はてなキーワード: 握手会とは
AKBグループが好きなんだけど、ファンがメンバーの処女がどうのとかこだわりすぎててマジで気持ち悪い。
あと、前田敦子の酒乱スキャンダルで、遊んでたカラオケとか使ってたブランケットとか住んでるマンションが高所得者向けのものだったから叩いてる人もいて気持ち悪い。
ボーイッシュでロックなメンバーに、髪伸ばしておしとやかにしたら人気出るよとか上から目線でわざわざ握手しにいくのも気持ち悪い。
俺の好きな田舎のお嬢さんスタイルに変われやって感じか。きもいし勘違いも甚だしい。そういうメンバーゴロゴロいるんだからそいつ応援しとけばいいのにな。
だいたい握手会で説教するとか気持ち悪すぎてどうなの。おじさんがお金払って10代の女の子に説教……と思うと泣ける。メンバーも気の毒。
処女厨のファンは本当にキモイ。自分の都合をメンバーや他人に押し付けてオナニーきもちわるい。
男がいたら叩くって流れもよくわからない。むしろ10代~20代前半の女性に恋愛禁止とか幾ら何でも不当だから辞めさせろ!と抗議するくらい紳士淑女であるべき。
これさえやれば人気出るのに出来無い奴が多い
1 :名無しさん@実況は禁止です:2012/08/26(日) 13:13:26.06 ID:L2mZGlSS0
・ツヤツヤの黒髪し、前髪は下ろす。茶髪は論外。
・メイクはファンデーションとチークとマスカラだけにする(スッピンと勘違いする)
・上品な言葉遣いにする。敬語を使うようにする。「ウチら」はダメ。
・「オタクの人は頭がよさそうだし優しそう」とイメージでおだてる
・料理上手をアピールする、もしくは料理下手をアピールする。中途半端は×。
・外食自慢をしない。
・高そうなペットは飼わない。雑種ならよし。拾ってきたならなお良し。
・韓国好きは死んでもアピールしない(韓国料理屋へ行ったことも隠す)。政治、宗教の話題は絶対NG。
・たまに谷間写真やキュウリを食べる写真などで釣る(毎日は×)
・安物の服やバッグを身につけて(あえてダサくするくらいで良い)、お高くとまった女ではなく気安い女であることをアピール
・タクシーに乗ってることは隠す。電車を利用してることを公言する。
・ブログ、ぐぐたす、モバメはこれでもかというほどマメにする。
・地鶏の角度に変化をつけ、ブログの画像はなるべく高解像度にし、加工しない。
・家族のことに触れる。特に異性の家族(父、兄、弟)ならなお良し。
・リア充っぽい雰囲気が出るから、あまり女友達とつるまない。ぼっちアピールをする。
・握手会に命をかける。
最後の項目から分かる通り、もとはAKBのメンバーの話なんだけど、これがオタクとか非モテが求めるステレオタイプな女の子なのかなと思った。
ここ数年、私も参加する同人イベントに著名人(漫画家・作家)が
初めてサークル参加するケースが増えている。
だが悲しいことに、なんらかの問題が発生し、周辺のサークルに実害が生じる、
作家本人の人間性が疑われる、ファンがはなれるという状況が頻発しているように思う。
もちろん、初参加でイベント不慣れというはどうしようもできないし、だれもが最初は
初参加になるのは仕方が無い。しかし、ある程度著名人側に認識があれば
避けられる事態も、また多い。
私自身は著名人でもなんでもないが、周辺で発生した問題点を踏まえ
いくつかの留意点を纏めてみた。
これから各種同人イベントに初めてサークル参加したいと思っている
著名人の方に一読でもしていただけると、大変ありがたい。
それはひいてはあなた自身や、そのファンを守ることにも繋がるはずなので。
◆サークル参加者向けの案内は熟読すること
⇒トラブルの多くは案内に記載されている禁止事項を破ることで発生している。
◆事前に混乱の発生が予見できるのであれば出し物、頒布数、値段を調整すること
⇒イベントによっては主催側で相談に乗ってもらえる場合もあるが、
出来る限りで自らの調整によって混乱を避けること。
◆可能であればサークル参加者のリアル友達に助言を得ること(あなたのファンを除く)
⇒駄目なことは駄目、良いことは良いときちんと助言してくれるサークル参加の
経験者に助言を得ること。中立的な意見を得るためにあなたのファンは避けたほうが良い。
⇒主催者側があなたに要望を出すときは、混乱や混雑防止の為、速やかに従うこと。
◆握手会,サイン会,原画のオークション等は混乱の元となることを意識する
◆売り子は最低二人
⇒同人誌即売会にサークル参加するか売り子の経験があるかたにお願いするのがベター。
◆列が発生する可能性がある場合は列を整理する人もお願いすること
⇒スタッフが列整理等をしてくれる場合もありますが、あくまで混乱防止の為、
あなたの為のスタッフではない。これもある程度経験がある方にお願いするのがベター。
⇒あなたが「まったり」を想定していても、潜在的なあなたのファンはあなたを求めてス
ペースに来る。基本的にはまったりを想定しないほうがいい。
◆ファンの方と長々とお喋りするのは控える
⇒ファンの方と交流したいというのは分かるが、滞留の原因等になる場合が多い。
◆周りのサークルへの配慮すること
⇒同じ参加費を払っている以上、あなたが著名人であろうと同じサークル参加者に
変わりはない。彼ら、彼女らの即売会を邪魔してはいけない。特に
スペースはみ出しによって隣サークルを塞いでしまうことはよくあるトラブル。
周りに迷惑をかけてしまったと思ったら素直に謝ること。これだけでも周りの
◆値段表などは事前に作っておくこと
⇒頒布物が複数ある場合、待機列内でどれを買うかを一般参加者が簡単に知ることができる。
また品切れの場合も取り消し線を引けばいいので楽。
以上。あくまで私の周りで発生したものの注意点を纏めたに過ぎないので補足などしていただけると
ありがたい。
最近AKB48が何かと話題だ。先日あった総選挙なんかはいよいよ全国盛り上がる国民的イベントの様相を帯びてきて当団体の人気を示すものになっている。一方でその商法などなど問題点が多いこともかねてから指摘されて久しい。ちょっと自分用メモ程度にまとめていくのでよかったら参考にしてください。
いや、別に言うまでもないことだけど総合プロデュースの秋元康氏、AKS窪田氏、Office48芝氏が電通らメディアを巻き込んで立ち上げたアイドルプロジェクトになります。このへんキーワードにしてググるだけでもいろいろ出てくるので興味のある方は調べてみればいいんじゃないかなと。各メディア巻き込んで且つ、所属メンバーの事務所を分散したまさに"総占拠”。素敵ですね。(※参考 http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20120607/233074/)
まさかここまで人気になるとか思ってもなかったんじゃないかな。とかとか言ってみるものの別に個人的にAKB自体を負の塊のような見方はしてなくて、むしろ不況やら自然災害やらでなんだか閉塞感漂う日本の世の中に明るさをもたらしている側面は少なからずあると思っていて、その点は少なからず本当に意義のある団体だと思うんです。
ただ一方で最近になって様々に問題点を指摘する声が多くなってきたのでちょっと整理。もちろんマスメディアはAKBを扱うのはタブー的になってしまうのは理解されるところなのでね。あそこまで様々に数字持ってる団体と関係が悪化するのなんて、そりゃその数字で飯食ってる業界からしたら下手に触れないのは理解できるわけで。まあそれはともかくとして、
最も頻繁に取り沙汰されるのがこの握手券商法に関して。これでCDを売ってもCDは廃棄にいって音楽としての価値は微妙なのに握手券欲しさにCDが売れてオリコン1位常連に。これって音楽業界的にどうなの、的な話が多い昨今ですね。(※参考 http://matome.naver.jp/odai/2133826050573002201)
で、結論からいうとこれに関してはいろいろと分けて考えなきゃいけないなあと。個人的にはよく言われるほど悪いこと一辺倒ではないのかなとは思ったりします。
