はてなキーワード: ジェットエンジンとは
RX-7(マツダのスポーツカー)からRX-78(ガンダム)までどういう変遷を辿ったのか。
ふとこんなことを思いついたけど自分で考える知識も想像力もなかったのでChatGPTに考えてもらいました。
最初に全然違うものだから〜って言われて「あれ、これ答えてもらえないかな」と思わせつつちゃんと答えてくれたので優しい。
RX-50で飛躍があったのでもうちょっと詳しく知りたかったけどあんまり掘り下げられていない。
誰かやってみてください。
RX-7はロータリーエンジンを搭載した軽量ボディと高回転エンジンによる優れたハンドリングが特徴のスポーツカーです。
RX-8はRX-7の後継車でロータリーエンジンを搭載し、後部の観音開きドアを採用して実用性を向上させて家族でも使える4人乗りになったスポーツカーです。
RX-78は地球連邦が開発した人が搭乗して操作するモビルスーツと呼ばれる人型ロボットです。上半身、胴体となる飛行機であるコアファイター、下半身に分離し、人はコアファイターに搭乗します。
RX-7からどのような変遷を辿ってRX-78へ至ったかを推測して、RX-9からRX-77までそれぞれの特徴を説明してください。
RX-7からRX-78ガンダムに至る変遷を想像することはユニークで面白いですが、現実のマツダのRX-シリーズ(RX-7やRX-8)とアニメのガンダムシリーズ(RX-78)は全く異なるフィクションの領域にあるため、直接的なつながりはありません。しかし、ここではあくまで架空の進化の物語を考え、RX-7からRX-78へ至るまでに開発された「RX-9」から「RX-77」の特徴を推測して説明してみます。
RX-9は、RX-8の後継車として開発された新世代スポーツカーです。ロータリーエンジンの革新により、環境性能を大幅に向上させつつも、軽量なボディと高回転エンジンによる走行性能がさらに進化しています。また、4ドアデザインを維持しながら、さらに家族向けの利便性が向上しており、より多様なドライバー層に対応しています。電動化技術も取り入れ、ハイブリッドパワートレインを搭載しているモデルも展開されています。
RX-10は、ロータリーエンジンの伝統を残しながらも、完全電動化が進んだモデルです。軽量素材と次世代バッテリーテクノロジーを使用し、従来のエンジンを超える加速性能と静粛性を実現しました。デザインも未来的で、空力性能を意識したエッジの効いたフォルムが特徴です。スポーツカーの楽しさを維持しつつ、地球環境に配慮したモデルとなっています。
RX-11は、空陸両用車両への技術移行が始まったモデルです。地上での走行はもちろん、限られた距離での短時間飛行機能を搭載し、モビリティの自由度を大幅に向上させました。空力特性とロータリーエンジン技術を進化させた、非常に軽量かつ高機能なハイブリッドドローン車として活躍します。
RX-12は、地上走行の役割を大きく縮小し、完全な空飛ぶスポーツビークルとして登場しました。人々が都市部の空を移動する未来を見据えたモデルで、従来のロータリーエンジン技術が姿を消し、代わりにジェットエンジンや電動ローター技術が使用されています。コンパクトで機動力に優れ、都市間移動を革新する未来のモビリティとして高い評価を得ています。
RX-50は、地上走行や飛行を超えて、二足歩行ロボット技術を本格的に取り入れた機体です。この時点で車両の概念は完全に人型ロボットに移行しており、ドライバーはコックピットに搭乗して操作します。主に工業用途での大規模作業や特殊環境での作業を行うために開発されたものですが、これが後のモビルスーツ技術に繋がる重要なステップとなります。
RX-60は、RX-50をベースに軍事用の戦闘モビルスーツとして改良されました。この時点で戦闘用の武装が搭載され、地上や空中での戦闘行動を遂行できるようになっています。武器としてビームライフルのような光学兵器やミサイルが搭載され、戦闘に適した装甲も強化されています。
RX-70は、地球上の戦闘を超えて、宇宙空間での使用を想定したモビルスーツです。宇宙での推進システムや軌道上での長期間の活動が可能なように設計され、さまざまな極限環境に対応します。このモデルは、人型でありながらも非常に高い機動力を持ち、地上と宇宙の両方での戦闘が可能です。
RX-77は、地球連邦軍が開発した初期型の汎用モビルスーツで、RX-78ガンダムの直接的な前身とされています。このモデルでは、重装甲と火力に重点を置き、従来の車両型兵器と比べて非常に高い防御力を発揮しますが、機動力はそれほど高くありません。大型キャノンを装備し、敵の機動兵器との対戦に活躍しました。
そして、RX-78ガンダムが完成形です。高度な汎用性、強力な武装、ビーム兵器などを備え、アムロ・レイによって運用される最強のモビルスーツとして、地球連邦軍に勝利をもたらしました。
目論見として、ソヴィエトの南下の危機感とか、中国東南アジアを支配して大東亜共栄圏を形成し、石油や金属などの潤沢な資源を確保できれば、
アメリカに勝てるとか、そういう不確定な未来への期待みたいなものもあったと思うけど、その目論見は外れたし、
あと、ナチスドイツはジェットエンジンとか潜水艦とか、既存技術の延長には長けていたから、彼らからの技術提供も強みになると思ってたけど、
核兵器という大どんでん返しがあるとは思ってなかっただろうからなぁ
核だけじゃなくて、トマホークとかの原型になる巡行ミサイル、テレビの無線の部品を組み込んだ飛行機による誘導ミサイルの開発もされてたから、
その謎を解明するため調査隊はインターネットの奥地へと向かった
その結果、英語圏の歴史解説YouTubeチャンネルを発見した
Why Do We Throw Coins in Fountains?
