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はてなキーワード: 完璧主義とは

2018-08-06

私はもっとうまくやりたいのに両親が邪魔をする。

その言い分は「私の両親は私にとって完璧じゃない」という、充足されることのない要求である

毒親概念を提起し唱えている者こそ、完璧主義を押し付けてくる敵なんだ。

2018-08-02

5年付き合った恋人と別れた

学生時代から5年間付き合っていた恋人と別れた。

別れてから少し経ってようやく落ち着いてきたから、なぜ別れたのかをここに書いておく。

別れた原因は、言ってしまえば自分傲慢さと完璧主義的な性格他人価値観で生きすぎたことだった。

自分を持っていて、学ぶことが大好きだった恋人。共に苦楽と長い時間を過ごしてきた。

これまで側にいてくれたから、何があってもずっと側にいてくれると思っていた自分は、本当に傲慢だった。

もともと自分はいろんな物事に取り組むのが好きで、でもそれはどこかで他人価値観の中で認められる自分にずっとなりたかったのだろう。

仕事恋愛プライベート趣味も、全部手を出した。

将来やりたいことのために修行をしたいと新卒入社した会社だったが、配属先の上司との反りが合わず業務量も多く、通勤時間馬鹿みたいに長い。

でも、社会人になったばかりで自分新参者から、慣れていないかそんなもんだろうと思って自分気持ちにずっと蓋をしていた。

まだまだ頑張れる。まだやれる。

そうしたら、仕事中にネガティブ言葉が頭を占拠したり、帰宅途中や帰った家でいきなり涙が溢れてきたりした。

それでも頑張らなきゃと思って毎日必死に過ごしていたけど、最近やっとわかってきた。無理をしすぎていた。自分はまだできる、とか自分に期待しすぎていた。

そんな数ヶ月を過ごすうちに、自分にとって大切だったものが大切にできなくなっていった。

恋人との約束が守れなくなった。

疑って、疑って、疑った。

逆ギレしてしまった。

身体気持ちについてこなくてセックスができなくなり、自分が責められているように感じた。

どの時間を大切にしたらいいのか、本当にわからなくなった。

次々と押し寄せる「やらないといけないこと」に取り組むのに精一杯で、自分気持ち無視し続けたままで大切にできないから、もちろん側にいる人も大切にできない。

でも渦中にいるとき自分に何が起きているのか認識できなかった。

じっと耐えていたら、いつかどうにかなるんだとどこか他人事のように思っていた。

その間に、恋人をたくさん傷つけてしまった。

申し訳ないといくら思ったところで、もう戻ってこない。

もし自分のような人が身近にいたら、自分も側にいたいとは思えない。なんなら逃げ出したい。

から、別れを告げられたのは当然だと思う。

自分思考の歪みに気づけてよかった。

自分が大切にしたいものは大切だって言っていいし、思いっきり大切にしていい。

休みたいときは休んでいいし、愚痴悪口も言いたければ言っていい。

ときたま他人に寄っかからせてもらってもいい。

相手には多分新しい恋人がいる。

尊重して、しばらく距離時間を置こうと思う。

自分は居場所を見つけて、ちょっと休んで、自分を取り戻したい。

謙虚になって、自分の心と身体を大切にできるようになって、他人も大切にできるようになったら、その時にまた会えるだろうか。

2018-07-30

人の顔を伺うことから離れられない

自分が決めたことも全員納得するわけないのに、全員が認めてくれないとすぐ不安になる

そして、どんどんやらなくなる

もちろんオレが悪いのはわかる

自分人生自分人生かいうけど、自分人生もっとよくできるし、よくしたいのに、口だけでまたはちょっとの行動で終わる

わかるよ

変なとこで完璧主義者なんだよ

できもしないてかそんなものないのに完璧にできる以外はやらない

卑怯

臆病だ

ただただ羨望の眼差しでみる

自分はやってるつもりになる

世の中のやってる人は死ぬほどやってるのに

何者かになりたいんだ

認められなたい

何かができるって思われたい

なにもできない自分がやだ

だれか助けて

自分を認めたい

オレはオレの人生を生きていいっていってくれ

いままでこんなこと書いたことないはかないときつすぎる

全部中途半端

体も勉強仕事プライベートも何もかも何一つやり遂げてないよ

かならずにげる

もともとオレはこれはできなかったんだって決めて

やらなかった自分を守る

そうじゃなくてやらなかった選択をしたのオレ

全部オレ

みんななりたい自分になるために頑張ってるんだ

やればなれるんだ

やれよオレ

なんで途中でやめるんだよ

今回はほんとに失敗したくない

てか失敗て何よ

感情を爆発させたい

なにもできない自分が許せない

でも時間がたつと許す

このループを抜けたいほんとに

だれかオレを認めてよ

いや他人は認めてくれるかもだけど素直に受け取る心をくれ

オレに関わる人は全てがオレを見下してるように感じるよ

絶対そんなことないのに

なんでそう思うか?

健常者じゃないから?

情けで友達になってくれてるとか思ってるのかなオレ

自分発言に自信を持ちたいよ

2018-07-25

趣味とはどこまでやるべきものなのか

ある趣味サークルに入っていて、毎月のように作品を提出する必要があり、それを皆の見ている前でプロ先生に講評されるという日々を送っている。

一見そんなに大変なことに見えないかも知れないが、熱心な人は休みのすべてを注ぎ込んでいるんじゃないかという勢いであこちに出かけ、作品ストックを作っている。だいたいつでも納得の作品ができるわけではないので、こだわりの強い人ほどお金と手間をかけることになる。

が、やっぱりそういう努力をしている人はどんどん腕が上がっていき、「趣味なんだからほどほどにやればいいじゃん」という緩い感覚活動している私とはレベルの差がどんどん広がっていく。

おかげで最近全然先生作品をほめてもらえない私は活動がつまらなくなりつつあるが、ちっぽけな肩書きがあって毎回やらないといけない仕事があるので、参加しないわけにいかない。幹部に「最近活動に熱意が持てない」と言ってサークルを辞めることも可能だけど、ただでさえ友達プライベートの予定が少ないのにこのサークルを辞めるのは私生活に対するダメージが大きすぎる。

趣味なんだから、日々の仕事生活に支障のない範囲でやれば良いはずなんだけど、上級者たちの取り組み方はどうやって家事やその他の雑事をこなす時間を捻出しているのか理解不能だ。ちなみに私は休みの日に寝過ごすことが多く、家事の要領も悪くて時間がかかるので、趣味に割ける時間が少ない。

家庭もちで家族の面倒をみなくてはいけない人々に比べて百倍自由なはずなのに時間が確保できなくて悲しくなる。あと、あまり完璧主義ではないので、それほど細かいところにこだわらず、雑な部分が残りやすいのでどうしても残念な作品になる。センスの良い努力家たちの作品の完成度の高いこと。毎回集まりのたびに彼らの作品を見て凹んでいる。

何でそんな飯の種にもならないことに情熱を注げるのか分からない。飯の種にならないがゆえに、上司つべこべ言われることもなく、自分趣味嗜好を発揮できるのが楽しいのかなと思うけど、私はアイディア貧困で、作品作りにあたって斬新なイメージを持ってアタックすることができないので、さほど欠点のない作品であっても何か面白くない代物になりがちである

皆のあまりレベルの高さと熱心さに、趣味が苦行になりつつある。私の作品が平凡だろうがレベルが低かろうが、誰にも迷惑はかからないんだけど、とにかく自分がつらい。他に長続きしている趣味がないので、休みの日にやることがなくなるのもなんだかなぁ…。

