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は? マジだが?
① 身もやせるような思いでつらい。他人や世間に対してひけ目を感ずる。恥ずかしい。 「世の中を憂しと-・しと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば/万葉集 893」
② 心づかいをして控えめである。つつましやかである。 「されば重木は百八十に及びてこそさぶらふらめど、-・しく申すなり/大鏡 序」
③ (節度をもって振る舞うさまが)殊勝である。けなげである。 「己が振舞-・しければ、一筋取らするぞ/保元 中」
動詞「やす(痩)」の形容詞形で、身もやせ細る思いだというのが原義。
平安時代には② の意でも用いられ、つつましくしとやかなさまを優美と感ずることから③ の意が生じた。
③ は優位の者がほめことばとして用いた。→やさしい(易)
ご飯論法とは新語・流行語大賞にもノミネートされた用語で割とみなさんも知ってるものだと思う。
議論における言い逃れや論点のすり替えを表す言葉。たとえば、「朝ご飯は食べたか」という質問の「ご飯」を故意に狭い意味にとらえ、「ご飯(米)は食べていない(が、パンは食べたかもしれない)」と答えるといった具合である。2018年、法政大学教授の上西充子がTwitterに投稿したことから広まり、主に国会質疑で政権側が野党の追及をかわすために論点をずらしたり、ごまかそうとするのを揶揄する表現として使われた。同年、『「現代用語の基礎知識」選 2018ユーキャン新語・流行語大賞』のトップ10に選出された。
ご飯論法とはつまり、ことばを勝手に厳密に定義して、そこに当てはまらないものを切り捨てて、議論の俎上からごっそり引き抜いて終わらせるやり方ということだ。
一方で、最近の(特に先鋭化した)ツイフェミやアベ政権批判派の人たち(だけではなく、反フェミやネトウヨにもしばし見られるが、観測上はこういった人たちに多い)にもう一つのご飯論法(仮にアンチご飯論法)があるように思える。
B:食べました。
A:何を食べましたか
B:僕はパンを食べたけれど、朝食べるのがご飯とみそ汁じゃないといけないなんてのは日本人らしさの押し付けだよね、そもそもご飯よりもパンのほうが準備に時間もかからないし、洗い物の手間もかからない。ご飯だといちいちおかずやみそ汁を用意しないといけないけど、パンならトーストにチーズとハムをのっけて焼けばいいだけ。ジュースもあれば、栄養はほぼOKだ。なんで日本人はいつまでも白米にしばられているんだろう。それが日本の悪いところだと思うんだよ、そう思わない? ね、そう思うでしょ。みんなー。
A:( ゚д゚)ポカーン えっ、私はまあ、ご飯のほうが腹持ちがいいから、好きなんだけどさ…
B:だいたい、朝から腹持ちがいいものを食べたら、眠くなって朝の会議や朝礼に間に合わなくならない?そんなことやってるから、日本人の生産性はいつまでも上がらないで、欧米どころかアジア圏からも取り残されるんだよ、そうやって日本はもうだめになっていく。だいたい、そういう日本が素晴らしいなんてのを声高に言うやつら、僕は信用しないね。ああ、だから今の政権はダメなんだ、良識ある人間はいつもびくびくくらさないといけない。まったく、お前もそんなやつだったのか。残念だよ。
A:( ゚д゚)ポカーン うーん、ご飯派とパン派、どっちでもいいと思うし、私は特に眠くなる体質じゃないからご飯でも大丈夫なんだけどね。つまり、君はパンのほうがいいと思うんだね。
B:誰もパンじゃないといけないとは思っていない、でも、ご飯よりも優れているものがいっぱいあるってことを知ってほしいんだ、それをみんなが知らないのはあまりにも世の中腐ってる。そんな日本はダメなんだ。
A:( ゚д゚)ポカーン おっおおう。わかったよ。じゃあ、私会議に行くね…
元のご飯論法が文脈を厳密に狭めることで議論をストップさせるのに対し、このアンチご飯論法は
・相手が純粋な感想を述べると、それも全部つぶしながら、持論につなげようとする。
・論点を整理しようとすると、その整理すら間違っているといって、勝手に新たな論点を作り出す。
第十五条二項
A. カルテルは,事業者間の協定や申合せに限らず,事業者団体の活動として行われる場合が少なくありません。
事業者団体が,団体としての意思決定によって,構成事業者の価格,供給数量などを制限したり,入札談合を行うことは,競争を実質的に制限する行為として,独占禁止法で禁止されています。
独占禁止法が規制する事業者団体の禁止行為は,行為の態様(相互拘束や支配・排除)に制限はなく,競争の実質的制限に至らない行為でも規制されます。例えば,団体に加入しなければ事業活動を行うことが困難である場合に,加入を拒否したり,一定地域における店舗数や既存店舗との距離を加入の条件としたり,加入希望者と競合する既存の構成事業者の承認を加入の条件とすることなどは,一定の事業分野における事業者の数を制限するものとして違法となり得ます。また,価格,数量,販売先,広告活動などについて,構成事業者の自由な事業活動を制限する場合も同様です。
ギリシャ、TV放送免許オークションで290億円調達 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
記者クラブ―情報カルテル ローリー・アンフリーマン, Laurie Anne Freeman (原著), 橋場義之 (翻訳)
収賄額0円の収賄罪…“抹殺”された福島県元知事が“現在”を語る (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)
福島汚職「賄賂0円」判決の前代未聞 FACTA ONLINE
あいちトリエンナーレで津田大介さんが監督の「表現の不自由展・その後」について、納得できない点を頭の整理を兼ねて書いてみます。
憲法上の「検閲」とは次の通りであり、本展における河村市長、官房長官のいずれの言動もこれに該当しないことは明らかなので、憲法上の検閲ではあり得ません。
「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的とし、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを特質として備えるもの」(判例)
