はてなキーワード: 海戦とは
数年前に流行り、今も続いている艦これのお陰で、日本海軍の軍艦が一部で話題になった。
確かに日本海軍は世界3大海軍に成長したわけだし、艦にも技術面・戦略面で色々野心的な試みが散見される。
「それで、実際その艦達はどれだけ役に立ったの?」と訊かれると、「世界屈指レベルで凄いのはいない」と言わざるをえないのだ。
嘘だと思うなら、艦これの中華パクリゲーとして出発し、今やタバコに対する電子タバコくらいのポジションを確立した、戦艦少女のwikiでも読んでみるといい。
で、そんなヒマすらない人のために書くと、以下のようになる。
まず大型艦というくくりでのみならず、普通の人にとって軍艦の筆頭として思い浮かぶ戦艦だけど、ビスマルク級、ドイッチュラント級、フッド、クイーンエリザベス級といった欧州勢の存在感が輝きまくっている。
次点でアイオワ級、ノースカロライナ級といったアメリカ艦が来る感じ。
金剛型?飛行場を艦砲射撃したけどあっさり復旧された、霧島がワシントンと夜戦で戦って結局沈められた、以外になんかあったっけ?
大和型…と書いて「無駄に温存された挙句、ワンサイドゲームで沈められたデカい艦」と読むんだっけ?
長門?日本の象徴という名の引きこもり。だって同じ象徴艦でも七つの海を行幸し、海戦で華々しく(?)散ったマイティ・フッドと比べたら格が違いすぎでしょ。
戦艦と並ぶもう一方の大型艦で、事実上現代の海戦の王者として君臨する空母は、これはもう完全にアメリカの一人勝ち。
赤城加賀蒼龍飛龍は、結局ミッドウェーで「大正義」ヨークタウン級に沈められたことが一番大きな記録になってしまっている。
翔鶴型は「数の暴力には勝てなかったよ…」を戦歴で証明しただけ。結局太平洋戦争のMVPは瑞鶴じゃなくてビッグEだったわけだし。
最後に中小型艦艇だけど、これまたアメリカのフレッチャー級とタイコンデロガ級だけでお腹いっぱいという現実。
特型?陽炎型?雪風みたいなごく僅かな艦を除いて次々戦没したよね。
その他、世界最強と言われ、夜戦がお家芸だった日本の軽巡・駆逐も、レーダーを用いた遠隔攻撃や潜水艦の群狼戦術、艦載機の空襲の前に全て敗退。
悲しい話です。
少なくとも戦歴で自慢すると墓穴掘ることになると思う。
村上海賊の娘を読んだ。読みやすい歴史エンターテイメント小説だった。海戦の終結が切なかった。
正直なところ、一巻を読んだ時点ではあんまり面白そうな感じはしなかった。物語やキャラクターはとても優れていたのだけれど、頻繁に出てくる現代との相違や、メートル法表記などのせいで没入感が削がれていたのが原因だった。
また大規模な戦がはじまっていなかったのも理由に挙げられると思う。まるまる一巻使っているのに、舞台の説明と登場人物の紹介だけに終始するのは(もちろんそれだけじゃないんだけど)いただけなかった。
でも、二巻以降はすごい。陸戦から始まり、ちょっとしたインターバルを挟んでから大々的な海戦へと展開していく。土煙がもうもうと立ちのぼり、磯のにおいがぷんぷんと立ち込める中、魅力的な登場人物たちが戦場を闊歩していく。
凄惨極まりない戦場がたて続けに描かれるのだけれど、この物語はそこにユーモアを落としこんでくるところが素敵。現代の価値観からでは受け入れられない狂人ばかりが登場するのに、どいつもこいつも痛快で清々しい生き様を見せてくれるのもよかった。
最終盤では主要な人物が死んでいくんだけど、終わりが近いこともあって、妙に物悲しく感じてしまった。泉州の海賊が死んでいく様なんかは捨て台詞のひょうきんさから笑ってしまったほどだったのに。
今年は過去最高にゲームをした年になった気がしたのでまとめてみた
戦闘は楽しいけれど、本当は拠点から出撃するタイプよりもオープンワールドやリニアなアクションADVのほうが好み
仲間モンスターは使い捨てなので、成長させたり合体させたりという要素も欲しかった
完全に懐古趣味のみ。今となってはさすがに古くさい
これよりも決戦のリメイクを
今年最高のゲームの一つ
ブラッドボーンの後に遊ぶと楽に感じる・・・と思ったけれどDLC部分はなかなかの歯ごたえ
正直、ファン以外は手出し無用
探索と戦闘が良い感じだけど、興味のないキャラのエピソードだとダレるときもある
ドラゴンズドグマを楽しめた人なら確実に買いだと思う
ちょうどいい歯ごたえの出来のよいアクションゲームといった感
映画のバタフライエフェクト的なシステムを取り入れたホラーゲーム
ムカつくキャラが多いけれど、やってるうちにちょっと好きになってくる
メタルギアシリーズは初だったけれど楽しめた
あれだけ自由度の高い戦闘システムを破綻なく仕上げたのは凄い(コナミ感)
追加要素はイマイチ
いろいろと物足りないが、ブラッシュアップすれば光りそうでもあるので次回作には期待したい
主人公のアーナスのモデリングは素晴らしいけれど、これはフライトユニットの手柄か
ロープランチャーで立体機動できるので快適になった。しかしちょっと酔うかも
ストーリーは浅い
テスのあざとさは異常
画面が大きくなれば酔うかと思ったけれど杞憂だった
最初は重力操作に戸惑うかもしれないけれど、移動と攻撃が一体化した重力キックを使いこなせるようになると別次元の楽しさになる
ファンなら満足するはず。音ゲーのシステムとしてはDivaのほうが好き
コンセプトと緊張感のある戦闘が良い
ガードのシステムは良かったけれど、後半は機能しなくなるのが残念
新規IPにしてはソツなくまとまってるけれど、後半になると日常パートがちょっとめんどい
雰囲気ゲーと思わせつつ、アクションゲーとしてシビアなところもある
ボリュームは少なめ
ニャル子の曲でうーにゃーするのは楽しいけれど、知らないアニメが多いと物足りないかも
あとはDL専用ゲームのバリアントハート、never alone、everybody gone to raptureなど評判が良いものをいくつか
HDリマスタものを減らせばもっと多くのゲームをプレイできるはずだけど、昔楽しんだゲームをより良いクオリティでもう一度プレイできるのは嬉しいもの
マリオ系はDSの頃に完全に飽きて卒業。オン対戦専用のイカにも魅力を感じないので自然とPS中心に
自分の中のGOTY 2015はブラッドボーン、次点でMGSVだろうか
あとGravity Dazeはやっぱり素晴らしい
2016年はDQビルダーズ、FF15、進撃の巨人、戦ヴァル、ダークソ3、Gジェネ、Horizon、Daze2、トリコあたりは必ずプレイする予定
VR元年でもあるので今年よりも大変なことになりそう