音楽業界からするとCDが売れること自体はもちろんいいことなわけで、AKB団体自体や関連事務所らもそれを喜びます。また資源にやさしくないので握手券だけ売ればいいじゃないか的な、批判が多かったのだけれど、これも個人的には業界利益を考えると必ずしも合理的では無いと思っていて、ここで書いたレーベルやまたプレス(要するにCDという商品それ自体を実際に作るところ)にも利益をもたらすことになるので「たとえ無駄でもCDを作って売ったことにする」ことをやめるというのは業界だけの部分合理性を考えるとそう簡単にやめよう、とはならんのがわかります。(というかその辺の音楽業界全体に利益がわたって、悪い顔されないようにしてるあたりが前述の秋元さんはじめとするマネージャ陣のしたたかなところかなと。)まあ、もちろん環境的によくないというのは事実なので、それなら環境団体NPOみたいなのが頑張って反対するくらいの話にしかならんでしょさしあたり。
よって「CDの過剰生産」自体は何を問題とするかによるけれどもちろん必ずしも悪といえないということになります。論点として環境・資源的視点 対 商業 に凝り固まってるきらいがあるけれど、音楽業界の延命治療的な側面(まあ穴掘って自分で埋める公共事業的なもんですね)を置き去りにするとこの話はあまりに短絡的になりすぎるかなと。(もちろん新しいビジネスモデルを構築できずに苦しんでいる音楽業界をこのような形で延命治療するのはいかがなものか、という批判はここにおいて非常に真っ当且つ建設的なものだと思います。ここは後述)
で、音楽業界の目的として、やはり「よりよい音楽を消費者に提供する」のが一応建前上の至上命題ということになってます。で、そのためにはもちろん健全な利益を出して業界自体のサステナビリティを保っていくようなのは手段の一つとして認められるところなので(この辺出版業界の押し紙的な話と非常に似てますね)、この商法が音楽業界が「よりよい音楽を消費者に提供する」目的には経済的には音楽業界に資している一方で、他のアーティストの露出機会を食ってしまっているという機会費用的な側面を考え合わせるともしかすると我々の音楽文化はよりよいものにはなっていないのかもしれません。カラオケで歌う曲とか良い感じの作業用BGMが継続的に提供されるだけで嬉しいんですけどね。最近そういった状況が実現できているかというと正直微妙でしょ。AKBの曲ばっかりヘビーローテションするのも飽きちゃった。
また、メンバーがその他業界に今後展開していく(お芝居、グラビアとか)にあたってパフォーマンスが非常に下がることが予想されます。これも個人的には実はあまりよく思ってません。やっぱりどうしても彼女らにそういったパフォ-マンスの質を求めるのはかなり難しいからです、ただでさえ忙しくて稽古はできないし、またグラビアとか見てもお世辞にもルックスが他のグラビアやってる人達よりいいとはいえないあたり、別に彼女らをDISりたいわけではなくて、やっぱり専門で分業を行うことがより豊かなものを生み出せることがあるのでこの場合も然りなのかなと思ってる次第です。
いろいろ漏れやダブリがある記述なのはさておき、ファンは幸せなの、つまり消費者の側はどうなのかね、っていう話。これもあまり言い始めるときりはないからなあ... ただガチャとかの話に似て、一人で何百枚購入とかして破産寸前までいったり依存的な精神状態になったりするのがいたりするけどそれ自体はこの団体に関連するものに一切を責めれないですよね...(コンプガチャの件も規制理由は射幸心煽るなとかだし)会いにいけるのコンセプト自体はファンを喜ばせるのに成功してるんじゃないでしょうか。
あまり焦点があてられないのは個人的には少し不思議に思うのは、少女ら側の労働負担に関してです。これだけの人気団体になったのだから、多少は忙しくて当たり前、というのは至極当然で、まあ有名税だ贅沢な悩みを吐かずに頑張れ、というのは一理あるとは思うのですが、これも程度問題なので、例えば最近とあるメンバーが体調を崩して入院したけれどもなんとか復活してライブで笑顔を見せた、みたいな話もあったじゃないですか。どうなんですかね、健康な15やそこらの少女が過労で体調を崩すような労働環境が果たして健全なんですかね。
また、より個別の話をするなら、ここにおいて握手会の商法は最も糾弾されるべきだと個人的には思っています。なぜならちょっと知ってる方なら知ってる話しなんですが、握手会これずっと立ちっぱなしでベルトコンベア的に次々流れるファンの人々と握手をすることになってるんです。一人10秒とかで。これ非常にきついですよ。もちろんこれだけで体壊した、というわけではないんですが、自分も一度参加させてもらったことがあるんですが、大したコミュニケーションができる場ではなかったように記憶してます。(※偏見を拝するために書いておくけど、そこまで熱心なファンではないけど社会見学的なノリで行きました)あれだったら、もっと抽選くらいにして一人あたりのコミュニケーションを高めたほうがいいとは思うのですが、もちろん握手券の拡販のためにはそれができないジレンマを抱えるため、そのような案は検討されなくなるのは言うまでもありません。本当にファンならこの辺声をあげたらいいのにと思うけどそういう話ってないんですね。
それでありながら個別の有名所、例えば前田敦子さんや大島優子さんらでも個人の給与が推計で3~4千万と出てますね。末端メンバーになるとまさにワーキングプアに近いような言い方をされることが時々ありますね。これだけ稼ぎだす団体がこのような利益配分というのは少し胴元が持って行きすぎに見えるんですけどどうなんですかね。これで夢を売るとか言っても無理だと思うんだけど、アメリカンドリームな壮大な夢を見ないのは日本のお国柄かしらね。
とりとめもなくメモしたんだけど何かしら参考になれば幸いです。以上見たように、個人的には世の中を明るくしたり、共通の話題としてはすごくいい、けど、音楽業界がその微妙な体質を無駄に延命するのに加担してしまっていたり、本業以外に今後侵食することで他のコンテンツの質が下がることが予想されること、またメンバーの人達の労働環境に大いに改善部分が見られるあたりは問題なのかなと思っています。
もちろん繰り返すけど世の中を楽しくするあれってことで総合的にはいいと思ってるんですけどね。総選挙の大島さんの笑顔の写真は良かったですね。
ココロ社:モテない人も、恋愛をプロジェクトとして考えればうまくいく
http://d.hatena.ne.jp/kokorosha/20120531/p1
http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51899611.html
上二つのエントリに違和感ありまくりです。どこから書いたもんだかわからないのだけど、もう恋愛とか異性との交際って、オワコンだと思うのですよ。
まず第一に、好きな人がいて、気持ちを伝える場合、これ承認されるかされないか、たいてい結果がはっきりでます。承認されなかった場合、人は傷つきます。気持ちを切り替えてすぐ次の人を探そうなんて思えるでしょうか。就活だって、断られれば嫌な気持ちになり落ち込みます。ましてやって話です。
第二に、仮に交際を承認された場合、その相手のことを独占できますが、これって普通のことでしょうか? 相手のことをステキだなあと思うまでは良いとして、自分が相手を独占することまでをひとは望むのでしょうか。その相手を好きな人が他にもたくさんいた場合に、ひとりが独占するのは本当にベストな状況なのでしょうか。
第三に、デート等、具体的な交際の問題があります。食事ひとつとっても、今の日本にはさまざまな価値観があります。菓子パンやカップ麺が一回の食事で何の不満のない人から、食べログやミシュランなどで見た店を食べ歩きたい人まで、幅広いグラデーションが存在しています。そしてそれは、必ずしも収入や階級と相関せず、むしろその人なりのポリシーの問題になっているはずです。これはなかなか交際相手と一致することが難しいのではないでしょうか。