したがって、本案件で「違憲」と言い出した者(例えば大村知事等)は明らかに失当です。というか憲法上は事前の規制を重く見ているため、事後的に批判した河村市長や官房長官(この二者には取り止めさせる権限なし)よりも事前に強く要請した大村知事(実行委員長として権限あり)の方が判例の趣旨からして危なそうです。
『あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」に関するお詫びと報告』を読んでもわかるように、津田大介さんは「検閲」という言葉を「何らかの理由により効率の美術館で展示できなくなったもの」と自らに都合よく恣意的に用いています。
憲法上の検閲でないとしても、この意味で検閲という強い言葉を用いることはミスリードです。本件の場合、事後的にも発表が禁止された事実はありません(あいちトリエンナーレ以外の場所で公表を続けることも十分可能です。)。
「公権力が,表現行為ないし表現物を検査し,不適当と判断する場合には発表を禁止すること。公表以前に行う事前検閲,公表後に行う事後検閲とに分れる。」(ブリタニカ国際大百科事典・コトバンク)
ヘイトスピーチ規制法の正式名称は「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」とあるように、「本邦外出身者」をターゲットにしているため、本件展示が法律上のヘイトに該当しないことは明らかです。
(法律の規定する範囲が狭すぎる、という議論はあると思います。例えばDV防止法は成立当初、男性は被害者とは規定されていない法律でした。)
「自国であった負の歴史を思い起こさせる作品を展示することが、その国や国民に対するヘイトにあたるとは考えていません。」「大浦さんは昭和天皇の肖像は日本人としての自画像であり、天皇批判ではないとしています。」とあるように、津田大介さんは、自国民同士のヘイトは想定していないようです。
ただし、国民を分断し、他のグループにに対して差別的言動を行うことは十分に考えられます。
津田大介さんは、過去、RADWIMPSのHINOMARUという楽曲を「国威発揚」であるとして激しく批判をしています。また、そういった批判を受け、RADWIMPSは謝罪に追い込まれています。
更にTwitterにおいて『今後もどんどん「国威発揚」の依り代として芸術が利用(寄生)されていくんだろう』ともコメントしています。
昭和天皇の写真を焼く行為に比べてはるかに穏当(少なくともヘイト的な要素はありません。)なものに対してこのような反応を見せており、極めて左派的な思想であると思われます。
津田大介さんは「不自由展実行委によって拒絶」、「そのまま展示することはコンプライアンス的にハードルが高」(い)、「展示スペースの都合」という理由で、会田誠さん・鷹野隆大さん・ろくでなし子さんの展示はしなかったと言っており、言外に自身の政治思想は反映されていないことを含ませています。
少女像や昭和天皇の写真の焼却などが選定されたのは自らの意思ではなかったかのようです。
しかし、その一方で『約80組の作家選びは当初、学芸員に任せるつもりだった。ところが、上がってきたリストを見て「ピンとこない。これはまずい」と方針転換。自ら決定権を握った。』(7/8北海道新聞インタビュー記事)とあるように自ら選定していったことを明かしています。
津田大介さんの言動をまとめると以下の通りになります。少なくともダブルスタンダードと言われることはやむを得ないでしょう。
1.検閲の意味は憲法どころか辞書よりも広くとるが、ヘイトの意味は狭く(法律通りに?)とり、いずれも自らに都合よく解釈した。
2.過去に保守的な楽曲に対して激しく批判し、更にそれに公金が用いられることに慨嘆したが、自らの政治思想に沿った展示を公金を用いて行った。
3.自らは中立かのように装いつつ、自らの思想に反する展示はテーマに合致したとしても排除した。
津田大介さんは今回の謝罪文で『自国の現在または過去の負の側面に言及する表現が安全に行えない社会となっている』とコメントしています。
しかし、前述のHINOMARUに対する批判を行ったにも関わらず今回のポストが手に入れられたということは、少なくとも「日本が好きという者を批判しても言論界ではプラスにはなってもマイナスにはならない」ということを体現したと言えるでしょう。
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家父長制が崩壊したのに「嫁」なんて言葉を気取って使ってるのはアホくさいからやめろという話だよ。
息子の妻。家父長制下にあった日本では,いわゆるシャモジワタシを受けて主婦となるまでの期間の妻をさす呼称であった。当時の嫁が,一家の主婦となるまでには,長い試練の生活を強いられるのが普通で,新潟県佐渡の「添うて7年子のある仲だ,嫁にしゃくしを渡しゃんせ」という民謡などにも,その間の事情はうかがわれる。しかし,家父長制の崩壊した新憲法下の今日では,嫁と主婦との間に,かつてのようなへだたりはなくなってきている。 (→杓子 )
一家の経営において,社会慣行上容認される家政管理を中心とする主婦の権限。家長権が強大であった時代の商家,上層農家においては,家事全般にわたる責任者としての座が家長の妻に与えられ,これとともに食生活,衣生活など家事の切り回しに関する権限が,主婦権として確立されていた。オカミ,オウエ,エヌシ,イエトジ,オカタなどの呼称があるのはその証左である。主婦権の譲渡はヘラワタシ,シャモジワタシなどと呼ばれ,通常,嫁が婚家の家風になじんだ時期をみて,姑から嫁に対してなされた (→杓子 ) 。隠居制による家族では,夫婦単位に生活が営まれるため主婦権も姑と嫁に分散される。家長権が弱まり,核家族化した近代家族においては,家父長制下にみられたような主婦権は存在しなくなってきている。
「なぜ日本人は『毒物を手間隙かけてカロリーゼロのこんにゃく』を作るのに『麦と水と塩で作れるパン』を作らなかったのか」に対する考察 - Togetter
「毒性のある球茎(コンニャクイモ)を食べる」
「球茎を潰して灰汁で煮る」
「球茎を乾燥させて粉状にする」
を別々に考えれば良い。
なぜ毒性のあるものをわざわざ食べるのか?