これまで見たアニメ一覧を記録しておこうと思ったので。
忘れそうなのでメモ。
順番は思い出した順で、大体見た順になっているはず。
機動戦艦ナデシコ: 人型ロボットは嫌いなので、ロボットバトルシーンは飛ばして見ていた。これが時代を席巻した電子の妖精かと感動
スターシップオペレーターズ: ちゃんと海戦ぽいことをやって楽しませてくれていたのに、打ち切りと聞いて残念だった
化物語: ヒロインの精神疾患を主人公が(フロイト的な)精神分析で治療していくアニメだった
ソ・ラ・ノ・ヲ・ト: 田舎の要塞という雰囲気感が楽しかったが、ストーリーはあまり覚えていない。
STEINS;GATE: 俺も学生生活がんばんなきゃなあと思わされたアニメ。本当に次の話が見たくなっていた
ラストエグザイル: 続編が発表されて、絶対見たい!と思うくらいにはおもしろいと思っていたのだが、内容が思い出せない
ラストエグザイル-銀翼のファム-: 主人公が戦場に似つかわしくないほど能天気ということだけ覚えているが、最後まで楽しくみれた
あの日みた花の名前: 懐かしい感を楽しむアニメ。昔の仲間に会いたい!と思わされた
ヨルムンガンド: 銃撃戦大好き。武器商人というマニアックな存在を扱っていたので、新鮮な気持ちで楽しんでみれた。
黄昏乙女×アムネジア: 夕子さんの姫カットを楽しむアニメ。幽霊より怖いのは人間、というエピソードが好き
ダンタリアンの書架: キャラデザの可愛さと沢城みゆきボイスを楽しむアニメだった。
モーレツ宇宙海賊: SF設定にテンションが上がった。電子戦や艦隊戦っぽいやつとかヤッパリ好きだなと思った
東のエデン: ストーリーは「次、どうなるの?」と、毎回ワクワクして見れた。主人公の声優が能登麻美子だと思っていた
四畳半神話大系: 大学生活は自由で、大学時代の自由は正義である。大学生活は何度でも繰りかえしたい
キルミーベイベー: 作業しながらアニメを見れると教えてくれた
フラクタル: 見たことすら忘れていた。ハナカナボイスが印象的だった
てーきゅう: テンポがよく、時間が短すぎると感じるほど楽しめるアニメだった
プラスチック姉さん: 片足のニーソが脱げたまま、ふて腐れているシーンが扇情的で印象的だった
みなみけ2期: ネット上の評判は良くないが、個人的には好きな話もあった。普段反目している次女と三女が長女のイヤリングを壊してしまって、それを取り繕うために東奔西走するエピソードがお気に入り。
みなみけ3期: 作画監督によって艶かしくなったらり、あっさりしたりすることを教えてくれた
みなみけ4期: 佐藤利奈の演技がこんなにも癒しになるのだと教えてくれた
のんのんびより: 田舎アニメというよりは、箱庭アニメ、単純に女の子が可愛いを濃縮すると、こうなるのかと思った
ミス・モノクローム -The Animation-: 色白で感情の起伏に乏しいキャラと堀江由衣が好き
アウトブレイク・カンパニー: お姫様とメイドのキャラデザに引っかかった。内容の文化的侵略というネタは興味深いと思ったが、もっと掘り下げたストーリーを見たかった
ひつぎのチャイカ: メチャクチャにハマった。これは後日、項を改めて感想を書こう
スクラップド・プリンセス: 榊一郎作品つながりで見た。榊一朗作品は、登場人物に原理とか思想信条みたいなものがちゃんと有って、見応えがある。最後は急展開で説明不足もある、と言う感じだったけど、天空が三角に分割され、外の世界に切り替わっていくシーンが好き。やはり今見るとキャラデザが古い(というかモグい)
おわり
みんなルーデルとか大好きだけど、ルーデルに撃破されて死んじゃったヒトっているよね。すげえ狙撃主とかエースとか、英雄的な兵士の話って好きなヒト多いけど、彼らにやられてあっさり死んじゃったヒトはいるよね。空戦でも陸戦でも海戦でも格好いい話はあるけど、死んでるヒトももちろん沢山いる。
正規軍だから、とか、勝利側だから、とかってことじゃなくて、戦争での殺人は個人対個人の殺人とは別って考えないといけないよね。そりゃそうだ。そうじゃなきゃ、カーティス・ルメイとかどうすりゃいいの。ひとりで何万人も殺してるじゃない。
末端の兵士の戦争責任ってなんだろうね。難しいよね。やっぱり、戦争を手段として用いた為政者なり立案者が責められるべきってことだよね。東京裁判とかもそういうことでしょ。まあ、勝ったほうは普通は責められないと思うけど、それでもアメリカなんかは「戦争という手段を選んだ」為政者(大統領とかその周辺)に対する非難はあるよね。
何が言いたいかっていうと、ISISのジョンについてなんだけどさ、彼も末端の兵士としての軍務を彼なりの真面目さで全うしようとしてるんじゃないかって気がするんだよね。いや、もちろん、人質をとって首切るとかひどいし、許される行為じゃないと思うけど、そういう方針を立てたのは彼じゃないよね、きっと。誰かがいるんだよ、「正面からぶつかっても勝ち目はないし宣伝にもならないがこういうやり方であれば僅かな殺人で大きな効果を発揮できるはずだ」とかそんなこと考えた奴が。で、それを承認して作戦として採用した奴もいるはずなのね。ちょうど、戦争末期の日本軍で特攻や玉砕を有効な手段と判断した軍人や政治家がいたように。
テロ集団とか言われながらも末端は色々信じて彼らなりに任務を全うしようとしてるんじゃないかな。もちろん、士気の高い低いとか思い込みの強い弱いはあると思うけど。
よく、日本軍に関して「末端の兵士は頑張ったが上が馬鹿だった」みたいな言い方するヒトいるじゃない。あれあれ、あれだよ、きっと。というか、そういうことにしますよってことにしとかないと、遺恨が残るでしょ。そういうことにしとかないと。
話は変わるけど、水滸伝とかって山賊の話だよね。三国志も勝手に蜂起した反乱軍の話。どっちも結構残虐なこともやってる。けど、昔の、それも作り話だからってことで読めちゃうし色々考えたりもするよね。ある種の英雄みたいな感じもあるし。
そういえば、スター・ウォーズも帝国に対しての反乱軍の話だよね。
巨大な支配者に立ち向かう話ってフィクションだとみんな大好きだけど、多分現実にそのつもりで戦ってると思われる集団には冷たいよね。「やり口が汚い」とか「正規軍じゃない」とか、どうかなあ。彼らは彼らで絶望的に勝ち目の無い相手に対して最も効果的な手段を模索してるんじゃないかって気もするんだよね。なんていうか、抑圧的な支配層に虐げられてきたという実感の元の蜂起とそれに呼応する有志って、後になって歴史になった時にどう判断されるんだろうね。砂の煙の物語として語り継がれてしまうような気もしないでもないんだけど、どうだろう。
