湖底のまつりを読んだ。この小説は、紀子が晃二に向けて「いいの、誰でも!」って本心を告げることで終わるんだけど、本当にそれでいいのかなあって思ってしまった。
その恋心こそ事件の核心にあったのだから、再会できた晃二に思いを投げつけるのは酷な気がする。紀子がことの顛末を知っていないのはわかるんだけども。
しかしながら、舘崎警部の過程はちょっと珍しい結末を迎えるので娘さんが大変だなって思う。姉妹みたいに仲良くなれるのかもしれないけど、うーん。時代のなせる結末なのかなあ。
魔道の~~からなる三部作を読んだ。一巻にあたる系譜を読み終わったときはなんだか物足りない読書感だったけど、福音、矜持と進むにつれてどんどん面白くなっていったシリーズだった。続刊が楽しみ。
ファンタジーで差別問題を描く作品はあんまり読んだことがなかったので新鮮だった。恐怖は目を曇らすし、無知はおぞましい。鬱憤はいつか爆発するものだから、うまくガス抜きをしないとだめだよなあって思った。
系譜が残念だったのは、中盤以降に一回大きな山場があるんだけど、それ以降最終部まで盛り返さなかったところ。最強の魔術師が輝きを取り戻すのかと思っていたのにそうじゃなかったからうーんってなってしまった。
なによりも、重要そうな登場の仕方をしていたくせに、終盤にちょびっとだけ出て終わってしまった姉弟子の扱いがひどかった。
あそこで彼女に大きな活躍をさせるんじゃなく、師匠が徹底して精神的な支えになるところに女性作者っぽさみたいのを見てしまった。すごい偏見だけど。
だけどだけど、四巻以降では、彼女にも日の目が当たりそうなので一安心している。
福音から顕著だったけど、キャッチ―なキャラクターが登場するようになって、また文章もこなれてきた感があって面白さにつながっていたように思う。女性陣がみんな強いお方です。
見せ場の作り方も、二巻での現象的な正念場の描き方とか、三巻での地味なんだけど逼迫した状況とか、場面がどんどん具体的になっているためにぐいぐい引き込まれしまった。
一巻はそのてんふんわりしてたかな。状況が過酷なのは間違いないんだけど、なんだか上滑りしている感じだった。
主人公や仲間たちをめぐる環境は依然として厳しいままだけど、国外に魔術学校ができて、そこに人材が集まり、援助してくれる人も出てきて、小さな一歩だけれどひとつひとつ着実に前進しているのがいいと思う。
リュウマのガゴウを読んだ。一気読み。ものすごく贅沢な余韻に浸っている最中です。
こんなに格好いい物語を読んだのは久しぶりだった。時系列の関係で少しわかりにくいところがあるけれど、数字が小さい巻で登場した誰かが再登場するって最高だと思う。
この漫画はいわば英雄譚なんだけど、英雄を英雄足らしめているのが何なんのかしっかり描いているのが素敵だった。
誰かから託された思いを、誰かを救いたいと願う信念を、しっかり胸に刻んで果たしとおしてしまう。前だけ見て突き進んでいく。その姿が格好良かった。
また、そんな英雄が次々に連鎖するのが本当に素晴らしかった。たくさんの在野の人々が死んで、必要な犠牲だからと言って切り捨てられていく世界なんだけど、ちゃんと光は差しているのがよかった。
我が驍勇にふるえよ天地を六巻まで読んだ。これは、あれだね。中世ヨーロッパ風のファンタジー世界を舞台にした三国志演武ですね。
巻数が増えるたびに猛将が雨後の筍みたいに集まってくる。喩えが猛烈に悪いけれど誘蛾灯に群がる虫みたい。それぐらい新キャラに事欠かない。
しかしながら、たくさんの仲間たちひとりひとりが特徴的かつなおざりな描かれ方をしていないのがすごいと思った。、それぞれの活躍と恋の行方が気になります。
また物語がものすごくテンポよく進むのも特徴だと思った。これはライトノベル一般にいえることなのかもしれない。
けど、この作品は一冊が終わるごとに、すぐさま一回り大きな規模の戦いに向かっていくから、わくわく感がすごかった。いろんな要素がそれぞれに雪だるま式に膨らんでいく物語になっていると思う。
時々性的な描写で眉をひそめてしまった部分があったけど、連戦に次ぐ連戦かつ勝利がほとんどなので爽快な気分で読めるものいいと思う。
今後はどんな戦争の広げ方をするんだろうってのがちょっと気になる。大陸を平定するのかな?統治とかもろもろもの問題がありそうだけど。
あと、六巻の進軍って中央にお伺い立ててたんだっけ?勝手に他国の造反軍と連合して大丈夫なの?いろいろ準備している間に連絡したのかもしれないけど、外交上大丈夫なの?