そのために飢饉のときでも最後までコンニャクイモは残っているのだ
コンニャクイモ以外でも、飢饉のときに野草の根だとかを三日三晩も煮込んで食べたなどという話は多くある。
灰汁で煮込めばいい。
灰汁(あく)とは、原義では灰(藁灰や木灰)を水に浸して上澄みをすくった液のこと。この灰汁を使って食品自体がもつ強くてクセのある味を処理した
灰汁(灰の上澄み液)を用いる方法はワラビやゼンマイなどのアク抜きに用いられる。灰汁(灰の上澄み液)はアルカリ性であり植物の繊維を軟化させる性質をもつことを利用し浸したり茹でたりすることでアクが溶け出すことを容易にする。
「アルカリ」という言葉がアラビア語の「草の灰」から来ているように、
灰は最も身近な塩基性(アルカリ性)物質として、古代から洗浄や消毒などに広く使われていた。
つまり、灰汁で煮るということ自体は、決して特殊な調理法ではない。
コンニャクイモを細かく割って灰汁で煮込むということは、まず中国大陸で古くから行われていたようだ。
独特の食感となることで、コンニャクは他の食材とは別に「珍味」としての地位も手に入れた。
薬としても食べられていたようで、日本にも最初は薬として伝来したという。
かの有名な中島藤右衛門が「粉こんにゃく」製法を発明するのはその1000年後である。
収穫した生芋は重量もあり,腐敗・凍結しやすかった。藤右衛門は安永5(1776)年ごろ,生芋を輪切りにし,自然乾燥ののち粉にすることを考案した。これによって長期保存や軽量化が可能となり,販路が拡大し,水戸藩特産物となる。
これも長らくアイディアが出てこなかっただけで、
はてなブックマーク - 【お詫び】月例ネット世論調査2019年1月の一部設問につきまして|ニコニコインフォ
日本と韓国の関係は、慰安婦問題に関する日韓合意の実質破棄、韓国人元徴用工らによる日本企業の資産差し押さえ、韓国軍駆逐艦による海上自衛隊機への射撃用レーダーの照射問題などで急速に悪化しました。あなたは、韓国製品の不買など自分なりの韓国への「対抗措置」をしていますか。いくつ挙げてもかまいません。
文章に慣れている人からすると、この「対抗措置」という部分は「いわゆる括弧付きの対抗措置」と理解できるんだけど、そういう用法を知らない人たちが、この部分をそのままの意味で読んでいるということだと思う。
3 新薬の特許期間の切れた後に、他社が製造する新薬と同一成分の薬。効能、用法、用量も新薬と同じ。開発費がかからないため価格が安い。ジェネリック医薬品。後発医薬品。後発薬。ゾロ薬。→先発医薬品
3あたりの意味を受けてヲタク界隈では「AではないけどAとして扱えるB」みたいな使い方をする、と思う。そして私は推しのジェネリックを求めてはいなかった。そんな話だ。
ぼかして書くのが苦手なので察せてしまうかも知れないがそこは許して欲しい。
私は声優のXくんがすごく好きだ。そのXくんの出演してる作品が終わって、当時他の作品にも出ていなかったものだからもうXくんの新しいお芝居が聞けないとすごく悲しかった。
メインキャラのうちの一人で、なんと歌いもする。ずっと聞きたかったXくんの歌が聞ける。聞いた。めちゃくちゃ上手かった。キャラクターもすごく魅力的で、Xくんの演じるYくんのこともすっごくすっごく好きになった。
Xくんが他にもたくさんお仕事をして、もちろんソシャゲのお仕事もしていたある日、私にとって大事件が起きた。
少し苦手意識を持っていたソシャゲにXくんの演じるキャラクターが追加された。
日頃からXくんのキャラが追加されたら始めるからと周りに言っていた私は秒でDLした。この世は推しが正義なので私のちっぽけな苦手意識などどうでもよかった。友人たちもハマっていたし一緒に盛り上がるのも楽しかった。
その時はこのゲームでXくんが演じるZくんへの違和感は無視できた。
でも抱いていたには抱いていた。その違和感はYくんとZくんの類似点だ。
それぞれ役者だが、その道に進むことを決めたきっかけが『ずっと好きだったスポーツの道を断念することになったが、舞台の上に立つ憧れの人を追いかけて自分も役者を目指した』というものだ。
……いや、そこ被せてくる?