いや、個人的にはそもそも人質とったり武装蜂起したりじゃない平和的で民主的な手段で解決しろよって思うんだけど、支配する側がそれほど平和的でも民主的でもなかったりするし、支配する側もされる側も武力でのやりとりに慣れちゃってるっていうのもあるのかもなあ。日本の戦国時代とかもそんな感じだったのかなあ。今となってみるとあのあたりはフセインがでかい顔してたほうがまだましだったんじゃないって気もするよね。
平和を志向する民主社会が他国や地域に対してできることって限られてると思う。風刺とか、まあ分からないでもないけど、どうかなあ。それより、「携行小火器の回収」というか、世界的な刀狩的な何かが必要なんだろうね。あとは回りくどくても格差の縮小と教育なのかなあ。「対抗組織に軍事的な支援を」とかっていうのは新たな武装勢力を生み出すだけ出し遺恨も残しそうだから止めた方がいいって思うけど、アメリカはまたそういうことしちゃうんだろうか。ウクライナとかでも。
http://anond.hatelabo.jp/20141007125424 を読んで、「最近よくある意見」だなあ、と思ったので一言。まずは、例え話から。
たとえば、船同士が海戦で戦って、片方が「勝った」としても、それは、船の内燃機関にとっての勝利なのか? と言えば、違う。内燃機関は「道具」の一つであって、戦って勝利したのはそれを「道具」として=自らの戦いの条件の一つとして利用した人だよね。
内燃機関にとっての「戦い」って、たとえばもっとシンプルな他の内燃機関との性能競争とかそういうものであって、道具として利用され期待されたパフォーマンスを出したからといって、その成果の割り前が内燃機関にあるわけでなし、それは内燃機関にとっての「戦い」ではないよね。どんな優秀な内燃機関でも、提督がアホだったら戦闘には「負ける」わけだけど、それを内燃機関の「負け」とは言わない。
「道具として利用されたものが、主人の『勝敗』も我が身に負えるものだろうか? = 否。それは幻想に過ぎない。」
ということなんだ。言いたいことは分かっていただけるだろうか?
いや、まあ待て。人間と機械は違う、とか、そういうことを言いたいんだろう? だが、本当にそうだろうか。その内燃機関が、たとえばガレー船のように、人間だったとしたらどうなんだ?
ガレー船の漕ぎ手にも、いろいろな立場の人間がいたそうだ。いまWikipediaで見ただけけど。(※1)
兵士が漕ぎ手を兼ねることもあれば、認められてのし上がることを目指す無産市民、自分用の小さなスペースで交易ができた自由人から、囚人、捕虜などの奴隷まで。
さて、現代社会において「ガレー船」は、一人一人が働く「会社」のことだけでなく、増田がたとえたように「国家」であるとも言えるし、あるいはもっと大きく「資本」そのものであるとも言える(※2)けれども、その「漕ぎ手」である我々の立場は、上のどれに一番近いんだろうか。そう考えてみるのは、それほど無駄なことではないと思うんだ。
管理職以上なら、「会社」というガレー船では「兵士」と言ってもいいかもしれない。与えられた戦いであっても、自分用の武装や場所を与えられ、成果が褒章されるのだからね。もしその「会社」がベンチャーなら、社長以外の誰もが「無産市民」かもしれない。のし上がって、自分の戦いを自分で主宰する立場になることを目指しているのだろうから。
だが、多くの「会社」でほとんどの割合を占める一労働者は、やはりただの「奴隷」ではないだろうか。戦いの場ですりつぶされていくだけの道具。
そして、その全てが……社長も管理職も平も、あるいはその「会社」自身も、「国家」や「資本」といった巨視的な視点から見れば、所詮、代替可能な道具であり、つまりは「奴隷」にすぎないのじゃなかろうか。
「国家」や「資本」が「戦い」(※3)に身を投じるとき、そこに含まれる一個人や一中小企業に、一体どんな「自由」があるだろうか。
ちょっと前に話題になった、堀江貴文氏×瀬戸内寂聴氏の対談の内容の一つが、まさにそういうことだった。
http://news.livedoor.com/article/detail/9301931/
「僕は、(中略)戦争が起こったら、真っ先に逃げますよ。当たり前ですよ」
これに驚いた寂聴は「どこに逃げられる? 逃げる場所がある?」と聞くが、ホリエモンは「逃げる場所あるでしょ。第三国に逃げればいいじゃないですか」と、淡々と返す。
そして、寂聴から「行かれない人はどうするのよ」と突っ込まれると、ホリエモンは平然とこう言い放ったのだ。
「行かれない人はしょうがないんじゃないですか?」
たとえ「国家」や「資本」にまで話を広げても、堀江貴文氏という人間は、上で言う自由人だ。端から見れば国家や資本というガレー船の中でそれに奉仕しているだけに見えても、彼が戦っている戦いは徹頭徹尾「個人」の戦いだ。だから、現代日本でも「自由人」として行動する「自由」は存在する、と堀江氏なら言うだろう。
だが、寂聴氏が指摘するように、大半の人間はそんな「自由人」として振る舞うことなどできはしない、ということも事実だ。自由人になれない人が奴隷としてすりつぶされていくのは「しょうがない」という、堀江氏の立場。「しょうがない」では済まないと言う寂聴氏の立場。
前者から言えば、増田の言うことは別に間違っていない。だが、後者の立場……すなわち、そこで奴隷としてすりつぶされるのが、たとえば自分の「妹」であったとしても、同じ事が言えるのか?というのが、元増田が提起する問題なんだろう、と思った。
その意味で、元増田と増田の話は興味深い。で、ここまで整理して見せれば、結論は不要だろう。それは、各自が考えるべき問題だろうからね。
注※
※1 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%83%BC%E8%88%B9 の「乗員」の項参照。
※2 国際的な金融取引の仕組みが整備された現代社会においては、「資本」はもちろん「国家」より大きいよね。
※3 野暮な説明だけれども、この「戦い」とは別に戦争のことだけを意味しているわけではない。戦争もまた、経済活動の一形態に過ぎないのだから、あらゆる経済活動は「戦い」であるとも言える、そういう意味。
分かんない…分っかんないよ
提督さんの言ってる事は一つも分かんないよ
分かんない私には分かんないの
捨て艦って何がいいの轟沈なんてイヤだよ痛いだけだよ
レア艦ってなんなの武勲があるののなにがいいの改二がカッコいいの!