伝奇ものであり、ファンタジーであり、SFでもあり、なおかつミステリー小説のような謎を散りばめてある。具だくさんの山盛りカレーみたいな要素の集まりになっているけど、読みやすい文章とスリリングな展開でもってぐんぐんと読み進められる作品だった。
内容に関して言えば、大筋が復讐の物語であったように思う。善と悪の彼岸や罪と罰について、人を愛することや組織の腐敗なんかの要素をそれぞれのキャラクターごとに振り分けてつつも、物語としては一貫して遥香の復讐譚に焦点が当たっていたのがよかった。
最終的に復讐が成就するものいい。最終部の大立ち回りはすかっとすること間違いなしの構成で、過激な感想だけれど読んでいてとても心地よかった。
キャラクターとしていい味出していたのが、今作のタイトルにもなっている金色様だった。かなり可愛らしい。なんで江戸時代にいるの分からないけど、その出自ゆえの苦悩を鮮やかに描き切り、救済までもっていくのはさすがだなと思った。
柴本厳信の生き様も好ましく思える。そばにいると息苦しそうな人だけれど、素敵な人物であることは間違いない。あと熊吾郎の立ち位置が絶妙。世渡り上手です。
同作者の作品は読後にいつも物悲しい余韻が残るけれど、今作品も類に漏れず美しくも切ない終わり方をしていた。あの後遥香がどうなったのかを想像するのは無粋だと思う。文末にもあったように、全てはほんとうの昔話になったんだろうから。
少し気になったのは、先述した金色様が江戸時代にいる理由と、新三郎に危害を加えたものの正体について。他にも冬かむりの実態や、遥香や熊吾郎の能力の源泉について未回収だったこと。ほとんど回収されないままほっとかれて終わってしまった。
ただそれが物語構成の調和を乱しているかと言われればそうじゃない。説明されない不可思議が残っているからこそ、魅力的な世界観の醸成に一役かっていっていたのでこれはこれでありだと思った。
テキモミカタモ、イズレハマジリアイ、ソノコラハムツミアイ、アラタナヨヲツクルデショウ。金色様は達観したことを申される。
そしてまた敵と味方が生まれて争い、誰かが傷ついてしまう。大きく見れば人間っていっつも同じことを繰り返してるんだろうなあ。大きく見たところで何ができるわけじゃないのもまたミソ。
ハティの最期の舞台を読んだ。解説で犯人当のミステリとしては簡単な部類かもしれないって書いてあってびびった。結構わかんなかったよ。思い返せばずばり犯人その人を描き表している部分があったけども。
大概のミステリがそうなんだけど、作中で犯人の名前が確定するまで作者の手の内で踊らされる糞雑魚読者です。
さておき、本作の内容について。最近の実社会の諸問題にも結構当てはまるけど、意図しない邪悪さが大概の悲劇の根底にはあるんだなあって思い知らされた。
殺されるハティは顕著だけれど、他の登場人物もそれぞれ罪深い我欲を持っている。とんでもない高校教師のピーターは言うまでもないけど、その妻のメアリにしたってもうちょっと夫婦間の接し方ってのがあるんだろうって思った。まあ介護やら仕事やらで大変なのはわかるんだけど。
この小説に登場する人物がみんな有してる罪深さって、ある種どうしようもないところに根差しているところがあるからしんみり来る。不倫の問題もそうだけど、他社への無理解とか、周りを無自覚に馬鹿にしているところとか、一本芯が通り過ぎている性格をしていたりとか、読んでいるとそうならざるを得ないよなあとか、そうなってしまうのもわかるわあって思わされてしまうから、一概にみんなを批判できないんだよね。
よく言えば主要人物はみんな肉付けがしっかりしているってことで、そういったどうしようもないところが人物に人間らしさなり人間臭さを与えているんだけど、それ故に軋轢が生じて問題に至ってしまうってのはさみしいなって思う。仕方がないことなのかもしれないし、そもそも軋轢の一切ない社会ななんてどんなデストピアだよって話なんだけど。
ただこの作品は、犯人が殺人さえ犯さなければ悲劇の度合いが幾分か軽くなっていたのかもしれない。人殺しはやっぱり駄目だからね。でもなあ、ハティがとんでもない怪物だから、こんな最期になるのも必然だったのかもしれない。
田舎町では異彩を放つとても賢い高校生で、他人が求めている反応をコミュニケーションの最中に読み取り活用できる天性の女優なんだけど、ものすごく邪悪なんだよね。愚かだといってもいい。
自分が被っている仮面がどれだけ罪深いか最後までわかってなかったんじゃないかと思う。自覚はしていたけど、認識がちょっと甘かったんちゃうんかな。
ひさかたのおとを読んだ。こういう物語大好き。ゆるーいアニミズムというか、超自然的な非日常と日々の暮らしが隣り合っている物語は、読んでいてわくわくするし何だか安心してしまう。
今のところ一話完結の連作ものでまとめてあるのも読みやすくて素敵。精緻な描画に宿っている力と効果的なオノマトペがどんどん世界観を広げていく漫画になっていると思った。
内容としては、都会で学芸員をしていた主人公が、靑島という架空の島の学校に赴任してくるところから始まるんだけど、あんまり学校生活に傾倒していないのが珍しかった。
かといって島の暮らしを詳しく描く漫画でもないし、とにもかくにも神宿る自然とのファンタジックな触れ合いに重点を置いている漫画だと思う。
雰囲気漫画って言ってしまえばその通りなのかもしれないけど、独特な雰囲気に溶けてみたい人やじっくりと浸かってみたい人にはおすすめしたい。
透明感のある漫画だったので今後が楽しみ。
その女アレックスを読んだ。滅茶苦茶面白い物語だった。面白いという表現は苛烈な内容にそぐわないかもしれないけれど、復讐と正義をめぐるスリリングな物語だった。
三部に関して、視点の入れ替わりが頻繁でちょっと読みにくいところがあったけれど、それ以外は手放しで称賛してしまいたいくらい完成された小説だった。
文章も軽妙で読みやすく、登場人物も個性が際立っているけれど、現実的なラインにとどめているところが好感が持てた。過不足なく主要人物の内面も描かれていたのがすごいと思う。
内容に関しては、一部が逃亡編、二部が追跡編、三部が解明編という感じ。これ以上記述すると、読んだ時の衝撃なり感動が損なわれる気がするから書けない。
でも、とにかく面白かった。何十万分も売れた小説だからもう色んな人が読んだんだろうけど、遅ればせながら周りの人に勧めたくなって、衝動的に感想を書いてしまった。
秋の夜長に読もう!
