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2020-01-07

anond:20200107152610

おニャン子の頃20代だとしたら今は50代だぞ

もう手遅れだろ

DVDどころかレコード時代からそんな事やってるのかよ

anond:20200107152332

こういう手のひらくるりんを堂々と書いて趣旨替えを責められると経済回してるってどや顔できるんだよな

すげーな(ほめてない)

そんなん最初からアニメキャラだけにハマっとけばいいのにな

 

とおもったけどええ~おニャン子・・・

今になって気づいたの・・・ほんと手遅れだ

そりゃ美樹本晴彦アイドル絵とか好き嫌いあっただろうし

どうぞそのまま経済回して

2018-05-17

anond:20180517150006

まあおニャン子ヤンキーばっかりだし

というかヤンキーのいない大所帯人気アイドルグループなんてこの世に存在するのか

2017-12-29

つの時代に生きたかたか

単純にいつ頃が好きかとか

一生その時代に閉じ込められるとしたらいつ頃が良いかとか

そういう話

 

自分はだいたい昭和後期、バブル開始時期(1987年前後かな)

から見てもメディアきらびやかで、センスもよく味もあった

いい曲が生まれお笑い流行り、活気があった、いわゆるサブカル隆盛時代

美形やアイドル感覚自分のものとかなり一致していて、今でもたまにYoutubeで古い動画を漁る

確かおニャン子全盛期だっけ?(そこら辺は興味ないんだが)

 

1997年頃も人気だと思うんだが

あの頃から今にかけては、どうにも流行りのデザイン、美形、アイドル、歌、お笑いなどがしっくりこない

あの時代を超えられていない感じがしてしま

それはバブルからとか、そういう部分とも別の何かだと思う

一番やらかしてたバブル後期もちょっとしっくりこないし(若干20代中心になったイメージ

 

まあ私生活がどうだったかは知らないから、実際に体験すると違う感想なのかもしれないけど

その頃はまだ幼稚園児だった

 

時代背景を簡単分析すると、1987年前後

団塊の世代 38歳くらい

団塊ジュニア 12~15歳

 

と、若者向け文化が隆盛するには非常にいいタイミングだったのだろうと思う

アレはもう起こせないだろうな(他国ならまだしも)

 

そう考えると団塊ジュニアバブル世代が羨ましいなあ、今の40代~50歳前後

2017-08-05

https://anond.hatelabo.jp/20170805102513

ファンにはそう見える」ということね。自分はそれを「願望」と言ったわけだが、それならそれでいいんじゃない

でも一般層が同じように見るとは限らないし、スカート切りという犯罪が持つ意味を変えることはできない。ファンの願望を単純に満たすものを作るなら、秋元スカート切りのことな歌詞に入れないと思うがな。ちなみに秋元おニャン子とかで性的ニュアンスを込めた歌詞を書いてきた人間だろ?

2017-05-13

痴漢冤罪の歌

昨今、痴漢冤罪がなにかと話題ですが、ここでみんな大好き秋元康大先生1986年おニャン子クラブに書いた曲を見てみましょう。

ちょっといじめちゃおう!無実のその手つかまえて

ちょっといじめちゃおう!女の子の悪だくみよ

この人は CHIKAN ! 大きな声で

この人は CHIKAN ! みなさん一緒に

退治しましょう ストレス解消(ストレス解消)

ラッキー

歌詞はこちら(http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=55207

30年前とはいえよくこんな曲だせたな。おニャン子全盛時なのでそこそこ売れたはず。

2017-03-03

聞こえてくる故郷日本」の断末魔

そういうわけで、今の日本殺意の矢面に立たされているのは「日本残滓」ともいえる。というのも最近自公政権おろし発言に、実に納得する。つまり、表面的に彼らがすべてを支配しているように見えるが、実は本当に窮地なのは日本残滓の側だろう。

1980年代昭和時代だが、まだ発展の前半だったので、当時の国民の誰もが残滓と戦っていた。1990年代残滓的なものますます壊れていったが、それは都市部に限ったことだった。2010年代、もはや日本残滓は、政治サブカル手法によって相互エンコ的に結び付きあわないと成り立たなくなってないか

おニャン子」の時代握手券もなければ秋元康氏が支配層とずぶずぶになることはなかった。ニューミュージック洋楽こそ限定的であった。しかし今の日本では、若者音楽離れすらしている。非常識的なCDセールス国策迎合がなければ国民グループは成り立たない。

ネトウヨサブカル風味(あの暴走族らしさも含めて)は特殊だが、日本的市民団体の多くは運動が成り立たなくなっていて、そういう政治団体組合会長左翼趣味をまき散らして云々することはできなくなっている。壁も中身もうすっぺらいサブカルしかない。

新自由主義」の美名のもとに、好景気まがいな豪華列車が全国各地で走ったり、今時ポストヤンキー名乗りをして道路利用者警察から顰蹙を買う連中は、寝台列車を走らせていたり、痛車ラノベ競争が行われていた頃よりはるか日本らしさを失っている。

日本残滓」がモンスターになったものが、あらゆるものを蝕んでいる。というわけだ。1980年代から1990年代ヤンキーつぶしの迷惑オタクが被っていた頃に比べると、今回の右傾化問題はちゃっちすぎじゃん。昔は、その地域の最大の家族一族大金持ちになり支配層になり、色々な産業に口出ししているということだが、今は新自由主義富裕層インフレするというショボいやり口になっている。日本残滓は弱体化している。

この線香花火が消える寸前にブワッと燃えるような感じの「日本残滓の悪あがき」が、2010年代日本なのである非行ネタ消費も、鬱陶しいほどの鉄道拝金志向オタクギャルヤンキー化もそう。全部が、断末魔。あからさまに必死になり癒着しあって虚勢を張っているだけだ。

から虚勢であり、内実がないから、これはしょせん偶像しかないし、前時代論理であり、ネタしかないし、あやかしであって、モンスターなのである。これに終止符を打つ、一種の抵抗を迎えるのが、今われわれ文明社会を信じて生きる都市住民にはあるのではないか

あの問題が第二次自公政権という擬似右翼政権の幕切れで終わる訳がないと思っている。日本社会性にも切り込まれるだろうし、現在人類が(人類が何度も滅んだと言う説もあるため一応。)文明社会始まって以来受け継いできた帝国システムも、そろそろしっかりと「精算」されるはずだ。2017年から2019年はまさに一つの人類伝統東洋小国から終わる時ではないか日本人自ら日本看板を捨てる。


今の日本人2000年代までとはまったく異質で極左的だ。天皇制への疑念も高い。

だが日本で起きようとしている2019年問題とは、まさに“嘗ての中国”が行ったことと親和性が強い。現在台湾中国王朝制度破壊したように。それがわからない「肉屋を支持する豚バカ支持母体となった社会崩壊する。日本故郷もつ私にはまことに不本意だが、肝心の彼らがこうなのだからもうどうしようもないとなかばあきらめている。

2016-06-21

ワンオクを聞いても「はいはいリンキンパークやりたいんでしょ」と思ってしま

「新しく見えない」

まさにこれ。

すべてがエピゴーネンに見える。

AKB48モーニング娘。おニャン子の。

B’zエアロスミスレッド・ツェッペリンの。

的なことだ。

からよっぽど斬新なことやらないとオッサンのツボには刺さらない。

BABYMETALぐらい。(って書くとX JAPANガーが出てきそうだが)

イジメダメゼッタイ

http://anond.hatelabo.jp/20160511000626

2016-04-23

秋元康男性がこうあって欲しい女子を描き出す天才である

おニャン子の頃から同じで天才だと思う。

創作表現なので女性蔑視という視点議論には違和感を感じる。男性が、もしかわいい同級生の子がこんな事を考えていてくれたらいいなという歌を、アイドルに歌わせるのだから、そりゃ大量の男性ファンになるにきまっているし、それを彼の手法創作性批判とは筋違いだろう。(女性蔑視事態根深い単に日本国文化のもの現代的な問題で、彼のせいじゃないだろう)

