って上京して持込してボコボコにされて、それでもあきらめなかった」
というのはやっぱりすごい事だと思った。大多数はそこで筆を折ってしまうような気がするし。
そこで筆を折らなかったのは、周りから褒められていたときの成功体験というか、なんかそういう記憶の後押しはあったのかな?と思った。
自分はクラスで一番うまいというところにも行ったことがなかったし、クラスの中で全然うまくないのにうまい振りした下手くそだった。自分だけは自分の下手さを認めたくなくて上手い人から目を背けていたし、「自分はうまい」と思い込ませていたけど
やっぱりクラスで一番絵がうまい奴はレベルが違った。同じ四角をスケッチしたとして、自分は平面の四角を30分かけてうまぶりながら描くのに、本当にうまい奴は3分で立体的に描くみたいな。
練習量、努力の差はもちろんあるけど、自分はなんかもうそういった成功体験がなかったので、やる前から負け癖がついている気がした。絵の世界で勝ち負け付けるのもナンセンスではあると思うけど、人と自分を比べて自分はあいつよりも下手だと思う感情というか。
っても無駄・やるだけ無駄・やったってどうせうまくなれないみたいな感情は必ずあるもので、学習性無力感みたいなもんなのかなと思う。
そこから這い上がれたり、スーパーポジティブだったりする人は伸びる。
描くことが好きだから下手なんて気にしないし、他人の評価なんてもっと気にならない。萌えを表現したいし自分が描いてて楽しいのが一番の原動力。っていう人は
それは一種の「描くための才能」だと思うし、とても素晴らしい能力だからすごく羨ましい。
お絵描き歴〇年の自分よりも去年から描き始めた人の方がうまいとか、自分に萎える事は多々あるけどやっぱり絵を描きたいからあまり卑屈にならず自分なりに頑張っていきたいな。
絵でも漫画でも小説でもゲームのプレイングでもなんでも、うまい人が伸びるのもあるけど精神面もすごく影響してくる。下手でも楽しんでる時が一番人生楽しいと思うし。
世の中に「筋トレ万能論」とも言うべき説が流れはじめて久しい。
やれ筋トレすればメンタルが上向く、健康になる、モテる、出世する、云々かんぬん、もはや宗教だ。
これが本当なら素晴らしいことだが、おれ自身は3年間筋トレに取り組んだ結果、鬱になり、無職になった。
筋トレに興味があって始めてみようかと思っている人、また無責任な筋トレ万能論を振りかざす人に特に読んでほしくてこの文章を書く。
身バレすると面倒なので適当にフェイクを混ぜるが許してほしい。
子供のころからガリガリだった。身長は180cmあるのに、体重はたった55kg。アンガールズ山根とほぼ同じ体型だと思ってくれればいい。
胸板など欠片もなくぺったんこ、力こぶを作ることもできない。
それでも大きな病気をすることもなく生きてこれたが、30歳を過ぎていきなり体の不調を感じることが増えた。
人混みで買い物をするだけで風邪を引く、数時間パソコン仕事をするだけで腰や背中が痛みだす。
これではいけないと感じ、パーソナルトレーナーのいるジムに通い始めた。
トレーナーの指導を受けて、毎週2日、1回45分の運動を始めた。目標は体重+15kgの70kgとした。とにかく一般成人並の体になりたかったのだ。
最初はウェイトなしのスクワットすらきつかったが、次第にダンベルやバーベルを使ったトレーニングもできるようになった。
食事も低カロリーな野菜中心だったものを、卵や鶏肉、ナッツ、ヨーグルトなどタンパク質の多いものに変えて、朝晩2回のプロテインを飲むようにした。
すると体重は緩やかながらも順調に増え、1ヶ月に1kgのペースで体が大きくなり、8ヶ月後には63kgに到達した。
ぺったんこだった胸に大胸筋の膨らみが生まれ、顔の輪郭もふっくらとして健康的になってきた。
なるほど、これは筋トレにハマる人が多いのもわかる。自分の体を鏡で見るのがだんだん楽しくなっていた。
ところがここで転機が訪れる。いままでお世話になっていたトレーナーが退職してしまったのだ。
新しいトレーナーに引き継いでもらっても良かったのだが、以前から高額な費用が気になっていたこともあり(1回3,000円だから一ヶ月で約24,000円になる)、ここは自分で鍛える方向でやってみようと考えた。
しかしこれがひとつ目の間違いだった。自己流に切り替えた途端、体重の増加がピタッと止まってしまった。
今にして思えば、それまで第三者がいたことでできていた「自分を追い込む」という行為が、ひとりになって全くできなくなったのだろう。