動画の字幕の書き起こしをChatGPTに翻訳&要約してもらった
毎年、世界中で私たちは噴水から井戸、さらにはテーマパークの乗り物まで、コインであらゆるものを飾ります。私たちは幸運を求めて、願いが叶うことを望んでいます。場合によっては、ローマで誰かと結婚するためにもコインを投げます。この伝統は時代を超えて広まり、その起源は古代ローマにまでさかのぼります。ローマの公務員であるガイウス・カエキリウス(別名:プリニウス・ユニオル)が書いた手紙によれば、人々は清潔な泉に感謝の意を表す形で贈り物を投げ込むようになりました。当時、清潔な水は非常に貴重であり、神々への感謝の印としてコインを投げる習慣が広まりました。この伝統は今でも続いており、ローマのトレヴィ噴水が特に有名です。また、映画「Three Coins in the Fountain」でもこの伝統が取り上げられ、ロマンティックコメディの要素として広まりました。噴水に投げられるコインは、都市や観光地の収益の一部として寄付されることもあります。
要約の結果、元動画が言っている内容とちょっと違う文意になっている箇所があるな……
しかし歴史解説YouTubeチャンネルの内容をを鵜呑みにするのはちょっと気が進まない
調べるとっかかりとしては役に立つんだけどね
あと、この解説はアジア圏のコイン投げについての観点がまるっと抜けている
中国人が願掛けとして飛行機のジェットエンジンに向かってコインを投げ入れようとした、というニュースがあるくらいだ
すなわち、現代の池へのコイン投げの風習は二つの源流があるはずだ
ひとつは西洋起源、小プリニウスが書き記したそれであり、コインを投げ入れて願い事をするヨーロッパの民間伝承「Wishing well(「願いの井戸」と訳すべきか)」を経由してトレヴィの泉に辿り着くルート
もうひとつはアジア圏のいわゆる願掛け目的のいわゆる「賽銭」を辿るルート
二つに分ける意味はあるのか……?
うーん
どうだろう
ないかも
あるということにして調べよう
映画「Three Coins in the Fountain」がもしも存在しなければ、西欧圏でコイン投げの風習は廃れていたかもしれない
しかしその映画があろうとなかろうとアジア圏の人々はコインを投げて願掛けする風習を続けていたであろう……気がする
あとで二つに分けて考える意味は無かった時点で考えを改めればいい、ということにしておこう
RedditやQuoraでも「なんで中国人って池や川にコイン投げるの?」みたいなトピックが立てられいるのを確認した
(そしてそれに対する回答は「コイン投げの風習は世界中にありますよ」というもの、質問者が知りたい内容とはちょっとずれている気もする)
「キリスト教の教会に併設されている池にコインが投げ入れられて困った」みたいなスレもたっていた
というわけでイスラム教とユダヤ教でコイン投げによる願掛けがどう認識されているかもぐぐりましょうね
ユダヤ教はなんか出てきた
ラビに「願いを込めて願いの井戸にコインを投げることは何か悪いことですか?」とユダヤ教の教義に反していないか質問する内容のサイトが引っ掛かった
解釈によってはセーフだけどあんまり推奨しない、みたいな空気感の回答だな
コイン……つまり金属製の硬貨のみが投げ入れられるのか?という疑問もある
貝製の通貨、貝貨を池に投げ入れるみたいな文化がある地域ないかな~
パプアニューギニアは現在も貝貨を使っている人々がいるみたいだが、願掛けとして貝貨を投げるみたいな記述は見つけることが出来なかった
パプアニューギニアのなんかでっかい噴水のストリートビューを探して金属コインの他に貝貨が沈んでないか探してみてもいいかもしれない
まあおそらく無さそう
お葬式で貝貨を精霊に扮した人に向かって投げるみたいなことはやるらしいんだけど……
そもそも何で調べ始めたかって「海外……例えばアメリカでは合格祈願の願掛けとかするのかな?」と思って
ぐぐった結果は「願掛けしない」というもの、まじかー
教会でお祈りとかする人もいるにはいるけど、願掛けするくらいなら勉強しましょうねみたいな考えをするってなんかのブログに書いてあった
例えばかつ丼みたいな勝負飯食べたりお守りを買ったりみたいな風習もないっぽい
いやー……そうはいっても欧米人だって水にコイン投げて願い事するじゃん?池にコイン投げて合格祈願とかしないの?