艦娘ってなにかわいければいいの
夜戦でカットイン出すと何でカッコいいの
縛りプレイでイベントがクリアできないって何それただの間抜けな提督じゃん
ちゃんとクリアできるほうがカッコいいよ立派だよ
普段は資源を貯めてると何が凄いのそんなのタダの手抜きだよ
貯めたりせず全力で戦果稼ぐ提督の方がカッコいいよ
いっぱい呼び名があったて分かりにくいだけじゃん
長門と書いてながもんって呼ばないでよ
武蔵って書いてたけぞうって呼ばないでよ
五十鈴って書いて十二鈴って呼ばないでよ
アイアンボトムサウンドだとかMI作戦とかレイテ沖海戦とか坊ノ岬沖海戦とか
内容もちゃんと教えてくれなきゃ意味がわかんないよ
教えるならちゃんと教えてよ
46cm砲も32号電探も三式弾も三式ソナーも五連装酸素魚雷も意味不明だよ
何がカッコいいのかぜっんぜん分かんない
他の部隊も謎なんだよ友永隊とか江草隊とか六〇一空とか六三四空とか九三一空とか
名前がいいだろってどういうこと雰囲気で感じろとか言われても無理だよ
知らない人の言葉使われても何が言いたいのか全然わかんないんだよ
分かんない分かんない分かんない分かんない分かんなーい
「それってポジショントークだね!」を口癖みたいにしてる女の同僚が居て、一回流石にちょっと辟易したから指摘したんだよ。
「それな、かわいいけどちょっと馬鹿っぽくみえるから止めた方が良いよ」って。
そしたらさ、なんか顔赤くして下でなんかもごもご言った後に、
「……増田君っていま気になってる人いる?」みたいな全然関係無い話するわけだよ
「いたら同僚とは言え会社帰りに女と二人でモスには来ねえよ」って返すと
「そうなんだ。じゃ、じゃあさ、次の日曜映画行かない?アナと雪の」
「俺ディズニー苦手」「えー、じゃあさ」
みたいな会話は実は創作が入ってて映画には誘われてないしモスにも行ってないし、会社の同僚とは少し険悪になった。
まあポジション(持ち株)を上げたり下げたりする、Yahoo掲示板の売りだと思います買いだと思いますが元々の用法なんだろうけど、それはまあいいや。
どっちかというと、「そいつの立場だからそういってるだけ」みたいなヤジり目的の単語になってると思うんだが、逆じゃねーかな
発言から、そいつの立ち位置を想定するのが普通なんだから、会話は全てポジショントークだろ
なんつうんだろ良く初対面で、スポーツ、政治、宗教の話題はするな、みたいな会話術的な話があるだろ
あれはさ、会話で相手のポジションがすぐに推定できて、ポジションに対立が生じやすいから、避けろ、って話だろ
「いや、何の話?羽生選手ってコメント優等生っぽいけど努力家っぽくて、スケートも優雅で良いと思うけど」
みたいな会話は当然創作で俺もそういうのしたいから土曜の朝からそれを想像しながらひつじのショーンの録画みてんだけどさ。
つまりさ、どんな人間もどこかには立ってるわけだ。だから当然発言はすべてポジション(立ち位置)トークになる。
刑事物とかでさ、お前の娘なんだから捜査からハズレろ外すなら俺を殴れ殴ったな女王様にも殴られたこと無いのにみたいなシーン良くあるだろ
もちろんポジションだってガチガチじゃないから、TUBEみたいな夏側にしか立てないヤツも居れば、どっちでも良いみたいな歌手も居る。
天気は絶対に雨が良いとかそういうヤツは少ないから、天気の話題とか、大抵のネットの話題は自分に関係無いから議論になるわけだろ。
で、その立場を発言から追い込んでいく潜水艦ゲームみたいなもんだろ。
「4の五」
「波高し!えーと、あたし駆逐艦東に4移動」
「艦種を言えって、あとはみ出てないかソレ」
「えっと、駆逐艦。あー、ずるーい!」
「何言ってんだ。今のが移動しようとしてたのか無しでも良いぞ」
「良いよもう。あたしコーヒーおかわりする」「あ、俺も」
みたいな会話は当然創作で、移動を入れた手書きの海戦ゲームってどっかで訳分かんなくなってケンカになったりする友達も居ない。ビッツァー恵まれてんな。
だから結局何が言いたいかって言うと、議論に参加してるヤツも多かれ少なかれ立場はあるわけだ。
だから会話に参加しないってことも含めてポジション想定ゲームなわけで、ポジショントークだって指摘は、いい加減にしようぜってことだ。
「結局おいだされたな」
「モスでもそういうのあるんだねー、次どうしよっか?」
「どうするも帰るだろもう遅いし」
「……ちょっと飲んでいかない?」
アニメ「劣等生」はおもしろい。ネット上では丸められた情報のコピペが幅を利かし、それによって「知っている」気分を満たされてしまっているのが非常に残念でならない。アニメ「劣等生」は非常に面白いので是非見てほしい。これから「九校篇」だが、まだまだ大丈夫だ。これから見ても何ら問題がない。