ところで、同じアイドルを作るのでもつんくの作る歌詞方向性が違うので、これまた面白い

2015-12-13

AKB48がB'zを総売り上げ枚数で抜いたとかいう界隈を聞いて思うことを殴り書きしとく

おれはAKBファンでもなんでもないんだけどさ

思うところあったのよね

あえて言えば90年代邦楽うんざりした人間です

1、オリコンなんていまだに気にしてるほうが恥ずかしい

2、B'zが1位な時点で恥ずかしいので問題ない

3、本物の音楽()とかってなんなんですかね

4、一部のMVに力入れるアーティストも本物の音楽からすればズレてるよね。

5、すくなくともタイアップとかで姑息に売り上げてきた連中よりはましだろうね

6、そんな音楽業界が何をいまさらって思う

7、そういう俺からすればアコギでダサイ音楽売ってきた音楽業界をいい時代みたいに感じてて意外

8、アイドルなんてその辺の女でいいんだよというのを見せたのがおニャン子だとしたら、音楽なんてこんなもんだよ、こんなものにまじになっちゃってどうするの?ってのを再び見せてる感じがするよね秋元ってやつは

9、そもそも音楽ランキング気にするなよ。どんだけ調教されてるんだよ

10、ゲームの歴代売り上げランキングで、ダックハントという一部のゲーマーしか知られてないソフト上位にあるんだけどこれは、アメリカファミコンを売るときバンドルたから。

11、だけどゲーム業界特になにもいわない。そりゃそうだランキングなんて気にしてないからw。

12、音楽がいかにメディアランキングに毒されているかがよくわかるという話

13、そしてメディア嫌いの2ちゃんねらをはじめとした連中が、メディア右往左往しているのが滑稽だなと思った

14、音楽語りたいのか、ランキング語りたいのかどっちなんだろうかね

15、ランキング語ってる時点で本物の音楽かい馬鹿発言権なし

16、結局みんなギョーカイを語りたいんだね。音楽でもランキングでもない。

4について補足

90年代音楽バブルPVなんて当時は言われててさ

PVばっかこだわってて意味不明だったよね

音楽売りたいのか映像売りたいのか。お前ら映像屋か?

今でもOkGoみたいなのとか、彼らが何を消費されているのかわからない

音楽なのかyoutuberなのか区別つかない

まぁおれは好きだけどねOkGo。

そしてそれが今のやり方だっていうなら、そうなんだろう。

から俺は思うよ。だったら握手でもいいじゃんって

それがそのアーティスト(あえてフェアにこういう)の強みだというのならそれでいいと思う

二人の活動するB'zにはできない、大所帯アーティストオリジナルアイデンティティ

それでどうなるかなんて知ったことではないし

なによりも、オリコンなどという腐ったランキング製造メーカーの上げ下げで売り方を制限されるいわれはない

そもそも、海外ではこういう売り方にはランキングカウントしないなんていう話もある

であるなら、問題AKBにあるわけではなくオリコンだよね

偉そうにしてるその辺の連中も皮だけかえて二種類販売とかやってるんだよ

お前らジャケット屋か?っておもうよね

本物ってなんなのかね

2015-03-05

なぜ美少女アイドルグループは人気を保ち続けることが出来ないのか?

日本三大美少女アイドルグループといえば、「おニャン子クラブ」「モーニング娘。」「AKB48であるが、おニャン子は消滅してるし、モー娘は全盛期の勢いはない。一方、美少年アイドルグループたるジャニーズを見ると、若いから活動してても、人気を保ち続けるグループは多い(例えばSMAPTOKIO)。この差は、ずばりグループの「核」の違いに起因する。

美少女アイドルグループは、その名の通り、「メンバー美少女である」ことを最大の売りとしている。その為、いくら人気メンバーでも時間が経過すれば、「卒業」させざるを得ず、せっかく築いたメンバーごとの人気度がリセットされてしまう。一方の美少年アイドルグループは、「メンバーキャラが立っていること」が最大の売りである。その為、メンバーが全員年をとり、「美中年アイドルグループ」になっても何一つ問題がない。そもそもメンバー交代自体不祥事でもない限り、滅多にない。

最大の問題は、何故、美少女アイドルグループがそのままメンバーを交代せず、美熟女アイドルグループになることが許されない(あるいは一般的ではない)かである。それは女性アイドルが年をとると急激に人気がなくなるのと全く同じ理由である。ファンという生き物は、男性がとしとるのと比べ、女性が年をとることに大変不寛容なのだ

では、AKB48はこのまま、おニャン子クラブや、モーニング娘。のように衰退してしまうのだろうか。そう話は単純ではない。AKB48の最大の強みは、「数の暴力であるAKB48正式メンバーだけで48名、AKBグループ全体では300名以上いるそうだ。これだけ人数がいれば、主要メンバーの同時交代による衰退が防止できる。企業のように、ベテランが若手を育てるゆとりが生まれるのだ。

あるいはPUFFYのように圧倒的個性で、年齢など関係ないと言わせられる活動ができれば、メンバー交代を、せずに女性アイドルグループを維持できる。職人になるか大企業を目指すか、いずれにせよ、女性アイドルグループの前途は多難である

参考:AKBの人数

http://s.ameblo.jp/hypo529/entry-11501055132.html

2014-12-18

バブル世代 ~「クズ」の定義

バブル世代バブルせだい)は、日本で、バブル景気の時期に就職した世代である

定義

労働市場の分野では、バブル景気(第11循環拡張期、1986年昭和61年11月から1991年平成3年2月)による売り手市場時(概ね1988年昭和63年から1992年平成4年))に新入社した世代を「バブル世代」と呼び、より以前の「モーレツ社員」(団塊の世代)や、それ以降の「就職氷河期世代などと比較されることがある。

・成長過程

学生時代

小学校に入った時期はオイルショックの直前か直後であり、「四畳半フォーク」が流行した時期であった。小学時代から中学時代にかけての1970年代には、この世代の間でスーパーカーブームブルトレブームが席巻した。

中学時代から高校時代に当たる1980年代前半はツッパリ文化の最盛期で、矢沢永吉横浜銀蝿などの、リーゼントロックとツッパリ(不良)ファッションが、当時の管理教育に反発する少年層の間で大流行した。

校内暴力発生件数が戦後最多を記録したのもこの時期である

一方、入学試験などの競争が徐々に激しくなった世代であり、当時のいじめ問題について、要因の一つとして受験競争によるストレスが挙げられている。

高校進学率は当時総合選抜地元集中などの制度実施していた都道府県も多かったため、進学率の低下傾向はほとんど現れず、90%台を維持していたが、大学短大合格率は、1967年昭和42年度)生まれから1971年昭和46年度)生まれ1986年昭和61年度)から1990年平成2年度))にかけて低下し続け、1990年平成2年度)には大学合格率は63%になり、1967年昭和42年度)の62%以来の最低の値となった。

大都市大学に進学した者は、バブル文化の発信源として華やかなファッションブーム文化を生み出していった。

1980年代の「女子大生ブーム」の時期にあって、都会の若い女性は消費対象としてもてはやされた。

大学卒業時にはバブル景気により就職市場は大幅に好転、売り手市場となった。

企業から人気の高い有名大学の学生3S寿司ステーキソープ風俗))やディズニーランド海外旅行接待されたケースもあるという。

当時の大卒就職市場の状況は、映画就職戦線異状なし』が参考になる。

昭和60年代にデビューしたおニャン子クラブの大部分(一部のメンバー団塊ジュニア世代昭和45年まれから昭和46年まれ)のメンバーバブル世代昭和40年まれから昭和44年まれ)でファンもバブル世代が多かった事から団塊の世代ビートルズ世代のようにバブル世代の事をおニャン子世代と云う。

就職期・就職

就職期にはバブル景気で、日本の景気が極めてよく、これを受けて事業を拡大・展開し業績を拡大するべく、各社こぞって高卒大卒を問わず人員募集数を拡大した。

その結果、企業求職人数は就職希望者を大幅に上回っていた。

また、バブル世代女性高卒短大卒・専門学校卒の者は、1986年昭和61年)に施行された男女雇用機会均等法以後に初めて社会に出た世代でもある。

個性至上主義が騒がれた世代でもあったため、バブル世代就職するころ、企業側も個人を尊重するライフスタイルを加味し、年俸制の導入やフレックスタイム制を取り入れた形態が現れ始める。しかし、個人を尊重する弊害としてコミュニケーション不良による問題が生じ、2000年平成12年)頃からほとんどの企業がこの形態を取りやめ、従来型運営にもどる。

バブル崩壊による不況が始まると、その影響で企業採用人数が大幅に絞られたために労働負荷が増え、過密労働に陥る者も多く発生した。

また、成果主義などの導入もあって賃金給与賞与などの所得が伸び悩んだり、社員研修などの教育費が削られ、経験すべきことを経験せずに昇格してしまうという事態が起こった。