それから半年、やってもやっても効果が出ず、自分はなぜ筋トレを続けているのかもわからなくなってきた。
そんな悩みを各方面に話していたら、知り合いが「手伝いますよ」と声をかけてくれたのだ。
彼は東京でパーソナルトレーナーをしている男で、ビジネス関連の交流会で何度か顔を合わせたことがあった。
おれが住んでいるのは大阪のため、毎月メニューを考えて送るので、月1回、Skypeでのコンサルタントで成果を確認しましょうという話だった。
しかも知り合い価格で、かなりの格安で引き受けてくれるという。
メニューを考えてくれるのはありがたいし、知り合いに頼めるなら安心だと思った。彼から送られてきたのは以下のような方針だった。
なるほどなるほど、これならすぐに停滞期を抜け出して70kgにも到達するだろう……そう考えていた。
しかしこれが自分には合わなかった。彼の指導を受けはじめてから1年経って、増えた体重はたったの2kg。
とりあえず65kgにはなったものの、このペースでは70kgになるまであと2年以上かかってしまう。
この状況を見かねたのか、彼から「ヨーグルトにプロテインと冷凍フルーツを混ぜたものをおやつに食べましょう」とのお達しが来た。
おれはさっそく特製ヨーグルトを毎朝作り、職場で食べる生活を始めたが、これもまた大きな効果があったとは言いがたかった。
ビタミン類はサプリメントで摂取し、野菜やフルーツよりもカロリーの高い卵や肉類を食べていればもっと効果が出たような気もするのだが、今となってはわからない。
結局、それから2年かかってようやく体重が69kgまで増えた。目標まであと1kgである。
ところがこのとき、自分にはまた別の問題が降りかかってきていた。
週2日から4日にトレーニング頻度を増やしたこと、また食事にかかる労力が増えたことで、仕事に支障をきたすようになったのだ。
自分はもともと食べるのが遅いので、朝食を食べるだけで30分かかる。
量を食べているから消化にもエネルギーを使い、頭がぼーっとして集中できなくなる。仕事中に休憩を取る回数が明らかに増えた。
またおれは技術職のため、仕事が終わっても自主的に本を読んだりオンラインコースを受けたりと勉強を続ける必要がある。
ところが筋トレをするとその後は何もできないほど疲れてしまうので、勉強の習慣もすっかりなくなった。
気がつけば生活のほとんどを筋トレと食事に取られ、本業がどんどんおろそかになっていた。
やってもやっても成果の出ないことにいらだち、体重計に乗るたびに自分を責めた。
「筋トレで人生変わった」「筋トレでポジティブになれる」という発言を読んでは、ちっとも人生変わらずポジティブにもなれない己が情けなくなった。
それでもなぜ筋トレをやめなかったのかといえば、「目標を達成できなかったら、指導してくれている知り合いに申し訳ない」という気持ちがあったからだ。
彼の顔に泥を塗るわけにはいかない。せめて目標の70kgを達成して、そこで区切りにしようと考えていた。
2020年初頭の新型コロナウィルス騒ぎである。目標体重まであと1kgと迫った直後、全国に伝染病の恐怖が蔓延し、ジムは営業停止、仕事はリモートワークに切り替わった。
ジムに通えなくなったおれのために、知り合いは自宅でもできるメニューを考えてくれたが、もはや後の祭り。
食糧の買い出しすら自由にできなくなった生活の中、おれの食事量はみるみるうちに減り、体重も1ヶ月で6kg減った。63kg、つまり最初の停滞期の頃にまで戻ってしまったのだ。
「2年間の努力が全部無駄になった」という事実が、おれの精神を完全に崩壊させた。
筋トレに多大な時間と金額と体力のリソースを取られ、本業でのスキルアップもできなかった。これで筋肉さえ残ればまだ良かったものの、すべて消えてしまった。
いったい自分はなんのためにトレーニングなんかしてきたんだろう……
気づけば、勤続年数の割にぜんぜん出世もできていないし、それどころか、あとから入社してきたエンジニアが自分の上司になっている。
焦って勉強しようにも、本を開いても眠たくなるばかりで、何も内容が頭に入ってこない。
自分のことがひたすら無能で、無価値に感じられ、街を走っている車の列に飛び込めば楽になれるのか、と考えることが増えた。なんてことだ。
自らの置かれた立場を見つめ、絶望し、大きな後悔を抱えながら、おれは辞表を提出した。
今は貯金を切り崩しながら、実家で療養生活を送っている。社会復帰できる目処はまだ立たない。
そもそも筋トレで鬱が治るなら、スポーツ選手に鬱病患者はいないはずだ。あのイニエスタですら鬱だったというのに。