追記
白砂を読んだ。ものすごく物悲しいエピローグだった。ラスベガスでたくさんの人が亡くなったけれど、シリアでも日本でもどこでもそうなんだけど、唐突に死を迎えなければならない人生やら無念やらがあるわけで、そういった人々の営みに思いをはせると猛烈にやるせない気持ちになる。
今回読んだ白砂って小説は、かなり読みやすい部類の物語になっていたと思う。軽妙な会話文もさることながら、長ったらしい情景描写もないし、最初こそ雰囲気に軽さが感じらて微妙だなあって思ってたんだけど、最終部の展開に至るころにはどっぷりと人間関係の難しさに呑みこまれていた。
途中で反省したんだけれど、どうも漫然と読み進めてしまうきらいがあるせいで、中盤辺りまで過去と現在の物語に登場する人物を勘違いしてしまっていた。女性が話者になっている部分を、被害者の母親の話だと勘違いしていたんですね。
ノボルという人物名が出たあたりでありゃあこれは違うぞと、でもってああ、きっとこいつが犯人なんだろうなって予想したんだけど、最後の展開で予想のさらに上を行ってくれたのでとても満足した。騙されたというか、作者の術中に徹頭徹尾まんまと嵌められたわけなんだけれど、その弄ばれた感が心地よい読書感を与えてくれた。
そこに加えて最終部のエピローグですよ。事件の被害者である小夜にクローズアップした一場面が短く描かれるんだけれど、これが本当に胸を打つ。小夜の内面はエピローグとプロローグの二つでしか主観で描かれていないんだけど、それがまた効果的に感情を揺さぶってくるんだ。
なぜこんなにいい子が死んでしまうんだって。どんな理由であれ、人の命を奪うことに対する憤りを喚起させる構成になっているように思えた。
風の名前を読んだ。長い物語だったっていうのが第一印象。でもってこれだけ長いのに、まだ物語を展開する下地ができただけっていう進行速度にびっくりした。
話としては面白くないわけじゃなかった。物語の世界観や地理、歴史、伝説など、たくさんの要素が細微に至るまで練り込まれていて、綿密に描かれていたのは純粋に面白かったし好感が持てた。
ただまあ思っていた以上に地味だなあって感じてしまった。異世界の社会や情景を丁寧に演出している一方で、派手な演出があるわけじゃなかったのが物足りなかった。
ドラゴンとカ妖魔とか魔法とカ、一応出るには出るんだけど、なんかしょぼい。主人公はのちに人々の間で伝説として噂になるほどの人物なのに、まあ普通の十代中ごろの生活をしているし。
伝説と実像が違うのはままあることなんだけど、なんというかもっと派手な展開があると思っていたのになかったのが本当に残念。
鹿の王を読んだ。重厚な物語だった。この作者さんが作る物語はやっぱり世界観がものすごい。奥行きがあるって本当にすごい。
国家と陰謀。暗躍する組織と、氏族の間ではびこる怨嗟の坩堝。二つの大国に挟まれていたのが、つい最近帝国側に取り込まれてしまった地域を舞台にした物語は、生と死とか病とカたくさんの要素を幾重にも折り重ねながら、モザイク状に繋がりあって、総体として濃密な世界観を醸成していた。
緻密なお話である一方で、飛びぬけた一場面があるというわけじゃなかった気がする。ジェットコースターのようなドキドキハラハラする展開は個人的に少なかった。全体的に味わい深くて、静かな余韻を残すような面白さに満ちているんだと思う。
もちろん、次へ次へと読み進めたくなる謎は多くてエンターテイメントとして秀でていることは間違いないのだけれど。
読み終わってみて最初に感じたのは、世知辛いなあってことだったた。登場する人物の行動原理が全員分からなくもないのが難しい。みんな確かな芯を持っていて、揺らぐことなく行動できる人たちばかりだからこそ虚しい争いになってしまっているのが悲しい。
個人の生死も、社会の不条理も、なんでそうなってしまうんだって憤ることばかりで、でもそこで立ち止まったままじゃ何も変わらないわけで、かといって何か事を起こしても絶対的な改善なり正しさなりは見込めないわけで。
だったらなんで生きているのとか、なんでこんな社会になっているのとか、結局堂々巡りになってしまうから、なんというか大変だなあって困ってしまった。
まあでも、不満があって、それが絶えられなくて何かできることがあるならやってしまうのが人間であって、生きているってことで、国家とか社会とかもそういった個人なり権力者なりの思いに乗って生きて死んで繋いでいくんだろうなあって思った。そんなことも書いてあった気もするし。
願わくば、いつの日かオキでみんなが笑って暮らせる未来がくるといいなあって思う。そのエピソードが描かれなかった演出に、なんやかんや作者の願いなんかも込められているのかもしれないなあって思う。