どちらのゲームもこういう理由で役者を目指しているキャラクターは他にはいない。よりによって同じ声優のキャラでそこを被せる?
まあでもハマりたてのジャンルが楽しい気持ちがわかる人も多いだろう。ハマりたてブーストもありそんなこと気にしないでいれるくらい私は楽しめた。ちらほら違和感は抱き続けたがそれでも楽しかった。私は推しのキャラなら好きになれちゃうな、ワハハ、と陽気だった。
この日まではそうだった。
ある日イベントが始まった。Zくんがたくさん出てくるイベントだった。好きな子が出るとのことでウキウキしながらイベストを読み進めていったが、そこで私は夢から覚めてしまった。
Zくんのクジ運が悪いという設定が明らかになった。
Yくんも、クジ運が悪かった。
なんでかわからないけどここで何か張り詰めていたのもがプツリと切れて、私は、そっか、となった。ZくんにYくんのジェネリックを求めてないのに、やたらとZくんがYくんを思い出させる。その事がやたらと悲しくて苦しくて、わたしはYくんのことが好きなんだな、と本当の意味で実感してしまった。
先に苦手意識を持っていたと書いたが、このソシャゲのカードのひとつがYくんのイラストをゆるパクしたのでは? という書き込みを見かけたことがあり、実際私はそうだと感じてすごく悲しかった。
このソシャゲと同じ会社の別ソシャゲとコラボしたこともあり、全く知らない! とは言えないんじゃないか? というのも私の悲しみを助長させた。
ていうか同業他社だし同じ声優なんだからもっと……もっとこう被せないこと出来なかったの? 何で?
とにかく『クジ運が悪い』という設定の類似で私は一気に力が抜けてしまった。以前と同じようにZくんを好きと言えなくなってしまいそうだ。
もしかしたら今私生活の立て込みもあり疲れてるからこんな感情になったのかも知れない。そうだといいな。キャラクターに罪はないって思いたいし。
やっとこういう信頼性のある記事が出てくるようになってきたようで何より
https://kotobank.jp/word/%E5%BE%93%E8%BB%8D%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6-686270
https://kotobank.jp/word/%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6-429966
従軍慰安婦問題(じゅうぐんいあんふもんだい)とは - コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E5%BE%93%E8%BB%8D%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E5%95%8F%E9%A1%8C-182222
特集1 戦後70年 「泣き声が耳から離れない」 戦地で出会った「慰安婦」 元従軍看護婦 中里チヨさん – 全日本民医連
https://www.min-iren.gr.jp/?p=21019
https://www.asahi.com/articles/ASG7L5HWKG7LUTIL03L.html
Google検索結果に歴史用語で変化 「従軍慰安婦」でNAVERまとめの順位低下
イノベーションは生産を拡大するために労働,土地などの生産要素の組合せを変化させたり,新たな生産要素を導入したりする企業家の行為をいう(コトバンク)
技術革新とも言われる。ただ、新しい知見、革新だけなら大学や研究所で日々生まれている。
日々生まれている研究と何が違うのかというと、問題解決につながって商売になるということだろう。
1つは強み。強みを作るのは自分側が持ってる強い技術でしかできないということ。
もう1つは。市場へのマッチング。問題解決と、収益構造を作れえるということ。
自分でこの強い技術と、市場へのマッチングを作れれば、新しい知見を元に市場が開かれる。
これがイノベーションだ。
今までにない強い技術、あるいは市場へのマッチングにより、新たな市場が生まれた。
結局はこれだけのところである。容易に作れる強い技術や市場へのマッチングにより解決し、それがイノベーションだと言われることもあろう。
しかし、容易に作れない強い技術、あるいはこういうものが出来れば市場にマッチし得ると言えてもその姿が全くないこともある。
応用研究は基礎的な技術や理論を現実の製品に結び付けるための研究活動。(コトバンク)
基礎研究は学術的な知識や,製品や利益に直接結び付くことのない技術と理論の発見に関する研究活動。(コトバンク)
応用研究は金が出やすい。ベンチャーキャピタルでも企業でも。競争的資金も応用的なものなら出してもらえる。
強い技術か、市場へのマッチングが欠けている場合。別の言い方をすると、商売が見えているがやり方がわからない場合、あるいは商売が見えない場合。
この場合は民間の金はでない。基本的に国の資金となる。基礎研究となる。
国の資金も、出すことを決めた連中の出世や将来も関わっている。ましてや新自由主義で成果を吟味して出せという話になる。
と言っても、やり方がわからないか、商売が見えてないわけだから、成果もクソもへったくれもない。