筋トレしているのに気分が上向かないことだってある。それを自分が悪いのだと考えるのはやめよう。
ガリガリからムキムキになれたら人生きっと好転するだろうと夢を見すぎていたところがあった。
だから本業をおろそかにしてまでリソースを筋トレにつぎ込みすぎ、大した成果も出ず、結果として多くを失ってしまった。
どうせなら無理のない範囲で、細く長く続けていけばいい。
トレーナーや指導法との相性は必ずある。合わないと思ったらすぐ変えることも必要だ。
優しい性格の人ほど、知り合いを「切る」ことができないので、十分注意してほしい。
「やらない後悔よりやる後悔」という言葉がある。おれに言わせれば、どちらも同じ後悔だ。
悔いのないくらい精一杯やれよという人がいるだろう。だが精一杯やったのに成就しなかったという事実は、より深い絶望をもたらすこともある。
筋トレなんてしなければよかった。それが今の率直な胸の内だ。
さすが匿名だけあって皆さんコメントや言及が厳しい。ここは言葉が人を殺す可能性なんて微塵も考えない人ばかりだ。
ひとつ付け忘れた教訓がある。
(今思えば)無理な筋トレをやめなかった理由のひとつに、複数の女性から体力の無さを揶揄されたことが挙げられる。
8kgの増量後、異なる女性とそれぞれ一緒に旅行に行く機会があった(二人きりではない)。その際、長距離の移動でおれが疲れを見せたり、息があがったりしている様子を見たとき、彼女らは一様に軽蔑のまなざしを向け、あからさまに冷たい態度を取ってきた。
自分としては8kg増量もそれなりによくやったと思っていたのだが、この経験から「まったく足りないのだ」「もっと鍛えなければ一生女性から馬鹿にされ続けるのだ」という認識を得たのだ。つまりは強迫観念である。
世の中、男性の体力など特に気にしない女性だって多いのかもしれない。しかし、実際にそういう態度を向けられた者からすると、その侮蔑が普遍的なものにすら感じられる。
太った体型を嘲ってはいけないという常識は広まりつつある。ガリガリもまたしかりだ。何気ないその態度が、他人に強い呪いをかけることもある。みなさんは痩せ型で体力のない女性を馬鹿にするだろうか。そうでないなら、男性のことも馬鹿にしないでほしい。
そしてこの文章を読んでいる痩せ型の男性のみなさんも、決して呪いにかからないよう気をつけてほしい。体力や筋肉がなくても、あなたはあなたであるだけで、十分に美しい。
そのまま再放送してくれたらいいのに今の武田真治がめっちゃ出しゃばる構成になっててうざかった
最初と最後に武田真治が一人でダラダラしゃべるパートがあってそのせいで本編のトップランナーが編集されて短くなってたから
たぶんスタジオにいた観覧者から質問に答える部分がカットされたんだろうな
武田真治ひとりしゃべり下手でとても聞いてらんなかった
トップランナーってタイトルは知ってたけど番組はもうだいぶまえに終わっててほとんど見たことなかったからちゃんと見たのはじめてだったかも
今敏がかなりよくしゃべっててなんか新鮮だった
兄がロックな人生してたのを見て反面教師にして大学は出とこうと思って美大いった
真似して絵を書いてた
1、2巻まで買って読んだ後、3巻を探して子供の足で回れる本屋をぜんぶ回ったけどおいてなかったから仕方なく4巻をかった
でもあとで3巻を読んだら全然内容違ってた
集団でなにかやるのがきらいでひとりでやれる絵をやってた
「私・・・」みたいな間のとり方があるけどそういうところで空間の使い方を学んだ、とかそういうわけではない
大学でマンガ賞とってデビューしたけど書きたいものがあるわけじゃないから困った
アニメの世界に入ることで集団でなにかやることの楽しさがわかった
思い通りにいかないこともふえるけど、想定外のこともたくさんおきてそれが面白い←ここプロフェッショナルで庵野秀明が同じようなこと言ってたな
楽しく生きるというのはラクをするということではない
楽しく生きるための努力をするということ
その努力を含めて楽しめるようにすること
個性個性って言われると個性が内側にあるように考えてしまうが、そうじゃないと思っている
友達のことは好きだし、近況を聞いたり、一緒に遊びにいったりするのは楽しい
ただ、大学生になって、人のことを鋭い言葉で評価しまくるようになって戸惑う
例えば、誰かがsnsにあげた写真で以前よりも太っていたらクソデブ。声が高めの友達の授業での発表を聞いてぶりっ子。
とにかく自分と仲良くない子や気に入らない子を攻撃的な言葉で評価することが多い。