図書館の魔女 烏の言伝を読んだ。読書力がないせいか結構読みにくい小説だった。
この作者さんは微に入り細を穿つ性格なのか、前回もそうだったけど、妙にこだわって描写をしている箇所が随所に散見されて、そのせいで全体のテンポがおちてしまっている気がする。
色んな分野への造形が深いみたいで初めて得られる知識も多くて面白かったんだけど、過不足なく描写するって点からみるとマイナスなのかも。はっきり言ってくどいところが多かった。
また読みがわからない漢字も多かった。漢字も辞書をひきながら読むと勉強になりそうだけど、自分は多分に読み飛ばしてしまった。
話自体は面白いんだけど、過密な描写と、なんというわけでもなく読みにくい文章構成と、何よりも登場人物の名前が似通っているせいで、ちょっと没入感は削がれてしまったかな。
冒頭の風景描写とか、変に力んだせいで情景が浮かんでこなかったし。これはもう読解力とか文章の好みの問題なのかもしれないけど。
暗くて静かでロックな娘を読んだ。ろくでもない奴らがろくでもない目にあう、ろくでもない短編集だった。
登場人物が対外屑なのが面白かった。あらすじには底辺を這う人々の、救いのない日常を描くって書いてあるけれど、底辺というかなんというか、ものすごいものを見た、という読書感が正しい気がする。
独特の言葉回しと描かれる人物の毒気の強さから、短編集なのに二三篇読んだだけでお腹いっぱいになってしまったのもの興味深い。とにもかくにもえぐい小説だなって思った。
とはいえ内容としてはどれもこれもほんのりとした寂寥感が残る作品ばかりだったように思う。どぎつい煮出しコーヒーを胸焼けするまで飲まされたのに爽やかな芳香が鼻孔を抜けていくような変な感じ。
まあそんな内容ばかりじゃなくて、後半に向かえば向かうほど酷な内容が増えていくんだけれど。おばけの子は本作の中でとびきりきつい一編になっていたと思う。
それぞれの短編に悲しみやユーモアなど違った後味があるので、一編一編入り口は似たようなんだけど読書感がまったく違っているのが面白かった。
プリズン・ガールを読んだ。とってもスリリングで面白い小説だった。ハリケーンに襲われる場面が一番好き。最終的にストーカー野郎は死ねばいいのにって思った。
この作品はとある理由があって、十八年間、自宅で父親から監禁される羽目になった挙句、ハードなトレーニングや護身術、格闘術を相当なレベルで叩き込まれたらしい少女が主人公になっている。
でもって、その滅茶苦茶な父親が死んだ一日から物語が始まる。始まるんだけれど、冒頭からしてストーリーの推進力が尋常じゃないなあって感じながら読んでいた。
この時点でピックアップされているのは死んだ父親への憎しみと自由へのあこがれ、少々エキセントリックな性格をしている主人公ペティの言動が主なんだけど、もうぐいぐいと世界観に引きずり込んでくるのよね。
そこから物語は展開していき、大きく分けて三つのパートに分かれる。結婚詐欺(この表現は適切じゃないと思うけど)編と、逃亡編と、最終部の三つからなるんだけど、それぞれでちょっとずつ毛色が違う物語になっているのも面白いと思った。
結婚詐欺編ではスパイのような行動と男性や社会に対する不信感が印象的に描かれていたし、逃亡編では冒頭でも挙げたハリケーンの場面およびサスペンスらしい謎解きが見られたのがよかった。
また最終部では決着をつけるバトルはもちろんのこと、とある人物の偏愛表現が際立っていたと思う。本当に気持ち悪くて、読者は先んじて推理ができるものだから、主人公たちの言動にやきもきしながら読み進める羽目になった。
そのどれもが心地のいい勢いをしていてどんどんページが捲れていく反面、ところどころ話を作るための仕掛け臭さが感じられるのは残念だったかなあ。
始めの方でとある資料を持ち出さないんだけど、持ち出せないわけではないように読めてしまったり、中盤を過ぎてから同行者と仲たがいをしたりと、描いている理由はわかるんだけどちょっとありきたりかなあって思った。
内容としては、父ちゃんはもっとペティに何がどうなっているのかを話をしておくべきだったんだと思う。娘を守りたい気持ちは強かったんだろうけど、奪われる恐怖が愛情に勝ってしまっていたんじゃないかなあ。
まあそこがキモだといえばそうなんだろうけど。不幸だよね。
何はともあれストーカー野郎は即刻死滅すればいいのになあって思った。実家に残してきた二頭の猛犬も、これからはみんなで仲良く暮らしてほしいなあって思う。