2018-07-24

君って普通だね」と言われて嬉しい人は少ないだろうけれど、「君って普通じゃないね」と言われて嬉しい人もまた少ないんじゃないだろうか。

大学進学のために上京してから悩まされていた不眠症。無計画が引き起こす学期末のレポート地獄。いつまでたっても片付かない部屋。ストロングゼロ煙草

僕は地元田舎では周りのやつらのようなガリ勉をせずともそれなりに勉強ができた。やる必要がないと思う提出物は出さなかったし、学校サボりがちだったか高校の成績は悪かったけれど、大学受験では苦労せず希望大学合格した。今思えば僕は周りとは勉強方法が少し違っていた(周りが1ヶ月かけてする試験対策を3日徹夜すればできた)。でもそれはむしろ自身の美点のように感じていた。もしかすると、時間をかけて勉強した結果僕より点数の悪い同級生バカにしていた節さえあるかもしれない。と同時に、コツコツとした努力のできない自分自身を恥じてもいた。

それが、大学に行ってみたらどうだ。確かにガリ勉努力をして入ってきたやつも大勢いる。でも僕みたいな一夜漬けを少し大掛かりにしたような受験勉強大学にきているやつもたくさんいるじゃないか。それでもいいんだな。

大学3年間。将来の目標に向かって努力をするやつらをとにかく視界に入れないようにして、遊んで暮らした。レポート学部2、3年までのレベルのもの一夜漬けとその応用みたいなやり方でなんとかなる(なんとかならないものは、それを察知した瞬間に取り組むことを放棄する)。試験が重そうな理系法学部に行かず、文学部に進んで本当によかったと思っていた。

ところがどっこい、僕を待ち受けていた卒論は、そうはいかなかったのだ。いや、適当に済まそうと思えば、ギリギリ通る具合のものを提出して卒業できたようにも思う。ただ僕は変なところで完璧主義なのだテーマ設定のまずさと彼女との仲がこじれたこととそもそも外国語の読解が不得手であったことやらで、去年の12月に全てを投げ出し、引きこもり学生証に留年シールを貼り、今に至るのである

去年の冬から部屋に引きこもりがちになった僕を心配した研究室教授に勧められて訪れた保健センター大学にこんな施設があったとは、4年間通った大学だが知らなかった。診察室に待ち構えていたのは柔和な表情をした丸眼鏡精神科医質問票に答えたり、テストを受けたりと何回か通った後に医者が発した「ADHDですね」という言葉

そんなことってあるだろうか。23歳にもなって。僕以外の人はもっと楽に生きているってわけか。自分発達障害ということに気づきたくなかった。

君って普通だね」と言われて嬉しい人は少ないだろうけれど、「君って普通じゃないね」と言われて嬉しい人もまた少ないんじゃないだろうか。僕は普通がよかったのに。

2018-07-20

anond:20180720012613

法律は「一部の極端な家庭を個別是正」の通りじゃない?

「親子関係を大声で問題視」って具体的にどういうのか分からないけど

犯罪の抑止防止発見って意味じゃないとして

教育論養育論は基本的にそれが欲しい人用で、欲しい人って完璧主義なり神経質なりな個人的勝手イメージ

産むが易しの人はともかく、子供を持つ「リスク」って捉え方の人は機会損失しろ実損にしろ

注目するし、損だ!って声を上げるのは皆のためになる正義と思ってるでしょ

2018-07-17

anond:20180717095739

結局、完璧主義者は恋愛しても「まともな恋愛」とかって言い始めるから終わらんぞ?

どこかで開き直らにゃ行けないんだけど完璧主義者って自我が強いエゴイストな性分も持ち合わせてるから

他人から何言われても自分が納得するまで開き直らないだろうしなぁ

そのまま焦って悩んで苦しみ悲しんでというのを疲弊するまで続けたら良いさ

これは完璧主義である増田解決することだ

anond:20180717095524

そういうのを完璧主義者って言うんだぞ

完璧じゃない自分を許せないんだから

仕事について早数年。ほとほと疲れてる。疲れが連鎖している感じ。他の人は出来るのに自分だけ出来ないんじゃないか。こんなに完璧主義だったか感情暴走。水を引く前の田んぼのごとく心カッサカサ。

親しい人の結婚式が続け様にあった。休日はもっぱら家で体力回復する日々だったから体力持つかしらと思ったけれど、懐かしい人にたくさん会い自分でも驚くくらい飲み笑い話した。

いま布団の中。胸のあたりが暖かい。いい時間だった。涙が出てくる。

自分に戻れる人に会うのは大事

2018-07-09

から愛されたくてしかたがない。

投稿です。

から愛されたことがない。

そして人の愛し方が分からない。

からも誰からも愛されたことがない人間なのだから仕方がないのかもしれない。

そもそも、私が、性同一性障害他者から恋愛対象として見られず、また、女性に惹かれることが多いため、女性として過ごしてる私は、出会いがないからなのか。

私が機能不全家族の出であることがいけないのだろうか。

私が発達障害やBPDの症状を軽度ながら持っていることがいけないのか。

死ねば楽になるのかな?

精神崩壊しそうだ。すでに崩壊してるのかもしれない。

助けて欲しい。


=====

以下は、乱文であるが、私の過去を書かずにはいられなくなったので、ここに書こうと思う。(多少のフィクションは含んでいるが。)

私は男→女の性同一性障害の現役大学生である

日常生活女性として暮らしていて、初対面の人と話したり、ショッピング空港等で元男性と見抜かれることはほぼ無く、また容姿もそこそこいい方であるという自負はある。(ガタイ無駄にいいのはコンプレックスだが。)

幼稚園児のときに母と父が離婚した。その時の母と父の喧嘩記憶していて、私にとっての一緒に暮らしいたこのろの父親像は母親に向かって怒りをぶつけているところと、仕事で疲れて寝ているところしか残っていない。そして、離婚後、親権母親に移った。

そして、仕事に一辺倒になった母からは面倒を見てもらえず、妹と共に子供会保護者祖母に面倒を見てもらっていた。

祖母は優しい人ではあるものの、愛情表現をする人ではなく、また同じ家にいたわけではないので一緒にいる時間は限られいた。

私はこの頃、植物に興味があり図鑑をよく読み漁っていた。また、ピーターラビットシリーズを好んでいたことを記憶している。

小学生に上がったときピアニカの色やランドセルの色が"私の望む色"出なかったことを記憶していている。

小学生2年生になると強迫性障害の症状を起こすようになった。ともかく、家の外のすべての物が不潔に思えた。1度病院に連れて行かれた記憶がある。幸い、小2のうちにだいぶ良くなり日常生活に支障をきたさなレベルには回復した。ただし、潔癖症自体中学生くらいまで強い意識が残った。

また、この頃から学校オカマとヤジされることが増え、友人は決して多いとは言える状況にはなかった。

この頃でも父親とは電話を通して時々話しており、またたまに合うことがあった。(よく上野国立科学博物館鉄博に連れて行ってもらった。)

ただ、一度、ファインディング・ニモに連れて行ってもらった。はじめての映画館で見た映画だったのだか、個人的に楽しめなく、父はそれに対して非常に怒っていたのを記憶している。

また、この頃から母親父親の間で伝言を伝えるような役割となり、お互いの悪口を聞かされ、また経済状況についてと揉め事を聞く立場となっていった。

小3になった時、母親再婚した。

相手子供が3人いたが1人はインフルで亡くなっていた。(ただし、継父に親権はなく未だに継姉・兄と顔を合わせたことはない。)

母はTVを厳しく時間を決める人であったが、継父はそうではなくよく妹や従姉妹テレビを見せていた。それについて、母親と揉めることが多く、私がママっ子であったため母親側についた事により、私は継父から見せてもらえなくなり、次第に顔を合わせるだけで睨まれるようになった。

小4になると母と継父の間に子供が生まれ、何もしない継父と仕事しかしない母の代わりに祖母と私と妹がよく面倒を見ていた。

そして、この頃から、継父と私の関係は更に険悪になり、私が継父から身を隠すように家で過ごすようになった。

幼稚園児のころから高いところから飛び降りたらどうなるのだろう、という気持ちはあったものの、この頃には明確に死にたい、という気持ちがあった。

また、夢の中で継父を刺し殺す・絞め殺す夢を見るようになるようになった。(この夢は大学生1年の頃あたりまで続いた。)