そこらじゅうに願掛けスポットが大量にある日本が特異、ということだろうか
まあまあ、結論を急ぐことはない
もうちょっと調べましょうね
賽銭とトレヴィの泉を一括りにして包括的に投げ銭文化について論じた論文をまだ見つけることが出来ていない
投げ銭に限らず「迷信」というテーマで調べてもいいかもしれないな
……といった感じで調べた内容を一旦メモ
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太宰府天満宮の菅原道真公のような受験、学問を司る守護聖人にお祈りするみたいな風習があるかどうかを調べること
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うっすい軍オタというかガンダムの100分の1ぐらい戦車とか戦闘機好きぐらいのオタだったけど正直ドローンって無人偵察機でしょあんなんでサクサク有効に打撃与えられるのなんて航空優勢とった米軍さんがテロリスト相手に固定翼のジェットエンジン積んだドローンからミサイル発射するぐらいでしょぐらいにしか考えてなかった。まあマルチコプターなら歩兵さんが偵察に便利に使うでしょみたいな。
ロシアのウクライナ侵攻見てドローンに関する認識が自分の中では変わってきた。
報道は神風ドローンとか言ってるけど「ミサイルは適切なときに適切なところにいてくれればプロペラ動力であっても十分強力で、ロケットエンジンにこだわる必要は何もない」ってことなんだなあって。そこが重要だったんだなあーって。
あと「自走砲と迅速な陣地転換」とか「近接航空支援」を限定的に代替できるのね。しかも砲撃地点を推定して反撃するのとドローンの発射元突き止めて反撃するのは別の対策が必要だし、ロケットエンジンのミサイルと違って長時間滞空してる可能性があって元々どっから来たのかとか今直接外部から制御されてるかとかはやられてる方はもうわかんない。頑張って叩き落してもパイロット死なないし。将棋の駒の種類が増えたみたいなもんでこりゃめんどくさいぞ。
それについてはちゃんと理由があって、統一されたドイツの軍を単独行動させないためにNATO傘下に置きたかったということなんだよね。
NATOは今後軍事色を弱めて政治メインの団体となる方向性でもあったし。
しかし自分は自分で嫌われていて入れなかったから、代わりにNATOを東に広げないでね?→(ドイツの東側に)広げないよ!という密約だけ取り付けたわけ。
ユーゴ紛争をきっかけにNATOを東側に広げようかという議論になったけど、エリツィンがふざけんなって言ってその頃は実現していない。
今とちがって、ロシアが同意しない限り広げられるわけないよね?がNATO主要国の見解。なので、97年にNATOロシア基本文書を作った。
ロシアとしては西側諸国と仲良くやっていける目処が立ったので、エリツィンがNATO東側に広げてもいいよってことになる。
しかしユーゴ空爆でロシアはNATOを戦争犯罪集団と認定して距離を置くことに。
的な流れ。
90年代の融和路線が終わったのは、主にソ連&スラブ人嫌いのオルブライト元国務長官の政策がことごとくロシアの尻尾を踏みまくったからっぽいけど、若干推測が強いのでもう少し資料あさりたいかなーといったところ(確度70%くらいなイメージです)。
ちなみにウクライナにNATOの軍事基地を置かれたら脅威ってのも、東側へ1インチと一緒でロシアの方便だと思うんだ。推測だけどね。
何にしろ、プーチンの演説は論理的で説得力あるけど、本心を語ってないっていうタイプよ。
実際、短距離弾道ミサイルだとウクライナ国内でも国境線付近じゃないとモスクワが射程距離に入らないし、中距離弾道ミサイルならドイツから狙える。だから関係ないんだよね。
ロシアが長年言っているのは、「アメリカ一極集中が気に入らない、世界はもっと多極化するべきだ」であり、90年代はロシア含むヨーロッパ対アメリカにしたかったし、2000年代はロシアは経済で多極化の一翼を担おうとしていた。
今から10年前くらいからプーチンはアメリカに激おこなんだよね。プーチンの論文的にはそういう傾向が読み取れる(らしい。
10年前っていうと、バイデンが本格的にウクライナにちょっかい出し始めた時期と一致するんだよね。
って考えると、やっぱりバイデンはバイデンでロシアの尻尾を思いっきり踏んだんだと思う。(これは確度60%くらいなイメージ
だからまーなんていうか、戦場はウクライナだけどプーチンvsバイデンなんだろうなと俺は見ている。
(ソースはもう少し集めたいので、まだまだ怪文書くらいでいいです。)
昨日も中国がロシアを軍事的に支援するとかって情報がリークしたけど、あれも真意不明じゃんか。