1997年平成9年)にはアジア通貨危機消費税増税による景気後退が起こり、多くの会社が大規模な人員整理を行った。

人員削減といっても関連会社への出向などで済んでいる者が多数派ではあるが、一部には企業倒産整理解雇を被り、派遣社員フリーターに転落、「派遣切り」に遭遇した者もいる。

こんな世代が今、年功序列に胡坐をかい会社組織の中枢部で横暴を振るっているわけだ。

そりゃ民間企業経営方針も迷走するし、国家運営方針も滅茶苦茶になるわな。

団塊の世代は既に2007年前後に逃げ切ってしまった。

よって、世の中の会社組織には殆ど残っていない。

稀に嘱託として残っていても、権限殆ど無い。総数としては少ない。(但し、役所天下り組織問題は別)

まり日本国内に於ける世の中の会社組織の実権は今(量的問題於いてバブル世代が握っている。

よく「世代間格差を煽るな!」と言う馬鹿が居る。

勿論、それは自分立場が危うくなる為に自己保身で言っている者が殆どではあるから無視しておけばいい。

ただ何故、『「世代」で区分するか?』は常に考えておいた方がいい。

日本人口を分析する時、量的問題では現状そうするしか分類方法殆ど無い為である

勿論、資産分類や所得分類もあるが社会現象分析する時にそれは使えない。

更に、儒教思想が浸透し、年功序列固定化してしまった社会では資産分類・所得分類は結局同じ事を意味する。

それと、「身分制度階級制度」は既に解体された。

よって、「身分」や「階級」によって分析する事は不可能

それは日本人自分達で望んだ事だ。

2014-04-07

笑っててもいいかな?

 フィナーレに関する目に留まったいくつかの……多くの記事と多くの部分におよそ三十年分の記憶との齟齬があり、明石家さんを軸に百字で収まらぬあれこれを書き留めておこうと。

笑っていいとも!最終回スペシャルで、明石家さんまはこう考えていた~エムカクさんによる文字起こし - Togetterまとめ http://togetter.com/li/651874

 文字起こしではなくライブ関西ローカルラジオを全国の明石家さんファンが聴けば、おそらくその数は激減すると思う。伊集院ラジオを聴きスタッフ馬鹿笑いにたちまち拒否反応を起こす関西人よりも多かろうと。

笑っていいとも!」へのたけし乱入はたいした事件ではなかった。登場でいきなり出演者の首を締め上げるのは当時からお約束。たけしが人選を間違えて変になった。「お笑い論を偉そうにぶっていた康夫にカチンときた」といった経緯もない。そもそも初期のいいともアングラ芸人タモリを始めとする監督芸術家作家アナウンサー文化人が時事風俗を斬る、社会風刺を主とする番組であったのだ(田中裕子回必見の安産祈願を巡る宗教団体の抗議等々により、観覧客だけでなく視聴者にもタモリは恐怖感を抱いてしまい、ゆるいお笑い路線となった。最終週の後説で安産祈願ネタタモリがややムキになって話していたのが感慨深い)。ほぼ初対面で髪をぐしゃぐしゃにされた康夫がむくれたのはたけしのミス。後のインタビューで「あそこで俺の首を締めかえしたら成立したのに、これだから作家ダメ」とたけしが語っていたが、芸人矜持を偉そうに語るなら当時毒づいていたタモリに(大橋巨泉なぞに認められる奴はそろって贋物だとか)いけよと思った。たけしオタクを自負する太田ならこのインタビューも当然読んでいたはずだが、フィナーレでは反撃を恐れて放りっぱなしで逃走、康夫は仕方なく傍の田中裕二に組み付いたが本気で抵抗され、諦めて壇上を降りる康夫の背中に裕二は蹴りをかます(当たってはいないが)。「あいつは、テレビの前の皆様に向けてじゃないんですよ。あれは俺に向けてやりよったんですよ」は明石屋さんの自意識過剰だと思われ。あと、いいとも降板は選手権で笑いを取ったことを責められせいではなく、制限時間オーバーで失格と裁定されたのが気に入らなかったため。

 鶴瓶ヤンタンも聴いたが、同じく最初に読み上げられたリスナーハガキが「師匠の引き際に感嘆した、素晴らしい」だったのが象徴的。共演NGが本人よりも外野スタッフ死活問題に帰するという見解は正しいのではと考える。さんま毒舌というより真正から他者批判を聞いていれば、共演を避けるよう周囲が動くのも仕方ないなと。さんまはNGが多いタレントという印象。徳光とのNGは徳光側の意向もあるのだろうが、「次番組に呼んだら俺は降板する」とからくりTVのスタッフに伝えた野村克也のケースは異例だろう。ひょうきん族とんねるずが出演した際、石橋に今後の相談を受けたさんまは、お前らなぞ眼中にないとばかり、そのままでええんちゃうと軽くいなしてやったと得意げにラジオで語っていた(のりお石橋はともかく木梨なんて竜介レベル、すぐに消えると言っていた)。石橋関西芸人敵視になったのも仕方ない。夕ニャンが終了した際は「フジテレビとしてはとんねるずよりおニャン子が惜しい、大事」と素人の私も首を傾げる業界事情を報告していた。松本に関してはさんまのまんま登場時の松本へのスカシや、最近も「すべらない話」なんて掲げる自体お笑い失格、恥ずかしいと語っていたが、吉本芸人同士、両者に重なるスタッフもいてあからさまな共演NGとはならなかったのだろう。後輩の松本配慮していたというのもある(まんま出演後は自らの失敗と反省していたし、「まだまだ売れるわー」の連呼もそう)。浜田に関しては先輩である寛平の頭を叩く行為に怒っているという噂も聞いたが、フィナーレでミニコントしたり、太田への浜田の苛立ちを腕を抑えて笑いにしたりと決して険悪な関係ではないのだろう。

 長々になってしまったので他の関係は駆け足で。

 太田談志後継者らしく政治的に動く人という印象(談志と揉めた後、業界の偉いさんらに悪口言い触らされたとたかじんがぼやいていた)。タモリさんま石橋があの芸風を好んで許容しているのかはなはだ疑問。ファンには「プロレスをせず、真剣で戦っている唯一の芸人なのだろうが、もしも浜田ツッコミを振り切り、例の客席、視聴者へのつまらぬアピールをやったら、浜田は加減なしでケツを蹴り上げる。今田東野宮迫もその覚悟を持ち共演しているが、怪我でもしたら社長吉本に大人の申し入れをしそうでなんとも。土下座事件は噂の真相事実のように書かれていたがこちらもはなはだ疑わしい話。たけし後継に勝手に名乗りを上げるなとプロレス好きの弟子水道橋が乗っかっただけのように思われる。太田が著書で松本批判をしたのは確かなので、ライバルとしてではなく、何が面白いのかわからぬ後輩の売れっ子がこっちにからんでくるなと、俺らウンナンとは違うからなという程度だろうと(太田は「笑いの殿堂」でメインのウンナンの悪口陰口を石塚英彦と一緒にくっちゃべっていた)。

 たけしに「男気」を感じたことは一度もない。その類のエピソードが語られるたびに、正月フジヒットパレードでの松村との初顔合わせのVTR、どこかに残ってないかと思う。最終回いいともの辞もありきたりのベタ。「似非インテリ集団」に担がれたが自虐ネタになってないのは辛かった(山下赤塚浅井慎平高平哲郎に比べ高田文夫テリー高信太郎はいかにも山師っぽい。筒井康隆タモリ小説に登場させたほどだが、たけしについては俺の毒舌二番煎じ、ぐらいに考えていた節がある)。

 ナイナイも当初は太田批判をANNなどで話していた。とんねるず世代で、舞台漫才ではなく、あくまでもテレビに出たい人。芸人ダメだしするなと中居批判、下駄を履いたジャニーズ批判もやっていて、めちゃイケ共演までははっきりと敵視していた。いいともへのレギュラーが決まった際は「見つかってもうた」と嘆き(有吉のバカに見つかっちゃったの先行事例)、その「タモリ愛」もジャングルTVから始まったものだといえる。ちなみに東野のツボ芸人は「さんまスポーツするぞ」で会話に割っていけず泣きくれたナイナイ矢部いいとも後期の森脇健児、どSの中川礼二現在爆笑太田