食事だけとってもそうなのですから、休日何をするか、どこかに旅行にいく、何か映画を見る、誰かのライブにいく等々のケースで、話をまとめようと思ったら、気が遠くなりそうです。交際している人といつも一緒に過ごすのではなく、それぞれ場面に合わせて気のあった友人と、あるいは一人で行動するほうが楽しいかもしれません。
第四に、特定の交際相手が、所謂恋人がいなければ、ひとは寂しいものでしょうか? 一昔前であれば、多くの人は寂しかったでしょう。しかし各種SNSサービスとスマートフォンが普及した現在、むしろふだん友人関係を維持するだけでも時間が足りないくらいの人が、多いのではないでしょうか? さびしさを感じるヒマは、あまり無いのでは。
第五に、当然交際を解消する場合に、多大なエネルギーを必要とします。言うまでもありません。
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ここで視点を変えて、前掲問題のひとつの解として、好意を寄せられた側が不特定多数のひとの好意をすべて承認してしまえばどうなるかということを考えたいと思います。
一昔前であれば、というか現在もですが、キャバクラやホストクラブはそういう場所です。お金を払ってマナーを守れば、そこで働く人に好意を伝えて、承認されないことはないはずです。必ず喜ばれるでしょう。しかしそれは、「ただし一定のお金を払えば」という条件がついてまわります。コンビニの給料よりキャバクラやホストクラブの給料の方が高いはずで、そこには「たくさんのお金と引き替えでなければ、不特定多数の好意は受けられない」という常識があるように思います。
しかし、ここにきて、AKBに代表される「会いに行けるアイドル」という新しいジャンルというかなんというか、そういうものがとにかく出てきています。アイドルに対しても、マナーを守っている限り、ファンですと言えば必ず喜ばれることでしょう。ある程度のお金がかかるとはいえ、足繁くライブや握手会に通えば、(AKBのようなブレイクしすぎた一部グループを除き)顔や名前を覚えてもらうことも、そんなに難しくないでしょう。Twitterでレスをもらうことだって、手渡した手紙の返事をもらうことだって無理ではないでしょう。
AKBはCMにも出たりしているので別かもしれませんが、現代の多くのアイドルたちは、決してたくさんの、キャバクラやホストクラブ並の給料をもらっているわけではないでしょう。ではなぜアイドルをやっているのか? 成功して有名になれば、TVタレントになれるから? CMに出られるから? 武道館や東京ドームでライブをやりたいから? それはそうかもしれませんが、そういう夢を達成できるのはごく一部だということは、アイドルたちもわかっているはずです。とにかく歌ったり踊ったりするのが好きだから、というのはもっともありそうな答えですが、多くの人の好意を受けるのが楽しいから、という可能性も捨てきれません。そのほとんどが、所謂「オタ」と呼ばれる人種であってもです。
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さらに視点を変えて、これからは一般人であっても、みんなアイドルのように振る舞えば良いのではないか、という提案をここでしてみたいと思います。具体的にはなんのことはない、特定の恋人を作らずに、ブログやTwitterでのフォローに対して、いちいち喜びを表明するだけで良いのです。きょうび若者であれば、アメブロ(はてなではなく)とTwitterくらいやってるでしょう。そして複数の好意を集めることは、存外恋人を作るよりずっっと楽しいかもしれません。高度に空気を読むスキルがあるなら、握手と引き替えに少しのお金をもらってしまっても、平気かもしれません。まあ、学費援助とかデリケートな方面の名目を避けることは必須でしょうけれど。
これに関して様々な議論が興り、賛否両論様々な意見が出されています。
だけど、違法ダウンロードの実に30%、ダントツ一位の割合を占める中高生からの意見というのはほとんど、というか全くありません。
そこで、高校生から見たダウンロード刑事罰化に突いて書いてみようと思って、今回初めてはてな匿名ダイアリーに投稿させて頂きます。
文章は下手かもしれませんが、ご容赦下さい。
実は僕も、興味あってずっと昔(と言っても5年ぐらい前からですがw)から状況の推移を見てきた一人なんです。
そんな中こんな記事を見つけたました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120506-00000067-san-soci
>また、「違法ダウンロードは未成年者が多いが、彼らの摘発で抑止効果を狙うのは青少年健全育成の面で問題がある」と批判している。
そうなんですよね。冒頭にもいいましたが違法ダウンロードは中高生が一番多いんです。これが余り知られていない。
ソースはこちらです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120506-00000566-san-soci
そう思えば確かに、YouTubeに少年ジャンプをアップロードして中学生が逮捕されたり、ゲームのダウンロードをブログで自慢して炎上したりもしてましたね。
潜在的な未成年ダウンローダーを測るととても多い数になるわけです。
じゃあ、一体なぜ、中高生はこんなにも違法ダウンロードをする人が多いのでしょうか?
同じ高校生として、そして自分も少し前までダウンロードを頻繁にしていた者としてその原因を考えて見ることにしました。
僕は現在高校3年生で、前述のとおり元ダウンローダー、いわゆる割れ厨です。
中学生の頃本当にあれこれ落としていたので、リアル割れ中坊、ということなのでしょうかw
僕がダウンロードに目覚めたきっかけは、偶然訪れたコンビニに置いてあったこれです。まだAmazonにありましたw
最強ツール×最凶サイト!! ダウンロード虎の穴 (100%ムックシリーズ) [ムック]
今では絶対に出版できないムックです。2009年4月ですから、違法化(2010年)一年前ですね。中学3年生の頃です。
それを特に後押ししたのが、ネット上に散らばるありとあらゆるダウンロード紹介サイトと、「Windows100%」「iP!」です。
HDDを買い、ムックや雑誌を見て、あらゆる物を落としまくりました。
そしてwin100やiPにはダウンロード以外にもゲームハックやDVDコピー(ちなみにこれはコピーコントロールではなくアクセスコントロールを回避するという仕組みなので現在も違法ではありません)も紹介されていたので、それに従うようにPSPやWii、DSなどをハックしていきました。
まさに芋づる式です。
そもそも規制するならこのようなムックから規制すれば、僕のような人も生まれなかったんじゃないかとおもうんですけどねぇ。
というか、Googleを規制して違法コンテンツが検索結果に出ないようにすれば一気に解決すると思うんですが。
だって例えば音楽でも、曲名+mp3で簡単にファイルが出てくるんだし・・・
下手するとmp3とかを付けなくても検索上位に出てきたりしますよ。。。
ま、無理でしょうけど、それは置いといて。
その時の僕の心情はどのようなものだったのでしょうか。これを見ればなぜ中高生に違法ダウンロードが多いのかが理解できるかもしれません。
一つ目は、「悪いことやってるオレってカッケー!」です。
これは説明不要でしょう。さっきも例に出した違法ダウンロードをブログで自慢して、炎上パターンです。
僕の場合2009年で違法化前でしたが、モラルとしての問題は少しですが感じていました。
これも現実的な理由でしょう。大金持ちの家でないでもないかぎり、お金というのはできるだけ節約したい。
お小遣いをできるだけ使いたくない。でも音楽は欲しい。アニメも観たい。
ダウンロードに走るわけです。
これはおそらく大人の方がダウンロードをする理由でもあるので、ここで終了となります。
ですが中高生の場合には、ここから更に先、強烈な第三段階まで進むのです。
考えてみてください。そのお小遣いというのは誰からもらうのでしょうか?