さて、いまこの「劣等生」を包んでいる雰囲気というのは何なのだろうか。はっきり言えば、今雲霞のごとく湧いている「ゲームの中の異世界に移住」「強くてニューゲーム」みたいなのとは一線を画している。言い捨ててしまえばオーソドックスなSFアクションだ。アニメはアクションのメリハリが効いていて、動かない時は全く動かないのだが、動き出すと録画で見るとブロックノイズが乗るくらい動き出す。原作の異常なまでの情報はそのほとんどがすっきり切り落とされ、面白いところだけが動画にされている。面白いのは当然だ。原作小説のちょっと筆がすべっちゃった的な過剰な説明がまったくそぎおとされ、本当に心地いいところだけが残されている。友人関係であったり、偏見に対する戦いであったり、クレイジーサイコブラコンだったり。見ればわかるが、主人公司馬達也には徹底的に好意が集中する。当然物語の主題ゆえ同じくらいの悪意も太く突き刺さるのだが、それすら主人公のクレバーな切り替えしに触れ、心地よさへと昇華する。まったくもって隙がない。エンターテイメントとはこれか、と膝打つこと請け合いだ。
登場人物たちはとにかく全員が努力の人たちだ。主人公はその中でも群を抜いて努力というか、毎日己の研鑽に余念がない。常人には追いつけないほどのその熱意は必ずや見たものの心を揺さぶるだろう。作中でも言及されている通り、一流の人たちは、一流たらんと努力を続けており、それが生き方にまで身に着いた人たちなのだ。それを指して、天才ばかりという作品に対する揶揄は拗ねたように見える。
よくある批判に「天才美少女大安売り」というのがあるが、それは舞台からして当然なのだとどうして気づかないのだろう。主人公は言う。「ここに入学できただけでエリートなのだ」と。優秀な人間しかいない学校が舞台なのだし、優秀な人間は見た目も当然相応だ。どうして自分のいる現実と比べて、それを嘘くさいと批判するのだろう。そんなに自分と同じ世界が見たいのなら「ウシジマくん」を読めばいい。
そしてなにより見どころは、主人公の妹司馬深雪だ。彼女のあまりの好意に最初は面食らうだろう。しかし、追憶編、沖縄海戦を知れば違和感はなくなる。
漫画もおもしろいのだが、白眉は「優等生」だろう。アニメと原作の間くらいの濃密さで書かれている。絵柄も読みやすく、とかくセリフに重きが置かれがちなほかのコミカライズとは違う味わいを感じさせる。それにしてもコミカライズが多いな。
というところで、ぜひ、アニメ「劣等生」を見てほしい。
https://twitter.com/kimuratomo/status/472769773445459968
俺には「戦闘(戦争)に転用出来るもを持て囃すのはけしからん」という風にしか読めないのだが…
もしかして読解力がないのか?
この論理で言ってしまえば二次産業で作られるものは大半が転用しようと思えば出来るだろうから禁止なのか?
そしてこういう事を言い出したら航空兵器がダメなら海戦兵器、海戦兵器ダメなら戦車を、剣をナタを鉄がダメならこん棒を、ということにならないか?
まぁ俺も何となくではあるが、自ら進んででも、強制的にでもたった一度触れると、呪われ巨大な歯車の一枚の歯となってしまう。そんなイメージ。
だけど近隣諸国は確実に武装しているし、それよりなにより、最も多く銃を持っている人間は民間人だ。なんと全世界の銃の60%を一般市民が握っている。10人に1人が武装している。
37%が軍隊、残りが警察。先日メディアが大騒ぎした武装集団、彼らの銃なんか0.1%にもならない。
まずはじめに断っておくがこれは何も虚構新聞みたいなくだらないネタではない。
俺はあの手の誰も徳をしない、内輪ネタのマスターベーションが大嫌いな人間だという事をご理解願う。
そしてあなたが今日、ここを見ているという事は少なからず大日本帝国が掲げた戦略から見ても無視は出来ないはずだ。
大日本帝国は同じ島国の大英帝国が全世界の三分の一を植民地化したケーススタディをお手本に海南の支配という戦略を企てた。
しかし、その戦略はシーレーンに対する見識の甘さ、ロジスティクスをおろそかにした見識の甘さによって失敗した。
海戦当時、兵器ではドイツのジェット機、Uボート、日本の大鑑、零戦、空母などどれをとっても、兵器の近代化という点では枢軸国が有利だった。
ロンメル、三川 軍一など優れた作戦を遂行する指揮官も枢軸国には存在した。
マッカーサー、パットンなど連合国側の指揮官は決して優秀ではなかった。
これ以上、大東亜戦争の話しをすると長くなるし軍オタから色々と細かい意見を述べられるので割愛させて戴く。
今日、俺がいいたい事はたった1つ!