研究している最中に欠陥が見つかってこんな面白い結果がでました(ただし、こういう欠陥があることがわかりました)ぐらいのものが言えたが、それで終わりということもあろう。
もちろん、こういう欠陥があるということを確定すれば、その次の段階でその欠陥を潰す研究というのが生まれ得る可能性もある。
何かを狙っていたが欠陥が見つかった技術なんかに命をかけてれば、ベンチャーや企業内でやってりゃベンチャーは潰れるし、企業であればそいつの出世はとまる。
なんか変な現象が起きたんだけどちょっと調べさせてくれない?実用化まで24年かかるけど。なんてもの言い出したら首だな。競争的資金も絶対通らないだろう。
なお、これはノーベル賞をとった免疫チェックポイント阻害剤オプジーボ。現象の発見が1990年、実用化が2014年。
となると、革新的イノベーションは基礎研究の充実をもってしか為せないということになる。
更に、少額でもいいから競争的資金もなしで使える研究資金が必要だ。
どこかに探しまくれば楽に実用化出来る革新的イノベーションの種があるはず。
それを見つけ出して石を投げまくって、万が一にも失敗したらその遂行者を殺して周りを震え上がらせればたら革新的イノベーションが生まれるなんていう発想は終わりにしてほしい。
東京都青少年健全育成審議会 会議資料議事録 平成30年度 第696回
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/singi/kenzensin/694-menu/index.html#no_696
http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/pdf/09_singi/696/696gijiroku.pdf
○I委員 両方とも指定該当でお願いします。1誌目は、性行為の分量が多いですし、露骨な構図によって卑わいな感じを与えるし、擬音、体液の描写も多く、これに尽きると思います。2誌目のほうは、やはり体液描写とか性交シーンが多いので露骨さを感じます。意見聴取の下のほうに書いてあるんですけども、BLの読者はほとんど女性であると書いてありまして、女性たちがこの本を読んだことで成長を阻害されるとは思えないというふうに書いてあるんですけども、やはり青少年も見ると思いますので、性への影響というのはすごくあると思います。それで、指定でお願いしたいと思います
BLを読む青少年っているの? というか青少年に18歳未満の女子って含まれてる?
https://kotobank.jp/word/%E9%9D%92%E5%B0%91%E5%B9%B4-545419
せい‐しょうねん〔‐セウネン〕【青少年】
ホントだ。「女性」という括りが大きすぎて、単に調べてなかった。じゃあ18歳未満の女子がBL読んだら「性への影響」があるということなのか。
オウム真理教の「アビラケツノミコト」とは、一体何だったのでしょうか?
アビラケツノミコトとは「軍神を率いる光の命」という意味の単語だそうです。
アビラケツノミコトの初出は、「トワイライトゾーン」1985年10月号(KKワールドフォトプレス刊)でした。
考証の資料として、原文を見てみましょう。
仏教用語。サンスクリット語a vi ra hūṃ khaṃの音写。以上の5音綴は,それぞれ万有の構成要素である地,水,火,風,空を表わし,大日如来の内面の悟りを表明するとされる。一般には,すべてのことを達成するための一種の呪文として用いられる。
地水火風空(a vi ra hūṃ khaṃ)のうち「風」(hūṃ)が揃ってないので、まだ不完全(未完成)な状態、という意味もあったようです。
最終的な理想国を築くために
神をめざす超能力者
レポート/■■■■■
今月号の口絵14ページで、空中浮揚の連続写真を紹介した麻原彰晃氏。彼は師にもつかずに、独自の修行でこのレベルに到達した。だが、この超能力者の目的は、はるか先にある。
彼は、特定の宗派の僧でもなければ、団体のトップに座す人でもない。人間の師ももたない。彼の修行は独自で、しかも数千年も伝わる聖典の奥儀なのである。
麻原氏が修行を思いたったのは今からわずか8年前である。世の中すべてのものに強い矛盾を感じたのだ。何もかもウソだ。自分さえもウソツキだ。まわり中のこと一切が限りなくイヤになった。
どうしたら正しく生きられるか。彼は、その日からすべてを捨て、行に入った。
行は毎日2~5時間に及ぶ。仙道、大乗仏教、密教、チべット密教、ヨガ。ひとつに執着せず、数数の修行法をとり人れ、自分が納得する形で行なっていった。
修行を始めると、様々な神秘的なことが起こりだした。たとえば、トランス状態での異言。
その時のテ―プを聞かせていただいた。東洋系の言葉らしいが、私としては、TVなどでも聞いたことのない言葉だ。口調はかなり激しい。過激な説法、または、訴えのように聞こえる。
「アジアの、インド、中国、チベット、その辺の言葉だと思います。おそらく、自分の過去生と関係のある言葉でしょう」
麻原氏が、修行8年にして空を飛ぶということは、過去生でかなりハードな修行をしていたに違いない。彼は、テ―プに吹き込まれた自分の口から発した言葉を訳せる人を希望している。でも、もしかしたら、現在ではすでに死滅してしまった言語かもしれない。