優しい死神の飼い方を読んだ。三章がピークだった。あと、戦時下の物語を描くのって難しいなあって思った。
この小説は連作短編集になっていて、ひとつひとつの章で小さな謎をおい、全体を通して大きな謎を解くっていうオーソドックスな構成になっている。
なっているんだけど、ちょっぴり前半と後半とで毛色が変わりすぎているきらいがあった。例えるなら塩の街みたいな感じ。小出しの三篇の後に大きな物語がくるって形になっていた気がする。
個人的に気に入らないのは、物語の配分が雑だったところ。もっと後半の大事件あっさり目にして小出しの内容を充実してほしかった。
あるいはもうちょっと前後半の分け方を不明瞭にした方がよかったと思う。ダイヤモンドの捜索や、迫りくる凶悪犯の情報をそれらを解明する章を作ることではなく、ほかの事件を追っている最中に判明するような形にしてあればもっと気に入ったと思う。
また第一章の戦時下の物語について陳腐だなあって思ってしまった。この時代を書くのは本当に難しい。知識と想像力が大切なんだなあって思わされてしまった。
四章で死神が自分の存在を告白してしまうのも残念だった。その方が書きやすいし、物語も動かしやすかったのだろうけれど、最後まで死神は人間と直接関わりあってほしくなかったなあ。
とはいえ三章最終部の美しさは素晴らしかった。本当にここがピーク。というか、ここから物語の毛色ががらりと変わってしまって、それが肌に合わなかった。
地下室いっぱいに色彩と太陽の光が広がっていく感じが切なさと相まって胸に迫る読書感だった。
すっごく読みやすいお仕事系キャラクター小説って感じだったんだけど、主人公が変わるごとに、つまりは章が進むごとに月日が大きく変化するところで少し、ほんの少しだけ読みづらさを覚えた。
どうせならそれぞれの章ごとにタイトルを決めちゃえばよかったのにって思ったんだけど、そうしなかったのには何かわけがあるのかもしれない。
紙の動物園を読んだ。短編集だったんだけど、あえて一貫したテーマを当てはめるとしたら「正しさ」になるんじゃないのかなあって思う。
表題作の神の動物園では正しさと後悔をつなげて物語にしているような気がしたし、続く月へでは正しさを法を扱っていたと思う。以下、ほかの短編でも正しさになんやかんやを掛け合わせた一編になっていた。
でもって物語のテイストがそれぞれ違っているもんだから読みごたえがあった。始まりと終わりに、それぞれ違った味わいで涙を誘う物語をもってきているのも印象に残っている。
個人的に紙の動物園と文字占い師は強く感情を揺さぶられた。作者が狙った通りの感情を植え付けられた気がして居心地が悪いんだけど、やっぱりお涙頂戴ものに弱い気がする。
結縄で描かれてる資本主義のあり方とか、愛のアルゴリズムで示されている思考のあり様とか、オーソドックスだけど外さないように的を射ているところもよかった。
ただまあSFっぽさは薄かった気がする。訳者が紙の動物園はファンタジー色が強めだって書いてるから、もう一つの短編集もののあわれではSF色を期待したいと思う。
レッド・クイーンを読んだ。能力者たちが戦う下剋上ものファンタジーだった。要するに海外版のラノベですね。
なんか三部作らしくて、読み終わった一巻だけでは完結していない感じ。ただ一段落はしているので区切りとしてはいいのかなあって思う。
内容としては、いろいろと詰め込みすぎなきらいがあるかなあって気がした。あと、中盤から終盤にかけての主人公の心情にどうしても寄り添えなかった。
まあ最終ページを先にチラ見してしまったからってのもあるんだけど、妙にとある男性キャラクターにべったりしすぎてるんだよね。
訳者のあとがきにもあったけれど、革命集団の思想にどっぷりとつかってしまうメアのありようがもどかしかった。
あと、中盤で中だるみが感じられたのもマイナス。序盤から能力開花までは怒涛の勢いで進んでいくんだけれど、そこから足踏みしてしまうのが勿体なかった。
夜とコンクリートを読んだ。青いサイダーで泣かされた。簡素かつ美しい線で描かれた物語から立ち昇ってくるのは、夏の寂寥感にも似た読書感だった。
恥ずかしながら中古で買ったんですけどね。棚を眺めていてひょいと手が伸ばしたら、こんな素敵な漫画に出会えたわけです。運がよかった。
内容としては全体的にとってもシャープ。無駄がなく、足りない箇所も見受けられない。絵柄も本当にすっきりしているから、人物たちの言葉と彼らがいる場所の空気感がダイレクトに伝わってきた。
そのおかげか、はたまたAmazonでのレビューをチラ見したせいかは知らないけど、いま一度内容を思い返してみると、擬音語がなかったはずの場面から濃密に音の気配が聞こえてくる気がする。