どこの誰がいったのかよく分からんが小見出しの言葉は俺の祖父の事をよく表している。
祖父はきっとインパール作戦の最中、今が最悪の状態だ。と心の中で思っただろう。
弾薬は底をつき、食料はなくなり、体力の弱った兵士を伝染病が襲う。
機関銃と火炎放射器で攻めてくるイギリス軍に雨で錆びた銃剣ひとつで勇敢に向かっていく兵隊。
この頃、日本はインド、シンガポールにおける制空権を完全に失っているので容赦ない空爆もうける。
平和ボケしている今のあなたがたには想像すら出来ない地獄絵図を、生前に祖父が語っていた。
その地獄絵図の話しを祖父は何故か、私にしかしなかった。父も兄もそんな話し聞いた事が無いという。
おそらく日の丸を背負って戦った兵隊の誇りがあるから祖父は他言しなかったのだろう。
大本営から退却命令が出てインパールから帰ってきたという事実は、けっして誇れるものではなかったのだと思う。
ではなぜ、祖父は私にインパール作戦の話しをしたのか?それは私が3才の時に戦争の話しを根掘り葉掘り聞いたからだ。
「かわいそうなぞう」という絵本を読んだ3才の私は戦争に対する好奇心が止められなかったのだ。
当時の私の好奇心といったら夜9時からはじまるドラマ「毎度おさわがせします」と「戦争」この2つしかなった。
兄が寝てる横の部屋で母と一緒にテレビの音量を下げて「毎度おさわがせします」を楽しく見ていたもんだ。
祖父は祖父で俺がまだ3才だからと油断してインパール作戦の事をぺらぺら喋ったのだと思う。
インパール作戦の地獄から生きて帰ってきた祖父の命を奪ったのは餅だった。サ●ウの切り餅
祖父はきっとインパール作戦当時、今が最悪の状態だと思ったに違いない。
しかし本当に最悪の状態というのは餅を喉に詰まらせて脳に酸素が供給されなくなり意識が朦朧としてきた時だった。
毎年、この時期になると祖父の事を思い出す。
今流行りの艦これきっかけでもいいし、その前からの軍艦好きでもいいんだけど(自分は後者)、日本の空母の戦没の経緯について調べると、あまりの惨状に目を覆いたくなる。
ミッドウェーで米艦載機の奇襲を受け、たった数発の爆弾で海の藻屑と消えた南雲機動部隊の4空母。
潜水艦の魚雷攻撃で艦載機用燃料タンクを損傷、気化したガソリンが充満→引火爆沈した翔鶴と大鳳(特に大鳳は魚雷一発だったはず)。
数々の海戦をほぼ無傷でくぐり抜けた歴戦の殊勲艦なのに、飛ばす飛行機がなくなってしまった結果、最後は僚艦ともども米艦載機の囮になって沈んでいった瑞鶴。
「昼間の艦載機の攻撃と夜間の潜水艦の雷撃、どっちがヤバいんですかねえ・・・」という究極の選択の結果、潜水艦の魚雷であっけなく沈んだ信濃。
こういう史実を目の当たりにすると、当時の日本海軍が軽視していた要素がハッキリ見えてきてしまう。
即ちダメコン、レーダーやソナー等の電子機器の開発、そして兵站。
いくら国力というかマンパワーに限りがあるにしたって「艦が燃え出したら実質助からない」だの「目視で何とかする」だの、ちょっとあり得ないでしょうって感じ。
そしてこれらを軽視した結果、空母のみならずあらゆる艦種において、日本海軍は地獄を見ることになったわけで。
結局、海戦に限って言えば、日本は航空機と潜水艦に負けたと言っていい。
一応、戦後はそれを教訓にダメコンと電子機器は徹底的に強化したらしいけど、海自結成後に一度も実戦が行われてない以上、本当に?という感は拭えない。
というかかなり不安を感じる。
勿論これらが充実していたから太平洋戦争に勝てたかどうかは別問題だけど(そもそも開戦時ですら国力が10倍くらい違っていた相手と戦うという決断は・・・という話も)。
アルペジオを観ている。
なんというか随所でシュールなせいで見つづけている。
高速移動するヒトデとか、よく分かんない速度で海底に着底したり、通常兵器らしい魚雷がジェット推進ぽく空を飛んでいくとか。
そして、未来兵器の戦いを見ているといつも思いだすのが、敵は海賊のラジェンドラだ。
謎技術によるミサイルとかビームの打ち合いはワクワクするのだけれども、ラジェンドラの使うCDSの奇抜さはなんか群を抜いているなあと思う。CDSはコンピュータを破壊するビームで、当たると電子機器がオシャカになるわけだ。謎技術の集合体である未来の兵器は結局のところそれを統制するコンピュータがあり、それには大抵人工知能が搭載されている。それを破壊する兵器がCDS、そういう超兵器へのジョーカーだ。
真面目にビームとか超重力砲とかで艦隊決戦をしているところを横からAIを無効化することで水を差すみたいなこと。正攻法で無理なら邪道で、そんな逞しさというか人間っぽさが好みだ。目的は勝利であって、バリアを突き破って相手を攻撃することじゃないってことだ。
読んどけってだけの話。
ってのがあって。まあ当方軍オタなんで、うっかりミスとかは笑って流せても、ドヤ顔で史実とまるで違うことを書いてあるとムカツクのは避けられない。若い頃はコメント欄に喧嘩売りに行って当然、ぐらいの行動力はあったが、おっさんになったのでブコメで一番気になったことだけ指摘しておいた。
そしたら、
ってえらく挑戦的なブコメを(自分に向けたものかは分からないが)書いてる人がいた。その後さらに
「ページ作者の希望によりブックマークの一覧は非表示に設定されています」
になってさらにモヤモヤ。ミスの指摘が図星だから消したのかよ、みたいなネガティブ全開思考に。
まあ「分かりやすい物語」を優先して書いたらあんなかたちになるかな、とは思わなくもない。思わなくもないけど、史実か史実でないかといわれたら困る。
以下蛇足
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全部書くとキリがないので海軍兵備に与えた一番大きな影響だけ書くと、
「遠くから大砲を撃っても戦艦は沈まない、という常識を覆した」
ことになる。それまでの常識では、戦艦の主砲とは取扱が難しく、発射準備も大変で撃てる回数も少なく狙いを付けるのも難しい、と弱点だらけで、海上での決戦で使い物になるとは思われてなかった。
ところが、アドミラル・トーゴーに率いられた日本海軍は、常識外れの遠距離の交戦で、大量の大口径砲を効果的に使い、ロシア艦隊を完膚無きまでに叩きのめしてしまった。
この結果、「この常識って実は時代遅れじゃね?」とこっそり疑っていた人たちが一気に表舞台に登場、各国ともその教訓を適用させた新型戦艦の建造に一斉に走る。その競争に勝って新戦艦の第一号の栄誉を担ったのがイギリスの「ドレッドノート」であり、以後その名に倣って新世代の戦艦はド級戦艦、あるいはそれを超えるという意味で超ド級戦艦などと呼ばれるようになった。