修行3年にいたったころ、彼の魂は彼の肉体を抜け出し始めた。「体が回転するような感じになったんです。ウォンウォンというモーター音に似た音がして、それからシューという音がしたんです。その時、魂が抜け出してゆきました。
抜け出した先で、魂は宇宙の星星を見たり、『人』と会ったりするんです」
こんなこともあった。シャヴァアサナ(屍のポーズ)をとり、トランス状態に入っていた。
彼は、大ス夕ジアムのようなところにいた。観客スタンドは、裸の僧で埋まっている。中心で、やはり裸の僧の彼が説法をしている。
「霊界での説法なんですね。私はそこで説法をして帰りました」
聖典を読んで帰ることもあるという。魂が、修行において気になることを調べに行くのだ。
「自分が現実で読む本を先読みしているのです。だから、実際に読む本の内容は、すでに知っていることが多いのです」
魂が抜け出さずとも、本の内容を理解していることも度々ある。修行中「ああ、これはこういうことなんだ」と感じた通り、後に読む本に同じことが示されている。
もちろん、修行に危険が伴わないわけではない。普通だったら死んでいるというような目にあったことも1度や2度ではない。
「その時は、自分の守護神に頼むのです。そうすれば、必ず、元のところに帰ってこられる」
麻原氏には、たくさんの信仰している神、守護している神がいる。彼は、それらの神々から修行法を学んでいるようである。
「トランス状態のとき、神々が現われることがあります。神々はヒントを与えてくれることもあります。または私が質問し、神が答える。質疑応容形式のこともあります。その中で得たのは、『生きることを否定せよ』ということです」
麻原氏は、いつも出会う神とはニュアンスを異にする3人の女性に出会っている。彼には、霊界人とも宇宙人とも感じられた。
「まず1度めは、5年前。妻の出産の時のことです。朝、自宅で目覚めるとロングへアで緑色の服を着たグラマーで美しい女性が、私に向かってオイデオイデをしているんです。
全身はエーテル体とも思えるもので、炎の赤をしているのです。髪の色は、全身の色を薄くしたような感じで、ジャンパースカートのような形の服に茶色のべルトをしめていました。
会話はありません。『私があなたを守護しているのです』と私に見せているように思えました」
2回めは2年前です。自宅で、眠る直前のことです。髪は肩まで垂らし、オレンジ色の服をきた目鼻立ちの美しい女性でした。体色は人間と同じでした。この時も会話はありません。
3回目は今年の5月。ここ(麻原氏の道場)でです。髪の長さは肩ぐらい。やはりオレンジ色の服ですが、体の色は、何というか、この世にない色なんです」
3人の女性たちは、共通して美しく、グラマーであり、口をきかない。決まって、彼の左側に現われる。そして、彼女たちが去った後、場の空気が揺らぐという。
「最後はいつも、霧のようにかき消えてしまいます。ひとつ修行が進むと、異なった人が現われるんです」
麻原氏は、これまで世に出ようとは考えなかった。ところが、ある時、声を聞いたのである。
彼は今、シャンバラのような王国、神仙の民の国を築く準備を開始するため、多くの人に修行法を関放する必要を感じた。
今年の5月のことである。彼は神奈川県三浦海岸で頭陀の行を行なっていた。五体投地をしていたときのことである。突然、天から神が降りてきた。神は彼に向かってこういった。
アビラケツとは、彼の初めて聞く言葉であった。彼は、サンスクリットを教えている人を訪ねた。
すると、アビラケツとは、地水火空の意味で、アビラケツノミコトとは、「神軍を率いる光の命」、戦いの中心となる者と判明したのである。
彼は、天から降りてきた神によって、西暦2100年から2200年頃にシャンバラが登場することを知り、それまでアラビケツノミコトとして戦うように命じられたのである。
彼は考えた。チべットのような王国を造らなくてはならないことはわかっている。しかし、チベットは戦争を好まない国である。理想国を造るため、戦さを用いてよいのであろうか。
彼は、シヴァ神や、ヴィシュヌ神などの自分の信仰する神々や自分を守護してくれる神々に相談した。神々は「命を受けるべき」と返答した。
麻原氏は、神を感じるだけでなく姿を見るという。それによると、たとえばシヴァ神は、白銀のような色、ドライアイスのような色の神体を持っているという。
ところで、ここでいうシャンバラとは幻の国、聖人たちが住み、全宇宙の、そして過去から未来永劫に至るすべての英智が納められている国である。かつて、秦の始皇帝、アレクサンダー大王も求めてやまなかった土地なのだ。
シャンバラは、地下深くにあるといわれている。そして、地球上のある地点からは、シャンバラへの通路が開けているという。
その昔、チべットの首都ラサにあった古ポタラ宮の地下の一室はシャンバラへの入口であったと伝えられている。そこで、チべットはシャンバラの影響を受け、チべット密教を開花させたのだ。
聖者たちのひと握りの者たちはシャンバラを訪れることができる。そこで、ある者はシャンバラの住人となり、ある者たちは社会に戻り、許された者にだけシャンバラを伝えたのである。道教の祖・老子は、シャンバラの人になったといわれている。