大抵親、家族です。
こっちは何も出来てないのにお金だけもらって、音楽やDVDやゲームを買っていく。
この心境に達すると、もう無敵です。
自分の家族に負担をかけたくない。なんとかして自分に掛けるお金を減らして欲しい。
なら、CDやゲームを買うのは止めて、ダウンロードで済ましてしまおう。
これはなかなか止められません。
ダウンロードを辞めることはすなわち家族に負担をかけること、そんなのは嫌だという、いわゆる自己犠牲の心から来るものだからです。
もちろん先にも出た「これは他人に迷惑をかける行為である」というモラルの問題は感じているかもしれません。
しかし、何せ製作する人間も、そもそもコンテンツ自体に目に見える実態がないので、そこまでは想像できずに自ら(の家族)のことが優先されてしまうのです。
つまり、いわゆる自分(の家族)ためなら他人をも犠牲にする、しかしダウンロードしている当人は逆に自分が犠牲になって家族のために尽くしているという感覚に陥るわけなのですね。
そりゃそうです。大抵の場合、自分の大切な人とそうでない人を二者択一しなければいけない時、ただ音楽を作っているだけの基本無関係な、しかも会ったことのない人のほうを選ぶでしょうか?
そういうことなのです。
こういう「・・・が不快に思うから自重しよう」とか「・・・はこう思うだろうな」と考えて他人に憑依したような気分で語る他者依存な人は多いと思いますね。特に震災においてその例が自粛という形で顕著に現れました。
そんなことを考えながら今佐々木俊尚さんの「当事者の時代」を読んだりしています。ステマじゃないよ。
だから、どうしても違法ダウンロードを無くしたいなら、今以上にライブを重視し、そこでの商品販売を強化するとともにサイン会や握手会を頻繁に行ってコアなファンを増やしていくのがいいかもしれませんね。
そうした結果がAKB商法だったりするのかもしれませんw。
話がずれました。
そういう僕がダウンロードを基本止めたのは高校入ってしばらくした頃。
2010年ですから丁度ダウンロード違法化が始まった辺りですね。でもこれが原因ではありません。
ネットがあれば無料で何時間も楽しめます。僕だってニコニコ動画のヘビーユーザーです。
そこではアニメの公式配信もあれば、音楽の公式配信だってあります。が、それもたまに見る程度でほとんどユーザーが投稿した動画を見て楽しんでます。あとニコニコの言論系公式生放送とみゃうネットの羅針盤とか。
でも、最近の音楽で一番聞いているのは実際初音ミクだったりします。それほどに音楽は堕ちてしまっているとも言えてしまうんです。テレビをつけたらAKBと韓流のゴリ押し。
製作者側にとっては死活問題でしょう。それを結局違法ダウンロードのせいにして、刑事罰化を通そうとしている。
僕の予想では例え刑事罰になったとしても売上は上がらず、非親告罪化、スリーストライク化となるでしょう。
それでも売上は上がりません。ネットの発達によって娯楽が何倍もの規模で多様化したからです。
インターネットを止めない限り、元の売上に戻すことはできないかもしれません。不可能ですが。
(そもそもその刑事罰化だって動画を見たあとにローカルに残るキャッシュを取り出せば誰にも見つかることもなくファイルが手に入るので意味ないと思うのですがね。。観るだけなら違法に投稿された動画であろうが合法ですし。まさか将来に「観るのも禁止」になってしまうのでしょうか・・・)
しかし、もしかしたら今の中学生たちはそんなことすら考えずに、そもそもコンテンツがただで手に入ると思っているのではないでしょうか。
ネットが世に出てから生まれた今の中高生世代は、ゆとり・・・じゃなくてデジタルネイティブ世代とも言われてます。
ちなみに僕の場合95年生まれですから、ちょうどインターネットが日本で普及するころ、すなわちwindows95が発売された年に生まれたことになります。ちょっと感動的ですw
そもそもネットというのはFreeが原理原則です。すなわち「自由」、そして「無料」なのです。
オープンソース化はその最たる例だし、ネット上にはフリーソフト(フリーウェア)もいっぱいあります。
お金を払ってコンテンツを買うコンテンツ業界のビジネスモデルは、ネットには不向きなのです。たぶん。
そんなFreeなネット文化に触れながら育った中高生。果たしてコンテンツにお金を払ってまで楽しもうとするでしょうか。
ネットには、無料でしかもとても楽しいコンテンツであふれているのに。
僕的には、真に製作者側、出版社さんやコンテンツレーベルのお偉い様方達が考えるのはここだと思うんですけどね。
刑事罰か云々ではなくて。
おそらく「それでもここまで完成度の高い作品を作れるのは我々(の会社と契約しているクリエイターたち←ココ重要)しかいない!」と胸を張っているのでしょうけども。
最近どんどんネットから有名アーティストになっていく人もいるんですけどねぇ。
まあ、僕にだって5年先10年先のことは分かりません。10年前、ほとんど誰も今を予想できなかったように。これがネット上の事になるともう不可能といえるかもしれません。
もしかしたら音楽業界がV字回復する可能性だって、一応無いわけではないのですw
僕はないと思ってますがね。
とりあえず今回は僕の思っていることをただなんとなしに書いたわけですが、もしこれを読んだ人がなにか思うことがあったらとても嬉しいです。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。
それは、画面の中だけでなく、リアルにおいてもだ。公演、ライブはもちろん、握手会など近い距離でも、僕らは彼女らを感じられる。
日常をただ、平々凡々と暮らしていたのでは出会うことさえ、許されなかった弩級の美少女に。
僕は、彼女に憧憬を好意を覚える。彼女らは資本主義世界でプロダクトされた理想の美少女で、彼女らはマスプロダクトされた彼女らについてのプロダクトを以て、僕に彼女らを伝えてくれる。
好きだ、大好きだ。愛してる。
まるで、この世の理、万有引力に導かれるかのように。不思議な話だ。
現実世界では、近づくことさえ、許されなかった彼女らに、恋することが許される。
彼女らがアイドルになってくれたおかげで。彼女らは僕らの想いを拒絶しない。
しかし、彼女らのファンは残酷な真実に気づくだろう。画面の中で、ステージで、輝く彼女らを見て。
いや、むしろ、無数にいる彼女らのファンや握手会で自分の後ろに立つ係員を見て気づくかもしれない。
もっと、自然に、もっと、普通に。例えば、クラスメイトのように、近くで出会えればよかったのに。
でも、僕は気づく。もともと、彼女らは特別で、本当は、出会えなかった。
だから僕は、彼女らがアイドルでいてくれたことに感謝しなくてはならないのかもしれない。
【秋元康の罪】
今や、過熱したアイドル業界を牽引するAKB48を始めとする48グループ。
古くはおニャン子クラブの時代から、アイドル業界を手のうちに収める彼には、その業界を発展させたという功績がある。
そして、罪もある。
AKB48の最新曲『真夏のsounds good!』でその罪について検証しよう。
この夏を代表するであろうこの曲のPVは彼が指揮したらしく個性的な設定が付与されている。
その最高指揮を執るのが、彼、秋元康だ。
軽快な曲、爽快な歌詞とは裏腹にPVの物語性にはダークなものが感じられるだろう。
AKB48を卒業することが予定されている前田敦子を助けようとする渡辺麻友。
「もういいよ行って。行きなってば先に。私たちは私達が変わるためにここに来た」
次々に倒れていくメンバー。
そんなダークな情景を見せたあとに、PVは青空の下で彼女らが踊るものになる。
真っ白な水着。真っ青な海と空。清々しいほどに爽やかで、それが先ほどの情景と対比される。