でも、本当かどうかは別として、それを聞いたウクライナはもう二度と中国に武器は売らないでしょ。喜ぶのはアメリカだけよ。
中国だってまだまだ学ぶものがある状態だったら、ロシアに武器提供してウクライナから仕入れるというルートは失いたくない(空母もウクライナ産、戦闘機用ジェットエンジンもウクライナ産)
もう学ぶことがないから、中国産の軍需装備をロシアに提供して性能テストするよってことも考えられなくもないけど。(それはそれで日本やアメリカとしては困るんだけどさ)
それよりかは、アメリカがフェイクニュース流してウクライナから中国に武器が渡らないようにすることが目的なんじゃ?って考え方もあったりするのよ。
アメリカはいつも風が吹いたら桶屋が儲かるみたいな外交をするからね。
まぁ後半は陰謀論だな。
ただまぁ、現状一番利があるのはアメリカで、アメリカが戦争になるように仕向けました、なぜなら今こうこうこうだからです。って言っても、とても陰謀論臭くても否定する材料がほぼ無いなーと思う。
余談ばかりですみません。
幼い頃から機会は何度かあったものの全てフイになっていました。
マリンジャンボの抽選は外れたし、スーパーの懸賞旅行は「金がない」と両親だけが行った。
狂人のハイジャック事件が起きて、修学旅行は長野県のスキー場になってしまった。
送迎や仕事で空港へ行った事は数あれど、家族の中で空を知らないのは僕だけとなっていました。
もうこりゃ空と縁がないのだろうと思っていたし、「今更何だってんだ」と意地にもなっていました。
職は変われど働き詰めであまり余裕も暇もなかったのです。
無人のカウンターで発行されたチケットは簡素なレシートのような紙。
画面や本の中で数え切れぬほど見て聞いて読んできた風景です。
現実感の無さと過去の巡り合わせの悪さと興奮がない交ぜになりつつ搭乗を待ちます。
椅子は硬めで前後は広いとは言えませんが、おっさんは車が好きなのでこうしたタイトな空間は苦になりません。
アナウンスが鳴り安全の確認、続いてCAさんの救命胴衣の実演。
時間にして数分後、後ろから轟音が響き窓の外の風景がゆっくりと動き始めました。
これがジェットエンジンなのかと思っていたら、続けてさらなる轟音が響き渡ります。
窓の外の景色も移り変わり、そして止まる。
いや、それ以上です。
僕にとって飛行機は今まで乗ったのりものでは最速のはずですから。
縦揺れを感じながらの加速を経て、浮遊感を感じました。
あっという間に窓の外から地面が消えて離陸。
すごい、飛んでいる。
それまで自分が情報とデータでしか知らなかった速度で、みるみると機体は上昇していきます。
窓の外の風景はあっという間に航空写真や衛星写真のような風景に…
こうして初めて、おっさんは空を飛んだのでした。
隣席の同行者曰く、まるで子供を見ているようだったと。
座席を譲ってくれた同行者には頭が上がりません。
こんなよくわからない文を読んでくれて有難う。
運動不足解消のため、通勤には一駅歩いて電車に乗るようにしている。
身体のバランスに偏りが生まれないように両肩にかけるタイプのリュックサックを背負って歩いているのだが、背中の汗がやばい。
今までは駅手前の公園で汗を拭っていたのだがふとひらめいて最近流行っている扇風機でどうにかならないかを考えてみた。
片手で持つタイプではウォーキングには邪魔。かといって肩にかけて歩くのは学生じゃあるまいし恥ずかしい。
このタイプの扇風機はジェットエンジンのように筒状になっていて、片側から吸った空気を反対側に吐き出す仕組みになっている。
本来はベルトに取り付けて洋服の中に空気を送る構造なのだが、これの使い方を少しアレンジしてみた。
背中側のベルトに取り付けてその上からリュックサックを背負う。
するとリュックサックと背中に空洞ができて、そこに空気が送り込まれるようになる。
汗で背中がぐっしょりする一番の原因は、リュックサックが密着することで汗が乾いてくれないことにある。
そこに扇風機が挟まって空洞ができるだけでも汗が乾燥する効果は十分に得られるのだが、さらに空気が送り込まれることでさらに快適度が増す。
確かに音は気になるが、町中を歩いて移動している限りではそれほど気にされる様子はなかった。
信号待ちなんかや気になる時はスイッチを切ってしまえばいいのだ。
もう夏も終わりかけているというのに、もっと早く気付けばよかった。
2014年から今にいたるまでイエメンではずっと内戦をしています。この内戦にはサウジアラビア、UAE、イランが関与しており、現在の中東情勢を理解するためにはこの内戦の概要を掴む必要があります。なのでその話をします。
です。大まかにいって国土の北西地帯をフーシ派が、南部と東部をハディ派が支配しています。イエメンは部族社会という色が濃く、各部族はそれぞれに思惑をもって活動しており、フーシ派にもハディ派にも属さないという地域も増えてきています。