 鶴瓶はやはり怖いという印象。関西時代はたけしの何が面白いのかわからないと問うていた(問われた相手は爆笑こそしないがニヤリとはすると答え、そんなん笑いなら爆笑させんとと)。たけしのANN開始前に鶴瓶ラジオを参考にしていたと聞き、さらに「東京進出失敗」もあり「たけし兄さん」と呼ぶように。メインではなくサブに回るのには抵抗もあったはずだが、タモリに諭されいいとも出演を続けた。タモリとは深い親交を結んだが、さらに古いさだまさしとの親交は話さなかったらしくジャングルTVゲスト出演の際の交友フリップを見て初めて知ったタモリが「え、あんた友達だったの?」と仰天していた。いいとも出演よりもさんまの「覚えてるでえ」が東京での起爆剤になったと思う。

 タイトルにした香取慎吾スピーチは印象に残った。それぞれ良かったのではないか(石橋の発言は馬鹿にしたものじゃなく本心だと思うので、タモリの反応は可哀相だった)。これ以上の盛り上がりはない、スピーチは余計という声もあるが、芸人祭りで締めればそれこそ「バラエティーのフジテレビの終わり」で終了してしまう。

 

駆け足が長くなった。ここでおわり。

2014-01-03

アニメ声優オタクって昔のおニャン子時代スライドだろ

ネットで〇〇可愛いとか顔で選んでる奴って眼科より心療内科行けよと思う。

声優容姿求め出したらアニメ本編でクソ下手な演技プラス棒声がデフォになってしまう。

にも拘らず、顔じゃねえとか言ってる奴も結局顔で声優選んでるのが明白。

あるいは、アニメに馴染みの声優が出ると中の人がやってるまた別の配役の名前が飛び交うのが正に声優をそういうフィルタで選んでる。

正直、アニメ声優を切り離せよと思う。

アニメアニメ独立したものから、本編と全く関係のない声優の話題をそのアニメ差し込むのは正直迷惑以外の何物でもない。

そしてそういった一連の言動が80年代アイドルオタクのもの寒いんだよ

2013-09-19

マスダ80年代女性アイドル論~斉藤由貴

80年代女性アイドル格付

マスダ80年代女性アイドル論~松田聖子論

マスダ80年代女性アイドル論~中森明菜論

マスダ80年代女性アイドル論~小泉今日子論

マスダ80年代女性アイドル論~インターバル

マスダ80年代女性アイドル論~薬師丸ひろ子論

マスダ80年代女性アイドル論~南野陽子論


マスダ女性アイドルシリーズですが、今回で一応の区切りとなりますが、あともう一回、総論とお知らせを書く予定です。


人生山あり谷ありと申しますが、浮き沈みの激しい芸能界、これまで取り上げたトップアイドル5人ですが、プレミアム感を維持しながら、それぞれに生き残っているのはさすがです。80年代に小話のネタで「ミナミヨウコミナミヨウコ、一字違いで大違い」というのがありました。南田洋子さんは若い時は大変な美人女優で、当時も上品美しい人ですから、この言い方はずいぶん失礼だったのですが、まあ若いからすればおばさんには違いない、敢えて南野陽子比較すれば、それは南野陽子の方が当時としては全然いいわけです。でも考えてみれば当時の南田洋子の年齢と、今の南野陽子の年齢はそうものすごく違うというわけでもない。それでいて、今でもテレビバラエティに出てくれば、「あのアイドルナンノちゃんが来てくれました!」みたいなハレの日感を維持していますね。

これは80年代女性アイドルに限った話ではなく、80年代に登場した/有力になった人物、フォーマットは未だに影響力があります。例えばお笑い界で言えば、60年代クレイジーキャッツ70年代ドリフターズ萩本欽一はそれぞれ続く10年では息切れしていましたが、お笑いBIG3は未だにお笑いBIG3です。これと似たような現象が、80年代についてはありとあらゆる分野について見られます

もちろんそうは言っても、人そのものは年齢を重ねてゆくわけですから80年代トップアイドルたちもそれぞれ見せ方を変えてきています。一貫してアイドルである松田聖子でさえ、もう聖子ちゃんカットにはしてくれません。デビュー当初の松田聖子はとてもキュートでしたが、映画野菊の墓』で前髪を上げた時、キュートさがびっくりするくらい無かった、彼女にとって前髪がものすごく重要であることを多くの人が認識したのですが、結婚以後、どういうわけか彼女はかたくなに前髪をオールバックにしていますね。

そういう小さなことから歌唱スタイルをまったく変えてきた中森明菜に至るまで、プレミアム感を維持したトップ芸能人という立場は同じでもその内容は違う、そういう変遷をそれぞれに辿っています

しかほとんどアプローチの仕方が変わっていない人もいて、斉藤由貴がそうです。

彼女場合路線変更や、あれこれ小ネタを仕込む必要もないほど、順調だった、彼女人生行事に合わせて、芸能界仕事がいいように流れて行った、だから流れに身を任せれば良かった、そういう特に恵まれた境遇にあるのが見てとれます

アイドルとしてはもちろん、芸能人として斉藤由貴ほど恵まれた立場にある人はそうはいません。もちろん、アイドルとして彼女よりも成功した人たちはいるのですが、その人たちから見てさえ、斉藤由貴境遇は出来れば替わって欲しいものでしょう。これまで取り上げてきた5人のアイドル斉藤由貴のうち、事務所を移ったことがないことがないのは小泉今日子斉藤由貴だけです。聖子明菜も、薬師丸も南野も、それぞれに苦闘と逆境がありました。小泉は天下のバーニングプロダクションの、郷ひろみと並ぶ最古参タレントのひとりとして安定した立場にありますが、その立場は結果であって、トップアイドル上り詰めて維持するためには試行錯誤セルフプロデュースを試みなければなりませんでした。斉藤由貴のみ、ただ流れに乗っているだけで、他の人が垂涎するような仕事に恵まれて、その流れがずっと維持されています

自分人間関係では子供の時からずっと不器用で苦労しているけれども、こと仕事に関しては順調だった。運動神経もあんまりよくないので『スケバン刑事』の仕事の時はあんまり乗り気じゃなかったけれど、その仕事好調視聴率もよかった。あんまりこの仕事はしたくないというのがないので、来る仕事をそのままこなしていたら、思う以上にいい結果が出て、それがずっと続いている感じです」

斉藤由貴は述べています

ただし、単に流れに身を任せているだけではなくて、彼女場合は結果を出しています。来る仕事来る仕事ホームランで打ち返している、だから次につながっているのです。こと彼女に関しては、東宝芸能と言う事務所マネージメントが的確だったのは確かでしょうが、無理やり事務所ねじこんだタレントではなくて、確実に結果を残してきたから順調であったのです。結果として彼女タレントとしての個性と、東宝芸能と言う事務所芸能界での立ち位置マッチしたとは言えますが、彼女以外のアイドル東宝芸能マネージメントを受けても同じような結果を残せたはずがありません。一方で、やはり他の芸能事務所では斉藤由貴と言う才能を活用しきれなかったでしょう。


斉藤由貴が恵まれたアイドルであるのは間違いありません。恵まれていると言うのは、女優としていい流れで仕事サジェストされてきた、歌手として楽曲の水準が高かったという点においてです。そして最初からずっと順調でした。斉藤由貴デビューが遅いアイドルで、高校三年生の時から芸能活動を開始していますが、1984年春に東宝シンデレラオーディション準グランプリに選出されたのが芸能界入りのきっかけです。よく、ミズマガジンコンテストグランプリから彼女の経歴が書かれることが多いのですが、ミスマガジン東宝シンデレラオーディションの後です。そういう経緯から彼女東宝タレントであるわけです。

東宝は言うまでもなく、大手映画会社の一画を占め、現在は業績においては圧倒的に日本トップ映画会社です(ただしそれはTOHOシネマズなどの映画館チェーンが好調からですが)。それだけではなく阪急東宝財閥中核企業であり、宝塚歌劇団グループ内に抱えていますマネージメント業務を担当する東宝芸能は、数ある芸能事務所の中でも、一番安定していると言えるでしょう。

東宝シンデレラオーディションは、東宝が久しぶりにスター発掘のために開催したオーディションで、第一回のグランプリ沢口靖子準グランプリ斉藤由貴でした。彼女たちは今では東宝の顔になっています東宝マネージメントある意味タレントの自主性を重んじる傾向もあるのですが、東宝シンデレラオーディション出身者、特に第一回の出身である沢口と斉藤については社運をかけているという面もあって、脇をがっちりとサポートして、手塩にかけて育てた、本格派を目指させた、ありとあらゆるチャンスを与えた、そういう感じです。