これほどまでに綺麗な未来が、つまり、新生AKB48が生まれ得るのだと期待させる。
それはPVの終盤、渡辺が前田を連れていくシーンだ。行く先は、先程、白い水着を着て、砂浜で踊っていたメンバーの下。
生まれ変わるなら、彼女らは前田を迎えるべきではないし、前田はそこを目指すべきではない。
渡辺もそれを助けるべきではないし、助けているということは、前田が抜けた後の新生AKB48の可能性を否定しているとも言える。
前田もAKB48を抜けた後の自分の可能性を否定しているのかもしれない。
つまり、秋元氏は彼女らに新生AKB48の可能性を彷彿とさせるPVを提示しながら、その可能性をPVの中で否定しているのだ。
アイドルグループは予定調和でなく、突き進んだ結果であるべき、ジャンケン大会のようにガチであるべきだという秋元氏の思想とは反するようにも思える。
しかし、よく考えて欲しい。
私にはそうは思えない。
彼は、凋落したことのない、紛うことなき、この時代の寵児であり続けたし、今ではその世界の重鎮だ。
彼に単なる根性論など通用しない。
努力だけではだめだと、成功するには運も必要だと、グーグルプラスで語った彼には美辞麗句に賭された、文字通り飾り物の世界ではなく、本当の世界が見えている。
だから、単純にがんばれば、努力すれば認められるというメッセージを発さないのだろう。
それは、彼の信念に反するから。
そう、彼の思想はこの世界を精緻に写しだしたものであるように思えるし、それに僕は同意する。
だが、この思想が彼の罪を生んだ。
つまり、それは、その一種リアリティ溢れる思想、イデオロギー性を伴った作品を彼女ら、世界で認められうる美少女らに歌わせ、演じさせてしまったというところ。
僕らは、アイドルに夢を見ている。
小難しいことを、批判めいたことを歌ってほしくはない。
社会批判。その歌詞、そのメッセージ性は痛いほどに、僕の胸に届く。
しかしそれを彼女らに歌わせることで、彼女らは政争の具のような体裁を見せてしまう。
なんの色付けもされていない、ピュア=純真な女の子を僕は見たいのにも関わらず。
別の例では、秋元氏は純真な、つまり、彼女らが思っていることを彼女らが歌っているという構図の作品を生み出すことに成功している。
それが、SKE48(KⅡ)の『お待たせsetlist』だ。
選抜総選挙で高柳明音は、秋元氏にこう叫んだ。「私達に公演をやらせてください」と。
彼女らは、それまでリバイバル公演(他のチームの公演楽曲で公演する)ばかりを行い、自分たちのオリジナル公演が行えなかった。
だから、彼女らSKE48(KⅡ)とファンの思いを高柳は秋元に代弁した。総選挙の会場で熱を込めて語った。
秋元氏はそれに呼応するように公演楽曲を書き、オリジナル公演を与えた。
『お待たせsetlist』には、SKE48(KⅡ)の思い、そして、ファンの思いが込められている。その歌詞は秋元氏が書いたものだが、聞く者にとっては、彼女らの気持ちそのものが歌われているように感じられる。
僕は、彼女ら=色付けされていないプレーンな彼女らを望んでいるのではないか。
そこには、如何に崇高な思想やイデオロギーであっても介在するべきではないのではないか。
だからこそ、僕らは秋元氏が秋元氏の思想、イデオロギーを彼女らに歌わせ、演じさせることに強烈な違和感を覚えるのである。
さて、散々彼の罪を述べてきたが、彼の功績は大きい。夏に控える前田敦子の卒業に関して、彼はこのように述べている。
「相変わらず表現は下手だが、その分、ストレートに伝わってくる。時々見せるはにかんだ表情は、あの頃の“あっちゃん”のままだ」と。
彼女につまり、この世界で美少女と認められたアイドルにバイアスをかけることなく、アイドルというひとつのステージを卒業させる。
そのことには頭が下がる思いだ。
さて、そのようなイデオロギー性の濃いアイドルの対極にハロープロジェクト系列のアイドル、モーニング娘。やスマイレージといったアイドル勢がいる。
一時程の勢いはないが、それでも業界内で存在感を放っている。そんな彼女らはイデオロギー性から解放されたアイドルといえる。
彼女らの歌う曲の歌詞や、日常を何の疑問も持たずに歌いこなすものであり、楽曲名からさえ強い思想は感じられない。『プリーズミニスカ ポストウーマン』(スマイレージ)『ピョコピョコウルトラ』(モーニング娘。)といった曲名からは、いわゆるおバカな空気さえ感じられる。
純粋な気持ちを歌っているかどうかで言えば、アイドルを眺める視点では、こちらの方が、彼女らの気持ちが歌われていると想像できる。
まさか、つんくがうぶな乙女の気持ちを持って生活しているとは思うまい。
【つんくの罪】
そんなつんくにも罪はある。
それは、作品そのものではなく、それらを歌いこなす際の彼女らについてである。疑問に思ったことはないだろうか。
彼女らの楽曲は、つんくが曲詩ともに担当する。48グループの秋元氏が詩のみの担当であることとの差がここに出ているのかもしれない。
よくよくハロプロメンバーの歌い方のくせを聞いていると、そのくせが似たものであることに気づくはずだ。
そう、つんくの歌い方のくせに似ている。と。
つんく自体、アーティスト時代の歌い方のくせは強いものだった。
それ自体はなんら問題がないのだが、その歌い方のくせを彼女らに楽曲提供することで一種押し付けているのではないか。
ピュアな彼女らの、女の子らしい歌い方を黙殺してしまっているのではないか。そう感じられて仕方ないのだ。
ここでも、僕らは嘆くことになる。彼女らの気持ちを彼女らの歌いたいように歌っているものが欲しいのに。本当の彼女らが欲しいのに。
資本主義に浸け置きにして、彼女らの骨を抜くのはもうやめてよ!そんな不自然な美少女見たくないよ!
そんな思いにかられて、すべてに思想やくせのないアイドルを探す。いることはいるのだ。
例えば、SUPERGiRLS
例えば、YGA
天下のavex、そして吉本興業のプロデュース。資金力も申し分ない。ルックスも申し分ない。でも、なかなか売れないのだ。
吉本興業に至っては、NMB48という48グループの力を借りて、アイドル事業に参画する始末。
「~~系女子」という最近の流行にあやかって、自分も1個考えてみた。
もちろんのことながら、「便所飯をたしなむぼっち系女子大生Grpの総称?」はアウトだ。
そんな人達には今から僕が2時間30分小笠原○子お嬢様をたっぷりと肉奴隷に調教した過程を、
あますことなくチャプター分割、シーンごとの見所や監督と美術、演出家からなどそれぞれのコメンタリーを
ふんだんに盛り込んだBlu-Ray版とDVD版をたっぷりと見てもらおうか。
(3時間後)
予想通り抱腹絶倒の嵐だった。
完全な脱線だったけど便所系女子っていうのを思いついた経緯は、
ずいぶん前になると思うが・・・こんな言葉を僕が目にしたからだ。あ?ビッチ系?
ttp://bipblog.com/archives/1315609.html
※リンク先はよくあるまとめ系ブログです。元記事のURLはしんでます。
>そして肉食系女子が次に向かう先こそが“ビッチ系女子”なのだ。我が道を、己の赴くままに突き進み、
>他人もリスクも気にしない。迷惑なのに目が離せない女性たち。そんなビッチ系女子が全世界で増殖中とも言われ、
>アメリカではレディー・ガガやパリス・ヒルトンがその最たる例である。
http://ja.bab.la/%E8%BE%9E%E6%9B%B8/%E8%8B%B1%E8%AA%9E-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E/bitch
からは剥離している!すげえ!
みなさーん!もうGoogleの「日本語版のWebページを検索」なんかしても本当の意味でのBitchがなんなのかなんて、もうわかりませんよー!