麻原氏の話に戻ろう。
「2006年には、核戦争の第1段階は終わっているでしょう。核戦争なんて、ほんの数秒で終わってしまい主す。日本も死の灰の影響を受けているはずです。
核戦争は、浄化の手段ですね。だから、私は『ノアの箱舟』も信じられます。選りすぐったレべルの高い遺伝子だけを伝えるんです。
だけど、人が『自分の分け前をさいて人に与えよう』というように考えない限り、『浄化』はなくならないんですね。そういう気持ちになかなかなれないのが人間でしょう。
もし、それが真実でないとしたら、地獄・餓鬼・畜生・人間・阿修羅・天という六道はなくなってしまうでしょう。
私の目指すのは『最終的な国』なんです。それは、仏教的・民主主義的な国で、完璧な超能力者たちの国なんです」
そのためには、修行と解脱しかないのである。修行の意味を麻原氏に語っでもらった。
「修行とは、ジュースの1滴を、テ―ブルクロスの上に落とさず、水の中に落とす、ということなんです。1滴のジュースとは、人間のことです。1滴のジュースは、テーブルクロスの上に落とせば、ただのシミです。でも、水の中に落とせば広がるでしょう。
水の中にただ1滴のジュースを入れたって、水は色を変えないでしょう。でも、水の中には確実に1滴のジュースが入ったんです。
魂の根元的な状態ですね。拡散した1滴は、水の中のことすべてを知り、経験できるんです。これが空であり、寂静です。高次元に昇華した状態ともいえます」
大きな水がめの中の世界を体験している麻原氏の身辺は、アラビケツノミコトを任じられて以来、急転しだした。
修行で岩手県におもむいたときのことである。彼は、天からオリハルコン、またはヒヒイロガネと呼ばれる神秘の石を与えられた。
ヒヒイロガネとは、超古代文献『竹内文献』などにも登場する石である。神社の玉砂利のように滑らかだが、それよりずっとツヤがあって黒い。ズッシリと重たく、力ネの名の通り、金属的な感じの石なのだ。
水を張ったバケツに石を入れ、念を入れる。その石で円陣を作り円陣の中で瞑想する。
ヒヒイロガネは、手に入れた人誰にでもパワーを発揮するものではないという。念を入れられる者の手にわたってはじめて、パワーを与えられ、驚異の力を噴き出すらしい。
念を入れたヒヒイロガネは、多くの人々を同時にトランス状態にすることもできるという。この石については、いずれまた機会があったら報告したいと思う。
麻原氏に行法の一部を実際に行なっていただいた。
麻原氏は、座して、様々な印を結ぶ。印は2、3秒で変化する。
「これはチャクラ開発のための印です」
次に、立ち上がり、上半身を少し前方に傾けた。腸というか、腹の中がゴロゴロと動き出した。これは浄化法・ナウリのひとつ。腹にあるマニプーラ・チャクラの覚醒に役立つ行だ。
次は仰向けに寝てから足を天に持ち上げるショルダースタンドの形。空中浮揚に欠かせないビシュダ・チャクラの覚醒が目的だ。
それからライオンのポーズ。これは、クンダリニーの覚醒に必要なポーズである。
麻原氏の修行には、かなり危険なものも多い。たとえば浄化法のひとつで、幅7センチ、長さ3メートル半の布を呑み込むというものなどだ。この時は、呼吸ができなくなるほどだという。
彼は、修行中、シャヴァアサナに入ったとき、チャクラの光を度度見るという。
ちょうどフラッシュがパッパッと飛ぶような感じで、下のチャクラから順に光を放ち、同時にやはりフラッシュのような音がするという。音と画像がシンクロするのだ。
経験によると、音と光は様々な神秘体験には、共通して現われるらしい。たとえば未来や過去へタイムトリップするときは、マーチのリズムのような音、霊体が離脱するときはブーンという振動のような音。
これは、各種の教典とも矛盾しないという。そこで、そのような音を作って流せば、修行者は案外簡単にタイムトリップや霊体離脱を経験できるのではないかと麻原氏は考えている。
それでは、私たちがすぐにでもできる修行法について尋ねてみた。
「それは、まず何よりも五戒ですね。1が殺生をしないこと。蚊が自分の血を吸っていたら吸わしておくことです。
2が盗みを働かないこと。
3が誠実にして、ウソをつかないこと。
4が邪淫をつつしむこと。
5が禁酒すること。
以上の五戒に徹することですね。悪の行為をやめ、将来にするだろう善行をどんどんすることです」
集中的に瞑想などをしようと思うなら、空気のきれいなところの方が効果的だ。プラーナ(気)の満ちあふれた海や山を選ぶとよい。ただし、風のないところで行なう。地・水・火・風・空のエネルギーは、想像以上に誘惑的なのだ。
次に、食物は、玄米菜食の方がよい。1日に1回、または2回。または少しずつ、数回に分けて食べる。ヨーガの激しい修行をする行者の場合、日に1800~2000カロリーが理想といわれている。一般の人なら1200~1500カロリーで足りるだろう。ただ、カロリーと栄養とは異なるから、栄養はしっかり摂らなくてはならない。
「(日に)3食は獣の食事、2食は人間の食事、1食は聖者の食事という釈迦の言葉があるんですね。
でも、日に1食では、一般的には栄養が足りなくなってしまう心配がありますから。日に1度という場合は、夕方に摂るのが理想ですね」