沢口はデビュー作が、当時、東宝看板映画だった『刑事物語』の三作目、続く二作目がやはり東宝看板作品であるゴジラ』です。沢口は『ゴジラビオランテ』にも出演していますから堂々たるゴジラ女優ですが、こういう売り出し方がアイドル売りの王道とはかけ離れていることは言うまでもないでしょう。沢口や斉藤は、学生、もしくはついこのあいだまで学生だったのですから、学園ものを演じさせればそれなりにはまったはずですが、「身近な経験から演技を構築してゆく」のではない、物語のものからキャラクターを構築してゆく演技を最初から要求されています。そういう演技が難しいのかどうなのか、演技の資質がある人にとってはかえってやりやすいのではないかと思いますが、そうではない人にとっては真夜中に霧の中を進むようなものでしょう。とにかく、日常の「女の子から演技を積み重ねてゆくような、私小説的なアプローチを封じたわけで、これは斉藤由貴についても同様です。

斉藤由貴ドラマ初出演作は『野球狂の詩』で、その次が『スケバン刑事』です。いずれも東宝制作ではありませんが、非日常的と言う点では、十分に非日常的なお話から斉藤は演技をスタートさせています


斉藤芸能活動の開始は1984年からですが、高校三年生であったこの年、彼女神奈川の県立高校に在学していたので、大きな活動はありませんでした。ミスマガジンマガジンの表紙を飾ったのと、伝説的なCM『青春という名のラーメン』に出演したくらいです。続く1985年1月月曜ドラマランド枠で『野球狂の詩』が放送され、2月にファーストシングル『卒業』が発売されました。

『卒業』が発売された時には、斉藤由貴はもうかなり話題になっていたので、『卒業』はいきなりベストテン入りして、最高6位までチャート順位を上げていますデビュー曲ベストテン入りしたアイドルは既に映画女優として実績のあった薬師丸ひろ子原田知世おニャン子の流れでデビューした工藤静香を除けば、「80年代女性アイドル格付 」ベストテンの中では斉藤由貴だけです。

そして1985年4月からスケバン刑事』の放送が始まります


ここで彼女異端性について触れておきましょう。ご存じのとおり、彼女信仰心がある人です。現代日本では信仰信心があること自体が異端で、それも仏教系・神道系ではなく、外来キリスト教信仰しているのは異端の中の異端、更にキリスト教の中でも、末日聖徒イエス・キリスト教会モルモン教)の信者であることは異端です。キリスト教新宗教派の中でも、その教義戒律おい異端性が特に濃厚なセクトです。エホバの証人統一教会比較しても、特に異端性が強いと私は見ているのですが、最近はあたりが緩やかになっているのでしょうか。2012年アメリカ大統領選挙で、共和党の候補にモルモン教であるロムニー氏が選ばれたのは意外でした。現在キリスト教おいては、全体がリベラル色を強める中、保守回帰宗派転向する人も増えていますイギリスカトリック転向する人、中南米カトリックから更に原理主義的な新教系原理主義転向する人、そういう例もかなり見られます教皇フランシスコが先日、同性愛を容認する方向についに踏み込みましたが、カトリックからキリスト教原理主義転向する人も増えるかも知れません。

そういう中でモルモン教異端であるがゆえに、より濃厚な保守主義を維持したい人たちの受け皿として浮かび上がっているのかも知れません。

斉藤由貴宗教おいても特に異端性が強いセクト信者であるわけですから、どうしても異端性を自覚して生きてこなければならなかったはずです。それが彼女に他の少女とはまるで違う、ゆらぎのような魅力を与えています。それは純粋さ、純潔さであるように見えますが、要は世界観のずれ、であるわけです。西洋人ジャポニズムに感じたような世界観のずれから生じる「発見」「新感覚の体験」、斉藤由貴はそうした未知の体験を触れる者に与えるのです。

彼女社会おい異端であることを踏まえれば、彼女ある意味おいて「生きづらい」のも当然なのですが、それでいて彼女信仰のものを相対化するようなゆらぎをも抱えています彼女が単純に敬虔信者というならば、二度に及んだ不倫など出来るはずがないのです。彼女自身はその不倫正当化はしていません。そういう意味では信仰を維持しているのは確かですし、その行為があったからと言って「魔性の女」扱いするのは不適当ですが、それほど信仰する宗教の中にあってさえ、時にやむにやまれぬ衝動に突き動かされる、異端性を彼女は持っているということなのです。

そのセクト信者であることによって社会生活おい彼女異端なのですが、彼女自身のキャラクターによって信仰仲間の中にあっても異端なのです。それが彼女の「生きづらさ」になっていますが、事が彼女信条性格に由来するために、それこそ生まれ落ちた時点から彼女はこの異端性を抱えています。だからそれが当たり前なので、ある意味、「もはや問題ではない」のです。空が青いのと同じく、生きづらいのがデフォルトなので、もちろんそれに伴う苦労はあるにしてもそれで悩むことはもはや意味がない、だから悩まない。彼女には異端でありながら底抜け楽天主義があるとしたらその根っこは諦めの境地です。


斉藤由貴特に楽曲に恵まれたアイドルです。シングルはいずれの曲も神曲レベルにあります

作詞では松本隆森雪之丞谷山浩子作曲では筒美京平玉置浩二亀井登志夫原由子らが担当していますが、いずれも彼らのキャリアの中でも一二を争う水準の作品を提供しています。これはおそらく斉藤由貴創作意欲を掻き立てる何かがある、ジャポニズムに触れたゴッホのように、斉藤由貴によって創作トリガーを引かれる何かがあったということなのですが、デビュー曲『卒業』を例に、見てみましょう。

続く

http://anond.hatelabo.jp/20130919170745

2013-08-21

80年代女性アイドル格付

ブログ開設しました。

http://hanabusatokiichi.hatenablog.com/

あまちゃん」見ていた甥っ子が、キョンキョン薬師丸ひろ子を見て、「この人たち、松田聖子より人気があったの?」と聞いてきた。

そんなゆとりな彼のために、80年代女性アイドルの当時的な感覚での格付けをやってみる。

第1位 松田聖子

代表作品:「青い珊瑚礁」「チェリーブラッサム」「赤いスイートピー」/『野菊の墓』など。

言わずと知れたアイドルの中のアイドル。絶対正義。高度経済成長から、安定成長へ、そしてバブルへと向かう世相の中で、松田聖子が時代を代表出来たのには彼女の生い立ちによるところも大きいと思う。一点の曇りもない地方の中産階級、そんな彼女には貧困も、学園闘争も、無縁だった。60年代加山雄三的なるものから70年代の四畳半フォーク時代を飛ばして直結していると言えるが、加山雄三が曇りが無いように見えても階級社会的な側面や敗戦国国民のてらいのようなものがあるのに対して、松田聖子徹頭徹尾能天気であった。彼女は日本が初めて獲得した、先進国アイドルであった。

第2位 中森明菜

代表作品:「少女A」「DESIRE」「難破船」/『素顔のままで』など。

80年代の曇りのない時代性に松田聖子シンクロしたのに対して、中森明菜は裏シンクロしていたと言えるだろう。彼女の性向が松田聖子的なるものにアンチであったわけではない。彼女自身、松田聖子シングルアルバムはすべて聞き込んでいることを公言しているように、彼女は松田聖子的なるものの渇望者であった。しかし彼女の生育環境が、松田聖子的なるものから遠い場所に彼女を置いてしまった。松田聖子は唯一の兄が普通に私立の進学校を経て早稲田大学を出ているが、中森明菜の家族の中には四年制大学を出た者はいない。松田聖子が家庭の教育方針も含めて「きちんとした家」の出であったのに対して中森明菜はそういう家の出ではなかった。山口百恵母子家庭で育ったゆえに貧しい環境の生い立ちであったが、後に彼女を利用しようとした父親を早い段階で義絶するなど、厳しい倫理観を持っていたのに対し、中森明菜の家庭は「四年制大学に行くのが当たり前の時代にあって、方法を求めれば大学に行けなくもないのに、大学に行くという選択を考慮しない家」であった。60年代、70年代における低学歴80年代における低学歴は意味が違う。中森明菜は貧困ではない、戦争でもない、家庭環境のキャラクターのせいで、80年代メインストリームから取り残された層を代表するアイドルであった。ヤンキー映画「ハインティーンブギ」に主演した近藤真彦に対して見せた彼女の執着も、中森明菜のそうしたキャラクターに由来している。