小5になると母親仕事軌道に乗り始め、経済状況は一気に良くなるが、継父との関係は最悪になり、一度私が勉強机の下に逃げたところを継父に顔を蹴り飛ばされたことがあった。(ここらへんの記憶曖昧で正確な時期を覚えてない)

また、私は元々書物を読む子供であったが、学校男子からオカマや(容姿を指して)キツネと呼ばれ、女子から女子の中心グループ犬猿の仲だったため、更に書物を読み漁るようになった。(ハリーポッターを1日の放課後で2冊を読みきる勢いだった。)

小6では学校はだいぶ落ち着いてきたもの、継父との関係は相変わらずだった。

また、妹もこの頃から継父との関係悪化してきており、不登校気味となっていった。

中学では寮生の少人数の学校に入った。これにより、家族とも同級生とも離れることができ、私にとっての人生の転換点てなった出来事であると思う。

ただ、男子野球部に、女子バレー部強制的に入部であり、内心でバレー部に入りたいと思っていたが、叶わぬ願いであった。(幸い丸坊主は避けれた。)

中2になると寮の中で私が最年長となったためリーダーシップを取ることとなった。

完璧主義だったため自他ともに厳しく、今では後輩にもっと優しく接すればよかったなと感じる。

中3では男子として野球することが嫌で地元中学に戻り、そこで小学校の時の数少ない友人と家庭科部をしていた。

またそれ以外については受験勉強をする日々であった。受験に関してはもともと勉強はできていた為もあってか、地域公立高校の2番めに良いところに合格できた。

家での生活はこの頃、継父は単身赴任であったため、実家が一番平和な時期となっていた。(また、妹も私のいた寮にはいった。)

寮で過ごしたことにより、色路学べたおかげもあってか、継父と小学校の時ほどは酷い関係ではなく、お互いに最低限以外の会話をする程度にはなっていた。

高1では理系クラスであったため、いわゆるオタクが多く、私にとって天国のような環境であった。また、寮の時の後輩と文通をよくしていた。(寮は電話メールは基本禁止だったため。)

また、中学生の頃から留学に興味があり、そのための準備をし始めた。

高2で、海外高校に転校し、海外生活が始まった。

高2,3ともそれなりに優秀な成績で学校生活も楽しめたが、学校福音派学校でありLGBTに対して差別を行うというほどではないものの、聖書引用して厳しい態度をとったこと、食事が不味いこと、男子寮で生活すること(アメリカ大学では基本寮生活)にストレスを感じ、アメリカ大学受験はしなかった。

進路は迷ったもの帰国した年度中に大学工学部合格しそこに入学することとなった。(親元にいたくなかったので実家から通えない距離大学のみ受験した。)

大学学業については、アメリカの授業の進度が遅く苦労はしたものの、なんとかついていくことができそこそこの成績を収めることができた。

ただ、1年目に男子寮に入ることとなり、それで精神病み、このままでは学業に支障が出たり自殺しかねないという事で、精神科(ジェンダークリニック)を尋ねた。

また、この頃に同じ性同一性障害彼女遠距離であるができた。(ただし、どちらかというと共依存のほうが近い関係であったと思う。)

B2になるとアパートぐらしに移り、またホルモン注射をするようになったため、見た目も女性的になりつつあったため、精神的に非常に安定するようになった。

学業についても学科の上位1割に入っており、勉強の遅れを鑑みれば非常に良い結果出会ったと思う。

ただ、この頃に彼女との関係共依存に近いものであったこともあり、それが崩壊し分かれることとなった。

大学3年生の現在自己労働力頭脳以外の"人間としての価値"を自分自身で見出だせなくなってしまった。

他大の友人との交流もあり、より良い環境の院に行きたいし、自分のやりたい研究仕事もある。けど、それ以外の人間的な将来について何も想像ができないし、強い希望を持つことができない。

自分自身の事なのに自分だけではにもできない事でつっかかかってしまった。

来年までに戸籍の変更もできるだろう。だいぶ恵まれている方だ。

けど、戸籍を変更したら私は結婚という選択肢を捨てることとなる。(そもそもパートナーなぞできないが)

変更しなければ就活で奇異の目で見られ苦労し、キャリアに影響が出るだろう。

なのにどうしたらいいのか分からない。

ホルモンバランスの崩れのせいもあるのだろうが、また自殺願望が湧いてきてしまう。

薬物への知識も多少あるため合法な乱用の仕方も知っている。そこに逃げてしま可能性が否定しきれない自分が怖い。

精神科・心療内科に行ったところで薬が出るだけだろう。それで一体何になる。

根本解決はできないじゃないか

肉体的快楽に身を任せりゃどうなのかと思ってしまう。

どうしたらいいのか。

助けて欲しい。

2018-07-08

私生きてもいいんじゃない

なんか、すごい唐突に「私生きてもいいんじゃないか?」と思えて、明るい未来を描けて、根拠のない自信に溢れて、涙が止まらない。

運動をしたからか、甥(5歳)と二人きりで過ごさせられたことが思いの外楽しかたからか、色々理由はあると思うけど、唐突に「なんか、これから人生なんとかなる気がする!」「楽しい人生を送れる気がする!」という楽観視が出来るようになってる。

今まで「楽しい未来」を想像することがマジで本当にできなくなっていたのだけれど、なんか、漠然と「楽しい未来」が想像できる。帰り道とか、食後とかに幸せ」を感じている未来想像できる!すごい!!「幸せ妄想」ができる!感動!!

私、今まで自分のことをうつではないと思っていたのだけれど、冷静に考えてうつに片足突っ込んでいたのでは?と思う。

・「自分は生きてはいけない人間」「自分ダメ人間で悪い子」「どう頑張っても幸せにならない」「幸せになってはいけない」などと無自覚に考えている

・ゆえに肉、甘味、酒などを接種しない(食べるときは罪悪感を感じながら食べる/食べた後に罪悪感に襲われる)

・何か楽しいことがあったあとは「私には楽しい思いをする資格がないのに…」と罪悪感に襲われる。

・やりたいことが見つからない。食べたいものが分からない。正確に言えば私のなかに色々な願望はあるのだけれど、無意識に私にはそうする資格がないと諦めている

死にたいな、死ぬべきなんじゃないかなと思いつつも死ねないことに絶望している

この辺、全体的にうつの症状では…?

・頑張ることが怖い、しんどい、つらい思いをしたくないと口癖のように言っている→うつは頑張っている人がなるから、頑張っていない私はうつじゃない

という思考回路自分うつ思考全然自覚できていませんでした。上にかいたことも全体的に「今思えばこう考えていた」です。

例えば、母に働けと言われたときに、私は職場上司に出来が悪いと叱られ、同僚に感じが悪いと白い目で見られる妄想しかすることが出来なくて、そんな思いをするくらいなら絶対に働きたくないと思っていたんだけど、今思えばなんか、そんなことなくない?

人を人として扱えない人もそりゃいるけれど、心の優しい人はそれなりにいるし、仮に嫌な目に遭えば、転職すればよくない?

ーーー

基本的に悲観的な考えが頭を占めている時は、楽観的な思考はどこかに行くし、そもそも自分が悲観的だと自覚できていない。

理想は悲観的な私と楽観的な私が同じくらいの分量で話し合う脳内だろう。

でも、今はなんだかすっごい躁モードな気がするから、はやく落ち着きたい。後でガタがきそう。

おそらく私はゼロヒャク思考が強めなので、鬱モードになったときに「躁モードの時と同じだけ頑張れない私」が許せなくて、いっそなにもしないということをしてしまいがちなのだけれど、「必要最低限頑張れた私」「そこそこ頑張れた私」を認めてあげるところからはじめるべきでは。「100点以外は0点と同じ」という思考ではなく、「60点もとれた私偉い!すごい!」という思考にするべき。あと、躁鬱の概念すごく便利。「今私は鬱モードから」と全力馬力を出せない自分を許せる。というか「全力馬力は躁モードの私だから本来の実力ではない」と言い替えた方が私にとってよいかも。私はおそらく躁うつ双極性障害)ではないのだけれど、そのスペクトラム上にはいると思う。

ーーー

ねえ、もしかして私「頑張らなくても"良い"」んじゃない?頑張っているかどうかで、私の良し悪しとか、変わらなくない?