その子の周りの子も攻撃的で、定員制.希望制の実習の際に、仲の良くなかった女の子が自分の希望している実習を希望した時に、あのブス、定員溢れるからどっかいけ、と教室で大声でしゃべっていた (悪口を言われている女の子はその場にいなかった)。
ちなみに悪口を言われていた女の子は、確かに流行りのキラキラした系統ではないけれど、別にブスではないしオシャレだし、頭もいい優秀な女の子だ。
こういう、その人の本質とは関係のない悪口って高校生までで終わりじゃない?流石に大学生にもなったら分別がつくと思っていた
悪口って最終的には自分の言った言葉が呪いのように自分の首を絞めるし、人ってポジティブに捉えた方が面白いというのが、20数年間生きてきて出した今の私の正解だ。そして今の私の周りにいるのもそういう友達だ。
人をおとしたり、見た目を揶揄するようなコミュニケーションは私にとっては全然面白くないし、不愉快なこともあって困惑してしまう。
ただ、これも考え方の違いかもしれないな〜とも思う。友達や友達の周りの人にとってはテンポよく、ジョーク混じりに揶揄したりするようなコミュニケーションが心地いいのかもしれない。実際その人たちの人を揶揄した表現を面白い話として、先輩や他の子から聞くこともよくある。
だからそういう風なコミュニケーションの取り方をしてる人ってなにを考えてるのか気になる。逆にその人たちからは私たちがどう見えているのかも教えてほしい。
少し真面目に考えてみたい。
結論から言うと、一般に「非モテは「障害」の概念とは相いれない」と考えられている、と思う。
そう考えられている理由は、以下のような点ではないでしょうか。
・「日常生活・社会生活における制限」という障害の概念に、広く当てはまるものではない
=『確かに生きづらさはあるだろうけど、それ言ってたらなんでも障害になっちゃう』
・仮に制限があったとして、本人の取り組みで解消されうる可能性が十分にありうる
=『話し方とか身のこなしに原因があるとしたら、皆多かれ少なかれ気をつけて直してるんだから、直るはずだよね』
LGBTに対する数十年前の理解だって上のように思われてたはずで、ここ数十年の努力でLGBTの生きづらさが可視化され、また誤解が解けたことで人権の問題として解決が図られるようになってきた。
それと同じ構図じゃないかと思ってる。
世の中をポジティブに考えると、「生きづらさの問題が徐々に解決してきたから、次は非モテの改善の番」という風になるかもしれない。
一方で、上に挙げた「一般的な反応」に対して、非モテとしてきちんと回答が出せずにいるような気がする。
LGBTの場合も「直そうと思えば直るでしょ」という点が誤解だったわけですが。
そこをもう少しきちんと説明する必要があって、共感が得られるところまで持っていく必要があるのではないでしょうか。
実は逆の視点で、やっぱり「直せる」はずなのかも。
そうだたとしたら、「障害」に仮託するのではなく、「失業」に類するものと考えて解決を図るべきなのかもしれない。
東京都 新型コロナ 420人感染確認 3月で最多 | 新型コロナ 国内感染者数 | NHKニュース
このままいけば、また感染拡大が見えてきた。宣言解除については当初の指標を守った、とかポジティブに評価する向きもあるけれど
危機管理って、過去のルールに固執すればいいというものでもないよね。
一体政府は何を考えているのかなと思ったところで、ふとひらめいた。
どのみち、打つ手が限られていて、飲食など受難に耐えている業界にもこれ以上のお願いは無理。
オリンピックの安全な開催に向けて、感染症対策に全力を尽くすという意思は最初から、なかった可能性がある。
開催する責務はあるが、中止する権限はないという、恐るべき状況に置かれているなかで、
中止に持ち込む唯一の手段は、海外の選手団、メディアが訪日をあきらめざるを得ない状況を作り出すことだ。
そこで日本政府は、徹底的にアホ面して、海外の関係者が五輪に関わるのはやばいと思わせるのがいいのではと考えた。
まず、ワクチンは前提としない。我が国はノーガードでいきます、と宣言。
ダメ押しに、感染者を増やし、病院をパンパンにする。外国人の病床は確保できません、と。
そうして、来日を諦めさせれば、IOCも中止を検討せざるを得ないのではないか、と。
でも現実はそうではなくて、
自分の政党の犯罪を他山の石とかいってしまうような、壊れた頭の人たちが意思決定をしている。
すべては悪いほうに進んでゆくのだろう。2021年。