第3位 小泉今日子

代表作品:「真っ赤な女の子」「ヤマトナデシコ七変化」「なんてたってアイドル」/『生徒諸君!』『あんみつ姫』など。

彼女は「そこそこ」の人だった。演技力もそこそこ、歌唱力もそこそこ、下手ではない。デビュー曲カバー曲であったことからも分かるように、バーニングプロダクションは彼女が聖子に匹敵するようなアイドルになるとは期待していなかった。小泉今日子は結果的にセルフプロデュースで大きくなった人であるルックスは82年組の中でも特に可愛らしかったのだから、トップアイドルになったのは不思議ではなかったが、アイドルたちのひとり、から抜け出してきたのは、松田聖子が日本社会の経済面を担い、中森明菜が社会面を担ったとすれば、文化面を担うと言う決断をある時期に、彼女がなしたからであった。そういう意味では、オタクの愛玩的な性格を強めてゆくその後のアイドルの先駆けをなした人であるが、彼女が直接のターゲットにしたのはニューアカデミニズムであった。それが下世話にならない選択であり、それは社会にまだハイブロウ雰囲気があればこそ可能なのであった。それがバブル崩壊で日本経済が自信不信になり、社会世相が暗くなってから、むしろそれ以後に、ハイブロウライフスタイルを体現する生活アイドルとして彼女が支持された理由だった。

第4位 薬師丸ひろ子

代表作品:「セーラー服と機関銃」「メンテーマ」「woman~Wの悲劇より」/『野生の証明』『翔んだカップル』『ねらわれた学園』『セーラー服と機関銃』など。

薬師丸ひろ子アイドル歌手と言うよりは角川映画の女優であって、立ち位置的には他のアイドルとやや異なるが、彼女にとっては余技であったアイドル歌手としての実績も十分である。系譜的にはアイドル的な先駆者はおらず、むしろNHKの少年ドラマシリーズのようなジュブナイル的なものの延長に彼女はいた。小学生などからの支持は無かっただろうが、中高生の理系的な男性が支持層の中心にいた。2010年テレビドラマ『Q10』では彼女は化学教師を演じているが、教師を演じるなら彼女は理系だろうなと思わせる雰囲気があった。

第5位 中山美穂

代表作品:「生意気」「派手!!!」「You're My Only Shinin' Star」/『毎度お騒がせします』『BE BOP HIGHSCHOOL』『ママはアイドル』など。

中山美穂は路線的にはきつい顔立ちであることもあって当初は「不良少女路線」であり、『毎度お騒がせします』『BE BOP HIGHSCHOOL』もその路線に沿った出演作品だった。11作目のシングル「501/50」あたりからフェミニンな路線に入り、以後、5作連続してオリコン1位を獲得している。デビュー時と路線を変えて大きくブレイクしたというのは小泉今日子もそうだが、中山美穂の場合は、キャラクターまで変えてきたのが大きかった。

第6位 工藤静香

代表作品:「抱いてくれたらいいのに」「黄砂に吹かれて」「慟哭」など。

工藤静香おニャン子出身であり、うしろ髪ひかれ隊でも堅調なセールスを示していたが、ソロになってからは一躍トップアイドルになり、聖子、明菜、小泉今日子がそれぞれアイドルというステージを脱してゆく中で、アイドル四天王のひとりとして遇された。彼女の特徴はCDセールスが非常に高いことで、これは90年代にかかって、いわゆるカラオケブームに伴うCDがやたら売れると言う時代に差し掛かったことにもよる。シンガーの作品として楽曲が評価されていた、ということでもあるが、彼女には映像作品にはこれという代表作は無い。(南野陽子の最高売上シングルは「吐息でネット」で30万枚。工藤静香の最高売上シングルは「慟哭」で94万枚)。

第7位 南野陽子

代表作品:「楽園のDoor」「話しかけたかった」「はいからさんが通る」/『スケバン刑事(第2期)』『はいからさんが通る』『熱っぽいの』など。

勢い的には、第5位につけてもよかったし、個人的にはファンであったので、そうしても良かったのだが諸々を考慮すればこうなるのかなと思う。第6作のシングルから8作連続でオリコン1位を獲得という快挙を成し遂げているが、その記録の割には、記憶に残る楽曲が少ない。実際、彼女の歌は、中山美穂工藤静香と比較して、順位は高くまで行くが落ちるのが早い印象があり、セールス額もそれを裏付けている。中山美穂工藤静香には女性ファンも多かったが南野陽子には稀だった。そのファン層の狭さが素質的には抜群であるのに、ついに頂点を極められなかった理由だろうか。そういう意味ではアイドルらしいアイドルであり、彼女がアイドルの世界を心から愛し、自らを律していたことについては数多くの証言がある。事務所の不手際でふたつの事務所に属することになったため、ダブルブッキング等が頻繁に発生し、マネージャーを厳しく叱責していた姿も知られているが、アイドル的なものに対するプロ根性のあらわれだろう。

第8位 斉藤由貴

代表作品:「卒業」「初戀」「悲しみよこんにちは」/『スケバン刑事(第1期)』『はね駒』『はいすくーる落書』など。

東宝芸能の所属であり、アイドルと言うよりは女優のイメージが強い彼女だが、デビューから継続してシングルチャート上位に入れている。斉藤由貴が世間を騒がせた恋愛事件は二件とも不倫であったので、「魔性の女」とも言われたが、その言葉からほど遠いキャラクターである。やった行為で言えば、確かに二件の不倫の当事者なのだが、「魔性の女」という言葉を用いた人でも、その言葉から連想されるような女性とは彼女は異なることは分かっていただろう。宗教上の理由もあるのかもしれないが、彼女は世間ずれしていなくて、不必要なまでに一生懸命な印象であった。「悲しみよこんにちは」では紅白初出場で紅組キャプテンを務めたが、いつになく「由貴ちゃんのために」と紅組がまとまっていたように、芸能界特有の嫉妬や自己顕示欲とは無縁の人であった。

ブコメがたくさんついていて驚いた。とりあえず甥っ子には好評でした。

9位以下を書いていないのは疲れたからです。

個人的には、9位 菊池桃子、10位 原田知世、11位 柏原芳恵、12位 河合奈保子、あたりじゃないかと思います。浅香唯は実働が短かったので、柏原芳恵あたりと比較するとその下くらいなのかなと。

ちなみに、松田聖子中森明菜南野陽子斉藤由貴についてはファンクラブの会員でした。おニャン子からは14位くらいに河合その子が入るのかなあと思います。

9位以下を書いてみます。

そう言えばグループは書いていませんが、おニャン子クラブは全体としては、小泉今日子の下くらい、もしかしたら中森明菜の下くらい、でも明菜より上には絶対に行かないくらい(それくらい聖子と明菜は別格です。ケタが違います。聖子と明菜以外を全部足してもまだ聖子と明菜には及ばない感じです。聖子と明菜は日本芸能史全体を通しても突出しています)、WINKは実働が80年代末期に偏っているんでどっちかというと90年代の人という印象なんですが、斉藤由貴の下くらいなんじゃないかなと思います。ribbon とかは年代的に対象外です。おニャン子ユニットでは、後ろ髪ひかれ隊が斉藤由貴あたりと同格、そのすぐ下にうしろ指さされ組(高井麻巳子ゆうゆ)あたりが入る感じです。ニャンギラスは…ま、いいですよね。おニャン子ではなかじが好きでした。「じゃあね」は名曲っす。ただ今回はグループは除外と言う方向で。グループで言ったら、あと「わらべ」とかね。

第9位 菊池桃子

代表作品:「卒業」「もう逢えないかもしれない」「SAY YES!」/『パンツの穴』『アイドルを探せ』『君の瞳に恋してる』など。

彼女は東京出身なのだが、個人的にずっと北海道出身と誤解していた時期が長くて、なんでそう誤解してたんだろうと思うと、非常に素朴な、ピュアな感じがしたからだと思う。本当のところは知らないが、おっとりとした上品な感じがする女性で、『パンツの穴』なんていう映画に出ていても、下品な感じにはならない、でもちょっと男の子の側に寄り添ってくれるような、そういう雰囲気を持っていた。普通はそういう女性は女性からは嫌われるんだけれど、良くも悪くもあんまり印象に残らないというか嫌われないのはいいことだけれど、女性から見ても、妹キャラというか、強く女を感じさせる存在ではなかったのかも知れない。独特の、女性というよりは幼女のようなフェミニンな印象からか、彼女のアイドルとしての活動時期には「桃子」と言う名前が新生児の命名の上位を占めることがあった。何というかそういう親から見て良い娘的なそういうポジションに素直に入り込んだ人であった。彼女の代表曲としては、実は「アッイッはこころのーしごとよー」のアイマイミーマインなRA MU時代の楽曲が世間では一番強く印象に残っているのだろうが、それを代表曲に選ぶのはあんまりだと思った。RA MU で迷走した彼女だったが、90年代にはトレンディ女優の一画を占め、アイドル時代よりも大成功した。