内戦の背景について理解する必要はあまりありません。部族の利害や宗派の違いといったものから発生する、正直いってしまえばよくあるアレです。ではそのよくある内戦がなぜ泥沼化しているのか、そして何故誰も知らない戦争になっているのかを簡単に説明したいと思います。
内戦のきっかけはフーシがイエメンの首都を占拠しクーデターに成功したことです。これにより当時大統領を務めていたハディは首都を追われ、サウジアラビアに亡命しました。サウジアラビアはこれに危機感を抱きました。なぜならサウジアラビアはスンニ派勢力の事実上の盟主であり、イラン以下のシーア派勢力と敵対しているからです。イエメンはサウジアラビアと国境を接しており、ここに親イラン勢力が根を張ることはサウジの安全保証を根本的に脅かすと懸念されたわけです。そして実際その懸念は現実のものになります。
サウジはUAEと連合しハディ元大統領の支援に乗り出します。サウジとUAEは優勢な空軍力を活用しフーシ派から南部の要衝アデンを奪回することに成功します。そしてここにハディ大統領を傀儡として送り込み、フーシ派討伐に乗り出します。これが 2015 年 7 月までの流れ。
しかしサウジの勢いがよかったのはここまでの話で、以後内戦は泥沼化の一途を辿ることになります。泥沼化の理由として以下の要因が挙げられます
まずハディ派やサウジ空軍が弱いという問題についてです。一般にいってアラブの軍隊は非常に弱いのです。それはなぜかというと、クーデターを恐れるあまりにまともな訓練をつめておらず、特に大隊以上の連携の訓練などはろくにおこなわれていません。
例えば、空軍力を適切に発揮するためには地上の部隊との高度な連携が必要です。地上の部隊が空爆の目標地点を捜索し、適切に爆撃機を誘導してやらなければ効果的な爆撃はできません。また、航空偵察の成果を総合的に検討して情勢を判断する高度な情報組織も求められます。そういった高度な機能はサウジ空軍には備わっていません。では、サウジアラビアはこの問題をどのように解決していたかというと、大量の物量を投入して無差別爆撃を繰り返すという方法で解決をしようとしました。これには二つの問題があります。まずは人道上の問題です。実際サウジはこの問題で 2018 年ごろから大きな非難をうけるようになり以後無差別爆撃を封印しています。そしてこちらの方がより実践的な問題なのですが、コストパフォーマンスが極度に悪いという問題があります。いくらサウジが油田をもち金満国家だからといって爆弾をあまりにも大量に無駄弾にしていれば負担になります。あまり知られていないことですが、実際サウジアラビアは中国について世界三位の軍事費支出大国になっています。これは上記のような非効率な作戦が原因で、サウジアラビアの財政は痛みつつあります(そうしたサウジの苦境を悪用しているのが孫正義というわけです)。
ハディ派の弱さについては、元々弱いとかそもそもサウジの傀儡でありそこまでやる気がないとかそういったこともありますが、また別の事情もあります。その別の事情というのは「フーシ派は強い」という問題と裏返しでもあるのです。
それはつまりどういうことか。フーシ派はあくまでも奪う側であり、ハディ派は守る側であるということです。ハディ派はもともとの正統政府ですから、イエメンの国土や財産を防衛する戦いを展開する必要があります。一方フーシ派の根本は地方の小さな民兵組織ですから「守るべき既存のリソースや権益」を持っていません。なので彼等はハディ派と戦うにあたって都市がどれだけ破壊されようが民間人にどれだけ死者がでようが一切考慮することがありません(宗派も違いますし)。こうした姿勢の違いは戦闘力の違いに直結し、地上戦闘でハディ派がフーシ派を圧倒するという局面は初期におけるアデン奪還作戦以外で殆ど見られません。
ハディ派は強いフーシ派を攻撃するにあたって、地元の部族を懐柔しフーシ派を攻撃させるといった戦法をとることがありますが、フーシ派はこうした敵対部族を容赦なく殲滅してしまいます。
また、フーシ派が山岳民族的な性質をもつという点も重要です。一般に山岳民族というのは強いものです。グルカ兵などの事例にもある通りです。また、山岳民族である彼等は平地民との価値観をあまり共有しておらず、そうした点も彼等の強く残酷な戦い方を支えているだろうと思います。
次にUAEの背信という問題についてです。サウジ国内ではこの点がかなり問題視されているようです。UAEは内戦介入開始当初からイエメン侵略を目論んでいました。ハディ派首都のアデンでもUAEの特殊部隊がうろついているだとか、イエメン南部の離島ソコトラ島をUAEが侵略し領土に事実上組み込んでいるといった話があります。UAEのこうした態度は情勢を著しく混乱させ内戦を長引かせる要因になっています。またサウジ内では「UAEが漁夫の利を得るために内戦の泥沼化を積極的に目論んでいる」といった観測もあるようです。