変な言い回しになってるけど、例えば夏休みの町って話の扉絵から降り注ぐ蝉の鳴き声や、強烈な日差しが照り付けてる感じや、風の音なんかがひしひしと感じられるようになったのです。
感受性を刺激されたというか、想像力をたくましくさせられたというか。実際読みながら涙が出てしまったわけで、個人的に感情を強く揺さぶられる表現が詰まっていたことは間違いないです。
久しぶりに。
シュトヘルの最終巻を読んだ。ええ漫画やった。ハッピーエンドやんか。素晴らしい物語をありがとうございました。
シュトヘルって漫画は西夏文字を軸にしたヒストリカルロマンだったんだけど、その実、超絶的に濃密な人間模様が描かれている漫画だった。
言っちゃあ悪いかもしれないけど、西夏文字やら時代設定は描きたい本題のための演出でしかなかったんだろうな。そう思ってしまうほど、登場人物たちの愛憎や信念、生き様が鮮烈に表現されていた気がする。
というか、シュトヘルって一人じゃなかったんだね。主要な人物は、みんな悪霊だったんだから。
また全巻通しておまけ漫画がよかった。濃い本編とは対照的で、いい清涼剤になってくれた。それだけ人が死んでるわけだけど。
しっかり終わってよかった。ずっしり楽しめる超大作でした。
時間旅行者の系譜シリーズを読んだ。内容は女性向けライトノベルって感じ、本国ドイツで結構売れてるらしい。
最後に描かれている、現代にいるはずのきょうだいが誰なのかわかんなくてグーグル先生に教えてもらった。あの人かって膝を打ってしまった。
内容ではあんまり主人公のグウェンドリンが好きになれなかった。ザ・恋愛脳。ざ・ティーン。って感じで本当に感情に振り回されてばかり。そりゃあサンジェルマン伯爵にも愚か者呼ばわりされるわって思った。
逆に言えばそここそがキャラクターとして立っている部分なのは分かるんだけど、一巻の時点で察せられてしまう出生の秘密を知った時の混乱さえ、大好きな人にキスしてもらうと吹っ飛んでしまうのはどうなのよ。
ただまあ本当の本当に凡庸なティーンエイジャーが突然タイムトラベルできてしまうようになったとしたら、とか、闇が深そうな策謀に巻き込まれてしまったら、とかは描きだせていたとは思う。
個人的にレスリーとセメリウスが好き。というか、幽霊が見えて会話できるって設定は単なるミスリードだったのかしらん。
中高生の女の子なら楽しんで読めるのかもしれない。もうちょっとラブコメ成分よりもファンタジーなりSf要素を増やしてくれてもよかった。
次。幸せのマチを読んだ。岩岡ヒサエの漫画はほっこりするし全般的にあたたかな内容なんだけれど、ところどころにひりひりする内容を忍ばせてくれるのがいい味出していると思う。
一冊で簡潔なので気軽に手に取ってもらいたい。ひなびかけた商店街を舞台にした若者たちの奮闘と恋愛に主題を置いているんだけれど、それを見守るとあるキャラクターたちの眼差しが素敵な作品だった。
次。春と盆暗を読んだ。なんかよくわからないけれど、とても魅力に満ち溢れている漫画だった。
一応は恋愛漫画に分類されると思う。でも、全体的に妙に掴みどころがないというか、登場人物たちがありがちなキャラクターからずれているので、不思議な読書感を味わえる漫画になっていると思う。
ふわふわとしていて、でも何かしら本質を捉えていそうな物語が好きならあり。もちろん、読み取れていないだけで相応なメタファーが隠されているのかもしれないけれど。
次。おんさのひびきの新装版を読んだ。銃座のウルナの三巻が見つからなかったんだよ。でも、これはこれで素晴らしい作品だった。
内容としては文学小説を読んでいるような感じがちょっとした。登場人物それぞれに懊悩があり苦悩があり煩悶がある。それでも生きていかなければならない子供たちの姿を、精緻に切り取っているなあって思った。
エトもマコも順基も、きっと大人になったらそれぞれの内面で、それぞれの関係性で、何かが変わってしまうのだろう。それでも彼らの十年後ないし二十年後が読んでみたくなる漫画になっていた。
ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよを読んだ。うーん。甘酸っぱい青春小説を謳っているけど、個人的には微妙な読書感だった。
第一において、全編を通して何がやりたいのかがわかりにくかった。ハッキングの技術に邁進する小説が書きたいのか、お悩み解決系でいきたいのか、恋愛を主軸に据えたいのか。いまいちピンとこなかった。
要素自体はたくさん含まれてるんだけど、それらがうまくかみ合ってないというか一体感が感じられなかった。