話を端折って第一次世界大戦が勃発&終了。
実は日露戦争から大戦勃発まで10年しかないのだが、この間の戦艦を巡る話を書いてると本の1冊ぐらいの分量はすぐに埋まるので端折るしかない。
大戦の教訓は、実は日露戦争と比べると分かりにくい。10年後に分かりやすい答え合わせのできた日露戦争と異なり、両次大戦の間には20年の時間があり、そこに軍縮条約と世界恐慌という、全列強の軍備を歪めた/正したイベントが転がっているせいである。また、参戦国によって教訓の受容の仕方(解釈)も違っていたせいでもある。
といっても分かりにくいと言って逃げているわけにも行かないので、いくつか項目を挙げる。
後知恵で言えば、ドレッドノートによって始まったはずの「戦艦の時代」はこの戦争中に終わった。
大金を投じて整備された戦艦群は、戦争に大して影響を与えなかった。戦艦同士が殴り合う大海戦こそ起きたものの、それで戦争の展開も国家の命運は、ほとんど変わらなかった。仮に何らかの代替手段があれば、この時点で戦艦という兵器が滅んでも不思議ではない位、悪いニュースである。
また、戦争中、イギリスを一番脅かしたのは、ドイツの戦艦ではなく潜水艦だった。島国イギリスが必要とする、物資を運ぶ船を沈めまくり、危機的な状況に追い込んでいる。
「一番の脅威になった敵に対抗できない、そんなものが主力兵器と言えるのか?」とも論難されるようになったわけである。
もちろん、潜水艦以外の普通の艦船相手なら、戦艦はなんなく撃沈できたし、潜水艦の能力自体もまだまださっぱりだったので、戦艦の存在意義自体が否定されたわけではなかった。しかし、この理由は一世代後、二次大戦が終わってから戦艦にとどめを刺すことになる(後述、しないかも)。
「空」という新しい戦場が導入され、攻撃力はともかく、偵察力が爆発的に向上したことで、海軍のあり方が大きく変わることになった。
それまで、敵艦隊を見つけるには、偵察艦を方々に派遣してマストの上から見張るという手段しかなかった。航空技術はそれを変えた。つまり、遙かに高速で遙かに高い場所から偵察できるようになった。
大戦当時、飛行船で空から偵察する、という圧倒的なアドバンテージをドイツ海軍は有していた。
イギリスにそんな結構なものはなかった。さりとて、航空機は発達途上であり、飛行船ほどの長距離を飛べる飛行機もなかった。やむなく、海面を滑走路とする航空機、水上機を使おう、として、北海の気象条件に阻まれる。
海だから波浪という物があり、荒れやすい北海の気候は水上機の実用性をがつんと引き下げた。
この偵察能力の差は決定的な物であり、イギリス海軍が規模と伝統で劣るはずのドイツ海軍相手に苦しい戦いを余儀なくされる大きな原因となった。一方が相手がどこにいるかを察知し、他方が何の情報も持たないなら、それは勝負になるはずはない。
誰が考えても、空を支配できない海軍に将来がないことは明白だった。
イギリスは水上機に見切りをつけ、普通の航空機を運用できる艦艇の開発に取り組むことになる。航空母艦の誕生である。
先述の如き変化はあったが、列強の海軍は引きつづき、より強力な戦艦を求めていた。理由は色々あるが、
が最大の物で、「相手が持っているから対抗するために必要」というたいていの軍備に適用できる理屈がこの場合にも機能した。
そこで各国は第一次世界大戦の教訓を反映させ、より高速で、より防御力に優れ、より攻撃力の高い戦艦を作ろう、としたところで、その高価さに気付くこととなった。最先端技術の塊になった当時の新型戦艦は、作って運用するだけでもとんでもない金食い虫だった。
無理矢理現代に置き換えると、最先端のスーパーコンピューターと巨大な工業プラントを合体させたでっかい超合金の塊を、高速で自在に航行させるようなものだから、まあ、安いはずはない。
日本の海軍整備計画だった『八八艦隊』など、国家予算に占める割合が3割4割は当たり前というとんでもない代物となった。
日本より遙かに豊かだった米英にしても「これなんか違くね?」と政治家たちが考え始めるようになった。
もちろん、戦争が差し迫っているとか、他に代替手段がないとかであれば、無理してでも兵器を作らねばならない。ならないが、当時はそんな世界情勢ではなかった。
結果、軍縮会議が開かれ、各国は軍備に制限をかけることとなった。
よくある誤解として、
「太平洋戦争が始まるまで、各国の海軍兵備に対する考え方とは大艦巨砲主義で、戦艦がすべてだと思われていた」というのがある。間違いである。。
「戦艦は高価なばかりで戦争の役に立たない」「戦艦廃止も現実的な選択肢」 >
けれども海軍中枢と政府の間で戦艦vs航空機論争が繰り広げられる中で、現場の艦隊指揮官達はそんな論争の行方とはまったく別に一つの結論に達しつつありました。それは「空母がなければ艦隊決戦は勝利できない」という認識です。航空機が戦艦を撃沈できようができまいが、海戦で敵空母を撃破してしまえば味方艦隊は一方的な砲戦観測ができ、遠距離砲戦で圧倒的な優位に立てるからです。そして戦艦を撃沈できるかどうかは別として爆撃、雷撃も自由に実施できます。 >
こうして「空母は敵空母を発見次第、敵戦艦ではなく敵空母に対して攻撃隊を指向する」という海戦ドクトリンが確立され、マニュアル化されます。1930年代に日本海軍が強く意識していた「アメリカ海軍の制空権下での艦隊決戦という概念」とはこうした考え方です。海戦で空母が無ければ勝てないことは空母を含む艦隊の演習を繰り返すだけで確信される極めて明快で誰もが理解できる事実でした。海軍中枢と政府との間で交された「戦艦vs航空機」などといった派手な議論は現場の艦隊にとってはどうでも良かったのです。 >
戦争で使われた艦の多くは、 大戦が始まる前にすでに建造されました。太平洋戦争をまだ知らない設計者や軍人が、「次の戦争はこうなるだろう」という予想のもとで作った艦です。しかし彼らの予想は全て覆され、艦艇たちは思いもよらない戦いに挑むことになりました。 >
今、日本を舞台にしたSLGを作っているのだが、
改めて思うのは、日本列島をゲームにした時のMAPの完成度の高さだ。
舞台の中央に大きな島があり、
マップの端に大・中・小の島が1つずつというバランスの良い配置。
このおかげで、ゲームの初心者は四国の小さなマップスタートから慣れてもらい、
徐々に大きな島へとステップアップしていってもらう事が出来る。
そして一番大きな本州の形は円形ではなく、南北に細長い形状になっていて、
比較的何処からスタートしても生産地(注:敵に触れていない土地くらいの軽い意味合いです)が作りやすい。
この形ならば、若干の有利不利はあるかもしれないが、