そしてイラン革命防衛隊の介入という問題ですが、上記の通り内戦の初期においてイランと革命防衛隊はあまりイエメン内戦に興味をもっていませんでした。しかしサウジとUAEによる介入が頓挫すると革命防衛隊による介入が本格化しはじめます。すなわち、フーシ派の占領地域を拠点にしてサウジアラビア領土への直接攻撃を企図しはじめたのです。このことの背景を理解するためには、イランの革命防衛隊という組織の成り立ちを理解する必要があります。先述の通りアラブではクーデーターを抑えるために軍を弱くするのが普通の統治法です。これには例外がいくつかあり、たとえばエジプトでは軍が国家を統治しているのでクーデーターの心配は少ないので精強な軍を維持することができています。イランも例外の一つで、イランはかなり独創的な方法でクーデーターを防止しながら軍を強化することに成功しました。それはすなわち
というものです。一つ目の対策については軍の指揮権を天皇に直属させた大日本帝国軍とほぼ同様のものと言えます。故に、日本軍と同様のデメリットが生じることにもなりました。創業の功臣と君主が存命の時代は彼等のバランス感覚によって軍を適切に維持することができたのですが、君主が交代し創業の世代もいなくなると軍を誰も統制できなくなってしまったのです。ようするにホメイニが明治天皇、ハメネイが昭和天皇と理解すればよいわけです。
二つ目の対策について、革命防衛隊をつくるにあたって「イラン防衛ではなくイスラム革命の防衛と革命の輸出」を任務と定めてしまったことが問題になりました。彼等は事実上の外征軍となり、中東各所で怪しげなテロを繰り返す組織になってしまったわけです。さらにタチが悪いのが革命防衛隊が軍の能力を流用し建設会社や物流企業を多数直接経営しているという点です。これにより、彼らは財源や物資の点でも政府への依存が殆どなくなり極めて独立性の高い組織になっています。イラン政府の財源はかなりの部分石油に負っていますから政府は本質的には戦争を回避しようとします。一方建設業により資金を得る革命防衛隊にしてみれば石油産業が停止したところで知った話ではないので積極的に「革命の輸出」を手掛けるというわけです。
こうした性質をもつ革命防衛隊がイエメンに介入を開始すると積極策を採用することになるのは自明のことでした。イエメンに派遣された革命防衛隊はほとんど中央の統制を受けていないと見られており、これは要するに日本軍における関東軍に匹敵します。
こうした情勢のなかでイエメン内戦を象徴する戦いであるホデイダ攻防戦がはじまります。ホデイダはイエメン有数の港湾都市で外部からの物資の輸入をほとんどひきうけています。この都市を占拠することはすなわち外国の物資を全てコントロールするということでフーシ派もハディ派もこの都市の攻防に全力を投入することになります。内戦当初からこの都市はフーシ派が支配しており、ハディ派はサウジアラビアの支援のもとなんとかこの都市を奪還しようと試みました。ホデイダの攻防が本格化したのは 2017 年ごろからで、以後ホデイダは激しい戦火に見舞われ物資の輸入は途絶えイエメンでは難民が大量に発生することになります。
先述のとおりハディ派は弱く、サウジアラビア軍は動くものはなんでも爆撃する式の粗雑な無差別爆撃を加えることでなんとかフーシ派に対抗するといった情勢が続きました。こうしたフーシ派有利の情勢をみたイラン革命防衛隊は2017年末ごろより弾道ミサイルをフーシ派に供与(といっても操作する人員も革命防衛隊から派遣していたことでしょう)しサウジアラビア国土への直接攻撃を開始します。
こうした事態に至って危機感を表わにしたサウジ軍は 2018 年にはいってさらに爆撃を強化しますが成果はあがりません。そして彼らはついに致命的な誤爆事件をおこします。サウジ軍はスクールバスを誤爆し何十人もの子供を死亡させてしまうという事件をおこしてしまったのです。これにはさすがに各国からの非難が止まず以後サウジ軍は爆撃の対象を前線ではなく後方のフーシ派の基地に切り替えることになりますが、これによりホデイダ攻防におけるフーシ派の勝利が事実上確定しました。
2018年末ごろより国連によるホデイダ停戦工作が開始されます。停戦の調停中にも激しい戦闘の応酬が続きますがフーシ派有利という情勢は変化せず、国連の監視団は「フーシ派の勝利」という現状を事実上認める形の停戦を成立させました。これが去年末から今年4月ごろの話。