別に頑張る必要がないわけじゃなくて、頑張ろうが頑張らなかろうが私は私なんじゃない?「私」に頑張るか頑張らないかなんて、関係ないんじゃない?

今はまだ半信半疑で「本当に頑張らない私も私としてしまっていいのか?」と思っているけれど、頑張っている私も私だし、頑張っていない私も私なのでは?頑張っていない私を否定する必要はないんじゃない?むしろ否定していると、先に進めないんじゃない?

そう思えると私は随分生きやすくなるなあと思うのだけれど、どうだろう、本当にそんなことおもっちゃっていいの?大丈夫?後で取り返しのつかないことにならない?取り返しつかなくなったその時に考えればいいのかな。本当に大丈夫

頑張ろうが頑張らなかろうが私は私だからこそ、思う存分頑張ることができるのよ。

必要最低限頑張るで十分なんじゃない???

ーーー

優等生でありたい願望を捨てるんだよ!!!

優等生であろうがなかろうが、完璧であろうがなかろうが、私は私だからこそ、思う存分優等生を目指せるんだよ。

私、自分のことをたいして頑張れる人ではないし、完璧主義者ではないし、優等生でもないという評価だったのだけれど、自分でそういう評価をするということは、その実自分が誰よりも優等生完璧で頑張れる人に憧れ、なりたいと思っているということなのでは?そんなものになる必要、なくない!?

人間は失敗する生き物なんだよ。失敗した自分否定しないで受け入れて。失敗しても成功しても、私は私、どっちでも同じなのよ。で、どっちでも同じなら、成功した方が嬉しいよね。

「頑張らなくても"良い"」の対偶を書くなら「頑張らないは"悪"ではない」でしょ?(厳密には違うけどこの際気にしない)頑張らないことは悪いことじゃないんだよ。頑張らない子は悪い子ではないんだよ。頑張ろうが頑張らなかろうが、みんな等しく「子」なのよ。

私、たぶん頑張ろうが頑張らなかろうが幸せになるわ!そんな気がする!頑張ろうが頑張らなかろうが私の未来はそんな変わらない気がする!

頑張るのと、頑張らないのとで、未来が一緒なのであれば、頑張った方がいい、と思えるメンタル継続していきたい。なんか、気を抜くと「なら頑張らない方がよくな~い?」とか言いそう。

しかしながら!頑張るかどうかに私の良し悪しは関係ないのだから、「頑張らない」を選択しても、良いのだ!

これで、良いのだ~~~!!!

2018-07-05

41歳未婚彼女なし

それって犯罪なんだろうか?全ての人間に蔑まれる程の悪事なのだろうか?

https://togetter.com/li/1243424

ここでは、発言を纏められて、ブコメでも散々にバカにされているけれど、

40代独身には寂しい思いをしていることを呟く資格すらないのだろうか?

そう思うと、なんだかやりきれなくて眠れない。


この人ほどじゃないけど、自分境遇もあまり人に自慢できるもんでもない

41歳で未婚だし彼女もいない、これまで付き合った女性が居ない訳じゃないし4人ほどとお付き合いさせてもらったけれど

その期間も合計して10年に満たず、最後は必ずフラれて終わってる有様ですよ。

妹には既に3人も子供が居て長男高校生になろうかという年で、婚期を逃していた末の妹も昨年、目出度く結婚して

結婚式の席上で次は兄だと妹に晒し上げられる始末。

二言目には結婚しろと言っていた両親も、ついには何も言わなくなり、その心遣いがむしろ痛い

多少、アピールできる点があるとすれば東大卒で、修士時代研究が国際会議で高く評価された位なもんで

仕事はと言えば、大学で学んだ内容を活かした研究開発職とかいいつつ、40にもなって年収800万弱のサラリーマンしかない

同窓会では肩身の狭いことこの上ない

安月給の割りには多忙で遊ぶ時間もあまりないのに、趣味と言えば土日祝日使って勉強することや

ロードバイクに乗って遠出することで、ますますお一人様が捗っている始末だけど、それが楽しくてしょうがない

そんなもんだから一人でいる事になれてしまって、今や生きてる間にトップジャーナルに採択される論文を5本出す事が

人生目標だったりして、ますます自分の事にしか興味がなくなっていくから女性とはどんどん縁遠くなる

この数年で女性との会話やデートなんかは、行きつけの居酒屋コーヒーショップ店員しかしてないし

良い感じになっても最終的には失恋で終わる位、女性とは縁がない


料理もするし潔癖の完璧主義が祟って家事全般で困らないから、一人で困るという事がないのは確かだし

幸い自分自身の金融資産と両親が残すと言ってる遺産生涯年収程度の資産はあるから

老後に困る事がないというのも、焦って結婚をしようとしなかった理由だけれど

それでもやっぱり、幸せそうな夫婦家族を見ると羨ましいなと思う

の子供が出場する試合応援に行ったり、妹の子供と遊んだり、勉強を教えたりしていると

自分にも子供がいればなぁ、なんて思って寂しくなるし、仲睦まじい妹夫婦を見ていると

やはり愛する人が居て、子どもがいる幸せは羨ましいなと思うんだよね

年収なんて半分でもいい、学歴もそこらの駅弁でいいから、子どもの居る家庭を持ちたかったよ

何も人並みの幸せが手に入らなかった自分が情けなくて、思わず一人嘆いてしまう夜だってある

それを笑われてしまうのって、ほんとやるせない

https://anond.hatelabo.jp/20180704211952

こういう形からでも結婚できた方がきっと幸せなのだろう

億万長者でもない41歳未婚彼女なし、それって罪なのかなぁ

まぁ、上記記事の反応を見る限り、みっともない存在ではあるんだろうね

2018-06-27

はてなーネットが生んだ忌み子

はてなー自尊心が高すぎる完璧主義者だが、

完璧さを強制するのは相手に対してだけで自分はそうでもない。

しかし意外なことに自己評価深層心理ではかなり低く、それに苦しんでいるがゆえに性格が歪みまくっている。

自意識過剰劣等感が強く、浮ついたものを嫌うがそれは単に他人幸せが許せないだけ。

せめて馬鹿なら馬鹿なりの幸せを掴めたかもしれないが、

なまじそこそこの知能があったばかりにこうなった。

はいえ成績はよくて上の下。運動は無論苦手。

社会上の空気や付き合い、ルールといった秩序を嫌い、SNS批判するが、

自由なはずのネット上では相手文章のくせや誤り、雰囲気の読み違いに対して異常に厳しい。

ようは自分100%受け入れない社会を嫌っているだけ。

自分嫌いの自己愛者。

現代が生み出した究極の精神異形体。それがはてなーなのだ

2018-06-02

世界摂食障害の日

初めて投稿します。

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みなさんは6月2日が何の日かご存知ですか。

世界摂食障害の日だそうです。

私もそれを知ってから今年で2回目。

せっかくの日なので、私も少し、摂食障害のことをみなさんに知ってもらえたらという思いで書き綴ります

自己満足です。

ただ自分過去をこの機会に振り返ろうと思って記す備忘録です。

ある程度道が拓けたと感じている今の思いも綴れたらと思います

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摂食障害というと、拒食症が有名でしょうか。

異様に痩せ細った身体がよくメディアに取り上げられますよね。

でも摂食障害はそれだけではありません。

大量に食べては吐く過食嘔吐

また大量に食べるが吐くことができない非嘔吐過食もあります

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私は高校生の頃、拒食症でした。

きっかけは1kg増えてしまった体重を落とさなきゃとダイエットを始めたこと。

たったそれだけです。

でも何も食べなかったら4kgくらい落ちたのが気持ちよくて、

また何も食べず体調を崩してしまったのを周囲に心配してもらえたのが嬉しくて、

どんどんハマっていきました。

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当時は難関の大学を目指しており、寝るとき食べるとき意外は言葉どおり全て勉強に費やしていたりして知らず知らずにストレスが溜まっていたこと。