どうせ誰もわかんないかもしれないけど。まぁ、言葉や言語は生きていて、脱皮を繰り返しているといういい例かも。
ところが。
http://www.menscyzo.com/2012/05/post_3956.html
"私が言うのもなんですが結構イケメンで。この人以上の人は見つからないだろうな~と思って、とりあえず付き合いはじめと同時に妊活もはじめました。コンドームに穴開けたり、『今日は安全日なの』『ピル飲んでるからナマでOK』っていうのはひと通りやりましたね。あとはヨガやったり食生活改善したりして妊娠しやすい体作りをしたりとか、ナマでヤッてるとき、彼がイキそうになって抜こうとするのに、『このままイッて』ってガッチリ足で押さえたりとか。毎回そんな感じだったんで、半年くらいですぐデキちゃいました。彼も当然『中絶しろ』なんて言うわけないし、すぐ入籍しました。今はまぁ、満足してますよ。念願の専業主婦ですし。…もうちょっとお給料が高ければ言うことないかな!"
http://www.youtube.com/watch?v=6_I4Msmq3Lg
※シャベッター!!!みたいな感じで
ああもうここらだろ。
これだろ。この方向性でいこうぜ。
いいか?考えろ。
こう想像してみるんだ・・・我々日本人は、日本語圏は、日本語文化圏は、
英語文化圏から「Bitch」という言葉の本来の意味をもぎとってやったのだ!イェー!Tally Hooooooooooo!!
嬉しくねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
やっと最初いった話に立ち返ってこれる・・・「便所系女子」をブームとして巻き起こそうぜ!
便所っていったらもう。そりゃあ。ビッチのアップグレード版ですからね。
考えろ!(※非常に強い口調ですが、筆者はここで「例として一つ考えてみてください」、というメッセージをこめています)
・社会通念における貞操観念というモラルのレベルが低い、か欠如している
・そのため、男女間交際においてトラブルになる例がある
・服装に関しては、うーん。自分から見たらギャル系の類似・・・のような。
まぁこう見るとね。ビッチっていう言葉もね。ホント多面性ある言葉だこと。ビッチ≠Bitch。うん。
・貞操観念というか、衛生観念がない。なんでも食べるし、なんでも飲む。娘さんはこんなに強い娘に育ちましたよおとうさん!(先述の○笠原祥子肉奴隷調教ドキュメンタリー「マリア様見ちゃダメ! ~アヘ顔WPでいろんな体液がまじったのをがぶ飲みするシーン
・男女間交際に関しては、不特定多数、もしくは特定多数からなる集団によって性的な欲求の対象になっている
・本人は、自分が集団性的暴行事件の被害者になっていることに関して、ライフワーク、自分自身の生き甲斐であると信じている。れぞんでーとー。
・「現実にそんな行為できねーだろwww」という人もいると思うが・・・まぁ、なんだったら具体的な考察を後ほど用意してみたい。
まぁギャル系のファッションとか、あー、ビッチ系っていうファッションのジャンルもあるんでそ?
VICCIもあるしね!(※意味がちがいます)んじゃー今から僕がですね・・・
女性のみなさんを思わず「私もお便所になりたい!」とか、「ビショったんで近所の公園のトイレいってくる」とか、
「まああたしもともとお便所ですけどーvvvてゆーか今も(ry」な女性をひきつけるファッションにしなきゃな・・・
「黒の油性ペン」どどん。
大多数の人は「は?」てか、理解して吹いた人は回れ右して鏡の前へ行け。服をめくってみろ。僕はお前が普段着てるアンダーウェアの下にどんなやんちゃな
あ、すいません暴走しましたね。・・・というわけで、自分の体にメッセージや料金、アートなどを描きます。
これを雑誌に載せるときのキャッチコピー。キャッチコピーキャッチコピー。あー。
「愛され安心中出し一回¥30価格設定でガテン系おじさま達全員とメルアド交換!?」
「キュートでラブリー☆シールタトゥーだからすぐはがせるキラキラ☆精子シール&メコマークシール付!
これ見てまだ「何これ」って思ったり吐き気催した方はー・・・あー。すません。
http://www.pixiv.net/tags.php?tag=%E8%BA%AB%E4%BD%93%E3%81%AB%E8%90%BD%E6%9B%B8%E3%81%8D
登録してない人はPixortでもどうぞ。
http://www.pixort.net/index.php?word=%E8%BA%AB%E4%BD%93%E3%81%AB%E8%90%BD%E6%9B%B8%E3%81%8D&mode=all
ファッションは揃った。
音楽・・・秋元あたりにプロデュースしてもらうか。グループ名は・・・「WC1+47」ていうのはどうだろうか。読み方?ゴロ悪いからまかせる。
意味としては公衆便所志願の便所系女子1人と残り47人は申し訳ないんだけど公衆便所にあんまお金かけたくないからAV男優とかよべませんでした^^;
代々木公園あたりでボランティアの融資を募ってツアーバスを出すくらいしないとおっつかないな・・・
(これでどうやってCDを売ったり握手会するのかは聞かないでください!!でもまぁ・・・握手会っつーか・・・うん。ファン交流イベントとしては乱交とか最高のイベントだよねきっと・・・)
もうこれは流行る。仕掛けられる。機は熟した。いざ鎌倉。そういえば!!
この前鎌倉いってきましたー!彼女と一緒に鶴岡八幡宮へ。神前式の結婚式やってて見てて楽しかったー・・・。閑話休題。
これは売れる!!便所系女子!!
そして町に溢れる大量の公衆便所志願の女性たちが!見える!見えるよ!
日本の少子化問題も解決!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ピルの輸入は停止して生産もしませんし妊娠中絶はこれを機に禁止!!!!!!
