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はてなキーワード: 大鏡とは

2020-06-17

明け方ごろ、ホトトギスの鳴き声で目が覚めた。

「テッペンカケタカ(私にはそう聞こえる)。テッペンカケタカ

そしたらウグイスが張り合うように鳴き始めた。

「テッペンカケタカ」「ホーホケキョケキョケキョ!」

「テッペンカケタカ」「ホーホケキョケキョケキョケキョ!」

もう、何やっているの。ウグイスホトトギス自分存在アピールしちゃだめでしょ。そんなんだから托卵されちゃうんだよ。

紀貫之の娘が梅の木に「勅なればいともかしこしうぐひすの宿はと問はばいかが答へむ」と結んだ話が『大鏡』にあるが、梅の木に好んで来るのはメジロだ。ウグイスの宿は藪だ。家の周りには廃止になった公務員住宅がいくつもある。その敷地はもともと植えられていた低木の他にもススキやらセイタカアワダチソウやらアズマネザサが生え放題になって、ウグイスの巣にはちょうどいい藪になっている。

最近公務員住宅跡地も次々とマンション住宅地に姿を変えている。藪がぼうぼうの無人建物をそのままにしておくわけにもいかない。あと何年かしたらウグイスホトトギスもここにはいなくなる。「宿は?」と問うこともなく黙ってよそに行くだけだ。大したことではないのだけれど少しさみしい。

2020-03-11

anond:20200311112204

は? マジだが?

優しい(ヤサシイ)とは - コトバンク

① 身もやせるような思いでつらい。他人世間に対してひけ目を感ずる。恥ずかしい。 「世の中を憂しと-・しと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば/万葉集 893

② 心づかいをして控えめである。つつましやかである。 「されば重木は百八十に及びてこそさぶらふらめど、-・しく申すなり/大鏡 序」

③ (節度をもって振る舞うさまが)殊勝である。けなげである。 「己が振舞-・しければ、一筋取らするぞ/保元 中」

動詞やす(痩)」の形容詞形で、身もやせ細る思いだというのが原義。

平安時代には② の意でも用いられ、つつましくしとやかなさまを優美と感ずることから③ の意が生じた。

③ は優位の者がほめことばとして用いた。→やさしい(易)

2019-12-15

古文かいうクソ科目

受験以外で役に立ったことない

いや、枕草子とか源氏物語徒然草とか大鏡とかそういう有名どころを押さえるのは悪くないと思うよ 時代背景と作者とだいたいの内容を学ぶ 素敵じゃない

でも文法までやる意味ある?つまんないし本気で無駄な感じしかしないしマジでやめたほうがいいと思う ぞ・なむ・や・か・こそは係り結び!とか覚えてどうするんだよ 本当にいつ使うんだ 趣味にすら生きる瞬間が全然ないだろ

古典不要論ってなんで完全になくすか文法までキチンとやるかみたいな話になってるわけ 有名作品をザッと現代語訳で読むとかでいいだろ 文法は1時間くらいチラ見するとかでさ

絶対かにやるべきことがあるんだよな

2019-12-14

古文をやめてラテン系言語をやれ

スペイン語勉強したらポルトガル語イタリア語フランス語ラテン語あたりの意味ボンヤリわかるようになった

英語知識だけでわかろうとするのとはかなり精度がちがう たとえば「いつ」の疑問詞はスペイン語だとcuando、イタリア語だとquando、フランス語だとquand こういう基礎文法みたいな部分がかなり似通ってるんで絶対便利 ちょっとでもわかる部分があると結構違ってくる

日本古来の文化ガーとか言いながら係助詞とかを学ぶのは絶対ムダだ

枕草子とか源氏物語大鏡とか徒然草なんかを多少読むのは全然構わないし、教養として大切だっていうのも頷ける でも古典日本語の動詞活用なんて覚えてどうするんだよ それならスペイン語の前置詞と定冠詞でも覚えたほうがまだしも役立つだろ

2018-05-19

教養ある日本人は何を引用すべきか

教養ある欧米人さらっと聖書ギリシアローマ古典、あるいは近代ならシェイクスピアだ、トルストイだ、ビクトルユゴーだと引用したりするけど、日本だとどうなんだろう?

古事記にもそう書いてある」という割には古事記から実際引用することなど見たことがない。

歴史書としても日本書紀、扶桑略記、大鏡やらかの引用も聞かない。文学としては、源氏物語や、平家物語とかもあるけどどうなんだろう?

故事成語がそれに近いかもだが、五十歩百歩は孟子、百聞は一見に如かずとか漢書の趙充国だなんて意識しないだろうし、李下に冠を正さずも君子行など聞いたこともないような人も使うだろう。

2017-05-19

のもりのかがみ【野守鏡】

鎌倉時代歌論。作者は,源有房,天台僧(氏名不詳)など諸説がある。1295年(永仁3)9月に成立。書写山(播磨円教寺)に参詣したおりに住僧から聞きえた話を紹介するという趣向は,《大鏡》などと同巧。上下2巻から成り,上巻では二条派的な平淡美を重んじる歌論を説き,京極派,とくに為兼を批判,下巻ではおもに宗教論を述べ,禅宗浄土宗非難している。反京極派の歌論として,また仏教思想史上の資料として貴重。【赤瀬 知子】

出典|株式会社日立ソリューションズクリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

世界大百科事典内の野守鏡の言及

歌論】より

…為家の子の代で,二条家京極家,冷泉れいぜい)家と歌の家が三つに分裂し,以降,派閥争いが激化したために,〈歌論〉も本質理論的に深めるという方向ではなく,派閥意識をあらわにして,他派を攻撃するケースが増えていったかである。たとえば《野守鏡(のもりのかがみ)》は作者未詳の歌論であるが,二条派立場に立って為兼を初めとする京極派を攻撃した書であったし,《延慶両卿訴陳状(えんきようりようきようそちんじよう)》と呼ばれる,《玉葉和歌集》の選者をめぐっての二条京極両家の厳しい対決を伝える応酬もある。南北朝室町時代では頓阿(とんあ)の《井蛙抄(せいあしよう)》,二条良基・頓阿の《愚問賢注》,良基の《近来風体抄(ふうていしよう)》等の二条派歌論書,冷泉派今川了俊の《弁要抄》《落書露顕(らくしよろけん)》などがある。…

 
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