こうした状況のなかで革命防衛隊はあらゆる手段でサウジアラビア国土への直接攻撃を続けていました。その攻撃の主力となったのが弾道ミサイルとドローンによる空爆です。弾道ミサイルによる空爆はサウジアラビアの首都リヤドにも降り注ぎ100人以上の民間人が犠牲になっていると報じられています。ドローンについては、クアッドコプターのようなものではなくジェットエンジンを積んだ比較的大型の爆撃機で500kg程度の爆弾を積載し 300km の半径を攻撃できるとされています。これによる精密爆撃はイエメン内部でも利用され、ハディ派側の軍幹部がドローン爆撃によって多数殺害されるといった事件も起きています。
そしてホデイダにおけるフーシ派の勝利が確定すると、フーシ派は国連との合意にもとづきホデイダから兵力の引き抜きを開始します。少数の警備兵力を「憲兵」と偽ってホデイダに残置するとフーシ派は主力をサウジアラビア侵攻にふりわけます。これが今年の 4 月から今にかけての話で、フーシ派とイラン革命防衛隊の猛攻をうけてサウジアラビア/イエメン国境の要衝都市ナジュラーンが陥落寸前であると報じられています。またサウジアラビア空爆にあたってあらたに巡航ミサイルによる爆撃も開始され、先日のサウジ南部空港爆撃ではインド人など外国人にも負傷者がでています。
ではこのような酷いことになっている内戦がなぜあまり知られていないかというと、田舎の内戦など誰も興味がないという問題もあるのですが、サウジの劣勢というのもその原因です。というのもサウジアラビアは北朝鮮以上の独裁国家、統制国家なので自国がイラン勢力との戦争で敗北しつつあるという事実を隠蔽しているわけです。「イランの爆撃により100人以上の犠牲者がでている」という事実も最近になってようやくサウジ政府系メディアによって報じられました。以前は「イランのミサイルを迎撃した」だとか「フーシ派に猛爆撃を加えて戦果をあげた」だとかいった威勢のいい情報が散発的に報じられているだけでした。今少しづつですが苦境の真実をサウジアラビア側が報じるようになってきています。それだけ事態の悪化を隠せなくなったということでもあり、また危機感を醸成しようという思惑もあるのでしょう。
更に加えてですがサウジアラビアには「事態をこれ以上大事にしたくない」という思惑があるようにも見えます。現在おきていることは事実上「サウジアラビアとイラン革命防衛隊の総力戦」なのですが、サウジとしてそれを認めてしまうとイラン本土とも戦わなくなければなります。「イエメンのフーシ派という軍閥との小さな戦い」というフレームを維持することでなんとか大事にせずどうにかしてフーシ派だけを倒したいという希望が、事態を矮小化させ報道を管制するインセンティンブになっているように思われます。
サウジのこの失態をみて「イエメンはサウジのベトナム」と評する人もいます。ただベトナムのように「やらなくていい戦争で消耗している」というよりは「強力なイラン革命防衛隊とフーシ派の前になんとか国土を防衛しようとしている」というのが実態としては近いのではないでしょうか。
今更これに補足するのもなんだけどTumblrで最近流れてたから見る人もいるだろ
1939年 大阪第二飛行場(大阪国際空港の前身) 1959年 整備され法的な意味での空港となる 1964年 ジェット機乗り入れ開始 ~ 騒音問題が激化する 1965年 騒音調査開始 1967年 公害対策基本法、航空機騒音防止法制定 1973年 大阪国際空港撤去都市宣言 1973年 航空機騒音基準に係る環境基準告知 ~ ここから10年を目処に騒音低減の対策を始める 1981年 最高裁で騒音問題等が認められる ~ 騒音対策で 騒音問題が次第に軽減され始める 1994年 関西国際空港
つまり80年代から(ようやく)始まった騒音対策によって地域住民の態度が軟化していったわけ。
特にエンジンの進歩は著しく、初期のジェットエンジンより騒音が1/100~1/1000まで減った。
関西国際空港が開設する頃には騒音はかなり低減されていたのだから、住民が手のひら返すのは当たり前なんだよ。
しかも、関西国際空港って相当に利用不便な空港じゃん。そりゃ大阪国際空港残すほうがいいに決まってるでしょ。
ああいう面白おかしいネットの書き込みを見て「やっぱ日本はクソ!」ってやるのは楽しいかもしれないが、現実には真剣に問題に悩み、真剣に問題に取り組んだ人が居るんだ。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasj/66/11/66_KJ00006714150/_pdf
1)行き着くとこまで努力して、新たなAIを作れるぐらい凄いことやる(そのうちAIに置き換わる
の2択(他にもあったら御意見ください)になっちゃうんじゃないでしょーか?