第10位 原田知世

代表作品:「時をかける少女」「天国にいちばん近い島」「早春物語」/『時をかける少女』『天国にいちばん近い島』『早春物語』など。

松任谷由実薬師丸ひろ子にも原田知世にも楽曲を提供しているが、彼女が言うには、原田知世は鉛筆で例えるならば2Hで薬師丸ひろ子は2Bらしい。言い得て妙だと思う。原田知世には肉感の無い、サイバーパンクな感じがあるんですね。顔立ちもいわゆるアイドル顔ではなく、と言って和風と言い切れる顔でもなく、どこかメカニックな感じがする。たぶんここまでの人たちの中で一番、初音ミク的なフォルムがある。世俗的ではないんだけれども、宗教的な超越に向かうんじゃなくて、SFっぽい方向に行くような、そういう感じがあって、オタク的な性向のある人たちには熱狂的に支持されていた。サブカルクラスタ的には彼女がたぶん80年代を代表するアイドル。逆に言えばそこを越えては広がっていかない感じ。「時をかける少女」の頃はアイドルが歌が下手と言っても限度があるだろ的な下手さであったが、不思議なもので、シンガーとしてのキャリアは、二大歌姫(聖子と明菜)を除けば彼女が一番長いし、独自の境地を切り開いていると思う。彼女の歌には情感はかけらもないが、それがむしろユニークな歌唱になっている。

第11位 柏原芳恵

代表作品:「ハローグッバイ」「最愛」「あの場所から」「春なのに」/『ピンキーパンチ大逆転』『山河燃ゆ』など。

たぶん美人で言ったら、彼女はアイドルの中でもナンバーワンに美人なのだが、「かわいい」が受けるアイドルとはそもそも路線が違う顔立ちで、彼女のファンだと公言するのはやたら生々しい、女、に直結する印象があった。美人であるがゆえに、80年代の土壌ではトップにはなり難い顔立ちだったのだが、女性をめでる基準がアメリカ的というか、日本よりはむしろアメリカに近いアジア発展途上国アメコミが大人気、的な)では非常に強く支持されているアイドルだった。ただしアイドルとしてデビューして、数年たってから彼女はヒット曲を連発していて、みんな知っている代表曲がわりあい多いアイドルでもある。ただそれも、わりあい歌唱力が高いのと、楽曲の良さが相乗した結果であって、歌手としてのヒットであってアイドルとしてのヒットとは言い難い(歌手としてはそれは名誉なことだが)。ドラマでは早くに本格的なドラマに出演するようになったのは、彼女の素養がむしろそちらにあると考えたからだろう。大河ドラマ山河燃ゆ」では長男・自殺、三男・日本兵として戦って敗戦の傷を負う、三男・米兵としてヨーロッパで戦い失明、という天羽家にあって希望の光のような末の妹を好演していた。90年代以降は2時間ドラマの常連になる。

第12位 河合奈保子

代表作品:「大きな森の小さなお家」「ヤングボーイ」「けんかをやめて」など。

デビュー曲「大きな森の小さなお家」は女体を連想させる歌詞になっているが、ポスト百恵の時代、試行錯誤が行われていたことを示している。彼女は「秀樹の妹」コンテストから出てきたのだが、ロリコンチックな、吾妻ひでお的なオタクアイドル的な扱われ方であった。「ヤングボーイ」の振り付けは彼女の巨乳を強調するもので、あきらかにセックスアイコン的な意味が含められていたのだが、当人がそれに気づいていない風な育ちの良さのようなものがあった。「おかあさんといっしょ」のお姉さん的な素朴さというか。突っ込んでいけば、気づいてないわけねえだろ的な悪態は可能であったが、そこまで抑えて抑えて、加工して加工しなければ、女性に接することが出来ない、いわばそう言う層を彼女はメインターゲットにしていた。彼女の代表曲「けんかをやめて」はそういう路線を変更する、オタク層には逆鱗に触れるようなビッチ女性の態度を優しくオブラートに包んで提出したものだったが、なにぶん、当の河合奈保子キャラクター的に素でお嬢さんであったため、路線変更はうまくいかずいったんそこでフェイドアウトしている。後に、シンガーソングライターとして一時的に復活した。

第13位 浅香唯

代表作品:「C」「虹のDreamer」「セシル」/『スケバン刑事(第3期)』

うちのカミさんカラオケに行ったら、必ず「セシル」で締めるんだが…。浅香唯は『スケバン刑事』でブレイクしたのだが、オリコン1位をとったのは4作品と、アイドル四天王の中では実績が一番小さい。ブレイクが1988年、「ザ・ベストテン」が終わるのが翌年の9月だから、いわゆるアイドル黄金時代の末期に出た人である。その活動期間の短さが、結果的にスーパーアイドルとまではいかなかった理由か。

第14位 荻野目洋子

代表作品:「ダンシングヒーロー」「Dance Beat は夜明けまで」「六本木純情派」/『早春物語』

そうだろうよ。実績から言ったら、彼女は岡田有希子よりものりPよりもアイドルとしては上だろうよ。でも誰も「荻野目洋子の名前がない!」とは言わないんだよね。そういう感じなんですよ。そういう感じのアイドルなんですよ。そもそも彼女は低迷時代が長くて、ユーロビートを歌うようになってから、ダンスミュージック的なジャンルにかかって出てきた人なんで、ルート的には長山洋子とかと同じタイプなのだが、そのわりには顔立ちがアイドルアイドルをしていて、ブレイクしてからどんどんアイドル色を強めていったという、普通は逆にアイドルアーティスト色を強めていくのだが、彼女は逆だったという珍しいパターン

第15位 本田美奈子

代表作品:「Sosotte」「1986年のマリリン」「the Cross ~愛の十字架」/『ミス・サイゴン

シンガーとしては本物の天才であり、そのことはアイドル時代を脱してから、ミュージカルスターとなってから証明されたが、アイドル時代は「アイドルにしては歌が上手い子」程度の扱われ方だった。それは売り出し方が適切ではなかったからではないか。歌が上手いと言っても、情感があるとか、テクニックがあるとかいろんな意味合いがあるが、彼女の場合はフィジカルポテンシャルに負う部分があって、言い方は悪いが「歌う機械」としてはロングトーンの能力はたぶん人類史上最高の能力を持っていた。それを活かす楽曲ではなかった。本田美奈子は元は演歌歌手志望であったように、彼女の適性を活かせる楽曲を探し求め続けた半生であったと言えるかも知れない。なまじ顔立ちが愛らしかったため、小悪魔的なアイドルとして売られたのは彼女にとっては不幸なことだったかも知れない。『ミス・サイゴン』のオーディションではしょせんアイドルくずれと鼻で嗤っていた者たちも彼女の歌を聞いて圧倒されて身動きも出来なかったと言うが、あれほどの才能にして、アイドルと言うパッケージに入れられれば、そのパッケージしか見ない者がどれだけ多いのかということを示している。聖子や明菜についてさえ、「歌が下手」と言ってはばからない不見識の者が多かったが、あれから30年が過ぎて、何もわかっていないのはどちらだったのか、歴史が証明している。時が過ぎるのは悪いことばかりではない。

第16位 岡田有希子

代表作品:「ファーストデイト」「Love Fair」「くちびる Network」/『禁じられたマリコ』

彼女はこれからというところだった。徐々に売り上げを伸ばしていて、8作目のシングルくちびる Network」(事務所の先輩の松田聖子の作詞)でついにオリコン1位を獲得して、ようやくトップアイドルになったばかりだった。ポスト聖子を担う、サンミュージック大黒柱になるはずだった。おそらくアイドルの中では傑出して頭がいい子だっただろう。ノーベル賞受賞者を輩出している、愛知県でも有数の進学名門高校を彼女はアイドルになるために中退している(そして堀越学園に転校)。進学校にいる女子生徒は、もちろん頭もいいのだが、男子の場合は野心のようなものがあるのに対し、むしろ野心の欠如というか、従順性の結果として勉強をしている子も多い。岡田有希子も基本的にはそういうタイプの子で、彼女は望みさえすればキャリアウーマンにもなれるような道を選ぶことが出来たのだが、そちらの路線には価値を見出さずに、小さな女の子の時の夢のままに、アイドルになるという選択をした。ああいうことになって親御さんはどれほど悔んだだろうか。彼女は天然ボケというか、悪意があって周囲が彼女にセクシャルなことを言わせようとすると笑顔でなんにも気づかずに、それを言ってしまうようなところがあった。お笑い系のいじりでは「またー、変なことを言わせようとしてー」みたいなうっふきゃはは的なのりを期待していたのだろうが(そういうのが一番うまいのは松本伊代だった。天性のチーママである)、岡田有希子はうかつにいじれない、危険物っぽいところがあった。その純粋さが、衝撃に直面した時に、他人の何倍もの痛みになって彼女を殴打したのかも知れない。合掌。

