2012-05-20

アイドル業界の功罪について】現実逃避を、今、始めよう

僕はアイドルを通じて、美少女出会うことができる。

それは、画面の中だけでなく、リアルにおいてもだ。公演、ライブはもちろん、握手会など近い距離でも、僕らは彼女らを感じられる。

日常をただ、平々凡々と暮らしていたのでは出会うことさえ、許されなかった弩級美少女に。



僕は、彼女に憧憬を好意を覚える。彼女らは資本主義世界プロダクトされた理想美少女で、彼女らはマスプロダクトされた彼女らについてのプロダクトを以て、僕に彼女らを伝えてくれる。




好きだ、大好きだ。愛してる。

僕は彼女らに恋してしまうだろう。

まるで、この世の理、万有引力に導かれるかのように。不思議な話だ。

現実世界では、近づくことさえ、許されなかった彼女らに、恋することが許される。

彼女らがアイドルになってくれたおかげで。彼女らは僕らの想いを拒絶しない。



しかし、彼女らのファンは残酷真実に気づくだろう。画面の中で、ステージで、輝く彼女らを見て。

机を挟んで、自分握手してくれる彼女らを見て。

いや、むしろ、無数にいる彼女らのファンや握手会自分の後ろに立つ係員を見て気づくかもしれない。

ああ、彼女アイドルだ。僕とは違う。と。



こんなことなら、彼女らとこうして出会いたくはなかった。

もっと自然に、もっと普通に。例えば、クラスメイトのように、近くで出会えればよかったのに。

でも、僕は気づく。もともと、彼女らは特別で、本当は、出会えなかった。

平凡な日常彼女らは現れなかった。



から僕は、彼女らがアイドルでいてくれたことに感謝しなくてはならないのかもしれない。





秋元康の罪】

今や、過熱したアイドル業界を牽引するAKB48を始めとする48グループ



古くはおニャン子クラブ時代からアイドル業界を手のうちに収める彼には、その業界を発展させたという功績がある。

そして、罪もある。



AKB48の最新曲『真夏のsounds good!』でその罪について検証しよう。

真夏のホットチューン。

この夏を代表するであろうこの曲のPVは彼が指揮したらしく個性的な設定が付与されている。

その最高指揮を執るのが、彼、秋元康だ。



軽快な曲、爽快な歌詞とは裏腹にPV物語性にはダークなものが感じられるだろう。

AKB48卒業することが予定されている前田敦子を助けようとする渡辺麻友

「もういいよ行って。行きなってば先に。私たちは私達が変わるためにここに来た」

そんな前田セリフとともにPVは始まる。



次々に倒れていくメンバー

そんなダークな情景を見せたあとに、PV青空の下で彼女らが踊るものになる。

真っ白な水着。真っ青な海と空。清々しいほどに爽やかで、それが先ほどの情景と対比される。

これほどまでに綺麗な未来が、つまり新生AKB48が生まれ得るのだと期待させる。



けれども、ここで一つの穿った見方ができる。

それはPVの終盤、渡辺前田を連れていくシーンだ。行く先は、先程、白い水着を着て、砂浜で踊っていたメンバーの下。

彼女らは白いドレスを着て待っている。

生まれ変わるなら、彼女らは前田を迎えるべきではないし、前田はそこを目指すべきではない。



渡辺もそれを助けるべきではないし、助けているということは、前田が抜けた後の新生AKB48の可能性を否定しているとも言える。

前田AKB48を抜けた後の自分の可能性を否定しているのかもしれない。



まり秋元氏は彼女らに新生AKB48の可能性を彷彿とさせるPVを提示しながら、その可能性をPVの中で否定しているのだ。

アイドルグループ予定調和でなく、突き進んだ結果であるべき、ジャンケン大会のようにガチであるべきだという秋元氏の思想とは反するようにも思える。



しかし、よく考えて欲しい。

秋元氏が栄枯盛衰などという言葉を本気で信じているだろうか。

私にはそうは思えない。

彼は、凋落したことのない、紛うことなき、この時代の寵児であり続けたし、今ではその世界の重鎮だ。

彼に単なる根性論など通用しない。



努力だけではだめだと、成功するには運も必要だと、グーグルプラスで語った彼には美辞麗句に賭された、文字通り飾り物の世界ではなく、本当の世界が見えている。

から、単純にがんばれば、努力すれば認められるというメッセージを発さないのだろう。

それは、彼の信念に反するから



そう、彼の思想はこの世界精緻に写しだしたものであるように思えるし、それに僕は同意する。

だが、この思想が彼の罪を生んだ。

まり、それは、その一種リアリティ溢れる思想、イデオロギー性を伴った作品を彼女ら、世界で認められうる美少女らに歌わせ、演じさせてしまったというところ。



僕らは、アイドルに夢を見ている。

可愛くて、優しくて。理想の異性像。文字通り偶像

そんな偶像に、僕は理想から離れて欲しいとは思わない。