家庭環境が複雑だったこと。

母親から強く責められることが多く、もともと自己否定感が強かったこと。

完璧主義だったこと。

色んな私の性格に、ダイエットというきっかけが合わさって、拒食症世界に引きずり込まれて行きました。

大学合格とともに手に入れたのは、身長164cm体重37kgの身体でした。

拒食症としてはそこまで軽い体重ではありませんが。

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当時は自分が大好きでした。

ダイエットを頑張れる自分は凄いと思ったし、

大学合格のため一日中誘惑に負けず勉強できる自分もすごいと思いました。

もちろん口には出しませんが、自分の周りの人たちはそれができない心の弱い人だと内心見下していました。

今思えば、一番心が弱かったのは自分自身です。

摂食障害ドーピングしないと、生きていけないほどに心が弱かったんです。

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大学入学後、一人暮らしを始めました。

入学後しばらくは本当に楽しく過ごしました。

完璧主義だった私に、一人暮らし大学は、良くも悪くも色んなことを教えてくれました。

授業でSを取らなくても、単位がもらえること。

部活練習後、夜遅い時間友達ラーメンを食べに行くこと。

勉強のため毎朝5時に起きなくてもいいこと。

夜遅くまで友達と飲んで、ときには昼の12時に起きたっていいこと。

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そんな中で完璧主義は多少和らいで、そのせいなのか体重も5,6kg自然に増やすことができました。

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大学1年生の夏、家族が私の住む家へ遊びに来ました。

そこで、私がどんなに高校生の頃自分の首を絞めて生きていたのか、思い知りました。

から色んなことを言われました。

「〜ちゃんは少食だから、このお店の定食全部は食べられないでしょ?」

「〜ちゃんは今でもきっと朝早くから起きて勉強してるんだよね、えらいね

「部屋いつも綺麗にしてるのね、えらいね

自由に生き始めた自分を押し殺して、少し高校生の頃に戻って「いい子」で過ごした4日間はとても苦痛でした。

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このあたりから父と母の関係が更に悪化したこともあって、家族とは連絡を極力取りたくないと思うようになりました。

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そして時は流れて12月。

忘年会シーズンで、色んな団体忘年会に参加しなくてはならず、体重は更に増え、拒食になる前の体重をついに超えました。

そこからどうしたらいいのかわからなくなってしまいました。

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もともと、飲み会など食べ物がたくさん出る場は、何をどう食べていいのか分からず、苦手でした。

からいからこそ、人以上にたくさん食べ過ぎてしまます

飢餓から解き放たれた獣のような感じで、たくさん食べて、翌日後悔します。

だいたい今までは、その翌日に断食をする事でなんとかやり過ごしていました。

そう振り返ると、大学に入ってからも完全に拒食症から解き放たれていたわけではありませんでした。

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12月は飲み会続きで、翌日断食をすることもできず、不安と恐怖だけがつのりました。

自分自分制御が効かなくなり、気付けばコンビニスーパーで大量に買い込んでは、一度に食べるのが習慣になりました。

その頃新しく始めたバイト先で、毎日暴言を浴びていたストレスも原因にあったと思います

そこからは、非嘔吐過食の始まりです。

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ここで忘れないで頂きたいのは、非嘔吐過食に苦しむ人たちは、いつも頭の中は「痩せたい」でいっぱいなのだということです。

行動と照らし合わせたら、信じていただけないかもしれませんが、誰よりも痩せたいと思っています

いつも「痩せたい」で頭が支配される病気、それが摂食障害なのかもしれません。

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拒食症の時から一変、非嘔吐過食の時は何もかも頑張れなくなりました。

朝起きるのもつらく、おしゃれをするのもつらく、化粧もしなくなりました。

勉強も頑張れませんでした。

学校休みがちになりました。

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そして拒食症の頃、自分で内心バカにして来た対象自分のものとなりました。

ダイエットすら頑張れない。

勉強も頑張れない。

過食して家にこもって涙を流してばかり。

そんな自分が大嫌いになりました。

高層の建物に忍び込んで、飛び降りようとしたこともありました。

犬のリードを買って、首を絞めたこともあります

すべて死に切れないことが怖くて、最後まではやり遂げられませんでした。

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医者にも行きました。

初めて行った医者では摂食障害は専門には診ていないところだったからか、個人的に心が傷つくことを言われ、薬を出されて帰されました。

そしてまた誰もわかってくれないという思いで、過食が酷くなりました。

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ただそんな私も、色んな人に支えられて、あれから1年以上経って、普通食事を取れる日は増えて来ています

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2回目はすがるような思いで専門病院を訪ね、そこで良い先生出会えました。

「過食しないと生きていけないくらい、心が辛いんだよ。過食は悪じゃない、ないと生きていけない大切なものなんだよ。」

そう言われてからスッと心が軽くなり、過食は減ることはありませんでしたが、罪悪感で心がはち切れそうになることはなくなりました。

今は授業の関係上、病院に通うことはできていませんが、今でもたまにまた話を聞いていただきたいな、と思うことがあります

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また大学休みがちになった時、1人だけ熱心に私に電話をかけたり、家を訪ねたりしてくれた友人がいました。

の子は私とは対極的の楽観主義者で、今はどんな状況でもその子に励ましてもらって頑張ることができています

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今の自分の体型はとても、嫌いです。

今でも痩せたいといつも思っています

メンタル完璧ではありません。

特に生理前は特に気持ちが崩れやすく、学校に行けない日もまだまだあります

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でも私は摂食障害経験できて良かったと、心の底からと言ったら嘘になりますが、少しだけ、思っています

もし摂食障害にならなかったら、私は挫折経験せず、自分より劣る人の気持ちなんて考えず、内心バカにして生き続けたでしょう。

そんな私の心を広くしてくれました、また人の気持ちがよりわかるようになりました、思いやりを持てるようになりました。

神様から「お前はこのままではいけない」と与えられた試練だったのではないかと、今は考えています

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先ほども述べましたが、私もまだまだ万全ではありません。

身体健康的になりましたが、時には辛くて辛くて仕方ない日もあります

過食が止まらない日もあります

まだまだ自分が大嫌いです。

人と自分を体型や成績、全てのことで比べがちです。

まだまだ課題が沢山あります

摂食障害と私のおつきあいは、きっとこれからもしばらく続くんだと思います

それでも平穏にお付き合いをして、いつかはお別れをしたいです。

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一番伝えたいのは、「一見健康そうに見えても、摂食障害と闘っている人は沢山いる」のだということ。

これは摂食障害の9つの真実、というものにも取り上げられています

http://peerful.jp/articles/eating-disorder/7255.html

あなたの周りにももしかしたら、闘ってる人がいるかもしれません。

気づいたらそっと、見守ってあげてください。

辛そうな時は寄り添ってあげてください。

それだけできっと救われます

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上長々と失礼しました。

少しでも摂食障害への理解が深まりますように。

2018-05-27

anond:20180527183756

自傷行為(じしょうこうい、self-harm、以前はself-mutilation)とは、意図的に自らの身体を傷つけたり、毒物摂取する事であり[2]、致死性が低い点で自殺とは異なる。リストカットライタータバコで肌を焼く(根性焼き)、髪の毛を抜く、怪我をするまで壁を殴るなどの行為がある。虐待トラウマ心理的虐待及び摂食障害、低い自尊心完璧主義と正の相関関係があると考えられている。また抗うつ薬や、他の薬物などが自傷行為を引き起こすことが知られている。