友人の恋愛が失敗する展開とか、未来がよくわからない高校生らしさを反映しているのかもしれないけど、なんんか微妙。できれば最後で先輩がわからないなりに真剣に悩んでいる友人のことを認めてあげてもよかったんじゃないかなあ。
そもそも主人公も恋愛を意識すればいいのに。小夜子との関係性が恋愛といえなくもないんだろうけど、最後まで読んでなんかぐっと来ない。いたるところで日数が経ちすぎ。
他にも、例えばパソコン部の部長にしても、友人の妹にしてみてもぱっと出すぎてうまく機能してないように感じられた。というか、ミステリで言うところのワトソンポジションから終始主人公が脱却できないのが全部悪い。
あまつさえ、最後の最後でもワトソンポジションのままこれからも小夜子のことを守っていこうとか決意を固めちゃってるからひどい。
少しは向上心を持ってほしい。多少なりともパソコンについての知識を蓄えようとか、あるいは将来についてある程度の道筋を見出すとか。
それすらなく、昔のことを回想して、忘れちゃってたけどもう迷わない、みたいな決意を固められても困る。そうじゃないだろう。
今回も漫画からセレクト。まだ読んでなのがそれなりにあるから困る。
最初。ニーナさんの魔法生活を読んだ。店頭に読み切り冊子が置いてあって、思わず一目ぼれしてしまった作品。ビームコミックスっぽい作画だけど、COMICメテオってところだった。
こういった異世界での生活を描いた作品は、描き込み量と基本的な世界観が大切だと思うんだけど、この漫画は二ページ目から琴線に触れてきてくれた。
謎の植物って大好き。巨大なまだらキノコとか大樹とか、いかにもなファンタジー世界だけど、描き込むべきところで綿密に描き込んでくれてるから満足度が高い。
反面、キャラクターだけしか描かずに、背景はホワイトってこまも結構見られる。力の入れどころがよくわかっていて、なおかつそれらが不自然になっていないので、とてもよくまとまった漫画だなあって思った。
物語としては、まだ一巻だしキャラクターや世界観の紹介が終わって何やら事件が始まりそうってところで終わってるんだけれど、終始作品の世界観に惹きつけられていたので飽きずに読むことができた。
続きが楽しみ。
次。LIMBO THE KING を読んだ。田中相の最新作。がっつりとしたSF漫画になっていた。
この漫画は導入からして読者を突き放してくれる。モノローグでいろいろと年代とか自制を説明するんじゃなくて、キャラクターが自然と話す会話の内容から物語の背景を探っていくことになる。
結果として読み進める中ですごく疑問が増える。これはどういうことなの、なんでそうなってるのって事柄が多くて、前のページに戻ったことがあった。
こういう物語世界への導線が細くなっている作品、結構好き。なんていうか、オープンワールドに放たれたような心細さと、手探り感が素敵だと思う。
公判で結構ショッキングな描写があったり、スリリングな展開もあったりする上に、全体的に不穏な気配が漂っているもんdから、早大ってわけじゃないけど骨太なSFにはなっている感じがした。
まだ一巻だけしか出てないけど、良作になりそうな気配。これもまた続きが楽しみ。
次。まかろにスイッチを読んだ。違う本に入っていた読み切り冊子で目にしたメガ澤の衝撃が凄まじかった作品。
淡々と一話完結のギャグマンガが続いていくわけなんだけど、妙なエネルギーがあるというか、世界観が異質。
大体がシュールギャグなんだけど、ところどころブラックな笑いがあるのもアクセントを与えている気がする。
いい意味で時間を無駄にしたい人におすすめ。二巻で完結なので手軽に楽しめると思う。
他にも螺旋じかけの海の二巻とhなhなA子の呪いが最近読んだ中ではよかったかなあ。
螺旋じかけの海は切ない気持ちにさせられる物語が多かった印象。A子は終わらせ方が難しかったのかな。一巻のころの突き抜ける感じは薄まっていたように思う。
いま、君にさよならを告げるを読んだ。タイトルと帯から察していた通りのよくある見慣れた物語だったけれど、やっぱりラストは切なかった。
本作の主人公ウィリアムは、正直なところあんまり好きな主人公じゃなかった。優柔不断だし、娘のためになるはずだって言いながら自分の欲求を一番にしちゃってるところとかがダメダメな幽霊だった。
でもって、息子を亡くして悲嘆に暮れている老夫婦を支えてあげるのが彼の姉であるローレンなんだけど、彼女もまた癖のある人物で立てなくてもいい波風を立ててくれるからあんまりいい印書がしなかった。