その代わり公衆便所が出産した赤ん坊に関しては国が完全にめんどうみようぜ。公衆便女がみんなの物なんだから、
その子供もみんなの物だ。当然だろ?どんな敬意で生まれたにせよ、子供は子供。赤ん坊は・・・赤ん坊なんだ・・・。
みんな・・・生きてる・・・みんな大切な・・・・命なんだ・・・(BGM:僕らはみんな生きている)
というわけで長々とお送りしてみましたが、便所系女子。
あ、ちなみにこんな素敵な公衆便所ライフに、もし奇特かつ危篤にも志願したい、してる、なりたい、なってみたい、興味はある、
以前そうだった、友人がそうだった、母がそうだった、ていうか自分はそうやって生まれてきました、というレジェンダリーな女性がいたらメールください。電話ください。僕に。ええ、誰にって、僕に。
(お断り)私自身は韓流もAKBも特に知らなく、たまたま読んだ雑誌に韓流グループが載っていたのを見て
思いついたことを書いているだけなので右から左で宜しくです。
「会いにいけるアイドル」となると大体の人がAKB系を思うことでしょう。そういうコンセプトのアイドルですし。
彼女たちがしていることは握手会や劇場でコンサートくらいしか知らないけど、そういえば韓流もそんな感じだった気がした。
母が冬ソナをきっかけに韓流ドラマにハマりたまに俳優の話を聞くけど、ファンミをしている人が多いこと。
一昨日に連ドラが終わり「いやー長かった」と思ったのも束の間、主演男性俳優のファンミの告知。
思えば今テレビに出てCDを何枚も出して歌って踊るグループも元々はこじんまりと握手会をしていたなぁ・・・。
そういう意味では彼らにしてもその俳優にしても「会いにいけるアイドル(俳優)」なのかもしれない。ドサ回りと言ったら終わりだけど。
それさあ
嫌な話だけど、
「ヘマ打って非処女発覚したアイドルを炎上させて追い込む」のって明らかに娯楽性があるじゃん
あれはっきり言って、
「裏切られ」て石を投げるところまでがアイドルオタの楽しみなんじゃないだろうか
プロレスとアイドルで商売の未来性に違いがあるとしたらそこでさ
虚構の説得力が弱まると
「どうせ弱いのに強い振りしてらあw」
「どうせビッチなのに清純ぶってらあw」
って馬鹿にされだすのまでは一緒
でも
プロレスラーが異種格闘技戦に出て弱いのばれても心底がっかりされるだけ
皆で証拠集めて共有・回覧したりCD割ったり握手会でハブったり
果ては事務所やプロデューサーに切られて涙目で会見して消えるまで
ただ、その欠片を見ているだけで、心が満たされる。
「決して友人や恋人になれる日はこない」けど、「その欠片を見ているだけ」でいい。
これだけの魅力を持っているアイドルという存在なら、かなり高いレベルの要求がされるのだろうなと思いきや。
「クラスで2番目か3番目に可愛い」だったかな、そういう気安さをウリにしたAKBが大人気になっている。
「クラスで2番目か3番目に可愛い」って、「生きた人間として関わ」りたいと思う枠、「自分のもの」にしたいと思う枠なんじゃないか。
実際、握手会は「生きた人間として関わ」りたい欲求を充たす演出で、ツーショット写真撮影も「自分のもの」にしたい欲求を充たす演出だと思う。
欠片だけでも価値がある従来のアイドル像とはまるで違うように感じるんだ。
「かわい子ちゃん」である限り、人格を省みられないことからは逃れられない。
ももクロは今より売れる可能性はあっても、アイドルにおいて覇権を握る、今で言うAKBのポジションに着くことは到底有り得ない。その理由を記述する。
(1)ファンが批評系
もう、これでここで言いたいことの8割は言ったのだが、今のところ”ファン”を自称する人間のその多くが批評的な人間であるということだ。
AKBもかつてはサブカルだった。どサブカルだった。秋葉原に劇場を持ち毎日公演を行い、謎の選挙システムを有する。いかにもである。しかし、このAKBの流れを汲み取り切れなかったのが2000年代後半のサブカルチャー批評だった。かつて文芸批評家の宇野常寛氏は、ニコ生の番組において「2011年に入るまでAKBに注目できなかったのは失態」と語ったことがある。
AKBは上記にあるように、サブカルを代表させるにはうってつけのシステムを持っていた。これを批評的に分析できたとしたら、どれだけ楽しかったことか。そして今の流行を先見の明を持って解き明かせたら、どれだけどや顔できたことか。しかし、その間もなくAKBはサブカルとは呼べないレベルの現象になってしまった。
今更AKBを語るのは、サブカル的には”カッコ悪い”。(前述の宇野氏は、現在ではAKBの批評的分析を、同じく批評家の濱野智史氏と共に行なっている。このあたりは、ポップカルチャーを批評対象とする宇野氏のスタンスに適っている。)
しかし、AKBには一個弱点がある。それはデカくなりすぎたことだ。デカくなればそれの粗探しも容易である。後は、「じゃあ何だったらいいんだよ」と返されたときに持ちだしてこれるモノがあれば良い。
ももクロ以外のモノではダメな理由がある。それは、現在ももクロ以外の各レーベルが売り出すアイドルグループは、方法論やコンセプトがあまりに凡庸、古典的なのだ。
「◯万人の中から選ばれた◯名」「毎日長時間のレッスンを重ね、△△より上手い、歌とダンス」
こんな売り文句に飛びつけるわけがない。
そして、ももクロでなければならない理由もある。
そもそも、AKBのコンセプトとは何だったか。それは「会いに行けるアイドル」である。
対してももクロのコンセプトは。そう、「いま、会いに行けるアイドル」である。
ももクロの結成は2008年。この時、既にAKBは前年に紅白出場を達成、またCDの販売方法が独禁法に触れる恐れがあるとして販売中止、回収騒ぎになった年でもある。
当然ももクロ側にも、メジャー化して「会いに行ける」というコンセプトの維持が難しくなったAKBへの対抗意識があったことは間違いない。
この、売り出し側の「アンチ・AKB」的方法と、買い手側の「アンチ・AKB」的精神の癒着により、現在のももクロ人気は成立している。
そして、この一点のみで自称ももクロ”ファン”は、ももクロ”ファン”を公言している。AKBによって市場規模の大きくなった「アイドル業界」において、敢えての選択としてAKBではないグループを応援するという、サブカル的精神にとって心地よい味を提供してくれるのがももクロというわけである。
そして、この手の”ファン”は、小規模な経済活動である間は良いが、規模の拡大に寄与しない(大量購入などのオタク的消費は行わず、あくまで必要最低限のモノしか買わない)うえに、そもそも規模が拡大していくことを嫌う。
小規模の間は、勝手に”ファン”がももクロのいちいちの行為について言説的補強を行なってくれるので、界隈の巻き込み力がある。しかし、その界隈も一定数を超えると限界が出る。しかもオタク的消費を好まないから、数の飽和イコール売上の飽和ともなる。(ここでは、大量に購入させるような商法(いわゆるAKB商法)が倫理的にどうであるかとの問については答えない。簡単に私見を述べれば、独禁法に触れるようなもの、つまり付録のバリエーションを増やし購買意欲を煽るようなものは問題であると思うが、握手券や投票権を求める購買行動については売り手側の責任は無いと思われる。)
以上が、批評系”ファン”が多数を占めることによる弊害と言える。
(2)可愛くもないし、一生懸命でもない
というのは流石に言いすぎだが、他と比べてそこが際立つわけではないということである。
よく、”ファン”はこの2点を強調する。そして、「だからこそAKBより良いのだ」という。
ただ、言いたいことはわかる。
例えばAKBのファンも「◯◯が可愛い」と言う。この◯◯には、例えば高橋みなみとかが入るわけだが、はっきり言って可愛くはない。「前田敦子が1位である意味が分からない」という声もある。
こういう場合、その対象がAKBであろうとももクロだろうとなんだろうと、ファンたち何も容姿の美しさ単体で「可愛い」という形容詞を付けているわけではない。そこには、それぞれ固有の物語、コンテクストを見出して「可愛い」と言っている。それがAKBで言えば、「エケペディア」に象徴されるデータベースから個人個人のエピソードを上手く消費するという行為であって、そしてそのパブリックなコンテクストに加えて握手会というプライベートなコンテクストを加えることで、ファンのメンバーに対する<愛>は蓄積される。
だから、オタク層以外には「AKBで前田敦子が1位である理由」なんて分かるはずがない。というか必要がない。そのコンテクストを共有していない人間に理解される必要などないからだ。
貴方達は皆、ミス・ユニバースの選考に100%納得しているのか。ミス・ユニバースは、ミス・ユニバース内部のコンセプトに基づいてミス・ユニバースを決定するのである。そこにおいて、容姿というのは評価の1項目に過ぎない。その点を理解している人間がどれだけいるか。