自分ルール自傷行為って定義で語られても。

本来意味曲解して正当化しようとしてる時点で、弱者攻撃しても良いってマイルール脳内に作ってるのだなと理解したよ。

なるほど、精神病んでる人の思考というより犯罪者に近そうだね。

良かったじゃないか

君はかなりの異常で特別存在だ。

2018-05-15

anond:20180515004857

「昔も?」じゃ充分可愛かったのにさらに弄ったのですか。全然問題なかったのに。

完璧主義者なのかぁ。

2018-05-04

機能不全社会ストレス少なく生きるには

長いけど、原因と対策とをまとめた。自分メモでもあり、誰かの役に立てばそれはそれで幸い。

まず、世の中の構造機能不全だと認める必要がある。なんでも自己責任自己責任と言っているのは思考停止

生きづらさを感じる人は、なぜ、この社会はかくも病んでいるのか、を理解する必要がある。

不安遺伝子保有者が世界一

単一民族国家

が大体の機能不全の原因だと考える。

以下、機能不全社会象徴

自分他人が別の人間だという意識が弱い、自分がこう思うのだから他人も同じという同一視が激しい(単一民族国家が原因。見た目に差がないから中身や考え方まで同じといった、「みんな同じ」幻想が強い

専業主婦終身雇用など、他者組織依存しないと生きられない仕組みを作った、安定はあってもそれは依存であり自由や自立を奪う(不安遺伝子が原因。自由や自立よりも安定を好む人間が多いんだろうけど、他者組織依存しないと生きられない、共依存社会なのは健全

・減点主義完璧主義な働き方を良しとする。いくらやっても褒められず、真面目にやればやるほど合格点がどんどん高くなり、自分自分の首を絞める(不安遺伝子が原因。不安が強いと完璧主義になるけれど、それを社会全体でやらなくてもよい。完璧主義社会他者への寛容さがない。だから迷惑をかける人間が悪とされる。赤ん坊ベビーカーや、迷惑をかけて当然なのに。寛容さがなくなった結果、自己責任論が強くなる

上記完璧主義と同一視が行きすぎたからか、思考停止をしてマニュアル通りに動くことを求められる。「相手によって求めているものに違いがある」という前提がない同一視の激しさと、完璧主義接客を求めた結果だと思う。

マニュアル通りに動くこと、は、自己主張をせず自分を殺してロボットのように振る舞うこと、に繋がる。

上記のような働き方が原因で自己主張が良しとされず、自己主張が良しとされない風潮ができ、自己肯定感が低く不安遺伝子が強い日本人は、他者に嫌われないために自分を抑圧するようになる。(日本社会が周りに合わせる、空気を読む、同調圧力の強さ、などと言われるのは、抑圧の強さから)

日本人自己肯定感の低さについては、国の調査ソース子供対象にした調査他国より圧倒的に低かったけど、子供がそうなんだから大人も高いわけがない、という解釈

「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ」とか「ありのままで」とかって抑圧を嫌うフレーズ流行りながらも、その風潮は変わらない。(社会構造が変わらないから)

こういった、生きているだけで大きなストレスの原因となる、社会構造・風潮があることを認める必要がある。

そして、このストレスの原因が、パワハラセクハラといった社会問題を起こしていることを認める必要がある。

パワハラセクハラを減らしたいなら、こうった社会構造を変えないと、無理。個々の対処療法では、ストレスが別の矛先に向くだけ。

(最近の例なら、女の記者を男に変えたところで、男記者へのパワハラが起こるだけ)

今の社会構造では、支配-被支配連鎖してその中で暴力連鎖していってるから支配-被支配に陥る構造を変えない限り、パワハラセクハラといった暴力はなくならない。

既出の、専業主婦終身雇用などの他者組織依存しないと生きられない仕組み、が、支配-被支配の原因。

会社-労働者支配-被支配パワハラを生む

現に、パワハラ的ではない労働環境の方が少ないという異常なことが起きている。労基法を守らないのが当たり前、という労働環境が多すぎるのは狂っている。

日本問題は、労働環境が異常という点は認識しながらも、そこから先を考えていないこと。その異常が原因で数々の諸問題が起こっていることを認識していないか、わかっていても見て見ぬ振りをしていること。

・男-女の支配-被支配が性暴力を生む

セクハラ痴漢DVレイプなど、性暴力が減らないのは男が被支配ストレスを溜めているから。労働者として会社支配されパワハラ的な働き方を強いられることにストレスを感じ、弱い存在八つ当たりしている。八つ当たりは許されないけど、性暴力が減らない背景にはこういった事情があることを理解した方がいいと思う。

会社-労働者といった支配関係の中で被害者の男が、男-女といった支配関係の中で加害者になっている、ということを理解した方がいい。

・親-子の支配-被支配虐待を生む

男が長時間労働前提の働き方で父親不在の家庭が多く、それ故に母子密着になることが多いのが日本の家庭の問題。(同じく長時間労働前提の韓国でも母子密着が激しそう。母親の過剰な神聖化と、男尊女卑の強さと、長時間労働が前提の社会だと共通項がある)

社会としても、過剰に母親責任を求める風潮がある。そういう社会からプレッシャーと実際の1人での子育て(以下ワンオペ育児)に、余裕がなくなり「毒親」となってしま母親は多いと思う。

毒親経験者の体験談を読んでいたら、ほとんどが母親ワンオペ育児の結果だった。父親母親の両方がいるケースにも関わらずワンオペ育児という概念があることが不健全だということに、社会が気づく必要がある。

主婦しろ主夫しろ、不健全。(相手経済的依存することと、ワンオペ育児という親と子の両方に負担があることをすることが)

ワンオペ育児が当たり前となった社会をやめるためには、長時間労働前提の働き方を変えるしかない。

そして、子供の中で家庭環境ストレスを抱えた人間学校いじめをしたり、動物や虫を殺したり、暴力連鎖八つ当たり連鎖なのが、この社会

暴力ストレスの原点である会社-労働者支配-被支配をやめれば、長時間労働前提の働き方ではなくなり、女が労働市場で不利になることがなくなり(長時間労働前提で終身雇用前提の現状は女が圧倒的に不利)専業主婦という経済的他者依存する生き方を選ばなくてよくなり、男も育児参加できるようになり、ワンオペ育児が原因の機能不全家族も減る。

要するに、会社-労働者も男-女も親-子も、対等な関係性になれる。

労働者終身雇用人質パワハラ的な働き方を強いられることがなく、専業主婦生活費人質家事育児押し付けられたりDVを受けることもなく、そういった親側のストレスワンオペ育児にならざるを得なくなる環境がなくなり親子関係も今より健全になる、と。

なので終身雇用をやめて中途採用前提の社会にすべき、と私はずっと言っているが、いつになることやら…。

自民党は、支配者(会社)に都合が良い政策経営者などの雇う側に都合が良い政策しかできないから、いつまで経っても会社-労働者支配-被支配関係が変わらず、その結果、男-女や親-子の支配-被支配再生産されることも変わらず、ずっと、機能不全社会のまま。

さて、原因については終わり。

ここからは、そんな社会でどう生きるか。

社会を変えるという方向性ではなく、機能不全社会でどう振る舞うかという自身の態度についての方向性で考える。

ここ数ヶ月、この機能不全社会でどう生きれば幸せを感じられることが増えるのか、それをずっと考えていたけど、そこまで難しいことではないのかも、と思えるようになってきた。

・まず第一に、支配-被支配関係に組み込まれないこと

女性結婚をしない(自分相手と同等か相手以上の収入がある場合を除く。自分収入問題がなくても、家事育児を手伝う気がない男とは結婚しない方がよい。稼ぎは同じなのに家事負担不公平といった理由で不仲な夫婦しか周りにいないため)

男女共に終身雇用正社員といった雇用形態では働かない。

これによって、他者組織経済的依存して、意に沿わぬことを強いられる状況を避けられる

(意図的選択ではないにしろ結果的にこの状態選択する人が増えている。未婚率の上昇と自分意思非正規無職を選ぶ人間の増加と。このまま、結婚終身雇用正社員という立場拒否する人が増えたら、システムは変わるのかな…?