さらにさらに後々脳卒中で倒れることになる主人公の父親たるトムには家族に隠している重大な秘密があり、ことが土壇場に至って現実から逃避してしまう。
母親のアンが本当に気の毒。残された一人娘のエマも相当だけれど、個人的に一番追い詰められたのは彼女なんじゃないかなあって思った。
でも、たぶんそういうことじゃないんだろうな。最終部の弔辞でローレンは、誰に人生にも暗黒の時代と呼ぶべき時期はあるだろうけど、闇の濃さはいろいろだと述べてる。
人の絶望や悲しみ、翻って喜びや希望も、絶対的な比較は誰にとってもできるわけがなく、当人にとっては正真正銘の、その人だけの人生だったのだと毅然と口にしている。
この一文を目にしてから、この作品の流れなり、その時々で人々が選んできた選択を思い返してみると、大小さまざまな失敗こそあれ、まぎれもなく彼らは懸命かつ真意に生きていたことが感じられた。
二周目のたった一人残されたエマが、父親のウィリアムからさよならを告げられた世界を想像してみる。ローレンが過ごしたような十代を経験するかもしれないけれど、なぜだかエマならきっと大丈夫だと思えてくる。
ウィリアムからしてもらえたであろう夢のなかでの抱擁が意識の深層に残っている限り、彼女は深く深く祝福さているってことが伝わってくるからだと思う。
闇の公子を読んだ。愛と憎しみが織りなす、絢爛たる勧善懲悪の物語だった。出てくる人物が美男美女のオンパレードだったからちょっとお腹いっぱい。
大別して三章からなる今作。それぞれの章なり部で主要な登場人物は移り変わっていくんだけど、物語全体を通しての主人公はやっぱり闇の公子たるアズュラーンなんだと思う。
地底の都を統べる妖魔の王たる人物なんだけど、少々いたずらが過ぎる。たびたび地上に出てきては国を傾けたり、呪物を差し向けて混乱を引き起こしたりして、大勢の人の生を翻弄し結果的に殺戮して回ってる。
神にも等しい力を有しているのに、夢から地底に迷い込んできた魂を相手に狩りを行ったり、とある人間の女性を誘惑しようとして三回失敗した挙句に彼女と夫と子供たちをしつこく呪ったりする。
やんごとなき御方なんだけど、しょうもないところが多い人物でもあると思った。
でも天上の神々と比べたり、とある吟遊詩人の予言じみた唄を聞いて不安を垣間見せたり、なんか格好つけた自己犠牲で世界を救っちゃったりするのを見せつけられると、憎めなくなる。
小説の最後なんか、アズュラーンの復活により束の間の平穏を享受していた世界に再び嵐が生じる兆しが描かれてるんだけど、行間からにおい立つ何とも言えない爽やかさのせいで読んでてニヤニヤしてしまった。
カジールとフェラジンの恋路を邪魔したり、ビネスの一家に辛苦を味合わせたりした場面では眉間にしわが寄ってしまったけど、自らが蒔いた悪事の種が芽吹いたせいで愛する世界が壊れそうになった時に見せた姿とか、滑稽すぎて愛着が湧いてきてしまった。
本当にしょうもない人だと思う。とんでもない御仁なんだけど。
公子以外にも素敵な登場人物はたくさんいて、先にも挙げたカジールとフェラジンのその後とかほのぼのしていそうでほっこりする。シザエルとドリザエルの二人も、魂の平穏を得たことで幸せに暮せたんだろうなあと思いたい。
三つの章の構成について。どれも悪が負ける物語になっているんだけど、アズュラーンの視点から見ると、第一章では自分自身が主体になった悪が負けていた。
第二章では自らが蒔いた悪がどのように人々の間を渡り歩くかを描いていて、第三章では自分が面白おかしくまき散らしてまわった悪によって手を噛まれるっていう展開が描かれていたように思う。
それぞれ悪の捉え方や切り取り方が違っていて面白かった。アズュラーンの狡猾さや執念深さ、冷酷さを際立たせるとともに、彼に立ち向かう人々の輝きをうまく描いていた。
人々の生き様に関してだと特に二章が印象的だった。魔性の女王ゾラーヤスは、最後に結局悪として敗れてしまうのだけれど、彼女の憎しみや悲しみ自体には理解できるところがあるのがほろ苦かった。
彼女が死に負けるまで、ありとあらゆるものに勝ち続けなければならない人生を歩く羽目になってしまったのは、はたして運命だったのかどうか。
優しさがうまく機能しなかったり、色んなことのタイミングが悪かったりした十代のころ、彼女のもとにアズュラーンは現れなかったことを考えるとなんかいろいろ胸に迫る。
文章としては重厚かつ絢爛で耽美。文章がずしんと腹にくる小説でした。性愛に関する大らかな受容性と、こってりした文章に慣れることができればがんがん読み進められる物語だと思う。
ただ、たて続けに二冊はつらいかなあ。死の王はまた今度にしようと思う。