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はてなキーワード: 藤原秀郷とは

2024-06-23

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然るに近時に至りては、時弊に流されその神国なる所以(ゆえん)を忘るゝ者多きが如し。

これ吾国体に於て大害の兆(きざし)なり。

如何となれば、時流者偶々吾神典を一読するも、その意の解すべからざるを以て忽卒(そうそつ)一言の下に論じて曰く、

「吾神典に所謂(いわゆる)神国の伝は全く上古男女両人初めて吾日本国土発見し、その荒蕪(こうぶ)の地を開拓したる経営事業国生みと云ひ伝へたるに過ぎず」と論じ、

或は「両神国生みの伝は国民を生むを云へるものなり」と説き、

又或は「神典なるものは上古の小説にして比喩を以て作為したるものにて、彼(か)の俵藤太秀郷(たわらのとうわひでさと、藤原秀郷)の蜈蚣山(むかでやま)の昔話に類するものなりものなり」と評し、

甚だしきに至りては「神典なるものは上古の英雄が奇事を説きて神に託し、野蛮の民を治むるの具に用ひたる策略の書なり」と云ふに至る。


三者の如きは太古の伝説を見るの具眼無き者として暫くこれを怒するも、

英雄愚民を治むるの具に用ひたる作為なりと云ふに至りては、

歴世天皇の御徳に関するものにして不倶戴天(ふぐたいてん)赦すべからざる放言なり。

かくの如き妄説行はるゝ今日なるが故に、自ずから神国臣民たることを忘れ、

終にその心意を問へば外国人と異なること無きに至る。

今にしてこの弊を矯正ずんば、吾一系正統の皇位日本の習慣なりとして君臣の大儀も只に習慣と法律の上に存して精神の上に存せざるに至らん。

2012-10-01

日本三大「豪傑」選考

「豪傑」にもいろいろあるが、ここでは、個人の武勇、それを示す逸話、そして知名度を鑑みて選考する。

ただし数が多くなるためいわゆる「剣豪」は除いた。あしからず

藤原秀郷

俵藤太。大百足退治。

武勇については問題なし。

知名度でどうか。

源頼光渡辺綱坂田金時

頼光四天王を率いて酒呑童子や土蜘蛛を退治。

対戦相手は最強クラスだが、頼光本人の武勇がよく分からない…。

源為朝

西八郎。保元の乱活躍

一矢で船を沈めたとも。

大蛇退治の逸話もあり。

那須与一

屋島の戦い、扇の的。

為朝と比べれば落ちるか。

武蔵坊弁慶

五条大橋での刀狩。立往生。

知名度は随一。

小島太郎

小島

猿や犬を懲らしめる。

実在が疑われる。

七条兼仲

餅。

薄田兼相

岩見重太郎モデル。狒々退治。

史実では大坂の陣奮戦

本多忠勝

徳川四天王

意外に武勇を示す逸話は少ないが、知名度だけで他の不足を補うレベル

加藤清正

朝鮮での虎退治。

現在では豪傑というよりも名将として評価されていると思われ。

雷電爲右エ門

伝説的な力士

他の候補者と比べて異色ではあるか。

暫定で選ぶなら「源為朝」「武蔵坊弁慶」「本多忠勝」。

こうして見ると昔のほうが逸話スケールが大きいので、

忠勝に代えて源頼光(with四天王)を入れ、

三大怨霊みたいに平安時代で固めてしまってもいいかもしれない。

意見を求む。

南北朝とか思いつかないんだけど誰かいたっけ?

 
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