玄米菜食だけで、スワジスターナ・チャクラ(腰・仙骨)までは開発できる。しかし、それより上のチャクラは、修行でしか開発できない。
「スワジスターナ・チャクラは植物を司るんです。ここが開発されれば、低い次元の超能力は身につきますね」
麻原氏は、腹のマニプーラ・チャクラが開くまでは、外食は一切しなかった。もっとも、化学物質などの変なものを食べることを体が受け付けなかった。
でも、今は多少腐ったものを食べようが何を食べようが平気である。火のエレメントがすべてを燃やしてしまうのである。
チャクラが開くということは、規制がなくなるということも意味しているのだ。
尾骨のムラダーラ・チャクラが開くと規制され、腰のスワジスターナ・チャクラが開けば性欲の規制がなくなる。腹のマニプーラ・チャクラが開けば食欲の、胸のアナハタ・チャクラが開けば行為の規制がそれぞれなくなる。
規制がなくなるとは、「何をしてもいい」ではなく、規制をせずとも自動的にコントロールされるということである。
「食べ物に気をつけるのもいいが、もっと大切なのは精神です。食物の害より精神の害の方がずっと悪いです。肉を食べたからってすぐ内臓が悪くなることはない。でも気持ちに及ぶ害は、すぐに体を悪くします」
つまり、肉体への栄養よりも精神への栄養の方が大切なのだ。適当な食事よりは、瞑想1時間の方がずっと栄養になるらしい。
「物質で人間は救えないということをもっとよく考えるべきなんですね」
正しい食事をし、正しい修行から得られるもの、それが超能力である。最近は、魂の浄化・向上こそ第1義で、超能力は邪道という考えも広まりつつあるので、麻原氏における超能力の実義をしてもらった。
「魂の進化・向上という考え方がありますが、それは、人間の魂が阿修羅・神々に至ることなんですよ。つまり、超能力の獲得と魂の進化・向上ということとは、矛盾しないばかりか、正しい相関関係にあるんですよ」
それゆえ麻原氏は自分を神に変える修行をし、「完璧な超能力者の集団」と彼のいうところのシャンバラ王国を設立するべく、神軍を率いて戦うのだ。
麻原氏のまず当面の目標は、自由自在に空を飛べる空中浮揚。それと、大脱身を成功させたいという。
「これは、アジナ・チャクラから自分の魂を抜き出させ、目的としている相手の身体に人る超能力のことです。これが可能になると、三界(欲界・色界・無色界)を自由に行き来できるんですよ。ここまでくると、もう人間といっていいかどうかわかりませんけどね。また、核戦争の脅威から身を守るには、極熱にどれぐらい耐えられるか、放射能をいかに防ぐか、ということになると思うんですよ。今の修行方法でそれに耐えられる身体はできると思っています」
麻原氏は、空中浮揚の初歩までの修行か達成した。しかしながらこれは、全修行の段階の4分の1にすぎない。生きているうちに、全部達成できればいいという。
「私は、ハ夕ヨガでいうところの解脱はすでにしています。真我も見ています。これから求めるのは仏教でいう真解脱です。それがいくつもの決め方がある解脱のうちでも最高のものとされています。
修行を達成した人間は、次の生を好きなように形づくれるという。麻原氏の中には、地球、自分、宇宙、神々……超大な計画がもくろまれているのかもしれない。
VTuber界隈ではバ受肉という用語が使われる.これはバーチャル美少女受肉の略で,おじさんがバーチャルな美少女の体を受肉することを示す.
ここで,問題となぜかなるのが受肉という用語である.受肉という用語は,キリスト教に絡んだ用語であり本来の意味からズレている用語であり,使用するなと主張するひとがでてくるのだ.
じゅ‐にく【受肉】
神が人の形をとって現れること。キリスト教では、神の子キリストがイエスという人間性をとって、この地上に生まれたこと。
来ました,日本人特有の大きなおせっかい.当事者でもないのに突然用語の使い方を制限しようとし,騒ぎ立てる.いますよねこういう人.
聖地巡礼でも,巡礼という宗教用語を使うなと言う人がいて,同じやなと言う感じである.
バ美肉が,美少女を神と信仰する人たちが,神を大事に召喚し体を借りることと同じことなんだからまさにこの用語は適切としかいいようがない.
コトバンクで悪いが
一般的には特別な職業訓練を受けていない未熟練労働者を指すが,外国人労働者の受け入れ問題について議論されるときは,「いわゆる単純労働者」という言葉が用いられている。単純労働者とは入国を認めうる専門的な技術・知識を有する労働者との対比で用いられており,無技能・未熟練労働者のみならず,販売員,家事サービス職業,技能工などある程度の技術・技能・知識等を有する労働者を含むものである。
https://kotobank.jp/word/%E5%8D%98%E7%B4%94%E5%8A%B4%E5%83%8D%E8%80%85-159943
"一般的には特別な職業訓練を受けていない"という定義なら営業マンなんかも当てはまってしまうし、"販売員,家事サービス職業,技能工などある程度の技術・技能・知識等を有する労働者を含む"なら、学士レベル以上の高等教育を受け且つそのノウハウを活かせる職種に就いていない者は総じて単純労働者と呼んでも無理はない気がする。