というわけで、8の倍数ということでここまで。

15位が抜けていたので、入れました。本田美奈子です。河合その子や、82年組のその他の人たちが入っていないのは、「おニャン子を排する」「ママドルっぽい人たちを排する」とかそういう基準があるわけじゃなくて、評価としてこの下だということです。標題をつけました。

数字は敢えて重視していない

客観的な数字としてはレコード売上があるけれど、参照はしてもそれだけを基準にしていないのは、80年代、活動時期を90年代に延ばしても、それなりの時間幅があるからです。ちなみに筆者は1971年の生まれで、正確に言うならば、松田聖子ファンクラブの会員だったのは筆者の姉です。南野陽子の最初のアルバムレコードで買って、それ以後をCDで買ったという世代です。松田聖子はあれほど売れながらもミリオンは90年代の「あなたに逢いたくて」しか出していません。中森明菜はゼロです。一方、小泉今日子は90年代にミリオン2枚(合計すれば300万枚を越えます)、中山美穂ミリオンを2枚出していますから、シングルセールス的にはひょっとしたらキョンキョン中山美穂は二大歌姫を上回るのですが、時代が違うから同じ基準では較べられません。より客観的な基準でレコードセールスを示している人もいますが、それだとかえって評価が歪められるのです。レコードセールスなどの記録は後からも参照できますが、歴史的な要因を補正して提出できるのは同時代人の見方だけです。これは個人の主観ではありますが、そうであるがためにかえってセールス記録を見るよりも客観的だと思います。

自分としてはアイドル黄金時代の終わり=ザ・ベストテンの終焉だと思っています。ザ・ベストテンは、音楽の趣味が多角化して、バンドブームの時代に対応できなくなったから終わったわけですが、逆に言うと、それ以前は日本人全体がひとつの文化環境を共有していた、そういう最後の時代だったということです。ですから80年代を生きた人なら、特別その人のファンではなくても、ここに上げられている楽曲のほとんどを歌えるはずです。

2013-02-01

違う、みんな勘違いしている(峯岸の例の件について)

秋元康の狙いはアイドル破壊アイドル冬の時代の再来なんだよ。推測だが。

秋元康AKBビジネス成功しようが失敗しようがどうでもいいはず。おニャン子はじめ数々の成功で、お金は十分に稼いでいるだろうし(ギャンブル借金まみれという噂もありますが)出資は別のところにやらせているんで、失敗しても秋元の懐は痛まない。

こういう人間が再びアイドルビジネスをやる理由、これは名誉欲に他ならない。

こう思った理由があって、一昨年のレコ大高橋みなみあたりが言っていたんだが、秋元自分が取ったことの無いレコ大をどうしても欲しかったそうだ。

まあ成功した人間が、次に名誉を欲しがる、というのはよくあるパターンからね。

じゃあ秋元は何を狙っているのか。秋元は一度「女性芸能界を目指す際にAKB以外の選択肢が無くなるようにしたい」 って発言している。

まりAKBの前にアイドル無し、AKBの後にアイドル無し、って状況を狙っているんじゃないか

売上や規模で言えばAKBの前にアイドル無しの状況に持ってこれた。じゃああとは後から抜かれることの無いよう、アイドルというもの破壊しつくしたいんじゃないか

実際、今回のこの件でAKB系ならずアイドル全体に嫌悪感を持っている人が多く表れている。

あと、今のAKB系のファンはそのあと他のアイドルを好きになる可能性はかなり低い。

なぜなら、AKB系のファンは疑似恋愛の対象として見ているタイプのファンが多いから。

アイドルファンって疑似恋愛の対象として見る人とパフォーマンス純粋に見る人の二つに分かれて、前者は中高生後者はもうちょっと上の世代小学生が多いんだけど、前者のタイプってこれを最後アイドルにする勢いでファンをやるんだよね。

から今好きなグループのファンを辞めるときアイドルファンを辞めるとき後者の様に別のグループに手を出すことはあり得ない。

から、幾人かの人が指摘している通り、AKB系の終わり=アイドルの終わり、となると思う。こうなる確信もある。

なぜなら、かつてのアイドル冬の時代を開いたのは誰なのか、ってことなんだ。

アイドル冬の時代というといろいろ定義があるみたいだけど、1988年1993年のここをアイドル冬の時代定義することにする。

この時代を迎えた要因は大きく3つが指摘されていて

小泉今日子の「なんてったってアイドル」によるアイドルメタアイドル

おニャン子クラブによりほかのアイドルが駆逐された後の解散

岡田有希子自殺

これなんだけど、このうち2つに秋元康はかかわっているわけだ。秋元康アイドルファンという鉱脈の上で焼畑農業をしている。

から再びアイドルを壊される前に秋元康を追い出せ。これしかない。

秋元康はこの前のアイドル冬の時代を迎える3つの要因のうち2つはコントロールできる。おそらく3つ目も狙っている。

まり秋元康の狙いは、追い詰められたメンバー自殺、これなんだよ。

2012-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20120625200311

つの様式美を作り上げたと思うね。

素人制服ミニスカ、大人数、下手ではないがプロっぽくはない歌とダンス

おニャン子、ねずみっ子、チェキっ娘、AKB、回を追うごブラッシュアップしてきている。

確実に様式美として固めつつある。

作詞家としてではなく、作曲家としてでもなく、あの様式美をつくったということが偉大。

ジャニー喜多川くらい偉大。

いや、ジャニー喜多川より村西とおるかな。

フェラチオから始まって顔射に終わるっていう様式美とハメ撮りというジャンル確立した二十世紀最後の裸王。

2012-03-30

AKBパクリ韓国人男性ユニットApeace

・「会いに行けるK-POPグループ」がコンセプト

恵比寿に専用劇場「K THEATER TOKYO」がある

握手会がある

・在籍メンバーがlapis、jade、onyxの下位ユニットに分かれている

研究生ポジションApeace gemもある

参考動画

http://www.youtube.com/watch?v=QjV7mJbBwPM

人数が多すぎてギョッとしますが、AKBの人数の多さにはギョッとせずに済んだのが不思議です。

女性アイドルが区別つかないほどワラワラ居ることについては、おニャン子モー娘で慣らされていたからでしょうか?

2011-11-12

時代は繰り返す

http://www.youtube.com/watch?v=lwqF8LCfkWE

一条さゆり然り、黒木香然り、飯島愛然りこの手の職業に従事する人の半芸能人的な妙な持ち上げは悲劇しか生まないと思う

何よりも嫌だなと思うのはmaccoiの詩が飯島愛楽曲と同じように本質的にはAV女優に対する侮蔑目線を含んでいて

(私の賞味期限ってなんだそら)

AKBおニャン子秋元と変わらんところがある点

http://d.hatena.ne.jp/wagamamakorin/20081225

川奈まり子乃木真梨子みたく同業者結婚する、野坂なつみみたいに芸能人結婚するという逃げきりもある

白石ひとみのように裏方に行くという手もある、実業家になる手もある

問題は恵比寿マスカッツなるグループの中で何人がその逃げ方を学んでいるか

2010-06-12

AKB商法って

おニャン子の時は普通に、多数の視聴者

夕ニャンで呼びかけて発売日にCD、じゃない、レコードを買わせて

ヒットチャートの順位を自分たちが動かしてるぞ!っていう

快感をファンに覚えさせて、とにかくレコード出せばヒット、っていう状況を作ってたわけで

少数のオタによるAKB48内での争いをさせるという今のやり方は

むしろ規模縮小な気がしないでもない。

今思うとあの頃はテレビ番組の影響力がまだ強かったし

夕ニャン見てたのも団塊ジュニアあたりの世代?でとにかく数が多かったから

メンバー間の争いをそこまで演出しなくても、おおざっぱな

既存のアイドルやらニューミュージックやら、売れてる音楽おニャン子って構図で

一人1枚買わせるだけでも十分商売になってたんだから凄いなあ。

バカな時代だったなというべきか。

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