・同一視を強化させるような情報に触れないこと

一番はテレビ、私個人は何年も見ていないけれど、価値観押し付けという面で、一番タチが悪いのがテレビだと思う。街頭インタビューとか、価値観押し付けの極みかと…。

ネットも、使い方によれば、毒になる。

似たような価値観の人が集まる場所選択して見えるからこそ、視野が狭くなるのが、ネットの怖さ。

他人自分とは違う、1つの物事に対しても多種多様見方がある、と常に意識してネットができたらいいけど、それができないと、多くの情報に触れているつもりでも、自分価値観偏見が強化されているだけで、視野が狭くなっているだけのこともあるので、注意が必要

価値観なんて宗教みたいなもの人間には偏見がある、考え方は人と自分で違っていて当たり前、と理解した上で、似た人の集まり選択するのは良いかもしれないが、それを理解せず、自分価値観正義で他は間違っているというスタンスネットをするのは、同一視が激しいのでやめた方がいいと思う。

そういったスタンスネットをしている人間も多いように感じる。

自分偏見正義として、喚き散らす人間の多さ…

機能不全社会システム適応をして抑圧をしてストレスを溜め込んで生きている反動で、ネットで喚き散らす人間が多いのかもしれないけど(病んだ社会ほど、匿名空間が荒れてる、日本しろ韓国しろ

他者自分を同一視せず、あくまで、人は人で自分自分で違っていて当然だという前提を持つこと。(社会的にこのコンセンサスがないから、機能不全社会なんですが)

たとえネット上でも、そういった前提がない人間が多い場には近づかないこと。

個人的には、多くの人間が集まる場所SNSポータルサイトなどは、そういった前提を持たない、同一視が激しい人間散見されるので距離を置いた方がいいのかも、と考える。

・あとは、減点主義ではない職場で働いて(フリーランスで雇われずに働くのもあり)、自己主張をして、思考停止を良しとせず自分の頭で考えること

これぐらい、思ったより難しくない。

既存価値観(終身雇用正社員が素晴らしいだとか、結婚するのが偉いだとか)に囚われていたら無理だけど、そういった価値観を捨てて、病んだ社会システムいかに巻き込まれずに生きるか、といった生き方選択するのは、難しいことではない。

一番辛いのは、病んだ社会システムだと自覚しているのに、そのシステムの中で生きていること。(私個人も今の職場が病んだ社会システム象徴のような場所なので、早く辞めたい。契約が切れるまでは、そのシステムに染まら自分を貫いて保って、乗り切る…)

システムの異常を知覚したら、そこから離れて、異常に巻き込まれずに生きること、これが一番大事なんだと思う。

機能不全家族なら親と実家から離れること、ブラック企業なら辞めること、機能不全社会なら国外脱出するか、ここに書いたような機能不全な部分に巻き込まれない生き方をすること(日本に生きていても、機能不全な部分に巻き込まれずに病まずに生きている人もいるから。正社員でも終身雇用ではない専門職(資格職)の人とか、抑圧や思考停止をしなくてよい社風のベンチャーで働く人だとか、夫に経済的依存していない女性だとか。

大多数が病んでいる社会でも、病まずに生きることは不可能ではない、と理解すること。(日本みたいな不健全社会幸せを感じようとするより、健全システム社会幸せを感じる方が楽だと思いますが。言葉の壁とかが気にならない人はシステム健全社会に逃げるのもあり)

この異常なシステムの中で病まないためには、会社支配されない、女性なら男性支配されない(経済的依存しない)、これが、一番大事なんだなぁ、と感じる。

そして、健全社会(自殺率が低かったり、幸福度が高かったりする社会)は、これらが当たり前に満たされているんだな、と。

中途採用前提だから会社労働者は対等だし、日本ほど男女の賃金格差が激しくない・長時間労働でもなく終身雇用でもないか女性男性と同じように働いて稼ぐことが可能で、男と女経済的に対等だし。(先進国でも男女の賃金格差はあるけど、日本より圧倒的にマシ

男も女も支配-被支配に組み込まれやす社会構造からこそ、病んでて、そのストレス他者攻撃することで発散してるこの社会だけど、その他者攻撃するエネルギー社会構造分析したり社会構造を変えるための行動に使う人が増えれば、もっと世の中はマシになるのでは…と思いますが。

いか最後まで読んだ人がどれくらいいるかからないけど、同じように、機能不全社会に生きづらさを感じる人の思考の役に立てばいいな、と思います

システムは異常だけど、適応せずに生きれば、病まずに生きることも可能だ、と、自分に言い聞かせたかったのと、そうやって、異常なシステム適応せずに自由に生きる人が増えた結果、システムが変わればいいな、という希望と。

2018-05-01

anond:20180501104752

シャイ性格だと相手と目を合わせる事への抵抗感から口など見て誤魔化しがちである

それが口の動きの方がよく見ているという事情が幸いし、むしろ発音は上手くなる。

ソース自分

よって増田場合完璧主義な点に問題が隠れているのではないだろうか?

やっぱり英語早期教育は要る

聞いてくれ、俺は真実に気が付いてしまったんだ。

日本人英語上手になりにくいのは、

英語発音識別する耳と脳がないから」

これにシャイ性格完璧主義が合わさり最弱に見える。

でもこれは「日本語の出来が良いから」という話でもあって、

子音+母音系統的に割り振られた日本語だと、

紛らわしい発音も少なくて、凄く発音識別がしやすい。

子音だけの音もないし。

英語を含む日本語以外の発音は大なり小なりややこしい発音があって、

その中では英語簡単な方なんだと思う。

から日本語以外の言語圏の人は英語発音をそのまま認識することができてる。

発音さえ正しく認識できてれば、

あとは頭の中で一回思い出すごとに、一回口に出すごとに、

脳がDeep learningして英語ちょっとづつ上手になるんだよ。

でも、日本人はいったん英語発音カタカナに変換して記憶している。

日本人が頭の中で思い出そうとしても、口に出そうとしても、

それは変換されたカタカナを出力してるだけ。

俺たちが思い出してるのはLearningじゃなくてラーニングなわけ。

LとRの違いなんてカタカナ思い出しても絶対わかんないわけ。

そうなると結局いくら勉強しても英語がうまくならないわけ。

対策としては英語発音系統発音記号込みで体得するしかない。

そしてそれには脳内日本語だけ対応聞き取りシステムが完成する前にやれば

負担絶対少ないじゃん。

東大君の人とかはその時間国語を強化しろっていうんだろうけど、

英語若いうちから触っておいた方が絶対コスパがいいと思う。

2018-04-29

anond:20180429133732

5つのアドバイス

 

君は1年前の私か? 同じような悩みを抱えていた。俗に言う積ん読。気になる本や読みたい本はたくさんあるんだけど、買ってきたはいいが読む気にならない。本も読めないダメ人間なのかと罪悪感にさいなまれる。

しかし、そんな日々は終わった。工夫ひとつで誰でも読めるようになる。1年前に苦悩していた私は、今年は30冊くらい読んだ。大きな進歩だ。しか努力不要

備忘録も兼ねて本を読むためにやったことを書いていこう。

 

1. 「本を開く」ことを目標にする

本を読もうとするから億劫になってしまう。1日◯◯ページという目標はあまり良くない。目標は「本を開く」ことだ。目標は限りなく小さくせよ。で、読みたかったら読めばいいし、そんな気分じゃなかったら読まなければいい。数ページでも読めたら儲けものだ。

 

2. 疲れてきたら読むのをやめる

読書苦痛となってしまったら一巻の終わりだ。つまらないことは誰もやりたくない。世の中には1時間でも2時間でも読み続けられる超人もいるけれど、我々は凡人だ。私は今でも10分も読むと疲れてしまう。あ、もう読みたくないなと少しでも思ったらすぐに読むのをやめる。すると、読書楽しい印象だけを持つことができるので、次に繋がる。

 

3. スキマ時間で読む

5分の空き時間があったら何をするか? 読書が最適だ。読書は腰を据えてしなければならないと思いがちだけど、そんなことはない。むしろ5分の積み重ねだけで1冊読める。スキマ時間ニュースのチェックにも最適な時間だけど、ニュースチェックに飽きたら読書だ。継続すれば、気がつけばいつの間にか半分も読み終わってたと驚愕することになるだろう。

 