小難しいことを、批判めいたことを歌ってほしくはない。



社会批判。その歌詞、そのメッセージ性は痛いほどに、僕の胸に届く。

しかしそれを彼女らに歌わせることで、彼女らは政争の具のような体裁を見せてしまう。

なんの色付けもされていない、ピュア=純真な女の子を僕は見たいのにも関わらず。



別の例では、秋元氏は純真な、つまり彼女らが思っていることを彼女らが歌っているという構図の作品を生み出すことに成功している。

それが、SKE48(KⅡ)の『お待たせsetlist』だ。



選抜総選挙高柳明音は、秋元氏にこう叫んだ。「私達に公演をやらせてください」と。

彼女らは、それまでリバイバル公演(他のチームの公演楽曲で公演する)ばかりを行い、自分たちのオリジナル公演が行えなかった。



から彼女SKE48(KⅡ)とファンの思いを高柳秋元に代弁した。総選挙の会場で熱を込めて語った。

秋元氏はそれに呼応するように公演楽曲を書き、オリジナル公演を与えた。



『お待たせsetlist』には、SKE48(KⅡ)の思い、そして、ファンの思いが込められている。その歌詞秋元氏が書いたものだが、聞く者にとっては、彼女らの気持ちそのものが歌われているように感じられる。

僕は、彼女ら=色付けされていないプレーンな彼女らを望んでいるのではないか



彼女らの想いを彼女らの声で聞きたいのではないか

そこには、如何に崇高な思想やイデオロギーであっても介在するべきではないのではないか

からこそ、僕らは秋元氏が秋元氏の思想、イデオロギー彼女らに歌わせ、演じさせることに強烈な違和感を覚えるのである



さて、散々彼の罪を述べてきたが、彼の功績は大きい。夏に控える前田敦子卒業に関して、彼はこのように述べている。



「相変わらず表現は下手だが、その分、ストレートに伝わってくる。時々見せるはにかんだ表情は、あの頃の“あっちゃん”のままだ」と。

彼女につまり、この世界美少女と認められたアイドルバイアスをかけることなく、アイドルというひとつステージ卒業させる。

そのことには頭が下がる思いだ。



さて、そのようなイデオロギー性の濃いアイドルの対極にハロープロジェクト系列アイドルモーニング娘。スマイレージといったアイドル勢がいる。

一時程の勢いはないが、それでも業界内で存在感を放っている。そんな彼女らはイデオロギーから解放されたアイドルといえる。



彼女らの歌う曲の歌詞や、日常を何の疑問も持たずに歌いこなすものであり、楽曲からさえ強い思想は感じられない。『プリーズミニスカ ポストウーマン』(スマイレージ)『ピョコピョコウルトラ(モーニング娘。)といった曲名からは、いわゆるおバカ空気さえ感じられる。



純粋な気持ちを歌っているかどうかで言えば、アイドルを眺める視点では、こちらの方が、彼女らの気持ちが歌われていると想像できる。

まさか、つんくがうぶな乙女の気持ちを持って生活しているとは思うまい





つんくの罪】

そんなつんくにも罪はある。



それは、作品そのものではなく、それらを歌いこなす際の彼女らについてである。疑問に思ったことはないだろうか。

ハロプロ女の子の歌い方は「くせ」が強いなあと。



彼女らの楽曲は、つんくが曲詩ともに担当する。48グループ秋元氏が詩のみの担当であることとの差がここに出ているのかもしれない。

よくよくハロプロメンバーの歌い方のくせを聞いていると、そのくせが似たものであることに気づくはずだ。

そう、つんくの歌い方のくせに似ている。と。



つんく自体、アーティスト時代の歌い方のくせは強いものだった。

それ自体はなんら問題がないのだが、その歌い方のくせを彼女らに楽曲提供することで一種押し付けているのではないか

ピュア彼女らの、女の子らしい歌い方を黙殺してしまっているのではないか。そう感じられて仕方ないのだ。



ここでも、僕らは嘆くことになる。彼女らの気持ちを彼女らの歌いたいように歌っているものが欲しいのに。本当の彼女らが欲しいのに。



秋元先生つんく先生!ねえ、僕らの美少女を返してよ!

資本主義に浸け置きにして、彼女らの骨を抜くのはもうやめてよ!そんな不自然美少女見たくないよ!



そんな思いにかられて、すべてに思想やくせのないアイドルを探す。いることはいるのだ。



例えば、SUPERGiRLS 

例えば、YGA 



天下のavex、そして吉本興業プロデュース。資金力も申し分ない。ルックスも申し分ない。でも、なかなか売れないのだ。



吉本興業に至っては、NMB48という48グループの力を借りて、アイドル事業に参画する始末。



ああ、やっぱり、「くせ」のない偶像には面白みが、深みが足りないのかなあ。なんて思う次第。

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