この理解で言えば、「ももクロのメンバーが可愛い」というのも同じ文脈で捉えることは可能である。しかし、ここに一点だけ差異がある。
前田敦子が可愛くないとみんなは言う。なるほど、確かに私もそう思う。(ただ、たまに奇跡的な瞬間があることも知っている)
では、テレビでそれを言ったらどうなるだろうか。本人の目の前で「可愛くないねー」と前田敦子に言ったらどうなるだろうか。Mステでタモさんが前田敦子に「顔のパーツ中心に寄ってるよね」と言った時のスタジオの空気を知らないのか。
著名人のAKBに関する批判的コメントは多数ある。ただし当人がいない所で、である。このことが結構大事であって、それは「そんなに可愛くなくても可愛いものとして扱われること」が究極的なアイドル性だと考えるからだ。
前田敦子はその点で究極的である。一方でコンテクストを持つオタク達による支持を受けAKBのトップとして君臨し、もう一方ではそのコンテクストを持たない一般メディアにおいて「AKBのトップ」であるということを理由に支持される。この時、両者は同じように前田敦子に接しているように見えるが、その内実は異なる。
前者は本当に可愛いと思っており(何故ならコンテクストがあるから)、後者は可愛いことになってるから可愛いとしているだけである。(何故ならコンテクストがないから)
そしてその内に、そのコンテクストを持たない者の間にも「可愛い」という意識は一部に伝染する。あくまでも一部ではある。板野友美が女子高生に人気があるというのが都市伝説かどうかは、私には接点が無い存在である故確認できないが、そういう可能性がありうるのがこのような状況である。
可愛い人に可愛いというのは当たり前だし、ブスにブスというのも当然である。そこを転倒させることができてこそ、真のアイドルではないのか。(筒井康隆「薬菜飯店」収録の「イチゴの日」という短編を見よ)
翻ってももクロを鑑みるに、この点が厳しい。コンテクストを共有する者の間で「可愛い」は流通するかもしれないが、コンテクスト外のメディアにおいては厳しい。(「ゴッドタン」をはじめとするバラエティ番組での扱いが顕著である。ただし自らの冠番組においてMCの芸人にどう弄られようと、それはファンにのみ流通するパブリックなコンテクストを補強するイベントに過ぎないので全く問題はない。)
つまり、ももクロはアイドル性を保つのが困難なほどバラエティ性を現時点で持ってしまっているので、コンテクストを持たない者に「可愛い」が流通しにくい状態となっている。
だから「可愛い」と認識させるためにはコンテクストを持たなければならないわけだが、ここでももクロ”ファン”が批評系であることが弊害になる。
彼らは口うるさい。見る前からあれがいい、これがいいとこれ見よがしに自らの批評眼をアピールする。そしておそらく、この手のももクロ”ファン”はAKBオタクなどよりも、音楽偏差値(というものがあれば)は高いし、現代思想にも詳しく普通の意味での偏差値も平均すると高い。
皮肉にも、このことがももクロを好きと公言するのに、もしくは積極的に見ようとする心に障害となる。
彼らは知りすぎている。目が肥えている。そんな彼らが「良い」と言うのだから、「良い」に違いない。しかし見てもよくわからない。可愛いような気はしないし、踊りもなんだか凄いがとりあえず可愛くはない。けど「良い」らしい。なぜ僕はわからないのか。
対してAKBはどうか。オタクはキモい。なんかオタ芸してるし、CDはめっちゃ買うし。だからあんなものを理解しなくて構わない。仮に少しでも引っかかることがあれば、とりあえずそのままその波に飲まれてしまえばいい。どうせ彼らオタクは周りに新しいファンが増えようがどうでもいい。どうせならもっと売れなくなればチケットも取りやすいのにくらい思ってる。
私は、このコントラストが大雑把にはあると思われる。そしてこのことが、「可愛い」というお札が流通しない/する要因となっている。
もう一つ、「一生懸命」について言えば、この言葉はかなり頻繁にももクロを持ち上げるものとして使われるが、端的に言おう。
そんなのみんな頑張っている。ただそれだけだ。
ダンスや歌のレッスンは、皆どのアイドルグループも一生懸命やっているのだ。所詮、「アイドルなのに顔芸をやる」という点においてのみ「一生懸命の差異」を見出してるにすぎない。
私がここで「自称」とか「ファン」を” ”で括るのは、彼らが本心からの好意ではなく、「AKBというサブカルの隆盛を見抜くことができなかったコンプレックスの解消手段」としてももクロを利用しているように見えるからである。
結局のところ、ももクロを今以上に流行らせ、AKBに取って代わりたいのであれば、自称ももクロ”ファン”達がそれを名乗るのを辞める他ない。
早見あかり頑張れ。
初参戦。4枚の券の使い道に迷ったが、
という使い道にした。
大島レーンに並んでるときに前田敦子を近い距離でガン見できたんだけど、
これらのメンバーを実際にみて、思ったことは
実物の大島優子のカワイさといったらケタが違ったってことかなー。
みんなもちろんカワイイんだけど、想定内って感じはあったんだよ。
あと、大島優子はじっくり目を合わせてくる感じで握手してくるのね、
これが「釣り師」と言われる所以なのかなと思ったりしたんだけど、
まあそんなことはどうでもいいくらい一瞬だけどいい時間をもらえたなって思った。
普通に街歩いてて、見かけたら「お、カワイイ」っていうくらいの女性なんかもいたりして、
もうここまで一般的に浸透しているのかなって思った。
並んでて鼻曲がる瞬間が多々あったぜ。
次また行くかどうかはわかんないけど、
とりあえずこういう形でファンにCD買わせるだけじゃなくて、
直に触れさせて還元するシステムまでしっかり用意しているというのはなかなかできることじゃない。
だてにミリオン売ってないなと思ったね。
http://togetter.com/li/173853 を読んで。
結論から先に言う。彼らがCDを売るのは、コミケに自分のスペースを確保する名目である。本当の頒布物は、「偶像化された自分自身」である。要は「アイドル」になりたくて来ているのだ。
よって、サークルの周りに溜まったり、写真撮影したり、握手会をしたりといった、アイドル化に必要な行為を画一的に禁止しては、サークル参加者本人の最大の目的が果たされない。コミケは彼らの承認欲求を満たし、「すべてを受け入れるコミケ」でありつづけるか、古い秩序を強制し、従わない者を排除するかの岐路に立たされている。
コミケの伝統である「大手もピコ手も買専もみんな同じ。例のアレが好きな同志」という意識が、歌い手クラスタには存在し得ない。もちろんサークルと一般参加者の意識に格差がある状況はよくある話だ。が、このジャンルに於いてはそもそも構造的に「同志」になり得ないのだ。
サークル参加者が好きなのは自分自身であり、一般参加者が好きなのはサークル参加者本人である。すなわち、サークル参加者は一般参加者の欲求を一身に背負った「神」であり、一般参加者はひたすらおこぼれをもらうだけの、只のしがない取り巻きに過ぎない。
こんな構造では同じ意識を共有しろというほうが無茶である。サークル参加者は「施しをする者」として振る舞うのが自然であり、当然のごとく一般参加者は「お客さん」化していく。
こういう構造を理解せず、あるいは無視し、単純にみんなの問題として黙殺しようとするのは、今あるコミケを守るための最善手であるのかもしれない。が、あまりに保守的ではなかろうか。見なかったことにしたい範囲が大きすぎはしないだろうか。現在進行形の問題として、あるいは将来再びあり得る危機へのたたき台として、議論すべきだと考える。
第3回AKB48選抜総選挙から一夜明けた10日、投票総数が116万6145票に上ったことが発表された。
投票権付きCD「Everyday、カチューシャ」は、約145万枚売れたが、CDからの投票は77万9090票。
公式ファンクラブ会員やAKB48モバイルサイト会員からの投票が38万7055票だった。
関係者は「CDを購入した方の半分は投票をしていませんでした」と話す。
これまでも投票権のないシングル「桜の木になろう」などがミリオンヒットを記録しており、
単に投票権のためだけでなく、純粋に楽曲だけが目的で購入するファンも多かったようだ。
今回は3倍増となり人気の広がりが数字に表れた。
「Everyday、カチューシャ」「桜の木になろう」どちらにも大握手会参加券が特典についてる。
こないだの目覚ましテレビのインタビューに答えていたAKBファンの女の子は握手会のために80枚購入したが投票はしていないって言ってた。
CDの方が特典で握手会参加券や投票券のために複数買いしてる。
そんなのみんな知ってること。だからあえて書かなかったんだよね。
こういうのも大島優子cが言う愛ってやつなんね。