4. つまらなかったら読むのをやめる

本は最後まで読まなければならないという固定観念がある。私も完璧主義的なところがあって、つまらなかったり難しかったりするけど最後まで読まなければという考えに縛られて、結局は読書がつらい体験となってしまっていた。もちろん、つまらないし難しいので最後までは読めない。自分に合わない本だと思ったら途中でもバッサリ切り捨てる勇気を持つことだ。相性ってものはどうしてもあるから仕方ないと割り切ろう。ふとした時にまた読みたくなったら読めばいい。

 

5. たくさん読みたいなら多読

読書量を多くしたいなら、多読だ。3冊とか5冊とかを同時に読む。こう書くと超人的に思われるかもしれないが、そんなことはない。上に示した「疲れてきたら読むのをやめる」を応用する。1冊目に飽きてきたり疲れてきたら、1冊目は閉じて2冊目に移る。頭がごんがらがりそうと思うかもしれないけれど、否、違う内容が書いてあるとなぜか読めるのだ。自分でもやってみてびっくりしている。1冊目が助走になる。2冊めに飽きてきたら3冊目。

 

さあ、まずは本を開くところから始めてみよう。読む読まないは自由だ。読まなくても罪悪感を感じる必要はない。だって目標である「本を開く」ことはできたわけだから

 

ちなみに私は読むのはかなり遅い方だ。それでもできる。良い読書ライフを!1年前まで本を読めなかった者より。

2018-04-18

子供コンプレックス長時間労働

日本労働環境が異常で、それが様々な社会問題の原因だと思うのに、それでも正社員という奴隷を好む人が多いのは、なぜ…

終身雇用正社員という奴隷的な働き方で会社依存させられ、そういった不自由人間が、自分支配できる人間専業主婦の妻だとかを求める。

自分会社無しでは生きられないことを忘れるためなのか、自分なしでは生きられない、経済的依存させられる専業主婦の妻を持ち、支配し。

そういった夫の支配ストレスを溜めた妻は、子供に歪んだ愛情を注ぎ(あからさまな虐待や、虐待無自覚の過干渉や)それでストレスを溜めた子供は、学校いじめをする、と…

支配と被支配連鎖暴力連鎖社会で、その根源は、パワハラ的な働き方が当たり前になっている労働環境と、会社依存させられる終身雇用というシステムのせいなのに、なぜ、いじめや性暴力虐待をなくそうと訴える人は、労働環境改善に目を向けないのか…

ここが変わらないと、多くの社会問題は変わらない、反対に、ここが変わると、多くの問題はマシになる、と思うのに。

終身雇用正社員専業主婦も、他者存在なくして自らが生きられない、自立できない存在にされていて、そういった、他者組織依存しないと生きられないシステム社会病理の原因、と、なぜわからないのかなぁ…

終身雇用ではない、資格職で辞めても正社員での就職可能な人たちは、終身雇用正社員より思いつめていない、それほど、終身雇用が異常だって、なぜわからないのだろうか…

他者環境依存しないと生きられないシステム以外にも、異常なことが多くて、あるブログで、機能不全家族で育った場合認知の歪みとしてあげられていた

・同一視

完璧主義

感情凍結

思考停止

他者環境依存

全てが日本社会蔓延してることで、前から機能不全家族に似てるよな…この社会…と思ってたから、腑に落ちた。

機能不全家族で育つと、中身が子供のままの大人ができる。

日本社会機能不全家族みたいな環境から、中身が子供大人が多くて、だから子供主人公の娯楽ばかり蔓延してて、高校生ぐらいの主人公(男)が中高生ぐらいと恋愛するっていうゲーム漫画アニメばかりの、ロリコン気持ち悪い…と思うような状況なのか、と。

日本人はロリコンというより子コンプレックスだと思う、ガチロリコンもいるんだろうけど、日本人全体が、大人自分自身を受け入れられてなくて、子供に憧れが強くて、子供主人公の娯楽作品を楽しんで、現実逃避してるっていうのが、現状じゃないか、と…

大人大人を受け入れられる、大人の置かれた状況がマシなら(機能不全家族みたいな社会や異常な労働環境ではないなら)他の国みたく、大人主人公ゲーム漫画が増えるんだろうな、と。

他人自分境界理解していない、みんな同じという幻想にとらわれて、他人干渉してくる、同一視が激しい社会

完璧主義で減点主義で、うまくやっても褒められず小さなミスは責められる、だから組織ミスを隠す方向になる、変化や変革というリスクがとれない社会

個人より肩書き立場が優先され、あるべき対応や姿を求められ、感情を抑圧してでもあるべき対応や姿を貫くことを美徳とする、社会

ルールからマニュアルから思考停止して自分の頭で考えることを許さず、学校でも自分で考えることではなく答えがあることの答えを覚えることを教えられる社会

そして、上に書いたように、他者組織依存しないと生きられないようなシステム、自立が難しいシステムとなっている社会(お互い専門職フリーランス共働きなら、働いていて結婚しても自立し合った状態でいられる、けど、大多数の働く人や既婚女性会社や夫に経済的依存させられている)

こんな、機能不全家族の特徴に当てはまりすぎる病んだ社会から自殺率の高さやメンタル不調の多さや閉塞感は当たり前なんだけど、そんな社会適応してる人も多いのが、不思議

自分はこの異常に適応できず、終身雇用正社員結婚といったシステムから距離をとって生きているけど、異常を異常と認識せず、生きている人も多いのが、不思議でならない…

2018-04-12

AC

・周囲が期待しているように振る舞おうとする

・何もしない完璧主義である

尊大で誇大的な考え(や妄想)を抱いている

・「NO」が言えない

・しがみつき愛情混同する

被害妄想におちいりやす

・表情に乏しい

・楽しめない、遊べない

・フリをする

環境の変化を嫌う

他人承認されることを渇望し、さびしがる

自己処罰嗜癖している

抑うつ的で無力感を訴える。その一方で心身症嗜癖行動に走りやす

離人感がともないやす



・周囲が期待してようがしてまいがどうでもいい

自分が好きなことだけやって飽きたらやめる

・冷静で現実的な考えを抱いている

・偉そうな奴に「NO」を言うのが大好き

・愛するものでも容赦なく切り捨てる

他人自分の引き立て役に徹するものと思ってる

・表情豊か

・楽しむ、遊ぶ

環境の変化を好む

他人が何を考えてようが気にしない、孤独が好き

自分が悪いとは考えないし仮にそうなら誰かにせいにする

・躁的で全能感がある、メンタルが異様に強い

まりこうなればいいのでは?

2018-04-09

プライドと繊細さの二重苦

本当に些細なことで注意されて恥をかいたこと、多分誰にでもあると思うんだけど、そういう時に「うわーーーーーめちゃくちゃ恥ずかしいっていうか自分みじめだ!!つらい!消えたい!泣く!ごめんなさいいつも失敗してすいません」って反射的に思ってしまうのをやめたい。

誰でもそういうことってあるし、間違いなんて何歳でもすることだけど、一度の注意でいちいちそう思ってしまうので身が持たず、とてもしんどい

原因は多分完璧主義者というか、プライドが高いくせに繊細だからなんだけど、自分でもすごくめんどくさいと思うし、変えられるのなら変えたい。要するにプライドが変に高いくせに繊細な自分が嫌いだ。

同い年でプライドがすごく高い人がいたけど、その人は天才凡庸ミスなんか滅多にしなかったから傷つく頻度も少なかったと思う。記憶力もいいしものの受け答えもはきはきしてたから…

反対に私はうまくできないのにプライドけが高い。ぼーっとしてることも多いし、言われたことを飲み込むのに時間がかかる。それで傷つきやすいのだから、生きづらさしかない。取り柄が全くないわけじゃないけど、できないことの方が多くて、何だか気が滅入る。

私にはいま追いかけようと思っている夢がある。夢のために、多少強引に自我を通すというか、批判を気にしない度胸も必要だと思っている。私の人生責任を取らない他人言葉に、心を折られたくない。だから失敗してもへこたれないというか、ふんばれる方法を教えてほしい。もう簡単にめげたくないんだ。

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