201年劉備や、Civマルチプレイパンゲアど真ん中のような
圧倒的な不利な状況にはなりにくい。
しいて言えば長野・岐阜・滋賀・奈良あたりが
地形上厳しそうに見えるが、
長野・岐阜は周りの山岳が、滋賀は琵琶湖がトリッキーな防波堤になるため、
下手な関東の平野よりも守りやすかったりする。
トリッキーと言えば、その豊富な地形変化も大きい。
こんな狭い島の中に富士山という高い山があり、琵琶湖という大きな湖があり、
瀬戸内海という内海があり、平野もあれば、樹海もある。
それが自然な形で配置されており、非常にバリエーションに富んだ舞台を作成してくれている。
自然という事でいうならば気候の変化もそう。
南北に長い為、北は大雪、南は台風と、舞台によって気を配る事が違ってくる。
さらに時系列でいっても夏に責めるのが有利な地域、冬に責めるのが有利な地域と変化が出て、
自分のスタート地点によって千差万別の戦略が必要になってくる。
しいて言えば、マップサイズにもよるが、
北海道・九州・四国の位置がさほど本州と離れていない為、
海戦の重要さが薄いマップになってしまいがちだが、
まあ、これもマップサイズを大きくすれば、問題は解決する。
このように、日本列島はゲームの舞台としては
驚きの完成度を秘めているのだが、この地形が自然に出来たのだから恐ろしい。
マップデザイナーが四苦八苦して作るマップよりも変化に富んで
バランスの取れたマップがすでに私たちの足元にあるのだ。
きっと神様は相当なゲーマーだったに違いない。
これは私の長年の統計学的経験論なのだが(つまり林磐男未満てことですね)
それは、
「どんなAFVが好き?」
って聞いてみることだ。
補足1
「AFV」と「国家」というのは重要な共通点がある。それは、いずれも「武力によって政治的目的を遂行する場合に命運を共にする同志である」ということだ。こういう同志に対して情がわくか否か、薄情になれるか否か、が共通するというのは、ある意味ハートマン軍曹的にも真理なのかもしれないと思う。
好きなAFVは?と聞いて「国産戦車」(但し装輪装甲車と戦車回収車を除く)を挙げる国家は、かなり保守派だ。
平地決戦派、海兵隊出身者を統合参謀本部議長にしない国家、安定した陸上戦力を好む傾向がある。
また平均的な国民軍を好む。必ずしも専門集団(職業軍人)である必要はない。逆に派手な外人部隊は苦手。
「レオパルト2A6EX」あるいは「M1A1エイブラムス」「ルクレールAZUR」「メルカバ Mk 4」「Т-90」等を通称に型番を加えて挙げる国家は、
基本的にスペック志向なので、他国から見て自国の軍隊が先進的であることをとても気にする。
主力戦車なら装甲厚、主砲・副砲の口径などのスペックが優先事項。価格が安いに越したことはないがそれよりも火力と機動性(不整地速度とか)
戦略なら短期の機略戦を好む。長期の外交交渉は基本NG。先制攻撃OK
戦闘機ならステルス性をとても気にする。基本的に奇襲好きというか正攻法は許せないタイプである。
「チハ改」とか「ルノーFT-17」みたいな歴史資料にしか出てこないレトロなAFV名を挙げる国家。こういう国家はあまり特定の傾向がなく、好きな戦術もピンポイントである。たとえば第四次中東戦争のラタキア沖海戦の電子ジャミングは大好きだが(同じく電子戦が戦果を決定づけた)湾岸戦争やイラク戦争は戦力差が圧倒的すぎてにダメ、とか言うことがよくあるのでその微妙な違いが他国にはよくわからない場合もある。ただし好きなものはとことん好き、という国家である。
また、特に国家の場合、AFVの扱い方とドクトリンの扱い方はとても良く似ている。
国産内製化にこだわる国家、これは機密にこだわる。外国産の中古ばかり購入する国家はその点はおおらかである。
ひとつのAFVを長く長く機甲師団に編入する国家。これはドクトリンをとても大事にする。基本転向はしない。君主制国家の場合は民主化暴動を誘発することも。
頻繁にあれこれとAFVを開発する国家。こういう国家は二大政党で数年おきに大統領が交互に入れ替わるし世界中の紛争に首を突っ込むので要注意である。ただ、豊富な予算はもはや続きそうにない。
中東やアフリカにAFVや兵器の販売や仲介をしてる国家や、内装に建国の偉人の写真を飾る国家は、どうみても独裁国家です本当にありがとうございました。恐喝傾向があるのでこれも要注意。領土問題をとても大事に(定期的に38度線に向けて演習で誤射、排他的経済水域は自国有利に設定)するので、沿岸警備で不審船を逮捕すると深刻な外交問題になりたいへんな思いをする。
補足2
AFVに興味がない、そもそも軍隊なんてなくてもいい(それどころじゃない)。という国家は、戦争においても受け身。基本的に自国から軍事的緊張を高めない(高められない)。もっとODAをと言い出すタイプである。軍事にこだわりがない代わりに、信託統治、が好き。でも最近は分離独立派との内戦が深刻だ。
補足3
変に中型じゃなくて、装甲厚はそれなりで、座席が座りやすくて、水冷がそれなりにちゃんと効いて、シャーマン戦車みたいな天敵がいないのがいい。
という国家は、基本的に経済重視でドクトリンを考えている。ちゃんとミサイル防衛できてシーレーンを確保できたらそれでいい、それよりも外交力を強化しましょうというタイプである。こういう国家は国防予算ありきで軍備を見るので、決して覇権は望まないが堅実でしっかりした東南アジア・中東諸国、それもできれば民主化の進んでいる国家と結んで平和の配当を享受したい、というタイプ。提唱者は苦学のエリート官僚と、超お坊ちゃまで漢字が読めない元首相の両方である。
マイクロソフト(MS)の新作ゲームに李舜臣(イ・スンシン)将軍と亀甲船が登場する。MSは30日、戦略シミュレーションゲーム「エイジオブエンパイアー2」のハングル版拡張パック「征服の時代」を来月5日、一般に発表すると明らかにした。
このゲームは、ゲーマーが直接世界史の中の戦争の英雄となり、有名な戦闘の陣頭指揮をとるという内容。今回の拡張パックには壬辰倭乱当時の露梁津(ノリャンジン)の海戦が登場、ゲーマーが李舜臣将軍となって亀甲船に乗り、日本征服に乗り出すというものが入っている。
「エイジオブエンパイアー」シリーズは全世界のゲーマーの間で人気を呼んでいるソフトで、昨年売り出された2編は販売開始後6ヵ月で250万枚も売れた。しかし、1編で朝鮮を日本の属国と表現、2編では日本・中国・モンゴルを背景に入れているのに朝鮮が入っておらず、韓国内のゲーマーの怒りを呼んだ。MSは今回の拡張パックでは韓国の他アステカ・マヤ・フン・スペインなど5つの文明を追加した。