無駄に知識や知力を付けるより、AIの使い方が上手い方が成果を残せるみたいな。
以下、つれづれなるままに。
小学校のころ、鳥人間コンテストって誰もが見てるイメージあった。
少なくともうちの家庭(ひょうきん族はダメでドリフはギリギリセーフ)では、鳥人間コンテストは親が推奨するプログラムだった。
あれって、ようは、お遊びじゃないですか?
限られた予算、期間、資金、知力(教授? とかもアドバイスしてるんだろうけど、学生が主体みたいな)で、飛べたり飛べなかったりする、世界最高峰を目指す競技じゃないでしょ?
人間っていうと主語が大きいし日本人っていってもどうかと思うけれど、40代以上の日本人って、そーゆーの好きだったりするのよね。
極めろよ! じゃなくて、限定条件下での勝敗とか、勝敗関係なく努力とかストーリーに目が行く。
オタクで、これ流行る前から拙者は注目してたなり、みたいな人間居なくならないし。
話を元に戻すと、結局熱いのって、ルール無用じゃなくってルールにのっとった上での、限定条件下での勝利だったりプロセスだったり。
ヤン・ウェンリーの信者が求めてる、共感してるのってまさにそこで、ラインハルトざまぁwww門閥貴族ざまぁwww
他の国の人の考え方って全然わからん(ウィー)ジャガー♪けど、
いろいろAIに置き換えられても、人間同士で競い合うっていうコンテンツって無くならなそうなので、そこは安心。
そもそも、スポーツだって、自転車には負けるのに、無駄に走る競技があったり、車には負けるのに自転車で走ったり、車にジェットエンジン積んだり、400mだけの勝負だったり、うまいことできてるなー。
って。
話は変わるけど、氷結のストロングゼロはそろそろ規制して欲しい。
チューハイの癖に酔いが回るのが早すぎる。
東京都は「子供の声を騒音から外す」ということを決定した。どうやら保育園新設の邪魔になるかららしい。
そして「寛容性があれば子供の声は騒音に思わないはずだ」という理由で、この決定を支持する人は多い。
確かに保育園の園庭で子供が伸び伸びと遊べるのは大事なことだと思うし、そこは否定しない。
しかしそれが「子供の声を騒音から外す。対策は寛容性を持つこと。」となるのは理解できない。
1.音の感じ方は人によって違い、寛容性は処方箋たりえない
自分は何とも思わなかったが、その親戚はそれこそ地獄のような苦しみを味わい続けたという。
実際騒音問題に関しては、ある人は何とも思わなくとも別の人は苦しみを味わうということがよくある。
騒音に対し「寛容性を持て」という向きもあるだろう。しかし「寛容性を持て」と言われたところで、騒音の苦しみから解放されるわけではない。
2.どのような音も騒音になりうる
また、閾値を超えればどのような音も騒音になりうる。クラシックの名曲だろうがジェットエンジンの音だろうが騒音になりうる。
そして閾値を超えれば、子供の声ですら騒音になりうるのである。
加えて「子供は元気に、大きな声で遊ぶのがいい」という価値観が浸透している。
その価値観を内面化した子供は大きな声で遊ぶことで、結果閾値を超えてしまい騒音に成り果ててしまうことも起こりうる。
子供たちが伸び伸びと遊べる環境は必要である。そしてそういう場所も必要であると思う。
しかし閾値を超えた子供の音は騒音になりうる。そしてその音によって苦しめられても「寛容性を持て」で片づけられては、苦しめられている方もたまらないだろう。
個人的には子供か近隣住民どちらかだけに負担を強いる方法ではなく、双方の負担が最小限に住む方法をとる方が望ましいと思う。
この場合子供をのびのびと遊ばせる環境を整備しつつ、その音が近隣住民の生活空間にまで侵入しないよう対策をとるということである。
具体例としては、音を和らげるために植樹するとか、あるいは近隣世帯に二重サッシ設置の費用補助をするといったことがあげられる。